その他の日記です

目次

2018-06-13 携帯電話コンテンツ
2018-05-17 義母の葬儀
2018-05-07 バーベキュー
2018-04-22 おわび
2018-04-04 ピューロランドの秘密
2018-03-20 掲示板一時閉鎖のお知らせ
2018-03-09 匿名コメントへの返答
2017-10-30 コンビニ強盗
2017-08-31 夏風邪
2017-08-11 打ち上げ
2017-08-10 チェックめいと!
2017-08-07 保存できないものの保存
2017-07-24 テレワーク・デイ
2017-07-13 ルビク・エルネーの誕生日(1944)
2017-07-06 セレンディピティ
2017-07-03 当たる占いの作り方
2017-07-03 血液型別性格診断
2017-04-17 アメリカが日本製のパソコンに100%関税をかけた日(1987)
2017-04-03 ルータ交換
2017-02-23 早口言葉
 …同じテーマのほかの記事
携帯電話コンテンツ  2018-06-13 11:52:47  その他

▲目次へ ⇒この記事のURL

急に昔ばなしなのだけど、僕は1999年に独立して個人会社を興し、フリーのプログラマを始めた。

最初は、当時流行していたので WEBページ作成サービスを始めるつもりだったし、実際いくつか作った。


でも、そうした中で「携帯電話用の WEBページ」の仕事を依頼された。

しかも、ゲーム関連の仕事経験者を求めていた。


i-mode 発売直前の話。

作ったコンテンツは、まだ数少なかった i-mode エンターテイメントコンテンツの中では、それなりに人気となった。




その後 i-mode はブームとなり、その仕事の際に知り合った人が、携帯電話向け専業で会社を興したいので参加しないかと誘ってきた。

僕自身の会社もあるので、社員になるのではなく「外注会社として参加する」形式をとらせてもらった。


i-mode は大ブームとなり、早々に大企業や著名人、有名コンテンツ(キャラクターなど)の使用が無くては入り込みにくくなっていた。

そこで、まだコンテンツが手薄だった AU(当時はまだ IDO) の EZweb 向けにターゲットを絞り、数本のコンテンツを作った。


何本かは大ヒットと呼んでも良いだろう、という程度に人気が出て、i-mode でもサービスを開始できた。

つまりは「有名コンテンツ」と認められたのだ。


DDI Poket …のちの Willcom や、Softbank でもサービスを開始できた。




日本で iPhone が発売されたのは、2008年のこと

もう10年前だ。


当時僕は W-Zero3 を使っていて、スマートフォンの限界を理解している…つもりだった。


当時の携帯電話向け WEB サービス、特に店舗などで使える「クーポン」を配布するようなものは、i-mode / EZweb / Softbank を IP アドレスで識別し、それ以外の環境ではアクセスできなかった。


すでに携帯でのクーポン使用、席の予約などは当たり前の社会インフラになりつつあった。

これが使えないというのはとても不便で、スマートフォンは「携帯電話としては使い物にならない」ものだった。


さらに、当時の iPhone は PC を持っていることを前提に設計されていた。

なにかと「PC と接続して作業する」ことを求められる、パソコンのデータを持ち出して便利に使うための機械だった。


パソコンを持っていないけどメールをしたいから i-mode を使う、というユーザー層は結構多く、そういう人たちはスマートフォンに手を出せるものではなかった。


これらの理由から、iPhone も当初は「面白いガジェット」扱いで、使う場合でも i-mode などとの2台持ちをするのも普通だった。



だから、急には携帯電話コンテンツもなくならないだろう、と判断した。

既存コンテンツのほうでまだ行いたいこともあり、開発力の都合…事実上僕一人しかプログラマがいなかったので、スマホのコンテンツ開発に力を入れる余裕はなかった。


しかし、この判断は失敗だった。


iPhone は、確かにしばらく使い物にならない状態が続いていた。

しかし、2009年には docomo が、2010年には au も、android スマートフォンを発売。


もちろんすぐに普及はしなかったのだけど、先に書いた「クーポン」などの社会インフラも、急激にスマートフォンに対応し始める。

とりあえず、IP アドレス識別は無くなり、いわゆる「キャリアメール」以外のメールアドレスも使えるようになっていった。


iPhone 自体の使い勝手も改善され、PC なしでもそれほど問題なく使えるようになっていった。


この流れは、docomo が iPhone を発売した 2013年で完成したように思う。

社会インフラも、8割がたスマートフォンに対応した。

もはや2台持ちなど必要なく、i-mode 時代のサービスは不要になったのだ。




もちろん、僕らの会社も 5年間何もしなかったわけではない。

携帯電話向けのコンテンツを、スマートフォンでも見やすいように、ユーザーインターフェイス改修などを行っていた。


それでもまだ、流れが読み切れていなかったんだ。


携帯電話コンテンツは、すべてキャリアが用意した「公式メニュー」の下に入っていた。

この公式メニュー入りというのが何よりも良い宣伝方法で、特に AU は、「人気順」になっていた。


初期のコンテンツが少ない頃に入り込んだ僕らのコンテンツは、人気で1位になった後、「1位だから」という理由で、特に宣伝をしないでも人気を維持できていた。



各キャリアは、スマートフォンでも同じように「公式メニュー」を展開した。

ユーザーインターフェイスの改修は、「スマホ向け」ということで公式メニューに掲載される条件だった。

これで、携帯コンテンツの時と同じような流れが維持できると考えたんだ。


しかし、キャリアの公式メニューなんて、ほとんどだれも使わなかった。

スマホで重要なのは、アプリストアだった。

たとえ内容が WEB アクセスするだけの専用ブラウザに過ぎなかったとしても、まだアプリが少ないうちにストアに並べたところが人気を独占した。




というわけで、5年前くらいを境に、急激に売り上げが下がった。


2013年ごろ、僕がこの WEB ページに急に力を入れていた時期がある。

あれは、減った収入を補うために WEB 広告でどの程度儲かるか見てみたかった、というのと、どこかほかの仕事を探すための技術的デモンストレーションの二つの意味があった。


でも、このページ内容のままでは大して広告収入は入らなかった。

本気で広告収入目指すなら、自分の趣味は抑えて、みんなが見たがっている情報…フェイクニュースでも何でも流さないとだめだ。



半年もすると生活費に困るくらい売り上げが落ちたので、決断した。

それまでは、皆で設立した会社の仕事を最優先で考えていたけど、優先順位を変えさせてもらおう。


フリーを辞めて、どこかの会社に就職するつもりだった。

そうなれば、もうそれ以外の仕事はできない。それでも生活を守る方が大切だ。



…が、妻に「せっかく会社を持っていて、家で働ける環境も整えているのに、就職するのももったいないよ」と諭された。

方法はいくらでもある。就職は最終手段だと考えて、在宅でできる仕事を探すことにした。



幸い、いい仕事が見つかった。今はそちらの仕事がメインになっている。

でも、最初から急に軸足を移したわけではなく、最初は以前からやっている携帯コンテンツ会社の仕事も半分くらいの比率でやっていた。




生活が成り立たないので、別の会社の仕事を受ける、ということはちゃんと会社メンバーに伝えた。

その時一緒に、赤字で続けるよりはコンテンツの終了も考慮したほうが良いのではないか、ということを、社長に対して進言した。


でも、最後の決断は社長に任せた。

社長は、もう1本、その時作りかけだったスマホコンテンツを作り上げてから決断しようと決めた。


これは、単に決断を先延ばしにしただけではなく、社長の身銭を切ってでも、僕らを雇い続けるという決断だった。

報酬はとても安く、実際働く時間に見合っていなかったのだけど、そこまで意思があるのであればと、続けることにした。



このコンテンツは、申し訳ないが完成に時間がかかった。

先に書いた通り僕しかプログラマがおらず、僕はほかの会社の仕事も同時進行していたためだ。


さらに、コンテンツの性質上、ひとりで iPhone 版 / Android 版 / WEB 版、そしてそれらと通信するサーバーを構築しなくてはならなかった。

WEB サービス構築は慣れているが、スマホアプリは不慣れであることも、なかなかプログラムが進まない理由だった。


とにかく時間も手も足りない。「とりあえず動く」ようになった時点で完成とした。これが1年ほど前。

そして、公開して1カ月くらい様子を見たが、売れる兆しは全くなかった。

完成度が低いのはわかっていたので、申し訳ないが自分でも売れないだろうとは思っていた。



でも、社長はもう少し別のこともやりたいと、手間がかからずにできそうなことをいくつか試した。

そして、前年度が終わるころ…今年の春になって、事業を縮小することを決断した。




携帯サービスは続いていたのだけど、契約者はすごく少なく、運用コストを考えると赤字を垂れ流していた。

各キャリアの公式サービスとなっている以上、これらを辞めるにしても急にやめるわけにはいかない。


書類手続きや、ユーザーへの告知などを粛々とこなし、最近になってやっと閉鎖できるようになったので、少しづつ閉鎖していった。


意外だったのは、すでにほとんどユーザーがいないと思っていたのに、そのわずかなユーザーには熱烈に支持されていたのだ、ということ。

閉鎖告知を出してから、初期のころから使っています、というユーザーからの「今までありがとうございました」というメールが次々と舞い込んだ。


毎日わずかな時間だけどコンテンツをチェックする習慣になっている、という人もいて、その人からは生活の一部を奪ってしまうことになり申し訳ない。

後継サービスはないのですか、という問い合わせも多かったのだけど、それもない。

申し訳ないが、他社の類似サービスを自分で探して使ってほしい。



そして、今日先ほど、最後の一つを停止させた。

これで自分が作ったキャリア公式サービスは、すべて終了となる。


すでに役目を終えたものだと思っているのだけど、少し寂しい気分もあり、こんな日記を書いている次第だ。




コンテンツは終了しても、残務整理がまだあるので、会社業務としてはまだしばらく続く。

また、会社を終了させてしまうつもりはない。


先に書いた「できの悪いスマホアプリ」は、まだしばらくサービスを残しておこう、ということになっている。

すでに売り上げを期待しているわけではなく、他の会社と何か共同でやる時に、名刺代わりくらいにはなるだろうという判断。



社長は、サーバー管理などがあるために就職することもできず、貯えを切り崩しながら生活していたそうだ。

(キャリア公式コンテンツでは、サーバー停止時に数時間以内の復旧が求められていた。万が一に備えるため、24時間常に待機していなくてはならない)


コンテンツ終了で生活基盤を整えられるようになるので、安定したらまた何かやりたいらしい。

別に喧嘩別れするわけではないので、その時にはまた協力したいと思っている。



▲目次へ ⇒この記事のURL

別年同日の日記

02年 アップデート完了

02年 サーバー完全復活

04年 夏至祭

07年 大人買い

17年 遅い Javascript を iframe に追い出す方法


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

義母の葬儀  2018-05-17 18:06:55  その他

▲目次へ ⇒この記事のURL

妻の母、僕の義母が死去したので、家族で葬儀に参列してきた。


参列というか、一親等なので本来は喪主側だな。

でも、家が遠いし妻としては「結婚して家を出た」つもりでいるので、葬儀の段取りなどはすべて義父と義兄に任せた。

だから、ほとんど参列しただけ。




義母は、3年半前に倒れて以来、植物状態だった。


倒れた時は年末だったのだけど、危篤の報が入って妻がすぐに実家に向かった。

そのまま死去したら家族で葬儀に参列しないといけない、ということで、僕や子供たちも準備して待機した。


しかし、3日くらいたって「意識は戻らないが生命の危機は脱した」状態になった。

それ以来、いつ急に訃報が入っても大丈夫なように、バッグにまとめた葬儀の準備はそのままにして置いた。



そのまま3年半。


最初は、意識がないのは承知のうえで見舞いにも行ったし、残された義父が心配で時々実家に行ったりもした。

実際、義父は不摂生だったようで、知らない間に入院したりもしていたようだ。


しかし、3年半もたつと、義母がいない状態で暮らしも成り立つようになる。

いなくなるその日に向けて、ゆっくりと覚悟が進んだともいえる。



そして1カ月ほど前、再び「危篤」の報。

その後、危機を脱したと連絡があったまま、何の連絡もなくなった。


もしかしたら、すでに死んで混乱のまま、こちらに連絡が来ていないのかもしれない。

問い合わせないといけないな…と思っていたところ、1週間ほど前に、再び「危篤」の報。


そして、そのまま死去の連絡がきた。




こちらは遠く離れていて詳細がわからないので、葬儀の段取りなどは全部任せることにした。

半日ほどたち、段取りが決まったので葬儀の日時と場所が送られてきた。


それからホテルを取ろうとするも、最寄り駅の駅前はビジネスホテルしかない。

家族5人で泊まろうにも、ビジネスホテルは「ツインルーム」が最大人数であることが多く、どうしても子供一人の部屋が生じてしまう。


車で30分ほど離れた別の駅に、大きめのビジネスホテルがあり、トリプルルームとツインルームを隣部屋でとることができた。

通夜・葬儀でホテルと葬儀場を往復することになるので、30分は少し遠い。しかし、他に選択肢はなかったので仕方がない。


距離的には30分…と考えていたのだが、実際には途中に渋滞しやすいポイントがあり、移動は毎回45分ほどかかった。




通夜の日(14日・月曜日)は、自宅で朝の家事を終わらせてから出発。

遊びに行く時のような朝6時出発の必要はない。


車で移動が2時間ほど。暇だろうから、子供たちにはゲーム・タブレットでのビデオ鑑賞を許可する。


家族旅行の際には、基本的にそういうのは許可しないのね。移動時間も含めて楽しい家族旅行だから。

でも、今回はそうではない。子供は面白くもない葬儀に強制参加させられるだけだ。


ちなみに、先に書いたように義母は3年半前に倒れている。

その前に子供たちと何度かあったことはあるのだけど、特に一番下の子は保育園の頃にちょっとあっただけで、ほぼ記憶がない。

長男でも、少し覚えている程度で、特に思い出などがあるわけではない。


でも、二親等だから葬儀には参加するものだ。

強制参加とはそういう意味。



午後3時ごろ、一端ホテルにチェックインし、少し落ち着いてから着替え。

その後葬儀場へ向かう。


おそらく、家族は2時間前集合だと思う。

でも、通常の参列時刻しか聞いていなかった。

せめて1時間前につこう、と思っていたのだが、渋滞に巻き込まれたりして、到着は30分前だった。




先に書いたが、入院が長かったので義父・義兄は覚悟できていたようだった。

特に死去に対するショックがあるわけでもなく、淡々としている。


妻の記憶では、妻の祖母が亡くなった時は義父・義兄とも「死」というものに対するショックで、泣きじゃくっていたそうだ。

同じような状態だったらどうしよう、と妻は心配していたのだが、それは杞憂だった。


通夜は40分ほど。

小学校3年生の次女には退屈で仕方がないようだったが、よく耐えてくれた。

中学2年の長男はちゃんと座っていたが、やっぱ「疲れた」らしい。


通夜の後は、会食。

義父は小さな会社を経営しているため、親戚よりも仕事関係者が多い。

特に会話するようなこともないのだが、幸いうちは家族だけで5人もいるわけで、1テーブル専有できた。


食事は美味しかったが、仕事関係の人の多くが食事に手をつけずに帰ってしまう。

「残すのもったいない」と子供たちは食べていたが、そんなに食べれるわけもない。無理。



一端ホテルに戻る。




翌朝、ホテルの朝ご飯はバイキング形式だった。


前日夜は食べ過ぎたので「おいしそうだけど食べられない」と子供たちは言いつつ、かなり食べた。

だって、美味しそうだったから。


特に急がないので、10時チェックアウトでまた葬儀場へ向かう。



11時45分から、葬儀が40分ほど。

さらに、続けて繰り上げ初七日法要を行ったので、これが30分ほど。長丁場。


実は長男、葬儀の直前の土曜日が体育祭で、実行委員もやっていたために疲れていた。

余りに長丁場で、座ったまま寝ている。かわいそうだが、時々起こして寝崩れないようにしないといけない。


葬儀後は、バスで1時間ほどかけて火葬場へ移動。

長男だけでなく、子供たちはみな寝た。


火葬の開始はすぐで、その後待ち時間の1時間ほどをかけて、昼飯を兼ねた会食。



…これが苦痛だった。

前日の通夜と違い、テーブルが一つながりだった。


親族なので義父・義兄の近くに座るが、義父は少し離れた仕事の付き合いの人と話をしたりしていて、落ち着いて食べられない。

当たり前だが大人向けの仕出し弁当で、下の子二人には量が多すぎた。好きなものだけ食べさせ、残させる。



収骨。

下の子二人は、骨を見るのが怖いようだったので、部屋の片隅で待機。

長男は参加した。


長期入院のせいか、骨はもろくなっていた。

ただ、なぜか大腿骨は立派。


立派だと骨壺に入らないので、職員が折り潰すのだけど。



この後、再びバスで葬儀場に戻り、散会。

この時点ですでに午後4時くらいだったかな。


もうみんな疲れていたので、帰りはまっすぐ家に帰った。

帰り着いたの、夜7時前だったかな。


疲れと食べ過ぎで夕ご飯は食べる気がしなかった。


冷蔵庫にあったもので、冷ややっことサラダを作ってそれだけ食べた。



…長男と長女はこの後すぐ寝たのだけど、次女だけ「お腹空いて寝られない」と起きてきて、僕と一緒に少しパンを食べた。



▲目次へ ⇒この記事のURL

別年同日の日記

02年 5/17

14年 アラン・ケイの誕生日

15年 JAMSTEC一般公開日


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

バーベキュー  2018-05-07 15:29:34  その他

▲目次へ ⇒この記事のURL

G.W. 中のイベントをもう一つ。


結局家にいたわけなのだけど、5日(こどもの日)に庭でバーベキューをやった。


次女が冬の間から「バーベキューやりたい」と言っていた。

いつもなら、草の枯れた庭を整理し、枯れ草を焼却するのを兼ねて、ソーセージとか焼いたりするから。


でも、今年の冬は寒さが厳しく、出る気がしなかったのでやらなかった。

春になってから慌てて庭を整えているが、ついでにバーベキューもやろう、とは考えていた。


でも、前半は何となくそういう雰囲気にならずに過ぎた。

後半にやろうと思っていたら、3日は注意報が出るほどの強風。火を扱うべきではない。


4日もまだ風が強く、注意報は残っていた。

これは、バーベキューをあきらめて家の中で焼き肉パーティでもするか…と思いながら、この日も何もせず。


5日。まだ風があったが、かなり弱くなった。

海沿いの地域ではまだ注意報が残っていたが、我が家は海沿いではない。




というわけで、5日の昼頃、庭に焚き火台を出して炭を熾す。

…どうも炭熾しは苦手だ。ボーイスカウトでは焚き木を使っていたが、炭は木よりも燃えにくい。

1度失敗し、2度目でやっと火が熾った。


妻は家の中で子供の小遣い帳を1年分処理していた。

先に書いたが、アイロンビーズ遊びをするのにも従量制で使った分だけ課金することにしたため、正確な小遣いを把握したかったため。


いつもは炭熾しは妻がやるんだよね。妻のほうがこういうの上手。

12時から初めて、やっと安定して何か焼けそうになったのは1時半ごろ。


そのままフランクフルトを焼いていたのだけど、太いし豚肉なので中まで火が通るのに時間がかかる。

というか、表面いい感じなので食べてみたら生だったので、追加で焼いていた。


というわけで、昼ご飯の準備が整ったのが2時ごろ。

妻もやっと小遣い帳がつけ終わったと出てきたので、ビールなども用意して食べ始める。



…フランクフルト、2本食べたら大人でも腹いっぱいになるボリュームだった。

次女は2本目を少しかじっただけで「もう食べれない」と言っている。


じゃぁ、かじる前に他の人に譲ってほしい。

次女のこういう部分はずっと前から変わらない。




3時だったので、マシュマロを持ってきて焼く。


「焼きおにぎり食べたい」というリクエストが出たので、家に入っておにぎりを作る。

すこし表面を乾かしたほうが焼きやすいので、これはしばらく放置。


そういえば、リンゴが1個だけ残っていて、家族で分けにくいから置いといたら痛みはじめていた。

傷んだ部分を切り落とし、細かくする。焼きリンゴにすれば旨い。

おにぎりと一緒に外にもって出る。



すると、妻も家に入り、しばらくして何か作って持ってきた。アルミホイルの小さな包み。

ホットケーキミックスで、ホイルケーキを作ってみたのだった。




十分腹は膨れたので、庭の雑草抜きとか始める。

バーベキューっていうのはつまり、庭にみんなが何となく集まるための仕掛けなのだ。


長女は雑草抜きも良く手伝ってくれる。一方で次女は嫌がる。

でも、火があれば嫌がる次女も庭にいる。それだけでいい。


まだおにぎりもホイルケーキも焼き途中で、次女にはそれを見てもらっておいた。



雑草抜きって、一人で黙々やっていると疲れる。

手伝ってくれる人がいればいいし、手伝ってくれないでも傍で話し相手になってくれればいい。




いろいろ焼けたら火の回りに集まって皆で食べ、食べ終わったらまた雑草抜き。

だらだらと時間を過ごしながら、日没で暗くなったので終わりにした。


だらだら食べていたので皆満腹。夕食はなしにして、寝るまでの時間をゲームなどやって過ごした。

バーベキューはやったけど、特別ではない普通の日だった。



▲目次へ ⇒この記事のURL

別年同日の日記

12年 G.W.直前からの記録

12年 長女と次女の誕生日

12年 スマホ購入

12年 イトーヨーカドーでのイベント

12年 山登り

13年 サーカス

14年 社長の一番大切な業務

15年 エドウィン・ハーバード・ランド 誕生日(1909)


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

おわび  2018-04-22 18:20:37  その他

▲目次へ ⇒この記事のURL

昨日から、当 WEB ページが見られなくなっていたようです。



昨日朝、キッザニアのオープン前に、並んでいる間にスマホでアクセスして気付いたのですけどね。

DB サーバーが停止したようだ、とわかったけど、どうしようもないからほっといた。


家に帰ってすぐ、DB だけ再起動しました。

これで安定して見られるようになった。


…と思っていたのですが、不安定だったらしい。

今日の昼過ぎになって、再び止まっていることに気付きました。


サーバーマシン(バーチャル)ごと再起動したら、今度こそ安定したようです。


…安定したと思います。しばらくして落ちていたらごめんなさい。

(その時にはこの文面も読めないと思うけど)




▲目次へ ⇒この記事のURL

関連ページ

G.W.中のできごと【日記 18/05/07】

おわび【日記 18/04/22】

別年同日の日記

03年 SONY製品

05年 回線は来たけれど

11年 「戻る」ボタン自由自在

13年 アンパンマンミュージアム


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

ピューロランドの秘密  2018-04-04 18:34:13  その他

▲目次へ ⇒この記事のURL

ピューロランドの秘密

ちいさな おともだち は この おはなし は よんだら だめだよ。




…さて、これで小さな子は追い払えたと思うので、小さな子に知られてはならないことを書こう。


実は、ピューロランドにいる各キャラクターは、中に人が入っているんだ。




割と本気の話。


ピューロランドに初めて行ったのは長男もまだ保育園児だったころで、さすがに長男も長女も、あれが着ぐるみだとは理解していた。

(次女はまだ満足に会話もできなかったころだ)


でも、「中に人が入っているんでしょ?」と聞かれても、僕は「中に人なんていないよ。キティちゃんはキティちゃんだよ」と言っていた。


さらに、中に人が入っていない「証拠」として、ジュエルペット(当時はうちの子が好きだった)の各キャラクターが、大人よりずっと背が低いことを挙げた。

こんなに小さいのに、中に人なんて入れるわけないじゃないか。



もっと言えば、キティちゃんの飼い猫であるチャーミーなんて、保育園児よりも背が低い。

小さな子でも、「自分より小さい」から、可愛いと素直に感じられるキャラクターだ。

あんなに小さなところに、どうやって入るというのだ。


キティちゃんも、中に人が入っているとしたら、どこから覗いているんだい? と聞いていた。

キティちゃんの目は真っ黒で、穴なんて開いていない。でも、その動きは明らかに「目が見えて」いる。

あれは、キティちゃんだからちゃんと見えていて、中に人なんて入ってないんだよ。



こうしたことを言われると、子供は「いや、中に人が入っているはずだ」と思いつつも、どうなっているのか悩んでいた。


翌日追記。

日記冒頭に写真をつけた。クリックで拡大する。


シュガーバニーズのしろうさ、くろうさ。

彼らは一流のパティシエであり、高いシェフ帽をかぶっている。


この写真はちょうど5年前のもので、当時、長女と次女は保育園児。

キャラクターが、保育園児と目線が合うくらい背が低いことがわかる。


チャーミーはもっと低いのだけど、写真を探したがなかった。



で、昨日ピューロランドで KAWAII KABUKI を見ていた時に、隣に座っていた次女が言うんだ。


シナモンやバッドばつ丸は、話の中で顔に隈取がついたり、普通に戻ったりする。

あれ、頭だけいっぱい用意してあって取り換えているの? と。


だからまた答えた。

あれは、化粧しているんだよ。シナモンはシナモンなんだから、頭が取り換えられるわけないじゃん。


いや、絶対中に人入ってる! って、次女はむきになった。




家に帰ってから、次女に「久しぶりにマジカルツイスト見たい」といわれた。

昔ピューロランドでやっていた子供参加型のショー「どきどき!マジカル☆マーチ」で使っていた曲で、サンリオの子供番組のエンディングでも使われていた。


というわけで、昔のテレビ番組を編集しておいてある DVD を探す。

サンリオ物を編集した DVD だけで、3枚くらいあった。


まずは、マジカルツイストから。懐かしい。そして、この歌好きだった。

他にもいろんな曲を見る。どの曲も好きだった。というか、好きだったから編集して残してあるんだ。


サンリオの子供番組はピューロランドで収録を行っていて、改装されて今とは違う部分もあるのだけど、大体場所がわかる。


この曲は、入り口エントランスから下に向かうエスカレーターの前で撮っているね、とか、ちっちゃなヒーローを上演していた劇場だ、とか。

一日ピューロランドで遊んだのを振り返りながら、楽しく、そして懐かしくビデオを見た。



で、思い出したので、深刻な顔をして「実は今までみんなには黙っていたが…ピューロランドのキャラの中には、人が入っている」と言ってみた。

当然だけど、みんな「知ってた」って反応。


じゃぁ、ジュエルペットとかシナモンとか、背が低いのにどうなっているかわかる? と聞いてみる。

「小さな人が入っている?」と、予想された答えが返ってきたけどそうじゃない。


「小人症の人?」って、R2-D2 の話をしたことがあるので返ってきた。残念ながらそれも不正解。


DVD でさっき見たマジカルツイストに戻してみる。この曲には、ジュエルペットたちが出てくる。

さぁ、よく見てみようか。アニメのジュエルペットとの最大の違いは何か。


…アニメでは、ジュエルペットたちは魔法を使えたが「魔法使い」の格好をしているわけではなかった。

しかし、ピューロランドのジュエルペットたちは、みんな魔法使いの格好をしている。背の高い三角帽子をかぶっている。


そして、その帽子には各自違うマークがついているのだけど、そのマークの中だけ、光の反射がほとんどない布を使っている。


ここまでヒントを出して、やっと気づいた。

光の反射がないのは「光を通す網目素材」だからで、高い帽子をかぶっているのは背の高さをごまかすため。

つまり、帽子の中に頭があって、網目から外を見ている。帽子の下にある顔は格好だけで、その中に頭はない。



ここまで気づけば後はどんどん気付く。

シナモンも、頭の上にコーヒーなんて乗っけちゃってる。

チャーミーキティに至っては、体よりはるかに大きいシルクハットをかぶっている。


そして、「頭の上に乗せたもの」も含めたサイズは、どのキャラクターも大人の女性よりは大きいサイズなんだ。




キティちゃんの顔も、実は光を通しやすい素材でできているの? という長男からの質問。


そうではないね。キティちゃんの顔は、ふわふわとした感じだ。

でも、実はキティちゃんの顔には、1つだけ透明の素材が使われている。どこでしょう?


…と聞いたら、長男瞬時に「鼻かぁ!」と答える。正解。

ピューロランドに行くたびに、鼻なのに妙に透明感があって輝いているので、何でそんな風にしているのだろう、と疑問に思っていたらしい。


そう、透明なだけでなく、輝いている。ハーフミラーになっているんだな。

多分これで外が「わずかに」見えるのだけど、視界はすごく狭い。

だから、キティちゃんのそばには常に理由をつけてスタッフがいて、必要なものを手渡してあげたり、動きが不自然にならないようにしている。




と、一連の話を聞いて、長女が「なんかズルいー」と言い出した。

小さいと思っていたキャラが、実は大きい人が入っている、ということに対しての発言だ。



ズルくなんてない。これは素晴らしい工夫だ。

着ぐるみだから中に人が入らないといけないけど、大人が入ると大きくなりすぎる。

それでは、メインの客層である小さな子供たちには、キャラが大きすぎて「怖い」と感じてしまう。


だから、顔の位置をさげて「小さなかわいらしいキャラ」を作り出しながら、それでも中に人が入れるように工夫する。


やりたい目的があって、それが一見不可能なことでも工夫をして目的を達成する。

非常によく考えられたアイディアの集大成がピューロランドにはあって、そういう目で見始めると、さらにピューロランドを楽しめる。


ピューロランドに限らず、「人を楽しませよう」とする人たちは、楽しませるためにあらゆる手段を使っている。

それに気づくと、今度自分が何かをしようとしたときには、非常に参考になる。



子供たちが将来どういうことに興味を持つかわからない。


でも、お話を書くにしても、ゲームを作るにしても、「人を楽しませる」ための工夫をしなくてはダメだ。

ピューロランドなどはよくできた「楽しませる」工夫の見本で、そういう部分に気付き始めると非常に感心するし、将来自分が何かをしたいときには参考にできる。



と言ったら、長女が「次に行った時には注意して探してみる」。


もう今回で終わりの年齢だと思っていたのだけど、まだ行く気か。




余談。


先日日記で、シュガーバニーズを歌いながらマドレーヌ作った話を書いた。

久しぶりに見たいな、と思っていたのだけど、同じ DVD に入っていたので見た。


なんて事のないアニメなのだけど、悪者がいない、みんな優しい世界で、子供たちが前向きに努力する話。こういうの好きなんだ。



▲目次へ ⇒この記事のURL

関連ページ

G.W.中のできごと【日記 18/05/07】

ピューロランドの秘密【日記 18/04/04】

別年同日の日記

12年 言葉の定義

13年 科学館めぐり

14年 ジョン・ネイピアの命日

15年 ジョン・ネイピア 命日(1617)

16年 冒険遊び場・花見


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

掲示板一時閉鎖のお知らせ  2018-03-20 10:52:53  その他

▲目次へ ⇒この記事のURL

説明責任果たさないと自分自身が前に進めないので、気の進まない日記を記します。


現在、緊急措置として各ページ下の一行掲示板を書き込めないようにしています。


まずはことの経緯から。


「匿名」さんが、過去に書いた記事についている掲示板で、ご意見くださったことから始まります。

記事内容の、枝葉の部分に対する批判でした。


これについてはありがたいご意見です。

多少的外れな部分があったとは思いますが、書いた記事への批判は僕の至らなかった部分に気付かせてくれるものですので、歓迎いたします。


前回書いた日記はこれに対する返事。

「返事」の形にしていますが、過去に明示していなかった、僕がページ作成する上での指針などを説明するものでもありました。


指針というのはつまり、何を重視して、何を重視しないか、ということです。

このページは文章主体ですが、どんな形式であれ、クリエイティブな作業をする人は取捨選択を行わなくてはなりません。


その際、何を残し、何を切り捨てるかが、「その人の意思」を示すことになります。

意見をくださった「匿名」さんと僕は、ここで重視するものが違うだけで、向いている方向はそう違っていないだろう、と感じていました。

(「匿名」さんが、人種差別をとにかく嫌っているのはわかりましたし、それは僕も同感です。)


ただ、取捨するものの違いから勘違いが生じていると思ったので、それを説明したものです。

この説明は、「匿名」さんに宛てる形式をとっていますが、当ページの指針を説明しておく良い機会だと思ったので詳細に説明させてもらいました。



これに対して、まずは「匿名」さんは素直な感想をくださっています。

納得いかない部分はあるようですが、ひとまずは落着です。




この後、「なお」さんから、一連のやり取りに対しての批判をいただきました。

一連のやり取りは、匿名さんの「誹謗中傷」に始まる「些細な事」で、そんなことに労力を使うべきではないだろう、というものでした。


これに対し、「匿名」さんは暗に攻撃されたと感じたのかもしれません。

掲示板に連投する形で、一連のやり取りに対して怒りをあらわにし始めました。


これに関しては、まさに「誹謗中傷」に相当するものでしたので、すぐに削除させてもらいました。

この誹謗中傷に対して、諫める意見を書いてくださった方もいたのですが、元意見が無くなると意味が分からなくなるものなので、一緒に削除しています。


そして、当面の措置として掲示板の書き込みを禁止とさせていただきました。




繰り返しになりますが、最初の「匿名」さんのご意見は、僕はありがたく受け取っています。

彼の書いたことは事実の指摘であり、誹謗中傷ではありません。


ただ、彼はその「事実」の部分を正しくとらえることができず、独自の解釈をしているように思います。

これが意見が的外れだする理由で、人によっては誹謗中傷に捉えるかもしれません。


最初の返事で指摘していますが、僕としては彼は機能的非識字なのではないかと感じています。

しかし、その後の経緯(削除した文章など)を見たところでは、人生経験も浅く、論文の読み方・書き方なども習っていない中学生かもしれない、とも感じています。

(人種差別について、違いの指摘すら差別だと感じている青臭い部分も含めて。その青臭さ、僕も通った道で嫌いじゃないですけど)


まぁ、実際のところはわかりませんし、知ろうとも思いません。

中学生レベルの知能のまま大人になってしまった残念な人、という可能性も大いにあります。




「なお」さんの書き込みについても、ありがたいご意見ですので削除せずに残してあります。


ついでにお答えしますと、僕はこのページの作成を「趣味」と位置付けています。

僕が些細だと思う問題は最初から取り上げていませんし、時間をかけて長々と書いているものは、些細ではないと思っているから書いているものです。


上に書いた通り、「匿名」さんの意見はありがたいと思っています。

多少的外れではありましたが、このページを作る上での取捨選択基準を示す機会を与えてくれましたから。



古いコンピューターの話は「調べていて楽しい」というだけで、労力に見合うような対価を得られるわけでもないので、あまり時間を割いていません。


調査自体は十分楽しんでいるのですが、文面にまとめていないこともたくさんあります。

いつかは発表するかもしれませんし、面倒くさくなって投げ出すかもしれません。


つまりは、僕にとってはこれこそが「些細な事」です。



業界記に関しては、これは単に思い出話なのでもう少し気楽に書いていますが、こちらも本来書いてはならないかもしれないことなので、期待されるとむしろ出しづらくなります。



というより、ここは僕の日記ページなので、日記書きたい。これが一番気楽で重要。

一連の騒動で気が重くなって何も書いていないのですが、家族の日記などで書き残したいこともあるのです。


#そんなもの公開する必要もないのだけど、公開するつもりで書くと話が整理しやすいし、後で見直しやすいのでここに書きたいのです。




掲示板閉鎖の経緯は以上のようなものですが、追加でいくつかの説明をしておきます。


まず、ここの掲示板が「一行掲示板」なんて使いにくい形式をとっていたことについて。

これは、単に過去に今回と同じようなことがあったためです。


先に、このページの作成は「労力に見合う対価」を得られていない、と書きました。

金銭的にはその通りなのですが、いただいている唯一の対価は、ご意見です。


それが批判であっても、意見をいただくということは文章を読んで何かを感じてくれたということなので、うれしいと思います。

こうした意見だけを対価として、このページを作成してきました。


しかし、もう20年くらい前に、こうした意見をいただくためにつけていた掲示板を荒らされたことがありました。

荒らされたというより、読者間で言い争いが始まったのですね。


そこで、とても会話は成立しないが、ちょっと意見を書き込めるスペースとして「一行掲示板」だけを残すようにしました。これなら言い争いなど起こらないと思って…いたので。


今回これすらも閉鎖するというのは僕にとって損失なので、いつか何らかの形で復活させたいとは思います。

ただ、今すぐ書き込めるようにしたらまた諍いが再燃しそうなので、当面は閉鎖したままにしておきます。




ところで、削除した「匿名」さんの書き込みの中に、僕が言論の自由を守ると言っておきながら立場が非対称であることを怒っているものがありました。


余りにも的外れだから誹謗中傷だとして削除したわけですが、掲示板閉鎖で「言論の自由」に関して同じことを思う人がいるかもしれませんので書いておきます。


僕は、相変わらず言論の自由を尊重します。その姿勢を変えようとは思いません。

このページに対する批判でも、ご自由に発表してください。



ただ、このページの掲示板は僕の所有物ですので、見るに堪えないものは削除します。

今回のような争いがあれば、掲示板を閉鎖します。


それらは自由を侵害したのではなく、僕がページの「編集権」を行使したにすぎません。

このページは僕の所有物ですし、趣味で作っているものなので好きにやる、と過去に宣言している通りです。



本当の自由が欲しければ、僕の管理下ではなく、自分の管理下で主張しましょう。

自ら非対称な立場に立って「対称ではない」と怒ったところで、的外れの泣き言にすぎません。

自由というのは自分の力で勝ち取るものです。



▲目次へ ⇒この記事のURL

別年同日の日記

02年 3/20

04年 ショック!

16年 ロビン・ミルナー 命日 (2010)


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

匿名コメントへの返答  2018-03-09 17:41:22  その他

▲目次へ ⇒この記事のURL

ページ下部にある1行掲示板に、以下のようなコメントをいただきました


【匿名】 前々から言いたかったのですが、あなたは「日本人は~~ている」みたいな決め付けが多すぎます。レイシストじゃないんだから安易なレッテル貼りはいい加減卒業するべきです。 (2018-02-28 18:46:11)

まずは、ご意見感謝します。

この指摘は初めてのもので面食らいましたが、そのような受け取り方をする方がいる、という事実は、いろいろなことを、深く考えるきっかけを与えてくれました。



以下、掲示板に「匿名」として書き込んだ方への返事となります。

ご意見自体が深いというか、いろいろな問題を含むものですので、長文になりますが自分の考えをできるだけ述べたいと思います。




「前々から」「多すぎる」と書かれているので、それなりにこちらのページの内容を読んでくださっているのかと思います。


なので、トップページからもリンクしていて、時々文中からもリンクしている「当ページの執筆方針」も読んでいるものとします。

もし読んでいないのであれば、非常に重要なことを書いていますので、今すぐお読みください。



そちらの執筆方針には、「あえて嘘をつく場合がある」ということを書いています。

そして、実のところその執筆方針自体、嘘をついて書いています。


この執筆方針は、僕のページ作成における執筆方針だ、としていますが、これは話を矮小化した嘘です。

他人に強要する意図はないので自分のページに話を限定し、矮小化したのですが、内容的には一般的なものです。


僕が独自に考えたようなものではなく、大学で論文執筆技法の講義として学んだことを、ほぼそのまままとめて、自分の言葉で語ったものにすぎません。

ここに書かれていることは、文章作成者が皆心掛けていて良いものなのです。

(心掛けなくてはならない、ではなく、心掛けてよいもの、です。)



それはそのまま、読み手にとっての了解ともなります。

読み手は、意識的にせよ無意識にせよ、すべての文章製作者はこの心がけに沿って文章を書いている、と考えなくてはなりません。

(考えてよい、ではなく、そう考えなくてはなりません)


つまり、文章中に書かれている「嘘」について、寛容でなくてはなりません。


この寛容さは、嘘を受け入れろと言っているのではありません。

読者は、嘘を嘘であると指摘し、証拠を挙げ、他の人に注意を促す権利を持ちます。


しかしそこどまりです。


たとえ嘘を吐き続ける筆者であっても(今問題視されているフェイクニュースサイトのような場所であっても)、その権利を奪うことは許されません。

たとえ反論者が目障りでも(言葉狩りのような本論と関係ない反論でも)、その権利を奪うことは許されません。



嘘を吐き続ける人も、実のない反論を行うだけの人も、いつか信用を落とし、周囲は相手をしなくなるでしょう。


そうならないように、自分の威信をかけて自分の考えを発表する。

威信をかけているからこそ、誤りの指摘があれば速やかに修正し、または補強を行う。真摯な態度で臨む。


これが言論を戦わせるということで、言論の自由はこのために保証されています。




さて、「決めつけ」について。


上に書いた執筆方針を読んでいただければわかりますが、僕は話を端折るために嘘を書くことがあると明言しています。


世の中に単純な話など一切なく、どんなことを取り上げても、詳細を書いているときりがないためです。

ですから、話の単純化のために、嘘をついて決めつけることは多々あります。


決めつけている、と指摘のあった個所については、以下のように書かれていました。


「日本人の多くが勘違いしているのですが、スポーツとは運動のことではありません。」



これに関しては、どのくらいが勘違いしているのか、という定量的なデータを僕が持ち合わせていません。

誰もそんな勘違いをしていない、という反論も可能ですが、肌感覚としては、間違ったことを書いたとは思っていません。


(もちろん、先に書いた通り証拠付きであれば…定量的なデータなど示されれば、反論受け付けます)


英語の原義としての「スポーツ」は、余暇を楽しむものです。

運動に限らず、車でドライブすることもスポーツです。

冗談を言うことも、チェスやテレビゲームもスポーツです。


事実として、先日行われた平昌冬季五輪では、スポーツの一環としてチェスも行われました。正式種目ではなく、公開競技ですけど。

対人対戦型のテレビゲームを皆で観戦する、eスポーツも世界的には人気があります。


しかし、日本ではスポーツは「運動」や「体育」のことと考える人が多いです。


先日、eスポーツの国内団体が発足した際に新聞記事で「有識者意見」を集めていたのですが、体を動かさないテレビゲームがスポーツとされることに違和感を感じる、としている人が少なからずいました。

「有識者」と言われるレベルの人ですら、そんな現状なのです。


もっとも、この記事を書いた 2013年頃に比べて、現在では少しづつ誤解を解こうという動きがあります。

eスポーツ団体の相次ぐ発足もそうですし(単に金儲けの団体もありそうですが)、スポーツ庁の設立、体育の日の「スポーツの日」への改名などもこの流れの中にあります。


あと10年もすれば、状況は改善するかもしれません。



すこし話がそれました。


「決めつけ」についてですが、上では「日本人の多くが」と含みを持たせた書き方をしています。

しかし、もっと「日本人は」と決めつけることもあるのは事実です。


いずれの場合も、100% の人がそうだとは思っていません。そこは、話の枝葉を端折るための文章技法にすぎません。

これは一般的な文章の暗黙の了解だと思っていますし、事実として今までこの部分に対しての意見をもらったことはありませんでした。


しかし、一人でもそこに対する意見をくださった方がいる、という事実は、書き方が悪かったのだという自省はあります。



もう一つ、蛇足ながら付け加えておきます。


この文面も含め、僕は文の末尾を言い切る形で書くことが多いです。

これも執筆技法として一般的なことですが、文章というのは執筆者が「考えた」「思った」ことをまとめているものです。


そのため、「思う」「考える」というような文末は、いちいちつける必要がありません。自明だからです。

言い切り、決めつける形で書く。そのほうが簡潔で読みやすくなります。

(一般的ではない、僕の考えにすぎないと自己認識している部分について、「思う」をあえて使うことはあります)


決めつけたにも関わらず、間違えていたとしても、気にする必要はありません。


先に書いたように、それが間違いであれば他の人から間違いだと指摘されるだけですから。

指摘を受け、それが正しければ修正を行えばよい。ただそれだけです。


このことをして「決めつけている」というのであれば、単に文章を読むことに慣れていないのでしょう。




「レイシスト」「レッテル貼り」について。


ここでは「レイシストじゃないんだから」「レッテル貼りは / 卒業するべき」という文脈になっていますので、私がレイシストでないのはご理解いただいているものと考えます。



レッテル貼りとは、物事を単純化するために、多様なものをまとめて全部同じもの、と見なす行為です。

時として事実に反する認識を行い、対象となる相手を侮辱する意味にも使われます。


ここでの文脈がどちらかはわかりませんので、穏当に「すべてを同じと見なすべきではない」というご意見だと考えておきましょう。


これについては、すでにここまでに書いた通り、ごく一般的な文章技法として、些細な部分には踏み込んでいないだけです。



この意見をいただいた文章は、「最初のテレビゲーム」について論じたものでした。

その中で、「ゲーム」という言葉自体の定義が問題となるため、「ゲーム」とその上位概念である「スポーツ」という言葉の意味を書いていた部分です。


ここでは、この言葉の定義を問い直すことが目的であり、その過程で想定読者層である「日本人」の認識を問う必要がありました。


もちろん、すでに「スポーツ」の正しい意味を理解している人に対しては、読み飛ばしてもらって構わない部分です。

すべての日本人がこの言葉を理解していない、と書く意図ではありませんし、ましてやそれを侮辱表現とするものでもありません。



ところで、この文章自体は「最初のテレビゲーム」を論じたものでありながら、最初のテレビゲームがなんであるかの結論を出していません。


ゲームとは非常に多様なもので、その多様性こそがゲームの面白さだと思っているためです。

「最初」を決めようとすれば、多様であるはずのゲームの枠を一意に決めなくてはならなくなります。それはゲームらしさを損ないます。


そのために、十分な情報を提供したうえで読者に最終判断をゆだねる、という書き方をして、結論を出すのを避けました。

これについて、「結論を出していない」という批判をいただいたことはあります。

しかし、まさかその文章に対して「決めつけている」「レッテル貼りだ」という批判が出るとは想定していませんでした。




ところで、「レイシスト」は人種主義者のことですが、現在は国や民族による差別もレイシズムに含めて考えるのが一般的です。

人種はもちろん、国や民族による差別を行ってはなりません。


しかし、「差別しない」と「差があると思わない」は別のことです。

差は、歴然としてあります。


「日本人は日本語を主言語とする」


これは、日本人が他の国の人とは「差がある」、と明示する文章です。

しかし、決めつけでも、レッテル貼りでも、差別でもなく、単に事実を述べただけです。


先に書いた通り、一般論として書かれていることに注意してください。

アメリカから帰化した「日本人」が主言語を英語としている、という事実があったとしても、それは特例としてこの文章は成立します。



「日本人の心の奥底には『恥』の概念があり、恥ずべき事かどうかが行動の規範となる」


これが全てにおいて事実かどうかはともかく、一般的に正しいとされている日本文化論です。

キリスト教世界では「罪」かどうかを気にしますが、日本文化では「恥」かどうかを気にする、とされます。


こちらも、すべての日本人がそうである、とするものではありません。

しかし、日本文化の奥底に根差したものであり、それはキリスト教文化圏とは違うものである、ということを論じただけの文面です。



こうした差を書くことが、レッテル貼りやレイシストか、と問われれば、僕は違うと思います。

もちろん、これは僕の意見です。こうしたものでも差別的だ、というのがいただいた意見の趣旨だと思いますし、その趣旨は理解します。


実際、いじめや差別というのは、発言した側にはそうした意図がなくとも、受け取り側が傷つけば、いじめであり、差別です。



それを踏まえたうえで論を進めさせてもらうなら…

僕は、こうしたことを「差別だ」と考えてやめてしまえば、それこそが最大の差別を生み出してしまうだろう、と考えています。


差は歴然としてあります。

その差を見つけることが「差別」であるならば、すべての人は均質で、自分と同じである、として扱うしかなくなります。


つまり、足が不自由な人に「走れ」と命じたり、体が不自由で生活保護を受けている人に「働かないのは努力が足りない」と言ったり。


全ての人に差が無ければ、ある人が走れるのであれば別の人も走れるでしょう。

ある人が働いているのに働かない人がいるのであれば、努力が足りないのでしょう。


でも、そうではありません。

全ての人は差があり、できることが違います。

それは恥ずべきことではなく、自分がたった一つの存在であると誇って良いことです。



人種性、国民性、民族性の違いも同じです。


そこに、歴然と差はあります。その差を認識することは、差別ではなく相手を理解するための第一歩です。


相手の価値観を理解しようとせず、自分の価値観を押し付けることを、差別と言います。


もちろん、いわゆる「レッテル貼り」は相手を理解せずに決めつけることなので差別です。

人種、国籍、民族、性別などにより、最初から同等の権利を認めないことも差別です。


すべて、相手に対する理解が足りないことから行われるものです。



僕は比較文化論が好きです。

「日本人は」というような言い回しは、実際よく使っています。

指摘されるまでは気にしていなかったのですが、検索してみたら自分で思っている以上に多く書いていました。


これらの書き方を、差別だと感じる方がいる、ということを知れたのは、今回ご意見をいただいてよかったと思っています。

うまく伝わらなかったのは僕の書き方が悪かったせいで、今後の課題とします。



しかし、これらの記述で行っている比較は、差別を行うためではありません。


比較し、違いを認識し、その違いがどこから来るか考える。

そうしたことを通じ、より深く相手を理解する…つまり、差別をなくしたいためのものです。




これらはすべて、僕の考えにすぎません。「僕はこう思う」というだけであり、人に強要するものではありません。

先に書いた通り、差があるとすること自体が差別だ、という考えもあると思いますし、今回の意見はそうした考えから出されたものだと思っています。


この意見は尊重いたします。

つまるところ「差別はしてはならないものだ」という共通認識があり、その実現方法が異なっているだけですので、異論はありません。



そのうえで、僕は人に意見を強要しませんし、強要された意見を呑もうとも思いません。

強要することは差別ですし、強要を呑むのは差別を認めることになるためです。


今回の意見はいろいろと考えるところがあり、非常に参考になりましたが、今後も僕は考え方を変えないと思います。

そうした文章を読むのが嫌であれば、あなたには「読まない」自由があります。


自分の考えを強要するのではなく、相手に考えを押し付けられるでもなく、相手をただ理解する。

理解できないなら理解できないままで構わないが、相手の立場は尊重する。


僕としては、このやり方が一番差別をなくせると思っているので、今回もその方法を選択します。




さて、僕からの返答は以上ですが、もう少し話を続けます。



本文では、意見を書き込まれた記事をサンプルとして「日本人は」という書き方の意図を釈明しました。

でも、「前々から」と書かれた通り、他にもこうした書き方は多々使っています。

それらについても、いくつかの記事を示して意図を説明します。



アーカイブとは何か


比較文化論が好きだ、と上に書きましたが、この記事では、やたらといろいろなものを比較して「アーカイブ」というものを浮き彫りにしようとしました。


話の趣旨は「日本ではアーカイブの重要性が十分に認知されていない」ということなので、当然日本文化の話も書いています。


いろいろと比較に出しましたので「決めつけて」います。

さらに言えば、ここに書いた話、十分な裏付けはありません。


一応いろいろな資料を当たって書いてはいますが、あくまでも雑文、ポエムであり、僕が思ったままに書き連ねただけです。

裏付けがないのですから「レッテル貼りだ」と言われればその通りです。

違うと思う人は反論する権利があります。


これは、執筆方針として表明している通り。

「日記」として書いている記事は、十分な調査を行って書いたものではありません。

間違いを多分に含むと思いますし、間違いを指摘されれば修正いたします。



生卵と生豚と


これも、「日本人」「日本では」という言い回しの多い文章。

食文化の話として書いているのだけど、安易な決めつけを戒める話でもある。


ある時代において正しい「民族的な文化」であっても、時代が変わると変化することがある。


20年前は、生の鮭を食べてはいけない、というのは当たり前の「常識」だった。

でも、今は回転寿司でも生鮭の握りが出る。常識は時間と共に移り変わる。



男と女とLGBT」「続・男と女とLGBT


先ほど、相手を理解して差別をなくしたい、と書きました。

ここら辺の記事は、そうした意図で書いたものです。

4年も前に書いたもので、現在は当時よりはLGBTへの理解も進んだと思うので、いまとなっては少し古臭いこと書いていますが。



差別を恐れるあまり、こうした問題に踏み込むのを嫌う人もいます。

取り上げること自体が差別的だと言われる覚悟も持って書いた記事でしたが、そうした反応は多くはありませんでした。

(反響自体は結構ありました)



これも先ほど書きましたが、差別を恐れて、実際に差があるものを「見ないふり」をするのは、より大きな差別を生むと思っています。


歴然と差はあるのだから、差があると認識したほうがいい。

その差が何から生まれるのか、理解するまで考えた方がいい。


もし考えても理解できないなら、「理解できない」のままで構いません。


それだって、差があることを認識したうえでのことです。

認識したら、それが事実なんだから受け入れる以外ない。


「差はない」なんて言っているより、ずっと差別的でないと思うのです。



ハンス・アスペルガー 誕生日」「アスペルガー症候群


スペルガー症候群は、特に珍しくもない精神症です。

でも、差別されやすくもあります。


差別というか、事実付き合いづらい性格なのよ。

遠巻きに見ているだけなら面白いけど、近寄ってほしくない。


でも、アスペルガー症候群の人が「どのような考え方をするか」がわかっていれば、特に問題なく付き合えると思います。

ここに挙げた記事は、いち早くこの症例に気付き、研究をした医師の話と、実際のアスペルガーの症例。


症例、僕ですけどね。サンプル数1しかない。

でも、自分のことのように深く理解できていると思います。




最後にもう一つ挙げます。


新しい文盲


機能的非識字、という障害について取り上げた記事です。



機能的非識字とされる人は、軽度であれば大体5~6人に1人。結構多いです。アスペルガーより多い。

重症になればさらに少ないでしょうが、頭が悪いわけではありませんし、日常生活にも困りません。


だからこそ、「差」があることに気付きにくい。本人すら気づいていない。

文章を少し取り違えることで周囲との認識に差が生まれ、差別されやすい人々でもあります。



機能的非識字だと、文章は「読める」にもかかわらず「意味を理解できない」です。

文章の本論から離れた些細なところにこだわってしまって全体を見失ったり、逐一説明することのない、暗黙の了解に気付かずに勘違いしたり。



実のところ、今回意見をくださった方は、機能的非識字なんじゃないかと疑っています。

それも、少し重めの症状の。


この記事の冒頭付近で、意見がいろいろと「的外れ」であることを挙げさせてもらいました。

些細な話の枝葉に引っかかり全体を見失っている、一般的な暗黙の了解に気付けず意味を取り違える、などなど。


機能的非識字の一般的な症状です。

この記事もいい加減長いので、本当に機能的非識字であれば、ここまでの話が理解できているか怪しいものです。


そもそも、匿名で意見をくださった方がここを読んでいるかもわかりません。

記事内容に対して文句があってイライラしているようですので、僕なら「もうそのサイトを見ない」という行動に出るでしょう。



しかし、もしここを読んでいたら。

そして、「機能的非識字ではないか」とここで書かれて侮辱されたと感じ、怒りを感じているならば。


それこそが、記事の内容を読み取れていない証拠です。

普通に文章が読める方なら、ここまでの話の流れで侮辱する意図がないことはわかっていただけると思います。



もし該当するなら、まずは自分の症状と冷静に向き合い、得手不得手を認識するのが良いでしょう。

文章が読めなくても、頭が悪いわけではないと思いますので、得手不得手を認識できれば何も問題は無くなります。



▲目次へ ⇒この記事のURL

関連ページ

掲示板一時閉鎖のお知らせ【日記 18/03/20】

別年同日の日記

03年 セイジョウキヨ エイエンナレ

04年 泥沼…

05年 引越し時期

15年 10年目点検

15年 ガルボとジョイポリス

16年 クララ・ロックモア 誕生日(1911)

17年 BSD 初リリース日 (1978)


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

【なお】 たまに、誹謗中傷的な文章に対して長い反論をされていますが、管理者の誠実さを感じつつ、その労力をもったいないと思っています。些細なことより、「OldGoodComputer」、もしくは「業界記」充実させて!古いコンピューターの記事が充実して、なおかつ更新が頻繁なサイトは少なくなりつつあります。これからもその活力を維持し続けて欲しい。 (2018-03-11 01:03:38)

【なお】 コンピューターの歴史を趣味として楽しんでいるものです。 (2018-03-11 00:52:36)

【匿名】 むしろ今までそんな指摘が無かったのにも、今回初めて面食らったというのも不思議…。読者層のせいですかね。 (2018-03-10 21:53:30)

コンビニ強盗  2017-10-30 16:52:58  その他

▲目次へ ⇒この記事のURL

先週金曜日、昼頃に子供の小学校からの緊急連絡メールが入った。


鎌倉市内で未明にコンビニ強盗事件が発生。刃物を持った犯人は逃走している。

学校はいつもより予定を切り上げ、集団下校させる。


というもの。


強盗のあったコンビニは家からは遠いが、知っている店。

遠いので危険はないとは思うが、この日は妻も夜やっている日課のジョギングに出るのをやめた。




強盗のあったコンビニは交通の便の悪いところにあり、逃走にも不便だ。

そんなところを襲うのは近所の人で、どうせすぐ捕まるだろう…と思ったが、週明けになっても捕まったという続報はない。


どうなっているのかな…と調べると、続々とコンビニ強盗の情報が見つかった。


10/27 4:10 セブンイレブン鎌倉深沢店(これが、金曜日の強盗事件)

10/25 3:50 ファミリーマート日野南6丁目店(上の店から車で30分くらいの範囲)

10/18 2:30 セブンイレブン西日暮里6丁目店(これは東京。ちょっと遠いかも)

10/18 0:20 セブンイレブン横浜磯子原町店(日野の店からだと、20分くらい)

10/ 6 不明 25日の日野南店から「1.7km離れた場所」(詳細不明。後述)

10/ 2 4:30 ローソン和田河原店(神奈川県内だが、南足柄。2時間かかる)


いずれも、犯人は男性、160~170cm くらいで、黒い上下を着ている。

頭も、サングラス、マスク、タオルや帽子で隠している。


そして、手口は刃物を突き付けての「金を出せ」。


ただ、年齢がバラバラ20代から50代まで。

もっとも、この年齢は被害者証言によるものだから、あまりあてにはならない。


…あてにはならないのだけど、地理的な範囲も広すぎるし「別人」だろう。



ちなみに、コンビニ強盗をキーワードに探していたら、ここ1カ月に絞っても、大阪、京都、富山、静岡などで「160~170cmの黒い男が深夜から未明にかけ、刃物を持って金を出せ」とやっているのが引っかかった。


つまりは、平均的な強盗スタイルで、これだけで同一犯と考えるのは根拠希薄すぎるようだ。




25日のファミリーマート日野南6丁目店は、犯人は50代とみられる。

黒ジャンパーにズボン、手袋、頭に白いタオルを巻いている。


18日のセブンイレブン横浜磯子原町店はすぐ隣の区で、やはり 50代とみられる。

黒いジャンパーにニット帽、サングラスをつけている。


6日は、探しても報道がないし、警察のWEBページを見ても書かれていない。

25日の事件があった時点で、「6日にも1.7km離れたコンビニで、同様の手口で強盗事件があり、同一犯とみられる」という言及だけがあった。

同一犯とみているのだから、年齢などの特徴も一致するのだろう。


この3つについては、報道によれば、警察は同一犯ではないか、と見ている節がある。


先週金曜日、27日のセブンイレブン鎌倉深沢店は、報道では「近くでも今月2件のコンビニ強盗が~」となっていた。

これはどうやら、25日と6日の事件のことのようだ。警察が同一犯かも、と見たのかもしれない。


でも、27日の犯人は20代とみられる。

黒いフード付き上着とズボン姿で、サングラス・マスクを着用。


「ジャンパー」と「フード付き上着」は微妙に違う気がするし、年齢も20代と50代はかけ離れすぎている。




同一犯なら、神奈川南部を広範囲に荒らしている犯人、ということで、すでに近所には潜んでいないだろう。

同一犯ではなさそうな気がするが、それだと実は近所にいるかもしれない、という危険性があることになる。


まぁ、すでに3日もたっているので、犯人も犯行直後の興奮状態ではないはず。

街を歩いていていきなり襲われるような危険は過ぎたとみてよさそうだ。



ちなみに、調べていたら 2014年2~3月にも、横浜市緑区で連続コンビニ強盗があった。

1か月間に、半径 2.5Km以内で5件、「平均的な強盗スタイル」で同一犯とみられる。


これが逮捕された、という話はないようだ。



▲目次へ ⇒この記事のURL

別年同日の日記

01年 10/29

06年 腰痛

13年 PCエンジンの発売日

15年 クリフォード・ベリー 命日(1963)


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

夏風邪  2017-08-31 12:05:20  その他

▲目次へ ⇒この記事のURL

夏風邪ひいてつらい。


熱はそれほどない。こまめに測っていて、最高でも 37.6 度。平時は 36度後半だ。

でもすごくだるいし、喉の奥に口内炎のようなものができ、切れているような痛みがある。


ヘルパンギーナを軽くしたらこんな感じ。

普通4歳児までしかかからない風邪だし、ヘルパンギーナは高熱も出るので、違う風邪なのだけど。


まぁ、同じ夏風邪だし、類似したウィルス群に感染したのかもしれない。



そういえば、8月の中頃に、長男が同じような症状で痛がっていた。

その少し後には、長女が風邪っぽくてやたら鼻をかんでいた。


子供からうつったのだろうなぁ。



仕事もあるのだけど、幸い今は忙しくないので、休み休みやります。


#兼業主夫なので、夏休みが終わる…今日までは、子供の相手もしなくてはならず忙しい。



▲目次へ ⇒この記事のURL

別年同日の日記

10年 1回忌

15年 夏の終わりの素数

15年 DOSBoxで日本語表示・JP106キーボード・UBASIC

16年 「人工知能」の生まれた日(1955)


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

打ち上げ  2017-08-11 19:19:09  その他

▲目次へ ⇒この記事のURL

しばらく前に手伝っていたお仕事があり、それが「終了」したために打ち上げにお誘いいただいた。


デザイン会社のお仕事で、WEBページ作成のお手伝いをしていたのだな。

当然周囲はデザイナーばかりなのだけど、HTMLを組める人も必要だし、もう少し突っ込んだ「プログラム」も必要。

そんなわけで、プログラマーの需要もあるのだ。


デザイン会社が大手企業から仕事を受けていたので、僕は孫請け。

フリーランスの在宅勤務として参加していたので、実は仕事の人とは顔を合わせていなかった。


少し前に僕はその仕事を抜けていたのだけど、今回、発注元の会社が自社内で制作すると決めたので仕事が終了した。

そこで、一時的にも関係した人全員を集めて打ち上げをしようということになり、お誘いいただいたというわけだ。




ただの飲み会ならわざわざここに書かないのだけど、ちょっと面白かったので書いておくのだ。


最初指定された店に行ったが、予定時刻の20分も前で、誰もいなかった。

仕事上の「窓口」でもあった幹事の方に「つきました待ってます」とメッセージを送ったところ、仕事が立て込んでいて少し遅れるかもしれない、とのこと。


やがて別の方が来た。当然僕はあったことがない。

自己紹介などすると、相手の方もフリーランス。その方も他の人と会ったことが無なかった。


さらに少しづつ人が集まるが、みんなフリーランス。みんなが基本的には幹事の方を窓口として仕事を受け、目の前の仕事をこなしていただけ。

お互い面識がないし、何をしていたかも理解していない。



この時点で、不思議な連帯感が生まれている。

「全員がお互いを知らなかった」という連帯感。

でも、全員フリーランスで、お互いフリーランスの苦労話など始める。



遅れるとは言え、予定から10分程度で幹事の方が来た。




フリーランスの人って、年齢不詳。

たぶん僕が一番年上なのだろう…と思っていたら、幹事の方は僕の3つ上だった。


もちろん、元請けデザイン会社の社員として働いているのだけど、この人もいろいろな会社を転々としながら、各種デザイン・マネジメントをやっているらしい。



フリーランス話から、オフショア開発の功罪や使う場合の注意点とか、プロジェクトマネジメントの方法論(ウォーターフォールとアジャイルのメリット・デメリットとか)、納期見積のこつ(人月の神話に書いてある奴だ)、納期通りにいかない際の対処(こちらはデスマーチに書いてある奴)、どうものらない仕事の際のモチベーションのあげ方とか、自宅勤務での公私のスイッチ方法とか…


あまり普段話題にしないようなことをネタに酒を飲む。

ふつう、こんな話をしても周囲が関心を示さないか、そもそも話題についてこれない。


でも、この場ではみんなが興味を持つ話題なのだ。




基本的に全員デザイナーだけど、僕以外にもう一人プログラマがいた。


僕より一回りも若い。

でも、趣味でゲームとか作っているという。話が弾んだ。


他の方を経由して、僕が過去にセガにいたことは知っていたらしい。

で、業務用部署でコラムス97作った、と言ったらいたく感動された。

セガサターン持っていて、コラムスは結構好きだという。


それほど売れたゲームではないけど、知っていてくれると話は速い。


いろいろな話をしたけど、ゲーム業界話としては、大体このページに書いてあるようなことかな。

(過去の日記、わざと検索性を悪くしている。暴露話はあまり知られすぎないほうがいいのだ)


ゲームの技術だけでなく、法的な縛りなどにまで話が及ぶと、いろいろと感心された。

7号営業とか、普通知らないものね。




非常に楽しい会で、お開きの時間になってもまだ10時過ぎくらいかな…と思っていたら、11時半を回っていた。

終電ギリギリ。なんとか家に帰れたけど、危なかった。


▲目次へ ⇒この記事のURL

別年同日の日記

02年 巣立ち

14年 スティーブ・ウォズニアックの誕生日(1950)


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

チェックめいと!  2017-08-10 17:48:37  その他

▲目次へ ⇒この記事のURL

漫画は好きなのだけど、この日記でレビュー的なことをやったことはない。

でも、珍しく気に入った漫画があり、単行本発売日に買ってしまったので、紹介してみよう。




「チェックめいと! 魔王さん、手番ですよ!」


先日まで、WEB上の漫画雑誌「サンデーうぇぶり」で連載され、全話無料公開されていた。

僕もそこで読んで非常に気に入った。何度か読み返した。


漫画を読むのは好きでも、読み返したいと思う漫画は少ない。

それに、ちょっと理由があって子供に読ませてみたかった。

ネットで読める、ではなく、読みやすい紙の本を入手しようか、と思った。


とりあえず1巻を購入して、発売前の2巻を予約。


と、購入した数日後、ネット上で全話公開されていたページが消えた。

単行本を発売したから、というのではなくて、掲載されていたサイト自体の方針変更のため、基本的に無料公開はしなくなったのだ。


1巻の冒頭は、ネット上ではカラーだった。でも、単行本では白黒。ちょっと残念。

今日2巻の発売日で届いたのだけど、まだ完結していない。続巻予定。




コンピューターRPG風のパロディ世界観。

長い戦いの末、ついに勇者が魔王の元にたどり着くと、そこにいた魔王は「一緒にゲームで遊ぼう」と持ち掛けるのだ。


魔王は化け狐の少女。純真無垢。

こんなのが本当に魔王なのか? と疑うが、能力は勇者よりもはるかにあり、ゲームで遊ばないと世界を滅ぼす、と脅しにかかる。

勇者は仕方がなくゲームの相手をするのだけど…



最初のゲームはジェンガ。特にゲーム好きでなくても知っているくらいの、超有名ゲーム。

魔王は非常にまじめで純真。勇者の手番でも、邪魔をしないように静かに見守っている。


しかし、配下でゲーム好きの魔物「蝙猫」に「ジェンガはパーティゲームですよ」と諭されて、徐々にバカ騒ぎしながらの楽しいゲーム展開になっていく。


対する勇者は、筋肉馬鹿。勇者として戦闘力は高いが、真面目過ぎて融通が利かないキャラ。

魔王が失敗を狙ってバカ騒ぎをしてきても、同じようにやり返せない。

(魔王に「勇者はそんなことしない人だよね」と言われたせいでもあるが)



2つ目のゲームは「ワードバスケット」。

ゲーム好きなら知っている人も多い有名なゲーム。もっとも、僕はルールを知っているだけで遊んだことはないのだけど。

漫画の中でも、あまり細かなルール説明はない。だけど、話の流れとして、ゲームのルールもなんとなくわかるから大丈夫。


3つ目は「お姫様を助けるのは誰だ」。これは知らないゲームでした。

勇者は、そもそもさらわれたお姫様を助けに来たのだ。

ワードバスケットの話の最後でお姫様をついに見つけ出すのだけど、本物の姫を助けず、お姫様を助けるゲームで魔王と対戦する。



ここまでは、いまでも「サンデーうぇぶり」で無料で読むことができる

また、期間限定(8月23日まで)だけど、Amazon kindle 版の1巻を無料で読むことができる。



どちらも、連載時の画像データではなく、単行本と同じデータの電子書籍。

つまり、冒頭のカラーページは白黒になってしまっている。残念。




さて、この後はゲームの「仲間」に姫が加わる。


このお姫様、さらわれてきているけど、実は超強くて喧嘩っ早い。

口も悪いし、意地が悪い。そして頭がいい。


およそ「お姫様」らしい、かわいいキャラではない。

そして、逃げようと思えばいつでも逃げられるのに、なぜか魔王に囚われたままでいる。


このお姫様がゲームに参加することで、話がぐっと面白くなってくる。

対戦ゲームに「意地悪い戦略をとる人」は重要だ。


魔王は勇者相手に「一緒に遊ぼう」というくらい純真無垢なキャラ設定にされているので、意地悪はしない。

紹介するゲームも、意地悪ができるような戦略性の高いものは扱っていなかった。


でも、これ以降は戦略性を重視したゲームが入り始める。もちろん、意地悪なのはお姫様。

ヒロインに萌えキャラを求める人は拒否反応を示すかもしれないけど、お話の構成としてはよく考えられている。




最近はボードゲームやカードゲームのような「アナログゲーム」の人気が高まっている。

人気ジャンルなので、さまざまなゲームを紹介する、というスタイルの漫画にも人気がある。


でも、「チェックめいと!」は、そんなに素直な漫画ではない。

ゲームの細かな説明はしないし、奥深さを細かく説明もしない。



ゲームの紹介漫画では、とにかくお話の中でゲームを遊びつつ、その面白さを伝えられればいい。

言い換えれば、ストーリーは添え物で、ゲームで遊ぶことが主眼だ。


しかし、この漫画では、ゲームはストーリーに密接に関係している。ただ遊べばよいのではなく、そこでそのゲームを取り上げることに、深い意味があるのだ。


1巻では、まだそれほどストーリーの上手さが見えてこない。

でも、(まだ単行本出てないけど)お話の最後まで読んだうえで、再び最初から読み返すと、1つ1つの話で紹介されるゲームが吟味されている、とわかる。



紹介漫画が「様々なゲームを遊んでみたい人向けに面白さを伝える」漫画だとすれば、チェックめいと!は、既にある程度ゲームを知っていることを前提に、「ほぉ、そのゲームを持ってきたか」と作者の上手さを感心しながら読む漫画なのだ。




1巻の後半では、勇者も来ない、姫も寝ている状況で、仕方なく魔王が「クロンダイク」を遊ぶ話がある。

有名なトランプの一人遊びだ。魔王が一人遊びに十分慣れている…という描写から、彼女の孤独を読み取ることができる。


次の話では姫が起きてきて、一緒にトランプ遊びをしようとするのだけど、二人ともトランプゲームをそれほど知らない。

ただ、お姫様もトランプの一人遊びは好きだという。(ここに、姫も城の中で過保護に育てられ、孤独であることを読み取れる)



そこで蝙猫が二人に勧めるのが「対戦一人遊び」。

ゲーム好きなのに、そういうゲームがあるのは恥ずかしながら知らなかった。


一人遊びなので、一連の動作を行っている間は、黙々と何手でも続けることができる。

しかし、途中で一度「中断」になると、相手に手順が移る。

一部のカードは共有していたり、相手に見えたりするので、どのような状況で「中断」するかが勝敗の分かれ目となる。


これが、意地悪しか存在しない世界。一度手番を譲ると相手がいつまで続くかわからないので、意地悪以外に勝つ方法はないのだ。


姫は黙々と意地悪をし続け、魔王は姫と言い争いながらも、ちゃんとゲームのルールを守ろうとする。

ここで、言い争いしながらも遊ぶ二人は、非常に楽しそう。


孤独だった二人が、「対戦できる」ことの嬉しさが表現されているのだ。




1巻最後では、もう一人の重要キャラ「猛獣使い」も登場する。

ちなみに、勇者以外は全員女性だ。ヒロインばかりのハーレム物語。

でも、猛獣使いもやっぱりアクの強いキャラで、いわゆるヒロイン像には程遠い。


蝙猫は主に解説役なので、これでやっと「4人用のゲーム」が楽しめるようになる。


ちなみに、勇者は筋肉馬鹿なのでゲームの戦略を全く理解できない。


でも、2巻の途中で頭がよくなっている。

ここの話の運び方も面白い。ちゃんとそれまで出てきたゲームに「頭がよくなった」理由が活かされている。

最初からそうするつもりで話を組み立てていたのだろう。



話としては、ここからが本番だ。だんだん複雑なゲームが紹介されるようになり、「ゲーム漫画」らしくなっていく。


でも、先に書いたようにゲームの紹介漫画ではなく、ゲームを活かしてストーリーが進む漫画。

細かな設定が上手で、「このゲームのためにこの設定を用意してあったのか」と感心すること多し。



興味があったら読んでみてほしい。

ゲーム好きなら感心できると思うし、そうでなくても「世の中にはいろんなゲームがある」と知ることができる。



まだ単行本化されていないけど、最後のゲームでは、アクの強いように見えるキャラそれぞれの内面と悩みが表現される。

ちゃんとそういうことができるゲームを選んでいるんだ。このお話は、最後のエピソードに向けて突き進んでいたのだろう。


誰一人悪人のいない物語。僕はこういうのに弱いんだ。ギャグマンガなのに、最後に泣いた。



WEB 連載時には、掲示板で感想を書けるようになっており、もっと読みたい、もっと続けてほしい、という感想が多く寄せられていた。

僕も同じ気持ちだ。


しかし、最初から話と設定が綿密に絡み合うように組み立てられているのだ。

人気があるから継続、とは簡単にできないタイプの話だろう。


しかし、最後のエピソードで内面が表現され、キャラがより魅力的になっているのは事実。

キャラの輝きが増したところで終了、というのはもったいない。

この世界で、また新たな話を作って欲しい気はする。




8.13追記

僕の影響でうちの子供もアナログゲーム好きなので、読ませてみた。

おおうけ。いくつかのゲームは「遊んでみたい」と言っている。


この漫画はギャグマンガなのだけど、出てくるギャグがわかりやすいのも、子供受けする理由だろう。

多少のお色気シーン(?)はあるけど、露骨な下ネタなどは無いから、子供に読ませても安心。


続巻が早く出ないかと楽しみに待っている。



▲目次へ ⇒この記事のURL

関連ページ

クリスマス【日記 17/12/25】

別年同日の日記

02年 電源不調

04年 再び予算問題

12年 原発比率について

15年 アクアマリンふくしま

15年 アクアマリンふくしま・本館

15年 アクアマリンふくしま・展示内容

15年 アクアマリンえっぐ

15年 アクアマリンふくしま・締めくくり


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

保存できないものの保存  2017-08-07 14:55:02  その他

▲目次へ ⇒この記事のURL

「携帯コミックは失われてしまった」という話題がネット上で議論を呼んでいた。


2000年代中盤、今では「ガラケー」と呼ばれる携帯電話で読める漫画が流行した。

当時の画面解像度などの問題で、基本的には1コマを1画面にしてある。


最初から携帯向けに描かれた漫画もあるのだけど、多くは過去の「名作漫画」を携帯用に作り直したもの。

基本的にはボタンを押すと表示が切り替わっていき、そこに書いてある文字を読むことになるのだけど、元が広いコマだとスクロールしたり、駒の表示に合わせて音が出たり振動したりすることもある。


…らしい。僕は全然読んだことがないので、振動とかが連動しているのは知らなかった。

上手く携帯電話の機能を取り入れたもので、漫画でもなく、アニメでもなく、その中間というわけでもなく、独自のメディアとなっていたようだ。


1コマづつ切り出して、場合によっては変形コマを四角く整形して、セリフ部分だけは読みやすいように文字コードを起こして、駒の切り替えや簡単な音、振動のためのスクリプトを用意して…と、結構手間がかかる。


もちろん有料コンテンツで、流行したのだからそれなりの儲けはあったのだろう。


でも、スマホ時代になって画面が高精細になったら、無くなってしまった。

スマホなら、コマ単位で切らないでも、本来の漫画の1ページを十分に表示できてしまうからね。


それで徐々に市場が先細りになり、大手サービスの一つが、6月いっぱいで終了した。

そのサービスで配信していた携帯コミックは、もう読めないことになる。



これを「残念だ」というのではなくて、あとで研究者が漫画の歴史を調べようとしたときに、失われた10年になってしまうではないか、という話題だった。


後日追記

「まだスマホなどで見られる携帯コミックがあるし、データも会社に残っている」という指摘をいただいた。


なるほど、それは調査不足でした。上に書いたように、この分野詳しくないので。

そのまま100年後も閲覧できるように保守をお願いします。


この話の趣旨はこの後書く部分であり、上記は話の枕に過ぎないので、この追記をもって訂正とし、そのまま残しておきます。




この話題から派生して、ソーシャルゲームも同じだ、泡沫のように消えていく地下アイドルも存在を記録しておくべきだ、雑誌で読みきりだったけど単行本化されていない漫画の記録も欲しい、などなど、各自が自分の「消えてほしくないもの」を挙げ始めた。



そして、これらの話題の「まとめ」を読んだ人が、僕が以前書いた「アーカイブとはなにか」の記事も併せ読みするとよい、と書いてくださっていた。

実は、この一連の話題、僕も言いたいことは山ほどあったのだけど、あえて避けていた。議論に巻き込まれると面倒だから。


ちょうどいい機会だ。議論はあらかた済んだようだし、書いておくことにしよう。




以前の話題に書いたけど、僕は以前業務用の占いゲーム機のプログラムをした。

このゲーム機はヒットしたのだけど、おそらくもう残っていない。


ゲーム基板こそ一般的なものだけど、プリンタ・手相読み取りユニット・CDドライブなど、一般的ではないものを搭載した特殊筐体ものだったからだ。

特に手相読み取りユニットは専用に作られた特殊なもので、壊れたら修理できないと思う。



他にもいくつかのゲームを作った。全部手元にはない。

いくつかは買おうと思えば今でも中古基板が買えるけど、いくつかは世の中から消えただろう。


作成時からそういうものだと思っていたので、消えるのは必然だと思っている。「残さないといけない」なんて主張はない。


同じように、携帯コミックも、ソーシャルゲームも、地下アイドルも、そのまま消えてしまっても仕方がないと思う。

アーカイブは必要だと思うが、「すべてのもの」を残しておくなんてできないのだ。



誰かが「書き記した」ものは、比較的残して置きやすい。

だけど、誰かが「喋った」ものは、形として残らない。運が良ければ誰かが書き留めてくれるだろうけど、そんなものはほとんどない。


たとえば、キミが1か月前にテレビを見ながらつぶやいた感想は、もうどこにも(君の記憶にすら)残っていないし、それを「アーカイブしておくべきだった」という人もいないだろう。


極論だけど、携帯コミックやソーシャルゲーム、僕が作ったゲームなんかも、それと同じことだと思っている。

これらは普段使いの「話し言葉」みたいなものだ。消えていく運命にあるし、それでいいんだ。



でも、完全に消え去るわけではない。




昔の人は、話し言葉と書き言葉を今以上に区別した。

残っているのは、当然だがすべて書き言葉だ。


これらの言葉を調査すると、可能動詞は「られる」であり、「れる」となることなんてない。

にもかかわらず、現代人は「見れる」というような言い方をする。これは日本語の乱れだ。


…という主張がある。いわゆる「ら抜き言葉」だな。

なにぶん、過去の資料を調べた上での主張なので、それらしく聞こえる。



でも、そうではない。話し言葉はほとんど失われているのだ。

しかし、明治時代に、「話し言葉も含め」日本語を調査して作られた、日本語の文法に関する書物がある。


これを読むと、可能動詞は、書き言葉では「られる」、話し言葉では「れる」であることがわかる。

説明としても、わざわざ「『ら』を省略して用いる」としているので、記録ミスで「ら」が抜けたわけでもない。


先ほど、「話し言葉は失われる」と書いたけど、この文法書によって、当時の話し言葉を一部なりとも知ることはできるんだ。



話し言葉…普段の気軽な存在で、保存なんて最初から考えていないものは、消えていくのが当然だと思う。

携帯コミックやソーシャルゲームだって同じで、消えて構わない。


だけど、誰かがそういうものが存在した、という記録を書き留めておくことはできる。

その記録は、後世の研究者の役に立つはずだ。ちゃんとした記録があれば、「失われた10年」になどならない。



僕は、自分の関与したゲームの話を、20年が過ぎたことを目途に書き記している。

失われることは当然だが、その存在だけでも残しておこう、と思っているためだ。


消えゆくものが残念だと思う人は、同じことを試みてほしい。

一般性なんてなくていい。自分の思い出話を書くだけだ。


消えゆくものを残したいのだから、対象物を「知らない人」に説明するように書いて欲しい。

(思い出話を書こうとすると、自分が知っているものだから、説明不足になりやすい)



そして、できるだけ長期にわたって一般公開される WEB 上に置いておく。無料 blog とかでいいだろう。

無料 blog はそのうち消えそうだけど、長期置いておけば、InternetArchive が拾い取って永久保管してくれるかもしれない。


もしくは、Twitter でつぶやいてもいい。検索性が悪いからあまり良くないのだけど、Twitter のデータは米議会図書館に永久保存されることになっている。



将来の研究者は、苦労してもこうしたデータを集めるだろう。他に方法はないのだから。

個人の思い出でも、多く集まれば、全体像が見えてくる。


少しでも多くの人が書き記すことが大切だし、その「少しでも」には、あなたも含まれている。



▲目次へ ⇒この記事のURL

別年同日の日記

06年 夏が来ました


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

テレワーク・デイ  2017-07-24 12:27:54  その他

▲目次へ ⇒この記事のURL

今日はテレワーク・デイらしい。

3年後の今日に東京オリンピックが開幕するそうで、3年後に向けてテレワークを増やそう、という意図。


オリンピックは、海外からも多数の人が来ると予想される。

タダでさえ過密な東京が、もっと過密になる。


じゃぁ、東京で働いている人のうち、東京に来る必要がない人が、東京に来なければいい。



実際、ロンドンオリンピック(2012)ではそういう理論で、テレワークを推奨したところ普及したのだそうだ。

日本もそれに倣おう、という試み。




1990年代後半がインターネットの普及黎明期なのだけど、2000年に入ると ADSL が普及し始め、家庭でも常時接続が増える。


これにより、情報だけであれば、家庭にいても気軽に入手できるようになった。


会社に出向かないと仕事ができない人…営業とか、直接顔を合わせないとどうしようもない人はともかくとして、そうではない人は家にいても仕事ができる。

情報ではなく「もの」を相手にしていたとしても、時々成果物を提出すればいいことにして、在宅作業を増やせる。


そのようにすると、会社は大きなオフィスを維持する必要がなくなる。


家賃・土地代、さらにはオフィスの電気代などの光熱費、社員が集中することで社員食堂を用意しなくてはならない福利厚生費、社員に使わせるパソコンや机などの機材費…

その他、多くの出費を抑えられる。


「顔を合わせない」ことの効率の悪さがあったとしても、それを補って余りある節約効果がある。


これで、アメリカではテレワークが一気に広まった。


実は、会社がパソコンや光熱費に金を使わなくなった分、個人がパソコンを購入し、回線契約し、クーラーをつけて快適に仕事をしなくてはならない。

一極集中させればスケールメリットで安くできるところを、分散しているので効率が悪いともいえる。


でも、普段から趣味で良いパソコンを買い、速い回線を求めるような「技術者」にとっては、わざわざ仕事のために出費が必要、とは考えない。


それどころか、アメリカでは納税は個人で行うから、「趣味のもの」が「仕事のもの」に変わることで、必要経費となって税金が圧縮される。


何と言っても、快適な我が家から出なくてよいのだ。


会社では「眠いから昼寝」なんて許されないけど、自宅ならそれも可能。

依頼された仕事を、期日までにちゃんと仕上げれば何も問題はない。


会社側にも、労働者側にもテレワークのメリットがあった。




アメリカではいち早く普及したが、イギリスでは普及が遅かった。5年は遅れていた。

そこで、先に書いたように、ロンドンオリンピックに関連付けて、テレワークの導入が推進された。


…イギリスの事情は詳しくは知らないのだけど、それで定着したというのだから、成功だったのだろう。



そして、日本だ。5年遅れていたイギリスよりも、さらに8年送れている。

干支一回りしているのだから、周回遅れと言っていいだろう。


実のところ、これまでにも何度も、テレワークの推進策が取り入れられている。

でも、全く定着しないままここまで遅くなった。


技術的な問題ではない。今や多くの家で常時接続が普及しているし、パソコンだって普及している。

テレワークは「全員に」強要するものでもないので、技術が不得手な人間はやらなくてもいい。


それでも普及しない。

つまりは、日本人のメンタルに徹底的に合わないのだ。


でも、メンタルって、結局「理由はない」ってことだからね。

会社の人事部と総務部と技術部が面倒を背負い込む覚悟があれば、十分に導入できる。


たぶん、それこそが一番難しいことなのだろうけど。


#これらの部署は会社を回す屋台骨だと思うのだけど、事務仕事だと思われ、軽んじられている。

 十分な人員も配備されないので、面倒を背負い込むことなんてできない。




以前にも書いたのだけど、多分日本で一番テレワーク導入を難しくしているのは、「月給」という給与体系。


月給とは言っているけど、実際には時給で、1日の勤務ノルマがある。

勤務ノルマは、労働内容ではなく、時間だ。8時間会社にいればよい。


逆に言えば、有能な人でも仕事をさっさと終わらせて自由にすることができない。

それどころか、有能だから手が空いたら、別の仕事が持ち込まれる。


無能な奴の作業までやる羽目になって、給料は一緒。

だから、有能な人は「爪を隠す」必要がある。会社としては労働効率が上がらない。


労働効率が上がらないとわかっているから、残業することを前提に、基本給は低く抑えられている。

残業が前提なので、勤務時間管理が必須で、タイムカードを押す必要がある。



これがテレワークと恐ろしく相性が悪い。


基本給をあげ、残業せずとも残業代「以上」の給与が出るようにして、時間ではなく「労働内容」を重視しないといけない。


作業の目的を明確に与え、そのミッションをクリアすることで成功報酬を出す、という給与体系。

確実に作業が行われる前提なので、会社にとってもリスクが少ない。



そうなると、仕事さえできれば勤務時間は関係ない、という話になる。

ここに来てやっと、テレワークが可能になる。


アメリカでは元からそうした労働形態だし、イギリスでも同じようだ。

日本ではまだそうなっていない。…一部の企業はそうしているようだけど、多数派ではない。


ここら辺の話、以前に詳しく書いた





僕は自分でも勤務形態がよくわからないのだけど、まぁテレワークなのかな、と思う。


企業に雇用されているわけではない、フリーランスの立場だ。

でも、仕事を受けている間は密接に連絡を取り、与えられた「要求仕様」にかなうプログラムを作っている。


期日までにモノが完成すればよい。


この期日だって、無理難題を押し付けられるのではなく、合意のうえで決めている。

金銭面も含めてね。


だから、手に余ると思えばお断りすればいいし(報酬はなくなるが)、納期が短いと夜遅くまで作業したりもするが、その苦労に見合う報酬をいただければ問題はない。


仕事を自分でコントロールしている、ということ。


…と言うと、聞こえは格好いい。

大抵は、納期に間に合わなかったらどうしよう、と思いながら、頑張って前倒しで作る。

早く完成してしまわないと不安だからね。納期より早く完成して困ることは、なにもない。


だから、必要なら夜遅くまで作業するし、それで眠ければ昼寝する。

そういう「柔軟な生活」ができるのも、テレワークの良さだ。



昼寝していると、依頼主(そこそこ大きい会社)の副社長がいきなり電話かけてきて、ビビったりするけど。

直接の担当者は別にいるのだけど、副社長がフットワーク軽い人で、質問があると末端の技術者にも気軽に電話してくるのね。


その姿勢は嫌ではないのだけど、「みんなが働いているはずの時間」に昼寝している、テレワークの悪い面でもあります。




数時間後に追記


総務省・厚生労働省が作ったテレワーク推進企業ネットワークのページを見ると、テレワークの導入の問題を


・技術と、その技術を導入・運用するコストの問題

・見えない場所での勤務時間をどう管理するか


に分けて考えているようだ。


後者、このページに書いてある僕の主張とは異なるのだけど、日本で導入しようと思ったら、やっぱり勤務時間管理をしたくなってしまうのかもしれない。


でも、そもそも勤務時間で縛る日本の管理方法のままテレワークを導入しようとすると、面倒(コスト)ばかりが増えて、メリットがあまり得られないように思う。

(というか、アメリカで話題になった 2000年代後半には、日本でもこの方法で導入しようとした企業が結構あり、コストの増加に耐えかねてみんなやめてしまった。

 失敗に学ばなければ、同じことを繰り返すことになるだろう)



新聞などで見る限り、時間管理をやめて労働内容に対する報酬、という賃金体系に移行する会社も、大企業・中小企業問わずに出てきてはいるようだ。

でも、そうした企業は、わざわざ新聞報道されてしまう程度には珍しい。


労働方法に対する意識を変える、いい機会だと思うのだけどな。



▲目次へ ⇒この記事のURL

関連ページ

スプラトゥーン2 その後【日記 17/08/08】

別年同日の日記

15年 マイコプラズマ肺炎


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

ルビク・エルネーの誕生日(1944)  2017-07-13 16:22:37  その他

▲目次へ ⇒この記事のURL

今日は、ルビク・エルネー(Rubik Ernő)の誕生日(1944)


ハンガリー語の名前よりも、英語表記の「エルノー・ルービック」のほうがわかりやすいかもしれません。

ルービック・キューブの発明者です。


彼は、彫刻家で建築家。

立体造形の専門家、と言ったほうが良いでしょうか。


大学で、立体造形の面白さを学生に伝えるべく教鞭をとっていました。


1974年、彼は、部品が固定されているわけではなく自由に稼働し、しかし全体としての構造は決して壊れない、という不思議な造形を作り出します。

全体としては立方体で、1つの面が縦横3つに分かれた9分割になっています。


彼はこれを「マジックキューブ」と名付け、学生に披露します。

多くの学生が、この不思議な造形に深い関心を示しました。



そこで彼は、この構造の特許を取り、プラスチックで大量生産できる形状に改良して、大量生産を試みます。




ところで、当時のハンガリーは共産主義の国です。


共産主義では、すべての経済は国によって統制されます。

どこの工場で、何をどれだけ生産するか、それをどれだけの価格で売り出すか、などは国が決めます。


ルービックは、国の計画にはない「新しいおもちゃ」を製造しようとしたわけで、なかなか協力してくれる工場は見つかりませんでした。



ただ、共産主義と言っても国ごとに体制はまちまちで、ハンガリーは比較的「管理の緩い」国でした。

全ての生産活動が国有なわけではなく、わずかとはいえ民間企業もありました。


ルービックも、最終的には製造工場を見つけ、1977年に「マジックキューブ」を発売しています。



以前書きましたが、共産主義国のソ連で生まれた「テトリス」が最初に市販されたのも、ハンガリーでした。

共産主義国でありながらソ連からの圧力に反発し、最終的にベルリンの壁の撤去や、ソ連崩壊を招いたのも、ハンガリーです。




1979年、マジックキューブが、ドイツのニュルンベルグで行われた、玩具展示会に出品されます。

ここでの展示は好評で、続けてロンドン・パリ・ニューヨークの展示会にも出品されます。


ここで、アメリカのおもちゃ会社が販売ライセンスを得ます。

この際に、「マジックキューブ」という凡庸な名前を変更しようと考えました。


複雑すぎて誰も解けない、という「ゴルディアスの結び目」や、貴重で高価な細工物を意味する「インカの黄金」など、いくつかの名称案があったと言います。

しかし、最終的には発明者の名前を冠した「ルービック・キューブ」となりました。


アメリカでの発売は 1980年5月。

日本でも7月には発売され、入手できないほどの大ブームを起こします。




日本発売以降は、知っている人が多いと思うので説明するまでもないでしょう。

以下は個人的な思い出。



入手困難なほど売れたので、偽物が出回りました。うちにあったのも偽物。


Wikipedia によれば「2月には海賊版が出回る」となっているのですが、購入したのは1月です。

祖父の急死で母の実家に行き、1月だったので集まった親戚からずいぶんお年玉をもらいました。

その帰りに駅ビルのおもちゃ屋で兄が見つけて購入したので、1月で間違いありません


その時点では、「偽物が出回っている」なんて知りませんでした。本物のつもりで買ったのです。


しばらく後に、20円のガチャガチャで、「6面完成法」を書いた小さな紙を売っていました。

あたりだと、20円ガチャのカプセルに入るサイズに小さく作った偽物のルービックキューブが入っているのだけど、この「完成法」も十分なあたりだった。

だって、家に誰も完成できないキューブ(偽物)が転がっているんだから。


#この紙、ある程度後期のルービックキューブ(公式)に付属していたものを、丸パクリして小さく印刷しただけのものだったらしい。

 著作権も何もあったもんじゃない、1980年代の話。



ルービックキューブに刺激され、立体パズルゲームが起きました。

うちの家族が面白がって買ってきたので、今でもいろいろ残っています。


3×3ではなく、2×2の構造のものを見つけ購入しました。

…が、これ、「真ん中の列がない」と考えると、ルービックキューブと同じアルゴリズムで解けてしまう。


4×4も、5×5もでました。

でも、これらもちょっと工夫すると、通常のルービックキューブと同じ状況に落とし込めるのですね。


結局、3×3は、シンプルでありながら十分複雑な構造を作っていたと判ります。




同じルービックさんの作品としては、ルービックスネークというのもありました。

正方形を分割した三角柱を回転する関節で繋いだ構造で、正解のある「パズル」ではなく、自由な形状を作って遊びます。


ルービックさんの意図としては、キューブも「いじっているだけで面白い構造」だったのですが、すでに完成させるパズルとしてヒットしています。

それに対し、スネークは正解がなかったため、あまり売れなかったように思います。


あと、ルービックマジック。

板が自由にパタパタと動くパズルなのだけど、発売されたころにはパズルブームも去っていたし、構造的にも子供が紙で作る工作に似ていた。

(子供の紙工作よりも自由度がずっと高いのだけど)


なので、これは僕は遊んでません。




現在は、6面完成にかかった時間を競う「スピードキューブ」という公式競技があります。

昔から速度競技はあったのだけど、今は電子的に時間を計測するので、1/1000 秒レベルで競われます。


…この計測機器、カップスタッキング用に開発された奴だよね、って以前から思ってました。

日本ではカップスタッキングがマイナーなので、すっかりスピードキューブ用の機器だと思われている気がする。


…いや、スピードキューブもマイナーか。

単に工夫したタイマーなので、真似したというより「使えるものだから使った」だけだと思うけど。




同時期に流行した他社製品。


「立体パズルが流行」ということで、工夫を凝らしたものがいろいろ発売されました。


結構類似アイディア多数だったのが、円筒形の上にスライドパズル(いわゆる15パズル)を作ったもの。

ピースは自由には動かず、円筒の長辺方向に動きます。

そして、分割された円筒を回転させることで、周方向にも動かせます。


…やってみるとわかるけど、結局スライドパズルです。

スライドパズルはもともと好きなので、見た目が変わっただけであまり面白いとは思わなかった。


立体でパズルなんだから、と、単に知恵の輪のリバイバルもあったように思います。

今でも売っている「キャストパズル」とか、いったんはこの頃に出てきたのではなかったかな。

(後に再ブームを起こしますが)



任天堂の「テンビリオン」。

これは、ヒットしました。ポストルービックキューブとしては本命だったのではないかと思います。

うちにもなぜか2個ありました。兄弟が多いので、「おもしろそう」で買ってきたのが重複したらしい。



これも、上に書いたような「円筒形スライドパズル」なのですが、一ひねりしています。

なので、あまりスライドパズルという感じはありません。


難易度は「スライドパズルだ」と気づけば難しくありませんが、ひねってあるので気付くまでは難しいです。

この絶妙の難易度が受けて、特にドイツで大ヒットだったそうです。




話はどんどん逸れますよ。

以下はルービックさんの話ではなく、ほとんど雑談。



ルービック・キューブの特許取得は 1975年。

でも、発売は 1977年だし、日本で知られるようになったのは 1980年。


これに対して、日本でも 1976年に同様のおもちゃを考案し、特許を出願している人がいます。

『サイコロ型回転式組合せ玩具』


上のリンクを見ると、出願が昭和 51年 = 1976年 とわかります。

公開番号、広告番号のリンクで、特許の概要もわかります。



今では、特許は「公知になっていない技術」にしか与えられません。

しかし、1976年当時では、外国の特許がある(つまり、技術が公知になっている)としても、十分に調査する技術もなく、また法律もそこまで求めていなかったため、特許が成立してしまうのです。


でも、公文書だからこそ、ルービック・キューブのほうが申請が速いとわかります。



そんなわけで、「大ヒットおもちゃを考案していたけど、わずかな時間差で泣いた人」として、この人がテレビ番組に出ていました。

たしか、「小川宏のなんでもカンでも!」という番組だったと思う。


そこで作成した実物も持ってきていたのですが…

発想としては同じなのですが、少し大きくて扱いづらそうなのと、6面に絵を貼っていて「絵合わせパズル」にしてしまっているのですね。



ルービックキューブの各面が「色」だけになっているのには意味があって、絵にすると理不尽な難易度になってしまうのです。

ピースの位置が正しかったとしても、中央のピースが「回転」してしまい、この制御がややこしいのですね。


#ルービックキューブの中央ピースに自分で印をつけて、その回転方向も正確に合わせる…という、あえて難易度を上げた遊びもあるそうです。



なので、ゲームとしてのルービック・キューブは本当によくできていたと思うのです。




ところで、ハンガリーの特許が先に成立していたとしても、国内は国内で特許が成立しています。

そして、特許は国ごとの決まりですから、成立した以上、この特許は有効です。


番組的には「わずかな時間差で泣いた」ことになっていたのですが、今の知識で考えると、それだけではなさそうです。



特許というのは、「見た目」ではなく「技術」に与えられるものです。


#見た目であれば意匠登録とかしないといけない


そして、この特許をよく読むと「球にビスで留める」という構造(技術)を、特許要件にしているのです。


ルービック・キューブを分解してみたことがある人ならわかりますが、中に球なんて入っていません。

なので、ルービック・キューブは、そもそもこの特許に抵触していません。



…書きすぎ特許ですね。

発明者が直接特許を書くと、構造を説明しようとして詳細に書きすぎてしまうことがあります。


その場合、構造を少し変えてやると、特許に抵触しなくなるのです。


#曲がるストローの話とか有名。

 蛇腹部分を「六角形に作る」と書いてしまったが、これは使いやすくするために、繊細な加工を工夫した部分だった。

 後から出てきた類似商品はそうした繊細加工が無く、みんな丸だったので使いにくいが、特許に抵触しなかった。





▲目次へ ⇒この記事のURL

別年同日の日記

07年 サーバー交換

12年 強力な武器

15年 【追悼】岩田聡さん(任天堂社長)

15年 収益を考える


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

セレンディピティ  2017-07-06 18:23:40  その他

▲目次へ ⇒この記事のURL

20世紀最後の年、2000年のノーベル賞受賞者は、日本人の白川英樹博士だった。


導電性高分子…電気を通すプラスチックの発見による受賞。


いきなりの余談なのだけど、会社の同僚で仲の良かった奴が、「なんでプラスチックに電気通したくらいでノーベル賞なの? 電気通したいなら金属使えばいいじゃん」と言っていた。


そこで、「プラスチックは透明だから、液晶ディスプレイが作れた」と言ったら、驚いた顔で無言になり、一瞬後に「その発明はノーベル賞もんだ!」と納得していた。


#いつの時代もそうだけど、日本でのノーベル賞の報道は、その受賞研究とかが紹介されず、交遊録とかばかり。

 だからその知人が不勉強だったわけではない。

 

 ちなみに、「ポリマー充電池」などもこの物質の応用で、軽くて自在な形にできるのでモバイル機器に活用されている。




さて、白川博士を紹介したいのではなくて、博士の受賞スピーチに出てきた「セレンディピティー」という言葉の話。


これ、博士のスピーチ以前は、日本人のほとんどが知らない単語だった。

当時、この耳慣れない言葉を、多くの新聞などで「セレンディップの三人の王子、という童話のように、思いがけない幸運に出会うことを意味する言葉」と解説していた。


今では、「セレンディピティー」という言葉を、多くの日本人が知っている。

でも、相変わらず、言葉の元となった童話がどんなものかは知らない。


どんなお話なのか気になっていた。

セレンディピティーという言葉は中世に作られたというような解説も読んだことがあったので、そのころのお話なのかな、とも。



先日、子供を図書館に連れて行ったとき、児童書のコーナーに「セレンディピティ物語 幸せを招ぶ三人の王子」という本を見つけた。


喜んで借りてきた。本の前書きにも、白川博士のスピーチの件が書かれている。


元は、5世紀ごろに成立したお話だそうだ。まだ日本が中国から「倭」と呼ばれていた時代。(倭の五王の時代)

童話というよりは民話だな。誰かが作ったものではなくて、自然発生的にまとまったお話。


セレンディップ、という国の三人の王子が主人公だけど、セレンディップというのは、セイロン、スリランカのその頃の名称だそうだ。


16世紀…大航海時代のさなかにはヨーロッパに物語が伝わり、イタリアで本として出版されている。

異国情緒あふれる物語として楽しまれたようだ。



そして18世紀、正確には 1754年に、イギリスの小説家が友人への手紙の中で「セレンディピティ」という造語を使っている。

子供の頃に読んだ、セレンディップの三人の王子にちなんだ造語だとして、その言葉の意味も定義している。


これが広まり、20世紀中ごろにはイギリスではよく使われる言葉になる。

その後徐々に世界に広がり、20世紀の最後の年に、やっと日本にも入ってきたというわけだ。




話を急に変えるのだけど、少し前に、インドネシアの影絵芝居を見た。


本来一晩中語り明かすことが多い物語で、ストーリー性よりも「一晩中語り続ける」ことが重視されている節がある。

影絵の人形を使ってはいるが、一人芝居。だから、思い付きで話は転がっていくし、いくらでも引き伸ばせる。

もっとも、大まかな骨子は決まっていて、驚きの展開とかにはならないので、見るほうも長い話の途中で寝ても大丈夫。


当然話はグダグダなのだけど、そんなことはどうでもいいのだ。

夜通し続けるような祝い事の席で、これも起きている人がいる限り、「にぎやかし」に上演を続ける、ということが重要なのだから。




で、「セレンディップの三人の王子」にも、同じような雰囲気を感じた。

スリランカからインドのあたりが舞台で、次の王位継承者にふさわしい人格を備えるために、王様の命令で旅に出た三人の王子が主人公。


一人は知恵者。一人は勇敢で、一人は工作技術に長けている。

三人が力を合わせながら難題を切り抜けていくのが見所。


旅の目的は「島の周りに生息する竜を退治する薬を手に入れるため」なのだけど、行く先々で様々な人に会う。

それらの人の悩みを解決するために走り回り、時には命を懸け、決して自分たちが王子だとは明かさない。


ピンチにあっても、ご都合主義的展開で必ず成功する。

そして、当初の予定になかった「すばらしいもの」が成功報酬としてついてくる。


隣国の傲慢な王様は、彼らの働きに改心したばかりか、是非妹と結婚してやってくれないか、と申し出る。

さらに隣国の女王は、国を襲う怪物を退治した彼らに結婚を申し込み、一緒に国を治めてほしいと頼む。


女王には生き別れの妹がいたが、傲慢な王様はそうとは知らずに、偶然会った彼女に恋していた。

行方知らずの妹を見つけ出し、王様に合わせるとともに、その生い立ち語りから女王の妹であるとも判明する。



結局、竜を退治する薬を見つける、という旅は失敗に終わっている。

でも、探索は失敗だけど、目的は果たす。


薬の秘密は仙人が知っているのだけど、彼らは仙人に礼儀を尽くし、無理に秘密を奪おうとはしなかった。

仙人はこれに感心したのか(彼は一切喋らないので理由は不明のままだけど)、仙人がいたるところに薬をまき、国は平和を取り戻す。



こうして旅は終わるのだけど、旅の最中に、王子であることを隠し、粗末な身なりをしていた彼らに優しくしてくれた女性がいた。

貧乏ではあるが、非常に聡明な女性。


王子の一人は、彼女に恋をし、身分を隠して彼女の元に通い、結婚の約束を取り付ける。

これで、主要な登場人物全員が結婚相手を見つけ、幸せになる。



旅の目的は失敗に終わるけど、そんなことよりも多くの幸せを見つけて結果オーライ。

…これが「セレンディピティ」という言葉の元となった物語の骨子だ。




なかなか面白かった。

ご都合主義とか、途中納得いかない部分もあるけれど、全員が幸せに終わる物語というのはいいもんだ。


五世紀に成立した話が今でも伝わっているというのだから、インド文化は懐が深いと思う。



ちなみに、読んだ本はアメリカ人が話をまとめて本として出版したのを、日本語訳したもの。

古いお話なので亜流は山ほどあると思うし、お話ごとに細かな部分は違うんじゃないかと思う。


先に書いたインドネシアの影絵といっしょで、骨子くらいしか決まってないんじゃないかな。



▲目次へ ⇒この記事のURL

別年同日の日記

14年 【訂正】NOP命令が作られた日


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

当たる占いの作り方  2017-07-03 16:11:10  その他

▲目次へ ⇒この記事のURL

占い話の続きです。


最初に書いておくけど、僕は占いを否定しない。

読み進めると、占いを似非科学だと糾弾しているように見えるかもしれないけど、そうではないので落ち着いて最後まで読むように。


そして、これから書くことは「無粋」の一言に尽きるので、占い好きの人は読まないほうがいい。



一応自分のプロフィールを書いておけば、大ヒットした占いゲーム機のプログラマーだった。

(このサイト内で探せば、何のゲームかわかる。

 でも、あえてリンクしない。ここで名前を出せば、ゲームに関わった人に迷惑を掛けるから)


その後も、いくつかの占いゲーム機に関わったし、携帯コンテンツの占いで大ヒットしたコンテンツのプログラムをやった。

(こちらの名前は、まだこのサイト内で明らかにしていないので探しても無駄)


高校時代、興味があってタロットカードとかもやっていた。


占いそのものは好きだし、上に書いたように占いプログラムなんかも好き。

今でも、雑誌などの占いコーナーは楽しく読んでいる。




「当たるも八卦、当たらぬも八卦」という言葉がある。


八卦というのは、中国系の占いを貫く基礎概念で、ここでは「占い」の意味で使われている。

つまり、占いは当たったり外れたりする、ということ。


「占いなんてあてにならないから気にするな」という文脈で使われたりする。


でも、それはこの言葉の真意ではなくて、「占いと一括りにするが、占い師によって当たるものもあれば、当たらないものもある」が正しい意味だ。

良く当てる占い師は、本当に良く当てる。そして、ダメな占い師は全然当たらない。



占いというと未来のことを予想する技術だと思われがちなのだけど、もしそうであれば、「よく当てる」なんていうのはオカルトだ。

そんな技術はない、と断言できる。


良く当てる占い師というのは、そうではなくて「あたった」と思わせるのがうまいのだ。

占って欲しい人の心理を巧みに突いて、当たったと思わせる。これは心理学で、科学だ。似非科学ではない。


でも、当たらない占い師は、「占い」という似非科学を信じ、当たらないのは自分の占い技術が低いからだ、と、日々精進しようとする。

残念ながら、それではいつまでたっても当たらない。


結局、占いの世界でも、頭の良い人はうまくやるし、頭の悪い人はダメだという話。




占いっていうのはカウンセリング技術で、相談者を悩みから解放するためのものだ。

だから、相談者が納得して悩みから解放されるのであれば、その裏にどんな技術を使っていたってかまわない。


タロットカードとか、非常によくできていて、1枚のカードに2重3重に意味を持たせている。

有名な「死神」のカードであれば、死とか破局とか悪い意味だと思っている人が多いのだけど、


・死

・破局

・新たなる始まり

・再生

・収穫

・希望


…などなど、全く正反対とも言える意味を持たせてある。

(逆位置に、とかではなく、そのままで正反対の意味にできる)


その意味はちゃんと絵の中にもシンボルとして描かれているので、「ほら、ここを見て」と示して解説することで、信じてもらいやすい。


ホロスコープだってそうだし、手相だってそうだ。

1つのシンボルに対し、2重3重の意味がついていて、占い師の思うがままの意味を持たせることができる。


先に書いたように、この意味にとらわれすぎて、カードの意味をできるだけ解釈するような占い師はあたらない。

全部の意味を言ったら、答えがぼやけて何を言っているのかわからないし、そもそもあんなカードで未来がわかるはずがない。


良い占い師は、相手の心理を読み解いて、その人に適したアドバイスをするのだけど、その道具としてカードを使う。

伝えたい言葉に一番近い「意味」をクローズアップして見せて、この通りお告げにもあるから、あなたはこうすべきだ…と後押しする。



悩みっていうのは、大抵相談する時点で本人の答えは出ているのだけど、怖くて踏み出せないだけ。

それを「そういう運命だ」と示してあげれば、納得して一歩を踏み出せるし、実は本人が出した答えなので悪いことにはならない。




それなら精神科医のカウンセリングを受ければ、と思う人もいるかもしれないが、それではダメだ。

悩みを持っている人は、自分ではそれが「些細な悩み」だと思いたい。


だから、精神科医を訪ねる、というのは障壁が高すぎる。でも、悩みを打ち明けないと心が押しつぶされそう。

こういう隙間に現れて人助けをするのが占い師で、良い占い師は自分の仕事の価値をよく理解している。


#ちなみに、良い占い師なんて全体の1割もいない。

 占い師に限らず、精神科医だってそうだし、どんな世界でも良い人には巡り合いにくいものだ。




ところで、僕が作っていたような占いゲームでは、対面で仕事をする占い師のようなことはできない。

そこで、文章テクニックを駆使するわけだけだ。


占いゲームや、雑誌なんかの占い文章というのは、大雑把に言えば次の3つの部分からなっている。


・現状分析

・未来に起こること

・未来へのアドバイス


文字数の制約によっては現状分析は端折られる場合もあるけど、基本的にはこの3つをセットにする。


読む人は、現状分析をまず読み、自分に当てはまることを確認することで「この占いは信頼できそうだ」と判断する。

逆に言えば、現状分析さえ正しく当てていれば、占い全体を信用してもらえる。



現状分析の文面は、例えばこんな感じ。


・普段は見せませんが、あなたには非常にやさしい面があります。

・人知れず努力しているあなた。

・仲の良い友達といるとき、普段とは違う安らぎを感じませんか?

・今は離れているけど、懐かしい人に会いたいと思うときはありませんか?


人には知られていないけど、あなた自身の内面はこの通り、というような文面がいい。


上の文面はどれも、誰にでも当てはまるようなことしか書いていない。

でも、妙に具体的に言われると、「よくわかってくれている」って、多くの人が共感する。


これで共感を得てしまうと、「この占い、あたっている」という気分になる。

未来のことなんてその時点ではわからないし、本当に「未来」になるころには、占いの内容なんて忘れている。

だから、現状分析で共感を得れば、「当たる占い」という印象は強くなる。




とはいえ、占いだから未来予知は大切だ。

ここでも、同じように「誰にでも起きること」を書こう。



・今日の午後、知人が嬉しい話を持ってくるかもしれません。

・身近な誰かが、あなたの努力に気付いてくれそうです。

・残念ながら、今日は悲しいことが起きそうです。

・いつと違う道を通ると、なにか発見がありそう。


これも、なんでもいい。

大切なのは、誰にでも毎日起こっているようなことを、いかにもそれらしくいうこと。


違う道を通ったら何か発見があるのなんて当たり前だし、努力していればだれか気づくだろう。

1日の間にはいい話も、悪い話も持ち込まれるが、持ち込むのは大抵「知人」だ。



最初の現状分析は、妙に具体的にしたほうが「当たっている」感じがする。

だけど、未来予測はできるだけぼかす。ぼかしながらも、言い切ることでぼかしている感じを消す。


そうすると、何かあった時に、「あ、これが占いで言っていたことかな」って勝手に当てはめてくれる。




未来へのアドバイスは、未来予測をうけて、適当に当たり障りのないことを書く。


先に挙げた


・今日の午後、知人が嬉しい話を持ってくるかもしれません。


の後に書くのであれば


・でも気を付けて。まずは落ち着いて情報を集めてみましょう。

・知人と一緒に、ささやかなお祝いなどいかがでしょう?

・まずは話に乗ってみましょう。迷うのはその後で。


とか、なんでもいい。

なにか話を持ち込まれたときに、取るべきパターンを思うように並べておけば体裁が整う。


アドバイスなのだから、「未来予測」が当たった際に、次に取るべき行動…誰でも気軽にできることを書くのがコツ。

もちろん、誰でもとるような行動だから、「占い通りにしたらひどい目にあった」というようなことにはならない。




はい、これで占い文章一丁上がり。

「誰にでも当てはまる」ことしか書いていないのだから、確実に当たる。


ここまでの話で興味を持った人は、雑誌の占いコーナーなどで、「自分とは違う項目」の文面を読んでみるといい。

それでも当たる。だって当たることしか書いていないのだもの。



先の例は、最低限の短い文章だ。

雑誌に載せる占いコーナーなら、この程度の短さでもいいかもしれない。


占いゲームの場合、「文章を読む」のが楽しみの一つでもあるので、400字~1000字くらい欲しい。

こうした肉付けは文章力が物を言う。方針はわかったのだから、後は書くだけ。



あとは、この文章をたくさん…雑誌に載せる星座占いなら12個、占いゲームなら…そうだな、1000種類くらい用意しようか。

ゲームの中に「占いのジャンル」(総合運、恋愛運、金運…など)があるなら、それぞれに1000種類。


100種類くらいだと、毎日占っていると1か月程度ですぐに「同じ文章」に遭遇することになる。

同じことばっかり言っている占いでは、すぐに信憑性が落ちてしまう。


1000種類くらいあれば、同じ文章が出るころまでには、それが同じ文章であることも忘れてしまっているだろう。


占い師の本当のすごさっていうのは、占いの技を習得しているとかではなくて、こういう文章をたくさん書けることだと思う。

(星座占いだって、毎日12種類、何年も書き続けるような人がいる。すごいと思う)




占いゲームが、こうした文面をランダムに出しているだけだと思われるのもどうかと思うので、もう少し書いておこう。


先に書いたように、占い師は相談者にとって最も良いと思うアドバイスをする。

とはいえ、多くの占いには「占い手順」があって、そのアルゴリズムに従えば、コンピューターでも「それっぽく」結果を出すことができる。


中には「霊感占い」とか「水晶玉占い」のように、アルゴリズムが定まらないものもある。

そういうものは、占いゲームの対象にはできない。


#オーラ写真、という霊感に近い分野を扱った占いゲーム機はあったけど、あれはあれでアルゴリズムがある。



さて、アルゴリズムがあるのであれば、それを忠実にプログラムするのがプログラマの務めだと思う。


たとえゲーム機と言えども、占いをする人は真剣な悩みを抱えているかもしれない。

それに対しては誠実に向き合わなくてはならない。「ランダムでいいや」なんて態度は真摯でないと思うのだ。


…まぁ、これは僕の考え。世の中には「ランダムでいいや」な占いゲームだってあるかもしれない。

僕はいくつかの占いゲームに関わったが、そのすべてで真面目にプログラムを作成した。


でも、先に書いた通り、文章はどれを見たって当たるようにできている。


実際、僕は関わっていないのだが、先輩が作った占いゲームの実装ミスが発覚したことがある。


詳細は書かないが、発売後数年たってから本職の占い師の方がたまたまあそんで、画面表示がおかしいことに気付いたのだ。


#ゲームにはちゃんと占い師さんの監修があったのだけど、その方はアルゴリズム発案と文面作成が主な仕事だったので、完成後のチェックは甘かったようだ。


気付いた方が親切に手紙をくださり、アルゴリズム実装ミスが発覚したので慌てて修正、新規 ROM を全国の店舗に送って差し替えた。


でも、この数年誰も間違いに気づかなかったし、「よく当たる占い」と評判だった。

極論すればランダムでも当たっただろう。それでも、修正版 ROM は作られたし、差し替えられるのだ。


当たった、と感じるのは、結局占いの技術ではなく、相談者の気持ちの問題だから。

その気持ちを裏切るようなことをしていれば、いつか「当たる」という評価を頂けなくなる。


だから、たとえバグが占いの精度に関係ないとしても、バグを修正して、より「当たる」ように心がけるのだ。



▲目次へ ⇒この記事のURL

関連ページ

当たる占いの作り方【日記 17/07/03】

血液型別性格診断【日記 17/07/03】

別年同日の日記

02年 帰ってきました

13年 TX-0エミュレータ進捗


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

血液型別性格診断  2017-07-03 13:15:47  その他

▲目次へ ⇒この記事のURL

先日、ラジオを聴いていたら「ブラハラ」という単語が出てきた。

何かと思えば、ブラッド・ハラスメントの略語で、「君はA型だから、こういう仕事は向いてないでしょ」みたいに血液型で性格を決めつけられてしまうことらしい。



そういえば、以前に聞いた話。

どこだったか国立大学の教授が、授業中に「血液型の性格診断には根拠がない」ということを何気なく話したら、信じていたのにショックだ、という学生が過半数だったそうだ。


国立大学だから、それなりに頭が良い人が揃っている。

それでも、血液型で性格が決まると信じてしまっているのが過半数。


この事実に、大学教授はショックを受けたらしい。



そのことの善し悪しを言いたいのではない。

「非科学的」なんて言ったところで、信じている人が多いという事実は変えられない。


ただ、ここでは「なんでそんなことになったのか」をギリギリ知っている世代として、記録を残しておかないといけない、と思ったのだ。




「もはや戦後ではない」が流行語になったのが、1956年。

この頃が、後の世にいう「高度経済成長」の始まりの時期で、その後 20年にわたり経済成長が続く。


1960年代の後半には、多くの人が豊かになった。

しかしその一方で、物質的な豊かさだけでいいのか、という自省が広がっていた。


この時代を背景に広がったのが「占いブーム」。

科学では測りきれない何かがあるのではないか、と皆が期待して、様々な「占い」がもてはやされる。


団塊の世代が20歳くらい…多感な年ごろだ。

多くの人が、こうした「占い」を本気で信じ、世の中には科学ではわからないことがある、と科学を否定した。

否定することがかっこいい時代だった。


この世代は、科学や客観的データを否定し、精神世界…変な迷信に入っていくことが「かっこいい」と思っている人が多い。

ついでに言うと、仲間を作るのが好きでもある。自分の価値観を周囲に押し付けてくる。


学生運動とかも含めて、青春時代に、世間がそういう空気だったのだから仕方がない。


もちろん、多くの人はその後大人になるにつれて世の中を知り、自省しているのだけど、今でも考え方を変えない人は「老害」と呼ばれている。



#余談:日本では、世の中の変わり目には占いが流行しやすい、という素地はある。

 幕末だって、明治時代だって、占いのブームはあった。

 だから、この時だけが特別だったわけでもない。




別に老害の話をしたいのではなくて、1960年代末に占いブームがあり、姓名判断とか、筆跡判断とか、印章判断とか、六曜占いとか、九星気学とか、四柱推命とか‥‥

まぁ、ともかくいろんな占い本が出た。「自分で占える」という本がブームの中心だった。


占い、とひとくくりにされるのだけど、「性格診断」の側面が大きかったのも特徴の一つ。


先に書いたように、精神世界に入っていくのがこの頃のブームの特徴だから。

自分はこういう性格、というのを診断して、「類型」がわかることで安心しようとする。


今でも、自分をどこかの枠に当てはめて安心する人、いるよね。


ちなみに、「精神世界」の方向は、1970年代には超能力とかUFOとか「ノストラダムスの大予言」のオカルトブームに繋がっていく。


このノストラダムスの大予言が「1999年に世界が滅亡する」と広めたのが 20年たって本気で信じられてしまい、1990年代後半にはカルト宗教ブームとなってオウム真理教のサリン(毒ガス)テロ事件へと突き進む。



上の例では、六曜占いも入れてあるけど、「結婚式をするなら大安吉日」とか、この頃のブームの影響ね。

六曜自体はそれ以前からあるけど、あれは旧暦を使うことが強制的に廃止されたときに、何とかして旧暦を知ろうとする庶民の知恵で広まったもので、「占い」ではなかった。


#平安時代までさかのぼれば占いなのだけど、それだって今とは違うものだ。



青春の頃は他人に影響されやすく、それは知識を吸収しやすいという良さでもあるのだけど、悪いものに取りつかれやすくもある。

1960年代に急に言い出されたものが、そのころ青春時代を過ごした人が「ずっと昔からそうなっている」と信じたものだから、今でも「大安吉日」とかに振り回されて辟易する人がいる。




血液型占いもこの頃に出てきたもので、「占い」の一種に過ぎない。

具体的にいえば、1971年に出版された「血液型でわかる相性 伸ばす相手、こわす相手」という本だ。



ただ、血液型占いは他とはちょっと違っていた。


血液型によって性格が決まる、という、科学的にありそうな「似非科学」を持ち出したのが1点。

(血液型が発見されたのは 1900年。

 これが人格などにも影響があるのではないか、という研究を日本人が行い、1932年に発表されている。

 この時点では「科学」だった。

 しかし、その後追試が行われ、1934年頃には完全に否定され「似非科学」になっている)


もうひとつ、他の占いが細かく分類し、複雑化することで信憑性を増そうとしていたのに、たった4つのタイプしかない判り易さが1点。


この特徴が他のものと違っていたものだから、「占いブーム」の終焉を乗り越えて、1980年代に再びブームを起こした。

(上の本の著者が死んで、真似た本を書きやすくなったという理由もあったようだ)




1980年代後半は、経済発展によって「物質的な豊かさ」が極まっていて、ろくに仕事をしない社員でも会社は雇っている余裕があった。


結構後(1996年)になるけど、ヒット曲に「渋谷で5時」がある。これ、1980年代の雰囲気がまだ残っている歌だ。

5時前に仕事をやめて帰ってしまっても問題なかった。「働かない」ことを自慢した時代。


#その一方で、仕事が忙しくて寝る時間もない、という不健康自慢をする人もいた時代だけど。



「合コン」がブームになり、初めてあった人とでも、とりあえず30分盛り上がれる話の類型、というのが好まれた。


「10回クイズ」とか「王様ゲーム」とかだけど、「血液型性格診断」というのもそうした話題の一つ。


1971年の本は、本としての体裁を整えるために、たった4種類でもそれなりの「深みのある」考察をしていた。

でも、ここでの血液型診断は、合コンの初めに5分程度で盛り上がるためのもの。

だから、非常に薄っぺらい。「A型はやたら細かい」とか「O型はおおざっぱ」で終わり。


嘉門達夫が、「血液型別ハンバーガーショップ」を歌ったのは 1991年。


この歌の中でも「たった4種類に分類されるわけない」と歌っている。

多くの人が、血液型診断を知っていながら、「そんなわけない」と心の中で突っ込みを入れ、でも話のマクラとしては使っていた。


だから、この歌がギャグとして成立する。




でも、先に書いたように、「青春時代に刷り込まれたもの」は妄信しやすい。

1990年代に青春時代だった…いま40代後半くらいになると、本気で血液型占いを信じている人がいる。まぁ、あまり多くはないのだけど。


いや、血液型占いは、その後独り歩きして「占い」ではない似非科学になった。


そして、生まれた時から血液型占いが存在していた、今の20代くらいになると、半数近くが信じている。

これが、冒頭に挙げた大学教授の話になる。



先に書いたように、1930年代にはすでに「似非科学」になっている。

だから多くの学者は取り合わないのだけど、あまりにも多くの人が信じているという弊害を見過ごせず、今でも検証実験が行われる。


もちろん、最新の論文でも「性格と血液型に相関は見られない」そうだ。


でも、こうしたデータはわかりきっていることで、「面白くない」から、あまり大きく取り上げられない。

その結果、血液型性格診断が似非科学だ、と知らない人が増え、悪循環となる。




最初に書いたのだけど、血液型占いを信じることの善し悪しを言いたいのではない。


ただ、似非科学ってこうやってひろまるんだなぁと、興味深い事例として知っておいてもらうといい。


六曜だって、たった 20年程度で「ずっと昔の伝統」だと思われたし、血液型占いも 20年程度で本気で信じられるようになった。



この後の動きも大体わかっていて、否定意見が徐々に浸透して廃れていく。

だけど、それは若い世代が正しい認識に至るだけで、今信じている世代が考えを変えるわけではない。


つまりは、新しい時代の「老害」だ。害をなす主役は、今の大学生あたりの世代だろうね。




とりあえず血液型占いをサンプルに、その登場から普及までを書いたら、それなりの行数になってしまった。


もう一つ、血液型占いが広まる上で非常に重要だった「確実に当たる占い」の話を書きたい。


血液型占いがこんなに普及してしまったのは、ちゃんと「当たっているから」だ。

似非科学だけど、ちゃんと当たる。そこにはカラクリがある。


でも、それはまた別記事で


▲目次へ ⇒この記事のURL

関連ページ

当たる占いの作り方【日記 17/07/03】

血液型別性格診断【日記 17/07/03】

別年同日の日記

02年 帰ってきました

13年 TX-0エミュレータ進捗


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

アメリカが日本製のパソコンに100%関税をかけた日(1987)  2017-04-17 18:44:55  その他

▲目次へ ⇒この記事のURL

今日は、アメリカが日本製のパソコンに、100%の関税をかけた日(1987)


話は 1970年前後から始まります。


1960年代、コンピューターのメモリと言えば、コアメモリが「あたりまえ」でした。


しかし、コアメモリは小さなビーズを編んで作るもので、ほぼ手作業で作られていました。

大量生産に限界がありますし、手先の器用な日本人が作るものが多く、輸入コストなども考えるとアメリカでは値段が高くなってしまう。


そこで、当時新しく出てきた「集積回路」の技術を使い、メモリを作ろうとしたベンチャー企業がありました。

インテルです。


1969年には、世界初の SRAM を発売。

コアメモリと違い、電源を切ると内容が消えてしまいますが、コアメモリと同じ感覚で使用できるメモリでした。


1970年には、世界初の DRAM を発売。

通電していても、ほおっておくと内容が消えてしまいます。

メモリとして動かすには「リフレッシュ」と呼ばれる動作が必要でした。

しかし、その代わりに非常に安く、値段的にコアメモリよりも優位に立ちます。



これを機に、コアメモリは急激にシェアを落とし、半導体メモリの時代に切り替わります。


さらに翌 1971年、世界初の CPU 、4004 を発売。

そもそもインテルはメモリ作成を目指したベンチャー企業でしたが、この後は CPU の開発に力を入れていきます。




CPU は非常に複雑な部品で、制作にはノウハウが必要でした。

しかし、メモリは比較的簡単に作れる製品でした。


そのため、インテル以外にも半導体メモリの制作会社が乱立します。

そして、その波は日本にも達しました。


日本の産業は「改良」が得意です。

DRAM と SRAM という、基本原理のしっかり定まったメモリを真似し、高品質のものを量産し始めるのに時間はかかりませんでした。



1970年代の末期には、日本製のメモリは安くて品質が良く、アメリカ製のメモリよりも世界的なシェアで優っていました。

これには、未来の主幹産業として政府が補助金などを出し、国内で半導体産業が育つように保護し、輸出などを後押しした効果もありました。


1978年、当時の総理大臣である福田赳夫が訪米した際、アメリカの半導体メーカーから、日本製の半導体業界の形態に対して陳情が行われます。

企業間の競争なのに、政府が日本企業だけを保護するのはおかしい。

アメリカ企業が売り込もうにも、日本国内の流通業者に政府の圧力があり、国外製品を扱おうとしない。

値段も安いが、補助金があるからつけられる値段で、ダンピング(不当廉売)にあたる…などなど。


ある程度は耳の痛い事実でした。

国内産業の育成はそれぞれの国の内政問題なので、他国からの口出しは無用です。

しかし、それによって企業間の競争がそがれているとすれば、法の下の平等に反してしまうのです。


同時に、コンピューターがまだ国防上重要だった時代。

こうしたコンピューターの基幹部品を日本のものに抑えられてしまうのは、アメリカ政府としても黙っていられませんでした。



こうした事情もあり、幾度となく日米間で話し合いが行われ、1986年には「日米半導体協定」が出来上がります。

協定の詳細は日米間のトップシークレットであり極秘とされましたが、国内の半導体市場を開放する代わりに、アメリカが日本の内政に干渉するのもやめる、という筋の合意でした。




しかし翌 1987年の 4月 17日…つまり今日、アメリカは半導体など3品目の日本からの輸入品について、100% の関税をかけることを発表します。


100% の関税、ということは、輸出品の値段がいきなり2倍になってしまうということです。

価格競争力は失われ、事実上の「輸入禁止」となります。


アメリカには、諸外国との貿易に関する法律として「通商法」と呼ばれるものがあります。

貿易は国際間のものですから、貿易相手はアメリカのこの法律を守らなくてはなりません。


そして、この中に 301条という項目があります。

アメリカ大統領直属の「通商代表」は、不公正な貿易が行われていると判断した際、独自の判断で関税率などを変更することができます。


どのような判断でそうしたかを公表する必要はありますが、異議申し立てを取り合う必要はありません。

また、判断の元となった貿易品目と、措置を行う品目が一致する必要もありません。



このときは、理由は「日米半導体協定に違反し、日本から輸出される半導体のダンピングが続いている」でした、

先に3品目と書きましたが、半導体製品と、電動工具、カラーテレビが対象でした。

カラーテレビなどはアメリカでも日本製が人気がありましたから、主要輸出品を「人質」にとって、早期解決を求めた形です。




アメリカはダンピングと断定しましたが、この頃実際に RAM が急に安くなっています。


ファミコンの発売が 1983年。

それまでゲームを遊ぼうと思ったらパソコンが必要でした。


当時のパソコンには 32~ 128K 程度(VRAM 含む)の RAM が搭載されています。

でも、ファミコンは 4K で十分なゲームが遊べました。

そしてファミコンは大ヒットしました。


需要を見越していたメモリが、結果的にだぶつきます。

これでメモリの値段は安くなりました。



1986年には、松下とソニーから、3万円の MSX2 も発売されています。

192Kbyte のメモリを搭載していました。急激にメモリが安くなったから作れた機械でもあります。

でも、この頃から安くなったメモリをふんだんに使った製品が出始め、今度は量産効果でメモリが安くなりました。



こうした流れは日本独自のものだったことに注意が必要です。


RAM 以外にも、ロジック IC なども日本製が強くなっていました。

何よりも、同じものを高品質に作り続ける、というだけであれば、日本はまだアメリカよりも人件費が安かった時代です。

安いのは決してダンピングなどが理由ではありません。



Intel は理解していました。

だから、RAM よりも CPU に力を入れていたんです。


でも、そうした独自製品を持たない半導体企業は数多くありましたし、事実問題として、半導体産業の保護は、アメリカにとって国防に関わる問題でした。




しかし、この措置には思わぬところから横やりが入ります。


半導体の「製造企業」は政府に圧力をかけて日本からの関税を引き上げさせたのでしょうが、それによって打撃を受けたのは、半導体を「使用する」アメリカ企業でした。

特に、家電品などで使われていた液晶パネルなどは日本製以外に供給元が無く、日本からの輸入が止まると製造ができなくなってしまうのです。



日本からの「ダンピングなど行っていない」という強い陳情もあり、2か月後にはこの制裁関税を解除しています。



しかし、これは後に言う「日米半導体摩擦」の始まりにすぎませんでした。


1989年には、日本独自に開発していた OS である、TRON OS がやり玉に挙げられ、事実上潰されています。

(ソフトバンクの孫正義さんが潰したのだそうです)


1992年には、最大の山場となります。

アメリカとの協定により「外国製半導体のシェア目標」が課され、日本企業がどんなに頑張っても、普及「させてはいけない」足枷となるのです。


そして、この後は中国、韓国、台湾などが力をつけ、日本の半導体業界も斜陽産業となっていくのです。




今、その中国に対し、再びアメリカが強硬姿勢で臨もうとしています。



▲目次へ ⇒この記事のURL

別年同日の日記

02年 4/17


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

ルータ交換  2017-04-03 10:31:28  その他

▲目次へ ⇒この記事のURL

ルータ交換

先日ルータ不調で新しいルータへの更新準備をしている、ということを書いた。

で、無事交換できた。


新しいルータは、tp-link AC1200。


今まで使っていた V120 は、ルータこそ 1Gbps にも対応していたが、イーサポートは 100M にしか対応していなかった。

「複数のポートから、同時に合計 100M を超えるデータ送受信があっても遅くならない」というメリットはあるが、そんなことはめったにあるもんじゃない。


新しいルータは、イーサポートも 1Gbps に対応している。

早速性能を測ってみよう。




一応、事前に V120 での性能を測っておいた。

以前の状態がわからなくては、改善状況もわからないからね。


速度計測サイトはいろいろあるのだけど、いくつか試して速度が「速い」場所を選ぶことにした。

というのも、有名すぎる速度計測サイトだと、そのサイト自体が重くなっていて、回線速度ではなく「相手のサイトの速度」を測ることになってしまうためだ。


また、自分から相手サイトの間のどこかに遅い部分がある、という可能性もある。

以下の情報は、万人に適用されるものではなく、あくまでも僕の環境に過ぎないことに注意。



いくつかのサイトを試し、SPEED TEST を信頼することにする。

一応、事前・事後とも測定は複数サイトで行ったが、ここに書く情報として絞り込んだ、という意味だ。



SPEED TEST は、世界中にある相手サーバーのうち、比較的近いものを自動的に選んでくれる。

自分で相手を選ぶこともできる。このため、いくつか試すことで純粋に「回線速度」を調べられる。


また、ping 反応速度、アップロード速度、ダウンロード速度を測れる。



ルーター交換前、V120 では、ダウンロード 58Mbps 、アップロード 94Mbps 程度だった。




ルーター交換は少しトラブルがあった。


用意周到にやったはずだが、SMTP や DNS は外から見られるにも関わらず、HTTP が見られない。

いや、HTTP ではなく、8080 なら見られるのに 80 は見られない。特定ポートだけおかしい。


ポート転送の設定が間違えているのかと見直しても、おかしくない。

散々調べ、SPI ファイアーウォール機能が邪魔をしている、と判明。


そこで、この機能は停止することにした。



しかし、このトラブル以外は順調。

心配していた「固定 IP が変わってしまう」こともなかった。


#使用しているプロバイダでは、固定 IP を「ベストエフォートサービスとして」提供している。

 具体的には、一度切断しても、1ヵ月以内程度なら、再接続した場合に同じ IP アドレスになる。

 ただ、この認証がプロバイダの「アカウント」ベースなのか、接続機器の「MACアドレス」ベースなのかが不明だった。

 機器を変えても同じアドレスになったので、アカウントベースだったようだ。





さて、速度測定。

ダウンロード 94Mbps 、アップロード 94Mbps …


あれぇ? 確かに速度は上がっているが、100Mbps で頭打ちになっている感じがある。

どこかがおかしい。


家の中のハブは、すでに 1Gbps 製品で揃えられている。

なのに、なぜ 100Mbps で頭打ちになるのか。


ハブのステータス LED を追いかけてみる。

PC に一番近いハブは、ちゃんと 1Gbps で処理している。

それを受け取る、サーバルームのハブも 1Gbps だ。


でも、そのハブと、肝心のルータを繋ぐ部分が 100Mbps になっているのを発見。

イーサネットケーブルを見たら、CATEGORY 5 と書かれている。


これ、100Mbps までのイーサネットで使用される古い規格ね。

新しいルータを接続するときに、余っていたケーブルをつかったら規格が古かったらしい。


古いルータに、CATEGORY 5e ケーブルが刺さっていた。

(入れ替えをスムーズに行うため、ハブ側の差し替えだけ行った)


そこで、ケーブルを入れ替える。



再度速度測定。

ダウンロード 395Mbps 、アップロード 542Mbps だった。

うん、ルーターを変えた価値がある速度になった。




おまけ:

冒頭に挙げた写真は、AC1200 についてきた「豆本」。

表紙込みで 52 ページの小冊子で、GPL … GNU General Public License の Version 1, 2, 2.1, 3 が掲載されている。


同時に買った IP 電話アダプタは、GPL v2 の書かれた紙が1枚入っているだけだった。

(こちらは、マニュアルも何もない)


GPL なんて紙一枚で済ます方が普通、場合によっては画面表示されたメニュー内のどこかに隠されているだけ、なんて場合も多いので、豆本になっているのにちょっと驚いた。



▲目次へ ⇒この記事のURL

別年同日の日記

05年 引越し準備

11年 停電・節電

15年 ベーマガの影響

15年 ゲーム業界に進んだ理由

15年 横スクロールゲームに右向きが多い理由


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

早口言葉  2017-02-23 14:16:06  その他

▲目次へ ⇒この記事のURL

次女が小学校の課題で、「早口言葉教えて」と言ってきた。

長男、長女も国語でやった「言葉遊び」の単元なんだけど、上の子たちはそんなこと聞いてこなかった。


でも、次女の先生は「早口言葉を知っている人がいたら聞いてくるように」と宿題(?)を出したらしい。




当WEBサイトではコンピューターやテレビゲームの話が多いのだけど、僕はゲーム全般が好きだし、ゲームに限らず「遊び」が好きだ。


言葉遊びももちろん好きで、WEBサイト作成初期には「言葉遊び」のコーナーを作ろうと思ったくらいだ。


だけど、言葉遊びって、せいぜいが集めて列記する程度で、それを面白いと感じるかどうかは個人のセンスによるものになってしまう。

それは誰にでもできることで、「僕」がやる必要はない。


やるなら、その言葉遊びがどう面白いのか、どこら辺に鑑賞ポイントがあるのか…など、踏み込んで解説したかった。

ただ何となく面白いと思う、というポエムから、誰もが納得できる科学的解説へ。

それなら、わざわざ書く理由がある。



でも、これも、しばらく考えていたらある程度の「類型」が見えてきた。

つまり、類型ごとに解説したらおしまいになってしまい、わざわざ「コーナー」を設けても、わずかなページ数で終わってしまう。

そんなわけで、言葉遊びコーナーは作らなかった。




さて、そんなわけで、いい機会なので早口言葉をある程度解説しながら書いていこうと思う。


おそらく、中には「著作権のある早口言葉」もあると思うのだけど、僕が記憶している形で書くので、申し訳ないのだけど出典を示せない。

もしご存知の方がいたら指摘してほしい。



まず、前説から。


早口言葉の意義から言えば「言いにくい」ことが大切だとは思う。

だけど、それだけで早口言葉とするのは、僕個人としては好きではない。


言葉遊びなのだから、「遊び」の部分が欲しい。

言いにくいだけでは、活舌をよくするための練習文句なだけで、実用性一辺倒な気がするから。


ただ難しい言い回しを集めただけではなく、全体に文章になっていたり、ストーリー性を感じられるとより良い、と思う。

言いにくい言葉でストーリーを作るなんて言うのは、ある種のダブルミーニングであり、作者のセンスを感じられる。




§破裂音を活かしたもの


口から息を吐きだしながらも、口腔内のどこかで空気をふさぎ、圧が高まったところで開放することで音を出す。

こうして作られる子音を「破裂音」と呼ぶ。


「た」行の子音 t は、舌の先を歯茎に押し当てて空気をふさぐことから「無声歯茎破裂音」と呼ぶ。

「か」行の子音 k は、舌の根本を上あごの喉の付近の柔らかい部分(軟口蓋)に押し当てて空気をふさぐことから「無声軟口蓋破裂音」と呼ぶ。


舌の先と元の部位で、「圧に耐える」程度のしっかりとした力で、似て非なる動きをしないといけないので、交互に並べられると発声が難しい。

ここに「母音」を示すための口の形をコロコロと変えてやると、舌も口の形も忙しいことになり、かなり難度の高い早口言葉になる。


隣の 竹垣に 竹 立てかけたのは 竹 立てかけたかったから 竹 立てかけたのです

(となりの たけがきに たけ たてかけたのは たけ たてかけたかったから たけ たてかけたのです)


古くから知られる早口なのだけど、長い時代を生き残るだけある傑作だと思う。


竹立てかけた (take tate kake ta) は、子音 t k と母音 a e の組み合わせを変えながら畳みかけるフレーズになっている。

これを中心に文章を組み立てながら、全体として「自分のしたことを言い訳している」ようなストーリーを作り出している。



神田鍛冶町 角の乾物屋で 買った勝栗 固くて噛めない 返しに行こう

(かんだかじちょう かどのかんぶつやで かったかちぐり かたくてかめない かえしにいこう)


こちらも同じように、k の音を中心にまとめてある。

でも、t の畳みかけのような「攻撃」はなく、早口言葉としての難易度も低め。


でも、こちらの楽しさは、フレーズのアタマが「か」で揃えられていることだろう。

非常に調子が良くて、言っていて楽しい。


ちなみに、最後を「返しに行こう」で終わらせずに、


「返しに行ったら 勘兵衛のカミさん 帰ってきて カリカリ噛んだら カリカリ噛めた」


というのも聞いたことがある。


勘兵衛って急に登場した人物が何者かわからないし、「カリカリ」に至っては無理やり「か」の多い音を集めただけにも思える。

そんなわけで、後半のこの部分があると、かえって言葉遊びの面白さを失っている気がする。


僕としては、「返しに行こう」で終わるほうが好き。



隣の客は よく柿食う客だ 客が柿食や 飛脚も柿食う 飛脚が柿食や 客も柿食う 客も飛脚も 柿食う 客飛脚

(となりのきゃくは よくかきくうきゃくだ きゃくがかきくや ひきゃくもかきくう ひきゃくがかきくや きゃくもかきくう きゃくもひきゃくも かきくう きゃくひきゃく)


最初の2フレーズで終わっているのが普通だと思うのだけど、「飛脚」の乱入によって急に難易度が増す。


もっとも、いたずらに引き伸ばしているだけの感じもしなくはない。

早口言葉は「言いにくい」ことが面白いのであって、言えない場合に「長すぎて覚えられない」という別の理由があるのは美しくない。



東京 特許 許可局

(とうきょう とっきょ きょかきょく)


これも有名なもの。短いのだけどよくできている。


先に書いた「長すぎて覚えられない」とは言わせない。

それでいて十分言いにくいし、言葉としても非常に自然なものだ。


もっとも、「特許庁」は存在するが「許可局」というものはないし、「東京」のように地域ごとの機関もない。

それでも「ありそう」な言葉だから面白みがあるのだけど。



さらに続けて「局長 今日 急遽 休暇許可 却下」と続けるのを見たことがある。


これもよくできているが、「東京特許~」に関しては、シンプルなのに十分難しいことも評価ポイントだと思うので、個人的には短い方が好き。



空虚な 九州空港 究極 高級 旅客機

(くうきょな きゅうしゅうくうこう きゅうきょく こうきゅう りょかくき)


今から 30年近く前だったと思うのだけど、深夜のラジオ番組で、新作早口言葉を募集したらしい。

毎週リスナーからのハガキが寄せられ、DJが一生懸命早口を読み上げる。


僕はそのラジオ番組を聞いていないのだけど、秀逸な「新作早口言葉」も生まれている、ということが新聞のラジオ・テレビ欄の囲み記事になっていた。

そこで紹介されていたものが、上の早口言葉。


だから、これを考えた人か、ラジオ番組が著作権を持っていると思う。



バックグラウンドまで説明すると、当時は「九州に国際空港を作ろう」という計画があった。

それを取り入れた時事ネタでもある。


ちなみに、ラテ欄の記事でもう一つ覚えているのは「ゴルバチョフ書記長の子 子ゴルバチョフ書記長」というものだ。

こちらも時事ネタ。




§摩擦音を活かしたもの


口から息を吐く際に、空気の流れる部分を非常に狭くしてやると、流れる空気と周囲との摩擦によって音が出る。

これを摩擦音という。


さ行の子音「s」は、舌の先と歯茎の間にわずかな隙間を作って発声することから「無声歯茎摩擦音」と呼ぶ。


日本語では子音の後には基本的に母音が来るため、さ行の発音の際には、「わずかな隙間」を作った後に、母音の発生のために「解放する」必要がある。

さ行の音が連続すると、わずかな隙間…塞ぎすぎても、開きすぎてもダメだという難しい舌の位置を繰り返し作らなくてはならなくなるため、発声が難しくなる。



新春 シャンソン歌手 山村 シャンソンショー

(しんしゅん しゃんそんかしゅ さんそん しゃんそんしょー)


短いフレーズだけど、よくできた早口言葉だと思う。

摩擦音に加え、「ん」という鼻音を混ぜている。


鼻音は鼻に息を抜くことで出す音なので、口で出す摩擦音の s と合わせると、空気の流れの制御がややこしくなる。

(実際には、ややこしすぎるため鼻に息を抜ききらず、喉の奥で空気を止めるくらいで発音することになる)


「山村」を入れずに「新進シャンソン歌手」にしたり、いろいろなバリエーションがあるのだけど、シャンソン歌手がショーを行う、というストーリー性がある。



猪鍋 猪汁 猪丼 獅子シチュー 以上 猪試食 審査委員 試食済み 新案 猪食 七種中の 四種

(ししなべ ししじる ししどん しししちゅー いじょう ししししょく しんさいいん ししょくずみ しんあん しししょく しちしゅちゅうの ししゅ)


僕個人としては、最高傑作だと思っている早口言葉。と言っても難易度はそれほど高くない。

「七種中の四種」は言いにくいけど。


最高傑作だと思うのは、よくもこれだけ「し」を並べてストーリー性のある文章を作ったな、という感心。



これは、子供の頃(多分1979年)東京タワーに行ったときに、NEC の出店していたブースでもらった下敷きに書いてあった。

早口言葉をたくさん書いた下敷きで、楽しいので長い間大事にしていた。

紙下敷きだったので、最後にはボロボロになって捨てたけど。


出典となる書籍名も書いてあったので、蒐集した昔からの早口言葉と、著者の方による新作があったのだと思う。

そして、上記はおそらく新作と思われる。


実は「神田鍛冶町~」のロングバージョンと、「隣の客は~」のロングバージョンも、この下敷きで知った。

こちらは、根幹部分が古いものなので、バリエーションを蒐集したのではないかな、と思っているのだけど、著者による追加かもしれない。



だとすれば、著者の方に著作権があるはずなのだけど、すでに情報がないのでよくわからない。

ここでは「引用した」ことにしたいのだけど、引用であれば元の書籍の情報を書かないといけない。


情報知っている方がいましたら、教えてください。

(古本が入手できそうなら読んでみたいし)




§言葉自体が面白いもの


早口言葉の体裁は取っていながら、その言葉自体が面白いだけで、早口としては難易度低い、というものも多い。

だけど、「言葉遊び」なので、それもまた面白いと思う。


この釘 憎い釘 引き抜きにくい釘 憎い釘 引き抜く

(このくぎ にくいくぎ ひきぬきにくいくぎ にくいくぎ ひきぬく)


これ、コント 55号の萩本欽一さんが、コントでやっていたと思うんだ。

どんなコントだったかは忘れた。舞台上で次郎さんに、いろんなセリフを教えた通りに言わせるのだけど、その中に急にこれが混ざるの。


次郎さんは、急に言われたことに対して「え?」ってなるのだけど、欽ちゃんが感情を込めて一語一語を説明して覚えさせ、無理やり言わせる。


釘を抜こうとしたけど、上手く抜けなかったことで釘を憎むのね。

でも、最終的にはその釘を引き抜く。…というストーリー。


だから、最初の「憎い釘」と、2番目の「憎い釘」では、感情が違う。

最初は、引き抜けなかったからちょっと憎んでいるだけ。でも、最後は憎さの感情が募り、思い切って引き抜いてしまう感じ。



生暖かい 肩叩き機

(なまあたたかい かたたたきき)


一応発音しにくい t や k の音を混ぜてるのだけど、早口言葉というより「想像するとなんか嫌」なものを想起させる遊びが含まれている。


これは、大学時代に友人から教わった。



お綾や 親に お謝り

(おあやや おやに おあやまり)


これ、何の漫画で読んだんだったかな…昔少女漫画にあったフレーズ。

ストーリー上は、マイフェアレディっぽく、訛りを矯正させる訓練ではなかったかな。


#マイフェアレディでは、「スペインの雨は主に平野に降る」

 "The rain in Spain stays mainly in the plain." を練習するシーンがある。

 早口言葉というより、ai の発音が悪かったので、rain Spain stays mainly plain という ai (ay) を多く含む文章を作ったもの。


「親」ではなく「八百屋」にするものも多いようです。

でも、「親」のほうがなんか緊迫した事情がありそうで、そんなことを想像するのもまた楽しい。




バス ガス爆発

(ばす がすばくはつ)


これ、子供の課題だったのでここで止めましたけど「ブス バスガイド」って続けるのも有名だと思います。


t k の連続と同じで、b も g も破裂音なのでそれなりに言いにくいです。




§同音異義語を混ぜる


同音異義語というのは、同じ音を言うだけなので、早口言葉としてはそれほど難しくありません。

でも、そこに「同じ音なのに意味が違う」という、感覚の崩壊(眩暈)が入る。


この眩暈は、言う人よりも「聞かされる人」の方に強く出るように思います。

早口でまくし立てて、同じ音がいろんな意味で出てくる言葉を聞かされる。


冷静に考えれば意味が分かるのだけど、早すぎて意味が分からない。その混乱を楽しむわけです。

早口言葉と言っても、聞く方が意味を取れるかどうかを試すものになっている。


言葉遊びとしては面白い。


瓜売りが 瓜売りに来て 瓜売れず 瓜 売り売り帰る 瓜売りの声

(うりうりが うりうりにきて うりうれず うり うりうりかえる うりうりのこえ)


「瓜」と「売り」を組み合わせて「瓜売り」。

そして、そこからストーリーを展開しています。


覚えてしまえばいうのは簡単。でも、瓜売りの寂しそうな後姿が思い浮かぶと、何とも言えない哀愁があります。

結構好き。



スモモも桃 桃も桃 桃も スモモも 桃のうち

(すももももも ももももも ももも すももも もものうち)


「も」って、連続するとそれなりに言いにくいです。

口を閉じて開いて、を繰り返さないといけないからね。


でも、それ以上に、同じ音の連続を楽しむ意味合いが強いかと思います。


接続詞の「も」と、「桃」を組み合わせて意味のある文章にした感じ。

意味を出すために「スモモ」も組み合わせていますが、この「す」をできるだけ感じさせないように最大限離して配置してあるわけです。



母の母は ハハハ 母は ハハハハと笑う

(ははのははは ははは ははは ははははとわらう)


こちらも同じく、接続詞の「は」を活かした遊び。

実際には「わ」という発音になるので、発音するよりも文字に書いたほうが面白いです。



裏庭には二羽 庭には二羽 鶏がいる

(うらにわにはにわ にわにはにわ にわとりがいる)


こちらは、文字を見るとかえって面白くないかも。


一応有名な早口言葉ではありますが、「にわ」の音の意味がどんどんずれていく。

その眩暈を楽しむものかと思います。



裏に鰐・埴輪 庭に埴輪 …って、さらに意味をずらして描かれたイラストを見たことがあります。


これは早口言葉ではなく、意味をずらして遊ぶゲーム、という本質をとらえていると思います。


貴社の 記者が 汽車で 帰社した

(きしゃの きしゃが きしゃで きしゃした)


これは早口言葉というより駄洒落の範疇か。

「ハイカラさんが通る」に出てた気がする。


ワープロの性能がまだ十分でなかった頃は、文字変換のテストなんかにもよく使われた文句です。

文法解釈・意味解釈まで入り込んでいると正しく変換できるけど、単に文字を見るだけだと、こうした同音異義語は変換できないから。




§早口言葉のゲーム性


早口言葉の紹介としては、ここまで。


子供の課題に付き合って思い出した(書き出した)フレーズを元に書いたので、マイナーどころを中心にそろえています。

あまり有名なもの「坊主が屏風に~」とか「蛙ぴょこぴょこ~」、「赤巻紙~」とかは入ってない。



4つに分類したけど、漠然と思っていたことについて、書きながら分類してみた程度なので、あまり厳密性はない。

だいたい、「早口言葉」というものの定義すら曖昧なので、厳密に分類すること自体に無理があるだろう。


以降は分類とはまた違う話。



ある程度の長さを持つ早口言葉の場合、見事言えた際に「調子が良い」ことは大切だと思う。

調子のよい言葉って、言っていて気持ちいいのだ。声に出して読みたい日本語。


「神田鍛冶町~」とかは、頭が「か」で揃えられていて、読んでいてリズムが出て気持ちいい。

でも、簡単には言えない。気持ちいいのが途中で言い淀むと、「失敗した」感が出る。


何度かやって、最後までやり通せれば、「やり切った」感が出る。



以前どこかで書いたけど、僕は、「目的」に対して「障害」が設定されたら、それはもうゲームだと思っている。


早口言葉は「調子のよい言葉を気持ちよく言い切る」ことに対し「舌が回らない」という障害がある。

十分ゲームの要素を満たしている。



でも、だからこそ「いたずらに長く、覚えるのが難しいだけ」とか「調子が悪く、言えたとしても気持ちよくない」ようなものは、あまり面白くないと思う。


ストーリーがあることを面白いと感じるのも、本質的にはストーリーによって「覚えやすさ」も出来上がるし、調子も良くなるからだ。



落語の「寿限無」や「ん回し」なんかも、同じような構造だと思う。

ただ、これは「調子がいい」のだけど、長くて覚えにくく、言いにくいわけではない。


だから、「早口言葉」とはまた違うものだ。

同じ「言えるかどうか」のチャレンジでも、記憶力が試される。



まぁ、これも厳密に区別する必要はない。

全部ひっくるめて「言葉遊び」だし、遊びというのは本来自由なものなのだから。




▲目次へ ⇒この記事のURL

関連ページ

ロジェ・カイヨワ 誕生日(1913)【日記 17/03/03】

別年同日の日記

05年 Quoカード

10年 SH-03B

15年 ゲームセンターの努力

15年 理科ハウス


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています


戻る
トップページへ

-- share --

10000

-- follow --




- Reverse Link -