電磁波の害について
IHに対する批判の反論を書いていて、あまりにも長く、IHとは無関係な話題が増え、それでも解説不足になりがちだったために「電磁波」の問題を別ページに分けました。
このページでは、IHに限らず家電品一般からでている電磁波、特に「電波」の害について論じます。
元々がIHの加熱用電波について書いたものだったので、家電品としては「IH」を想定しますが、それ以外の家電品や、家庭用の電線から出ている電磁波についても役立つ内容であると思います。
しかし、このページは長いです。さまざまな都合上、周辺の話題ばかりでなかなか核心に迫りません。そして、読むのにはある程度の科学的思考(知識はその都度解説するのでいらない)を必要とします。
なので、読むのが面倒な人のために、最初に結論を書き、次にネット上で(このページの調査をしている時に)良く見かけた「勘違い」について説明を行います。
結論で納得がいかなくても、自分が納得行かない理由が「勘違い」であればわかっていただけるでしょう。しかし、それでもなお納得がいかない場合は、結論に至るまでの理由をお読みください。
別に「僕が結論した理由」ではなく、世界中の機関がどのように結論に至ったか、という歴史の話です。できるだけ、元となる論文やその日本語訳などへのリンクを示します。納得がいかなければ、それらの論文にまで目を通してみてください。
それを読んでもなお納得がいかないのであれば…IHをはじめとする家電品を使わなければよいだけの話。たいしたことではありません。
(データを書き連ねて力ずくで説き伏せるような方法は嫌いです。文章の暴力と同じだと思っています)
うかつにIHに関する「間違った噂」を正したい…などとおもったら、ここまでしないといけない破目に陥っただけ。まぁ、迂闊なことを書き始めた自業自得ではあります。
目次
国際がん研究機関(IARC)は、発がん性の疑いとしているのでは?
国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)も危険を認めている
ICNIRPのガイドラインだけでは「長期的に」危険だと聞いた
4mG、1,000mG、5,000mG、5,000μT で危険と聞いたけど
IHがICNIRPのガイドライン上限よりも強い電磁波を出しているようだが
いきなり結論から
現在のところ、IHや家電品からでている電磁波が人間に対して害がある、という証拠は見つかっていません。
絶対安全である、という証拠も見つかっていませんが、おそらくなんの影響も無いだろう、と考えられています。安心して使ってください。
…はい、これで納得いかなければ以下の問答集をどうぞ。
よくある「勘違い」とその答え
電磁波で小児ガン・小児白血病のリスクが高まると聞いたが
確かに、そのような研究はなされました。1979年に最初の論文が発表され、それから10年間は類似の結論を示す追試論文が多数発表されました。
これらの論文によれば、高圧送電線などからでている 4mG(ミリガウス)以上の磁界に恒常的に被爆している子供は、小児ガンの発生リスクが1.5~3倍に高まるそうです。
しかし、それらの論文には研究方法の不備が多く指摘され、不備を解消した新たな研究の発表が1990年代から行われるようになりました。
それらの「十分に信頼の置ける」最近の結論によれば、リスクが高まる、という仮説はほぼ否定される傾向にあります。
各国でも、電磁波を規制する法律があるのでは?
あります。先に書いたとおり、1980年代までは、電磁波にはガンのリスクを高める危険があると考えられていました。そこで、「疑わしいものは規制する」という考えで、いくつかの国では規制する法律が作られました。
その後、危険性が無いという結果が出ても、法律はそのまま残っています。撤廃するのにもさまざまな手続きが必要であり、わざわざそんな手間をかけて撤廃する理由も無いからです。
ですから、海外に規制している国がある、ということは、危険であることの根拠にはなりません。
国際がん研究機関(IARC)は、発がん性の疑いとしているのでは?
磁界については、発がん性の疑いとしています。
IARC の定める「発がん性の疑い」というのは、疑っている人がいるけど証拠が見つかっていない、という状態です。つまり、現在の状態ですね。
科学的に言えば、発がん性はないと考えられるようになってきていますが、ないと言い切るだけの決定的証拠はありません。「存在しないことの証拠」を示すのは非常に難しいのです。
IARCは「リスクを示す」ことを目的としているので、証拠が無くても疑わしいのであればリストに載せておきます。ただ、それだけのことであり、危険だという根拠を示しているわけではないのです。
国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)も危険を認めている
そのとおりです。ガンの危険性は近年否定されつつありますが、非常に強い磁界には危険があります。
強い磁界に入ると、体内に誘導電流が発生します。生物の神経は電気信号で動いているため、誘導電流がノイズとなり、ひどい場合には呼吸不全や心停止を引き起こします。
ICNIRP のガイドラインは、さまざまな実験からわかった、体内に生じる誘導電流の「危険なほどの強さ」を回避するためのものです。
このガイドラインでは、「十分強いが問題が無い」と実験研究でわかった磁界強度の、1/50 が上限と定められています。これは安全性を十分に考慮した値です。
また、家電品などの磁界強度を測定する時の方法も定められていて、標準的な使い方でガイドラインの範囲内に収まれば問題なし、とされています。
そして、日常生活であれば、このガイドラインを超えた磁界にさらされるようなことはありません。
ICNIRPのガイドラインだけでは「長期的に」危険だと聞いた
ICNIRP は「短期的な」影響についてのみ定められたガイドラインです。このことは、ICNIRP のガイドラインの中にも明記されています。
このことを挙げて、電磁波で長期的にはガンが引き起こされるかもしれない、病気になるかもしれない、と主張する人もいます。
「短期的に安全」の逆は、「長期的に危険」だという主張なのですが…なんというか、返す言葉が見つかりません。稚拙な論法にあきれるのみ。
繰り返しになりますが、ガンの可能性はほぼ否定されています。それ以外の長期影響は、なんらかの問題提起すらされていません。むしろ、さまざまな科学的データは、長期的影響はないことを示唆しています。
ICNIRP が「短期的な」ガイドラインだと明記しているのは、長期的な影響を無視したためではありません。長期的な影響を示す科学的データが、なにひとつ得られていないためです。
4mG、1,000mG、5,000mG、5,000μT で危険と聞いたけど
mG(ミリガウス)、μT(マイクロテスラ)とも、磁界の強さを表す単位ですね。10mG = 1μT に相当します。
4mG は、1980年代までの小児ガン研究で危険とされた値ですが、しつこいようですが、現在ではほぼ否定されています。
5,000μT (=50,000mG)は、生物実験・人体実験で、問題がないとされた値です。つまり、この値を超えると危険性があります。
ICNIRP は、この値を元に「職業上やむをえない場合」は、1/10 を上限とする、としました。つまり、この値が 5,000mG です。
さらに、一般人は「職業上やむをえない場合」のさらに 1/5 を上限とする、としました。つまり、1,000mG です。
ICNIRP の上限値は、実験に基づいて得られた「危険の無い値」に、さらに安全のための係数を掛けた値ですので、この値を超えたから危険だというわけではありません。
IHがICNIRPのガイドライン上限よりも強い電磁波を出しているようだが
IEC62233という、電磁波を測定するための「規格」があります。これは、家電品の標準的な使用方法で、使用者やその周辺にいる人が受ける電磁波を測定するための方法です。
電磁波は、発生源から離れると急速に減衰します。そのため、測定の規格ではない、別の方法で計測を行えば、ICNIRP のガイドラインよりも強い値を検出することもあります。たとえば、IHの鍋のすぐ横で検出すれば、非常に強い磁界が検出されるでしょう。
だけど、そこにずっと手を置いていたり、頭をおいていたり…ということは無いはずです。もしそのような使用方法をするのであれば、ガイドラインよりも強い電磁波を受けることになります。
一時的に鍋に手を近づける、ということは、当然あるでしょう。しかし、ICNIRP のガイドラインでは、そのようなことは想定済みで値を定めているため、問題はありません。
ICNIRPのガイドラインは、その数値を超えたら即危険だというものではなく、「規格化された測定方法」に従った場合にガイドラインの値が満たされていれば、それ以上近づくなどの使用方法をしても十分安全である、というものなのです。
科学ではわからないこともあるのでは?
そのとおりです。家電品からでる電磁波が安全だ、というのはあくまでも「現時点での科学でわかっているかぎり」の話です。
科学的データなんて信じられない、そんなものは我々をだますための政府・大企業の陰謀だ…というような、極端な人もいるようです。
このページでは、世界的に「信用がおける機関」が、どのような見解を示しているか、できるだけ実際のページへリンクを張りながら示していきます。
それでも信じられない、というのであれば、それでいいと思います。僕としては、無理に科学を信じろなどというつもりはありません。
どうぞ、科学を信じないでください。その時は、「電磁波で小児ガンになる」という(今では古いと思われている)科学データも一緒に忘れていただくようお願いします。「電磁波に害がある」と言い出したのだって、科学者なのですから。
電磁波の危険を書いた本も、WEBページも、たくさんありますよ
主義主張は自由です。どんなに嘘だらけの本であっても、僕はそれらの主張の自由は尊重します。
ただ、「主張している人がいる」ことは、事実の証拠にはなりません。1999年7月に世界が滅びる、という主張を信じていた人は結構多いそうですが、事実ではありませんでした。
この世界は複雑で、誰かが簡単に「事実」をまとめるようなことは出来ません。大切なのは、主張を読んだあなたが、それを一度は疑ってみることです。
関連情報を調べてみてください。インターネットの情報は間違いが多いですが、調べないよりはずっといいです。できれば、個人が書いたものや新聞社が書いたものではなく、信頼の置ける機関の報告書を探してみてください。
もちろん、それらの報告書ですら、無条件に信じるようではいけません。複数の機関の報告書に当たり、多くの報告が同じ結果を示していれば、それなりの妥当性がある、と考えるようにしましょう。
もちろん、このことは当ページにも適用されます。ここに書いてあることを鵜呑みにせず、関連情報を出来るだけ読んでください。当ページでは、手助けになるようにできる限り元情報へのリンクを張っています。
(実は、リンク先の情報を読むだけでは不十分です。…僕が意図的/無意識に、一方的な情報のみでこのページを構成しているかも知れないからです。google や yahoo で関連語句を調べるなり、図書館で書籍をあたるようにすると、より多くの情報を知ることが出来るでしょう)
安全を主張されても、やっぱり不安です
そういう方は非常に多いと思います。あなただけではありません。僕だって、気軽に安全だと信じていたらこんなページを作るほどの調査はしませんでした。
WHOは、IARCが「がんリスクの疑い」と判定したことや、ICNIRPがガイドラインを定めたことなどを受けて、「ガイドラインを守る限り電波は安全だが、念のため気をつけましょう」という趣旨の声明を出しています。
この「念のため」は、国や企業に向けられた行動指針もありますが、個人に向けられた指針もあります。たとえば、携帯電話で話をする時にイヤホン・マイクを使用して、本体は出来るだけ遠ざけるだけでも、体が受ける電磁波の量を大幅に減らすことが出来ます(体に影響のある磁界は、距離の3乗に反比例して減衰するからです)。
そしてなによりも、WHOは「個人の無知からくる恐怖心をなくすこと」が大切である、と声明の中で言及しています。無知は疑心暗鬼をもたらし、根拠の無い恐怖を煽ります。そうならないためには、正しい知識を持つことが必要です。
僕自身も同じ考えです。だからこのページを作ろうとしました。…WHOが同じことに言及していることは、ページを作成中に知ったのですが。
さて、まだ納得がいかないようであれば、電磁波の危険性判定をめぐる歴史の話をお読みください。
目に見えず、体感もしにくい「電磁波」が相手なので、理解しにくいところもあるかもしれません。しかし、科学の話だと難しく考えず、ちょっとした「推理ゲーム」だと思ってみてください。目に見えない犯人を捕まえる推理ゲーム。キーとなるのは、「証拠があるかどうか」です。
電磁波とはなにか
最初に、電磁波について基本を学んでおきましょう。
電磁波、とひとくくりにされますが、非常に幅が広いです。電波のように見えないものから、赤外線、可視光線、紫外線のように「光」に分類されるもの、ガンマ線やX線のように明らかに害があるものまであります。
電磁波は名前の通り「波」の性質を持ちます。この波の周波数が高いほど高いエネルギーを持ち、人間に対しても害を持ちます。ガンマ線やX線は非常に高いエネルギーを持つわけですが、「光」の範疇にある赤外線と紫外線でも、紫外線のほうが周波数が高いため人間に害を及ぼすことになります。
さて、ガンマ線やX線の人間に対する害は、主にDNAを損傷させることによる「ガン」です。紫外線もまた、皮膚ガンを引き起こす原因となります。周波数が低くなるとエネルギーは下がり、赤外線などはガンの原因としては認められていません。では、他の周波数は? 光よりも周波数の低い「電波」には何の問題もないの?
単純な例で言って、可視光線よりも周波数の低い赤外線には、熱を伝える力があります。…というか、我々は赤外線を見ることは出来ませんが「熱」として感じ取ることが出来ます。この時点で、よいか悪いかはともかくとして「目に見えない電磁波でも、人間に影響を与えている」ことに間違いはありません。
そして、赤外線を浴びすぎれば、熱中症などを起こします。局所的に強く当てれば火傷するかもしれません。周波数が低いからと言って安全ではなく、間違いなく悪い影響を与えることはあるのです。
さらに周波数の低い電波帯域であっても、電子レンジに使用されている 2.4GHz などは、ある程度の害があります。水分子を共振させ、摩擦熱によって水の多い部分を「温めて」しまうためです。強い 2.4GHz 電波を浴びていると、目や脳などの一部が「煮えて」しまうため、白内障や脳障害の原因となりえます。
ただ、赤外線が「なんでも」温めたのに対し、2.4GHz では「水の多いところ」しか温められないので、影響は小さくなっていることがわかります。周波数が下がることで、間違いなく影響範囲は小さくなるのです。
電波の害
では、赤外線などの「光線」よりもっと低い周波数…電波ではどうでしょう。
50~60Hz の周波数による電磁波については、非常に多くの調査がなされています。それは、この周波数が「家庭用交流電源」の周波数であり、現代人の多くが日常生活で絶えず接しているためです。
最初の報告は、1979年に米国でワルトハイマー博士が行ったものです。博士は小児ガン・小児白血病の調査をしていましたが、あるとき、小児ガンにかかる子供の割合に地域差があること、そして、多い地域には高圧電線が通っているところが多いことに気づきました。
博士はこれをもって「電線によって生じる電磁波には、小児ガンを引き起こす可能性がある」との論文をまとめました。論文は賛否両論でしたが、電磁波問題に一石を投じたことに間違いはありません。
博士の論文には、数々の問題があります。病気の子供だけを調査し、病気の子供が多い地域には高圧電線が通っていることが多い気がする、という程度で「電磁波にガンを引き起こす可能性」を指摘している、というのは、明らかに論文の欠陥です。「高圧電線が多い気がする」だけではなく、電磁波と病気の因果関係を明らかにしなくてはなりませんし、病気の子供だけでなく、比較対象となる健康な子供に関しても調査しなくてはなりません。
そこで、多くの人が、より厳密な方法で追試を行いました。追試には3つの方法があります。疫学的調査と、生物学的調査、そして、人間を使った実験です。
疫学的調査
疫学的調査、というのは、病気になった人間と健康な人間を十分なサンプル数調査し、統計的に因果関係を調べる方法です。もしくは、一定の集団を長期間調査し続け、何人が発症したか、を調べる方法もあります。
いずれにせよ、疫学的調査にはさまざまな問題が付きまといます。知りたいのは「小児ガンと電磁波の関係」なので、患者の住環境の電磁波は測定することになりますが、それだけで十分でしょうか?
ガンを引き起こす原因物質は他にもあります。自然放射線量の多い地域だったとしたら? 父親がタバコを吸っているとしたら? 「その地域にガンが多い」ことが判明したとして、ウィルス性のガンでない証拠は?
高圧電線付近に住んでいることを問題にするのであれば、そのような地域が(おそらく)地価が安く、貧困層が住んでいるかもしれない可能性も考慮しなくてはなりません。栄養状態の悪さや、衛生状態の悪さが病気の原因でない証拠は?
さらに、これらを十分考慮して「病気の子供」の住環境の統計が取れたとして、もっと難問があります。比較するために「健康な子供」の住環境の統計も取らなくてはならないのです。こちらは、病気の子供よりももっと多くのサンプルがあるのに、どこから選び取れば公平な比較になるのでしょう?
疫学的調査…統計による調査の場合、統計をとる母体となる「サンプル」の選び方が問題となるのです。病気の子供のサンプルが「電磁波」を原因とするのに適切かどうかは、誰にもわかりません。だって、電磁波が原因となるかどうかすら、まだわからないのですから。
そして、「病気でない」子供のサンプルも、どこから取ればよいのかわかりません。ランダムに選出すればよい? それでは駄目です。病気の子供のサンプルと「電磁波以外」はまったく同じ環境であることが求められるのですから、慎重に選ばなくてはなりません。
でも、別の側面から考えると、選ぶようなことをしてはいけないのです。サンプルは公平でないといけないので、なんらかの基準で選ぶようなことをしてしまえば、結果がおかしなものになってしまいます。
(選択することで結果が影響を受けることを、選択バイアスが現れる、と言います。これ、今回の話のキーワードです。)
かくして、疫学的調査が行われては、その方法の不備が指摘される、という繰り返しとなります。それでも、疫学的調査はくりかえされ、徐々にではありますが「十分な妥当性がある」と見られる報告も行われるようになりました。
それらの報告によれば…結果は「小児ガンと電磁波の関連性はない」です。80年代までの研究では、電磁波によりガンの発症リスクが1.5~3倍程度に高まる、とされていましたが、これらの研究は全て「不備」が指摘されていました。しかし、疑わしくば規制する、との考え方から、この当時世界中で電磁波を規制する法律が作られました。
しかし、90年代以降、それまでの研究の「不備」を補うような研究が次々と行われました。そして、それらの研究結果は元となる研究の結果を覆し、関連性は見られない、という結論が多く出されたのです。
もちろん、近年でもガンの関連性がある、という結論を出す研究もあります(そして、大抵は不備が指摘されます)。また、不備が指摘されたとしても、80年代までの研究成果がまったく無駄である、ということもありません。
そのため、今でもこの問題は議論が続いており、結論はでていません。ただ、徐々に「小児ガンと電磁波の関連性はないのではないか」という考えに傾きつつあるのは、事実です。
生物学的調査
生物学的調査は、疫学的調査のようなあいまいさは残りません。ネズミや培養した細胞などを相手に、ほぼ同じで「1つだけ」条件が違うような環境を整え、納得がいくまで病気を発生させ、原因を特定することができます。
ただ、こちらの場合にもひとつ問題があります。「ネズミは病気になったけど、人間だとどうなの?」という根本的な問題が常に付きまとうのです。より人間に近いサルなどを使用したとしても、根本的な解決になりません。
ともかく、生物学的調査によれば、電界・磁界(通常では考えられないほど強い)の中にネズミを置くとガンを発生するか、もしくは発がん性物質と一緒に与えることで、ガンの発生率を引き上げるか、などの調査が行われています。
多数の調査が行われましたが、結論としては「電界・磁界はガンに対して影響なし」です。1件だけガンを発生させた、という報告があったようですが、実験の不備が指摘され、現在では考慮されていません。
ガンを発生させることも、別の発がん性物質の発ガン率を高めることも、すでにガンになった病状を早く進行させることもありません。もちろん、その逆(ガンを治す効果)もありません。
また、同様の理由で生殖機能への影響も無い、と考えられています。ガンを発生させない、ということはDNAに対する損傷は無いことを意味し、突然変異などへの危険性も無いことを意味するためです。
ガン以外を対象として、磁気が生体に与える影響を調べる実験では、さまざまな有意な結果が出ました。
神経細胞は、電気によって情報を伝達しているため、強い磁気を与えることで、神経に対し「ノイズ」を混入することが可能です。神経細胞は電圧や電流の量ではなくパルスで信号を伝達するため、パルスを発生する磁界の中に入った場合が、一番強い影響が観察されました。
神経にノイズが乗った結果、抹消筋肉の勝手な収縮などが起こります。さらに強い電磁波を与えると、呼吸不全や筋肉の痙攣、心臓の不定期な収縮などが起こり、生命活動に影響があることもわかりました。
つまり、強い磁界に入ることは、生命にとって明らかに悪影響があります。
ボランティアによる実験
疫学的調査・生物学的調査は「電磁波と病気(主にガン)」の関連性の調査が主でしたが、これ以外にも電磁波が人体に及ぼす影響を調査するため、ボランティアを集めて実験が行われています。
電磁気は人間の感覚器官では関知できないものですが、少なくとも「強い電磁波」は、感じることが出来ます。頭に下敷きをこすりつけると髪が逆立って「ぞわぞわ」っとする…という経験は、誰にでもあるのではないでしょうか? あれと同じように、電磁波を受けることで体が帯電し、全身の毛が逆立つことを関知することで、間接的に電磁波を関知することが出来るのです。
少なくとも、この状態は「気持ち悪い」という感情を引き起こします。その意味で、電磁波は確実に人体に悪影響を及ぼすといえるでしょう。また、特定の周波数・強さの電界・磁界を同時に起こした場合、心拍数が多少減少する、という現象も報告されています。
さらに強い磁界に入ると、誘導電流が神経に流れることで、指先などの筋肉がぴくぴくと動く、ちりちりとした軽い痛みを感じる、目がちかちかする、などの影響が出始めます。こうなると、明らかに「悪影響がある」と言ってよいでしょう。ただし、これらの現象は磁界から出ればすぐに収まり、後遺症は報告されていません。
生物学的実験と、ボランティアによる実験では、悪影響が出る磁界の強さが同程度(実際には、誘導電流によって体内に生じると考えられている電流の強さが同程度)でした。そのため、この磁界の強さが、生物に対して悪影響を与える閾値だと考えられています。
以下、当ページでは主に磁界について取り上げることにします。電界には悪影響がない、と考えられるようになったからです。
磁界と電界
急に「磁界」という言葉が出てきました。ここで、「電磁波」と「電界」(電場とも呼ばれる)、「磁界」(磁場とも呼ばれる)について説明しておきましょう。
電気というのは、「電圧」によって「電流」が流れることでエネルギーを生み出します。「電圧」というのは2点間の自由電子の量の差によって生じ、この差をなくそうと自由電子が流れているのが「電流」です。つまり、電圧がかかっていても電流が流れていない、という状態はありますが、電圧が無いのに電流が流れる、ということはありません。
そして、電圧がかかっているとこには、電圧に比例した電界が生じます。電流が流れていると、電流に比例した磁界が生じます。
電界は、距離に反比例して減衰するのに対し、磁界は距離の3乗に反比例して減衰します。つまり、電界は遠くまで届きますが、磁界は遠くまでは届きません。
電気が流れると磁気が生じ、磁気が動くと電気が生じます。電界と磁界は、つまるところ「電気と磁気の影響する範囲」を意味しているので、お互い影響しあいます。つまり、空中に磁界が生じれば電界が生じ、電界が生じれば磁界が生じ…と、連鎖的に磁界と電界が生まれ続ける場合があります。これを「電磁波」とよび、距離の2乗に反比例して減衰します。
国際機関の見解
WHO 1984年の見解
さて、疫学的・生物学的調査を元に、まずWHOが電界について1984年に報告書をまとめます(環境保健基準35)。これは、10kV/m 以下の電界には影響がない、としたものでした。これは、健康被害がどうだというより、「あまり電圧がかかったところに近づくと、感電するかもしれないから近づかないように」という意味合いが強いものです。
続いて、磁界についても1987年に報告をまとめます(環境保健基準69)。こちらは5,000μT(マイクロテスラ)以下の磁界に有害性はない、というものです。
ICNIRP 1998年の見解
WHOの報告の後も、各種の研究は続きました。そして、これらの成果を取り込み、国際放射線防護学会(IRPA)が、1990年に暫定ガイドラインを発行しています。さらにその後、IRPA が独立機関として国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)を設立。1998年には ICNIRP が IRPA の暫定ガイドラインを更新して、正式な「ガイドライン」を発行します。
暫定ガイドラインは商用電源周波数(50~60Hz)だけを対象としていたのに対し、正式ガイドラインでは 300Ghz までの広い周波数をカバーします。ここでは、周波数を 100kHz 以上と以下にわけてガイドライン算出の「根拠」をしめしています。100kHz で分けているのは、100kHz 以下が主に「神経に対するノイズ」が問題となるのに対し、100kHz 以上になると、電子レンジと同じ仕組みによる「熱」が問題となり始めるためです。
磁気は、周波数ごとに体内で起こされる誘導電流の強さや、熱の起こし方が異なります。簡単に言えば、生物の体が「アンテナ」となって、受信しやすい電波とそうでない電波があるのです。
そこで、ガイドラインはいくつかの周波数帯にわけられ、それぞれの周波数区間で「周波数に依存した計算式」によって示されます。つまり、示される上限値は周波数によって変わります。
では、これらの上限値の「根拠」を示しましょう。
ICNIRP は、電磁波と小児ガンの関連に対する疫学的研究を一蹴しました。初期の研究はデータが不十分で、根拠となり得ない。最近の研究は、そうした初期の研究を覆し、関連性が無い、との結論を出している、などが「ガイドラインとしては使用できない」根拠です。
発がん性にかんする生物学的研究も一蹴されました。研究データは多数ありますが、どれも「ガンとの関連性は無い」という結果なので、なにかの危険を避けるためのガイドラインとして使用できないためです。
ボランティアと生物実験による強い磁界の悪影響テストは、ガイドラインを決める際の重要な指針となりました。これらの研究では、50Hz で 5mT (5ミリテスラ = 5,000μT)以下であれば、人体への悪影響はない、とみなされました。ここまでの結論は、WHOの1987年の見解と同等です。
しかし、ICNIRPのガイドラインは、「影響が無い」とされたレベルを元にして、さらに安全係数を掛けることになりました。
まず、安全を見越してガイドラインとして出される上限の値を、影響がないとされる値のさらに 1/10 にします。そして、これを「職業上や無を得ない場合」の上限値として、一般公衆にはさらに 1/5 にします。つまり通常は、十分強いが影響がでない値の 1/50 の値を上限とします。
ICNIRP の結論では、悪影響があるのは「磁界」の強さではなく、「磁界によって体内に生じる誘導電流」の強さです。周波数ごとに電磁波のエネルギーは違いますので、磁界の強さも周波数によって変える必要があります。また、最終的に神経に乗るノイズは「パルス」でなくてはならないため、神経が「勘違いしやすい」周波数に対しては制限を厳しくしています。
たとえば、0.025~0.82kHz の磁界の一般人の暴露の上限は、5/f μT (fは周波数)で示されます。つまり、50Hz では 1,000mG 、60Hzでは 833mG です。0.82kHz~65kHz では、周波数によらず 6.25μT(=62.5mG)です。
複数の周波数に同時にさらされる場合の計算式も示されています。結局、体内に流れる「ノイズ」が問題なので、周波数ごとにエネルギーや、体内への誘導電流の起こしやすさを考慮すれば、全てをまとめて計測することが出来ます。
この場合、「磁界の強さ」で計測値を表現できなくなるため、ICNIRP の基準の何割だったか、という表現となるようです。
また、ICNIRP のガイドラインには、さまざまな注釈が付いています。
たとえば、「制限は時間平均ではなく、瞬間値で行うこと」。これは、強い磁界に入ったときの「ノイズ」こそが問題とされているためです。
その一方で、「基本的な制限が満たされていれば、有害な影響が排除できれば、ガイドラインの値を超えてもよい」ことも明記されています。
基本的な制限とは、いいかえれば「人間の被爆量が十分に制限されていれば」です。たとえば、電子レンジの中では制限を越える電波が飛び交いますが、外には漏れないように作られています。これを、電子レンジの中で磁界の強さを測って「制限を越えた」と言ってしまうと、おかしなことになるでしょう。
同じように、IHの場合はコンロの周囲に人が立って使う場合を想定して計測が行われます。鍋に近づける指先などは、制限を越えた磁界に被爆するかもしれませんが、「基本的な制限が満たされている」ため、問題は無いと考えられます。
ICNIRP は磁界・電界の強度の上限を定める、という重要な役割を果たしましたが、磁界・電界は発生源から離れると減衰します。そのため、どのように計測するかが問題となり、2005年には IEC62233 という、各種家電品からでている電磁波の計測方法の規格が定められています。
現在のところ、この ICNIRP によるガイドラインと、ガイドラインを適用するための計測方法として IEC62233 のセットが、電磁波の上限を制限するための国際的な基準となっています。
IARC 2001年の見解
国際がん研究機関(IARC)は、さまざまな物質、環境、生活習慣などが、ガンを発生するかどうかの見解リスト(がんリスク評価表)を公表しています。
2001年、IARC は、極低周波磁界(50~60Hzの磁界)を、Group-2B「発がん性が疑われている」に分類しました。電界は Group-3「分類できない」に分類されています。
こちらは、ICNIRP のガイドラインのような、なんらかの基準を示すものではありません。磁界の強さ・弱さなど、どのような環境ががんを誘発するか、などではなく、あくまでも「可能性」を示したものです。
まず、リストについて説明しておきましょう。リストは、4つのグループに分けられ、そのうち2番目だけは A B に分類されています。つまり、全体では5つのグループがあります。
まず、Group-1は「発がん性がある」。さまざまな実験や研究で、発がん性が認められた物質です。
Group-2は、「発がん性があると考えられている」。つまり、疑われているがまだ決定的な証拠が見つかっていないものです。これは A B の2グループに分けられ、A は「おそらく発がん性がある」、つまり、追試などでそれなりの証拠が見つかっているが、決定打にかけるもの。B は「発がん性が疑われている」、つまり、多くの人が発がん性を疑っていながら、証拠が見つかっていないものです。
Group-3は「分類できない」。発がん性があるのではないか、と疑われはしたが、研究も進んでいないし、十分な賛同が得られていないもの。
Group-4は「発がん性は無い」。一度は疑われたが、研究の結果発がん性はまったくない、と判明したものです。(1個だけしかありません)
これらは「ランク付け」ではありません。ただ分類しただけです。1-2A-2B-3-4 の順に危険だ、と考えている人が居るのですが、そのような順序はありません。1は明らかに危険で、4は危険が少ないです。2A は危険かもしれません。しかし、2B と 3 は、1 や 4 と危険性を比較することも出来ません。なぜなら、どちらも疑いだけで証拠が見つかっていないからです。
磁界が「発がん性が疑われている」とされた根拠は、小児がんとの関連性研究によるものです。ICNIRP の場合と同じく、疫学的調査の論文が再評価されていますが結論は違います。IARCでは「極低周波磁界の強い環境では、小児がんリスクが2倍程度に高まる」と結論付けられました。
ただ、ここからが重要です。この結論が本当ならば「発がん性がある」ことが確定なので、分類は 1 か 2A です。しかし「選択バイアスの影響がありえる」と、論文そのものを疑っているのです。つまり、相変わらず証拠は見つかっておらず、疑いから前に進んでいないという判断です。これが、2B に分類された理由です。
また、生物学的な実験については、ICNIRP と同じく「生物学的に、磁界も電界もがん発生のリスクはない」と結論付けています。がんを発生させた、とする1件の論文は、実験方法に問題があったとして、ここでも却下されています。
全体的な結論としては、疫学的に見て極低周波磁界はガンを引き起こす可能性がある。ただし、証拠が怪しいので「疑われている」だけで、「おそらく発がん性がある」とまではいえない、との判断です。
(注:日本語訳ページは、電磁波に対して「害がある」と主張する団体のものです。そのため、翻訳に恣意的なところがあります。日本語を参考にしながら、原文を読むことをお薦めします。)
ここらへんが、ICNIRP との立場の違いです。ICNIRP は「科学的な根拠」を求められたため、最新の論文が過去の論文の結果を否定した場合、最新の論文を重視しました。しかし、IARC は「リスク評価」を求められたため、たとえ論文に不備が認められようとも、ガン発生リスクについて疑わしい場合には採用しているのです。
IARC の立場としては「現時点でどのように考えられているか」を常にリスト化していて、評価は時間とともに変化します。例えば、過去においてはグラスファイバーは「発がん性が疑われている」(2B)としていましたが、現在は「分類できない」(3)とされています。
WHO 2007年の見解
ICNIRP の1998年の見解、IARC の2001年の見解を受け、WHOとしても 2001年に見解を示し、2007年にさらにこれを更新しています。
まず、2001年版ではIARC の決定を受け「がんを引き起こす可能性はあるかもしれないが、決定的な証拠は見つかっていないし、むしろデータに疑いがもたれている」ことを明言しています。さらに、2007年版では「疫学的解析は手法に問題があるし、生物学的にもガンになることを示す証拠は無い。しかし未知のメカニズムの存在までは否定しきれない。」と…つまり、ほとんど否定に近いところまで断定しています。ただし、ガンになるという「証拠」が見つからないのと同時に、これを否定する「証拠」も見つかっていないため、IARC の決定を覆す必要は無い、としています。
そして、科学的に根拠のはっきりしている、ICNIRP の定めたガイドラインを遵守するように呼びかけています。また、電磁波の影響は不明ながらも、「用心政策」として、できることはやるべきであると呼びかけています。
用心政策は、2000年にWHOが呼びかけたものです。電磁波リスクが疑われてはいるが、現実の証拠は見つかっていない状態で、「低コストで出来るのであれば、減らすよう努力する」ことを呼びかけても実際には誰も動かず、「用心のために強めの規制を行う」ことは、不便を強いるだけで利益が無い、と指摘しています。
現実的な用心政策とは、科学的な裏づけによるガイドラインを示し、そのガイドラインを守るために人々が出来ることを呼びかけること。また、科学的な無知から来る恐怖を取り除くため、十分な啓蒙活動を行うこと、とまとめています。
超低周波の電界及び磁界への曝露(PDF:2007年見解)
WHOの電磁波に関する見解の日本語訳のダウンロードページ(2002年以前の見解をダウンロード可能)
超低周波電磁界とがん(PDF:2001年見解)
用心政策(PDF)
結論
最初に書きましたが、あらためて。
現在のところ、IHや家電品からでている電磁波が人間に対して害がある、という証拠は見つかっていません。
絶対安全である、という証拠も見つかっていませんが、おそらくなんの影響も無いだろう、と考えられています。安心して使ってください。
ただし、危険である証拠が示せないのと同じように、安全である証拠も示せません。つまり、電磁波というのはどこにでもある、ありふれたものと変わりません。
…あなたがいまいる場所が、特に「危険だ」という証拠もありませんが「安全だ」という証拠もないのと、おなじことです。
参考リンク
調べたことを追記、追記で書き連ねているようで、話がまとまっておらず、読みづらいです。
しかし、さまざまな研究報告の概要を示していたり、「生の」データを数多く扱っていたり、参考としてみるには非常に良いページだと思います。