最後にして最高のポケコン
シャープのPC-E500は、事実上最後のポケコンだと言って差し支えないと思います。 実際にはこの後に後継機も出ていますし、カシオからもAI-1000が発売されていますが、後継機は基本的なアーキテクチャの面で変更はありませんし、カシオのポケコンはそれほど普及していません。 |
今回から数回にわたり、この「最後にして最高の」、PC-E500を紹介いたしましょう。
PC-E500 総合目次
第1回 最後にして最高のポケコン
第2回 PC-E500のCPU
他のCPUに似ている部分 レジスタ構造 アドレッシングモード
PC-E500の基本性能
前回取り上げたPB-100から、今回のPC-E500までのあいだには、数多くのポケコンが発売されています。この間にポケコンは徐々に高性能に、そして大きくなり、PC-E500ではポケットにいれるのが苦になる大きさまで来ています。
PB-100(上)とPC-E500(下)大きさの比較。一回り大きいことがわかる。実際の寸法はPB-100の162×70×10に対してPC-E500は200×100×14となっている。数値で見るとわずかな差だが持ち歩くことを考えるとかなりの違いである。 |
それでも、上着の内ポケットに、着崩れを気にしなければ入る大きさではあります。PC-E500はこの大きさのなかにMSX程度の能力は詰め込んでいるのです。
具体的なスペックを見て行きましょう。
まず、一番性能がわかりやすい表示部分の性能は、240×32ドットの液晶で、2階調表示となっています。初期のポケコンのように文字毎に液晶が途切れることはなく、完全なドットマトリクスを形成しているため、グラフィックの表示が可能です。
この液晶部に、6×8のフォントでカタカナを含むANK文字を表示できます。よって、文字表示性能は40文字×4行となります。
入力部分、キーボードにはゴム製の、いわゆる消しゴムキーボードが使用されていました。キー配列はタイプライター配列ですが、パソコンキーボードのような数字・記号部分はありません(本当のタイプライターですね)。キーボードの上にはファンクションキーが5つつけられています。
E500のキーボード。タイプライターのような段違い配列になっている。上にはPF(プログラマブルファンクション)キーが並ぶ。SPACEのとなりにカナキーがあることにも注目。ポケコンでかなが使えるのは珍しい(漢字が使えるものもあるにはあるが)。 |
数字入力部分はキーボードの横に独立してあるわけですが、このキーはポケコンの伝統で、一回り大きくなっています。高級電卓としてのポケコンを意識してのことでしょう。
PC-E500にはさらに高級電卓を思わせるキーがあります。それがテンキーの上に位置する、関数キーです。これらのキーはPC-E500を関数電卓モードで使用するときに威力を発揮しますが、BASIC使用時にはキーを押すと、BASICの関数名が入力されました。
関数キー部分。三角関数や指数関数、対数などと一緒に、写真には写っていないが16進変換や60進変換も並ぶ。個人的な事を言わせてもらえば、2進変換や8進変換も欲しかった。 |
PC-E500にはさらに2つの外部入出力ポートがあります。これらは単純にコネクタの数で「11ピンポート」「15ピンポート」と呼ばれていましたが、11ピンのほうは過去のポケコン用ハードウェア(カセットインターフェイス、プリンタインターフェイス、フロッピードライブ)を接続するもので、15ピンのほうはRS-232Cシリアルインターフェイスでした。ただし、RS-232Cとして使うには電圧が不足するため、レベルコンバータを用意する必要がありましたが。
CPUにはオリジナル(?)の8bitCPU、62015を使用しています。このCPUの設計思想は6502とZ80と68000をミックスしたような感じですが、8bitのくせにメモリ空間が1Mバイトもあり、それに従いアドレスを示すレジスタも20bitという半端な大きさを用意しているのが最大の特徴でしょう。
ポートのコネクタの形などは変わりましたし、後継機ではCPU も改良されましたが、いまでも基本的なアーキテクチャはPC-E500 と変わっていません。
上に書いてあるのは、当然記事が書かれた96年当時の話です。ここで書いた「ザウルス」は PI シリーズで、その後 MI シリーズでは CPU は SH になり、SL シリーズでは XScale(ARM互換)になっています。
内部には、32KバイトのRAMと、128KバイトのROMを搭載しています。RAMは増設可能で、後継機のPC-E550では最初から64Kを搭載していました。
また、ROMにはBASICインタープリタの他に、エンジニアソフトウェア、ファイルコントロールシステム(DOSに相当するもの)、IOCS(InputOutputControlSystem:BIOSと同じような意味)、デバイスドライバを備え、単に8bitのコンピューターとして見た場合にも充実したものとなっています。
エンジニアソフトウェアというのはBASICで書かれたアプリケーションプログラム集で、数学、科学、工学、統計の4分野の、定数・公式・データのデータベース、演算のプログラム、合計で1101ものプログラムを内蔵していました。これらはツリー構造のメニューで呼び出されるようになっており、自分で作成したBASICプログラムも、ツリーの任意の位置に登録可能となっていました。また逆に、ROMのBASICプログラムをRAMに読み込んで修正を加えることも可能でした。
PC-E500のファミリー
詳しい話は次回以降にまわすとして、PC-E500シリーズのファミリー構成についてお話ししましょう。
PC-E500には、同等の性能をもつファミリーが存在します。このことがPC-E500が「ポケコンの決定版」として普及した理由の一端となっています。
まず、通常のPC-E500。色は濃い鼠色です。
そして、何度も話しに上っている後継機、PC-E550。変更点は内蔵RAMの増加です。色は白で、一目で違いがわかるようになっています。
次に珍品、PC-E500PJ。これは「ポケコンジャーナル」というポケコン専門誌との共同企画で作られた限定版で、色が鮮やかな青であること、購入時のRAMにPJ誌に掲載されて好評を博したゲームが書き込まれていること、の2点を除いてはPC-E500とまったく同じ性能です。
友人に買った人間がいましたが、ゲームが「RAMに」書き込まれている事を知らずに、いきなり別のプログラムを入力してゲームを消してしまうという悲劇を演じていました。
また、SHARPからのOEM供給で大学生協(UNIV.CO-OP)ブランドで発売されていた、PC-1480Uというものもありました。当然大学関係者しか購入できません。色は黒で、キーボードの一部のキーでPC-E500と違う色が使われています。本体右方に描かれたの「UNIV.CO-OPマーク」も大きな特徴といえるでしょう。 |
これはPC-E500の互換機なのですが、エンジニアソフトウェア部分の内蔵ROMに変更が加えられており、理工学系大学生が必要とするようなプログラムが搭載されていました。また、これにともない内部のデバイスドライバの一つである「関数ドライバ」に統計回帰計算用の関数が追加されています。
PC-1480Uは、PC-E550の発売にともない、後継機PC-1490Uに世代交代しています。これは実際に見たことはないのですが、PC-1480Uと同じ色をしていたはずです。また、内部的にもPC-1480UのRAMを64Kバイトに増設しただけだと思われます。
この後、PC-E650、PC-1490UII、U6000というのも発売されているらしいのですが、私は詳しく知りません。BASIC が拡張されて構造化BASIC となったそうですが、過去との互換性を持たせたまま拡張したためあまり使い易くないとも聞きます。
周辺機器のファミリーとしては、カセットインターフェイス、24桁感熱プリンタ、4色カラープロッタプリンタ、2.5inchフロッピードライブ、RS-232Cレベルコンバータ、8K〜64Kの増設RAMがありました。もっとも、私はカセットインターフェイスとRS-232Cレベルコンバータしか見たことがありませんので多くは語れません。
PC-E500ほど多くの人に愛されたポケコンも少ないのではないか? 私はそう思います。これまでにも多少改造されるポケコンはありましたが、PC-E500ではRAM増設に始まり、CPUクロックアップ、漢字ROM搭載、時計IC搭載、外付けFM音源、果てはこれらを活かすOSを含めたシステム構築まで、さまざまな改造/ソフト制作が行われています。
これはハードウェアの違いを吸収するIOCSを最初から用意した事とは無縁ではなかったのでしょう。PC-E500は設計段階から最高のポケコンとなることを運命づけられていた、と言えるかもしれません。