目次
13日 【訃報】トニー・ホーア
16日 ビーチコーミング・ふたたび
23日 Oh!X 令和版
31日 家族団欒
3月5日に、トニー・ホーア氏が亡くなったらしい。
…いや、すみません。正直自分でも誰だったかわかってませんでした。
チャールズ・アントニー・リチャード・ホーア 享年92歳。
クイックソートの発明者だそうです。
大学の時にソートアルゴリズムいろいろ習ったのを思い出します。
ソートって、プログラマには当たり前すぎる概念なのだけど、何らかの基準に従って「並べる」ことを意味します。
エクセルなんかでも、特定の列の値に従って、行を並び替えたりできますね。あれがソート。
ソートって、「比較」と「データの移動」が非常に多いので、どうしても遅くなる傾向にある。
コンピューターって、メモリのアクセスが遅いのね。仕組み上、計算よりずっと遅い。
クイックソートでは、比較と移動のやり方を工夫していて、非常に速いです。
でも、実はこの工夫が「ちょっとしたズル」になっていて、事前のデータの並びによって、必要な計算量が激しく変わる。
プログラムの種類にもよりますが、「最悪の時の速度」を確保するのが必要な場合があります。
そういう場合には、クイックソートは余り使えない。
もっとも、クイックソートと、別のソートアルゴリズムをうまく組み合わせると、この最悪を避けられることも知られている。
こうした「組み合わせ」アルゴリズムはいろいろと考案されていて、別の名前がついていたりもする。
その意味では、クイックソートは「ソートの基本アルゴリズム」の中では最速で、これを考案したのはすごい人だと思う。
ホーア氏は計算機科学者で、クイックソートは「わかりやすく有名なもの」の一つに過ぎない。
特に「ホーア論理」で知られるそうです。
ごめんなさい。こちらも僕は認識していなかった。
ただ、「そういうものがある」というのは聞いていました。実際使うのは非常に難しいのだけど…
ホーア論理、プログラムが「バグがない」と証明するための、数学的な定義です。
バグがないプログラムというのは理想だし、僕もプログラマとして目指している所ではあるのだけど、人がやることはどうしても間違いを含んでしまう。
ホーア論理は、プログラムにとはなにか、ということを「数学的に」定めたものです。
数学的なので、いろいろと記号に置き換えて論じているからややこしく見えるけど、別にその記号じゃなきゃいけない、というわけではない。
具体的には、プログラムを6つの機能の組み合わせと見て、それらが正し組み合わされることで目的通りの動作をするのであれば、バグがないプログラムと見なす。
実際のプログラム言語をホーア論理を使用してチェックするようなシステムもあるんだそうです。
僕は使ったことないですが。一般に広まってない、ということは、チェックできるようにプログラムの書き方に制約があるとか、どんなプログラムにでも適用できるようなものではないのでしょう。
ただ、ホーア自身が、1995 年には、この方法で「バグがない」ことが確認できるのは非常に小さなプログラムだけで、現在の(1995年時点での)プログラムでは役に立たない、というようなことを言っています。
null 参照、という概念も、ホーア氏が「発明」したものだそうです。
コンピューターのメモリは、アドレス(番地)で区別されます。
プログラム内で、いろいろなデータは「変数」に入れられて保存されますが、この変数の正体は、アドレスで示されたメモリ。
ここで、「アドレス自体が存在しない変数」というのが null 参照です。
変数と書いてしまったけど、アドレスが示すメモリが変数だと考えると、「変数ですらないもの」です。
プログラム馴れしていない人には奇妙に思えるかもしれませんが、これはこれで便利なんですよ…
でも、ホーア自身は、null 参照の発明を悔いていました。
「プログラム馴れ」した人なら使いこなせても、プログラム初心者には使いこなせない。
概念すら理解しづらい。
そして、概念もわからずに使っているものは、必ずバグの温床になるのです。
ホーアが残した言葉。(うけうり)
ソフトウェアを設計するには、2通りの方法がある。
1つは、とてもシンプルに設計して、明らかに欠陥がないようにすること。
もう1つは、とても複雑に設計して、明らかな欠陥がないようにすることだ。
前者の方がはるかに困難である。
「明らかに」と「明らかな」なのが大事。
「明らかに」は、バグがないことを保証している。
「明らかな」は、目立つようなバグは無い、というだけで、保証はできていない。
でも、プログラムって、コンピューターの力を借りたいほど問題が複雑だから作られるの。
バグがないほどシンプルなプログラムで、役に立つような動作ができるなんてことは、多くない。
だから、「前者の方がはるかに困難」。
…DJB なんかは、この困難を実現した例ですかね。
メールサーバーが有名だけど、動作を分割して別々のプログラムにしてしまった。
一つ一つのプログラムはシンプルで、「明らかに」バグが無いようにしてある。
全体としてはそれなりに複雑なことをしているのですが、実際長年バグが見つからないままです。
(全く見つからないわけではないが、他のソフトに比べると非常に少ない)
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先日、ビーチコーミングに行った話を書いた。
紫外線ライトに反応する「ウランガラス」のシーグラスを求め、わざと夜に行ったのだった。
見事に見つけ出した。
紫外線ライトは1つだけだったのだが、ガラス以外にもいろいろと反応するものがあり、結構楽しかった。
じゃぁ、紫外線ライトもう少し買って、もう一度行こうよ、と話していた。
そして、前回からおよそ2週間後の先週金曜日、僕はいつもより少し早めに仕事を終え、再度ビーチコーミングに行ってきた。
前回から2週間、というのは、夜に干潮が来るタイミングは半月毎になるためだ。
前回は材木座だった。
家から比較的近いからだ。
でも、ネットで評判を見ると、他にも「ビーチコーミングに良い」とされている浜はある。
材木座から見ると「山を越えて隣浜」の逗子海岸や、少し遠いが茅ヶ崎のサザンビーチなど。
この日、次女は夜塾の予定があった。
ビーチコーミングを主にやりたがっているのは長女なのだが、計画を聞いて次女もやりたいという。
そこで、次のような計画を立てた。
・逗子海岸に行き、ビーチコーミング
・次女の塾が終わる時間を目指して、塾のある藤沢駅へ(車で30分程度)
・藤沢から、茅ケ崎のデニーズへ(車で30分程度) そこで皆で夜ご飯。
・デニーズの目の前のサザンビーチでビーチコーミング。
今の時期、日没は17時半だが、18時前に家を出る。この時点ではまだ空は明るい。
30分ほどで逗子海岸到着。ここ、広くて安い県営駐車場がある。そこに駐車。
駐車所は南北に延びる逗子海岸の、北端に位置する。そこからめぼしいものを探しながら、逗子海岸を散歩。
南端の「渚橋」まで歩いたのだが…
物が全然落ちてない。いや、砕けた貝殻や、小さな貝殻は結構あるのよ。
元々そうしたものが多いので、「ゴミが打ち上げられやすい地形」だと期待していたし、過去にはゴミもずいぶん見た覚えがある。
でも、この日はどうしたことかほとんど物が落ちてなかった。
今確認したところ、2017年に「逗子海岸の清掃を目的とする」ボランティア団体が作られ、毎月清掃活動をしているみたい。
僕の逗子海岸の認識は、子供がまだ小さいころに遊びに来たときのものだ。
逗子海岸に行った話は書いていないようだが、子供が貝殻拾いが好きだ、という日記。同じ年に何カ所か貝殻拾いに行っていて、逗子海岸もその時行った。
2016年の話だね。ボランティア団体設立前。
ということは、ボランティア団体によってゴミは定期的に回収され、現在シーグラスなどはほとんど見つけられない、ということか。
今後はビーチコーミングには向かないようだ。
余りに何もないので、早めに切り上げる。
しかし次女を迎えに行くには 30分くらい早い。海岸線を流しながら、車を停められるところがあったらちょっと海岸見てみよう、ということにする。
そして、七里ガ浜のセブンイレブンへ。
ここの駐車場は有料で、利用者は 20分無料、だそうだ。
ここ、利用しない場合は 10分 500円という、超高額な有料駐車場。
まぁ、何か買い物すればいいんでしょ? ということで、僕と長男で買い物している間に長女と妻が海岸を見てくることに。
実は、1週間ほど前に妻が用事でこの周辺に来ていて、ついでに海岸の様子を見ている。
それなりにビーチグラスが落ちているそうだ。ただし、昼間だったのでウランガラスは見つけられていない。
何を買おうか迷っていたら、結構早めに長女と妻が戻ってきた。
何も落ちてなかったので早々に切り上げたそうだ。七里ガ浜海岸も広いので、妻が見たのはこの周辺ではない、とのこと。
余談になるが、このセブンイレブン、取り扱い商品がコンビニらしくなくて面白かった。
ビーチサンダルやTシャツ、湘南土産などのコーナーが充実している。
それ以外のコーナーでも、ビニール紐や段ボール箱、歯ブラシなどの雑貨や、定番ボードゲーム、調味料などが充実している。
つまり、海にふらっと遊びに来てバーベキューやりたくなった人や、急に止まることにした人やお土産を自宅に送ってしまいたい人、渋滞で車内で退屈している人・帰りの電車で遊ぶものが欲しい人、などに対応しているということなのだろう。
なんか、田舎の「スーパーを兼ねた個人商店」のような雑多さだった。
まぁ、鎌倉なんてそれなりの田舎で、コンビニって個人商店も多いのだけど。
さて、藤沢駅前に早く着き過ぎたが、藤沢駅前は車停めて待てるようなところないんだよね…
うろうろしている間に次女と連絡が取れ、無事拾えた。
時間は20時半を過ぎていて、次女はお腹空いたというので、一路サザンビートを目指す。
結構遠いけど、茅ケ崎の海岸通りは結構な速度で走れる。無事到着。
料理の値段が結構高いのに驚く。
デニーズに最後に入ったのは、ちょうど1年ほど前の家族旅行。
最近物価上昇激しいけど、高いのね…
まぁ、それはさておき。
食事したらデニーズの駐車場は2時間無料だった。食事には30分程度しかかかっていないので、車を置いたまま海岸へ行く。
サザンビーチは、何やら工事中でした。消波ブロックが沢山並べてある。
このテトラポッド、少し変わったバランスしてるね…などと長男が言うので、状況によっていろいろな形が使い分けられることと、テトラポッドは商品名なので、それがテトラポッドかどうかはわからん、という話になる。
そこからしばらく、多くの人が普通に使っているが実は商標、というものの話で盛り上がる。
ホチキスとか、セロテープ、キャタピラ、カセットガス…などなど。
それはさておき、工事中でロープ張ってあるので、入っていいのかどうかわからん。
入って良さそうなところを探して少し歩く。Cの形のモニュメントの所からは砂浜に入れた。
あの「C」は何? と長女が言うので、茅ケ崎の頭文字じゃない? と言ってから、サザンに「C調言葉に御用心」という曲があることを伝える。
今調べたら、公式にはこの曲の事は関係ないのね…
いや、どう考えても「サザンビーチ」なのだから、C調言葉でしょ?
さて、サザンビーチはとてもきれいな海岸で、ゴミなんて全然落ちてませんでした。
しかも、砂が凄くさらさらしている。この近辺の浜辺で、この砂質は珍しい。
とはいえ、何も落ちていないのでビーチコーミングとしては成果なし。
この日は、3カ所の砂浜を巡ったが何も収穫なし、という結果に終わりました。残念。
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3連休だった週末の間に、Oh!X 令和版が届いた。
あ、そうか。もう発売だったのか。
予約したの、たしか1年半くらい前だったので忘れてた。
シャープが 1987 年に X68000 というコンピューターを発売する。
それ以前から、シャープには X1 という 8bit コンピューターのシリーズがあった。
8bit のころは、コンピューターはまだ全く新しいホビー。1つの会社の中でもどこが扱うか決まっておらず、部署ごとに互換性のない機械を別々に作っていたりするのが当たり前。
NEC は LSI 部門が TK-80 を作ったことから PC-8801 に至る流れがあり、子会社のホームエレクトロニクスは PC-6001 のシリーズを作り、コンピューター部門は 16bit の PC-9801 を作っていた。
シャープも、MZ-80 から始まる MZ シリーズを電子機器事業部が作っていたが、パソコンの出力はテレビなのだからと、テレビ部門が画像機能を強化した X1 シリーズを作り出す。
そして、X1 シリーズの「 16bit 版」が X68000 だ。いきなり数字が大きくなったが、68000 というのは当時「ホビー用の最高峰」と目されていた CPU の型番で、すごい CPU を搭載しているとのアピールだ。
以降、X68000 は長いので X68k と表記する。k はキロで 1000 の意味だ。
この X68k シリーズ、僕は所有していたし大好きだった。人生を方向づけた、と言っても過言ではない。
でも、世間的には「売れなかったマイナー機種」に過ぎない。
当時、各社から出ているコンピューターは互換性がなかったので、「会社ごとのパソコン専門誌」が発売されていた。
シャープの専門誌は Oh!MZ だったのだが、X68k の発売を機に、Oh!X と名前が変わる。
MZ にも 16bit 機は発売されたのだが、ホビー用ではなく仕事用の位置づけだった。
専門誌を購入する個人は「ホビー」を求めているので、誌名も MZ から X に変わったのだ。
そして、この Oh!X は他の機種向け専門誌と大きく違う編集方針だった。
なんと、記事の多くは X68k とは関係がないのだ。
なにせ、マイナーコンピューターでソフトがないのだから、ソフトレビューなどで記事を埋められない。
記事の多くは、ホビー向けとしてプログラムを自作する人のための、アルゴリズム解説だった。
グラフィック特集、ゲーム特集なんかは人気があったように思う。同じ内容の特集でも年に一度くらいは載せていたと思うが、少しづつ切り口が違う。
グラフィック特集としても、画像フィルタの作り方のような解説もあれば、レイトレーシングのアルゴリズム解説、プリントアウトのためのプリンタ制御方法、物理演算エンジンの考え方、などなど。
ゲーム特集だって、初歩的なゲームの作り方から、乱数の使いどころや、シューティングゲーム、RPG、カード(トランプゲーム)、3D、などなど。
それはもう、プログラムしない人には面白くない内容なのだ。そして僕はプログラムが趣味だったので、めっぽう好きだった。
しかし、X68k は先に書いたようにマイナーパソコンで、「後継機」と呼べるようなものがなかった。
クロックアップしただけ、CPU を次世代に乗せ換えただけ、の機械はあったが、全体設計が変わらないため、CPU が速くなっても別の部分が足を引っ張る感じで、驚くような性能にはならない。
後継機がないままシャープはオリジナルのパソコン事業から撤退し、IBM 互換機を作り始めた。
Oh!X も休刊となった。
今回の Oh!X 令和版は、3回目の復刊。
1回目は買った。単に X68k を懐かしみ、古い機械をメンテナンスして使い続けるような「後ろ向きな」記事が多かった。
これで幻滅してしまい、2回目の復刊は買わなかった。
2016 年…もう10年も前だ。「ミニファミコン」が発売された。
以前はある程度性能のある PC でないとできなかった「エミュレーション」が、おもちゃのような CPU でもできるようになり、小型化したファミコンのケースに内蔵ソフトを入れて販売したものだ。
これが大人気で、メガドラや PC エンジン、プレステなどの「公式エミュレーション機」が発売される。
そして、その流れで X68k のエミュレータが企画される。X68000 Z という名前だった。
発売は2年前。僕も購入し、日記に書いている。
その半年ほど後に、Oh!X が復刊する、という話が出てきた。
まだ内容は何も決まっていないのに、アマゾンが予約を始めたので、購入することに決めた。
…と、前振りが長いのだが、1年半前に予約した雑誌が、数日前に届いたのだ。
ハッキリ言って、注文したのも忘れていたレベルだよ。
購入時にしばらく遊んでいた X68kZ も、片付けてしまった。
付属ソフトとして X68kZ 用のゲームがついているのだが、まだ遊んでいない。
本誌の内容を読んでみた。
第一特集が AI の話だった。X68k と一切関係ない。素晴らしい。
大ボリュームなのでまだ詳細読んでおらず、流し読みしただけ。
昨今、生成 AI はブームになっているが、ちゃんと理解している人は少ない。
勘違いしたまま誤信している人も多いので、自分で解説記事書いたものかどうか…としばらくもやもやしていた時期があるのだが、基礎的な部分、歴史的な部分も含めてしっかり書いてある。
うん。素晴らしい。AI について興味がある人は、Oh!X 令和版を買って読むべきだ。
(受注生産なので、すでにプレミア価格付き始めているけど)
ただ、先日 元Twitter で見た限りでは、X68kZ 関連の記事を期待していたので、AI 関連いらない、と言っている人もいた。
まぁ、専門誌だと思って購入したのであれば、そうなるよね。
僕としては、こうした技術解説こそ Oh!X らしいと思ってしまうのだけど。
第二特集が、その X68kZ 。これがきっかけで復刊したのだから、当然扱わないとね。
内容は X68kZ をどう活用するか、という内容で、今更 X68k の開発環境を整えてプログラムするような話。
…いや、僕には今更だな。あまり興味ない。
いまからプログラムをしたい人は、今時の環境を学習したほうが良い。
DoGA CGA コンテストの軌跡が書かれたページもあった。
DoGA とは、もともと大阪大学と京都大学のマイコンクラブが共同で始めた「コンピューターアニメのための」プロジェクトだった。その成果発表場として、Oh!X に連載を持っていた。
そして、X68k 用の「3D CG アニメツール」が作られたときは、Oh!X の付録として配布された。
ただ、勘違いしてはいけないのは、DoGA は Oh!X とは独立した組織だし、X68k 以外のコンピューター用にもツールを開発していた。CGA コンテストも、機種もツールも問わない。
CGA コンテストは、1990 年代にはあまりにも無謀な夢だった「個人でアニメを作成」を後押しするためのものだった。
アニメは大量の絵を描く必要があり、個人で作ることは無謀、と思われていた。
それを、コンピューターのパワーでどうにかできるのではないか、というのが DoGA の考えだった。
このコンテスト、2023年の第32回で終了したそうだ。知らなかった。まだ続いているのだと思っていた。
終了理由は、コンテストの設立目的が果たせたから。
今は一人でアニメ作成するクリエイターが、それなりにいる。
質を高める目的で競い合わせる必要はない、ということだろう。
新海誠監督がまだ無名だった頃にDoGA CGA コンテストで受賞していることは有名だ。
付属 DVD に全受賞作のダイジェストが入っているらしいので、今度見てみよう。
とにかく分厚いし、X68kZ 用のゲームの SD カードと、DVD-ROM が付録になっている。大ボリュームだ。
一気に見る時間はないので、少しづつ楽しみたいと思う。
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別年同日の日記
申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています。 |
昨日の夜、次女が「そういえば、なんで青や紫は高価な色だったのに、今は安いの?」と聞いてきた。
次女はゲーム(ぽこあポケモン)やりながらだったので、家具にペイントでもしていて急に思ったのだと思われる。
僕は妻と晩酌していた。
ここで、ほろ酔いの妻が集中講義を始めた。
妻は大学は地学科卒で、絵心があって自分でも絵を描くが、美術鑑賞も趣味。
以下、妻の講義の大雑把な要約。
(僕も受け売りなので、間違ってたらゴメン)
まず染料と顔料の違いから。
布を染めるなら染料だが、絵を描くなら顔料だ。そして、染料は生物由来のものも多いが、顔料は岩石由来が多い。
岩石を絵の具にするには細かく砕く必要があるが、通常は細かな岩石は表面で乱反射を起こしてしまい、白くなる。
そして、特に青い岩石で細かくしても青を保つものは貴重で、ヨーロッパではラピスラズリを砕いて使われた。
ここで、ラピスラズリは現代では特定の宝石だが、古代では青色系の鉱物一般。
ラピスラズリから作られた絵の具は「ウルトラマリン」と呼ばれ、海のような深い青…と思っている人もいるのだが、これは「海を越えてやってきた」という意味。
ヨーロッパではラピスラズリは入手できず、アフリカからの輸入に頼ったため。
そんなに高価なものなので、権力を持っている教会でしか使えなかった。
教会では、これを高貴な方である、キリストか、マリアの色として使った。
だから、宗教画で女の人が青い服を着ていたら、それだけでマリアだということになる。
青いおくるみに包まれた赤ちゃんがいたら、キリストになる。
青が非常に入手困難な宝石を砕いて作る絵の具だった、ということも含めて、これを知っていると美術館巡りがずっと楽しくなる。
フェルメールの「青いターバンの少女」は有名だが、そんなに高価な絵の具を、宗教画ではなく肖像画としてふんだんに使った、ということが当時の美術界に大きな衝撃を与えたため。
青をマリアやキリスト以外に使ってもいいんだ、というのは、常識を打ち破る衝撃だった。
実際の絵を見ると小さくてがっかりする、という話もあるが、高価な絵の具なので、その小ささでも普通は描けない。
フェルメールは妻の実家が裕福だったので、妻の親の財力を当てにして、非常に高価な絵の具をバンバン使った。
しかし、それが原因で資産を食いつぶし、時代の流れもあって妻の実家は破産してしまった。
日本では環太平洋造山帯の影響で、金といっしょに産出する銅系の鉱物で、藍銅鉱が使われた。
これだって珍しい高価なものだが、ヨーロッパにおけるラピスラズリよりは入手しやすい。
そのため、日本では比較的青色を使った絵が多い。しかし、それも当時の「武将」の庇護を受けたものだけが使えた。
江戸初期頃に青色をふんだんに使った日本画には、菖蒲とか藤の絵が多い。
これは「勝負」や「不二」に通じるので武将などには受けがよいため。
ある程度権力者に気に入られる努力がないと、青色は使えない。ここら辺はヨーロッパと事情は同じ。
これだけ「青が高価」だと、青色の絵の具を作れれば一儲けできる、と思う人も出てくる。
錬金術の時代、とにかくいろいろなものを混ぜ合わせて組成の変化を調べる、という、化学の原型が出来つつあった。
これで出てきたのが、豚の肝臓を焼いて薬品を加え…いろいろ加工すると青色の顔料が得られる、という発見。
これが、世界初の合成絵の具。プルシアンブルー。
作った人は金持ちになれると思って作ったのだろうし、多分最初はそれなりに設けたと思うのだけど、貴重性が失われてすぐに安くなっていく。
そして、青は特別な色ではなくなった。
…と、妻がここら辺まで一気に説明したところで、僕が話に参加する。
高校の時、化学の実験でプルシアンブルーを作った覚えがある。
時間がかかるからと2時間ぶっ続けの枠で、いろいろな処理をしたら…青い粉が出来上がった。
当時はみんな「だから何?」という反応だったのだけど、青が貴重な時代にこれが発見された、という説明でもあればもっと関心を引いたかもしれない。
ただ、僕はあの時使った吸引濾過が凄く驚いて、電気でモーターとか動かさないでも吸引できるんだ、って…
と話していたら、別室にいた現役化学科の長男が「なんか面白そうな話してる」と参加。
しばし僕と吸引濾過の話をしていたのだが、次女が「話がずれてる」というので元の話題へ。
青はわかったけど、紫が高価だというのは? と再度次女。
今度は僕が説明。うろ覚えだけど。
あれは、貝紫と呼ばれるもので、昔はそれ以外に紫色を染める技術がなかったんだよ。
小さな貝の、体内の何か分泌する腺を取り出して、その液で染める。
小さな貝なので、ハンカチサイズ一枚染めるのにも、100匹とか必要だったんじゃないかな…
しかも、肉食の貝なので数は多くない。一生懸命探して、100匹見つけてやっとハンカチ一枚。
すると長男が、アメフラシみたいな紫色じゃ染められないの? と疑問を呈す。
アメフラシの紫色は、水の中で広がる煙幕だから意味がある。
水中で広がるというのは、つまり水溶性。染めようとしても、洗うと落ちちゃう。
貝紫は、最初は紫色ではないのだけど、紫外線に当たると紫色になって定着する。水に落ちない。
余りに高価なので、江戸時代は病気の時に紫色の鉢巻きをすると治る、みたいな使われ方をした。
権力者しかできないようなおまじないだが、それでも「鉢巻」レベルで、紫の服を着るとかではない。
紫色はなんで安くなったの? と次女が疑問を出したが、その答えは誰も持ってなかった。
しかしまぁ、プルシアンブルーの件もあるし、「高価な色」があれば、それを合成できれば大儲けだと思う人がいるだろうね。
誰かが上手く合成して、安くなったのだろう。
と、話をしていたら妻が服などを染める合成染料を持ってきた。
50g 入りで、T シャツ4枚染められます、とある。800円だったそうだ。
何か染めようと思って買ったが、結局使わず置いてある、とのこと。
貝紫の染料をネットで検索すると、染料 1g 得るのに、10000匹の貝が必要、とのこと。
ただ、これは話しが大きくなっていて、1000匹程度とする話もある。
ハンカチ1枚で100匹、というのはうろ覚えの記憶で行ったのだが、50g でTシャツ4枚だから、ハンカチ1枚でも 1gくらい必要か。ちょっと桁が足りてなかったようだ。
後日追記。
先に追記で引用した、プルシアンブルーの解説ページを掲載していた会社(印刷会社)に、紫色の合成染料(モーブ)の開発の話もありました。
発見は偶然だったが、紫染料の価値に気付いてすぐに染色工場を設立、貴族の間で大流行を起こしたそうです。
また、これが最初となって、一連の「各色の合成染料」が作られていく歴史も、同社の以下のページにあります。
家族はまだ話を続けていたが、僕は寝る時間だったのでここで離脱した。
子供たち春休みで、遅寝遅起きになってるんだよね。
僕も少し引きずられて遅くなっているのだけど、仕事もあるし家事もあるので4時半には起きている。
あまり遅く寝られない。
まぁ、久しぶりに愉快な「一家団欒」でした。
(うちの家族はこんな感じ)
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