2011年03月13日の日記です


遠足とキャンプ  2011-03-13 02:04:13  コンピュータ 料理 旅行記 住まい 家族

3月11日は、子供の保育園の「お別れ遠足」でした。


1年間一緒に過ごしたクラスメイトと、クラス毎に設定された目的地まで歩きます。

親は参加しませんが、弁当をもたせるために早起きしなくてはなりません。



3歳以上の「制服組」の目的地は毎年同じ。保育園から1時間ほど歩いたところにある、自然公園です。

このコースの丁度真ん中あたりで、うちの目の前を通ります。


なので、毎年子供たちが通る時に家の前で「後半分、がんばれ!」などと声を掛けるのを楽しみにしています。

今年は、長男が「年長さん」なので、応援する気満々。


・・・なのに、往路の応援に失敗しました。

子供たちの声が聞こえたから家をでたら、年中さんクラス。

先生に「年長さんは、もう先に行きましたよ」といわれてがっかり。


午後の復路に賭けます。




午後1時半ごろ、窓から子供たちの姿が見えたので、家をでて応援します。


うちの長男(6歳)は「もう、ここで家に帰りたい」という感じでしたが、「後で迎えに行くから、保育園まで頑張りな」と言っておきました。

「迎えって、どれくらいに来る?」と聞くので、いつもと同じで夕方に行くよ、と答えます。



子供たちも行ったし、さぁ仕事…(自宅で仕事しています)。

…1時間ほど集中して仕事をして、午後2時46分、大きな地震。



1分半ほどゆれが続きました。かなり大きいです。


ただ「長い時間揺れていた」というだけで、何ひとつモノが落ちることもありませんでした。

長いけど大きくはない? と言うと、妻は「この揺れは、遠くて大きい地震だ」と断定します。


妻は地震に敏感です。阪神大震災の際も、関東にいながら揺れを感じて「遠くで大地震が起きた」と直感したそうで。



そのすぐ後、つけていたラジオで、宮城で震度7、マグニチュード7.9、と言っています。

もっと詳細が知りたくてテレビをつけると…震源地を示す図がでていました。

しかし、その瞬間に停電。



UPS が電源停止を意味するアラームを響かせます。

UPS が役に立ったのは初めてです。サーバー2台と、家庭内の主要データを全て入れている RAID-NAS (およびバックアップ系)は生きています。


この停電の原因は何か?

配電盤を見ます。…ブレーカーは落ちていない。本物の停電か?



ともかく、100V 電源は使えない。iPod に電池で動く携帯スピーカーを接続し、ラジオを聴きます。


東京電力は案外強いので、30分以内には復旧するだろう、と考えます。

しかし、念のためサーバーをシャットダウン。


この作業の間、妻は保育園に迎えに行く準備をします。


・動いている間も情報収集できるように、携帯 AM ラジオ


・携帯ラジオと一緒に出てきた乾電池ラジオに、名前を書いた紙を貼り付け。

 (場合によっては、保育園に貸し出すつもり)


・「確かに子供を引き取りました」と示す、署名入りのメモ。

 こういう状況では情報が錯綜しやすいので、確かな証拠を残すと良い。



引き取りました、のメモなんていうのはなかなか思いつかない。

妻は大学で地学を専攻していたので、地震はある意味専門分野だ。




災害の時は車を使ってはいけない。妻と一緒に、自転車で保育園へ。

信号が消えており、いつも朝「緑のおじさん」をしてくれている近所の老人会の方が、交通整理をしていました。

停電からそれほど時間もたっておらず、誰に頼まれたわけでもないと思うのに、フットワークの軽さに脱帽。



保育園についたのは丁度3時。長女(3歳10ヶ月)はおやつ前だったようで、

「まだ食べてない。おやつ食べたい」と泣きそうです。

「家で好きなもの食べていいよ」となだめます。


#次女(1歳10ヶ月)は、おやつの準備はできていたのでもらって帰ります。

 長男は食べ終わっていました。「いただきます」をした直後に地震があったそうです。



保育園児たちは泣くこともなく、おとなしく机の下に入っていました。先生たちも冷静です。

この保育園、毎月避難訓練しているんだよね。


親も巻き込んでの「引き取り訓練」も毎年2回行われ…予定では来週土曜日が引き取り訓練でした。訓練前に本番をやることになったわけですが。




帰り道に、近所のスーパーが営業しているのが見えました。


可能であれば、食パンを買っておきたい。

長女はパン食が好きなのですが、我が家は基本的に朝食は米飯です。

ただし、「保育園が休みの日」は朝余裕があるので、パン食でも OK 。

長女は土日の朝ごはんを心待ちにしています。


そして、明日は土曜日なのです。



家に帰って妻にそういうと、妻が買い物に行ってくれることになりました。

POS は停止しているだろうから、と電卓を持って出かけます。


子供たちはその間におやつ。

珍しく早い時間に家に帰ったので、おやつの後は3人で楽しそうに遊んでいます。


…妻の帰りが遅い。やはり店は混乱はしているのだろう。



停電は30分もすれば復旧するだろう、と思っていたのですが、すでに1時間が過ぎていました。

ラジオによれば、幾つかの発電所を停止しているようです。

これは、どうやら長引きそうなパターン…



思い立って、部屋を片付けます。子供たちがおもちゃを出しっぱなしにしているので、このまま暗くなると危険です。動線確保しないと。

箱を用意して、長男にも「綺麗な片づけでなくてよいから、今遊ばないおもちゃはこの箱に入れる」ように指示を出します。



片付けている最中に、妻が戻りました。

店に入ったらレジがすごい行列だったので帰ろうと思ったら、目の前で「今店内にいる人で最後にして、閉店する」決定をしていたので、待ってでも買うことにしたのだとか。ギリギリで間にあいました。


レジが混んでいた原因は、「商品の値段がわからないから」。

電卓を持って行っても、そもそも値段がわからないから調べるのにすごく時間がかかるのね。


#権限のない「店員」レベルでは、とにかく正確な値段を調べないといけない。

 なので、客が値段を自己申請しても裏付ける必要があり、非常に時間がかかる。

 もし自分がその場にいて「権限」があるなら、とにかくお客さんの連絡先と持っていくものをメモに書かせ、後日清算する事にして、自己申請の金額で「とりあえず」販売するだろう。

 嘘をつく人もいるかもしれないが、こういう非常時には大抵この方法でうまくまわる。



ラジオで発電所が停止していると言っていたので、暗くなる前に片付けている、と告げると、妻も別の箇所を片付け始めます。


一緒に片付けながら相談。

オール電化の我が家では、このままだと夕食も作れない。

キャンプ用のストーブもあるのだが、残念ながら燃料を用意していない。


パンを買ってきてもらったので、サンドイッチでも作ろうと思うがどうか?



基本方針に異論はなかったので、僕が夕食を作ります。

この時点で4時半でしたが、早くしないと真っ暗になります。


冷蔵庫(電源が切れているので、長時間あけていてはいけない)の食材と相談します。

きゅうり、スライスチーズ、マーマレードがありました。


今朝子供たちに用意したお弁当の残りで、ゆで卵とトマトもあります。

マヨネーズもあるので、卵フィリングを作ります。



料理をしているのを見て、子供たちが寄ってきます。

いつもより早い時間に作っているので、「なんでご飯作ってんの?」と長女に聞かれます。


そこで、今電気が使えないこと、おそらく夜になっても使えないこと、そのままでは真っ暗だから、明るいうちにご飯にしてしまいたいことなどを話します。


これを聞いて、長女が泣きそうになります。

慌てて「今日は保育園で遠足だったから、今度は家の中でキャンプごっこしよう」と持ちかけます。


「キャンプは、電気を使わないで、暗い中でみんなでご飯食べるんだよ」などと教えると、ちょっと嬉しそう。



サンドイッチを作っていると知った長男が「自分ではさむの?」と聞いています。

好きな具をはさむのは、長男のお気に入りの食べ方。


でも、今日は暗い中での食事となるので、あらかじめ全部作ってしまいます。


「じゃぁ僕、組み合わせ考える」と、紙にクレヨンで「きゅうり + チーズ」とか、思いつく組み合わせを書いています。

リクエストに答えてあげたいけど、待っている余裕はないのでどんどん作ります。




長男と話しながら料理している間に、妻はなにやら始めたようです。

サンドイッチができた時点で今後の相談をしに行くと…庭で、七輪に炭火を熾していました。


「サンドイッチだけだと寂しすぎるから、温かいスープくらい作ろう」だそうです。

この行動力はありがたい。




いつもの食事の部屋とは違う、夕方でも一番明るい部屋にテーブルを出し、そこで食事にします。

妻が「いいものがあった」と、庭に埋め込んであったソーラー LED ライトを引き抜いてもって来ました。


ロウソク程度の明るさしかありませんが、真っ暗よりもずっといいです。



子供たちは食べ終わって遊び始めましたが、妻は時々戻ってくる以外は、七輪のほうでなにか作業しています。


たまたま窓から外を見たら、星空がすごく綺麗です。

街が真っ暗になることなんて、こんなときで無いとありえないですからね。



妻が戻ってきて「いつ復旧するかもわからないから、ジャガイモと玉葱煮てる」と言います。

じゃぁ、ついでに卵もゆでといて、と言うと「既にやった」とのこと。行動が早い。


そして「外、すごく星が綺麗だよ」と。

…あーあ、言っちゃった。気づいても口に出してなかったのに。


最近星座好きの長男が、外に出て星を見たがります。

長男が出るといえば、長女も出たがる。そうしたら次女も出たがる。一家でベランダに出ることになりました。


そして、七輪を見て大はしゃぎ。


「なんか焼いて食べたい!」


…急遽、お餅を焼くことになりました。




でも、外は思ったより寒くない。

お餅の香ばしい匂いを感じながら、しばし天体観測。被災地は大変なことになっているのに、のんきなものです。


お餅を食べたら、そろそろ寝る時間。


「お風呂入りたい」と長男が言い出します。

あらかじめ、今日は風呂は無理だと思う、と言っておいたのですが、遠足も行って汗をかいたのでさっぱりしたいらしい。


そこで、ジャガイモと玉葱を煮込んだお湯でタオルを絞り、体を拭くことにします。

妙にいい香りのスープで体を拭いて…翌日見たら、タオルが見事な「玉葱染め」になっていました。


そろそろ8時半。いつもの就寝時間です。(約束どおりに寝ることはあまりありませんが)

歯を磨いていると、急に明かりがつきました。電力が復帰したようです。



「キャンプごっこはこれでおしまい。電気ついたから、寝る前の絵本も読んであげよう。」


これで皆、素直にベッドに移動。

遠足の疲れと、なれない暗闇生活の気疲れで、すぐに寝てしまいました。




時々携帯がけたたましくなる緊急地震速報も、子供たちは不安がりながらも、皆で固まって抱き合っているのは楽しそうでもありました。


マグニチュードは、当初7.9でしたが、その後上方修正され8.4、8.8と上がりました。

(後日追記…13日には9.0とされました)



停電時間、およそ5時間半。自分の人生の中でも、最長の停電時間です。

我が家はほとんど被害がなかったのでのんきにしていましたが、関東でもかなり被害が出ていた、と知ったのはこの後。


我が家の被害が少ない理由の一つは、スウェーデンハウスが強固に出来ているからだと思います。

それに加えて、妻が地学をやっていたこともあって、家の中の地震対策にかなり気を使っているのもあります。


明かりは全部シーリングライトで、ペンダントライトはありません。家具は基本的に壁に固定しています。

スウェーデンハウスは窓が家に密着しているので、揺れても鳴りません。

つまり、地震があっても、それを如実に示すようなものが、何もないのです。


これらの効果で、実際の揺れ以外には「揺れている」と感じさせるものがありません。これは、心理的に非常に大きいです。



実は、この日は一瞬みぞれが降りました。

その程度には寒かったのですが、暖房をつけない状態でも、部屋の中は20度ありました。

これもスウェーデンハウスの断熱性のおかげです。


#2階のほうが少しでも明るいため、2階で過ごした。

 暖かい空気は上に上がるので、2階は1階より暖かい。

 停電によって換気が停まってしまったので、外の冷気が入らなくなった、というのも大きい。



とにかく忙しい一日でした。

子供には、おそらく一生忘れられない「遠足の日」となったでしょう。




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