その他の日記です

目次

2019-04-16 リコール
2019-02-28 どんどん壊れる
2019-02-20 クレジットカード不正
2019-02-19 久しぶりの「今日は何の日」
2019-01-06 松の内にやったこと
2018-11-29 壊れたノート・その後
2018-10-16 【訃報】ポール・アレン
2018-10-15 UPS切り替え
2018-10-11 停電
2018-09-07 北海道地震
2018-09-03 決算終了
2018-08-13 夏祭り
2018-08-09 理科ハウス
2018-07-01 氷川丸
2018-06-29 関東梅雨明け
2018-06-27 エミュレーターの法的権利
2018-06-13 携帯電話コンテンツ
2018-05-17 義母の葬儀
2018-05-07 バーベキュー
2018-04-22 おわび
 …同じテーマのほかの記事
リコール  2019-04-16 18:04:57  その他

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昨夜、車のディーラーさんから電話が来た。


スズキ車で、ブレーキ検査で不正が行われていて、不合格であっても合格にしていた、という問題。

昨年から続く、自動車業界の「検査不正」問題の中で、スズキはいったん社内調査で「不正はなかった」としていたが、ここにきて「やっぱありました」と明らかにした形だ。


で、我が家では昨年秋にスズキ車を買っているので、ディーラーさんから「買ったばかりで不安をおかけしてすみません」と連絡が来た次第。


もっとも、実際に不正があり、リコールになる車種の公表は今後の詳細把握後になるので、うちの車がまだどうなるかはまだわからない。




ここ数年、自動車業界全体で、検査不正が明るみに出る、ということが相次いでいる。

以前から不正が行われやすい業界慣習があったのが、一端が明るみに出たことで再調査が行われ、次々明らかになっているのだろう。


だから、不正が見つかったことが悪いことだとは思わない。


不正を「行っていた」ことは良くないが、それを隠し続けようとすることはもっと悪い。

ここで見つけ出し、改められるならそちらの方が良い。



同時に、ここまで業界全体で不正が行われていて、何十年も行われていたのに「特に問題が出てこなかった」というのは、検査自体が厳しすぎるのだろうね。

厳しいから、多少の逸脱があった程度では問題が生じないし、その経験があるから気軽に不正が行われてしまう。


また、厳しいから不合格になることが「普通のこと」で、普通だから真剣に調整しなおして合格させないといけない、と思わなくなっている。ここでも不正を行うことに対してのハードルが下がっている。


不合格は許容できない異常である、という程度のちょうどよいあたりに検査合格ラインが来るのが適正なのだろうけど、たぶんその線引きは難しいのだろうな。





検査には手間がかかるもので、その手間が商品代金に適正に上乗せできるのであれば、問題はない。

でも、安売り競争のために手間を惜しまないといけないのであれば、ライバルすべてが不正に手を染めてしまう、ということになる。



この構造は、ゲーム理論でいうところの「囚人のジレンマ」だ。


みんながちゃんと手間をかけて商品代金を適正につけていれば、全体としての最適解となる。


しかし、「ある会社だけが」こっそりうそをついて手間を惜しめば、値段を下げられて人気が出る。

この時、「別の会社は」適正な値段をつけているにもかかわらず、値段が高いと人気を落とす。


これは、適正値段をつける会社にとっては悪いシナリオだ。まじめにやっているのに売れないのだ。

だから、このシナリオは避けなくてはならない。つまり、不正を行い、黙っているのが良い。


結果として、全部の会社が不正を行っている、というのが「均衡状態」となる。



しかし、実はもっと悪い「最悪シナリオ」がある。不正がばれることだ。

「全部の会社が不正をしている」が均衡状態なので、一社の不正がばれ、他の会社にも調査が及ぶと、次々不正が発覚する。


現在、業界全体でこれを経験しているところ。



おそらくは、しばらく後に「不正がばれるのが一番怖い」と学習し、全体が最適解に導かれるだろう。

しかし、その最適解は長くは続かず、忘れたころに均衡状態に戻る。


これは、そういう構造が作られているのだから仕方がないのだ。

自動車業界に限らず、建築業界でも数年前に耐震偽装問題があったし、今も施工不良問題で騒いでいる。




ところで、スズキのディーラーというのは「自動車を販売する別会社」であって、自動車を作っているわけではない。

ディーラーは、親会社がちゃんと自動車を作っていると信じて売っているだけだ。


だから親会社が不正をしていたからと言って、僕個人としては、そんなに謝る必要はないと思う。

電話をくれた担当営業の方にもそう言っておいた。



まぁ、ディーラーは直接お客さんと接する窓口としての機能もあるので、謝るのも仕事の内だろうけど。


最初に書いた通り、電話は夜きた。

普通は日中家にいない人が多いわけで、電話するなら夜がいいだろう。

でも、それはつまり、全国の営業に対して、夜間残業を発生させていることになる。


謝るのも仕事の内…だといいな。

仕事なら、残業代が出て当然だからだ。


そして、この残業代は、子会社であるディーラーではなく、親会社であるスズキが「謝罪を仕事として依頼した」ことにして支払ってほしい。


善意の子会社に負担を押し付けておしまい、では「不正を働いた」痛みを伴わないことになるから。

痛みを伴わなくては、また同じことを繰り返すだろう。




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別年同日の日記

05年 まだまだ引っ越し中…

08年 保育園

12年 ピューロランド

13年 不思議の国のハローキティ

15年 ゲームは頭を悪くするか

15年 世の中はゲーム

15年 ぎーちさんとの話、これで終了

16年 スポーツフィッシング2


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どんどん壊れる  2019-02-28 17:37:16  その他

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呪われているのかもしれない。


先日、家のものが次々故障する…と書いた。


2週間ほど前に、クーラーが故障し、修理予定の日(先週月曜)の朝に冷蔵庫が壊れた。

そして、冷蔵庫を買おうとしたら、クレジットカードが第三者に使われていることが発覚し、カードが停止した。


さらに、以前布団一式を買った業者から「ベッドが壊れる例が出ているので、点検修理したい」と連絡が入った。



今週の日曜日に新しい冷蔵庫が届き、新しいクレジットカードも届いた。

その翌日、ベッドの点検も済ませた。


実は、ベッドの点検時に、古くなった布団の打ち直しを頼んだ。

以前に冬布団は頼んでいたのだが、それ以外の布団も、生地が古くなって破けていたためだ。


しかし、これは様々な都合で打ち直しができず、新規購入することにした。

ファブリックというのは結構高い。しかし、破れて羽毛が少しづつ出てしまうのでは、仕方がない。




出費がかさむなぁ、と思っていたのだけど、実はこれで終わりではないことがわかっていた。

我が家の庭は、建築時に費用が足りず、業者に作ってもらうことができなかった。


そのため、妻がほぼ一人で時間をかけて外構工事をした。

自分でやったものだからこそ、「通路の曲線があまり良くなかった」とか、何度か道を作り直したりもして、3年位かかった。


しかし、枕木で作ったため、案外腐るのが早い。

というか、作り始めの時にはタールをしみこませた本物の枕木を使えたのだけど、その直後に「環境に悪い」ということで販売されなくなってしまったためだ。


木酢液をしみこませた枕木は、タールほどの防腐性がない。10年でぐずぐずになってしまって、庭を歩いていても危ない状態だった。


(この状態で大型冷蔵庫を搬入してくださった業者の方には申し訳ないと思っている)



さすがに「歩くだけで危険」な状態になる前、修繕しようと思って外構業者に相談はしたのだ。

2年前、ハウスメーカーによる家のメンテナンスが入った時だな。


しかし、この時はハウスメーカーに頼らず、近所の業者に頼むことにした。

ハウスメーカー、品質はいいけどその分高いのだもの。


しかし、近所の業者は人手が足りず、計画段階で「申し訳ないけどしばらくお待ちください」になって、そのまま立ち消えてしまった。


1年以上待って、さすがにこれは忘れられているな…と思ったが、同じ業者に頼む気もしない。

去年の末にハウスメーカーの人に仕事を頼まなくてはならない事態になったため、その時に一緒に頼んでみた。


で、計画立てたりしていて、2月末から工事に入る予定だったのだ。

金がかさむ…と思っていたが、こちらは数か月前からの計画で、必要なものだった。




そんなところに…恥ずかしながら、僕がやらかしてしまった。


家の前の道が狭い、というのは何度も書いていることなのだが、一昨日の夜、自動車を出すときに、タイヤ側面をぶつけてしまったのだ。


パンクして立ち往生した。家を出てすぐだったので、仕方がなく家に戻った。


過去に、同じようなことを2回やってしまっている。

そのたびに、スペアタイアに変えて、タイヤショップにタイヤを買いに行っている。


しかし、今回はその方法が使えない。今時の車にはスペアタイアがないのだ。

パンク修理キットはあるのだけど、これは釘を踏み抜いたような小さな穴には使えるが、側面をぶつけたような大きな穴には無力だ。



車を買ったディーラーさんはもうしまっている時間だったので、翌日に電話をした…が、水曜日は定休日だった。


今朝になってやっと電話がつながり、スペアタイアを購入して届けてもらうことは可能か聞いてみた。

しかし、注文すると1週間くらいかかってしまう、とのことだった。


とにかく、状況を見ないことには何ともならないのだけど、タイヤパンクで自走できない。

ディーラーさんに「レッカー移動で受け入れてもらえる」ことは確認し、今度は保険会社に連絡。



幸い、ロードサービスでレッカー移動は頼むことができた。


しかし、しつこく書くが、家の前の道は狭い。レッカー車は入れない。

なんとか、表通りまでは出す必要がある。


本来やってはならないことはわかっているが、パンクしたタイヤで走るしかない。



…で、先ほどディーラーに届けてもらい、見てもらったが「ホイール交換の必要がある」と。

ですよねー。無理して走ったらそうなるよねー。


タイヤよりも、ホイールの方が高い。

仕方がないとはいえ、本当に出費がかさむ。



修理を待つと、部品取り寄せで1週間かかる、とのことだったが、とりあえずディーラーさんがスペアタイヤを貸してくれるという。

ちょうど、6か月点検の時期でもあったし、点検も済ませて明日には引き取れるそうだ。




反省。

パンク修理キットがあっても、我が家の事情ではスペアタイアを買っておく必要があった。


過去に2回…今回を含めると3回パンクを経験しているが、全部「家の前の道」での出来事だ。

タイヤを買ってさえあればよくて、車に積まずに家に置いておいてもよいだろう。


こちらも、取り寄せで少し時間がかかるという。

詳細がわからないので、明日車を受け取りに行くときに聞いて、注文しようと思う。



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関連ページ

イグニス 6か月点検【日記 19/03/11】

別年同日の日記

02年 2/28

15年 プログラム教育

17年 コアメモリ特許 成立(1956)


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クレジットカード不正  2019-02-20 15:16:34  その他

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詳細は後で別記事にするが、冷蔵庫が壊れた。


冷蔵庫がない生活、というのは非常に困るので、ネットの家電品屋で冷蔵庫を買おうとした。

これが、つい 30分ほど前の出来事。


しかし、クレジットカードのエラーで決済ができなかった。


あれ? おかしいな。番号打ち間違えたかな。

何度か繰り返すが、同じエラーになる。


エラーコード AG39 。

そもそもこのエラーは何なのだ、とネットで検索してみると、「取引判定保留(有人判定)」なのだそうだ。


クレジットカード会社は、決済を人工知能(AI)で判断し、本人「以外」がカードを使用しようとしている可能性があると判定すると、取引を保留させることがある。


特に、ふつうは買わないような高価なものを買おうとしている場合は要注意。

誰か犯罪者が、カード番号を盗んで高価なものを購入し、中古でどこかに売りさばいて儲けようとしているかもしれない。


その買い物が、普段そのカードで買われていないようなものである場合は、なおさらだ。



実は、過去にパソコンを2台まとめて買おうとした際に、カード会社から電話がかかってきたことがある。

この時は取引は普通にできて、そのあとで確認の電話が来た。その場合でも「身に覚えがない」なら止められる、ということだ。


おそらく、今回は AI が勝手に止めた、というところか。


ネットによれば、このエラーが出た場合は「カード会社に問い合わせを」ということだった。


仕方がない。問い合わせるか。

連絡先を調べようとしていたところに、電話のベルが鳴った。




電話は、カード会社からだった。手間が省ける。


今、***のサイトで、冷蔵庫を買おうとしましたでしょうか? と聞かれる。

はい、その通り。これで確認が取れれば、そのまま買い物を続行できるだろう、と思った。



しかし、そのあとで別のことを聞かれる。

9日と10日に、サントリーの健康食品サイトで、買い物をしようとして何度かセキュリティーコードを間違え、最終的に買い物自体を諦めてますでしょうか?


…思い出そうとしたが、全く身に覚えがない。

もし健康食品を買うなら妻だと思うが、妻に聞いても知らないという。

(だいたい、妻が買うなら妻のカードを使うはずで、僕のカードを使う理由がない)



「誰か第三者にカード情報を推察され、使われようとした形跡ですね」と断定。

まぁ、そうだろう。僕もそう思う。


今回、カードが停止したのは、前回の異常からわずかの期間に、また怪しい高額な買い物をしようとしたせいのようだ。



カード番号というのは、決まりがあるので簡単に作り出すことができる。

作り出した番号が、「世界のだれかが使っているカード番号」である可能性は、結構高い。


しかし、ここに加えて、有効期限の年と月を一致させないといけない。

一般に有効期限は5年以内だし、月は12しかないので、あてずっぽうでもそれなりの確率で当たる。


しかし、問題は、番号と有効期限の情報は、ネットで買い物をした際にサイトの DB に登録されてしまう場合が多いことだろう。

「あてずっぽう」で偶然当たっていた確率よりも、どこかのサイトから情報が流出した可能性の方が、はるかに高い。



そして、実際何年も前に、自分が使っていたネットショップの、クレジットカードを含むユーザーデータが流出したことがある。


流出は報道されたので、それからしばらくはクレジットカードで身に覚えのない買い物がないか、明細書をチェックしていた。


しかし、カードが不正に使われたような形跡はなかったので気にしなくなった。


…まさに、犯行グループはそういうタイミングを待っていたのかもしれない。




クレジットカード決済をやったことがある人ならわかると思うが、ネットで決済をする場合は「セキュリティコード」の入力を求められる。


カード裏に書かれた、3桁の番号だ。


3桁しかないので総当たりを試すのもたやすいだろうけど、そんなことしたらカード会社がカード自体を停止してしまう。

今回でいえば、2日連続で合計6回、セキュリティーコードを間違えているらしい。


これが1日3回という意味かどうかは分からない。

しかし、1日に3回くらいならカード会社はカード停止まではしないので、社会的にも気づかれることはない、ということだ。


だから、時々少しづつ総当たりを試していけば…1枚のカードでは1日3件でも、何万枚のカード情報を保持して試していけば、いつか使えるカードもあるだろう。


流出したカード情報を入手した輩は、おそらくそういうことをやっている。


そして、今回僕がたまたま普段買わない大きな買い物をしたら、カード会社の AI が怪しいと思ってカードを停止した、ということなのだろう。




カード会社としては、カードを停止して再発行したいそうだ。

すでに番号と有効期限の組み合わせまで知られてしまっているのだから、使い続けるのはセキュリティ上危険だ。


ただ、今買おうとしている冷蔵庫は怪しくないと確認できたので、それを買い終わるまでは待ってくれるという。

ありがたい。冷蔵庫なしの生活を長く続けるのは難しい。


というわけで、いったん電話を切り、再度冷蔵庫の購入手続き。

買い終わったところで、カード会社から再び電話が来た。

(当たり前だが、カード決済が完了したことは向こうはわかっている)



これで、カードを停止した。

再発行に 10日ほどかかり、その間はカードは使えない。


また、番号なども変わるので、カードを登録している会社などには、全部届けを出しなおさないといけない。

月末をはさむので、月払いの決済がある会社などは、いったんカードを停止して振り込む手続きなどに変える必要もある。


結構な手間だが、これも仕方がない。



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関連ページ

完全停止【日記 19/02/22】

故障からの復旧【日記 19/02/25】

どんどん壊れる【日記 19/02/28】

クレジットカード不正【日記 19/02/20】

故障続き【日記 19/02/20】

別年同日の日記

03年 ホウレン草

05年 カーオーディオ

06年 待たされる1日

13年 goto不要論を本当に理解する

15年 スタッフロール

17年 ケン・オルセン 誕生日(1926)

17年 続・家の10年目メンテナンス


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久しぶりの「今日は何の日」  2019-02-19 13:51:29  その他

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2013~2017夏くらいまで、「今日は何の日」として、自分が興味を持った、主にコンピューター関連の偉人伝を書いていました。


忙しくて毎日は書けなくても、数日おきに書いていれば、3年もたてば毎日を網羅できるかな、って。

結局、3年書いても網羅はできなかったのですが。



で、1年半くらい前、忙しさで頓挫したままになっていました。

でも、書いていない間もずっと、「今日」が何の日か見られるようにしたいな、と思っていました。




数日前、思い立って、昨日から3日先までの「今日は何の日」記事を見つけ出してリンクしてくれる機能を実装。

トップページと、「今日は何の日」の一覧のページに表示してみました。



そうしたら、2月19日…今日が何も書かれていないことがわかりました。

じゃぁ、久しぶりになんか書くかな、と思いました。


実は、「書きたい」と思った事柄のリストは、日付別でまとめています。

「今日は何の日」は、忙しさで止まっただけで、まだまだ書きたいネタはあるのです。


しかし、2月19日は何も書かれていません。

調べている日にはムラがあり、特に2~3月は(いつも仕事が新年度に向けて忙しかったので)空きが多いです。


2月19日も調べていない日だったかな、と思って調べたのですが…



2月19日、本当にコンピューター関連の話題が何も思いつかない日でした。

久しぶりに書こうと思った日が、すごく難題な日だった。




一応、Geek 的には「コペルニクスの誕生日」にされることが多いようです。

でも、僕の「今日は何の日」は、僕の興味を中心にすることにしています。


コペルニクスは、すごいと思うけどあまり興味ない。


で、さらに調べていたら、蓄音機の特許がとられた日だとわかりました。


こっちの方が、コンピューターの話題に近いような気がする。

じゃぁ、こっちにしよう、という程度で書いてみたのが、先に挙げた記事です。




蓄音機と言えばエジソン vs ベルリナー、というのは知っていたのですが、前哨戦が電話の時にあったのは知りませんでした。

ベルリナーは、2回もエジソンの前に立ちはだかったのですね。


さらに、ベルがヘレン・ケラーと関係が深いのも知らなかった。


結果として、エジソンの蓄音機の話として始まるのに、電話の開発の話題が出たり、ディスクオルゴールの話題が出たり、最終的にレコードの話になったり。

かなりとっ散らかった印象です。


これでも、最初に書いた記事からかなり削ったのですが。

久しぶりに書いた「今日は何の日」なので、どうもまとめ方がこなれていません、と謝っておきます。



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関連ページ

新サーバー設定中【日記 19/04/17】

別年同日の日記

03年 とりあえず復活

04年 究極のプログラムツール

05年 忙しい1週間・金曜日

15年 ロケテストとショー発表

16年 秒殺(2)


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松の内にやったこと  2019-01-06 14:19:27  その他

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完全にどうでもいい話。


元日の日記、「あけましておめでとう」から、本日までにやったこと。


2日。

長兄の家に、親類集合。


僕は6人兄弟で、長姉・末妹は現在住んでいるところが遠いため来られず。

逆に言えば、4家族が集まる。これだけでかなりの人数。


まぁ、いつものごとく1年ぶりに集まった兄弟・イトコたちが、適当に食べながら話をしていただけ。




母は長兄と一緒に暮らしているが、完全に痴呆になってしまったようだ。

昨年時点では、僕たち兄弟を自分たちの「子供」だと認識できない状態だったが、血縁関係のある親戚だとは認識していた。


今は、母自身が少女時代に戻ってしまっていて、血縁関係だと認識できていない状態。

多くの人が集まったことで所在なさげで、時々「帰る」と言い出す。


そのたびに、長兄の配偶者である義姉が、ここが帰る家だよ、向こうにあなたの部屋あるよ、って根気づよく対応してくれていた。

大変だと思う。頭が下がる思いだ。




母を見ていて思った。


痴呆になった時、大会社の部長とか、校長先生とか、そういう立場にあった男性は、自分が一番強い時代に戻ってしまい、何かと周囲に命令し始めると聞いたことがある。


そして、女性の多くは少女時代…小学生くらいに戻ってしまうという。

これ、どちらも「本人にとって一番幸せだった時代」に戻っているのだ。


ということは、多くの女性が、成人してからを幸せだと思っていなかったということなのだろう。


今でも女性差別はひどいのだけど、それよりももっと差別がひどかった時代を過ごしてきた世代だ。

その世代の多くの女性にとって、そうした現実を知る前の少女時代が一番幸せだったということか。


今もあまり変わっていないのだが、少しでも世の中が多様性を認められるようになっていくといいと思う。




3日。

小学校時代の友人と、久しぶりに会った。


毎年正月に集まっているのは知っているのだけど、ここ数年出席していなかった。


昨年、妻の母…僕から見ると義母が亡くなっている

3年半も植物状態が続いた後に亡くなったのだけど、この間、年に一度くらいは様子を見に行こう、と正月にはそちらにも顔を出していた。

(植物状態なので、こちらとしては死ぬことを覚悟していたのだけど、それを書くのも不謹慎に思えたので日記には書いていなかった)


他にもいろいろと理由はあるが、まぁ親類・家族・子供を優先していると、正月に自分の時間をとるのは難しくなっていくんだな。


しかし、数年ぶりにあってみると、皆変わっておらずに楽しかった。




4日から。


子供と、冬休み中に映画「シュガーラッシュ:オンライン」を見に行こう、と約束していたのだが…


ふと気づくと、4~6日はスプラトゥーン2のフェスだった。

夕方からなので「午後早い時間に行こう」と画策するも、長男は塾の宿題があってやらないといけないという。


そんなわけで、映画はあきらめ。

前作が面白かったので、見たいのは事実で、近いうちに時間をとって行こう、ということになった。



夕方からはフェス。

といっても、僕は最近はスプラはフェスの時しかやっていない。


長男に至っては、今回はフェスはやらず、自分の割り当て時間は先日購入したスマブラやっている。





5日。


フェスの合間をぬって、長女・次女の冬休みの宿題である、書初めの面倒を見る。


お恥ずかしい限りだが、僕はかなり悪筆だ。字は見られたものではない。

しかし、幼稚園の頃、上の兄弟にくっついて習字の教室に通っていた。


幼稚園の頃なので、何を書いたか覚えていない。

ひらがなを書いたのか、それ以前の練習だけで終わったのかも不明。


しかし、この習字教室で、毛筆の筆の動かし方の基礎だけは教わった。

だから、字が下手であるにも関わらず、筆の動かし方は「素人よりはまし」程度に教えられる。



どうも、話に聞くと、学校の先生は「素人」のレベルのようだ。

筆の動かし方の基礎は全く教えてくれてはおらず、ただお手本を見ながら書け、という授業をやっている。


「ちゃんと教えろ」というのではなくて、今時先生だって毛筆の使い方はわからないのだろう。

だから、僕が大したことがないレベルでも、先生よりは丁寧に指導することができる。




次女は、今年から毛筆の授業が始まったので、書初めの宿題は初めて。

長女はもう3回目なので、それなりの基礎は出来ている。



次女は、字の形のセンスはよいが、筆遣いがまるでなっていない。

運筆を教えたところ、ずいぶんと上手に書けるようになった。


鉛筆で書いていると、止め、はね、はらいの違いを気にすることはあまりない。

でも、これらを気にすることと、「空中での筆の動き」を気にするだけで、文字の形はずいぶんと整う。


課題は「美しい心」だった。

「美」には、これ一文字で、いろいろな運筆の方法が含まれている。

「い」を美しく書くには、空中での筆の動きまで意識しなくてはならない。

「心」は、非常にバランスの難しい文字だ。


なかなかよく考えられた課題だと思った。




長女は、普段左利きで、鉛筆も左手で持つ。


でも、毛筆では右手で書かないとまともな文字は書けない。

ずっと以前からそのことを言っているので、毛筆の時だけ右手で書くのだけど…どうしても、文字の形のバランスが崩れる。


課題の文字は「強い信念」。

上級生なので、ちょっと難しい課題だ。


しかし、ここでも「い」と「心」が含まれている。心は、念の下半分として。

やっぱり、これらの文字はなかなか難しいから、年齢を超えて含まれるのだろう。


2時間くらいやっていたが、集中力が途切れるので途中でおやつ休憩などを入れつつ、まずまずの作品を書くことができた。




フェスはまだ続いたまま本日、6日の話なのだけど、今日で冬休みは終わり…だと思っていた。


「明日から学校だから準備を」というような話を子供にしたら、「学校あさってからだよ」と。

僕の仕事は7日を仕事始めに設定していたのだけど、学校は7日「まで」休みで、8日始業だという。



よく確認しないまま、完全に勘違いしていた。

明日、時間が取れたら映画見に行こう。

(仕事先に、7日から作業できると伝えてしまっているので、行けるかどうかはまだわからない)




冬休み中にサーバー構築を終わらせるつもりだったのだけど、結局忙しくて何もできていない。


前回の日記では KVM の仮想サーバーを立てたところで話を終わりにしていたけど、デフォルトでは NAT Router を介した接続になっていたので、Bridge 接続にして、土台サーバーと同じネットワークにつなぐようにした。

これで、ネットワーク上から仮想サーバーにアクセスできる。それでないと、サーバーとしての役に立たない。



そして、Ubuntu Server にしてみる予定だったのは、いろいろ調べた結果取りやめ。やはり CentOS でいく。

今は Ubuntu の方がサーバーでもインストール数が多いようだけど、多ければよい、というわけではない。




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関連ページ

新サーバー設定中【日記 19/04/17】

別年同日の日記

03年 仕事始め

04年 おもしれぇ

09年 Q&Aコミュニティ

10年 あけましておめでとうございます

13年 Windows8 導入


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壊れたノート・その後  2018-11-29 15:15:09  その他

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先日、ノートパソコンが故障したと書いた。

本当に「なにもしてないのにこわれました」の状態だったのだ。


普通なら、Windows 10 は起動不能になっても自己修復ができる。

完全な自己修復が無理でも、コマンドラインからいくつかの指示を出す形で修復できる。


しかし、それらを試みても修復できなかった。




「大切なデータが入っているかもしれない」と、ノートを主に使っていた妻が言うので、データサルベージに入った。


コマンドラインで、データが残っていることは確認済みだった。

起動ができないだけで、ハードディスクが壊れたわけではない。


DVD 起動可能な Linux を作り、そこから起動。

NAS にユーザーディレクトリをコピーした。


昔は、子供も使うことがあった。(今は専用の Chrome Book を与えたので使っていない)

なので、念のため子供のディレクトリも一緒にコピー。


…このコピーが途中で異常終了した。

妻のディレクトリは全部とれているようだったので、念のため妻に確認してもらう。


…ここで、1週間ほど時間が空くことになった。


しかし、必要そうなデータは全部拾い出せていたらしい。


修復できないなら、思い切ってクリーンインストールしてみることにする。




妻の新しい Windows 10 マシンで、リカバリー USB を作る。

これで起動してインストールを試みるも…結構最初のほうで「初期化に失敗しました」といわれて、インストールできない。


HP のマシンで作ったリカバリ USB で DELL のマシンをインストールするのはダメか…


古いディスクを漁ると、Windows 8 pro のインストール DVD が見つかった。

これは、マシンの限定などない、普通のインストーラーだ。インストールしてみる。


これは成功。

続いて、Windows 10 へのアップグレードを試みるのだが…

なぜか、データダウンロードが 90% を超えたあたりで、全く動かない状態になってしまった。


後で調べると、Windows 8.1 から 10 へのアップグレードは可能だが、8 からのアップグレードはできないようだ。

これが悪かったか。




しかし、このアップグレードを試みたところで、気づいていた。

Windows 10 のインストーラーは、今でも Microsoft のページで配布している。


インストールの権利を持っている必要はあるが、過去にインストールしてあったマシンに入れるのであれば、プロダクトキーなども不要。


オンラインで、マシンの構成などから自動的に「認証」を通してくれるそうだ。

(WinXP で導入された際に話題になったが、ネットワークカードの MACアドレスや、パーツの型番などから認証データを作っている。以前は自動認証とまではいかなかったが、Win10 で進化した形だ。)


じゃぁ、改めて「リカバリー用 USB」ではなく、「インストーラー USB」を作ろう。


しかし、同時に何となく嫌な予感を感じていた。

何かおかしな状態になって「失敗」するのは、長時間 HDD を回したときに多いのだ。


ユーザーディレクトリをバックアップしようとしたときも、Win10 アップグレードのデータをダウンロードした時も、長時間 HDD を回すことになり、ハングアップした。




さて、普段使っているメインマシンで Win10 のインストール USB を作り、インストール開始。


…ここで、インストールする HDD を選ぶ画面で、見慣れぬメッセージを見た。


「このディスクに Windows をインストールすることはできません。

 ディスクは間もなくエラーになる可能性があります。」


すごい。

ディスクが壊れている、とかではなくて「間もなくエラーになる可能性」だ。

近年の(といっても、15年くらい前から)HDD には、自分自身を診断できる機能がついている。


S.M.A.R.T. と呼ばれるもので、過去の読み取りエラーの回数や、不良になって代替したセクタの数、合計稼働時間など、診断するのに必要な各種情報を得ることができる。



調べてみると、Vista のころから、インストーラーがこのメッセージを出すことはあったようだ。

しかし、先に書いたように、Win8 は問題なくインストールできている。


そのあとで Win10 アップグレードをしようとしてハングアップした。

この段階で、SMART で報告されるエラーが、何らかの閾値を超えたのかもしれない。



というわけで、「なにもしないのにこわれた」理由も判明した。

つまりは HDD の寿命で、ソフトウェア的に修復しようにも、どうしようもない状況までハードウェアが壊れてしまっているのだ。


8年前に購入したマシンだから、ハードディスクがそろそろ寿命なのも納得できるところ。

しかし、CPU 性能的には、まだ子供が使うマシンとしては十分だ。

(子供が使っている Chrome Book よりも古いが、性能は上だ。)



SSD を購入して再生することにした。

さっきアマゾンで注文したので、再生はまた後日


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ノートパソコン修理【日記 18/12/03】

別年同日の日記

04年 誓い

06年 叱ると怒る

15年 PONG 発表日(1972)


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【訃報】ポール・アレン  2018-10-16 09:54:15  その他

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昨日10月15日、ポール・アレンが亡くなったそうです。


ビル・ゲイツの兄貴分で、マイクロソフトの共同設立者。


ビル・ゲイツは、実機もないのにアルテア BASIC を作った、という伝説があります。

この時、実機もないのに PDP-10 上で動く「実機のエミュレーター」を作り上げたのがポール・アレン。


天才肌ですぐに人を見下していた当時のビル・ゲイツも、2歳年上のポール・アレンは自分以上の人だと認め、従っていたそうです。



ポールは、病気の療養のため、1983年にマイクロソフトを一旦辞めています。

マイクロソフトといえばビル・ゲイツ、のイメージが強いのはこのためもあります。


でも、この時の「病気」の診断自体が誤診でした。



しかし、一旦退社のために創業者株を手放したポールは、すでに億万長者でした。

のちにマイクロソフトにも復帰するのですが、慈善団体を運営する財団を作ったり、ベンチャーキャピタルもやっていました。


近年では第2次世界大戦時の兵器収集家としても有名で、日本軍の沈没した戦艦「武蔵」を発見したりしています。



詳しくは、ポール・アレンについて書いた過去の記事がありますので、そちらをお読みください。



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別年同日の日記

03年 動物病院へ

06年 W-ZERO3 [es]

13年 追悼:やなせたかしさん

13年 ディズニー社の創設日(1923)

17年 オーラ撮影の仕組み


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UPS切り替え  2018-10-15 10:34:30  その他

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先日購入した新しい UPS 、翌日金曜日には届きました。

じゃぁすぐに入れ替えを…とはいかない。


UPS に接続している機器って、基本的に「停められない」から UPS に接続しているんです。

入れ替えるには一度停めないといけないので、気軽にはできません。




金曜日に届いて、家の中のデータをバックアップしている NAS を新 UPS に移行しました。

こういうのは、停めても大丈夫。急な電源断で壊れないようにしてあるだけです。


家の中のサーバーは…停めても大丈夫なはずなのだけど、怖くて停められない。


というのも、家の中の DNS のマスターサーバだから。

セカンダリも設定してあるので停めてもいいはずなのだけど、万が一うまくセカンダリが動かないと、家の中のネットが事実上使えなくなります。


金曜日は仕事もあるので、仕事のない土日にやろう…と思っていたら、それもダメでした。


土日は、子供がテレビゲームしているのだった。

今時のゲームはネットを通じて対戦しますから、ネットが止まるとやはり困る。



そんなわけで、「月曜日の朝のうちなら」と、先ほど移行作業を敢行。

止まっても、ちゃんとセカンダリ DNS が動作してくれて、何の問題もありませんでした。




あとは、この WEB ページを公開している、公開用サーバーですね。

外部向けのマスター DNS にもなっています。

(セカンダリは、無料のレンタル DNS サーバー)

あと、メールサーバーでもあります。


仕事の都合とかもあるので、今週のどこかでタイミングを見て移行予定。

うまくいけば5分程度の停止時間のはずですが、なにかトラブルが起これば30分程度止まるかもしれません。



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エアコン導入顛末【日記 18/12/04】

別年同日の日記

04年 大きく育て

04年 最終確認

13年 富一成さんの誕生日(1960)

14年 「計算機言語」が生まれた日(1956)

14年 変数名の話

15年 プレイステーションを生み出した新聞記事

15年 グレゴリオ暦の制定日(1582)


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停電  2018-10-11 12:57:13  その他

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10月1日に台風24号が来た時に停電してサーバーが止まった。


その後、5日の午後から雨が降った。

降り始めてしばらくして、停電した。


ちょうどその日の仕事がひと段落し、仕上げとして外部からサーバーに接続した際の動作を確認しようとしていた時だった。

仕事先の人と連絡を取りながら、我が家の PC から接続することでテストを行おうとしていた矢先の停電。


停電自体は、1回に1~2分。

でも、5分くらいしたらまた停電した。


PC から見ると、急に電源を落とした後の再起動中にまた急な電源断、を繰り返したので、ファイルシステムチェックが必要になった感じ…だと思う。

完全に電源が復旧してからの Windows 起動に妙に時間がかかり、結局5分程度の接続テストのために、相手方を40分近く待たせてしまった。



で、昨日 10日深夜。また雨が降り始め、停電。

やはり、1回の停電は2分程度だが、2回繰り返した。



別に激しい雨でもないのだけど、電源が不安定というのは恐ろしい。




どちらも、東京電力のページを見る限り、鎌倉市だけの現象のようだ。

それ以上の「原因」などはわからず。


なので以下推測。


おそらくは、海に面しているため台風の際に海水が巻き上げられ、電線などに付着しているのだろう。

そのまま乾燥して、濃度の濃い塩となった。


雨が降ると、最初のしばらくはわずかな雨に塩が溶け、濃度の濃い食塩水となる。

これは、普通の水よりもずっと電気を通しやすい状態で、普通なら大丈夫な「どこか」をショートさせる。


で、ショートを感知した電源系統が、その部分への電源を遮断。

すぐに送電ルートの再構築が行われて停電から回復するが、根本原因である塩が残っているため、別の個所でもショートが起きやすい。


…と、こんなところではないかと。

(千葉では、同様の原因で5日に JR が大規模に止まった。電車は送電線がむき出しになっているため、塩害には特に弱かったようだ。

 そのほか、台風明けの2~3日にも、乾燥した塩によってショートした停電が関東各地で起きている)




で、台風の際の停電では、UPSはアラートを鳴らした。

この時は長時間の停電だったのに、しばらくのちに「もう電源が少ない」アラートに切り替わり、最終的に断末魔(電源断アラート)を鳴らせて停止した。


その後の停電では、いきなり「もう電源が少ない」アラートから始まっている。


もう、UPSが古いために充電能力が落ちているのだ。

このUPS、2011年の東日本震災の際には、もうすでに古くなっていた。

でも、ちゃんと大規模停電の際に仕事をしてくれた。


その後、買い替えようと思ったが震災後には需要が高まり、品薄だったので買わなかった。

古いとはいえ、手元にあるのだから、品薄で値段が高くなっているものを買う必要もない。


でも、のど元過ぎれば熱さ忘れる。

UPS繋ぎ変えるってことは、その時には計画的にサーバーを止めないといけないわけで、それが面倒。

なんとなく買わずにいて…


熊本地震で、思い出して買おうとしたが、この時にも値段が上がった。


先日の北海道の大停電で、買わないとな、と思って品定めをしていた。

今回は、その最中での停電になる。



まぁ、品定めしていたので、めぼしい機種は決めてある。

先ほど、Amazon でぽちった。


到着したら、サーバーを短時間止めて移行作業を行う予定。


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別年同日の日記

02年 Java

03年 ワインを飲んだが

13年 マイケル・ストーンブレーカー誕生日(1943)

16年 ジュラシックパーク

17年 オーラ占いの企画


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北海道地震  2018-09-07 17:16:26  その他

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この日記、後で思い返すためのメモで、役に立つ情報は何も書かれていない。



6日の午前3時8分、北海道でマグニチュード6.7、震度6(1日後に7に訂正)の地震が発生。

神奈川までは揺れは伝わってこなかったので、寝ていて気付かなかった。

5時半に目覚めた時に携帯にアラートが出ていたので知った。



とはいえ、この時点でまだ大災害だと気づいていなかった。

いつも通り朝食の支度をはじめ、6時半に準備が終わる。

子供を起こし、Nexus7 で Radiko を使って J-wave をつける。


(神奈川までは J-wave の電波は届かない。

 以前はラジオで FM横浜を聞いていたが、キッザニアでの体験以来、子供が J-wave を聞きたがるようになったので Radikoで聞いている)


で、このラジオで大災害になっていることを知った。


朝ご飯の時にラジオをつけているのは、無音では寂しいからなのだけど、テレビでは次女が見入ってしまいご飯を食べないためだ。


でも、この時は「ちゃんと食べてね」と言ってテレビをつけた。

想像以上の大災害になっていた。




しばらくはテレビをじっと見ていた。そして我に返った。


北海道に長姉が住んでいる。大丈夫だろうか。

長姉の住所どこだっけ…と思い出しながら震度を調べる。震度4。震源からは遠いようだ。


多分大丈夫だろう、と思いながらも「大丈夫?」と兄弟間の LINE で送る。


送ってから気付く。まだ7時前だ。

グループなので他の兄弟にもメッセージが伝わるが、朝の忙しい時間かもしれない。


ほどなくして大変なことになっているけど、大きな被害はないと返事が返ってきた。

ほかの兄弟からも「よかった」という返事が次々来る。


停電しているからスマホの電池大切に使わないと、という長姉に、次兄が「情報調べるのも電池使うから」と、概要を調べて送り始める。

僕がやろうとしていたことだったが、兄に任せておこう。



9時ごろ次兄から、ヤフーニュースの URL と共に「数時間以内に復旧予定らしいよ」とメッセージ。


これ、後でわかったが、誤報。

ヤフーニュースは新聞社から配信を受けているだけなので悪くない。

どこかの新聞社が勇み足で誤報…デマを流しただけだ。災害時にはデマが飛び交う。


後で見た時には、記事自体消えていてお詫びもなかったので、どこの新聞社の誤報かはわからない。


…今調べたら、元記事あった。アーカイブしといた

「数時間以内にも復旧するよう、経産省は北電に指示しました。」とある。


正確なニュースは、この時点で「数時間以内に復旧のめどを立てるように指示を出した」だった。

めどを立てる、つまり復旧計画の見通しを明らかにするのが数時間以内であり、復旧できるわけではない。


実際、数時間以内…夕方には「完全復旧までは1週間以上」という発表があった。


2018.9.12 追記。


この件について、詳細な経緯をご存知の方がツイッターで詳細資料付きで教えてくれた。


まずは、上を読んでみてほしい。「数時間」という単語で検索するとわかるが、文章上はすべて「目途を数時間」という係りで説明されている。


しかし、こちらの動画が実際の会見の様子だ。

質疑応答の2問目、最後の部分。(動画でも最後の部分)

「目途を」と言っていない。復旧作業自体を数時間以内に終わらせるよう指示したと言っている。



政府発表の文面は、会見が終わった後で書き起こされていることに留意。

記者にとっては、その場で語られたことがすべてで、この文面を渡されたわけではない。

つまり、政府発表に致命的な言い間違いがあり、それがもとで「デマ」となってしまった。



もっとも、新聞社もこの会見をもとに記事を書いているのだから、質疑応答含めて3回の「数時間以内」が言及されていて、その内容が「目途」と「作業」で違うことについて留意する必要があったように思う。


政府発表が間違えていたとしても、その間違いに気づき、訂正できる立場にあるものがそのままデマを広めてしまった形だ。



この日記後半に書いてあるが、善意によるデマは必ず起きるし、それを糾弾すべきではないと思っている。

しかし、政府発表などは影響も大きいので、細心の注意を払ってほしいように思う。





さて、長姉のほうは、午後2時ごろには電気がついた、と報告してきた。

一時的なものかもしれない(東日本震災の時は、復旧直後は不安定だった)ので、とりあえず充電できるものは全部充電して、と伝えておく。


しかし、その後特に問題はなかったらしい。

生活基盤が安定したようなので、とりあえずは一安心。




さて、Twitter などでも、デマがひどい、という被災地の人の声が伝わってくる。

とある政党の街宣車が、ありもしない断水の予告をして回っていたとか。



デマを広めても何の得にもならないので、その政党の人としては「大事な情報を得たので、いち早く伝えようと思った」のだろう。善意の行動だ。


しかし、デマというのはそういう善意によって広まるものだ。

先ほど書いた「数時間以内に復旧」の件も、アーカイブしたページが特にひどかっただけで、他の新聞社も似たり寄ったりの報道をしている。


記事内を読むと「めどを立てるように指示」と書いてあるのだが、見出しでは「数時間以内に復旧指示」だったりするのだ。

だから、この件に関してはどの新聞社も「デマに加担していた」と言ってよいと思う。



みんなが困っているから、重要な情報を早く届けたいと思う。

善人であるほど、これは使命に感じられるだろう。しかし、この思いが目を曇らせているのだ。


停電が早く復旧してほしい、という強い願いがある。その関連情報を早く皆に届けたいと思っている。


だから、「数時間以内に復旧のめどを立てるように」という文面の中から、願いに近い「数時間以内に復旧」だけを拾い出してしまう。


断水予告も、実は「電力が不足すると浄水場の機能が足りず、断水するかもしれない」という裏があった。

ただ、これは浄水場の職員の努力で回避された。にもかかわらず、善意が先走った人が、早めに貯水を、と呼びかけたのだ。



どちらも、そこにあるのは善意だ。決して悪意ではないが、結果としてデマを広めているのだ。


マスコミがダメなのではない。政治家がダメなのではない。

彼らは、善意と使命感が、他の人より強いだけだ。


彼らを批判し、マスコミや政治家は役に立たないと自分が主導して「善意の情報」を示そうとする人は、同じ轍を踏んでいることに気付く必要がある。




善意の人にデマを広めるな、ということはできないし、やるべきではないと思う。

(最初から悪意のデマもある。これに関しては広めるな、と言いたいが、もともと悪意なので言っても聞かないだろう)


善意の情報のすべてがデマになるわけではない。役立つ情報のほうが多いのだ。

だから、委縮するのは誰のためにもならない。善意の情報は広めてよいだろう。



あとは、受け取った側の問題だ。情報を選別し、デマを見抜く目を養わないといけない。


これに関しては、東日本震災の時にも同じような話を書いていたので、リンクしておく。

何がデマで、何がデマではないのか。



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別年同日の日記

13年 余計なことをしたらしい。

14年 TenQ

15年 ruby で数値演算


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決算終了  2018-09-03 10:11:42  その他

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フリーでプログラマの仕事をしているが、一応会社組織にはしている。

僕と妻の二人しかいない会社だけど。


で、妻も WEB 作製などの仕事をしているのだけど、経理処理なんかは全部妻任せ。

妻だって書類仕事は好きではないのだけど、僕は好きではないどころか「壊滅的」な能力なので、妻がやってくれていて助かる。


で、会社の期末は6月で、8月末に決算報告となる。

いつも通りギリギリになり、税理士先生にはご迷惑をおかけしたが、今年も無事完了した。




数年前に会社の収入はどん底で、自分の給与も非常に減らしていたし、必要な機材も買わないでなんとか回している状態だった。


ついついその頃の気持ちが残っていて、機材などもほとんど購入していなかった。

そうしたら、税理士先生から「儲けが出ても税金に持っていかれるだけですから、必要なものは我慢せずに買った方がいいですよ」と言われてしまった。


社内実験用のサーバーとか、本当に古いマシンで、最近の OS 入らないのね。

それでも Xen が動いていてハードウェア層を隠蔽してくれるので、その上でゲスト OS として最近の OS を入れて凌いでいたのだけど。


これ、さすがに買い替えよう。

現在計画中。



メインマシンで使っているデスクトップも、2011年に購入したものだ

もう7年も使っている。


…あ、いま購入時の日記見たら、その前も7年使っていたと書いてある。

その時も「妻のマシンの買い替えついでに」自分のマシンを買い換えたのだけど、今回もそうなりそうです。


少し前に妻がマシンを買い換えたいと言い出して、現在策定中。

決まったら僕も同じの買おう。



#サーバーについても同じ日記に書いてあった。Atom D525 ってやつ。

 IntelVT 非対応なので、Xen は入れられるが KVM が入らない。

 その関係で最近の OS を入れられないのね。

 このページの公開サーバーは、その後買った Pentium N3700(Pentium と名乗っているが、Atomの後継)になっている。




もっと大きな買い物もするかもしれない。

…のだけど、これはまだ「どうしよっかなー」って考えているくらいのレベル。

今期はそれなりに盛り返したのだけど、数年前に貧乏だったころの癖は抜けず、高い買い物は躊躇してしまう。



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関連ページ

新サーバー設定中【日記 19/04/17】

なにもしてないのにこわれました【日記 18/11/19】

新サーバー購入【日記 18/12/16】

メインマシンに Win 再インストール【日記 18/12/20】

新車購入(1/2)【日記 18/09/12】

別年同日の日記

02年 パズル

12年 サーバー修復

13年 世界最初のテレビゲームって結局どれなの?

15年 用語選びの難しさ


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夏祭り  2018-08-13 11:24:14  その他

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毎年恒例、町内の盆踊り大会が11日(土)、12日(日)に開催されました。


町内の祭りなので、それほど規模は大きくありません。プロの屋台とかは入らないし。

でも、手作りで…町内の子供会、少年サッカーチーム、婦人会、消防団、工務店、2つの老人ホームの方々(ほかにもあったかも)が、屋台を出します。


子供会とサッカーチームは、子供がやることだから小さな屋台です。

でも、子供がやることなので子供が欲しそうなおもちゃの当てくじとかを出していて、人気があります。


その他は、それぞれが食べ物屋台などを出すのだけど、毎年恒例の看板商品を持っていて、人気があります。


そんなわけで、毎年、家族で楽しませてもらっています。




ただ、今年は少し勝手が違います。

僕が町内会の役員になり、楽しむ側ではなく「裏方」に回ったから。


屋外担当の方は設営も、本番も蒸し暑くて大変だったようですがが、僕はコンピューターなど多少わかるから、ということで屋内担当。


寄付をいただいた方の名前札を作って外の張り出し担当の方に渡したり、音楽を流したり。

今時の盆踊りは、音楽も mp3 です。

(去年までは CD を使っていたそうですが、CD プレイヤーが壊れてしまったそうです)




設営中に、「もうすぐオリンピックだし、昔の三波春夫みたいなのないの?」という話題が出たため、担当部長の方が、本番までに「東京五輪音頭 2020」を見つけて持ってきました。


本番直前に、試しに流してみたら、囃子会の方々から「練習したいので何回か連続でお願い」と言われます。


で、そこまで練習したのだからと、本番の時に流したら大不評。

中心となって踊ってくださる踊りの先生から「初めての曲を急に流されても踊りがわからない」と言われ、町内会の長老クラスの方々からも、「なんであんなもの流すのか」と怒られます。


なので、この曲は1回きりで。



毎年同じ曲ばかりでつまらない、という意見もあるらしいのですが、同じなら文句が出て、新曲が入っても文句が出て、調整が難しいようです。




今の子供は盆踊りでは踊ろうとしない、というのも町内役員の多くの方がわかっているようなのですが、あくまでも「盆踊り大会」なので、踊りの先生の意見は立てたいというのもあるようです。


盆踊りだと宗教行事なので、町内会費は使えない、というのもあるみたい。

毎年別会計で、寄付を頼りに運営しているので大変なのだとか。


なので、いっそのこと「夏祭り」としてしまって、子供が踊りやすい曲があるなら盆踊りに限らずとも…という意見も出ていたのですが、子供が踊りやすい曲があるのかどうかも不明。


少し前なら「マルマルモリモリ」とか保育園児~小学校低学年には流行しましたし、「恋するフォーチューンクッキー」や「恋」とか、中高生~大人に流行したように思います。


でも、流行と言っても「誰でも踊れる」ほどに浸透しているのか不明ですし、ましてや流行がすでに過ぎた後では…




とりあえず、来年は時間を1時間早めよう、ということにはなっていました。

毎年夜 7時~ 9時でやっているのですが、この時間だと保育園児は途中で眠くなってしまうし、近所迷惑にもなりやすいので。


「伝統」を守るのか、「現状」に合わせるのか、運営側になってみないと気付かないような話をいろいろと知りました。




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別年同日の日記

02年 音楽な1日

14年 電子メールの誕生日(1982)

15年 人材交換


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理科ハウス  2018-08-09 11:22:28  その他

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昨日の話。


家族旅行が中止となってしまったので、もう一つの「どうしても行きたかった場所」である、理科ハウスに行きました。


理科ハウスは今年で10年目、だそうです。

我が家が初めて行ったのは3年前ですね

その歩みのほとんどを知りません。


で、当初目標としていた「10年存続」を達成したので、しばらく活動を休止する、と知りました。

いつまで休止という日程も明らかでなく、再開時期も不明らしい。


これは、是非行っておかなくては、と思ったのです。




実は、理科ハウスに夏休みに行くのは初めて。

でも、毎年夏休みは「企画展」をおこなっています。


今年は「大逆展」。いろいろな、「逆になっている」もの、逆になっているから面白いものを集めてあり、体験したり、自分で考えることを中心としています。


これ…多分解説しても面白さが伝わらない。

その場にいると、確実に面白いのだけど。


多数の鏡に反射して見える「視力検査のCの字」(ランドルト環)。

鏡越しではどちらを向いているかは当然わかるのだけど、本当はどちらを向いている?



紙を横から見た時にMの字になるように4つ折りにして、鏡の前に置き、水平近くからのぞき込む。

すると、紙の一部は直接、一部は鏡の反射で読める。


ここに、奥から順に「1234」と数字が並ぶようにするには、どのように書き込めばいい?



扇風機の前に置かれた、薄い板にタイヤをつけただけの板。

真ん中に棒が刺さっていて、厚紙で「帆」が作ってある。


これで、風が「吹いてくる方向」に走らせるには、どうすればいい?



どれも、自分で体験して、考えたり試したりして見て、答えが正しいかどうかを実験で確かめる。

その場でやっていると、確実に楽しい。




うちの長男は、中学の科学部で理科ハウスを訪れ、一足先に体験していた。

なので、先生から「きみは特別な問題を出そう」と、鏡の中から連続して数字を書く問題で「紙を細かく折って、1から10まで書く」と言われていた。


すでにコツを理解しているので簡単にやってのけた長男。さらなるチャレンジに挑む。

最終的に、16分割に細かく折った紙に、「森館長」(理科ハウスの館長のこと)と書いていた。

「森」1文字と、「館」の上半分までは鏡の中に見えていて、そこから「館」の下半分と、「長」が直接読めるように、3文字を16分割して書いているのね。




企画展は考えるものが多く、小学校4年生以下では難しい、と、次女(小3)は入れてもらえなかった。


でも、その間にワークショップとして、「逆回転風車」を作らせてもらっていた。

風が吹くと、2つの風車が逆回転する構造。しかも「逆方向」の風では、回らなくなるようなストッパー機構もついている。

単純な構造だけど面白い。


また、低学年でも遊べるおもちゃとして「縦型ぶんぶんゴマ」が置いてあった。

簡単に手作りできるので、家に帰ってから作った。


ビー玉二つをセロテープで無理やりつないでピーナツ型にして、くびれた部分を長いタコ糸の中央付近で縛る。これだけ。

2本の糸をまとめて持って、もう片方の手でねじったら…

2本それぞれを両手に持ち替え、緩く引っ張ってねじれをほどく。ビー玉は勢いよく回転する。


ほぼほどけかけたら、糸をまた近くに寄せる。すると、ビー玉の重さで回転は続き、またねじれる。


1回ごとに「逆」回転になる。ちゃんと大逆展の展示物だ。

そして、いわゆる「ぶんぶんゴマ」よりも簡単に遊べるので、低学年の子でも楽しめる。




台風が近づいているので警報が出て、いつもは夕方5時までやっているけど、今日は4時で閉館にしましょう、と先生から通達。これが3時45分ごろの話。


と言っても緩い感じで、「まだ遊びたい」と子供が4時を過ぎて遊んでいても「閉館」とは強制しない。

いつも、5時に閉める時もそうで、30分くらい平気でオーバーするのだけど。



名残惜しいので、「活動休止するとのことですが、いつ頃再開するか予定決めていますか?」と聞いてみた。

決めてない、とのことだったけど、「でも、来年の夏休みにはやっていると思います」とのこと。


よかった。理科ハウスは非常に楽しい場所なので、無くなってしまうことが心配だった。



展示内容などを練り直して、今よりももう少し年長向けにする予定らしい。

今は小学校高学年から、と考えているのだけど、これが足かせになって踏み込んだ内容を教えにくいらしい。

それよりは、中学生向けということにして、多少難しい内容も教えていきたいとのこと。

もちろん、ついてこれるなら小学校高学年だって入って構わない。




いつも楽しみにしている、みんなの質問コーナー。

今回は面白い質問が無かったので何も書きませんでした。


理科ハウスが「面白いところ」だとすっかり有名になり、小学校低学年の子もたくさん訪れるようになり、「質問がある」のではなく、「質問してみたい」子の質問が目立つようになりました。


この話は前回理科ハウスに行ったときにも先生と話していたのだけど、今回はそんな質問ばかりだったのね。


特別展のためにコーナーが縮小されていて、「答えがついていない質問」ばかりが残されていた結果なのだけど。

答えがついていないというよりも、答える気にならない質問、という感じ。


多少高学年向けになることで、こうしたつまらない質問が無くなるといい…

と思いつつも、こういう質問は案外大人にも多いのだよねー。


#高校、大学生くらいの子はつまらない質問は少ない。

 小学校低学年と、「大人」につまらない質問が多い傾向。



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夏の家族旅行 2018

夏の家族旅行【日記 18/09/18】

理科ハウス【日記 18/08/09】

別年同日の日記

07年 寝返り

10年 3度目の正直

10年 映画

12年 夏の家族旅行(1日目)

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13年 家族旅行に行ってきました。

16年 宇宙からの初メール(1991)


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氷川丸  2018-07-01 18:24:50  その他

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以前から行こうと思っていた氷川丸に、やっと行った。



知人から氷川丸の株主優待券をもらっていた。

6月30日までの有効期間。


じゃぁ見に行こう、と思ったのだけど、なかなか日程が合わなくて、6月30日にやっと行ったのだ。




以前一度見に来た時は、中華街で春節パレードをやっていたので、そちらを見るのを優先した。

とはいえ、石川町駅から中華街を通り、氷川丸まで一応行ったうえで、山下公園をぶらぶらと端まで歩いて、関内駅に戻るコースを歩いた。


その結果、子供たち全員歩き疲れていた。



今回はもう少し楽をすることにする。

桜木町で降りて、観光地を巡るバス「あかいくつ号」に乗って氷川丸まで行く。


…氷川丸に一番近いバス停、「山下公園前」は、コースのかなり最後のほう。

途中で「中華街」で降りて歩いたら、3分程度の距離を、バスは10分以上かけて到着する。


この程度は歩いたほうが早いかも。まぁ、いろんな観光地があることを見て回れたのは、子供にも楽しかったようだが。




氷川丸は90年近く前に建造された船だ。


豪華客船として作られ、日本・シアトル間を航行していた。

チャップリンが日本に来た際にも、氷川丸に乗船している。


しかし、就航から10年ほどして、第二次世界大戦が勃発。

氷川丸は軍に徴用され、病院船となる。


病院船は国際法上保護されるとはいえ、戦闘地域を航行することになる。

氷川丸も、3回機雷と接触して損傷したそうだ。


しかし、豪華客船として安全重視の構造となっており、船底は二重構造になっていた。

(氷川丸の建造前に、タイタニック号の沈没事件が起きている。おそらくはそれを踏まえてのことなのだろう)


このため、機雷による損傷にも関わらず、沈没しないどころか、航行可能だったそうだ。

ある意味軍艦より強い。



そして敗戦。

氷川丸は、帰国兵の引き揚げ船となる。


それらの任務がすべて完了し、再び豪華客船としてシアトル航路に戻る。

その後、老朽化のため現役引退。



しかし、この数奇な運命をたどった豪華客船を保存しよう、という運動がおこり、横浜港に係留されることになった。

ただ浮いているだけで「現役の船」ではないことを示すため、自力航行できないようにプロペラは取り除かれたが、建造時には最新鋭だったエンジンなどはそのまま残されている。




…と、氷川丸の概要はこんなところ。

大まかには知っていたが、細かいところは行ってみて初めて知った。


見学コースとしては、まず客席通路を通り、一等食堂に向かうことになる。

わかりやすく「豪華客船」らしいところだ。


食堂前には、託児室がある。

乳幼児を預け、ゆっくり食事を楽しめたそうだ。


食堂の中は食事内容も含めて当時の様子が再現されている。


ここまで、音の演出が素晴らしい。

乗船してすぐに、出航を告げる銅鑼の音、汽笛の音が聞こえ、食堂ではカトラリーのかすかに触れるカチャカチャという音が聞こえる。


この後、一等読書室。期間限定で、病院船時代の様子などのパネル展示を行っていた。


一等社交室、一等喫煙室。

男性は主に喫煙室で、女性は主に社交室で、一緒に乗船した人との親交を深めたようだ。

社交室は優美な、喫煙室はシンプルながらゆったりとした調度が残されている。


さらに、一等客室。

広くはないが、ベッドと洗面台を備えた部屋だ。通常は2室が扉でつながっている。夫婦などでの乗船が多いためだろう。


そして、一等特別室。ここは1部屋しかない。

広いベッドルーム、バスルーム、ティールームの3部屋が1つながりになっている。


チャップリンや、皇族秩父宮が使用したそうだ。



…と、ここまでが豪華客船らしい船内の見学コース。




コースを見ている最中に、正午に汽笛を鳴らすので、汽笛近い操舵室・船長室あたりの人は大きな音に注意、というアナウンスが入った。

長女と次女、これを聞いて、汽笛を聞きたくて仕方がない。


コースは後戻りできないので、それでも内容は見ながら早足に進んでいた。

そして、一等特別室を見た後、船室を出てデッキを進み、階段を昇れば操舵室というところで…


正午の汽笛が鳴った。

余りの大きな音に、体がびくっとして、動きが止まってしまった。


アナウンスにあった操舵室あたりで聞きたい、と言っていたのだけど、そこまで進まないでも十分に大きな音だった。

一瞬のち、あまりの音に僕も含めて3人で笑い出す。


あ、そうだ。この大きな音をビデオにとらなきゃ、と思ってビデオをとりだした途端、音は止まった。



長男と妻は、船内の展示をゆっくり見ていて、一等特別室の前にいた。

あぁ、汽笛だ、とは思ったけど、それほど大きな音ではなかったそうだ。


船室内は、十分に防音できているのだろう。これも豪華客船だからか。




操舵室、船長室を見る。伝声管で連絡できるようになっているので、あえて二手に分かれて進み、通話を試みたりする。


操舵室横には無線室もあるようなのだけど、こちらは中を見られなかった。

興味あったのだけど残念。


その後、船底に降りて機関室。

とにかく巨大なディーゼルエンジンが、2基。

機関室って、もっと通路も狭くて機械だらけかと思ったのだけど、結構通路幅は広くとってある。



その後厨房…と言っても、「ここにあった」というだけで現在は見られないのだけど、その横を通って三等客室へ。


1等と3等だけ見られて2等は見られないのだけど、まぁこの中間だということなのだろう。


3等客室は1室で8人。2段ベッドが並んでいる。

見知らぬ同士が1カ月ほど一緒に生活するので、まぁ、大抵は仲良くなってしまうらしい。


豪華客船だから、三等客室だと言っても、十分なお金持ちでないと乗れなかったはず。



乗船して最初に見る「一等食堂」は、当然ながら一等客室の客しか入れない。

当時としては珍しい、豪華な西洋料理がふるまわれていて、食後にもフルーツなどのデザートがあったようだ。


しかし、三等客室向けには普通の食堂があり、焼き魚など、普通の日本食が提供されていた。

長い船旅は暇なので、三等客室の客は、厨房でジャガイモの皮むきを手伝うなどの仕事もして、代償としてフルーツをもらう、などのこともあったそうだ。


同室の人と仲良くなるだけでなく、船員などとも仲良くなり、アットホームな雰囲気だったとか。




最後に、氷川丸に乗ったことのある人などの思い出話をまとめてあるコーナーがあった。


ノーベル賞学者の、小柴昌俊先生の思い出話があった。


国費留学でアメリカにわたるために、氷川丸の一等客室に乗ったのだそうだが、連日の豪華料理に飽きてしまう。

そんな折、三等客室で「焼きサンマが出る」というので、三等客室の人に頼み込んで食事を変えてもらったという…


いい話だ。人柄がにじみ出ている。




さて、氷川丸の途中で正午の汽笛が鳴ったように、昼を過ぎている。


長男が興味を持っていたので、ミュージアムショップで、レトルトのドライカレーを買う。

氷川丸の一等食堂で出していた人気メニューの再現だという。


そしてすぐ、山下公園前の大通りを渡ってすぐのところにあるマクドナルドへ。

昼を結構すぎ、お腹が空いていたのでみんなセットメニューを頼んでしまったのだが…

後で考えると、これ失敗でした。



その後、すぐ横に立っているマリンタワーへ。


…入り口で入場料を見て躊躇する。

昔もっと安かったよね? 大人 750円もする。


でも、子供に見せてやりたかったので入る。


昔は大人 500円くらいの、気軽に入れる値段設定じゃなかったっけ…

と今調べたら、前売り券は今でも 500円程度で入手できるようだ。

急に思いつきで行ったので、確認不足だった。



マリンタワー…まぁ、展望台ですね。特筆すべきことはなし。


でも、「昔、大科学実験で、マリンタワーの影追ってたの覚えてる?」と子供たちに言ったら、長男は覚えていた。

それだけでなく、わずか5分くらいの間でも、影が結構動くのを発見して「大きいから結構動くねぇ」と感心している。


せっかくなので、家族全員で観察してみたが、5分程度でわかるくらいに影が動く。面白い。




長男はそろそろ帰りたがっている。

来週は塾でテストがあるので、テスト勉強したいそうだ。


氷川丸のチケットがこの日までだったので無理やり連れてきたのだけど、長男は本当にスケジュールが忙しい。


でも、長女は中華街に行きたい。ゴマ団子が食べたいのだそうだ。


で、どちらにせよ駅に行くには中華街を通るので、中華街まで歩いたのだけど…


さっきマクドナルドで腹いっぱい食べたので、点心なんて食べられる気がしない。

先にお土産(中華食材など)を買ったのだけど、まだお腹は空かない。



結局、「ゴマ団子だけ食べられればいい」というので、2個100円のゴマ団子を、3セット買います。

お店の人が1つおまけしてくれて、7つありました。


ゴマ団子を食べたかった長女は2つ。長男と次女は1個半。親は1個づつ。

実は結婚記念日の翌日だったから、中華街でうまいもん食おうとも思っていたのだけど、かなわず。




ここからなら、石川町に出るのが近いのだけど、妻が寄りたい店があるというので関内に向かいます。

途中、横浜スタジアムがすごく騒がしい。試合をやっているらしい。


この日は熱かったので、横浜スタジアム前のファミリーマートでアイスを買います。

駅前まですぐなので、駅前のガード下の広場で座って食べていると…試合が終わったらしい。

カープの服を着ている人と、ベイスターズの服を着ている人が大量に駅に押し寄せてきた。


しまった。もう少し早いタイミングで帰っていれば空いていたのに、電車が混むようになってしまった。



しかし、この休日の観光は、これでほぼ終わり。


先日は三笠を見て、今度は氷川丸を見たわけですが、どちらも「記念に残されている船」とはいえ、全然違うものでした。

軍艦と豪華客船だから違うのは当たり前なのだけど、見比べてみると違いがよくわかる。


今年中には、日本丸にも行ってみようと思っています。



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関東梅雨明け  2018-06-29 15:52:47  その他

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6月中の梅雨明けは、観測史上初だそうだ…


夏になったわけだが、まだ6月だし、ここ数日は風が強いので窓を開けているだけでさわやか。



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エミュレーターの法的権利  2018-06-27 12:20:53  その他

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以前からネットで見かける話で、思ったより勘違いされているようなので解説。



以前、ゲーム系のニュースサイトで、最近公式エミュレーターの発売が相次いでいることを取り上げていた。

ミニファミコンに始まり、NEOGEO mini とか、メガドラミニとかの話だな。


で、そのサイトには「ゲーム機本体発売から時間がたって著作権が切れたのも、こうしたブームの要因」ってことを書いていたんだ。


個人の作っているサイトなら勘違いしているな、で終わりの話なのだけど、企業がやっている大手サイトだった。

記事自体はライターが書いた署名記事だけど、掲載するからには編集者・編集長がチェックしているはずで、個人の勘違いでは済まされない。



でもまぁ、そのサイトは記事に対するチェックが甘いのだろう。

署名記事だから結局は個人ブログレベルの内容なのかもしれない。



…って思っていたのだけど、昨日ツイッターを見ていたら、それなりに技術を持っている(個人的には信頼していた)若者が、エミュレーターに対して同じような勘違いをしていた。

具体的に言うと、古いゲーム機はすでに著作権が切れているので、エミュレーターを作っても法的に問題はない、ということを書いていた。


こちらは完全に個人なので勘違いしていても構わない。


でも、先に書いた記事は、しょせんはライター…技術者ではない人が書いた記事だ。

僕としては、技術に詳しい人が勘違いしている方がショックだった。




著作権は、著作物を守る法律だ。


文章・絵画・音楽・映画…その他、「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定められている。


最初に挙げた記事に書かれていた「ゲーム機本体」というのは、この範疇ではない。

つまり、著作権で守られるものではない。


ちなみに、著作権の保護期間は、個人であれば作者の死後50年、法人であれば著作物の公表から50年というのが基本だ。

ゲーム機本体は著作権で保護されないが、もし保護されていたとしても「著作権が切れた」とするには早すぎる。


この点で、記事を書いた人は2重に著作権を理解できていない。

(ちなみに、ライターという職業柄、著作権によって生活しているはず。その権利を理解できていないのは残念だ)



では、著作権がないのであればゲーム機本体のデッドコピーを作っても問題はないかというと、もちろんそんなことはない。

ゲーム機本体は、著作権ではなく、さまざまな別の権利によって守られている。



まず、回路配置利用権。

「同じ集積回路を作ってはならない」規定だと考えてもらっていいだろう。

大抵のゲーム機は、専用 LSI 込みで開発される。それらの LSI をコピーされない権利だ。


著作権の場合、著作した時点で権利が生じる。

これに対し、回路配置利用権は、国の定める機関に対して登録が必要だ。


この権利の有効期間は、登録から 10年間だ。



じゃぁ 10年を過ぎたら作り放題かと言えば、特許権がある。

回路の配置みたいな「そのものずばり」の物理的なものを登録するのではなく、その回路にこめられたアイディアなどを保護する。


こちらの保護期間は 20年だ。


ちなみに、「アイディアの保護」だけど、そのアイディアは基本的には実際の物づくりを前提としている必要がある。

つまりは「発明品」でなくてはならないんだな。


とはいえ、実際に発明品を組み立てている必要はない。

どういうアイディアなのかを具体的に説明できるのであれば、書類だけあれば特許はとれる。



ゲーム機本体の保護としては、特許権が本命だろう。

だけど、特許はアイディアというふんわりとしたものを対象にするため、登録の審査に時間がかかり、その間は保護されない可能性がある。

(登録が成立した時点で、請求開始時点にさかのぼって保護を求めることは可能)


そもそも、発売初期の段階でコピー商品を出せるとしたら、回路などもまるっきりコピーしたデッドコピー商品だろう。

だから、初期は回路配置利用権で守り、特許成立後は特許権で守る、という2段構えとなる。



他にも、外観は意匠権で守られるし、名前などは登録商標で守ることができる。

しかし、コピー商品は大抵外観や名前は変えてくるので、ここら辺を使う時は別の目的だろうね。




さて、ソフトウェアでゲーム機を再現するエミュレーターの場合、回路配置を使うわけではないし、具体的な「物」を保護する特許とも無縁だ。


特許についてはもう少し説明しておいた方がいいかな。

エミュレーターは、回路によって実現されるゲーム機を、ソフトによって再現したものだ。


だから、機能は同じに見えても、その実現方法が異なることになる。

特許は、実現のためのアイディアを保護するものだから、同じものを作り上げていてもその方法が違えば特許には抵触しないことになる。


エミュレーターが合法だとされるのは、こうした理由だ。


決して、著作権が切れたなどではない。

発売直後のゲーム機だったとしても、ソフトウェアエミュレータが作れたのであれば、それは合法だ。



ただし、エミュレーターは「ソフトウェア」の再生を目的とするものだ。

そして、ソフトウェアは著作権保護の対象物だ。


もちろん、ゲームソフトも著作権保護されている。

エミュレーターで遊ぶ際には、利用者が実物のソフトを入手し、利用許諾された状態になくてはならない。


しかし、そうした方法で利用許諾できないソフトウェア部分がある場合がある。

ハードウェア内に ROM などで持っている、BIOS と呼ばれるソフトウェア部分だ。



こちらは「互換 BIOS」を作れば問題がないのだけど、互換 BIOS を作るのは、またややこしい著作権上のテクニックが必要な話となる。


ありていに言えば、日本では互換 BIOS は認められない。

アメリカでは、かなり厳密で複雑な手順を踏めば、互換 BIOS は法に触れないものとして認められる。



もっとも、実際に作成された互換 BIOS が法に触れるのかどうかは、裁判をしてみるまでわからない。

上に書いた「日本では認められない」というのは、そうした状況での類似判例があり、認められなかった、という結果だけの話だ。

同様に、アメリカで認められるというのも、類似判例で認められている、というだけだ。



BIOS を含むエミュレーターは、法的にはグレーゾーンに存在しているとみてもいいだろう。




エミュレーターに関する話はここまで。

書いているうちに思い出したので、ここからは少し別の話。



途中で書いた「商標権」なのだけど、権利の期間は 10年間で、更新することで無限に延長できる。

でも、「無限に」というのは強すぎる権利なので、他社が異議申し立てをして、商標権を消滅させてしまう方法がある。


一般的なのは、「その商標、最近使ってないでしょ?」と迫るやり方だ。

最近使っていない証拠を示してそれが認められれば、商標は消滅して誰でも自由に使えるようになる。



たとえば、「ファミコン」なんて名前は有名なので誰もが狙っている。

さらに、任天堂はスーパーファミコン以降、ファミコンと名の付くゲーム機は出していない。

そのままでは「商標使ってないんでしょ?」と言われやすい。


そこで、ゲームボーイアドバンスの時に古いゲームを復刻して「ファミコンミニ」シリーズとしたり、バーチャルコンソールでファミコンのゲームを遊べるようにしたり、公式エミュレータである「ミニファミコン」を発売したりして、商標を使っているところを示さないといけないんだ。


任天堂が昔のゲームを遊べるように努力し続けるのは、ファンサービスや古いユーザーの回帰を狙っているのもあるだろうけど、有名な商品名を他社に奪われないための、こうした法的な面もあるはず。



もう一つ、「それ一般的なものでしょ?」っていうのもある。

わざわざ作った特別なものなら商標にできるけど、一般的なものは商標にできない。


だから、Google 検索が普及し、「Googling」、日本語では「ググる」という言い回しが流行った時、グーグルはこの言い回しをやめるようにユーザーに頼んだ。

日常会話でも頻繁に使われるようになって「一般的な言葉」とされてしまうと、商標が無効になってしまうかもしれないからだ。


その後どういう判断があったか知らないが、Google はこれらの言い回しを禁じなくなった。



同様な例に、セガが SEGA ロゴで遊ぶのを禁じた例もある。

こちらは過去に書いたので、詳細はリンク先をどうぞ。



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別年同日の日記

02年 大長編

02年 ばかうけ?

02年 旅に出ます

04年 自転車壊れた

04年 風呂釜壊れた

05年 カワセミ

07年 水疱瘡

13年 TX-0完了

14年 MSX規格発表の日


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携帯電話コンテンツ  2018-06-13 11:52:47  その他

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急に昔ばなしなのだけど、僕は1999年に独立して個人会社を興し、フリーのプログラマを始めた。

最初は、当時流行していたので WEBページ作成サービスを始めるつもりだったし、実際いくつか作った。


でも、そうした中で「携帯電話用の WEBページ」の仕事を依頼された。

しかも、ゲーム関連の仕事経験者を求めていた。


i-mode 発売直前の話。

作ったコンテンツは、まだ数少なかった i-mode エンターテイメントコンテンツの中では、それなりに人気となった。




その後 i-mode はブームとなり、その仕事の際に知り合った人が、携帯電話向け専業で会社を興したいので参加しないかと誘ってきた。

僕自身の会社もあるので、社員になるのではなく「外注会社として参加する」形式をとらせてもらった。


i-mode は大ブームとなり、早々に大企業や著名人、有名コンテンツ(キャラクターなど)の使用が無くては入り込みにくくなっていた。

そこで、まだコンテンツが手薄だった AU(当時はまだ IDO) の EZweb 向けにターゲットを絞り、数本のコンテンツを作った。


何本かは大ヒットと呼んでも良いだろう、という程度に人気が出て、i-mode でもサービスを開始できた。

つまりは「有名コンテンツ」と認められたのだ。


DDI Poket …のちの Willcom や、Softbank でもサービスを開始できた。




日本で iPhone が発売されたのは、2008年のこと

もう10年前だ。


当時僕は W-Zero3 を使っていて、スマートフォンの限界を理解している…つもりだった。


当時の携帯電話向け WEB サービス、特に店舗などで使える「クーポン」を配布するようなものは、i-mode / EZweb / Softbank を IP アドレスで識別し、それ以外の環境ではアクセスできなかった。


携帯電話は、必ずキャリアの電波を利用してアクセスを行う。

この際、キャリアがインターネットプロバイダ(接続会社)の役割を果たすため、IPアドレスの範囲指定で携帯電話を認識できた。


しかし、スマホは WiFi接続もできるため、IP アドレス識別は使えなかった。

そもそも、W-Zero3 はキャリア電波を利用したとしても Willcom であり、「携帯大手三社」ではないため携帯電話と見なされないのが普通だった。



すでに携帯でのクーポン使用、席の予約などは当たり前の社会インフラになりつつあった。

これが使えないというのはとても不便で、スマートフォンは「携帯電話としては使い物にならない」ものだった。


さらに、当時の iPhone は PC を持っていることを前提に設計されていた。

なにかと「PC と接続して作業する」ことを求められる、パソコンのデータを持ち出して便利に使うための機械だった。


パソコンを持っていないけどメールをしたいから i-mode を使う、というユーザー層は結構多く、そういう人たちはスマートフォンに手を出せるものではなかった。


これらの理由から、iPhone も当初は「面白いガジェット」扱いで、使う場合でも i-mode などとの2台持ちをするのも普通だった。



だから、急には携帯電話コンテンツもなくならないだろう、と判断した。

既存コンテンツのほうでまだ行いたいこともあり、開発力の都合…事実上僕一人しかプログラマがいなかったので、スマホのコンテンツ開発に力を入れる余裕はなかった。


しかし、この判断は失敗だった。


iPhone をはじめとするスマートフォンは、確かにしばらく使い物にならない状態が続いていた。

しかし、2009年には docomo が、2010年には au も、android スマートフォンを発売。


もちろんすぐに普及はしなかったのだけど、先に書いた「クーポン」などの社会インフラも、急激にスマートフォンに対応し始める。

とりあえず、IP アドレス識別は無くなり、いわゆる「キャリアメール」以外のメールアドレスも使えるようになっていった。


iPhone 自体の使い勝手も改善され、PC なしでもそれほど問題なく使えるようになっていった。


この流れは、docomo が iPhone を発売した 2013年で完成したように思う。

社会インフラも、8割がた IP アドレス識別をやめ、スマートフォンに対応した。

もはや2台持ちなど必要なく、i-mode 時代のサービスは不要になったのだ。




もちろん、僕らの会社も 5年間何もしなかったわけではない。

携帯電話向けのコンテンツを、スマートフォンでも見やすいように、ユーザーインターフェイス改修などを行っていた。


それでもまだ、流れが読み切れていなかったんだ。


携帯電話コンテンツは、すべてキャリアが用意した「公式メニュー」の下に入っていた。

この公式メニュー入りというのが何よりも良い宣伝方法で、特に AU は、「人気順」になっていた。


初期のコンテンツが少ない頃に入り込んだ僕らのコンテンツは、人気で1位になった後、「1位だから」という理由で、特に宣伝をしないでも人気を維持できていた。



各キャリアは、スマートフォンでも同じように「公式メニュー」を展開した。

ユーザーインターフェイスの改修は、「スマホ向け」ということで公式メニューに掲載される条件だった。

これで、携帯コンテンツの時と同じような流れが維持できると考えたんだ。


しかし、キャリアの公式メニューなんて、ほとんどだれも使わなかった。

スマホで重要なのは、アプリストアだった。

たとえ内容が WEB アクセスするだけの専用ブラウザに過ぎなかったとしても、まだアプリが少ないうちにストアに並べたところが人気を独占した。




というわけで、5年前くらいを境に、急激に売り上げが下がった。


2013年ごろ、僕がこの WEB ページに急に力を入れていた時期がある。

あれは、減った収入を補うために WEB 広告でどの程度儲かるか見てみたかった、というのと、どこかほかの仕事を探すための技術的デモンストレーションの二つの意味があった。


でも、このページ内容のままでは大して広告収入は入らなかった。

本気で広告収入目指すなら、自分の趣味は抑えて、みんなが見たがっている情報…フェイクニュースでも何でも流さないとだめだ。



半年もすると生活費に困るくらい売り上げが落ちたので、決断した。

それまでは、皆で設立した会社の仕事を最優先で考えていたけど、優先順位を変えさせてもらおう。


フリーを辞めて、どこかの会社に就職するつもりだった。

そうなれば、もうそれ以外の仕事はできない。それでも生活を守る方が大切だ。



…が、妻に「せっかく会社を持っていて、家で働ける環境も整えているのに、就職するのももったいないよ」と諭された。

方法はいくらでもある。就職は最終手段だと考えて、在宅でできる仕事を探すことにした。



幸い、いい仕事が見つかった。今はそちらの仕事がメインになっている。

でも、最初から急に軸足を移したわけではなく、最初は以前からやっている携帯コンテンツ会社の仕事も半分くらいの比率でやっていた。




生活が成り立たないので、別の会社の仕事を受ける、ということはちゃんと会社メンバーに伝えた。

その時一緒に、赤字で続けるよりはコンテンツの終了も考慮したほうが良いのではないか、ということを、社長に対して進言した。


でも、最後の決断は社長に任せた。

社長は、もう1本、その時作りかけだったスマホコンテンツを作り上げてから決断しようと決めた。


これは、単に決断を先延ばしにしただけではなく、社長の身銭を切ってでも、僕らを雇い続けるという決断だった。

報酬はとても安く、実際働く時間に見合っていなかったのだけど、そこまで意思があるのであればと、続けることにした。



このコンテンツは、申し訳ないが完成に時間がかかった。

先に書いた通り僕しかプログラマがおらず、僕はほかの会社の仕事も同時進行していたためだ。


さらに、コンテンツの性質上、ひとりで iPhone 版 / Android 版 / WEB 版、そしてそれらと通信するサーバーを構築しなくてはならなかった。

WEB サービス構築は慣れているが、スマホアプリは不慣れであることも、なかなかプログラムが進まない理由だった。


とにかく時間も手も足りない。「とりあえず動く」ようになった時点で完成とした。これが1年ほど前。

そして、公開して1カ月くらい様子を見たが、売れる兆しは全くなかった。

完成度が低いのはわかっていたので、申し訳ないが自分でも売れないだろうとは思っていた。



でも、社長はもう少し別のこともやりたいと、手間がかからずにできそうなことをいくつか試した。

そして、前年度が終わるころ…今年の春になって、事業を縮小することを決断した。




携帯サービスは続いていたのだけど、契約者はすごく少なく、運用コストを考えると赤字を垂れ流していた。

各キャリアの公式サービスとなっている以上、これらを辞めるにしても急にやめるわけにはいかない。


書類手続きや、ユーザーへの告知などを粛々とこなし、最近になってやっと閉鎖できるようになったので、少しづつ閉鎖していった。


意外だったのは、すでにほとんどユーザーがいないと思っていたのに、そのわずかなユーザーには熱烈に支持されていたのだ、ということ。

閉鎖告知を出してから、初期のころから使っています、というユーザーからの「今までありがとうございました」というメールが次々と舞い込んだ。


毎日わずかな時間だけどコンテンツをチェックする習慣になっている、という人もいて、その人からは生活の一部を奪ってしまうことになり申し訳ない。

後継サービスはないのですか、という問い合わせも多かったのだけど、それもない。

申し訳ないが、他社の類似サービスを自分で探して使ってほしい。



そして、今日先ほど、最後の一つを停止させた。

これで自分が作ったキャリア公式サービスは、すべて終了となる。


すでに役目を終えたものだと思っているのだけど、少し寂しい気分もあり、こんな日記を書いている次第だ。




コンテンツは終了しても、残務整理がまだあるので、会社業務としてはまだしばらく続く。

また、会社を終了させてしまうつもりはない。


先に書いた「できの悪いスマホアプリ」は、まだしばらくサービスを残しておこう、ということになっている。

すでに売り上げを期待しているわけではなく、他の会社と何か共同でやる時に、名刺代わりくらいにはなるだろうという判断。



社長は、サーバー管理などがあるために就職することもできず、貯えを切り崩しながら生活していたそうだ。

(キャリア公式コンテンツでは、サーバー停止時に数時間以内の復旧が求められていた。万が一に備えるため、24時間常に待機していなくてはならない)


コンテンツ終了で生活基盤を整えられるようになるので、安定したらまた何かやりたいらしい。

別に喧嘩別れするわけではないので、その時にはまた協力したいと思っている。



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別年同日の日記

02年 アップデート完了

02年 サーバー完全復活

04年 夏至祭

07年 大人買い

17年 遅い Javascript を iframe に追い出す方法


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義母の葬儀  2018-05-17 18:06:55  その他

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妻の母、僕の義母が死去したので、家族で葬儀に参列してきた。


参列というか、一親等なので本来は喪主側だな。

でも、家が遠いし妻としては「結婚して家を出た」つもりでいるので、葬儀の段取りなどはすべて義父と義兄に任せた。

だから、ほとんど参列しただけ。




義母は、3年半前に倒れて以来、植物状態だった。


倒れた時は年末だったのだけど、危篤の報が入って妻がすぐに実家に向かった。

そのまま死去したら家族で葬儀に参列しないといけない、ということで、僕や子供たちも準備して待機した。


しかし、3日くらいたって「意識は戻らないが生命の危機は脱した」状態になった。

それ以来、いつ急に訃報が入っても大丈夫なように、バッグにまとめた葬儀の準備はそのままにして置いた。



そのまま3年半。


最初は、意識がないのは承知のうえで見舞いにも行ったし、残された義父が心配で時々実家に行ったりもした。

実際、義父は不摂生だったようで、知らない間に入院したりもしていたようだ。


しかし、3年半もたつと、義母がいない状態で暮らしも成り立つようになる。

いなくなるその日に向けて、ゆっくりと覚悟が進んだともいえる。



そして1カ月ほど前、再び「危篤」の報。

その後、危機を脱したと連絡があったまま、何の連絡もなくなった。


もしかしたら、すでに死んで混乱のまま、こちらに連絡が来ていないのかもしれない。

問い合わせないといけないな…と思っていたところ、1週間ほど前に、再び「危篤」の報。


そして、そのまま死去の連絡がきた。




こちらは遠く離れていて詳細がわからないので、葬儀の段取りなどは全部任せることにした。

半日ほどたち、段取りが決まったので葬儀の日時と場所が送られてきた。


それからホテルを取ろうとするも、最寄り駅の駅前はビジネスホテルしかない。

家族5人で泊まろうにも、ビジネスホテルは「ツインルーム」が最大人数であることが多く、どうしても子供一人の部屋が生じてしまう。


車で30分ほど離れた別の駅に、大きめのビジネスホテルがあり、トリプルルームとツインルームを隣部屋でとることができた。

通夜・葬儀でホテルと葬儀場を往復することになるので、30分は少し遠い。しかし、他に選択肢はなかったので仕方がない。


距離的には30分…と考えていたのだが、実際には途中に渋滞しやすいポイントがあり、移動は毎回45分ほどかかった。




通夜の日(14日・月曜日)は、自宅で朝の家事を終わらせてから出発。

遊びに行く時のような朝6時出発の必要はない。


車で移動が2時間ほど。暇だろうから、子供たちにはゲーム・タブレットでのビデオ鑑賞を許可する。


家族旅行の際には、基本的にそういうのは許可しないのね。移動時間も含めて楽しい家族旅行だから。

でも、今回はそうではない。子供は面白くもない葬儀に強制参加させられるだけだ。


ちなみに、先に書いたように義母は3年半前に倒れている。

その前に子供たちと何度かあったことはあるのだけど、特に一番下の子は保育園の頃にちょっとあっただけで、ほぼ記憶がない。

長男でも、少し覚えている程度で、特に思い出などがあるわけではない。


でも、二親等だから葬儀には参加するものだ。

強制参加とはそういう意味。



午後3時ごろ、一端ホテルにチェックインし、少し落ち着いてから着替え。

その後葬儀場へ向かう。


おそらく、家族は2時間前集合だと思う。

でも、通常の参列時刻しか聞いていなかった。

せめて1時間前につこう、と思っていたのだが、渋滞に巻き込まれたりして、到着は30分前だった。




先に書いたが、入院が長かったので義父・義兄は覚悟できていたようだった。

特に死去に対するショックがあるわけでもなく、淡々としている。


妻の記憶では、妻の祖母が亡くなった時は義父・義兄とも「死」というものに対するショックで、泣きじゃくっていたそうだ。

同じような状態だったらどうしよう、と妻は心配していたのだが、それは杞憂だった。


通夜は40分ほど。

小学校3年生の次女には退屈で仕方がないようだったが、よく耐えてくれた。

中学2年の長男はちゃんと座っていたが、やっぱ「疲れた」らしい。


通夜の後は、会食。

義父は小さな会社を経営しているため、親戚よりも仕事関係者が多い。

特に会話するようなこともないのだが、幸いうちは家族だけで5人もいるわけで、1テーブル専有できた。


食事は美味しかったが、仕事関係の人の多くが食事に手をつけずに帰ってしまう。

「残すのもったいない」と子供たちは食べていたが、そんなに食べれるわけもない。無理。



一端ホテルに戻る。




翌朝、ホテルの朝ご飯はバイキング形式だった。


前日夜は食べ過ぎたので「おいしそうだけど食べられない」と子供たちは言いつつ、かなり食べた。

だって、美味しそうだったから。


特に急がないので、10時チェックアウトでまた葬儀場へ向かう。



11時45分から、葬儀が40分ほど。

さらに、続けて繰り上げ初七日法要を行ったので、これが30分ほど。長丁場。


実は長男、葬儀の直前の土曜日が体育祭で、実行委員もやっていたために疲れていた。

余りに長丁場で、座ったまま寝ている。かわいそうだが、時々起こして寝崩れないようにしないといけない。


葬儀後は、バスで1時間ほどかけて火葬場へ移動。

長男だけでなく、子供たちはみな寝た。


火葬の開始はすぐで、その後待ち時間の1時間ほどをかけて、昼飯を兼ねた会食。



…これが苦痛だった。

前日の通夜と違い、テーブルが一つながりだった。


親族なので義父・義兄の近くに座るが、義父は少し離れた仕事の付き合いの人と話をしたりしていて、落ち着いて食べられない。

当たり前だが大人向けの仕出し弁当で、下の子二人には量が多すぎた。好きなものだけ食べさせ、残させる。



収骨。

下の子二人は、骨を見るのが怖いようだったので、部屋の片隅で待機。

長男は参加した。


長期入院のせいか、骨はもろくなっていた。

ただ、なぜか大腿骨は立派。


立派だと骨壺に入らないので、職員が折り潰すのだけど。



この後、再びバスで葬儀場に戻り、散会。

この時点ですでに午後4時くらいだったかな。


もうみんな疲れていたので、帰りはまっすぐ家に帰った。

帰り着いたの、夜7時前だったかな。


疲れと食べ過ぎで夕ご飯は食べる気がしなかった。


冷蔵庫にあったもので、冷ややっことサラダを作ってそれだけ食べた。



…長男と長女はこの後すぐ寝たのだけど、次女だけ「お腹空いて寝られない」と起きてきて、僕と一緒に少しパンを食べた。



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バーベキュー  2018-05-07 15:29:34  その他

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G.W. 中のイベントをもう一つ。


結局家にいたわけなのだけど、5日(こどもの日)に庭でバーベキューをやった。


次女が冬の間から「バーベキューやりたい」と言っていた。

いつもなら、草の枯れた庭を整理し、枯れ草を焼却するのを兼ねて、ソーセージとか焼いたりするから。


でも、今年の冬は寒さが厳しく、出る気がしなかったのでやらなかった。

春になってから慌てて庭を整えているが、ついでにバーベキューもやろう、とは考えていた。


でも、前半は何となくそういう雰囲気にならずに過ぎた。

後半にやろうと思っていたら、3日は注意報が出るほどの強風。火を扱うべきではない。


4日もまだ風が強く、注意報は残っていた。

これは、バーベキューをあきらめて家の中で焼き肉パーティでもするか…と思いながら、この日も何もせず。


5日。まだ風があったが、かなり弱くなった。

海沿いの地域ではまだ注意報が残っていたが、我が家は海沿いではない。




というわけで、5日の昼頃、庭に焚き火台を出して炭を熾す。

…どうも炭熾しは苦手だ。ボーイスカウトでは焚き木を使っていたが、炭は木よりも燃えにくい。

1度失敗し、2度目でやっと火が熾った。


妻は家の中で子供の小遣い帳を1年分処理していた。

先に書いたが、アイロンビーズ遊びをするのにも従量制で使った分だけ課金することにしたため、正確な小遣いを把握したかったため。


いつもは炭熾しは妻がやるんだよね。妻のほうがこういうの上手。

12時から初めて、やっと安定して何か焼けそうになったのは1時半ごろ。


そのままフランクフルトを焼いていたのだけど、太いし豚肉なので中まで火が通るのに時間がかかる。

というか、表面いい感じなので食べてみたら生だったので、追加で焼いていた。


というわけで、昼ご飯の準備が整ったのが2時ごろ。

妻もやっと小遣い帳がつけ終わったと出てきたので、ビールなども用意して食べ始める。



…フランクフルト、2本食べたら大人でも腹いっぱいになるボリュームだった。

次女は2本目を少しかじっただけで「もう食べれない」と言っている。


じゃぁ、かじる前に他の人に譲ってほしい。

次女のこういう部分はずっと前から変わらない。




3時だったので、マシュマロを持ってきて焼く。


「焼きおにぎり食べたい」というリクエストが出たので、家に入っておにぎりを作る。

すこし表面を乾かしたほうが焼きやすいので、これはしばらく放置。


そういえば、リンゴが1個だけ残っていて、家族で分けにくいから置いといたら痛みはじめていた。

傷んだ部分を切り落とし、細かくする。焼きリンゴにすれば旨い。

おにぎりと一緒に外にもって出る。



すると、妻も家に入り、しばらくして何か作って持ってきた。アルミホイルの小さな包み。

ホットケーキミックスで、ホイルケーキを作ってみたのだった。




十分腹は膨れたので、庭の雑草抜きとか始める。

バーベキューっていうのはつまり、庭にみんなが何となく集まるための仕掛けなのだ。


長女は雑草抜きも良く手伝ってくれる。一方で次女は嫌がる。

でも、火があれば嫌がる次女も庭にいる。それだけでいい。


まだおにぎりもホイルケーキも焼き途中で、次女にはそれを見てもらっておいた。



雑草抜きって、一人で黙々やっていると疲れる。

手伝ってくれる人がいればいいし、手伝ってくれないでも傍で話し相手になってくれればいい。




いろいろ焼けたら火の回りに集まって皆で食べ、食べ終わったらまた雑草抜き。

だらだらと時間を過ごしながら、日没で暗くなったので終わりにした。


だらだら食べていたので皆満腹。夕食はなしにして、寝るまでの時間をゲームなどやって過ごした。

バーベキューはやったけど、特別ではない普通の日だった。



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おわび  2018-04-22 18:20:37  その他

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昨日から、当 WEB ページが見られなくなっていたようです。



昨日朝、キッザニアのオープン前に、並んでいる間にスマホでアクセスして気付いたのですけどね。

DB サーバーが停止したようだ、とわかったけど、どうしようもないからほっといた。


家に帰ってすぐ、DB だけ再起動しました。

これで安定して見られるようになった。


…と思っていたのですが、不安定だったらしい。

今日の昼過ぎになって、再び止まっていることに気付きました。


サーバーマシン(バーチャル)ごと再起動したら、今度こそ安定したようです。


…安定したと思います。しばらくして落ちていたらごめんなさい。

(その時にはこの文面も読めないと思うけど)




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