「雑草という草はない」というのは、牧野富太郎の有名な言葉。
昭和天皇もこの言葉を言ったとして有名なのだけど、受け売りだろうね。
昭和天皇は生物の分類学者でもあったので、様々な草がひとまとめに「雑草」とされるのを良しとはしなかったのだろう。
じゃぁ雑草って何か、となると定義は難しい。
以前テレビ(タモリ倶楽部)で学者さんが「個人の考え」として言っていた定義「土地の持ち主が許可していないのに生えている草は雑草」は本質的だと思う。
最初は花がかわいいから植えた草だったとしても、時折旺盛な繁殖力を見せるものもある。
こうなると、最初に植えたのは自分であったとしても、駆逐したくなる。
そして、駆逐できなければ「雑草」となる。
さて、最近温かくなってきて、草の繁殖が凄い。
我が家で非常に多い「雑草」は、トリケトラム。「トリ」は3の意味で、茎が三角形をしている。
日本では「三角葱(ミツカドネギ)」ともいうが、葱の仲間。というか、ほぼニラ。(香りが少し弱い)
とても可愛い花を咲かすので好きなのだが、やたら増殖するので、毎年食べ放題になっている。
根っこは小さな球根になっていて、葱の味が濃い。
葉っぱはニラのよう。茎も食べられるし、花も美味しい。つまり、全部食える。
ニラのつもりで料理すれば大丈夫。香りが少し薄いけど、雑草だから多めに入れればよい。
少し長めに切って、細切れ肉といっしょに煮込んで卵とじ、とか美味しい。
味噌汁にしても美味しいし、細かく刻んだら葱と変わらないのでチャーハンとかに入れても良い。
とにかく使い勝手が良いのだ。買い物に行かないでも庭から使い勝手の良い食材が取れる有難さ。
食べられる時期は1か月程度。今絶賛旬を迎えている。
20年ほど前、現在の家に引っ越してきてすぐに、観賞用のバナナを買った。
最初は鉢植えだったが、大きくなってきたので、庭に作った家庭菜園の端に植えた。
…これがその後大繁殖。
観賞用とはいえ、バナナとしても食べられる。ただ、種が大きくて多く、バナナを食べるというより「種の周りの甘い部分をしばらく口の中で味わったら、全部吐き出す」という感じ。
とにかく増えてしまって、手におえない。雑草化している。
なので、今年は少し間引こう、ということになった。
今ちょうど地面から新芽が出てきている所なので、新芽の部分を根っこから掘る。
バナナを含む芭蕉科は単子葉類で、稲や竹と同じ仲間。
「新芽」と書いたが結構大きく、小さな筍(タケノコ)だと思ってよい。
そして、食べ方や味も筍のよう。
周りの皮をむいて、中心部分を茹でる。湯でこぼしてもえぐみがあるので、薄い酢に一晩浸して中和させる。
「加食部より皮の方が多い」というのも筍と同じ。
筍よりは柔らかく、筍の穂先、もしくは姫皮だと思ってもらうと良い。
薄切りして塩でもんだきゅうりと、細かく切ったバナナの茎をあわせ、梅肉と砂糖であえてみた。
筍の姫皮でつくる料理だけど、バナナの茎でも美味しかった。
酢水にさらしているから少し酸っぱいのだけど、梅と合わせることで気にならないようにする、という意味合いもある。
ただ、これはちょっと「つけ添え」程度の小鉢料理。大量消費できない。
まだバナナの茎があったので、軽く炒めて醤油と砂糖で味付け、ごま油で香りを出す。
きんぴらだ。普通は固い野菜で作るが、シャキシャキとした歯ごたえはあるので、美味しい。
バナナの新芽の茎も、雑草として駆除する際には美味しく食べられると判った。
もう一つ、我が家では茗荷(ミョウガ)も大繁殖している。少し間引きたい。
こちらも、新芽が出てきたところで食べてしまえばよい、というので試した。
妻が作ったので料理法はよくわかってないのだが、こちらも筍のように周囲の皮の部分は剥いて、芯に近い部分を食べる。
茹でてから、甘酢につける。食べてみると、本来の「茗荷」ほどの香りはないのだが、ほのかに香って美味しい。
例年、香椿(ちゃんちん)の新芽も食べるのだが、こちらは季節的にもう少し先かな…
こちらは木で、すぐ大きくなるので毎年切り詰めている。
切っても脇芽が出てすぐ伸びるのだが、この脇芽もたくさん出るので、有望そうなのを残して詰んでしまう。
で、詰んだものは塩茹でしたうえで、卵といっしょに、ゴマ油で炒める。
香椿は中華の食材なので中華風に料理しているのだが、ニンニクの香りがする。
ネギ類でもないのにニンニクっぽい香りがあるので、仏教寺院などでは食材として庭に植わっていたりするらしい。
ネギ類を食べることは戒律で禁止だが、それっぽい香りだけでも…と考える時点で煩悩まみれでは?
もう1か月くらい前だと思うが、春先にはツクシを食べた。
これは我が家の庭にはあまり生えず、近所の空き地でとってきたのだけど。
「雑草を食べる」と人に言うと、不味そうだと言われることもある。
でも、適切な知識を持って、適切に料理すれば、どれも美味しい食材だ。
「雑草」と言われて、具体的にいろいろな草を思いつかない人だと、雑草は総じて「不味そう」なのだろう。
いくらかの雑草は食べられる、と知っている人には、自分で食べないまでも、食べることは理解してもらえる。
「雑草という草はない」という言葉だけが有名になっているのだけど、これも言葉として知っているのと、具体的に雑草とされやすい草を思い浮かべられるのでは大きく違う。
そして、具体的に知っていれば、どれが美味しそうかという話も自然に受け入れられる。
同じテーマの日記(最近の一覧)
別年同日の日記
申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています。 |