結婚と蜂蜜酒

ネットを探せば、いろいろな所に「ハネムーンの語源」などを書いたページがあります。


かいつまめば

昔、結婚してからの1ヵ月は妻が蜂蜜酒を夫に飲ませる習慣があった。

蜂蜜酒は精のつくものであり、子作りにはげむためである。

蜂蜜は honey 、1ヵ月は moon なので、ここからハネムーンと言う言葉が生まれた。

と言うような感じです。


大きく違っている訳ではないのですが、僕の知っていた物とは違いますし、上の説明では「ハネムーン」がなぜ新婚旅行を意味する言葉になったのかと言う疑問がとけません。

ここでは、僕の知っている説を紹介しておきます。


結婚の形式というのはいろいろあるのですが、その中に「略奪婚」というものがあります。

これは、まだ人類が小規模な部落単位で生活していた頃のなごりでもあります。

小規模な部落では、その内部で結婚を繰り返せば近親相姦が多くなり、遺伝病の発生率があがります。

これは避けるべき事なので、本能的に「外部の血を入れる」行動を取るようになります。


すなわち、女を外の部落から連れて来ると言う事です。無理矢理連れて来る事も出来るでしょうし、平和に連れて来る事も出来ます。

平和に連れ来る事の方が圧倒的に多いようですが、いずれの場合も形式的には「略奪婚」となります。


さて、略奪婚のばあい、習慣として略奪された側の部落は、奪われた花嫁を「取り返す」努力をしなくてはなりません。

それは、その努力をするだけの価値が花嫁にはあった、と言う事であり、花嫁の人柄を保証する行為でもあるためです。


もちろん、略奪者である花婿は、この追っ手から逃げる必要があります。

花婿一人に対して追っ手は多数いる訳ですが、その困難を見事にくぐり抜けることが、花婿の男らしさを誇示する行為であるためです。


このようにして、略奪婚では奇妙な追いかけっこが始まることがあります。

もちろん、略奪婚と言っても花嫁は納得している事が多いので、追っ手は「捕まえない」ことがマナーとなっています。


期間は地域や習慣によって異なりますが、「花婿が花嫁を自分の村に連れ去るまで」や、「日がくれるまで」など、いろいろあります。


中世ヨーロッパにおいては一般庶民は通常街から出る事を禁じられており、旅行が出来る機会などほとんどありませんでした。


奪われた花嫁を取り戻す、またはそれから逃げる、という大義名分をもって見知らぬ土地を旅行出来るのは、さぞかし楽しかった事でしょう。

そのため、期間は徐々に伸びて行き、いつしか1ヵ月にもなりました。


1ヵ月の間、転々としながら逃げ回るのはかなり疲れる仕事です。

そこで登場するのが蜂蜜酒なわけです。理由は「精がつくから」というのは、冒頭に挙げた説と同じです。


蜂蜜酒は、本来蜂蜜を水に溶いて自然醗酵させただけの物で、2〜3日で作れます。

そのため世界最古の酒とも言われていますが、これなら逃避行の最中につくって飲む事も出来たでしょう。


蜂蜜酒を飲みながら、1ヵ月の愛の逃避行。

これがハネムーンの語源であり、新婚旅行の原形でもあるわけです。





2012.09.12追記

結婚10周年を機に、ここに記述したことが急に気になり、再調査してみました。

結論から言うと、冒頭に書いた「俗説」も、自分が昔聞いた(ここで挙げた)説も、両方間違っているようです。


英語の語源の話なので、英語の文献を調べるのが一番簡単です。10年前は文献を探すのも大変でしたが、今は Wikipedia があります。日本語の Wikipedia は信頼が出来ない内容ですが、英語版は「ある程度は」信頼できます。

(英語版にもひどい内容はあるので、盲信するのは薦められないけど)


さて、Honeymoonの内容。

「語源」の中で、「1ヶ月間ミードを飲んだ」説は(一般には信じられているが)語源ではない、と明記されています。(ただし、要出典タグが付けられている…つまり、記述者の思い込みである可能性が指摘されています)


1546年の文献には、「結婚後の1ヶ月は甘い」と書かれているそうです。ここでは「ハネムーン」と言う言葉は登場しませんが、これを語源とする説もあります。

1552年の文献、Abecedarium Anglico Latinum(英語とラテン語の入門書)に次の記述があります。


Hony mone, a term proverbially applied to such as be newly married, which will not fall out at the first, but th'one loveth the other at the beginning exceedingly, the likelihood of their exceadinge love appearing to aswage, ye which time the vulgar people call the hony mone.

英語の古語なので…間違っているかもしれませんが、意訳するとこんな感じ。

ハネムーン、この言葉は新婚の意味で使われる。最初は仲むつまじいが、やがて愛情のバランスは崩れる。愛情に陰りが生じるのはよくあることだ。それゆえ、人々は俗に「蜜の月」と呼ぶ。

ここでは、「蜜」は愛情を、「月」は欠けてゆくものを意味しています。ハネムーン、という言葉は、新婚のアツアツカップルを周囲の人が揶揄した言葉…のようです。


最後に、これが「英語以外の言語から取り入れられた」可能性が示されています。フランス語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語で、それぞれの言語で「蜂蜜の月」と言う言葉が同様の意味で存在します。

ウェールズ語(現在イギリスの方言になっている)、ウクライナ語、ポーランド語、ロシア語、アラビア語、ギリシア語、ヘブライ語では、「月」が「1ヶ月」の意味になります。(moon ではなく、monthになる)

ペルシア語やトルコ語でも同様の言葉がありますが、これらの言語では moon と month を区別しません。(日本語で、両方とも「月」と呼ぶのと同じです)

ハンガリー語では「蜂蜜の週間」となります。

タミル語、マラー語にも同様の言葉があります。

(タミル語・マラー語だけ最後に書いてあるのは、記述者がこれらの言葉に堪能でなく、これらの言葉に moon と month の区別があるのか…などの裏づけが付いていないからのように思われます。)

(ページ作成 2002-06-06)
(最終更新 2012-09-12)

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