社会科見学の日記です

目次

2026-05-06 G.W. 横浜編 (1/2)
2026-05-03 G.W. 東京編 (4/4)
2026-05-03 G.W. 東京編 (3/4)
2026-05-03 G.W. 東京編 (2/4)
2026-05-03 G.W. 東京編 (1/4)
2024-07-01 文化祭
2024-05-06 横浜散策(4/4)
2024-05-06 横浜散策(3/4)
2024-05-06 横浜散策(2/4)
2024-05-06 横浜散策(1/4)
2024-04-15 ビーチコーミング
2024-04-15 観音崎自然博物館
2024-03-17 国立西洋美術館
2023-04-01 城ヶ島
2018-10-28 JAMSTEC横浜一般公開日
2018-06-04 三笠
2018-03-22 サイエンスカフェと理科ハウス
2017-12-18 ピューロランドのクリスマス
2017-11-07 宮ケ瀬ダム見学(2/2)
2017-11-07 宮ケ瀬ダム見学(1/2)
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G.W. 横浜編 (1/2)  2026-05-06 16:24:12  社会科見学 家族

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G.W. 横浜編をまとめて読む


家族に意見聞いてまとめた「行きたいところ」は横浜にもあった。

こちらは東京より軽め。自宅から車で行ける距離だし。


というわけで、5月5日は朝8時過ぎに家を出発。

9時少し前に、三渓園に到着する。


三渓園は、横浜にある日本庭園。原三渓という明治~昭和初期の大富豪の「個人邸宅」だったが、住んでいた時から庭を一般開放した上、当時の廃仏毀釈運動もあって取り壊される建築物などがあると聞けば、大金を使って庭園内に移築した。


そのため、三渓園は日本庭園であるとともに、古建築のテーマパークのようになっている。


…というのが、自分の知っていた事前知識。


小学校のころは横浜に住んでいたので、遠足で三渓園に行った覚えがある。

でも、小学生に日本庭園や古建築なんて、正直なところよくわからない。「行った」という事実のみ覚えていて、そこに何があったかなど一切覚えていない。


せっかく有名な日本庭園が車で気軽に行ける距離にあるのに、どんなところか知らないというのももったいない、と以前から思っていたし、妻も興味があるようだった。

それを今回、高校生~大学生の子供たちなら十分楽しめるだろうと、家族で行くことにしたわけだ。




細かなことは省略して、全体の概略から書こう。


入り口からしばらくは、庭園らしいところが続く。庭園の中で最初に建てられ、原三渓が自宅として使っていた、という「鶴翔閣」があるが、遠くから見られるだけで近づくことも禁止。


その後で、原三渓記念館というところがあるので、まずはここを見ると良い。

庭園を見て回るのに必要な知識は、ここで大体仕入れられる。


原三渓が作ったから三渓園、と聞いたことがあるのだが、原三渓は本名ではなかった。

本名は原富太郎。

え、じゃぁ三渓って何? と混乱したが、ここの展示には答えはなかった。

後で調べたところ、雅号が三渓らしい。


そう。雅号がある。茶人だったのだ。

原三渓は実業家で大金持ちだったが、美術や芸術を愛し、茶人としても多くの人と親交を深めた。

原三渓自身絵を描いたそうだが、若き芸術家のパトロンにもなったし、日本画家の横山大観とも仲が良かった。夏目漱石とも親交があった。




原三渓の「養父」が横浜で生糸問屋の事業を始めた。この事業を拡大して財を成したのが原三渓だ。


解説には書いていない自分の知識だけど、当時西欧では蚕の病気が流行し、絹の生産が出来なくなっていた。

そのため中国が生糸を西欧に輸出するのだが、こちらでは内乱が勃発。また、中国でも西欧と同様の蚕の病気が流行し、輸出量が減少する。


そこに日本の絹織物が入り込み、大成功。当初は生糸だけが輸出されたのだが、絹織物をハンカチとして販売するようになる。


ここで、日本の印刷技術は当時世界一だった、ということ知っておいて欲しい。

大衆娯楽としての浮世絵の影響もあり、多色刷りの技術が凄い。この技術で模様を付けたハンカチは、日本でしか作れない特産品だった。


特に横浜ではハンカチ産業が大きくなり、会社が乱立した。

しかし、絵柄を作る会社が増えたとして、そのすべてが「生糸」「絹織物」を必要とするのだ。

それらは、原三渓の会社が取り扱っている。こうして、原三渓の会社は莫大な財を成した。


ところで、ハンカチは後に大判化し、スカーフとなる。

エルメスが「多色刷りのスカーフ」事業に乗り出したのはその後だ。

現在ではエルメスが世界的に有名だが、その前は横浜スカーフは世界的に有名なブランドだった。



現在世界遺産となっている、富岡製糸場も、原三渓の会社のものだった時期がある。

最初は国策として政府によって建造されたが、思ったようにうまく行かず民間に払い下げられたのだ。

当初は三井が購入したが、これもうまく行かない。原三渓に売却されたところ、品質も生産量も増して、大工場となった。


つまりは、原三渓は絹を扱うことで財を成したし、そのノウハウを使うことでさらに財を増やしていったのだ。




原三渓に限らず、当時の大金持ちというのは、金持ちの「責務」としての公共投資に積極的であることが多い。


三渓園を作ったのもそうだが、横浜銀行の初代頭取も務めている。経済安定のためには地元に銀行が必要であり、世界恐慌の為に破綻した銀行の業務を引き継ぐという「火中の栗を拾う」ようなことをしたのだ。


また、関東大震災の際には横浜市復興会の会長を務め、私財をつぎ込んで横浜の復興に勤めている。

ちなみに、関東大震災って横浜の本牧のあたりが震源で、三渓園は本牧にある。まさに「被災の中心地」で、財産をなげうって地域の復興を行ったのだ。


後で書くが、関東大震災とその後の第二次大戦の横浜大空襲で、三渓園の歴史的建造物はずいぶん失われてしまったらしい。




以上のような前知識を仕入れたうえで、三渓園を見て回る。


建造物の前には、その建物の大まかな構造の図示と、説明を書いたパネルがある。

三渓が建てた建物には建造年しかないが、移築したものは建造年と移築年が書かれている。


室町時代に建てられた建物とかもあるが、多くは江戸初期のもの。

先に書いたように廃仏毀釈運動もあったためか、仏教寺院の建造物が多いが、戦国武将ゆかりの建築物などもある。

いずれにせよ、誰かが保存しないと失われてしまう、重要な建築物の噂を聞いては、移築していたようだ。


ただ、移築に際しては、必ずしも元の建物を再現しようとはしていない。

現代的(当時の話だが)に住みやすいように手を加えたり、間取りを変えることもあったようだ。

だから、織田信長の弟が建てたという茶室には、電灯と硝子扉がついていたりする。

単に懐古趣味で残すのではなく、あくまでも「使用できる」ことを重視しているのだ。




三渓園は公開から120周年だそうで、園のあちこちに「当時の風景」の写真がパネルになって設置されている。


これを見て回るのが結構面白い。当時の風景が分かる、とかではなくて、説明が無茶苦茶…というか、波乱万丈で面白いのだ。


多くの建物が、関東大震災や空襲で失われている。一方で、三渓園が「完成」した後でも、どんどん新しい建物が移築されている。

つまりは、今の三渓園は、けっして原三渓の作った三渓園ではないのだ。でも、その心は受け継いでいる。


パネルの中には、写っている建物が来歴不詳、詳細不明、今はないのだがなぜ無くなったのか不明、っていう不明だらけのものもある。そんな不明だらけなら紹介しないでもよいのでは、と思うのだが、正体不明のものが写真には残っているからこそ、知っている人に情報を求めているのかもしれない。


しかしまぁ、ツッコミどころだらけで面白い。




原三渓は秀吉大好きだったようで、秀吉が作った聚楽第の一部、と信じて移築した建物もある。今では違うとわかっているそうだけど。


また、中華趣味があったそうで、中華風の建物も自分で設計して作ったりしている。こちらも、空襲で焼けてしまったそうで写真しか残っていない。



園内の茶店「待春軒」で、原三渓が考案したという「三渓そば」を食べられる。僕は食べてないけど。

待春軒のWEBページで、どのようなものか大まかなレシピが書かれている。


…えーと、ページには「起源不明」と書いてあるけど、どう見ても中国の炸醤麺(ジャージャー麺)だな。

それを、当時の日本で入手しやすい材料で作れるようにアレンジしたのだろう。


ここら辺も、中華趣味だったというので、普段から気軽に食べたくて考案したのだろうと思う。


(どうでもよい話だが、翌日にこのレシピを参考に、「それっぽいもの」を作って家族で食べました)




三渓園は、原三渓存命のうちに無料で一般開放されていたのは知っていたのだが、見学者に無料でお茶を出していたらしい。

その際に使った東屋なども写真と共に残っている。東屋の中央に炉があり、東屋全体に煤けているが、これは現在でも年に一度、当時と同じように使用しているからかもしれない。


すぐ隣に在った茶室は、後に別の場所に移築されたのだとか。現在は、さらに後に移築した茶室が建っている。


建物の移築って大変なことだと思うのだけど、そんなに気軽に移築を繰り返すんだ…

「不動」産って何だろう。




さて、園内を一通り見たら、時間は12時ちょっと前。ほぼ3時間かかりましたね。


なんとなく流し見する程度なら2時間で回れると思いますし、園内で食事したり、予約が必要な特別公開の家の中まで見ていたら、もっと時間がかかると思います。


見に行こうと思う方は参考までに。



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G.W. 東京編 (4/4)  2026-05-03 19:00:55  社会科見学 家族

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G.W. 東京編 (4/4)

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これで終了…とはならない。

凸版印刷なので、入場無料の博物館の展示室で、凸版の技術を伝える展示会をやっていました。

「木目シートのできるまで」。


テレビCM で、木よりも木らしい、という建材を作っていることを伝えていますが、それの歴史展示。


印刷会社なのに、建材のための印刷を始めたのは結構古く、そのためにたくさんの「木材サンプル」を持っているのね。今では入手が難しい希少木材も有るのだとか。


それらを元にパターンを作り、印刷し、表面に凹凸をつけて質感まで再現し…


流し見なら3分、解説読んでも15分程度。なかなか面白い展示でした。




さて、いよいよ家に帰りましょう。長男も留守番してるし、夕飯の時間には戻りたい。


でも、次女からもう一つリクエスト。東京駅によるのであれば、「東京駅で暗殺が行われた現場、2カ所を見てみたい」。

次女は歴史好きで、興味あるようです。東京駅なら通りますから、それくらいの時間はあるでしょう。


飯田橋から東西線で東京へ。東京駅まで歩きますが、ここで近い改札は「丸の内北口」。暗殺現場は「丸の内南口」なので、しばらく歩きます。


長女が、東京駅カッコいいねぇ、と感心しているので、父さんが子供のころは、屋根のドーム部分がもっと武骨な八角形になっていてね…というような話をします。

戦争で焼けおち、急ごしらえで復旧したままずっと使ってたのを、2000年ごろから元の形に修復して格好よくなったんだよね。


さて、丸の内南口。

ちょうど、説明した「修復工事」の事を伝える展示パネルがありました。


そして、そのすぐ近くに大正10年に当時の原敬首相が暗殺された場所、というパネルが。

目的の1つ目達成。



次は中央通路から4・6番線階段を上るところ…

と、google gemini は回答していました。でも、4・6番線って全然違うところだし、階段も複数ある。


AI の回答は当てにならないので詳細調べたら、東海道新幹線に上る階段付近とのこと。

この階段も非常に「広い」ので少し探しましたが、無事発見。


昭和5年、浜口雄幸首相が暗殺された現場です。厳密には、この時は重傷を負っただけだけど、この傷が元で翌年死亡。




当初は美術館と博物館に行くだけの予定が、明治生命館と凸版の製品展示と暗殺現場も見て、ついでに次女が食べたいというコメダで昼ご飯を食べ、非常に充実した内容になりました。


この後東海道線に乗り、夕食の時間の19時半には家につけるだろう、と思ったのですが…


品川についた時点で「この先で人身事故があったため、この電車は当駅止まりとなります」とアナウンス。

幸い別の電車でも家には帰れるので乗り換えましたが、家に帰りついたのは20時過ぎでした。


長男はぐっすり寝たらなんだか疲れも取れたそうで、元気そう。

帰り道でいろいろなものを買ってきたので、すぐに夕食となりました。



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G.W. 東京編 (3/4)  2026-05-03 19:00:29  社会科見学 家族

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G.W. 東京編 (3/4)

G.W. 東京編を最初から読む


予定していた2つ目の場所へ。

地下鉄丸ノ内線有楽町駅…コメダ珈琲の前からさらに階段下がると繋がってるのね。

ここから、飯田橋まで。


飯田橋からは歩いて10分ほど。凸版印刷内の「印刷博物館」が目的地です。


ここでやっている特別展「名著誕生展 ヴァチカン教皇庁図書館Ⅲ+」を見に来ました。

現存する世界最古の図書館が「バチカン教皇庁図書館」だそうで、2世紀ごろの写本から収蔵しています。

凸版印刷はそのデジタル保存技術に協力しているのだそうで、通常ではとても借りられない貴重な本を借りてきて、展示しています。


で、先回りして書いておくと、この特別展はそれほどすごくありませんでした。

というか、十分にすごい内容だったのだけど、特別展の前に見ることになる「常設展示」の方がはるかに面白かったので、期待値を高めて行ったら肩透かしを食らった感じ。




常設展示は、印刷の歴史です。


まず入ると、「プロローグ」という展示がある。ここの展示は一切解説がない。

ハンムラビ法典を刻んだ石柱とか、ロゼッタストーンとか…まずは「情報を文字として伝える工夫」がごちゃ混ぜに置いてある。


その後、展示物の下部にはミニチュアで「情報を伝えようとする人」の造形が付き、その頃の「情報物」が上に並ぶ。


洞窟壁画から始まり、石に碑文を刻み、写本の時代があり、活字が発明されて、グーテンベルグの印刷機、輪転機、電子植字に至る…


あ、これ、「本好きの下剋上」のアニメ第三期 ED で見た奴だ。

今調べたらやっぱりそう。ここのミニチュアにインスパイアされて作ったのだそうです。


ここで「大まかな流れ」を掴んだうえで、実際の細かな説明が始まります。




ところで、プロローグの広場の端に、現存する中では最古級の印刷機…の「レプリカ」が置いてあります。

実物を持っているドイツの博物館があり、共同研究で凸版印刷がレプリカを2台作ったのだそうです。


1台はドイツの博物館にあり、1台はここにあります。

実物は貴重品だけど、レプリカなら実際に印刷してみせることができます。


というわけで、毎日15時から10分間、説明して印刷の実演が行われます。


この日は14時ごろに博物館に入ったので、途中で戻ってきて実演を見ました。

まぁ、機械を見れば想像つくようなことしかやらないのですが、実際の印刷を見せてもらえるというだけでも、なかなか興味深いものでした。




さて、プロローグの次は、その内容が実際に解説されます。


この説明部分が本当に素晴らしい。大きな部屋に、古い「印章」などの技術から始まり、印刷が発展していくさまが、実物と解説で分かりやすく示されています。


技術の発展には時代の要請もあるので、それがどういう時代で、なぜその発展が必要だったか、ということも示される。

そして、発展した技術がそれまでと違って「何が良いのか」も書かれている。


一方で、壁には大きな年表が作られ、そこで展示されているものと、「それ以外」の印刷関連の事柄がまとめられています。

展示などには入っていないのだけど、「プルシアンブルーの発明」なども入れられている。化学合成顔料・染料は、印刷を大きく前進させたからね。


木版活字が最初に作られたのが韓国だとは知らなかった。中国だと思ってた。

でも、ハングルは「活字にしやすい」ことも考慮されて考えられた文字体系なのか、と思うと妙に納得。


江戸時代の草紙本とか、崩し文字でつながっているので、手でいちいち彫っているのだと思っていた。浮世絵版画作るような職人もたくさんいるので、文字を彫るのも大変ではなかったのだろう、と。


しかし、つながった崩し字一つながりごとに活字になっているのだそうです。つまりは「単語ごと」の活字。木版活字なので、同じ文字でも微妙に形が違っていたりして、だからこそ「全部手で彫っている」のだと思っていました。


また、活字は「文字しか扱えない」ので、絵を表現する印刷技術の話も同時に進んでいきます。


線を「彫り残す」凸版よりも、線を「彫り込む」凹版の方が細かな線を表現しやすい。

解体新書の初版は凸版だったけど、後に凹版で再出版されているそうで、両方が並べて置いてあります。同じものが並んでいるので、技術の違いの利点がよくわかる。


そして、凹版でも「彫る」必要があるのを、「描く」だけにした平版印刷へ。


すごく細かく説明されているのに、ほぼ最後付近にあった「写植機」のイメージ復元では説明なし…


僕は理解しているので子供に教えながら操作したのですが、多くの人が「操作してみたが、意味が分からん」という感じで通り過ぎていきました。もったいない。




解説も細かく読んでいたのでたっぷり時間をかけました。

目当ての「ヴァチカン教皇庁図書館」の展示に入ったのは、もう16時近く。


先に書いたけど、基本的にはラテン語などで書かれた本が並んでいるだけです。

ここまでの展示が解説もあるし、場合によっては手を動かして学べる内容だったので、見てもよくわからない言語の本を見るだけ、というのは少し退屈。


あと、「ヴァチカン教皇庁図書館」展ですが、もともと印刷博物館で収蔵していたものが多めです。バチカンから借りてきた本と、それに関連する収蔵書籍を一緒に並べることで深みを出している、という意味で悪くはないですが、思ったほど希少本がなかったのも事実。(印刷博物館収蔵の本も、十分希少ではあるのですが)


いくつか印象に残っている物だけ解説します。


最初に、過去に行われた展覧会の振り返りが、概要で示されていました。

まず、凸版がバチカン図書館のデジタルアーカイブ作成に協力していること。


羊皮紙の本は、羊皮紙自体が高価で貴重なものだったので、「書いたものを消して使いまわしている」ことがあること。

そして、以前の内容を、赤外線撮影で読み出せる技術があること。


そうやって多くの本を赤外線で記録した結果、人の手には負えないほどのテキストが出てきたため、現在 AI を使った解析プロジェクトが進行中であること。

すでに、完全に失われたと思っていた福音書の一部が再発見されたり、成果が上がっているのだそうです。




最初の方には、非常に古い時代の写本なども置かれていましたが、僕が気になったのは「禁書目録」。


なんかオカルト方面ではすごい力を持つ本だということになっているのですが、実物は「教皇庁によって禁止と決定した本のリスト」なんですね。まぁ、禁書目録という名前から当然か。


教会では昔ながらのやり方を守ることが重視されていて、聖書なども写本を良いものとしていたのだけど、禁書目録は「どんどん増える禁書」を速やかに、多くの教会に示すために、活字印刷でたくさん作られたのだそうです。

教会も必要に応じて最新技術を取り入れる。


さて、そんな「禁書」とされたものも展示されています。

コペルニクスの「天球の回転について」や、ガリレオ・ガリレイの「星界の報告」など。


先の禁書目録と合わせ「生爪はがされそう」とは妻の言葉。

(「チ。」ですね)


デカルトの書籍に関しては、初版本に、デカルト自身が直筆で欄外に直しを入れたものが展示されています。

次の版からはその内容に変わっているらしい。


デカルトって、「我思う、ゆえに我あり」の人ね。

「当たり前」を徹底的に疑って、周囲にある目に見えるもの、触れるものも否定して、それでも「それを考えている自分は否定できない」というところから世界を構築しようとした哲学者。



ニュートンの「プリンキピア」もあります。

複雑な数式が並んでいる。ここで、数式を組版することがいかに大変か、解説ビデオが流されています。


クヌース教授とか、組版時に数式に間違いが入りやすいのにイライラして、全く新しい「コンピューター組版システム」を作り上げていますからね。

これは1980年代の話ですが、今でも数式を多く含む書籍を出版する際のスタンダードになっています。



あと、世界初の百科全書「エンサイクロペディア」もあります。

今では「エンサイクロペディア」という言葉は一般名詞で百科事典の意味ですが、元は本のタイトルとして作られた造語だったのね…。




最後の方は、だんだん時代を現代に近づけていって、ヨーロッパで出版された書籍が日本の文壇にどのような影響を与えたか…というような展示になっていきます。

最後には鉄腕アトムや鉄人28号もある。ほぉ、当時は鉄人の方が人気あったのか。


で、ヴァチカン教皇図書館展は終わり。



出口付近に印刷工房があります。見学や体験は予約が必要。

この日は時間がないだろうと思って予約していませんでしたが、ガラス越しに見るだけでも十分面白い。

いろいろな時代の印刷機が並んでいます。



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G.W. 東京編 (2/4)  2026-05-03 18:59:00  社会科見学 家族

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G.W.  東京編 (2/4)

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さて、前述の静嘉堂文庫美術館は、明治安田生命の本社ビル内にある。

このビル…「明治生命館」は、建物としては最初に国指定重要文化財となったものだ。

(現在、実際の本社機能は隣接するビルにほとんど移管されている)


美術館の中にはトイレがない、という表示があったため、入る前に「ちょっとトイレに行っとこう」とトイレ表示のある方へ進んだ。


そこには、建築当時のままだという古めかしいエレベーターがあった。

うわ、カッコいいと思い写真を十分に撮る。


そういえば、すぐ近くには「私設郵便函」と書かれた…つまりはポストもある。

写真撮ったのだけど、なんか変な感じだな。ポストの上の方に、ガラスか何か嵌め込まれた透明な部分があり、天井まで続いている…


「それ、上の階から投函した郵便物も、全部ここに入るようになっているんですよ」と、ビル入り口の警備をしていた警備員の方が教えてくれた。


なるほどー、と感心していたら、館内の見取り図を持ってきて「エレベーターなども先ほどから興味あるご様子でしたが、こちらにある物は実際に乗ることができますよ」と、別の個所のエレベーターを教えてくれた。


それは興味ある。美術館見終わったら行ってみます。




というわけで、エレベーターを見に行く。

入ってみたら、中はさすがに改装されていた。


というか、本当に建築時のエレベーターは、第二次大戦中の金属供出で壊されてしまったそうだ。

戦後返還されたときに当時の技術で作りなおしたもの…を、さらに「見た目がそのままになるように」最近の技術で作りなおしているようだ。

(本当のところはわからない。金属供出で壊されたのは事実だが、その後のことは僕の見立てに過ぎない)


で、1階と2階をつなぐだけのこのエレベーター、2階で降りたら受付があって「いらっしゃいませ」とあいさつされた。


あ、すみません。エレベーター乗ってみたかっただけです…と謝ったら、ここは重要文化財であるビルを、昔の内装のままに一般公開しているエリアらしい。

せっかくここまで来たのだから見ていくか。警備員の人に「エレベーターに乗れる」なんて言われて、うまく誘導されたようだ。




まったく予定外の時間だったのだが、見てよかった。


明治生命は第1次世界大戦から第2次世界大戦の間に本社ビルを作りなおしたのだが、皇居の目の前という立地条件もあり「誰が見ても立派に見えるような」建築を目指したようだ。

実際、強固に作られていて今でも古さを感じさせない。


皇居の前という便利さもあり、第2次大戦後に GHQ に接収・使用される。

(本部ではない。本部になったのは、すぐそばにあった第一生命館。こちらは現在は存在しない)


一般公開エリアは、当時のままの調度品などがおかれた部屋を回れる形。

100年近く前の建物だが、「吸引掃除機」のための仕掛けがあったり、全館空調があったり、各部屋に大きい時計があったり、非常に先進的。


というか、それを「先進的」とするのが古臭くはあるのだけど。

吸引掃除機は今では当たり前に使われる、いわゆる「掃除機」だけど、当時はモーターで吸引する装置を、今ほど小さくは作れないのだ。


ビルの地下に巨大な真空ポンプモーターがあって、その吸引パイプがビル内の各所に作られている。

蓋を開け、ホースをつなげば掃除機として使える、というやり方だ。


全館空調も同じく。今みたいに小さなエアコンなんて作れない。各部屋に大きな吹き出し口があり、ダイアルで空気量だけ調整できるようになっている。


時計も、この当時は小型のムーブメントなんてない。マスターとなる時計が一カ所にあり、1分ごとに「パルス」を送り出す。

各部屋の壁に埋め込まれた時計は、パルスを受けると分針を「1目盛り」だけ動かす。これだけの仕組みなので、時計を作るよりはずっと簡単だ。

何よりも、正確な時計を作るのが難しい当時、時刻調整をやるにしても「マスター1カ所で」行えば、全部に反映されるというのは非常に便利な仕組みだっただろうと思う。

(今でいえば電波時計のようなものだ)


しかし、100年前だとこれは最先端技術だっただろう。


あ、ちなみに、ここに書いたのは僕がこういうの好きだから知っていただけで、解説はどこにもないです。知っている人がいると面白いけど、そうでないと「ただ骨董趣味の部屋を見せられているだけ」になるかも。

まぁ、それだとしても、当時の豪華絢爛さは伝わってくるすごい作りなのですが。

天井とか、細かな立体細工が沢山あるので見上げて歩くことをお勧めします。




昼ご飯。


明治生命館横の「明治安田ビレッジ」で食べる予定だったのだけど、来る際に有楽町駅近くのビッグカメラ地下にコメダ珈琲があるのを見つけた次女が「コメダで食べてみたい」と言っていたので予定変更。


すでに時間は1時近く。予定外の明治生命館を見たので、予定より遅くなっています。


コメダ…案外高いよね。軽食にドリンク付けると2000円近くなってしまうので、ハンバーガー・ホットドックと「水」で。

しかし、値段は高いが量は多い。妻には量が多かったようで、少し気分が悪くなってしまった。

午後の間ずっと、時々休みながらの行動になります。



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G.W. 東京編 (1/4)  2026-05-03 18:58:06  社会科見学 家族

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G.W. 東京編 (1/4)

G.W. 東京編をまとめて読む


今年は長女が大学入学して、大学のスケジュール感とかわからないので G.W. の予定を考えられるようになったのは4月中頃。


昨今の物価高と、外国人観光客の多さで宿はどこも値段が高い。

直前になって空いている宿なんて、1人3万円以上の所ばかり。家族5人で15万も出す気はない。


しかしまぁ、日帰りできる範囲で楽しむことはできるだろう、と、子供の意見なども聞きつつ、思いつくままに行ったら楽しそうなところをリストアップ。

それをまた家族にみせて、興味ある所の意見をもらい、そこを中心に日程を組んでみる。


というわけで、まずは「東京編」だ。5月2日、連休の初日に設定した。




当日朝、行く準備をしていたが長男が調子悪そう。

熱を測ったら 37度ちょうどだった。


大学が忙しくて疲れ気味だったので、休みだと思ったとたんに疲労で熱が出たのだろう。

本人も家で休んでいる方が良さそうだというので、今回は長男は不参加で。

チケット取っちゃってある分もあるが、そこは仕方ない。体調不良を押して悪化しても困る。




家を8時半ごろ出て、有楽町駅には9時55分ごろ到着した。


有楽町は僕が仕事でお世話になっている会社がある駅で、たびたび来ている。

実は前日の金曜日にも行っていて、目的地までの道を下調べ済みだ。


そのまま皇居の方に歩いて10分ほど。静嘉堂文庫美術館に到着。


国宝の「曜変天目茶碗」を持っている美術館で、毎年 G.W. には展示を行っている。

今回は、「美を味わう ー懐石のうつわと茶の湯」という展覧会。茶の湯に使われる道具を中心に展示・解説している。


まず最初に、正式な作法での「茶会」の最初に行われる「懐石」の解説がある。

まずは出席者に料理を食べてもらい、もてなす、という部分だ。

ここでも、ステップごとに使われる器などが並べられている。


懐石の作法なんて知らなかったのだが、まぁ食事なので、手前には「飯」と「汁」が並ぶ。そして、奥に料理が付けられるのだが、この料理を「奥付」というのだそうだ。

そして、最初に出される料理こそ最初から器に乗っているが、以降は大きな器で全員分を持ってこられて、空いた器に取り分けられる。


ここで、奥付の器は「何度も使われる」し、「空になって底や裏を鑑賞するタイミングも来る」ため、亭主のセンスが一番表現されるらしい。



というわけで、次の展示。「奥付に使われる」ことを想定して、いくつかの器が並ぶのだが、実際に料理を載せた写真なども付けられている。

江戸初期に焼かれた貴重な皿とかを実際に使っているわけだ。皿には料理を載せないと真価がわからない、とは思うが、なかなかこういう展示はできない。


なお、あとでミュージアムショップ行ったら、この一部始終は雑誌で特集されていて、その雑誌を販売していた。




さらに、「それ以外」の器を展示する。静嘉堂文庫美術館の収蔵品で、お酒を入れるための酒器や、料理を持ってくるための大鉢、盛り合わせを出すための八寸皿など。


織部って本当に深緑なんだなぁ…みたいなことを言っていたら、長女が「織部は緑?」と不思議そうにした。

静かにしないといけないので出てから解説したのだけど、「織部」は名前ではなく、官職名。古田織部はなにか手柄を立てて官職名を名乗ることを許される。

(つまりは、重用されていることの証だ)


この時、機織り集団をまとめる職である「織部」を選ぶ。あくまでも官職名を「名乗る」ことが目的で、仕事にしたわけではないのだけど。


当時すでに宣教師は来ていて、彼らが深緑を「オリーブ色」と表現していたのを知っていたのだとか。

そして、その緑色を気に入った織部は、候補役職の中に「織部」があるのを見て、オリーブと音の響きが似ているから選んだ、という説がある。

そして、彼は茶の湯をたしなむ中で、自分でもオリーブ色の器の作成を目指すのだ。

(実際作成したのは職人たちだが、そういうものを作れ、と指示したのは織部だ)




最後は特に貴重な品をまとめたエリア。

千利休、秀吉などが愛用した品などがあるが一番の目玉は「曜変天目茶碗」。


以前は「世界に3つしか残っていない」といわれた中国で焼かれた茶碗なのだが、構造色になっていて光の当たり具合で色が変わる。

残っているものはすべて日本にある。中国では「一時流行った作り方」だが、日本では海外から来た貴重な品なので、とても大切にされていたらしい。


どうやって作るのか不明。3つしか残ってないので成分分析などをすることもできない。

ただ、近年中国で「壊れた破片」がいくつか出土しているそうだ。以前は3つしかなかったのが、サンプルが増えれば研究も進むかもしれない。


ここでは、展示の都合でそれほど強い光は当てられておらず、構造色になっているというのはよくわからなかった。残念。



妻は以前に一度曜変天目を見ているそうで、あまり興味はなかった…のだが「つくも茄子」があることに驚いていた。

僕は下調べしていたので知っていたのだが、妻がそんなにこれを見たかったのだとは知らなかった。


下膨れの玉のような形が茄子に似ているのでこの名前がある、小さな蓋つきの器で、抹茶を入れていたもの。


正直なところ、これがそれ程よいものだというのはよくわからない。

ただ、「歴史的な興味」は非常にそそる品だ。

古くは足利義満が持っていたもので、「名物」として、歴史上の権力者たちが所有してきた。

織田信長・豊臣秀吉・徳川家康も所有者で、玉璽のような「所持者の権力を示す」品となっている。


織田信長は茶道具として、いつも持ち歩いていたらしい。

ところが、本能寺の変で燃えてしまった…とされるのだが、実際には難を免れたらしく、豊臣秀吉の所持となった。


しかし、大阪冬の陣で大阪城は焼けおち、つくも茄子も燃えてしまった。

次の権力者となった徳川家康は、焼け跡に茶道具の燃え残りがないか、捜索指示を出す。


ここで、いくつかの茶道具の破片が見つかったため、さらなる捜索指示が。

ついに、「粉々に割れた」つくも茄子は、その破片がほぼ見つかり、修復される。


そして、表面を漆で塗りなおし、超絶技巧で「まるで表面に釉薬がかかった焼き物のように」仕上げられるのだ。


…展示されているものを見ても、非常に綺麗で割れているように見えない。

でも、展示の横にはX線撮影した写真も示されていて、確かに粉々に割れている。のみならず、組み立てた際に「ろくろ引きした際の筋」までが綺麗にそろっているのだ。割れたのを適当に合わせたのではなく、作成時の筋まで綺麗に揃うように修復されたのだ。


これは余りにも超絶技巧。徳川家康は深く感心して、修復した職人に褒美として、この「つくも茄子」自体を贈ったそうである。


静嘉堂文庫美術館は以上。解説付きの図録は1000円と激安だったので、ミュージアムショップで購入。先に書いたが、今回の展示に合わせて「実際に器に料理を盛った」顛末を書いた雑誌も一緒に買った。



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文化祭  2024-07-01 11:48:30  社会科見学 家族

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先週末の土曜日、6月29日の話。


土曜日でも長男は大学がある。僕も早起きして弁当など作る。

しかし、それ以外の家人は予定もないし、ゆっくり起きてくる。


8時過ぎに妻が起きてくる。のんびり朝御飯を食べて、買い物どこ行こう、などと話をする。

週末に、1週間分の食料をまとめ買いしているのだ。


9時半ごろになり、子供も起きてこないから、書置きして買い物出るかー、などと話していると、長女が、すぐに次女が起きてきた。


そして、次女が言うのだ。

「今日明日で、志望校の文化祭があるから見に行きたい」と。


そういう大切なことは事前に言え、と以前から言っているのに、当日になって、出かけようとしている直前でいうか。



そういえば、半月前の全公立展の時に、文化祭見に行きたいとは言っていた。

でも、半月も経つと忘れてしまうから数日前にもう一度言って、と言っておいたのだ。




さて、志望校がどこかは、本人プライバシーのため書きません。

しかし、余りにも特殊な学校なので、これからの文面読むと判ってしまうかもしれません。

気づかないふりでお願いします。



その志望校は、「世界的に知られた高校」で、文化祭には地域住民や志望している中学生だけでなく、世界中から人が来ることが予期されるのだ。大げさではなく。


土日で文化祭がある、という話だが、どちらが一般公開日をまず調べる。通常は一般公開は1日だからだ。

しかし、その高校では、上記のような理由により、2日とも一般公開日になっていた。


となると、日曜日はより混むだろう。親と一緒に来たい中学生にとっては、土曜日が無理な場合もあるだろうから。

天気予報も、土曜日は雨だが日曜日は晴れる、となっていた。これも日曜日の方が混みそうだ。


10時からということだから、今すぐ行って10時に入った方がすいているかな? と妻に言うと、妻は逆の考えで、おそらく開門前から行列ができているだろう、と見ていた。

うん、それもあるかもしれない。


混雑が予期されるので、車などでは絶対に来るな、と告知に書いてあった。

もちろん高校までは行かないが、学校の近くに時々行くスーパーがある。僕はそこで買い物をすることにして、妻と次女はそこから高校まで歩く、というプランが建てられた。


この日、僕はホームセンターに行かないといけない用事もあった。

ペットのハムスターの風呂砂が、そこでしか売っていないのだ。


食料品で冷凍食品を買ってしまうと溶けるので、妻と次女を高校まで送ってから、ホームセンターまで移動(これが片道15分以上かかる)、買い物してから再度妻と次女を送った付近のスーパーまで戻り、買い物、というプランになる。




さて、僕の方の買い物はどうでもよいだろう。広い範囲を右往左往して必要なものを買っただけだ。

妻と次女から聞いた話を、聞き伝えになってしまうが記そう。


高校についたのが11時ごろ。入場行列は学校を1周半取り巻いており、受付を済ませて入るまでで1時間弱。


受け付けには、日本語と英語、韓国語、中国語と、もう一つ謎の言語で案内が書いてあったらしい。

有名な学校に是非入って見たい、という観光客が、わざわざ文化祭の日程に合わせて来日する場合があるからだろう。オーバーツーリズム。


文化祭の内容は、ショボかったらしい。

いや、高校生がやる出し物なんてそんなもんでしょ? と思ったが、長女のいる高校の文化祭には妻は行ったことがあり、それと比較して明らかにショボいという。


出し物などを伝えるポスターなどで、二次創作汚染がひどいという。長女の高校や、次女の中学では著作権に厳しく、そういうのは許されないのだ。


いや、今回行った高校、サブカル好きが集まりそうな土壌ではあるのだ。二次創作が多い、というのは、そういう子たちが描いているのだろう。

しかし、部活としてはサブカル系の部も、同好会もない。普通の各種の部活、クラスに、二次創作の絵を描けるような子が多数いる、と思われる。


また、美術部の展示は、一部が漫研のようになっており、二次創作イラストが多数展示されていたらしい。

なるほど。サブカル系の部活はないが、美術部でやってしまうのか。それは美術部でいいのか。


次女としては、偏差値的な問題でちょうどよいのでここを志望校としているのだが、サブカル系の部がないのが悩みの種だった。

次女もサブカル好きなのでね。サブカル好きならこの高校は同好の士が集まりそうだと思うのだけど。



ともあれ、学校の雰囲気はわかったので、行ってよかったという。

親の側は急に予定変更して対応したが、何か得られたなら良かった。


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横浜散策(4/4)  2024-05-06 22:46:42  旅行記 社会科見学 家族

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横浜散策の続き。



人形の家の後は中華街へ。


実は、横浜散策の最大の目的は「中華街でゴマ団子を食べる」ことだった。


長女の誕生日は四月末なのだが、次女の誕生日のすぐ後でもある。

ごちそうが連続しても胃がもたれる、という長女の意向もあり、すぐには誕生日祝いをしなかった。


その時に、ケーキくらい買おうか? と聞いたところ「ゴマ団子が食べたい!」というリクエストだったのだ。

長女はゴマ団子が好きなのだが、せっかくだから中華街でゴマ団子が食べたい、と。



事前にネットで調べたのだが、ネットで予約などをいれられる店は、軒並み高い。

高級店、もしくは「食べ放題 2500円」というような店だ。


うちの子たちはみな、それほど食べる方ではないので、食べ放題を好まない。

それよりは買い食いで構わないので、いろいろなものを少しづつ食べたい、という意向。


ひとまず中華街に行き、「横浜大世界」前の辻を目指す。

山下公園方面から歩いてくると、中華街に入ってすぐのあたり。

このあたり、昔から食べ歩き用にスタンド販売している小店舗が多いのだ。


しかし、数年ぶりの中華街。

以前よりも…なんというか、「個性」がなくなったね。

沢山店があるのだけど、店が違うだけで売っているものはみんな同じ。


どうも、中華食材を卸している企業があるようで、みんなそこの材料を店頭で調理して出しているだけ、ということのようだ。

だから、料理もメニューも値段も同じ。


あぁ、事前にネットで調べたときにも、同じような値段の店が多いと思っていたけど、こういうカラクリか。

おそらくは、食べ歩き用のメニューも、「食べ放題」を掲げる店のメニューも同じ。


ひとまず、長女の希望であったゴマ団子を購入。多くの店で6個550円と書いてあったのに、6個500円の店があったので列に並んだら、カウンターに値上げ告知が書いてあって550円だった。

これも、みんな同じもの売っているんだな、と確信した理由。


以前中華街に来たときに、同じあたりでゴマ団子を買い、すぐ近くの山下町公園で食べた。

だから同じように行ってみたら、G.W.なので公園中に人がいて座る場所もなかった。

まぁいいや。立ち食い。長女が2個食べる。


長男が、どこかのお店入って何か食べる感じ? と聞いてきた。

僕としてはそれをやりたかったのだけど、最近の中華街は点心食べ放題ばかりになってしまって気軽に店に入れない。

さもなければ、しっかり食事をとるコースになってしまう。


そう説明すると、ちょっと残念そう。

僕も食べたいとは思っているので、ちょっと店を探してみようと思うが、いい店なかったらごめん、と言っておく。


長女のもう一つの希望は、「美味しい胡麻餡月餅が食べたい」。

こちらも、昔は美味しい中華菓子のお店があったのでそのあたりに行って見ようと思うのだけど、最近の中華街ではどうも中華菓子はウケないようで、店がずいぶん減ったのだよね。




関帝廟通りを歩きながら、中華食材屋さんを覗く。

我が家のみんなが好きな、麻花兒(まふぁーる)、話梅(わーむい)、山査子餅(さんざしもち)と、菊花烏龍茶を購入。


関帝廟の手前で右手に曲がる。この通りには、点心食べ放題や、点心セットの店が並んでいたはずだ。

どこか安い店があれば入っても良いかも。


とおもったら、すぐに「1皿100円から」という店があった。黄山飯店

呼び込みをしていたおばちゃんに、それほどお腹すいてないのだけど点心を食べたいので、少しだけでも構わないか聞いた。

別に少しでも構わない、と言ってくれたので、入ることにする。


入ってから詳しい説明。1皿100円からだけど、それは「1個」の値段。シウマイ1個、ゴマ団子1個、で100円。

メニューは全部3個の写真だけど、3個100円ではない。了解。


みんなで分けやすいものは少しずついろいろ買って、分けにくいものは5個買おう。


揚げワンタン5個、中華粽3個、蓮葉糯米2個、小籠包5個。


点心だけでなく、小皿料理もある。この場合、1皿350円が基本のようだ。

油淋鶏を2皿頼む。


ひとまずここまで。


少し待つと次々と料理が運ばれてくる。どれも熱い。出来立てだ。

油淋鶏、子供たちに大人気。


僕は油淋鶏が好きだから頼んだのだけど、子供はあまり食べた記憶がないようだ。

君たちが保育園~小学校低学年頃に頑張って作ったことあるんだけどね。

家で作るには面倒くさい料理なので、その後作ったことはない。


みんな、まだ夕食には早くてお腹すいてない、と言っていたのに、食べ始めてみたらもっと食べたい、となった。


料理をいくつかとって、みんなで取り分けて食べよう。

料理は、800~1000円程度。


黒チャーハン、鶏肉とカシューナッツ炒め、ワンタンメンを頼んだ。

ワンタンが5個入っていたのは、5人家族だから分けやすいように気を使ってくれたか。


鶏肉とカシューナッツ炒めは、僕が大好きなので頼んだもの。

「中華街に来るたびに食べてる」と妻に笑われた。それほど食べていたかは定かではないが、好きなのは事実。

そして、とてもおいしいと子供に大好評。

これも、家で作ったことあるのだけど、カシューナッツが結構高いのよ。店で食べる方が気楽。


もう少し食べてもいいかな、という感じだったが、長女がもうお腹いっぱいというので終了。

この前に、大き目のゴマ団子2個食べているからね。




月餅を買おうと目指した店は、昔から中華菓子を売っている老舗だが、高かった。

月餅1枚1000円する。安いものでも500円くらい。


そこまで高価なものが欲しいわけではない、気軽に食べれるのも美味しさのうち、と長女が言うので別の店へ。

以前は向かいにも似たようなライバル店があったのだが、そちらは無くなってしまったようだ。


中華のスーパーで、大きい月餅が4個入りで 700円のパックを見つけた。

ただ、胡麻餡じゃない。長女は胡麻餡が食べたい、といっている。

しかし他にないので、ひとまず購入。この店では土鳳梨酥(パイナップルケーキ)も購入。


もう、帰りの電車の駅に向かいながら、さらに別の店に入る。

そこでは各種の月餅が売られていた。小さめだが、1個250円。胡麻餡のものを2つ購入。

1つは長女が1人で食べる。もう一つは4人で分ける。


さらに、店頭で桃饅頭を売っていたのを購入。長女が食べたがったので。

写真とか見ると、先ほど食べた店で点心メニューに入っていたものを全く同じ。値段も1個100円。


桃饅頭は、あんまんと何が違うの? と長女が聞いてきた。

特に何も変わらない。桃の形をしているだけ。


ただ、桃は中国では邪気を払うと考えられている果物で、桃太郎などもそのイメージから。

桃をかたどったお菓子は、お祝いごとに使われる。


さらに、大きな桃饅頭を切ると、なかから小さな桃饅頭がいっぱい出てくる、というのは、結婚式で好まれる。

西洋的なケーキ入刀を模した儀式もできるし、小さなものが沢山出てくるのは、子孫繁栄を意味するから。




翌日、月餅を食べる。

4個入りだった大きい月餅、ナッツたっぷりの味で悪くはないのだけど、少しボソボソとした食感。

胡麻餡の月餅も、胡麻の香ばしさがそれほど無い。


…ヤマザキパンの月餅は偉大だな、と再認識。



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横浜散策(3/4)  2024-05-06 22:46:27  旅行記 社会科見学 家族

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横浜散策の続き。



横浜人形の家を見に来た目的の一つは、特別展「いざなぎ流のかみ・かたち」。

面白かったので、最初にざっくりとまとめておく。


「いざなぎ流」は、高知県の小さな地域で独自に発展した、神道と仏教と陰陽道が入り交ざった信仰。

シャーマンとしての「太夫」が、八百万の神々を呼び出し、尋問する形で様々なトラブルを解消する。


これが、独特ではあるが「迷信」と片付けるには惜しい、独自の科学性を持っている。

いや、現代科学とは違うのは事実なのだけど。


病気になったら、医者にかかる。それは問題ない。でも、医者にもわからない、原因不明の病というものはある。


その場合、太夫は、原因となっていそうな神を呼び出し、尋問を行う。

関係なければ、丁重に挨拶して帰ってもらい、次の神を呼び出す。


神を呼び出すときは、御幣を使う。神道で使われる、紙を切って細長くして、棒の先に付けたやつね。


ただ、いざなぎ流では、この紙の切り方が独特で、顔や手足を作るように切る。

人型を式神として使役する陰陽道の影響があるが、ここで切るのは呼び出す神様の形なのだそうだ。

神を呼ぶのには依り代を必要とする、神道の影響なのだろう。



ここでの尋問は、数珠を使って行う。


数珠というのは、「数」と入っているように、本来計数器だ。

仏教では真言などを繰り返すことが重要なことが多く、何回唱えたかを手元で記録するために数珠を使う。


そして、適当に数珠を握れば、何らかの数が出る。

この数が奇数か偶数かで、YES / NO が決まる。

こちらは陰陽道的だ。陰陽では数が奇数なら陽、偶数なら陰とする。



尋問を繰り返し、余り下級の神になってくると、不誠実な態度をとることがあるそうだ。

つまりは、それ以上他に神様がいなくなっても、誰も原因となる神がいない場合は、最後の神様が嘘をついていることになるのだ。


その場合は、太夫は「王子」の形の御幣を作り、神に対して脅しをかける。

王子は非常に強い力を持ち、神をも退治できるのだ。これは陰陽道の、式神の使役なのだろう。


脅しをかけてもう一度尋問してもシラを切る場合は、いよいよ王子を発動させ、神を懲らしめる。

これで、悪い行いはもうしない。病気も治るだろう。


もちろん、途中の神が原因を認めた場合も、神と交渉して原因を取り払う。

時には供物を要求され、その供物をささげれば交渉は成立、病気は治る。



シャーマンって、大抵は一定の手順を踏んだ呪文などを使って病人をなおすのだけど、いざなぎ流では、繰り返し「試行」することで、原因を探し出して取り除こうとするのだ。


これは、科学的な態度に思える。

多くのシャーマンが科学文明の発達とともに消えていったのに対し、まだいざなぎ流が残っているのは、科学との相性がそれほど悪くないからではないだろうか。



病気を治すだけでなく、普段から「集落内の人間関係の悪い部分」を取り去るようなことも行っている。

人を呪うほどではなくとも、小さな妬みや羨望が、「呪詛」(すそ)となって溜まっていき、やがては禍を起こすと考えるのだ。


そのため、定期的に呪詛を消し去る。呪いの類は、通常は相手に「返す」のだが、それではお互いに返し続けてキリがないからと、呪詛は「遠いところに追いやって、なかったことにする」ようにしている。


…これ、小さな村社会では人間関係がギスギスしがちだから、定期的に「今までのことは水に流しなさい」とやり続けてきた、ということだよね。


儀式をやったのに、妬みなどを持ち続けていると、自分だけが悪人だということになってしまう。

村全体で、儀式をきっかけに「なかったことにする」しかない。


ここら辺も、神様という絶対的な権力の力を借りているだけで、村全体のストレスを管理して問題が起きないようにする知恵に思える。科学的。




いざなぎ流の太夫(シャーマン)が使う道具の展示があったが、「笠」にはいろいろと書き込まれていた。

寄贈するにあたり、太夫がいろいろな説明を書いてくれたらしい。


端の方に、縦横に線を引いた格子模様と、五芒星の形。

横に「ドーマン クジ」「セイメイ」と書かれている。


長女がこれを見て、「星の横にセイメイってあるから、安倍晴明の事だよね」と聞いてきた。

うん。そうだろうね。そうすると、クジは九字で、臨、兵、闘…のやつだね、と話をする。


すると長女「あー、2年生の時に覚えてできるようになってたけど、もう忘れたわ」と。

2年というのが、まさに中二病だね、と笑うと「いや、小学校2年の時」。


早すぎるでしょ。そういうの覚えるのは中2でしょ。


長女は保育園のころから本が好きで、小学校低学年の時にはもう高学年向けのジュニア小説とか読んでた。

そのころ読んでた小説で、主人公が九字を切るシーンが度々あるので覚えたらしい。




常設展の方も、リニューアルされて面白いものでした。

以前は、「日本全国の人形」と「世界の人形」が展示の中心だった。


元々設立が 1978 年で、そのころは日本人が海外に強く興味を持っていたんだよね。

だから、世界中の人形を見ることで、世界を感じられる展示は人気があった。


でも、現代ではそれだけではちょっとおもしろくない。

民芸品としての人形だけでなく、「みんなの記憶にある人形」の展示コーナーもあった。


1階の階段前に、1980年~2000年くらいの人形を並べて置いてある。

小熊のミーシャやイーグルサムは、年代は違うが「オリンピックキャラクター」として並ぶ。

キャベツ畑人形や、「にこにこぷん」、リカちゃん人形なども。


そして、階段を上って2階に行くと、もっと古い年代で同じように並べてある。

1960年代のビートルズのキャラクター人形がある。

モンチッチやだっこちゃん、「ブーフーウー」、バービー人形なども。


これ、1階と2階で、年代が違うのだけどわざと同じように並べている。

世代は違っても好まれるものは似通っている、ということか。


そして、さらに古いものもある。

1930年ごろのミッキーマウスとミニーマウスの人形。今のディズニーなら許さない造形だな。

さらに古く、1900年初頭ごろの人形もあるが、ここまでは「懐かしい大量生産品」の扱い。



この階段を挟んだ展示は「あなたの遊んだ人形はどの時代?」というようなことが書かれていた。

しかし、子供たちは 2000年以降の生まれで、その時代の人形すら置かれていない。


別に自分が遊んだものでなくていい。

同世代の子なら懐かしむことができる、というのがあればよかったのだが、その権利すらないのはちょっと残念。




2階には、もっと古い時代のアンティークドールたちが並ぶ。

階段あがって左手には日本のひな人形、右側には西洋のアンティークドール。


どちらも、最初は人形を中心として、その後「ミニチュアのキッチン」が置かれている。

ここでも、洋の東西を問わず、似たものが作られていたと示したいのかもしれない。


雛人形の一種としての、ミニチュアの道具類は「雛道具」というらしい。

さらに、道具だけでなく厨房(水屋、というらしい)を作ったものは、今の子供ならおままごとに使いそう。


多分、昔の子供もおままごとのように楽しんだのだろう。

ただ、こんなセットはとても高価で、貴族か、よほどの金持ちでないと買えなかったのではないかと思う。




西洋の人形の中に、オートマタの「手紙を書くピエロ」があった。

これは人気があって、オートマタの最高傑作のひとつと言われるやつね。


長女は本で見たことがあったようで「本物がこんなところにある」と感動していた模様。


でも、これ大量生産品だから。

大量生産と言っても当時は熟練の職人による手作りで、非常に高価なものではあったのだけど、たった一つというわけではない。

しかも、ここに置いてあったのは小さく作りなおされたミニチュアだから、オリジナルの一つですらない。


実際に動かした様子のビデオも上映していたのですが、どうもここのピエロは、ランプに火を灯さない状態で動かしたようです。

ビデオでも火がついていない。火、という扱いずらいものを見事に制御してみせたのも、最高傑作とされる理由の一つなのだけど。


本当は「ピエロが手紙を書いているうちに、うとうとと眠ってしまう。寝ている間にランプの灯が消えそうになるが、目を覚まして慌ててランプを調整し、さらに手紙を書く」という複雑な動きを演じるものです。

火が消えそう、調整したらまた火力が戻る、というような部分が制御されているのが見所の一つ。




日本の「市松人形」と、西洋の「ビスクドール」の作り方を解説しているコーナーがあった。

これも、部品ごとに対比して確認できるようにしてある。


部品の一部は触れて肌触りを確認できるようにしてあるのも素晴らしい。

人形って、触れて遊ぶものだからね。


長女は演劇部に所属しているのだけど、少し前に市松人形が動く、ホラー仕立ての劇をやっていた。

シナリオは同年代の友達が書いたらしいのだけど…長女はたくさん本を読んでいるし、中学の時は文芸部だったので自分でもお話を書く。

その目から見ると、いろいろと細かな部分が気になるので、シナリオの改良に手を貸していた。


その際に、市松人形を出すのであればまずそれに詳しくなくてはだめだ、と、作り方から調べていたので、ある程度知っていたらしい。


ただ、その実物の制作過程の展示を見られるのは面白かったようだ。

詳しく知っているからこそ、興味深く見られれるものもある。





ところで、人形の家は妙に「カエルのピクルス」推し。

子供のころに遊んだ人形、のコーナーにも置いてあったし、ミュージアムショップにもいっぱい置かれていた。


これ、我が家になぜかあるが、なんだかわからなかったんだよね。疑問氷解。


我が家にあるのは、次女が小学校の時に先生にもらった、「誰も作らなかったエプロン生地」。

小学校の家庭科の授業ではエプロンを作るのだが、次女は裁縫が好きなので、すぐに縫い上げてしまい暇になった。


そうしたら、先生が「数年前に購入したが、誰も作らなかったセット」をくれたのだ。

カエルが描いてあって「pickles the frog」とロゴが入っているのだけど、何者かわからなかった。


特にエプロンは作らなかったのだけど、現在我が家で座布団のカバー生地になっている。


で、ミュージアムショップにたくさんのグッズが並べられていたので、それなりの人気キャラだったんだな、と認識した。

けろけろけろっぴとのコラボ商品もある。カエル業界、というものがあるかは知らんが、そこではそれなりの知名度なのだろう。


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横浜散策(2/4)  2024-05-06 22:46:06  旅行記 社会科見学 家族

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横浜散策の続き。



さて税関を見終わったら 11時過ぎ。

G.W. は店が混みそうだから、早めに昼ごはん食べたいところ。


山下公園方向に歩きます。ここら辺、おしゃれな飲食店が多いエリアがある。


最初に見かけた店、洋食屋さんで、1200円くらいのメニューが中心。

横浜の一等地で 1200円なら安いんじゃない? と思ったけど、最初の店だし、もう少し見てから決めたい、という家族の意向で通り過ぎる。


しかしその後、1500円、2000円という感じで、値段が上がっていく…


横浜開港資料館の前あたりで、道が少しだけクランクになっています。

そこで、黒板スタンドでランチメニューの案内をしている店がありました。


中心価格は 800円。安いし、ここ入って見よう、と家族に持ち掛けます。


少し奥に入ったところに「波止場会館」という建物があり、その1階に入っているバーでした。

バー&ダイナー Sala、と看板にあるので、夜の営業が中心なのでしょう。


波止場会館は休日で入れない。1階のそのお店は、さらに細い路地の裏口のようなドアを開けて営業している。

怪しさ満点ですが、窓から見える店内は悪くなさそうな雰囲気。


まだ11時半と少し早かったのもあってか、店内にお客さんは1組だけ。

入り口すぐのテーブルに座っていましたが、犬連れで、店に入ろうとするとその犬が吠える。

少し離れた席に案内されます。店内は広くて明るい。席数も多いし、テーブル間は大きくとられていて余裕がある。


そして、メニューの値段が安い。カレー、ドライカレー、煮込みハンバーグ、豚生姜焼きが800円。

塩鮭定食は 900円、トロサバ定食は 950円。


壁に書かれたメニューの下に「物価高騰のため、5/1より 100円値上げしまた」と申し訳なさそうに書かれている。

800円でも安い、と思っているのに、先日まで 700円だったのか。


なんだかカレーが美味しそうなので、妻と長女がカレー、僕と次女がドライカレー。

魚好きの長男は、塩鮭定食にした。


カレー、ドライカレーには、サラダともやしの浅漬け、具沢山の味噌汁がついていた。

さらに、デザート代わりか小さなチョコレートが付いている。


お箸はないので、味噌汁をスプーンで食べることになる。

しかし、これが非常にうまい。カレーもドライカレーも旨かった。


長男も、塩鮭定食絶賛。ちょっと鮭が小さい、とは言っていたが、焼き加減が良くて、皮まで美味しいそうだ。


これは、煮込みハンバーグと豚生姜焼きも手分けして頼めばよかった…。

この値段でこれはすごいな…と感心して家族で話していたら、食後にコーヒーを持ってきてくれた。


サービス精神が凄い。ただでさえ安いのに、付いてくるものが多い。

大満足の昼食でした。




昼食後、山下公園を歩く。


なんか、ずいぶんきれいに花が咲いているな、とおもったら、3年後に横浜で開催される「国際園芸博覧会」の宣伝として、この春は横浜の各所で花を魅せるイベントを行っているらしい。


山下公園は、バラ園になっていた。

沢山の種類のバラが咲いている。せっかくなので、ゆっくり楽しむ。


そして、次の目的地、横浜人形の家へ。

たしか、2000年ごろに妻と見に来たことがあるのだけど、その後全面リニューアルをしている。その後評判が良いのだけど、見てなかったので来たかったところ。


続き


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横浜散策(1/4)  2024-05-06 22:45:50  旅行記 社会科見学 家族

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5月4日、家族で横浜散策してきました。


本当は G.W. に家族旅行行きたかったんだよね。

でも、新年度になったばかりで、子供たちの予定がわからない。

4月の半ばに G.W. の予定が全員分揃い、旅行に行くつもりで宿を探したのだけど、もう高級宿しか空いてなかった。


そんなわけで横浜散策しよう、と方針を切り替えてはいたのですが、あまり詳細は決めておらず、詳細決めたのは前日。




面白そうな箇所をたくさんリストアップして、家族の意向を聞きながら絞り込んでいました。

そのせいもあって、いきなり降りる駅間違えた。関内で降りればよかったのだけど、隣の桜木町で降りてしまった。


横浜散策と言えば、大体このどちらかの駅で降ります。当初の面白そうな場所のリストには桜木町の施設も入っていたのだけど、最終的に行くことにしたのは、全部関内周辺でした。


とはいえ、隣駅だから歩いても大したことはない。元々散策目的なので、ぶらぶら歩きます。


桜木町には大観覧車がある。次女が、小学校の時に遠足できたわー、などと話をします。

通常は遠足はもっと遠いところなのだけど、コロナの影響で近場で済ませることになったんだよね。


カップヌードルミュージアムの前を通る。長男が、家族で遊びに来たねーなどと話をするけど、次女は小さかったので覚えてない。


でも、次女は遠足の時に来ているので、それなりの想い出はあるらしい。



赤レンガ倉庫近くの、変わった歩道橋「サークルウォーク」。

このすぐ横に、JICA 、いわゆる「青年海外協力隊」を統括する組織の横浜支部があった。


次女は社会科が結構すきなのだけど、教科書に JICA 載ってた、というような話をする。

長女の高校の先生が、JICA で海外に行っていたことがあるらしい。

妻の知り合いにも、「青年海外協力隊」で海外に行っていた人がいる。


みんなそれなりに興味がありそうなので、資料展示スペース無料だけど見てみる? と聞いてみる。

行く予定の場所はあるけど、それほど時間が詰まっているわけではないから。


でも、少し考えた後で、全員「別に見なくていいかな」という答え。先に進む。



赤レンガ倉庫の横には大きな駐車場がある。「ちきゅう」に乗船した時は、この駐車場が集合場所で、埠頭まで連絡バスが出ていた。

しかし、子供たちは覚えていないらしい。その時にトイレに行きたくて赤レンガ倉庫に行ったことは覚えているのに。


赤レンガ倉庫では、Frühlings Festが行われていた。

ドイツのビール祭りだよね。昔、「春のオクトーバーフェスト」ってわけのわからん事言ってたやつだ。


※と、その時は家族で話していたのだが、春のオクトーバーフェストは横浜ではなく、お台場や日比谷などで行われていたようだ。

 横浜は10年前からやっているが、最初からFrühlings Festだった、と今調べて確認した。


ところで Frühlings ってなんだ? と、大学でドイツ語を学び始めたばかりの長男が調べ始めた。

スマホの GBoard にドイツ語キーボードいれてあるから、ウムラウトが入っていても入力できるそうだ。

単純に「春」って意味だった。まぁ、春とか花とか、そこらへんだとは思っていたけど。




上記のように道で見るものを楽しみながら歩いてきたが、最初の目的地の横浜税関についた。



税関のお仕事を知ってもらうための展示があって、これが面白い、と聞いたのはもう5年以上前だったと思う。

見に来たかったけど、小学生が見てもつまらないだろうと思って待ってたんだよね。

そのうちコロナで出かけにくい雰囲気になっていた。


いまなら次女も中学3年生なので、楽しめるだろう、ということで見ることにしたのだった。


主なコーナーは3つかな。


・ワシントン条約で保護が決まっている生物を使った商品の展示。

 美術品としての象牙とか、印材の象牙が取り締まられるのは知っていたけど、「象皮のバッグ」みたいなものもあるのね。

 もちろん、他の動物を使った製品もいろいろと置いてある。


・ブランド品の偽物の展示。

 本物と偽物を並べて置いてあるコーナーがあるので、じっくり見極めてみる、というのも面白いです。

 15個くらいあったのだけど、長女は1つ間違えただけで全部当てた。


 偽物は明らかに出来が悪いものもある一方、区別がつかないようなものもある。

 出来が悪いというのだって、本物が隣にないと判らないかもしれない。

 長女曰く、違いに気づけば「よくできていると思う方」が本物、でほぼあっているそうだ。


 本物のブランドには存在しない商品、というのもあるようで、そうしたものは全部まとめて「こちらは全部偽物」のコーナーに置いてあります。


・麻薬などの密輸手法の展示

 実際に密輸しようとした事例を、パネルや再現、実物を用いて展示。

 隠す手法を考える側もすごいけど、見つける側もすごいよね…


どれも見ごたえがあって面白い。


このほかに、過去の資料を並べた歴史コーナーもあります。


歴史コーナーで、横浜税関の仕事の一環として「貿易統計の集計」があることと、大正12年には自動集計器が導入された、というのを知る。

こんな古い時代から、日本でパンチカード集計器使っていたのか、と驚き。


パワーズ式、というものだったので今調べたら、最初のパンチカード集計器であるホレリスのものを改良したもので、一時期ホレリスのタビュレーティングマシン社よりシェアを持っていたようだ。

ここら辺は、コンピューター以前の歴史なので、僕もあまり詳しくないところ。


ホレリスの機械は集計しかできなかったが、パワーズの機械は集計結果を印字できた。

結果印刷まで行ってくれるというのは、事務作業としては革命だろう。売れるわけだ。


その後「タビュレーティングマシン」社は、後追いの他企業と合併して、紆余曲折あって IBM になった。

パワーズの会社も、最初のタイプライターを商品化したレミントンランドに吸収され、のちの UNISYS になったようだ。


この話、長いので何回かに区切ります。

続き


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ビーチコーミング  2024-04-15 10:53:28  旅行記 社会科見学 家族

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観音崎自然博物館に行った話の続き。


博物館を出た時刻は16時くらいだったろうか。

まだ少し早かったのだが、外食するつもりだった昼ご飯がコンビニグルメになってしまったので、夕飯を食べて帰りたい。

せっかくなので、車は駐車場に止めたまま、もう少し楽しもう。


付近一帯が自然公園になっているが、以前来たときは時間が限られていて全然見なかった。

少し歩いてみよう、と家族に提案する。


ちょうど、自然博物館の前に、里山っぽく整備されたエリアがあった。


里山っぽい部分と、その隣に別に整備された道がある。どちらも、山の上の方に道が続いている。

里山エリアの方を歩いてみることにする。


何らかの植物を育てているようで、区画内に入らないように、と書かれている部分が多い。

何を育てているのかは知らないが、ちゃんと人の手が入っているのは良い事だと思う。


里山エリアの一番上に登ったところで、猫がいた。

そして、その猫から少し離れたベンチのところに、おじさんが座っていた。


横に細い道が、まだ上に向かって伸びている。

先ほど横を通っていた道かな、とおもって、まだ上に続くから上ってみよう、と家族に行ってみたところ、おじさんが「この道、止まっているように見えるけど別の道に繋がってるから」と教えてくれた。


どういうことかよくわからず進んでみると、確かに道は行き止まりだった。

そして、子供が探検でもしたような細い道が横の斜面を折り返しており、上で別の道に繋がっている。


上の道が、先ほど隣にあった、別の立派な道らしい。



進んでみる。

しばらく進んだところで、方向表示案内。

まっすぐ進む道には、「ふれあいの森 1200m」の表示が。


いや、1.2kmも歩くつもりはない。ちょっと入って見ただけなのだ。


別の道で戻る方面には、「たたら浜園地」と書かれていた。

なんか、その地名カーナビで見た気がするぞ。博物館のすぐそばではあったはずだ。


そちらに戻ることにする。




たたら浜は、博物館からわずかな距離の浜辺だった。

そして、たたら浜園地には、バーベキュー場があった。


次女がバーベキュー食べたい、という。

今食べたいというのではなく、コロナ前はよく夏になると庭でバーベキューをやっていたので、またやりたいという意味だ。

コロナだから、というよりは、夏が暑すぎたり、誰かが受験で忙しかったりで、最近やっていない。



せっかくだから、たたら浜に降りてみる。ビーチコーミング好きの長女大喜び。


ぶらぶらとビーチコーミングしながら歩く。博物館から離れる方向に向かっていくと岩場があるので、そこに行ってみよう。


僕は先に岩場に入って見たが、潮溜まりが残されていて、小魚などがいる。

こういうの、いいね。イソギンチャクとかいないかと思って岩の下をいろいろ覗き込んだが、いなかった。

でも、貝はいろいろなものがいる。


長女がゆっくり追いついてきた。

貝いっぱいあるよ、と言ったところ、今回ビーチコーミングで拾っているのは貝ではないそうだ。


そういえば、しばらく前からシーグラスを集めているのだった。


シーグラス…ガラス瓶などの割れた破片が、波に洗われて角が丸くなったもの。

鎌倉の海岸では茶色いものが多い。ビール瓶の破片だな。ガラスとしては、茶色はあまり綺麗ではない。


しかし、ここの浜では、水色や緑が多く、綺麗だという。

ここの浜は海水浴場ではないので、ビール飲んだりする人が少ないとか、捨てられやすい瓶の種類も違うのだろう。




特に薄い黄色から緑色のシーグラスを探しているらしい。

ウランガラス、だそうだ。そういえば、しばらく前にそんなことを言っていたな。


僕のこの時点での知識では、放射性物質を微量に入れたガラスは、屈折率が高くなるので昔はレンズなどに使われた、というものだった。

でも、次女によると、美しいので工芸品としてのガラスにも多いのだという。実際、今調べたらそうだった。


岩場で砂浜は終わりだったので、再度引き返して、シーグラスを探す。今度は僕も手伝った。

片道では長女の片手に乗るほどのシーグラスしか見つけていなかったのだが、家族みんなで探して歩いたら、両手でも載せきれないほどの量が見つかった。




5時半ごろ、帰路につく。

八景島付近でファミレスの「ココス」に寄り夕食。うまかった。


家に帰ってから、長女はシーグラスを水道水で洗浄。

海で拾ってきたものは、すぐに洗っておかないと臭くなる。


で、妻にブラックライトを借りたいと頼む。これは、帰りの車中でも言っていたこと。

科学実験としてはブラックライトはよく使うので、妻は持っている。


ウランガラスは、暗闇で紫外線を当てると美しく輝くそうだ。

今回、それらしい色のガラスは無かったので望み薄だけど、と言いながら長女は暗い廊下でがさがさとやっている…


「光った!」っと、素っ頓狂な声。

慌てて見に行くと、確かに1つだけ、小さなシーグラスが輝いている。


しかし、ウランガラスの特徴である、緑色の光ではない。オレンジ色の光。


まさか本当に光るとは思ってなかったので長女は興奮気味だが、色が違うので冷静に「勘違いである可能性」を確認しはじめた。


ガラスではなくプラスチック片の場合、蛍光塗料などが練り込まれていて光るものもある。

しかし、僕も確認したが、ガラスのように思える。プラスチックなどの樹脂ではない。


次に、表面に蛍光塗料などがついているだけ、の可能性。これもなかった。全体に削れて曇りガラスになっているのだ。

表面に何かペイントされていたものが割れたとしても、これほど全体に光ることはないだろう。


紫外線ではなく、自然光で見た場合にもオレンジ色っぽい。



いろいろと情報を探すと、ウランではなくカドミウムを入れると、普段の色も蛍光もオレンジ色になるらしい。

ウランガラスよりも珍しいらしい。


ちゃんと鑑定できるわけではないので、まだ疑問符付きだけど、長女としては宝物。

小さなジッパー袋に入れたうえで、採取地と採取日、おそらくカドミウムガラス、と書いてコレクション箱に入りました。

情報を書いておけば、ガラクタではなく立派な資料。




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観音崎自然博物館【日記 24/04/15】

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02年 4/15

15年 PC-E500 発売日(1988)

20年 【訃報】ジョン・ホートン・コンウェイ氏


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観音崎自然博物館  2024-04-15 10:17:20  旅行記 社会科見学 家族

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昨日、14日日曜日の話。


以前から、家族で行こうと約束していた「観音崎自然博物館」に遊びに行ってきた。


前回行ったのは、僕と次女だけ。

二人だけだったので日記にも書いてなかったな…


2019年の8月21日、水曜日だった。写真が残っていたので日付まで分かる。

たしか、長女は部活だったか、塾の夏期講習だったかで不在、長男は受験予定だった高校の説明会に行かなくてはならず、妻はその付きそい。


で、僕は長男と妻を送るために車を出したのだが、当時まだ小学生の次女を留守番させるわけにはいかない。

高校近辺で面白そうな施設を探したところ、観音崎自然博物館を見つけた。

説明会が終わるまで、2時間程度遊びに来たのだった。


しかし、小さい博物館ながら非常に面白かった。展示方法などに工夫がある。

そのことを帰ってから話したところ、家族皆行きたがったので近いうちに行こう、と約束していた。


そのすぐあと…すぐ、というほどではないか。

2019年12月には、コロナが世界中で猛威を振るい始める。

不要不急の外出を避けるように、と呼びかけられた。


そんなわけで、約束は延期となっていたのだった。




先日、「所さんの目がテン」で、ヒトデの科学を放送していた。


ここで、観音崎自然博物館が紹介されていた。同館は、ヒトデの仲間である棘皮動物の展示が多い。


そこでまた、見に行こうという話になったんだ。


しかし、新学期が始まったばかり。新年度の予定もまだよくわかっておらず、家族の予定がどうなるかはよくわからなかった。


一昨日、土曜日の夜に、とりあえず全員日曜日は空いている、とわかった。

ただし、長男は履修登録を週末の間に終らせて、さらにその教科書などの購入手続きを終わらせる必要がある。


可能なら遊びに行こう、とはなったが、履修登録が非常にややこしい。

僕は先に寝たのだが、この日は遅くまでかかって履修登録を終わらせたと後から聞いた。


昨日の朝、8時過ぎに起きてきた長男に話を聞くと、教科書もカートまでは入れてあり、あとは支払いのみという。

すぐに僕のカードで決済。数冊の教科書が、大学指定のサイトでは売っていなかったので別途探す必要があるらしいが、後日でも大丈夫とのこと。


というわけで、準備が整った。

皆で博物館行こう。まだ寝ていた長女・次女も叩き起こす。




なんだかんだで、家を出るのが遅くなった。11時過ぎ。

昼ごはん食べてしまってから行こう、と僕が提案し、家の近所の道沿いのガストで食べようとしたところ、妻から「せっかく観音崎行くのだったら、その近辺で変わったもの食べたい」との意見。


観音崎周辺、食べるところ何もないよ? と言ったが、ほかのみんなも同意したため、まずは観音崎まで行くことになった。


高速道路も使い、家からは1時間ほど。

高速道路を降りてから食べられそうなところを探すが、やはり何もない。そのまま博物館まで来てしまった。


しかし、博物館の隣にレストランが併設されているではないか。

そこでもいいか、と思って駐車場に入ろうとするが、満車で入場待ちの車の列ができている。


あ、これだめだ。どこかでご飯食べてきた方が、駐車場もすくだろう。

一旦諦めて別の方向へと走る。


しかし、食べられるところどころか、コンビニすらない。

横須賀美術館前は、渋滞が起きていた。入場待ちの車が渋滞を作ってしまっているのだ。


春で暖かくなり、新年度も落ち着いた日曜日ということで、行楽客が多いようだ。


なんとかファミリーマートを見つけたが、駐車場満車。

しばらく待って中に入り、とにかく各自好きなものを買う。


この近辺は、広い範囲が自然公園に指定されていて、駐車場も多い。

どこかで食べられたらよさげなところで食べよう…と思い、駐車場を探しながら博物館方面に戻るが、どこも満車。


結局博物館まで戻ってしまった。

駐車場待ちの列に並ぶ。前に2台待っていた。そして、その車内でご飯を食べてしまう。


全然駐車場から出る車が無い。この駐車場、時間当たりいくら、ではなく、1回いくらの形式だ。

だから、早く出さなくてはならないというモチベーションはないのだ。


1時半を過ぎたあたりで、やっと1台動いた。

時間的に、併設のレストランから出て家に帰る人がいたのだろう。


その後、しばらく待ったがまた立て続けに2台出ていき、入れ替わりで入ることができた。

すでに2時前。




自然博物館に入る。

5年もたっているので、内部の展示もずいぶんと変わっていた。半分くらい入れ替えられた感じか。


しかし、以前よりも活性化している感じだ。

以前は、展示内容に古臭い部分もあったのだが、そうした部分が大幅に入れ替えられている。


3年ほど前から、YouTube でチャンネルを持って動画配信を始めたようで、積極的に「地域の自然探検」をやっているようだ。そうした成果報告も博物館内のいたるところに書かれている。


あと、同じく3年前には、近くにあった「京急油壷マリンパーク」が閉園になっている。

そちらから博物資料をいただいたものも展示されており、珍しい展示が増えている。



長女・次女は、タッチプールで楽しそうに遊んでいた。

よく見ると、6腕のイトマキヒトデがいる。普通は5腕なので、奇形なのだろう。

ヒトデは再生力が高いので、傷ついて再生した際におかしくなりやすい。


長男は展示の説明を隅々まで読み込んでいる。




今回、博物館の行く際に僕が家族に言った言葉は「カイロウドウケツを見に行こう」だった。


カイロウドウケツ…偕老同穴は、中国の故事に倣った言葉。

夫婦が二人で共に年を取り、死んだ後も同じ墓穴に入れてもらおう、という夫婦愛を示す言葉。


そして、カイロウドウケツは、深海に棲む海綿の仲間。

非常に美しい、ガラスで編まれた籠のような骨格を持つ。英語名は「ビーナスの花かご」。


で、その網目の中に、雌雄一対の2匹のエビが寄生する。エビにとっては、籠に守られて敵の来ない空間なのだ。

小さなプランクトンの時に中に入り、大きく成長して出られなくなる。


「海老」の字の通り、エビは腰が曲がるまで老いたもの、の意味を持つ。

老夫婦が二人で一生を共にする、というところから、この海綿自体の名前が「カイロウドウケツ」となった。

(エビはドウケツエビと名付けられている)



で、博物館内では…以前は目立つところに置かれていたのだが、端の方の物陰にひっそり置かれていた。

以前は無脊椎動物を中心に並べられていたコーナーの一画に、古代サメの「ラブカ」が置かれるようになって、その陰になっているのだ。


ラブカは、油壷マリンパークからの寄付らしい。貴重な資料なので置く場所を探したところ、無脊椎動物のコーナーを侵食したのだろう。


しかしまぁ、美しいカイロウドウケツ標本は見られたので、当初の目的は達成された。


ちなみに、次女は前回来たときには、この標本の珍しさがよくわからなかったようで、見たのを覚えていないらしい。

今は「あつまれどうぶつの森」にあったので知っているそうで、本物の美しさを興味深く見ていた。




残念なこともあった。

以前来たときは、貝殻だけをたくさん並べたコーナーがあったのだが、無くなっていたのだ。


オキナエビスなどの珍しい貝もあったのだが。

長女はビーチコーミングが好きで、子供のころは綺麗な貝殻を集めていたし、妻も貝の標本は結構好きだ。


貝殻だけたくさん並んでいる、というのは、地味であまり人気が無かったのかもしれない。

まぁ、これは仕方のないところ。



2時間ほどいただろうか。

満足したので博物館を出る。


この話、長くなったのでいったん区切りますが、まだ続きます。



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国立西洋美術館  2024-03-17 18:06:02  社会科見学 家族

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長男の受験も一区切りつき、発表を待っている。

次女は来年度受験生だが、まだ余裕がある。


久しぶりに家族でどこか遊びに行きたい。

一泊旅行もしたいのだが、それを行う時間も急には都合がつかないので、日帰りでどこか行こう、となった。

予定日は、3月16日の土曜日。


妻は美術館に行きたいという。横浜美術館? と考えて調べたところ、しばらくリニューアルオープンのためにお休みしていたそうで、3月15日がオープン日だった。


それは混みそうだねぇ。ということで、パス。

鎌倉の近代美術館は? となったが、こちらは近すぎるのでいつでも行けそう。またの機会に。


で、妻の要望もあって、国立西洋美術館の常設展を見よう、となった。

長女、次女も、最近どうぶつの森の影響で少し美術館は気にいなっていたそうで、行きたいという。


長男は山歩きがしたかったらしいが、それはまた今度ね、ということになった。




久しぶりの上野。8年ぶりか。駅前風景が一変していて驚いた。

4年前に大幅な工事をしたのね。駅の位置が移動して、駅前の道路がなくなり、駅を出たら目の前が上野公園になっている。


目的の西洋美術館へ。前庭にいくつかのブロンズ像が置いてある。「考える人」とかね。


特に大作、ロダンの「地獄の門」があった。せっかくなので、まずそれを見る。

子供たち、美術の教科書に載ってた、という反応。

長女がこれ本物? と聞くので、ブロンズ像の説明から行う。


版画作品の場合、たくさんの絵が作られて、どれも本物だ。

同じように、ブロンズ像は、元となる彫像が作られた後にかたどりをして、大量生産される。

どれも本物だ。


ちょうど先日、長女は高校の美術で、自分でデザインしたメダルの鋳造を行った。

小さなメダルでも鋳造は大変だったそうで、このサイズのものを作るなんて想像を絶する、と驚いていた。


実際、地獄の門はでかいのだ。高さ5メートルくらいか。

普通は石膏で型取りして鋳造するのだと思うが、このサイズを作るのはどうやったのか、想像もつかない。




中に入ると、企画展はこちらでーす、と案内している人がいたが、今回の目的は常設展。


これは妻の考えで、企画展というのは、すでに美術をある程度分かっている人間か、全く知らないがミーハー的に見に来る人を相手にしているものだから、とのこと。


常設展は、わかりやすく美術を教えることを目的にしているので、最初はいろいろな美術館の常設展を見に行くと良いそうだ。


これ、後で書くけど実際勉強になった。



常設展の入り口で、ギャラリートークの案内が書いてあった。

ボランティアの解説員と一緒に、1時間くらいで見所を見て回る、というツアー。

美術館に入ったのは10時前だが、10時45分受付開始、11時からスタートで、15名が定員らしい。


ひとまず時間を待ちながら展示を見始める。




展示の最初は16世紀ごろの宗教画から。年代を追って進んでいくようだ。


さて、実際にはいろいろ考えながら見進めていったのだけど、ここで初めての人向けにガイドするつもりで、見所だけ書いていこう。



まず、今時持ってない人はいないと思うが、一人一台のスマホを持っていくべきだ。

イヤホンがあるとなおよい。

自分のメールアドレスをすぐ入れられるようにしておき、QR コードの読み方も知っておくこと。


というのも、今時はスマホで音声ガイドが聞けるためだ。昔はそういう機械を貸し出していたが、今は存在しない。

館内には FreeWifi があるのだが、この認証にメールを使用する。自分のメールアドレスを入れ、受け取ったメールに書かれた番号を入力することで認証とする。


自分のアドレスとかは当然すぐに使えたのだが、子供は普段メールを使わない(スマホは親との LINE 連絡用)ので、メールアドレスをすぐに入れられず苦労した。



この音声ガイドは、個々の絵の鑑賞ポイントを教えてくれるものだ。

それとは別に、ところどころに、ひとまとまりの作品をまとめて鑑賞ポイントを教えてくれる、解説ページへのリンクの URL が置いてある。

途中までその違いに気づいていなかったのだが、一緒に見るより楽しめるかと思う。



#この音声ガイド、やはり以前は機械で行っていたが、コロナもあって貸し出しをやめていたらしい。

 スマホで見られる形のものが、先月から使えるようになったばかりだったらしい。




絵なんて言うのは、生活の役に立つものではない。だから、裕福になるまで、見て楽しむための「美術」なんて存在しない。

16世紀ごろの宗教画、というのはそのギリギリ最初のポイントで、文字が読めない人に聖書の教えを伝えるために描かれ始めている。だから、楽しむための美術ではなく、実用品なのだ。


また、この時代の絵の具というのは大変高価だ。ここでも、権力を持った教会などでないと発注できないのだ。


しかし、やがて金を持った貴族などが、絵にお金を使い始める。

最初は、寄進する宗教画として。絵の一部に自分の城を書いてもらったり、自分自身を入れてもらったりして。


そのうち、聖書の人物の顔を自分にする、などの形で、宗教画の形式をとった肖像画が出始める。

そして、宗教から離れて肖像画を作り始める。



もう一つの鑑賞ポイントとして、宗教画は、宗教上の理由で「人をだましてはならない」物だった。

それが、本物と見間違えるようなものであってはならない。形式的な絵を描くだけで、遠近法などを取り入れてはならない。


それが、宗教を離れて貴族がパトロンになるにつれ、どんどんリアルに描かれるようになっていく。

最初は肖像画が中心だが、食卓に飾るから食材の絵を描いてくれとか、いろいろな注文で絵の幅が広がっていく。



…と、ある程度見て回っていたら、そういう意図をもって順序が組まれているように思えたので、子供たちに解説した。

鑑賞ポイントが分かった方が面白いからね。





ギャラリートークの時間が来たので、エントランスに戻って参加する。

15名の予定だったが、大人気だったようで 30人以上いたと思う。


解説員のボランティアの方が、驚くと同時に感動していた。

この方、7年間ボランティアを務めていたが、この日で最後だったらしい。

普段はここまで集まらないのに、最後の回がこんなに大盛況で驚いたと言っていた。



西洋美術館は多くの作品があるので、1時間程度ではとても全部は説明できない、ということで、最初に説明された作品は、宗教画の時代よりも後の作品。


そして、モネ。印象派の代表、睡蓮をたくさん書いた人だね。

さらに、モネと同時代を生き、彫刻を作ったロダン。最後には中庭の地獄の門を解説してくれた。


地獄の門は大きな作品なので、資金が無くて生前には型まで作ったものの、ブロンズ鋳造されなかったらしい。

最初に資金を出す、と名乗りを上げたのが日本人で、上野にあるのが最初の鋳造のものなのだとか


その日本人が、西洋美術館の元となるコレクションを作り上げた人。

モネ、ロダンとも実際に面識があり、本人から直接買い付けてきたらしい。

そのため、西洋美術館は、モネとロダンのコレクションが豊富。


と言っても、コレクションの多くは、「購入」したものの、ヨーロッパにあった。

第二次世界大戦の敗戦時に、敗戦国の財産として、フランスの管理下に置かれた。


いろいろあったが、日本に返却するときの条件が、ちゃんと管理を行える美術館の建造だった。

それで作られたのが、国立西洋美術館。




ギャラリートークは楽しかったが、同時に速足で美術館の全貌を見せてくれたので、「朝のペースで見ていたら一日では見終わらない」と分かった。


中庭で終了となったので、そのまま一旦外に出て昼ご飯にする。

そして、もう一度常設展へ。常設展は、一日の間何度でも出入りできる。



さて、宗教画から貴族の肖像画などが中心の時代を見終え、その後の時代に入る。

ギャラリートークでも最初に説明してくれた絵は、貴族の家を飾る、四季の連作として描かれた一枚だった。


だんだん、絵の内容…テーマが自由になっていく。風景を描いた絵や、狩猟風景を描いた絵など。作者が美しいと思ったものを絵にとどめ、それが評価されれば買い手が付く時代。

逆に言えば、もう宗教や貴族はパトロンではなく、絵描きが自分の才能を金に換える方法を、自分自身で探さないといけない時代にもなっていく。


絵の技術は十分に高まり、本物のように美しい絵も現れ始める。




そして、印象派の時代へ。

本物と見間違うような美しい絵、というのが当たり前になってくると、差別化するのは「作者の視点」になってくる。あえてリアルを外し、絵ならではの美しさを求め始める。


…マネの「ブラン氏の肖像」リアルとは程遠いよね。陰影とか少なくて、アニメ絵っぽさもある。

しかし、それによって描きたい人物がはっきりとわかるし、彼の伊達男っぷりも…とにかく明るい、薄っぺらい印象の人なのかもしれない、というようなことまで思ってしまう。


モネになると、さらに進んで、「絵である」ことを主張し始める。

あえて筆の跡を残し、そこかしこに筆者の痕跡を残し始める。


リアルを求めるのであれば、だれが描いても同じものになってしまう。だからこそ、作者の痕跡が重要なものとなり始めたのだ。


で、ここからは今回初めて知ったこと。モネの絵が飾ってある部屋の片隅の QR コード解説に書いてあった受け売りだけど。


ロダンとモネは、誕生日が近くて、仲が良かったそうだ。

絵と彫刻で分野は違うけど、同じ芸術家としてよく話をしたらしい。


そして、二人とも同じ方向性を持ち始める。モネは筆の跡を残すようになっていき、ロダンは粘土に指の跡を残すようになっていく。

なるほど、言われてみれば同じような手法だが、説明されるまで一切気づいていなかった。


美術作品を、頭でわかろうとするな、見て感じろ、という人がいるのだけど、こういう話は見ても感じられない。

でも、知識を持ってから見ると、非常に面白い。美術の好き嫌いは自分の感性に従えばよいのだけど、頭でわかることは大切だと思う。




その後も徐々に時代が進んでいく。日本の影響を受けた、ジャポニズムの時代のあたりは面白い。

西洋の絵なのに、掛け軸のように縦長で、署名まで縦書きしていたりする作品がある。



最後に、近代の作品。ピカソとか、ムンクとか。


ピカソのキュビズムが壮大な実験だ、というのはよく知られているのだけど、飾られていた中に、もっと晩年の作品があった。

ピカソの晩年は、シンプルで力強い線を好むようになるんだよね。で、やたらと男にチンコを描きたがる。


若いころは、無茶苦茶な絵に見えても、性的モチーフはそれほど描かなかったのにね。


あれは、性的に衰えてきた老人が、まだまだ若いところを見せようとわざと性的なものを見せびらかしているんだと思う、と僕が言ったら、妻も「そうそう、街中にいるような露出狂も、性的に自信がない人の方が多い」と同意。妻、若いころはよく露出狂に近寄られていたので、撃退方法も心得てます。


チンコ、という言葉に、さすがに高校生の長女は恥ずかしそうな反応だけど、「ピカソ、完全に迷惑老人じゃん」と。

うん、実際女性関係だらしなくて、周囲に迷惑かけていた人だからね。


しかし、この時代になると「作者の痕跡を残す」どころではなく、作者の個性がむき出しになっている。

それもまた面白い。



あと、やはり近代の作品で、絵の具を盛り付けるように塗ってある作品を並べてある一角があった。

これも、流行した技法なんだよね。特に白を盛り上げるのが流行したみたいだけど、別の色もある。


絵の具の「減色混合」では決して表せない、輝くような光を表現するための技法。

白を盛り上げて塗りたくることで、白の表面で光が乱反射し、輝きを表現できる。

また、盛り上げることで、立体的な描画も可能としている。


ここら辺、美術の教科書で見てもわからない。本物を見てやっと価値が分かるものだ。



…と、こんなあたりで展示はおしまい。




最後に、今回一番「興味深かった」絵を紹介。西洋美術館の WEB ページにも紹介があるので、リンクしておく。拡大もできるので、是非見てみて。


三連祭壇画:キリスト磔刑


宗教画なのだけど、リアルに描かれるようになった後の作品。


僕が注目したのは、中央で磔になっているキリストの右側、槍を持っている人物。


キリストの右わき腹には、傷跡がある。これは、聖書でも磔刑のあとに、死んだか確かめるために兵士が右脇腹を槍で刺した、とある。


恐らく、キリストの右に描かれる、槍を持った人物がその兵士なのだろう。

兵士は「無名の兵士」とされるが、のちに名前を与えられ、ロンギヌスと呼ばれる。


「ロンギヌスの槍」というのはキリストの血が付いた聖遺物の一つとされて、中二病な小説なんかだと強い武器の名前になっていたりするね。



で、その彼だが、この服装は一体何か。

リンク先で画像を表示して、ズームしてよく見ていただきたい。


明かに服を着ている。というか、これは服ではなく鎧だと思う。

しかし、腹筋は見えるし、へそも見える。WEB の画像ではわかりにくいが、乳首まで見えているのだ。


さらに書く。当時は男でもスカートをはくのは普通だし、スカート状の鎧もある。彼が来ているのもそうした鎧に見える。

しかし、このスカートが、腰の周囲にあるのではなく、足にまとわりつくように股の部分がはっきりわかるんだよね。



最近の男性向けのイラストなどで、女の子が「服を着ている」にもかかわらず、服越しに「へそがくぼんで見えている」物がある。

同様に、スカートをはいているのに、股の位置がはっきりわかるように描かれる絵もある。


衣服がどんなに張り付いてもへその中まで張り付くことはないと思うし、立っている状態でスカートが股にへばりつくこともない。

どちらも、「ちゃんと服を着ている」と言いながら、裸を連想させるための書き方なのだと思っている。


そういうのは最近のエロイラストの描き方の一つだと思っていたのだが、16世紀前半にすでにそういう絵が描かれているとは…。


しかも、ここでは女の子ではなく、おっさんのへそと乳首が見えてるんだよね。誰得なんだろう。

最近のエロイラストみたいな描き方が16世紀にあった、というだけでなく、最近のものだと思われている腐女子も、すでにいたのかもしれない。


性癖は時代を超える。


茶化しているように見えるかもしれないけど、結構本気で書いてる。

エロって、人間が生物である以上、非常に魅力的なコンテンツだからね。


現代人が欲しているものを、16世紀の人も同様に欲していても、何ら不思議はない。


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城ヶ島  2023-04-01 16:07:00  社会科見学 家族

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忙しくて時間が空いてしまった。

これから書くのは、春分の日、3月21日のこと。




コロナ禍の直前、長男が高校受験のため、家族旅行などは余り行けなかった。

そのままコロナ禍、さらに昨年は長男の大学受験、長女の高校受験で、やはりあまり出かけられていない。


長男は、今年受けた大学は全部受かったのだが、もう一年取り組んでさらに上を目指すことにした。

なので、来年も余りでかけられないかもしれない。


じゃぁ、今のうちにちょっと遊びに行こう。

いろいろ考えると、春分の日の休みしかタイミングがない、と気づいたのは2日前。


どこ行こう。


慌てて家族で話し合うが、とにかくちょっと気晴らしで外に出られれば良いのだ、ということで、比較的近い城ヶ島に行ってみることになった。


以前から行ってみたかったのだけど、行ってなかったのだよね。

子供が小さいうちは、そちらの方面に行くなら、近くにある「ソレイユの丘」とか「京急油壷マリンパーク」の方が受けが良かったから。


しかし、今なら城ヶ島は楽しめるように思う。




城ヶ島は、地学的に非常に面白い。

大学時代に地学を専攻していた妻は、せっかく近所なのだからと、以前から行きたがっていた。


遊園地みたいな面白さではなく、学術的な面白さは、前知識が必要だ。

時間がなかったが、ネットで調べる。


早稲田大学の学生が、授業で作成したらしい、三浦半島の地学の面白いポイントをまとめた PDF を見つけた


なるほど。城ヶ島以外もいろいろ面白そう。

もし時間があればもう一か所くらい回るのも良い、と思いつつ、多分時間はないだろう。


この PDF は、自分の Ideapad duetに入れて持っていくことにする。


特に、京急ホテル南側にあるという断層は見所だろう。

前日夜に子供たちにこの PDF を見せたところ、次女が「資料集に載ってたやつだろと思う」と、中学の理科で使っている資料集を持ってきた。


たしかに、おなじ場所と思われる写真が載っていた。

全国の学校の授業で使われているというのは、やっぱ見所なのだろう。


横須賀市自然人文博物館が、YouTube で、三浦半島の地学について解説ビデオを公開していた。


調べると、行く途中にちょっと寄り道したら、この博物館に行けそうだ。

事前知識があった方が面白いので、寄っていこう。




当日は朝8時出発。博物館まで1時間くらいの予定で、博物館は9時オープンだから。


で、博物館については今回の日記の本題ではないので、多くは書かない。


ただ、素晴らしかったとだけ記しておこう。

でも、地学要素は思った以上に少なかった。もう少し説明していると思っていたのだけど。


入場料がいると思っていたが、無料だそうだ。博物館に入った場合、駐車場も1時間無料。

次の目的地があるので、速足で内容を全部見たのだが、1時間以内だった。


「もっとゆっくり見たかった。また来よう」と家族全員の意見がそろった。




さて、途中は端折って城ヶ島。


駐車場は何カ所かにあるが、京急ホテル南側の断層というのは、西端にあるようだ。

なので、一番西の駐車場に停める。


その後で気づいたのだが、城ヶ島では、一日の間に何度も駐車場を出し入れして、何時間留めても、450円。安い。


少し歩いて、最初の目的地「長津呂の磯」(ながとろのいそ)を目指す。




磯が見えて、ちょっと驚いた。


写真などでは見ていたのでどういう場所かは知っていたのだけど、思っていたよりずっと広大だったのだ。


地層が横倒しになり、地面に広がっている。

波に侵食され、縞模様を作っている。


いわゆる「鬼の洗濯板」と呼ばれるような地形なのだけど、凄く広かった。


岩場を観察しながら、どんどん西端を目指す。


京急ホテルは、先日営業を停止して解体中らしい。

とすると、この先に見えている工事現場がそれだろう。


その南側が目的地なので、もう少し先に行かねばなるまい。


途中で急に、次女が「多分ここら辺」と、持ってきていた資料集を見始めた。


電柱の位置と、灯台の位置を見ると確かに似ている。

しかしもう少し離れた場所だな…と移動してみると、目的の断層があった。



写真でもわかりやすい断層なのだが、写真に入りきれないほど大きい、というのも現地で初めて気づいた。

これは、実際に自分の目で見る価値がある。


特徴的なリップルマーク(水の流れの跡)みたいのがあるな、と思っていて、この時は子供にそう説明してしまった。

しかし、いま早稲田のまとめた PDF 見たら違うね。火炎構造と呼ばれる模様で、下の層より上の層が重いために侵食してできた、と書いてある。

いずれにしても、特徴的で面白い模様。



この後もしばらく磯遊び。

他の兄弟に「水に落ちないでよ」と注意していた次女が、真っ先に水たまりに足を突っ込むなど。

(結局3人とも、それぞれの理由で靴を濡らしたのだが)




一旦駐車場近くの商店街に戻り、昼ご飯を食べる。

時間は1時過ぎ。実は、駐車場に止めたころが12時ごろで、どこの食堂も混んでいたので後にしたのだ。


商店街から少し離れた、人通りの少ないところに「しぶき亭」という店があった。

建物も新しくて清潔感があるのでそこに入って食べる。


人少ないし、場所悪いし、建物新しいし、最近できた店なのかな…と思っていたら、この日記を書く際に調べて「有名な老舗」だと知った。


ただ、コロナ禍で客が減ったので一度閉店して、新築して再オープンしたのだそうだ。


家族五人で頼んだもの。

マグロ丼(次女)、いかさし丼(長男)、それらが半分づつのミックス丼(妻)。

マグロカツ定食(長女と僕)。


せっかく三浦半島まで来たのだからマグロ食べたい、と思っていたので、大満足。

美味しかった。


食後に、客席係のおじいさんが、三浦大根を一本くれた。


(そういえば、料理にも全部、大根と大根葉の浅漬けがついていた。これもおいしかった)




磯遊びしているときに、遠くに馬の背洞門が見えた。

これも、城ヶ島の有名スポット。


次はあそこへ行こう。島の東側からハイキングコースを通っていける、ということなので、車で東側の駐車場に移動。


最初、僕が間違えて、東端の城ヶ島公園に入ってしまい、勘違いに気づいて戻る。


ハイキングコースの途中には、ウミウ展望台がある。

ウミウは、県の天然記念物になっていそうだ。


ここから見える崖も、地学的に面白いそうなので見る。

…正直、それほど面白さはない。下の方に初声層、という地層があり、ここが削られた後で、上部に関東ローム層ができているのが見えるのだそうだ。

なるほど。言われてみれば地層の模様が下側にえぐれている部分があるが、断層のようにわかりやすい派手なものではない。




さらに歩けば、馬の背洞門。…の、上側に出る。

本当に真上は、危険なので立ち入り禁止。


馬の背洞門は、海の浸食で崖が削られて、大きな穴が開いたところ。

上の部分が、わずかに繋がっているので「穴」になっている。


これが崩れたら、陸側と海側に、それぞれ岩が立っているだけだな。


自然にこんなものができるのはすごいな、と思うが、妻曰く、「すごいと思うが、ただ削られただけで、地学的に面白いところはない」とのこと。


でも、見た目のすごさは重要。いわゆる「映えスポット」で、多くの人が記念撮影していた。


…のみならず、ウェディングフォトを取っているカップルも、「この場にいるだけで」5~6組。


入れ替わり立ち代わり、別のカップルが来ている。ハイキングコースを歩いているときにもすれ違った。

コロナ禍で披露宴とかやりにくいので、結婚の報告を写真で行う例増えてるんだよね。


この日、少し雨が降っていて、山道はぬかるんでいた。

貸衣装屋さんは後で洗うの大変だろう、と妻がいらぬ心配をしていた。




ここで妻が、僕の Duet に入れてある PDF を見せて欲しい、という。


しばらく眺めて、「ここだ。ここ行きたい」と言ったのは、城ヶ島公園の東端にある磯。


実は、地学徒に非常に有名な場所はここなのだそうだ。

城ヶ島の紹介では必ず出てくるので、城ヶ島に行けば当たり前に行けると思っていたら、どこに行っても違うから今調べていた、とのこと。


城ヶ島公園は、先ほど少し入り、勘違いだと分かって引き返した。

でも、もう一度一番端の、安房崎まで行く。


ここの地層は、初声層(ウミウ展望台でも下側に見えた層)と、三崎層が、重なった上で横倒しになっているのだそうだ。


しかも、下側にあるはずの三崎層は、上にある初声層に斜めに削り取られている。

その境界には、礫(小さな石)が沢山みられる。


三崎層の上で大きな海底地すべりがあり、その上に初声層が堆積した、ということらしい。

そのダイナミックな動きが地層に現れているので、ここは有名。


…らしいのだけど。正直よくわからん。

それぞれの地層は、はっきり色も違って分かりやすいらしい。乾燥していれば。

でも、この日は雨が降ったりやんだりしていて、全体に濡れていた。

そのせいで、地層の違いがよくわからない。

(と言っても、せっかくだから散々探してそれらしい場所は見つけたのだけど)


PDF 改めて読むと、城ヶ島の外側の三浦半島の地層と比べた際に、「地層の位置が逆転している」というのも見どころらしいですね。

それだけ、地層をねじる大きな力が働いた、ということ。


でも、これは城ヶ島だけ見ているとわからない。




そろそろ戻ろうとしたところで、公園内のアナウンスがありました。

時間は4時半。5時には駐車場は閉鎖なので、帰り支度を促すものでした。


そういえば、公園の端に灯台が立っています。先がとがった白い灯台で、地面付近は緑色のグラデーション。


「三浦半島でとれる新鮮な野菜をイメージ」だそうですが…。つまり、三浦大根だよね。

大根をさかさまに立てたイメージの灯台。なかなか面白いです。




駐車場は閉鎖、というのでこの日はこれでおしまい。


もう一つ見たいのあったのだけど…地層全体が褶曲(曲がりくねっている)するのではなく、1つの層だけが褶曲する「スランプ層」というのがどこかにあったらしい。


改めて調べたら、昼ごはん食べた、しぶき亭の近くだった。

下調べ不足。気になるものをチェックするだけでなく、ちゃんと見る順番も考えておくべきだった。




帰り道、かっぱ寿司三浦店に入って、美味しい三崎の海の幸を堪能しました。

回転寿司でも、魚がおいしいところの店は美味しい。と思う。



20年くらい前に入った三崎漁港近くの回転寿司屋が、安いのにすごくおいしかったの。

本当はそこに行こうと思っていた。


でも、ネットで調べても、そこに寿司屋はありませんでした。

まぁ、20年も経つと、店が無くなっても当然よね。





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JAMSTEC横浜一般公開日  2018-10-28 15:16:23  社会科見学 家族

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27日(土)に、JAMSTEC 横浜の一般公開が行われた。


ずっと前から行ってみたかったのだけど、この日は保育園か小学校の行事とぶつかることが多く、今まで一度も行けたことがない。

それが今年は、保育園が関係ないのはもう当然として、小学校行事ともぶつからなかった。

喜び勇んで行ってきた。




JAMSTEC は研究設備であり、大勢が来られるような駐車場はないので、公共交通機関で…

というのは表向きの話。


我が家的には、家族全員で行くと公共交通機関で 3520円かかる。

ところが、車なら 30分ほどの距離なのだ。


近くの時間貸し駐車場を探してみる。

いまはネットで予約もできるようになった。いい時代だ。


JAMSTEC から 700m 程度の距離のところに、なんと1日 400円という激安駐車場があった。

というか、これ民家の駐車スペースだな。自分が使わないから貸し出しているだけで。



車がすれ違えない非常に細い道で、しかも急坂を上った先にある。

さらに、こんな道なのになぜか交通量は多い。


使おうとする人は頑張ってくれ。




そんなわけで JAMSTEC 。

入口すぐは、世界各地の地質の研究などを紹介したコーナー。


こういう研究施設の一般公開って、なじみがない人はわからないかもしれないけど、文化祭みたいなものだから。


いろんな研究室が、いろんな研究をしている。

それぞれの研究室が、自分の研究室の研究発表をする場所。


ただ、文化祭と違って、最先端のプロの研究なので面白い。

ある程度知識があれば、それがどんな技術の上に立っているかわかるし、知識がないなら素直に魔法のような技術に驚けばいい。



世界各地で、ただ「石」を取っただけでも、磁性が違うという研究を見せているブースがあった。

はっきり磁性を示す石なら、超強力な磁石があればくっつく。

磁石につかないような石でも、精密な測定器を使うと磁性の違いが判る。


でも、そんなことよりも子供に人気になっていたのが、砂鉄遊びだ。

もう、小さい子が集まって大人気。


砂鉄遊びも、単純に遊べるだけでなく、いろんな場所の海岸の砂から砂鉄を探してみる、という展示があった。


茅ヶ崎と、伊豆大島と、伊豆下田の海岸の砂。

この順番に、砂鉄がたくさん含まれる。

…というか、三ケ所とも最近行っており、子供もよく覚えている。


茅ヶ崎で、稲村ケ崎ではないんですね、と聞くと、稲村ケ崎で砂鉄が取れることは知らなかったようだ。


あそこは、スコップですくえば全部砂鉄、というくらい砂鉄が取れる。

教えたところ、展示説明していた人も興味があるから今度行ってみる、と言っていた。




その2階。図書館になっていて、研究者じゃなくても普段から入ってよいそうだ。

ここに、図書館員が作ったという消しゴムハンコが並べてあった。


深海の生物ハンコ。しんかい6500とか、ちきゅうとか、JAMSTEC の研究船のハンコもある。

入口で紙をもらえるので、好きなように絵を作って遊ぶもよし、図鑑のように並べて押すもよし。


このハンコが良くて、図鑑のように並べて押した。

特にテヅルモヅルが良い、中心部とその周辺のハンコが分かれていて、周辺部を繰り返し押すことでテヅルモヅルが完成する。


深海のアイドル、メンダコは当たり前として、コウモリダコもあったのもよかった。

我が家的には、JAMSTEC の人からもらった深海の絵本に出ていた、コウモリダコのほうがなじみ深いんだよね。


あ、そういえば、その深海の絵本「しんかいくんとうみのおともだち」ですが、ちゃんとこの図書館にありました。

6年前の日記で、非売品なので読むのは難しい、と書いてたものです。


いい本です。

読みたい方はぜひ。




先に進む…途中に、食堂があり、昼時なのに席に余裕があった。

一応お弁当持ってきていたが、この日は特別メニューで「地球深部探査船ちきゅうで食べられているカレー」が提供されていた。

ちょっと食べてみることにした。


氷川丸のドライカレーに似ている感じだった。

氷川丸のものより、辛くはない。フライドオニオンだけでなく、砕いたゆで卵をかけてある。


おいしかった。




先に進むと、別の棟。


1階は地震などの災害研究、数値解析などの研究のブース。

これが一緒になっているのは、地震波などの解析にコンピューターのパワーは不可欠だからだろう。


僕の専門に近い分野なのでどれも面白かったのだが…よく遊びに来てくれる妻の知人が解説員をやっていた。

まったくノーマーク。偶然の出会い。


#先ほど書いた、絵本などをくれた「JAMSTEC の人」です。


海底地震計の解説をやっていたので、せっかくなので聞く。

でも、実は横須賀でも聞いてるんだよね。大体知ってる。




ケルビン・ヘルムホルツ不安定を観察しよう! というブースがあった。

二つの流体が接しながら互いに違う方向に動くときに、その境界に生じ、発達する渦のことをこう呼ぶそうだ。


木星の縞模様の端に出ている渦とかがこれだそうだ。



…あれってカルマン渦じゃなかったんだ。

昔、カルマン渦だと聞いたことがあったので質問してみたが、あれはケルビン・ヘルムホルツ不安定なのだという。


カルマン渦は、流体の中に流れをさえぎる個体がある場合に発生する渦。

もしかしたら、木星の地表などに高い山があり、そこからカルマン渦が発生している可能性もある。


しかし、そもそも木星はガス惑星だと考えられているので、地表があるとしても大気表層にはほとんど影響がないと思います、とのこと。

なるほど。納得できる説明だった。




ここでの2階は海洋研究。


海流の方向や速さなどをリアルタイム測定して WEB ページで公開してます、という話が面白かった。

津軽海峡は、海峡であるがゆえに潮の流れが複雑で、地元の漁師さんなどはものすごい影響を受けるらしい。


漁場に出るのに逆方向の流れがあるなら、燃料を余計に使うので、せっかく漁に出たのに赤字、ということもあり得る。

死活問題なのだそうだ。


そこで、今はリアルタイム計測を WEB で公開している

朝4時頃がアクセス数のピークだそうで、漁に出る前にスマホで情報を見て、どこの漁場に行くかなどを決めるらしい。

漁業もIT化が進む時代。


で、この計測方法だが、海面にレーダー電波を当て、跳ね返ってきた電波の周波数偏移でわかるんだって。

レーダーの方向に向かって海流が進んでいるなら、反射するわずかな間にも電波の「波」が詰められて、返ってくる周波数は高くなる。

逆に、レーダーから離れる方向に海流が進んでいるなら、周波数は低くなる。


つまりは、ドップラー効果を利用した、ドップラーレーダーというやつだ。


1か所だと流れの方向によっては観測できないので、3か所から測定して流れを特定する。



実際に観測器を置いて、特定地点だけを調べる、というわけではないので、海面全体の動きがちゃんと把握できるのだそうだ。


ただ、表示サイトでは、表示の都合で「たくさんの矢印」でないと表現ができない。

そこで、見やすいと思う感じに格子目にして表示しているのだけど、これは表現上の問題だけで、もっと細かく表示することだって可能、とのこと。




ここで、妻が予約を入れてくれた DONET のバックヤード見学があった。


S-net という、日本海溝…千葉から北海道沖の太平洋側に張り巡らされた、海中の観測網があるのは知っていた。

海底ケーブルを張り巡らせ、海底で起こった地震や津波を、陸上から見えるよりも早く察知する。


東日本震災の年から開発が始まった。…いわば、震災後の反省で、災害をいち早く知ろうというシステムだ。

すでに稼働を開始していて、緊急地震速報などのデータに活用されている。


DONET も類似のものなのだけど、それよりも早く計画が開始され、震災の年の夏に完成したのだそうだ。

こちらは静岡から九州にかけての南海トラフをカバーする。


ただ、S-net が防災重視で作られているのに対し、DONET は防災「にも」使えるような作り。

もっと研究向けで、地球深部の様子を探ったり、クジラの鳴き声を聞いたりもしているらしい。



JAMSETC 横浜にあるのはバックアップサイト、という位置づけで、メインサイトは筑波に「近いうちに完成予定」だそうだ。

つまり、バックアップと言いながら、横浜がメイン。メインサイトが完成後も、おそらくは横浜がメインなのだそうだ。


というのも、DONET を整備したのは JAMSTEC で、メンテナンスを行うのも JAMSETC で、主に利用数のも JAMSTEC なのだけど、S-net を持っている施設に管理を移管したから。

そうしないと、権限の問題で緊急を要する災害時の活用ができない、ということのようだ。



この見学ツアーは、あらかじめ S-net の話を知っていた(テレビで見たことがあった)僕と妻には悪くなかったのだが、子供には難しすぎてつまらなかったようだ。




そのあと、一番奥にある「地球シミュレータ」を見学。


僕としてはこれがメインだったのだけど…まぁ、機械が置いてあるだけなのはわかっていたので、正直なところ「ちょっと見たら帰ってよい」という程度。


しかし、実際に見るとやっぱすごかったね。


最初の地球シミュレーターは、必要な性能を出すのに、640台のマシンを接続していた。

しかし、実際これほど大量のマシンとなると、マシン同士の通信速度がボトルネックとなり、性能を上げづらい。


(それでも大丈夫な特殊な通信方法などを作り上げていたのが、地球シミュレーターのすごさだったのだけど)


今は3代目。

当初の地球シミュレーターでは、専用に建てられた棟の1フロアを完全にマシンが埋め尽くしていたのだけど、今は半分くらいの面積しか使っていない。


マシンの数が減っているので消費電力も半分以下に減っている。

しかし、パワーは上がっていて、初代の 40TFLOPS に対して、1.31PFLOPS (1310TFLOPS) となっている。

30倍くらいの性能アップだ。



説明員の人に話を聞いてみた。


地球環境のシミュレーションに使うのはもちろんのこと、数値風洞実験など、ほかの用途にも使える。

ずっと前に、新幹線の走行状態における騒音発生源の特定のためのシミュレーションに使われ、パンタグラフなどの形状が見直された話を聞いたことがある。


…と話したら、まさにそのシミュレーションを行ったのが、説明員の方だったそうだ。

その後何か面白い用途はありましたか? と聞いたところ、釣り用ルアーの開発に使われたりしたという。


投げた際には空気抵抗がなく遠くまで投げられ、水の中では適度な抵抗を受けて魚のように泳ぐ。

そうしたルアーを作るには、投げられた状態を作り出さないといけないため、静止状態で調べる通常の風洞実験では不可能で、数値風洞が使われたそうだ。



ところで、フロアの入り口には、携帯電話の電波を出さないようにするお願いがあった。

部屋の中の照明は、なんだか特殊なもので、蛍光灯のような電気ノイズを出すものは使っていないようだ。


地球シミュレータのような用途では、直前の計算結果を使って繰り返し計算を行うことが多い。

途中で 1bit でもデータがコケてしまうと、結果は全く違ったものになりうる。


そこで、ノイズには気を使っているそうだ。

照明は、フロアの端でハロゲンランプで発生した光を、反射させながら途中で少しづつ外に光が漏れるような、特殊な透明パイプによって行われている。


この照明で、なにか賞を取ったそうだ。

こうした、計算機を置くための周辺環境から気を使って、世界最高レベルの計算力が手に入る。



この日は、人が入れるように床がパネルで保護されていた。

そのパネルは、ガムテープで張り付けられていた。


妻が「ガムテープを勢いよくはがすと、結構激しくプラズマ放電したりしますけど、そういうのは大丈夫ですか?」と聞いた。


なるほど、確かにすごいノイズになりますよね、と言われた後、そんな質問は初めてだ…と少し答えに窮し、多分わずかなノイズなので大丈夫です、と答えられた。


そこで気になって「メモリモジュールとか、パリティ付きですか?」と聞いたら、もちろんパリティ付きだとのこと。


メモリモジュールがパリティ付きであれば、わずかなノイズでエラーが起きたときには、検出できる。


常時さらされるような蛍光灯ノイズのようなものは、万が一に備えて完全排除するが、一瞬のガムテープノイズのようなものまで気にするほど脆弱ではない、ということだろう。




これで、ほぼ見終わり。

子供が「もういちど消しゴムハンコやりたい」というので図書館に戻る。


スタンプを押す紙はいろいろ用意されているのだけど、最初は図鑑のように全部押すつもりで、ノート状のものをもらった。


今度は、子供たちは白紙のシール台紙。

気に入ったスタンプを、シールとして使えるようにしたいようだ。


僕はブックカバーにできる紙をもらった。

そこに、深海の風景を作っていく。


…好きな生物押していたら、魚がほとんど入らない。

タコとかイカとかクラゲとか、ふわふわした感じのものが好きなんですよ。


そのうち、終了時間が来たので終わり。



一日中たっぷり楽しめました。

実は、時間の関係でゆっくり見られないところもあったのですが…


またの機会があれば行きたいところです。



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三笠  2018-06-04 18:19:44  社会科見学 家族

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以前に保留になった氷川丸に行きたい。

というのも、もらっている無料チケットが6月一杯期限だから。


でも、子供の中学・小学校のイベントに加え、僕が町内会の役員になってしまったのでこの予定も加わり、さらにはスプラトゥーン2が3週にわたるフェスをやったり(3週連続ではなく、2週連続+1周おいて決勝だった)して、忙しくて行く暇がない。


6月2日なら行ける! と思ったところ、横浜開港祭だった。

凄く混雑するようなのでパス。




で、代わりになるわけでもないが、横須賀の記念艦 三笠に行ってきた。

こちらも以前から行きたかったもの。


たしか、幼稚園の頃に家族で行ったことがある。

でも、当然ながらそんな昔のことは忘れている。事実上「はじめて行った」と言ってよい。


三笠(1900年進水)、氷川丸(1930年竣工)、それに日本丸(1930年竣工)と、家の近所には古いのにわざわざ保存されている船が多数あるのに、どれも見ていなかった。

氷川丸に行くついでに、いろいろ見比べてみようという試み。


ちなみに、JAMSTEC のイベントにはよく行くので、しんかい6500の母船である「よこすか」とか、先日スプラトゥーンでもコラボして背景になっていた巨大船「ちきゅう」とかも見学したことはある。




我が家で一番忙しく、疲れているのは長男ので、長男のペースに合わせる。

朝ごはんの後少しのんびりして、10時頃出発。


車で横須賀まで。

こちらも、JAMSTEC に行く時に通いなれた道だが、当然途中から違う道に入る。


駐車場は、あらかじめ予約しておいた


三笠公園から 300m 程離れているが、休日上限 2000円になる所を、1000円で一日止められる。

付近の相場が休日上限 1500円くらい、または1時間 400円の青天井なので、割安。


でも、「無理やり予約に対応した」感じで、こなれていないシステムだった。

駐車場を出る際に、予約完了メールを見せたら、手動で料金所のバーを上げてくれる、というもの。




現地について、まずは昼ご飯…

と思ったのだけど、事前に調べて「よさそう」と思っていた店は閉店していた。


5月20日に閉店だって。本当に直前で、ネットに閉店情報がないのも仕方がない。


で、別の店を探したのだけど、三笠公園付近にはあまり店がない。

目の前にある小さな喫茶店で食べた。


カレー、カツカレー、からあげカレー、エッグ(目玉焼き)カレー…などなど。

いや、定食もあるのだけど、せっかく横須賀来たのでカレー食っとく。


店主のおばあさんと、ちょうどこの日から手伝いに入ったというおばあさんの二人の店。

で、手伝いの人が慣れていなくてミスオーダーして少し手間取った。


しかしまぁ、味は悪くない。特に良い、ということもない、値段相応だけど。




まずは三笠公園散策。

というのも、毎正時から三笠館内ツアーがあるから、その時間調整のため。


12時半から、公園奥の「音楽噴水」が動いていた。


1時間半に一度くらいのペースで動くようだ。噴水周辺の広場に音楽が流れ、音楽に合わせて噴水が…踊る? 動く? この表現であっているのか?

まぁ、うまい具合に多数の噴水を連動させたパフォーマンスを行うわけだ。




2時から、三笠艦内ツアーに参加する。

…が、この時のおじいさん、歴史マニアであることはわかるし、好きだからこそ三笠の時代背景などを面白おかしく話してくれるのだけど、「話し上手」なわけではなかった。


口上こそこなれているのだけど、ある程度歴史を知っているのを前提に、詳細部分をべらべらしゃべるだけで、何も知らない子供には面白くないのだ。


そこで、ツアーが始まって早々に離脱して、勝手に見ることにした。


離脱の理由もう一つ。

面白いものが多数あるし、子供にその解説をしたいのだけど、ツアーでは歴史の話が中心で、そこにある機械の面白さなどは解説しないのだ。


8cm 砲は、射手が腰を使って砲身を左右に動かし、左手のハンドルで仰角を調整し、右手の引き金で打てるようにしてあった。

大きいけれども、最終的に引き金を引く部分は拳銃と同じなのだ。面白い。


実際に動かしながら子供に解説していたら、ツアーとは別のボランティア解説員が来て詳細を教えてくれた。

船の上では揺れるので、砲身と一体化するために肩をここに押し当てた、とか、昔の平均身長は 157cm で、中学生の長男と同じくらいの背の高さだったとか(僕は照準をのぞき込むには少し背を屈めないといけなかった)。

実際には、射手とは別に、砲弾を入れるためのロックを開け閉めする係、砲弾を入れる係、次の砲弾を運んでくる係の、4人一組で扱ったそうだ。


これが、15cm 砲になると10人一組になり、砲を囲む小部屋でそのまま寝泊まりし、生活を共にした。


30cm 主砲は…何人で操作したのか知らないが、10km の射程を持つ。

ただし、3分に1回程度しか打てなかった。

これに対し、8cm 砲は1分に6発程度の連射が効いた。

(ただし、あまり連射すると砲身が熱を持ってしまい、使えなくなる)


実践では主砲はそれほど役に立たず、8cm 砲が主力になったらしい。

有名なバルチック艦隊との戦いも、主砲の数では負けていたが、8cm砲の数は多かったので勝てたそうだ。




艦内は結構広く、甲板より上を見終わる前から、小3の次女は「疲れた」とグズり始める。

しかしまぁ、実際に統合元帥が立っていた艦橋とか、操舵室なんて言うのは見どころである。


もっとも、全部第二次大戦後の復元。

米軍統治時代に、三笠は「過去の戦勝を美化する施設である」ということで、ほぼ解体されてしまったから。


船体自体は日露戦争当時のままらしいけど、こちらもすでに海に浮いているわけではなくコンクリートで固められている。



さて、次女も疲れているし、甲板下をさっさと見て…と思ったけど、こちらがまた広かった。

上級士官の居室などを再現してある部屋とか、エンジンの仕組みを解説した部屋とかが主。


エンジン自体はすでに無いようだが、「蒸気エンジン」だと聞いて、機関車と同じようなものを想像していたら違った。

海の上では水が貴重なので、蒸気は何段階にもピストンを動かすことで、十分にエネルギーを取り出すとともに、冷やす。

そして、最終的に海水で冷やして水に戻し、エンジンに戻る循環系になっていたそうだ。


なるほど、海には海の苦労があるわけだ。




バルチック艦隊との戦い…日本海戦を追体験するシミュレーションゲームがあった。

東郷元帥の指令通りに操舵して…基本的に「電車で GO! 」だな。史実通りにぴったり動かすのが良いようで、プレイヤーが工夫する余地はない。


最初に「東南東へ進路を取れ!」と言われたら、そちらに向かう。

「砲撃開始」と言われたら砲撃ボタンを押す。


あとは、こちらに着弾すると進路がそれるので、ひたすら東南東へ合わせ続けるだけのゲーム。


最初は長男がやってみたのだけど、意味が分からなくて負けた。

でも、これでやることが何となくわかったので、妻・僕、ふたたび長男が遊び、みんな勝った。


「指示通りにやればもっと勝てる」そうだが。

(正しい操作なら、こちらの被害がもっと減るようだ)




ここまでに書いていなかったが追記したいこと:


結構最初のほうに、「三六式無線機」という展示品がある。

これを見たところでは、まだツアーに参加していた。


マルコーニが無線機を開発した後、日本軍は技術使用の交渉をするのですが、凄い金額を吹っ掛けられたそうです。

そこで、独自に三四式無線機を作成。これは、100km 程度しか届かないものだったとか。

通信手段としては、ちょっと距離が短い。


これを改良し、1000km 届くようにしたのが三六式無線機。

ただ、このアンテナは非常に長くて、三笠の前から後ろまで、マストを通ってアンテナ線が張られています。



…これ、なんでアンテナがそんなに長いか、という解説はなかった。


当時は、電波通信は長波のほうが適している、とされたのね。

理由は、波長が長いと、回り込みが起こるから。


太陽の光は波長が短く、海の波は波長が長いです。

そして、壁があると太陽の光は影を作る(壁の後ろに光が届かない)けど、海の波は回り込んで壁の後ろまで届く。


これが「回り込み」です。波長が長いほど回り込む。


電波は直進しますが、地球は丸いです。

だから、地球自身の影ができてしまい、回り込まないと通信ができない。



でも、当時のアンテナは波長の二分の一の長さを必要とします。

波長を伸ばせば伸ばすほど、通信はしやすくなるけど、物理的に長いアンテナが必要になります。


それが「三笠の前から後ろまで」アンテナ線を張らないといけない理由。



これを説明したら、妻から「でも、長波だと情報あまり載せられないでしょう?」という疑問。

通信時には、波に情報を載せて送るので、周波数が高い=波長が短いほど情報を送れます。


でも、当時の通信方法って、モールス信号だからね。

声すら送れず、手で打鍵した ON / OFF を送るだけなので、長波で十分。



ちなみに、今では地球の上空に「電離層」というものがあり、そこで電波が反射することが発見されたため、回り込みのために長波を使う必要はなくなっています。

回り込みが不要なら、波長が短い方がアンテナも短くできるし、情報も多く載せられる。




以上。

1時から三笠見学を初めて、出たのが3時ごろだったかな。


疲れたしお腹空いた、と子供たちが言うので、公園近くのコンビニでアイスを買いました。


で、わざわざ公園に戻って食べた。そうしたいと言われたから。


食べていたら再び音楽噴水が動き始めたので、最後まで見ました。

夕方なので、太陽を背にする方向から見たら、虹が出てすごく綺麗でした。



4時ごろには車を出し、途中夕飯を買って5時半には帰宅。

気軽な小旅行でした。




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サイエンスカフェと理科ハウス  2018-03-22 13:17:07  社会科見学 家族

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3月24日。土曜日。


鎌倉高校に、科学研究会という部活がある。

直接は知らないのだけど、以前から「鎌倉時代の日本刀作製技術の再現」を目指していて、市内にいると地方版などで時々ニュースを見る。



ざっと解説しよう。


稲村ケ崎(サザンオールスターズの映画、「稲村ジェーン」の舞台だ)の砂浜は、砂鉄でできている。


まぁ、砂浜全部が、というわけではないのだけど、場所を選べばスコップで掘ったものすべてが砂鉄だ。

鎌倉に幕府が開かれた理由の一つがこれで、貴重な鉄がいくらでも手に入るので、刀などの武器を調達しやすい、とされたそうだ。


ところが、この砂鉄で刀は作れないそうだ。

稲村ケ崎の砂鉄はチタンを多量に含み、鉄としての純度が低いために刀を作れないのだという。



でも、現実に鎌倉に幕府は開かれたし、製鉄がされた記録もある。

鎌倉には刀鍛冶もいたし、おそらくこの砂鉄から刀を作っていたのだろう。


「刀を作れない」というのは、現代の製法では作れないというだけで、何か方法があったはずだ。



この謎に挑んでいるのが鎌倉高校科学研究会で、2011年から代を超えて研究を続けている。

そして、今年度ついに、稲村ケ崎の砂鉄から日本刀を作り出すことに成功した。


この発表会を兼ねたサイエンスカフェが、市内の図書館で行われた。

そんなわけで公聴に…行きたかったのだけど、参加資格は中学生以上。


小学生をほったらかして出かけることはできないので、妻と長男だけ行くことにした。

僕は後で報告を聞くことにして、長女・次女と、久しぶりに理科ハウスへ。(1年近くいってなかった)




先に日本刀の話の続きを書いておきましょう。

以前から興味深くニュースを追いかけてきたので、それで知った知識のまとめと、妻から聞いた伝聞を元に書くだけだけど。


高校なのにこんなことやっている部活なのだから、大きいのかと思ったら現在5名だけの小さい部活だそうだ。


県立高校なので、特別な予算が付くわけでもない。

こんなたいそれたことをするために、校長先生たちが走り回り、地元企業にスポンサーになってもらい、実験などは大学の先生などにも立ち会ってもらい、やっと回しているのだそうだ。


だから、実際のたたら製鉄は協力してくれる大学と共同だし、日本刀を作ったのも協力してくれた刀鍛冶の人だ。

高校生が自分たちだけでたたら製鉄をしたのではないし、自分たちで刀を打ったわけではない。


でも、実験結果を受け、結果から原因などを調査し、次の実験に向けて改良の準備をし、全体をプロデュースしてきた。

この、地道な努力こそが一番重要な部分で、高校生が毎年引き継いで長期研究を行っているのだからたいしたものだ。



その調査と改良で、一般に言われているよりも製鉄時の温度をさげないといけないこと、あらかじめ熱湯で砂鉄を洗わなくてはならないことなど、現代の製鉄では「知られていなかった」製法を明らかにしてきた。


まだ、原料となる砂鉄の選別に、「磁石を使う」という当時ではありえなかった方法を採用している。

次は、この部分を当時でもできた技術で行うこと、というのが課題として残っているのだそうだ。




さて、僕と長女・次女は理科ハウスへ。


妻と長男を会場に連れて行ってから向かったら、渋滞していて14時に間に合わなかった。

冬は、毎年プラネタリウムをやっている。そして、この日の午後の上映は14時からだった。


でも、そこは理科ハウス。多少の融通は利く。

途中から入れてくれた。先に、少し「昼と夜」の話をしていたようでその部分は聞き逃したが、星の説明は見ることができた。


理科ハウスのプラネタリウムは、段ボールでドームを作り、学研「大人の科学マガジン」付録のプラネタリウムで映し出すだけの簡易なものだ。手作り感にあふれている。



冬しかやらない理由も「ドームの中が蒸れて暑いから」。

でも、他人のつぶやきが聞こえるほどの狭い空間で、みんなで星を探したりするのはなかなかに楽しい。

毎年冬に行くときには必ず見させてもらっている。




僕が理科ハウスに行く時は、いつも質問コーナーを楽しみにしている。


誰でも自由に質問を書いてよく、誰でも自由に答えてよい。

いい質問には多くの答えがつくこともある。というか、いい質問でないと、誰かが答えて終わり、になってしまう。

いい質問というのは、簡単には答えられない質問のことだ。答える人の立場により、全然違う答えが出たりする。それが面白い。


答えがついていない質問を見つけると、自分なりの答えを何かつけてやろう、と思っている。

…この日は久しぶりだったので、答えがない物全部には答えられなかったけど、3つほど答えておいた。


・砂鉄はなぜ錆びないの?

・灰色のTシャツのわきに汗をかくと、なんであんなに目立つの?


あともう一つ何答えたかな…忘れた (^^;;



Tシャツは、「答えがつかないので、できれば答えてほしい」と、理科ハウスの先生から指定があったので、答えをひねり出した。

答えるのに、複合的な知識を必要とする。正確に答えるのも難しいので、ざっくりした答えになったのだけど。


こうした質問は、視点がいい。

おそらくは、本当に疑問に感じ、自分でも調べたり、考えたりしてもわからないから聞いているのだろう。


Tシャツの話なんて、僕としてはあまり疑問に思ったことが無かった。

脇汗が目立つの嫌で、夏でシャツ着るときもカラーシャツは着ないので。


でも、こうやって疑問をぶつけられると、普段考えていなかったことを考えられる。

考えて、そして答えにたどり着いたとき、それまでには持っていなかった新しい知見を得たことになる。


僕なりの答えを知りたい人は、このページのソースを見てください。




書いた質問の答えを理科ハウスの先生に渡して、ついでにちょっとおしゃべり。


以前よりも理科ハウスで質問を書いてくれる人が増えたようなのだけど、「つまらない疑問が多い」とのこと。


それは、見ていてすこし感じた。

先生としては、なんでこんなつまらない質問をする人がいるのか、というのがどうもよくわからない様子。



質問するのって結構才能が必要で、うちでは長男と長女は非常にいい質問をするのだけど、次女の質問は、腹立たしいほどつまらない。


この理由はわかっていて、長男・長女が質問をすると僕が思いつくだけの答えを出すので、次女も「そういうお話がしたい」とあこがれているからだ。


本当の疑問があるわけではなく、そういうやり取りにあこがれて、疑問をでっちあげる。


そんな質問には答えようがない。

だって、形の上では疑問になっていても、本当は「知りたいこと」がないのだから。


こういうのが「つまらない質問」だ。


理科ハウスでも、質問コーナーを見ていると、いい質問に対して多くの答えがついている。

こういうやり取りにあこがれる子は、疑問もないのに何か書きたいと思ってしまうのではないかな。




ところで、質問コーナーを見ていたところ、非常に面白い質問があり、感心しながら質問を読んでいたら、最後の質問者の名前を見て驚いた。


うちの長男だった。

そういえば、昨年の夏に、中学の科学部で理科ハウスに遊びに来ている。

その時に書いたようだ。



虫眼鏡で太陽の光を集めて黒い紙に当てると燃える。

まぁ、この実験は多くの人が知っているだろう。


では、理想的な赤外線フィルタ…赤外線は一切通さず、それ以外の光は完全に通すものがあったとして、赤外線フィルタを通した光を虫眼鏡で集め、同じ実験を行ったらどうなるだろう?


太陽からの熱の正体は赤外線だ、という知識を持っていることが前提の疑問だ。

これ、去年の夏に長男から尋ねられ、僕では答えが出せなかったので「面白いから理科ハウスで聞いてごらん」と促した覚えがある。



一応僕の予想としては、赤外線が無くても光自体はエネルギーがあるので温度は上がるだろう、と思っている。

ただ、発火温度に達するかどうかがわからない。多少温度が上がっても、その熱は周囲の空気に逃げるからだ。


実験してみればよいのだが、「理想的な赤外線フィルタ」というものが入手可能かどうかも不明だ。



一応、他の方が答えていたのだが、「赤外線が無くても、多分温度は上がると思う」程度のあいまいなものだった。

答えている人自身が、自信をもって答えられない。そんな質問だ。




理科ハウスの先生に、うちの子の質問ありましたね、と話したら「そうだった」と話をしてくれた。


この質問、あまりに面白いので、東大の名誉教授で、光が専門の先生に会う機会があった時に、持って行ってぶつけてみたそうだ。

(理科ハウスの先生、顔が広くて、偉い人と会う時には子供の疑問をぶつけている。

 ノーベル賞学者の梶田先生の答えてくれた疑問もある)


その場ではすぐに答えられず、後で長文のメールで、中学生にもわかるように丁寧に答えてくれたそうだ。

でも、あまりにも長文なので、質問の答えとしてまだ掲載していない。

うちの長男が来たら、まず直接渡そうと思う、とのこと。



帰宅してから長男に話したら、質問したことも忘れていたようだ。

でも、その答えは是非読んでみたいという。当然だ、僕も読みたい。


是非、近いうちにまた遊びに行かねば。



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ピューロランドのクリスマス  2017-12-18 12:12:52  社会科見学 家族

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17日に家族でピューロランドに行ってきました。

2年半ぶり、5回目。ここはよくできているので、大好き。


今回は、親戚より「株主優待券」をもらったための来場。


夏の終わりにもらったのだけど、年内に使わないといけなかった。

秋は運動会だなんだで忙しく、11月に入ったら長男の期末試験とかで遊ぶ雰囲気ではなく、12月頭はみんなが順に風邪をひき…


来週末はクリスマスで混むだろうから、今週末に行かないと大変、と思っていたら、16日は長男は部活で登校だった。

そのため日曜日に行くことになったのだけど、実は長男、16日の朝から風邪気味だった。




先に書いた、「長男との連絡用スマホ」の設定を仕上げたのが16日の夜。

なので、朝起きてきた長男にスマホを渡し、メッセージと電話の使い方を教える。


両方 LINE だけどね。データ専用SIMだから、いわゆる音声通話はできない。

でも、VoIP (音声をデータにして送る)は出来るし、複雑なことするより LINE 使っとけば子供にもわかりやすい。


スマホを持つのは初めてだから、「戻る」「ホーム」などの操作から教える必要はあったが、普段パソコンは使っているので呑み込みが早い。



朝7時には出たかったのだけど、昨夜スマホの設定をしていたので、他のお出かけ準備ができていない。

子供用デジカメの写真をPCに移動し、SD カードをクリア。


昔使っていた 2G の SD カード使っているから、100枚くらいしか撮れない。

そのくらいすぐ撮っちゃうから、クリアした状態で出かけないと。


ちなみに、長男に渡したスマホには、32G のカード入れてあるから、写真も撮ってよいと伝える。


結局出発は7時半。それからマクドナルドで朝ごはん購入し、車の中で食べる。




ピューロランドに着いたのは、9時半だった。

オープンは9時だけど、もう駐車場が満車。警備員の人から、近くにある別の駐車場の案内をされる。


ピューロランドに止められれば無料だった。でも、ランド目の前の駐車場ビルでも、1日停めて1500円。

本当はもっと高いのだけど、提携しているのでピューロランド内で割引チケットを売っているのだ。


訂正 2018.4.4

無料、と書いたのは勘違いでした。ピューロランド内駐車場も1日1500円でした。


今まで、長女・次女の誕生日にばかり来ていた。

今回は12月なので、妻の誕生日。せっかくなので入り口すぐのカウンターで、お誕生日の申請をして、カードをもらう。


このカードを首から下げて歩くと、スタッフが「お誕生日おめでとう」と、キャラクターのシールを貼ってくれるのだ。

でも、このカードは次女の首にかけて、代理とする。次女はこれが大好きなので。




まずは、「ハッピーハッピー・バースデーショー」を見る。定番。

でも、見てるだけ。長女・次女はいつも参加する側なのだけど、今回は誕生日ではないからね。


その後すぐに、「不思議の国のハローキティー」が始まる時間だったので、劇場に入る。

見るのは3回目。1回目はプレオープンで招待されたのだ。


来年の1月31日で終了するらしい。まぁ、およそ5年間上演していたことになるので、そろそろ潮時か。


もうネタバレしてもいいと思うので、以前に書いたあらすじとか読んで欲しい。

子供向けでありながら、大人じゃないとわからない「毒気」がふんだんに盛り込まれた劇でよくできている。




終了後、11時半だったので、早めに昼ごはん。

フードコートは、以前にも増して「夢の国」になっていた。


最初に来た時は、デーパート地下のフードコートみたいな感じで、決して夢の国感はなかった。

でも、その後改装工事。キャラクターをかたどったメニューを出すようになった。半面値段も高くなったけど。


今回、さらにキャラクターの数が増えていた。逆に言えば、気軽な安いメニューは無くなっていた。

でも、かなり手間がかかっているし、場合によっては変わった材料を使っているのがわかる。

高いのにそれなりの理由を感じるので、儲けようとして値段を吊り上げている、という感じはない。


たとえば、シナモンのオムレツカレー。

シナモンの顔をオムレツで作っているのだけど、このオムレツ、シナモンの顔なのだから当然白い。


卵の白身だけで作ったのかな…と思いつつ食べると、ちゃんとオムレツの味だ。黄身も入っている。


長男が「以前に、黄身の部分が白い卵の話を読んだことがあるから、それを使っているのではないかな」と指摘。

…今調べてみたら、黄身の白い卵は、1つ50円くらいのようだな。地味に高い。


結局、これだけで「すごい高い料理」になるわけではないのだけど、そういう細かな技の寄せ集めでキャラクターを作ろうとしているんだ。

変わった材料を見つけてきて、調理する手間も考えると、多少高くてもいいかな、とは思う。




1時から劇「ちっちゃなヒーロー」を見ようとするが、20分前に行くとすでに満席。


2年半前に来た時に、始まったばかりの新しい劇だったと思う。その時も人気が高くて見られなかった。

新しい劇だから人気があるのかな…と思っていたのだけど、2年半もたってまだこんなに人気とは。


同じく1時から、「ぐでたま・ザ・ムービー・ショー」があるので、そちらを見ることにする。


こちらは、以前は代々ジュエルペットの劇をやっていた、着ぐるみシアター。

「ぐでたま」ってキャラクターは、最近人気があるのは知っているのだけど、あれで着ぐるみ劇ってどうやるのだろう…


と思っていたら、期待を見事に裏切られました。もちろんいい意味で。


「ぐでたま」が監督をして、ぐでたま・ザ・ムービーを作ったので、完成披露試写会を行う、という形式。

ところが、ぐでたま は無気力なキャラなので、「行くのめんどくさい」ってメッセージが来て、現れようとしない。


司会者が、客席のみんなを巻き込んで ぐでたま を「おだてる」ように仕向け、やっと登場するけど…


着ぐるみとかではなく、前のスクリーンの端っこに、すごく小さく何か写ってる。

「小さいって言われても、卵だからね」って、無気力に返す ぐでたま。


仕方がないのでカメラでズームアップした表情をスクリーンに映す、という形式で劇が進行。

つまり、着ぐるみシアターなのに、着ぐるみが登場しない。壇上にいるのは司会者のみ。


でも、ぐでたま の声の人は、劇場内にいて生で声を当てているようだ。

ここから延々と、客席を巻き込んだ掛け合いが始まる。いわゆる「客いじり」を延々と行う形式。


これが面白い。声を当てている人が、かなり頭の回転が良いです。

お客さんがどんな反応をしても、確実に笑いにもっていく。



とはいっても「ショー」なので、全体的な構成はある。ちゃんとストーリーに沿って進む。

その中に笑いを織り込んでくるのだけど、ネタバレしたらつまらないと思うので、ここでは一切書けません。


多分、ネタを知ったうえで見ても、「客いじり」の部分は毎回違うのだろうけど。




前回来た時に、マイメロディの「あかずきんちゃん」だったところが、「ぐでたまランド」というものに変わってた。

本当に ぐでたま 人気あるんだな。


マイメロのアトラクションは、主に「体全体を使って遊ぶテレビゲーム」を遊ばさせるものだった。


わかる人向けに書けば、EYE-TOY PLAY。

ゲームとしてはかなり大味で、微妙な出来だった。


ぐでたまランドも、基本はテレビゲーム。

ただ、反省からか、もっとちゃんとしたゲームになっている。


「卵を割って料理を作るゲーム」は、子供3人のうち、長女が最高得点を取った。

「ゆで卵の黄身を転がして、マヨネーズを倒すボーリング」は、次女が最高得点。

「画面上の卵をダンスで割るゲーム」は、長男が最高得点。


狙ったわけではないけど、3つのゲームで子供それぞれが1勝づつ。




「ちっちゃなヒーロー」の3時20分からの回があり、妻が2時半過ぎには劇場に向かってくれた。

(子供は ぐでたま ランドで遊んでいた)


それでも、やっと立見席がとれただけ。本当に人気があるようだ。


でも、「立ち見」と言いながら、正規の座席が無いだけで悪い席ではなかった。

ステージ正面、中央階段に座って観る席。



家ネズミと森ネズミのお話。

家ネズミのグループ中で、周囲の面倒見の良かった主人公が、誤解から家を追い出されてしまう。

仕方なく森に向かい、森ネズミのリーダーと仲良くなり、受け入れられる。


しかし、森ネズミのリーダーの弟は「兄さんを取られた」気がして面白くない。


主人公は時々家ネズミの友達と会い、家の状況を聞いている。

家の状況が悪くなっている。新しくリーダーになった奴が自分勝手で食べ物を独り占めし、弱者に行きわたらない。


そんな時、住んでいた家が火事になり、極限状況でみんなの本音が出始めて…



男性5人が「元気いっぱい走り回るネズミ」を演じて、舞台の上だけでなく客席まで走り回る。

にぎやかで楽しく、途中からすごく泣かせる展開。感情移入しやすい次女、すごく泣いていた。


良い劇を見た。人気があるのも納得。


ちなみに、冒頭から使われるテーマソング、「かるぺでぃえむ かるぺでぃえむ 今を生きよう!」って言っている。これ、ラテン語だ。


なんて言っているのかわからないよな、と思って、劇が終わった後に子供に説明した。


そしたら、すぐ近くの席にいたおばさんから、「お父さん、物知りですね」って言われた。

言葉が聞き取れないから気になっていたそうだ。


CARPE DIEM は、以前持っていた指輪に刻んであった言葉だから覚えていたんだよね。




これで、新しくなったものは全部見終わった。


次女が「ボート乗りたい」というので、毎回定番のボートライドへ。

終わったら、ちょうど中央広場でクリスマスの歌のショーをやっていたので、そのまま観覧。


さらにその後、キキとララのツインクリングツアーへ。

前回待ち時間ほぼ無し、他の人がほとんどいないので気軽に遊びやすい、という場所だったので。


…でも、さすがにクリスマス前で人が多いです。10分待ちで入れたけど、なんとなく全体を見て、終了。



時間は夕方5時。そろそろ帰ろうか、というと、次女は納得しかねる様子。

じゃぁ、レディキティにも会いに行こう。キティちゃんの邸宅へ。


こちらは15分待ち。以前とは部屋の中の調度が少し変わってた。

しかしまぁ、こちらもなんとなく全体を見たら、最後にキティちゃんと記念撮影して終了。


#この写真は販売しているのだけど、買いませんでした。




これで、ほぼ全部を見終わった。


#本当は、マイメロのライドに乗っていないのだけど、すごく混んでいたのでそんなことは言わない。



次女はどうも納得できない様子。以前はもっと面白いと感じたのに、今回はあまり面白くなった…


知っているキャラクターが圧倒的に少なかったんだね。

以前はジュエルペットが好きで、ここに来ればジュエルペットに会えた。

ジュエルペットのショーにも参加できた。


でも、今はサンリオテレビ枠が「リルリルフェアリル」に変わっている。そして、うちでは見ていない。

フェアリルのショーはあった(やっぱり、以前のジュエルペットと同じで参加型)のだけど、興味がないので見てすらいない。


シナモンが好きなのだけど、以前シナモンのショーをやっていたところも、今回はぐでたまに変わっていた。


朝の「ハッピーバスデーショー」も、いつもは参加しているのに今回は見ているだけ。

お誕生日カードにシールをもらうのも、今回は「お母さんの代理」だったので、何か気後れしてあまりもらえていない。



…そんなわけで、どうも以前ほど世界に没入できなかったのですね。

本人も気づいていない「違和感」を説明したら、残念だけど仕方がない、とは納得してくれたようだ。


お土産に、前回も買った(そしてすでに壊れた)キキとララの星の杖(こんぺいとう入り)を購入して、ようやく帰る気になった。



で、次回楽しむために、フェアリル見たいと言っています。

今回で年齢的に終わりだと思っていたけど、まだ来たいのか…


#予想外のことに、今回ちょっと冷めた感じで遊んでいたと思った長女も「もう一度来たい」と言っている。

 以前はキャラクターを楽しんでいたのだけど、演劇を楽しめる年齢になって、劇やショーが楽しかったらしい。

 じゃぁもう一度来るのかな…




風邪気味だった長男、家に帰ったら熱がありました。

これを書いている月曜日、学校休んでいます。


今日から塾に体験入学だったのだけど、こちらもお休みだな。

それを目的に、スマホを準備していたのだけど。



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宮ケ瀬ダム見学(2/2)  2017-11-07 14:28:19  旅行記 社会科見学 家族

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宮ケ瀬ダム見学(2/2)

宮ケ瀬ダムの話の続きです。


お昼ご飯の後、ダムの上を見に行くことにします。


またダムの下に戻ってインクラインで登ってもいいのだけど、それじゃぁつまらない。

公園の中を通って、ダムの上まで歩いてみることにします。


これが、整備されているのだけどちょっとした山登り。高低差 150m ですからね。

花壇には今は花は咲いてないけど、春に来たら綺麗そうです。きっとまた来ましょう。


途中で次女が音を上げたので、おんぶして歩きます。


そしてダムの上。

なんとなく「ハイリア大橋」のイメージ。ゼルダのテーマを口ずさむ。


下から登って行った際に、大橋の入り口にあたる部分にある管理事務所は「本日定休日」の看板が。

ダムカード欲しかったのに!


#後日談:普通は管理事務所で配布するのですが、宮ケ瀬ダムでは近くの「水とエネルギー館」でも配布しているそうです。

 でも、この日は時間の都合で水とエネルギー館は行きませんでした。


時間はすでに1時40分。

2時から午後の観光放流が始まります。


大橋を渡って反対側にあるインクラインに乗って下まで降りたい…のですが、途中で展望塔があったので寄りました。

横浜ランドマークタワーが見える!




インクライン乗り場に着いたら、…あれ? 有料?


今日は無料じゃないんですか? と係員さんに聞いてみたら、さっきはエレベーターが不調だったので緊急に無料にしたけど、もうエレベーターが治ったので有料、とのことでした。


まぁ、折角だから乗りましょう。興味はあったし。


インクラインに乗れたのは55分。乗車時間は4分。

インクラインはケーブルカーですが、箱根のケーブルカーなんかよりずっと急斜面です。


#この日記の冒頭につけた写真。

 クリックすると拡大するけど、ダムの向こう側に貼りつくように、小さなケーブルカーが見えます。



もともと工事の際に、ダンプカーを運んでいるエレベーターがあったそうです。

エレベーターはロープで引っ張るわけですが、バランスを取るために逆側に「(おもり)」を吊り下げています。


インクラインが通っているコースは、元々はこの錘を下げていたところ。


何かを載せることを想定していなかったのですごい急斜面。

でも、ダム完成後に観光用にケーブルカーとして残したのだとか。


ダムに沿って降りていく形なので、ダムの構造がよくわかります。ところどころに整備用の扉がついていたりしてね。

有料ですが、なかなか貴重な体験でした。



下まで降りたら、観光放流の開始直前。


駅員さんが「せっかくだから、そこから見れば」と窓を指します。

午前の放流は駅前の広場から見たのですが、実は駅の窓の方がダムにより近いのです。


ただし、窓は少ないので、数人しか見られません。

時間ぎりぎりに降りてきて、ちょっと得した感じ。




そろそろ放流が終わる…という時刻になったところで、家族に相談します。

まだ見ている人が多いうちに、エレベーターに乗ってもう一度上に登りましょう。


午前中は公園から往復したのですが、結構遠いです。

もっと言えば、今いる下から戻ると、ずっと上り坂。


この後、長女・次女のリクエストでアスレチックに行こうと思っているのですが、上から行ったほうが下り坂だけなので楽です。


「エレベーター」と書かれた方に行ってみると…すぐにエレベーターがあるのかと思ったら、ダム内の長い通路を通ります。

これがまた、武骨な感じでなかなかいい。


早くに並んだので、すぐに乗れました。




再びダムの上から、今度は公園内を下っていきます。


吊り橋などを渡り、先ほどとはちょっと違う方に進むと、アスレチックがあります。

アスレチック以外にも、ローラー滑り台や巨大迷路なんかも…体を動かして遊ぶ系の場所ですね。


広い公園で、今日一日でずいぶんと歩いています。

長女・次女はアスレチックに遊びに行きましたが、親と長男はレジャーシートを芝生に広げて休みます。


ここも、「6歳から12歳」縛り。

でも、実際には3歳くらいの子も遊んでいるし、危険なので付き添って大人も入り込んでいます。


年齢制限は意味ないのでは…



時間は2時半を過ぎたところ。

アスレチックは4時までなので、1時間半ほど自由時間。


長男は、ノートを取り出して周辺風景のスケッチを始めました。

以前から絵を描くのは好きなのだけど、最近学校で写生会があってから、建築物を描くのが楽しいらしい。


持っていたおやつ(都コンブ)など食べながらまったりと過ごします。

長女と次女は時々戻ってきておやつを食べるけど、また遊びに行く感じ。



結局1時間ほどで飽きたようなので、終了。

3時半ごろ帰ります。




宮ケ瀬とは関係ないけど、帰りに厚木ハムに寄ります。

行くときに通りがかったので、帰りに寄ろうと言っていた場所。


厚木ハムは、本場ドイツのコンクールでも賞をとるような美味しいハム・ソーセージを作っているお店。


おいしそうなものがいっぱいあって、散財しました。

サンクトガーレン(厚木の地ビール)もいろいろ売っていたので、それも1本づつ買ってきました。


家に帰って、これらのソーセージを中心として夕食。


特に「血のソーセージ」はずっと昔から興味があったもの。

想像とは全然違う味で美味しかった。


厚木ハムの血のソーセージ「ツンゲンロートヴルスト」は、ハムみたいな太いサイズ。

刻んだ肉と、脂身と、血をゼラチンで固めた感じ…なのだけど、香辛料が絶妙のバランスで利いています。

(血が多いのでレバーみたいな味を想像していたのだけど、全然違った。

 香辛料と肉と油の味なので、コンビーフと味の系統は似ていて、ずっと美味い)


薄切りハムみたいな1枚で600円くらい。無茶苦茶高い。

ゼラチンで固めているので、加熱しないで食べます。




以上、ダム周辺で一日遊びました。

駐車料金も、お弁当も安かったし、最後にハムで散財したと言っても休日に家族で遊びに行ったとしては安い物。


公園には桜もたくさん植わっていたので、次は春に行きたいですね。



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宮ケ瀬ダム見学(1/2)  2017-11-07 14:12:58  旅行記 社会科見学 家族

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宮ケ瀬ダム見学(1/2)

長女が「行ってみたい」と言ったのは、たしか夏休み前のこと。


学校で配られたプリントで、市内の小学生を10~20人くらい集めて、宮ケ瀬ダム見学にいこう、というツアーのお誘いでした。

高学年だけが対象で、親の同伴は無し。


人数が多いと抽選らしいけど、行ってみたいなら申し込んでみるかい? というと、そうではない、とのこと。


このツアーで行ってみたいのではなく、この「宮ケ瀬ダム」というのに家族で遊びに行ってみたい、というのでした。


ツアーでは、宮ケ瀬ダムの魅力を簡潔にまとめてあり、但し書きとして「ツアーではインクラインには乗らず、観光放流日でもない」ことを明記していました。




夏休み中は忙しくてそんなことはすっかり忘れていて、「そういえばあそこ行きたい」と長女が再び口にしたのは10月中旬。

おぉ、そういえば。行ってみてもいいのだけど…と調べます。


せっかく行くなら、観光放流観たい。

観光放流は第2日曜日。すでに過ぎてました。


他に水曜日と、第2・4金曜日もやっているけど、平日はちょっと難しい。


でも、観光放流日を把握したことで、本格的に「行ってみようかな」と思うようになります。




FM横浜の朝の番組の中で、毎月1人、神奈川県下の注目の会社の社長さんに話を聞くコーナーがあります。

ロングインタビューを区切って、毎週放送する形で続けるの。


これが「オギノパン」でした。


以前、家族で工場見学でも行きたいなぁ…と調べていた時に知った会社でした。

小学校給食用のパンも作っているし、一般向けにもできたてのパンを売っている。

本社には工場もあって、工場見学もできる。


そして、宮ケ瀬ダムを調べていたら、オギノパンがダムの目の前でした。


ダムだけで1日、だと飽きるかもしれないけど、オギノパンと合わせ技なら十分楽しめそう。

それ以外にも、宮ケ瀬湖の周辺にはずいぶん楽しめるところが多いようだし。



そんなことを考えていたら、またFM横浜の朝の番組で、「10月28日に、宮ケ瀬ダムで夜の特別観光放流を行う」という情報が。

28日は土曜日。いいかも。


…と思って調べると、初めての試みなので人数限定で、あらかじめ申し込んである人しか見れない、とのこと。残念。


でも、この情報の詳細を調べているうちに、11月3日(金曜祝日)にも、特別観光放流を行うことを知りました。

近くの公園で「宮ケ瀬フェスタ」というお祭りがあり、それにあわせた特別スケジュール。


よし、これだ!

晴れたら行ってみよう、と子供たちに伝え、その日を待ちました。




当日は晴れ。

朝6時に子供たちを起こし、7時半には家を出る予定です。


弁当は持ちません。宮ケ瀬フェスタで地元名産品とかの屋台出るみたいだから、買い食い予定。


家から宮ケ瀬ダムまでは、カーナビの予想によれば1時間半。でも、カーナビ予想は「スムーズに進んだ場合」なので、絶対それより遅れる。

2時間と見積もりました。7時半に出るのは、オギノパンのオープンが9時半だから。


…妻の準備が少し遅れ、出発は8時になりました。



でも、9時45分にはオギノパンに到着。


パン工場見学は、工場の外側の窓から覗ける、という程度。

ただ、覗くのを前提に工場を設計したそうで、面白いところは全部見られるようになっています。


軽くしか朝ごはんを食べていないので、売店で各自好きなパンを買います。


揚げパンが人気なのだけど、子供たちは揚げパンは普通に給食で食べられるので興味なし。

ただ、「チョコレート揚げパン」は興味津々で、購入。


下二人は、「アイスクリームパン」を購入。

アイスのコーンにパンの生地を詰めて焼いたもので、膨れて飛び出た丸い部分にチョコレートトッピングしています。


…後で味見したけど、このパン、ちゃんとコーンの中までふっくら焼けているのに、コーンは焦げていません。

一体どうやっているんだ?


#別途作ったパンをコーンに差し込んだのかな…とも考えたけど、コーンとくっついている感じなので、生地の段階で入れていると思われる。


長男は焼肉パン、妻は筍おやきパン、僕は甘食を食べました。

(子供に「ひとり一個」と言ったのだけど、妻が甘食も食べたいと言ったので、僕の分として購入。チョコ揚げパンはデザートとしてみんなでシェア)




10時半ごろダムに到着。駐車場は入り口で500円で、時間課金なし。

11時から観光放流だというので、まずはダムに向かいます。…これが、駐車場から予想以上に遠い。


ダムに向かう道、途中までダムは見えません。

ある個所で道を曲がると急に見えるのですが…でかい!


想像以上にでかかったです。

子供たちと昨年相模ダムに行ったことがあるので、その程度を予想してました。

(今調べたら、相模ダムは 58m 、宮ケ瀬ダムは 156m で、3倍近い高さでした)


ダム直下に着いたのは50分ごろ。

多分、すでに300人くらいいたのではないかな。

でも、ダムは大きいし、その周辺広場も大きい。見る場所には困りません。


地面に座って、オギノパンで買ったパンを食べながら(先に書いてしまったけど、アイスクリームパンが不思議…とかやっていたのはこの段階)放流を待ちます。



観光放流を始めます、というアナウンスがあり、放流開始。

大迫力…ではあるのだけど、もっと大轟音かと思ったら、普通に会話はできる感じ。

1秒に 30t ということなので、12秒で学校のプールがいっぱいになる、位の水量。




放水が終わり、「現在エレベーターが動かなくなっているので、インクライン無料開放します」とのアナウンス。

インクラインは、ダムの上と下を結ぶケーブルカーです。通常は有料。

(エレベーターは無料)


それはせっかくだから乗りたい! と思って並びますが、すでに長蛇の列。

午後にも観光放流がもう一度あるので、とりあえずフェスタの方に行ってなんか食べよう、ということに。



…で、ここでダムに隣接する公園内を探すのですが、お祭りをやってそうなところがありません。


公園内に、「ふわふわドーム」(エアトランポリン)があり、次女が遊びたいというので許可します。

小学生(6~12歳)は良いということなので長女も一緒に。


長男は腹減った、というので、オギノパンで買ってきた焼肉パンを食べます。

(ダム前で食べている時に、長男だけ「より見やすい場所」を求めて一人で別行動してました)




さて、お祭りはどこでやっているのか…

ここでやっと誤りに気付くのですが、「近くの公園」でフェスタをやってはいるのですが、それはダムに付属の公園ではなく、車で10分ほど行ったところの別の公園でした。


ここで妻と相談。

フェスタの内容、地域特産物の即売会に近いです。アユの塩焼きとか、宮ケ瀬ポーク焼肉とか売ってる。


そちらに異動するなら、再度駐車場料金払って戻ってくるのも馬鹿らしいし、時間的にも無駄なので、ダムの2度目は無し。


妻はもう一度ダム放流観たいし、まだ行っていないダムの上にもいきたいと言いました。僕も同意見。

その場にいた長男もそれでいいと言います。


トランポリンから戻った長女次女にも説明して、今日はこのままこの公園で遊ぶことに。



じゃぁ、昼ご飯は工面しよう。

トランポリン近くの「パークセンター」でお弁当売ってました。

稲荷ずし、おはぎ、から揚げ、豚汁を購入。1品200円均一。オギノパンと併せて、十分お腹いっぱい。



長いので話をいったん区切ります。


→つづき



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