家族30ページ目の日記です

目次

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2023-12-10 ガスコンロ
2023-12-25 クリスマス
2024-01-01 あけましておめでとうございます
2024-01-08 正月休みに遊んだゲーム
2024-01-31 風邪惹き
2024-02-02 朝ご飯
2024-02-14 受験シーズン
2024-03-17 国立西洋美術館
2024-03-22 鎌倉アルプス
2024-03-31 母三回忌
2024-03-31 牧場ソフトクリーム
2024-04-03 長男大学入学
2024-04-15 観音崎自然博物館
2024-04-15 ビーチコーミング
ガスコンロ  2023-12-10 12:40:06  歯車 料理 住まい 家族

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我が家はオール電化だ。


東日本震災の時は、長時間の停電になったので、庭で焚火をして煮炊きをした。

キャンプ好きのスキルはこういう時に活きる。


でも、災害の時にいつでも焚火ができる保証はない。

災害が「台風」によるものだったら、外に出ることが危険なのだ。


一応キャンプで使うガソリンコンロは持っているので、部屋の中でも使える。

しかし、もっと気軽に使えるものがあった方が良いんじゃないか、と思っていた。




コロナ禍が始まったころ、こういう災害もあるんだな、と思って、災害時用の備品などを見直した。

その時に、やっぱりカセットコンロを買おう、ということになり、購入した。


買ったからには一度使ってみないとな、と思ったのだが、なにぶんコロナなので、家族でもなべ物などやりにくい。

当時小学生だった次女が「しゃぶしゃぶやりたい」と言っていたのだが、できずにいた。



で、昨日買い物に行ったときに、年末だし鍋でもやろう、ということになったんだ。


しゃぶしゃぶ用の豚肉を買おうとしたら、次女(すでに中学生)から「小間がいい」と変なリクエスト。

大きい肉は見た目は豪華だが、枚数にすると食べられる枚数が少ない。

同じ重さでも、小間であれば何度も口に運ぶことになるので、たくさん食べた気がする、と。



しゃぶしゃぶ肉も小間肉も値段は同じだったのだが、食べたがっている次女のリクエストに応えておいた。




しゃぶしゃぶって、本来はだし汁だけで、中で肉を泳がせて食べる。


でも、野菜もおいしく食べたいので、何を入れればいいんだろう? と買い物をしながら調べる。


水菜を入れる、というレシピがあった。水菜、家にあったな。ちょうどいいからそれを使おう。


あとで準備段階になって気づいたが、レシピサイトでは「しゃぶしゃぶ」として書かれていたのだけど、豚肉と水菜だと「はりはり鍋」ではないのか。

(本来クジラ肉と水菜の鍋だが、近年クジラは入手困難なので豚で作られがち)




机の上でカセットガスコンロに火をつけると、子供たちが「なんか怖い」と言い出した。


うちは IH だから、ガス火慣れてないよね、と言うと、ガス火は家庭科の授業で使っているから問題ないという。


ただ、いつも使っているテーブルの上に火がある、というのが不思議で怖いらしい。



次に、次女が「このカセットで、何時間くらい使えるの?」と疑問を持った。

いや、弱火か強火かでも違うし、単純には言えないよ、と言うと「そりゃそうだわ」と笑い転げる。


まぁ、通常の料理が1缶でできるようにしてあるので、1時間くらいは使えたはず、と答える。



化学好きの長男、カセットの中のガスの種類と、容量が分かれば熱量は求まる。と言って調べる。

ブタンガスで、1缶250g だね。


じゃぁ…と何やら計算を始める。しばらくたって「1缶の熱力は、~Kcal」みたいなことを言ってきた。



なら、ガスコンロの火力が分かれば、何時間使えるか求まるかな。

コンロの箱には、3.3Kw と書いてあった。長男が計算を始める。


「だいたい、3700秒ちょっと使える計算になる」


続いて 3700秒を時間に直そうと計算を始めるので、僕が瞬時に「1時間で3600秒」と答える。

これは、プログラマーなら常識にしていないといけない。


1缶で大体1時間、と言っていたが、少し余裕をもって作られているようだ。

綺麗に答えが出たことに満足する長男。




美味しく食べた後で、片付け中。


長男がカセットを外した後のコンロ本体を興味深く見て、「カセットを嵌め込むところの装置、どうなってんの?」と聞いてきた。


この時、長男側からは火力調整のつまみが見えていなかったので、つまみと連動してガスの量を変えられるようになっている、とつまみ側を見せる。


カセットつけてない状態でつまみ動かしても大丈夫? と聞いてくるので自由にさせると、強側に初めて回したときだけ「かちっ」と音がするのはなぜかと疑問を持った。


あぁ、それは、着火のために火花を出している。

点火プラグに注目させながら、また「かちっ」とやると火花が飛んだ。


これは何らかのエネルギーを使っているが、電池などは入っていないことを瞬時に理解した長男。

すぐに「何度も繰り返すと、火花が飛ばなくなって本体が使えなくなる?」と聞いてきた。


本体にエネルギー源が組み込まれていて、それを使っていると想像したのだ。


いや、そうではなくて電気石みたいなもの、と言うとそれだけで理解した。

電気石は、叩くなどの強い力を加えると電圧を生じる鉱石。


実際には、それを電子部品として使いやすくしたピエゾ素子が入っていて、つまみを回す力を一度ばねに溜めたうえで、回しきった時に一気に力を開放して素子を叩いている。

「かちっ」という音は、その叩いたときの音。


ついでなので、この仕組みが一部の使い捨てライターに使われていることを教える。

そして、その部分を使うと、高電圧でコンピューターを狂わせられたので、昔は悪い人が自販機などをだまして金をとるなどしたため、今では対策が進んでいることを教えた。




コンロを箱に戻しながら、なんとなく箱の裏の説明を読んでいた。


ガスカセットの容量が減っても、火力が衰えない…とか書いてある。

あ、ガスカセット入れる部分に謎の板があると思ったら、そういうことか。


面白いので、もう一度コンロを出して再確認。


ガスボンベには、圧縮された状態でガスが入っている。

しかし、ガスを使って圧力が下がると、温度も下がる。


そして、温度が下がると、膨張する力も下がる。

すると、ガスが外に出ていく力が失われてしまい、ガスを最後まで使い切るころには弱火になってしまう。


これを防ぐためには、冷え続けるボンベを温めてあげればよい。

火を燃やしているのだから、熱源はすぐそこにある。



多分屋内だとそんなひどいことにならないのだけど、冬場のキャンプとかでは結構切実なのよ。

だから、キャンプ用品だと、火の熱をボンベに伝えてやる、ヒートプレートはよく使われる。


このコンロには、その仕組みが組み込まれている、というだけの話。


このしくみにも、長男が感心していた。




ただ家族でしゃぶしゃぶをやった、というだけの話なのだが、我が家だといつもこんな感じ。

ただみんなで食事をするだけで、つぎつぎ面白い知識が飛び出してくる。



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クリスマス  2023-12-25 11:27:41  家族

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メリークリスマス


今年のクリスマスは、みな忙しくてパーティ気分ではなかった。

一応、長男のリクエストもあってローストチキンは焼いたのだが。


長男は日曜日で久しぶりの休み。しかし、朝からどうも体調不良で、夕方になって熱を出した。

先日長女が風邪もらってきたから、感染したようだ。


長女は高校で演劇部なのだが、一人熱血先輩がいて、風邪でも部活を休むことを許さない。

風邪惹きの人と密集して大声で発声練習していれば、感染して当たり前。


それで集団感染引き起こしても、本人が熱血であるがゆえに、自分のやり方が間違っているとは思っていない。

繰り返し同じことをするのだ。これによる感染は、この冬3度目。


さて、その長女は、高校の部活の遠征で電車で1時間ほどかかる街の劇場へ。

昔から親交のある劇団のクリスマス公演に、部活として参加するのだそうだ。


夜7時くらいには帰る、と言っていたが、帰宅は8時だった。

チキンは6時半ごろに焼きあがるように作業していたので、熱々ではなくなった。

(オーブンに入れたままにしておいたので、冷めることはなかったけど)



次女は、6時から塾。なので、夕食を一緒に食べられない。

残しておいたので10時前に帰宅してから食事。


「シャンメリー飲みたい」と主張していたので、この段階でやっとシャンメリーを開ける。

ちなみに、次女は炭酸大好きだが、長女は苦手。長男はあればのむけど好きなわけではない。


親としてもスプマンテ買ってあったのだけど、次女の迎えに車運転しないといけなかったし、翌日(今日)は平日で早く寝ないといけなかったので、飲まず。


スプマンテなんてクリスマス以外で飲まないぞ。どうしよう。

正月に開けるか?




チキン自体は、美味しいと好評でした。


ローストチキンは、売ってるけど自分で焼く方が絶対旨い。

売っているものは、持ち帰りやすいように肉汁垂れ流すわけにいかないから、少し身が固くなるくらいまで焼いて水分飛ばしているんだよね。


でも、鶏肉なんて水分多くてぷりぷりの方がうまいのだ。

これは、家で焼かないと味わえない。


作るのも別に難しくなくて、塩コショウ擦り込んだ肉を200度~230度のオーブンで焼くだけ。

時間は分量によって違うけど、丸鶏なら45分~1時間。腿や胸など、精肉なら30分くらいで焼ける。


野菜やリンゴを周囲に置いたり、少し天板に水を入れておくなどしておいた方が良い。

乾燥した空気より、湿った空気の方が熱を伝えるから。


天板にたまった肉汁を集めて、鍋で少し水分を飛ばしたうえで、ニンニクすりおろし、コンソメパウダー、砂糖、しょうゆ、胡椒など入れてソースを作るとよい。

昨日の場合、このソースがうまいと、妻はバケットのトーストにつけて食べていた。



家族5人に腿がいきわたるように、丸鶏とは別にもも肉3本入りのパックを買ってきてあった。


長女に腿は一人一本あるよ、と言うと不思議がるので、「5人家族用に足が増えたキメラ鶏」とか言ったら信じかけたのであわてて否定した。


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別年同日の日記

02年 クリスマスイブ

03年 WinXP

16年 コラムス 97 の音楽

17年 クリスマス

18年 今年のクリスマス

19年 メリークリスマス


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あけましておめでとうございます  2024-01-01 09:54:10  料理 家族

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あけましておめでとうございます

毎年恒例、今年のおせち。


左上、一の重。紅白かまぼこと昆布巻きは既製品。

伊達巻と錦玉子は僕が作ったもの。

特に錦玉子は以前から作ってみたかったが初挑戦。美味しくできた。



右下、二の重。

田作りは妻の作。妻は千葉出身でピーナッツを入れる。

また、飴掛けの堅いのが好きでないので、砂糖を入れて焦がすことで、非常に薄いコーティングを作る。


栗きんとんはほぼ長女の作。サツマイモの裏ごしを3度も行った。

2度やるつもりだったが、最後の工程でダマができてしまったため、追加でもう一回。

栗は市販の甘露煮だが、金団部分が凄く滑らかでおいしい。


数の子入り松前漬けは、ほぼ既製品の組み合わせ。僕が仕上げた。

いくらは、秋に僕が筋子から作って冷凍して置いたもの。

今年のいくらは、適度な弾力があってとてもおいしかった。



左下、三の重。

鶏ハムは僕が作ったもの。

一昨年は塩漬けにしておくのを忘れ、昨年は塩抜きするのを忘れ、いまいちな出来だった。

今年はしっかり塩漬けにしたうえで塩抜きしたらとてもおいしい。本来の鶏ハムの味。


ハタハタの飯寿司は既製品。北海道のもの。



右上はエクストラ。

年末に買い出しに行った際に、大玉のトマトが非常に安かったので、皮を湯剥きして出汁醤油につけてみた。

思ったより出汁の味が染みなかったが、うまい。

ゆで卵は、その際に一緒に出汁につけたもの。


合鴨のパストラミは既製品。

その隣の、豚の角煮も既製品。



#買ってあったのに黒豆出しわすれた。今説明書いていて気づいた。


#3日に追記。妻が作った、金柑の密煮も出し忘れていた。庭にある金柑を調理したもの。




昨年末は何かと忙しかった。

おかげで、大掃除終ってない。主要なところはやったので別にそれでいいのだけど、レンジフード洗い忘れている、と夜になってから気づいた。


28日に仕事納めだったのだが、その夜にトラブルが発覚、29日には対応作業に追われていた。



昨年の家事ルーチンワーク。

長男は塾、長女は学校で、6時半には起こすので、それまでに朝食と弁当を作る。

これをやるためには、4時半起き。


その後、子供たちを送り出して9時には二度寝。

30分ほどで起きて10時から仕事。


夜は、次女の塾がある日は送り迎え。帰ってくるのは10時過ぎ。それから夜食。

次女の塾が無くても、長男の塾帰りが遅い日は、やはり10時頃から夜食。


その間に僕は風呂に入り、出てから皿洗い。翌朝の準備も整えて寝るのは11時半。

…そして、4時半起き。5時間しか寝られない。実際にはそれより短い。

(だから朝二度寝しているのだ)


まぁ、これは毎日の事だから別にいいのだけど、正月三が日の間は「4時半に起きる必要がない」というだけで嬉しい。


もっとも、昨日は大みそかで寝るのが遅くなり、12時過ぎ。今朝起きたのは5時。

結局いつもと同じくらいしか寝ていない。


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正月休みに遊んだゲーム  2024-01-08 16:03:14  家族

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本当にどうでもいい家族日記。


正月前後に遊んだゲーム。

皆普段は忙しいが、正月はゆっくりできたので、いつもと違うゲームを遊んでいた。



Switch ではミスタードリラーアンコール。長女がひたすら遊んでただけだけど。

次女はアルセウス、長男はゼルダのブレワイを少し遊んでたけど、これはいつも通り。


僕は少しだけゼルダのティアキン遊んだが、そもそもSwitch ではほとんど遊んでない。

妻はスプラ3を結構遊んでいた。



PS2 を引っ張り出して、PS1 の「じぱんぐ島」。これは家族で何回か遊んだ。

4人プレイなので、僕と妻が交互に入る感じで、子供たち3人はいつもプレイ。


古いゲームだけど、家族みんなこのゲームが好き。



ボードゲーム。


カルカソンヌ 僕と次女が1回だけ。

ナインタイル 僕と次女が1回だけ。

シェフィ 一人用ゲームだが、僕、長男、長女が何度か遊んだ。

街コロ 僕と子供たちで数回。妻は参加せず。

ブロックス これは数回。4人用なので長男は遊ばず。

モンスターメーカー 家族で数回。3人か4人で遊んでいて、5人そろってはやってない。


キャプテンリノ どういうゲームだっけ?と長女が蓋を開けてセットを見たが、遊ばず。

百人一首 次女が和歌を覚えようとしていたが、遊びはせず。


次女がヒューゴ遊びたい、と言っていたが、時間の都合でできず。



ボードゲームはほかにも持っているのだが、面白いものは限られるよね…

単に年齢層が合わなくなった、というのもあるけど。


ピッグテンとかハリガリとか、低年齢の子がいても遊べる反面、中学生以上になるとそれほど面白くはない。



…と、こんな感じ。正月の間は、ボードゲームを入れた箱が出しっぱなしになっていた。

今日で正月は終わりという感じなので、また片付けてしまうと思う。


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別年同日の日記

15年 ジョン・モークリーの命日(1980)

17年 プログラマーの技術力

21年 新年早々


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風邪惹き  2024-01-31 10:06:54  家族

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次女、長女、相次いで発熱。



最初は中学2年生の次女。

今週頭の日曜日、28日に、朝起きてくるなり「なんか喉痛い」と。

熱を測らせたら、発熱していた。たしか 38度前後。



長男が大学受験なので、今感染したらまずい。自室待機。

月曜日の夜には熱は下がったが、火曜日もだるさがあったので学校は休み。

今日水曜日、まだのどの痛みは残っているが体調は戻った、ということで学校に行った。



そして、高校1年生の長女。

昨夜、なんか鼻水が出る、と言っていたが、花粉症でもあるし、そろそろ季節でもあるのでそれかもしれない、と言っていた。


今朝、喉が痛いという。熱を測ったら 37.9度。自室待機。学校も休み。


長女と次女の部屋は、もともと大きな部屋で、今はカーテンで区切っているだけ。

直接息がかかることはないが、生活空間が近いし、感染したと見るのが妥当だろう。


長男は生活空間も分けているので感染しにくいとは思うが、要注意。



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別年同日の日記

03年 映画鑑賞

03年 アンティキュティラ

05年 ねずみの手も借りたい

10年 PS3

11年 見上げてごらん、夜の星を

13年 いろいろ書きたいなぁ

15年 Landiskと格闘中

15年 Landisk のデータ復旧

17年 【追悼】中村雅哉さん

20年 風邪ひいた


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朝ご飯  2024-02-02 12:37:25  料理 家族

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なんとなく、なのだけど、我が家の朝ご飯は曜日によって決まっている。

というか、朝ご飯は僕が作っているので、そうしている。


平日は、米飯。おかずは卵料理と、常備菜となにかタンパク質のおかず。


月曜日は、プレーンな卵焼き。

火曜日は、青のり入り卵焼き。

水曜日は、目玉焼き。

木曜日は、その時の気分による卵焼き。

金曜日は、ゆで卵。


土日は、今はそれぞれ自由に食べてる。以前はトーストとそれに合うおかず、だった。



これは、子供たちが保育園に通っていたころの名残だ。

まだ曜日感覚のない保育園児は、朝起きてきて「きょう ほーくえん ある?」と聞いてくるのだ。


まぁ、答えが知りたいというより、親と会話したい、という面も強かったように思う。

会話のきっかけにすぎないのだ。


でも、一応保育園がある日かどうか心構えをさせるためもあり、保育園がある日は米飯、ない日はパン食を用意してから、子供たちを起こしていた。




曜日でおかずを決めているのは、「今日は何曜日」という心構えをさせるのと、僕が朝ご飯を作る際に考えるのが面倒くさいから、という理由による。後者が8割。

毎日同じじゃ飽きるし、かといって毎日考えるのは面倒くさい。曜日で決めておくのは折衷案だ。


しかし、これが曜日で決められていることに、家族のだれも気付いていなかった。


朝ご飯を食べているときに、今日何曜日だっけ? と聞かれたので「目玉焼きは水曜日」と答えたら驚かれたのだ。

まるっきり伝わってなかった。


まぁ、上に書いたように「メニュー考えるのが面倒くさい」が8割なので、伝わってなくても続けるのだけど。




ところで、温泉卵にチャレンジしたこともある。


何度かやってみたが、朝の忙しい時間に作るのは向かない。

前日から用意する、というのもやってみたが、そもそも成功率が低かった。

(理想の柔らかさにならない)


ゆで卵は、最初は単にゆで卵だったのだが、あるころから、半分に割って黄身を取り出し、マヨネーズであえて白身の上に戻す、という作りにしている。


ゆで卵の時は弁当にも入れるのだが、黄身がボソボソとして、弁当だと食べにくいらしいのだ。

マヨネーズで和えるとボソボソ間がない。


最近は、少しコンソメ粉末とかも入れている。同じゆで卵でも少しづつ変わっているのだ。



木曜日の卵焼きは、ネギ入りだったり、みそ味だったり。単にプレーンの時もあるが、青のりは火曜日しか入れない。

長女が青のり入り好きなのだけど、他の人にはそれほど評判良くないから、登場は週1回だけなの。

(香りは良いのだが、少しボソボソ感が出てしまう)


卵かけご飯を出していたころもある。

しかし、皆白身を生で食べるのが嫌いだというので、白身に火を通す意味で目玉焼きに変わった。

これも、各自焼き加減にリクエストがあったりするので、作り分けている。




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料理

別年同日の日記

06年 インクリボンを買いに

12年 人工衛星

15年 僕のかかわったゲームのこと

17年 内藤時浩さん 誕生日(1963)

18年 機材管理

21年 節分

22年 コロナ関連


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受験シーズン  2024-02-14 17:29:26  家族

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今日は、高校1年生の長女は休校。

高校受験で学校使うので休みなのだ。明日以降は採点のため、今週いっぱい休み。


今日はバレンタインデーなので、昨日学校に手作りクッキー持って行ってた。

友達と交換したらしい。




長男は大学受験。

先週、本命ではないが滑り止めほど低くもない学校を3校受けた。


今月頭には滑り止めを受けていたが、それは合格した。

本命校は今月末。



まぁ、そんなわけで今週は長男と長女は家にいます。次女だけ学校。

夫婦だけなら昼ご飯適当でいいのだけど、ちょっと気を使います。



追記 2024.2.17

長男、本命ではないが滑り止めほど低くもない、という学校の最初の合格発表で、合格。

滑り止め校に手付金を払わなくてよくなった。


3校全部の合格発表があるまでは猶予の時間が生まれたので、合格した中から行っても良いところに手付金を払えばよい。

精神的な余裕をもって本命に臨めそうだ。



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別年同日の日記

03年 コメット入手!

05年 冒険百連発!

15年 おばあちゃんとぼくと

15年 ENIAC公開日(1946)

16年 クリストファー・レイサム・ショールズの誕生日(1819)


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国立西洋美術館  2024-03-17 18:06:02  社会科見学 家族

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長男の受験も一区切りつき、発表を待っている。

次女は来年度受験生だが、まだ余裕がある。


久しぶりに家族でどこか遊びに行きたい。

一泊旅行もしたいのだが、それを行う時間も急には都合がつかないので、日帰りでどこか行こう、となった。

予定日は、3月16日の土曜日。


妻は美術館に行きたいという。横浜美術館? と考えて調べたところ、しばらくリニューアルオープンのためにお休みしていたそうで、3月15日がオープン日だった。


それは混みそうだねぇ。ということで、パス。

鎌倉の近代美術館は? となったが、こちらは近すぎるのでいつでも行けそう。またの機会に。


で、妻の要望もあって、国立西洋美術館の常設展を見よう、となった。

長女、次女も、最近どうぶつの森の影響で少し美術館は気にいなっていたそうで、行きたいという。


長男は山歩きがしたかったらしいが、それはまた今度ね、ということになった。




久しぶりの上野。8年ぶりか。駅前風景が一変していて驚いた。

4年前に大幅な工事をしたのね。駅の位置が移動して、駅前の道路がなくなり、駅を出たら目の前が上野公園になっている。


目的の西洋美術館へ。前庭にいくつかのブロンズ像が置いてある。「考える人」とかね。


特に大作、ロダンの「地獄の門」があった。せっかくなので、まずそれを見る。

子供たち、美術の教科書に載ってた、という反応。

長女がこれ本物? と聞くので、ブロンズ像の説明から行う。


版画作品の場合、たくさんの絵が作られて、どれも本物だ。

同じように、ブロンズ像は、元となる彫像が作られた後にかたどりをして、大量生産される。

どれも本物だ。


ちょうど先日、長女は高校の美術で、自分でデザインしたメダルの鋳造を行った。

小さなメダルでも鋳造は大変だったそうで、このサイズのものを作るなんて想像を絶する、と驚いていた。


実際、地獄の門はでかいのだ。高さ5メートルくらいか。

普通は石膏で型取りして鋳造するのだと思うが、このサイズを作るのはどうやったのか、想像もつかない。




中に入ると、企画展はこちらでーす、と案内している人がいたが、今回の目的は常設展。


これは妻の考えで、企画展というのは、すでに美術をある程度分かっている人間か、全く知らないがミーハー的に見に来る人を相手にしているものだから、とのこと。


常設展は、わかりやすく美術を教えることを目的にしているので、最初はいろいろな美術館の常設展を見に行くと良いそうだ。


これ、後で書くけど実際勉強になった。



常設展の入り口で、ギャラリートークの案内が書いてあった。

ボランティアの解説員と一緒に、1時間くらいで見所を見て回る、というツアー。

美術館に入ったのは10時前だが、10時45分受付開始、11時からスタートで、15名が定員らしい。


ひとまず時間を待ちながら展示を見始める。




展示の最初は16世紀ごろの宗教画から。年代を追って進んでいくようだ。


さて、実際にはいろいろ考えながら見進めていったのだけど、ここで初めての人向けにガイドするつもりで、見所だけ書いていこう。



まず、今時持ってない人はいないと思うが、一人一台のスマホを持っていくべきだ。

イヤホンがあるとなおよい。

自分のメールアドレスをすぐ入れられるようにしておき、QR コードの読み方も知っておくこと。


というのも、今時はスマホで音声ガイドが聞けるためだ。昔はそういう機械を貸し出していたが、今は存在しない。

館内には FreeWifi があるのだが、この認証にメールを使用する。自分のメールアドレスを入れ、受け取ったメールに書かれた番号を入力することで認証とする。


自分のアドレスとかは当然すぐに使えたのだが、子供は普段メールを使わない(スマホは親との LINE 連絡用)ので、メールアドレスをすぐに入れられず苦労した。



この音声ガイドは、個々の絵の鑑賞ポイントを教えてくれるものだ。

それとは別に、ところどころに、ひとまとまりの作品をまとめて鑑賞ポイントを教えてくれる、解説ページへのリンクの URL が置いてある。

途中までその違いに気づいていなかったのだが、一緒に見るより楽しめるかと思う。



#この音声ガイド、やはり以前は機械で行っていたが、コロナもあって貸し出しをやめていたらしい。

 スマホで見られる形のものが、先月から使えるようになったばかりだったらしい。




絵なんて言うのは、生活の役に立つものではない。だから、裕福になるまで、見て楽しむための「美術」なんて存在しない。

16世紀ごろの宗教画、というのはそのギリギリ最初のポイントで、文字が読めない人に聖書の教えを伝えるために描かれ始めている。だから、楽しむための美術ではなく、実用品なのだ。


また、この時代の絵の具というのは大変高価だ。ここでも、権力を持った教会などでないと発注できないのだ。


しかし、やがて金を持った貴族などが、絵にお金を使い始める。

最初は、寄進する宗教画として。絵の一部に自分の城を書いてもらったり、自分自身を入れてもらったりして。


そのうち、聖書の人物の顔を自分にする、などの形で、宗教画の形式をとった肖像画が出始める。

そして、宗教から離れて肖像画を作り始める。



もう一つの鑑賞ポイントとして、宗教画は、宗教上の理由で「人をだましてはならない」物だった。

それが、本物と見間違えるようなものであってはならない。形式的な絵を描くだけで、遠近法などを取り入れてはならない。


それが、宗教を離れて貴族がパトロンになるにつれ、どんどんリアルに描かれるようになっていく。

最初は肖像画が中心だが、食卓に飾るから食材の絵を描いてくれとか、いろいろな注文で絵の幅が広がっていく。



…と、ある程度見て回っていたら、そういう意図をもって順序が組まれているように思えたので、子供たちに解説した。

鑑賞ポイントが分かった方が面白いからね。





ギャラリートークの時間が来たので、エントランスに戻って参加する。

15名の予定だったが、大人気だったようで 30人以上いたと思う。


解説員のボランティアの方が、驚くと同時に感動していた。

この方、7年間ボランティアを務めていたが、この日で最後だったらしい。

普段はここまで集まらないのに、最後の回がこんなに大盛況で驚いたと言っていた。



西洋美術館は多くの作品があるので、1時間程度ではとても全部は説明できない、ということで、最初に説明された作品は、宗教画の時代よりも後の作品。


そして、モネ。印象派の代表、睡蓮をたくさん書いた人だね。

さらに、モネと同時代を生き、彫刻を作ったロダン。最後には中庭の地獄の門を解説してくれた。


地獄の門は大きな作品なので、資金が無くて生前には型まで作ったものの、ブロンズ鋳造されなかったらしい。

最初に資金を出す、と名乗りを上げたのが日本人で、上野にあるのが最初の鋳造のものなのだとか


その日本人が、西洋美術館の元となるコレクションを作り上げた人。

モネ、ロダンとも実際に面識があり、本人から直接買い付けてきたらしい。

そのため、西洋美術館は、モネとロダンのコレクションが豊富。


と言っても、コレクションの多くは、「購入」したものの、ヨーロッパにあった。

第二次世界大戦の敗戦時に、敗戦国の財産として、フランスの管理下に置かれた。


いろいろあったが、日本に返却するときの条件が、ちゃんと管理を行える美術館の建造だった。

それで作られたのが、国立西洋美術館。




ギャラリートークは楽しかったが、同時に速足で美術館の全貌を見せてくれたので、「朝のペースで見ていたら一日では見終わらない」と分かった。


中庭で終了となったので、そのまま一旦外に出て昼ご飯にする。

そして、もう一度常設展へ。常設展は、一日の間何度でも出入りできる。



さて、宗教画から貴族の肖像画などが中心の時代を見終え、その後の時代に入る。

ギャラリートークでも最初に説明してくれた絵は、貴族の家を飾る、四季の連作として描かれた一枚だった。


だんだん、絵の内容…テーマが自由になっていく。風景を描いた絵や、狩猟風景を描いた絵など。作者が美しいと思ったものを絵にとどめ、それが評価されれば買い手が付く時代。

逆に言えば、もう宗教や貴族はパトロンではなく、絵描きが自分の才能を金に換える方法を、自分自身で探さないといけない時代にもなっていく。


絵の技術は十分に高まり、本物のように美しい絵も現れ始める。




そして、印象派の時代へ。

本物と見間違うような美しい絵、というのが当たり前になってくると、差別化するのは「作者の視点」になってくる。あえてリアルを外し、絵ならではの美しさを求め始める。


…マネの「ブラン氏の肖像」リアルとは程遠いよね。陰影とか少なくて、アニメ絵っぽさもある。

しかし、それによって描きたい人物がはっきりとわかるし、彼の伊達男っぷりも…とにかく明るい、薄っぺらい印象の人なのかもしれない、というようなことまで思ってしまう。


モネになると、さらに進んで、「絵である」ことを主張し始める。

あえて筆の跡を残し、そこかしこに筆者の痕跡を残し始める。


リアルを求めるのであれば、だれが描いても同じものになってしまう。だからこそ、作者の痕跡が重要なものとなり始めたのだ。


で、ここからは今回初めて知ったこと。モネの絵が飾ってある部屋の片隅の QR コード解説に書いてあった受け売りだけど。


ロダンとモネは、誕生日が近くて、仲が良かったそうだ。

絵と彫刻で分野は違うけど、同じ芸術家としてよく話をしたらしい。


そして、二人とも同じ方向性を持ち始める。モネは筆の跡を残すようになっていき、ロダンは粘土に指の跡を残すようになっていく。

なるほど、言われてみれば同じような手法だが、説明されるまで一切気づいていなかった。


美術作品を、頭でわかろうとするな、見て感じろ、という人がいるのだけど、こういう話は見ても感じられない。

でも、知識を持ってから見ると、非常に面白い。美術の好き嫌いは自分の感性に従えばよいのだけど、頭でわかることは大切だと思う。




その後も徐々に時代が進んでいく。日本の影響を受けた、ジャポニズムの時代のあたりは面白い。

西洋の絵なのに、掛け軸のように縦長で、署名まで縦書きしていたりする作品がある。



最後に、近代の作品。ピカソとか、ムンクとか。


ピカソのキュビズムが壮大な実験だ、というのはよく知られているのだけど、飾られていた中に、もっと晩年の作品があった。

ピカソの晩年は、シンプルで力強い線を好むようになるんだよね。で、やたらと男にチンコを描きたがる。


若いころは、無茶苦茶な絵に見えても、性的モチーフはそれほど描かなかったのにね。


あれは、性的に衰えてきた老人が、まだまだ若いところを見せようとわざと性的なものを見せびらかしているんだと思う、と僕が言ったら、妻も「そうそう、街中にいるような露出狂も、性的に自信がない人の方が多い」と同意。妻、若いころはよく露出狂に近寄られていたので、撃退方法も心得てます。


チンコ、という言葉に、さすがに高校生の長女は恥ずかしそうな反応だけど、「ピカソ、完全に迷惑老人じゃん」と。

うん、実際女性関係だらしなくて、周囲に迷惑かけていた人だからね。


しかし、この時代になると「作者の痕跡を残す」どころではなく、作者の個性がむき出しになっている。

それもまた面白い。



あと、やはり近代の作品で、絵の具を盛り付けるように塗ってある作品を並べてある一角があった。

これも、流行した技法なんだよね。特に白を盛り上げるのが流行したみたいだけど、別の色もある。


絵の具の「減色混合」では決して表せない、輝くような光を表現するための技法。

白を盛り上げて塗りたくることで、白の表面で光が乱反射し、輝きを表現できる。

また、盛り上げることで、立体的な描画も可能としている。


ここら辺、美術の教科書で見てもわからない。本物を見てやっと価値が分かるものだ。



…と、こんなあたりで展示はおしまい。




最後に、今回一番「興味深かった」絵を紹介。西洋美術館の WEB ページにも紹介があるので、リンクしておく。拡大もできるので、是非見てみて。


三連祭壇画:キリスト磔刑


宗教画なのだけど、リアルに描かれるようになった後の作品。


僕が注目したのは、中央で磔になっているキリストの右側、槍を持っている人物。


キリストの右わき腹には、傷跡がある。これは、聖書でも磔刑のあとに、死んだか確かめるために兵士が右脇腹を槍で刺した、とある。


恐らく、キリストの右に描かれる、槍を持った人物がその兵士なのだろう。

兵士は「無名の兵士」とされるが、のちに名前を与えられ、ロンギヌスと呼ばれる。


「ロンギヌスの槍」というのはキリストの血が付いた聖遺物の一つとされて、中二病な小説なんかだと強い武器の名前になっていたりするね。



で、その彼だが、この服装は一体何か。

リンク先で画像を表示して、ズームしてよく見ていただきたい。


明かに服を着ている。というか、これは服ではなく鎧だと思う。

しかし、腹筋は見えるし、へそも見える。WEB の画像ではわかりにくいが、乳首まで見えているのだ。


さらに書く。当時は男でもスカートをはくのは普通だし、スカート状の鎧もある。彼が来ているのもそうした鎧に見える。

しかし、このスカートが、腰の周囲にあるのではなく、足にまとわりつくように股の部分がはっきりわかるんだよね。



最近の男性向けのイラストなどで、女の子が「服を着ている」にもかかわらず、服越しに「へそがくぼんで見えている」物がある。

同様に、スカートをはいているのに、股の位置がはっきりわかるように描かれる絵もある。


衣服がどんなに張り付いてもへその中まで張り付くことはないと思うし、立っている状態でスカートが股にへばりつくこともない。

どちらも、「ちゃんと服を着ている」と言いながら、裸を連想させるための書き方なのだと思っている。


そういうのは最近のエロイラストの描き方の一つだと思っていたのだが、16世紀前半にすでにそういう絵が描かれているとは…。


しかも、ここでは女の子ではなく、おっさんのへそと乳首が見えてるんだよね。誰得なんだろう。

最近のエロイラストみたいな描き方が16世紀にあった、というだけでなく、最近のものだと思われている腐女子も、すでにいたのかもしれない。


性癖は時代を超える。


茶化しているように見えるかもしれないけど、結構本気で書いてる。

エロって、人間が生物である以上、非常に魅力的なコンテンツだからね。


現代人が欲しているものを、16世紀の人も同様に欲していても、何ら不思議はない。


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鎌倉アルプス  2024-03-22 18:19:24  旅行記 家族

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水曜日の20日、春分の日でお休みだった。


また家族でどこか行こうか、と思ったが、長女は部活が忙しいらしい。

面白そうなところ行くのはいっしょに行きたいけど、そうじゃないなら家族が出掛けても良いという。


じゃぁ、次女がソフトクリーム食べたがっているから、食べに行くか…と思ったが、これは長女も興味あり。

以前から家族で行きたいと思っていた、観音崎自然博物館行くか…と思ったが、これも長女は興味あり。


港南台まで山歩きするか、と言うと、それなら行ってきてよい、と許可が下りた。

これが前日朝の話。




前日、次女は学校でレクリエーション大会があったらしい。年度末だからもう授業はあまりないのね。

それで散々球技やったり走ったりして、筋肉痛になりそうだという。


…20日の朝、案の定全身筋肉痛。次女は結構ひ弱。

とても山歩きはできないからみんなで行ってきて、という。


次女なら昼ご飯は自分で作って食べられるから、留守番を任せて、僕と妻と、一番山歩きをしたがっていた長男の3人で、お弁当を持って出かける。




鎌倉アルプス、というのはたいそうな名前なのだが、家の近所の裏山感覚なのだ。

どちらかと言えば、六国見山の方が近いし気軽に登れるから、こちらの方が裏山っぽいのだけど。


鎌倉アルプス、こと「天園ハイキングコース」は、家から歩くと 20分くらいのところに途中入り口がある。

鎌倉方面に行くと、すぐに建長寺の中に出てしまう。今回は天園方面に向かう。


…まぁ、詳細は面倒だから省こう。ひたすら山歩きだ。


子供たちが子供のころに、同じコースを2回歩いたことがある。子供の足ではしょっちゅう休憩になり、一日がかりではあったが、保育園児でも歩けるコースではある。

今回は、3時間半くらい。10時ごろでかけて、午後早い時間に歩き終わった。




何度覚えても忘れてしまう。

大平山は、鎌倉市の最高峰だそうだ。


大平山はピークが2カ所にあり、片方は鎌倉市、片方は横浜市なんだよ…

それで、大平山は横浜市の山だ、という説が出回ったこともあったんだよ…


以前は鎌倉市側に「山頂」と書いた看板があったのだが、この噂があったころに架け替えられ、今は「鎌倉市最高地点」に変わっている。横浜の山だとしたら、鎌倉市側には山頂はないので。


だけど、今ネットで調べる限り、やはり大平山は鎌倉市での最高峰、ということになっている。

そして、横浜側のピークは、横浜市の最高地点。ハイキングコースの横浜に入った側のピーク地点にも、そこは横浜市の最高地点であり、大平山は鎌倉の山という説明書きがあった。


…まぁ、覚えても特に意味はないので、ここに書き記してもまた忘れると思う。


あ、今調べていて知った。


神奈川県のページには、大平山は「横浜市最高峰」とある。

…同じページ内に、「鎌倉市最高峰」とも書いてあるな。


うん。やはり、横浜市か鎌倉市か、判然としていないようだ…




さて、大平山を過ぎてすぐに天園がある。茶屋があったのだけど、しばらく前から営業を休止しているそうで、寂れていた。



僕は子供のころボーイスカウトをやっていたのだが、毎年大みそかの夜から元旦にかけて、オーバーナイトハイクというものをやっていた。


本郷台駅から出発して、港南台まで歩き、今回歩いたコースを逆にたどって江の島まで行って、初日の出を見るの。


天園は、深夜に行っても明かりがついていて、大人たちが楽しそうに話をしていた。

まぁ、深夜営業なんて年越しの時だけだったと思うのだけど、山の中に急に明るくて楽しげな場所がある、というのが、毎回印象的だったのを覚えている。


寂れてしまっている今は、その面影はない。



天園を過ぎたあたりで、ハイキングコースを外れて港南台方面に向かう。

そのあたりから、鎌倉霊園を見ながらひたすら歩き続ける。なんか、ずっとお墓の横を歩いている気分になる。




横浜市側に入ると、いくつかのコースがある。ビートルズトレイル、というコースを通る。

鎌倉市よりお金持っているから、山道も横浜市側の方が整備されているんだよね。


そういえば、今回は山のいたるところで、2019年の台風被害の痕跡が残っていた。

我が家でもベランダが壊れる被害にあったのだが、山の中では、大木が倒壊した箇所、山道が崩落した箇所が数カ所あったそうで、その後2年くらいハイキングコースが立ち入り禁止になっていたはず。


コロナの影響で、山道の補修に予算が回らなかった、という事情もあるのだけど。



一番驚いたのは、結構大きい木が横倒しに…なっているのだけど、根っこが想像と違う形をしていたもの。


鎌倉近辺の山は、鎌倉石、と呼ばれる砂岩でおおわれている場所が結構多くて、そういう場所に生えた木だったのね。

そして、生えたものの、下が石なので根っこが入らない。根は横に伸びて、その上に落ち葉が土を作って、薄いわずかな土の上に生えていた状態になっていたようだ。

これが、その「横に広がった根っこ」ごと、土も一緒に風で倒れた。当然板のように平たく張り巡らされた根っこも空中に浮いているわけで…不思議な光景になっていた。




ハイキングコースも終点に近づいたところで、大丸山がある。

これは、横浜市の最高峰。先に書いた、大平山のピーク位置の方が、横浜市としては「最高地点」らしいのだが、あれは横浜市の山ではない、というのが横浜市の見解なので、大丸山が最高峰、という扱い。


ちなみに、大丸山が標高 156.8m、大平山が 159.4m、参考として六国見山は 147m で、横浜ランドマークタワーの展望フロアは 273m だ。

横浜市最高地点はランドマークタワーで、自然地形なら大平山、最高峰が大丸山、という状態。



今回、大丸山のあたりで、時間は 11時40分だった。山頂でご飯食べよう、と言いながら登る。


前回、子供たちが小さなころに大丸山に上った時は、確か山頂でカップラーメン食べてる人がいた。

…という話をしながら登ったら、今回もカップラーメン食べている人がいた。

大丸山はそういう場所なのか?




食事後、歩き始めてすぐに、円海山から市街地に抜ける。


アスファルト道路になると、歩いていて足が痛い、と長男がいう。

山道って、柔らかいから足に優しいんだよね。


しかしじきに駅前。

せっかくだからお土産に何か買う? と妻が言うので港南台バーズなど見たが、特にめぼしいものがないので、さっさと電車に乗って帰宅。




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母三回忌  2024-03-31 17:44:16  家族

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母の三回忌法要が行われた。


昨日、3月30日の土曜日の事。

直前の28日夜から、29日の午前中にかけては、台風並みの大嵐だった。


しかし、30日は穏やかな晴天。台風一過と同じですね。


我が家からの参加者は僕のみ。

子供たちが物心ついたころには母の痴呆が始まっていて、余り想い出ないからね。



長姉夫婦に、駅からの車での送迎をお願いされていた。

父母の菩提寺は我が家からそれほど遠くない場所にあるので僕は車で行けるのだが、遠方からくる兄弟にとっては、駅からの交通手段が難しいのだ。


次兄は駅からバスで行く、と言っていたが、こちらもお寺で合流後の交通手段は頼まれていた。



午後1時からお寺で法要。

墓は少し離れた市民霊園にある。住職さんにもそちらに移動してもらい、墓でも法要。

話としては、これで終わり。




久しぶりに兄弟が集まるので、この後食事をしよう、と長兄が手配してくれていた。

しかし、お店の予約時刻まで1時間半もあった。ちょっと早い。


どうしよう、と話をしていたら、次兄から「美空ひばりのお墓を見てみないか」と提案。

じつは、同じ市民霊園内にあるのは知っているのだが、行ったことはない。


父は美空ひばりのファンであったが、父も同じ霊園内にあることは知っていながら、見に行ったことはなかったんだよね。


しかし場所がわからない。

調べてみると、お墓の管理を任している石材店さんのウェブページに案内動画が載っていた。

しかし、これを見てもよくわからない。


墓参りの際に借りていた水桶などを返すついでに、美空ひばりのお墓について聞いてみた。

そうしたら、ちょうど話をした方が、この動画をアップした本人だった。

なんとなくの位置を聞いて、行ってみる。




案内動画もわかりにくいし、話に聞いた位置案内もよくわからなかったので、少し道に迷った。

別に石材店さんが悪いのではなくて、お墓の中なので似たような光景ばかりで分かりにくいのだ。


どうもこっちっぽいな…と進んだところにあった地図に、「美空ひばりの墓」とわざわざ書かれていた。

でも、この地図も主目的は墓の位置を示すことではなかったので、詳細位置がわからない。


どうもこのあたりだろう…というあたりを、親戚一同で探す。

そして、見つけた。


美空ひばりは芸名で、本名は加藤和枝。だから、加藤家の墓になる。

これはわかっていたのだけど、加藤って名前の墓、多すぎるよ…


そして、美空ひばりの墓だからと言って、特に大きくて立派ということもない。だからわかりにくい。

ただ、明らかにこれだ、と決め手になったのは、墓に入れないように門がついていて、中に立派な花束が所狭しと置いてあったから。

また、門の前に線香を置く焼香台があり、火のついた線香があった。今でもファンが訪れ続け、献花や焼香が絶えないようだ。


門から中に入ってはいけないのに花が沢山あるのはなぜだろう、とも少し思ったが、門の前に水が入った桶がいくつか置いてあった。

つまり、花束はここに入れておけば、管理している人が中に置いてくれるのだろう。


急に来たので線香の持ち合わせがなかった。さっき我が家の墓で全部使ってしまった。

…と思ったら、焼香台のところに箱があって、線香とマッチも置いてあった。自由に使っていいようだ。

ろうそくも置いてあったが、皆で線香を1本ずつ備える。




こんなことをしているうちに良い時間になった。会食の場所に移動。


去年行った一周忌では、九つ井で会食した。有名なお蕎麦屋さんだが、そばに限らず懐石料理なども出している。

今年は侘助。同じところだよね…と思っていたら、違った。


すぐ隣にあって、侘助もお蕎麦屋さん。だから僕は、九つ井が経営している、別のスタイルのお店なんだと思っていた。でも、全く違う経営母体のお店。


こちらも、懐石料理なども出している。非常においしかった。




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別年同日の日記

04年 びっくりした

08年 花見

14年 長女卒園

14年 カップヌードルミュージアム

15年 春の家族旅行

15年 ペンション とうてんぽーる

15年 バナナワニ園

15年 ぐらんぱる公園

15年 帰り道

17年 西角友宏さん 誕生日(1944)

18年 冒険遊び場


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牧場ソフトクリーム  2024-03-31 18:20:57  家族

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次女が、牧場のソフトクリーム食べたい、と言ったのは去年の夏の話。


小学校の修学旅行で行った日光で、牧場のソフトクリームを食べたのだそうだ。

濃厚でとてもおいしかった、と。それを、夏の暑いころに思い出したのだった。


昨年夏は、長男が大学受験でとても旅行に行ける状態ではなかった。

単にソフトクリームなら食べられるけど、牧場の、となると旅行になってしまうし、とても無理だよ、とその時は言っておいた。




長男の大学受験は終わった。

次年度は、次女が高校受験生となる。


じゃぁ、この春休みの間に旅行にでも行こうか、と思っていたのだが、長女が高校の部活で忙しいという。

大事な発表会があり、部員一丸となって追い込みになったのだ。


とても旅行になどいけない。


次女が、牧場のアイス食べたい、と言った。春になれば旅行に行けるだろうと思って楽しみにしていたそうなのだが、どうも無理だと判ったら、余計に食べたくなったという。


うーん、どうにかしてやりたい。牧場のは無理でも、美味しいソフトクリームならよい、というので、近所で評判のソフトクリームが無いか探してみる。


…結構近所に牧場があり、直営のソフトクリームショップがある、と知った。車で 30分かからない。


じゃぁ食べに行こうか、と話をしていたら、長女も食べたいという。先に書いたように高校の部活で忙しいので、それが終わったらみんなで行こう、となった。


で、今日やっと行くことができた。

3月末ではあるが、25度を記録した夏日だった。

ソフトクリームを味わうにはちょうどいい。




横浜市戸塚区には牧場が多いのだそうだ。


横須賀総武快速に乗ると、東戸塚駅の手前で牛が見える。

こんな町中に牧場がある、というのは気になっていたが、それ以外にもたくさんあるのだそうだ。


西洋人は日常の食生活の中に「ミルク」が当たり前に入っている。

日本人がミソを当然のものとして使うように、西洋ではミルクがあって当然なのだ。


そのため、横浜が開港し、西洋人が住み始めたときに、ミルクを供給する体制がすぐに整えられた。

その時に牧場が作られたのが戸塚区のあたりで、今でも小さい牧場が点在しているのだとか。



今回アイスクリームを食べに行ったのは、小野牧場さんの経営する、横浜アイスクリーム工房本店。

普通に町中にある。牧場も近くにあるが、少し離れている場所。




ソフトクリームの味は1種類のみ。牧場直営なので、非常に濃厚で美味しかった。

恐らく乳脂肪分が多いのだろう。乳脂肪分が増えると溶けやすくなるため、流通には向かない。作ってすぐ提供するスタイルでないと出せない味わいだ。


で、ジェラートがいろいろな味がある。

ジェラートとソフトクリームを一緒にした、「ソフトトップ」なんていうメニューもあるので、両方の味を楽しみやすい。



長男はソフトクリームを注文。基本的な味をちゃんと確認したかったそうだ。コーンの上にのせてくれるのはこれだけ。


次女と僕はソフトトップで、ジェラート部分は、チョコミントと抹茶。

長女はサンデー。これは、ソフトクリームの上にソースがかかる。キャラメル味を頼んだ。


妻はダブルワッフル。この中では一番の豪華メニュー。

焼きたてのベルギーワッフル2つに、ソフトクリームとジェラートが付く。ジェラートはほうじ茶味を選択。


で、みんなで各味を分け合って食べる。どの味も美味しい。


ただ、ジェラートは思っていた「ジェラート」と違う。

牧場だから、ミルク多めに入れて、そうすると柔らかくなるのでよく空気含ませてるよね。

世間ではそれをアイスクリームと呼ぶ。


(ジェラートとアイスクリームの違いは、乳脂肪分と空気の含有量)




さて、ソフトクリームを食べるのが目的で外出して、大満足だが、食べ終わったところで昼頃。


じつは、次女はもう一つ「ミスドでラーメン食べたい」という要望を出していた。


こちらも、コロナ禍以降外出することが少なく、ミスド自体は買って帰ることで何度か食べているのだが、ラーメンなどはイートインでしか食べれないからだ。


ソフトクリーム屋から最寄りのミスドは、戸塚駅のショッピングモールである、「トツカーナモール」内にある。

トツカーナモール、完成から 14年になるが、実はまだ行ったことが無かった。


それ以前は時々戸塚に行っていたのよ。でも、ちょうどトツカーナ完成のころに次女が生まれ、子供三人抱えての外出は難しくなった。

それでも戸塚に行った覚えはあるのだが、目的地が別の場所だったりで、駅前のショッピングモールには入っていなかった。



調べると、トツカーナの駐車場は高い。

駅の逆側にある、アピタの駐車場が安いのでそちらに停める。後で買い物すればいいだろう。


で、少し歩いてミスドへ。




ところで、戸塚駅の近くを流れる柏尾川は護岸に桜が植えられ、花見の名所でもある。

長女が「花見したい」というので、もし花が咲いていたら、ラーメンは別の機会にして、ドーナツをテイクアウトして花見をしよう、ということになっていた。

これは次女は少し不服そうだったが、今日はすでに「ソフトクリーム食べたい」という次女の願いは叶えている。それでよい、ということになっていた。


駅が近づいて確認すると、まだ桜はほとんど咲いていない。花見には早すぎる。

じゃぁイートインで、となったら次女は大喜び。



抹茶好きの長女は、ミスドでちょうどやっている抹茶味のフェアを楽しみにしていた。

あと、半年ほど「世界のスープ麺」という特別メニューがあったらしく、最終日だった。


思い思いにたくさんのドーナツと、次女が食べたがっていた坦々麺、長男はブイヤベース麺を注文。

美味しかった。




アピタに戻り、長女が普段使いのバッグを欲しがっていたというので、バッグ売り場を見る。

ちょうどいいものがあった。


今は、長女が出掛ける時のバッグとして、妻が使っていた肩掛けの小さなバッグを使っていた。

ただ、これは少し小さいという。


店の人に断ったうえで、長女の気に入ったバッグに、いま持ち歩いているものをいれさせてもらう。

全部入った上で結構余裕がある。これが使いやすそうだというので購入。

駐車場料金はこれで無料になった。


簡単なお出かけではあったが、家族みんなで出かけて楽しめた。

結局春休みに旅行はいけなかったが、満足。



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長男大学入学  2024-04-03 16:35:34  家族

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ひとまず入学しましたよ。

国立も受けたのだが残念ながらダメで、有名私立、とだけ書いておきます。


僕自身がそれほど有名ではない大学の出身なので、十分すごいと思います。


今日入学式があって、先日作った慣れないスーツ着て行ってきました。

長男、フォーマルな恰好本当に苦手で、ネクタイ締めてスーツ着てるだけで疲れたみたい。


まぁ、今後当面着ないので、別に慣れる必要もないかと思います。




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別年同日の日記

05年 引越し準備

11年 停電・節電

15年 ベーマガの影響

15年 ゲーム業界に進んだ理由

15年 横スクロールゲームに右向きが多い理由

17年 ルータ交換


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観音崎自然博物館  2024-04-15 10:17:20  旅行記 社会科見学 家族

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昨日、14日日曜日の話。


以前から、家族で行こうと約束していた「観音崎自然博物館」に遊びに行ってきた。


前回行ったのは、僕と次女だけ。

二人だけだったので日記にも書いてなかったな…


2019年の8月21日、水曜日だった。写真が残っていたので日付まで分かる。

たしか、長女は部活だったか、塾の夏期講習だったかで不在、長男は受験予定だった高校の説明会に行かなくてはならず、妻はその付きそい。


で、僕は長男と妻を送るために車を出したのだが、当時まだ小学生の次女を留守番させるわけにはいかない。

高校近辺で面白そうな施設を探したところ、観音崎自然博物館を見つけた。

説明会が終わるまで、2時間程度遊びに来たのだった。


しかし、小さい博物館ながら非常に面白かった。展示方法などに工夫がある。

そのことを帰ってから話したところ、家族皆行きたがったので近いうちに行こう、と約束していた。


そのすぐあと…すぐ、というほどではないか。

2019年12月には、コロナが世界中で猛威を振るい始める。

不要不急の外出を避けるように、と呼びかけられた。


そんなわけで、約束は延期となっていたのだった。




先日、「所さんの目がテン」で、ヒトデの科学を放送していた。


ここで、観音崎自然博物館が紹介されていた。同館は、ヒトデの仲間である棘皮動物の展示が多い。


そこでまた、見に行こうという話になったんだ。


しかし、新学期が始まったばかり。新年度の予定もまだよくわかっておらず、家族の予定がどうなるかはよくわからなかった。


一昨日、土曜日の夜に、とりあえず全員日曜日は空いている、とわかった。

ただし、長男は履修登録を週末の間に終らせて、さらにその教科書などの購入手続きを終わらせる必要がある。


可能なら遊びに行こう、とはなったが、履修登録が非常にややこしい。

僕は先に寝たのだが、この日は遅くまでかかって履修登録を終わらせたと後から聞いた。


昨日の朝、8時過ぎに起きてきた長男に話を聞くと、教科書もカートまでは入れてあり、あとは支払いのみという。

すぐに僕のカードで決済。数冊の教科書が、大学指定のサイトでは売っていなかったので別途探す必要があるらしいが、後日でも大丈夫とのこと。


というわけで、準備が整った。

皆で博物館行こう。まだ寝ていた長女・次女も叩き起こす。




なんだかんだで、家を出るのが遅くなった。11時過ぎ。

昼ごはん食べてしまってから行こう、と僕が提案し、家の近所の道沿いのガストで食べようとしたところ、妻から「せっかく観音崎行くのだったら、その近辺で変わったもの食べたい」との意見。


観音崎周辺、食べるところ何もないよ? と言ったが、ほかのみんなも同意したため、まずは観音崎まで行くことになった。


高速道路も使い、家からは1時間ほど。

高速道路を降りてから食べられそうなところを探すが、やはり何もない。そのまま博物館まで来てしまった。


しかし、博物館の隣にレストランが併設されているではないか。

そこでもいいか、と思って駐車場に入ろうとするが、満車で入場待ちの車の列ができている。


あ、これだめだ。どこかでご飯食べてきた方が、駐車場もすくだろう。

一旦諦めて別の方向へと走る。


しかし、食べられるところどころか、コンビニすらない。

横須賀美術館前は、渋滞が起きていた。入場待ちの車が渋滞を作ってしまっているのだ。


春で暖かくなり、新年度も落ち着いた日曜日ということで、行楽客が多いようだ。


なんとかファミリーマートを見つけたが、駐車場満車。

しばらく待って中に入り、とにかく各自好きなものを買う。


この近辺は、広い範囲が自然公園に指定されていて、駐車場も多い。

どこかで食べられたらよさげなところで食べよう…と思い、駐車場を探しながら博物館方面に戻るが、どこも満車。


結局博物館まで戻ってしまった。

駐車場待ちの列に並ぶ。前に2台待っていた。そして、その車内でご飯を食べてしまう。


全然駐車場から出る車が無い。この駐車場、時間当たりいくら、ではなく、1回いくらの形式だ。

だから、早く出さなくてはならないというモチベーションはないのだ。


1時半を過ぎたあたりで、やっと1台動いた。

時間的に、併設のレストランから出て家に帰る人がいたのだろう。


その後、しばらく待ったがまた立て続けに2台出ていき、入れ替わりで入ることができた。

すでに2時前。




自然博物館に入る。

5年もたっているので、内部の展示もずいぶんと変わっていた。半分くらい入れ替えられた感じか。


しかし、以前よりも活性化している感じだ。

以前は、展示内容に古臭い部分もあったのだが、そうした部分が大幅に入れ替えられている。


3年ほど前から、YouTube でチャンネルを持って動画配信を始めたようで、積極的に「地域の自然探検」をやっているようだ。そうした成果報告も博物館内のいたるところに書かれている。


あと、同じく3年前には、近くにあった「京急油壷マリンパーク」が閉園になっている。

そちらから博物資料をいただいたものも展示されており、珍しい展示が増えている。



長女・次女は、タッチプールで楽しそうに遊んでいた。

よく見ると、6腕のイトマキヒトデがいる。普通は5腕なので、奇形なのだろう。

ヒトデは再生力が高いので、傷ついて再生した際におかしくなりやすい。


長男は展示の説明を隅々まで読み込んでいる。




今回、博物館の行く際に僕が家族に言った言葉は「カイロウドウケツを見に行こう」だった。


カイロウドウケツ…偕老同穴は、中国の故事に倣った言葉。

夫婦が二人で共に年を取り、死んだ後も同じ墓穴に入れてもらおう、という夫婦愛を示す言葉。


そして、カイロウドウケツは、深海に棲む海綿の仲間。

非常に美しい、ガラスで編まれた籠のような骨格を持つ。英語名は「ビーナスの花かご」。


で、その網目の中に、雌雄一対の2匹のエビが寄生する。エビにとっては、籠に守られて敵の来ない空間なのだ。

小さなプランクトンの時に中に入り、大きく成長して出られなくなる。


「海老」の字の通り、エビは腰が曲がるまで老いたもの、の意味を持つ。

老夫婦が二人で一生を共にする、というところから、この海綿自体の名前が「カイロウドウケツ」となった。

(エビはドウケツエビと名付けられている)



で、博物館内では…以前は目立つところに置かれていたのだが、端の方の物陰にひっそり置かれていた。

以前は無脊椎動物を中心に並べられていたコーナーの一画に、古代サメの「ラブカ」が置かれるようになって、その陰になっているのだ。


ラブカは、油壷マリンパークからの寄付らしい。貴重な資料なので置く場所を探したところ、無脊椎動物のコーナーを侵食したのだろう。


しかしまぁ、美しいカイロウドウケツ標本は見られたので、当初の目的は達成された。


ちなみに、次女は前回来たときには、この標本の珍しさがよくわからなかったようで、見たのを覚えていないらしい。

今は「あつまれどうぶつの森」にあったので知っているそうで、本物の美しさを興味深く見ていた。




残念なこともあった。

以前来たときは、貝殻だけをたくさん並べたコーナーがあったのだが、無くなっていたのだ。


オキナエビスなどの珍しい貝もあったのだが。

長女はビーチコーミングが好きで、子供のころは綺麗な貝殻を集めていたし、妻も貝の標本は結構好きだ。


貝殻だけたくさん並んでいる、というのは、地味であまり人気が無かったのかもしれない。

まぁ、これは仕方のないところ。



2時間ほどいただろうか。

満足したので博物館を出る。


この話、長くなったのでいったん区切りますが、まだ続きます。



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ビーチコーミング  2024-04-15 10:53:28  旅行記 社会科見学 家族

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観音崎自然博物館に行った話の続き。


博物館を出た時刻は16時くらいだったろうか。

まだ少し早かったのだが、外食するつもりだった昼ご飯がコンビニグルメになってしまったので、夕飯を食べて帰りたい。

せっかくなので、車は駐車場に止めたまま、もう少し楽しもう。


付近一帯が自然公園になっているが、以前来たときは時間が限られていて全然見なかった。

少し歩いてみよう、と家族に提案する。


ちょうど、自然博物館の前に、里山っぽく整備されたエリアがあった。


里山っぽい部分と、その隣に別に整備された道がある。どちらも、山の上の方に道が続いている。

里山エリアの方を歩いてみることにする。


何らかの植物を育てているようで、区画内に入らないように、と書かれている部分が多い。

何を育てているのかは知らないが、ちゃんと人の手が入っているのは良い事だと思う。


里山エリアの一番上に登ったところで、猫がいた。

そして、その猫から少し離れたベンチのところに、おじさんが座っていた。


横に細い道が、まだ上に向かって伸びている。

先ほど横を通っていた道かな、とおもって、まだ上に続くから上ってみよう、と家族に行ってみたところ、おじさんが「この道、止まっているように見えるけど別の道に繋がってるから」と教えてくれた。


どういうことかよくわからず進んでみると、確かに道は行き止まりだった。

そして、子供が探検でもしたような細い道が横の斜面を折り返しており、上で別の道に繋がっている。


上の道が、先ほど隣にあった、別の立派な道らしい。



進んでみる。

しばらく進んだところで、方向表示案内。

まっすぐ進む道には、「ふれあいの森 1200m」の表示が。


いや、1.2kmも歩くつもりはない。ちょっと入って見ただけなのだ。


別の道で戻る方面には、「たたら浜園地」と書かれていた。

なんか、その地名カーナビで見た気がするぞ。博物館のすぐそばではあったはずだ。


そちらに戻ることにする。




たたら浜は、博物館からわずかな距離の浜辺だった。

そして、たたら浜園地には、バーベキュー場があった。


次女がバーベキュー食べたい、という。

今食べたいというのではなく、コロナ前はよく夏になると庭でバーベキューをやっていたので、またやりたいという意味だ。

コロナだから、というよりは、夏が暑すぎたり、誰かが受験で忙しかったりで、最近やっていない。



せっかくだから、たたら浜に降りてみる。ビーチコーミング好きの長女大喜び。


ぶらぶらとビーチコーミングしながら歩く。博物館から離れる方向に向かっていくと岩場があるので、そこに行ってみよう。


僕は先に岩場に入って見たが、潮溜まりが残されていて、小魚などがいる。

こういうの、いいね。イソギンチャクとかいないかと思って岩の下をいろいろ覗き込んだが、いなかった。

でも、貝はいろいろなものがいる。


長女がゆっくり追いついてきた。

貝いっぱいあるよ、と言ったところ、今回ビーチコーミングで拾っているのは貝ではないそうだ。


そういえば、しばらく前からシーグラスを集めているのだった。


シーグラス…ガラス瓶などの割れた破片が、波に洗われて角が丸くなったもの。

鎌倉の海岸では茶色いものが多い。ビール瓶の破片だな。ガラスとしては、茶色はあまり綺麗ではない。


しかし、ここの浜では、水色や緑が多く、綺麗だという。

ここの浜は海水浴場ではないので、ビール飲んだりする人が少ないとか、捨てられやすい瓶の種類も違うのだろう。




特に薄い黄色から緑色のシーグラスを探しているらしい。

ウランガラス、だそうだ。そういえば、しばらく前にそんなことを言っていたな。


僕のこの時点での知識では、放射性物質を微量に入れたガラスは、屈折率が高くなるので昔はレンズなどに使われた、というものだった。

でも、次女によると、美しいので工芸品としてのガラスにも多いのだという。実際、今調べたらそうだった。


岩場で砂浜は終わりだったので、再度引き返して、シーグラスを探す。今度は僕も手伝った。

片道では長女の片手に乗るほどのシーグラスしか見つけていなかったのだが、家族みんなで探して歩いたら、両手でも載せきれないほどの量が見つかった。




5時半ごろ、帰路につく。

八景島付近でファミレスの「ココス」に寄り夕食。うまかった。


家に帰ってから、長女はシーグラスを水道水で洗浄。

海で拾ってきたものは、すぐに洗っておかないと臭くなる。


で、妻にブラックライトを借りたいと頼む。これは、帰りの車中でも言っていたこと。

科学実験としてはブラックライトはよく使うので、妻は持っている。


ウランガラスは、暗闇で紫外線を当てると美しく輝くそうだ。

今回、それらしい色のガラスは無かったので望み薄だけど、と言いながら長女は暗い廊下でがさがさとやっている…


「光った!」っと、素っ頓狂な声。

慌てて見に行くと、確かに1つだけ、小さなシーグラスが輝いている。


しかし、ウランガラスの特徴である、緑色の光ではない。オレンジ色の光。


まさか本当に光るとは思ってなかったので長女は興奮気味だが、色が違うので冷静に「勘違いである可能性」を確認しはじめた。


ガラスではなくプラスチック片の場合、蛍光塗料などが練り込まれていて光るものもある。

しかし、僕も確認したが、ガラスのように思える。プラスチックなどの樹脂ではない。


次に、表面に蛍光塗料などがついているだけ、の可能性。これもなかった。全体に削れて曇りガラスになっているのだ。

表面に何かペイントされていたものが割れたとしても、これほど全体に光ることはないだろう。


紫外線ではなく、自然光で見た場合にもオレンジ色っぽい。



いろいろと情報を探すと、ウランではなくカドミウムを入れると、普段の色も蛍光もオレンジ色になるらしい。

ウランガラスよりも珍しいらしい。


ちゃんと鑑定できるわけではないので、まだ疑問符付きだけど、長女としては宝物。

小さなジッパー袋に入れたうえで、採取地と採取日、おそらくカドミウムガラス、と書いてコレクション箱に入りました。

情報を書いておけば、ガラクタではなく立派な資料。




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