世界初の…

目次

チャールズ・バベジのチェスマシン構想(19世紀)

ブラウン管娯楽装置(1947)

Bouncing Ball(1950)

OXO(1952)

Tennis for Two (1958)

Tic-Tac-Toe(1959)

迷路のねずみ(1959)

SPACE WAR!(1962)

BROWN BOX(1968)

COMPUTER SPACE(1971)

ODYSSEY(1972)

PONG(1972)

言葉を見直す

世界初テレビゲームコンピューターゲームゲーム

まとめ


SPACE WAR!(1962)

SPACE WAR!迷路のねずみを見た MIT の学生たちは、「もう、これ以上のものは作れないだろう」と打ちのめされました。

しかし、そんな中でも「超えてみせる」と闘志を燃やすものはいます。


TX-0 ではもう限界でした。しかし、TX-0 を元に量産された新しいマシン、PDP-1 なら新しいことができるかもしれません。

そう考えたスティーブ・ラッセル(Steve Russell)が作り上げたのが SPACE WAR! です。


迷路のねずみへの対抗心がむき出しだったために、「みんなにウケる」ための要素をてんこ盛りにしています。


・デモを作る競争の中で、迷路のねずみは見ているだけでなく、遊べるものだったためにウケた。

 だから、次に作るものはゲームとして遊べるようにする。

・迷路のねずみと同じように、漫画のようなキャラクター表示を利用する。

・当時は SF が流行していたので宇宙戦争を描くことにする。

などなど。


開発過程のエピソードも面白いのですが、話の本筋からそれるので割愛。

初期バージョンは、ラッセルすら「完成ではない」と考えている段階で披露されました。実はこれはラッセルの策で、彼は「誰から見ても未完成であれば、誰かが必ず面白い改良を加える」と考えていたのです。

実際、SPACE WAR! には次々と改良がくわえられます。現在「オリジナル」として流布しているプログラムは、ある程度改良されたあとのバージョンです。


どのように改良されたか、「ハッカーズ」の記述から、いくつかの例を挙げましょう。

SPACE WAR! は、「リアルである」ことを目指していました。2台のロケットを操作し、相手を撃墜するのが目的のゲームですが、弾も燃料も限られています。さらに、撃った弾の速度にはわずかな乱数が加わります。狙ったところから「わずかに逸れる」可能性があるのです。

他の多くの学生は、狙い通りこのゲームをリアルだと感じましたが、弾に加えられるランダムは不要だと感じました。弾数も制限された真剣な戦いだからこそ、その武器はリアルであるよりも「理想的」であってほしいと考えたのです。そこで、後のバージョンではこのランダムは取り除かれました。


また、別の学生は画面の中央にブラックホールを置きました。弾も宇宙船も、すべてのものはこの重力の影響を受けます。これにより、対戦はより戦略性の必要なものになりました。

爆発を派手にするために飛び散る破片を表現するプログラムを作る者もいましたし、背景の星を赤道付近の本物の夜空そっくりにするものもいました。たった3回しか使えない「ワープ装置」を持つバージョンも現れました。


この項最初の画像は、星空が実物のバージョン。最後に書くエミュレータによるもの。(クリックで拡大表示)
実際は星は等級に合わせた明るさで描画されたようだが、ベクタースキャンディスプレイをエミュレートするのは非常に難しく、等級ごとの輝度は再現されていない。
そのためわかりにくいが、画像では中央左寄りにオリオン座、上方右寄りにヒアデス星団が表示されている。
ちなみに、ゲーム起動時はおとめ座から始まり、非常にゆっくりとスクロールしていく。

皆が認める改良はそのまま残されました。一方、受け入れられない拡張は、次のバージョンでは受け継がれず、無視されました。結果として、SPACE WAR! はより複雑なルールを持つ、面白いゲームに育っていったのです。


改良バージョンが作られる間には、ソフトウェアだけでなく、ハードウェアによる拡張もありました。SPACE WAR! は PDP-1 のコンソールに並ぶトグルスイッチで遊ぶゲームでしたが、これでしばらくやっていると、指先と肘が痛くなるのです。

そこで、PDP-1 の拡張ポートに接続される周辺機器として、手持ちの「コントローラー」が(思い付きからわずか1時間で)作られます。世界で最初のゲーム周辺機器、世界で最初のゲーム用ジョイスティックです。(2方向ジョイスティックを2本と、「発射」ボタンを組み合わせたものでした)


ジョイスティックは1940年代には開発されている。当初は飛行機やエレベーターなどで使用されたそうだ。
アポロ15号(1971)で月面車の操縦桿として使用されると有名になり、ラジコンなどにも使用されるようになる。
ゲーム機として最初にジョイスティックを使用したのは、一般に ATARI VCS (1977)とされる。

SPACE WAR!は大評判で、PDP-1 をすでに利用していたユーザーのほとんどが、いつの間にかコピーを入手していました。(当時はコンピュータープログラムに著作権がある、と言うような考え方は誰も持っていません。自由にコピーするのが普通でした)

DEC 社でもコピーを手に入れ、PDP-1 出荷前の最終テストとして、SPACE WAR! が動くことを確認していました。つまり、SPACE WAR! は PDP-1 の性能を最大限に利用していて、これが動けばチェックは完了、と考えていたのです。


当時のメモリは不揮発性(電源を落としても消えない)なので、納入先に設置された後の「最初の動作テスト」にも、そのままメモリ内に残っている SPACE WAR! が利用されました。

また、MIT は定期的に一般市民へのキャンパス開放日を設けていましたが、SPACE WAR! は人気の展示物でした。

結果として、SPACE WAR! は「コンピューターでゲームができる」ことを広めた、最初のゲーム作品となりました。


もっと知りたい!

The origin of Spacewar(英語)

SPACE WAR! の発展の歴史。非常に詳しい。

SPACE WAR!上での戦い方の有名パターンとして「CBS Opening」と呼ばれる戦略があったことなども語られている。


相手に狙われないようにするため、ゲーム開始直後にロケットを素早く加速するには、画面中央の重力点に向かい、スイング・バイを行うのが最適だった。
両者がこれを狙うと、画面には CBS ラジオ・テレビネットワークのロゴに似た「目玉」が描かれる。

SPACEWAR!

リンク先のページは、Javascript で作られた PDP-1 エミュレータ(ただし SPACE WAR! 専用)で SPACE WAR! を動かしています。この項最初の画像はこのエミュレータのもの。

ただ、いくつかの点で実物と違っています。

・操作方法が違う。

上に書いた通り、実物はトグルスイッチか、専用スイッチボックスを使います。

エミュレータではキーボードで操作します。(オリジナルのプログラムを変更しているわけではなく、エミュレータがキーボードのキーをトグルスイッチに割り当てています)

・キャラクタの明るさが全部同じ。

本物は、ベクタースキャンでビームを出す時間を細かく制御し、キャラクタの明るさなどを変えていました。

特に、背景の星は実際の星空を模しており、等級ごとに明るさを変えてあったため、「星座」がわかりました。エミュレータでは星の明るさがすべて同じため、星座を見ることができません。

・実物には、タイトル画面に相当するものはありません。

エミュレータがそれらしく表示しているだけです。


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(ページ作成 2013-09-01)
(最終更新 2013-09-02)

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