ぜんぜん日々更新ではない日記です

まぁ、ぼちぼちやっていきます。
このページは最新7日分で、逆順(最新が上)で並んでいます。
過去のものはヘッダ部分のリンクから選べます。

目次

2017-04-23 キッザニア東京
2017-04-19 地図の日
2017-04-17 アメリカが日本製のパソコンに100%関税をかけた日(1987)
2017-04-14 久しぶりに理科ハウスへ
2017-04-14 フィル・カッツ 命日(2000)
2017-04-07 プラスとピリオドの取り違え
2017-04-03 ルータ交換
 今月の日記
キッザニア東京  2017-04-23 23:39:19  社会科見学 家族

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1か月くらい前、長女が急に「誕生日にキッザニア行きたい」と言った。


もうずいぶん前になるが、テレビの「探検バクモン」でキッザニアの紹介をしていた

その際に興味を持っていたのだけど、「いつか行こう」と約束したままになっていた。


行きたいと言われて思い出し、その場で携帯で調べる。

オープン当初は「3ヵ月前に予約しないと入れない」と言われていたのだけど、さすがにそんなことは無くなったようだ。


長女の誕生日は4月25日。次女は4月21日。

ちょうど4月22日(土曜日)の予約が取れたので、後先考えずに入れてしまう。

ダメそうなら後からキャンセルすればいいだろう。




特にダメなことはなかったので、昨日行ってきた。

キッザニアは1日2部の完全入れ替え制となっているのだけど、予約したのは9時から15時の1部。

6時間遊べることになる。


1週間前から事前準備。

地図をプリンタで印刷し、そこに書かれた職業などで興味があるものがあれば、パソコンで調べてよいことにする。


長女と次女は一緒に相談しながらいろいろコース取りを考えている。


公式ホームページには体験に必要な時間も書かれているのだけど、都合よく待ち時間もなしに体験できる前提で考えている。

待ち時間もあるだろうし、そんなに都合よくは出来ないよ、と言っておく。


でも、お菓子作り体験(森永出店のパビリオンで、ハイチュウを手作りする)は是非やりたいらしい。



長男はのんびりしたもので、「あ、これ面白そう」とか目星は付けているのだけど、順番とかは考えていないようだ。

細菌研究所(ヤクルト出店のパビリオン)は是非やりたいらしい。

もう中学生なので、「壮大なごっこ遊びなんでしょ?」ってちょっと冷めている。



親の方も調べてみるけど、よくわからない。

基本的には親は暇なのかなー、という感じで、暇つぶしの本とかを持っていくことにする。

実際は親も結構忙しく、暇つぶしなんて必要なかったのだけど。


あと、結構早くいかないとダメらしい、とわかったので、朝6時半に家を出ることを目指す。

家からだと、高速でも1時間はかかる。実際、ついたのは7時40分ごろ。


実は、これでも遅いくらいの時間だった。




とにかくついた人から順に、番号の書いたカードを渡される。

これさえ受け取ってしまえば、手続きの順番とは関係なしに入場順が確定する。


96番だった。実のことろ、この時点で「第2部」の入場待ちがすでに出来上がっている。



車の中でパンを少し食べたけど、朝ごはんは基本的に食べてない。

でも、列に並んで残りのパンなど食べる。


入園手続きをして列に並んだのが8時過ぎだったのだけど、8時10分頃には列が進み始める。

先頭は8時ごろから入園を開始しているようだ。入ったのは8時半ごろ。



長男には好きに行動してよい、と言ってあったので、すぐにどこかに行ってしまった。

長女・次女は「お菓子作りに行かなくちゃ」っていうので地図を調べながら行ってみる。


…すでにすごい列ができていたけど、とにかく並ぶ。

列に並んだら親としてはやることがない。近くにいたら、長男がやってきた。


町を一周見て回ってきたらしいけど、何があるかだいたい把握したので、一番やりたい細菌研究所に来たという。

森永のパビリオンの隣だった。


森永は長蛇の列だけど、細菌研究所は…誰もいないように見える。

「どこに並べばいいの?」と長男に言われたので、近くにいた、白衣を着た、いかにも「研究所」の人に聞いてみる。


あまり人気が無くて、長男が最初のお客さんだったようだ。

その後ちらほら人が来たけど、わざわざ最初に並ばないでも入れるようなパビリオンだった。



9時になって、お仕事開始。

長男はすぐに中に入って職業体験を始めたけど、森永の方はここから「予約受付」が始まる。


長男の仕事ぶりを見ている間に、長女・次女を見失ってしまった。

この時点で気づいたけど、森永は「本日の受付終了」になっていた。


予約受付で、今日体験できる人数を確定させて終了、のようだ。

後で知ったのだけど、キッザニアで一番の人気アトラクションで、始めてきたのに予約を入れられたのは、ラッキーだったようだ。




折角なので長男が終わるまで見ていた。

研究者らしくマグネチックスターラーをつかったり、マイクロピペットを操ったり。


最初はちょっと器具の扱いに慣れる練習なのだけど、途中で「相談」のメールが来る。

町に原因不明の病気が流行っており、症状は発熱・腹痛・下痢。患者から得たサンプルから原因特定をしてほしい、というもの。


サンプルを少し試験管にとり、蒸留水で薄め、試験管ミキサーで攪拌。

再びピペットでスライドガラスにサンプルを取り、顕微鏡で覗く。


いくつかの菌の写真が載った「辞典」から菌を特定。

カンピロバクター、と特定されました。


…あー、ヤクルトだもんね。

腸内フローラを整えていれば発症を抑えやすい。


って思っていたら、最後にヤクルトの試飲があった。


お仕事終了の「報告書」と、お給料8キッゾ(仮想通貨)をもらって終了。



#後で知ったけど、菌は日によって変わるそうです。




長女・次女を見失ってしまったので、長男と一緒に銀行に行く。

最初の30分は混んでいる、と情報に書かれていたのだけど、もう空いていた。


…これ、公式ページの情報が少し古いのもあるようだ。

昔は、入り口でもらえる「トラベラーズチェック」は、必ず銀行で換金しないと使えなかった。

このため、開始直後に銀行が混んだ。


でも、今はトラベラーズチェックはそのまま現金と同じように通用するので、銀行は混まなくなったようだ。



ともかく、銀行預金を作ったら財布をもらえた。

実際に使えそうな立派な財布。いわゆる「べりべり財布」だけど。



長男には自由に遊んでいいよ、と言ってここで別れる。

心配だから長女と次女を探さなくては。



誕生日の子は、普通なら仮想通貨で有料の「お客さん体験」も無料でできる。

だからスマホ借りたい、と言っていた。


ドコモショップに行ってみると、長女と次女がちょうど使い方の説明を受けてスマホを借り終えるところだった。


予め僕と妻の携帯番号は教えてあったのだけど、お互いに電話をかけ、履歴からすぐに呼び出せるようにしておく。

これでどこに行っても連絡とれる、という状態になったら、長女がどこかに行ってしまった。


次女にも「一人で好きなところ行っても大丈夫だよ」と言ったが、怖いからついてきて欲しいという。




ピザづくりしたい、と言っていたのでピザーラへ。90分待ちだった。

予約は1個しか入れられない(終わったらまた予約を入れられる)のだけど、お菓子作りの予約を午後1時10分に入れてあるので、やるなら待たないといけない。

そんなに待っていられないので、他のものを見に行く。


シャウエッセン作り、30分待ち。

これなら短いからやってみたら? と言ったところ、ソーセージ作り体験は去年の夏にやったから別にいい、とのこと。


#実は、このとき長女はソーセージ作りに並んでいたようだ。

 気づいていたら次女も入ったのだろう。



いろいろ回るが、待ち時間があるのが嫌なようだ。


…と、そこにおあつらえ向きに「今なら待ち時間ゼロ」の仕事があった。

コールセンターテレフォンオペレーター。

子供にはピンとこない仕事で、あまり人気がないようだ。


最初はよくわからないとしり込みしていたけど、「パソコン画面に表示されるセリフを読むだけ」と係のお姉さんに説得(?)され、やってみることにした。


次女は引っ込み思案で恥ずかしがりではあるが、本の朗読とかは年齢の割にはうまい。

今、前歯が生え変わりで抜けているので、「さ行」が発声しにくいのだけど。


最初に研修があり、その後実際のオペレーターの仕事がある、という流れ。

仕事は、クロネコ宅配センター、ピザーラオペレーターなど、3つから選べた。

(どれも、キッザニア内にお仕事がある)


最後にお仕事レポートをもらったけど、非常に高評価だった。給料8キッゾ。




この間に妻が周囲を回り、待ち時間が短くて、次女が楽しめそうな仕事を見繕ってきた。

チーズケーキを作るお仕事が15分待ちだったよ、と教えてくれる。


しかし、行ってみたらちょうどその「15分待ち」の時にいた子たちが仕事を始めるところだった。

次の仕事までは30分待ち。


でも、次女もチーズケーキなら作ってみたいという。待つことにする。


ここで長女から電話がかかってきた。

ガソリンスタンドのところにいるから迎えに来てーと。

電話の使い方がまだわかっておらず、詳細を知ろうとこちらから話しかけたものの、返事なく切れてしまった。


妻が迎えに行く。しばらくして長女と一緒に戻ってきたら、ソーセージをくれた。

2本貰ったのだけど、美味しかったので1本は食べてしまったそうだ。

1本は妻と僕と次女のために残してくれていた。


シャウエッセン作りは5キッゾだったそうだ。

長男は研究員で8キッゾ、次女はコールセンターで8キッゾもらったよ、と伝えると、なんで給料が違うんだろう、という話になる。


そこにいた係のお姉さんが、話を聞いてすぐに教えてくれた。

食べ物を作る仕事は5キッゾ、それ以外は8キッゾなんだって。


食べ物作りは人気があるので、分散させるための策のようだ。



たしかに、チーズケーキづくりも5キッゾだった。

でも、長女・次女に食べさせてもらったケーキは美味しかった。




じゃぁ、今度は食べ物じゃないのをやる、と長女。

目の前に東京ガスの仕事があり、待ち時間も30分だったのでやることにした。


そこに、ちょうど長男が現れた。

時間は11時半くらい。「おなかすいたから何か食べたい」という。


ソーセージとチーズケーキを食べた長女・次女と違い、長男は「ヤクルト2本しか飲んでない」という。


…2本?

細菌研究者、気に入ったのでもう一度やったそうだ。

3回やると、報告書を綴じるファイルをもらえるので欲しいという。


まぁ、昼ご飯にしよう。

長女・次女は妻に任せて、長男と一緒に近くにあったモスバーガーに入る。


ここはリアルマネーでの取引。

長男は「とびきりチーズバーガー」、僕は「モスバーガー」のセットを頼む。


結構ボリュームがあった。ポテトを二人とも残す。

妻が東京ガスの前で、長女・次女の仕事終わりを待っていた。

ポテトは妻に渡しておく。園内で買ったものを園内で食べるのは問題ないから。




長男は鉛筆工場に予約を入れているというので、ついていくことにする。

長女・次女の写真は撮ってあげているのだけど、長男のものがほとんどないからね。


実は、鉛筆工場は次女も来たかった場所。

でも、ここも90分待ちであきらめたの。


説明では「工場で鉛筆を作る」となっていたのだけど、工程を説明されるだけですね。

本当は鉛筆づくりって乾燥工程が多いから、30分程度で作れるわけもない。


10B~10H 、HB と F を含めて 22本の鉛筆の試し書きができる、というのがお楽しみの一つ。

そして、最後には自分の名前を入れた鉛筆をお土産にもらえます。



終わった後、すぐ近くのラジオ局ブースで「DJ募集」していました。待ち時間ゼロ。

次女と前を通った時は、中でたくさんの子供が体験していて人気があるように見えたのだけど、「結構人気がない」というお姉さんのぶっちゃけ話。


長男、「待ち時間ないならやる」と、即決します。


先に次女が本の朗読とかうまい、と書きましたが、実は兄弟3人とも。

(保育園の頃に、僕が絵本の読み聞かせをよくやっていたので、本を読む際の間とかがわかっているのです)


長男がやると決めた後、もう一人の子供が来ました。小学校3年生くらい。

入る前にお姉さんと話しているのを聞いたところ、以前来た時に体験して面白かったのでもう一度やりに来た、ということらしい。


もっとも、DJをやると言っても、台本を読むだけです。

結局2人でDJをやったのですが、先に来ていた長男がタイトルコールなど担当することに。


「Good Evening Kidzania」というのが番組タイトルなのですが、DJになり切った感じで格好よくコールしていました。

今までそれほど意識したことはなかったようだけど、僕が朝家事やっている時にはいつもFM横浜を聞いているので、なんとなくやることがわかっているらしい。


#ちなみに、ここのラジオ局は J-Wave のパビリオンでした。

 お姉さんに「子供もFM横浜ならよく聞いている」と言ったら、「ありがとうございます」と言われました。

 違う局でも、ラジオを聞く子どもなんてすでに珍しいからね。


#Good Evening なのは、キッザニアは常に夕暮れ時、という設定のため。

 屋内遊園地だから薄暗いのもありますが、お仕事現場である建物の中が輝いて見える、という演出でもあると思う。



ラジオ局は2階にあるが、すぐ下はピザ屋。番組は生放送でピザ屋にも流れる。

また、番組は録音され、お土産としてCDがもらえる。




DJが終わったら1時半。お菓子工場に行ってみる。

長女・次女が1時10分に予約を入れていたから、やっている最中のはず。


長男も、隣の細菌研究所に…いこうとおもったら、このときは案外待ち時間があった。

「じゃぁ、何か別のやってくる」とどこかへ行ってしまった。



ハイチュウ作りの終わった長女・次女が「つぎ何やろう」というので、DJが待ち時間なしだったことを伝えてみた。

そうしたら「面白そう、やってみたい」という反応。



行ってみたら、ちょうど次の仕事が始まる直前だった。

この回は希望者が多く、DJ6人、ディレクター2人。


僕の顔見たら「妹さん二人も来てくれたんですね。ありがとうございます」とお姉さん。

長男のDJ好評だったからね。



本番前のリハーサルを見ていたら、また長男がやってきた。

「面白かったからもう一度やろうと思って」



長男が上手だった、と妻に言ってあったので、妻も是非聞いてみたいと言う。

そこで、次は妻が長男の付き添い、僕が長女次女に付き添うことに。




DJの終わった長女次女、レンタルの携帯電話を開始に行かなくてはならない。

園は3時終了だけど、レンタル返却は2時半なので。時間はすでに2時20分ごろ。


撮影した写真は、1枚だけ印刷してもらえることになっているのだけど、次女は写真撮影が楽しかったようで、たくさんの写真を撮っていた。


…アプリ一覧を見たら、Gmail が入っていた。僕のPCアドレスに画像送信してしまえ。



これ、後でレンタル時の説明を読み直したら「メールは使えません」となっていた。


つかっちゃいけない、ではなくて、使えない。

ホーム画面にアイコン並んでなくて、わかる人しか判らない奥底に入っていたからね。


着信履歴などは、1回ごとに全部消去しているらしいのだけど、クラウドサービスは消えないようだ。

なので、メールを使うとプライバシー漏洩の恐れがある。使いたいならその覚悟で使うこと。


実際、Gmail の送信履歴には、知らない人のメールアドレスがたくさん残っていた。

送信後は、送信履歴からも痕跡を抹消するように気を付けよう。




さて、携帯を返したら2時半過ぎ。

お仕事は基本的に30分なので、もうどこも受け付けてない。


…でも、まだやっているところを探してみる。

クロネコヤマトの宅配センターに「アルバイト募集」と出ていた。


アルバイトは、10~15分ほどで終わる簡単なお仕事。3キッゾもらえる。

このときの仕事は「近くのお店にメール便を届ける」こと。



終わった後、まだ3時まで時間があったので、銀行に行って全額預金。


子供たちは、しばらく遊んだ時点で「また来たい」と言っていたから。

また来るつもりなら、銀行にキッゾを預けておけば利子が付く。


年2回、5% の利子がつく、と銀行の店頭に書かれていた。

複利なので、年利 10.25%。バブル期にも見られなかった高金利だ。


#詳細は後で知ったが、2月と8月、25日ごろにつくようだ。



その後長男もやってきて、3時ギリギリに銀行に入店。

3時になると「営業終了」なのだけど、その時に店内にいるお客さんまでは処理してくれるようだ。




長男、見てない間にCM作成もやっていた。

DJはCDがもらえるけど、こちらはDVDがもらえる。


家に帰ってから、夕食食べながら子供たちのCD・DVDの鑑賞会になった。


長女・次女のDJは、8分ほど。

長男のDJ2回目は、他の子もたくさんいて7分ほど。


これに対して、長男最初のDJは、もう一人の子も結構上手で、たった5分で終了。

物足りない? けど、テンポがよくて、聞いていても楽しい。


台本は複数あるけど、本来全部同じくらいの長さ。上手に読めると時間が短くなる。



次は長男の誕生日に行こう、とすでに決めているけど、またDJはやりたいらしい。


タイミングを見て、できれば「ひとりDJ」をやりたいのだとか。

当面、ラジオを聞きながらプロのDJを学んでみるつもりらしい。



今まで特に興味のなかった仕事に興味を持つ、というのは、すごいことなんじゃないかな。

キッザニア、思っていた以上に楽しめる場所でした。



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社会科見学

家族

別年同日の日記

13年 LUMIX Phone Update


名前 内容

地図の日  2017-04-19 18:40:12  歯車 今日は何の日

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今日は地図の日。

伊能忠敬が測量事業を開始した日、とされています(1800)。


…されています、というのは、本当は旧暦(寛政暦)の4月19日だから。

しかも、この年は閏年で、4月が2回あった。「閏四月十九日」が測量開始の日ですね。

現代で言うと、6月11日。


しかも、この日は「江戸の自宅を出発」した日で、船で蝦夷地まで向かっています。

本当に蝦夷での測量を開始したのは5月29日で、現代で言うと7月20日。



でも、そんな細かいことを言うとややこしいので、とりあえずは4月19日測量開始、で良いかと思います。




以前に書いたのだけど、僕は小学生の時に「尊敬する人物」と聞かれて、伊能忠敬の名を挙げています。


お父さんとか、王貞治選手とか言う子が多かったのだけど、それはなんか違うと思ったから。

家にあった偉人伝(一人2~3ページの漫画で主な業績を紹介してあるだけ)の中から見繕って、この人はすごいと思って書いた程度。


でも、一度「尊敬する」と言ってしまったら、ちゃんと知っておかないといけない気になった。

少しづつ調べて、大学くらいの時にやっと業績を正しく理解できるようになりました。



伊能忠敬は、「結果的に」地図製作者なのですが、彼自身の興味としては「こよみ」にありました。

カレンダーですね。


江戸時代の暦は、カレンダーとしての実用性だけでなく、それ自体がエンターテインメントでした。

日々の運勢が書かれていたり、寺社での祭りなどのイベントや、月食などの珍しい天文現象まで予測されていました。



江戸時代は天文学が大きく進んだ時期で、暦を作るための「歴法」も何度か改定されています。


中国から「暦」が伝わってから 800年ほどは、そのまま中国の歴法が使われていました。

しかし、800年もの間に実際の天文現象と暦の間にずれが見られるようになります。


そこで、これを改定させたのが渋川春海。江戸初期の話です。

800年も続いたものを改定するのだから一大事業でした。


しかし、これで「正確な暦」の重要性が認識されると、より正確な暦を目指して工夫されるようになります。

結局、江戸時代 200年の間に4回の暦の改定がありました。


忠敬が測量の旅に出発した、という4月19日は、寛政暦によるもの。

一般に「旧暦」と呼ばれるのは天保暦ですが、それほど大きく違うわけではありません。



日本の暦は、月の満ち欠けを元としたものです。


月が出ない、新月の日が朔日(1日)。満月が15日。

暦を持っていなくても、夜の月を見れば日付がわかる。誰にでもわかりやすい方法ですし、だからこそ 30日の単位を「月」と呼びます。


現代のカレンダーは「シンプル」ですが、「月」という語源からはすでに離れています。

十五夜は 15日の夜ではない。


しかし、旧暦は、その定め方は複雑ですが、「1ヵ月」が非常にわかりやすいです。

それでいて、実は現代のグレゴリオ暦よりも、1年の長さが正確です。


(地球の1年は365.24219日。

 これに対し、グレゴリオ暦の1年は 365.2425日、天保歴は365.24223日)



旧暦では、1ヵ月は29日か30日です。1年は354日程度。

これでは実際の1年と誤差が大きいですから、4年に一度程度、「閏月」を入れて調整します。

このときは、1年が13月になります。


この、閏月をどのタイミングで入れるかも、誰が計算しても同じ結果になるように計算方法が決められています。



冒頭で書きましたが、伊能忠敬が測量の旅に出たのは、閏四月でした。四月の次に、もう一度四月を繰り返します。

一般に旧暦と新暦は1か月くらい違うとされるのですが、これによって2か月くらい違っている。


四月だから「春に出発」と思いきや、梅雨のさなかです。

実際、蝦夷への船旅は、梅雨頃に特有の気象現象によって長引いています。



#冒頭に書いた新暦と旧暦の対応は、暦の改定も考慮して作られたページを参考にさせてもらいました。




暦を作る上では、天文現象をよく知る必要がありました。

そして、天文現象をよく知るには、一番身近な天体…地球のことをよく知る必要がありました。


遠くにある星は、遠いからこそよくわかりません。

しかし、近くにある地球は、今度は近すぎて全体を観察できません。


実際、地球の正確な大きさもよくわかっていませんでした。

そして、地球の大きさを知ることが、暦法を改良する上で必要とされていたのです。



伊能忠敬の興味は、ここにありました。地球の大きさを知りたい。

でも、江戸時代は何をするにも幕府の許可が必要でした。

地球の大きさを測りたい、なんて常人に理解できないことを言い出したところで、許可はおりません。


そこで一計を案じました。

蝦夷からの外敵に備えるため、蝦夷の地図を作りたい。

幕府に対して、そう申請したのです。


当時、蝦夷はまだよくわかっていなかったので、地図を作るというのは大義名分となります。

そして、地球全体の大きさを推察するためには、大きな場所を測ったほうが良いのです。



地球のサイズを測るのに一番良い方法は、緯度1度の長さを測ることと考えられました。

緯度とは、北極と南極をまっすぐに結ぶ線、「子午線」に対して、地球の中心からの角度のこと。

赤道は0度、北極・南極は90度になります。


北半球では、夜になれば「北極星」を観測できます。

北極星は、ほぼ動きません。


#実際には多少動きますが、この動きも時代とともに変わり、江戸時代は現代よりも動きませんでした。


この北極星がどこに見えるか、正確な角度を出します。

北極の上にあるのですから、北極では天頂、90度の角度に見えるはずです。

逆に、赤道では水平線に重なる、0度になるはずです。


ということは、90度から北極星の角度を引いたものが、観測地点での緯度となります。



これで、地球上の「緯度」はわかります。

あとは、地上の距離を測定すればいいだけ…?



いや、それでは、同じ緯度でも「斜めに」長さを測ってしまうかもしれません。

正確に子午線に沿って図らなくては、距離を誤ります。




実のところ、緯度は比較的簡単に測れますが、経度を測るほうがずっと難しいのです。


経度を測るには、星の位置を使います。

星は、1日の間でもずれていきます。

地球が1日で1回転している(自転)ためで、1周は360度。


現在の時法では、1時間は1日を24等分したものなので、1時間のずれは 360/24 = 15度。

4分で1度ずれることになります。


さらに、毎日同じ時間に星を観測したとしても少しづつ位置がずれていきます。

これは、地球が太陽の周りをまわっているためです。


地球はおよそ 365日で太陽の周りを1周します(公転)が、1周は 360度。

だから、1日のずれはおよそ1度。



同じ個所で数日にわたって観測を行ったら、ここで説明したとおりのずれが起こります。


では、「移動しながら」観測を行ったらどうでしょう?

前日の観測とは、上に書いたものとはまた別の「ずれ」が加わるはずです。


そのずれは、つまり観測地点の経度が変化したことによるずれです。

このずれを正確に測定することにより、2点間の経度の差を求めることができます。



ただ、ここでまた別の問題が生じます。

上に書いた「ずれ」は、地球の動きに起因するものです。

これを正確に測定しようと思えば、地球の動きを正確に知るための道具…

つまりは、正確な時計が必要になるのです。


これは、当時の技術的な限界でした。

伊能忠敬の日本全図は、緯度はかなり正確なのですが、経度に関してはずれがあります。



しかし、星の南中時刻を利用して経度を測定する努力はしています。

ずれがないように複雑な方法で「糸」張り巡らせ、そのうち高さの違う2本が、正確に南北を向くように(子午線に沿うように)します。


この2本が重なるように下から覗くと、星の正確な「南中」位置の目安となります。




蝦夷地の計測は、実際に日本全体の計測を行う前の「試験」と位置付けられました。

試験的なものなので、使用してよい機材も限られ、精度を上げるのに限界がありました。


そして、伊能忠敬が「やりたい」と幕府に願い出て許可を得たもので、幕府は許可とわずかな資金を出しただけです。


忠敬はほぼ私財をなげうって計測を行い、およそ70両、現在の価値にして1200万円ほどを使ったようです。


1800年 10月には計測を終えて帰り、11月は地図製作に取り掛かります。

年内にはすべてをまとめ上げ…子午線1度は「二十七里余」と出ました。


「余」というのがまた微妙ですが、仮に 27.3里 だとしましょう。

1里は約 4km…より正確には、約 3.93km とされます。(もともとそれほど正確な単位ではありません

1度がこの長さですから、地球1周の長さは 27.3*3.93*360 = 38624km 程度です。



実は、ほぼ同じことを、1年前にフランスが行っています。

ヨーロッパ各国で統一されていなかった「長さの単位」を統一しよう、と呼び掛けて始まったもので、ヨーロッパの国々で計測を行い、赤道から北極までの長さを算出しました。


そして、この 1000万分の1を「メートル」とします。1799年のことでした。


言い換えれば、赤道から北極までが 1000万メートル…1万 km です。

これは地球一周の 1/4 ですから、1周は 40000km になります。


伊能忠敬の計測値は、 4% 程誤差があります。



しかし、この業績が認められ、さらに全国の計測が許可されます。


最終的に忠敬の出した子午線1度の長さは、28.2里。

地球一周の長さは 39897km です。わずか 0.3% の誤差しかありません。



ちなみに、地球は当時考えられていたような「球」ではなく、遠心力のために赤道付近が膨れていますし、大陸と海の重さの違いで、北半球がつぶれています。


フランスの計測した場所と、忠敬の計測した場所では、子午線1度の長さが違う、ということですね。


では、現代日本の測定ではどうなのか?


これは、忠敬の子午線1度は、0.2% 程度の誤差しかないのだそうです。




伊能忠敬が暦に興味を持ち、勉強を始めたのは、老いて隠居してからです。


人生何歳からでも何かを始めるのには遅くない。

成し遂げたことの偉大さもさることながら、この姿勢が素晴らしいと思います。


僕の尊敬する人物の一人です。


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歯車

今日は何の日

別年同日の日記

02年 4/19

05年 網戸ついた

06年 大玉


名前 内容

アメリカが日本製のパソコンに100%関税をかけた日(1987)  2017-04-17 18:44:55  その他

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今日は、アメリカが日本製のパソコンに、100%の関税をかけた日(1987)


話は 1970年前後から始まります。


1960年代、コンピューターのメモリと言えば、コアメモリが「あたりまえ」でした。


しかし、コアメモリは小さなビーズを編んで作るもので、ほぼ手作業で作られていました。

大量生産に限界がありますし、手先の器用な日本人が作るものが多く、輸入コストなども考えるとアメリカでは値段が高くなってしまう。


そこで、当時新しく出てきた「集積回路」の技術を使い、メモリを作ろうとしたベンチャー企業がありました。

インテルです。


1969年には、世界初の SRAM を発売。

コアメモリと違い、電源を切ると内容が消えてしまいますが、コアメモリと同じ感覚で使用できるメモリでした。


1970年には、世界初の DRAM を発売。

通電していても、ほおっておくと内容が消えてしまいます。

メモリとして動かすには「リフレッシュ」と呼ばれる動作が必要でした。

しかし、その代わりに非常に安く、値段的にコアメモリよりも優位に立ちます。



これを機に、コアメモリは急激にシェアを落とし、半導体メモリの時代に切り替わります。


さらに翌 1971年、世界初の CPU 、4004 を発売。

そもそもインテルはメモリ作成を目指したベンチャー企業でしたが、この後は CPU の開発に力を入れていきます。




CPU は非常に複雑な部品で、制作にはノウハウが必要でした。

しかし、メモリは比較的簡単に作れる製品でした。


そのため、インテル以外にも半導体メモリの制作会社が乱立します。

そして、その波は日本にも達しました。


日本の産業は「改良」が得意です。

DRAM と SRAM という、基本原理のしっかり定まったメモリを真似し、高品質のものを量産し始めるのに時間はかかりませんでした。



1970年代の末期には、日本製のメモリは安くて品質が良く、アメリカ製のメモリよりも世界的なシェアで優っていました。

これには、未来の主幹産業として政府が補助金などを出し、国内で半導体産業が育つように保護し、輸出などを後押しした効果もありました。


1978年、当時の総理大臣である福田赳夫が訪米した際、アメリカの半導体メーカーから、日本製の半導体業界の形態に対して陳情が行われます。

企業間の競争なのに、政府が日本企業だけを保護するのはおかしい。

アメリカ企業が売り込もうにも、日本国内の流通業者に政府の圧力があり、国外製品を扱おうとしない。

値段も安いが、補助金があるからつけられる値段で、ダンピング(不当廉売)にあたる…などなど。


ある程度は耳の痛い事実でした。

国内産業の育成はそれぞれの国の内政問題なので、他国からの口出しは無用です。

しかし、それによって企業間の競争がそがれているとすれば、法の下の平等に反してしまうのです。


同時に、コンピューターがまだ国防上重要だった時代。

こうしたコンピューターの基幹部品を日本のものに抑えられてしまうのは、アメリカ政府としても黙っていられませんでした。



こうした事情もあり、幾度となく日米間で話し合いが行われ、1986年には「日米半導体協定」が出来上がります。

協定の詳細は日米間のトップシークレットであり極秘とされましたが、国内の半導体市場を開放する代わりに、アメリカが日本の内政に干渉するのもやめる、という筋の合意でした。




しかし翌 1987年の 4月 17日…つまり今日、アメリカは半導体など3品目の日本からの輸入品について、100% の関税をかけることを発表します。


100% の関税、ということは、輸出品の値段がいきなり2倍になってしまうということです。

価格競争力は失われ、事実上の「輸入禁止」となります。


アメリカには、諸外国との貿易に関する法律として「通商法」と呼ばれるものがあります。

貿易は国際間のものですから、貿易相手はアメリカのこの法律を守らなくてはなりません。


そして、この中に 301条という項目があります。

アメリカ大統領直属の「通商代表」は、不公正な貿易が行われていると判断した際、独自の判断で関税率などを変更することができます。


どのような判断でそうしたかを公表する必要はありますが、異議申し立てを取り合う必要はありません。

また、判断の元となった貿易品目と、措置を行う品目が一致する必要もありません。



このときは、理由は「日米半導体協定に違反し、日本から輸出される半導体のダンピングが続いている」でした、

先に3品目と書きましたが、半導体製品と、電動工具、カラーテレビが対象でした。

カラーテレビなどはアメリカでも日本製が人気がありましたから、主要輸出品を「人質」にとって、早期解決を求めた形です。




アメリカはダンピングと断定しましたが、この頃実際に RAM が急に安くなっています。


ファミコンの発売が 1983年。

それまでゲームを遊ぼうと思ったらパソコンが必要でした。


当時のパソコンには 32~ 128K 程度(VRAM 含む)の RAM が搭載されています。

でも、ファミコンは 4K で十分なゲームが遊べました。

そしてファミコンは大ヒットしました。


需要を見越していたメモリが、結果的にだぶつきます。

これでメモリの値段は安くなりました。



1986年には、松下とソニーから、3万円の MSX2 も発売されています。

192Kbyte のメモリを搭載していました。急激にメモリが安くなったから作れた機械でもあります。

でも、この頃から安くなったメモリをふんだんに使った製品が出始め、今度は量産効果でメモリが安くなりました。



こうした流れは日本独自のものだったことに注意が必要です。


RAM 以外にも、ロジック IC なども日本製が強くなっていました。

何よりも、同じものを高品質に作り続ける、というだけであれば、日本はまだアメリカよりも人件費が安かった時代です。

安いのは決してダンピングなどが理由ではありません。



Intel は理解していました。

だから、RAM よりも CPU に力を入れていたんです。


でも、そうした独自製品を持たない半導体企業は数多くありましたし、事実問題として、半導体産業の保護は、アメリカにとって国防に関わる問題でした。




しかし、この措置には思わぬところから横やりが入ります。


半導体の「製造企業」は政府に圧力をかけて日本からの関税を引き上げさせたのでしょうが、それによって打撃を受けたのは、半導体を「使用する」アメリカ企業でした。

特に、家電品などで使われていた液晶パネルなどは日本製以外に供給元が無く、日本からの輸入が止まると製造ができなくなってしまうのです。



日本からの「ダンピングなど行っていない」という強い陳情もあり、2か月後にはこの制裁関税を解除しています。



しかし、これは後に言う「日米半導体摩擦」の始まりにすぎませんでした。


1989年には、日本独自に開発していた OS である、TRON OS がやり玉に挙げられ、事実上潰されています。

(これは、MS-DOS の強力なライバルになりそうだから、マイクロソフトの代表として西和彦氏がアメリカ政府に陳情したのだそうです)


1992年には、最大の山場となります。

アメリカとの協定により「外国製半導体のシェア目標」が課され、日本企業がどんなに頑張っても、普及「させてはいけない」足枷となるのです。


そして、この後は中国、韓国、台湾などが力をつけ、日本の半導体業界も斜陽産業となっていくのです。




今、その中国に対し、再びアメリカが強硬姿勢で臨もうとしています。



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別年同日の日記

02年 4/17


名前 内容

久しぶりに理科ハウスへ  2017-04-14 18:41:04  家族

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年度替わりの忙しさで、ここしばらく日記を書いていなかった。


ざっくりまとめておこう。



長男が小学校の卒業式を迎えた、という話は先月書いたのだけど、当たり前のように中学生になった。

制服がまだ初々しい。


部活に必ず入らないといけないそうなのだけど、「必ず」と言っている割には部活のショボい学校で、体育会系しか充実していない。


僕に似て運動嫌いの長男は、美術部と科学部を見学して…

これが、純粋文系部活のすべてだ。2つしかない。


一応、他にブラスバンド部はある。僕としては、ちょっと体育会系入っている、という認識。

長男も音楽にはそれほど興味がない。


でも、入部前に必ず3つ以上部活を見学すること、というのもルールなのだ。

広い世界を知ってほしい、という学校の趣旨らしいのだけど、その趣旨にしては揃えられている世界が狭すぎる。




この半年間、長男が最上級生で忙しかったこともあり、理科ハウスに全然いけなかった。

世界一小さな科学館ね。


春休み中に思い立って行ったら、運悪く休みだった。

事前に調べなかった僕がいけない。まぁ、その時は海岸に行って貝殻探しをしたりして楽しんだのだけど。


で、翌週…先週末にもう一度行った。

相変わらず楽しい場所だ。


理科ハウスに行くと、必ず子供の質問に目を通すようにしている。


疑問があれば誰でも紙に書き、掲示していいことになっている。

そして、答えられる人は誰でも答えを書き、その裏側に貼り付ける。


良い視点は価値がある。

知識は目を曇らせるので、子供の何気ない質問というのは、時に自分の知識の不確かさを突き付けてくれる。


たとえば、「うまい棒を机に置き、上から押すと、必ず4つに砕ける。なぜだろう」と書かれていた。

4つ、というのは、ドーナツ状の円柱部分が、およそ90度づつの円弧4つになる、という図もついていた。


…ほんと、なんでだろう。答えはまだついていなかった。


ずっと以前から類似の質問があって、気になっていた。

…探したらあった。こちらもまだ答えはない。


「プリングルスを机において、上から指で押すと、一番高い部分が直線に割れる。どうして?」


こちらも絵がついている。


僕なりの仮説はあるが、本当に正しいかわからないので、答えてあげられない。

たぶん、うまい棒も同じ理由だと思う。この2枚、勝手に掲示位置を変えて並べる。

似た疑問をまとめることで見えてくるものもあるためだ。



別の質問。

「月にはクレーターがたくさんあるのに、地球には全然ない。

 地球のほうが重力が大きく、隕石も落ちやすいと思うのに、どうして?」


あ、これは答えられる、と思った。

他にも数枚の質問で答えられそうなものを見繕い、返事を書こうと思っていた。




そこに、別のお客さんを案内して、スタッフの人が来た。

理科ハウスは冬だけプラネタリウムをやっているのだけど、この日はプラネタリウムに合わせ、天文に関する展示がいっぱいあった。


そのうち一つで実験をするというので一緒に見せてもらう。



砂の入った洗面器に、高いところからビー玉を落とす。ただそれだけ。

でも、結果を先に予想する。


ヒントとして、これは隕石が落ちてくるようなもので、跡はクレーターとなることが示唆される。

そして、月面のクレーターの写真が見せられる。


写真を見て、多くの人は底が平らな形状に穴があく、と考えた。

これ、スタッフの方の見事なミスリード。違う答えに手を挙げたのは、僕だけだった。(もちろん正解しました)



クレーターの底が平らなのは、衝撃の熱で岩が溶け、マグマの海を作るからだ。

小さな隕石や、ビー玉程度の実験ではそこまでいかず、すり鉢状の穴が開く。


でも、このミスリードは、次の話に繋げるために、皆に「予想と違う」ことの楽しさを知ってもらうためだった。


クレーターができるときは、多くのものを飛び散らせる。

月の表面に時々見える放射状の跡は、この痕跡なのだそうだ。



ここで、クレーターの底が平たいので、地球からでも中がよく見える。

クレーターの中に、放射痕が「ある」場合と、「ない」場合がある。


中に放射痕がある場合、そのクレーターは放射痕を作ったクレーターより古いものだ。

逆に放射痕がない場合、クレーターができたことで消してしまったのだから、放射痕より新しい。


こうした観察を繰り返し、今では月のクレーターのできた順序がほぼ特定できているのだそうだ。




廻りの人が感心して聞いているだけなので、ちょっと話を振ってみる。

なんでそんなに古いクレーターが残ったままになっているんでしょうね。


ちょうど、今子供の疑問に目を通していたら、なんで地球にはクレーターがないのか、という質問がありましてね。

逆にいえば、月はなんでそんなに長い間残っているんでしょう?



この話を振ったら、その場でみんなが自分の予想を言い始める。

いいね。聞いているだけじゃなくて、活発になり始めた。


スタッフの人は、即座に「4つの理由があります」と言っていた。僕が予想したのは2つだけだったのだけど。

他の人の意見で3つは見つかり、スタッフの人から「後の一つ、わかりますか?」と僕が指名された。


考えを言うと、「あ、それもすごく大事ですね。じゃぁ、理由は5つです」ってゴールが遠のいた。


結局、後の一つが何か教わっていない。

たぶんこれが答えだ、というものは、家に帰った後で気が付いたけど。





結局、「地球にクレーターが少ない理由」の質問の紙には、答えなかった。

みんなで考えるのも面白いゲームだったし、多分質問の子が次に訪れた時に、スタッフの人が今の「みんなの予想」の話をするんじゃないかな、と思ったから。


代わりではないけど、「地球の水を全部蒸発させようと思ったら、どんな方法があるか」に答えておいた。


スタッフの人としては、全水分の量と、その平均水温を見積もって、蒸発する熱量を算出すれば…

というような答えを考えていたようなのだけど、僕はこの質問を「地球が火星みたいになることはあるか」という意味だと捉えた。


なので、過去には大気があったと思われる火星が、なぜ大気を失ってしまったのかを書いて答えとした。

気圧が下がれば水は蒸発しやすくなり、最後にはその「水蒸気」も大気と一緒に失われるからね。



もちろん、熱量計算をするのも面白いと思う。

でも、僕はそういう計算は苦手なので、他の人に任せておこう。


答えはいくつ付けてもいいことになっている。

面白い質問には、4~5個の答えがついていることもある。





(追記:途中に書いた「子供からの質問」の答え、あえて僕の考えを書いていない。

 読んだ人は自分でも答えを考えてみてほしい。


 そのうえで、気になるのであればこのページのソースを見ること。

 僕の考えた答えがある…が、これは僕の考えであり、絶対的な正解ではないことに留意。

 自分の答えと違っていても、不正解だというのではない。

 本当に複雑な現象なら、それらしい答えはいくつもあるのが普通だ。絶対的な正解など存在しない)



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フィル・カッツ 命日(2000)  2017-04-14 13:03:46  コンピュータ 今日は何の日

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今日は、フィル・カッツの命日(2000)


Phillip Walter Katz。

彼は自分の作ったソフトに、名前の頭文字を取って PKZIP と名付けました。


今でも使われる、拡張子 ZIP の圧縮ファイルのフォーマットを決めたソフトです。



詳しい話は、誕生日記事で書いています。

興味を持たれましたら、そちらをお読みください。


この日記は、ただ命日の日付を記録する目的です。



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プラスとピリオドの取り違え  2017-04-07 11:57:37  コンピュータ

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恥ずかしながらケアレスミスによるバグを出した。

恥ずかしい話だし、黙っていればいいのだけど、思うところがあったので書いておこう。




PHP でサーバー側を、Javascript でクライアント側を動かすプログラムを組んでいた。

まぁ、良くある話だ。


両言語とも、いろいろと似たところのある言語だ。

データの型は比較的緩く、必要に応じて自動変換される。


たとえば、


32 + "1"


と書くと、33 になる。前の 32 は数値、後ろの 1 は文字列なのだけど、計算しようとしているのだから両辺を数値にしないといけない、と気を回してくれるのだ。


"32" - 1


と書くと、31 になる。これも、同じように文字列の 32 を数値に変換してくれるんだ。


では、次の式はどうなるだろう?


"32" + 1


これは、PHP では 33 で、Javascript では "321" だ。


PHP では + は計算に使われるものなので、左右にあるものを数値にする。


でも、Javascript では + は計算と文字列の連結の両方に使われる。

左側が優先されるので、左側にあるものが数値なら計算になるし、文字列なら連結になる。


PHP では、文字列の連結は . (ピリオド)で示す。


"32" . 1


これで、PHP では "321" になる。

同じことを Javascript でやると、エラーになる。




さて、PHP と Javascript では、文字列の連結方法が違う。

でも、同時に使っていたので、うっかりして Javascript で次のようなプログラムを書いてしまった。


var foo = "bar" . str;


ここで str は文字列の入った変数だ。

文字列を連結しようと思ったのだけど、間違えて PHP のやり方で書いている。


先に書いたように、Javascript では文字列の連結は + なのでエラーに…ならない。なってくれれば気づいたのだけど。



Javascript では、 . (ピリオド)はオブジェクトのプロパティへのアクセスを意味する。



オブジェクトっていうのは、まぁざっくりと言えば、名前を付けた複数のデータを保持する仕組みだ。

AWK や perl 、またはそれらの影響を受けた言語では「連想配列」や「ハッシュ」と呼ばれるものと同じだと思っていい。


var obj = {a:1,b:"Hi!"};


ここで obj.a は 1 になるし、obj.b は "Hi!" になる。


C言語系の言語では、配列のアクセスは [ ] で行われる。

Javascript では、こちらの方法も使えて、obj["a"] は 1 で、 obj["b"] は "Hi!" だ。

[ ] と . (ピリオド)は、少し違うけど「ほぼ」同じものなんだな。


「ほぼ」と括弧書きで書いたのは、完全に同じではないから。

ピリオドで書く場合、後ろに書かれるものが「名前」である必要がある。

[ ] で書く場合は、名前ではなく「リテラル」である必要がある。



多くの言語では、単語は「名前」と「直値(リテラル)」に分けられる。

リテラルには大きく分けて数値リテラルと文字列リテラルがある。


それ以外は、大体「名前」だと思っていいだろう。

(細かく見れば他にもいろいろあるのだけど)


さきに "32" . 1 という例を出したけど、"32" は文字列リテラルで、1 は数値リテラルだ。

だから、ピリオドの後ろには名前が来る、というルールに違反していて、エラーになる。



でも、ほぼ同じ書き方である "32"[1] ならエラーにはならない。"2" が返ってくる。


#最後の例はC言語と同じ動作を提供しているのだけど、案外知られていない。

 文字列を配列アクセスすると、0 から始まる「位置」に応じた文字を、文字列として取り出せる。




先に書いた間違い、


"bar" . str


の場合、 str は文字列リテラルでも数値リテラルでもない。

これは変数 str の指定…正確にいえば、変数の内容を参照するために、 str という「名前」を書いたのだ。


意図としては、文字列リテラル "bar" に、変数 str に入っている内容の文字列を連結、だった。

ただ、連結の演算子を間違えて、PHP 風に表記してしまった。


すると、オブジェクトのプロパティアクセス演算子となる。

str は変数ではなく、"bar" オブジェクトのプロパティとなってしまう。


Javascript では、すべてのものは「オブジェクト」だ。文字列リテラルであっても例外ではない。


先に書いたように、オブジェクトの正体は連想配列に過ぎない。

そして、文字列オブジェクトの場合、関連情報が連想配列として保持されている。


例えば、「文字列の長さ」という関連情報は、length という名前で保持されている。

だから "bar".length とすれば、 3 が返される。


"bar".str は、定義されていない情報を参照した、というだけで、文法エラーではない。

この場合、定義されていないことを意味する、 undefined という値を返す。




恥ずかしいバグ、というのはこれなのだけど、長いコードの中にこれが混ざっていた。


ここで作りだそうとしていたのは、別サーバーにアクセスする際に渡すパラメーターだった。

さらに、このパラメーターはアクセス自体には影響がなく、アクセス理由などをログに残して解析するためのものだった。


結果として、正しい値を渡せていないにも関わらず、プログラムは動作した。

そして、別サーバーは僕の管轄ではなかったため、ログに正しく記録できているかを調べる術はなかった。


つまり、僕は自分で作ったこのバグに気付かなかったんだ。




ログがうまく取れてない、という報告があって付近を見回し、str の内容などが正しく来ていることなどを確認しても、+ と . を間違えていることに気付かなかった。

僕としては「文字列を連結したい」ところに、PHP で文字の連結を行う . を正しく書いているので、おかしくないと思っていたんだ。


でも、ログがうまく取れていないのはどうやら事実らしいし、バグの可能性範囲を絞り込んでいって…30分くらいたって、やっと自分の過ちに気が付いた。


恥ずかしい、と思うけど、プログラマなら誰でも同じような経験を持っていると思う。

自分が「正しい」と思っていることは、間違えていてもなかなか気づくことができない。



で、思ったんだ。

FORTRAN のことを「古い言語」と笑えないぞ、と。


FORTRAN の有名な「おかしな言語仕様」として、, (カンマ)と . (ピリオド)を取り違えてしまってもエラーにならない、というものがある。

見た目も似ているので、見直していても気づきにくい。


そして、金星探査機を失うわけだ。…いや、これは都市伝説に過ぎないのだけど。




そもそも PHP と Javascript の記法を間違えたからいけない、という話ではある。

でも、それをエラーにできず、構文の間違いに気づく機会を失うのは、FORTRAN と同じような言語の不備だ。


Javascript の場合、アクセスできないとなんでも undefined にする。

ここで、アクセスできないならエラーになるのであれば、構文の間違いに気づいただろう。


もっとも、アクセス違反があってもプログラムが動き続けてくれる気軽さは Javascript のよさでもある。


strict モードをつかったらどうだろう…と思ったけど、これもエラーにはできないようだ。


"32"-1 は計算になるのに "32"+1 は文字列の連結になる、という対称性の悪さも気になる部分ではある。

ここは、連結に . (ピリオド)を割り当てた PHP のほうが良いように思うが、そのせいで PHP は、オブジェクトのプロパティアクセスに -> という面倒な記号を割り当てることになった。



FORTRAN の時代に比べて、言語は便利になったと思うのだけど、こうした「単語の解釈」で足元をすくわれる、というのはあまり変わっていないのかもしれない。


"bar" . str の例でいえば、後ろが「プロパティ名」ではなく「変数名」だと判れば、文法違反でエラーにできる。

でも、文字で書くとどちらも名前であり、情報が足りないために類推するしかない。


例えば、PHP であれば変数名は $ で始まり、プロパティ名には $ がつかないため、こうした文法違反を検出しやすい。

まぁ、変数が必ず $ で始まる、という古臭い仕様が良いとは言わないのだけど。


結局、文字を並べてプログラムする、というやり方の限界だとも思う。



Scratch が良いとは言わないけど、「ブロック」を選んで組み込む方式なら、選んだ時点でプロパティか変数かは確定する。

表示上は「名前」だけを示してすっきりとさせつつ、内部的に情報を保持しておけばよいだけだ。


情報の違いによって、表示の色を変えるなどすれば、ユーザーもミスした際に気付きやすいだろう。

語句解析で情報を「類推」するのではなく、語句の中に見えない情報を埋め込んだ言語だな。



その情報によって、プログラマーのケアレスミスを未然に検出する。

そもそも、Scratch の場合は、「組み込めない」場所には、ブロックが入れられないようになっている。

子供向けだからこその配慮だけど、ケアレスミスは起こせない。


いつまでもテキストだけで書こうとするのではなく、これからはそういう方向の言語だってありだと思う。




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ルータ交換  2017-04-03 10:31:28  その他

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ルータ交換

先日ルータ不調で新しいルータへの更新準備をしている、ということを書いた。

で、無事交換できた。


新しいルータは、tp-link AC1200。


今まで使っていた V120 は、ルータこそ 1Gbps にも対応していたが、イーサポートは 100M にしか対応していなかった。

「複数のポートから、同時に合計 100M を超えるデータ送受信があっても遅くならない」というメリットはあるが、そんなことはめったにあるもんじゃない。


新しいルータは、イーサポートも 1Gbps に対応している。

早速性能を測ってみよう。




一応、事前に V120 での性能を測っておいた。

以前の状態がわからなくては、改善状況もわからないからね。


速度計測サイトはいろいろあるのだけど、いくつか試して速度が「速い」場所を選ぶことにした。

というのも、有名すぎる速度計測サイトだと、そのサイト自体が重くなっていて、回線速度ではなく「相手のサイトの速度」を測ることになってしまうためだ。


また、自分から相手サイトの間のどこかに遅い部分がある、という可能性もある。

以下の情報は、万人に適用されるものではなく、あくまでも僕の環境に過ぎないことに注意。



いくつかのサイトを試し、SPEED TEST を信頼することにする。

一応、事前・事後とも測定は複数サイトで行ったが、ここに書く情報として絞り込んだ、という意味だ。



SPEED TEST は、世界中にある相手サーバーのうち、比較的近いものを自動的に選んでくれる。

自分で相手を選ぶこともできる。このため、いくつか試すことで純粋に「回線速度」を調べられる。


また、ping 反応速度、アップロード速度、ダウンロード速度を測れる。



ルーター交換前、V120 では、ダウンロード 58Mbps 、アップロード 94Mbps 程度だった。




ルーター交換は少しトラブルがあった。


用意周到にやったはずだが、SMTP や DNS は外から見られるにも関わらず、HTTP が見られない。

いや、HTTP ではなく、8080 なら見られるのに 80 は見られない。特定ポートだけおかしい。


ポート転送の設定が間違えているのかと見直しても、おかしくない。

散々調べ、SPI ファイアーウォール機能が邪魔をしている、と判明。


そこで、この機能は停止することにした。



しかし、このトラブル以外は順調。

心配していた「固定 IP が変わってしまう」こともなかった。


#使用しているプロバイダでは、固定 IP を「ベストエフォートサービスとして」提供している。

 具体的には、一度切断しても、1ヵ月以内程度なら、再接続した場合に同じ IP アドレスになる。

 ただ、この認証がプロバイダの「アカウント」ベースなのか、接続機器の「MACアドレス」ベースなのかが不明だった。

 機器を変えても同じアドレスになったので、アカウントベースだったようだ。





さて、速度測定。

ダウンロード 94Mbps 、アップロード 94Mbps …


あれぇ? 確かに速度は上がっているが、100Mbps で頭打ちになっている感じがある。

どこかがおかしい。


家の中のハブは、すでに 1Gbps 製品で揃えられている。

なのに、なぜ 100Mbps で頭打ちになるのか。


ハブのステータス LED を追いかけてみる。

PC に一番近いハブは、ちゃんと 1Gbps で処理している。

それを受け取る、サーバルームのハブも 1Gbps だ。


でも、そのハブと、肝心のルータを繋ぐ部分が 100Mbps になっているのを発見。

イーサネットケーブルを見たら、CATEGORY 5 と書かれている。


これ、100Mbps までのイーサネットで使用される古い規格ね。

新しいルータを接続するときに、余っていたケーブルをつかったら規格が古かったらしい。


古いルータに、CATEGORY 5e ケーブルが刺さっていた。

(入れ替えをスムーズに行うため、ハブ側の差し替えだけ行った)


そこで、ケーブルを入れ替える。



再度速度測定。

ダウンロード 395Mbps 、アップロード 542Mbps だった。

うん、ルーターを変えた価値がある速度になった。




おまけ:

冒頭に挙げた写真は、AC1200 についてきた「豆本」。

表紙込みで 52 ページの小冊子で、GPL … GNU General Public License の Version 1, 2, 2.1, 3 が掲載されている。


同時に買った IP 電話アダプタは、GPL v2 の書かれた紙が1枚入っているだけだった。

(こちらは、マニュアルも何もない)


GPL なんて紙一枚で済ます方が普通、場合によっては画面表示されたメニュー内のどこかに隠されているだけ、なんて場合も多いので、豆本になっているのにちょっと驚いた。



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