家族の日記です

目次

2022-05-06 ゴールデンウィーク
2022-04-24 娘たちの誕生日
2022-04-17 訃報(4/4)
2022-04-17 訃報(3/4)
2022-04-17 訃報(2/4)
2022-04-17 訃報(1/4)
2022-04-04 停電
2022-03-28 コロナワクチン三回目接種
2022-02-15 長女発熱
2022-02-02 コロナ関連
2021-12-11 鎌倉散策
2021-10-28 青春デンデケデケデケ
2021-10-19 医療週間
2021-09-27 副反応
2021-08-18 その後
2021-08-10 コロナ闘病記 4
2021-08-10 コロナ闘病記 3
2021-08-10 コロナ闘病記 2
2021-08-10 コロナ闘病記 1
2021-07-22 夏休み
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ゴールデンウィーク  2022-05-06 21:43:20  家族

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ずっと仕事してます。



…といっても、もともと在宅勤務だし、休日の仕事は義務でもないのでフルタイムではない。

気が向いたときに仕事をしたり、休日なので家事をやったりしている。




4/29~5/1 の前半三連休の中、28日に子供たちにコロナワクチン三回目を受けさせた。

ファイザー製。モデルナは僕と妻が思った以上に副反応が出たので、ファイザーにしといた。


と言っても、ファイザーが受けられるタイミングを見ていたとかではなく、「G.W. 中に受けられるといいな」と思って予約サイトに行ったら、ちょうど一番近い会場がファイザーだったというだけ。


でも、副反応は結構強く、2日の月曜日でも、皆熱が出ていた。

学校に連絡を入れ、休む。飛び石連休がつながって、連休になってしまった。




さて、このままではゴールデンウィークは「ワクチンの副反応で寝てた」という思い出になってしまう。

しかし、コロナ禍なので旅行に行ったり食事に行ったりするのも気が引ける。

というか、そんな急に旅行の計画立たないし、最初に書いたように僕の仕事も詰まっている。


(今年は3年ぶりに「行動制限されていない」G.W.だったそうで、観光地はにぎわったらしい)


で、急に思い立って、5月4日には庭でバーベキューをやった。

次女はバーベキューが好きで、ことあるごとに「やりたい」と言っていたのだけど、2年くらいやってなかったように思う。


余りに久しぶりなので、そもそも次女がバーベキューをやりたい理由の一つである、マシュマロを買い忘れていた。

これは、炭熾ししている間に、近所の店に長女と次女が買いに行った。


火が安定するまでの間、僕と妻と長男は庭の雑草抜き。

毎年雑草に負ける。初夏のころは「今年こそは」と頑張るのだが、梅雨の間に作業もできず、気づいたら草ぼうぼうになっている。


しかし、今年こそは。




僕が仕事をしているというだけで、子供たちはそれなりに休みを満喫しているようだ。

みんな、かわるがわる Switch で遊んでいるだけだけど。


今日、金曜日は平日で、子供たちは1週間ぶりに学校に行った。


明日から週末で、また2日休みだ。

僕は仕事するのだけど。



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別年同日の日記

05年 初節句

11年 黄金週間

16年 黄金週間

21年 G.W.の記録


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娘たちの誕生日  2022-04-24 18:19:28  家族

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ここのところ、仕事が忙しくて余裕がないのだが、娘たち二人の誕生日がやってきた。


二人誕生日近いから、大変なのよ。




まずは次女(中一)。21日木曜日が誕生日だった。


本人は当日に祝いたかったらしいが、木曜日は長女(中三)の塾の日で、家族で祝えない。

そこで、お祝いの日はずらさせてくれ、と事前に言ってあった。


でも、当日に「ケーキいつ買いに行くの?」と聞かれた。

パーティは別の日だけど、当日ケーキは食べたかったらしい。

(我が家では、誰かの誕生日でもそれぞれが好きなケーキを買う。

 で、全員で一口づつシェアする。いろんな味が楽しめて楽しい)


金曜日は家族で祝えるので、パーティ。

でも、金曜は平日でケーキを買いに行くことができないので、土曜日のおやつがケーキではどうだろう、と提案。


当日にケーキがない、ということに少し不満げだったので、長女を塾に送るついでに、何か買ってくると約束。

金曜のパーティのために、材料を買うつもりではあったのだ。


で、スーパーにロールケーキくらいあるだろうと思ったら、夜だったのですでに売り切れだった。

パウンドケーキがあったのでそれを買って、この日は済ませる。



金曜日。約束通りパーティ。

次女の希望は「からあげとフライドポテト」だった。

前日に唐揚げは「揚げるだけ」の冷凍品を買っておいた。

問題はフライドポテトで、次女の好きなシューストリングカットが売り切れていた。

なので、ナチュラルウェッジカットで。


フライドポテトの品薄は、今年に入ってから広く起こっている現象だ。

2月には、マクドナルドがポテトの販売を縮小し、フライドポテト好きの次女は哀しんでいた。

(といっても、コロナの影響で最近マクドナルドに行ってなかった。その意味では、販売しなくなっても我が家には関係ない。)


ついでに書けば、ジャガイモの輸入量はアメリカとベルギーが多いそうだが、アメリカからの輸入が昨年秋からしばらくの間、ほとんど止まっていたのが遠因。


止まっていた理由は、アメリカの天候不順とされることも多いのだけど、それ以上に「コロナ禍から少し回復したアメリカ経済が、ホリデーシーズンに入って中国製のおもちゃ類の需要が高まり、中国からの輸入にほとんどのコンテナを回してしまったから」。

普通は日本に農産物を持ってきて、その帰りに中国のものを持っていくのだが、この時はホリデーシーズンという期間限定特需が控えていたので、「空のコンテナを最高速で中国に送り込んだ」ためだ。


こんな話、数年後には忘れてそうなので書き留めておく。

(ついでに書けば、多くの業者が一気に輸入を行った結果、税関がパンクしてしまってアメリカ沖に2か月も停泊、という船が続出した)




話が完全に横道にそれたが、金曜日には約束通りケーキも買ってきて、午後のおやつに食べた。


木曜日のごちそうは、次女は喜んで食べて、「食べる」と宣言して自分の皿に取った分を残す、というほど腹いっぱいになっていた。

ケーキが別の日なのは大正解。というか、このパターンを毎年やっているのに次女は学習していない。




次は長女の誕生日。25日月曜日だ。


でも、平日はやはり僕が忙しいし、1週間もずれるのを嫌った長女は「前日にごちそう食べたい」と申し入れてきた。

前日とは、つまり今日だ。


長女が食べたいのは、宅配ピザと、ベーカリーで売っているお惣菜系のパン。

家で焼くようなピザや、コンビニで売っているようなお総菜パンではダメ、とのこと。


まぁ、ちょっと豪華なものを食べたい、という気持ちはよくわかる。


しかし、ピザとお総菜パンは多い。別の日にしよう、ということになっていた。

ちなみにケーキは、次の日曜日でいいそうだ。




しかしお総菜パンを売るようなベーカリー、以前はいくつか知っていたのだが、最近は閉店してしまったところが多い。

近所の情報を調べて、よさげな店を見つけておいた。


そして、今日の昼に買いに行こうと約束していたのだが、今日になって調べてみると定休日だった。

確認が甘い。


急遽予定を考え直す。今日の昼はピザにした。

「宅配ピザ」と言われていたが、最近は自分で取りに行けば半額、というのが多い。


というわけで、家族五人でピザ3枚。

それでも食べ盛りがいるからペロリと平らげるだろう、と思ったら、2切残った。夕飯で食べる予定。

(ここでも、次女は「食べる」と宣言していた量をとても食べられなかった。もっとも、長女もたくさん食べると言っていたが、食べられなかった。)




お総菜パンは「チーズが入っているようなもの」を食べたがっていたのだが、ピザを食べたら満足したらしい。


ピザを買う前に、「ガーリックトーストしたフランスパンでもいい」と言っていたので、夕飯に出してやるつもりで、ピザを買いに出たついでにバゲットを買ってきてある。

そして実は、総菜パンに期待していなかった店だが、チーズの乗ったような総菜パンがあったので買ってきてある。


別の理由で「近いうちにポトフを作ろう」と言っていたのだが、ポトフとパンで合わせる予定。

(すでにポトフは煮込んである。そろそろ夕ご飯の時間だ)


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別年同日の日記

02年 4/24

15年 PRINT 略記

16年 GAME ON展

16年 未来科学館リニューアル

18年 Nexus 7 復活


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訃報(4/4)  2022-04-17 10:13:42  家族

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15日(金) 告別式当日。


朝、長女・次女の通う中学校から電話がありました。

今日の参観日、自由な時間にご覧になって構いませんよ、と…


すっかり忘れていました。中学校は参観日でした。

コロナの影響で、密を避けるために子供の出席番号による時間指定があったのですが、長女と次女が同じ時間なのでどちらかずらせないか、と相談していたのでした。


これもコロナの影響で、参観日に見に行けるのは家族で一人だけ。

元々妻が行く予定だったのですが、この日は雨で、僕は葬儀場まで妻に車で送ってもらうつもりでした。


時間割を見ながら、「面白そうな授業」を見に行けるように妻が予定を組み立てる…

1時間目に次女の授業を見て、一度家に帰って僕を送ってから、3時間目に長女の授業を見れば大丈夫そう。


さらに、4時間目の後に懇談会と、長女の修学旅行の説明があるのですが…

4時間目の間は「密を避けるため」中学校を出ないといけないのでまた家と往復し、この日妻は1万歩歩いたそうです。お疲れ様です。




告別式は、繰り上げ初七日法要まで一気に行う形でした。

その後、棺に花を入れます。


葬儀の祭壇は、花で作られたものでした。

父の時と同じ葬儀社ですが、父の時は白木の祭壇。こちらの方が形式としては正しいようなのですが、女性の場合柔らかなイメージで、花の祭壇にすることが多いのだとか。


で、初七日法要の後、参列者は一旦別室に移り、スタッフの方が祭壇の花をすべて取り外し、ものによっては茎も切り落とします。

後で聞いたのですが、少しでもお別れの時間を長くとるために、この作業はできうる限り迅速に行ってくれたのだとか。


そして、いよいよ棺に花を入れて最後のお別れ。

母が普段来ていた服を、長兄の奥さんが持ってきてくれていました。

喜寿の時に兄弟で集まってお祝いした時、母にプレゼントしていたカーディガンもありました。


また、母が好きだったという「きんつば」も持ってきてくれていました。


…ん? 僕は「きんつばが好きだった」と納棺の時に初めて聞いたのですが、僕以外みんな知ってる。

あれ? きんつば好きだったって、知らなかったの僕だけ?


きんつばを棺に入れ、みんな花を入れていき…

「きんつば隠れちゃう」と、長姉がきんつばの位置を移動します。

さらに花を入れていくうちに、また「隠れちゃう」と移動。さらにもう一回。


誰かが「もう、お母さんにくわえさせれば?」と言い出して、一斉に「やめて」「それはダメ」なんて突っ込みが入ります。

さすがに、皆が笑いました。


「お父さんの時は、◯◯おじさんが棺に直接お酒を振りかけて、みんな笑ったね」なんて思い出話が出ました。

父の時も確かに笑いました。こうして、笑顔で送れるのはいい式だと思います。


そして棺は花でいっぱいに。


皆が母の顔に触ります。頭をなでます。

僕も感謝の念を込めて、頭を撫でました。


そして、みんなで蓋を閉じます。

これで見納めです。




火葬場まではマイクロバスで 30分ほど。

これも父の時と同じ場所です。


雨が降っていました。

そういえば、父の時も大雨だったよね、と次兄が言います。


先ほど過去の日記を調べたら、父の時は台風が来ていたようです。

そして、今回の雨も、遠くを通過する台風の雨です。


長姉の結婚式の時も、妹の結婚式も台風でした。

我が家の冠婚葬祭には「赤道直下からの大物ゲスト」が良く来るようです。


火葬は1時間ほどで終わり、皆で骨を拾います。

骨壺に収め、最後に愛用していた眼鏡を入れました。これも父の時と同じです。


父はきっと母を迎えに来ているだろう、と長兄が言いました。

そうかもしれません。よく二人で旅行していました。


父が事前に下調べをして、母を案内するように。

あの世までの遠い旅路も、父に任せられると思えば安心です。


仲の良い夫婦でしたから。


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別年同日の日記

02年 4/17

17年 アメリカが日本製のパソコンに100%関税をかけた日(1987)

19年 新サーバー設定中


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訃報(3/4)  2022-04-17 10:10:28  家族

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14日(木) 通夜当日。


遠くからくる兄弟は、姪・甥もつれてきています。

子供が小さすぎるなら連れてこないといけないし、既に働いている年齢の姪は、「おばあちゃん」の想い出もあるので。


でも、我が家は僕だけ参加。

子供たちが物心ついたころには母は痴呆が始まっており、思い出もあまりないんだよね。

家が近いので「子供を連れて行かないといけない」理由もないし、そもそも平日なので子供は学校や塾もある。

妻も、子供の塾の送迎をしないといけないので来れません。


家族葬でこじんまりと…と言いつつ、6人兄弟が配偶者も子供もつれてきたりすると、16名参加。

十分な規模のお式に思います。


式自体は滞りなく終了。


式の後、仕出し弁当で簡単な食事があります。

コロナの関係でそれぞれのお弁当なのね。葬式だと、大きな寿司桶で出たりすることも多いのだけど。


家の娘の塾が7時開始で、妻が車で送った後に、式場に寄ることになっているのだけど…


一応、会食終了予定時刻が7時半。でも、その時間を待たず全員食べ終わり、7時過ぎには「じゃぁ、今日はホテルに戻ろうかな」なんて話も出ている。


しかしそう言っていた人もすぐにホテルに行くことは無く、なんとなく周囲と話しているうちに妻が来ました。

何とか間に合った。せっかく集まっている親戚一同に挨拶して周ります。


そして、母に線香を供えます。焼香台はすでに片付けられていたのでね。


本当は、妻に車に乗せてもらって家に帰るつもりだったのですが、もう少し残ることにしました。

通夜の夜は、誰かが遺体のそばで線香の火を守ることになっています。


長兄夫婦がやってくれることになったのですが、一旦家に帰って準備をしてくることになったのです。

娘の塾の終わりは10時ごろになるので、妻はまた車で迎えに来ます。僕はその時に帰ることにして、兄のいない間の火を守ります。


1人だけでは寂しいでしょう、と長姉夫婦も残ってくれました。

これが正解で、結局長兄夫婦は、僕の妻が迎えに来るまでの間に戻ってこれませんでした。

僕が引き受けたにもかかわらず、長姉夫婦に任せて帰ります。



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別年同日の日記

02年 4/17

17年 アメリカが日本製のパソコンに100%関税をかけた日(1987)

19年 新サーバー設定中


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訃報(2/4)  2022-04-17 10:09:02  家族

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13日(水)納棺当日。


急だったので兄弟は都合がつかず、僕と兄夫婦だけ…のつもりだったのですが、次兄が来れることになりました。

また、北海道の長姉も、直前に連絡が来ました。

木曜に来る予定を早め、水曜午後に到着するのでぎりぎり参加できるかも、という状態。


遺体は長兄の家に帰ってきて布団に寝かせていたので、納棺も長兄の家で行います。


とりあえず、長兄、次兄、僕の三兄弟がそろったところで納棺の儀を開始。

末期の水をとり、体を拭き清め、死に化粧を行います。


死に化粧の前に顔の産毛をそります…とやっている最中に、長姉夫婦到着。

ここからは、化粧だからと女性意見も入り、明るい雰囲気で話が進みます。


お母さん、もともとそれほど化粧をしなかったよね。

使っていた口紅とかまだあるから、それを使ってもらおう、などなど。


以前から痴呆でもありましたし、皆の心の中に覚悟ができていたから、それほど湿っぽくならない。

できるだけよい形の葬式にしようと前向きな姿勢になります。



死に化粧が終わり、死に装束を着せます。

これからあの世への長い道中。足袋を履かせ、脚絆を巻き、手甲をします。


紐は縦結びにしてください、と葬儀社の人に言われます。

縦結びって普通は使いませんが、何でですか? と聞いたら、後で説明します、と。


説明では、長い道中なのでほどけないようにしっかりした縦結びにします、とのことでした。

いや、縦結びはすぐほどける結びだから…


死を特別なものとして、普通とは違うことをする習慣があります。

着物のあわせを逆にしたりね。

順当に考えて、縦結びするのは、こちらが原因でしょう。



死に装束も終わったら、布団のシーツを皆でつかむ形で、棺の中に移動します。

葬儀社の人が周囲を整え、納棺終了。




すでに遺影が出来上がっていましたが、これは長姉が母の頼みで撮った写真でした。

父の葬儀の時、遺影にする良い写真が無くて苦労したので、遺影にする写真を今のうちに撮っておいて、と言われたのです。


良い写真でした。葬儀社の人が加工してくれましたが、ほぼ元の写真のまま。



遺影とは別に、葬儀の際に想い出の写真などを飾ってくれるそうです。

納棺が終わって葬儀社の人が返った後、母が保存していたアルバムをみんなで開きます。


僕の知らない僕の写真がたくさんありました。赤ちゃんの時の写真とか。


家族全員が映っている写真は、謎のシチュエーションでとっていることが多い。

これは、父が人が集まると「せっかくだから」と全員で写真を撮りたがったせい。

だから、家族写真にその時たまたまいた誰かの友達が映っていたりする。


母が若い時の写真も出てきました。

中学や高校の時の写真、昔の「女学生さん」という感じで、かわいい。


あと、20歳になる前に撮ったと思われる、思い切り気取った可愛い笑顔の写真。

母も気に入っていたようで、アルバムの写真横には母の字でコメントがついていました。


こういう写真、アルバムに糊付けされていてはがせないのですが、長兄の娘(僕から見て姪)が、スマホアプリで接写し、フォトプリンタで印刷してくれます。

…こういう技術って、昔は写真店に頼まないとできなかったのに、今ではこういうことに特化した専用アプリとかあるのね。



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別年同日の日記

02年 4/17

17年 アメリカが日本製のパソコンに100%関税をかけた日(1987)

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訃報(1/4)  2022-04-17 10:06:41  家族

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4月12日(火)、母が他界しました。

85歳でした。




父が他界したのは2009年のこと。

その後数年たってから、母の痴呆が始まりました。


最初は時々物忘れをするくらい。でもだんだん物事がわからなくなってゆき、ここ数年は僕のこともわからなくなっていました。


どうも、子供時代に戻っているのね。話ができるときでも自分の名前を旧姓で名乗るし、小学生くらいになっている。


痴呆の人は、その人が一番幸せだったころに戻ってしまう、という話を聞いたことがあります。

母は青春時代が戦後の混乱期と重なりますし、まだ女性は抑圧されていた時代。

小学生の頃が一番幸せだったのかもしれません。


ここ15年ほどは、長兄の家で暮らしていました。

今年の頭に、以前から入居を待っていた老人ホームに定員の空きが出て入居できました。


我が家からも遠くないし、一度会いに行きたかったのですが、コロナの流行もあって会えないまま。

3月末に、容体があまりよくない、という連絡が来ます。




4月1日(金)にお医者様から詳細を聞ける、というので、長兄夫婦と僕でホームに伺いました。

急に食が細くなり、十分栄養をとれていない、とのことでした。


胃ろうや点滴という手段も取れますが、その場合は病院に入院する必要があります。

ホームで最期を看取るのであれば、すぐということではないがそろそろ覚悟を、と言われます。


僕は6人兄弟なのですが、兄弟で相談。お母さんももう年だし、管をつないで無理やり生きさせるよりも、自然に最期を迎える方が良いだろう、と全員一致で決まります。


とはいっても、お医者さんもまだ先だと言っていたし、数か月くらい先のことだろう…

と、この時は思っていました。


4月8日(金)に再度連絡がきました。

いよいよ食事を食べられなくなっているそうです。


土日の間に、多くの兄弟が見舞いに行きました。しかし、僕は用事があり、いけませんでした。

まぁ、1日に行ったときに会っているし、ホーム側もコロナの関係で面会を最少人数にしたいようなので、行かなくても良いかな、と。


土曜日に面会に行った次姉が動画を送ってくれましたが、手を握ったら首を動かしたり、思ったより元気そうに見えました。


ただ、日曜日に面会に行った次兄が、「水も飲めないそうなので、それほど長くなさそうだ」と。

北海道に住む長姉が、都合もあって木曜にならないと来れない、とのことでした。

それまで持ってくれると良いのだけど…


しかし、願いむなしく、12日(火)の朝に、息を引き取ったとの知らせが来ました。

夜の間だったようです。朝6時に看護士が見たときには、すでに息をしていなかったと。




僕としては、いつでも休めるように仕事先に連絡。

今日から休んでいいですよ、と言ってもらいましたが、休んでもやることないし、12日は仕事をします。


ただ、兄弟間の連絡が飛び交い、仕事効率は落ちてました。

先に書いた北海道の長姉の都合に合わせ、木曜通夜、金曜告別式と決まります。

コロナ禍であることを考慮し、家族葬として親戚も呼びません。


僕もそれに合わせて仕事先に休みをもらいます。


その後、納棺を水曜の午後に行う、と連絡が来ました。

仕事先にまた連絡して、水曜も午前中で仕事終わりにします。

普通、納棺は通夜の直前にやるものですが、葬儀社の都合もあるようです。



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別年同日の日記

02年 4/17

17年 アメリカが日本製のパソコンに100%関税をかけた日(1987)

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停電  2022-04-04 08:55:25  コンピュータ 家族

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先日、電力逼迫の話を書いたら、それとは無関係に今朝停電した。


朝4時過ぎ。後で確認したら、4時11分だったようだ。

UPS(無停電電源装置)の4回続けてなるビープ音で目が覚めた。


このビープ音は、電源断を伝えるものだ。

東京電力は頑張ってくれていて、通常なら停電しても数秒で治るし、長くても5分くらい。


UPS は、30秒ごとに4回のビープ音を鳴らす。

何度も鳴り響く。長い停電のようだ。


スマホで情報を確認する。東京電力のページには、停電情報は載っていない。

まだ停電が起きたばかりで、情報掲載に至っていないのだろう。


更に5分ほど。これはどうにかしないといけない、と思って起きる。

UPS に繋がっているとはいえ、使える電力は無尽蔵ではない。


再度情報確認。停電情報が出ていた。鎌倉市で 2100件ほど。

復旧予定は6時。あと1時間半もある。


UPS のステータス表示を見ると、この調子では6時まで持ちそうにはなかった。

無駄なものの電源を落とそう。


たとえば、NAS は急な電源断からは守らないといけないので UPS に繋げているが、停電した状況で動いている必要はない。


WiFi ステーションも UPS に繋いでいるので、ChromeBook でログインすることができる。

NAS に対してシャットダウン指示。これで、電力の使用量が少し減った。


この時点で5時前。6時までならなんとか電源も持ちそうだ。

大抵、こういうのは予告時間少し前には復旧するものだし。


朝の支度を始めようか…と思ったが、IHを使っている我が家では、お湯も沸かせない。

もう一度ベッドに入る




5時55分、断続的だったビープ音が鳴り続けるようになる。

いよいよ電源の残り容量が少ない。


復旧完了時刻を再度見る。6時半に伸びていた。


あ、だめだ。急な電源断で壊れると困るから、家庭内サーバーもシャットダウンしよう。


これで、この日記などを公開しているサーバーも停止した。


で、仕方がない。何もやることないのでまたベッドに入る。




6時半ぴったりに、通電が始まった。

復旧したようだ。


僕は主夫なので、まずは朝の支度。

炊飯器もタイマーでが止まってしまったため動いていない。

炊飯を開始し、一日分のポットのお湯を沸かし、朝ごはんの支度をする。


並行して、サーバの復旧作業。

サーバは2台ある。


1台は土台となるホストOSは起動したが、その上で動くゲストOSが起動しない。

このゲストOS が普段仕事で使っているものなので、これでは困る。


サーバに直接コンソールを接続し、virsh start させる。ついでに virsh autostart も設定しておく。

(前回起動したのはいつだっただろう。自動起動の設定を忘れていたようだ)


もう一台、このページを載せている、公開用サーバが動いていない。

その土台にもログインできない。なんで? ややこしそうなのでひとまず置いといて、朝ごはんの支度を続ける。


ある程度朝ごはんができたところで、再度設定作業。

どういうわけか、サーバー自体がうまく起動できていなかった。

強制的に電源を落として入れ直しても動かない。BIOS 起動すらしない。

壊れたか? 焦る。


一度電源をプラグから抜いて、再度差し込んだら問題なく起動した。

あぁ、時々あるやつだ。問題なし。


こちらは、ゲストOSまで自動的に起動した。7時半。


というわけで、このサイトは、6時から7時半の1時間半ほど、停止していました。

こんな時間に見ていた人がいるかわかりませんが、ご迷惑をおかけしました。


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コロナワクチン三回目接種  2022-03-28 15:40:33  家族

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もう5日も前の話だが、先週水曜日、23日の夕方にコロナワクチンの三回目接種を受けてきた。

接種したのはモデルナのワクチン。


妻と一緒に予約を入れ、仕事を早退して車で会場へ。

まぁ、このこと自体は特に問題はない。


接種して数時間たち、腕が痛くなってきたなー、というのも1・2回目と同じ。特に問題ない。



翌日、木曜日の朝、妻は若干熱がある、というのでアセトアミノフェン系の熱さましを飲んで午前中寝ていた。

僕は仕事があるので自宅で作業。


昼頃、僕も若干熱が出てきたので薬を飲むが、仕事は続ける。



問題が出始めたのは夕方になってから。

16時を過ぎたころから、急に寒気を感じてきた。


これは、今日は夕方5時(17時)に作業終了させてもらおう、と思いつつ仕事を続けるのだが、16時半ごろには辛くなってきた。


熱を測ると、38度あった。仕事先に連絡して、すぐ作業終了。寝る。

ちなみに、薬は6時間開けないといけないので、この時点ではのめず。


布団に入っても寒気が取れなかったのだが、30分くらいしたら大丈夫になった。

その後、気づいたら少し寝ていて、18時ごろに目が覚めた。


熱を測ると38度8分。

妻は少し楽になった、というので、夕飯の支度を任せて寝る。


いかんな。夫婦二人で一緒にワクチン接種するのは良くなかった。




翌日の朝には僕は熱は下がっていた。


午前中はなんとなくダルさも残っていたが、午後にはそれも消える。

最も、腕の痛みはまだ残っていた。


子供たちも、この日が終業式で明日から春休み。

なので、夕飯は手を抜いて、冷凍お惣菜とお菓子でだらだらと過ごす。



土曜日には僕は調子を取り戻したが、妻はまだ少し調子が悪かった。

もっとも、腕を「押さえても痛くない」普通の状態になったのは、僕は日曜(昨日)の夜。

妻はこの時点でまだ痛かったようだ。




さて、すでに4回目接種をどうするか、という検討も始まっているようだ。


インフルエンザと同じように、今後定期接種が必要なワクチンになっていくのかもしれない。


今は、たった1年程度で開発したワクチンで副反応も強めなのだけど、やがて穏やかなワクチンも作られるだろう。


今回の反省は、夫婦一緒に接種してしまったこと。

一緒に寝込むと家事が回らない。


次回があるなら別の日にしなくては。


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別年同日の日記

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長女発熱  2022-02-15 18:43:13  家族

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今朝6時半ごろ、長女が起きてくるなり熱を測り、「38度2分ある」と言ってきた。


昨日夜からなんか調子が悪く、今朝起きたら頭がふらふらするので測ってみたそうだ。

食欲もないといい、そのまま自室に戻って寝る。



さて、これは大変だ。コロナのオミクロン株を疑う必要がある。




ひとまず、長女が触った体温計はアルコールで拭く。

長女が水を飲んだコップは、すぐに洗剤で洗う。


それから家の24時間換気システムを「強」に設定。


家族にコロナ疑いがいる場合は、通学してはならない。

長女の中学と、次女の小学校に欠席の連絡。

(長男の高校は、高校入試が今日からなので元々休みだ)




長女はそのまま昼過ぎまで寝続け、起きたら「おなかすいた」と言っている。


長女の部屋に小さなテーブルを運び、そこで食べてもらうことにする。

おかゆとちょっとしたおかずを用意。


食欲がわいたようで、おかゆは2回お代わりした。


こうした作業、マスクをつけて長女の部屋に入り、作業後は石鹸で手を洗う。



ご飯の後に熱を測ったところ、36度9分。下がっている。


念のため、抗原検査キットを使う。


神奈川県から、次女の小学校経由で配布された、厚生労働省認可のものが2セットある。

また、夏に僕がデルタ株に罹患した時に、仕事の知人が送ってくれた、非認可の怪しいものも9セットある。

(10セット入りを送ってくれたので、1つだけ夏に使ってみた)



怪しいものは、怪しい。しかし性能試験になるかもしれないので、両方使ってみる。



結果、陰性だった。どちらも陰性。

熱も下がったし、多分ただの風邪なのだろう。


(のどが痛くて背中も痛いらしいので、風邪ではある)




まぁ、今の時分、風邪もひきたくないので隔離はするが、過度の心配はいらなくなった。


でも家族の誰かが罹患する可能性は常にある。

今回のは良い訓練だった、と思う。



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別年同日の日記

03年 体調悪し…

05年 忙しい一週間・火曜日

08年 三代目永眠

13年 ページワン

16年 再訂正:BCPL と Smalltalk の関係

16年 ニクラウス・ヴィルト 誕生日(1934)

20年 バレンタインの直前に


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コロナ関連  2022-02-02 17:48:22  家族

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コロナ、オミクロン株が猛威を振るっている。

今日は1日の感染確認が、東京で過去最多の2万人越えだそうだ。


全国だと、昨日の集計で1日8万人越え。


自分が罹患した昨年夏のデルタ株の時よりも感染者数は多く、幸いなことに重症者数は少ない。

なので、医療現場の人は大変そうだけど、まだ「医療崩壊」というほどの状況にはなっていない。




というニュースで始めて見たのだけど、より至近な話としては、次女(小6)が学年閉鎖で、今日から自宅待機となっている。


学校で配布された iPad を持ち帰り、朝の会はオンラインで。以降はすでに課題を出されているので自習。

オミクロンの話をそろそろ記録しておくか、と思ったのは、こちらの方がより強い契機となっている。


…が、記録しておこう、と思っても、特に書きたいことはそれほどないのだよね。




ワクチンのブースター接種は、今年の頭くらいから始まっている。

しかし、接種率が上がらないのだとか。

年寄りから順に接種なので、上の年齢層が積極的に受けてくれないと、下の世代に順番が回ってこない。


テレビなどを見ていると、接種が進まない理由は明白に見える。

…のだけど、どうもそのことに言及する人があまりいないように見える。



今回、確保できたワクチンのほとんどが、モデルナです。

そして、「ファイザーがいい」と言ってモデルナを敬遠して、様子をうかがっているお年寄りが多いのだとか。


そこで、テレビでは「交互接種でも大丈夫です」と呼びかけています。



これ、様子をうかがっている人が知りたいのは、多分そこじゃないのね。


一応解説しておけば、以前ファイザー製を接種した人が、今度はモデルナ製を接種する、というのが交互接種。

1回目と2回目の時には、交互接種はできるだけ避けて、同じワクチンを打つように呼びかけられた。


今回はファイザー製の確保量が少ないので、交互接種をするように求められている。

それで戸惑って接種が進まないのだろう…と見られているようだ。




これは政府か医師会かの公式見解なのだろうか。

テレビだと、アナウンサーの呼びかけは「交互接種でも大丈夫です」なのだけど、街角のインタビューでは「別の懸念」を口にする人を堂々と紹介しているので、本当の理由に気づいているように思う。


多くの人が「モデルナ製は副作用が強い」という噂を気にしていて、ファイザー製を待っているようだ。




そして、どちらにせよ情報が古い。

コロナに関しては世界中の医師が様々な研究をしているので、次々と新しいデータが出てくる。


古い話を信じ込んでしまい、それが原因で最新の話題に追随できていない、というのが今回の事象の根底にあるように思う。



交互接種を避けるように、としていたのは、ファイザーもモデルナも、治験の際に「自分たちの開発したワクチン」を2回接種した状態での防御率しか確認していなかったからだ。


両者のワクチンは違うものだが、根底となる考え方は同じだ。だから、多分交互接種でも問題なかった。

でも、1・2回目の接種が行われていた夏~秋にかけては、大丈夫だと言い切るほどの根拠に乏しかった。


そこで「交互接種は避ける」としていたのだけど、それでもやむを得ない事情で交互接種になる人はいた。


その人たちのおかげで、今では「交互接種しても効果は変わらない」という情報が得られている。

だから今回は「交互接種で問題ありません」と言い切れるのだ。


交互接種は避ける、というのはすでに古い情報で、問題ない、が最新情報なのだ。




同じように、「モデルナ製は副作用が強い」も古い情報になっている。


日本では、ファイザー製は地域接種に回され、モデルナ製は職域接種に回された。


地域接種は高リスクであるお年寄りから開始され、職域接種は「職域」なので当然現役世代から開始された。


ここで、確かにモデルナ製の方が強い副作用が出た。

そこで「モデルナ製は副作用が強い」とされたし、「海外ではこれほど強い副作用が出ていないので、モデルナは日本人の体質に合わないのかも知れない」とまで言われた。


でも、その後で「若い世代の方が副作用が出やすい」という統計情報が、世界中から上がってきた。


何のことは無い、ファイザー製はお年寄りを中心に接種していたので副作用が弱く、モデルナ製は若者を中心に接種していたので副作用が強かった、というだけなのだ。


海外では~ というのも、多くの国では、接種の際に日本のような区分を行っていなかったためのようだ。

モデルナ製を「全年齢に」接種していて、年齢を考慮せずに統計を取っていれば、「若者だけ」の日本の統計よりも副作用が弱いように見える。



というわけで、現在はモデルナでもファイザーでも、副作用はそれほど違わない、というのが最新の情報だ。


モデルナ製は副作用が強くて怖い、というのは古い情報になっている。




人は不安になると情報を得ようとするが、一度十分な情報を得て満足すると、それ以上の情報を得ようとはしなくなってしまう。


だから、刻々と状況が変化するときに、「古い情報」を信じて行動してしまうことがある。

その行動は間違った情報に根差しているので、残念な結果を引き起こす。


いま、政府か医師会か知らないけど、発信すべきは「モデルナ製でも副作用が強いということはありません」という情報なのだと思うのだけど、多分これ言っても信用されないのだよね。


自分が信じていたのと違う情報が、土壇場の状況で提示されると、多くの人が新しい情報を疑うから。

ワクチン接種を推し進めるために政府が嘘を言っている、とか陰謀論にされてしまう。



そういう時は、最新の「結論」だけでなく、なぜその結論に至るのかを説明するしかありません。

多分、テレビなどでは時間の都合もあってそこまで深堀することが難しい。


…と思ったので、今日はそうした話を書いてみました。


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別年同日の日記

06年 インクリボンを買いに

12年 人工衛星

15年 僕のかかわったゲームのこと

17年 内藤時浩さん 誕生日(1963)

18年 機材管理

21年 節分


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鎌倉散策  2021-12-11 16:32:15  家族

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鎌倉散策

忙しくて書けないでいたが、ちょうど一週間前の土曜日の話。


コロナ禍で、小中学校は様々なイベントを延期にしていた。

それが、1か月くらい前から一気に実施している。


おかげで長女も次女も相次いで鎌倉に社会見学に行った。


で、二人ともいうのだ。

学校で行っても、速足で見て回るだけで楽しめなかった。家族で見に行きたい、と。




そんなわけで家族で鎌倉散策。

家族で、と言っても、高校生の長男はもう家族行動よりも自分の好きなことしたいらしく、留守番。


まずは次女がもう一度ゆっくり見て回りたい、という鎌倉文化交流館へ。

鎌倉から出土した遺跡・遺物などを展示し、解説する施設だ。


写真はシェルピンスキーのミツウロコ。…というのは冗談だがそんな感じ。


鎌倉幕府を開いたのは源頼朝だが、実権を握ったのは北条氏だ。その北条氏の家紋がミツウロコ(三つ鱗)。

普通は、「三角形を3つ重ねて、より大きな三角形にした形」だ。トライフォースと言えば伝わる人も多いかも。


ところが、写真は盃に描いてあったもので、ミツウロコを3つ重ねて、さらに大きなミツウロコにしてある。

再帰構造だ。フラクタルだ。シェルピンスキーとしか言いようがない。



…文化交流館は当然鎌倉時代の遺物などもたくさん展示されているが、「鬼急急如律令」と書かれた木札があった。

陰陽師の世界だ。ラノベとかではおなじみだが、本物を目にすることは、普通はない。


そういうのに興味がある人はぜひ行こう。(そういう施設ではないのだが)




ゆっくり見たので、文化交流館を見終わったら昼ご飯の時間だった。

駅前まで歩いて食事。昼時なのでどこも混んでいてなかなか入れる店が見つからなかった。


その後、大仏が見たいという次女の要望で、由比ガ浜商店街を通って高徳院まで歩く。

まぁ、最初から歩くのは目的の一つだったのだ。最近外出して無くて体力明らかに落ちてるから。


由比ガ浜商店街は変な店が多くて面白い。いろいろなものを見つけて、面白いねぇ、とか話しながら歩くのだが、特に店には入らず。


やがて高徳院につき、中に入るが…

次女は、大仏を見たらすぐ出る、というくらい滞在時間が少なかったそうだ。

まぁ、学校で数カ所周るスケジュールの都合もあるのだろう。


だけど、大仏って見る以外特に何もないのだ。

本来大仏の中に入れる(御胎内)のだけど、コロナのために入ることもできなくなっていた。


せっかくなのでしばらく滞在するが、特に何もなく帰ることにする。




大仏近くのケバブ屋さんで、トルコアイスを売っていた。ドンドルマってやつだな。

食べたことなくて興味あったので、家族で1つだけ購入。なかなか美味だった。


長谷寺の前まで行き、まだ少し時間もあるし、長谷観音見る?  と相談してみた。

こちらも、大仏と同じで見る以外に特に何もない。


今回はもういいかな、ということになり、入るのはやめた。



しかし、目の前にオルゴール堂があった。


…オルゴール堂、どこにでもあるよな

(リンク先は、まだ小樽にしかなかったときに訪れたときの話。その後日本各地の観光地にチェーン店を広げている。)


ちょっと入ってみる。


僕は自動演奏機械が好きだ。機械として好きなので、美術品として普通のオルゴールをデコレーションして高く売るだけのものはあまり好きでない。


でも、オルゴール堂の主力製品はそうしたもの。

まぁ、「普通」だからこそそれほど高価にはならず、需要があるのは事実だけど。

(それを否定するものでもない。日用の美術品としての価値に見合った価格だと思う)


でも、ところどころに商品ではない、アンティークの本当に高価なオルゴールが置いてあるのね。

時々演奏会やっているらしいけど、普段はただ置いてあるだけ。


次女が興味を持ったので、それらがどういったものであるか、そこらへんで見るオルゴールと何が違って、どう面白いものなのかを解説。


次女はオルゴールに興味を持ったようだ。

ごく普通の安いものでもいいから、自分のオルゴールが欲しい、と言い出した。

でも、安いものでも彼女のお小遣いでは買えないので、今は保留。

お金をためていつか買いたいらしい。




再度由比ガ浜商店街を通って帰るが、今度は雑貨屋に入った。

長女がかわいいバッグを見つけて欲しがったのだが、妻もトレーナーを購入。


歩き続けで、さすがに子供たちは疲れたようだ。

市役所に車を停めていたのでそこまでは歩くしかないのだが、それで散策終了。



歩き回った距離としては多分 10km くらい。

しかし、ちょっと疲れました。コロナ以降、外出が減って体力落ちている気がします。



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別年同日の日記

16年 ゲーム保存協会にサポーター登録しました


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青春デンデケデケデケ  2021-10-28 18:06:09  家族

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いや、表題の小説も映画も内容知らない。

タイトル使ってみたかっただけ。




シルバーウィークあたりに大掃除をしていて(という話は何度か書いたのだが)、古いギターが出てきた。


僕の所有物だけど、僕はギター弾けない。姉から譲り受けたものだ。

その姉も、ギター弾けない。ビンゴの景品でもらってきたものだ。


Fernandes の ZO-3

発売当初、大人気で入手困難だった時期に、姉が友人のバンドマンに誘われて音楽関係のイベントに行き、その時に入手したもの。

当然周囲は音楽のできる人ばかり。大人気の景品に一同羨んだらしいけど、一番当たっても価値のない人にあたってしまった。


で、そんな「貴重品」だったので保管していたのだけど、使わないまま置いといてももったいない。

中古ショップに売ろう、と思って廊下の片隅に出しておいた。




その数日後、テレビの音楽番組を見ていて、次女(小6)と音楽の話になった。

そしたら次女が「ギター弾いてみたい」と言い出したのだ。


廊下に置いてあるのを見たのかな、と思ったらそうではなかった。

なんか、YouTube で弾いている人を見て興味を持ったようだ。


じゃぁ、そこにあるから弾いていいよ、と廊下に置いてあった ZO-3 を持ってくる。

もう 20年近くしまいっぱなしだったので、弦は錆びているし、チューニングのやり方も忘れた。


とりあえずギターの教則本持ってきて、チューニングを…とやっている最中に、音の合わせ方間違えて弦を張り過ぎ、切れた。


ありゃ。弦を買ってこないとだめだ…

と思ったら、ケースのポケットに替えの弦が入っていた。

20年近く前、妻が「弾いてみたい」というので弦を買いに行き、3セット入りのお徳用を買ったまま、1セットしか使わなかったらしい。


そんなわけで弦を張り替え、チューニングする。

ここまでで半日仕事。


教則本の一番最初に載っている、2つのコードを変えながら繰り返し弾く練習…

を次女が始めたが、「難しい!」とすぐめげた。


そりゃ難しいよ。教則本にも、体になじむまで最低1週間はその2コードをやれ、と書いてあるもの。





次女は3日ほど同じコードを繰り返し弾いていたが、さすがに飽きた。

1週間は…というのはひとまず置いておき、趣味は楽しいことも大事だろう。


ネットで探したら、一部の弦しか弾かないことで不協和音を無くし、簡単にしたコードがあるようだ。

そして、そのコードで弾く曲が結構見つかる。


いくつかのサイトで「ハッピーバースデートゥーユー」を初心者向けの最初の曲として紹介しているので、ひとまずその練習を始めてみた。


年末に友達の誕生会をやろう、とみんなで話しているそうで、その時に弾けたらカッコいい! と。

その時までに上達したら、友達の家にギター持って行っていいよ、と許可を出す。


で、毎日練習。


弾き語りをしようとするが、ギターに気をとられると歌の音程が狂う。

音程が狂わないようにすると、ギターの音がおかしくなる。



もう半月くらい、飽きずにやっている。


次女が一生懸命練習しているのを見て、長女(中2)も興味をもって、教則本の最初の2コードからやり始めた。



ちなみに、ZO-3 はエレキギターなので、スイッチを入れなければそれほどうるさくはない。

(次女の要望で電池は入れてある)



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別年同日の日記

01年 10/28

05年 ひきちぎる

12年 山歩き

13年 ビル・ゲイツの誕生日(1955)

18年 JAMSTEC横浜一般公開日

19年 自宅電話回線


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医療週間  2021-10-19 11:07:08  家族

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長女(中2)は、以前から時々おなかが痛くなる。


小学校のころからだから、3年くらい「時々おなか痛い」が続いているだろうか。

一度医者に診てもらおう、とみてもらったのが夏休み前。


胃酸過多かなにかだろう、と行きつけの小児科医に見せたところ、どうもそういう症状ではない、との判断。

多分大したことは無いのだけど、原因がわからないのは不安なので、大きな病院に見せた方が良いでしょう、と紹介してくれた。


国立病院機構横浜医療センター。この辺りで一番の最新医療施設だ。

最新医療を行う大病院なので、いろいろな検査ができる。


ただ、平日しかやっていない。予約を入れることもできず、来た人順だ。

その代わり、紹介状がないと受け付けられないため、ものすごい人数、ということにはならないはず。


夏休み中に行こうと思っていたのだが、コロナに感染してしまったため行くことができず、9月に入ってから学校を休んで行った。



妻が付き添ってくれたのだが、半日程度だろうと思っていたら、1日かかった。

レントゲンや血液検査など、簡単にできるあらゆる検査を行ったためだ。


その結果、「原因不明」。直接見た方が早い、と胃カメラ検査をすることになった。


ただ、子供の食道は細いため、胃カメラ検査では全身麻酔が必要になるそうだ。

全身麻酔は危険を伴うため、麻酔医が立ち会い、終了後も経過観察で一泊となる。

また、朝一番の、胃が空っぽの状態で検査を行いたいため、事前泊も必要となり、2泊3日の大掛かりな検査となった。


それでも、入院前はまだ気軽に考えていた。病気じゃないのだから、事前泊といってもある程度自由だろうと。


小児病棟には、5歳児でも入院することもあるため、脱走を防ぐためにドアはオートロックだった。

さらに、朝食を抜いても栄養状態を悪くしないため、点滴のラインが確保された。


つまりは、ベッドに寝たきりになった。



こちらも妻が付き添ってくれたので僕は実情を見ていない。

もっと言えば、コロナ対策で面会が制限されていたので、妻も病棟の入り口まで付き添っただけだ。


帰宅してから長女が語ったところによれば、小児病棟は泣き叫ぶ子供などもいるため、相性を考えて頻繁に配置換えがあったらしい。


検査の際も、胃カメラに備えて麻酔薬で寝て、気づいたら別の部屋にいたそうだ。

(ベッド自体がストレッチャーになっているため、寝ている間の移動もある)



で、検査結果は逆流性食道炎。

木曜日から入院し、帰宅したのは土曜日。




さて、翌日の日曜日。

子供たちは、コロナワクチンの2回目接種を行った。前回からちょうど3週間だ。


翌日である月曜日…昨日は、3人とも熱を出して学校を休む。

前回もそうだったのだが、高2の長男は比較的軽く(それでも38度越え)、小6の次女が一番症状が重い(39度越え)。


今日は次女以外は回復して学校に行ったが、次女はまだ37度越えの熱で寝ている。


長女にとっては、先週末と今週頭を休み、久しぶりの学校となった。




さて、ついでなので自分の近況を。


1週間ほど前に、コロナ後の経過観察で血液検査を受けた話を書いた。


その少し前には、まだ嗅覚異常…「ありもしない匂いを感じる」ことがあった。(異臭症)

ただ先週後半、ふと気づくと異臭症の症状を感じなくなっていた。


同じ時期に、インスタントコーヒーを飲もうとしたときに、コーヒーの香りを感じた。

嗅覚異常はかなり治ってきたようだ。(まだ匂いの種類によってはあまり感じないのだけど)



この話を家族にしたところ、長男はまだ匂いを感じないそうだ。

異臭症はあるか聞いてみたところ、現在は無いという。コロナ療養中にあった、というのは以前に聞いている。


コロナの症状自体は長男の方が軽かったが、嗅覚異常の後遺症については長男の方が重いようだ。


長女は、僕より先に嗅覚異常から回復しているようだ。また、異臭症は出なかったとのこと。




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関連ページ

異臭症のその後【日記 21/11/07】

別年同日の日記

13年 タツノコプロの設立日

13年 Windows 8.1

17年 オーラ占い・よもやま話

18年 機材管理


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副反応  2021-09-27 20:55:10  家族

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鎌倉市で 12歳以上のワクチン接種が先週始まり、我が家の子供たちも昨日1回目の接種を受けた。


そして本日、副反応でみんな熱を出している。

高校生の長男は最高で 38.5 度くらい。

中学生の長女と、小学生の次女は 39度まで行った。


小学生の次女は、少し動かしても腕が痛いらしい。

長女はそこまで痛くは無いが、あまり動かしたくはないそうだ。



長女と次女は、今朝の時点から熱は出ていたので、学校を休んだ。

長男は今日はリモート授業の日だったので午前中は出ていたが、午後は熱が高くなったので休んだ。




僕も妻もあまり副反応が出なかったので、大丈夫だろうと思って日曜日に予約を入れてしまった。

土曜日とかにしておけば影響が少なかったな。


(3人まとめて予約を入れたかったので、比較的すいていた日曜日にしたのだ)


副反応は、若年層ほど強く出る傾向にあるそうだ。

つまりは、僕はもう若くはないってことだな。


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別年同日の日記

03年 インベーダー25周年

08年 トミカ博

13年 ラリーウォールの誕生日(1954)

14年 アラン・シュガートの誕生日(1930)

16年 Googleの誕生日


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その後  2021-08-18 12:34:31  家族

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コロナからの回復後、今週の月曜日から日常生活に戻しています。


僕は自宅で仕事をしているので、通勤は特にありません。


しかし、月曜日は一日椅子に座っているだけで背中が痛い状態に。

筋力が衰えてしまっていて、姿勢維持しているだけで筋肉痛なのです。


おそらく同様の理由で、ふくらはぎもなんだか疲れている感じの状態に。

椅子に座っているから、足に降りた血が戻りにくいんですね。

普通はちょっと歩いたりすると、筋肉の動きがポンプになって戻るものです。


食事を作る、皿を洗う、洗濯物を干す、なんていう家事もやるように戻しています。

こちらも、長時間の立ち仕事は疲れる。でも、やらないと筋肉戻らないし、リハビリのつもりでやってます。




月曜日は本当に疲れたけど、昨日火曜日は少しマシでした。今日(水曜日)はさらに良くなるといいな。

この調子であれば、少しづつ日常に戻っていけるのではないかと思います。


肺炎の後遺症の咳は、まだ出ます。

長時間話をしていたりするとひどくなるのだけど、仕事で打ち合わせの電話も来るので対応しないといけない。

まぁ、咳が出るというだけで苦しいわけではないです。


しかし、買い物などの時に咳をしていると、周囲の人は嫌だろうなぁ、と思います。

なので、公共の場では、できるだけ咳を我慢。生理現象なので完全には無理ですが、少しは我慢できます。




別の後遺症として、嗅覚異常はそのままです。

コーヒー飲んでも、紅茶飲んでも、香りを感じません。

それでも、いつもの習慣で仕事中はコーヒー飲んでいるけど。


味覚には異常はないのですが、香りがないと味気ないですね。

特に、僕は食事も作っているので、香りに関しては「いつもの勘」に頼って作るしかないです。


(長男と長女も現在嗅覚異常なので、次女と妻から苦情がでなければ問題なし)




もう一つの後遺症?


元々最近老眼になりかけている感じだったのですが、一気に進んだ気がします。


発症前は仕事の PC のモニタの文字を普通に読めていたのに、今は老眼鏡をかけないとぼやけます。

目は疲れで機能が落ちたりするから、体力が落ちている影響かもしれない。


でも、3週間何かを読むような作業をしていなかったので、目の機能が落ちたかもしれない。




僕が療養中は、次女(小6)が凄く頑張ってくれました。


妻に家事の負担が過度にかかっていたことと、僕の熱が引いたら少し安心したこともあって、妻は寝込みがちになっていました。


そこで、長女と次女が家事をすることが増えたのですが、特に次女が頑張ったのです。

僕はキッチンに入れないとは言っても、徐々に元気を取り戻していたので、指示を出しながら料理を作ってもらったりしました。


次女の料理レパートリーが一気に増えた。

各種炊き込みご飯、パスタと各種ソース作成、各種スープづくり…くらいだけどね。

最初は時間がかかっていたけど、だんだん調理速度も上がったので、料理慣れしていると思います。




そういえば、衛生管理のため毎食後に食洗器を使っていたら、酷使したためか故障しました。

(療養中の話)


このタイミングで故障…と慌てたのですが、メーカーから修理に来てもらったところ、センサーが汚れで動作しなくなっているだけと判明。

そんなところにセンサーがあるなんてこと、15年使っていて初めて知った…というレベル。



病気で隔離されていたこともあり、やることもないし、新規購入のつもりで真剣に検討していたのですが、まだ使えそうでよかった。

というのも、真剣に探したからこそ、ホシザキ製の食洗器に替わるような性能のものは、国内外探してもどこにもないと知ったから。


もし買わないといけないなら、国内メーカーは全然ダメで、海外製。

これは「現状の我が家の使い方にあっているか」という基準で、製品の良し悪しではないよ。


でも、コロナの影響でメーカーの生産量が落ちているのと、輸入の船便も使いにくくなっているのとで、海外製は現在輸入が止まっているそうです。

なので、壊れたら当分手洗いしないといけないところでした。


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別年同日の日記

02年 ボランティア

13年 終戦と父の命日と

16年 利用明細のWEBページ

16年 プリンタの不調


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コロナ闘病記 4  2021-08-10 12:30:56  家族

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最初から読む


【主治医の決定】


発症10日目、電話が掛かって来ました。

これまで神奈川県のサポート側で病状把握をしていましたが、標準的な回復になっていないので、神奈川県から依頼を受けて、鎌倉市の医師会の方でサポートを開始する、という内容でした。


早速電話で現状を聞かれます。

熱は少し下がり始めたところです。パルスオキシメーターの値は、95%くらい。


パルスオキシメーターは、93%以下で肺炎の疑いがあるためすぐに連絡を、となっています。なので毎日測っていますが、95% 程度は維持できていました。


すると、「その場で 40歩ほど足踏みして、その後パルスオキシメーターの値を教えて下さい」と言われます。

行ってみると、90% 程度。そのまま電話をしていてもすぐには値が回復せず、1分以上かかって 94% を超えました。


電話ではなく直接確認したいので、後ほどお伺いします、と言われます。


なにか機械とかで精密測定するのかと思ったらそんなことはなくて、同じように軽い運動からの回復時間を見ただけでした。

でも、パルスオキシメーターは安静時の値を見るだけでなく、こういう使い方も大切みたい。


来てくれたのは看護師の方のようで、医師ではないので現状確認しただけ。

でも、明言しないけど肺炎のようで、入院の可能性も考えつつ医師と連携します、といって帰りました。



この日、熱は更に下がって37度5分程度に。

夕飯は子供が作ったカレーがあり、美味しかったので何杯かお代わりしました。

お粥でないものを食べられました。


小皿によそったものだったので、それでも普段の半分程度しか食べてません。




発症11日めの朝。

なんと、少し眠れました。

朝ごはんも、カレーを中くらいの皿で美味しく食べられました。


で、久しぶりにたくさん食べたので、トイレに行きたくなりました。大の方。

汚い話ですが、これが大変だった…


大きいのを出そうと気張ったら、酸欠になったのです。

酸素を欲して激しく咳き込むのですが、肺炎なので急には酸素が入らない。


こういうときは横になって回復を待つのが良いのですが、トイレの最中なので横にはなれない。

咳き込みながらもとにかく終わらせて、布団に倒れ込んでパルスオキシメーターで測定すると、86% でした。すごく低い。

5分程度で 90% までは回復したのですが、95% まで 20分くらいかかっていました。




さて、その後医師の男性から電話が来ました。

状況を聞いて引き継いだので、まずは家を訪問したい、という連絡でした。

最初にコロナの確定診断ができる病院を聞いたときの、2件の片方。「訪問診療中心の病院」の人でした。


午後にお伺いします、と言われていて、1時頃に来ました。本当に午後だ。

で、すでに薬を持ってきてくれています。


まず最初に、当面僕が主治医となります、と宣言されました。サポートは鎌倉の医師会ですが、多くの医師のたらい回しにするようなことはせず、治療が終わるまでの主治医を定めますと。


そして、医師の所見として、コロナによる肺炎であること。肺炎なので入院が望ましいのだけど、病床逼迫しているのと、話をしていても薬で治療できそうなので、自宅療養で続けましょうと。


で、薬ですが、肺炎の治療に使うステロイド剤で、コロナ治療薬として承認されているものだそうです。

ただ、強い副作用もあるので無理におすすめしません。リスクとリターンを考えたら、自分ならば服用します、と。


ステロイド剤は嫌いという人もいますが、僕は特に薬に好き嫌いは無いので飲みます。

強い薬で胃潰瘍になる人もいるということで、胃薬も一緒に出ていました。


また、熱がずっと続いているようなのでと、解熱剤の強力なやつも持ってきれくれていました。

こちらは急に熱が引き始めたところなので、多分使いません。


ステロイド剤は、今日はすぐに1回分飲んで、明日からは朝のうちにと言われます。


この日はこれで終わり。




熱は下がり、食欲は更にまし、夜もよく眠れました。

12日目の朝は、体は随分元気になり、普通にご飯を食べられました。


食事を食べれるようになると、体力の回復は速いです。

これを書いている現在、15日目ですが、食事は普通に取れるようになっています。



ただし、体を動かすと息切れします。

さすがにもう、トイレに行って激しい酸欠を起こすことはないのですが、家の階段の上り下り程度で息切れは起こします。


医者の先生からは、毎日の電話の問診の際に、スクワット10回でのパルスオキシメーター測定を求められます。

スクワット10回は特にきつくないのですが、その後の酸素濃度の変化を見るのね。


これが、運動終了後に徐々に 90% まで落ちて、またゆっくり 95% くらいまで戻る感じ。

健康ならこの程度の運動では 97% くらいを維持するようなので、まだ肺炎の症状が強いのでしょう。



7日で熱が下がった場合は、10日で感染力も消えたという判定になります。

しかし、標準から外れてしまっているため、熱は十分に下がっても「まだ感染するかもしれない」扱いです。


これが地味に不便で、家の中で隔離されています。

隔離ということは、近づいた人はその後手を洗ったり、いろいろな手間が生じます。


元気にはなっているので、感染力がなくなった判定になれば、自分の身の回りのことくらいはできるようになるのですが。



以上、まだ完治はしていませんが、ほぼ回復のご報告でした。


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関連ページ

異臭症 ほぼ完治【日記 22/03/21】

コロナ闘病記 5【日記 21/08/15】

コロナ闘病記 2【日記 21/08/10】

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コロナ闘病記 3  2021-08-10 12:17:23  家族

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【病状の進行】


時系列少し巻き戻します。陽性者が判明した直後からの、病状の進行。

個人の病状を示すときは、発症を0日目とした日付を添えることにします。


まず長女。陽性判明の時点で熱が出て4日目だったのですが、熱の前に喉が痛くなっていたのでその日が発症とされました。

そして、すでに熱は下がり始めていました。


このあと、強い喉の痛みがあるものの、予定通り発症7日目には平熱になり、10日目で完治という扱いになります。


長男。陽性判明した27日から急に熱が上がり、38度5分程度に。

しかし元気で、食欲もあります。長女と同じく喉は痛いようです。


連日38度以上でしたが本人辛くないようで、薬も余り飲みません。

発症6日目に急に熱が下がって平熱になり、こちらも10日目で完治扱い。


というわけで n=2 ですが十代の若者はコロナに強いようです。

ただ、ふたりとも後遺症として嗅覚異常が残りました。匂いを感じません。

これは徐々に治るのが普通らしいので、待ちます。




問題は僕です。50代男性。

…陽性判定の日が誕生日だったので、前日なら「40代」の扱いだったのですが。


判定は発症1日目。その翌日くらいまでは元気だったのですが、以降は連日39度超えの熱になります。一番高かったときで39度8分。

最初は、熱があってもご飯を少しでも食べ、その後処方された解熱剤を飲んでいました。


しかし、熱があると食欲もなくなり、ご飯が食べられません。

方法を変え、解熱剤を飲む時間を管理するようにしました。5〜6時間おきに飲めるので、1日4回飲みます。できればご飯の2〜3時間前に飲むようにします。


というのも、飲むと30分程度で熱が下がり始め、2〜3時間後に一番低い状態になるから。

低いと言っても38度5分とかですが、その時ならご飯を食べられます。


…が、6時間毎服用と、ご飯の2〜3時間前、の両立は無理だった。

食事を用意してくれる妻には申し訳ないのですが、食べられそうなときに頼んで、なにか作ってもらうようにします。


この食事方法が確立できるまでに3日ほど。一時期は本当にほとんど食べられなかったのが、量は少ないながら定期的に食べられるようになりました。

(妻によれば、カロリーベースで普段の量の1割)


ちなみに、食べているとき以外は布団で横になっています。体力がなくて、横にならないと辛いのです。

横になっても眠れません。これも、どうも体力がなさすぎて眠れないようなのです。眠るのって結構体力使う、というのはよく言われること。


で、やることもなく横になっていると、熱のせいで悪夢のような妄想を見ます。

これが説明が難しいのだけど…


僕はプログラマーなのだけど、咳をしただけで「あぁ、今の事象を報告しなくては」って思って、なにか修正してビルドしてるのね。

ビルドしたから何があるわけではない。でも、しないといけないと思ってる。

咳をしないでも、なにか焦燥感にかられてビルドし続けてる。


他のパターンもあるけど、とにかく焦燥感にかられて繰り返し無意味なことをやっている夢。

先に書いたけど、寝てはいないので意識はあって、これが熱のせいで見ている悪夢だという自覚はある。でも止められない。気が休まらない。


ラジオとか聞くと、言葉に意識を持っていかれて余り悪夢を見ないとわかり、常に radiko を使うようになりました。

(それでも見るときもあるのですが)




さて、1日4回飲むと解熱剤はすぐなくなります。

妻の分ももらって飲み続けます。


2回ほど、37度台まで下がって喜んだのですが、その時だけ。

薬が切れると39度台、薬を飲んでも38度5分程度、というのが基本です。


発症7日目に下がるのを期待したのですが、全然下がりません。

妻の分の解熱剤も飲み干し、すでに治療完了した長女の余りをもらいます。

見事なアセトアミノフェンジャンキー。


そのまま発症9日目になり、熱が下がり始めます。

薬が切れる時間になっても、39度まで戻らないのです。

とはいえ、38度はあるので薬は飲みます。


熱が下がって、少し食欲が出ました。



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コロナ闘病記 2  2021-08-10 12:09:01  家族

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【生活ルールの構築】


誰が陽性で誰が陰性かわかったところで、家の中での感染対策を行います。

まず24時間換気システムの送風を「強」に。スイッチひとつでできる対策。


そして部屋割。


子供は自室を持っていますが、長女と次女はカーテン区切りで感染対策としては少し不安です。

また、夫婦は同室です。僕が発症した日は、妻はリビングで寝ました。


そこで、僕と次女を入れ替えることにしました。

こうすれば、陰性の妻と次女が同室、陽性者は各個室をもち、できるだけ部屋に閉じこもることが出来ます。


トイレは1階と2階にあるので、1階を陽性者用、2階を陰性者用とします。蓋を閉じて流すルールを徹底。


リビングは、うちはキッチン〜洋室〜和室のひとつながりです。

キッチンは陽性者は立入禁止。洋室も陰性者用とし、和室を陽性者用の場所にします。

食事の際などは、別のテーブルだけど声が届く距離です。


洗面所が一番問題。

全員コップをわけ、歯ブラシはブラシ部分を下にしてコップに入れるようにしました。

これで、ブラシが接触して感染することもなくなります。歯磨き粉も当面使用禁止。

タオルも陽性者用と陰性者用を分けます。


洗面所には洗濯機もありますが、汚れ物は洗濯機へ。このとき洗濯機を触らないように、蓋など開けっ放しにしておきます。

新しいタオルがほしい際は、普段ならタオル入れの引き出しから出すのだけど、陽性者用は別の箇所に積んでおきます。こうすることで、陽性者が触るところを減らします。


基本はこんな感じで、細かなルールは運用しながら妻が改良していきました。

おかげで、陽性者と陰性者が一緒に生活しているのに、あまり不自由なく、普段に近い生活が送れました。




ただ、その普段と変わらない生活の裏には、妻の多大な労力があります。


普段の家事は多くが僕の担当。食事の準備と皿洗い、洗濯して干して、風呂を洗って沸かすのも。

単にこれが妻に移行するだけでも妻の負担が大きいのですが、感染対策のために手間が増えています。


食事は2つのテーブルに分けましたが、病状によって食べられないものなども出たので(主に僕)、個別対応が必要でした。


「おかわり」と言われただけでも、素直にお代わりできません。

陽性者が触ったお茶碗を触った手で、給仕を行うと感染の可能性があるためです。

別の器などにお代わりを準備し、持っていってお茶碗に移す、などの方法を取っていました。


食器は僕は夜まとめて洗っていたのですが、ウィルスが付着したものを放置しておくのも危険なので、毎食後洗います。


この際、我が家の食洗機の特殊性が問題になります。


我が家の食洗機は1回の洗浄時間が5分です。代わりに1度に洗える量は少なめ。

2つトレーがあるので、1つを洗っている間に、もう一つのトレーに次に洗うものをセットしておきます。

これを次々繰り返せば、どんなに多くの食器があっても一気に洗うことが出来ます。


普段なら、トレーを入れ替えたら軽く手を洗います。洗い終わった食器を取り出すために、手の汚れを落とすのです。

しかし、感染対策としては、石鹸でしっかり洗う必要があります。これがかなりの手間。


しかし、こうした妻の努力で生活がかろうじて保たれていました。




【支援】


確定診断を行った27日の夜には、神奈川県の療養サポート窓口から電話があります。

本当は保健所から当日中に電話が来るのだけど、作業が間に合っていないので明日の朝になるかもしれない、とのこと。


この日、東京では初めて1日の感染者が2000人を超える2800人の報告となり、神奈川県でも758人で過去最高でした。


翌日、午前中に保健所からの電話があります。陽性者それぞれの状況確認。必要な部分は本人が電話に出ます。

神奈川県では、発症した日を0日目として、7日目までに熱が下がれば、10日目の終了をもって治療完了としています。(これ以降ウィルスは感染力を持たないためです)


そこで、治療完了予定日がそれぞれに伝えられます。

あと、これらの状況把握のために LINE への登録がお願いされますが、これは全員すでに行っていました。(療養者向けマニュアルに書かれていたため)


翌日29日には、バイク便でパルスオキシメーターが届けられます。

これは血中酸素濃度を測かるためのもので、LINEへの入力も求められます。


30日には、支援キットが大きなダンボール3箱(3人分)届きました。


中身は、トイレットペーパー120m 3巻、ティッシュ2箱。

長期保存可能菓子パン5個、ニンジン&オレンジジュース3缶。

さとうのごはん…20食分くらい? レトルトカレー2袋。

インスタント味噌汁24食分、緑茶ティーバッグ40袋。

以上が1箱分。


陽性者が食料を触るのは良くないので、届いたときに撮った写真をもとに書いてます。

少し違うかもしれません。この後妻がダンボールから出して管理しました。


で、翌日からは治療完了予定日まで、冷凍お惣菜3食分の宅配があります。

サトウのごはんや味噌汁と合わせ、毎日の食事提供になっているのですね。


ただ、妻は最初は楽できそうと言っていたのですが、病気で食が細くなっている人の分を減らしたり、陰性者のぶんが足りないので料理したり、結局大変だったようです。


(特に食べられず、迷惑を掛けたのは僕)



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コロナ闘病記 1  2021-08-10 12:05:32  家族

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新型コロナウィルス(COVID-19)に感染しました。

ほぼ回復しつつありますが、まだ完治はしていません。


しかし、文章をまとめられるくらいの体力は回復したので、経緯を記しておこうとおもいます。


まとめて読む




【陽性判定】


事の起こりは、7月22日にかかってきた電話でした。

長女(中2)の通う塾からで、塾でコロナ陽性者が出たため、濃厚接触者ではないがPCR検査をお願いしたい、という内容でした。


23日に検査会場に行ったのですが、長女は「なんか喉が痛い」といっています。

濃厚接触には当たらないという塾からの説明でもありますし、のどが痛いのがコロナだ、ということにはなりません。


24日、長女が発熱。37度台のそれほど高くない熱でした。


念の為、長女は他の人に近づかないようにします。

食事は同じ部屋だけど、少し離れて食べる形。(誰もいないところで食べるのは寂しいので)


25日、長男も発熱。37度台です。

長女の熱は38度台へ。


長女の塾から連絡があり、PCR検査の結果は陰性だったので、明日から塾に来てくださいとのこと。


さて困った…ここで陽性だと言われれば対応は簡単だったのですが、コロナ以外の可能性を考えないといけなくなりました。

また、陰性が出た直後なので、病院で検査してもらいづらくなりました。


26日。

僕はなんだか朝早く目がさめました。体のあちこちがなんか痛いです。

変な姿勢で寝ていて寝違えて、それが原因で目が覚めたかな、と思いましたが、熱を測ると37度台。

この日長男は37度台、長女は38度台です。


妻も念の為熱をはかり、微熱がある、とのことでした。

感染力の高さで、コロナの疑いはさらに高まります。


いよいよ本格的に確定検査の方法を調べます。

自費での確定検査を受け付けている病院も結構多いとわかりましたが、これはむちゃくちゃ高いです。


公費での検査は医師がコロナ疑いと診断した場合で、その目安の一つは高熱が4日続くこと、のようでした。

すでに長女の熱は3日目なので、明日検査に行きましょう。


食事などは一人だけ熱のない次女を離す形に。


27日。

検査に行くつもりで朝から情報を確認しているのですが、よくわかりません。

まずは行きつけの病院で検査を、とされているのですが、普段使っている病院では確定検査を行っていないようです。


その場合、神奈川ルールでは最寄りの保健所に連絡して病院を教えてもらう事になっているのですが、鎌倉市には保健所はありません。

で、神奈川県が設置しているコロナの相談センターがあることがわかりました。保健所のない市はこちらで教えてもらえます。


電話をかけて状況を伝えると、すぐに最寄りの病院で確定診断を行ってくれるところを紹介してくれました。


2件あり、ネットで調べると1件は訪問診療中心でした。そのため、医院をあけている時間が少ないです。

もう1件は長女の塾のすぐ近くでした。話が早そうなのでこちらに連絡することにします。


…とその前に、次女を起こします。時間は9時頃。次女はほっとくと昼まで寝てます。

念の為に熱を図らせると、平熱より少し高いようです。


さて、病院に連絡。

まずは診療予約を入れるつもりで電話したのですが、そのまま電話による問診になったようです。

家族全員の問診を行い、保険証・医療証はスマホのカメラで送り、11時に車で医院に行くように言われます。駐車場に車をとめたら車内から電話してください、とのこと。

この際、10時以降は歯磨きも水を飲むのも禁止。暑いので、検査後すぐ飲めるように水を持っていくこと。


車の席順。どうしても密です。

僕は妻もコロナ疑いだと思っていたのですが、微熱以上になる兆候がないから違うかも、といいます。次女も起きてすぐは体温が安定していなかっただけで、平熱です。


強い疑いは長女、長男、僕。この時点では僕が症状が一番軽いです。

そこで、僕が車を運転、長男は助手席、長女は長男の後ろにします。

妻が後部座席中央にのり、次女は僕の後ろ。


車は窓を全開にして走ります。




病院について連絡をいれます。準備するので少し待つように言われます。

駐車場の片隅で親子連れが立っていました。


で、どうやらこちらの親子も検査に来たようでした。病院の人がワゴンを持ってきて検査をしています。

なるほど、コロナ疑いだから病院には入れず屋外で済ますのか。


しばらくしたら我が家の番でした。

鼻の奥の粘液拭い取りによる抗原検査でした。


僕からはじめましたが、30秒ほどで「お父さん陽性」といわれます。

続けて長男陽性、長女陽性。


妻と次女は陰性。しかし、家族なので感染疑いはあり、より精密なPCR検査もしましょう、と言われキットを渡されます。

明日家で起きてすぐの唾液を採取して持ってきてください、と。


このあと車の中で1時間待たされます。県に対してコロナ陽性者発生の報告手続きなど行っていたようです。

神奈川県がまとめた、コロナ療養者のためのマニュアルを渡されます。これが非常に良く出来たもので、病気中何度も参照しました。


念の為家族全員の解熱剤をもらい帰宅。

妻の分も薬があったのが、後で役立ちました。…僕が飲んだ、という話ですけど。



※PCRの結果がわかるのは2日後ですが、妻、次女とも陰性でした。


※普段の食事の際の席順ですが、長女の両隣が、僕と長男です。


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夏休み  2021-07-22 16:28:04  家族

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子供たちが夏休みに入った。


小中学校は20日で終業式。高校は21日だった。

なので今日から夏休み。


これで…ゆっくり眠れる。


長男の高校は家から遠いため、朝7時には家を出ないといけない。

そのためには6時に起きて食事をしないといけないし、お弁当を作る必要もある。

そのため、僕は4時半には起きていた。


一方で、中学生の長女は塾に通っており、今時の塾は終わるのが夜10時近い。

子供をそんな夜遅くに一人で出歩かせるのは怖いため、送迎は僕が車で行っている。

このため、どうしても寝るのが11時すぎになってしまう。


まぁ塾は毎日ではないのだが、これが地味にきつい。

子供を学校に送り出した後に寝たりして、睡眠時間のつじつまは合わせているのだけど。


夏休み中も塾はあるし、高校の登校日もあるのだけど、少し余裕をもって寝られるだけでもありがたい。




夏休みに入る前に梅雨は明けているのだけど、今年の梅雨はひどかった。

特に7月の頭は、毎日日本のどこかで豪雨による災害警報が出ていた感じ。


僕の住んでいる鎌倉でもレベル4の避難指示が出たし、熱海では土石流が起きて多くの方が亡くなった。

幹線道路が壊れたことによる、付近住民の生活に対する影響も大きいという。


観光地としての熱海のあたりは大丈夫なのだが、旅行のキャンセルなどの被害も大きいという。

そう聞くと旅行に行ってあげたい気になるのだが…今年もコロナの影響で外出自粛も呼び掛けられているし、夏の家族旅行は予定していない。




コロナの影響で1年延期されたが、オリンピックは明日から開催。

開催直前になって、サプライズを狙って隠されていた開会式などの関係者が明らかになったところ、過去のいじめや障碍者に対する差別などが次々と明るみになり、辞任に追い込まれている。


開会式の楽曲が使えなくなり、今日になって演出自体も使えなくなった。

どうするかは現在検討中とのこと。



ロンドンオリンピックに関与したロックミュージシャンとかは前科持ちばかりだった、ということを言っている人もいたが、別にそれは構わないと思う。

しかし、差別やハラスメントを無くす、という建前のオリンピックで、障碍者の努力をたたえようというパラリンピックで、障碍者に対して差別意識を持っている人を関与させるのは、批判が出て当然だろう。



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