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2023-01-19 Hey の配信
2023-02-15 洗濯干し
2023-06-09 大学時代の夢日記
2023-07-09 治癒報告
2023-09-03 町内会行事
2023-09-03 交通整理
2023-09-12 コロナで学級閉鎖
2023-10-02 忙しかった週末
2023-10-10 3連休
2023-10-14 ご出生お祝い会
2023-10-30 洪鐘弁天大祭
2023-11-06 3連休
2023-12-04 よしなしごと
2023-12-07 風邪惹き 
2024-01-03 地震と空港事故
2024-01-21 3週間
2024-02-20 暑い
2024-02-24 寒い
Hey の配信  2023-01-19 16:44:36  その他

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秋葉原にあるタイトーのゲームセンター「Hey」が、昨日から1週間、コラムス 97 の配信を行っている。


いやぁ、先週までこういうものがあると知らなかったのだけどね。


Hey にコラムス 97 が置いてあることは知っていた。

知らなかったのは「配信」という存在。


ゲームセンターに置いてある台の画面を、Youtube とかニコニコ動画にそのまま「生放送」で配信している。

本当にゲームセンターの台の画面そのものなので、誰も遊んでいないときは延々とデモが流れているだけ。


先週は初代コラムスで、それを見た人がツイッターで「コラムス 97 の配信希望」と言っていた。

僕は時々、自分のページとかに関する話題を出しているツイートをエゴサーチしているので、「コラムス 97」で引っかかって、Hey が配信を行っているということを知った。


で、上に書いたようにこれは「先週」の話だったのだが、今週は本当にコラムス 97 だった。




せっかくなので、仕事をしている画面の片隅に、配信の様子を開きっぱなしにしている。

ニコニコ動画なので、見ている人のコメントが流れてくる。


いや、コラムス97 に対する罵詈雑言ひどいわ。

先週もコラムスで、どうもこの配信を見ている常連さんには「落ち者パズルは見てて面白くない」というのがあるらしい。

2週連続でコラムスだ、という点での悪口と、画面がまぶしくて目が痛い、などの悪口と…


まぁ、いろいろあるのだけど、「ここに来る人ネガティブ発言しかしないな」と言っている人もいたので、そういうことなのだと思って気にしないでおく。


褒めてくれている人も結構いて、美しい画面が好きだったとか、今でも音楽好きとか、うれしいことを言ってくれる。




昨日は配信初日だったこともあり、どうも待っていた人がいたようだ。

開店直後から、コラムス 2000越えの上手いプレイが見られた。

その後も、結構上手な人がプレイしていく。


ジュエル数で 9999 のカンストも2件出ていた。同じプレイヤーだったけど。

いや、カンストプレイヤーのプレイを見たことは無かったので、いいもの見せていただきました。




本日二日目。

「眼が痛い」と言っている人も多かったのを考慮してか、配信の輝度が少し抑えられている。

でも、これを見て「そうそう、こんな感じ」と思った。


というのも、今の液晶などのディスプレイに比べ、当時のブラウン管は輝度・コントラスト比ともに悪かったのだ。

それを前提にデザインしていたので、配信でパソコンのモニタで見ているとまぶしい、というのはあったのだろう。


しかし…今日は誰も遊ばん。

書いている今は 16時過ぎだが、一度もプレイを見ていない。


いや、ハイスコアを見ると、誰か一人遊んだが低いスコアですぐに終わったようだ。

その時に僕が見ていなかったのだろう。


(基板の電池が切れているようで、ハイスコアは毎日リセットされてしまう。

 もっともその方が「ハイスコア入り」できて楽しいので、わざとやっているのかもしれない)




せっかくなので、配信中に見たコメントに勝手に返信。

コメント自体正確に覚えてないけど、大体の雰囲気で。


・「ハイスコア画面の背景エジプト風?」 と聞いた人に対して、別の人が「コラムスは元々古代のエジプトのゲームだよ」と答えていた。


→背景は古代ギリシアの壺絵「ゲームをするアキレスとアイアス」です。

 「将棋をする~」としている資料も多いのですが、当時は将棋の原型となるゲームもありません。

 遊んでいるゲームは、セネトだと思われます。いわゆる「雙六」ですが、遊ぶ器具は多数発掘されているものの、詳細なルールは不明です。


 コラムスは、1989年にテトリスを見た Hewlett Packard の技術者 Jay Geertsen が UNIX の X-Window 用に作ったゲームです。

 縦に3つのブロックが並んで落ちてくるので「柱」を意味する Columns という名前になっていましたが、セガが版権を買い取り、ゲームセンター向けに移植しました。

 この際に、ギリシア建築に特徴的な「柱」のイメージで、古代ギリシア風のデザインにしましたが、古代ギリシアにこんなゲームがあった、というような事実は全くありません。


 ところで、コラムス97 の企画者であった M 氏は、「嘘を本当らしく広める」ことを面白がる趣味があったので、ギリシアの壺絵を「コラムスをするアキレスとアイアス」として、サターン版の説明書で紹介しようとしていました。

 その際には、「古代に遊ばれていたコラムスの遊び方」まで考案して書こうとしていたのですが…

 自分たちでサターン移植するつもりだったのですが、移植はコンシューマーのチームに任せることになった時点で、この計画は立ち消えになりました。



・「画面まぶしい」にたいして、「ピカチュウ事件より前だっけ?」と言っていた人がいた。


→後です。

 ピカチュウ事件よりも後に、ゲームショウでバーチャコップが初お披露目になった時、遊んでいた人が光学性てんかんで気分が悪くなる、という事件がありました。

 これを聞きつけた企画者 M 氏が、「負けないくらい激しい画面作りをしたい」と言って、あのようになっています。

 なので、倒れた人がいれば本望、というくらいだったのですが、ついぞ誰か倒れたという話は聞きませんでした。


 ただ、演出が派手だとは言っても、「遊びやすさ」にも気を使っています。

 元々、隣の席で「リプレイ」などやっても、プレイしている本人はまったく気づいていない、という状況が先にありました。

 そこで、「プレイヤーがフィールド外を気にしないのであれば、その部分では派手な演出をしても大丈夫だろう」と、周辺が消した宝石の色に輝く演出になったのです。

 実際、遊んでみるとあまり周囲は気になりません。


・「点数ないんだっけ?」と言っている人がいた。


→点数付けたかったんですけどね…

 当時、CASIO が落ちものパズルの特許権を持っていると主張し初めまして、その特許要件の中に「積み方によって得点が変わること」がありました。

 じゃぁ、積み方(連鎖など)によって変わる得点は無くして、消した宝石の数だけでいいや、と。

 それだとテクニックに意味がなくなるので、最後に段位認定しよう、と。


 CASIO 特許は、その後任天堂が潰してくれたので、コラムス 97 が完成した直後には「もう落ちもの作って大丈夫」という状態になりました。


・「左右に画面あるのに対戦できないのは、もはやバグ」


→対戦ゲームとして作り始めたんですけどね…

 お偉いさんからの「コラムス作れ」の一言で、今時だから対戦ゲームだろう、と作り始め、途中で命令出した人に見せたところ「そんなものを作れと言ったのではない。最初のやつの移植でいいんだ」とのこと。

 急遽、一人用として作り直されました。




配信を見ていて…というか、今日は誰も遊んでないので延々とデモを見ていて思い出したこと。


デモ画面のプレイ(遊び方説明ではないやつ)、AIによるものですね。


上にも書きましたが、コラムス97 は、もともと対戦ゲームにするつもりで作っていて、CPU の思考ルーチンもありました。

その後、方針転換した際に AI を使う必要はなくなり…


デモ画面を作るときに「思考ルーチンがあるのだから、ランダムで適当に遊ばせとけば」ってなったのだと思います。たぶん。

思考ルーチンは先輩が作っていたので、あまり詳細覚えていない。


結果からすれば「デモのためだけに思考ルーチンが組み込まれている」形になっていて、贅沢なことしてるな。




ところで、この配信って著作権大丈夫なんだろうか。




2023.1.24追記

配信最終日なのだが、素晴らしいプレイを見ることができた。


午後2時ごろから延々と6時半までプレイし、JEWELS 9999 LEVEL 999 という「カンスト」プレイ。


LEVEL が 999 を超えると、表記上は LEVEL 0 になるのね。知らなかった。

…というか、わざと作っているような動作なので「桁が溢れないようにそうした」のだと思うのだけど、自分でも覚えていないのだ。


見ている人からは「バグ?」とか「開発者「そんなのチェックしてねーよ」」とかって反応があった。

チェックはしたと思うよ。たぶん…


(そこまでプレイできる腕前は持ち合わせてないので、始まるときの数値を 950 からにするとか、そういう方法でチェックしてると思う)


LEVEL 0 はプレイ中の表記で、ハイスコア表記は LEVEL 999 でした。

もちろん、最後の段位認定はすべてが MAX の五角形。


ハイスコアネーム KSK さん。良いプレイを見せてくれてありがとうございました。



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関連ページ

コラムス97の配信【日記 23/04/24】

別年同日の日記

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16年 大雪の日


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

洗濯干し  2023-02-15 17:13:11  その他

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今回は、余りにも個人的な話。


僕は兼業主夫なので、洗濯も行う。

まぁ、洗うのは洗濯機任せだな。主な作業は干すことだ。


そして、「洗濯物を干す」という作業が、僕にとってはなかなか楽しいものなのだ。

説明してわかってもらえるかわからないが、ゲームとして楽しんでいる。


基本的には、朝干して、夕方までに乾けばよい。

家族5人分の洗濯物は結構多く、物干しハンガー(枠にたくさんの洗濯ばさみがぶら下がっているやつ)を使っている。


で、洗濯ハンガーなのだが、バランスよく干したい。

片側に重い洗濯物が集中してしまい、大きく傾いているような状況は「美しくない」。


なので、中央から両端に向けて、同じくらいの重さの洗濯物が対称にぶら下がるのが良い。

とはいっても、都合よく同じ重さになんてならないので、うまくバランスが取れていればよい。


あと、靴下は「セットで」干したい。1足分がすぐ近くにあって、セットだとわかる、ということだな。

これやっとくと、取り込みの際にセットでまとめられるので。



まずは、ここまでが「基本ルール」だ。




夏場はイージーモード。

良く晴れる日が多いし、屋外に干せばすぐに乾いてくれる。


♪洗濯ものがあっという間に乾くわ


…というのは、ポケモンアニメの初代の頃の歌「夏休みファンクラブ」のお母さんパートの歌い出しなのだけど、洗濯を干す人としては、夏からの連想の最初にこれが来るのは非常によくわかるのだ。

本当に夏は洗濯物が良く乾く。


そもそも、夏服は生地が薄い。袖も短い。

洗濯干しを「ゲーム」として捉えるとき、乾きやすいものが多く、初心者向けのイージーモードなのだ。


しかし、屋外に干すのでいくつかのルールを追加する。


・パンツ・下着類は外から見えないようにする


これはもちろん僕のルール。

女性の一人暮らしの場合、変質者に狙われないように、あえてダミーの男物パンツを表に出して干す、なんてテクニックも聞く。


ただ、夏は洗濯ものの量は多い。

汗かいた、と言って着替えたり、ハンカチ使ったり、タオル使ったり、洗い物は増えるのだ。


これを、限りある洗濯ハンガーにうまく配置する、というのが、ゲームとしての楽しみの中心となる。


洗濯ハンガー1つが完全にタオルだけで埋まる、とか、「種類ごとに揃える」ことができた場合は、なんとなく「美しい」気がする。


麻雀の字一色みたいなものか。タオル一色。




冬場は考えることが増える。


我が家の場合、高気密・高断熱住宅で、換気システムが全熱交換型だ。

そして、暖房器具としてはエアコンを使っている。


…何を言っているのかわからないかもしれないが、「部屋の中がすごく乾燥する」。


そこで、洗濯ものを室内に干す。外に干すより乾きやすいし、加湿になるから。


ここで、夏に比べていくつかの点で、難易度が上がる。


・室内では干せる場所が限られる。

・干す場所によって、乾きやすさが異なる。


夏場でも、洗濯ものハンガーを最大5つ使えば、困ることは無い。

で、家の中を探せば、まぁ5個は干せる。


でも、屋内で干せる場所は、乾きやすい箇所に3つ、乾きにくい箇所に2つ、という配置になってしまうのだ。


なので、まず「3つのハンガーで全部干せるか」を試すことになる。

ダメなら4つ目を使っても良いのだが、乾きにくいのでできれば避けたい。

もし使う場合でも、タオルとか靴下とか、比較的乾きやすいものだけにしたい。


そして、冬は服の生地が厚い。そのうえ、長袖と来ている。

長袖というのは結構困ったもので、肩のところ2カ所を洗濯ばさみでつまんで干すと、わきの下の部分がなかなか乾かないのだ。


そこで、さらに2つの洗濯ばさみを使い、袖を持ち上げるように干してわきの下の風通しを良くする、というテクニックが必要になる。

これは洗濯ばさみを多く使うことになるので、1つの洗濯ハンガーで干せる洗濯物の数を減らしてしまう。


ただ、元々生地が厚手で乾きにくい冬服は、密集させてはダメなのだ。1つの洗濯ハンガーで干せる点数が減ったとしても、それは「乾きやすいように風通しを良くする」効果も併せ持つ。一概にダメではないのだ。


タオルのように乾きやすいものを、服と交互に干すという方法もある。これだと、洗濯ものハンガーで干す点数を比較的保ったまま、洗濯ものの間に十分なスペースをあけて風通しをよくできる。


こんなことを考えながらも、ハンガーの水平バランスには気を使わないといけない。


力学的モーメントの都合で、両端に少し重い物を干すとすぐに傾く。

冬場は厚手で重い生地が多いため、うまく配置するのはなかなか工夫がいる。




さらに、我が家の場合の追加ルールがある。

干しやすいところに干せる物干しハンガー3つのうち、1つは「長さが短い洗濯物」しか干してはならない。


どういうことかというと、場所の都合でこの洗濯ハンガーは、僕が良く座っている椅子から、テレビを向かった時の途中位置に吊るされることになるのだ。

洗濯ものが短ければその下からテレビが見られるが、長いと邪魔になる。


長さの基準としては、まぁパンツとか靴下とか、ハンカチとかを集中させればよい。

女性もののTシャツなら、丈が短いものが多いので大丈夫だが、男性ものはダメ。


元々、先に書いたように「洗濯ハンガーを同じ種類のもので揃えると美しい」と考えているので、下着を集中させるのはこの点でもよい。


そんなわけで、高炉峰の雪よろしく、僕はパンツの下からテレビを見ることになる。

(優雅さのかけらもない)




…と、いろいろ書いてみたが、なんだろう、これ。

洗濯ものを美しく干したい、という変な性癖だろうか。


実のところ、洗濯ものに限らない。

皿を洗う時にも、ご飯の準備をするときでも、自分の決めたルールがあって「ゲーム」として楽しみながらやっている。


家事を「面倒くさいがやらねばならないこと」と捉えると辛くなるが、ゲームと思えば楽しいものなのだ。


洗濯ものに関しては、難易度ハードの冬場になるほど、このゲームを楽しんでやっている。

そして、楽しいから日記に書きたい、と思いつつ、こんなバカなことを熱く語るのもはばかられて書けないでいた。


最初に書きたいと思った頃は、長男が赤ん坊の頃だからもう18年くらい前だよ。

長男の時は、紙おむつと布おむつを併用していたので、大量におむつを干していた。


さらしの布なので乾きやすい反面、大量なので干すのに困る。

そこで、洗濯ハンガーにジグザグに配置することで、風通しを確保しながら干せる枚数を増やす、なんてテクニックを編み出したりした。


このテクニック、自分の中ではなかなか気に入っているのだが…まったく共感してもらえる気がしない。

たった一人にでも、今回書いた内容が伝わってくれればよいのだが。





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別年同日の日記

03年 体調悪し…

05年 忙しい一週間・火曜日

08年 三代目永眠

13年 ページワン

16年 再訂正:BCPL と Smalltalk の関係

16年 ニクラウス・ヴィルト 誕生日(1934)

20年 バレンタインの直前に

22年 長女発熱


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大学時代の夢日記  2023-06-09 18:10:57  その他

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前回、大学時代に書いていた夢日記を発掘したことと、特に公開するつもりはない、ということを書いた。


公開しないのは「夢の話なんて聞いても面白くないでしょ?」と思ったからなのだが、そういえば「夢十夜」とか、「」とか「ねじ式」とか、夢の話だけど、作品として成立しているものもある。


そう思いなおしたので、舌の根も乾かないうちに、また過去に書いた夢日記を公開してみる。


1991年の8月12日に見た夢のようだ。大学2年生の時。

基本的に過去に書いたままだが、誤字などは修正している。


僕が街を歩いていると、何だか薄く煙が流れているようなところを横切った。

煙は黄色い色をしている。この時は気にも止めなかった。

しかし、やがて街全体をこの煙が覆い始める。(首都消失のように)


その時、僕は友達と自分の部屋にいた。

部屋の窓は閉めていたので、この煙は入ってこない。

しかし、やがて窓の隙間から煙が染み込んできて、友達が吸ってしまう。

すると、その友達は吸血鬼のようになってしまうのだ。


(この煙を吸った物たちは、煙を常に吸い続けなくては死んでしまう。

 また、まだ煙を吸っていない物に対して、煙を吸わせようとする。)


みんなが煙を吸わせようとするので、私は部屋から逃げ出し、扉を閉める。

外側から一生懸命扉を押え、すでに部屋の中に入って来ている煙が、こちらにこないようにする。

しかし、どうしても少しは漏れてくる。私はそれを吸ってしまった。

・・・しかし、何も変化は起きない。

どうやら、街で薄い気体を吸った時に、体に抵抗力ができたようだ。


やがて私は下の階におり、そろそろと居間の扉を開け、中を覗く。

すでにそこには煙が充満し、家族は皆、吸血鬼化していた。

そっと扉を閉めようとするこちらに、父が気が付き、煙を吸わせようと追い掛けてくる。

慌ててまた自分の部屋に戻り、(先程の友達はいなく、部屋の中は汚染されていない)

扉を閉める。

しかし、向こうからは開けようとして扉がガタガタ音を立てる。

やがて、急に力が消え、扉を開けてみると誰もいない。

窓から外を見ると、煙は晴れてきていて、太陽が見える。

常に煙を吸い続けなくてはいけない吸血鬼は、死んだのだ。


まだ警戒しながら部屋を出る。

足もとに貝殻に真珠をはめこんだイヤリングが落ちている。(貝はボロボロで黒ずんでいる。)

吸血鬼は、死んだ後に一対のイヤリングを残すのだ。

そこここにイヤリングが散らばっている。みんな死んでしまったのだ。

1人になってしまった。


階段をおりてトイレの前まで行くと、そこに、とても綺麗な、薄い水色に輝くイヤリングが

落ちていた。

吸血鬼になっているのに私に煙を吸わせようとせず、逃げるのを手伝ってくれた女性がいたっけ。

私は思い出していた。

貝殻の綺麗さは、心の綺麗さを表わす。

このイヤリングは彼女に違いないと、私は直感した。



なんか、最後の部分とか非常に文学的な感じだ。

この夢を書き留めておきたくて、夢日記を書き始めたようだ。




ところで、1か月ほど前に「夢日記をつけると気が狂う」という都市伝説を知りました。


リンク先の人は、実験として夢日記をつけていて、実際自分がおかしくなっていったので中止したらしいのだけど…


僕、3年間書いてました。全然問題なし。



しかし、自分ではもっと短期間だったと思っていたよ…

夢は突拍子もなくて面白かったから書いていたのだけど、夢日記書いていると、「後で書くためによく覚えておこう」って、夢の中で冷静になってしまうのね。


そして、夢の中で、次の展開とかを冷静にコントロールできてしまう。

これでは、突拍子もない展開にはならなくて、面白くない。


そんなわけで、夢日記をつけるのはやめました。



また気が向いたら、別の日の夢を書くかも。


(最近この日記に書く内容もあまりないので…

 仕事の話は守秘義務もあり書きにくいし、子供たちが忙しくて家族でお出かけもないので)



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別年同日の日記

02年 最終戦略

05年 spring has come

05年 3ヶ月点検

13年 WEB上でのドット絵の拡大

16年 8086 発表日(1978)

17年 計算機の同人誌

19年 新マシンセットアップ中


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治癒報告  2023-07-09 17:09:43  その他

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肩を怪我した、とは書いていたので、治癒報告も書いておこう。

まぁ、まだ完全に元通りではないのだが、怪我は治った。


以前にも同じ症状を何度かやった、と書いていたのだが、その経験から「全治3週間」と見ていた。

そしてやっぱり、3週間で元通り。


肩の腱を痛めたようで、こういうのはすぐには治らない。

3週間というのは妥当なところだと思っている。


ただ、今回早く治したい一心で、できるだけ肩を動かさないようにしていたんだよね。

結果として、2週間くらい使っていなかったら、筋肉が衰えた。


それで、痛みが引いてきたらリハビリを、と思って、1週間ほど前から軽い運動をしている。


特に、5日くらい前からは大丈夫と確信したので、「普通の生活」に戻そうとしたら、筋力が無さすぎてびっくりした。


自分の腕をしばらく持ち上げているだけで、すごく疲れる。

それでも筋力はつけなきゃ、と思って休み休み運動していたら、翌日から筋肉痛だ。


まだ筋力は落ちているが、やっと普通に生活ができるようになってきたところ。



こんなことを繰り返したくはないので、もう少し復調したら、ちゃんとトレーニングするようにしよう。

以前はやっていたのだが、しばらく忙しかった時にすっかりやらなくなってしまっている。


今回肩を痛めたのも、筋力が落ちて十分サポートができなかったためだと思っている。



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別年同日の日記

07年 サーバー落ちていました

12年 づつ について


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町内会行事  2023-09-03 18:04:26  その他

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久しぶりに町内会の話を書こう。

僕は頼まれて、町内会の評議員をやっている。


コロナの間は、夏の盆踊りも、秋の神社のお祭りも、中止になっていた。

今年はどちらも久しぶりに開催。


しかし、盆踊りは4年ぶり(コロナ前に台風で中止になっている)、神社のお祭りは3年ぶりの開催で、段取りを知っている人が少なかった。


僕はどちらも経験しているが、それはまだ新人として、力仕事とか簡単な作業を手伝っていただけ。

今回は、それなりに重要な仕事を任されるようになった。でも、やり方がよくわからない。



盆踊りに関しては、手探りでなんとか役をこなした、という感じ。

これ、町内会のみんながそんな感じ。何よりも、「以前と同じ」ではダメだったんだ。


毎年盆踊りを楽しみにされていた老婦人たちは、今回は来なかった。亡くなった方や、子供との同居で引っ越したりしたらしい。

しかし、踊るための曲リストは、それらの人たちが毎年楽しみにしていた音楽だった。


…今年は誰も踊らない。


なので、予定を変更して、子供用に準備していた曲を流したら、大盛り上がり。

来年からは子供向けの曲を拡充しよう、と決まった。


世代交代だ。良い事だ。




今日は神社の秋祭り。


僕は子供神輿、子供山車にずっと付き添ってた。

神社から、町の中心となる大通りを通って、大きな公園まで行くのね。


(ちなみに、大人の神輿のコースを途中まで行ったところで終わり、というような構成)


この子供山車は、子供たちの力で引っ張るのだが結構重い。

そして、正しい方向に進めるための操縦が難しい。


後ろ舵…フォークリフトとかと同じ方式、と言って分かるだろうか。

右に進みたいときは、車体を左に押す必要がある。

ただそれだけのことなのだけど、わかってない人は逆に動かそうとするのだ。


町内会にフォークリフト操縦免許を持っている人がいて、その人が操舵する、と言っていたので任せるつもりでいたのだが、腰を痛めてしまって力仕事ができないというので僕が買って出た。



まぁ、進んでいる間ずっと、道の端から一定の距離をとるように気を使っているだけ、ということで、特に難しいことはないし、力もいらない。

しかし、子供の近くにいるので、子供の相手をしながら気を遣う作業を続けることになる。

結構疲れた。


子供の笑顔を間近で見られる仕事だった。

小さい子が喜んでくれれば、疲れなんて大したことではない。



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別年同日の日記

02年 パズル

12年 サーバー修復

13年 世界最初のテレビゲームって結局どれなの?

15年 用語選びの難しさ

18年 決算終了


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交通整理  2023-09-03 18:32:01  その他

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先に書いた、神社の秋祭りの話から派生して、交通整理について少し書く。

神輿とかで道路を使ったので、交通整理が必要だったのね。


町内の駐在さんと消防団が交通整理をやってくれたのだけど、これが安心感のある良いものだったのよ。

あぁ、ちゃんとわかっている人の交通整理はいいな、って思った。




というのも、ここ10年くらい、ひどい交通整理がすっかり増えたため。

特に道路工事とかの時の交通整理だな。


昔から底辺バイトではあった。

しかし、20世紀は自動車免許は「大人になったら持っとくべきもの」で、交通整理をする底辺バイトな人であっても、自動車免許を持っていた。


今は免許は持たない人も増えた。

これは時代の流れなので問題はない。


そして、免許を持っているだけで、バイトの幅が広がる。

わざわざ底辺バイトである交通整理をする人は、「免許を持っていない」ことが多いようだ。


結果どうなったかというと、手信号の出し方を知らない人間が、手信号で交通整理をするのだ。

手信号は免許の学科で必ず勉強しないといけないのだが、逆に言えば免許を持っていなければ勉強する機会もあまりないだろう。



手信号で何かを伝えようとしているが、何を伝えたいのかわからない、という交通整理が凄く多くなっている。

周囲の状況を見て判断するしかないのだが、そもそも「交通整理が必要な場所」というのは、見通しが悪いから整理している場合もあって、そんな時は周囲の状況もわからない。


それでも、こちらも事故を起こしたくないから、何とか状況を読んで車を動かすのだ。

だったら、交通整理する人がいなくても同じだよね、というくらいひどい状況も多い。




もう2年くらい前だったかな…

NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」で、長年交通整理をやっている、というお爺さんを取材していた。


長年同じ仕事をしている、という人に密着するドキュメンタリーだけど、このお爺さんが、手信号が全くなってなかった。


まぁ、さすがに長年やっているので「全く伝わらない」というようなひどいゼスチャーはしない。

だけど、そのお爺さんの手信号は、ルールにのっとったものではなかった。


それを「職人」として伝えるのはどうかと思う。




手信号のルールは特に難しくない。

車に対して、手を「横」に向けたら停止、というだけだ。


夜、赤色灯を持って交通整理している場合などは、この赤色灯を「横」にしていれば、手を横にしているのと同じ意味だと思っていいだろう。



僕が町でよく見る「ダメな」手信号としては、赤色灯を縦にして、左右に振る人。

良く見えるように手を上に挙げるから赤色灯が縦になるのだけど、縦に「停止」の意味はない。



先日見た人は、斜め下に向けて振ることで「停止」を合図し、その後進んでいい状況になったら、斜め下に向けて振っていた。


同じ信号が、交通整理員の中では「停止」であり「進め」なのだ。

恐らく、「車に対して何か指示を出す」という気持ちがあり、それが「赤色灯を車に向けて振る」なのだと思う。

自分の中では「とまれ」とか「進め」とかいう気持ちがあり、その「指示を出す」が赤色灯を斜め下で振ることなのだ。


つまり、手信号で動くのではなく、交通整理員の気持ちを推察して動かないといけない。

これは本当に、いつか事故が起きるぞ、と思った。




実は、今日は僕も祭りの後で交通整理をしないといけない時間があった。5分程度だけど。


終わった後、子供神輿を神社にトラックで運んで、しばらくトラックを神社前に置いておく必要があったのね。

狭い道を片車線塞いでしまうので、交通整理をやった。


止まってほしい時は、車の方に向いて、はっきりと手を横に出す。

これが正しく伝わればいい。


仕事ではなくても、今日の僕みたいに急に交通整理をすることはあるかもしれない。

手が横なら停止、ということだけ覚えておいてもらえると良いと思う。




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別年同日の日記

02年 パズル

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コロナで学級閉鎖  2023-09-12 15:42:27  その他

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中学生の次女のクラスでコロナのクラスターが発生し、学級閉鎖になった。


仲が良くて部活が一緒で席も近いグループが、10人くらいまとめて発症したそうだ。

学級閉鎖で、念のため各自3日間は自宅で経過観察、となっている。


自宅で経過観察なので、塾もお休み。



夏休みには長女もコロナ発症したし、以前よりむしろ猛威を振るっている感じがする。

実際、統計的にも感染者はかなり多いらしいし。



もっとも、感染者に対する死者の割合、致死率は減っているのだろう。

その意味において、「政府が」警戒レベルを下げるのは妥当と言える。


警戒しすぎて経済が回らなければ貧困で死ぬ人が出る。

政府の仕事はトータルで死者を減らすことだ。コロナの致死率が落ちたら、経済を回すタイミングだ。



しかし、まだ怖い病気ではあると思う。

致死率が減ったと言っても、「死ぬこともある病気」であることには変わりない。


あとは市民レベルの行動の問題。

警戒するに越したことはないのだが、政府が警戒レベルを下げたことをもって「終息した」と考え、警戒しない人が増えているんだよね。


だから感染者が増えているのだけど。



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別年同日の日記

02年 あれから1年

08年 家族旅行2日目

14年 「テレビテニス」が出荷された日(1975)

15年 レイ・ドルビー博士 命日(2013)

17年 ヒューマン・リソース・マシーン

18年 新車購入(1/2)

18年 新車購入(2/2)


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忙しかった週末  2023-10-02 11:29:15  その他

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在宅で仕事しているとすっかり引きこもりなのだけど、この週末は2日間ずっと外出していて疲れた。

せかっくなので記しておこう。


9月30日土曜日。


中学2年生の次女が、2か月くらい前から「プリキュア映画見に行きたい」と主張し始めた。


お小遣い渡しているんだし、見に行けば? って言ってたのだけど、次女は不安症で、一人で出かけられない。

友達と行きなよ、って言ったのだが、さすがに中学生でプリキュア映画見に行く友達もいないらしい。


そもそも、保育園から小学校低学年のころに見ていたプリキュアは、普通の子と同じように「卒業」している。

それが再燃したのは、中学で仲良くなった友達がプリキュアを見ていたためだ。


しかし、その子は小さい妹がいて一緒に見ているそうで、映画は家族で行くらしい。

なので、純粋に「一緒に映画を見に行ける」友達がいないのだ。



中学に入ってから、ベネッセの「チャレンジ」の教材がほとんど手つかずになっている。

これは生活ペースが変わってやる時間が無い、ということで、まとめのテストだけは提出してあった。


生活ペースの問題としては、無理やり勉強時間を作るために塾に通い始めたので、今はそれで問題ない。

でも、チャレンジ本誌の方も復習になるからやりな、と言ってあっても進んでなかった。


妻が次女に「残っているチャレンジを全部終わらせたら、プリキュア映画に連れて行く」約束をしたそうだ。

それで一念発起。1週間くらいかけて、全部終わらせた。プリキュア愛おそるべし。



そんなわけで、車で1時間ほどかけて最寄りの映画館へ。ショッピングモール内のシネコン。


自分の住んでいる大船・鎌倉は、古くは松竹大船撮影所があった「映画の街」なのだが、現在映画館が一件もない。

(なぜ映画館が無いか、という話も面白いのだが、今はその話をするタイミングではない)




映画を見るのは次女だけ。映画館の前で別れ、僕と妻は買い物をしようと思っていた。


しかし、映画館の「中」に入れるタイミングまで、一緒にいてほしいと次女に引き留められる。

上映開始の15分前までは中に入れないのね。


それくらい1人で待ってなよ、と言っても、次女不安症だから。



時間になり、次女と別れて我々は買い物へ。

昔揃いで買った食器が一部壊れて数が足りなくなっていたり、最初から数が足りないのをごまかして家族分揃えて使っていたりで、使いにくい食器が多い。


遠くの街まで来たので、いい食器を探したい、と思っていた。家の近所で探したけど、いいの無いんだよ。


しかし、余り良いものなかった。久しぶりに夫婦でぶらぶらとショッピングを楽しんだのは良いのだが、目的のものは見つからず。




1時間半ほどたって、映画終わったと次女から連絡。


映画館前まで迎えに行くと、楽しかったと満面の笑み。何が良かったとか話してくれる。


話してくれている後ろ…次女からは見えていないところで、中学生と思われる女の子の6人グループが、プリキュア映画のおまけのライトを持って、やはり嬉しそうに笑顔で談笑していた。


あぁ、やっぱり中学生グループとかでも見に来ている子いるんだ。

20周年作品だから、プリキュアで育った世代…今20代前半くらいまでは見に来ていても一向に不思議はない。



その後、フードコートに移動して昼食を食べるが、すぐそばの席には保育園児の仲良し女の子3人組と、そのお母さん方と思われるグループ。

やはり手にはプリキュアのライト。パンフレットも持っていてうれしそうに眺めている。


幅広い年齢層に届いている映画で、素直にすごいと思う。




この後、家に帰る間に、別のショッピングモール2件と、いつも買い物をしているスーパーに寄った。


帰る途中にショッピングモールが2件もある、というほど遠い町まで行ったということだな。

車で1時間と最初に書いたが、まぁ遠いよね。


単に映画館ならもっと近くにもあるが、先に書いたように買い物目的もあったし、プリキュア映画をやっているところを選んだらここになった、というのもある。


ともかく、朝から出かけて、帰ったのは夕方6時過ぎ。

これだけで十分疲れた。




10月1日日曜日


そして、疲れていても翌日は予定があった。


町内の福祉施設でお祭りをやるので、町内会で手伝いを頼まれているのだ。


コロナで3年ほどやっておらず、4年ぶり。

以前は、お祭りの際に、周囲の各町内会が出店を出店していて、以前と同じように出店を頼まれていた。



…しかし、「以前と同じように」頼まれていたのに、以前と全然お祭りの内容が違う。

以前は集客力があったから、来た人たちへの食事を提供する意味でも出店が必要だったのだ。


今回は、集客力がありそうなイベントが一切行われない。

普段から福祉施設を利用している老人が、ちょっと覗きに来て、せっかくだからと何か買ってくれる程度。



用意したものは全然売れないし、それはうちの町内だけでなく、他の出店をやっている周辺の町内会の方も同じ。

最終的には、お互いにできるだけ商品を買ったり交換したり…とにかく、残ってもどうしようもないものを処理するのに大変だった。


お祭りは16時半までの予定だったが、昼過ぎには全く人足が途絶え、「居てもしょうがない」という判断で、各出店が1時半には撤収。




早めに撤収したのには別の意味もあり、この周辺町内会で一緒に行う運動会が来週行われる予定。

そこで、18時からは打ち合わせが行われたのだ。


この運動会も、コロナで一度は休止したのだが、昨年から復活させて「以前より良い」と評判をいただいている。

何が良いかというと、以前は1日かけて行っていたのだが、コロナ下で皆で食事をするのは良くないだろうと、昼までで終了することにした。


朝8時から12時まで、というのが、適度に楽しめて、疲れが見えるころには終了というので良い感じなのだった。



しかし、短い時間で行うために、テンポよく進めないといけない。そのための打ち合わせは綿密に。

僕は昨年と同じく、招集係の責任者となった。


来週までに準備する必要はあるが、当日は比較的簡単な役職、だと思う。

(他の役割はやったことが無いので、正直よくわからない。しかし、話を聞いていると大変そう)




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別年同日の日記

02年 サーバー不調

02年 Write Once ...?

13年 ENIACの運用が終了した日(1955)

14年 レイ・トムリンソンの誕生日(1941)

15年 アンドリュー・グリーンバーグの誕生日(1957)

17年 中二病


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3連休  2023-10-10 17:31:08  その他

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さて、相変わらず誰のためにもならない日記をだらだら書く。

誰のためにもならないけど、自分の日記として、備忘録として書いている感じ。



まず、この三連休は急に寒かった。

先週の日記で、町内の福祉施設でお祭りがあった、と書いた。この日は暑かった。


そもそも、今年は真夏日が 90日を超えるという異常気象だ。

地球温暖化のせい、なんていう人もいるので、気象庁が「異常気象」(今年だけの現象)と釘をさすくらいに暑い。


で、先週暑かったのに、今週は寒い。長袖を着ていないといけない程度には寒い。


その寒さの中で、日曜日には、うちの町内会と、隣の町内会の2町内合同運動会があった。




昔は対抗戦だったそうだが、少子化の影響もあって今は対抗戦ではない。

みんなでいろいろな競技に参加して、勝てばいい商品をもらえるし、負けても参加賞をもらえる、という感じのスポーツ大会。


ここでいうスポーツは、本来の意味のスポーツであって、体育ではない。全体にゆるいのだ。


僕は町内会の人間なので運営側で、次の競技の予定と、参加できる年齢などを呼び掛けて回る招集係だった。

非常に大変な役も多い中で、大声を出せて、歩き回ることができれば誰でもできる簡単なお仕事だ。


しかし、ずっと歩き回って大声張り上げている、というのも結構疲れるものだ。

競技には参加してないが、疲れた。




昨日の月曜日は、三連休の最後の日で、ゆっくり休める…

と思っていたら、夕方になって台所の蛍光灯が点かなくなった。


昔はだんだん壊れる予兆があったものだが、最近の電気製品は何でもよくできている。

壊れる直前まで、しっかりと性能を発揮し続ける。


ともかく、夕方に壊れた。そのまま夜になると不便だし、僕は朝4時半起きで弁当を作る。

その時に暗いのも困る。


というわけで、夕方から急遽車を出し、電気店まで蛍光灯を買いに行く。

近所のスーパーで売ってればよい、と思って覗いたら、短めの蛍光灯はあったが、1.2m のものはなかったので仕方がない。


最寄りの電気店まで車で30分くらいかかる。ネット通販が当たり前になって、電気店減ったよね…。




蛍光灯と同じサイズの LED というのも売っていた。

これに交換すれば LED になるのかな…と思ったら、店員が、口金の形が違うから器具側が LED 専用でないといけない、と教えてくれた。

それでも、蛍光灯の長さや太さに合わせてあれば、器具を交換しやすいということだろう。


台所以外の部屋は、引っ掛けシーリングライトなので、その気になれば交換も可能なのだが、台所だけは直管型蛍光灯で器具直付けなんだよ。

2030年には蛍光管の生産も終了する、という予定なので、いつかは交換しなくてはならないのだろう。




ところで、全く関係ないが、他の部屋はすべて、「ツインPa」を入れてある。

家を建てた20年前はまだ LED は普及しておらず、ツインPa は蛍光灯としても業界トップレベルの省エネ性能、蛍光管も高寿命であることが売りだった。


本当に高寿命で、20年間一度も蛍光管を交換していない。

そして、蛍光管を交換しないまま LED 器具に置き換えることになりそうだ。


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別年同日の日記

04年 大型の勢力

16年 CentOS 7 上の ndjbdns の落とし穴

17年 オーラ写真倶楽部

21年 ネットワークHUB故障


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ご出生お祝い会  2023-10-14 17:52:44  その他

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町内会のイベントとして、第1回の「ご出生お祝い会」を行った。



うちの町内、敬老のお祝とか、老人向けのイベントは多いのだけど子供向けが少ない。

先日も書いたが、夏祭りも老人重視だった。しかし、今年は子供向けを増やしたら盛り上がり、来年からはもっと子供向けにしよう、と決まっている。


敬老のお祝いや、亡くなったときの香典は町内会費から出ている。

しかし、町内会費は各家庭から徴収しているのに、若い人向けのイベントはない。これは以前から問題視されていた。


それで、昨年春から1年程度かけて副会長が「ご出生お祝い会」の準備をしてきた。

今年の春からは僕が実働を任される形で実施の下準備をしてきた。


その初めての会が、今日の午前中行われたのだった。




しかし、参加家族は2組。

過去数年分の統計的には、町内で年間12人ほど出生があるそうだ。お祝い会は半年単位でやることにしているので、6家族程度の参加を予定していた。


これは、初めての開催で周知が不十分だったのだろう。


しかし、来てくれた2組の家族には、非常に感謝された会だった。



ほとんど、市の職員の保健師の方に丸投げなんだけどね。

町内からのお祝い金贈呈など、通り一遍のことをした後は、保健師の人の赤ちゃんとのふれあい方の話だったから。


しかし、2組しかいなかったからこそ、一般論の話ではなく、それぞれの細かなケアをすることができた。



町内の「地域包括支援センター」の方も来てくださり、紹介ができた。


町内の地域包括支援センターは、多くの方からは「老人ホーム」だと認識されている。

実際、もともとは老人介護が主な業務だったのだが、近年法律が変わり、子育ても含む地域福祉一般が業務内容になっている。


市の保健師さんや、地域の福祉担当の方とも顔を合わせることができ、今後の困った際の相談がしやすくなる。

2組しかいなかったけど、同じ地域・同じ年齢の子を持つご家庭とも知り合いになれる。


これだけで、会の趣旨は十分に実現できている。




僕も、個人的な「雑談」の種として、レゴプリモ・レゴデュプロを持って行っていた。


これは、ご家族に3歳の子も来る予定だったので、遊んでもらう意図もあった。

しかし、出かける前に嫌がったとのことで、今回はお父さんと留守番。会には来なかった。


でも、8か月の子にプリモを見せてみたところ、すごく気に入っていじり倒していた。

うちの子も喜んで遊んでいたから持って行ってみたのだけど、やっぱこのおもちゃはよくできている。


残念なことに、プリモってもう廃版になっているのだけどね…


8か月の子はつかまり立ちができた。

それで、僕に無茶苦茶馴染んでくれて、僕を支えにつかまり立ちをするだけでなく、体をよじ登ったりしてくる。


凄く久しぶりに赤ちゃん抱っこしたよ。赤ちゃん特有の匂いもすごく感じた。

すごくかわいい。人の子は無条件にかわいいね。自分の子だと責任があるからかわいいだけでは済まされないのだけど。




反省点も多々あるが、最初としてはまずまずの成功だったと思う。

次は半年後の予定。



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別年同日の日記

02年 ねずみあんか

13年 ブノワ・マンデルブロの命日(2010)

14年 google DNS

15年 アショーナ・ヘイリーの命日(2011)

15年 ゲームセンターあらし 発表日(1978)


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洪鐘弁天大祭  2023-10-30 11:00:26  その他

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昨日日曜日、町内の清掃日の予定が雨で中止になり、長男は模試、長女は部活の大会で外出、妻はその大会を見に行った。


町内の清掃については、全体として中止だが、町内会の人は少し作業があった。

これが終了したのが10時前。


次女だけ家で留守番。家に帰ったところで、「出かける?」と聞かれる。

何のことかと聞くと、鎌倉で行われる大祭に興味があるので、次女は見に行きたいとのこと。


なんでも、60年に一度行われる大祭らしい。見逃せば次は60年後だ。


妻も見に行きたがっていたが、長女の部活の大会を優先した。

僕は午前中急がしい予定だったので、諦めていた。


なるほど。諦めていたため全く下調べしておらず、何が行われるかも把握していない。

ただ、何やら行われる都合で北鎌倉の前を通る道が、9時半から12時半まで閉鎖になっていることだけは知っている。


次女もよくわからんなりに調べていた。

その通りの端、小袋谷交差点からスタートして、八幡宮前交差点の方に向かうらしい。

何が向かうのかは、よくわからん。


何とも頼りない情報だが、9時半から小袋谷をスタートして12時半八幡宮につく、と仮定すると、10時を過ぎてから小袋谷に向かっても意味がないだろう。

(我が家的には、このコースで一番近いのは小袋谷)


交通規制が敷かれているので車やバスで向かうことはできない。

歩きで向かうとして、30分くらい歩くが、山を越えてコース途中の明月院前に出ることができる。

次女に結構遠いけど歩くか、と聞くと、歩くという。


僕は歩くのが好きだが、次女も僕の遺伝か、歩くのは苦にならない。




山一つ越えるようなコースを歩いた。

次女としてはここまで遠いと思ってなかったようだが、特に問題はない。


歩く際中、向こうからきてすれ違う人にそれなりにあった。

つまり、「何かが終わって、家に帰る」人たちだろう。すでに過ぎた後か。


しかし、進むにつれて、周辺の人の会話が耳に入る。

道程は「八幡宮をスタートして小袋谷へ。そこで休憩して、11時に再スタートして戻る」らしい。


明月院前の踏切まで来たが、そのあたりは閑散としている。やはり何かが終わった後なのだろう。

今小袋谷にいる、ということなので、少しその方面に歩いてみる。


途中のお店の前に、祭りのパンフレットが置かれていた。

これをもらい、やっと概要を理解する。


洪鐘弁天大祭。読み方もわからなかったが「おおがね べんてん たいさい」だ。

弁天ってついてるから、銭洗弁天関連かと思っていた。円覚寺のお祭りだ、とここで知って納得。


円覚寺は、北鎌倉駅のすぐ裏にある神社。電車の線路を通すときに、敷地の中に線路を通すことを了承したため、「境内に踏切がある」というお寺だ。


北鎌倉駅前につくと、そこからすごい人だかり。

前に進めないので、ゆっくりパンフレットを読む。


なるほど。帰りの道程は、八幡宮まで戻るわけではなく、円覚寺に入るらしい。つまり、北鎌倉駅前で、ほぼ道程は終わり。

これより向こうの人だかりに飛び込まないと、見ることはできない。じゃあ行こう。




結局、やることは「パレードを行う」ということらしい。

それを見るために、道の両側に人だかりができている。


どこかで人だかりの中に入らないといけないのだが、どこも混んでいる。

ずいぶん歩くと、ちょっと人が少ないところがあったので後ろに入らせてもらう。


この時点で時間は10時45分ごろ。いい感じの時間だ。


やがて、警備している警察の人やスタッフから、11時になってパレードは小袋谷を出発した、というアナウンスが入る。


暇なのでパンフレットを見ていて、よくわからない記述の読み方が理解できた。

なんかいろいろ箇条書きになっていたのだが、つまりはこれが「パレード」の隊列を意味している。

先触れ太鼓から始まり、木遣り、江の島神社、大榊、剣鉾、四神…などと続く。



多分、最初の方は伝統にのっとったもの。


これもパンフレットの受け売りだが、円覚寺の梵鐘を鋳造する際に、2度失敗したために江の島神社に神頼みし、その後鋳造に成功したそうだ。

パレードはこの成功を祝うもの。そのため円覚寺の大祭だが江の島神社も参加し、円覚寺も江の島神社の「弁天」を祀っている。



さて、話を戻して、パレードについて。

先に書いたように、おそらく最初の方は伝統によるもの。でも、後半は何というか…


子供のコスプレ大会とか、子供が作った段ボール感あふれる神輿とか、メインの洪鐘に至ってはさすがに本物ではなく紙で作ったハリボテ。ハリボテと言っても大きく作ったのは大した手間だけど。


洪鐘、撞座(木で叩いて音を出す部分)の周囲が、LEDでピカピカ光ってる。現代的ですごいが、そもそも宗教というのは人目を引くために光モノを好むものだ。


なんだかんだで、パレードが目の前を通り過ぎるのが 45分くらいかかったのか。

終わった時点で12時少し前。


せっかくだから次女と美味しいランチでも、と思っていたのだが、観光客が多いので無理そう。

途中のコンビニで何か買おう、ということで家に帰りました。

(帰りも歩き。GPS によれば、この祭りをみるだけで 7km くらい歩いた)




夕食後で、スマホで撮ってきたビデオを家族に披露。


家の近所の神社の祭りよりはすごいが、大船祭り(毎年行われている駅前の祭り)のパレードよりはショボい、という長男の意見が的確。


大船祭りのパレードって、別に凄いものではなく「手作り感あふれる」ものです。

近所のいろいろな団体が参加して歩くだけ。子供が保育園の時は一緒に歩きました


60年に一度の大祭、と言っても、やることはあまり変わらないな、という感想です。



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別年同日の日記

01年 10/29

06年 腰痛

13年 PCエンジンの発売日

15年 クリフォード・ベリー 命日(1963)

17年 コンビニ強盗


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3連休  2023-11-06 12:35:55  その他

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先週金曜日から昨日日曜日まで、三連休。


やった! 何して過ごそう! …と思っていたが、町内会行事が入っているのをすっかり忘れていた。

昨日日曜日の、町内の文化祭。土曜日に展示準備を行うので、3連休の内1日半がつぶれる。


土曜日は食料の買い出しに行き、日曜日の午前中は子供たちの学用品が必要だったので買い出しに行き、その後は文化祭で三連休は消えてしまった。




しかしまぁ、文化祭の話。


それほど広い町内ではないが、絵を描いたり書を書いたり盆栽を育てたり仏像を彫ったり…

いろいろとすごい技術を持った方々がおいでだ。すべて趣味の範疇で、正直玉石混交。

しかし玉石混交ということは玉もあるし、たとえ石だとしても、楽しんで作られた作品を見るのは、見ている側も楽しい。


文化祭を取り仕切ってくれているのは、町内会の評議員の人で、その人も絵を描かれる。

評議員になる前から、「文化祭をやりたいから」で協力を求められ、それから16年間ずっと文化祭を主宰してきてくれた。

しかし、年齢的な衰えとともに、今年大病を患ってしまったので、今年を最後に引退したいという。


最後にするつもりだからこそ、終了後の反省会では、引き継ぐつもりでか細かなノウハウの話が多数飛び出した。

展示の際の細かなこだわりが多くあったのだが、それは16年間のノウハウの塊だった。

「それが良い」のではなく、「そうしなくてはトラブルの元」の山が、細かなこだわりだったのだ。


現在、出品者のほとんどが高齢だし、文化祭に来るのも高齢者ばかり。

これも何とかしたい、ということで、数年前からパソコンでの写真加工・コラージュなど受け付ける、と明言しているのだが、そうした作品の出品はない。


もっと若い人を引き込む方法は無いか、というのが常に悩みだった。


僕などは芸術性は全くダメだが、プログラムなら作れる。

ゲームなら出展できるが、それはあまりにも求めているものと違うらしい。



来年からも何らかの形で継続はしたいが、今までの中心人物が引退するので、大きく方向性を変えてもいいのではないか、という話題にもなっている。


ゲームなら出せますよ、と思う一方で、今のパソコンで動くようなゲームは手元にストックがない。

(Scratch で作ったようなものならあるけど)


本当にそういう方向に話が動いたら、子供からお年寄りでも気軽に楽しめるものを何か作るか。


(本当に誰でも遊べる、おみくじ的なものが良い。それでいてゲーマーなら工夫できる程度にはゲーム性のあるもの。

 さらに、他の作品を邪魔しないように、かつ人が多くてもさばける短時間で遊べるもの。

 なかなか制限は多そうだが、そうした制限の中から工夫する方が、作っていて面白い)




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別年同日の日記

01年 11/5

04年 親不知

13年 ジェリー・ヤンの誕生日(1968)

16年 甥の結婚式

18年 全方位モニター

18年 カーナビ

18年 セーフティサポート


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よしなしごと  2023-12-04 16:41:28  その他

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これと言って書くことがない…という割には、いろいろあるのだ。

ただ、どれも細かな話で、書くほどのボリュームにならないだけで。


単純に日記で、公開するようなものではないが、そんなのはこのページ全てがそうだ。

なので、細々書いてしまおう。




11月末土曜日、25日だったな。

近隣三町内の合同忘年会に出席。


住んでいる地域は、「小学校の学区が同じである」という理由で(かどうかは知らないが)、たびたび合同の行事がある。

しかし、それぞれの町内会に携わっている人が話をする機会はあまりない。


そこで、合同忘年会だそうだ。

毎年やっていたらしいが、コロナで数年やっておらず、僕は初めて出席。


隣の町内の人と飲みながら話をする、というだけで、ずいぶん楽しかった。

同じ問題に対する捉え方でも、立場が異なると変わるというか。




12月2日。妻の誕生日。


何かごちそうでも、と思ったのだが、妻がなんか体調悪いというので、ごちそうはやめておく。

「優しい味のものが食べたい」とリクエストを受け、鶏の水炊きを作ったら喜ばれた。


しかし、ケーキは用意したのでした。

小さく切り分けたケーキを5つ。長男も長女も妻も忙しかったので、僕と次女で適当に選んできた。


簡単ながら、楽しい誕生会でした。




12月3日。近所で行われた祭りの手伝い。


実は、数年前まで12月最初の日曜日は、町内の工務店が、「近隣の人への恩返し」として、餅つき大会をやっていた。

しかし、無料で餅や焼きそばをふるまっていたら、毎年来る人が多すぎて、想像以上の赤字に。

そこへちょうどコロナ騒ぎがあったので、この餅つき大会は終了となってしまった。



ところで、町内に、小さいが縁起は古い神社がある。源頼朝の創建だそうだ。

古い神社なので、氏子会、神輿会、囃子会と関連組織がいくつもある。



その神輿会と囃子会の若手数名が、子供たちが以前は楽しんでいた餅つき大会のようなものを復活させようとしたようで、同じ日に祭りをやることになった。


場所は神社で。組織としては「焼きそば同好会」を名乗っていて、焼きそばやフランクフルトを売るのが中心。



我が家も、餅つき大会はずいぶん楽しませてもらった。

祭りをやるのに人数が足りないので、手伝ってくれる有志募集、というので手を挙げていた。


で、祭りの手伝い。

第1回なのでどれほど人が来るかと思っていたが、開始時刻前から子供は集まってくる。



・子供が喜びそうな当てくじの販売がいくつか。

・ジュースやラムネの販売

・焼きそば、フランクフルトの販売


が主だったところ。


ジュース販売を手伝っていたが、ラムネが大人気。お店でも売っているけど、お祭りみたいな時しか買わないものね。


午後に用事があったので、11時までで手伝いを終わらせてもらう。





同12月3日の午後。インフルエンザ予防接種。


子供たちの予定がバラバラに入り、予防接種などに行きづらい。

たまたまこの日は全員空いていたので、予約なしで予防接種が受けられる病院で接種を受けてきた。


ついでに、前日妻の誕生祝でごちそうを出せなかったので、外食。

サイゼリアだけど、好きなもんだのんでいいよ、と言ったらみんなたくさん頼み、5人で12種類の料理を食べた。

(ミニフィセル…小さなパンでも1品に数えているけど)




11月後半。

1か月ほど飼ってきたハムスターの利休だが、なついてくれて可愛い。


先代、先々代と、どうも人になつきにくかった。

なつかなくてもペットは可愛いのだけど、なついてくれたらより可愛いに決まっている。



ついでに、頭の良い子で、トイレをちゃんと覚えてくれた。

掃除が楽だ。これも、先代は特にひどくて、ところかまわずおしっこしたから掃除が大変だった。



ひょこ、っと、2本足で立つことが多い。プレイりードッグみたい。

そして、そのまま2本足で前進する。これがすごくかわいい。


妻によれば、今までの子でも2本足で歩く子はいたよー、とのこと。

…余り良く覚えていない。




11月末ごろに、NAS から何か変な音が聞こえる。

確認すると、NAS ではなく、隣に置いてあるバックアップ用ハードディスクから異音がしていた。


NAS の管理画面を開いて確認すると、DISK FULL になっている。


なんで?

NAS は 2TB (RAID 1)で、バックアップ用外部ディスクは 3TB だ。

バックアップで容量が足りない、ということはないはず。


良く調べたら、NAS のバックアップユーティリティーのバージョンアップで、バックアップの方法が変わっていた。


そのため、「以前の方式」の 2T 弱に加え、「新しい方式」の 2T 弱を記録しようとして溢れたのだった。


じゃぁ、古い方式を消そう…と思ったのだが、やたらアクセスに時間がかかり、削除失敗。

どうも HDD が壊れているっぽい?


確定するために NAS を再起動。

…すごく久しぶりに再起動したら、ディスクの整合性チェックが入ったようだ。

再起動だけで4時間かかった。


実は、以前から NAS のファームウェアアップデートが来ていた。

これを適用。また4時間かかる。


しかし、それで NAS は安定動作になった。



改めて外部ディスクを確認するが、やっぱり壊れているようだ。

Amazon に注文はした。Black Friday 直後で、過去の値段を調べたらよさげな奴が期間中すごく安かったようだ。

しかし、仕方がない。現状でよさげなものを購入。


これが届くのは今週末の予定。




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別年同日の日記

01年 12/3

09年 風邪

18年 エアコン導入顛末


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風邪惹き   2023-12-07 16:06:35  その他

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風邪惹いた。現在進行形。


…つい2週間前も同じこと書いたぞ。


また風邪を惹いてしまったようだ。

また熱は出ず、体が怠いばかりの風邪。しかし、今度は体の節々が痛む。喉が以前より痛いし、時々頭痛がする。



今回は家族からもらった感じではないのだが、どこでもらっちゃったかな…

先日の町内の祭りだろうか。だとしたら、潜伏期間3日程度でつじつまは合う。


今日は仕事休ませてもらって、寝たり起きたりしています。




先日壊れた、NAS のバックアップ用外部ハードディスク、交換品を購入していたのが届いた。

早速 NAS に繋いで、バックアップタスクを組んだ。


スケジュールされたタスクだが、手動で開始して、現在バックアップ中。

現在溜まっているデータだけで 1.2TB あるようで、いつ終了するかわからない。


まぁ、ほっときゃ終る。



後日追記

5時間半くらいで終わりました。


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別年同日の日記

01年 12/6

02年 中間決算

05年 同時接続数規制

14年 ハイキング

15年 2つの格安SIM

15年 2つのSIMフリー スマートフォン

20年 HTMLで多数のデータを表示する。


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地震と空港事故  2024-01-03 11:26:36  その他

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今年は元日から大事件が相次ぐので、記録のために書いておこう。


まず、元日の16時7分、能登半島で震度5の地震があった。


僕はテレビで、ゼルダの伝説(ティアキン)遊んでた。お話は終わらせて、世界を楽しんでいるところ。

スマホに災害情報のアプリを入れていて、自分の地域でなくても大きな地震があった時は通知するようにしている。


で、震度5か。正月から現地の人は大変だな、と思いつつ、ゲーム続行。


すぐ直後、16時11分に、もう一度アラートが鳴る。能登半島で震度6。

これはゲーム遊んでいる状況ではないな、とセーブしてすぐやめ、テレビをNHKに合わせる。


速報番組やっていた。11分の地震はすぐに震度7に上方修正された。

この地震は数時間後に、令和6年能登半島地震と命名された。




津波警報が出され、アナウンサーが必死に避難を呼びかけていた。

しかし、情報が少なすぎて、アナウンサーも言葉を選びながら繰り返し同じことを伝えている。


普段聞かないアナウンサーの声で、正月なので有事対応のための宿直が対応しているのだろう、と感じる。

やがて津波警報は、大津波警報に変わった。


東日本震災を思い出して、今すぐ避難をと呼びかける。

今すぐこのテレビを消して避難を、と言いかけてから、いや、テレビそのままでいいから避難を、と呼びかける。


30分もすると、解説員がスタジオに到着したようで、冷静に今の状況や過去の事例を比較しながら、今すぐ避難を、と呼びかける形式に変わった。

科学的説得力は増すが、結論は変わらない。


しばらくテレビを見ていたが、1時間もすると新しい情報はなくなる。

まだ状況が全然つかめていないころだ。気にはなるのでスマホで radiko を使ってNHKを聞きながら、ゲーム再開。




すぐ夕食の時間になったが、夕食中もテレビを見ていた。


市街地で火事、という速報映像が入ったが、まだどこが燃えているなどわからない状況。

7階建ての大きなビルが倒れ、隣の建物をつぶしていると救助要請が入った、という言葉でのニュースもあったが、どのような状況かはわからない。


当初は能登半島が注目されていたが、新潟などでも被害が出ていると伝え始めた。

こちらは映像も多い。能登半島は混乱していてスタッフの派遣もままならないのだろう。




夜遅い時間になってから、旧ツイッター、X での偽情報に注意、と呼びかけ始めたのだが、この時点での報道姿勢には疑問があったので特に詳しく書く。


災害時にはよくあることだが、ツイッターで偽の情報が出回っているので、惑わされないように注意、との呼びかけ。


この時点で、NHK は一つのツイートを画面に大写しにし、「偽情報」と大きく書いていた。


ツイートの内容を読むと、以下のようなもの。(記憶で書くので文面などはそのままではない)


「地震でNHKのアナウンサーが必至で津波からの避難を呼びかけている。現地の人はとにかく逃げて。」

という文面とともに、短い津波の動画が付けられている。


NHK によれば、この津波動画は東日本震災の時のもので、「関係のない動画をつけて人心を惑わす、悪質な偽情報」という扱いだった。



いや、それさっきNHKのアナウンサーが「東日本震災を思い出してください」と叫び続けていたから、ツイート主がその時の動画を見つけてきてつけたものでしょ。


この動画が過去のものだ、という注釈がないのは、ツイート主の言葉足らずかもしれない。

でも、NHKの「意図を汲んだ」良ツイートだ。これを偽だと断定するのであれば、NHKが偽情報を流していた、ということになる。


NHK内部でも指摘するものがあったのか、数時間後には「偽情報」についての呼びかけの際に使われるツイートが違うものになった。

そちらは、混乱に乗じて注目を浴びようとするタイプの、全くの偽情報だった。



ところで、初期段階で頑張っていたアナウンサー氏の発言には、科学的知識が欠如したものや、前提をすっ飛ばしたものも多かったことを付記しておく。


たとえば、彼女は「電源なんてそのままでいいから避難を」と呼びかけた。

でも、NHK はのちに、「電源が入ったまま放置された家電品が火災を起こすことがある」という、通電火災の危険性を伝えていた。

彼女は偽情報を流したとして糾弾されるべきか?


いや、そうではないだろう。

彼女は自分の責任を全うして、人命最優先の呼びかけを行った。だから、多少知識不足があったとしても、前提が抜け落ちても、呼びかけをしなかったよりもずっと良い。褒められこそすれ、糾弾されるべきではない。



でも、「言葉足らずだった」という点では、NHK が偽情報だと断定したツイートとあまり変わらない。


NHK はアナウンサーの彼女の行った呼びかけを偽だとは言わないだろうし、実際偽情報などではない。

それと同じくらい、NHK が偽だと断定したツイートは、偽情報ではなかった。


つまりNHKの「偽」という指摘が偽だ。

偽情報に気を付けるように、という呼びかけを行うNHK自身が、偽情報を流しているのだ。



「デマ」に関しては、東日本震災の時に一度書いているので、リンクしておく。

この問題、簡単に断定してよいようなものではないよ。

何がデマで、何がデマでないのか。



夜になってしまうと情報は入りづらい。ニュースが繰り返しになったので、この日は就寝。




正月2日。正月なのでゆっくり寝ていたいのだが、5時半に目が覚めてしまった。

いつもは4時半に起きねばならないので、自然に目が覚めてしまうのだ。


普段は家事をしながら、アマゾンPrimeでアニメなどみてる。

しかし、この日は情報が気になるので、NHK+ アプリでリアルタイムのニュースを見る。


まだ昨夜と情報があまり変わらない。

この時点で、死者4名、と報じられていたが、災害の時は夜がけてから調査が行われ、一気に増える。

この人数でとどまらないという諦念はあった。


8時ごろから、次々情報が入り始める。死者は6名になり、すぐに8名になった。


倒れたという7階建てのビルの映像が入る。思っていたのと違う、思いっきり横倒しになっていた。

火災の現場も、市街地中央の朝市通りだという。昔観光で行ったことがある。


火災に巻き込まれた件数は、6時ごろには50件超と伝えられていたが、8時ごろには100件超になり、9時ごろには200件超になっていた。


あちこちで崩れた山、実際の津波の被害映像も届き始める。

津波が陸上にまで到達しなかったのは幸いだが、砂浜にあった建造物や、港の船、防波堤などが大きく被害を受けている。


11時には、死者数が15名と発表された。倍々ペースで増えている。



#4日に追記。津波被害については、執筆時点で十分な認識がされていなかっただけだった。その後の情報で、陸上・街中でも津波の被害にあった建物など見つかっている。




さて、気になってずっとテレビをつけていたが、この間に「お正月らしい」こともしている。


昼過ぎから、子供たちとボードゲーム大会。街コロとカルカソンヌを遊んだ。

以前は時々遊んでいたのだが、子供たちも忙しくてみんな揃って遊べる時間が無くなっている。


で、「じぱんぐ島遊びたい」という意見が出たので、3時半ごろからは「じぱんぐ島」大会。

PS1 の古いゲームなのだが、ボードゲームの名作「カタンの開拓」を、テレビゲームアレンジしたものだ。

古い PS2 を引っ張り出してきて、テレビに繋いで遊んだ。つまり、この時間はニュースを見ていなかった。



6時過ぎになり、夕飯の支度しよう、とゲーム大会は終了。

地震のニュースどうなった? とテレビをつけると、「羽田空港で旅客機炎上」というニュース速報をやっていた。



この時点で、本当に速報が始まったところ。詳しい状況が分かっておらず、アナウンサーも「旅客機が炎上している」という事実を伝えるのみ。


この数分の間にも、火の勢いがどんどん増していくのが分かる。


ただ、事故の瞬間をとらえた映像で、着陸直後から左翼のエンジンが発火していることが分かり、これなら避難は可能だろう、と思った。逃げ遅れが出なければよいのだけど。

それから数分後には、乗客は全員無事避難した、という速報も入る。


海上保安庁の飛行機の接触で、海上保安庁機に乗っていた6人の内、5人は死亡したそうだ。


これを聞いて、能登地震の支援のために現地に向かおうとしていたのではないか、と考え、すぐに自分で否定する。


能登にある空港は、すべて滑走路がひび割れてしまい使えないそうだ。

陸路も道路が寸断されており、今は海路で緊急物資を届ける算段が考えられている。


しばらく後に、海上保安庁機は新潟へ向かうところだった、と知る。

あぁ、能登ではないが、やはり地震の支援に向かうところだったのか。


この時点で正確な情報はなかったが、日記を書いている時点で調べたら、この直感であっているようだ。

海上保安庁機は、震災対応のために新潟に物資輸送するところだったらしい。

地震で困っている人々に対応しようと、正月返上で働いていた人がなくなったというのは、いたたまれない。


原因究明はまだ行われていないが、「滑走路手前で待機」と管制から海上保安庁機に伝えたが、滑走路に入ってしまっていたらしい。




元日から大地震が起き、2日には大事故があった。

年の初めの、のんびりしたい時期に、気の休まらない関係者もいることだろう。


僕としては、遠いテレビ桟敷で、無駄に状況を見守って憂慮しているだけ。何の力もない。

しかし、せめてこれは忘れてはならないことだと感じ、記録を残すものです。


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3週間【日記 24/01/21】

別年同日の日記

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14年 あけましておめでとうございます

16年 三が日

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20年 あけましておめでとうございます


申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

3週間  2024-01-21 16:40:53  その他

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元日にあった能登半島地震から3週間がたつ。

記録のために、その後の動きを記しておきたいと思う。

動きが流動的で、忘れてしまいそうだが、記録しておきたいのだ。


前回は3日の午前…地震から2日ほどの段階で記事を書いていたが、この時点ではまだ、事態の深刻さが十分に理解できていなかった。


3日の時点では、大きなビルが倒壊したとか、輪島朝市通りが大火事だとか、「その程度」の情報しかなかったのだ。


救急救命行為では、72時間を超えると急に生存率が落ちるとされる。

そのため、当初から自衛隊やDMATなどの救命チームが現地に「入ろうとした」。


しかし、入れなかった。72時間以内に、被害の大きかった現場に入ることすらできなかったのだ。


地震による地面の沈下・隆起はすさまじく、その後の調査で高さにして 4m の隆起、海が隆起することで、4.4平方kmが陸地化したという。


半島部なので元々少なかった道は寸断され、陸路で入ることはできない。

当初は海路で入ることが予定されたようだが、海底地形が変わってしまい座礁の危険性がある、ということで海路でも入れない。

半島は山が多く平地が少ないため、ヘリコプターも着陸できない。


ちなみに、空港も滑走路が破損して使えない。元々空港は震災被害の一番大きかったエリアからは遠いが、救援物資の輸送に支障をきたした。


そんなわけで、先遣隊が被災地の奥まで入れたのは、5日ごろになってから。

報道もこのころからで、津波の被害が想像以上だったとも、この頃からわかり始めた。




地震直後には、5m の津波との警報が出されたのだ。

しかし、その地点の津波観測機器は、1.2m の津波、という観測データを最後に動作しなくなってしまった。


そのため、翌日、津波警報などが解除された時点では「1.2m」が一番高い津波とされた。

ネットなどには、5m という予想が出ていたが、精度が悪いのではないかという悪口も出ていたらしい。

(気象庁発表は 1.2m以上、だったが、これを 1.2m だと捉える人は少なからず存在した)


しかし、実際 5m の津波は来ていた。

4m の地盤隆起によって、1m程度の津波で収まった箇所もあるらしいが、実際津波で流された建物もある。


先に書いたが、この事実が報道されるまでで、5日近くかかっていた。




1週間を超えるあたりから、やっと情報が集まり始めた。

と同時に、当然だがこれ以降に「救出された」というようなニュースがあるわけもなく、死者だけが増えていった。


幸いなのは、物凄い数が計上されていた「行方不明者」が、連絡がついて、死者になるわけでもなく減って行ったことだろうか。


そして、情報があれば行動も早い。

壊れた道路の修復は急ピッチで進んだ。被害箇所が多すぎてすぐに復旧とは言えないが、物資の輸送ルートが確保されたのもこの頃。


情報が無いのにボランティアが来ても困る、と、現地ではボランティアが来るのを拒んでいた。

もちろん専門家チームの手は借りているが、一般人のボランティアや、専門家でないものが送り込む物資などは、緊急時には邪魔でしかないのだ。


東日本震災や熊本震災の時には、ボランティアや個人の送る物資が、がかえって邪魔になるという話に事欠かなかった。

今回は、そういう話は少ししか聞かない。…少しは聞く。自重せよ。


ネットで、早くから「千羽鶴を絶対送るな」と言っている人が多かった。

良いことだ。あんなもの送られても、邪魔なだけで神経を逆なですることしかできない。

じっさい送られた数は少なかったようだ。…これも、ゼロではないようだけど。



今回は、「本を送るな」が新しく広まっていた。

古本に限らず、新品でも本は送るな、と呼び掛けられていた。


実のところ、東日本震災や熊本震災でも、善意で送られてくる本の処分に困っていたらしいのだ。

しかし、それよりもっと困るものが多数あったため、あまり大きく取り上げられなかったらしい。


本当に何もない状況ならともかく、「現地には」ないだけで、国内から送り込む輸送路はある。

こういう時は、金を寄付して、使い道は現地の専門家に任せるのが良いと思う。




本当の意味で初期の区切りがついたのは、2週間くらいたってからだろうか。


住宅の危険度判定が進み、家にいると危険だからと促されてやっと避難し始める人たちもいた。

たとえ多少ゆがんでいても、住み慣れた家を離れるのは嫌だというのはわかる。


それと同時に、最初に「緊急避難」した人たちの、県内外の借り上げ住宅などへの二次避難も始まった。


過去の反省を踏まえ、希望すればご近所さんは同じエリアに避難、ということを徹底しているようだ。

東日本震災のころは、避難先で知り合いがいないために引きこもってしまい、一気に老化が進んだお年寄りなどが問題となっていた。


ただ、二次避難は現時点ではまだそれほど進んでいない。

住み慣れたところを離れたくない人も多く、仮設住宅の計画も急ピッチで進んでいる。




今、三週間たったところだ。


まだ水道は復旧していないが、電気はかなり復旧が進んだようだ。

電気の復旧は、いつの震災でも速い。


朝市通りの火災の検分が終わり、火災による死者が 10名追加された。


個人ボランティアの受け入れを開始したところ、すぐに1万人以上が登録したようだ。


ボランティア団体による炊き出しや、風呂・シャワーの提供なども始まっている。

少ない水でも多くの人がシャワーを浴びられるように、可搬型の水浄化システムを作っている会社がシステムを貸し出したりしているらしい。


使った水が、その場ですぐに浄化されて再度使えるようにするの。

コロナのころに、水道がない場所でも「手洗い場」を設置できるようにする機械を作っていた会社のもの。


震災時にすぐに緊急の仮設住宅を提供できる方法を研究している大学の先生が、いくつものセットを持ち込んだ、という話も聞いた。


緊急時に役立つ技術というのは、必要なことなのだけどなかなか実践する機会はないし、できることならそういう機会が来ない方がありがたい。


でも、こういう時に、是非実績を積んで、役立ってほしい。

そして、研究している先生や会社にちゃんとお金が入ればありがたい。




一番大きな揺れを記録したのは、珠洲市。

NHK では、市庁舎にカメラを設置していたそうで、市庁舎からの映像を地震直後から放送していた。


ただ、市庁舎近くは、比較的被害が少なかったようだ。カメラの前で1件の家が倒壊した瞬間が写されていたが、市街地は比較的新しい建物が多く、耐震性もあったのだろう。



現時点で一番被害が大きいとされているのは、七尾市。

一番揺れがひどかった場所、ではない。ある程度人口が集まっていることも、被害を大きくする要因なのだ。


僕はちっとも七尾市について知らなかったが、アニメ「花咲くいろは」の舞台であり、「放課後インソムニア」の舞台でもあるそうだ。


…なんてこった。両方とも楽しく見ていたのに、七尾市についてはまったく知らなかったよ。


さらに言えば、放課後インソムニアで主人公がアルバイトするゲームセンターがあるのだが、七尾市に実在するゲームセンターで、世界的に有名な店なのだそうだ。

その店も被害を受けた、ということで、店主がツイートしているのを見た。


輪島朝市などは僕も観光で行ったことがあるので、朝市の火事の方が大変なことが起きた、と思ってみていた。

もちろん輪島も大きな被害を受けており大変なのだが、七尾も被害が大きいということで、こちらにも支援団体が多数入っている。




本来、災害後の「命を守るための」初動は、72時間以内、1週間以内に起こされるべきなのだろう。

しかし、震災による地盤隆起の激しさや、現地の地形の特殊性などに阻まれ、大きく遅れている。


3週間たって炊き出しなども始まった今は、やっと生活立て直しのための次の段階に入ったところに思える。


能登半島では過疎化が進んで限界集落になっている地域も多かったようだ。


そうした箇所での「復興」とは何なのか、という議論も始まりつつある。

元通りにできたとしても、もともとそこでの生活は難しかったのだ。

ならば、これを機に生活基盤から見直す方法もあるのではないか。


ただ、被災者にそれを「強いる」ことはできない。

当然のことながら、「元の生活」に戻りたいというのが多くの人の願いだろう。


どうするのが良いのか、これから長い時間をかけて模索を続けることになりそうだ。




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別年同日の日記

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17年 家の10年目メンテナンス

17年 風邪ひき


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暑い  2024-02-20 18:11:26  その他

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2月だというのに暑いね。


部屋の暖房は OFF にしているのだけど、仕事場が2階で暖かい空気が溜まるのもあって、暑くて仕方がない。

(花粉症なので窓は開けたくない)



今月頭、2月5日には大雪が降っている。これほど積もったのは5年ぶり、だそうだ。

ちょうど長男が、家から一番遠い大学の受験日で、帰ってこられるか心配だった。

(無事帰ってきたが、電車のダイヤは乱れて大変だったらしい)


そして、先週後半からぐんぐん気温は上がり、最高気温が 20度越え。

今日は、群馬では夏日(最高気温25度以上)になったそうだ。



天気予報では、これからだんだん気温が下がって、来週頭くらいにはまた雪が降るかも、と言っている。

今度は大雪というわけではなさそうだけど、来週頭は長男の本命大学の受験あるんだよね。


そもそも雨が降らないと良いのだけど。



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寒い  2024-02-24 09:33:20  その他

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4日前に、2月だというのに関東各地で夏日を記録した。

2月の気温記録として観測史上最高気温だそうだ。


で、昨日は関東の各所で雪が降った。

2月下旬に雪が降るのは10年ぶりだそうだ。


気温の落差が激しい。


特に何というわけではないが、面白いので記録のために書いておく。


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