目次
2026-09-06 2つのパン屋
2026-06-09 バナナ
2026-05-31 コーヒー
2026-04-28 雑草
2025-08-15 酒の味
2024-08-20 米騒動
2024-06-28 茶の湯
2024-02-02 朝ご飯
2024-01-01 あけましておめでとうございます
2023-12-10 ガスコンロ
2023-12-08 のりだんだん
2023-08-20 中華スープ
2023-08-20 カルアピッグ
2021-11-20 料理コラム
2021-06-24 温泉卵
2021-01-01 あけましておめでとうございます
2020-10-12 栗の渋皮煮
2020-04-21 炊飯器
2020-04-20 バーベキュー
2019-02-12 クッキーづくり
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住んでいる場所がバレてしまうような話題…
といっても、以前から大船住みであることは公表しているわけだが。
鎌倉市の地域振興券が6月に配布された。一人5千円なので、5人家族の我が家では2万5千円。結構大金。
そして、「つかわないとね」と言いながら使わないまま、8月半ばを迎えた。
この地域振興券の使用期限は3か月間。9月16日で失効する。
慌てて使える場所を調べるが、主に鎌倉の中心部だ。一番「横浜寄り」である大船では、使える店がそもそも限られている。
まぁ、鎌倉市の施策なので、最終的に「鎌倉市に税金を納めている」店が使用可能な条件なのではないかと思う。
また、物価高で買い物を控える市民と、それにより売り上げが落ちる店を救済するための施策なので、大手チェーン店などは対象外だろう。
そして、婦人用品屋とか、ヘアカットサロンとか、家族で使うには無理な店が多い。
我が家的には、美味しいものでも食べて家族団欒できるとありがたい。
…と、条件を絞り込むと、近所で使える店は本当にごくわずかなのだった。
まぁ、家族で外食したり、美味しいケーキを買ってきたり、それなりに使ったのだがまだ1万円程度残っていた。
使えるお店リストを探していて、以前1度だけ行ったことある、美味しいパン屋さんで使えることに気付いた。
大船駅から「鎌倉湖畔行き」のバスに乗り、北鎌倉台バス停で降りると最寄り。
「カイユー」というパン屋さん。
住宅地の中にある商店街だが、造成時に入ったお店の店主などは高齢化で引退してしまい、一度完全にシャッター商店街となった。
しかし、地域の人が商店街復活を、と頑張り、別の仕事をしながら店舗経営をするような人々が集まった。
パン屋さんも、1週間のうち、木金土の3日しか営業していない。
しかし、以前ここのパンを食べて、2重の衝撃を受けたのだ。
まず、パンが非常に高い事。コンビニに並ぶ大量生産のパンと違い、手作りパンは高くなってしまうのは理解できる。
でも、2千円を超えるパンとか並んでいるからね。それほど高いパンは、重さで量り売りしてくれるので、丸ごと買う必要はないのだけど。
そして、非常に美味しい。値段が高くてもそれに見合う価値がある。
でも、気軽に買いに行くには、ちょっと躊躇する値段だ。
地域振興券、1万円以上残っていて期限がわずかなので、このパン屋さんで買い物しよう。
…というのが先週末の話だったのだが、土曜日が雨だったのだ。
その時は営業日をちゃんと確認して無くて、「明日にしよう」とか言ってたら、日曜はやってなかった。
やってない、と気づいたけど、夕飯はパンに合わせた料理にしよう、と考えていた。
大船で地域振興券でパンを買える店、他にないのか?
調べたら「ぱんや ねこさん」があった。以前から前を車で通ることは多くて、こんなところにパン屋あるなー、くらいには思っていた店。
よし、そこに行ってみよう。
日曜定休ではないよね? と確認のうえで、向かう。
車で前を通りがかると、シャッターが閉まっていた。
すぐ近くに車を停めて、店に戻って確認。予定分を売り切ったので閉店しました、と書いてあった。
この時、時間は4時半ごろ。良く調べたら、大抵4時には閉店で、早い時は昼過ぎに閉店してしまうそうだ。
両店とも、詳しく調べたのでもう買いたくなっている。
「ねこさん」は、朝8時から開いているそうだ。
僕が一昨日の金曜日に市役所に用事があり、仕事前に行こうと思っていたので、その帰りに「ねこさん」に寄る。
小さなかわいいパンを得意とするようだ。
クリームを挟んだ、マリトッツォのような「ねこさんパン」、1個260円。2個買うと40円引き。
…自分のおやつとして買うなら、ちょっと高いが悪くない値段。
しかし、家族全員分買うには高いな、と思ってやめる。
しかし、だいたい単価 250~300円くらいで、切り分けられるような大き目のパンや、サンドイッチのような調理パンでも 350円くらい。
手作りパン屋としては安い部類かと思う。
いくつか買って帰り、夕食に食べた。どれも美味しいパンだった。
特にベーコンエピは、小麦自体の味が引き出された生地にベーコンの塩気が合わさり、家族に大好評だった。
翌日土曜日、「カイユー」にも向かう。また雨だったが、車で行くことにした。
以前の印象で「高い」という気がしていたのだが、小さめのスコーンは 250円。この程度ならお手頃価格。
この店は、パンごとに小麦の種類も変えているそうで、一つ一つのパンに細かな説明がついている。
クミン入りのブドウパンを 1/4 購入。丸ごとだと 2200円という、高めのパン。
また、クルミとブドウのパンも 1/4。こちらは丸ごとで 1800円だったかな。
以前食べておいしかった、オリーブ入りのフォカッチャも購入。
あと、シナモンロール、クロワッサンを2つづつ、スコーンは3つ購入。サイズに合わせて、家族で分けやすい感じに買ったのだ。
全部合わせて3000円を超えた。
この日はちょっとしたパーティのつもりで、パンを中心にソーセージやチーズなどとあわせて、白ワインなど飲む。
クミン入りのパン、当然だがカレーのような香りがする。これにクリームチーズがよくあう。美味しかった。
クルミとブドウのパンも、固めなので噛むと味わいが広がる感じ。
スコーンは、ほろっと崩れる感じ。クロワッサンは甘くはないがバターの香りがしっかりして、デニッシュ生地の層がすごく多い。
そしてシナモンロール。甘ったるい香りのシナモンロールを想像していたら、「シナモンの味がする」ので驚いた。
普通は、味がするほどには入れない。シナモンって辛いからね。でも、ピリピリとした辛みと、わずかな酸味が非常にシナモンらしい。
やっぱこの店は、値段は高いがすごいパンを作ると思った。
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別年同日の日記
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我が家の庭にはバナナの木が生えている。
家を購入して1~2年の間に、庭造りのたびにたびたび園芸屋などをのぞいていて、鉢植えのバナナを見つけて購入したもの。
観賞用の原種に近いもので、それほど大きくならない。とはいえ、成長すると 2m くらいにはなる。実は種が多いので食用に適さないが、十分熟して自らはぜるのを待ってから口に入れると、とても甘い。口の中で転がして甘味を感じたら、種だらけなので後は捨てる、という感じ。
で、バナナは多年草で、毎年地上部は枯れるのだけど、翌年芽を出すのね。この際、どんどん増える。
昨年は余りにも数が増えて密集していたので、今年は春先から時々間引いている。
この間引いたバナナ、成長途中でも 1m 程度あって立派なのだが、茎の中心部分が美味しく食べられる、というので食べてみた。料理したのは妻だけど。
事前に一度、少しだけの量で試したんだ。それで美味しかったので、先日もう一度間引いたところで大々的に料理した。
アクが多いので、茎の中心を一度煮込んで湯でこぼした後、薄い酢水につけておく。その後料理していただくわけだが…
まぁ、筍の姫皮、もしくは柔らかい穂先の部分だと思ってください。サクサクとして淡白な味わい。味付け次第でなんにでも合う。
竹もバナナも、単子葉植物類で、根で増える。その成長し始めの所を食べる、というので類似性はあるし、似た味わいであることにも納得感がある。
バナナと鶏肉とコンニャクの煮物とか、バナナとシーチキンの炊き込みご飯とか、バナナとレタスの浅漬けとか、どれも美味しかった。
(どれも、筍の姫皮で作るようなレシピのアレンジ)
どうせ間引かないといけないものなので、美味しく食べられるとわかれば労働にも精が出ます、
(根が張っていて、成長途中でも 1m になる植物なので、間引くのも結構大変なの…)
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別年同日の日記
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我が家に鉢植えのコーヒーノキがある。
5年くらい前から、少しづつ実をつける。とはいえ、小さな鉢植え一本だし、最初は数個の実だった。
果実の部分、「コーヒーチェリー」はなかなか日本では出回らないので、食して楽しんでいたが、1粒食べたくらいでそれほど旨いものでもない。
一昨年は沢山実をつけたので、収穫して取っておいた。とはいえ、15個程度だったと思う。
焙煎してコーヒーにできないかな…とおもいつつ、やり方がわからず放置。
昨年もまた実をつけたので収穫し、一昨年のものとあわせて「小皿に薄く一杯」程度になった。
30個ちょっとかな。
コーヒーは、周囲の果肉は捨てて、中にある種の部分(いわゆる「豆」)を焙煎して使う。
果肉を取り外すには、水につけて自然発酵させてから、強力な水圧で洗い流す方法と、乾燥させてから脱穀する方法があるらしい。
自然発酵させて強力な水圧で…は、家庭ではちょっとできない。
そして、乾燥する方法は砂漠などで行われるらしく、日本の気候ではそこまで乾燥しない。
どうしたものか…と思っていたら、「乾燥させてから、果肉ごと焙煎」というやり方がある、と知った。
なるほど、その方法ならできるかもしれない…と思ったのだが、詳しい方法がわからない。
なんとなく、コーヒーの実は保存されたまま放置になっていた。
今日、思い切ってやってみることにした。
改めて果肉ごと焙煎する方法を調べる。
以前調べたとき…2年前は、Google は AI のまとめ結果は表示していなかった。
今は AI が主要な WEB ページで調べた内容をまとめてくれるのだが、「果肉ごと焙煎するような方法はありません」と言われた。
AI に知識を聞いちゃだめね。平気で嘘をつく。
(単純作業をやらせると、使い方次第で役に立つ。AI は道具なので、うまく使うことが重要)
WEB ページ探したら、やっぱりそのやり方はあった。
しかし、相変わらず詳しい方法はわからない。
仕方ない、自己流で行こう。
果実丸ごと乾燥しているコーヒーの実を、小さなフライパンで弱火で煎る。
どれくらいやっていいのかわからない。しばらくやっていたが、全体に黒くなってきたのでこれくらいでいいかな、と終わりにした。
続いて、これをミルに入れて挽く。
…あたりまえだが、コーヒー豆より大きく、ミルを回転させても歯の隙間に入って行かない。挽けない。
改めて取り出し、ゴマをするための小さなすり鉢で潰す。
煎られてよく乾燥しているので、簡単に砕ける。こうやって脱穀できるかも、と思ったが、豆の中まで火が通っていて、豆も砕ける。
果肉があるから豆に火が通りにくいのではないか、と考えて長時間炒っていたのだが、中央まで焦げているようだ。
ちょっと深煎りにしすぎ。
すり鉢では荒く砕けただけなので、改めてミルで挽く。
さて、当然だが「不純物の多い」粉となった。豆だけでなく、果肉も入っているからね。チャフどころの話じゃない。
深煎りしすぎたと思っていたのだが、白っぽい部分もある。
火の通り方にムラがあるな。下手な焙煎だ。初めてだから当然だ。
ドリッパーに入れるが、豆の量が少ないので、1杯分くらいしかない。少なめのお湯で抽れて、みんなで少しづつ飲もう。
…ところが、お湯を注いだら色が濃い。これは、ほぼ消し炭になっていて炭の粉が出たか。
強烈に苦いかもしれない、と思い、少しお湯を多めに入れる。
この時点での予想。焦げた匂いで強烈に苦く、コーヒーとしての味は薄いお湯。
飲んでみると、意外なことにコーヒーだった。
ちょっと酸味のある、フルーティーな香りのするコーヒー。
そして、焦げ臭さも少し混ざる。焙煎が下手。
この時は「貴重な味が、しっかり分かるように」わざと濃い目に入れていた。
妻は薄めのコーヒーが好きなのだが、ちょっと濃かったようだ。ザラメを入れて飲み、甘くしたら美味しい、と言っていた。
雑味が多い、とも言っていたが、果実ごと入れているからね。
じつはコーヒーノキは我が家に2本あったが、冬越しの際に1本枯れてしまった。
なので、今後は去年ほど豆が収穫できない。
1杯分のコーヒーを淹れるのに2年かかったのだけど、次淹れるのはいつになるかな…
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別年同日の日記
11年 Smalltalk,Squeak, Etoys, and Scratch!
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「雑草という草はない」というのは、牧野富太郎の有名な言葉。
昭和天皇もこの言葉を言ったとして有名なのだけど、受け売りだろうね。
昭和天皇は生物の分類学者でもあったので、様々な草がひとまとめに「雑草」とされるのを良しとはしなかったのだろう。
じゃぁ雑草って何か、となると定義は難しい。
以前テレビ(タモリ倶楽部)で学者さんが「個人の考え」として言っていた定義「土地の持ち主が許可していないのに生えている草は雑草」は本質的だと思う。
最初は花がかわいいから植えた草だったとしても、時折旺盛な繁殖力を見せるものもある。
こうなると、最初に植えたのは自分であったとしても、駆逐したくなる。
そして、駆逐できなければ「雑草」となる。
さて、最近温かくなってきて、草の繁殖が凄い。
我が家で非常に多い「雑草」は、トリケトラム。「トリ」は3の意味で、茎が三角形をしている。
日本では「三角葱(ミツカドネギ)」ともいうが、葱の仲間。というか、ほぼニラ。(香りが少し弱い)
とても可愛い花を咲かすので好きなのだが、やたら増殖するので、毎年食べ放題になっている。
根っこは小さな球根になっていて、葱の味が濃い。
葉っぱはニラのよう。茎も食べられるし、花も美味しい。つまり、全部食える。
ニラのつもりで料理すれば大丈夫。香りが少し薄いけど、雑草だから多めに入れればよい。
少し長めに切って、細切れ肉といっしょに煮込んで卵とじ、とか美味しい。
味噌汁にしても美味しいし、細かく刻んだら葱と変わらないのでチャーハンとかに入れても良い。
とにかく使い勝手が良いのだ。買い物に行かないでも庭から使い勝手の良い食材が取れる有難さ。
食べられる時期は1か月程度。今絶賛旬を迎えている。
20年ほど前、現在の家に引っ越してきてすぐに、観賞用のバナナを買った。
最初は鉢植えだったが、大きくなってきたので、庭に作った家庭菜園の端に植えた。
…これがその後大繁殖。
観賞用とはいえ、バナナとしても食べられる。ただ、種が大きくて多く、バナナを食べるというより「種の周りの甘い部分をしばらく口の中で味わったら、全部吐き出す」という感じ。
とにかく増えてしまって、手におえない。雑草化している。
なので、今年は少し間引こう、ということになった。
今ちょうど地面から新芽が出てきている所なので、新芽の部分を根っこから掘る。
バナナを含む芭蕉科は単子葉類で、稲や竹と同じ仲間。
「新芽」と書いたが結構大きく、小さな筍(タケノコ)だと思ってよい。
そして、食べ方や味も筍のよう。
周りの皮をむいて、中心部分を茹でる。湯でこぼしてもえぐみがあるので、薄い酢に一晩浸して中和させる。
「加食部より皮の方が多い」というのも筍と同じ。
筍よりは柔らかく、筍の穂先、もしくは姫皮だと思ってもらうと良い。
薄切りして塩でもんだきゅうりと、細かく切ったバナナの茎をあわせ、梅肉と砂糖であえてみた。
筍の姫皮でつくる料理だけど、バナナの茎でも美味しかった。
酢水にさらしているから少し酸っぱいのだけど、梅と合わせることで気にならないようにする、という意味合いもある。
ただ、これはちょっと「つけ添え」程度の小鉢料理。大量消費できない。
まだバナナの茎があったので、軽く炒めて醤油と砂糖で味付け、ごま油で香りを出す。
きんぴらだ。普通は固い野菜で作るが、シャキシャキとした歯ごたえはあるので、美味しい。
バナナの新芽の茎も、雑草として駆除する際には美味しく食べられると判った。
もう一つ、我が家では茗荷(ミョウガ)も大繁殖している。少し間引きたい。
こちらも、新芽が出てきたところで食べてしまえばよい、というので試した。
妻が作ったので料理法はよくわかってないのだが、こちらも筍のように周囲の皮の部分は剥いて、芯に近い部分を食べる。
茹でてから、甘酢につける。食べてみると、本来の「茗荷」ほどの香りはないのだが、ほのかに香って美味しい。
例年、香椿(ちゃんちん)の新芽も食べるのだが、こちらは季節的にもう少し先かな…
こちらは木で、すぐ大きくなるので毎年切り詰めている。
切っても脇芽が出てすぐ伸びるのだが、この脇芽もたくさん出るので、有望そうなのを残して詰んでしまう。
で、詰んだものは塩茹でしたうえで、卵といっしょに、ゴマ油で炒める。
香椿は中華の食材なので中華風に料理しているのだが、ニンニクの香りがする。
ネギ類でもないのにニンニクっぽい香りがあるので、仏教寺院などでは食材として庭に植わっていたりするらしい。
ネギ類を食べることは戒律で禁止だが、それっぽい香りだけでも…と考える時点で煩悩まみれでは?
2日後に追記
セイタカアワダチソウの事を書き忘れていた。
昔は「秋の花粉症の原因」なんて言われたが、誤解であることが分かっている。
昔から草姿は好きだったのだが、花粉症になると言われて近づかなかった。しかし、今は誤解とわかっているため、庭に生えてもわざと残している。
この季節の新芽の柔らかい部分を詰んで、お茶にして飲むと爽やかな香りがする。
短時間でも十分香りが出るので、「色が出るまで」置こうとしてはいけない。色が出るくらい置くと、非常に苦くなる。
もっとも、苦くなってからでもお湯で割って飲めば十分美味しい。
このように苦みがあるが水に溶けやすいので、茹でておひたしにしても美味しい。
砂糖とゴマで和えて胡麻汚しにすると、少し残った苦みを甘味で包み込み、独特の香りも残り美味しく食べられる。
てんぷらにもしてみたが、苦みが残り子供受けしなかった。
ただ、大人には美味しく食べられる。
苦みは「毒」を示すものであると同時に、毒も理解して摂取すれば薬になる。
そのため、若いころは苦みに対する感受性は高く、年齢を経るにしたがって苦みを感じにくくなることが分かっている。
なので、「大人の味」というのは、老いた舌では苦みを感じない、という意味であって、子供が背伸びして食べる必要はない。
追記ここまで。
もう1か月くらい前だと思うが、春先にはツクシを食べた。
これは我が家の庭にはあまり生えず、近所の空き地でとってきたのだけど。
「雑草を食べる」と人に言うと、不味そうだと言われることもある。
でも、適切な知識を持って、適切に料理すれば、どれも美味しい食材だ。
「雑草」と言われて、具体的にいろいろな草を思いつかない人だと、雑草は総じて「不味そう」なのだろう。
いくらかの雑草は食べられる、と知っている人には、自分で食べないまでも、食べることは理解してもらえる。
「雑草という草はない」という言葉だけが有名になっているのだけど、これも言葉として知っているのと、具体的に雑草とされやすい草を思い浮かべられるのでは大きく違う。
そして、具体的に知っていれば、どれが美味しそうかという話も自然に受け入れられる。
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別年同日の日記
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こちらが今日の本題。
先に書いた飲み会の話と、本日が長男の誕生日(21歳になった)のが頭の中で結び合わさり、酒の味の話を書こう、と思った。
この話、以前から思っていることではあるが、書いてなかったと思うから。
我が家では、子供が小さいころから、親が酒を飲むときには、「酒は美味しくないものだ」と教えている。
子供が妙に興味を持って飲もうとすると危ないからね。
そして、僕は実際に、酒は美味しくないものだと思っている。
アルコールは人体にとって毒であり、毒をまずく感じるのは当然。
でも、美味しくないのになぜ飲むのかと言えば、酒は「楽しい」からだ。
毒により神経が軽く麻痺し、いつもと違う感覚になる。いわゆる「眩暈」の状態で、カイヨワの分類する遊びの4要素のうち一つだ。
飲むだけで遊びの感覚が得られる。これが楽しいから飲むのだ。
ただ、酒が美味しいとする人がいるのも理解できる。
僕の定義では「美味しい」と「楽しい」は分離できるものだが、この二つは非常に密接であり、分離しない方がよいと考える人や、そもそも分けて考えたことなどない人もいるだろう。
一人で食べるより、誰かと食べる方が美味しい。
人がいることで食べ物の味が変わることはないが、食事は確実に「楽しい」ものとなる。
そして、楽しい食事は美味しいのだ。だから、酒が美味しいというのも間違いではない。
愛情のこもった料理はおいしい、というのも同じだな。
自分に愛情が向けられている、と知った時に不快に思う人はいないだろう。温かい、楽しい気持ちになる。
ただ、これは愛情をいただく側が言うことで、いくら愛情をこめても、伝わってないと美味しいと感じてもらえない。
酒は不味いが楽しい、そして楽しいものは美味しい。
じゃぁ、酒が不味くなければもっとおいしいのに。
酒が不味い、と思っているのは僕だけではなく、古今東西の人がみな思っている。
だから、酒が少しでも不味くなくなるように、様々な工夫が試みられている。
酒に炭酸が入ると、炭酸で舌がしびれて味を感じにくくなる。
「不味い」を無くして「楽しい」だけにできるなら、それは美味くなったと言えるだろう。
シャンパンやシードル、ビールなんかがそうだな。
ただ、発酵時の炭酸を閉じ込められるようになったのは、ガラス瓶が普及してから。比較的近年だ。
同じように、強く冷やしても酒の味を感じにくくなるが、これは瓶よりさらに後、冷蔵庫ができてからだ。
キンキンに冷えた、炭酸の利いたビール、というのはごく近年のもので、長い歴史のほとんどは「ぬるくて気の抜けたビール」だった。
でも、ドイツは水質の悪いところが多く、寄生虫などが原因で下痢をすると命にかかわったため、アルコールによって寄生虫がいないことが保証されているビールは、まさに命の水だった。中世では子供でも当たり前にビールを飲んでいるのはそういうことだ。
蒸留酒もまた、不味さを消すための工夫だと思っている。
アルコール濃度が高くなるため、アルコール独特の臭みは出るし、味も苦みがが強くなるのだが、わずかな量を我慢して飲むだけで「楽しい状態」になれる。
苦い薬でも楽になると覚えれば飲めるようになるのと同じで、慣れてしまえば不味いことも忘れてしまう。
本来、醸造酒は酸っぱくなりやすい。現在の酒は高度な技術で酸味が出ないようにしているものが多いけど。
でも、蒸留することでこの酸っぱさも無くせる。
(酢酸とアルコールで蒸発温度が違うためだ)
蒸留したてよりも、しばらく時間を置いたほうが飲みやすい、というのも発見されている。
アルコールは毒なので「不味い」のだが、時間を置くと水と結合して「包み込まれる」ことで、舌で感じにくくなるらしい。
また、不快な香りが揮発する、樽の香りがうつる、などの効果もある。
いずれにせよ、多くの蒸留酒が作りたてではなく、しばらく置いてから飲むのが良いとされる。
ポルト酒のような工夫もある。
ポルト酒はワインなのだが、発酵の途中で蒸留酒であるブランデーを加える。
すると、急にアルコール濃度が高まるために、発酵を行う酵母が死んでしまい、発酵が止まるのだ。
発酵は、澱粉が糖に代わり、糖がアルコールに変わる、という反応だ。これが、糖を多く残したまま止まってしまう。
つまり、甘い酒になる。これが、甘口で飲みやすい。
甘いというのは、生物にとって活動のエネルギーとなる糖が含まれている、という味であり、何よりも重要だ。
だから、多少毒であるアルコールが入っていても、糖の美味さが勝ってしまい、飲みやすくなるのだ。
じゃぁワインに砂糖入れればいいじゃん、という話もある。
昔は今のような精製糖が入手しにくかったのでポルトワインのように作る方が簡単だったのだろうが、現在実際にワインに砂糖を入れて飲む飲み方はある。
クリスマスなんかに飲まれる、ホットワインだな。
シナモンや胡椒などの香りも入れ、身体が温まる飲み物として供される。
不味い酒を美味しく飲むための方法としては、カクテルを外すことはできないだろう。
カクテルのレシピは星の数ほどある。これこそが、人類が「酒は不味いが飲みたい」と思っている何よりの証拠だと僕は思っている。
本当に酒が美味しいというのであれば、そのまま味わえばいいのだ。美味しくないからできないのだ。
先に蒸留酒の話を書いたが、一度アルコール分が高まっているのだから、薄めて醸造酒程度になったって問題ない。
だから、美味しいジュースなどと混ぜてしまう。元の醸造酒の不味いところを取り去り、美味しいものに置き換えた感じだ。
(最大に不味い毒である、アルコールは残っているのだけど)
最初に、炭酸が入ると舌が麻痺する、と書いたが、炭酸と混ぜたカクテルも多い。
アルコールは少し苦みがあるが、柑橘も少し苦みがあるため、柑橘と混ぜると味がごまかされやすい。
柑橘の香りだけでもよい。毒の苦みではなく、柑橘の苦みだと誤認させればよいのだ。
だから、柑橘を使ったカクテルも多い。
蒸留酒ではなく、醸造酒を使ったカクテルも多い。
ワインに果実を漬け込んだ「サングリア」などもこの類型だと思うが、実際にサングリアを作ると日本の酒税法では「果実酒」となり、醸造免許が必要となる。
(「梅酒」は販売目的でなく家庭で作る分には違法にならないが、サングリアの場合は違法となる。ベースとなる酒が果実酒用に作られたものではなく、正しく課税されないため)
なので、お店で提供されるサングリアは、本当はサングリアではなく、ジュースと混ぜただけのカクテルであることが多い。
最近は大手酒造メーカーがサングリアとして売っている酒も多いので、そういうやつかもしれないけど。
(これなら醸造免許を持った会社が作っているので問題ない)
酒の話は尽きない。
人類は酒が大好きで、昔から様々な工夫をしてきた、ということだろう。
途中でも書いたが、これこそが「酒は不味い」と示す証拠だと思う。
楽しいから飲みたいけど、不味いのは嫌だから工夫してきたのだ。
酒は、美味しいのではなく、楽しい。
僕はそう思っている。
別年同日の日記
15年 Windows10 へのアップグレードで Chrome が動かなくなったが
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令和の米騒動、と呼ばれる事態になっているので、面白いから記録に残しておこう。
まず、歴史のお勉強。
30年ほど前に「平成の米騒動」と呼ばれる状態があった。
「令和の」と呼ばれるのは、これに対応したもの。
平成の米騒動も、いまとなってはあまり正しい認識で語られていない。
まずこれをおさらいしよう。
1991 年、フィリピンのピナツボ火山が噴火した。
これが大噴火で、噴煙が成層圏にまで達して世界中をめぐり、日射量が落ちたためにこの後数年間の平均気温が2~3度下がることになる。
1993年、冷夏となって米が不作になる。
これにより、国民が問題なく食べられるだけの米の供給量に達しない、と予測される。
当時日本は、米を国内の安全保障上の重要物質と捉えており、完全な自給自足をできる体制を維持するためにも、外国からの米は一切輸入させない、という態度をとっていた。
これに対し、アメリカなどは米も通常の農作物と同じで、輸入の自由化を迫っていた。
ここにもってきて、供給量不足である。政府は「特別措置」として緊急でタイからコメを輸入する。
このタイ米、正しく料理すれば結構おいしかったのだが、日本的な「炊飯」には向かなかった。
これに伴う話も面白いのだが、今回は割愛。
ところで、「足りない」と言われた米だが、実は足りていた。
この話、今調べたところだとあまりネット上に書かれていないように思う。
1993年は冷夏で不作だったが、「収穫量が落ちた」のではなく、「品質が下がった」のだ。
ところで、日本は第2次世界大戦(太平洋戦争)中に、食糧管理法という法律を作っている。
戦時下でも国民が飢えることが無いように、主要な食料を管理して、均等に配布するための法律だ。
誰がどれだけの食料を買ったかは、各家庭の米穀通帳に記載されて管理される。
米穀通帳がないと米は買えない。
この法律、戦争が終わっても特に廃止されなかった。
1960年代初頭には米の配給制度は終わり、事実上米穀通帳が無くても誰でも買える状態になっていたのだが、法律上は米穀通帳なしに米を購入するのは違法だった。
さらに、1969年には、政府を通さない自主流通米も許可されるようになった。
これは、「すべて政府が買い上げる」としていた米が次第に供給過多になり、政府の買い上げ資金が足りなくなってきたための苦肉の策だった。
つまり、政府が買い上げるのが基本だが、買い切れないので、「政府は全部を買わない」と宣言しただけだ。
「政府が買わない」=「自主的に流通させてよい」という言い換えで押し切られた形だ。
当たり前のことだが、当時は政府以外の米の流通網なんて存在しない。違法だからだ。
流通網もないのに自由に流通させて良い、と言われても、自分で販売ルートを切り拓けるような力のある農家でない限り無理な話だった。
それでも米を買い切れない政府は、農家に米を作らないように頼んだ。
いわゆる「減反政策」だ。減反に応じた農家には、何もしないでも保証金が支給される。
これにも農家は反発したが、自主流通させるだけの力がない農家は応じるよりほかなかった。
その一方で、ある程度力を持っている農家は、政府が買ってくれない分は自主流通米とする、という形で自主流通米が増えていった。
これをうけて、1981 年にやっと、米穀通帳が廃止される。
それ以前からも自由に買えたが、形式上は違法だった。それが、1981年に違法でなくなったのだ。
それでも、食糧管理法自体は無くならなかった。
政府は、米の等級により買い上げ値段を細かく分けていた。
政府買い上げ米は必ず品質検査を受け、品質が低いと非常に低い値段でしか買ってもらえない。
この値段は、法律であらかじめ定められていた。
食糧管理法は、国民の食を安定させることが目的であり、年によって値段が変動するようなことは望ましくないのだ。
しかし、自主流通米では、需要と供給により値段が決まる。
年と品質によっては、政府に買い上げてもらうよりも、自主流通米として販売したほうが儲かった。
これもまた、自主流通米を増やす理由となっていく。
ここで、1993 年の冷夏だ。
米の収量が大きく落ちたわけではない。でも、品質は大きく落ちた。
先に書いたように、政府買い上げの価格は、品質によって大きく異なる。
品質が落ちた際には、政府に売らずに自主流通米とした方が儲かる。
そのため、農家が政府に売るコメの量が減った。
ところで、自主流通米は食糧管理法の下ではヤミ米、政府も収穫量を把握していない米だった。
ここで、政府から見ると、1993年は収穫量が大きく落ち込むことになる。
実際には、政府の側でも、自主流通米に流れていることはわかっていた。しかし、その量が把握できない。
信頼できる数字は、政府が把握している政府米の量だけなのだ。その量だけでは、国民の食糧を保証できない。
そこで、政府は十分な量の米を輸入することになる。
まったくわからないものを当てにするより、輸入するしかなかったのだ。
この事態を平成の米騒動と呼ぶ。
大量に輸入してしまったタイ米は、インディカ米で、香り米だった。
日本人に馴染みのある、炊飯器で炊ける方法(炊き干し法)ではなく、パスタのように茹でこぼす方法(湯取り法)で炊くと美味しいご飯だ。
また、いわゆる米飯の香りではなく、独特の香りがする。
これが、日本人に馴染みのないもので人気がない。
炊飯器で炊いて「美味しくない」「臭い」という人が続出なのだ。
輸入したものだから政府としては流通に乗せるのだが、どこの店頭でも余り、通常の米との抱き合わせ販売なども行われていた。
そう、抱き合わせで販売できる程度に、米は流通しているのだ。
足りていない、などということは全然なかった。
「そんなことはない。実際に店頭から姿を消していた」という反論もありそうだが、政府流通米しか扱わないような店もあったので当然だ。
当時から自主流通米を扱っていたような店では、十分な在庫があった。
ただし、安い政府流通米が流通しなくなったことで、値上がりしていたのは事実だ。
結局、2年後の 1995年には、食糧管理法は廃止される。
同時に、米の輸入も量の制限付きではあるが開始される。
そして、政府は自主流通米の在庫量を調査するようになった。
さて、今年の話を始めよう。
政府の自主流通米の在庫量調査で、調査開始以来一番在庫が少ない状態になった。
実は、この発表がある前日に我が家でも買い物をしようと思ったのだが、いつもの店に米が無くて驚いていた。
この時は別の店で買ったのだが、そうしたら翌日に政府発表があって謎がとけた、という形。
この政府発表で正しい理由も付けていたし、僕はNHKのニュースでそれを聞いたのだが、その後のネットや…他のテレビ局などでも、間違った理由がもっともらしく飛び交っている。
テレビ局が良く調べもせず間違ったこと言ってたらダメだろ、と思うけど、今のテレビ局にそんな力はない。
コロナが終わって外国人観光客が増えたから、彼らが食べて足りなくなったのだ、という説。
普通に考えて、ほんのわずかしかいない旅行者がそれほど食べるわけないでしょ。
昨年が不作で…という説。
昨年は異常気象だったのは事実だが、例年並みに収穫がある。
ただし、ここでいう例年並みは「作付けに対する収穫量」であり、全体の収穫量ではないことに留意が必要。
実は、コロナで外食産業が低調だったために国内の米は余り気味になっており、昨年は作付面積自体が減らされていたようだ。
だから、不作のせいではないが、収穫量が少なかったのは事実のようだ。
ただ、通常は外食産業は安い外国産の米を使うことも多く、減らされていた作付面積もそれほど大きいものではない。
さて、最初の政府発表でちゃんと触れていた原因だが、「世界的な食料価格の高騰」がある。
備蓄が減った要因は一つではないだろうが、これが一番影響が大きいだろう。
しかし、どうもネットの風説ではこの話があまり出てこない。
中には、「世界的に高騰したとしても、米は国内で生産し、国内で消費するものだから関係ないだろう」と言い出す人までいる。
世界情勢を把握していないと理解できないので、残念な理解力の人には、因果関係がわからないのだ。
ロシア・ウクライナの戦争により、ヨーロッパの穀倉とまで言われたウクライナの小麦の供給が激減している。
まずヨーロッパの国々が世界中からの食糧確保に励み、それにより世界中で食料価格が高騰した。
日本でも小麦関連の食料の値段は上がっている。
つまり、パン、うどん、パスタなど、麺類がみな値上がりだ。
普段だったらパンを食べている人も、米の方が安い、ということになれば米を食べるようになる。
しかし、外国産の米も、世界的には引く手あまただ。日本から購入しようとしても高くなってしまう。
では、外国産の米を使っていた外食産業も、国内の米を買うしかなくなる。
米は1年に一度、秋に収穫が行われる。…二期作とかもあるが、まぁ誤差範囲だ。
都度行われる海外からの輸入と違い、秋に価格がだいたい決定し、多少の変動はあれど維持される、という意味でもある。
そのため、世界的な食料の高騰が、国内ではコメの需要を高めることになったのだ。
さて、足りないと言われると、なんとしてでも集めないといけない業種、というものも出てくる。
レストランとかでは、足りないから別のもので、というわけにはいかないだろう。多少高くても確保しなくてはならない。
これは必要だから購入しているだけで、決して転売目的の買い占めなどではない。
政府が在庫が少なくなっている、と発表してから、あっという間に店頭からコメが無くなったように思える。
必要な業種の人が買った結果だろう。
じゃぁ足りてないのか、と言うと、実は米自体はまだ足りている。
値段が高くなってはいるが、海外からの米の輸入はちゃんとあるのだ。
元々、安さが売りで品質は低い、というようなものが、高級米並みの価格になっているが、世界的な食糧価格高騰の中では仕方がないところだろう。
もう夏も終わりなので、早稲を作っている地域ではすでに収穫が始まっている。
あと1か月も経てば、騒ぎも収まるんじゃないかと思う。
ただ、値段は今までよりも高くなるかもしれない。
米を作るのだって、世界的なインフレの中では、今までよりもコストが高くなるのだ。
トラクターのガソリン代だって値上がりしているし、農家さんが暮らすのにもインフレで生活費がかさむ。
それらのコスト高が米の値段に反映されるのは当然の事だろう。
「去年収穫された米」はお値段据え置きで安かったから、外国産米や小麦粉よりも使われ、在庫が底をついた。
今年の収穫で値上がりすれば、使用量も適正なバランスに戻るだろう。
…と、話はこれで終わりなのだけど、どうしても書きたいので、おまけ。
テレビゲーム「天穂のサクナヒメ」は、2020年に発売されて、大人気になった。
横から見た視点のジャンプアクションで様々な資材を入手し、それらを使って拠点で稲作を行う、というのが特徴のゲームだ。
稲作の部分が異常に作り込まれており、本当の農業の知識が必要だったりもする。
この稲作の結果は、主人公のパワーアップとして反映されるので、どちらも手を抜けない。
ちょっと珍しい内容だったので、世界的に人気を博した。
米関連で騒ぎになったことから「令和の米騒動」とも呼ばれた。
そして、これを原作としたアニメを、いま放映中だ。
令和の米騒動、と呼ばれたゲームのアニメ放送中に、令和の米騒動、と呼ばれるコメ不足が起きてしまった。
アニメの中でも、「米を作るのは大変な労力を必要とすること」が描かれている。
農家の方には感謝しないといけない。
我が家でも、今年はバケツで苗を育ててみている。
お隣が米農家なので、余った苗を少しわけてもらったの。
アニメが最終回のころには収穫できるはずだ。
もう一つおまけ。
我が家もしばらく前からオーストラリア米を食べている。
悪くないのだが、ちょっと粘りが少なく、パサパサした感じがする。
急に思いついて、4合に対して、切り餅1個を刻んで入れて炊いてみた。
炊き上がったらよく混ぜる。
もちもちの美味しいお米になった。
2024.9.3追記
その後、農林水産省も正確な説明を諦めた模様。
正確に言えば伝わる、というものでもないからね…
政府公式見解も「2023年は不作だった」「外国人観光客が増えたので消費量が増えた」ということになったようです。
昭和の時の騒動の詳細も、今となってはほぼ「公式見解」しか残っていないのだけど、同じことになっていきそう。
別年同日の日記
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先日、ネットが不通になっていた間のお話。
長女は胃酸過多気味で、酸っぱいものが苦手で、苦いものが好き。
幼児のころから、ピーマン大好きだったし。
先日急に「抹茶飲みたい」と言い出した。
自分のお小遣いで買うから、どこかで抹茶売ってない? と。
いや、抹茶って、結構高いのよ、という話をする。
よくわからんが、多分抹茶買ってくると、小さな缶入りで 1000円くらいする。
え、そんな高いの? と長女。
ただ、抹茶自体、飲むときはほんの少ししか使わないので、小さな缶でも20杯くらい飲めるのではないかなぁ。
ようわからんけど。
普通のお茶の葉も、コーヒー豆も、200g で 1000円くらいからで、飲める杯数は同じくらいじゃないかな。
1000円ならお小遣いで出すから買いたい、という長女に、粉だけあっても抹茶は飲めない、と説明する。
茶碗、茶筅、茶杓の3つが必要だ。
茶碗なんて、家にある丼でも十分。茶杓も、スプーンでもいいし、清潔なら耳かきだっていい。
しかし、茶筅は必要だ。
泡だて器じゃダメなの? と長女。
しかし、あれはある程度量がないと混ざらない。抹茶は、ほんの少しのお湯で作るのだ。
スプーンで混ぜるのではダメ? と聞かれるが、抹茶は結構溶けにくいので、その程度では綺麗に溶けない。
茶筅、1500円くらいから、かなぁ。昔の知識での値段なので、値上がりしているかもしれないけど。
さすがにお小遣いでそこまで出すのは…と長女も考え込んでいるので、少し考える。
あ、あれだ。100均で、よく電動のミルクホイッパー売っているけど、あれなら混ぜられるんじゃなかろうか。
そんなわけで、今度買い物行くときに探してくるよ、と約束する。
翌日が土曜日だったので買い物に出たのだが、先日「ネットワーク障害」について書いた日記の日に当たる。
僕と妻が別行動している間に、妻がミルクホイッパーを購入してくれていた。
以前は電動のものがよく売っていたが、探しても見当たらないので、手動のものにしたという。
良く買い物をする商店街のお茶屋さんを見たが、煎茶やハーブティーは売っているのに、抹茶がない。
車を停めていた、ブックオフの入るビルのスーパーの中にもお茶屋さんがあったのを思い出し、見に行くと、抹茶が売っていた。
小さな缶で、500円から 2000円まである。今回は試しに飲んでみたい、という程度なので、500円のものを購入。
茶筅も 1200円で売っていたが、ひとまずミルクホイッパーで試してみよう。
家に帰り、お茶のセットを買ってきたと長女に伝えると、まずミルクホイッパーで遊び始める。
だって、ミルクホイッパーだから、まずはミルクをホイップしなきゃ、と。
温めたミルクを混ぜると、見事に泡立つ。面白い。
手動ホイッパー、中を見たわけではないが、持ち手部分の中が空洞でバネが入っており、金属で作られた軸部分を押し込むと中に入る構造だ。
ナイフのおもちゃで、何かに向けて「刺す」と、刃の部分が持ち手に引っ込んでしまう「びっくりナイフ」と同じような構造。
ただ、内部に螺旋状の溝が刻んであり、軸にはその溝に噛み合う羽根が付いている。
だから、押し込むと先端のホイッパー部分が回転する。力を緩めるとバネの力で元に戻り、逆回転する。
ホイッパー部分は、独楽のように軸が先端まで突き抜けている。
そのため、後ろから押し込む力をかけても、ホイッパー部分は軸を支えに宙に浮いていて、綺麗に回る。
続いて、いよいよ抹茶を入れてみる。
…抹茶の量もお湯の量もよくわからない。最初にやってみたのは、味は薄くて泡立たなかった。
もう少しお湯を少なく、抹茶を多く入れてみると、泡立ちかたもいい感じだし、美味しかった。
抹茶をスプーンで入れていたのだが、どうも量がわかりにくい。
アイスクリームを食べるための、熱伝導性の良いスプーンを使ってみると、分量がわかりやすくていい感じ。
(ほとんどアイスの「ヘラ」に近い形状で、くぼみが少ない。これが茶杓とよく似ている)
そんなわけで、我が家では急に茶の湯のブームが来ました。
毎日のように、アイスのスプーンとミルクホイッパーで、抹茶を入れている。
…が、すでに飽きたっぽい。3日ほどは1日に2回とか飲んでたけど、もう飲まなくなってる。
平日はみんな忙しいせいもあるとは思うけど。
まぁ、抹茶はまだあるので、週末のたびにでも飲むとは思います。
そうそう、「自分のお小遣いで買う」と長女は言っていましたが、家族みんな飲むので、家計から出しました。
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別年同日の日記
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なんとなく、なのだけど、我が家の朝ご飯は曜日によって決まっている。
というか、朝ご飯は僕が作っているので、そうしている。
平日は、米飯。おかずは卵料理と、常備菜となにかタンパク質のおかず。
月曜日は、プレーンな卵焼き。
火曜日は、青のり入り卵焼き。
水曜日は、目玉焼き。
木曜日は、その時の気分による卵焼き。
金曜日は、ゆで卵。
土日は、今はそれぞれ自由に食べてる。以前はトーストとそれに合うおかず、だった。
これは、子供たちが保育園に通っていたころの名残だ。
まだ曜日感覚のない保育園児は、朝起きてきて「きょう ほーくえん ある?」と聞いてくるのだ。
まぁ、答えが知りたいというより、親と会話したい、という面も強かったように思う。
会話のきっかけにすぎないのだ。
でも、一応保育園がある日かどうか心構えをさせるためもあり、保育園がある日は米飯、ない日はパン食を用意してから、子供たちを起こしていた。
曜日でおかずを決めているのは、「今日は何曜日」という心構えをさせるのと、僕が朝ご飯を作る際に考えるのが面倒くさいから、という理由による。後者が8割。
毎日同じじゃ飽きるし、かといって毎日考えるのは面倒くさい。曜日で決めておくのは折衷案だ。
しかし、これが曜日で決められていることに、家族のだれも気付いていなかった。
朝ご飯を食べているときに、今日何曜日だっけ? と聞かれたので「目玉焼きは水曜日」と答えたら驚かれたのだ。
まるっきり伝わってなかった。
まぁ、上に書いたように「メニュー考えるのが面倒くさい」が8割なので、伝わってなくても続けるのだけど。
ところで、温泉卵にチャレンジしたこともある。
何度かやってみたが、朝の忙しい時間に作るのは向かない。
前日から用意する、というのもやってみたが、そもそも成功率が低かった。
(理想の柔らかさにならない)
ゆで卵は、最初は単にゆで卵だったのだが、あるころから、半分に割って黄身を取り出し、マヨネーズであえて白身の上に戻す、という作りにしている。
ゆで卵の時は弁当にも入れるのだが、黄身がボソボソとして、弁当だと食べにくいらしいのだ。
マヨネーズで和えるとボソボソ間がない。
最近は、少しコンソメ粉末とかも入れている。同じゆで卵でも少しづつ変わっているのだ。
木曜日の卵焼きは、ネギ入りだったり、みそ味だったり。単にプレーンの時もあるが、青のりは火曜日しか入れない。
長女が青のり入り好きなのだけど、他の人にはそれほど評判良くないから、登場は週1回だけなの。
(香りは良いのだが、少しボソボソ感が出てしまう)
しかし、皆白身を生で食べるのが嫌いだというので、白身に火を通す意味で目玉焼きに変わった。
これも、各自焼き加減にリクエストがあったりするので、作り分けている。
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別年同日の日記
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毎年恒例、今年のおせち。
左上、一の重。紅白かまぼこと昆布巻きは既製品。
伊達巻と錦玉子は僕が作ったもの。
特に錦玉子は以前から作ってみたかったが初挑戦。美味しくできた。
右下、二の重。
田作りは妻の作。妻は千葉出身でピーナッツを入れる。
また、飴掛けの堅いのが好きでないので、砂糖を入れて焦がすことで、非常に薄いコーティングを作る。
栗きんとんはほぼ長女の作。サツマイモの裏ごしを3度も行った。
2度やるつもりだったが、最後の工程でダマができてしまったため、追加でもう一回。
栗は市販の甘露煮だが、金団部分が凄く滑らかでおいしい。
数の子入り松前漬けは、ほぼ既製品の組み合わせ。僕が仕上げた。
いくらは、秋に僕が筋子から作って冷凍して置いたもの。
今年のいくらは、適度な弾力があってとてもおいしかった。
左下、三の重。
鶏ハムは僕が作ったもの。
一昨年は塩漬けにしておくのを忘れ、昨年は塩抜きするのを忘れ、いまいちな出来だった。
今年はしっかり塩漬けにしたうえで塩抜きしたらとてもおいしい。本来の鶏ハムの味。
ハタハタの飯寿司は既製品。北海道のもの。
右上はエクストラ。
年末に買い出しに行った際に、大玉のトマトが非常に安かったので、皮を湯剥きして出汁醤油につけてみた。
思ったより出汁の味が染みなかったが、うまい。
ゆで卵は、その際に一緒に出汁につけたもの。
合鴨のパストラミは既製品。
その隣の、豚の角煮も既製品。
#買ってあったのに黒豆出しわすれた。今説明書いていて気づいた。
#3日に追記。妻が作った、金柑の密煮も出し忘れていた。庭にある金柑を調理したもの。
昨年末は何かと忙しかった。
おかげで、大掃除終ってない。主要なところはやったので別にそれでいいのだけど、レンジフード洗い忘れている、と夜になってから気づいた。
28日に仕事納めだったのだが、その夜にトラブルが発覚、29日には対応作業に追われていた。
昨年の家事ルーチンワーク。
長男は塾、長女は学校で、6時半には起こすので、それまでに朝食と弁当を作る。
これをやるためには、4時半起き。
その後、子供たちを送り出して9時には二度寝。
30分ほどで起きて10時から仕事。
夜は、次女の塾がある日は送り迎え。帰ってくるのは10時過ぎ。それから夜食。
次女の塾が無くても、長男の塾帰りが遅い日は、やはり10時頃から夜食。
その間に僕は風呂に入り、出てから皿洗い。翌朝の準備も整えて寝るのは11時半。
…そして、4時半起き。5時間しか寝られない。実際にはそれより短い。
(だから朝二度寝しているのだ)
まぁ、これは毎日の事だから別にいいのだけど、正月三が日の間は「4時半に起きる必要がない」というだけで嬉しい。
もっとも、昨日は大みそかで寝るのが遅くなり、12時過ぎ。今朝起きたのは5時。
結局いつもと同じくらいしか寝ていない。
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別年同日の日記
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我が家はオール電化だ。
東日本震災の時は、長時間の停電になったので、庭で焚火をして煮炊きをした。
キャンプ好きのスキルはこういう時に活きる。
でも、災害の時にいつでも焚火ができる保証はない。
災害が「台風」によるものだったら、外に出ることが危険なのだ。
一応キャンプで使うガソリンコンロは持っているので、部屋の中でも使える。
しかし、もっと気軽に使えるものがあった方が良いんじゃないか、と思っていた。
コロナ禍が始まったころ、こういう災害もあるんだな、と思って、災害時用の備品などを見直した。
その時に、やっぱりカセットコンロを買おう、ということになり、購入した。
買ったからには一度使ってみないとな、と思ったのだが、なにぶんコロナなので、家族でもなべ物などやりにくい。
当時小学生だった次女が「しゃぶしゃぶやりたい」と言っていたのだが、できずにいた。
で、昨日買い物に行ったときに、年末だし鍋でもやろう、ということになったんだ。
しゃぶしゃぶ用の豚肉を買おうとしたら、次女(すでに中学生)から「小間がいい」と変なリクエスト。
大きい肉は見た目は豪華だが、枚数にすると食べられる枚数が少ない。
同じ重さでも、小間であれば何度も口に運ぶことになるので、たくさん食べた気がする、と。
しゃぶしゃぶ肉も小間肉も値段は同じだったのだが、食べたがっている次女のリクエストに応えておいた。
しゃぶしゃぶって、本来はだし汁だけで、中で肉を泳がせて食べる。
でも、野菜もおいしく食べたいので、何を入れればいいんだろう? と買い物をしながら調べる。
水菜を入れる、というレシピがあった。水菜、家にあったな。ちょうどいいからそれを使おう。
あとで準備段階になって気づいたが、レシピサイトでは「しゃぶしゃぶ」として書かれていたのだけど、豚肉と水菜だと「はりはり鍋」ではないのか。
(本来クジラ肉と水菜の鍋だが、近年クジラは入手困難なので豚で作られがち)
机の上でカセットガスコンロに火をつけると、子供たちが「なんか怖い」と言い出した。
うちは IH だから、ガス火慣れてないよね、と言うと、ガス火は家庭科の授業で使っているから問題ないという。
ただ、いつも使っているテーブルの上に火がある、というのが不思議で怖いらしい。
次に、次女が「このカセットで、何時間くらい使えるの?」と疑問を持った。
いや、弱火か強火かでも違うし、単純には言えないよ、と言うと「そりゃそうだわ」と笑い転げる。
まぁ、通常の料理が1缶でできるようにしてあるので、1時間くらいは使えたはず、と答える。
化学好きの長男、カセットの中のガスの種類と、容量が分かれば熱量は求まる。と言って調べる。
ブタンガスで、1缶250g だね。
じゃぁ…と何やら計算を始める。しばらくたって「1缶の熱力は、~Kcal」みたいなことを言ってきた。
なら、ガスコンロの火力が分かれば、何時間使えるか求まるかな。
コンロの箱には、3.3Kw と書いてあった。長男が計算を始める。
「だいたい、3700秒ちょっと使える計算になる」
続いて 3700秒を時間に直そうと計算を始めるので、僕が瞬時に「1時間で3600秒」と答える。
これは、プログラマーなら常識にしていないといけない。
1缶で大体1時間、と言っていたが、少し余裕をもって作られているようだ。
綺麗に答えが出たことに満足する長男。
美味しく食べた後で、片付け中。
長男がカセットを外した後のコンロ本体を興味深く見て、「カセットを嵌め込むところの装置、どうなってんの?」と聞いてきた。
この時、長男側からは火力調整のつまみが見えていなかったので、つまみと連動してガスの量を変えられるようになっている、とつまみ側を見せる。
カセットつけてない状態でつまみ動かしても大丈夫? と聞いてくるので自由にさせると、強側に初めて回したときだけ「かちっ」と音がするのはなぜかと疑問を持った。
あぁ、それは、着火のために火花を出している。
点火プラグに注目させながら、また「かちっ」とやると火花が飛んだ。
これは何らかのエネルギーを使っているが、電池などは入っていないことを瞬時に理解した長男。
すぐに「何度も繰り返すと、火花が飛ばなくなって本体が使えなくなる?」と聞いてきた。
本体にエネルギー源が組み込まれていて、それを使っていると想像したのだ。
いや、そうではなくて電気石みたいなもの、と言うとそれだけで理解した。
電気石は、叩くなどの強い力を加えると電圧を生じる鉱石。
実際には、それを電子部品として使いやすくしたピエゾ素子が入っていて、つまみを回す力を一度ばねに溜めたうえで、回しきった時に一気に力を開放して素子を叩いている。
「かちっ」という音は、その叩いたときの音。
ついでなので、この仕組みが一部の使い捨てライターに使われていることを教える。
そして、その部分を使うと、高電圧でコンピューターを狂わせられたので、昔は悪い人が自販機などをだまして金をとるなどしたため、今では対策が進んでいることを教えた。
コンロを箱に戻しながら、なんとなく箱の裏の説明を読んでいた。
ガスカセットの容量が減っても、火力が衰えない…とか書いてある。
あ、ガスカセット入れる部分に謎の板があると思ったら、そういうことか。
面白いので、もう一度コンロを出して再確認。
ガスボンベには、圧縮された状態でガスが入っている。
しかし、ガスを使って圧力が下がると、温度も下がる。
そして、温度が下がると、膨張する力も下がる。
すると、ガスが外に出ていく力が失われてしまい、ガスを最後まで使い切るころには弱火になってしまう。
これを防ぐためには、冷え続けるボンベを温めてあげればよい。
火を燃やしているのだから、熱源はすぐそこにある。
多分屋内だとそんなひどいことにならないのだけど、冬場のキャンプとかでは結構切実なのよ。
だから、キャンプ用品だと、火の熱をボンベに伝えてやる、ヒートプレートはよく使われる。
このコンロには、その仕組みが組み込まれている、というだけの話。
このしくみにも、長男が感心していた。
ただ家族でしゃぶしゃぶをやった、というだけの話なのだが、我が家だといつもこんな感じ。
ただみんなで食事をするだけで、つぎつぎ面白い知識が飛び出してくる。
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別年同日の日記
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僕が幼稚園の頃、母が作ってくれる 海苔弁当が大好きだった。
しかし、大人になってから弁当屋で「海苔弁当」を買っても、同じようなつくりのものはない。
不思議だったが、どうも我が家の海苔弁当は普通の海苔弁当とはつくりが違うようだった。
弁当屋で海苔弁当を買うと、白米の上に大きな海苔が一枚乗っている。
運が良ければ、海苔の下に鰹節が散らしてあるだろうか。
母が作ってくれた海苔弁当は、ご飯の間にも海苔が入っていて、海苔の下には鰹節が入っていた。
ご飯、鰹節、海苔、醤油。そしてもう一度、ご飯、鰹節、海苔、醤油。こうして作られる。
また、海苔は細かくちぎってあった。海苔って結構かたいから、食べやすいようにちぎるのよ、と母は言っていたように思う。
僕がこの弁当を大好きだったので、子供たちにもこの弁当を作る。
保育園のころから定番で作ってきたし、長男長女が高校生になっても定番だった。
いつも同じでは飽きるだろう、と思ってたまに違うものを作るのだが、のり弁の方が嬉しいらしい。
「これ、海苔だんだんっていうんだって」と長女が言ってきたのは2年くらい前の事。
何気なく見かけたネットの記事だったらしい。横須賀のソウルフードで、海苔を2段に入れるから海苔だんだん。
横須賀は昔から海苔が採れたので、贅沢に入れたのが始まりではないか、とのこと。
そういえば、うちの母が、この海苔弁当は同じ幼稚園に通っていた、別の子の母親から教えてもらったと言っていた気がする。
僕は横浜生まれで横浜の幼稚園に通っていたが、地理的に近いので横須賀生まれの人がいても不思議ではない。
自分でも調べてみると、「海苔だんだん」として広まり始めたのは最近のようだ。
ただ、横須賀の人は古くから海苔だんだんと呼んでいる。
多くのソウルフードがそうなのだが、地元の人にとって当たり前すぎるものは、他の地域にも当たり前にあるのだと思われがちだ。
海苔だんだんが他の地域にはない、と多くの人が認識したのがネットが普及し、距離を超えた交流が当たり前になってから。
そこで、地域に根差したソウルフードを町おこしに使おうとして、今では横須賀で「海苔だんだん」を出す定食屋や弁当屋が増えているらしい。
ただ、海苔だんだんが方言らしい、というのは地域を出た人間にはすぐわかることで、その場合は「海苔弁当」と言い換えていたようだ。
母が、他の子の母親から聞いてきたという「海苔弁当」もこれだったのだろう。
ソウルフードというのは、郷土料理なので各家庭ごとの作り方がある。
ここでは我が家の場合を書いておこう。
・弁当箱にご飯を薄く入れる。
・鰹節削りを散らす。
・海苔を小さくちぎりながら敷き詰める。
・醤油を回しかけする。
これで1段。2段繰り返す。
上の段は、海苔を「少しづつ重なるように」敷き詰めていく。
湿った海苔は縮んで、隙間だらけになる。
その際残念な見た目になるのを避けるために、少しづつ重ねるのだ。
クックパッドで見つけた海苔だんだんの作り方で、海苔を丁寧に同じサイズに切った上で、ピンセットで醤油につけながらご飯にのせているのがあった。
先に書いたように各家庭ごとの作り方があるのでやり方は自由だが、もっと適当でよい。
サイズなんて少し違っても構わないし、乗せた後で醤油をかけてやればそれでいい。
我が家のお弁当のご飯部分は、大抵これ。
おかずは、唐揚げとブロッコリーとミニトマト、までは定番で大体半分埋まる。
残り半分は、その時のアドリブで。
毎日同じような見た目の弁当で申し訳ないと思うのだが、子供曰くこの味が好きだから変える必要はないらしい。
ありがたい。
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別年同日の日記
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今日は、料理ネタでもう一つおまけ。
先に書いた日記で、カルアピッグを作ったが晩飯は違うものにした、と書いた、その理由。
買い物に行ったら、ちゃんぽんスープを売っていたんだ。
ちゃんぽんって、ラーメンみたいなやつね。そのインスタントなスープ。
1食分づつ袋に入っていて、お湯を注げばスープになる。
お店では、箱が空いて中の袋が取れる状態で陳列してあった。
でも、値札には1箱 100円と書いてある。
スープ一袋で 100円は高いが、1箱で100円なら安すぎる。
店の人を捕まえて、100円というのは一袋ですか? と聞いたら、瞬時に「箱です」と返ってきた。
よし買おう。即決。
(時々、賞味期限が近いものを破格値で売っているお店です。このスープも、9月中頃が賞味期限のもの)
家に帰ってから箱をよく読んだら、スープ 50食分入りだった。1袋 2円だね。
材料としては豚骨ベースで、魚介だしなども入っている。
ちゃんぽんなら、野菜炒めが具材に載っているイメージ。
ならば、野菜炒めの味付けには合うだろう。
そこで、昨日の晩のメニューは、そういう感じにしたのだ。
豚小間切れ肉 500g
たまねぎ1個
人参半分
キャベツのざく切り てきとう
最初炒めて、途中からお湯を入れて煮る感じにした。
そして、スープを一袋入れ、澱粉でとろみをつける。
最後に、花椒塩、五香粉、ごま油で味を調えた。
作ってみたことで、スープの味の方向性もわかった。
これ、味覇とか創味シャンタンと同じ方向の味だわ。
それらの中華調味料は、結構高い。
それを考えると、100円で50食分はお買い得だったと思う。
別年同日の日記
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庭の片隅にバナナが生えている。
20年近く前に家を購入したとき、費用の問題もあって庭の整備は頼まなかった。
それで、時々園芸店に行って庭木などを探していたのだが、そこでバナナの原種に近いものを見つけ、面白いから植えてみたのだった。
このバナナは種があるのだが、ちゃんとバナナの味がする。
ほとんど種で、食べるところはないので、飴玉のように口の中で種を転がす感じなのだが。
バナナの栽培と、種がなくなる変異のどちらが先かは知らないが、こんなおいしいのに種が無いものを見つけたら、それは大切に栽培して増やしただろう。
幸い、バナナは宿根草だ。1年で地上部は枯れるが、翌年にはもっと増えて芽吹く。
そんなわけで、我が家のバナナもどんどん増え、密生している。
今は花もつぼみで、芭蕉科の青々とした広い葉っぱが茂っている。
バナナもうまいが、せっかくあるのだからこの葉っぱを使いたい、というのはしばらく前から考えていた。
昨日買い物に行って肉屋に行ったときに、突発的に豚もも肉を2ブロック買ってきた。
およそ 1Kg 。
昔テレビの旅行番組で見た、どこかの地域の料理を作りたい。
地面に穴を掘って焚火をし、
2時間ほどたつと蒸し焼きになっているので、それを食べるのだ。
具体的にはカルアピッグ、と思った。穴を掘って焚火は、いつかやりたい夢ではあるが、今回は圧力鍋で蒸す。
実際、現代的にはこちらの調理法の方が普通なようだ。
ネットで作り方を調べたが、伝統的な素朴な料理なだけに、作る人によってレシピはまちまち。
あまり気にせず適当にやることにした。
材料:
バナナの葉2枚、豚もも肉2ブロック、塩。
豚もも肉はフォークでめった刺しにしてから塩をたっぷり擦り込む。
そのまま2時間ほど置いて馴染ませる。
それから、バナナの葉でくるんで…バナナの葉は細長いし、折れやすいので1枚で綺麗にくるむことは難しい。
2枚の葉で、縦横2方向にくるんだ。
圧力鍋に水を少し入れ、蒸し調理用の板を入れ、バナナの葉でくるんだ豚肉を置く。
このまま、圧力をかけて弱火で 20分。煮物なら 10分で十分だが、蒸すのだと火が通りにくいと考え長めにした。
圧力が抜けるまで5分ほど待ち、蓋を開ける。
バナナの葉の良い匂い。竹の皮と同じような匂いだ。
熱いうちに肉を細かくほぐす。
熱いので大きなフォーク2本で行ったが、難しいというか、うまく力が入らずもどかしい。
途中から手づかみでほぐした。指先は熱いので時々休みながら。
鍋の底に最初に入れた水は、肉から落ちた油でいい感じのスープになっている。
ほぐした肉はスープに入れ、よく味を吸わせる。
食べるときは、肉部分だけスープから引き上げ、さらに盛って提供したり、この肉でさらに別の料理を作っても良い。
スープもうまいので別の料理に使うと良い。
バナナの葉の良い香りが付くことを期待したのだが、香りは特に感じない。
ということは、バナナの葉が無くても、豚肉を蒸してほぐせばカルアピッグだな。
周囲の葉っぱもおいしく食べた記憶があるのだが…と思ったら、先ほど調べたところ、それはラウラウという別のハワイ料理だった。
こちらは、豚バラ肉を食べやすいサイズに切ってから、里芋の葉でくるんで、さらにバナナ等の葉でくるみ、地面の中で蒸し焼きにする。
里芋の葉は食べるための食材、バナナの葉は、食材に土がつかないように守る役割だ。
そして、ポイも作ろうと思って材料を買ってきてあった。
ポイはタロイモのペースト。日本ではタロイモは入手が難しいが、近縁種の里芋で作ってみよう。
実は、カルアピッグと先に書いたラウラウを混同していたわけだが、ラウラウはポイと一緒に食べると美味しかったので作ろうと思ったのだ。
里芋を茹で、皮をむき、小さく切る。
この後、本来は水を加えながらペーストになるまで潰していくのだが、ミキサーでやってしまおう。
以上、出来上がり、ミキサーでやったら、少し粒状感が残る。
滑らかなペーストになるのが理想。
ポイは主食だが、作るのは重労働だったようで、昔は男が数日分まとめて作っていたようだ。
出来立てでも食べるが、数日置くと発酵してしまう場合もある。
そのため、現代的には通常発酵させてから食べるのだが、素人が発酵料理を作るのは危険なのですぐ食べる。
過去にハワイで食べたときには、発酵食品だとは知らなかったので、ピリピリとした味を「タロイモの消化酵素が残っているのではないか」と推察しているね。
これは間違いで、発行して炭酸ガスが発生しているので、ピリピリするようだ。
そんなわけで、カルアピッグとポイが出来上がった。
作ってすぐに家族で試食。皆美味しいと評判が良い。
もっとも、結構手間がかかっている割には素朴な料理で、また作るかは微妙なところ。
急に作ってみたくなって作っただけで、昨日の晩飯はこれとは違うものにした。
そのため、大半はまだおいてある。
今日は日曜日で、久しぶりに家族そろって晩飯が食べられるのでそこで提供しよう。
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別年同日の日記
申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています。 |
先日、過去に料理コーナーに書いた、「料理文化と火の使い方」のコラムを面白いとツイートしてくださっている人がいた。
古い記事だが、おほめいただきありがたい。
料理コーナーには、あの1記事だけを書くために、「料理コラム」というサブコーナーを作ってある。
実は、他にも書きたい話題があったから別コーナーを作ったのだ。
でも、自分の料理知識のなさに気づき、書こうとしたことが正しいかどうかすらわからなくなった。
そのため公表できないままだ。
ところで、僕はこのWEBサイト作成に当たり、できるだけ信頼性を担保するようにしているのだが、日記だけは別、と以前から公言している。
日記は思ったことを書く場所で、信頼性を担保しない。
というわけで、書こうと思ったことの概要だけでも示してみよう。
1つめ。万能調味料について書きたかった。
ここで、万能調味料とは、醤油、ウスターソース、トマトケチャップの3つのこと。
これらが万能調味料だ、というのは僕が子供の頃に思ったことで、とくに裏付けがあるわけではない。
しかし、日本料理は大抵醤油で味を調えられるし、洋食はウスターソースで何とかなる。
トマトケチャップも、洋食や中華の多くの料理の味付けで中心的に使われる。
こうした万能調味料はそれほど多くない。
独特の万能調味料を作り出した料理文化はすごいなぁ…と、子供だからそう思っていたのだ。
魚醤という調味料がある。魚を発酵させたものだ。
イワシなどは、死ぬと自らの消化酵素で溶けてしまう。この時に、腐らないように十分な塩を入れて殺菌しておくと、たんぱく質が分解されて適度にアミノ酸が生成され、とてもおいしくなる。
でも、たんぱく質が分解されたものって、とても臭い。美味しい一方で嫌われる。
なので、西洋では一旦廃れた。
日本では宗教の関係もあり、魚ではなく豆を発酵させた味噌が作られるようになり、さらにそこから「醤油」が生まれる。
醤油は、魚醤の発展形だ。
魚醤は西洋では一旦廃れたと書いたが、17世紀ごろ、東インド会社を通じて東洋から西洋に伝わたる。
ただし、非常に高価な輸入調味料だった。西洋人には作り方もわからなかった。
このころの西洋には、発酵調味料という概念がなかったようなのだ。
なので、発酵に頼らずに似たような味を作ろうと頑張った。
多くは、自然の状態でアミノ酸がたっぷりなキノコ類に、スパイスなどを混ぜたソースとして作られたようだ。
そういうソースはたくさん作られた。
その一つが、イギリスのウースターで生まれた「ウスターソース」だ。
これもキノコや野菜を中心とした数多くの食材にスパイスを混ぜたものなのだが、決定的な違いは「発酵」にあった。偶然から生まれたものなのだけど、ここで発酵調味料を再発見したのだ。
ただ、イギリスのウスターソースは、日本でいうウスターソースとは全く別のものだ。
万能調味料ではなく、料理の際に味に深みを出すために少しだけ入れるもの。
スパイスたっぷりで辛いしね。
それがなぜ、日本で醤油と並ぶ万能調味料になったのかは、よくわからない。
多分、醤油を使い慣れた日本人にとって、「食卓で自由に使える調味料」が西洋料理にも欲しかったんじゃないかと思っている。
ともかく、ウスターソースと名付けられているだけの全くの別物が、日本で独自に発展した。
だから、ウスターソースが万能調味料ですごい、という話は、根本が間違っていたのだ。
日本のウスターソースは、醤油のように使うものとして発展したから、醤油に似ている。ただそれだけのこと。
しかも、本来のウスターソースも、魚醤を真似しようとしたものだった。
似ているのも必然なのだ。
ところで、ウスターソースがまねようとした魚醤は、中国に起源をもつものだ。
「鮭汁」という。
鮭というのは、現代日本でいう鮭のことではなく、川魚の意味だ。淡水魚で作る魚醤だな。
そして、「鮭汁」のベトナム読みは「ケィ チァプ」となるらしい。
(ベトナムは現在ではアルファベットを使うが、漢字文化圏だ)
鮭は日本語でも「ケイ」と読むね。汁は日本では「ジュウ」なのだけど、広東語で「ジャプ」らしい。そして、ベトナム語は上に書いたように「チァプ」だ。
西洋には、KE-CHAP として伝わっている。
さて、先に書いたように、西洋人は鮭汁を知り、模倣し始める。
多くはキノコ類でアミノ酸の味を出そうとした、というのもすでに書いた通り。
後にアメリカ大陸が発見され、トマトが西洋文化にもたらされる。
(食べるまでに紆余曲折あるが、その話は今回はどうでもいい)
トマトは、野菜としてはアミノ酸がかなり多い方だ。
そこで、アメリカの人たちは、キノコではなくトマトを使った鮭汁モドキを作り始める。
これが、トマト ケィ チァプ…トマトケチャップだ。
そんなわけで、トマトケチャップもまた、魚醤を頑張ってまねようとしたものだった。
「トマト」と頭につけるのは、今でもキノコやフルーツから作られるケチャップも作られ続け、人気があるから。
日本ではケチャップといえばトマトだけどね。
この話のまとめというか、書くのを断念した理由。
そもそも万能調味料スゲー、という発想が日本のお子様だった。
食材の味を最高に引き出すためにはそれぞれに最適なソースを、という料理文化では、万能調味料なんて考え自体が許しがたい。
ソースやケチャップを万能調味料だと感じているのも、結局慣れ親しんだ醤油と方向性が似ているので「国内では」そのような使われ方をした、というだけの話。
ケチャップをスパゲティにからめたナポリタンとか、ご飯にからめて卵で包んだオムライスとか、日本で発案された料理。
まぁ、中華にもケチャップ炒めがあったり、カナダではケチャップ味のポテトチップが人気だったり、比較的多様に使われている調味料だとは思う。
2つめ。
料理文化の発展って、その地域の地理的条件とか、歴史とかと切り離せない。
そういうことを知ると、料理を食べるときにも味わい方が変わってくるなぁ、という話を書きたかった。
しかし、話題がとっ散らかりやすくてまとめられず、断念。
こちらも概要だけ示す。
フランス料理は、全体に均一に作らなくてはならない。
ソースはできるだけ均質に。付け合せのじゃがいもも、どれをとってもすべて同じサイズに。
フランス料理は貴族社会での政策の道具として発展した歴史があり、テーブルに着いたすべての人に同じものを提供できなくては問題を生じるのだ。
中世のフランスは飢饉が度々起きるような土地だった。
だから、何でも食べるように工夫した。時間をかけて食材を下処理し、臭みや硬さなどをなくし…言い換えれば素材の持ち味を消し、ソースの濃厚な味付けを楽しむような料理が発展している。
日本料理は不均一さをあえて作り出す。
卵焼きを作るのに卵を混ぜすぎてはならない。白身部分と黄身部分で味が違うのが、食べていて飽きないアクセントとなる。
これは、素材そのものを楽しもうという考え方だ。煮物を作るにしても、味付けは薄めにして、それぞれの食材の味を楽しもうとする。
場合によっては、生の魚を切っただけで提供する。味付けも何もしない。
それでも、数種の魚を盛り合わせると、それぞれの味の違いを楽しめる料理、刺身盛り合わせとなる。
中国は国土も広く、食材の流通も大変だった。
そのため、乾物を作り、料理する技術が発展している。
乾物ではなく生の素材が入手できたとしても、鮮度を保証できない。
だから、必ず火を通して料理した。そうしなくては、食中毒の危険性があるためだ。
刺し身のような料理はとても受け入れられない。
基本的に中華料理は「皆で同じ食卓を囲む」ことで連帯感を感じさせるもので、大皿で提供される料理を各自で取り分けるようになっている。
各自の裁量で取り分けるため、フランス料理のような、提供時の「均質さ」はない。見た目もあまり気を使わない。
均一さを良しとする文化、不均一を良しとする文化、生に近い食材をありがたがる文化、絶対に火を通さないと危険と考える文化…
料理に対する文化は色々とあり、相容れない部分も多い。
そうした文化をすこしでも理解していると、料理を食べるときにも味わいが深くなるように思う。
…しかし、こうした話も「伝統的には」というくらいで、今はそうでもなかったりする。
ヌーベールキュイジーヌは、和食の考え方を取り入れた、現代フランス料理の潮流だ。
味付けは薄め、不均一さを楽しみ、素材の味を引き出そうとする。
ヌーベルシノワは、ヌーベルキュイジーヌに影響された、現代中華の流儀だ。
料理は一人分づつ提供され、料理人によって盛りつけされた皿は見た目にも美しい。
料理の提供順も考えられたコースとなっていて、自由に食べる従来の中華とは大きく異なる。
最近は、中国でもサラダのように「火を通さない」料理に抵抗がなくなってきているそうだ。
もっとも、卵かけご飯はまだゲテモノ扱いのようだけど。
(日本からの輸入卵の鮮度を知った一部の人達が食べ始めている。)
逆に、日本ではカエルとか虫とか、ホビロン(孵化しかけの卵)とかはゲテモノ扱いされる。
美味しいと食べている人たちがたくさんいるのだから、美味しいのだと思うのだけど。
(僕はカエルやホビロンは食べたことない。虫の料理は何種類か食べたけど、おいしかったよ。)
中華料理って大皿から取り分けるけど、基本的に「各自の取り分け皿」はずっと同じものを使う。
中華はソースがかかっているものも多く、味が混ざってしまうと日本人は嫌がるのだけど、中国の人たちは「美味しいものが混ざりあえばもっと美味しくなる」と考えるようだ。
同じ理由で、日本人は丼を食べるときも、上に乗った具材を崩さずに下のご飯を食べたりする。混ぜることが下品とされるのだ。
韓国のビビンパプはご飯に具材が乗った状態で提供されるため、丼のような食べ方をする人も多いのだが、本来あれば「混ぜご飯」だ。よく混ぜて食べた方が美味しい、とされる。
これらの料理は日本でも気軽に食べられるのだが、文化を理解しないと味わいも変わってきてしまう。
…などなど。最初に書いたとおり、とっちらかってまとまらない。
料理文化を理解して食べないといけない、ということでもない。
食は個人の愉しみなのだから、自由に食べればいい。
ただ、せっかく外国料理を食べるのであれば、本来の味わいを楽しみたいと僕は思うのだ。
(最初に書いたとおり、ここに書いたのは「僕がそう思っている」というだけで、信憑性が担保できない。料理文化についても専門家ではないし、現地に足を運んで料理を食べたこともない。多分に間違えている可能性があるので、鵜呑みにしないようにお願いします)
別年同日の日記
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温泉卵を作りたいのだが、3回トライして、3回とも失敗している。
僕は主夫を標榜していて、朝ご飯の準備も基本的に僕の担当だ。
朝だから簡単に、出来合いのお惣菜と卵料理、お味噌汁とご飯、というシンプルなものだ。
僕としては、朝ご飯には卵焼きでしょ、と思っているのだが、長男と次女は卵焼きが好きではない。
もっとも、長男は好きではないが食べられる。
次女は食べるのに時間がかかるのだが、出汁巻き卵ではなく、砂糖と塩で作った固めのものなら大丈夫。
次女は卵かけご飯が好き。生でも好きだし、黄身の柔らかい目玉焼きにして乗せるのも好き。
長女は卵焼きが好きで、特に青のり入りのものが好き。
でも、生の卵は嫌い。特にカラザの部分が苦手で、目玉焼きにした場合でも君が柔らかいとカラザの感触が残っているそうで苦手。
3人ともゆで卵は好きだが、長男はボソボソした黄身が嫌い。
半熟か、黄身部分にマヨネーズを混ぜたものなら好き。
…というわけで、朝ご飯は
・普通の出汁巻き卵焼き
・青のり入り出汁巻き卵焼き
・固めの卵焼き
・生卵
・目玉焼き
・マヨネーズゆで卵
生卵か目玉焼きは「卵かけご飯」のバリエーションとして、月~金の5日で、5種類をローテーション指定いる。
ちなみに、ゆで卵は大抵金曜日。
土日はパン食で、その時に卵フィリングを作ると美味しいから。
また、ゆで卵は長男の弁当にも入れる。
(2つに切って黄身をマヨネーズで和え、中に詰めて2つ合わせて卵一つ分にして、弁当箱へ)
さて、説明が長くなったが、マンネリを感じて別の卵料理を作りたくなったんだ。
オムレツ系は「卵焼きと同じ」ということで長男・次女に人気がないので、ゆで卵のバリエーションで考えていた。
で、ふと思ったんだ。温泉卵を作ってみようと。
そして、3回作って3回失敗、という冒頭の話になる。
僕の考える「温泉卵」の定義を示しておこう。
この言葉、定義があいまいで、人によってイメージが結構違うので。
黄身がしっかり固まっているにもかかわらず、白身が柔らかいもの。
これを、出汁つゆでいただく。細ネギなど散らしても良い。
これに対し、最近丼などのトッピングとして使われる「温たまご」と呼ばれるものがある。
白身は固まっていないが、黄身も固まっていない。
生ではなくて、どちらも半熟にはなっている。
つまりは、失敗して生に近いゆで卵だ。
トッピングとしては、崩したときに黄身が流れ出すことでソースの役割をはたしておいしいのだが、今目指しているのはこれではない。
1回目は、ネットで作り方を調べた。
鍋に 80度くらいのお湯を沸かし、卵を入れて 30分放置、とあった。
…ネットのレシピにありがちなのだが、条件が曖昧過ぎる。
どれくらいのサイズの鍋に、どれくらいのお湯を沸かすのか。
もう少し詳細に書いてあるものもあったが、結局は似たり寄ったり。
「その人の家の」環境に依存して作られたレシピで、他の人が真似をしても再現性が低い。
まぁ、とりあえず作ってみた。かなり生卵に近めの、温たまごになった。
2回目は、やっぱ温度管理をやらないとだめだよな、と思ったので温度計を使ってみた。
でも、どれくらいの温度、時間を維持すればよいかわからない。
60 度くらいだっけ? 10分も維持すれば大丈夫?
この時はあまり調べずに適当にやってみたら、全く固まっていない「暖かい生卵」になった。
3回目。
65度で 40分だ、と書かれたページを見たのでその通りやってみた。
ただ、朝ご飯の準備の時間に 40分も使えないので、前日の夜にやったのだけど。
我が家は IH なので、保温程度の弱火にもしやすい。
とはいっても、温度を完全に固定できるモードがあるわけでもないので、数分ごとに温度をチェックし、65度前後を 40分間保ち続けた。
粗熱が取れたところで冷蔵庫に入れ、翌朝割ってみる。
見た目はかなりいい感じ。
…だが、黄身は半熟の状態だった。「しっかり作られた温たまご」だ。温泉卵ではない。
というわけで、3回やって3回失敗。
40分も付きっきりで失敗したのでかなりへこんでいる。もう作らないかも。
…と思ったのだけど、この日記書くためにまた調べていたら「65~68度で30分」だという記述を見かけた。
65度で、という話を見たので 65度前後に保っていたのだけど、「前後」ではなくて「65度を超えて」いる必要があったようだ。
また作ってみるかな。
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別年同日の日記
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今年のおせち料理は大幅に手抜き。
親戚の集まりもやらないことにしたので、家族で食べられればいいだけだし。
昨年のうちに、業務スーパーで手頃な値段で売っている豚の角煮が、僕が作るのとあまり変わらないことを確認していた。
なので豚の角煮は買ってきたもの。
鶏ハムは作るつもりでいたら、2日前から仕込みをしないといけないのを忘れてた。
時短レシピを調べたら、最近は仕込み無しで作るレシピのほうが普通のようだ。
いつもと若干味わいは異なるが、別に構わない。
伊達巻。失敗して、一枚目を味付け無しで焼いてしまった。しかし、見た目は悪くない。
今日は、ちゃんと焼いた二枚目を食べたので、いつもどおり。
金団は、大成功。
ここ数年は長女次女が裏漉しをやってくれる。しかも、2度越しするので非常に舌触りなめらか。
そこに、今年はちゃんとクチナシも入れたし、甘さは控えめで栗と芋の甘さを活かした、非常に美味しいものとなった。
これは、市販品以上の出来だと自負する。
いくら。
毎年秋のうちに筋子から作るのだが、昨秋はコロナで外出を控えているうちに、買い逃してしまった。
ネットで冷凍物を買ったが、自分で作るより高いのに、自分で作るより味が落ちる。
味付け玉子。
大量にゆで卵をつくり、だし醤油ににんにくを入れたものにつけただけ。
だし醤油を濃縮のまま使ったら、少し塩辛かった。
松前漬け。毎年使う、市販キット。一応調理はするのだか、袋を開けて混ぜるだけ。
そこに、クリスマス前の安いうちに買っておいた冷凍数の子を混ぜた。
あとは市販品そのまま。
黒豆、膾、ままかり、昆布巻き、紅白かまぼこ、ワカサギの甘露煮、さくらんぼの練切り。
昨年末は、12月に入ってから少しづつ大掃除をすすめ、上に書いたように おせち も手抜きしたので、大晦日の夜にゆっくりできる余裕があった。
子供が小さい頃は、子育て優先で余裕がなく、深夜0時を過ぎてもおせち作ったりしてた。
ここ数年でも、紅白見ながらせわしなく掃除をしていて、ゆく年くる年が始まると、「タイムリミット」で打ち切っていた。
年越しのときくらいは、心穏やかでありたい。
別年同日の日記
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買い物に行ったら、栗を売っていた。
栗が好きな長女が「食べたい」といったのだが、僕は生栗を料理したことがない。
妻に聞いたら「なんかつくるよ」というので、買うことにした。
しかし、妻は会社の経理仕事で忙しかった。
…えーと、会社の仕事だから本来僕がやるべきなのですが、僕が金勘定があまりにもざるなので、妻がやってくれているのです。
僕がダメなせいで忙しいのに、料理で手を煩わせるのも悪い。
やったことない、などと言ってないで、やってみようと決意。
夜の皿洗いを終えた後で、料理を始める。
この時点で「1時間もありゃ大丈夫だろう」と思ったのだけど、栗料理をやったことがないので舐めていた。
栗の殻を包丁で剥く。
もちろん、栗の殻は固いので、熱湯に入れて少し柔らかくしてから剥くのだ。
この際、栗の殻は剥くが、中の栗に傷をつけてはならない。
剥くだけで、2時間くらいかかったと思う。
もちろん、不慣れだからというのもある。上手な人ならもっと早く剥くのかもしれない。
この時点で、傷ついてしまったものをより分ける。これは明日栗ご飯にしよう。
重曹を入れたお湯で、渋皮のついた栗の実をゆでる。
熱湯から入れて、10分くらい弱火で煮る。
この時、5分くらい似た時点で、別の鍋にお湯を沸かし始める。この後で必要だから。
10分煮ると、渋皮から渋がでて、お湯が真っ黒になる。
このお湯を捨て、栗を新しい鍋のお湯に入れる。
…入れた瞬間から、新しいお湯も黒くなる。
これは、前のお湯の中に溶け込んでいた渋皮が、栗についたまま一緒に入ってしまっただけだな。
でも、弱火で煮ると、本当に黒くなってくる。
ちなみに、2回目以降は重曹は入れない。
これを、延々と4回ほど繰り返した。
煮終わってもお湯が「ワイン色」程度なら終了。
10分ごとに入れ替えているわけだけど、4回で1時間くらいかかっている。
じつは、この作業と並行して、最初の殻剥きで傷つけた栗の渋皮を剥いていた。
身と一緒に削り取ってしまえばいい。
煮終わったら、お湯を半分捨て、水を入れる。
冷ましているのだけど、急激に冷ますと良くないのだそうだ。
お風呂の温度くらい…ようは、この後の作業のために手を入れられるようになればいい。
そして、ひとつづつ栗を出し、親指の腹で優しくなでる。
これで、渋皮の周りにまだついている繊維などを取り除くのだ。
大きな筋状の繊維も残っていることがあるので、丁寧に取り除く。
相変わらず、渋皮を傷つけてはならない。
傷つけると、そこから水分が多く入り、煮崩れてしまう。
ここまでで、すでに4時間くらいかかっている。
鍋に綺麗にした栗を入れ、ひたひたくらいの水を入れる。
そして、栗の6割くらいの重さの砂糖を、半量入れて沸かす。
お湯は煮立たせないように。栗が崩れるから。
お湯が沸いたら砂糖も溶けているはずだ。
そのまま弱火で 10 分くらい煮て、さらに残りの砂糖を入れ、溶けるまで待つ。
そして火を止め、蓋をして寝ることにした。
時間はすでに深夜1時ごろ。気軽に始めた自分を呪う。
僕は朝4時半起き。
長男が7時に家を出るので、6時には朝ご飯と弁当を用意しておく必要があるので。
いつもの朝のルーチンワークをこなしつつ、昨日の栗を煮詰めていく。
鍋の蓋を開けたまま、弱火でコトコト煮続けるだけ。水分を減らすことを目指している。
水分を飛ばすために蓋は開けているが、紙で作った落し蓋を入れてある。
このため、ひたひただった水分が減って、栗が水面から出てきても構わない。
1時間ほど煮て、水分がとろみを持ってきたので終わりにした。
このままゆっくり冷ます。
冷めてから、煮ている間に少し傷ついて崩れてしまった栗があったので味見。
うん。非常においしくできた。
起きてきた妻に味見をしてもらったら、非常においしいと好評だった。
栗の渋皮煮、実は僕の母が良く作っていた料理だ。
母は渋皮煮が好きだったから作っていたのだけど、その反面「面倒くさい」といつも言っていた。
自分で作ってみて、面倒くささがよく分かった。
子供のころ、下茹でが終わった栗の掃除をよく手伝った覚えがある。
次に作るときがあったら、その部分は子供に任せてみよう。
#写真撮ったのだけど、焦げ茶色の塊が写っているだけで美味しそうに見えないので掲載しない。
別年同日の日記
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炊飯器を買い替えた。
外出自粛が呼び掛けられ、運送業の方々が忙しくしている最中に、不要不急に思える炊飯器を買い替えるのは申し訳ない気持ちもあったのだが、壊れたのだ。
日々のご飯が食べられないのは大問題で、急を要した。不要不急ではなかった。と、言い訳しておこう。
今まで使っていた炊飯器は、三洋電機製。
購入時、ちょっと高級品だった、と記憶しているが、いくらくらいだったかはよく覚えていない。
もう10年以上は使っていたと思う…
と思って調べると、三洋電機がパナソニックの子会社になったのが2009年だな。
2011年までは SANYO ブランドを使っているのだけど、購入したのは子会社化以前だったはずなので、10年以上使っている、という記憶は間違いではないだろう。
#この日記を公開後、「そういえば、昔の家族写真に、子供がキッチンで遊んでいたものがあるな」と思って調べた。
Google Photo にダメ元で「炊飯器」と入れたら、ちゃんと炊飯器が写った写真が出てくる。すげぇ。
2007年9月時点ではまだ購入していないが、2008年8月には使っている、ということのようだ。
…ということで、時期が確定したので過去の日記調べたら、ちゃんと購入時に書いていたよ。
実のところ、3年くらい前に調子が悪くなって、時々ご飯が焦げるようになっていた。
一時期、毎日のように焦げ付いて「すぐ買い替えよう」と思ったのだけど、毎日焦げるので毎日「どうしたら焦げないか」を実験して、原因を突き止めていた。
たぶんだけど、窯の底面付近に温度センサーか何かあって、近くに水滴があるだけで温度を測り間違える。
しかし、このころ、どういうわけか(どこかの故障で)炊飯時の蒸気を十分に逃がせないようになっており、ともすれば内部に水滴が入り込みやすくなっていた。
そのため、焦げていたのだ。
…と推察して、炊飯前にとにかく水分をふき取るようにしたら、焦げなくなった。
このまま使い続けていた。
そしたら、1か月ほど前に、蓋の部品の一部が壊れて取れた。
これは飾り部品なので、性能に問題はない。でも、壊れるくらいなのでさすがに寿命だろう。
さらに、1週間くらい前に、連続して2日ご飯が焦げた。
うん、さすがに買い替え時だ。
買い替えるつもりで、ネットで情報を探す。
10年以上炊飯器の情報なんて見ていなかったので、どれがいいのかわからない。
こういう家電品の「おすすめ」をしているサイトを見ても、どこも書いている内容が全然違う。
ある評価サイトで最高点のものが、別のサイトでは選外だったりする。
今の炊飯器は、いろいろな方向に特化していて、購入者が何に重きを置くかで、「ベスト・バイ」が変わってしまうようだ。
いろいろ悩んで、どこのサイトでも「1位」にはならないものの、必ず3~5位には入っている機種を購入した。
象印の機種。まだ使い始めて数日だが、ご飯の炊きあがりには満足している。
でも、付属してきた「おいしいご飯の炊き方」の1ページの図解には苦笑。
ほとんど宗教だ。
(科学的なおいしさを追及しているというより、心構え・精神論になっている。
これを一生懸命守って炊く人がいたら、「そんな面倒な方法で炊いたのだから」と、プラシーボ効果でおいしく感じることだろう)
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別年同日の日記
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一昨日の土曜日は、台風のように激しい春の嵐だった。
でも、昨日の日曜日は穏やかに晴れ、朝から暖かかった。
天気予報では、月曜には雨になると言っていた。
(そして、これを書いている今日は雨だ)
そんなわけで、急に日曜日に「庭でバーベキューやろう」と決まった。
実は、新型コロナウィルス対策で外出できなくなった3月から、ずっと「暖かく晴れたら庭でバーベキューしよう」と言っていたのだ。
どこにも出かけられないのだから、庭で楽しむくらいしたいじゃないか。
しかし、寒かったり、雨だったり、風が強かったり、なかなかできなかった。
昨日は急に来たチャンスで、とにかくやろう、と朝10時ごろに決めた。
とはいっても、急に決めたので準備はない。
まだ夕方になると寒いので、昼ご飯にやろう、と決める。
冷凍庫から、使えそうなものを出して解凍する。
豚肉のステーキ肉が5枚(家族分)あった。
鶏モモ肉も1枚あったので、これは適当に切る。
ソーセージはたくさんあった。
すでに空いていて、残り10本くらいのがあったからこれを使う。
ジャガイモがあったので、3つほど茹でる。
玉ねぎをスライスし、電子レンジに入れて辛みを飛ばす。
途中からスライスした人参も入れて軽く温めるが、にんじんは生でも食えるからあまり気にしない。
長女が「マシュマロ欲しい!」というので、歩いて行ける近所のスーパーへ。
凄く混んでいた。みんな外出を控えろと言われているから、普段の買い物も少なめにして、週末に自動車でまとめ買いに来るんだな。
しかし、「すごく混んでいた」は思い違いで、レジに並ぶ列が、十分に距離をあけるように書かれたうえで、床にも目安となる位置にテーブが貼ってあるためだった。
いつもより並ぶ列が長いので混んでいるように見えるけど、スカスカだからそれほどでもないの。
マシュマロは、無事買えました。
焚火台を出したけど、もう鉄板が腐食して穴が開いている。
高熱にさらされるものだから、長年使うとこうなるんだよね。
我が家のバーベキューコンロ・焚火台は、もう10年くらい使っているはず。
そろそろ買い換えよう、と言ってからも使い続けていたが、さすがに次に機会があったら新しいの買おう。
しかしまぁ、マシュマロを買いに行っている間に、妻が炭をおこしてくれていた。
以前…もう半年くらい前かな。衝動買いで「炭火起こし器」を買ったのだけど、今回初めて使った。
すごく簡単に火がついたらしい。過程を見ていなかったのが残念。
で、豚肉を焼き始めたら、すぐにいい具合に。
あらかじめ塩コショウしといたからそのままで旨いが、子供は焼き肉のたれをつけて食べていた。
つづいて、野菜だの鶏肉だのソーセージだの、適当に焼いて、適当に食べる。
ご飯も欲しいよねー、と、餅も焼く。子供が好きだから、こんな時期でも餅あるんだ。
いつもはオーブントースターで餅を焼いているが、炭火で焼いたら香ばしくてすごくおいしかった。
この日は空が凄く青く、雲も少なかった。
が、ちょっと雲が出た時間帯があって、長男と妻が「あれは積層雲」とか話してる。
長男は、中学で習った知識がまだある。教科書で学んだだけなので、雲の名前と特徴はわかるが、見てもよくわからないという。
妻は、大学で地学を学んでいたので、一応気象もやっている。
とはいえ、雲の見分けは最近再勉強したものだという。
僕はちっともわからんが、空に雲が浮いているだけで、親子間の話のネタになるのは良いと思う。
最後にマシュマロを焼く。
次女が「チョコとクラッカーも」という。スモアにしたいらしい。
長女がマシュマロを提案したのは、単に焼きマシュマロだったので、スモアの準備はしていない。
家を探したら、クリームを挟んだリッツクラッカーがあった。
これをねじって外して、クリームとマシュマロを挟んだ状態で食べると…
すげー甘い。チョコだって甘いのだけど、多少の苦みがあるのが良いのだ。
クリームだと、ただひたすら甘いだけだった。
しかし、長女と次女は気に入ったようだ。
長男はあまりの甘さにダメージをうけ、もういらない、という。
(長男は甘すぎるもの苦手)
バーベキューをしている間に、家の上をヘリコプターが2機、飛んで行った。
今日は特に何もないはずだけど、何だろう…
と思っていたら、今朝になって分かった。
NHKニュースで「全国に非常事態宣言が出されて最初の週末でした」と、各地の観光地の様子を取材していたのだ。
鎌倉から江ノ島に至る海岸線の上空から、ヘリが空撮していた。これか。
妻が、ネット上で飛行機のフライト状況を見られるサイトを調べ、「もう一機は毎日新聞」と特定していた。
そんなことまで分かるページあるのか。すごい。
去年は長男が受験で遊べなかったので、今年は春からいろいろ家族で出かけようと思っていたのだけど、なかなか難しくなっている。
家の庭で楽しめるのであれば、たびたびやってもいいだろう。
でも、焚火台買わなくちゃな。
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別年同日の日記
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2月に入ってから、何かと忙しくて日記を書いていなかった。
もっとも、家族で記録したいようななにかも特にない。
僕と、長男の塾が忙しかったので、面白いことを何もしていないのだ。
とはいえ、2月9~11は三連休。
小五の長女と、小三の次女は「バレンタインデーに友達にあげるクッキー作りたい」と言っていた。
(こういうのを教えるのは、我が家では僕の仕事。)
本当は前日に時間を工面して作りたかったのだけど、休日にやった方がよさそうだ。
11日は、午前中からクッキーづくりを開始する。
面倒くさいことに、長女と次女がそれぞれ「自分で作りたい」ので、生地作りから2回やらないといけない。
まずは長女。
長女は、保育園の年長の時から、毎年何かしらお菓子を作っている。
なので、結構手馴れてきてはいる。
薄力粉 240g と、バター 100g を測る。
小麦粉は大きなボールに入れ、泡だて器でがしゃがしゃ混ぜて空気を含ませておく。
問題はバターの方。
冷蔵庫から出したばかりだったので、固い。
ナイフで小さく切り分け、無理やり泡だて器で混ぜてみた。
…泡だて器の中に全部入り込んでしまう。
何度かナイフでバターを切るように押し出して混ぜる、を繰り返すと、柔らかくなった。
ここに砂糖 80g を入れて、混ぜ合わせる。柔らかくなってきたらさらにホイップ。
これを小麦粉に入れて、切るように混ぜていく。
「切るように」なのは、バターが大きな塊になりやすいためだ。
バターを切って、その断面に粉をまぶす、というつもりでやっていくといい。
…あれ? 卵どこで入れるんだ?
このレシピ、昨年作った時のものを、長女が書き留めていたものだ。
「去年と同じように作りたい」というのでその記述通りにやっていたのだが、材料にある卵を入れる記述がない。
そこで、ある程度バターと小麦粉が混ざったところで卵を1つ、割り入れる。
さらに混ぜて、全体に均一なそぼろ状になったら、手でこねてまとめる。
生地ができたら、冷蔵庫に入れて全体がなじむのを待つ。
レシピを思い出しながらやっていたのと、不慣れな長女が作業していたこともあり、ここまでの工程で1時間以上かかる。
次女も同じ工程を行う。
ただし、力がないと難しい部分は僕が代行。これで少しは早い…が、逆に「自分でやりたい」という場所で長女より時間を取られる。
卵は、バターホイップ工程の最後に入れてみた。
結果は、まぁ、変わらない。最終的に全部が混ざれば、どこで入れても構わない。
とはいえ、1時間弱で終わった。
そういえば、長女は色付きの生地を用意したいのだった。
ふたたび長女に変わる。
生地の半分はそのまま残す。半分は、さらに半分に分けて 1/4 に。
1つはココア味。調整ココアしかないので、様子を見ながら少しづつ混ぜる。結局、茶さじに2杯入れた。
もう1つは、食紅で色を付ける。オレンジ色にしたい。
昨年は黄色を入れたのだが、焼きあがったら普通の色とあまり変わらなかったので、今年は赤を使いたいという。
赤を2滴たらし、混ぜると全体に綺麗なピンク色になった。
「オレンジにするなら黄色も入れる?」と聞いたが、赤だけでやってみるそうだ。
次女も、半分はココア味にしたいと言っていたので、再び交代。
次女が書き留めていたレシピには、「半分の生地に、ココア 10g」と書かれていたようだ。
でも、今年は純粋なココアを用意していない。
それでも 10g にこだわるので入れてみた。茶さじ山盛り1杯がだいたい 10g だった。
しかし、混ぜてみると全然ココア味っぽい色にならない。薄い。
結局、山盛り3倍入れた。
ここまでで3時間弱。
昼ごはんの時間はとっくに過ぎている。生地を冷蔵庫で休ませる間に、昼ご飯にしよう。
ちなみに、食事はだいたい僕が担当なので、そのままキッチンでラーメンを作る。
即席めんではなくて、生ラーメンだ。(子供が好きなので、連休前に買った)
さて、朝からずっとキッチンに立っていたら疲れた。
少し寝る…と、寝たら寝過ごした。起きたら3時半。
子供たちが「おやつー」と言っているので、お茶にする。
食べ終わったら4時。
そういえば、この日は長男の塾が5時15分からだった。
学年末試験前なので特別対策授業があるのだ。休日だというのに、先生方もご苦労様。
塾が終わるのは9時半なので、長男は何かしっかり食べておく必要がある。
適当に用意する。
そして、こんな中途半端な時間からクッキーを焼き始めるのは無理なので、もう少し待ってもらうことにする。
長男は僕が車で塾まで送るのだけど、娘たちが「ラッピング用の袋がない!」というので、一緒に出掛けて100円ショップで買うことにした。
よく行くダイソーで…と思っていたら、妻から「セリアの方が、ラッピング小袋とかは充実している」とアドバイス。
そういえばそうだった。
妻も買い物したいというので、家族全員で外出。長男は塾行くだけだけど。
…もう、夕ご飯作る暇とかないので、各自が好きな弁当買ってきた。
食べたらすぐにクッキーづくり開始。
さて、長女が3色の生地を作ったのは、三毛猫クッキーを作りたいから。
昨年、100円ショップ(セリアだ)でかわいい猫型のクッキー抜き型を見つけて、購入した。
で、友達の家が三毛猫を買っているから、三毛猫がいいと言って昨年開発したレシピ。
まぁ、ある程度通常生地を伸ばしたところで、他の色をちぎって載せ、さらに伸ばしてまだらにするだけだけど。
猫の形に抜くと、ちゃんと三毛猫っぽく見える。
実は、先ほど言ったセリアで、新しい猫型クッキー抜き型を見つけた。
昨年購入したものは、足やしっぽが細く、抜くのが難しい。
今年の型は、そういう細かな部分がないデザインだった。その反面、猫らしさも大幅減。
昨年のは、細い部分もあるけど、猫らしい躍動感があるのだ。
で、細い部分が抜くのが難しい。
今年は黒い記事を多めに作っていて、クロネコも作るという。
合計で、天板1枚分の猫型クッキーを作るのに、30分以上かかったと思う。
ピンクの生地はまだ残っていて、こちらは花の形にするという。
桜の形のかわいいクッキーがたくさん…天板反面分出来上がった。
さて、抜き残しの生地はあるが、ここで次女に交代。
次女はもう少し簡単で、梅・菊・星・ハートの抜型でどんどんクッキーを作っていく。
#桜・梅・菊など、渋いチョイスなのは、これが本来は和食用の根菜類抜型だからだ。
次女のこだわりはこの形ではなく、自分の名前を入れられる「スタンプ」だ。
これも、昨年セリアで買った。クッキーにメッセージを入れられる、自由に文字を組み替えられるスタンプ。
昨年はアルファベットしかなかったのだけど、好評だったようで今年はひらがなや、顔文字が作れる記号スタンプが増えていた。
まだローマ字が難しい次女としては、ひらがなスタンプを欲しがっていたのだけど、説得して買うのを止めた。
(次女は欲しくなるとすぐ買おうとして、お小遣いを無駄に使ってしまう。
年一度しか使わないスタンプだし、実際のところアルファベットの方が形が単純で、クッキーにしたときに判別しやすいと思うためだ)
次女に交代したところで、オーブンを予熱し始めて、天板2枚が埋まったところで焼き始め。
180度で 12分。
そのあとは、クッキングシートだけ用意して、型抜きは続ける。
シート2枚分を抜くのに 12分というのは、ちょっと忙しい。焼けたらすぐにシートを変えて焼き続ける感じ。
型抜きした「端」の生地は、丸めなおして家族用に。
打ち粉が入ってしまうので粉っぽくなるし、作業している間に生地がダレてしまうので、形もきれいに出なくなる。
しかし、オーブン稼働3回、天板6枚分のクッキーが出来上がった。
最後の焼きに入ったら、時間はもう8時過ぎ。娘たちを風呂に入らせる。
その間に、僕はキッチンの型付け。
風呂から出たら、とりあえず粗熱を冷ましたクッキーから、大きめの容器に入れさせる。
そして、冷凍庫へ。クッキーは冷凍保存可能なので、3日後のバレンタインまで保存しておく。
食器なども全部洗い終わったら、もう9時過ぎ。
そのまま長男を迎えに塾へ。
家に帰ったら、娘たちはもう寝ていた。
家に入ったら甘い匂いがして、長男が「おいしそう」というので、家族用のクッキーを3枚ほどあげる。
疲れた。
料理は好きなのだけど、朝ご飯・昼ご飯・クッキーづくりで一日中台所にいたような気がする。
#もちろん、外出もしているし一日中ではないのだけど。
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