PB-100ロゴ

携帯可能な
コンピューター

最近はノート型やサブノートサイズの小さなコンピューターがかなり発売されています。これらの高性能で小さなコンピューターは最近の技術の進歩で実現できるようになったわけですが、携帯可能なコンピューターが欲しい、という欲求は、マニアの間ではかなり初期からあったようです。

PB-100写真  今回紹介するCASIOのPB-100は、携帯可能パソコン・・・ポケットコンピューターとしてはかなり初期に発売されたものです。正確なことは知らないのですが、おそらくこのPB-100か、SHARPのPC-1211かのどちらかが、最初のポケコンだと思います。

目次

プログラム電卓からポケコンへ

PB-100のBASIC PB-100のハードウェア

PB-100の時代


プログラム電卓からポケコンへ

その昔、プログラム電卓というものがありました。これは関数電卓の性能を高めたもので、関数を組み合わせて新しい関数を作成したり、数値演算によって複雑な式の解の近似値を求めたりすることが出来ました。

プログラム電卓は複雑な計算を必要とする人にはかなり重宝するもので、多くのメーカーから発売されていたようですが、いくつかの問題点があり、それが普及を妨げていたようです

問題点の最たるものは、機種毎にプログラムの作り方が違うことです。初期のポケコン、とくにCASIOのPBシリーズは、プログラム電卓のプログラム部分をBASICで行えるようにしよう、という意図が見て取れます。おそらく、最初から「携帯できるコンピューター」として開発が始まったわけではなく、「BASICが使える電卓」という位置付けだったのでしょう。


PB-100のベーシック

PB-100のBASICはタイニーベーシックの流れを汲み、数値演算を強化したものとなっていました。


タイニーベーシックは「ピープルズ・コンピューター・カンパニー」(PCC)誌の呼びかけでワンボードマイコン用に開発が開始された言語で、後に「ドクター・ドブズ・ジャーナル」(DDJ)誌に発表の場が引き継がれました。ユーザー主導で競うように開発が勧められ、機能が拡張されていましたが、主な特徴は以下のようなものです。

・演算は8bitか16bitの整数のみを対象とする
・変数はA〜Zの26種類のみ
・乱数機能を用意する(使用目的の中心がゲームであるため)
・7つの命令(INPUT,PRINT,LET,GOTO,IF,GOSUB,RETURN)を用意する
・文字列はPRINT命令中で使えればよい

 今では巨大メーカーとなったMicroSoft社も、最初は「高性能なタイニーベーシックを作る会社」として知られていったというのは、今では有名な逸話となっています。

PB-100では、変数名はA〜Zの26種類のみで、後ろに$をつけると文字列を扱えるようになっていました。ただし、文字列長は7文字までで、数値と文字列で同じ名前の変数は使えません。

配列としては連続した変数領域を利用できます。具体的にはA(0)とAは同じ変数で、以下A(1)とB、A(2)とC、A(3)とD・・・は同じ変数となります。

このほか、特殊な変数としてRAN#は乱数を取り出せますし、KEYは押されているキーの文字が取り出せました。また、文字列専用に$という変数が用意され、ここには30文字までの文字列を格納できました。

数値演算は浮動小数点も使用でき、三角関数をはじめとする浮動小数関数が用意されています。角度を引き数にとる関数のために、3つの角度モード(DEGREE,RADIAN,GRAD)が用意されています。

命令はタイニーベーシック必須の7種類はもちろん、FOR〜NEXTも使用できるようになっていました。また、ジャンプ命令(GOTO, GOSUB, RETURN, THEN)では行番号に計算式を使うこともでき、条件による複数分岐を簡単に作れるようになっていました。

以上がPB-100のベーシックの基本的なスペックですが、PB-100はこのほかに2つの面白い特徴をもっています。


1つめはかなりプログラム電卓を意識したプログラム構造です。

PB-100のキャラクタセットにはΩμΣなどの工学・数学記号のほかに、×÷≠≦≧などの数学記号が用意されていました。このうち≠≦≧についてはプログラム中で使用可能で、IF命令中で数値の比較をする際に、従来のベーシックよりも(数学者にとっては)わかりやすい表記を可能としていました。

また、PB-100の少ないメモリを有効に利用するためか、いくつかの略記が可能とされています。たとえば演算順位を示す括弧は、閉じないままに命令を終了すると、最後に括弧閉じがあるものとして扱われます。また、IF命令に対応するTHEN命令はセミコロン(;)で代用可能でした。

PB-100の文字キー PB-100のキーボード(部分)。
個々のキーは規則正しく並び、タイプライターのようにずれてはいない。
 キーの上に書いてある命令は、SHIFTキーに続けてキーを打つと入力できる。
 キーの下に書いてある記号類を入力するのはもうすこしややこしく、MODEキーの後にピリオド(.)を入力することでEXTモードに入り、ここでSHIFTに続けて打鍵する。EXTモードにおいて普通に入力するとアルファベットの小文字が入力できたが、これは表示用の文字で、プログラムの命令は大文字で入力しないといけなかった。

2つ目の特徴は、型番にも名前を示す「プログラムバンク」機能です。

PB-100には0〜9の10箇所のプログラム領域があり、領域毎に独立したプログラムを作成できました。

行番号を指定するジャンプ命令(GOTO,GOSUB,RETURN,THEN)では行番号だけでなくプログラムバンクを指定することもできます。変数空間はどの領域でも共通ですので、変数の管理さえしっかりしていればプログラムをブラックボックス化することが可能でした。

PB-100ではプログラム作成モードと実行モードは切り替えて使用するようになっています。プログラムバンクの概念はどちらのモードでも重要なものなので、それぞれのモードに切り替えたときにはバンクの情報が表示されます。


具体的には、作成モードでは

PB-100プログラムバンク表示例

のような形でプログラムの入っているバンク(下線)、現在編集対象としているバンク(点滅)を示し、実行モードでは

PB-100入力プロンプト

のように現在実行対象としているバンクを示しました。


PB-100のハードウェア

PB-100のハードウェアについても言及せねばならないでしょう。

これまでに挙げたように、PB-100のベーシックにはプログラムバンク機能という、大きなプログラムを作成する際の手助けとなる機能が用意されていました。にもかかわらず、PB-100のメモリはとても小さなもので、プログラムバンク機能が使われることはまれだったと言わざるを得ません。

PB-100のメモリは544ステップしかありませんでした。これは純粋にプログラムメモリの大きさであり、変数領域はあらかじめ確保されていて固定なので、ぎりぎりまでプログラムを組んでもちゃんと実行することができます。ステップ数は別売りのメモリーパックで1500余りまで増やすことができましたが、後継機のPB-110では最初から最大メモリが実装されていました。

1ステップが何バイトに当たるかは明らかにされていませんが、使用ステップ数はベーシックの行番号が3ステップ、命令1つが1ステップ、文字、数値などのパラメーターが1文字1ステップ、というところです。これを見る限りでは、おそらく1バイト=1ステップなのでしょう。

表示領域は液晶で12文字分あり、その上に残りステップ数を示す4桁のデジタル表示(最上位は1しか表示できない)、角度モードを示す3つのインジケーター、プログラム作成/実行を示す2つのインジケーター、プリンタ出力状態を示す1つのインジケーターがあります。

PB-100の液晶表示  なにもプログラムが入っていない状態での、プログラム入力画面。液晶左上のインジケーターが「WRT DEG」となっているが、WRTはプログラム入力モードを、DEGはDEGREE角度モードを意味する。プログラムは入っていないのでステップ数は544残っている。実際には現在のプログラムバンクが点滅しているが、写真なのでわからない。

文字1文字は横5ドット×縦7ドットで構成されています。キャラクタフォントは固定されていて、それ以外の絵を表示する方法はありません。

本体上部には12ピンのコネクタがあり、プリンタ・カセットインターフェイスを接続できました。

PB-100本体は水銀電池2個、6Vで動作していました。現在でも同じ大きさのリチウム電池があるため、動作可能です(今回の記事を書くために確認)。

CPUなどについては、残念ながら資料がないためによくわかりません。もっとも、わかったところでPB-100ではCPUを直接駆動する命令がないために、ユーザーにとってはあまり問題ではないのかもしれません。


PB-100の時代

私がPB-100を手にしたのは、中学3年のとき(1986年)、友人から1500円で買ったものでした。小さなPB-100では勉強の合間にこっそりプログラムを作っていても親にばれないので重宝したのを覚えています。

PB-100は値段が安いこともあり、パソコンを買えない、当時「ナイコン族」と呼ばれた人々に強く支持されることになります。

PB-100自体はすぐに時代遅れになってしまうわけですが、すでに普及していたことや後継機のPB-100Fも安く手に入ったことから、根強いファンを残すこととなります。当時のプログラム発表の場として確固とした地位をもっていた「マイコンベーシックマガジン」でも、毎月コンスタントに2本のプログラムが掲載され、80年代の終わり頃まで活躍を続けています。


当時のPB-100ファンとしては、映画「ゴーストバスターズ」にPB-100が登場していた、という話題を逃すわけにはいかないでしょう。
 ゴーストバスターズ3人組みのうち、機械の制作を担当していた人間の衣装の胸のところにポケットコンピューターがついています。あれがPB-100Fだというのはマニアの間ではかなり有名になった話です。

PB-100は、シリーズとしてPB-200,PB-300,PB-400,PB-500,PB-700,・・・など、結構たくさん出ていたようです(調べていて今はじめて知った (^^;)。

この型番の間にも、PB-110やPB-550というようなマイナーチェンジがありますから、機種の数はかなりのものです。また、姉妹機種としてFXシリーズというのも発売されており、こちらは計算機能をさらに高めたものとなっていたようです。

最終的にPB-1000でPBシリーズは完結することになるのですが、このPB-1000はグラフィックも使え、フロッピーディスクも接続可能という、かなり重装備なポケコンだったようです。

このように十分なユーザー層を獲得し、後継機種も多かったPBシリーズですが、PB-100以降には大きなヒット機種もでず、機種は多いものの情報は少ないこともあって徐々にユーザー離れが進みます。

離れたユーザーはパソコンを購入するか、不完全ながらもグラフィックを扱えるSHARPのPC-1245に流れていったようです。カシオのポケコンシリーズ自体はこの後も続くのですが、結局現在に至るまでSHARP優勢、そのままポケコンの市場は縮小傾向になっています。

(ページ作成 1996-11-04)
(最終更新 1999-03-31)

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