世界初の○○って結局どれなの?

このWEBサイトでは、「世界初のコンピューター」や「世界初のテレビゲーム」を扱ってきているのですが、どれが最初、というのは発言者の恣意的な部分も多く、胸先三寸と言わざるを得ません。


そこで、今回はそれぞれの「世界初」がなぜそう主張しているのか、解説してみようかと思います。


ゲーム編(本稿)

MML(音楽演奏言語)編

NOP(機械語命令)編


ゲーム編

まずは、興味を持つ人が多いと思う、ゲームから。

最初に、「世界初」と呼ばれている候補を挙げておきましょう。…つまり、目次です(笑)

右図は相関関係ね。詳しくは最後にもう一度解説。


チャールズ・バベジのチェスマシン構想(19世紀)

ブラウン管娯楽装置(1947)

Bouncing Ball(1950)

OXO(1952)

Tennis for Two (1958)

Tic-Tac-Toe(1959)

迷路のねずみ(1959)

SPACE WAR!(1962)

BROWN BOX(1968)

COMPUTER SPACE(1971)

ODYSSEY(1972)

PONG(1972)

言葉を見直す

世界初テレビゲームコンピューターゲームゲーム

まとめ

歴史の流れとゲーム同士の関係

…えーと、他にもあるかもしれないけど、多分これくらい。目次を兼ねるので最後のほうは無視してね。

示したものは、全部「世界初の」ゲームです。世界初がこんなにたくさんある。


年代が一番古いものが最初に決まってるって? そんなことはないのが話がややこしいところ。

これら全部、世界初と認めても良い根拠があるのです。


チャールズ・バベジのチェスマシン構想(19世紀)

まずは、バベジのチェスマシン構想から。


誰が見てもわかる通り、「テレビ」ゲームではありませんし、構想だけで完成していません。

それでも、ゲームの元祖の話になるとこの話は大抵顔を出します。それだけの理由があるのです。


バベジは、コンピューターの元祖だと言われている「解析機関」を作っていますが、彼自身非常に高名な学者でした。


ある時、バベジはケンペレンのチェス人形を見ます。

彼は学者としての推察から、この人形は人間が操っていて、機械が考えている「ふりをしている」だけだと見破ります。

しかし、実際にどのようにやっているかのトリックは見破れませんでした。


ケンペレンはバベジより前の時代の人ですが、この人形は見世物として非常に人気で、50年以上仕掛けを見破られずに興行を続けたそうです。
ちなみに、最初から「見世物」なので、インチキだからと言って詐欺だというわけではありません。

バベジは、チェスは論理的なゲームなので、解析機関を使えば実際にチェスをする装置が作れるかもしれない、と考え始めます。

しかし、実際に方法の仔細を考え始めたところで、チェスは組み合わせが膨大過ぎてとても扱えないことに気づきます。


そこで、もっと単純な「三目ならべ」を作ろうとしますが、これも途中で頓挫したままになります。


…これだけなら「結局何も作らなかった」で話は終わりなのですが、この後書くように、初期のテレビゲームは人工知能研究と密接な関係があるのです。


バベジは、人工知能の可能性を示した、と言う点でテレビゲームに影響を与えています。


もっと知りたい!

Classic 8-bit/16-bit Topics

上記リンクより5日分のブログ。非常に参考になります。

特に、今回は話を簡略化するために書かなかった、バベジの研究を受け継いだゲーム機械について詳しく書かれています。

Nimtron(1938)、Nimrod(1951)、チューリングのチェスプログラム(1953)の話など、「テレビゲーム以前のコンピューターゲーム」を知りたい方は是非お読みください。


ブラウン管娯楽装置(1947)

テレビゲーム特許テレビゲームの定義はあいまいですが、「テレビのようなもの」を使用した「ゲーム」の意味であれば、1947年にアメリカで特許出願された装置が一番古いだろう、と言われています。


US. Pat. 2,455,992 のこの特許、名称は「CATHODE-RAY TUBE AMUSEMENT DEVICE」です。

翻訳すればブラウン管娯楽装置、とでもなるでしょうか。


CATHODE-RAY TUBE とは CRT 、つまりブラウン管のこと。ブラウン管使用の「人を楽しませるための装置」というのが正確なニュアンス。つまりは、テレビゲームです。


さて、この特許は当時の「アナログコンピューター」の応用として成り立っています。

この後の説明でも、アナログコンピューターの理解が必要な個所がありますので、簡単に説明しておきましょう。




アナログコンピューターは、通常はなにか特定の目的をもって作られています。コンピューターと言っても、どんな計算でもできる…と言うわけではありません。

第2次世界大戦時には、弾道計算用のアナログコンピューターが沢山作られました。


電気式のアナログコンピューターでは、電圧で数値を表現します。オペアンプ、という非常に基本的な回路構成により、微分・積分・加算・減算などの計算を行うことができます。

正確な計算結果を読み取るには、コンピューターに取り付けられた電圧計を使います。

しかし、オシロスコープを使用すると、正確な値はわかりませんが、2つの値を縦軸・横軸にしてグラフを描くことができました。


弾道計算であれば、砲弾が放物線を描いて飛んでいくさまを「見る」ことができます。

これは入力した条件などが妥当かを確認するのに便利だったため、アナログコンピューターとオシロスコープの組み合わせはよく使われました。


ところで、コンピューターと計算機の最大の違いは、繰り返し計算が自動化できるかどうかです。繰り返しの自動化は「繰り返しができる」こととは異なります。

繰り返し続けていては、いつまでたっても結果が出ません。繰り返しには、終了条件が必要なのです。弾道計算の場合、高さが0になった場合…つまり、地面に着弾した場合が終了条件でした。しかし、アナログコンピューターではこの条件も変更することができました。




さて、話を特許に戻しましょう。

1947年に取得されているゲーム特許は、アナログコンピューターを使用したものです。


というより、「弾道計算用のアナログ計算機で遊んでみたら面白かったぜ!」というような内容。機械としては既存のものでも、その新しい使い方は十分特許になりえます。

基本的なアイディアは2つです。


・ターゲットを表示する。

 地上に「敵司令部」のような建物を表示してもいいですし、空中に「飛行機」を表示してもいいです。

・地上に落ちた時だけでなく、ターゲットと重なった時も弾道計算の終了条件とする。


これだけで、アナログコンピューターがゲーム機に早変わり!


テレビゲーム特許特許請求書面に付属の図解。ゲームの操作パネルを表現している。

丸い部分がオシロスコープで、75 と書かれた部分が「ミサイル発射台」。
スイッチ(5a)を押すと、他のコントロールつまみで設定された発射角などに従い、77 の線で示されたように、光点が放物線を描いて飛んでいく。
76 で示される「敵」に当てることができれば、攻撃成功。


特許では、ターゲットに当たったら爆発パターンを表示する(オシロスコープのフォーカスを変化させ、光点をぼかせてターゲットが爆発する様子を表現)とか、オーバーレイシートを重ねて背景を表示するようなアイディアも含まれています。


「オーバーレイシート」とは、薄い透明シートに絵が描いてあるもの。これをブラウン管に重ねれば、寂しい画面に背景が付きます。

このアイディアは、1980年前後のゲーム機(ODYSSEYや光速船)でも使用されています。たとえば、オシロスコープの目盛りを交換できたり、当時は普通にオーバーレイのアイディアがあったのかな…とも思うのですが、この部分は調べてもわかりませんでした。


ところで、これは特許書類であり、ゲームの説明書ではありません。ですから、ゲームの内容は、実際にはよくわかりません。そもそも、特許提出はアイディアだけでもできます。本当に作る必要すらありません。

つまり、このテレビゲームが実在したかもわかりません。特許として認められていたとしても、実在しなければ「世界初のテレビゲーム」とは言えないでしょう。


僕個人の見解としては、実際に作られたのではないかと考えています。

後で書きますが、やはりアナログコンピューターとオシロスコープで作られた「Tennis for Two」の作者も、それ以前からアナログコンピューターでゲームを作っていた技術者はいた、と言うことを証言しています。


弾道計算は、パラメータを少しづつ変えては弾道をシミュレーションし、着弾点を調べる、という作業です。

大体3000通りくらいを試して表にしないといけない、大変な仕事です。


特許のゲームは、この発想を逆にし、「特定地点に落とすパラメータを探す」というだけです。れだけなら、実際作る…どころか、弾道計算機であれば、すぐにでも遊ぶことができます。

この単純さが、本当に作られたのではないかと思う根拠です。


そして、これはおそらく面白いゲームだっただろうと想像します。

なぜ弾道計算が必要かと言えば、放物線を描く砲弾の「着弾地点」が予想しづらい、複雑なものだからです。

その一方で、放物線とは「ただものを投げただけ」です。複雑すぎない単純さもあります。

結果として、放物線を描く砲弾でターゲットを狙うというゲームは、それだけで面白いことが多いのです。


8bit 時代には「とりでの攻防」と呼ばれるタイプのゲームがありました。

ランダムに作られた「地形」の上に、離れて置かれた「基地」が2つ。お互いに、放物線を描く砲弾を発射して、先に相手を破壊した方が勝ちです。


現代も、アングリーバードは同様のゲームシステムです。

放物線を描くものを使ってターゲットを狙う。これは、ただそれだけで面白いシステムなのです。


ただし、当時のアナログコンピューターは非常に高価なもので、作られたとしても一般に公開されることはなかったように思います。


事実、この特許が有名になったのは、テレビゲームが普及してからです。


もっと知りたい!

CATHODE-RAY TUBE AMUSEMENT DEVICE

Google 特許検索の、上記該当特許。英語の全文が読めます。

余談だけど、このページの調査のために最初に訪れた時は紙をスキャンした PDF しかなかったのに、詳細を調べるために何度も調べていたら OCR されました。

…Google スゲーな。よく見られる奴は順次 OCR して、参照しやすいようにしているのだと思う。


砦の攻防

スマホ用 Javascript プログラム。PC のブラウザでも動作する。2人対戦専用。

リンク先は解説ページで、「ゲームはこちらから試していただけます」のリンク先で遊べます。


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(ページ作成 2013-09-01)
(最終更新 2013-09-02)

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