その他の日記です

目次

2017-10-30 コンビニ強盗
2017-09-16 続・ヒューマンリソースマシーン
2017-08-31 夏風邪
2017-08-11 打ち上げ
2017-08-10 チェックめいと!
2017-08-07 保存できないものの保存
2017-07-24 テレワーク・デイ
2017-07-13 ルビク・エルネーの誕生日(1944)
2017-07-06 セレンディピティ
2017-07-03 当たる占いの作り方
2017-07-03 血液型別性格診断
2017-04-17 アメリカが日本製のパソコンに100%関税をかけた日(1987)
2017-04-03 ルータ交換
2017-02-23 早口言葉
2017-02-07 レスリー・ランポート 誕生日(1941)
2016-12-17 アーカイブとはなにか
2016-12-11 ゲーム保存協会にサポーター登録しました
2016-11-18 ら抜き言葉
2016-11-15 新しい文盲
2016-09-20 パラリンピック
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コンビニ強盗  2017-10-30 16:52:58  その他

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先週金曜日、昼頃に子供の小学校からの緊急連絡メールが入った。


鎌倉市内で未明にコンビニ強盗事件が発生。刃物を持った犯人は逃走している。

学校はいつもより予定を切り上げ、集団下校させる。


というもの。


強盗のあったコンビニは家からは遠いが、知っている店。

遠いので危険はないとは思うが、この日は妻も夜やっている日課のジョギングに出るのをやめた。




強盗のあったコンビニは交通の便の悪いところにあり、逃走にも不便だ。

そんなところを襲うのは近所の人で、どうせすぐ捕まるだろう…と思ったが、週明けになっても捕まったという続報はない。


どうなっているのかな…と調べると、続々とコンビニ強盗の情報が見つかった。


10/27 4:10 セブンイレブン鎌倉深沢店(これが、金曜日の強盗事件)

10/25 3:50 ファミリーマート日野南6丁目店(上の店から車で30分くらいの範囲)

10/18 2:30 セブンイレブン西日暮里6丁目店(これは東京。ちょっと遠いかも)

10/18 0:20 セブンイレブン横浜磯子原町店(日野の店からだと、20分くらい)

10/ 6 不明 25日の日野南店から「1.7km離れた場所」(詳細不明。後述)

10/ 2 4:30 ローソン和田河原店(神奈川県内だが、南足柄。2時間かかる)


いずれも、犯人は男性、160~170cm くらいで、黒い上下を着ている。

頭も、サングラス、マスク、タオルや帽子で隠している。


そして、手口は刃物を突き付けての「金を出せ」。


ただ、年齢がバラバラ20代から50代まで。

もっとも、この年齢は被害者証言によるものだから、あまりあてにはならない。


…あてにはならないのだけど、地理的な範囲も広すぎるし「別人」だろう。



ちなみに、コンビニ強盗をキーワードに探していたら、ここ1カ月に絞っても、大阪、京都、富山、静岡などで「160~170cmの黒い男が深夜から未明にかけ、刃物を持って金を出せ」とやっているのが引っかかった。


つまりは、平均的な強盗スタイルで、これだけで同一犯と考えるのは根拠希薄すぎるようだ。




25日のファミリーマート日野南6丁目店は、犯人は50代とみられる。

黒ジャンパーにズボン、手袋、頭に白いタオルを巻いている。


18日のセブンイレブン横浜磯子原町店はすぐ隣の区で、やはり 50代とみられる。

黒いジャンパーにニット帽、サングラスをつけている。


6日は、探しても報道がないし、警察のWEBページを見ても書かれていない。

25日の事件があった時点で、「6日にも1.7km離れたコンビニで、同様の手口で強盗事件があり、同一犯とみられる」という言及だけがあった。

同一犯とみているのだから、年齢などの特徴も一致するのだろう。


この3つについては、報道によれば、警察は同一犯ではないか、と見ている節がある。


先週金曜日、27日のセブンイレブン鎌倉深沢店は、報道では「近くでも今月2件のコンビニ強盗が~」となっていた。

これはどうやら、25日と6日の事件のことのようだ。警察が同一犯かも、と見たのかもしれない。


でも、27日の犯人は20代とみられる。

黒いフード付き上着とズボン姿で、サングラス・マスクを着用。


「ジャンパー」と「フード付き上着」は微妙に違う気がするし、年齢も20代と50代はかけ離れすぎている。




同一犯なら、神奈川南部を広範囲に荒らしている犯人、ということで、すでに近所には潜んでいないだろう。

同一犯ではなさそうな気がするが、それだと実は近所にいるかもしれない、という危険性があることになる。


まぁ、すでに3日もたっているので、犯人も犯行直後の興奮状態ではないはず。

街を歩いていていきなり襲われるような危険は過ぎたとみてよさそうだ。



ちなみに、調べていたら 2014年2~3月にも、横浜市緑区で連続コンビニ強盗があった。

1か月間に、半径 2.5Km以内で5件、「平均的な強盗スタイル」で同一犯とみられる。


これが逮捕された、という話はないようだ。



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別年同日の日記

01年 10/29

06年 腰痛

13年 PCエンジンの発売日

15年 クリフォード・ベリー 命日(1963)


名前 内容

続・ヒューマンリソースマシーン  2017-09-16 17:00:13  その他

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先日の続き。


Switch のヒューマン・リソース・マシーンで遊んでみた。

アセンブラで、課題のプログラムを作るゲーム。


購入して3日で全問題を「とりあえず」解き終わった。


1日目は2時間半くらい遊んでしまったけど、翌日、翌々日は1時間程度しかやってない。

5時間弱で全部解けた、ということになるのかな。その程度のボリューム。


#夜子供が寝た後にゲームをしている。

 妻もスプラトゥーン2を遊びたいので、1時間程度で交代する約束。


5時間というのは僕がアセンブラ経験があるからで、プログラム経験があってもアセンブラ経験がない人は、もう少し時間がかかるだろう。

世間的には、エンディングまで6~8時間程度、ということになっているようだ。


エンディングは、2日目に見ている。

最後の問題はソートアルゴリズムだったのだけど、1回目の正答でコードサイズ・速度共に規定をクリアした。

ささやかながら自慢。




中学生の長男が興味を持ち、遊び始めた。


Scratch はやっているから、プログラムをすることには抵抗がないようだ。


命令が少なすぎて、パズル的に面白いと感じているようだ。

これが「アセンブラ」と呼ばれるもので、コンピューターは本来この程度の命令で動いているのだ、と教えた。


#まぁ、前回も書いたがヒューマン・リソース・マシーンでのアセンブラは、1960年代のコンピューターのようだ。

 命令が少なすぎ、サブルーチンも作れない。現代のアセンブラはもっと多くの命令を使える。

 しかし、この程度が「基本」だということは変わらない。


ついでに、ファミコン時代のゲームはアセンブラで作られ、CPU 速度も遅かったので、コードサイズや実行速度を気にしなくてはならなかったことも話す。


この程度の命令でゲームを作る、というのは想像もつかないようだが、少し興味はあるようだ。




さて、ヒューマン・リソース・マシーンは、1つの課題を解き終えると次の課題に進めるようになっている。

でも、時々分岐がある。エンディングに向かって進むルートと、行き止まりだけど上級者課題に挑むルート。


エンディングを見た時点で、最後の分岐の上級者課題の最後の問題を解いていなかった。

この課題、ステージの最初に「難しいからやらなくていいよ」って言われる。

だから後回しにして、先にエンディングを見た。


3日目にこの課題に挑む。


与えられた数値を素因数分解する。


割り算は使えないし、当然「素数列」のデータもない。

基本的にメモリ同士の足し算引き算と、+1 、-1 のみ。


データをあらかじめ持たせる、なんてこともできず、使える数値は 0 だけ。

条件分岐も、数値が 0 の時と、負の時の2種類のみ。



とりあえずクリアはしたが、コードサイズ・速度とも規定に達していない。

今考えると、大きな無駄があったことに気付いているが、まだ改良に手を付けていない。


#配列が使えるもので、つい「答えをいったん配列に入れる」プログラムにしてしまった。

 求められているのは、答えを出力することなので、配列に入れずに直接出力するだけでも、速度・コードサイズ共に大きく改善する。



素因数分解をまだ改良していないのは、途中の課題にもまだ速度・コードサイズが規定に達していないものがあるから。


途中までは一発で両方を満たすプログラムを作っていた。

途中からは課題が難しくなってくるので、まずはクリアしてから改良。

さらに進むと、両者を同時に満たすプログラムは作れなくなるので、個別にクリアしていく。


でも、いくつかの課題はその時に改良が思いつかず、残されたままになっている。

それを、初期の課題から順に少しづつクリアして行っている。


素因数分解の改良は最後の楽しみだ。


といっても、とりあえず全部の問題を終了はしたし、ゆっくりやっていく予定。


#スプラトゥーン2も遊びたい。ゼルダもまだ終わらせてない。

 最初に書いたけど、毎日1時間程度しかゲームで遊ぶ時間ないので、今はスプラを中心に遊んでいる感じ。



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別年同日の日記

06年 成長記録

16年 トヨタとセガとドリームキャスト


名前 内容

夏風邪  2017-08-31 12:05:20  その他

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夏風邪ひいてつらい。


熱はそれほどない。こまめに測っていて、最高でも 37.6 度。平時は 36度後半だ。

でもすごくだるいし、喉の奥に口内炎のようなものができ、切れているような痛みがある。


ヘルパンギーナを軽くしたらこんな感じ。

普通4歳児までしかかからない風邪だし、ヘルパンギーナは高熱も出るので、違う風邪なのだけど。


まぁ、同じ夏風邪だし、類似したウィルス群に感染したのかもしれない。



そういえば、8月の中頃に、長男が同じような症状で痛がっていた。

その少し後には、長女が風邪っぽくてやたら鼻をかんでいた。


子供からうつったのだろうなぁ。



仕事もあるのだけど、幸い今は忙しくないので、休み休みやります。


#兼業主夫なので、夏休みが終わる…今日までは、子供の相手もしなくてはならず忙しい。



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別年同日の日記

10年 1回忌

15年 夏の終わりの素数

15年 DOSBoxで日本語表示・JP106キーボード・UBASIC

16年 「人工知能」の生まれた日(1955)


名前 内容

打ち上げ  2017-08-11 19:19:09  その他

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しばらく前に手伝っていたお仕事があり、それが「終了」したために打ち上げにお誘いいただいた。


デザイン会社のお仕事で、WEBページ作成のお手伝いをしていたのだな。

当然周囲はデザイナーばかりなのだけど、HTMLを組める人も必要だし、もう少し突っ込んだ「プログラム」も必要。

そんなわけで、プログラマーの需要もあるのだ。


デザイン会社が大手企業から仕事を受けていたので、僕は孫請け。

フリーランスの在宅勤務として参加していたので、実は仕事の人とは顔を合わせていなかった。


少し前に僕はその仕事を抜けていたのだけど、今回、発注元の会社が自社内で制作すると決めたので仕事が終了した。

そこで、一時的にも関係した人全員を集めて打ち上げをしようということになり、お誘いいただいたというわけだ。




ただの飲み会ならわざわざここに書かないのだけど、ちょっと面白かったので書いておくのだ。


最初指定された店に行ったが、予定時刻の20分も前で、誰もいなかった。

仕事上の「窓口」でもあった幹事の方に「つきました待ってます」とメッセージを送ったところ、仕事が立て込んでいて少し遅れるかもしれない、とのこと。


やがて別の方が来た。当然僕はあったことがない。

自己紹介などすると、相手の方もフリーランス。その方も他の人と会ったことが無なかった。


さらに少しづつ人が集まるが、みんなフリーランス。みんなが基本的には幹事の方を窓口として仕事を受け、目の前の仕事をこなしていただけ。

お互い面識がないし、何をしていたかも理解していない。



この時点で、不思議な連帯感が生まれている。

「全員がお互いを知らなかった」という連帯感。

でも、全員フリーランスで、お互いフリーランスの苦労話など始める。



遅れるとは言え、予定から10分程度で幹事の方が来た。




フリーランスの人って、年齢不詳。

たぶん僕が一番年上なのだろう…と思っていたら、幹事の方は僕の3つ上だった。


もちろん、元請けデザイン会社の社員として働いているのだけど、この人もいろいろな会社を転々としながら、各種デザイン・マネジメントをやっているらしい。



フリーランス話から、オフショア開発の功罪や使う場合の注意点とか、プロジェクトマネジメントの方法論(ウォーターフォールとアジャイルのメリット・デメリットとか)、納期見積のこつ(人月の神話に書いてある奴だ)、納期通りにいかない際の対処(こちらはデスマーチに書いてある奴)、どうものらない仕事の際のモチベーションのあげ方とか、自宅勤務での公私のスイッチ方法とか…


あまり普段話題にしないようなことをネタに酒を飲む。

ふつう、こんな話をしても周囲が関心を示さないか、そもそも話題についてこれない。


でも、この場ではみんなが興味を持つ話題なのだ。




基本的に全員デザイナーだけど、僕以外にもう一人プログラマがいた。


僕より一回りも若い。

でも、趣味でゲームとか作っているという。話が弾んだ。


他の方を経由して、僕が過去にセガにいたことは知っていたらしい。

で、業務用部署でコラムス97作った、と言ったらいたく感動された。

セガサターン持っていて、コラムスは結構好きだという。


それほど売れたゲームではないけど、知っていてくれると話は速い。


いろいろな話をしたけど、ゲーム業界話としては、大体このページに書いてあるようなことかな。

(過去の日記、わざと検索性を悪くしている。暴露話はあまり知られすぎないほうがいいのだ)


ゲームの技術だけでなく、法的な縛りなどにまで話が及ぶと、いろいろと感心された。

7号営業とか、普通知らないものね。




非常に楽しい会で、お開きの時間になってもまだ10時過ぎくらいかな…と思っていたら、11時半を回っていた。

終電ギリギリ。なんとか家に帰れたけど、危なかった。


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別年同日の日記

02年 巣立ち

14年 スティーブ・ウォズニアックの誕生日(1950)


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チェックめいと!  2017-08-10 17:48:37  その他

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漫画は好きなのだけど、この日記でレビュー的なことをやったことはない。

でも、珍しく気に入った漫画があり、単行本発売日に買ってしまったので、紹介してみよう。




「チェックめいと! 魔王さん、手番ですよ!」


先日まで、WEB上の漫画雑誌「サンデーうぇぶり」で連載され、全話無料公開されていた。

僕もそこで読んで非常に気に入った。何度か読み返した。


漫画を読むのは好きでも、読み返したいと思う漫画は少ない。

それに、ちょっと理由があって子供に読ませてみたかった。

ネットで読める、ではなく、読みやすい紙の本を入手しようか、と思った。


とりあえず1巻を購入して、発売前の2巻を予約。


と、購入した数日後、ネット上で全話公開されていたページが消えた。

単行本を発売したから、というのではなくて、掲載されていたサイト自体の方針変更のため、基本的に無料公開はしなくなったのだ。


1巻の冒頭は、ネット上ではカラーだった。でも、単行本では白黒。ちょっと残念。

今日2巻の発売日で届いたのだけど、まだ完結していない。続巻予定。




コンピューターRPG風のパロディ世界観。

長い戦いの末、ついに勇者が魔王の元にたどり着くと、そこにいた魔王は「一緒にゲームで遊ぼう」と持ち掛けるのだ。


魔王は化け狐の少女。純真無垢。

こんなのが本当に魔王なのか? と疑うが、能力は勇者よりもはるかにあり、ゲームで遊ばないと世界を滅ぼす、と脅しにかかる。

勇者は仕方がなくゲームの相手をするのだけど…



最初のゲームはジェンガ。特にゲーム好きでなくても知っているくらいの、超有名ゲーム。

魔王は非常にまじめで純真。勇者の手番でも、邪魔をしないように静かに見守っている。


しかし、配下でゲーム好きの魔物「蝙猫」に「ジェンガはパーティゲームですよ」と諭されて、徐々にバカ騒ぎしながらの楽しいゲーム展開になっていく。


対する勇者は、筋肉馬鹿。勇者として戦闘力は高いが、真面目過ぎて融通が利かないキャラ。

魔王が失敗を狙ってバカ騒ぎをしてきても、同じようにやり返せない。

(魔王に「勇者はそんなことしない人だよね」と言われたせいでもあるが)



2つ目のゲームは「ワードバスケット」。

ゲーム好きなら知っている人も多い有名なゲーム。もっとも、僕はルールを知っているだけで遊んだことはないのだけど。

漫画の中でも、あまり細かなルール説明はない。だけど、話の流れとして、ゲームのルールもなんとなくわかるから大丈夫。


3つ目は「お姫様を助けるのは誰だ」。これは知らないゲームでした。

勇者は、そもそもさらわれたお姫様を助けに来たのだ。

ワードバスケットの話の最後でお姫様をついに見つけ出すのだけど、本物の姫を助けず、お姫様を助けるゲームで魔王と対戦する。



ここまでは、いまでも「サンデーうぇぶり」で無料で読むことができる

また、期間限定(8月23日まで)だけど、Amazon kindle 版の1巻を無料で読むことができる。



どちらも、連載時の画像データではなく、単行本と同じデータの電子書籍。

つまり、冒頭のカラーページは白黒になってしまっている。残念。




さて、この後はゲームの「仲間」に姫が加わる。


このお姫様、さらわれてきているけど、実は超強くて喧嘩っ早い。

口も悪いし、意地が悪い。そして頭がいい。


およそ「お姫様」らしい、かわいいキャラではない。

そして、逃げようと思えばいつでも逃げられるのに、なぜか魔王に囚われたままでいる。


このお姫様がゲームに参加することで、話がぐっと面白くなってくる。

対戦ゲームに「意地悪い戦略をとる人」は重要だ。


魔王は勇者相手に「一緒に遊ぼう」というくらい純真無垢なキャラ設定にされているので、意地悪はしない。

紹介するゲームも、意地悪ができるような戦略性の高いものは扱っていなかった。


でも、これ以降は戦略性を重視したゲームが入り始める。もちろん、意地悪なのはお姫様。

ヒロインに萌えキャラを求める人は拒否反応を示すかもしれないけど、お話の構成としてはよく考えられている。




最近はボードゲームやカードゲームのような「アナログゲーム」の人気が高まっている。

人気ジャンルなので、さまざまなゲームを紹介する、というスタイルの漫画にも人気がある。


でも、「チェックめいと!」は、そんなに素直な漫画ではない。

ゲームの細かな説明はしないし、奥深さを細かく説明もしない。



ゲームの紹介漫画では、とにかくお話の中でゲームを遊びつつ、その面白さを伝えられればいい。

言い換えれば、ストーリーは添え物で、ゲームで遊ぶことが主眼だ。


しかし、この漫画では、ゲームはストーリーに密接に関係している。ただ遊べばよいのではなく、そこでそのゲームを取り上げることに、深い意味があるのだ。


1巻では、まだそれほどストーリーの上手さが見えてこない。

でも、(まだ単行本出てないけど)お話の最後まで読んだうえで、再び最初から読み返すと、1つ1つの話で紹介されるゲームが吟味されている、とわかる。



紹介漫画が「様々なゲームを遊んでみたい人向けに面白さを伝える」漫画だとすれば、チェックめいと!は、既にある程度ゲームを知っていることを前提に、「ほぉ、そのゲームを持ってきたか」と作者の上手さを感心しながら読む漫画なのだ。




1巻の後半では、勇者も来ない、姫も寝ている状況で、仕方なく魔王が「クロンダイク」を遊ぶ話がある。

有名なトランプの一人遊びだ。魔王が一人遊びに十分慣れている…という描写から、彼女の孤独を読み取ることができる。


次の話では姫が起きてきて、一緒にトランプ遊びをしようとするのだけど、二人ともトランプゲームをそれほど知らない。

ただ、お姫様もトランプの一人遊びは好きだという。(ここに、姫も城の中で過保護に育てられ、孤独であることを読み取れる)



そこで蝙猫が二人に勧めるのが「対戦一人遊び」。

ゲーム好きなのに、そういうゲームがあるのは恥ずかしながら知らなかった。


一人遊びなので、一連の動作を行っている間は、黙々と何手でも続けることができる。

しかし、途中で一度「中断」になると、相手に手順が移る。

一部のカードは共有していたり、相手に見えたりするので、どのような状況で「中断」するかが勝敗の分かれ目となる。


これが、意地悪しか存在しない世界。一度手番を譲ると相手がいつまで続くかわからないので、意地悪以外に勝つ方法はないのだ。


姫は黙々と意地悪をし続け、魔王は姫と言い争いながらも、ちゃんとゲームのルールを守ろうとする。

ここで、言い争いしながらも遊ぶ二人は、非常に楽しそう。


孤独だった二人が、「対戦できる」ことの嬉しさが表現されているのだ。




1巻最後では、もう一人の重要キャラ「猛獣使い」も登場する。

ちなみに、勇者以外は全員女性だ。ヒロインばかりのハーレム物語。

でも、猛獣使いもやっぱりアクの強いキャラで、いわゆるヒロイン像には程遠い。


蝙猫は主に解説役なので、これでやっと「4人用のゲーム」が楽しめるようになる。


ちなみに、勇者は筋肉馬鹿なのでゲームの戦略を全く理解できない。


でも、2巻の途中で頭がよくなっている。

ここの話の運び方も面白い。ちゃんとそれまで出てきたゲームに「頭がよくなった」理由が活かされている。

最初からそうするつもりで話を組み立てていたのだろう。



話としては、ここからが本番だ。だんだん複雑なゲームが紹介されるようになり、「ゲーム漫画」らしくなっていく。


でも、先に書いたようにゲームの紹介漫画ではなく、ゲームを活かしてストーリーが進む漫画。

細かな設定が上手で、「このゲームのためにこの設定を用意してあったのか」と感心すること多し。



興味があったら読んでみてほしい。

ゲーム好きなら感心できると思うし、そうでなくても「世の中にはいろんなゲームがある」と知ることができる。



まだ単行本化されていないけど、最後のゲームでは、アクの強いように見えるキャラそれぞれの内面と悩みが表現される。

ちゃんとそういうことができるゲームを選んでいるんだ。このお話は、最後のエピソードに向けて突き進んでいたのだろう。


誰一人悪人のいない物語。僕はこういうのに弱いんだ。ギャグマンガなのに、最後に泣いた。



WEB 連載時には、掲示板で感想を書けるようになっており、もっと読みたい、もっと続けてほしい、という感想が多く寄せられていた。

僕も同じ気持ちだ。


しかし、最初から話と設定が綿密に絡み合うように組み立てられているのだ。

人気があるから継続、とは簡単にできないタイプの話だろう。


しかし、最後のエピソードで内面が表現され、キャラがより魅力的になっているのは事実。

キャラの輝きが増したところで終了、というのはもったいない。

この世界で、また新たな話を作って欲しい気はする。




8.13追記

僕の影響でうちの子供もアナログゲーム好きなので、読ませてみた。

おおうけ。いくつかのゲームは「遊んでみたい」と言っている。


この漫画はギャグマンガなのだけど、出てくるギャグがわかりやすいのも、子供受けする理由だろう。

多少のお色気シーン(?)はあるけど、露骨な下ネタなどは無いから、子供に読ませても安心。


続巻が早く出ないかと楽しみに待っている。



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別年同日の日記

02年 電源不調

04年 再び予算問題

12年 原発比率について

15年 アクアマリンふくしま

15年 アクアマリンふくしま・本館

15年 アクアマリンふくしま・展示内容

15年 アクアマリンえっぐ

15年 アクアマリンふくしま・締めくくり


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保存できないものの保存  2017-08-07 14:55:02  その他

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「携帯コミックは失われてしまった」という話題がネット上で議論を呼んでいた。


2000年代中盤、今では「ガラケー」と呼ばれる携帯電話で読める漫画が流行した。

当時の画面解像度などの問題で、基本的には1コマを1画面にしてある。


最初から携帯向けに描かれた漫画もあるのだけど、多くは過去の「名作漫画」を携帯用に作り直したもの。

基本的にはボタンを押すと表示が切り替わっていき、そこに書いてある文字を読むことになるのだけど、元が広いコマだとスクロールしたり、駒の表示に合わせて音が出たり振動したりすることもある。


…らしい。僕は全然読んだことがないので、振動とかが連動しているのは知らなかった。

上手く携帯電話の機能を取り入れたもので、漫画でもなく、アニメでもなく、その中間というわけでもなく、独自のメディアとなっていたようだ。


1コマづつ切り出して、場合によっては変形コマを四角く整形して、セリフ部分だけは読みやすいように文字コードを起こして、駒の切り替えや簡単な音、振動のためのスクリプトを用意して…と、結構手間がかかる。


もちろん有料コンテンツで、流行したのだからそれなりの儲けはあったのだろう。


でも、スマホ時代になって画面が高精細になったら、無くなってしまった。

スマホなら、コマ単位で切らないでも、本来の漫画の1ページを十分に表示できてしまうからね。


それで徐々に市場が先細りになり、大手サービスの一つが、6月いっぱいで終了した。

そのサービスで配信していた携帯コミックは、もう読めないことになる。



これを「残念だ」というのではなくて、あとで研究者が漫画の歴史を調べようとしたときに、失われた10年になってしまうではないか、という話題だった。


後日追記

「まだスマホなどで見られる携帯コミックがあるし、データも会社に残っている」という指摘をいただいた。


なるほど、それは調査不足でした。上に書いたように、この分野詳しくないので。

そのまま100年後も閲覧できるように保守をお願いします。


この話の趣旨はこの後書く部分であり、上記は話の枕に過ぎないので、この追記をもって訂正とし、そのまま残しておきます。




この話題から派生して、ソーシャルゲームも同じだ、泡沫のように消えていく地下アイドルも存在を記録しておくべきだ、雑誌で読みきりだったけど単行本化されていない漫画の記録も欲しい、などなど、各自が自分の「消えてほしくないもの」を挙げ始めた。



そして、これらの話題の「まとめ」を読んだ人が、僕が以前書いた「アーカイブとはなにか」の記事も併せ読みするとよい、と書いてくださっていた。

実は、この一連の話題、僕も言いたいことは山ほどあったのだけど、あえて避けていた。議論に巻き込まれると面倒だから。


ちょうどいい機会だ。議論はあらかた済んだようだし、書いておくことにしよう。




以前の話題に書いたけど、僕は以前業務用の占いゲーム機のプログラムをした。

このゲーム機はヒットしたのだけど、おそらくもう残っていない。


ゲーム基板こそ一般的なものだけど、プリンタ・手相読み取りユニット・CDドライブなど、一般的ではないものを搭載した特殊筐体ものだったからだ。

特に手相読み取りユニットは専用に作られた特殊なもので、壊れたら修理できないと思う。



他にもいくつかのゲームを作った。全部手元にはない。

いくつかは買おうと思えば今でも中古基板が買えるけど、いくつかは世の中から消えただろう。


作成時からそういうものだと思っていたので、消えるのは必然だと思っている。「残さないといけない」なんて主張はない。


同じように、携帯コミックも、ソーシャルゲームも、地下アイドルも、そのまま消えてしまっても仕方がないと思う。

アーカイブは必要だと思うが、「すべてのもの」を残しておくなんてできないのだ。



誰かが「書き記した」ものは、比較的残して置きやすい。

だけど、誰かが「喋った」ものは、形として残らない。運が良ければ誰かが書き留めてくれるだろうけど、そんなものはほとんどない。


たとえば、キミが1か月前にテレビを見ながらつぶやいた感想は、もうどこにも(君の記憶にすら)残っていないし、それを「アーカイブしておくべきだった」という人もいないだろう。


極論だけど、携帯コミックやソーシャルゲーム、僕が作ったゲームなんかも、それと同じことだと思っている。

これらは普段使いの「話し言葉」みたいなものだ。消えていく運命にあるし、それでいいんだ。



でも、完全に消え去るわけではない。




昔の人は、話し言葉と書き言葉を今以上に区別した。

残っているのは、当然だがすべて書き言葉だ。


これらの言葉を調査すると、可能動詞は「られる」であり、「れる」となることなんてない。

にもかかわらず、現代人は「見れる」というような言い方をする。これは日本語の乱れだ。


…という主張がある。いわゆる「ら抜き言葉」だな。

なにぶん、過去の資料を調べた上での主張なので、それらしく聞こえる。



でも、そうではない。話し言葉はほとんど失われているのだ。

しかし、明治時代に、「話し言葉も含め」日本語を調査して作られた、日本語の文法に関する書物がある。


これを読むと、可能動詞は、書き言葉では「られる」、話し言葉では「れる」であることがわかる。

説明としても、わざわざ「『ら』を省略して用いる」としているので、記録ミスで「ら」が抜けたわけでもない。


先ほど、「話し言葉は失われる」と書いたけど、この文法書によって、当時の話し言葉を一部なりとも知ることはできるんだ。



話し言葉…普段の気軽な存在で、保存なんて最初から考えていないものは、消えていくのが当然だと思う。

携帯コミックやソーシャルゲームだって同じで、消えて構わない。


だけど、誰かがそういうものが存在した、という記録を書き留めておくことはできる。

その記録は、後世の研究者の役に立つはずだ。ちゃんとした記録があれば、「失われた10年」になどならない。



僕は、自分の関与したゲームの話を、20年が過ぎたことを目途に書き記している。

失われることは当然だが、その存在だけでも残しておこう、と思っているためだ。


消えゆくものが残念だと思う人は、同じことを試みてほしい。

一般性なんてなくていい。自分の思い出話を書くだけだ。


消えゆくものを残したいのだから、対象物を「知らない人」に説明するように書いて欲しい。

(思い出話を書こうとすると、自分が知っているものだから、説明不足になりやすい)



そして、できるだけ長期にわたって一般公開される WEB 上に置いておく。無料 blog とかでいいだろう。

無料 blog はそのうち消えそうだけど、長期置いておけば、InternetArchive が拾い取って永久保管してくれるかもしれない。


もしくは、Twitter でつぶやいてもいい。検索性が悪いからあまり良くないのだけど、Twitter のデータは米議会図書館に永久保存されることになっている。



将来の研究者は、苦労してもこうしたデータを集めるだろう。他に方法はないのだから。

個人の思い出でも、多く集まれば、全体像が見えてくる。


少しでも多くの人が書き記すことが大切だし、その「少しでも」には、あなたも含まれている。



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別年同日の日記

06年 夏が来ました


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テレワーク・デイ  2017-07-24 12:27:54  その他

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今日はテレワーク・デイらしい。

3年後の今日に東京オリンピックが開幕するそうで、3年後に向けてテレワークを増やそう、という意図。


オリンピックは、海外からも多数の人が来ると予想される。

タダでさえ過密な東京が、もっと過密になる。


じゃぁ、東京で働いている人のうち、東京に来る必要がない人が、東京に来なければいい。



実際、ロンドンオリンピック(2012)ではそういう理論で、テレワークを推奨したところ普及したのだそうだ。

日本もそれに倣おう、という試み。




1990年代後半がインターネットの普及黎明期なのだけど、2000年に入ると ADSL が普及し始め、家庭でも常時接続が増える。


これにより、情報だけであれば、家庭にいても気軽に入手できるようになった。


会社に出向かないと仕事ができない人…営業とか、直接顔を合わせないとどうしようもない人はともかくとして、そうではない人は家にいても仕事ができる。

情報ではなく「もの」を相手にしていたとしても、時々成果物を提出すればいいことにして、在宅作業を増やせる。


そのようにすると、会社は大きなオフィスを維持する必要がなくなる。


家賃・土地代、さらにはオフィスの電気代などの光熱費、社員が集中することで社員食堂を用意しなくてはならない福利厚生費、社員に使わせるパソコンや机などの機材費…

その他、多くの出費を抑えられる。


「顔を合わせない」ことの効率の悪さがあったとしても、それを補って余りある節約効果がある。


これで、アメリカではテレワークが一気に広まった。


実は、会社がパソコンや光熱費に金を使わなくなった分、個人がパソコンを購入し、回線契約し、クーラーをつけて快適に仕事をしなくてはならない。

一極集中させればスケールメリットで安くできるところを、分散しているので効率が悪いともいえる。


でも、普段から趣味で良いパソコンを買い、速い回線を求めるような「技術者」にとっては、わざわざ仕事のために出費が必要、とは考えない。


それどころか、アメリカでは納税は個人で行うから、「趣味のもの」が「仕事のもの」に変わることで、必要経費となって税金が圧縮される。


何と言っても、快適な我が家から出なくてよいのだ。


会社では「眠いから昼寝」なんて許されないけど、自宅ならそれも可能。

依頼された仕事を、期日までにちゃんと仕上げれば何も問題はない。


会社側にも、労働者側にもテレワークのメリットがあった。




アメリカではいち早く普及したが、イギリスでは普及が遅かった。5年は遅れていた。

そこで、先に書いたように、ロンドンオリンピックに関連付けて、テレワークの導入が推進された。


…イギリスの事情は詳しくは知らないのだけど、それで定着したというのだから、成功だったのだろう。



そして、日本だ。5年遅れていたイギリスよりも、さらに8年送れている。

干支一回りしているのだから、周回遅れと言っていいだろう。


実のところ、これまでにも何度も、テレワークの推進策が取り入れられている。

でも、全く定着しないままここまで遅くなった。


技術的な問題ではない。今や多くの家で常時接続が普及しているし、パソコンだって普及している。

テレワークは「全員に」強要するものでもないので、技術が不得手な人間はやらなくてもいい。


それでも普及しない。

つまりは、日本人のメンタルに徹底的に合わないのだ。


でも、メンタルって、結局「理由はない」ってことだからね。

会社の人事部と総務部と技術部が面倒を背負い込む覚悟があれば、十分に導入できる。


たぶん、それこそが一番難しいことなのだろうけど。


#これらの部署は会社を回す屋台骨だと思うのだけど、事務仕事だと思われ、軽んじられている。

 十分な人員も配備されないので、面倒を背負い込むことなんてできない。




以前にも書いたのだけど、多分日本で一番テレワーク導入を難しくしているのは、「月給」という給与体系。


月給とは言っているけど、実際には時給で、1日の勤務ノルマがある。

勤務ノルマは、労働内容ではなく、時間だ。8時間会社にいればよい。


逆に言えば、有能な人でも仕事をさっさと終わらせて自由にすることができない。

それどころか、有能だから手が空いたら、別の仕事が持ち込まれる。


無能な奴の作業までやる羽目になって、給料は一緒。

だから、有能な人は「爪を隠す」必要がある。会社としては労働効率が上がらない。


労働効率が上がらないとわかっているから、残業することを前提に、基本給は低く抑えられている。

残業が前提なので、勤務時間管理が必須で、タイムカードを押す必要がある。



これがテレワークと恐ろしく相性が悪い。


基本給をあげ、残業せずとも残業代「以上」の給与が出るようにして、時間ではなく「労働内容」を重視しないといけない。


作業の目的を明確に与え、そのミッションをクリアすることで成功報酬を出す、という給与体系。

確実に作業が行われる前提なので、会社にとってもリスクが少ない。



そうなると、仕事さえできれば勤務時間は関係ない、という話になる。

ここに来てやっと、テレワークが可能になる。


アメリカでは元からそうした労働形態だし、イギリスでも同じようだ。

日本ではまだそうなっていない。…一部の企業はそうしているようだけど、多数派ではない。


ここら辺の話、以前に詳しく書いた





僕は自分でも勤務形態がよくわからないのだけど、まぁテレワークなのかな、と思う。


企業に雇用されているわけではない、フリーランスの立場だ。

でも、仕事を受けている間は密接に連絡を取り、与えられた「要求仕様」にかなうプログラムを作っている。


期日までにモノが完成すればよい。


この期日だって、無理難題を押し付けられるのではなく、合意のうえで決めている。

金銭面も含めてね。


だから、手に余ると思えばお断りすればいいし(報酬はなくなるが)、納期が短いと夜遅くまで作業したりもするが、その苦労に見合う報酬をいただければ問題はない。


仕事を自分でコントロールしている、ということ。


…と言うと、聞こえは格好いい。

大抵は、納期に間に合わなかったらどうしよう、と思いながら、頑張って前倒しで作る。

早く完成してしまわないと不安だからね。納期より早く完成して困ることは、なにもない。


だから、必要なら夜遅くまで作業するし、それで眠ければ昼寝する。

そういう「柔軟な生活」ができるのも、テレワークの良さだ。



昼寝していると、依頼主(そこそこ大きい会社)の副社長がいきなり電話かけてきて、ビビったりするけど。

直接の担当者は別にいるのだけど、副社長がフットワーク軽い人で、質問があると末端の技術者にも気軽に電話してくるのね。


その姿勢は嫌ではないのだけど、「みんなが働いているはずの時間」に昼寝している、テレワークの悪い面でもあります。




数時間後に追記


総務省・厚生労働省が作ったテレワーク推進企業ネットワークのページを見ると、テレワークの導入の問題を


・技術と、その技術を導入・運用するコストの問題

・見えない場所での勤務時間をどう管理するか


に分けて考えているようだ。


後者、このページに書いてある僕の主張とは異なるのだけど、日本で導入しようと思ったら、やっぱり勤務時間管理をしたくなってしまうのかもしれない。


でも、そもそも勤務時間で縛る日本の管理方法のままテレワークを導入しようとすると、面倒(コスト)ばかりが増えて、メリットがあまり得られないように思う。

(というか、アメリカで話題になった 2000年代後半には、日本でもこの方法で導入しようとした企業が結構あり、コストの増加に耐えかねてみんなやめてしまった。

 失敗に学ばなければ、同じことを繰り返すことになるだろう)



新聞などで見る限り、時間管理をやめて労働内容に対する報酬、という賃金体系に移行する会社も、大企業・中小企業問わずに出てきてはいるようだ。

でも、そうした企業は、わざわざ新聞報道されてしまう程度には珍しい。


労働方法に対する意識を変える、いい機会だと思うのだけどな。



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スプラトゥーン2 その後【日記 17/08/08】

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15年 マイコプラズマ肺炎


名前 内容

ルビク・エルネーの誕生日(1944)  2017-07-13 16:22:37  その他

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今日は、ルビク・エルネー(Rubik Ernő)の誕生日(1944)


ハンガリー語の名前よりも、英語表記の「エルノー・ルービック」のほうがわかりやすいかもしれません。

ルービック・キューブの発明者です。


彼は、彫刻家で建築家。

立体造形の専門家、と言ったほうが良いでしょうか。


大学で、立体造形の面白さを学生に伝えるべく教鞭をとっていました。


1974年、彼は、部品が固定されているわけではなく自由に稼働し、しかし全体としての構造は決して壊れない、という不思議な造形を作り出します。

全体としては立方体で、1つの面が縦横3つに分かれた9分割になっています。


彼はこれを「マジックキューブ」と名付け、学生に披露します。

多くの学生が、この不思議な造形に深い関心を示しました。



そこで彼は、この構造の特許を取り、プラスチックで大量生産できる形状に改良して、大量生産を試みます。




ところで、当時のハンガリーは共産主義の国です。


共産主義では、すべての経済は国によって統制されます。

どこの工場で、何をどれだけ生産するか、それをどれだけの価格で売り出すか、などは国が決めます。


ルービックは、国の計画にはない「新しいおもちゃ」を製造しようとしたわけで、なかなか協力してくれる工場は見つかりませんでした。



ただ、共産主義と言っても国ごとに体制はまちまちで、ハンガリーは比較的「管理の緩い」国でした。

全ての生産活動が国有なわけではなく、わずかとはいえ民間企業もありました。


ルービックも、最終的には製造工場を見つけ、1977年に「マジックキューブ」を発売しています。



以前書きましたが、共産主義国のソ連で生まれた「テトリス」が最初に市販されたのも、ハンガリーでした。

共産主義国でありながらソ連からの圧力に反発し、最終的にベルリンの壁の撤去や、ソ連崩壊を招いたのも、ハンガリーです。




1979年、マジックキューブが、ドイツのニュルンベルグで行われた、玩具展示会に出品されます。

ここでの展示は好評で、続けてロンドン・パリ・ニューヨークの展示会にも出品されます。


ここで、アメリカのおもちゃ会社が販売ライセンスを得ます。

この際に、「マジックキューブ」という凡庸な名前を変更しようと考えました。


複雑すぎて誰も解けない、という「ゴルディアスの結び目」や、貴重で高価な細工物を意味する「インカの黄金」など、いくつかの名称案があったと言います。

しかし、最終的には発明者の名前を冠した「ルービック・キューブ」となりました。


アメリカでの発売は 1980年5月。

日本でも7月には発売され、入手できないほどの大ブームを起こします。




日本発売以降は、知っている人が多いと思うので説明するまでもないでしょう。

以下は個人的な思い出。



入手困難なほど売れたので、偽物が出回りました。うちにあったのも偽物。


Wikipedia によれば「2月には海賊版が出回る」となっているのですが、購入したのは1月です。

祖父の急死で母の実家に行き、1月だったので集まった親戚からずいぶんお年玉をもらいました。

その帰りに駅ビルのおもちゃ屋で兄が見つけて購入したので、1月で間違いありません


その時点では、「偽物が出回っている」なんて知りませんでした。本物のつもりで買ったのです。


しばらく後に、20円のガチャガチャで、「6面完成法」を書いた小さな紙を売っていました。

あたりだと、20円ガチャのカプセルに入るサイズに小さく作った偽物のルービックキューブが入っているのだけど、この「完成法」も十分なあたりだった。

だって、家に誰も完成できないキューブ(偽物)が転がっているんだから。


#この紙、ある程度後期のルービックキューブ(公式)に付属していたものを、丸パクリして小さく印刷しただけのものだったらしい。

 著作権も何もあったもんじゃない、1980年代の話。



ルービックキューブに刺激され、立体パズルゲームが起きました。

うちの家族が面白がって買ってきたので、今でもいろいろ残っています。


3×3ではなく、2×2の構造のものを見つけ購入しました。

…が、これ、「真ん中の列がない」と考えると、ルービックキューブと同じアルゴリズムで解けてしまう。


4×4も、5×5もでました。

でも、これらもちょっと工夫すると、通常のルービックキューブと同じ状況に落とし込めるのですね。


結局、3×3は、シンプルでありながら十分複雑な構造を作っていたと判ります。




同じルービックさんの作品としては、ルービックスネークというのもありました。

正方形を分割した三角柱を回転する関節で繋いだ構造で、正解のある「パズル」ではなく、自由な形状を作って遊びます。


ルービックさんの意図としては、キューブも「いじっているだけで面白い構造」だったのですが、すでに完成させるパズルとしてヒットしています。

それに対し、スネークは正解がなかったため、あまり売れなかったように思います。


あと、ルービックマジック。

板が自由にパタパタと動くパズルなのだけど、発売されたころにはパズルブームも去っていたし、構造的にも子供が紙で作る工作に似ていた。

(子供の紙工作よりも自由度がずっと高いのだけど)


なので、これは僕は遊んでません。




現在は、6面完成にかかった時間を競う「スピードキューブ」という公式競技があります。

昔から速度競技はあったのだけど、今は電子的に時間を計測するので、1/1000 秒レベルで競われます。


…この計測機器、カップスタッキング用に開発された奴だよね、って以前から思ってました。

日本ではカップスタッキングがマイナーなので、すっかりスピードキューブ用の機器だと思われている気がする。


…いや、スピードキューブもマイナーか。

単に工夫したタイマーなので、真似したというより「使えるものだから使った」だけだと思うけど。




同時期に流行した他社製品。


「立体パズルが流行」ということで、工夫を凝らしたものがいろいろ発売されました。


結構類似アイディア多数だったのが、円筒形の上にスライドパズル(いわゆる15パズル)を作ったもの。

ピースは自由には動かず、円筒の長辺方向に動きます。

そして、分割された円筒を回転させることで、周方向にも動かせます。


…やってみるとわかるけど、結局スライドパズルです。

スライドパズルはもともと好きなので、見た目が変わっただけであまり面白いとは思わなかった。


立体でパズルなんだから、と、単に知恵の輪のリバイバルもあったように思います。

今でも売っている「キャストパズル」とか、いったんはこの頃に出てきたのではなかったかな。

(後に再ブームを起こしますが)



任天堂の「テンビリオン」。

これは、ヒットしました。ポストルービックキューブとしては本命だったのではないかと思います。

うちにもなぜか2個ありました。兄弟が多いので、「おもしろそう」で買ってきたのが重複したらしい。



これも、上に書いたような「円筒形スライドパズル」なのですが、一ひねりしています。

なので、あまりスライドパズルという感じはありません。


難易度は「スライドパズルだ」と気づけば難しくありませんが、ひねってあるので気付くまでは難しいです。

この絶妙の難易度が受けて、特にドイツで大ヒットだったそうです。




話はどんどん逸れますよ。

以下はルービックさんの話ではなく、ほとんど雑談。



ルービック・キューブの特許取得は 1975年。

でも、発売は 1977年だし、日本で知られるようになったのは 1980年。


これに対して、日本でも 1976年に同様のおもちゃを考案し、特許を出願している人がいます。

『サイコロ型回転式組合せ玩具』


上のリンクを見ると、出願が昭和 51年 = 1976年 とわかります。

公開番号、広告番号のリンクで、特許の概要もわかります。



今では、特許は「公知になっていない技術」にしか与えられません。

しかし、1976年当時では、外国の特許がある(つまり、技術が公知になっている)としても、十分に調査する技術もなく、また法律もそこまで求めていなかったため、特許が成立してしまうのです。


でも、公文書だからこそ、ルービック・キューブのほうが申請が速いとわかります。



そんなわけで、「大ヒットおもちゃを考案していたけど、わずかな時間差で泣いた人」として、この人がテレビ番組に出ていました。

たしか、「小川宏のなんでもカンでも!」という番組だったと思う。


そこで作成した実物も持ってきていたのですが…

発想としては同じなのですが、少し大きくて扱いづらそうなのと、6面に絵を貼っていて「絵合わせパズル」にしてしまっているのですね。



ルービックキューブの各面が「色」だけになっているのには意味があって、絵にすると理不尽な難易度になってしまうのです。

ピースの位置が正しかったとしても、中央のピースが「回転」してしまい、この制御がややこしいのですね。


#ルービックキューブの中央ピースに自分で印をつけて、その回転方向も正確に合わせる…という、あえて難易度を上げた遊びもあるそうです。



なので、ゲームとしてのルービック・キューブは本当によくできていたと思うのです。




ところで、ハンガリーの特許が先に成立していたとしても、国内は国内で特許が成立しています。

そして、特許は国ごとの決まりですから、成立した以上、この特許は有効です。


番組的には「わずかな時間差で泣いた」ことになっていたのですが、今の知識で考えると、それだけではなさそうです。



特許というのは、「見た目」ではなく「技術」に与えられるものです。


#見た目であれば意匠登録とかしないといけない


そして、この特許をよく読むと「球にビスで留める」という構造(技術)を、特許要件にしているのです。


ルービック・キューブを分解してみたことがある人ならわかりますが、中に球なんて入っていません。

なので、ルービック・キューブは、そもそもこの特許に抵触していません。



…書きすぎ特許ですね。

発明者が直接特許を書くと、構造を説明しようとして詳細に書きすぎてしまうことがあります。


その場合、構造を少し変えてやると、特許に抵触しなくなるのです。


#曲がるストローの話とか有名。

 蛇腹部分を「六角形に作る」と書いてしまったが、これは使いやすくするために、繊細な加工を工夫した部分だった。

 後から出てきた類似商品はそうした繊細加工が無く、みんな丸だったので使いにくいが、特許に抵触しなかった。





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別年同日の日記

07年 サーバー交換

12年 強力な武器

15年 【追悼】岩田聡さん(任天堂社長)

15年 収益を考える


名前 内容

セレンディピティ  2017-07-06 18:23:40  その他

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20世紀最後の年、2000年のノーベル賞受賞者は、日本人の白川英樹博士だった。


導電性高分子…電気を通すプラスチックの発見による受賞。


いきなりの余談なのだけど、会社の同僚で仲の良かった奴が、「なんでプラスチックに電気通したくらいでノーベル賞なの? 電気通したいなら金属使えばいいじゃん」と言っていた。


そこで、「プラスチックは透明だから、液晶ディスプレイが作れた」と言ったら、驚いた顔で無言になり、一瞬後に「その発明はノーベル賞もんだ!」と納得していた。


#いつの時代もそうだけど、日本でのノーベル賞の報道は、その受賞研究とかが紹介されず、交遊録とかばかり。

 だからその知人が不勉強だったわけではない。

 

 ちなみに、「ポリマー充電池」などもこの物質の応用で、軽くて自在な形にできるのでモバイル機器に活用されている。




さて、白川博士を紹介したいのではなくて、博士の受賞スピーチに出てきた「セレンディピティー」という言葉の話。


これ、博士のスピーチ以前は、日本人のほとんどが知らない単語だった。

当時、この耳慣れない言葉を、多くの新聞などで「セレンディップの三人の王子、という童話のように、思いがけない幸運に出会うことを意味する言葉」と解説していた。


今では、「セレンディピティー」という言葉を、多くの日本人が知っている。

でも、相変わらず、言葉の元となった童話がどんなものかは知らない。


どんなお話なのか気になっていた。

セレンディピティーという言葉は中世に作られたというような解説も読んだことがあったので、そのころのお話なのかな、とも。



先日、子供を図書館に連れて行ったとき、児童書のコーナーに「セレンディピティ物語 幸せを招ぶ三人の王子」という本を見つけた。


喜んで借りてきた。本の前書きにも、白川博士のスピーチの件が書かれている。


元は、5世紀ごろに成立したお話だそうだ。まだ日本が中国から「倭」と呼ばれていた時代。(倭の五王の時代)

童話というよりは民話だな。誰かが作ったものではなくて、自然発生的にまとまったお話。


セレンディップ、という国の三人の王子が主人公だけど、セレンディップというのは、セイロン、スリランカのその頃の名称だそうだ。


16世紀…大航海時代のさなかにはヨーロッパに物語が伝わり、イタリアで本として出版されている。

異国情緒あふれる物語として楽しまれたようだ。



そして18世紀、正確には 1754年に、イギリスの小説家が友人への手紙の中で「セレンディピティ」という造語を使っている。

子供の頃に読んだ、セレンディップの三人の王子にちなんだ造語だとして、その言葉の意味も定義している。


これが広まり、20世紀中ごろにはイギリスではよく使われる言葉になる。

その後徐々に世界に広がり、20世紀の最後の年に、やっと日本にも入ってきたというわけだ。




話を急に変えるのだけど、少し前に、インドネシアの影絵芝居を見た。


本来一晩中語り明かすことが多い物語で、ストーリー性よりも「一晩中語り続ける」ことが重視されている節がある。

影絵の人形を使ってはいるが、一人芝居。だから、思い付きで話は転がっていくし、いくらでも引き伸ばせる。

もっとも、大まかな骨子は決まっていて、驚きの展開とかにはならないので、見るほうも長い話の途中で寝ても大丈夫。


当然話はグダグダなのだけど、そんなことはどうでもいいのだ。

夜通し続けるような祝い事の席で、これも起きている人がいる限り、「にぎやかし」に上演を続ける、ということが重要なのだから。




で、「セレンディップの三人の王子」にも、同じような雰囲気を感じた。

スリランカからインドのあたりが舞台で、次の王位継承者にふさわしい人格を備えるために、王様の命令で旅に出た三人の王子が主人公。


一人は知恵者。一人は勇敢で、一人は工作技術に長けている。

三人が力を合わせながら難題を切り抜けていくのが見所。


旅の目的は「島の周りに生息する竜を退治する薬を手に入れるため」なのだけど、行く先々で様々な人に会う。

それらの人の悩みを解決するために走り回り、時には命を懸け、決して自分たちが王子だとは明かさない。


ピンチにあっても、ご都合主義的展開で必ず成功する。

そして、当初の予定になかった「すばらしいもの」が成功報酬としてついてくる。


隣国の傲慢な王様は、彼らの働きに改心したばかりか、是非妹と結婚してやってくれないか、と申し出る。

さらに隣国の女王は、国を襲う怪物を退治した彼らに結婚を申し込み、一緒に国を治めてほしいと頼む。


女王には生き別れの妹がいたが、傲慢な王様はそうとは知らずに、偶然会った彼女に恋していた。

行方知らずの妹を見つけ出し、王様に合わせるとともに、その生い立ち語りから女王の妹であるとも判明する。



結局、竜を退治する薬を見つける、という旅は失敗に終わっている。

でも、探索は失敗だけど、目的は果たす。


薬の秘密は仙人が知っているのだけど、彼らは仙人に礼儀を尽くし、無理に秘密を奪おうとはしなかった。

仙人はこれに感心したのか(彼は一切喋らないので理由は不明のままだけど)、仙人がいたるところに薬をまき、国は平和を取り戻す。



こうして旅は終わるのだけど、旅の最中に、王子であることを隠し、粗末な身なりをしていた彼らに優しくしてくれた女性がいた。

貧乏ではあるが、非常に聡明な女性。


王子の一人は、彼女に恋をし、身分を隠して彼女の元に通い、結婚の約束を取り付ける。

これで、主要な登場人物全員が結婚相手を見つけ、幸せになる。



旅の目的は失敗に終わるけど、そんなことよりも多くの幸せを見つけて結果オーライ。

…これが「セレンディピティ」という言葉の元となった物語の骨子だ。




なかなか面白かった。

ご都合主義とか、途中納得いかない部分もあるけれど、全員が幸せに終わる物語というのはいいもんだ。


五世紀に成立した話が今でも伝わっているというのだから、インド文化は懐が深いと思う。



ちなみに、読んだ本はアメリカ人が話をまとめて本として出版したのを、日本語訳したもの。

古いお話なので亜流は山ほどあると思うし、お話ごとに細かな部分は違うんじゃないかと思う。


先に書いたインドネシアの影絵といっしょで、骨子くらいしか決まってないんじゃないかな。



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別年同日の日記

14年 【訂正】NOP命令が作られた日


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当たる占いの作り方  2017-07-03 16:11:10  その他

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占い話の続きです。


最初に書いておくけど、僕は占いを否定しない。

読み進めると、占いを似非科学だと糾弾しているように見えるかもしれないけど、そうではないので落ち着いて最後まで読むように。


そして、これから書くことは「無粋」の一言に尽きるので、占い好きの人は読まないほうがいい。



一応自分のプロフィールを書いておけば、大ヒットした占いゲーム機のプログラマーだった。

(このサイト内で探せば、何のゲームかわかる。

 でも、あえてリンクしない。ここで名前を出せば、ゲームに関わった人に迷惑を掛けるから)


その後も、いくつかの占いゲーム機に関わったし、携帯コンテンツの占いで大ヒットしたコンテンツのプログラムをやった。

(こちらの名前は、まだこのサイト内で明らかにしていないので探しても無駄)


高校時代、興味があってタロットカードとかもやっていた。


占いそのものは好きだし、上に書いたように占いプログラムなんかも好き。

今でも、雑誌などの占いコーナーは楽しく読んでいる。




「当たるも八卦、当たらぬも八卦」という言葉がある。


八卦というのは、中国系の占いを貫く基礎概念で、ここでは「占い」の意味で使われている。

つまり、占いは当たったり外れたりする、ということ。


「占いなんてあてにならないから気にするな」という文脈で使われたりする。


でも、それはこの言葉の真意ではなくて、「占いと一括りにするが、占い師によって当たるものもあれば、当たらないものもある」が正しい意味だ。

良く当てる占い師は、本当に良く当てる。そして、ダメな占い師は全然当たらない。



占いというと未来のことを予想する技術だと思われがちなのだけど、もしそうであれば、「よく当てる」なんていうのはオカルトだ。

そんな技術はない、と断言できる。


良く当てる占い師というのは、そうではなくて「あたった」と思わせるのがうまいのだ。

占って欲しい人の心理を巧みに突いて、当たったと思わせる。これは心理学で、科学だ。似非科学ではない。


でも、当たらない占い師は、「占い」という似非科学を信じ、当たらないのは自分の占い技術が低いからだ、と、日々精進しようとする。

残念ながら、それではいつまでたっても当たらない。


結局、占いの世界でも、頭の良い人はうまくやるし、頭の悪い人はダメだという話。




占いっていうのはカウンセリング技術で、相談者を悩みから解放するためのものだ。

だから、相談者が納得して悩みから解放されるのであれば、その裏にどんな技術を使っていたってかまわない。


タロットカードとか、非常によくできていて、1枚のカードに2重3重に意味を持たせている。

有名な「死神」のカードであれば、死とか破局とか悪い意味だと思っている人が多いのだけど、


・死

・破局

・新たなる始まり

・再生

・収穫

・希望


…などなど、全く正反対とも言える意味を持たせてある。

(逆位置に、とかではなく、そのままで正反対の意味にできる)


その意味はちゃんと絵の中にもシンボルとして描かれているので、「ほら、ここを見て」と示して解説することで、信じてもらいやすい。


ホロスコープだってそうだし、手相だってそうだ。

1つのシンボルに対し、2重3重の意味がついていて、占い師の思うがままの意味を持たせることができる。


先に書いたように、この意味にとらわれすぎて、カードの意味をできるだけ解釈するような占い師はあたらない。

全部の意味を言ったら、答えがぼやけて何を言っているのかわからないし、そもそもあんなカードで未来がわかるはずがない。


良い占い師は、相手の心理を読み解いて、その人に適したアドバイスをするのだけど、その道具としてカードを使う。

伝えたい言葉に一番近い「意味」をクローズアップして見せて、この通りお告げにもあるから、あなたはこうすべきだ…と後押しする。



悩みっていうのは、大抵相談する時点で本人の答えは出ているのだけど、怖くて踏み出せないだけ。

それを「そういう運命だ」と示してあげれば、納得して一歩を踏み出せるし、実は本人が出した答えなので悪いことにはならない。




それなら精神科医のカウンセリングを受ければ、と思う人もいるかもしれないが、それではダメだ。

悩みを持っている人は、自分ではそれが「些細な悩み」だと思いたい。


だから、精神科医を訪ねる、というのは障壁が高すぎる。でも、悩みを打ち明けないと心が押しつぶされそう。

こういう隙間に現れて人助けをするのが占い師で、良い占い師は自分の仕事の価値をよく理解している。


#ちなみに、良い占い師なんて全体の1割もいない。

 占い師に限らず、精神科医だってそうだし、どんな世界でも良い人には巡り合いにくいものだ。




ところで、僕が作っていたような占いゲームでは、対面で仕事をする占い師のようなことはできない。

そこで、文章テクニックを駆使するわけだけだ。


占いゲームや、雑誌なんかの占い文章というのは、大雑把に言えば次の3つの部分からなっている。


・現状分析

・未来に起こること

・未来へのアドバイス


文字数の制約によっては現状分析は端折られる場合もあるけど、基本的にはこの3つをセットにする。


読む人は、現状分析をまず読み、自分に当てはまることを確認することで「この占いは信頼できそうだ」と判断する。

逆に言えば、現状分析さえ正しく当てていれば、占い全体を信用してもらえる。



現状分析の文面は、例えばこんな感じ。


・普段は見せませんが、あなたには非常にやさしい面があります。

・人知れず努力しているあなた。

・仲の良い友達といるとき、普段とは違う安らぎを感じませんか?

・今は離れているけど、懐かしい人に会いたいと思うときはありませんか?


人には知られていないけど、あなた自身の内面はこの通り、というような文面がいい。


上の文面はどれも、誰にでも当てはまるようなことしか書いていない。

でも、妙に具体的に言われると、「よくわかってくれている」って、多くの人が共感する。


これで共感を得てしまうと、「この占い、あたっている」という気分になる。

未来のことなんてその時点ではわからないし、本当に「未来」になるころには、占いの内容なんて忘れている。

だから、現状分析で共感を得れば、「当たる占い」という印象は強くなる。




とはいえ、占いだから未来予知は大切だ。

ここでも、同じように「誰にでも起きること」を書こう。



・今日の午後、知人が嬉しい話を持ってくるかもしれません。

・身近な誰かが、あなたの努力に気付いてくれそうです。

・残念ながら、今日は悲しいことが起きそうです。

・いつと違う道を通ると、なにか発見がありそう。


これも、なんでもいい。

大切なのは、誰にでも毎日起こっているようなことを、いかにもそれらしくいうこと。


違う道を通ったら何か発見があるのなんて当たり前だし、努力していればだれか気づくだろう。

1日の間にはいい話も、悪い話も持ち込まれるが、持ち込むのは大抵「知人」だ。



最初の現状分析は、妙に具体的にしたほうが「当たっている」感じがする。

だけど、未来予測はできるだけぼかす。ぼかしながらも、言い切ることでぼかしている感じを消す。


そうすると、何かあった時に、「あ、これが占いで言っていたことかな」って勝手に当てはめてくれる。




未来へのアドバイスは、未来予測をうけて、適当に当たり障りのないことを書く。


先に挙げた


・今日の午後、知人が嬉しい話を持ってくるかもしれません。


の後に書くのであれば


・でも気を付けて。まずは落ち着いて情報を集めてみましょう。

・知人と一緒に、ささやかなお祝いなどいかがでしょう?

・まずは話に乗ってみましょう。迷うのはその後で。


とか、なんでもいい。

なにか話を持ち込まれたときに、取るべきパターンを思うように並べておけば体裁が整う。


アドバイスなのだから、「未来予測」が当たった際に、次に取るべき行動…誰でも気軽にできることを書くのがコツ。

もちろん、誰でもとるような行動だから、「占い通りにしたらひどい目にあった」というようなことにはならない。




はい、これで占い文章一丁上がり。

「誰にでも当てはまる」ことしか書いていないのだから、確実に当たる。


ここまでの話で興味を持った人は、雑誌の占いコーナーなどで、「自分とは違う項目」の文面を読んでみるといい。

それでも当たる。だって当たることしか書いていないのだもの。



先の例は、最低限の短い文章だ。

雑誌に載せる占いコーナーなら、この程度の短さでもいいかもしれない。


占いゲームの場合、「文章を読む」のが楽しみの一つでもあるので、400字~1000字くらい欲しい。

こうした肉付けは文章力が物を言う。方針はわかったのだから、後は書くだけ。



あとは、この文章をたくさん…雑誌に載せる星座占いなら12個、占いゲームなら…そうだな、1000種類くらい用意しようか。

ゲームの中に「占いのジャンル」(総合運、恋愛運、金運…など)があるなら、それぞれに1000種類。


100種類くらいだと、毎日占っていると1か月程度ですぐに「同じ文章」に遭遇することになる。

同じことばっかり言っている占いでは、すぐに信憑性が落ちてしまう。


1000種類くらいあれば、同じ文章が出るころまでには、それが同じ文章であることも忘れてしまっているだろう。


占い師の本当のすごさっていうのは、占いの技を習得しているとかではなくて、こういう文章をたくさん書けることだと思う。

(星座占いだって、毎日12種類、何年も書き続けるような人がいる。すごいと思う)




占いゲームが、こうした文面をランダムに出しているだけだと思われるのもどうかと思うので、もう少し書いておこう。


先に書いたように、占い師は相談者にとって最も良いと思うアドバイスをする。

とはいえ、多くの占いには「占い手順」があって、そのアルゴリズムに従えば、コンピューターでも「それっぽく」結果を出すことができる。


中には「霊感占い」とか「水晶玉占い」のように、アルゴリズムが定まらないものもある。

そういうものは、占いゲームの対象にはできない。


#オーラ写真、という霊感に近い分野を扱った占いゲーム機はあったけど、あれはあれでアルゴリズムがある。



さて、アルゴリズムがあるのであれば、それを忠実にプログラムするのがプログラマの務めだと思う。


たとえゲーム機と言えども、占いをする人は真剣な悩みを抱えているかもしれない。

それに対しては誠実に向き合わなくてはならない。「ランダムでいいや」なんて態度は真摯でないと思うのだ。


…まぁ、これは僕の考え。世の中には「ランダムでいいや」な占いゲームだってあるかもしれない。

僕はいくつかの占いゲームに関わったが、そのすべてで真面目にプログラムを作成した。


でも、先に書いた通り、文章はどれを見たって当たるようにできている。


実際、僕は関わっていないのだが、先輩が作った占いゲームの実装ミスが発覚したことがある。


詳細は書かないが、発売後数年たってから本職の占い師の方がたまたまあそんで、画面表示がおかしいことに気付いたのだ。


#ゲームにはちゃんと占い師さんの監修があったのだけど、その方はアルゴリズム発案と文面作成が主な仕事だったので、完成後のチェックは甘かったようだ。


気付いた方が親切に手紙をくださり、アルゴリズム実装ミスが発覚したので慌てて修正、新規 ROM を全国の店舗に送って差し替えた。


でも、この数年誰も間違いに気づかなかったし、「よく当たる占い」と評判だった。

極論すればランダムでも当たっただろう。それでも、修正版 ROM は作られたし、差し替えられるのだ。


当たった、と感じるのは、結局占いの技術ではなく、相談者の気持ちの問題だから。

その気持ちを裏切るようなことをしていれば、いつか「当たる」という評価を頂けなくなる。


だから、たとえバグが占いの精度に関係ないとしても、バグを修正して、より「当たる」ように心がけるのだ。



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当たる占いの作り方【日記 17/07/03】

血液型別性格診断【日記 17/07/03】

別年同日の日記

02年 帰ってきました

13年 TX-0エミュレータ進捗


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血液型別性格診断  2017-07-03 13:15:47  その他

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先日、ラジオを聴いていたら「ブラハラ」という単語が出てきた。

何かと思えば、ブラッド・ハラスメントの略語で、「君はA型だから、こういう仕事は向いてないでしょ」みたいに血液型で性格を決めつけられてしまうことらしい。



そういえば、以前に聞いた話。

どこだったか国立大学の教授が、授業中に「血液型の性格診断には根拠がない」ということを何気なく話したら、信じていたのにショックだ、という学生が過半数だったそうだ。


国立大学だから、それなりに頭が良い人が揃っている。

それでも、血液型で性格が決まると信じてしまっているのが過半数。


この事実に、大学教授はショックを受けたらしい。



そのことの善し悪しを言いたいのではない。

「非科学的」なんて言ったところで、信じている人が多いという事実は変えられない。


ただ、ここでは「なんでそんなことになったのか」をギリギリ知っている世代として、記録を残しておかないといけない、と思ったのだ。




「もはや戦後ではない」が流行語になったのが、1956年。

この頃が、後の世にいう「高度経済成長」の始まりの時期で、その後 20年にわたり経済成長が続く。


1960年代の後半には、多くの人が豊かになった。

しかしその一方で、物質的な豊かさだけでいいのか、という自省が広がっていた。


この時代を背景に広がったのが「占いブーム」。

科学では測りきれない何かがあるのではないか、と皆が期待して、様々な「占い」がもてはやされる。


団塊の世代が20歳くらい…多感な年ごろだ。

多くの人が、こうした「占い」を本気で信じ、世の中には科学ではわからないことがある、と科学を否定した。

否定することがかっこいい時代だった。


この世代は、科学や客観的データを否定し、精神世界…変な迷信に入っていくことが「かっこいい」と思っている人が多い。

ついでに言うと、仲間を作るのが好きでもある。自分の価値観を周囲に押し付けてくる。


学生運動とかも含めて、青春時代に、世間がそういう空気だったのだから仕方がない。


もちろん、多くの人はその後大人になるにつれて世の中を知り、自省しているのだけど、今でも考え方を変えない人は「老害」と呼ばれている。



#余談:日本では、世の中の変わり目には占いが流行しやすい、という素地はある。

 幕末だって、明治時代だって、占いのブームはあった。

 だから、この時だけが特別だったわけでもない。




別に老害の話をしたいのではなくて、1960年代末に占いブームがあり、姓名判断とか、筆跡判断とか、印章判断とか、六曜占いとか、九星気学とか、四柱推命とか‥‥

まぁ、ともかくいろんな占い本が出た。「自分で占える」という本がブームの中心だった。


占い、とひとくくりにされるのだけど、「性格診断」の側面が大きかったのも特徴の一つ。


先に書いたように、精神世界に入っていくのがこの頃のブームの特徴だから。

自分はこういう性格、というのを診断して、「類型」がわかることで安心しようとする。


今でも、自分をどこかの枠に当てはめて安心する人、いるよね。


ちなみに、「精神世界」の方向は、1970年代には超能力とかUFOとか「ノストラダムスの大予言」のオカルトブームに繋がっていく。


このノストラダムスの大予言が「1999年に世界が滅亡する」と広めたのが 20年たって本気で信じられてしまい、1990年代後半にはカルト宗教ブームとなってオウム真理教のサリン(毒ガス)テロ事件へと突き進む。



上の例では、六曜占いも入れてあるけど、「結婚式をするなら大安吉日」とか、この頃のブームの影響ね。

六曜自体はそれ以前からあるけど、あれは旧暦を使うことが強制的に廃止されたときに、何とかして旧暦を知ろうとする庶民の知恵で広まったもので、「占い」ではなかった。


#平安時代までさかのぼれば占いなのだけど、それだって今とは違うものだ。



青春の頃は他人に影響されやすく、それは知識を吸収しやすいという良さでもあるのだけど、悪いものに取りつかれやすくもある。

1960年代に急に言い出されたものが、そのころ青春時代を過ごした人が「ずっと昔からそうなっている」と信じたものだから、今でも「大安吉日」とかに振り回されて辟易する人がいる。




血液型占いもこの頃に出てきたもので、「占い」の一種に過ぎない。

具体的にいえば、1971年に出版された「血液型でわかる相性 伸ばす相手、こわす相手」という本だ。



ただ、血液型占いは他とはちょっと違っていた。


血液型によって性格が決まる、という、科学的にありそうな「似非科学」を持ち出したのが1点。

(血液型が発見されたのは 1900年。

 これが人格などにも影響があるのではないか、という研究を日本人が行い、1932年に発表されている。

 この時点では「科学」だった。

 しかし、その後追試が行われ、1934年頃には完全に否定され「似非科学」になっている)


もうひとつ、他の占いが細かく分類し、複雑化することで信憑性を増そうとしていたのに、たった4つのタイプしかない判り易さが1点。


この特徴が他のものと違っていたものだから、「占いブーム」の終焉を乗り越えて、1980年代に再びブームを起こした。

(上の本の著者が死んで、真似た本を書きやすくなったという理由もあったようだ)




1980年代後半は、経済発展によって「物質的な豊かさ」が極まっていて、ろくに仕事をしない社員でも会社は雇っている余裕があった。


結構後(1996年)になるけど、ヒット曲に「渋谷で5時」がある。これ、1980年代の雰囲気がまだ残っている歌だ。

5時前に仕事をやめて帰ってしまっても問題なかった。「働かない」ことを自慢した時代。


#その一方で、仕事が忙しくて寝る時間もない、という不健康自慢をする人もいた時代だけど。



「合コン」がブームになり、初めてあった人とでも、とりあえず30分盛り上がれる話の類型、というのが好まれた。


「10回クイズ」とか「王様ゲーム」とかだけど、「血液型性格診断」というのもそうした話題の一つ。


1971年の本は、本としての体裁を整えるために、たった4種類でもそれなりの「深みのある」考察をしていた。

でも、ここでの血液型診断は、合コンの初めに5分程度で盛り上がるためのもの。

だから、非常に薄っぺらい。「A型はやたら細かい」とか「O型はおおざっぱ」で終わり。


嘉門達夫が、「血液型別ハンバーガーショップ」を歌ったのは 1991年。


この歌の中でも「たった4種類に分類されるわけない」と歌っている。

多くの人が、血液型診断を知っていながら、「そんなわけない」と心の中で突っ込みを入れ、でも話のマクラとしては使っていた。


だから、この歌がギャグとして成立する。




でも、先に書いたように、「青春時代に刷り込まれたもの」は妄信しやすい。

1990年代に青春時代だった…いま40代後半くらいになると、本気で血液型占いを信じている人がいる。まぁ、あまり多くはないのだけど。


いや、血液型占いは、その後独り歩きして「占い」ではない似非科学になった。


そして、生まれた時から血液型占いが存在していた、今の20代くらいになると、半数近くが信じている。

これが、冒頭に挙げた大学教授の話になる。



先に書いたように、1930年代にはすでに「似非科学」になっている。

だから多くの学者は取り合わないのだけど、あまりにも多くの人が信じているという弊害を見過ごせず、今でも検証実験が行われる。


もちろん、最新の論文でも「性格と血液型に相関は見られない」そうだ。


でも、こうしたデータはわかりきっていることで、「面白くない」から、あまり大きく取り上げられない。

その結果、血液型性格診断が似非科学だ、と知らない人が増え、悪循環となる。




最初に書いたのだけど、血液型占いを信じることの善し悪しを言いたいのではない。


ただ、似非科学ってこうやってひろまるんだなぁと、興味深い事例として知っておいてもらうといい。


六曜だって、たった 20年程度で「ずっと昔の伝統」だと思われたし、血液型占いも 20年程度で本気で信じられるようになった。



この後の動きも大体わかっていて、否定意見が徐々に浸透して廃れていく。

だけど、それは若い世代が正しい認識に至るだけで、今信じている世代が考えを変えるわけではない。


つまりは、新しい時代の「老害」だ。害をなす主役は、今の大学生あたりの世代だろうね。




とりあえず血液型占いをサンプルに、その登場から普及までを書いたら、それなりの行数になってしまった。


もう一つ、血液型占いが広まる上で非常に重要だった「確実に当たる占い」の話を書きたい。


血液型占いがこんなに普及してしまったのは、ちゃんと「当たっているから」だ。

似非科学だけど、ちゃんと当たる。そこにはカラクリがある。


でも、それはまた別記事で


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当たる占いの作り方【日記 17/07/03】

血液型別性格診断【日記 17/07/03】

別年同日の日記

02年 帰ってきました

13年 TX-0エミュレータ進捗


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アメリカが日本製のパソコンに100%関税をかけた日(1987)  2017-04-17 18:44:55  その他

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今日は、アメリカが日本製のパソコンに、100%の関税をかけた日(1987)


話は 1970年前後から始まります。


1960年代、コンピューターのメモリと言えば、コアメモリが「あたりまえ」でした。


しかし、コアメモリは小さなビーズを編んで作るもので、ほぼ手作業で作られていました。

大量生産に限界がありますし、手先の器用な日本人が作るものが多く、輸入コストなども考えるとアメリカでは値段が高くなってしまう。


そこで、当時新しく出てきた「集積回路」の技術を使い、メモリを作ろうとしたベンチャー企業がありました。

インテルです。


1969年には、世界初の SRAM を発売。

コアメモリと違い、電源を切ると内容が消えてしまいますが、コアメモリと同じ感覚で使用できるメモリでした。


1970年には、世界初の DRAM を発売。

通電していても、ほおっておくと内容が消えてしまいます。

メモリとして動かすには「リフレッシュ」と呼ばれる動作が必要でした。

しかし、その代わりに非常に安く、値段的にコアメモリよりも優位に立ちます。



これを機に、コアメモリは急激にシェアを落とし、半導体メモリの時代に切り替わります。


さらに翌 1971年、世界初の CPU 、4004 を発売。

そもそもインテルはメモリ作成を目指したベンチャー企業でしたが、この後は CPU の開発に力を入れていきます。




CPU は非常に複雑な部品で、制作にはノウハウが必要でした。

しかし、メモリは比較的簡単に作れる製品でした。


そのため、インテル以外にも半導体メモリの制作会社が乱立します。

そして、その波は日本にも達しました。


日本の産業は「改良」が得意です。

DRAM と SRAM という、基本原理のしっかり定まったメモリを真似し、高品質のものを量産し始めるのに時間はかかりませんでした。



1970年代の末期には、日本製のメモリは安くて品質が良く、アメリカ製のメモリよりも世界的なシェアで優っていました。

これには、未来の主幹産業として政府が補助金などを出し、国内で半導体産業が育つように保護し、輸出などを後押しした効果もありました。


1978年、当時の総理大臣である福田赳夫が訪米した際、アメリカの半導体メーカーから、日本製の半導体業界の形態に対して陳情が行われます。

企業間の競争なのに、政府が日本企業だけを保護するのはおかしい。

アメリカ企業が売り込もうにも、日本国内の流通業者に政府の圧力があり、国外製品を扱おうとしない。

値段も安いが、補助金があるからつけられる値段で、ダンピング(不当廉売)にあたる…などなど。


ある程度は耳の痛い事実でした。

国内産業の育成はそれぞれの国の内政問題なので、他国からの口出しは無用です。

しかし、それによって企業間の競争がそがれているとすれば、法の下の平等に反してしまうのです。


同時に、コンピューターがまだ国防上重要だった時代。

こうしたコンピューターの基幹部品を日本のものに抑えられてしまうのは、アメリカ政府としても黙っていられませんでした。



こうした事情もあり、幾度となく日米間で話し合いが行われ、1986年には「日米半導体協定」が出来上がります。

協定の詳細は日米間のトップシークレットであり極秘とされましたが、国内の半導体市場を開放する代わりに、アメリカが日本の内政に干渉するのもやめる、という筋の合意でした。




しかし翌 1987年の 4月 17日…つまり今日、アメリカは半導体など3品目の日本からの輸入品について、100% の関税をかけることを発表します。


100% の関税、ということは、輸出品の値段がいきなり2倍になってしまうということです。

価格競争力は失われ、事実上の「輸入禁止」となります。


アメリカには、諸外国との貿易に関する法律として「通商法」と呼ばれるものがあります。

貿易は国際間のものですから、貿易相手はアメリカのこの法律を守らなくてはなりません。


そして、この中に 301条という項目があります。

アメリカ大統領直属の「通商代表」は、不公正な貿易が行われていると判断した際、独自の判断で関税率などを変更することができます。


どのような判断でそうしたかを公表する必要はありますが、異議申し立てを取り合う必要はありません。

また、判断の元となった貿易品目と、措置を行う品目が一致する必要もありません。



このときは、理由は「日米半導体協定に違反し、日本から輸出される半導体のダンピングが続いている」でした、

先に3品目と書きましたが、半導体製品と、電動工具、カラーテレビが対象でした。

カラーテレビなどはアメリカでも日本製が人気がありましたから、主要輸出品を「人質」にとって、早期解決を求めた形です。




アメリカはダンピングと断定しましたが、この頃実際に RAM が急に安くなっています。


ファミコンの発売が 1983年。

それまでゲームを遊ぼうと思ったらパソコンが必要でした。


当時のパソコンには 32~ 128K 程度(VRAM 含む)の RAM が搭載されています。

でも、ファミコンは 4K で十分なゲームが遊べました。

そしてファミコンは大ヒットしました。


需要を見越していたメモリが、結果的にだぶつきます。

これでメモリの値段は安くなりました。



1986年には、松下とソニーから、3万円の MSX2 も発売されています。

192Kbyte のメモリを搭載していました。急激にメモリが安くなったから作れた機械でもあります。

でも、この頃から安くなったメモリをふんだんに使った製品が出始め、今度は量産効果でメモリが安くなりました。



こうした流れは日本独自のものだったことに注意が必要です。


RAM 以外にも、ロジック IC なども日本製が強くなっていました。

何よりも、同じものを高品質に作り続ける、というだけであれば、日本はまだアメリカよりも人件費が安かった時代です。

安いのは決してダンピングなどが理由ではありません。



Intel は理解していました。

だから、RAM よりも CPU に力を入れていたんです。


でも、そうした独自製品を持たない半導体企業は数多くありましたし、事実問題として、半導体産業の保護は、アメリカにとって国防に関わる問題でした。




しかし、この措置には思わぬところから横やりが入ります。


半導体の「製造企業」は政府に圧力をかけて日本からの関税を引き上げさせたのでしょうが、それによって打撃を受けたのは、半導体を「使用する」アメリカ企業でした。

特に、家電品などで使われていた液晶パネルなどは日本製以外に供給元が無く、日本からの輸入が止まると製造ができなくなってしまうのです。



日本からの「ダンピングなど行っていない」という強い陳情もあり、2か月後にはこの制裁関税を解除しています。



しかし、これは後に言う「日米半導体摩擦」の始まりにすぎませんでした。


1989年には、日本独自に開発していた OS である、TRON OS がやり玉に挙げられ、事実上潰されています。

(これは、MS-DOS の強力なライバルになりそうだから、マイクロソフトの代表として西和彦氏がアメリカ政府に陳情したのだそうです)


1992年には、最大の山場となります。

アメリカとの協定により「外国製半導体のシェア目標」が課され、日本企業がどんなに頑張っても、普及「させてはいけない」足枷となるのです。


そして、この後は中国、韓国、台湾などが力をつけ、日本の半導体業界も斜陽産業となっていくのです。




今、その中国に対し、再びアメリカが強硬姿勢で臨もうとしています。



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別年同日の日記

02年 4/17


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ルータ交換  2017-04-03 10:31:28  その他

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ルータ交換

先日ルータ不調で新しいルータへの更新準備をしている、ということを書いた。

で、無事交換できた。


新しいルータは、tp-link AC1200。


今まで使っていた V120 は、ルータこそ 1Gbps にも対応していたが、イーサポートは 100M にしか対応していなかった。

「複数のポートから、同時に合計 100M を超えるデータ送受信があっても遅くならない」というメリットはあるが、そんなことはめったにあるもんじゃない。


新しいルータは、イーサポートも 1Gbps に対応している。

早速性能を測ってみよう。




一応、事前に V120 での性能を測っておいた。

以前の状態がわからなくては、改善状況もわからないからね。


速度計測サイトはいろいろあるのだけど、いくつか試して速度が「速い」場所を選ぶことにした。

というのも、有名すぎる速度計測サイトだと、そのサイト自体が重くなっていて、回線速度ではなく「相手のサイトの速度」を測ることになってしまうためだ。


また、自分から相手サイトの間のどこかに遅い部分がある、という可能性もある。

以下の情報は、万人に適用されるものではなく、あくまでも僕の環境に過ぎないことに注意。



いくつかのサイトを試し、SPEED TEST を信頼することにする。

一応、事前・事後とも測定は複数サイトで行ったが、ここに書く情報として絞り込んだ、という意味だ。



SPEED TEST は、世界中にある相手サーバーのうち、比較的近いものを自動的に選んでくれる。

自分で相手を選ぶこともできる。このため、いくつか試すことで純粋に「回線速度」を調べられる。


また、ping 反応速度、アップロード速度、ダウンロード速度を測れる。



ルーター交換前、V120 では、ダウンロード 58Mbps 、アップロード 94Mbps 程度だった。




ルーター交換は少しトラブルがあった。


用意周到にやったはずだが、SMTP や DNS は外から見られるにも関わらず、HTTP が見られない。

いや、HTTP ではなく、8080 なら見られるのに 80 は見られない。特定ポートだけおかしい。


ポート転送の設定が間違えているのかと見直しても、おかしくない。

散々調べ、SPI ファイアーウォール機能が邪魔をしている、と判明。


そこで、この機能は停止することにした。



しかし、このトラブル以外は順調。

心配していた「固定 IP が変わってしまう」こともなかった。


#使用しているプロバイダでは、固定 IP を「ベストエフォートサービスとして」提供している。

 具体的には、一度切断しても、1ヵ月以内程度なら、再接続した場合に同じ IP アドレスになる。

 ただ、この認証がプロバイダの「アカウント」ベースなのか、接続機器の「MACアドレス」ベースなのかが不明だった。

 機器を変えても同じアドレスになったので、アカウントベースだったようだ。





さて、速度測定。

ダウンロード 94Mbps 、アップロード 94Mbps …


あれぇ? 確かに速度は上がっているが、100Mbps で頭打ちになっている感じがある。

どこかがおかしい。


家の中のハブは、すでに 1Gbps 製品で揃えられている。

なのに、なぜ 100Mbps で頭打ちになるのか。


ハブのステータス LED を追いかけてみる。

PC に一番近いハブは、ちゃんと 1Gbps で処理している。

それを受け取る、サーバルームのハブも 1Gbps だ。


でも、そのハブと、肝心のルータを繋ぐ部分が 100Mbps になっているのを発見。

イーサネットケーブルを見たら、CATEGORY 5 と書かれている。


これ、100Mbps までのイーサネットで使用される古い規格ね。

新しいルータを接続するときに、余っていたケーブルをつかったら規格が古かったらしい。


古いルータに、CATEGORY 5e ケーブルが刺さっていた。

(入れ替えをスムーズに行うため、ハブ側の差し替えだけ行った)


そこで、ケーブルを入れ替える。



再度速度測定。

ダウンロード 395Mbps 、アップロード 542Mbps だった。

うん、ルーターを変えた価値がある速度になった。




おまけ:

冒頭に挙げた写真は、AC1200 についてきた「豆本」。

表紙込みで 52 ページの小冊子で、GPL … GNU General Public License の Version 1, 2, 2.1, 3 が掲載されている。


同時に買った IP 電話アダプタは、GPL v2 の書かれた紙が1枚入っているだけだった。

(こちらは、マニュアルも何もない)


GPL なんて紙一枚で済ます方が普通、場合によっては画面表示されたメニュー内のどこかに隠されているだけ、なんて場合も多いので、豆本になっているのにちょっと驚いた。



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別年同日の日記

05年 引越し準備

11年 停電・節電

15年 ベーマガの影響

15年 ゲーム業界に進んだ理由

15年 横スクロールゲームに右向きが多い理由


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早口言葉  2017-02-23 14:16:06  その他

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次女が小学校の課題で、「早口言葉教えて」と言ってきた。

長男、長女も国語でやった「言葉遊び」の単元なんだけど、上の子たちはそんなこと聞いてこなかった。


でも、次女の先生は「早口言葉を知っている人がいたら聞いてくるように」と宿題(?)を出したらしい。




当WEBサイトではコンピューターやテレビゲームの話が多いのだけど、僕はゲーム全般が好きだし、ゲームに限らず「遊び」が好きだ。


言葉遊びももちろん好きで、WEBサイト作成初期には「言葉遊び」のコーナーを作ろうと思ったくらいだ。


だけど、言葉遊びって、せいぜいが集めて列記する程度で、それを面白いと感じるかどうかは個人のセンスによるものになってしまう。

それは誰にでもできることで、「僕」がやる必要はない。


やるなら、その言葉遊びがどう面白いのか、どこら辺に鑑賞ポイントがあるのか…など、踏み込んで解説したかった。

ただ何となく面白いと思う、というポエムから、誰もが納得できる科学的解説へ。

それなら、わざわざ書く理由がある。



でも、これも、しばらく考えていたらある程度の「類型」が見えてきた。

つまり、類型ごとに解説したらおしまいになってしまい、わざわざ「コーナー」を設けても、わずかなページ数で終わってしまう。

そんなわけで、言葉遊びコーナーは作らなかった。




さて、そんなわけで、いい機会なので早口言葉をある程度解説しながら書いていこうと思う。


おそらく、中には「著作権のある早口言葉」もあると思うのだけど、僕が記憶している形で書くので、申し訳ないのだけど出典を示せない。

もしご存知の方がいたら指摘してほしい。



まず、前説から。


早口言葉の意義から言えば「言いにくい」ことが大切だとは思う。

だけど、それだけで早口言葉とするのは、僕個人としては好きではない。


言葉遊びなのだから、「遊び」の部分が欲しい。

言いにくいだけでは、活舌をよくするための練習文句なだけで、実用性一辺倒な気がするから。


ただ難しい言い回しを集めただけではなく、全体に文章になっていたり、ストーリー性を感じられるとより良い、と思う。

言いにくい言葉でストーリーを作るなんて言うのは、ある種のダブルミーニングであり、作者のセンスを感じられる。




§破裂音を活かしたもの


口から息を吐きだしながらも、口腔内のどこかで空気をふさぎ、圧が高まったところで開放することで音を出す。

こうして作られる子音を「破裂音」と呼ぶ。


「た」行の子音 t は、舌の先を歯茎に押し当てて空気をふさぐことから「無声歯茎破裂音」と呼ぶ。

「か」行の子音 k は、舌の根本を上あごの喉の付近の柔らかい部分(軟口蓋)に押し当てて空気をふさぐことから「無声軟口蓋破裂音」と呼ぶ。


舌の先と元の部位で、「圧に耐える」程度のしっかりとした力で、似て非なる動きをしないといけないので、交互に並べられると発声が難しい。

ここに「母音」を示すための口の形をコロコロと変えてやると、舌も口の形も忙しいことになり、かなり難度の高い早口言葉になる。


隣の 竹垣に 竹 立てかけたのは 竹 立てかけたかったから 竹 立てかけたのです

(となりの たけがきに たけ たてかけたのは たけ たてかけたかったから たけ たてかけたのです)


古くから知られる早口なのだけど、長い時代を生き残るだけある傑作だと思う。


竹立てかけた (take tate kake ta) は、子音 t k と母音 a e の組み合わせを変えながら畳みかけるフレーズになっている。

これを中心に文章を組み立てながら、全体として「自分のしたことを言い訳している」ようなストーリーを作り出している。



神田鍛冶町 角の乾物屋で 買った勝栗 固くて噛めない 返しに行こう

(かんだかじちょう かどのかんぶつやで かったかちぐり かたくてかめない かえしにいこう)


こちらも同じように、k の音を中心にまとめてある。

でも、t の畳みかけのような「攻撃」はなく、早口言葉としての難易度も低め。


でも、こちらの楽しさは、フレーズのアタマが「か」で揃えられていることだろう。

非常に調子が良くて、言っていて楽しい。


ちなみに、最後を「返しに行こう」で終わらせずに、


「返しに行ったら 勘兵衛のカミさん 帰ってきて カリカリ噛んだら カリカリ噛めた」


というのも聞いたことがある。


勘兵衛って急に登場した人物が何者かわからないし、「カリカリ」に至っては無理やり「か」の多い音を集めただけにも思える。

そんなわけで、後半のこの部分があると、かえって言葉遊びの面白さを失っている気がする。


僕としては、「返しに行こう」で終わるほうが好き。



隣の客は よく柿食う客だ 客が柿食や 飛脚も柿食う 飛脚が柿食や 客も柿食う 客も飛脚も 柿食う 客飛脚

(となりのきゃくは よくかきくうきゃくだ きゃくがかきくや ひきゃくもかきくう ひきゃくがかきくや きゃくもかきくう きゃくもひきゃくも かきくう きゃくひきゃく)


最初の2フレーズで終わっているのが普通だと思うのだけど、「飛脚」の乱入によって急に難易度が増す。


もっとも、いたずらに引き伸ばしているだけの感じもしなくはない。

早口言葉は「言いにくい」ことが面白いのであって、言えない場合に「長すぎて覚えられない」という別の理由があるのは美しくない。



東京 特許 許可局

(とうきょう とっきょ きょかきょく)


これも有名なもの。短いのだけどよくできている。


先に書いた「長すぎて覚えられない」とは言わせない。

それでいて十分言いにくいし、言葉としても非常に自然なものだ。


もっとも、「特許庁」は存在するが「許可局」というものはないし、「東京」のように地域ごとの機関もない。

それでも「ありそう」な言葉だから面白みがあるのだけど。



さらに続けて「局長 今日 急遽 休暇許可 却下」と続けるのを見たことがある。


これもよくできているが、「東京特許~」に関しては、シンプルなのに十分難しいことも評価ポイントだと思うので、個人的には短い方が好き。



空虚な 九州空港 究極 高級 旅客機

(くうきょな きゅうしゅうくうこう きゅうきょく こうきゅう りょかくき)


今から 30年近く前だったと思うのだけど、深夜のラジオ番組で、新作早口言葉を募集したらしい。

毎週リスナーからのハガキが寄せられ、DJが一生懸命早口を読み上げる。


僕はそのラジオ番組を聞いていないのだけど、秀逸な「新作早口言葉」も生まれている、ということが新聞のラジオ・テレビ欄の囲み記事になっていた。

そこで紹介されていたものが、上の早口言葉。


だから、これを考えた人か、ラジオ番組が著作権を持っていると思う。



バックグラウンドまで説明すると、当時は「九州に国際空港を作ろう」という計画があった。

それを取り入れた時事ネタでもある。


ちなみに、ラテ欄の記事でもう一つ覚えているのは「ゴルバチョフ書記長の子 子ゴルバチョフ書記長」というものだ。

こちらも時事ネタ。




§摩擦音を活かしたもの


口から息を吐く際に、空気の流れる部分を非常に狭くしてやると、流れる空気と周囲との摩擦によって音が出る。

これを摩擦音という。


さ行の子音「s」は、舌の先と歯茎の間にわずかな隙間を作って発声することから「無声歯茎摩擦音」と呼ぶ。


日本語では子音の後には基本的に母音が来るため、さ行の発音の際には、「わずかな隙間」を作った後に、母音の発生のために「解放する」必要がある。

さ行の音が連続すると、わずかな隙間…塞ぎすぎても、開きすぎてもダメだという難しい舌の位置を繰り返し作らなくてはならなくなるため、発声が難しくなる。



新春 シャンソン歌手 山村 シャンソンショー

(しんしゅん しゃんそんかしゅ さんそん しゃんそんしょー)


短いフレーズだけど、よくできた早口言葉だと思う。

摩擦音に加え、「ん」という鼻音を混ぜている。


鼻音は鼻に息を抜くことで出す音なので、口で出す摩擦音の s と合わせると、空気の流れの制御がややこしくなる。

(実際には、ややこしすぎるため鼻に息を抜ききらず、喉の奥で空気を止めるくらいで発音することになる)


「山村」を入れずに「新進シャンソン歌手」にしたり、いろいろなバリエーションがあるのだけど、シャンソン歌手がショーを行う、というストーリー性がある。



猪鍋 猪汁 猪丼 獅子シチュー 以上 猪試食 審査委員 試食済み 新案 猪食 七種中の 四種

(ししなべ ししじる ししどん しししちゅー いじょう ししししょく しんさいいん ししょくずみ しんあん しししょく しちしゅちゅうの ししゅ)


僕個人としては、最高傑作だと思っている早口言葉。と言っても難易度はそれほど高くない。

「七種中の四種」は言いにくいけど。


最高傑作だと思うのは、よくもこれだけ「し」を並べてストーリー性のある文章を作ったな、という感心。



これは、子供の頃(多分1979年)東京タワーに行ったときに、NEC の出店していたブースでもらった下敷きに書いてあった。

早口言葉をたくさん書いた下敷きで、楽しいので長い間大事にしていた。

紙下敷きだったので、最後にはボロボロになって捨てたけど。


出典となる書籍名も書いてあったので、蒐集した昔からの早口言葉と、著者の方による新作があったのだと思う。

そして、上記はおそらく新作と思われる。


実は「神田鍛冶町~」のロングバージョンと、「隣の客は~」のロングバージョンも、この下敷きで知った。

こちらは、根幹部分が古いものなので、バリエーションを蒐集したのではないかな、と思っているのだけど、著者による追加かもしれない。



だとすれば、著者の方に著作権があるはずなのだけど、すでに情報がないのでよくわからない。

ここでは「引用した」ことにしたいのだけど、引用であれば元の書籍の情報を書かないといけない。


情報知っている方がいましたら、教えてください。

(古本が入手できそうなら読んでみたいし)




§言葉自体が面白いもの


早口言葉の体裁は取っていながら、その言葉自体が面白いだけで、早口としては難易度低い、というものも多い。

だけど、「言葉遊び」なので、それもまた面白いと思う。


この釘 憎い釘 引き抜きにくい釘 憎い釘 引き抜く

(このくぎ にくいくぎ ひきぬきにくいくぎ にくいくぎ ひきぬく)


これ、コント 55号の萩本欽一さんが、コントでやっていたと思うんだ。

どんなコントだったかは忘れた。舞台上で次郎さんに、いろんなセリフを教えた通りに言わせるのだけど、その中に急にこれが混ざるの。


次郎さんは、急に言われたことに対して「え?」ってなるのだけど、欽ちゃんが感情を込めて一語一語を説明して覚えさせ、無理やり言わせる。


釘を抜こうとしたけど、上手く抜けなかったことで釘を憎むのね。

でも、最終的にはその釘を引き抜く。…というストーリー。


だから、最初の「憎い釘」と、2番目の「憎い釘」では、感情が違う。

最初は、引き抜けなかったからちょっと憎んでいるだけ。でも、最後は憎さの感情が募り、思い切って引き抜いてしまう感じ。



生暖かい 肩叩き機

(なまあたたかい かたたたきき)


一応発音しにくい t や k の音を混ぜてるのだけど、早口言葉というより「想像するとなんか嫌」なものを想起させる遊びが含まれている。


これは、大学時代に友人から教わった。



お綾や 親に お謝り

(おあやや おやに おあやまり)


これ、何の漫画で読んだんだったかな…昔少女漫画にあったフレーズ。

ストーリー上は、マイフェアレディっぽく、訛りを矯正させる訓練ではなかったかな。


#マイフェアレディでは、「スペインの雨は主に平野に降る」

 "The rain in Spain stays mainly in the plain." を練習するシーンがある。

 早口言葉というより、ai の発音が悪かったので、rain Spain stays mainly plain という ai (ay) を多く含む文章を作ったもの。


「親」ではなく「八百屋」にするものも多いようです。

でも、「親」のほうがなんか緊迫した事情がありそうで、そんなことを想像するのもまた楽しい。




バス ガス爆発

(ばす がすばくはつ)


これ、子供の課題だったのでここで止めましたけど「ブス バスガイド」って続けるのも有名だと思います。


t k の連続と同じで、b も g も破裂音なのでそれなりに言いにくいです。




§同音異義語を混ぜる


同音異義語というのは、同じ音を言うだけなので、早口言葉としてはそれほど難しくありません。

でも、そこに「同じ音なのに意味が違う」という、感覚の崩壊(眩暈)が入る。


この眩暈は、言う人よりも「聞かされる人」の方に強く出るように思います。

早口でまくし立てて、同じ音がいろんな意味で出てくる言葉を聞かされる。


冷静に考えれば意味が分かるのだけど、早すぎて意味が分からない。その混乱を楽しむわけです。

早口言葉と言っても、聞く方が意味を取れるかどうかを試すものになっている。


言葉遊びとしては面白い。


瓜売りが 瓜売りに来て 瓜売れず 瓜 売り売り帰る 瓜売りの声

(うりうりが うりうりにきて うりうれず うり うりうりかえる うりうりのこえ)


「瓜」と「売り」を組み合わせて「瓜売り」。

そして、そこからストーリーを展開しています。


覚えてしまえばいうのは簡単。でも、瓜売りの寂しそうな後姿が思い浮かぶと、何とも言えない哀愁があります。

結構好き。



スモモも桃 桃も桃 桃も スモモも 桃のうち

(すももももも ももももも ももも すももも もものうち)


「も」って、連続するとそれなりに言いにくいです。

口を閉じて開いて、を繰り返さないといけないからね。


でも、それ以上に、同じ音の連続を楽しむ意味合いが強いかと思います。


接続詞の「も」と、「桃」を組み合わせて意味のある文章にした感じ。

意味を出すために「スモモ」も組み合わせていますが、この「す」をできるだけ感じさせないように最大限離して配置してあるわけです。



母の母は ハハハ 母は ハハハハと笑う

(ははのははは ははは ははは ははははとわらう)


こちらも同じく、接続詞の「は」を活かした遊び。

実際には「わ」という発音になるので、発音するよりも文字に書いたほうが面白いです。



裏庭には二羽 庭には二羽 鶏がいる

(うらにわにはにわ にわにはにわ にわとりがいる)


こちらは、文字を見るとかえって面白くないかも。


一応有名な早口言葉ではありますが、「にわ」の音の意味がどんどんずれていく。

その眩暈を楽しむものかと思います。



裏に鰐・埴輪 庭に埴輪 …って、さらに意味をずらして描かれたイラストを見たことがあります。


これは早口言葉ではなく、意味をずらして遊ぶゲーム、という本質をとらえていると思います。


貴社の 記者が 汽車で 帰社した

(きしゃの きしゃが きしゃで きしゃした)


これは早口言葉というより駄洒落の範疇か。

「ハイカラさんが通る」に出てた気がする。


ワープロの性能がまだ十分でなかった頃は、文字変換のテストなんかにもよく使われた文句です。

文法解釈・意味解釈まで入り込んでいると正しく変換できるけど、単に文字を見るだけだと、こうした同音異義語は変換できないから。




§早口言葉のゲーム性


早口言葉の紹介としては、ここまで。


子供の課題に付き合って思い出した(書き出した)フレーズを元に書いたので、マイナーどころを中心にそろえています。

あまり有名なもの「坊主が屏風に~」とか「蛙ぴょこぴょこ~」、「赤巻紙~」とかは入ってない。



4つに分類したけど、漠然と思っていたことについて、書きながら分類してみた程度なので、あまり厳密性はない。

だいたい、「早口言葉」というものの定義すら曖昧なので、厳密に分類すること自体に無理があるだろう。


以降は分類とはまた違う話。



ある程度の長さを持つ早口言葉の場合、見事言えた際に「調子が良い」ことは大切だと思う。

調子のよい言葉って、言っていて気持ちいいのだ。声に出して読みたい日本語。


「神田鍛冶町~」とかは、頭が「か」で揃えられていて、読んでいてリズムが出て気持ちいい。

でも、簡単には言えない。気持ちいいのが途中で言い淀むと、「失敗した」感が出る。


何度かやって、最後までやり通せれば、「やり切った」感が出る。



以前どこかで書いたけど、僕は、「目的」に対して「障害」が設定されたら、それはもうゲームだと思っている。


早口言葉は「調子のよい言葉を気持ちよく言い切る」ことに対し「舌が回らない」という障害がある。

十分ゲームの要素を満たしている。



でも、だからこそ「いたずらに長く、覚えるのが難しいだけ」とか「調子が悪く、言えたとしても気持ちよくない」ようなものは、あまり面白くないと思う。


ストーリーがあることを面白いと感じるのも、本質的にはストーリーによって「覚えやすさ」も出来上がるし、調子も良くなるからだ。



落語の「寿限無」や「ん回し」なんかも、同じような構造だと思う。

ただ、これは「調子がいい」のだけど、長くて覚えにくく、言いにくいわけではない。


だから、「早口言葉」とはまた違うものだ。

同じ「言えるかどうか」のチャレンジでも、記憶力が試される。



まぁ、これも厳密に区別する必要はない。

全部ひっくるめて「言葉遊び」だし、遊びというのは本来自由なものなのだから。




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レスリー・ランポート 誕生日(1941)  2017-02-07 11:06:18  その他

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今日は、レスリー・ランポートさんの誕生日(1941)


現在マイクロソフトリサーチに所属する、分散コンピューティングの研究者です。

チューリング賞受賞のほか、多くの業績があります。


でも、僕としては LaTeX の開発者、として紹介したいです。

LaTeX の La は Lamport の La。




TeX は、ドナルド・クヌース教授が開発した組版システムです。


組版、ってのがまた知らない人にはわからない世界なのだけど、印刷物の直接の原型を作る作業です。

原稿があって、それを活字を組み合わせて印刷できる「版」を作る。

昔は「植字工」と呼ばれる人の仕事でした。


クヌース教授が数学の本を書いたところ、植字工は高等数学の知識がなかったため、数式に間違いが多々ありました。

そこで教授は「コンピューターで組版をするシステム」を見つけてきて使おうとするのですが、これは単に文字を並べるだけで、美しい本になりませんでした。


ならば自分でシステムを作ってしまえ、と作られたのが TeX 。

古今東西の組版技術を調査し、コンピューターで扱いやすい、美しい文字からデザインしました。


あらかじめ「本を作る際の体裁」…上下の余白は何インチ、右ページと左ページのそれぞれで、左右余白は何インチ、ページの上左右には章のタイトルを何ポイントのフォントで表示…などをテンプレートとして記述します。


そして、そこに「原稿」を流し込むことで、自動的に美しい組版を行います。

ただ、この原稿も、タイトル前だから改ページ、この部分はタイトルだから何ポイントのフォントで…など、自分で指定する必要がありました。


システムとしては素晴らしいものだったのですが、使いこなすには高度な組版の知識が必要でした。




ランポートさんは、この TeX を誰でも使えるものにしました。


TeX には、組版中で繰り返し行われる「記述」を自動化するための、マクロプログラムの機能がありました。

その機能を活用して、組版の知識が無くても使えるようにしたのです。


このマクロによるシステムを、LaTeX と言います。


予め、「書籍」「論文」など、いくつかのテンプレートを用意し、目的を選ぶだけで体裁が整うようにします。

そのうえで、原稿は「意味」をタグ付けしながら記述するようにします。


ここは章のタイトル。ここは小見出し。ここは引用。ここは数式…というように。


すると、タイトルは大きな文字で、小見出しは中くらいの文字で表示されるうえ、それらを手掛かりに自動的に目次まで作り上げてくれます。


… HTML っぽい、と思った人もいるでしょう。


ただ、LaTeX が作られたのは 1985年。

HTML は、1989年。


LaTeX が HTML っぽいのではなくて、HTML が LaTeX っぽいのね。


#もっとも、文章中に「意味」をタグ付けする、という考えの元祖である GML は 1979年に作られている。

 GML が SGML となり、その亜流として HTML や XML が作られている。




昔はともかく、今は MS-Office があるから、ややこしい方法で文章を作らなくても、見栄えする文章作れるよ? と考える人もいるかもしれません。


実際、上手に Office で作った書類と、LaTeX で作った書類だったら、それほど見栄えは変わらない。

Office だって、今は数式入力機能あるし、章立てを元に自動で目次を作る機能だってある。



でもね、LaTeX の目的は「見栄えのする文章を作る」ことではありません。

見栄えの良い文章を作ろうとして調整を繰り返すような無駄な時間を減らすこと、が目的。


文書作成には、自分の使いやすいテキストエディタを使います。

これだけで MS-Office よりもうれしい、という人だっていそう。

いや、Office だって、テキストエディタで書いてからコピペ、という人多いかな。


そして、ある程度タグ付けしながら文章を作ったら、コンパイル。


文字の折り返し位置が気に食わないとか、章の終わりがページの区切りに収まりそうで収まらないとか、そういう気持ちの悪い部分が出ないように、一生懸命自動的に調整を繰り返してくれる。


具体的にいえば「禁則処理」を行ってくれているのです。

禁則(禁足)というと、行頭に「、。」などが来てはならない、という規則を思い出す人もいるかもしれない。

でもそれだけではなくて、1行の文字数を変えてはならないとか、1ページの行数を変えてはならないとか、その一方で1ページに1~2行だけしか書かれていないページがあってはならないとか、いろいろある。


それらの優先順位を定めておけば、自動調整してくれるのです。

例えば、1ページに1行しかないページがあったら、前のページに行を無理やり押し込んでくれる。


でも、そうすると1ページの行数が守られなくなるから、何とか他の行に文字を詰め込んで、行数を合わせてくれる。


もちろん、Office だって同じことできますよ。

でも、自動ではやってくれないから、手間をかけて調整しないといけない。

ここは LaTeX のすごいところです。




もっとも、長い文章を書く人でなければ、Office 使っているほうが気楽で良いと思います。


僕は大学時代に論文を書くのに LaTeX 使っていたけど、X68000 にはまともなワープロが無く、LaTeX を使わざるを得なかった、という理由もありました。


その後で HTML が流行した時に、すぐに理解できたから、決して経験は無駄ではなかったけどね。


でも、今でも時々 LaTeX 使いたくなることあります。

てきとーに書いた、遊びで脚注とか入れまくった文章を、すごく美しく整形してくれるのが気持ちいんだよね。


これは、経験してみないとわからない楽しさです。



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別年同日の日記

16年 アン・ワング 誕生日(1920)


名前 内容

アーカイブとはなにか  2016-12-17 22:27:47  その他

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ありがたいことに、ゲーム協会についての日記を読んで意見をくれる人が多数いた。


文章の頭に書いてある通り、説明責任を放棄した文章なのに、多くの方は意図を汲み取ってくれた。

本当にありがとうございます。



もちろん、意図を汲み取った人の中には、もともとわかっているから読めた、という人もいると思う。

意味は分かっていても、改めて「アーカイブと保存の概念の違い」と言われて目から鱗、とか言われると、書いた甲斐があったと思う。


その一方で、やっぱりアーカイブの意味が理解されていないな、と感じる意見も見かけた。

理解されないだけでなく、誤った理解から僕の書いた意図を曲解されている方もいた。


ここら辺は説明責任が果たせなかったところ。

申し訳ないので、良い説明とは言えないが、説明しようかと思う。


ただ、今回は少し長い。

「長くなるから省略する」と書いた部分を、やっぱり解説しようというのだからね。




まずは、わかりやすい話から行こうか。

アーカイブと図書館と博物館は何が違うのか。


図書館は本を集めた場所だ。博物館は、博物…「なんでも」を集めた場所。

動物園や植物園、水族館なんかも、法的には博物館の一種となっている。


これらは「テーマを決め、そのテーマのものを蒐集する」場所だ。


博物館は、名前的には「なんでも」なのだけど、実際にはテーマを決めることが多い。

科学博物館とか、産業博物館、自動車博物館のように、名前を見ればテーマがわかることが多い。


スミソニアンのように、本当に何でも集めていている場所もある。

ENIAC の実物(一部)だって展示されているし、10パック入りフルーツガムも展示されている。

それが必要だと思えば、なんだって収集しているのだ。



じゃぁ、図書館は本を集めた博物館なのかというと、ちょっと違う。

博物館は「物」を集めるのに対して、図書館は「情報」を集めているから。


情報を記録する媒体が本だから本を集めているように見えるけど、現代の博物館は CD や DVD なんかも置いてあることは多い。



そして、これらはアーカイブとは直交概念…直接の関係はない概念だ。


アーカイブは、少なくとも何かを蒐集する必要はある。だから、図書館や博物館はアーカイブになることもある。

でも、必ずアーカイブになるわけではないし、アーカイブであっても図書館や博物館でないものもある。



たとえば、国会図書館は、図書館ではあるがアーカイブでもある。


普通の図書館…市民図書館と呼ばれるようなものは、市民に本を読んでもらうことが目的だ。

そのため、求められればゆっくりと読めるように本を貸し出すし、人気のある本は複数冊入れることもある。


一方で、貸し出しが多い本が傷んでボロボロになったり、人気が落ちる、情報が古くなるなどすれば、処分することもある。



国会図書館は、日本国内で発売されたすべての本を蒐集し、永久保存することが目的だ。

そのため、本の「閲覧」にも手続きが必要だし、基本的に「貸出」は行わない。紛失したり、傷んだりすることを避けるためだ。


本は1冊でもあればよいが、2冊ある場合には、分散して保存される。

1カ所に集積しておくと、火事などの災害で失われる危険性があるためだ。



劣化が激しい古い本などは、スキャンデータが作られ、デジタルでも保存される。

デジタル機器が登場する以前は、マイクロフィルムが使われていた。

すでにマイクロフィルムでしか現存しないような本もあり、それらもデジタルに変換され、保存される。


なぜデジタル化されるかと言えば、物質はいつか失われるからだ。

図書館は情報を集める場所で、物質が失われても情報が失われないように、情報の複製を作っているのだ。


本の貸し出しは行わないが、デジタルデータのうち、著作権がすでに切れたものなどは WEB でも公開されている

国会図書館だって、市民図書館と同じように「本を読んでもらう」目的で残しているのだ。


ただ、その「読んでもらう」目的は、物語を楽しんだり、暇つぶしに雑誌をめくるのではなく、資料としてだ。

今日発売された雑誌に「資料」としての価値がなくとも、20年後には時代を写し取った資料としての価値が出る。

だから、国内で発売される本はすべて蒐集され、残されていく。



資料としての目的だから、すべての本は同じように価値がある。

ノーベル賞学者の書いた論文集だって、エロ漫画だって、国会図書館としては「1冊の本」で同じ価値だ。


いや、むしろエロ漫画のほうが価値があるかもしれない。多くの人が恥ずかしいものと考え、捨ててしまうだろうから、未来に残りにくいのだ。

そうした、残りにくいものを残すことにこそ、資料としての価値がある。



アーカイブとは、国会図書館のように、できるだけ多くの資料を、永遠に残すために努力し続ける施設を言う。

また、そこに収められた資料などもアーカイブと呼ぶ。




アーカイブではあるが、図書館や博物館ではない、というものの例も挙げておこう。


前回の日記で、僕は何かを研究するのが好きで、アーカイブにはお世話になっていると書いた。

その一例が bitsavers プロジェクトだ。


PC 以前のコンピューターの資料を、できる限り蒐集し、デジタル化し、保存しておこうというプロジェクト。

膨大なデータがあるから、古いコンピューターに興味がある人は覗いてみるといい。



例えば、書籍「ハッカーズ」には TX-0 というコンピューターが出てくる。

これは本の中でも重要な位置づけのマシンなのだけど、1台しか作られたなかったプロトタイプ機なので、詳細は謎に包まれていた。


というか、ハッカーズにはこれが1台しか作られなかったことすら書いてない。

どこかに情報があるはず…と、時々思い出しては検索し、ある時 bitsavers を知った。



bitsavers では、メーカーごと・機種ごとに分類して、マニュアルやプログラムなど、関連資料を蒐集・デジタル化して公開している。

TX-0 の情報は、MIT/TX-0/ のディレクトリ下にある。


これがもう、僕にとっては宝の山だった。

何年も探して全然詳細を知ることのできなかったマシンの資料が、大量に置いてあるのだ。


マニュアルだけでなく、新入学生などにデモンストレーションを行う際の注意書きを書いた、手書きメモのようなものも残っている。

「このプログラムは不具合がある」みたいな注意も残っている。マニュアルには書いていなかったりする重要情報だ。


さらに、実行バイナリの紙テープをファイル化したものも残っていた。


紙テープを現代のコンピューターファイルにするのだから、単純ではない。

中には、紙テープに記録されていたのが「テキストファイル」の場合もある。


そうした場合は、テキスト化したものも保存・公開されているのだけど、当時はアスキーファイルではない。

その変換に使った(現代に作られた)プログラムも併せて公開されている。


とにかく、できるだけ生のデータを、さらにそれを判り易くしたデータを示し、変換の際の方法も残す。

もし変換に間違いがあると思うなら、プログラムを改良して生データから再度データを構築することもできる。


TX-0 の関連資料だけでも十分すぎるほどあるのだけど、そんなのはほんの一角。

たぶん、興味の赴くままに読んでいっても、一生かかっても読み切れないほどの資料が置かれている。



「当時の資料を残す」という目的に対して、非常によく考えられた構成でアーカイブが作られている。

さらに、永久保存するため、ミラーサイトが多数作られ、分散保存されている。


でも、これらは貴重な資料を見つけ出し、スキャンして公開しているだけで、原本をまとめてアーカイブ、というわけではなさそうだ。

原本は、それぞれの持ち主の元にあるのだろう。


なので、このアーカイブはデジタルでのみ存在している。

図書館でも博物館でもないアーカイブだ。



実のところ、bitsavers が寄付を受け付けているなら、僕は寄付しているだろう。

しかし、彼らは寄付を受け付けていないし、どこの誰が、どういった経緯でこのような活動をしているのかもわからない。


ただ、おそらくはメールアドレスじゃないかと思う…でも、注意深く見ないと気づかない文字列がページの片隅に書かれているだけだ。

おそらく、連絡すら受け付けようとは思っていないのだろう、と考えて、僕は彼らの成果物を、一方的に使わせてもらっている。


今回ゲーム保存協会に寄付をしたのは、Pay foward の気持ちもある。




ここでちょっと話の方向を変える。

なぜ西洋文化の根底にアーカイブがあり、日本文化にはないのか、だ。



西洋の文化は、古代シュメール文明に端を発する。

古代シュメールは、物々交換経済が行われていた。


しかし、実際に交換しようと思うものを持ち歩きながら交換相手を探すのは大変だ。

先に交換相手を見つけ、約束を取り付けてから物を持って行ったようだ。


たとえば、自分の持っている羊一頭と、他の人の小麦100束を交換する約束を取り付けたとしよう。


ところが、相手の元に、羊一頭を小麦 80束と交換したい、という人が訪れたとする。

どう考えてもこちらの方が得だ。相手は、その人と約束をしてしまい、自分との約束なんて知らない、と言い張る。


やっと羊を連れて相手の元を訪れたのに、そのまま連れて帰らなくてはならないし、また取引相手を探さなくてはならない。

とんだ労力だ。相手に対しての怒りは収まらないが、怒ったところでどうしようもない。



こうしたトラブルを避けるため、古代シュメールで「契約書」という概念が生まれる。


木の板に粘土を塗り付け、そこに羊と小麦の絵を描く。

当初は、絵をたくさん描くことで数を表していたようだけど、やがて「葦筆」を押し付けた形で数字を表現するようになる。

これが、世界最古の文字である楔形文字の誕生だ。


私の羊1頭と、あなたの小麦100束を交換する。

同じ契約書を2つ作り、それぞれが持つ。


これで、片方が約束を違えようとしても、自分の権利を主張できる。



すぐに取引が終わったなら、粘土板は表面に水をつけてならし、再利用すればいい。

でも、毎年取引を行う契約をし、数年間契約書を保存するような場合もあった。


そんな場合は、粘土板を日干しにした後、焼く。これで素焼きの土器となり、永久に保存できる。



古代シュメールでは、税調記録も同じように残されたし、裁判の記録なども残された。

裁判の際には、同じような争いには同じような判断が行われるよう、過去の記録をすぐに参照できるようにしてあったようだ。


素焼きした記録は整理して収蔵され、大切に保管された。

参照したい場合も、持ち出しは厳禁。


しかし、別の粘土板に押し当てれば、表面の凹凸を写し取ることができた。

これで、記録をコピーできる。原本は持ち出し禁止だが、コピーにより情報を持ち出すことは出来た。


政治的な判断も、その結果も、すべて記録して保存された。

ここには、原始的な形での「アーカイブ」を見ることができる。


彼らは、トラブルを避けるために「記録」を必要とし、そのために文字を発明した。

文字を発達させて自分たちの「政治」を残し、後のものは過去の失敗に学んでよりよい社会を作ろうとした。



古代シュメールに始まった文明は、世界中に伝播した。

今でも、アーカイブは大切なものとして、世界中で作られ続けている。




ところで、古代の日本に文字はなかった。

日本は自然が豊かで、自然採取生活でもそれほど困窮してはいなかったようだ。


そのため他の集落を襲って食べ物を奪う必要もないし、物々交換で相手を騙して自分だけが得するような必要はなかった。

平野が少なく、集落が狭いところに作られるため、取引相手が少なかったことも幸いだったかもしれない。

いつも同じ相手と取引していると、相手を騙して怒らせることは、自分の損にしかならない。


ともかく、日本人は「記録しなくては避けられない」ようなトラブルには見舞われなかったと思われる。

だから、独自の文字を発達させなかった。


やがて、中国から稲作文化がもたらされる。

その際に「文字」も持ち込まれているのだが…当時の日本人には、文字がなぜ必要なのかわからない。

記録しなくてはいけない、という危機感が無いのだから、仕方がないだろう。


当時の土器などに、文字が書かれているのが見つかっている。

しかし、どうやらこの不思議な文様は「特別な力を持つ」と考えられ、祭祀などに使われただけだったようだ。



日本では、文字の始まりがこんなだから、「記録しておかなくてはならない」という渇望感はない。


正倉院を見てもわかるように、「珍物の蒐集」は行われている。

でも、何もかも記録して残そう、というようなアーカイブではない。

その正倉院だって、昔はたくさんあったのに、今は1カ所を残すのみ。宝物はみんなどこかへ行ってしまった。



神奈川県には「金沢文庫」という場所があり、ここには鎌倉時代に書物などを集めた施設があった。

でも、時の権力者が自分の役に立つ情報を蒐集しただけで、その本も後にどこかへ紛失したりしている。

ここにも、永久に残そうというような意思はない。


最初に、国会図書館は「アーカイブだ」と書いたけど、これだって1948年に法律が整うまでは、ただの図書館に過ぎなかった。

日本でのアーカイブの歴史は、それほど古くない。




自然は四季と共に常に移ろい続け、一瞬として同じ姿をとどめない。

逆に、同じ姿を見せ続けるものがあれば不自然で、見苦しい。


日本人の美的感覚では、永遠を望むものは見苦しいのだ。


一方で、アーカイブは永遠に残すことを目標とするものだ。

古くなって劣化すれば補修する。いよいよどうしようも無くなれば、精巧なレプリカを作る。

とにかく、同じ姿を永遠にとどめられるように努力し続ける。


永遠を見苦しいと感じる文化と、永遠を求める文化。

ここには文化摩擦があるので、日本人には、「アーカイブ」を理解できない人が多い。



国会図書館は本を蒐集したが、本ではない「情報」はこぼれ落ちた。


日本では 1930~1950年代に映画の最盛期があるのだけど、この頃の映画が全然残されていない、と1960年代後半になってから慌てることになった。


そこで、1970年には、国立近代美術館フィルムセンターが設立され、日本映画の蒐集・修復が始められた。

しかし、1940年代には戦争もあったこともあり、1930年代以前のフィルムの収集は難航。

今でも時々未発見のフィルムが見つかってニュースになるのだけど、多くのフィルムが永遠に失われたとみていいだろう。



このような失敗を繰り返さないように、映画後の国民娯楽の中心となった漫画・アニメ・テレビゲームのアーカイブを、という話は 20世紀末から出ていた。

21世紀に入ると、「国立メディア芸術総合センター」という名前で実際に計画が進められる。


しかし、2009年の民主党政権の際に「国費で漫画喫茶を作る必要はない」とされ、計画は止まってしまった。

漫画喫茶、という言い回しで、アーカイブが全く理解されていないことがよくわかる。


民主党を笑うのではない。

これが、アーカイブの重要性を訴えられなかった…そもそも理解していなかった日本人の現状だ。




古代シュメールで、裁判の記録などが永久保存されていたことを先に書いた。


今だって、そうした記録は永久保存される。

「アーカイブ」には公文書の意味もある。


古代シュメールでは政治判断なども記録し、残された。

でも、近代日本では政治判断…会議の議事録などは、一定期間保管の上、廃棄された。


これでは、重要な政策がどのような議論の上で決定されたのかが、すべて闇に葬られてしまう。


そこで、2009年に法律が改正され、公文書館が作られることになった。

各行政機関で一定期間保管された公文書は、その後公文書館に預けられ、永久保存される。


…ただし、ここに法の穴があって、「すべての」公文書が残されるわけではない。

何を残すかは、保管してきた行政機関が決められるのだ。



結果として、永久に保管して後で責任を問われたりすると厄介な、重要な記録は捨てられてしまうらしい。

すべて捨てていると、公文書保管ができていない、と言われてしまうので、どうでもいいゴミのような書類だけが残される。


ここでも、アーカイブの意義がまだ理解されていないのだ。

アーカイブは、後からあらさがしをして責任追及しよう、というようなものではない。


未来の人が、自分たちの社会の「元」となった時代を知るための資料なのだ。

そこでの判断が間違えていたとしてもかまわない。過ぎてしまったことなのだから。

間違えていたなら、補正すればいいだけの話だ。


しかし、そもそもどういう判断だったのかがわからないと、舵の切り方もわからなくなる。

社会をよくしていこうと思うなら、どんな資料でも残していかなくてはならない。




さて、最後にゲームの保存の話に戻ろう。

元々、このアーカイブ話は、ゲーム保存の話から派生したものだから。


前回の話に書いた通り、業務用ゲームを作ってきた僕としては、自分が作ったものであっても手元には置いておけない、と考えていた。

今なら中古基板が買えるようなものもあるだろうが、僕が作ったゲームは特殊筐体が必要で、おそらく中古屋にも出回っていない。

すでに失われているだろう。


こうした経験から、僕自身はゲームを保存することに思い入れがない。いつかは消えゆくのが普通のことだと受け入れている。

これは、日本人的な自然観から来るものだ。


その一方で、個人的な思い入れは当然ある。懐かしいゲームのことを、できれば少しでも記憶にとどめておきたいと思う。

ゲーム文化に携わったものとして、小さなことでも何か寄与したいとは思っているからだ。


そこで、たいしたことないゲームだけど、思い出話を少しづつ書き綴っている。

オリジナルや、その作成時の資料と言った一次資料ではなく、当事者の思い出話という二次資料に過ぎないのだけど、傍観者の推測による三次資料よりは役に立つと思っているから。



一方で、当時のオリジナルゲームをもう一度遊べるようにしよう、という動きもある。

愛知のゲーム博物館には、懐かしい業務用ゲームがレストアされ、遊べる状態で保存されている。入場料を払えば遊び放題だ。

一度行ってみたいと思っているのだけど、残念ながら遠いのでまだ行けていない。


長崎のハウステンボスにもゲームミュージアムがある。

こちらも行きたいけど、うちからはさらに遠くて行けそうにない。

しかし、こうした「保存活動」が行われることは、ゲームに携わったものとして嬉しく思っている。



一方、オリジナルではなくても、気軽に遊べるようにしよう、という動きもある。

昔のゲームを移植したり、エミュレータによって動作させて今の機械で遊べるようにしよう、というものだ。


移植・エミュレーションなので、オリジナルとの相違は発生する。

保存という意味合いでは相違は少ない方が良いのだけど、あえて違いを強調する場合もある。


nintendo 3DS で発売された「セガ3D復刻アーカイブス」はそうした試みだと思う。


セガは3Dのゲームを多数作っていたが、当時の技術的な問題から「立体視」できるものではなかった。

それを、立体視可能な 3DS で、立体視できるゲームとして復刻しようというもの。


アーカイブス、と名前にあるが、本来の意味での「アーカイブ」なのかというと、ちょっと違うとは思う。

しかし、単にエミュレーションにとどまらず、当時のゲームセンターの環境を記録にとどめようとしていたり、「ゲームを記録しておきたい」という気概は感じる。

アーカイブを名乗っていても恥ずかしくないものだとは思う。



任天堂の出した「ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピューター」が大ヒットしている。

入荷してもあっという間に販売終了、という状態で、入手困難だ。


これも、公式とはいえエミュレータに過ぎない。「音色が少し違う」などの相違点が指摘されている。

とはいえ、当時のゲームを気軽に遊んでもらえる環境としては、なかなか良いのではないかと思う。


前回「ゲーム保存に興味がない」と書いたけど、僕が保存に参加するほどの情熱がないだけで、こうした動きがあるのは嬉しいし、頼もしい。

僕だって昔のゲームは好きだし、ファミコンミニに関しては先日購入できたので、子供と一緒に楽しんでいる。



さて、ここで問題提起だ。

他にもゲームを残そうという活動はあるのだけど、基本的に「懐かしい」ことを前提にしている。

というか、古いゲームはやっぱり古いのだ。懐かしさでも煽らなくては、商売になんてならない。


逆にいえば、あまり売れなかった、多くの人に遊ばれなかった、面白くなかった作品は、残されることなく消えていく。

これでは、都合の良い書類しか残さない公文書館と同じだ。


求められているのは、国会図書館のように、すべての本を平等に残そうとすることなのだ。




そして、ゲーム保存協会。


彼らが目指しているのは、ゲーム文化の永久保存のためのアーカイブだ。

国会図書館が古い本のスキャンデータを作るように、彼らもフロッピーディスクをデジタル保存したりしている。


フロッピーはもともとデジタルだ、なんて思ってはならない。

コンピューターからはデジタルに見えるようにしているだけで、その内容は磁気変化によるアナログ記録だ。


アナログ記録でありながらデジタルとして扱うことを利用して、プロテクトなどが作られている

このプロテクトまで残すために、彼らは「フロッピーディスクをアナログ記録物として扱い、そのアナログデータをデジタルサンプリングする」という回りくどい方法を使って、永遠に残そうとしている。



「ゲーム」を残すのであれば、こんな回りくどい方法は必要ない。

先に書いているエミュレータや移植のように、今の環境で遊べるようにすれば、それで十分だ。


でも、彼らが残したいのは、ゲームではなく「ゲーム文化」なんだ。


ゲーム文化の広まりは、遊ぶ人を飛躍的に増加させ、友人間でのコピーが増えることになった。

その対抗措置としてプロテクトが生まれ、年々進化していく。


ゲームを残すのではなく「ゲーム文化を残す」のであれば、このプロテクト技法を一緒に残さなくてはならない。

この違いは非常に重要なのだけど、アーカイブとはなんであるかを正しく認識し、残すものがゲームなのかゲーム文化なのかも区別して考えないと伝わらない。



アーカイブなのだから、売れなかったゲームだって保存する必要がある。

ヒットゲームが、どんなゲームの影響で作らているかはわからないためだ。


どんなゲームにも、そういう関係性がある。

だから、ゲームだけでなく、その周辺のすべてを保存しなくては、関係性が見えなくなってしまう。


「すべて」を保存するなんて言うのは、明らかに茨の道だ。個人がやるような仕事ではない。


だけど、先に書いたように「国立メディア芸術総合センター」の計画は、民主主義によってえらばれた代表により中止された。

それが民意である以上、また大きく状況が変わるまで、政府としては手を出すわけにいかない。


今すぐ始めないと手遅れになるかもしれない、という状況で、とりあえず個人でもできることから始める、というのは意義深いことだと思う。




最後に、蛇足を一つだけ。


日本文化にアーカイブがない、というのを、否定的な意味に捉えないでほしい。

途中書いたように、日本が平和で、トラブルが起きにくかったということなのだから。


この平和さが、生活に直接関係ない余暇…遊びに対する欲求を高めてきた。

歴史上、何度も「賭博禁止令」が出ているというのは、何度禁令を出しても遊び続けてきた、ということでもある。


任天堂だって、禁制の賭博札を作ることから起こった会社だ。

セガだって、違法スロットマシンの販売から起こった会社だ。


こういう遊びに邁進できる、平和な文化が日本にはあった。そこは誇りに思っていい。


テレビゲームもその延長上にある。

アーカイブがないことと、テレビゲーム文化が日本で花開いたことは密接な関係にあるんだ。



だから、「世界有数のテレビゲーム文化を誇る日本が、そのアーカイブを作ってないなんて!」と嘆くのではない。

アーカイブを不要と思うような国民性だから、役にも立たない遊びを極めたのだと考えよう。


とはいえ、アーカイブ不要というのではない。


すでに、ゲームは世界的な文化だ。

だから、世界の慣例に従って、文化の歴史を残すアーカイブを作っておくべきだろう。


そして、その文化の黎明は日本国内で起こっている。

アーカイブを作ることは、我々の責務なんだ。


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保存できないものの保存【日記 17/08/07】

ゲーム保存協会にサポーター登録しました【日記 16/12/11】

別年同日の日記

01年 12/17

02年 大根

03年 CAST NEWS

12年 湘南台こども館


名前 内容

ゲーム保存協会にサポーター登録しました  2016-12-11 12:21:49  その他

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1週間ほど前に、「ゲーム保存協会」という団体のサポーターになった。


年会費三千円でサポーター登録できる…となっているのだけど、これは法的な都合上の言い回しで、ようは寄付したんだな。


この寄付について、思うところを書こうと思って、毎日あーでもない、こーでもないと文章を書いては破棄していたのだけど、思っていることをうまく書けないまま1週間が過ぎてしまった。


もう、面倒くさいから細かな説明は全部すっ飛ばして、自分のために事実だけを記録しておくことにする。




ゲーム保存協会は、怪しい団体だ。

設立者が、昔の日本のテレビゲーム好きのフランス人。

特に「夢幻戦士ヴァリス」が好きだというのだから、怪しい以外の何物でもない(笑)


団体名で検索すると、他にも怪しげな噂話がいっぱい見つかる。

ただし、その噂の裏は取れていない。信じるかどうかはご自由に。


僕のツイッタータイムラインでは、彼らの活動内容に強い疑問を持っている人もいた。

僕が「サポーター登録しようかな」と書いていたら、エアリプで反対意見を表明してくれて、それはあそれで一理ある内容だった。



僕自身は、この団体は3年くらい前に知った。今は設立5年目だそうだから、まぁ早いうちに知ったほうか。

サポーター登録制度があるのも知っていたが、興味がないので無視していた。


そう、僕はゲーム保存に興味はない。

だから、「ゲーム保存協会」にも興味はない。


僕のページを読んでいる人ならわかるだろうけど、僕は昔業務用ゲームを作っていた。

今と違って、古いゲームを中心に置いてあるようなゲームセンターはない。


だから、ゲームセンターから消えたゲームは「2度と会えない」のが普通だった。

そういうゲームばかり作っていたから、ゲームはいつか消えてなくなるもの、という感覚が身についている。


家庭用ゲームで、自分が好きだったものとかは手元に置いてあるよ。

でも、自分が作ったゲームで手元に残っているのは、ST-V で作ってサターンにそのまま移植された 1本だけ。




11月の下旬に、NHK world という海外向けの放送で、ゲーム保存協会を取り上げていた。

その放送は、国内でも WEB 配信されて、2週間みることができた。


これを見たら、ゲーム保存協会の活動内容は、思ったものとはちょっと違っていた。

彼らの WEB ページで詳細を調べたら、その違いがはっきり分かった。


ゲームの保存している団体は他にもあるのだけど、そうした団体は「懐かしいゲームを遊べるようにする」ことが趣旨なのね。


それに対し、ゲーム保存協会は、アーカイブを構築することが趣旨だった。




…と、ここでアーカイブとは何かを説明しないといけないところだけど、それを書いていたのが1週間かかってもまとまらなかった原因なので、書かない。


最近は日本でも「アーカイブ」という言葉を時々聞くけど、適切に日本語に訳せないから英語をそのまま使っているんだ。

適切に訳せないというのは、日本文化にはアーカイブという概念がないから。


実は、社会問題となっていることのいくつかは、アーカイブ文化がないことで引き起こされている。

西洋文化は、文化を支える根底に「アーカイブ」の思想があるんだ。

ところが、現代の日本は西洋文化の表層を真似しつつ、それを支える根底部分がない。当然問題も出るだろう。



それに対し、ゲーム保存協会は本物のアーカイブを作っている。


ここで、設立者が怪しいフランス人であることが意味を持ってくる。

西欧では、アーカイブは重要な文化だ。紀元前からアーカイブを構築しようと繰り返してきた歴史がある。


日本語の「保存」はアーカイブではないが、彼にとっての「保存」はアーカイブなのだろう。

以前から団体は知っていたが、僕はここのところを誤解していた。


たぶん僕以外にも多くの人が誤解している。

というか、保存とアーカイブの違いはどこにあるのかわからない人もいるだろう。

調べてみてくれ。とても重要な概念だから。



僕の職業は一介のプログラマーに過ぎないが、趣味としては、いろんなことを研究するのが好きだ。

そして、それらの研究の際に、各種アーカイブには非常にお世話になっている。

アーカイブの重要性と、国内のアーカイブの弱さは痛いほどよくわかる。



先に書いた通り、僕はゲームはやがて消えゆくものだと思っている。

もちろん保存活動への情熱なんてない。


ただ、消えて行くのが寂しい、という気持ちは、多少ある。

だから、思い出話くらい残しておこうと思って、開発時代の話を少しづつ書いていたりする。



結局、ゲームの「何か」を残そうとしていることは変わらないわけだ。

じゃぁ、アーカイブを作ろうとしている彼らに支援くらいしたっていいだろう。


支援と言っても、僕はゲーム保存の情熱も技術もないから、実作業を手伝ったりはしない。

ただ三千円を渡すだけだ。子供の駄賃にもならない金額。


これで「誰も手を付けようとしない難しい課題に挑め」って言っているのだから、とんでもなく無責任。

でも、支援するときって、そういう無責任さが大事だと思っている。


無責任と知っているから、口は出さない。失敗してもかまわない。

思うようにやってくれればいい。まぁ、無責任なりに応援はしているよ。


支援するって、そういうものだ。




話は以上。

以下は余談の、1週間悩み続けた理由。



冒頭に書いた「エアリプをくれた人」に、なぜ僕が支援を決めたのか説明したいと思って丁寧に書いていたら、話が発散しすぎてまとまらなかった。


また、送金の際のメモ欄に「趣旨に賛成ではないが支援する」と書いたら、ゲーム保存協会の設立者から返信があり、賛成ではないのに支援することに興味を持ってくれた。


その十分な返事になる内容を書こうともしていたのだけど、これも発散しすぎてまとまらない。


もひとつついでに、保存協会の人は宣伝下手だと思う。


僕も活動趣旨を勘違いしていて、NHK を見てやっと理解した。

というか、NHK 見ても「ゲーム好きのおっさんが昔を懐かしんでいる」ようにしか見えない。

アーカイブ構築、という、日本人にはわかりにくい内容なので、伝わらないのだ。


ここの趣旨を、僕なりに説明してやろうと思って、その部分で一番消耗した。


全く存在も知らなかったもの、を理解させるのは、実はそれほど難しくない。

でも、似ているけど根本的に違うものだけを知っている人は、考え方が違うものに引きずられてしまい、一番理解するのが難しい。


さらに言えば、設立者の彼も、日本人がアーカイブを理解していないことを理解していない気がする。

重要な部分で文化摩擦が起こっている気がするのだ。


ここがもどかしくて、何とかしたいと文章をこねくり回していた。

ついにあきらめたわけだけど(笑)、読んでくれた人がアーカイブとは何かを調べ、彼らの趣旨を理解し、僕と同じように無責任に支援してくれれば、と思っている。


2016.12.18 追記

長すぎるから書かない、としていたアーカイブについての説明、書きました

やっぱり長いけど。



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アーカイブとはなにか【日記 16/12/17】


名前 内容

ら抜き言葉  2016-11-18 12:37:59  その他

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いささか旧聞に属するが、9月ごろのニュースで、「ら抜き言葉」を使う人の割合が、使わない人を上回った、と報じられた。


「ら抜き言葉」に関しては、実は12年も前に日記に書いている

12年前の日記でも、僕は「ら抜き」擁護派だ。


ツイッターを見ていたら、「日本語が乱れている」と考えている人が多数いた。

12年前だと、新聞発表などは見られても、世間の反応はわからなかったな。


その反応を見た時に一言書こう思ったのだけど、書くからにはある程度根拠を示そうと思った。

ただ思うところを書くだけの「ポエム」だったら書かないほうがましだから。


しかし、調査をしたり、忙しくて先延ばしにしたりしていて、今になってしまった。


調べたものは膨大なので、まじめに書いていくととてつもない長さになる。

(というか、いったんは書いて、あまりに長いので破棄した)


そこで、過去に書いた記事や、ネット上の記事で説明ができる部分は、積極的にそれらの記事へリンクする。

それらのリンク先は、少なくとも「根拠」となるデータではあるが、データの読み取り方を解説したりはしない。長くなるから。


核心部分についてのみは、最後に説明を加える。




「ら抜き」と一般に言われる用法は、おそらくは江戸の末期、少なくとも明治期にはすでに存在したものだ。

方言だという説も出ているようだが、広く使われた標準的な用法だった。


明治期、開国した日本が知ったのは、アジアが欧米の植民地にされそうになっている現状だった。

このことに危機感を持ち、日本は富国強兵への道を急ぐ。


その中で、「複雑な日本語は何をするにも遅い」という考えが出てくる。

それを改善しないと、日本は欧米に勝てない。



江戸時代にも国語の研究者はいたのだけど、万葉集などの古文の解読作業が中心だった。

和歌に見られる係り受け構造の解明、など、一部文法にも踏み込むのだけど、日本語の構造そのものを明かすような文法体系の構築には至らない。

というか、文法が大切だ、というような意識もなかった。


明治になり、英語は研究が進んでいて「文法」というものがあるのを知ると、日本語の文法も解明しようという動きが起こる。


何人かの学者が文法を構築するのだけど、後で書く松下大三郎は、単語の語尾変化でどのように意味が変わるのか、その解明を行った。


明治期はまだ、文語と口語が明確に違うものとなっている。

松下は、一般的な(標準的な)日本語について、文語と口語を区別して、単語を分類し、語尾変化の規則などを詳細にまとめ上げた「標準日本文法」を作り上げる。


これは、日本で最初の口語研究だった。

後で詳細に書くけど、「ら抜き」は明治には普通だった、というのはこの記録が根拠となる。




橋本進吉は、松下大三郎よりも少し後の国語学者で、松下大三郎がやっていなかった(気づかなかった)部分に手を付けた。


松下は、単語に意味があり、語尾変化でその意味が変化し、それが寄せ集まれば日本語になると考えていた。

しかし、橋本は、単語はただ集まればよいのではなく「組み立て方」があると考え、調査してまとめ上げた。


僕が橋本文法を理解していないので間違えもあるかもしれないが、橋本は「文の構造」を中心に研究したようだ。

そして、名の知れた文法学者になり、教科書なども執筆した。


戦後には橋本のお弟子さんが学校用の文法をまとめ上げるのだけど、橋本文法を元にしているので「文章構造」が話の中心となる。

松下のまとめ上げた、単語の分類や語尾変化はもちろん盛り込まれているのだけど、それほど力が入っていない。


元々日本語の「文章構造」が中心で、語彙に関しては弱い不完全なもの。

それをさらに、教育に使いやすいように枝葉の部分を刈り落し、単純化した。

それが「学校文法」だ。


学校文法が悪いものだ、というのではない。

単純化するというのは、最初に教えるものとしては必要だからね。


でも、「それが全てだ」と思われては困る。

しかし、残念ながら戦後教育では「これが全てだ」と考えられてしまったんだ。




明治期にあった、「複雑な日本語は何をするにも遅い」という考えの呪縛は、戦後にまで尾を引いた。


明治期に、口語と文語に分かれている日本語を統一しよう、という「口文一致運動」があったのだけど、結局実現できていなかった。


しかし、戦後すぐに内閣訓令として口文一致が図られた。

現代かなづかい」の訓令だ。


この訓令で、文章はすべて口語で書かれることになった。もはや、文語で書いた文章は「誤った日本語」とされた。

しかし、それは伝統文化を破壊してしまうことに繋がる。



他にも、この時代に「誤った日本語」として駆逐されたものに、話し言葉の中に「ネ」を挟む、というものがある。


「今日はネ、この前言っていたネ、写真を持ってきたヨ」


これは日本語の乱れや幼児語などではない。

やはり明治の国語学者、山田孝雄がまとめた文法では、ちゃんと「間投助詞」として文法構造に組み入れられている。


しかし、学校文法には入らなかった。

文法にないのだから、正しい日本語ではない、使ってはならない、とする、おかしな風潮が生まれた。


これは、「ねさよ運動」として多くの人に記憶されている。


そして、「ら抜き」も同じような過程で生まれた、と想像する。こちらは「ねさよ運動」と違って、記録がないのだけど。



「ね」も「ら抜き」も、もともと平易な口語文で使われるものだった、という背景もあるかと思う。

友達や家族と話をするときには使う。でも、目上の人との会話や、人前でのスピーチでは使わない。

ましてや、文語として使うことなどありえない。



そういう「平易」な日常を無くしていき、誰かが見ていない時でも常に礼儀正しい状態を保つのが、良い人間性を育てる


当時は、そう信じられていたので、日常会話でも、人前でスピーチするような話し方をさせようとしたのだろう。

それが子供のためになると信じて。




先に書いた「現代かなづかい」は当初から批判も多く、40年後に…それでも40年もかかってやっと、廃止された。


というのも、すでに有名無実となっていたからだ。

先に書いた「ねさよ運動」も間違っていた、という反省があったころだし、行き過ぎた日本語改造に対して反省が広まった時期。


この頃からやっと、誰かに何かを強要されるのではなく、個人が個人らしくのびのびと暮らせるようになっていく。


#それによる弊害も多数あるが、そのことは今は書かない。



さて、戦後に中高生で文法教育を受けた世代は、今なら 70代。

学校文法が正しい、と教えられていたら、「ら抜き言葉」は誤りだと捉えるだろう。


内閣訓令が廃止されたころに文法教育を受けた世代は、今なら 50代。

ニュースになった国語調査でも、「ら抜き言葉」を使う人がちょうど半分くらいの世代だ。


そして、それ以降の世代では、どんどん「ら抜き」に対する抵抗がなくなっていく。


決して「乱れた日本語が広まっている」などではなく、戦後に混乱した日本語が、元に戻っていく姿だ。


しかし、まだ上の世代の影響から、これが「言葉の乱れ」だと考えている人は少なくない。

今回の調査報告書でも、半数以上が使っているにもかかわらず「誤った日本語」だと表現されていた。




以上で話の概要は終わりだ。

根拠となる資料へは出来るだけリンクで示したのだけど、核心部分となる「100年前の文法書」は説明が必要な部分が多いので解説しておこう。


松下大三郎の「標準日本文法」は、国会図書館のWEBページでスキャンデータを無償で閲覧できる。


この本は、明治期の口語・文語について研究を行い、30年分の研究をまとめた集大成だ。

名前の通り「標準語」を中心に解説している。

(ここでいう標準語は、東京近辺の言葉を中心として、日本で使われる平均的な言葉、というような意味合いのようだ)


方言に関しても、その方言を使う地域が広い場合は、そう断って言及している。



さて、先のリンクでは 330ページが開く。「ら抜き」に関する該当部分だ。

現代語として一部を抜き出そう。

( / で区切るのは省略した、という意味合い)


口語には / 「られる」を付けて「ら」を省略する。/


「られる」の「ら」を省略して用いるのは、「起きられる」「受けられる」「来られる」を略して「起きれる」「受けれる」「来れる」というたぐいだ。/

平易な説話にのみ用い、厳粛な説話には用いない。


「口語には」と断っていることに注意が必要だ。

抜き出し部分の前で文語について書いているのだけど、文語では「ら抜き」に当たる表現は行わない。


これは、古い文書を調べて「昔はら抜きなんてなかった!」とすることに、全く意味がないことを意味している。



説明としては「られる」をつけて「ら」を省略、となっている。

省略するなら、いらないようにも見える。


でも、それを解説するのが後半だ。省略する、と言い切るだけあって、どうも省略が基本なのだけど、省略しない場合もある。


省略しないのは厳粛な説話…つまりは、改まって話をするような場合、演説などの場合だ。



抜き出していない部分にもう1つルールが書いてある。

これは実は、「ら抜き」よりも前に説明されている、重要ルールである。


「読める」「書ける」「思える」などいうたぐいである。

これはもと四段活の語尾と「れる」との約音である。

例えば「読める」「書ける」は Yom(ar)eru , Kak(ar)eru である。


これらの言葉では「られる」ではなく、最初から「れる」をつけるのが正しい。

そして、約音…つながった音が一定の形式になった時に、省略されたり別の音になったりする規則により、音が変化する。


文法としては、皆が普通に使っている言葉を記録しただけなので、これ以上には踏み込んでいない。

でも、省略せず「読まれる」だと、尊敬語(偉い人が読んでいる)になってしまうので、約音することによって意味を変えているのだろう。



同じように考えると、「起きられる」も尊敬語と混乱してしまう。

Okir(ar)eru と考えて「起きれる」にすれば混乱しない。


混乱を避けるなら文語でも、と考えるかもしれないが、文章はゆっくり考える暇があるので混乱はしない。

また、改まって話をするような場合も、そういう際には普段よりも声をはっきりと、テンポはゆっくりと話をするものだから、問題は起きない。



つまり、こういうことだ。


・「れる」を付ける。

・一部の言葉は、「れる」を付けた後で ar の音を取る。

・特別な場合のみ、一部の言葉で「れる」ではなく「られる」を使う。



ここでわかることは、「ら抜き言葉」と言われているけど、実体は「ら入れ言葉」だということだ。

本来入っていないのが普通で、丁寧にしたい時だけ「ら」を入れる。


これが、100年前に日本で最初に記録された「口語」の文法だ。

文語と違い、口語はその時に記録しなければ失われる。


だからこれ以前はわからないけど、明治に入った途端に、急に全国で一斉に使い始めたとは思わない。

少なくとも江戸時代後期にはそうなっていたのだろう。



さて、最初の話に戻ろう。

「ら抜き」は日本語の乱れだと考えている人が多い。


100年以上前から使われていた「普通の日本語」は乱れているのだろうか?



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保存できないものの保存【日記 17/08/07】

アーカイブとはなにか【日記 16/12/17】

別年同日の日記

01年 11/17

02年 予約特典

04年 CSV-S57改造

13年 ミッキーマウス&ポール・モカペトリス 誕生日

14年 ポール・モカペトリスの誕生日(1946)


名前 内容

新しい文盲  2016-11-15 14:32:34  その他

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5年前、東京大学入試に挑む人工知能「東ロボ君」というプロジェクトがスタートして話題となった。

そして今年、東京大学は諦めて進路変更、という形でプロジェクトは断念された。


まぁ、5年というのはいい区切りだし、東京大学は「高い目標」として設定されていただけなのだろうから、これでいいのだろうと思う。

話としては東京大学を目指すのは面白かったのだけど、ある程度限界がわかったところでプロジェクトの成果を取りまとめ、次につなげようということだろう。




最近AIがやたらと世間をにぎわせているのだけど、これはAIによる「自動認識器」が急激に実用段階に入ったから。

主にディープラーニングと、自己強化学習だな。


詳しく書くと長くなるので、知りたい人は以前に書いた記事を読んでもらうおう。


ディープラーニングや自己強化学習は、「うまくいく、と経験則にわかっているが、なぜうまくいくのかは説明できない」ものだ。

ついでに言えば、上手くいく問題の範囲は結構狭くて、それ以外の分野では全く役立たない。


ただし、この守備範囲が従来のコンピューターが苦手とする範囲だったので、組み合わせによって可能性は広がるのは事実。



ところで、AIという言葉を考案し、AI研究の第一人者だったマービン・ミンスキーは、こうした「よくわからないけどうまくいく」を嫌っていたようだ。



彼は、AI研究を通じて、「人間の知的活動」を知りたいと考えていたから。

プログラムは理論的なものしか扱えず、そのプログラムによって人間と同じように考えられるAIが出来上がれば、それは人間の知的活動がどのように行われているかを示すことになる、と考えていたようだ。




さて、東ロボ君は、マービン・ミンスキーの考えに沿って作られていたAIだったようだ。

東京大学入試に挑む、という目標を持っているけど、合格できればなんでもいいというわけではない。

このAIを作ることで、人間がどのように考え、どのように答えを導くのか、ということを調べるのが目的の一つだったらしい。


東大合格には点数が足りないものの、大学受験生の平均点レベルには達している。

つまり、東大合格するような天才ではないにせよ、普通の子供の「考え」レベルには達しているわけだ。


そして、ここで問題が明らかになる。

平均点に達した東ロボ君、実のところ「文章を読んでも全く理解できず、非常に頭が悪い」のだ。

つまり、これが日本の平均的な若者の姿だということになる。


詳しくはこちらの記事を読んでもらうといいだろう。


AI研究者が問う ロボットは文章を読めない では子どもたちは「読めて」いるのか?



さて、先に書いた疑問にぶち当たり、東ロボ君プロジェクトの派生研究として、多くの人に「文章を読めているか」のテストが行われた。

そもそも、どういう状態を「読めている」とみなすか、という点から考慮され、新たなテスト形式が考案された。


この結果は、驚きとともに今年の夏の新聞をにぎわしたのを覚えている。

同じプロジェクトだ、というのは気づいてなかったけど。


簡単な文章で、「答えがそこに書かれている」問題を読ませても、正しく答えられない子が多い。


結論としては、5割の子供は教科書に書かれてあることが読み取れていない。

2割の子供は基礎的なことが一切わからない。



まだ予備調査段階で、上のデータは「公立中学校に通う340人」にテストした結果だそうだ。

今後、1万人程度の調査が予定されている。


救いなのは、「公立中学校」であることだ。誰でも入れる。

これが、受験が必要な私立中学校だと、基礎が理解できてない子供は 5% まで減る。

それでも 5% はわかっていないのだけど。




さて、東ロボ君プロジェクトを推進してきた教授としては、原因が教育方法にあるのか、貧困による教育機会の逸失にあるのか…などを調査する予定だそうだ。


それは結構なこと。ぜひ進めていただきたい。

周囲の大人の努力で子供の能力が伸びるのであればやらないといけないし、彼女らの立場ではそれが仕事だろう。


その一方で、僕としては別の考えが頭をよぎる。


これは、10年くらい前から話題になっている、「新しい文盲」ではないのかな?


調べてみると、「機能的非識字」と呼ばれるようだ。

「非識字」の文盲と違い、識字…字の理解はできる。ただ、そこに書いてあることが理解できない。字が機能していない。

だから「機能的非識字」。


上にリンクした Wikipedia のページには、アメリカとイギリスの研究例が載っている。

アメリカでは、書かれていることの意味が全く理解できない人が、成人の 14% と見積もられている。

先のテストでいう「教科書が読み取れてない」のレベルについてはわからないけど、ちゃんとすべてを理解できる人は人口のたった 13% となっている。


イギリスの例では、6人に1人がリテラシー能力がない。16% 程度、ということだろう。

42% が「基礎力がない」というのだから、これが「教科書が読み取れていない」レベルに相当するのだろう。



今すぐに資料を示せないのだけど、以前に読んだ話では言語による違いは結構大きいらしい。

アメリカもイギリスも「英語」なので、日本語とは結果が違うかもしれない。


ただ、問題は僅かな違いにあるのではない。

文章を読んでも意味が理解できない、という現象が日本特有の問題ではなく、世界中で見られる普遍的なものだ、ということだ。




ディスレクシア(難読症)、という障害がある。映画監督のスピルバーグが「自分は難読症だ」と告白して話題となった。


文盲・非識字というのは、従来は「教育の機会が得られなかった」ためになるものだと考えられていた。

しかし、難読症は教育の問題ではなく、脳機能の障害だ。


そして、知的障害を持つ人の多くが特定分野で素晴らしい才能を見せるように、難読症でも素晴らしい才能を持つ人が多い。

先に挙げたスピルバーグもそうだし、作家であっても難読症の人はいる。


(ただし、その才能に気付かなかったり、周囲の理解が無かったりすると、「文字が読めない」ための不都合を受けやすく、むしろ社会的な底辺層に甘んじなくてはならない場合も多い。)



難読症の人は、文字が読めないだけで、頭が悪いわけではない。

誰かに音読してもらったり、今ならコンピューターで音読させれば、ちゃんと本の内容を理解できる。


難読症もまた、言語により発生割合が違うことが知られている。

全く読み書きできない、という場合もあれば、読めるけど書けない、読み書きできるけど複雑なものは苦手、などもある。


軽いものも含めた場合、アメリカでは人口の2割程度に何らかの難読症の症状がみられる、とする研究もある。


#ちなみに僕は、「漢字読めるけど書けない

 「ていねいなあいさつ」って漢字で書けますか?




もともと人間は言葉、音声でコミュニケーションを取ってきた。

特殊能力としてではなく、庶民でも文章を読むようになってから、せいぜい200年程度の歴史しかない。


生命として…どころか、人類の歴史としても、文章なんて「読めなくて当たり前」なのだ。

文章で示されても脳が意味を理解せず、音声で聞いてやっと理解できるとしても、何の不思議もない。



その一方で、学問は膨大な知識を蓄えた「本」を中心として発展してきた。

学問、教育の立場にいる人が、文章を読めないことを問題視する理由はわからなくもないが、「皆が読めるようになるべき」と考えること自体が、学問をやっている者…強者の奢りかもしれない。



先に書いた夏の新聞記事では、アクティブラーニングなどを導入する前に「教科書を読む」という基礎を徹底する必要があるのではないか、と提言している。


でも、5割も読めていないというのは、決して読めない人の学習方法が悪いとかではなくて、そもそも「本を読ませる学習方法」が間違えていたのかもしれない。


その場合、むしろコンピューターを使い、能動的に学ぶアクティブラーニングのほうが良い勉強方法である、という可能性だってあるだろう。




多分、この問題はずっと昔からあって、今まで気づかれずにいただけだ。

でも、200年前までは文章を読む必要なんてなくて、問題にはならなかった。

今は問題になるのだけど、気づいたばかりなのでまだ正解は見えていない。


何か良い学習方法が開発されて、ちゃんと勉強すればすべての子が教科書を正しく読めるようになる、というのであれば、小学校はみっちりと教科書を使った学習をするのも良いだろう。


でも、ディスレクシアのことも考えると、「読めない」のは学習方法の問題ではないように思う。

ならば、むしろ教科書に頼る教育から離れたほうが良いのではないだろうか。



2016.11.28追記

その後、東ロボ君のプロジェクト報告会があり、記事になっています


しばらく前にテレビ番組で東ロボ君のことをやっていて、どのように問題を認識し、解いているかなどの全体構成も紹介されていました。

僕はこの番組で大まかな内容を知りました。


上の記事でも詳細を解説しているので、興味のある方は読むと参考になると思います。



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別年同日の日記

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12年 再度JAMSTECグッズ

13年 Intel 4004 の発売日(1971)

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名前 内容

パラリンピック  2016-09-20 18:08:21  その他

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パラリンピックが閉会した。

オリンピックに引き続き、子供と楽しく見させていただいた。


選手、ならびに関係者の皆様、お疲れ様でした。



僕は運動が苦手だし、野球やサッカーを観戦する趣味もあまりない。

なんか、どこかのチームや団体に思い入れる、ということができないのね。冷めてる。


でも、良く組み立てられたルールのゲームで、熟練したプレイヤーが戦うのは、見ていて面白い。

見ているこちらとしてはそれほどルールの知識がないので、最初は何やっているんだかわからない。


だけど、意味不明と思っていた行動の理由を考えていて、解説者の言葉などでルールを知った時に全てがつながると、非常に面白く感じる。




パラリンピックでは、車椅子ラグビーのルールの巧妙さに唸った。


ラグビー、と言っていたのに、ラグビーらしくない。むしろバスケットボールのようなゲーム性を感じた。

でも、試合運びはバスケットボール程激しくない。ほぼ常に「1点差」か「同点」の状態で、この1点差も常に同じ側がリードしている。


ずっと追いつ追われつでだらだらとした試合展開。あまり面白くないよ? と思いながら見ていたけど、第1ピリオドの終わり間際になって、このゲームの見どころがわかった。


車椅子ラグビーは「時間調整」が元も重要なゲームだった。

ボールを持つと、だいたい15秒程度で点数を入れることができる。

それだけでなく、40秒以内に得点を上げられないとペナルティになる。


相手からボールを奪うことが難しく、ゴール後は相手ボールで始まるため、1点差か同点、という状態でゲームが進行する。


じゃぁ、どこで勝負をかけるかというと、「ピリオド終了時に1点差を守るか、同点にするか」の勝負になる。

一番良い方法は、ピリオド終了1~2秒前にゴールを決めて1点差にすることだ。


これを逆算すると、55秒目で1点差のゴールを決める、というのがセオリーとなる。


(その後、相手が速攻で同点にしても、10秒程度はかかる。残り45秒で、40秒以内にゴールする決まりなので、時間いっぱいまで使って1点差にすれば、相手には5秒しか残されていない。

 また、相手が40秒いっぱいに使って同点のゴールを入れた場合、残り15秒あるので十分点数を入れることができる)


ゲームの全ては、この時間調整のために回っている。

ゴール前で攻撃側がわざと動きを止めたり、それをわざわざ守備側が押してゴールさせたり。

「相手に得点を取らせることが重要な戦略」なんてゲームは、なかなか無いように思う。


ボールを持っているのにも制限時間があるのだが、選手がいつでも使える「タイム」によって、この時間をリセットする、という戦略もある。

ただし、タイムは試合全体を通じて、4回しか使えない。(1試合は4つのピリオドで構成される)

このタイミング配分も重要なカギとなる。


戦略が理解できてくると、非常に興味深い、面白いゲームだ。




ゴールボールも面白かった。ボッチャも…面白そうだから見てみたかったのだけど、残念ながら放送に出会えなかった。

(局によっては放送したのかもしれない。いくつかの時間帯を適当に録画していたが、ゲームの説明と試合結果しかやらず、試合自体を見られなかった)


いずれも非常に戦略的なゲームで、見ていて面白かった。



ゲームというのは、制限の中でどのような戦略を立てるかが見どころだ。

パラリンピックの場合、身体の障害といった「制限」があるわけだけど、それをゲームのルールに組み込んでしまえば皆平等になる。


正直なところ、遊べる機会があるならゴールボールはやってみたい。

ボッチャもやってみたいのだけど、このゲームはすごく難しそうだ。というか、上級者のレベルが高すぎて歯が立たなさそう。




足に障碍がある人々の重量挙げも見た。


もちろん、普通に重量挙げを行うのは無理なので、ベンチプレスで行う。

ルールが違うので一般の重量挙げと比較することは出来ないのだけど、少なくとも僕はあの重さを持ち上げられない。

足の障碍があったとしても、あの人たちは僕よりずっと健康体だろう。


重量挙げなので、体重別のクラスに分かれている。

だけど、この「体重」って、普通の人なら足の重さも入るけど、両足切断の人は足の重さがないわけだよね。


その分、上半身の筋肉をつけても良いことになる。

先に書いたように、普通の重量挙げと比較はできないのだけど、普通の重量挙げよりも有利な条件かもしれない。



同じく足に障碍がある人達の、走り幅跳びも見た。


リオオリンピックの金メダルは、8.38m だ。

パラリンピックは、8.21m 、オリンピックに出場していたとしたら、5位だったそうだ。


この金メダル選手は、オリンピックに出場したいと交渉したのだけど、「義足が有利に働いていない」と証明することが条件とされ、この証明ができなかったために諦めた。

(ちなみに、彼の作った障碍者世界記録は 8.40m で、走り幅跳びの世界記録は 8.95m だ)


障碍者の走り幅跳び選手の上位記録者は、みな義足で踏み切っている。

つまり、義足の弾力を効果的に利用すれば、少なくとも障碍者の中では記録を伸ばすことができる。


でも、障碍者はそもそも身体の左右バランスがとれておらず、走るときもうまく走れないし、着地もきれいではない。

義足はジャンプするうえで有利かもしれないが、義足をつけないといけない体は不利だろう。

有利な点も不利な点もあるのに「有利でない証明」だけを求めるのはフェアでないように思う。



そして、僕はこれは見てないのだけど、車椅子マラソンは非常に高速だ。

通常の記録は 2時間 2分 57秒。


これに対して、車いすマラソンは 1時間 18分 25秒、または 1時間 20分 14秒。

細かなルールの問題で2つの記録が存在しているが、いずれにせよ健常者よりもはるかに速い。




多くの人が知っていると思うので詳細は省くけど、パラリンピックに先駆けて、障碍者が「感動ポルノ」に使われている、と問題視される件があった。


そのため、パラリンピックをどのように見てよいかわからない、という人も少なからずいたようだ。


僕は競技内容にのみ興味があったので、淡々と中継(もしくは録画の放映)をするものを見ただけだ。

スタジオでの解説などがある番組では、多少は練習の難しさなどの「感動話」を伝えるものもあったかもしれないけど、全体としてお涙頂戴に仕立てるような感動ポルノはなかったと思う。


でも、これって見る側の心の持ちようでもある。

淡々と試合を放映をしているだけでも「かわいそうに、この人たち体不自由なのに、頑張ってるんだ」と勝手に感動ポイントを作りながら見ようとする人もいる。



体不自由なのに、とかは余計な情報だ。

障碍は関係なしに、単に自分ができるか考えてみればいい。


200kg のバーベルを持ち上げられるか?

アイマスクをしたまま、音と触覚だけを頼りに球技ができるか?

8m のジャンプをできるか?


変な感動ポイントを作ろうとせずに、目の前にいる人のすごさをそのまま見ればいい。

「かわいそう」で感動するのではなく、「この人すごい」と感動するのは、感動ポルノではない。



#もっとも、感動ポイントを勝手に作りたい人の心情もわかる。

 「自分にできるか」を考えるためには、自分を含め、一般的な能力がどの程度かを理解していないといけない。

 そんな理解がない人…残念ながら頭も悪く、普段から生活に注意を払っていないために、状況を自分に置き換えた想像もできない人は、競技内容や記録で感動することができない。


 そんな時、「代わりに」目が見えないとか、足がないとか、わかりやすい身体的特徴で話をするしかないのだ。

 こうした頭の悪さ、感受性のなさ、想像力のなさもまた、ある種の障害ではある。

 障碍者への理解を考えるのであれば、障碍者を理解できない人への理解も同時に考えないといけない。




話を少し戻して、「義足が有利でない証明」の話。


彼にとって、義足は靴のようなものだ。

じゃぁ、オリンピックに出ている陸上選手の「靴」が有利でない証明は出来るのか、という問題のようにも思う。


義足を「履いて」いることが問題になるなら、オリンピックでもみんな素足で競技をすればいい。


実際、靴は非常に重要だ。

競技場の床はゴム樹脂のチップを固めて作ってあり、スパイクを履けば足は滑ることなく、すべての力を前に進む力に使うことができる。


靴がなければ足は滑ってしまい、記録は落ちるだろう。


オリンピックが「参加することに意義がある」というクーベルタン男爵の精神を受けついているのであれば、義足の選手であっても、一定の基準に達していれば出場を認めるべきだと思う。



でも、一方で車いすマラソンの問題がある。

同じマラソンだと認めてしまうと、車椅子に乗っていない選手は出場できなくなるだろう。


それは「マイノリティにのみ権利を認める」ことになってしまい、「参加することに意義がある」オリンピックの精神に反することになる。

障碍者をどう扱うか。認めない場合も、認める場合も、オリンピックの理念を壊す可能性が大きいのだ。


結局、「義足が有利でない証明」は、パンドラの箱を開けないための苦渋の決断だったのではないかと思う。




また別の問題もある。


義足の選手がオリンピックに出ることを認めたとして、じゃぁオリンピックに統合しましょう、となってしまうと、パラリンピック選手のほとんどは出場できなくなり、活躍の機会を失ってしまう。


これは本意ではないだろう。多くのマイノリティに活躍の機会を与えることが、パラリンピックの目的の一つだ。


でも、パラリンピックとオリンピックが分断されていれば、マイノリティはいつまでたってもマイノリティだ。

マイノリティが認められる社会を目指すと言いながら、分断し、差別を続けることに繋がってしまう。



そこで、2段階に考えることは出来ないだろうか、と思う。


まず、パラリンピックとオリンピックは、今のまま分離した大会とする。

その上で、「直近数年間の記録を元に、健常者と障碍者の競技レベルが僅差である」と認められる場合にのみ、パラリンピック側の希望選手がオリンピックに出場することを認める。


「僅差である」というのは、言い換えれば「義足などが有利に働いていない」ということだ。

ただ、選手に証明を求めるのではなく、競技団体などが基準を作って判断する。


あくまでも「直近数年間」をもとに判断する。

車いすマラソンのように、明らかに差ができてしまったらそれは別の競技と考える。

(車いすマラソンだって、最初は健常者より遅かったのだ)


たとえば、次回の東京オリンピックでは、障碍を持つ走り幅跳び選手は出場できるかもしれない。

でも、その20年後に…義足がさらに進化し、障碍者のほうがはるかに良い記録を出しているようなら、出場を認めるわけにはいかない。



また、オリンピックでは一緒に競技することを認めるけど、これはあくまでも「お祭り」としてのものだ。

記録自体は別集計、が望ましいと思う。

将来障碍者の記録のほうが伸びたときに、過去の記録も疑いがもたれて後から抹消、とかややこしい話にならないように。




なんだか話が雑多にとっ散らかってしまった。


いろいろ書いたけど、言いたいことはただ一つだ。


いつの日か、オリンピックとパラリンピックの垣根なんてなくなって、それぞれ「性格の違う大会」ではあっても、同じようにみんなが…選手も、見る側も、楽しめればいい。


そのためにも、選手が相互に(もしくはパラリンピックからオリンピックに)乗り込んでくるような交流があっていいと思うし、見る側も障碍者を特別視するのではなく、普通の人として見ないといけない。


そこまで行っても、パラリンピック選手は「すごい技の持ち主」だから注目してもらい、普通に扱ってもらえるのかもしれない。


全ての障碍者が、普通の人、当たり前の隣人だと社会に受け入れられるようになる日が、早く来るといい。



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