目次
03日 G.W. 東京編 (1/4)
03日 G.W. 東京編 (2/4)
03日 G.W. 東京編 (3/4)
03日 G.W. 東京編 (4/4)
今年は長女が大学入学して、大学のスケジュール感とかわからないので G.W. の予定を考えられるようになったのは4月中頃。
昨今の物価高と、外国人観光客の多さで宿はどこも値段が高い。
直前になって空いている宿なんて、1人3万円以上の所ばかり。家族5人で15万も出す気はない。
しかしまぁ、日帰りできる範囲で楽しむことはできるだろう、と、子供の意見なども聞きつつ、思いつくままに行ったら楽しそうなところをリストアップ。
それをまた家族にみせて、興味ある所の意見をもらい、そこを中心に日程を組んでみる。
というわけで、まずは「東京編」だ。5月2日、連休の初日に設定した。
当日朝、行く準備をしていたが長男が調子悪そう。
熱を測ったら 37度ちょうどだった。
大学が忙しくて疲れ気味だったので、休みだと思ったとたんに疲労で熱が出たのだろう。
本人も家で休んでいる方が良さそうだというので、今回は長男は不参加で。
チケット取っちゃってある分もあるが、そこは仕方ない。体調不良を押して悪化しても困る。
家を8時半ごろ出て、有楽町駅には9時55分ごろ到着した。
有楽町は僕が仕事でお世話になっている会社がある駅で、たびたび来ている。
実は前日の金曜日にも行っていて、目的地までの道を下調べ済みだ。
そのまま皇居の方に歩いて10分ほど。静嘉堂文庫美術館に到着。
国宝の「曜変天目茶碗」を持っている美術館で、毎年 G.W. には展示を行っている。
今回は、「美を味わう ー懐石のうつわと茶の湯」という展覧会。茶の湯に使われる道具を中心に展示・解説している。
まず最初に、正式な作法での「茶会」の最初に行われる「懐石」の解説がある。
まずは出席者に料理を食べてもらい、もてなす、という部分だ。
ここでも、ステップごとに使われる器などが並べられている。
懐石の作法なんて知らなかったのだが、まぁ食事なので、手前には「飯」と「汁」が並ぶ。そして、奥に料理が付けられるのだが、この料理を「奥付」というのだそうだ。
そして、最初に出される料理こそ最初から器に乗っているが、以降は大きな器で全員分を持ってこられて、空いた器に取り分けられる。
ここで、奥付の器は「何度も使われる」し、「空になって底や裏を鑑賞するタイミングも来る」ため、亭主のセンスが一番表現されるらしい。
というわけで、次の展示。「奥付に使われる」ことを想定して、いくつかの器が並ぶのだが、実際に料理を載せた写真なども付けられている。
江戸初期に焼かれた貴重な皿とかを実際に使っているわけだ。皿には料理を載せないと真価がわからない、とは思うが、なかなかこういう展示はできない。
なお、あとでミュージアムショップ行ったら、この一部始終は雑誌で特集されていて、その雑誌を販売していた。
さらに、「それ以外」の器を展示する。静嘉堂文庫美術館の収蔵品で、お酒を入れるための酒器や、料理を持ってくるための大鉢、盛り合わせを出すための八寸皿など。
織部って本当に深緑なんだなぁ…みたいなことを言っていたら、長女が「織部は緑?」と不思議そうにした。
静かにしないといけないので出てから解説したのだけど、「織部」は名前ではなく、官職名。古田織部はなにか手柄を立てて官職名を名乗ることを許される。
(つまりは、重用されていることの証だ)
この時、機織り集団をまとめる職である「織部」を選ぶ。あくまでも官職名を「名乗る」ことが目的で、仕事にしたわけではないのだけど。
当時すでに宣教師は来ていて、彼らが深緑を「オリーブ色」と表現していたのを知っていたのだとか。
そして、その緑色を気に入った織部は、候補役職の中に「織部」があるのを見て、オリーブと音の響きが似ているから選んだ、という説がある。
そして、彼は茶の湯をたしなむ中で、自分でもオリーブ色の器の作成を目指すのだ。
(実際作成したのは職人たちだが、そういうものを作れ、と指示したのは織部だ)
最後は特に貴重な品をまとめたエリア。
千利休、秀吉などが愛用した品などがあるが一番の目玉は「曜変天目茶碗」。
以前は「世界に3つしか残っていない」といわれた中国で焼かれた茶碗なのだが、構造色になっていて光の当たり具合で色が変わる。
残っているものはすべて日本にある。中国では「一時流行った作り方」だが、日本では海外から来た貴重な品なので、とても大切にされていたらしい。
どうやって作るのか不明。3つしか残ってないので成分分析などをすることもできない。
ただ、近年中国で「壊れた破片」がいくつか出土しているそうだ。以前は3つしかなかったのが、サンプルが増えれば研究も進むかもしれない。
ここでは、展示の都合でそれほど強い光は当てられておらず、構造色になっているというのはよくわからなかった。残念。
妻は以前に一度曜変天目を見ているそうで、あまり興味はなかった…のだが「つくも茄子」があることに驚いていた。
僕は下調べしていたので知っていたのだが、妻がそんなにこれを見たかったのだとは知らなかった。
下膨れの玉のような形が茄子に似ているのでこの名前がある、小さな蓋つきの器で、抹茶を入れていたもの。
正直なところ、これがそれ程よいものだというのはよくわからない。
ただ、「歴史的な興味」は非常にそそる品だ。
古くは足利義満が持っていたもので、「名物」として、歴史上の権力者たちが所有してきた。
織田信長・豊臣秀吉・徳川家康も所有者で、玉璽のような「所持者の権力を示す」品となっている。
織田信長は茶道具として、いつも持ち歩いていたらしい。
ところが、本能寺の変で燃えてしまった…とされるのだが、実際には難を免れたらしく、豊臣秀吉の所持となった。
しかし、大阪冬の陣で大阪城は焼けおち、つくも茄子も燃えてしまった。
次の権力者となった徳川家康は、焼け跡に茶道具の燃え残りがないか、捜索指示を出す。
ここで、いくつかの茶道具の破片が見つかったため、さらなる捜索指示が。
ついに、「粉々に割れた」つくも茄子は、その破片がほぼ見つかり、修復される。
そして、表面を漆で塗りなおし、超絶技巧で「まるで表面に釉薬がかかった焼き物のように」仕上げられるのだ。
…展示されているものを見ても、非常に綺麗で割れているように見えない。
でも、展示の横にはX線撮影した写真も示されていて、確かに粉々に割れている。のみならず、組み立てた際に「ろくろ引きした際の筋」までが綺麗にそろっているのだ。割れたのを適当に合わせたのではなく、作成時の筋まで綺麗に揃うように修復されたのだ。
これは余りにも超絶技巧。徳川家康は深く感心して、修復した職人に褒美として、この「つくも茄子」自体を贈ったそうである。
静嘉堂文庫美術館は以上。解説付きの図録は1000円と激安だったので、ミュージアムショップで購入。先に書いたが、今回の展示に合わせて「実際に器に料理を盛った」顛末を書いた雑誌も一緒に買った。
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さて、前述の静嘉堂文庫美術館は、明治安田生命の本社ビル内にある。
このビル…「明治生命館」は、建物としては最初に国指定重要文化財となったものだ。
(現在、実際の本社機能は隣接するビルにほとんど移管されている)
美術館の中にはトイレがない、という表示があったため、入る前に「ちょっとトイレに行っとこう」とトイレ表示のある方へ進んだ。
そこには、建築当時のままだという古めかしいエレベーターがあった。
うわ、カッコいいと思い写真を十分に撮る。
そういえば、すぐ近くには「私設郵便函」と書かれた…つまりはポストもある。
写真撮ったのだけど、なんか変な感じだな。ポストの上の方に、ガラスか何か嵌め込まれた透明な部分があり、天井まで続いている…
「それ、上の階から投函した郵便物も、全部ここに入るようになっているんですよ」と、ビル入り口の警備をしていた警備員の方が教えてくれた。
なるほどー、と感心していたら、館内の見取り図を持ってきて「エレベーターなども先ほどから興味あるご様子でしたが、こちらにある物は実際に乗ることができますよ」と、別の個所のエレベーターを教えてくれた。
それは興味ある。美術館見終わったら行ってみます。
というわけで、エレベーターを見に行く。
入ってみたら、中はさすがに改装されていた。
というか、本当に建築時のエレベーターは、第二次大戦中の金属供出で壊されてしまったそうだ。
戦後返還されたときに当時の技術で作りなおしたもの…を、さらに「見た目がそのままになるように」最近の技術で作りなおしているようだ。
(本当のところはわからない。金属供出で壊されたのは事実だが、その後のことは僕の見立てに過ぎない)
で、1階と2階をつなぐだけのこのエレベーター、2階で降りたら受付があって「いらっしゃいませ」とあいさつされた。
あ、すみません。エレベーター乗ってみたかっただけです…と謝ったら、ここは重要文化財であるビルを、昔の内装のままに一般公開しているエリアらしい。
せっかくここまで来たのだから見ていくか。警備員の人に「エレベーターに乗れる」なんて言われて、うまく誘導されたようだ。
まったく予定外の時間だったのだが、見てよかった。
明治生命は第1次世界大戦から第2次世界大戦の間に本社ビルを作りなおしたのだが、皇居の目の前という立地条件もあり「誰が見ても立派に見えるような」建築を目指したようだ。
実際、強固に作られていて今でも古さを感じさせない。
皇居の前という便利さもあり、第2次大戦後に GHQ に接収・使用される。
(本部ではない。本部になったのは、すぐそばにあった第一生命館。こちらは現在は存在しない)
一般公開エリアは、当時のままの調度品などがおかれた部屋を回れる形。
100年近く前の建物だが、「吸引掃除機」のための仕掛けがあったり、全館空調があったり、各部屋に大きい時計があったり、非常に先進的。
というか、それを「先進的」とするのが古臭くはあるのだけど。
吸引掃除機は今では当たり前に使われる、いわゆる「掃除機」だけど、当時はモーターで吸引する装置を、今ほど小さくは作れないのだ。
ビルの地下に巨大な真空ポンプモーターがあって、その吸引パイプがビル内の各所に作られている。
蓋を開け、ホースをつなげば掃除機として使える、というやり方だ。
全館空調も同じく。今みたいに小さなエアコンなんて作れない。各部屋に大きな吹き出し口があり、ダイアルで空気量だけ調整できるようになっている。
時計も、この当時は小型のムーブメントなんてない。マスターとなる時計が一カ所にあり、1分ごとに「パルス」を送り出す。
各部屋の壁に埋め込まれた時計は、パルスを受けると分針を「1目盛り」だけ動かす。これだけの仕組みなので、時計を作るよりはずっと簡単だ。
何よりも、正確な時計を作るのが難しい当時、時刻調整をやるにしても「マスター1カ所で」行えば、全部に反映されるというのは非常に便利な仕組みだっただろうと思う。
(今でいえば電波時計のようなものだ)
しかし、100年前だとこれは最先端技術だっただろう。
あ、ちなみに、ここに書いたのは僕がこういうの好きだから知っていただけで、解説はどこにもないです。知っている人がいると面白いけど、そうでないと「ただ骨董趣味の部屋を見せられているだけ」になるかも。
まぁ、それだとしても、当時の豪華絢爛さは伝わってくるすごい作りなのですが。
天井とか、細かな立体細工が沢山あるので見上げて歩くことをお勧めします。
昼ご飯。
明治生命館横の「明治安田ビレッジ」で食べる予定だったのだけど、来る際に有楽町駅近くのビッグカメラ地下にコメダ珈琲があるのを見つけた次女が「コメダで食べてみたい」と言っていたので予定変更。
すでに時間は1時近く。予定外の明治生命館を見たので、予定より遅くなっています。
コメダ…案外高いよね。軽食にドリンク付けると2000円近くなってしまうので、ハンバーガー・ホットドックと「水」で。
しかし、値段は高いが量は多い。妻には量が多かったようで、少し気分が悪くなってしまった。
午後の間ずっと、時々休みながらの行動になります。
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予定していた2つ目の場所へ。
地下鉄丸ノ内線有楽町駅…コメダ珈琲の前からさらに階段下がると繋がってるのね。
ここから、飯田橋まで。
飯田橋からは歩いて10分ほど。凸版印刷内の「印刷博物館」が目的地です。
ここでやっている特別展「名著誕生展 ヴァチカン教皇庁図書館Ⅲ+」を見に来ました。
現存する世界最古の図書館が「バチカン教皇庁図書館」だそうで、2世紀ごろの写本から収蔵しています。
凸版印刷はそのデジタル保存技術に協力しているのだそうで、通常ではとても借りられない貴重な本を借りてきて、展示しています。
で、先回りして書いておくと、この特別展はそれほどすごくありませんでした。
というか、十分にすごい内容だったのだけど、特別展の前に見ることになる「常設展示」の方がはるかに面白かったので、期待値を高めて行ったら肩透かしを食らった感じ。
常設展示は、印刷の歴史です。
まず入ると、「プロローグ」という展示がある。ここの展示は一切解説がない。
ハンムラビ法典を刻んだ石柱とか、ロゼッタストーンとか…まずは「情報を文字として伝える工夫」がごちゃ混ぜに置いてある。
その後、展示物の下部にはミニチュアで「情報を伝えようとする人」の造形が付き、その頃の「情報物」が上に並ぶ。
洞窟壁画から始まり、石に碑文を刻み、写本の時代があり、活字が発明されて、グーテンベルグの印刷機、輪転機、電子植字に至る…
あ、これ、「本好きの下剋上」のアニメ第三期 ED で見た奴だ。
今調べたらやっぱりそう。ここのミニチュアにインスパイアされて作ったのだそうです。
ここで「大まかな流れ」を掴んだうえで、実際の細かな説明が始まります。
ところで、プロローグの広場の端に、現存する中では最古級の印刷機…の「レプリカ」が置いてあります。
実物を持っているドイツの博物館があり、共同研究で凸版印刷がレプリカを2台作ったのだそうです。
1台はドイツの博物館にあり、1台はここにあります。
実物は貴重品だけど、レプリカなら実際に印刷してみせることができます。
というわけで、毎日15時から10分間、説明して印刷の実演が行われます。
この日は14時ごろに博物館に入ったので、途中で戻ってきて実演を見ました。
まぁ、機械を見れば想像つくようなことしかやらないのですが、実際の印刷を見せてもらえるというだけでも、なかなか興味深いものでした。
さて、プロローグの次は、その内容が実際に解説されます。
この説明部分が本当に素晴らしい。大きな部屋に、古い「印章」などの技術から始まり、印刷が発展していくさまが、実物と解説で分かりやすく示されています。
技術の発展には時代の要請もあるので、それがどういう時代で、なぜその発展が必要だったか、ということも示される。
そして、発展した技術がそれまでと違って「何が良いのか」も書かれている。
一方で、壁には大きな年表が作られ、そこで展示されているものと、「それ以外」の印刷関連の事柄がまとめられています。
展示などには入っていないのだけど、「プルシアンブルーの発明」なども入れられている。化学合成顔料・染料は、印刷を大きく前進させたからね。
木版活字が最初に作られたのが韓国だとは知らなかった。中国だと思ってた。
でも、ハングルは「活字にしやすい」ことも考慮されて考えられた文字体系なのか、と思うと妙に納得。
江戸時代の草紙本とか、崩し文字でつながっているので、手でいちいち彫っているのだと思っていた。浮世絵版画作るような職人もたくさんいるので、文字を彫るのも大変ではなかったのだろう、と。
しかし、つながった崩し字一つながりごとに活字になっているのだそうです。つまりは「単語ごと」の活字。木版活字なので、同じ文字でも微妙に形が違っていたりして、だからこそ「全部手で彫っている」のだと思っていました。
また、活字は「文字しか扱えない」ので、絵を表現する印刷技術の話も同時に進んでいきます。
線を「彫り残す」凸版よりも、線を「彫り込む」凹版の方が細かな線を表現しやすい。
解体新書の初版は凸版だったけど、後に凹版で再出版されているそうで、両方が並べて置いてあります。同じものが並んでいるので、技術の違いの利点がよくわかる。
そして、凹版でも「彫る」必要があるのを、「描く」だけにした平版印刷へ。
すごく細かく説明されているのに、ほぼ最後付近にあった「写植機」のイメージ復元では説明なし…
僕は理解しているので子供に教えながら操作したのですが、多くの人が「操作してみたが、意味が分からん」という感じで通り過ぎていきました。もったいない。
解説も細かく読んでいたのでたっぷり時間をかけました。
目当ての「ヴァチカン教皇庁図書館」の展示に入ったのは、もう16時近く。
先に書いたけど、基本的にはラテン語などで書かれた本が並んでいるだけです。
ここまでの展示が解説もあるし、場合によっては手を動かして学べる内容だったので、見てもよくわからない言語の本を見るだけ、というのは少し退屈。
あと、「ヴァチカン教皇庁図書館」展ですが、もともと印刷博物館で収蔵していたものが多めです。バチカンから借りてきた本と、それに関連する収蔵書籍を一緒に並べることで深みを出している、という意味で悪くはないですが、思ったほど希少本がなかったのも事実。(印刷博物館収蔵の本も、十分希少ではあるのですが)
いくつか印象に残っている物だけ解説します。
最初に、過去に行われた展覧会の振り返りが、概要で示されていました。
まず、凸版がバチカン図書館のデジタルアーカイブ作成に協力していること。
羊皮紙の本は、羊皮紙自体が高価で貴重なものだったので、「書いたものを消して使いまわしている」ことがあること。
そして、以前の内容を、赤外線撮影で読み出せる技術があること。
そうやって多くの本を赤外線で記録した結果、人の手には負えないほどのテキストが出てきたため、現在 AI を使った解析プロジェクトが進行中であること。
すでに、完全に失われたと思っていた福音書の一部が再発見されたり、成果が上がっているのだそうです。
最初の方には、非常に古い時代の写本なども置かれていましたが、僕が気になったのは「禁書目録」。
なんかオカルト方面ではすごい力を持つ本だということになっているのですが、実物は「教皇庁によって禁止と決定した本のリスト」なんですね。まぁ、禁書目録という名前から当然か。
教会では昔ながらのやり方を守ることが重視されていて、聖書なども写本を良いものとしていたのだけど、禁書目録は「どんどん増える禁書」を速やかに、多くの教会に示すために、活字印刷でたくさん作られたのだそうです。
教会も必要に応じて最新技術を取り入れる。
さて、そんな「禁書」とされたものも展示されています。
コペルニクスの「天球の回転について」や、ガリレオ・ガリレイの「星界の報告」など。
先の禁書目録と合わせ「生爪はがされそう」とは妻の言葉。
(「チ。」ですね)
デカルトの書籍に関しては、初版本に、デカルト自身が直筆で欄外に直しを入れたものが展示されています。
次の版からはその内容に変わっているらしい。
デカルトって、「我思う、ゆえに我あり」の人ね。
「当たり前」を徹底的に疑って、周囲にある目に見えるもの、触れるものも否定して、それでも「それを考えている自分は否定できない」というところから世界を構築しようとした哲学者。
ニュートンの「プリンキピア」もあります。
複雑な数式が並んでいる。ここで、数式を組版することがいかに大変か、解説ビデオが流されています。
クヌース教授とか、組版時に数式に間違いが入りやすいのにイライラして、全く新しい「コンピューター組版システム」を作り上げていますからね。
これは1980年代の話ですが、今でも数式を多く含む書籍を出版する際のスタンダードになっています。
あと、世界初の百科全書「エンサイクロペディア」もあります。
今では「エンサイクロペディア」という言葉は一般名詞で百科事典の意味ですが、元は本のタイトルとして作られた造語だったのね…。
最後の方は、だんだん時代を現代に近づけていって、ヨーロッパで出版された書籍が日本の文壇にどのような影響を与えたか…というような展示になっていきます。
最後には鉄腕アトムや鉄人28号もある。ほぉ、当時は鉄人の方が人気あったのか。
で、ヴァチカン教皇図書館展は終わり。
出口付近に印刷工房があります。見学や体験は予約が必要。
この日は時間がないだろうと思って予約していませんでしたが、ガラス越しに見るだけでも十分面白い。
いろいろな時代の印刷機が並んでいます。
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これで終了…とはならない。
凸版印刷なので、入場無料の博物館の展示室で、凸版の技術を伝える展示会をやっていました。
「木目シートのできるまで」。
テレビCM で、木よりも木らしい、という建材を作っていることを伝えていますが、それの歴史展示。
印刷会社なのに、建材のための印刷を始めたのは結構古く、そのためにたくさんの「木材サンプル」を持っているのね。今では入手が難しい希少木材も有るのだとか。
それらを元にパターンを作り、印刷し、表面に凹凸をつけて質感まで再現し…
流し見なら3分、解説読んでも15分程度。なかなか面白い展示でした。
さて、いよいよ家に帰りましょう。長男も留守番してるし、夕飯の時間には戻りたい。
でも、次女からもう一つリクエスト。東京駅によるのであれば、「東京駅で暗殺が行われた現場、2カ所を見てみたい」。
次女は歴史好きで、興味あるようです。東京駅なら通りますから、それくらいの時間はあるでしょう。
飯田橋から東西線で東京へ。東京駅まで歩きますが、ここで近い改札は「丸の内北口」。暗殺現場は「丸の内南口」なので、しばらく歩きます。
長女が、東京駅カッコいいねぇ、と感心しているので、父さんが子供のころは、屋根のドーム部分がもっと武骨な八角形になっていてね…というような話をします。
戦争で焼けおち、急ごしらえで復旧したままずっと使ってたのを、2000年ごろから元の形に修復して格好よくなったんだよね。
さて、丸の内南口。
ちょうど、説明した「修復工事」の事を伝える展示パネルがありました。
そして、そのすぐ近くに大正10年に当時の原敬首相が暗殺された場所、というパネルが。
目的の1つ目達成。
次は中央通路から4・6番線階段を上るところ…
と、google gemini は回答していました。でも、4・6番線って全然違うところだし、階段も複数ある。
AI の回答は当てにならないので詳細調べたら、東海道新幹線に上る階段付近とのこと。
この階段も非常に「広い」ので少し探しましたが、無事発見。
昭和5年、浜口雄幸首相が暗殺された現場です。厳密には、この時は重傷を負っただけだけど、この傷が元で翌年死亡。
当初は美術館と博物館に行くだけの予定が、明治生命館と凸版の製品展示と暗殺現場も見て、ついでに次女が食べたいというコメダで昼ご飯を食べ、非常に充実した内容になりました。
この後東海道線に乗り、夕食の時間の19時半には家につけるだろう、と思ったのですが…
品川についた時点で「この先で人身事故があったため、この電車は当駅止まりとなります」とアナウンス。
幸い別の電車でも家には帰れるので乗り換えましたが、家に帰りついたのは20時過ぎでした。
長男はぐっすり寝たらなんだか疲れも取れたそうで、元気そう。
帰り道でいろいろなものを買ってきたので、すぐに夕食となりました。
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