2016年04月の日記です

目次

01日 卒園
04日 冒険遊び場・花見
09日 スカイターゲット
12日 タタコット
12日 電話番号のしくみ
13日 2度あることはサンドア~ル
16日 スポーツフィッシング2
18日 プログラム教育と義務教育
24日 GAME ON展
24日 未来科学館リニューアル
25日 ゲームの面白さ
28日 長女と次女のお誕生日
29日 お昼ご飯の思い出
30日 GAME ON 展関連書籍


卒園  2016-04-01 17:05:20  家族

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次女の保育園の卒園式はもう終わったのだけど、その後も保育園に行っていた。


3月いっぱいは保育園児だからね。僅か4日しかなかったけど。

卒園式過ぎたら来なくなるお友達もいるのだけど、ほとんどの子がもう会えなくなる友達と、最後の日々を楽しむ。


うちの子も、家で友達に手紙書いて持って行きました。


そしたら、仲良しだった子が一人、インフルエンザでお休み。

インフルエンザは治ってもしばらくは登園できない。


この子は別の小学校に行くので、是非最後の日々を楽しみたかった相手。

残念ながら最後のお別れを言えないままに決定。



年長の時のクラス担任の先生は2名。

1人はまだ残るのだけど、もう1人は結婚退職が決まっている。


先生たちにも、最後に絵を渡したいというので、PCに取り込んで2枚印刷して渡した。




昨日3月31日が最後の日。


春休みだからもう制服を着ていかなくてよいのだけど、「最後に制服を着たい」というので制服で登園。

連絡ノートに、妻が「10年間ありがとうございました」と、見開き2ページで家族の肖像画を描く。


帰りのお迎えは、家族総出で行った。

長男も長女も、保育園にお世話になったもの。


ちょうど園長先生がいたので挨拶もできた。

(園長先生は忙しので、たまにしか会えないレアキャラ)



連絡ノートの絵は、担任の先生しか見てなかった。

でも、次女は他の人にも見せたくて、見せびらかして回る。


「漫画の最終回みたいですね」というのが秀逸なコメント。そういう絵だったから。



基本的に、お迎えは18時前に行って、18時を超えないうちに園を出ないといけない。

でも、この日は挨拶したり、ゆっくり話をしていて、18時20分になってしまった。




あいさつしている間、絵を見せびらかしてはしゃいでいた次女、実は泣きそうなのをこらえて元気に振る舞っていたようだ。

園を出て、帰りの車で涙ぐむ。


さらに、家に帰ってから夕食の際に「保育園から帰って夕食食べるの、これが最後だ」とよくわからない理由で涙ぐむ。



卒園してもいつでも遊びに来てね、と言われている。

だから、今日さっそく遊びに行こうと言われた。


いや、昨日お別れしたばかりだし、今日は平日でお父さんは仕事しないといけないから。



入学式の日、集まれる子で集まって、先生にランドセル背負っている姿を見せに行こう、と話が進んでいる。

遊びに行くのはそれまで待ってもらおうかな。



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冒険遊び場・花見  2016-04-04 16:08:55  家族

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毎年3月最初の土曜日に行われる冒険遊び場が、今年は4月最初の土曜日に行われた。


主催組織が変わったらしい。

今までは、市の主導でやっていたけど、地域住民に移管した、という感じ。


3月頭って結構寒くて、遊んでいる子供は良いのだけど、見守っているだけの大人は毎年寒さに耐えていた。

今年は暖かくていいや…と思っていたら、当日急に冷え込んで、3月中旬並みの寒さ。


まぁ、いつもと大して変わらず楽しめたという話なのだけど。




午前中に冒険遊び場を十分楽しんで、午後は次女の新入学のあれやこれを買い出しに。


大体そろっているのだけど、まだないものがあったのでね。


特に筆箱。

「プリパラかジュエルペットがいい」と言っているのだけど、僕としては是非ジュエルペットにしてほしいところ。


#ジュエルペットのアニメは終わってしまったが、サンリオキャラは息が長い。

 プリパラを選んだら数年後には時代遅れになりそうな予感。



このために、わざわざサンリオショップのある遠いショッピングモールまで行く。

でも、ジュエルペットの筆箱というものはなかった。


ショッピングモール内のファンシーグッズ屋さんで、リラックマの筆箱を発見。

それがいい、というので購入。




日曜日。


妻が花見をしたい、というので舞岡公園へ。


長男が3歳の時に来たことがあると思う。でも、その後来ていなかった。

結構好きで、いつか子供を連れてきたいと思っていた公園。



残念ながら朝から雨だったのだけど、予報ではすぐにやむはず。

…なのだけど、公園についてもまだ雨がちらついていた。


傘を持って歩き出す。

でも、どんどん天気は良くなって、傘はただの荷物だった。


公園案内図を見て「案外小さい」と言っていた長男、最終的には「すごく広い公園だった」と認めた。



舞岡公園の見どころは、古民家だと思っている。

いや、公園内で非常に多くの、興味深い活動が行われていて、それぞれが見どころなのだけど、僕としては古民家が目当てで行った。


藁ぶき屋根で、土間と縁側のある、田の字型の間取りの家。

昭和初期までは当たり前だった…らしい。生まれる前だから受け売りの知識だけど。


でも、知識はあるので、子供に説明する。

囲炉裏がどういうものか。土間で炊事する、ということが家にとってどれほど大切であるか。

田の字型の間取りがどれだけ機能性に優れているか。



足踏みミシンも置いてある。

ちょうど先日、長男が小学校の家庭科でミシンを習って、機械的な構造に興味を持っていた。


その時に、電気が普通になる前にも足踏みミシンがあった、という話をしていたので、実物を見ながら話をする。



農作業用の納屋もあって、いろいろな農具を置いてある。

次女が唐箕を見て「なにこれー」と聞いてくるので、構造を説明してあげると、最後まで説明せずに理解した。


鉄腕DASH!でやっていたからわかる、らしい。

だとしても、なかなか勘が良い。




竹トンボや竹馬など、昔の子供遊びも置いてある。

ここだけで1時間くらい遊んでいたと思う。


「博物館みたい」という子供たちの感想。

そうだね。以前来た時は、古いものを動態保存してあって素晴らしい、と思っていたのだけど、これは博物館だ。


しかも、今でも使い続けられている。普通の博物館に飾られているものは「死んでいる」のだけど、ここのものは生きている。

なかなかほかで見られない、素晴らしいものだと思う。




舞岡公園で5時間ほど遊んでいた。

花見だけして、2時間程度でさっと帰るつもりだったのだけどね。


長女が「楽しかったからまた行きたい」というと、次女も「楽しかったから、5年くらいたったら行こう」という。


5年くらい、というのは、ディズニーランドとか遠くて高価な場所に行った時に僕が言った言葉だ。

舞岡公園は近いし駐車料金程度しかかからない。近いうちにまた行こう。



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スカイターゲット  2016-04-09 10:56:53  業界記

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1995年…なのだけど、いつ発売したのか記憶が定かでないため、2016年まで待ちました。

もう確実に20年超えているから、そろそろいいよね。


とはいえ、僕は同じ部屋にいただけで、それほど詳しくは知らない。



まず、作成チームは基本的に「ウィングウォー」の方々です。

見た目が似ているから「アフターバーナーのリメイク」的に捉えられることがあるのだけど、そうではない。


ただ、「気軽なフライトシミュレータ」であったウィングウォーがあまりヒットしなかったので、もっとアクションゲーム寄りに調整しようとはしていて、結果的にアフターバーナーっぽくなっていたのは事実です。



ところで、アフターバーナーって高空を飛んでいるはずなのに、地面のスクロール速度が速すぎる。

まるで、超低空飛行しているみたい。


敵も、遠くに出現したと思ったらいきなりすぐ近くにいたりする。

3Dで高空を飛んでいるはずなのに、視界が非常に狭い。



速度感を出す演出として、嘘をついているのですね。

ウィングウォーでは、ハリアーと複葉機が同等に戦えたり、ビルにぶつかっても「空中でスピンする」だけだったりという嘘はついているのだけど、飛翔感については嘘をついていない。


スカイターゲットは、ウィングウォーの延長に作られたゲームです。地面を高速スクロールするような嘘はつかない。

だから、アフターバーナーに比べて地面はずっとゆっくりスクロールする。


3Dの演算も嘘をついていないので、遠くにいる敵が、小さく、ゆっくり動く。

その間に狙って迎撃してしまえば怖くない。


…迫力を出せず、ゲームが単調になる。



そこで、巨大なボス敵で迫力を出す、という演出が重視されます。

翼長 1km の超巨大爆撃機、とか、飛ぶわけないものが空を飛んでいる。宮崎駿の世界。


これすらも、3Dパースによって小さく見えてしまうので、登場の瞬間だけカメラワークを切り替えて、巨大さを伝えようと努力する。

スカイターゲットは、極端な設定から一部では「バカゲー」扱いなのですが、そうでもしないと迫力を演出できなかったのです。




このゲーム、いろんなところで無理してます。

ボスが無暗と大きい、というのも、迫力を出すための無理。


自機が飛んでいるのを3Dで追いかけている…ように見えますが、実際には奥方向への強制スクロール。

自機の向きとカメラの向きは違うので、どこを狙って撃つのかわかりにくい。照準を出してカバーしています。


しかし、自機が動くと機体は傾き、画面全体も回転します。

これにより、左右の敵を狙おうと動くと、画面が回転して敵の位置が変わってしまい狙いが定まらない。


リアリティを求めるのか、嘘をついてゲームとして面白くするのか、どっちつかずの状態で困ったことになっています。


これ、企画者の人はかなり困っていたらしい。

実のところ、ゲームとして面白ければリアリティなんてどうでもいい、というつくり方でやっていたらしいのだけど、偉い人が噛みついた。

せっかく3Dで正確に計算できるのだから、嘘をついてはいけない。リアルにしろ、と言い出したのです。


これが、はるかに偉い人だったら、時々しかゲームを見に来ないからごまかしようもあります。

その時だけ聞いたふりして、自分の好きなように作っちゃえばいい。



でも、現場の偉い人だったのですね。

現場の人だからゲームのことわかっているはずなのに、この頃は3Dの出始めだったので幻想持っちゃってて、リアリティを目指せとか言い出す。



妥協、妥協を繰り返して、偉い人が納得する程度のリアリティを盛り込みながら、ゲームとして楽しめるための嘘をちりばめる結果になりました。


あまりヒットしなかったのは、遊ぶ人に「無理している」ことが伝わって、気持ちいいゲームになってなかったからだと思っています。




グラフィックに関しては、素晴らしいものでした。


MODEL2 のゲームって、「段ボールみたい」とか「プラスチックみたい」とよく言われました。

グラフィックの作り方に癖があって、質感を上手に出すのが難しいのね。


でも、スカイターゲットの CITY AREA …夕暮れの空で戦う演出で、ちょっとしたブレイクスルーがありました。



この話をするには、MODEL2 のグラフィックの説明から始めないといけませんね。


MODEL2 のテクスチャは、モノクロ16階調です。

そして、光源との角度を計算して、16段階の陰影がつけられます。


問題は、これが「32階調のパレット」で表現されることなんです。

32段階のグラデーションがあって、16段階の「明るさ」によって決まる位置から、16色分を使って画面表示を行う。


みんな、このグラデーションパレットを、特定の色調で、最も明るいところから、最も暗いところまで、均等割りにして作っていました。

そうしないと、「明るさ」を変化させたときに、明るさだけが変わった同じ画像に見えないためです。


ところが、最も明るいところから暗いところまで…コントラストを大きめにすると、つやつやとしてプラスチックっぽくなる。

少し抑えめにすると、角度による色の違いがほとんどなくなって、段ボールっぽくなる。



スカイターゲットの CITY AREA では、夕暮れを表現するために、自機のグラデーションを全体にかなり暗めにしました。

金属質の飛行機を表現するため、色合いは灰色系統です。


ただし、夕暮れの光が当たる、という演出で、一番明るい部分だけを、赤系統で極端に明るくなるグラデーションとしたのです。

これによって、夕日に照らされるギラギラした感じを表現できました。



先に書いた通り、MODEL2 は「モノクロ16階調のパレット」として作られています。

でも、この方法は、パレットの途中から色が変わります。モノクロではないのです。


当然、モノクロとして描かれたテクスチャも、不自然な色変化を起こします。

しかし、単体としては不自然でも、モデル全体でみればそれほど違和感がないのです。



「グラデーションを極端にして、別の色を混ぜてしまってもよい」という、ただそれだけの単純な話。

でも、スカイターゲット以前は「モノクロテクスチャ」という概念に引きずられ、誰もそうした設定を試していなかったのでした。


スカイターゲット以降の MODEL2 ゲームでは、こうしたグラフィックの描き方が普通に使われ始め、もう「段ボール」などと言われなくなりました。




最後にゲームとは関係ないことを。

発売後、あまりウケなかった、と評価が確定した後の話。


いつも話を面白おかしくすることに長けた人が、「名前が良くなかったよねー」と。


だって、「スカい」でしょ? 名古屋弁で「はずれっぽい」って意味だよ?


それ以降、このゲームを思い出すと常に、タイトルの3文字目がひらがなです。



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タタコット  2016-04-12 09:20:13  業界記

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タタコット。

1995年、というのはわかるのだけど、こちらもいつ発売になったのかよく覚えていません。



Youtube の画像は、海外版の ROM を MAME で動かしたところ。


エレメカだからエミュレートも大変。まだ画面にエラー表示が出ていて、遊べません。

デモ画面のみです。


#MAME のエラーではなく、機器が正しく接続されていない、というゲームプログラム上のエラー



AM1研では主にテレビゲームを作っていたわけですが、このゲームは「エレメカ」扱いです。

通常の筐体に入れることができればテレビゲームなのだけど、特殊筐体が必要。

そして、特殊筐体なのでAM4研との共同開発、という扱いだったと思います。


ゲーム内容はもぐらたたきなのですが、「穴から出てくる」のではなく、画面を走り回ります。ゴキブリが。

そのゴキブリを、ハンマーでたたきつぶす。


画面に向かって、プラスチックとはいえ思い切りハンマーを叩きつけるのですが、もちろん画面はアクリル板で守られています。

そして、叩かれた位置がわかります。


今ならタッチパネルなんて当たり前ですが、当時ゲームに応用したのは珍しい技術。


「色物」なので、安くあげる必要があり、ボードは ST-V です。


先輩プログラマが1人で作っていたのではなかったかな。

いや、もしかしたら2人くらいいたか?



日本ではあまり売れなかったと思います。

というか、最初から日本で売れるとは思ってなかったみたいなのね。


日本では、こういうゲームにはあまり需要がありません。

でも、アメリカではまだ(少なくとも当時は)こうしたゲームは人気があったの。


日本語版が完成したら、すぐに英語版を作る作業が始まりました。

英語では Critter Crusher 。




ただ英語にして終わり、ではありません。

アメリカでこうしたゲームにまだ人気がある理由は、エレメカが Gaming 対応できるためです。


これ、法律の関係で、日本ではできないこと。

ゲームで高得点を出すと、得点に応じて「シール」が払い出されます。


このシールを集めると、景品がもらえる。

200枚集めて鉛筆、とか結構しょぼいのですが、ゲームの腕を磨くことを評価してもらえるのですね。


日本だと、ゲームセンター(七号営業)は景品を出さないと決められているので、こうしたことはできません。


タタコットの筐体写真を載せているページがありました。

素晴らしいのは、すぐ下にある Cabinets : Critter Crusher と書かれているリンクで、海外版の筐体も見られること。


比べてもらうとわかりますが、前面左側、日本では何もついていない部分に、海外版では何か機械がついています。

これが、ゲーム結果によってシールを払い出す「ディスペンサー」です。



ディスペンサーは、一般化された機械があって、ゲーム終了時に得点に応じてその機械を制御すればいいだけ。

論理的には簡単な対応です。


でも、実際にはこの「シール」は景品に直結する、金券と同じような扱いです。

ミスで過不足があってはならないし、バグでディスペンサーが動いたりしないように、制御プロトコルも厳密に作られていたみたい。


簡単だと思ったら結構制御が面倒くさい、とプログラマーの人がぼやいていました。



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電話番号のしくみ  2016-04-12 17:10:47  コンピュータ 歯車

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全く別の2つの話を読み、自分の中でつながったので1本書く。



1つ目。

ツイッターで、「昔のモデムにリダイヤル規制が付いたときがあって、オムロンの Z80 を使用したモデム用のパッチが出回ったので、みんなそのモデム買って ROM 書き換えた」という話題を見た。


先日パソコン通信時代の話を書いたのだけど、この話題はすっかり失念していたな。

そんなパッチが出回ったことは知らなかったが、リダイヤル規制は知っている。



モデムという機器は、パソコンと音声電話回線を接続する機器だった。

普通の電話と並列につなぐことができ、モデムを繋いでも電話として使うことができる。


ここで、パソコンからコマンドを送ると、任意の電話番号に電話をかけられる。

音を認識することで、話し中とか、かかったとか認識することもできるので、つながらないなら即リダイヤル、という自動化ができる。



ところで、今ではライブのチケットなどを WEB で買えるが、当時は必ず電話する必要があった。

しかし、人気のチケットなどは電話回線が込み合い、つながらない。


そこで、パソコンを使ってひたすらリダイヤルする。

繋がったらすぐに受話器を取れば、そのまま会話ができる。



しかし、これが余裕のない電話回線をさらにパンクさせる、というので問題になった。

そして、リダイヤル機能がある装置には、必ず「1分間は同じ番号にかけられない」という規制がかかることになった。


先に書いた話題は、この規制を嫌って、モデムのファームウェアを書き換えたよ、という話だった。


でも、そんなややこしいことしないでも、簡単に規制回避できた。

当時は多くの人が知っている常識で、規制の意味は全くなかったんだ。


この話は、また後で続ける。




2つ目。

4月になって新入社員が入ってきたが、得意先の8桁の電話番号を見せたところ「番号が少ない」と言われた、という話。


あー、そうか。携帯電話だと、必ず11桁くらいの番号になるからね。


すでに固定電話の方法がレガシーなので、知らない人を笑うべきではないと思う。

でも、これを機会に電話番号のしくみは知っておくといいかもしれない。



今、これを読んでいるあなたは、固定電話の電話番号のしくみを理解しているだろうか?



固定電話は、市外局番、市内局番、加入者番号の3つのパートで電話番号が作られている。


同じ市内(厳密にいえば、同じ市内とみなされる電話局)の中では、市外局番がいらない。

先に書いた「8桁程度の番号」は、市外局番を省いたものだった、ということだ。


この程度は知っている人が多いだろう。



市外局番は、必ず 0 から始まることで認識できる。

ちなみに、1 から始まる場合は3桁の短縮サービス番号となる。110 とか 119 とか、189 とかね。


ということは、市内局番は必ず、2~9 の数字で始まる。



ところで、加入者番号は通常4桁だ。

1つの局…交換機に、0000~9999 の 10000 台の電話回線を収納できるということだな。


市内局番の長さは、不定。

なぜなら、電話の契約が多い(普通は世帯数の多い)市では、交換機がたくさん必要だから、番号も長くなる。

逆に、交換機があまり必要ない小さな市なら、市内局番は短くていい。


そして、市外局番も不定。

よく使われる大都市なら短い局番が便利だけど、あまり使われないところなら長くてもかまわない。


逆にいえば、市内局番の長いところは、市外局番を短くしないと不便。

市内局番が短い田舎なら、市外局番が長くてもかまわない。


そんなわけで、電話番号全体としては、大体10~11桁になっている。



携帯電話などは、特殊な「市外」として全体の番号を割り振った形だ。

市内局番は、ドコモや au 、ソフトバンクなど、キャリアごとに割り振られたので、市内局番に当たる電話番号を見ればキャリアがわかった。


ただし、現在は番号ポータビリティ制度があるため、電話番号だけでキャリアを判別することは出来ない。




さて、ここからが大切な話。


市外、市内局番の長さは不定だ。「ここで終わり」というような信号はない。

ただし、市外局番と市内局番は、頭の数字で見分けられる。


家の電話が接続された交換局では、最初に押された数字によって、市内の通話か、市外の通話かを見極める。


ここで、 0 から始まったとしよう。市外だ。長距離回線を使って、遠くの交換局と接続しなくてはならない。


0 の次が 3 なら…ここで終了だ。03 は東京だから、かけるべき都市が決定する。

でも、4 なら決定できない。04 は「東京以外の南関東地方」としかわからない。


044 なら川崎。東京ほどではないが、大都市なので3桁の短めの市外局番が割り振られている。

同じように、045 なら横浜市だ。


でも、046 ならまだわからない。神奈川のどこか、とまでは判別できるのだけど。


さらに続く番号を見て、0467 だと、やっと藤沢局だと判明する。



もっと長い市外局番だってある。


例えば、01 は基本的に北海道・東北地方なのだけど、01267 は岩見沢局の市外局番だ。


同じように、市内局番も「判明するまで」続く。桁数の規定はない。



ということは、だ。

電話番号が何桁になるかは、その電話番号によって交換局の中継を動かしている、電話会社にしかわからないことになる。


ちなみに、相手の番号が確定した後に電話番号の入力を行っても、相手にその音が伝わるだけで、電話システム的には何も起きない。

(書き忘れたが、電話番号は音として伝えられる。)


普段気にしていないが、これが非常に大切なことだ。




モデムのリダイヤル規制の話に戻る。

規制は、「同じ番号に1分以内にかけられない」というものだった。


でも、番号の桁数をモデムが知ることは出来ない。

先に書いたように、電話番号の桁数は複雑な方法で決まっていて、電話会社しか知らないからだ。


そして、桁数が多すぎても、相手に余計な音が伝えられるだけで、電話システム的に問題はない。


じゃぁ、モデムで電話をかけるときは、1桁多く番号を入れてしまえばいい。



規制は「装置」にかけられたので、モデムには規制する仕組みが入っていた。


でも、パソコンのソフトは規制外だったから、掛けたい番号に1桁自動的に追加して、連番でリダイヤルするソフトを作っても何も問題はなかった。


実際多くのパソコン通信用ソフトがこの機能を持っていた。

規制は最初からザルで、何の意味も持たなかったんだ。




以下は余談。


電話番号は音として伝えられる、と途中に書いたけど、電話をかけていないときでも、最寄りの電話局までの電話は常に繋がっている。


だから、ボタンを押したときの音、またはダイヤルを回した時のパルスを最寄りの電話局まで伝えられる。

そして、その音やパルスによって、交換機が動作して、別の電話に回線をつないでくれるんだ。


じゃぁ、電話のボタンを使わないでも、同じような音を通話口に流し込んだら、電話をかけられるか?

もちろん、掛けられる。



今の携帯電話では、電話帳機能が付いているのが普通だ。携帯電話は個人の持ち物だから。

でも、固定電話や公衆電話は個人の持ち物ではなかった。


そこで、個人でも「ダイヤラー」という、電子電話帳を持っている人がいた。


ダイヤラーは、電話のプッシュボタンと同じ音を出す機能を持っている。

掛けたい相手を選んで、受話器の通話口にダイヤラーをくっつけて音を出すと、相手に繋がる。


電話のボタンを使わないでも、適切な音さえ出せばちゃんと電話できる。




昔は、交換局同士の信号伝達も音で行われたそうだ。



ただし、電話機からその音が混信すると問題があるため、電話機には高い音を通さない回路(フィルタ)がつけられている。

交換局同士は、来るはずのない高い音で信号を伝達した。


じゃぁ、電話機のフィルタを外してしまい、高周波を出すとどうなるか?



これをやったのが、初期の電話ハッカーたちだ。


上手にやると、電話の課金情報を混乱させ、ただでかけることができる。

または、国際電話で地球を一周して、隣の部屋に電話をかけられる。



「キャプテン・クランチ」というシリアル商品のおまけについてきた笛が、ちょうどその高周波を出せた。

ジョン・ドレイパーはこのことを発見し、笛の音を使って電話システムのしくみを解き明かしていった。


彼はキャプテン・クランチというニックネームで呼ばれ、伝説となった。


#「今日は何の日」でこの人のことを書きたいのだけど、誕生日がわからないので書けないでいる。



Apple 社のジョブズ&ウォズも、回路的に同じことを行う、自動ただがけ装置を作成し、販売していた。

キャプテン・クランチが「システムを解体した」のに対して、彼らは成果を使って商売をしただけだけど。



パソコンが一般化する前、電話システムというのは、一番身近なブラックボックスだった。


ブラックボックスがあれば、入力に対する出力を調べ、中身を推察してみたい。

君はそうは思わないか?


電話ハッカーたちは、決して電話代をくすねたかったわけではない。

ただ、システムを調べたかっただけなんだ。



モデムのリダイヤル規制を無意味にする方法なんて、電話のただがけのような違法性の高い方法に比べれば、かわいいものだと言える。


でも、電話システムをちゃんと理解していないとできないことだし、電話ハッカーの名残を感じる。



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2度あることはサンドア~ル  2016-04-13 17:39:06  業界記

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2度あることはサンドア~ル、ですね。

1995年11月の発売のようです。


タントアールシリーズの第三弾。前2作はメガドライブ互換機版で作られましたが、サンドアールは ST-V でした。



作ったのは CRI こと、CSK 総合研究所。

形の上ではAM1研の外注なのですが、たしか、CRI 側から持ち掛けてきた話だったと思います。


#詳細知らないので間違ってるかもしれません。



CRI は CSK の子会社ですが、CSK はセガの親会社(当時)。ということは、CRI はセガの兄弟会社に当たります。


CRI って、FM Towns のアフターバーナーとか作ってたよね。…あまり評判良くなかったけど。

多分、これがゲーム分野での最初の作品。


その後、だんだんと力をつけ、主にパソコン向け・メガドライブ向けの移植を手掛けるようになります。

そして、業務用のオリジナルを作りたい、ということになったようです。


ただ、初めてで完全オリジナルは、やはり怖い。

CRI のチーム内に「タントアール」のファンがいたそうで、続編を任せてもらえないか、と打診があったそうです。


ミニゲームなら経験が浅くても作れるのではないか、という読みもあったのでしょうね。




タントアールは「ミニゲーム集」というジャンルを切り拓いた作品でしたが、すでにブームは過ぎており、特に続編を作ろうとはしていませんでした。


しかし、兄弟会社だということで上層部からの命令もあったようで、CRI に外注する、という形式での作成になったようです。


AM1研からは、企画者が一人参加しています。タントアールらしさを保つために。

でも、基本的に CRI が作り上げたオリジナル。


AM1研側の企画者がどの程度コントロールしたのかは知りません。

あるいは、タントアールファンがいたのは事実で、タントアールらしさを失わないようにしたのかもしれません。


いずれにしても、出来上がったのは、タントアールの正当な続編でした。

ST-V を使って画面は美しくなっていますし、ST-V らしいエフェクトも随所に使っているのですが、どこからどう見てもタントアールシリーズです。


これが、タントアールシリーズの最後の作品です。

いいですか、これが最後ですよ!

(詳しくはまたそのうち…




サターン版発売時には、オリジナルスタッフがさらに手を加えて、CRI 名義で発売になりました。

世の中的には、アーケードはAM1研で、サターン版の移植・アレンジが CRI 、ということにされているようですが、ほぼ CRI 作品といってよいかと思います。


CRI は、移植とミドルウェアの会社と認識されているのですが、オリジナルも作れると評価してあげてください。


#先に書いたように、AM1研から一人参加して、細かなアドバイスなどを行っているのだけど。


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【a】 これが、タントアールシリーズの最後の作品です。 いいですか、これが最後ですよ! ←これは、「"サシっす"は断じてタントアールシリーズではない」ということも意味してるんですよね!? (2017-01-17 13:35:09)

スポーツフィッシング2  2016-04-16 11:32:44  業界記

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1995 年中に発売になったようです。詳細時期不明。


実際に釣竿を動かして釣りをするゲームです。

画面はついているけど、エレメカの範疇。



古いうえに「エレメカ」なので映像があまりありませんね。



タタコットは、AM1研と4研が共同で作ったエレメカで、AM1研作品の扱いでした。

スポーツフィッシング2も、同じく1研と4研の共同作。でも、AM4研扱いです。



AM1研はプログラム作成で協力していて、先輩プログラマが動画制御プログラムを作っていたのを見ていました。


ST-V に CD-ROM ドライブを接続して、ムービー再生させるのね。

内容的にはビデオ CD で MPEG-1 だったと思うけど、ソフトウェア再生なのか、サターンのムービーパック相当のハードウェアを使っていたのかは知りません。


開発当初、とにかく「ビデオCDを再生させる」という指示なのに、肝心のビデオCDがない。

なんでもいいからビデオCD頂戴、というリクエストに対して、なぜかエヴァンゲリオンのオープニングのビデオCDが…


まぁ、提供セガでしたからね (^^;;


当時は、MPEG1 の圧縮も普通のパソコンでは実時間の3~5倍の時間がかかっていました。

セガにはマルチメディア編集用の部屋があり、そこに非常に強力なマシンが置かれていたのですが、これでも実時間の2倍程度。


ビデオ素材を用意するのも大変だったので、手元にあったデータを使っていたのでしょう。



僕はエヴァ見てなかったのだけど、近くの席で一日中流れていたのでオープニングだけ覚えてしまいました。




スポーツフィッシング「2」なのだから、当然前作があるわけです。


宣伝チラシはあるのですが、どうも開発ボードがわからない。


海外のセガマニアが作っている、それなりに信頼のおけるサイト SEGA RETRO では、ST-V だとなっている。

でも、チラシは 1994年6月です。ST-V が発売になったのは1994年の末なので違うはず。


僕が入社したのは 1994年の4月ですが、少なくともその時点でAM1研では開発中ではありませんでした。

4月前にリリースしてしまい、チラシが後から作られたか…


いや、おそらくは、AM4研の単独開発だったのでしょう。

だから、2でもAM4研作品の扱いになった。



1も2も遊んだことがないので明確に言えないのですが、記憶では1は純然たるビデオ映像素材だけで作られていたはず。


映像にゲーム機で画像を重ね合わせ、とかやらないのです。

レーザーディスクゲームを覚えている人いるかな。ドラゴンズレアとか、ああいうゲームです。


ということは、MPEG1 なんて使わず、DVD で構わない。


プログラムも簡単な制御だけで良いので、System16 とか C2 ボードで構わない。

いや、もっと安いマイコンボードで十分だったかも。




釣りをするゲームなので、釣竿の糸をリールで巻き取ることになります。

このゲームでは(おそらく1から)その部分に工夫がある。


糸って細いから、巻く、伸ばすという動きは目に付きにくいのね。

一方、魚が動いて左右に振られる、という動きはよくわかる。


魚の動きは、モーターで糸を左右に動かしたり、糸を引っ張ったりすることで表現します。


リールを巻くと、モーターの引っ張る力が強くなる。

一方、リールを緩めると力は弱くなる。


これで、本当に糸を巻いたり、緩めたりしているように感じられます。

魚と闘っているように思える。


この「錯覚させる」部分が非常によくできています。


テレビゲームなのだけど、この「釣っている感覚」の再現がゲームの中心なのね。


後の映像はおまけにすぎません。


だから、「1」では実写のビデオを流していただけ。

ゲームの糸の動きと映像の糸の動きが違ったとしても、そんな細かなことを気にしてはいけない。


「2」になって、ビデオ素材の上に、少しゲームらしい画面を重ねるようになりました。

それでも、画面に合わせて何かするようなゲームではなくて、釣竿の手ごたえを楽しむゲームです。




後に、この釣竿の仕組みを使った続編がさらに作られます。


映像を全部3D化して、動きと画像が合うようになります。

そうなると、もうエレメカではなく、テレビゲーム。AM1研作品でした。


その話は、またそのうち。



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【JR】 初めまして、いつも楽しく読ませていただいてます。ところでスポーツフィッシング2ですがムービーパックそのものがついていたと思います。サターンに差しても動作しましたよw (2016-05-05 23:37:58)

プログラム教育と義務教育  2016-04-18 15:19:16  コンピュータ

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しばらく前に、プログラム教育に対する誤解、って内容で記事を書いた。


僕の立場としては、プログラム教育が広がってほしいと思っている。

だからその記事では、誤解を解くべく、前向きなことばかり書いた。


でもね、世の中いいことばかりじゃない。悪いこともある。

話の混乱を避けるためにいいことばかり書いたけど、いいことしかないような薄っぺらい概念なら、広まる必要なんてない。



2日ほど前に、ある新聞社のスクープで、内閣府がプログラム教育の小中学校への導入に前向きだ、という記事が報道された。


すると…やっぱり、前の記事で心配したような勘違い意見が相次いだ。

そういう勘違いはこの際ほおっておく。誤解を解いているので、前の記事を読んでくれ。



僕はプログラム教育が広がってほしいとは思っているのだけど、小中学校への導入に際しては懸念もあるのだ。

つまり、導入に対する悪い面だ。


今回はそのことを書きたいと思う。




まず、日本の学校教育制度のすばらしさについて書いておこう。


日本では、すべての子供が等しく学習の機会を得られるように配慮している。


田舎に住んでいるからと言って、都会の子に比べて質の低い教育しか受けられない、なんてことはない。

日本全国、どこだって均一な教育が受けられる。


これは素晴らしいことだ。

アメリカやロシアでも子供の教育には十分な配慮があるが、どうしても田舎の学校は都会の学校に比べて質が落ちてしまう。


もちろん、田舎であっても子供が教育を受ける権利は守られるよ。

ただ、都会には多くの人が住んでいるし、先生を志す人も多い。その中で特に優れた人が先生になる。


でも、田舎は人が少なくて、結果的に先生を志す人の絶対数も少なくなる。結果的に、都会に比べて優れた先生を確保しづらい。



日本では、多大な努力と予算によって、そのようなことが無いように配慮されている。




でも、裏を返すと「どんなに優れた先生がいても、田舎と足並みをそろえることを強要される」という意味でもある。


田舎で頑張って先生をしている方には申し訳ないのだけど、田舎の先生の質はどうしても低くなりがちだ。

この質を飛躍的に高めることは難しい。それよりは、質の高い先生に「足並みを揃えろ」と命ずる方が現実的だ。


教科書も、検定を通ったものしか使ってはならない。

その内容範囲を大きく逸脱する授業も許されない。


だからこそ、都会でも田舎でも同じ内容の授業が行われていることを保証できる。



飛びぬけて頭の良い子供がいたとしても、先生は逸脱した教育をすることが許されない。

今はまだ早い…それは授業では教えてない…と言うしかなくなる。


批判するつもりはない。そう望んだのは我々国民なのだから。


もしこれを批判するのであれば、生まれた地域による差別、教育格差を認めることになる。

そのような差別は絶対にあってはならない。




でも、これがプログラム教育と恐ろしく相性が悪い。


プログラム教育はアメリカで流行しているが、先に書いたようにアメリカでは田舎と都会で授業内容に差がある。

プログラム教育なんてやっているのは、都会の裕福層が通う学校が中心だ。



そもそも、アメリカには教科書検定もないし、現場での先生の裁量が、日本よりずっと認められている。


だからこそ、子供の能力を見極め、伸ばしてやることができる。

その子が好きなことに興味を持ったなら、どんどん上の段階を目指して構わない。


そして、プログラム教育が面白いのは、その子の興味に従ってプログラムを組んでいれば、必ず論理的な思考は身に付くし、もっと上を目指したくなるところなんだ。


子供の能力を伸ばす、というアメリカの教育方法となら相性が良い。

というか、アメリカの教育現場で考えられた教育方法なのだから、相性が良いのは当然だ。



プログラム教育に関しては、今の現場に教えられる人材がいるのか、なんてことも良く問題になる。

実際、教えられる人間は少ないだろう。しかしそれ以上に、教えようとしても禁じられる、という問題もあるように思う。




実はプログラム教育のようなことはすでに学校で起こっていて、理科の実験軽視なんかが、20年以上前から言われている。


現場の先生なんかに聞くと、決して軽視したいわけではないようだ。

でも、実験は準備から含めて時間がかかるし、学校のカリキュラムは詰め込まれていて、その時間を確保しづらい。


結果として、実験はやったという体で、「実験するとこうなる」と結果を教えて授業を進めるしかなくなる。



答えを予想して、実験によって確かめるのが理科の楽しみだと思う。

でも、すべての子に均質な授業を届ける、という日本の学校制度のひずみで、その一番の楽しみを奪ってしまう。


時々時間を確保して実験をしたとしても、慣れていないから「予想」ができない。


予想を聞かれているのに、正しい答えを出さないといけないと考え、教科書の先のページを盗み見てしまう。

つまりは、自分の知識を組み合わせて考える、ということをしない。


先に答えを知って実験をしても、わくわく感がない。

それどころか、実験の不手際や誤差によって想定される結果にならなかったとき、結果を捏造して正解に合わせようとさえする。


上手くいかないことも含めて実験を楽しめるといいのだけど、「失敗できない」緊張感の中で楽しめなかったりする。



本来、理科というのはもっと楽しめる遊びのはずなのだけど、教育制度のひずみの中で、その楽しみが奪われてしまっている。

結果として理科が嫌いな子は多い。


これと同じことが、プログラムでも起こってしまうのではないかという懸念はある。




…と、前回書いた「プログラム教育」の文脈で学校への導入の懸念を書いたのだけど、最初に書いたスクープ記事によれば、学校での導入はそういうことではないのね。



小学生だと、テキスト通りにプログラムをつくって「画面上の絵が動いた!」って喜ぶ程度、のようだ。


これだと、自分で工夫してみるとか、自分で気づくという余地がないので、学習効果は低いように思える。

まぁ、将来パソコンを使うための練習にはなるかな、という程度。



中学生だと、ホームページ作成など。

ホームページ作成はプログラムではない、という批判もあるようだけど、僕は十分プログラムだと思う。


あ、HTML 直書きが前提ね。

HTML はページ記述言語なのだから、思い通りのレイアウトを作り出そうと思えば「論理性」を学ぶ必要がある。


ただ、この場合はやっぱり「自由に」作らせないと論理性を考えるまで行かないので、学校教育でうまくいくかはわからない。



もっとも、まだ内閣府が方向性を示しただけで、具体的な方法論には至っていないようだ。


この内閣府の指針も問題で、プログラム教育によって子供の論理性を育てる、とかではなくて「優れたIT技術者の育成」を目標に掲げているのね。


以前書いたけど、プログラム教育は職業訓練ではない。

子供の論理性を養う、という目的が本来で、IT技術者を育成したいなら別の方法がある。



もっとも、パソコンに触れることで潜在的な適性を見出して、興味を持つ子が増えるのであれば、それは良いことだと思う。




良い判断材料もあって、今は一時期よりも現場の先生方の裁量が認められるようになっている。


すでに、一部の学校では、裁量の範囲で、実験的にプログラム教育も行っている。

今回の義務教育化も、そうした実験の「成功」を踏まえてのことだ。


すでに実験して、うまくいっているのだから、破滅的に悪いことにはならないだろう。

…僕は、そう楽観的に考えている。



こうした裁量を認めることは、「全国で同じ教育を」という理念に対立するものだ。

大抵は、都会の一部の学校の生徒だけが、良い教育を受けられることになるだろう。


でも僕は、それでいいんじゃないかと思っている。

最低限の質を確保することは重要だけど、出る杭を打ってみんなを同じ高さにする必要はない。



そして、良い教育を受けられて、良い社会的地位に立った人たちがいたら…自分は幸運だっただけだ、と振り返ってみてほしい。

たまたま手に入れられた良い地位を、幸運に恵まれなかった「だけ」の人達に還元する方法を考えて欲しい。



世の中はそれで十分回ると思うし、みんなが低い地位でいるよりも、ずっとうまくいくように思う。




追記 2016.4.20

ホームページ作成、は誤報だそうです。

報道でわかりやすくするつもりで「翻訳」したけど、本来は「コンテンツに関するプログラム」だったそうだ。


そして、教育が専門の方が解説しているのを読みました。

今回の「スクープ」は、次期教育指針に関するものだそうです。


次期教育指針としては、教師が「教える」教育から、生徒が自分で気づくことを重視する教育に転換しようとしているのだとか。


本文中ではアメリカでは、という形で書きましたけど、西洋ではこちらに転換しています。


(西洋でも昔は今の日本と似た教え方をしていた。日本はそれを明治期に導入した。

 今の日本のやり方は、寺子屋制度や、戦後の改革などもあって独自のものだけど)


つまりは、プログラム教育の導入も、今までの制度のままだと「相性が悪い」のだけど、制度から改めようということのようです。


もちろん、急な改革だと先生方も、PTAの親御さんたちも意識を変えるのが難しいでしょう。

すぐにうまくいく、とは思いませんが、徐々に良い方向になっていけばよいと思います。



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GAME ON展  2016-04-24 13:58:58  コンピュータ

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GAME ON 展見てきました。


3月頭からやっているので、開幕すぐに見に行くつもりで前売り券購入していました。

券が安かったので、土曜日限定で。


しかし、3月中は次女の保育園卒園にからんで、週末に突発的な事項がいろいろ入り、行けずじまい。

やっと行けた形です。




ちょうど科学未来館のリニューアルもあり、入館無料・ドームシアター無料の日。

ドームシアター、WEB で事前予約しておきます。


これ、予約しておいてよかったよ。

今回僕が一番面白かったのは、ドームシアターの新作映画「9次元から来た男」でした。


…GAME ON 展、あらかじめ「期待外れだ」と聞いていたのでそれほど期待していなかったのだけど、期待値下げて行ってもまだ期待外れだった。


しかしまぁ、内容は書き留めておこう。




まずは入場券を購入。

入館無料の日だし、前売り券も持っているのだけど、進級してしまった次女の分は買わないといけない。

これが、すごく混んでいた。



GAME ON 展入ってすぐに、次女が「つまらない」とぐずる。

まぁ、次女にはつまらないだろうと覚悟はしていた。


妻が、次女と長女連れて別のところ見てくる、と引き受けてくれたので、僕は長男と展示を見て回る。

長男には面白かったようだ。


実は長女は興味あったそうで、妻も見たいというので、後で家族でもう一度回った。

(その時は僕は2周目なので、次女のご機嫌取りに始終した)


以下の話は、時系列ごちゃまぜで書く。




入ってまず、COMPUTER SPACE が置いてある。

世界最初の業務用テレビゲームだな。


ただし、筐体が置かれているだけで電源が入っていない。

(会期の最初の頃は、遊べないが電源は入っていたらしい)


後ろには、PDP-1 のモックアップと、エミュレーションで動く SPACE WAR!


COMPUTER SPACE! の元になったゲーム、というわけで、本当にゲームの始まりを表現したいわけだな。

だけど、こちらも、電源は入っていない。


もっとも、電源が入っていたとしてもエミュレーションなので、それほど価値は高くない。



COMPUTER SPACE の隣には、SPACE WARS。こちらも SPACE WAR! の派生ゲーム。


これは後に家庭用に作られた Vectrex (日本での商品名は光速船)用のゲームなのだけど、今回の展示に貸し出した人の趣味で「業務用筐体っぽく改造したもの」のようだ。


基本的に業務用ゲーム機を置くコーナーの中に、業務用っぽく改造した家庭用ゲーム機が置いてあるのは、紛らわしい。

COMPUTER SPACE も SPACE WAR! も電源が入っていないので、少しでも最初のゲームに近いものを見せたいという苦肉の作かもしれないけど。




LUNAR LANDER は遊べていたが人気があるようなので遊ばず。

まぁ、並んでまでやろうとは思わなかったので。


ベクタースキャンのゲームの初期の名作だ。

今のテレビ画面とは、表示原理が違う。


あまりベクタースキャンゲームを見たことが無い人にとっては見どころのひとつだと思うけど、LUNAR LANDER はそれほどベクタースキャンの特徴を活かしているわけではない。



センチピードは、気に入った小学生が占領中。後ろに人がいても気にせず、連続して何度も遊んでいる。

声をかけて長女が1回だけやらせてもらったら、その小学生も特にうまくないのに、偉そうに横から口を出してくる。


いや、これは「嫌だった」とかの話ではなくて、今時の小学生がセンチピードに熱中している、ほのぼの話として。

多分僕がやれば、偉そうな彼の鼻をへし折れるだろうけど、大人げないのでやめておく。



ミサイルコマンドは、長男が何度かプレイ。

面白いけど難しい、が感想。うん、僕も小学生の頃プレイした時はすごく難しいと思った。



パックマン。長男が特に遊びたかったゲームの一つ。家にあるのだけど。

筐体は見どころの一つ。PUCKMAN と表記されている。


PUCK だと、いたずらで簡単に FUCK に変えられてしまう、という海外の販売会社からの要望で、すぐに綴りが PAC に変更された。

それ以前の筐体は珍しい。


1P キーと 2P キーの配線が逆になっていて、一人用だと思って遊んでいると、敵にやられると最初からやり直しになったり、かと思うとさっきの続きからになったり、謎の挙動に困惑している人が多かった。


長男は何とか1面クリアするも、2面クリアは出来ず。

2面クリアするとショータイムがあって面白い。見せてやりたい。


で、僕がプレイ。

2面クリア後に加え、5面クリア後のショーまで見せることができた。

ルールが理解できた物は見ていても面白い。説明しながら遊ぶことで、次女も楽しんでいた。


ディグダグ。

長男が今回一番気に入ったゲーム。これも家にあるので、帰宅後心行くまで遊ばせた。



こちらのまとまり、基本的に、海外で人気が出たゲームを順不同で並べているようだ。

時代順ですらない。このあと、PONG があり、その後ろにはバーチャファイターが置かれている。




他にもいろいろあるけど、通路の逆側へ。

こちらは日本の人気ゲーム。


インベーダーゲームが多数ある。

白黒のものは見どころの一つ。隣にカラーのものもあるが、点数の桁数が白黒は4桁、カラーは5桁とわかる。

実は、白黒インベーダーも、最初期のもの以外は点数5桁だし、4桁のものもソフト改造されて5桁にされたものが多かったはず。


大人気で、上手なプレイヤーが現れて、4桁では足りない、ということになったからね。

改造されずに残っていた4桁版が動いているのは是非見ておくべきだろう。


長女は何か遊びたい、と言いながら、4方向レバーのゲームではもう難しすぎた。

しかし、2方向+1ボタンのスペースインベーダーは楽しめたようだ。

やはり、最初の頃のゲームは単純で、初めてテレビゲームを遊ぶ子供でも楽しめる。



他には、3Dカーレースとして世界初のポールポジションや、「体感ゲーム」第1弾のハングオン、体感ゲームシリーズのヒット作、アフターバーナー2など。

アフターバーナーは時間を決めて動かしているようで、それ以外の時間は電源を切ってあった。



通路と展示コーナーの境には、「ゲームってなんで面白い?」という、今回の展示のテーマを解説した動画が流れているパネルがある。


パネル上もアクリルケースになっていて、展示物が置かれている。

最初のエリアでは、CPU の変遷と、記録メディアの変遷。


CPU のほうは…特に面白くはないよ。4004 おいてあるけど、たぶんゲームでは使われていないよね。

(ゲームを作れるほどのプログラム性能はない)


記録メディアは、PDP-1 などで使われた紙テープ、IBM 汎用機で使われたパンチカードから始まっている。


IBM 汎用機でゲーム作られたのかな…という疑問はあるけど。

8inch フロッピーも同様に、その時代にゲームはそれほど遊ばれていなかったのではないかな。

でも、単に記録メディアの歴史として面白い。




次のエリア。

順不同で、ジャンル分けされたゲームが並んでいる。

基本的には、「家庭用テレビゲームの歴史」のようだ。


「ピットフォール」から始まり、3Dの冒険ゲームに至るのはアクションアドベンチャー。

「イーアルカンフー」に始まり、鉄拳に至るのは格闘ゲーム。


「ハイパースポーツ」から始まり、テレビ中継と見間違うようなサッカー、バスケットゲームに至るとか、2D縦シューから、3Dの戦争ゲームに至るような流れも。


ただ、ここで「ジャンルごとの時代の流れを表現しているのだな」というのは、あくまでも僕がそう感じた、というだけ。

説明は一切ない。ゲームが多数置かれているだけ。


ゲームの遊び方の説明もないから、最近のゲームは複雑すぎて遊ぶこともできない。

遊び方の説明はあっても、コントローラーが壊れていて動かないものも多数。



通路を挟んで反対側は、家庭用テレビゲームのハードウェア。

といっても、ハードと共にテレビゲームが展示されていて遊べる。

つまり、他のところと展示内容は大して変わらず、「ハードの展示だ」というのは気づいた人だけがわかること。


最大の見どころは、ブラウンボックスだと思う。

世界で最初の家庭用テレビゲームの、プロトタイプ機。


動作しない状況だし、もしかしたらモックアップかもしれない。

もし本物だとしても、後に再現されたものだ。オリジナルは失われている。


でも、作者であるラルフ・ベアのサイン入り。これだけで見る価値がある。



動体展示では、それぞれのハードを代表するようなゲームを選んではある。

Apple II ならチョップリフターだったし、AMIGA ならレミングスだった。

MSXは、グラディウス2 だった。


長男はレミングスに興味があって、前の人が面クリアして去った後続きを遊ぶ。

同じように、面クリア後は別の人に引き継いだ。


こちらも、PSP 版で良ければ家にある。



スペクトラム ZX って、存在は知っていたけど実機を見たことが無かった。

実機、驚くほど小さかった。カシオの MSX みたい。


ここに置かれた機械は、基本的に海外で人気があったものばかり。

PC-8801 とかは存在しない。




どこに置いてあったか失念したのだけど、「テレビテニス」も確かここらへんにあったのではなかったかな。

日本で最初の家庭用テレビゲーム機。見どころの一つだと思う。


以前に Youtube で動作している画面を見て、左右のパドルの「太さ」が違うのは、テレビ受像機の問題で横に伸びて(にじんで)いるのだと思っていた。


説明書が置いてあったのだけど、説明書でも幅が違うように書かれていた。

1P 側と 2P 側を区別できるように、幅で違いを表現していたようだ。



もう一つ、これもどこにあったか忘れたけど、ATARI の、STAR WARS の筐体が置いてあった。

筐体だけ。電源は入っていない。


というか、開幕時にはエミュレーションで動いていた。

このゲーム、本来は「カラーベクタースキャン」という非常に珍しい方式で画面が作られている。


最初のほうに LUNAR LANDER の話を書いたけど、ベクタースキャンは基本的に白黒だ。

でも、STAR WARS はカラーだった。ベクタースキャンの特徴である、回転や拡大縮小ができることを利用して、迫力のある3Dゲームを作っていた。


(当時のハードウェアは非力で、回転や拡大縮小なんてできないのが普通だった)



ベクタースキャンは線画のみで描かれるのだけど、非常にコントラストが強く、画面が華やかだ。


でも、エミュレーションでは普通のパソコンモニタで表示され、コントラストが弱い。

なんだか貧弱なゲームに見えてしまう。

さらに、エミュレーションするハードウェアが貧弱だったようで、遅延がひどくてとても遊べない状態だったとか。



非常に珍しいゲームだったからこそ、遊べるゲームのリストに入っていたことで多くの人が楽しみにしていた。

それがひどい状態だったから、ちょっとした炎上騒ぎになった。


騒ぎになったら、主催者が謝って、筐体のみの展示にすると発表した。


会場のどこかの片隅で、ひっそりと筐体が置かれていたけど、知らいない人にとっては電源の入っていない箱が置かれているだけだ。


非常に残念だ。




次のエリアは、コンピューターゲームではあるがテレビゲームではないもの、がテーマのようだ。


ザ・シムスがある。ゲームではあるが目的も勝敗もない。


ドラゴンズ・レアがある。ゲームではあるが、基本的にアニメ垂れ流しで自分が主人公を操作したりしない。


グランド・セフト・オートもここに置かれていた。

僕はこのシリーズやったことが無いのだけど、ゲームの進行とは関係なしに、プレイヤーがかなり自由な行動をとれる。

目的が「ない」わけではないけど、曖昧なのでゲームらしからぬものとして並べられたようだ。



パラッパラッパーや、スペースチャンネル5もあった。

僕的にはこれらは十分ゲームなのだけど、出てきた当時「新しい潮流」であったことは間違いない。


これらのゲームも遊べるようになっているのだけど、残念ながら音は出ない。

たくさんのゲームが置いてあるから、音を出したらうるさいからね。


もちろん、リズムゲームで音が出ないのだから、「操作できる」かもしれないけど、ゲームにはならない。



通路挟んで逆エリアには電子ゲーム群。

任天堂のゲームウォッチ全種類とか。末期に出た(末期症状感たっぷりの)据え置き型の大きなゲームウォッチとか、カラーにするためのギミック感たっぷりのものもある。


ただし、すべて電池が入っておらず動かない。

白黒液晶でカラー表示するギミックとかよくできていたのだけど、動いていないからわからない。



FL 管ゲームとかは遊べる状態でいくつか置いてあった。

パクパクモンスターとか、ビームギャラクシアンとか。


携帯ゲーム機、も一緒に展示しているようで、3DS のモンスターハンターのような近年の作もある。

ワンダースワンの「軍平」も置かれていたのは、電子ゲーム時代を切り拓いた横井軍平氏へのオマージュなのか。


サイオン」が置いてあったのも、ちょっと見ておくべき。

先に書いた、ブラウンボックスを作った、ラルフ・ベア氏が作って世界的ヒットとなった電子ゲーム機。

ブラウンボックスが置かれていることと、セットになっているのではないかと思う。




このエリアでの「ゲームってなんで面白い」の動画展示は、自分で作ると面白い、というテーマだった。

Apple II のビル・バッジのピンボール・コンストラクションとか、近年ではマインクラフトとか、「自分で作ることを楽しむゲーム」をいくつか紹介する。


そして、最後は Scratch の紹介。

究極のゲームは、プログラム言語によってゲームそのものを作り出してしまうことだ、と。


Scratch の画面が出てくるので、それだけで子供たちが興味をもって見ていた。

実際、うちの子はゲームを遊ぶよりも、作ることを楽しんでいるからなぁ。


#もちろん遊ぶのも好きだけど、限られた時間を大作ゲームに使うつもりはないらしい。

 それより、小作品を遊んで面白さのエッセンスを学んで、自分でゲーム作りに活かしたいみたい。




この後は、整理券を必要とする体験コーナー。

開館時間に間に合うように来たので、その気になれば整理券もらえたのだけど、10分程度は並ばないといけないのでもらわなかった。


プレイステーションVR のゲームを遊ぶか、4人同時プレイマインクラフトを楽しめる。



最後はお土産物コーナーで終わり。




総評。


振り返ってまとめると、それなりに充実した内容のように見えるね。

でも、ゲームに対する愛があまり感じられない。


古いものの動態展示なので、調整中のものがあっても仕方がない。

でも、電源が入っていないものや、壊れていて遊べないものが多数。

パックマンのところで書いたけど、配線がおかしいというのもある。


そのゲームが何であるか、どのような意図で見れば楽しめるのか、というような表記も一切無い。

ゲームセンターのようにただ並べられているだけ…と事前に聞いていたのだけど、むしろ昔のおもちゃ屋さん店頭の試遊台を感じた。


ゲームセンターなら遊ばさせる環境は整えるのだけど、遊べる環境も整っていないのね。



この展示会、イギリスから始まって、話題となって世界中を回っているらしい。


後になって思えば、これ「イギリスだから」話題になったんだわ。

日本人がこの言葉で期待してはならない、釣り文句だった。



テレビゲームはアメリカで生まれ、日本で育ち、世界に広がった。

GAME ON に置かれているのは、主にアメリカと日本のゲームだ。


そして、イギリスにはその時代、ゲームセンターがほとんどなかった。

ゲームファンは、日本やアメリカで流行しているというゲームの話を聞いても、遊ぶことはおろか実機を見ることも難しかった。


だから、それらのゲームが集められている、と言うだけで大きな話題になっただろう。

憧れの機械に会いに来る人にとって、その機械がそこにあるだけでいい。

多少壊れていようとも、何の説明もなくたって、それで十分だ。



でも、日本人にとってはそうではない。

置かれているのは、中年世代にとって「懐かしいゲーム」ばかりで、置かれているだけでは物足りない。


その展示をまとめる説明が欲しいし、中年世代は子供と一緒に来るだろうから子供たちに説明するために時代の流れなどの説明も欲しい。

(実際、うちに限らず家族連れを結構見かけたのだ)



さらに言えば、「重要なゲーム」を置いてあるにもかかわらず、その重要性は欧米人の、ゲームマニアにとってのものだ。


日本でヒットしたゲーム、は欠落している。

家庭用ゲーム機にドラゴンクエストはないし、ゲームセンター向けのゲームとしてもグラディウスは置かれていない。

(一部日本で独自に整えたと思われるコーナーはある)


また、マニア向けで無いゲームも欠落している。

テトリスはないし、タワーディフェンスのような気軽に遊べるゲームも無視される。


おそらくは、先に書いたように、マニアが憧れのゲームを見に来る展示会として企画されたからだろう。




「ゲームってなんで面白い?」というテーマは、日本で開催されたときにとって付けたテーマのようだ。

調べてみると、元の展示会のサブタイトルは「The history, culture and future of computer games.」だったから。


単に「コンピューターゲームの歴史、文化、そして未来」というだけだ。


面白さの分析を試みた展示は、先にも書いたように動画で用意されている。

だけど、どうも面白さの分析とは程遠いのね。ゲームシステムを分類したりしているのだけど、それがどうして面白く思えるのか、という点に踏み込んだりはしない。



もちろん、多くの人にとって、そんな分析はどうでもよいことだ。踏み込む必要もない。

踏み込み不足の内容ですら、ほとんどの人が興味を持っていなかったのだから。


しかし、それならなんで「ゲームってなんで面白い?」を展示テーマに据えたのか。


多分「ゲームの歴史」というタイトルなら、各コーナーの展示意図などの解説が必要だったろう。

そちらをやってもらったほうが、よほど万人受けする内容になったのではないかと思う。




家に帰った後、PS2 の「ナムコミュージアム アーケードHits!」と、「タイトーメモリーズ上巻」を出す。

長女はインベーダーを、長男はディグダグを繰り返し楽しんだ。


妻も「やらせて」と遊びだす。


長女は「お父さんもやって」と僕にコントローラーを渡す。


家族みんなで順番にインベーダーやディグダグをプレイするって、昭和の家庭のようでほほえましい。



ナムコミュージアムには8種類、タイトーメモリーズには25種類のゲームが収録されている。


子供たちは他のゲームにも多少興味はあるようだけど、次々違うゲームをやるより、腰を落ち着けて1つのゲームに取り組みたいようだ。

目移りするよりも、一つのゲームを攻略する、という態度で正しいと思う。その方が楽しめる。



「ゲームってなんで面白い?」は深遠なテーマで、答えは簡単に出せない。


でも、僕はゲームは勝敗があるから面白いのだと思っている。

勝敗はゲームの基本だ。


ということは、目移りして次々別のゲームを遊ぼうとすると、面白くなくなる。

次のゲームに移るのは、逃げだからだ。逃げたということは負けたわけで、面白いわけがない。


子供たちは教えずともわかっているようで、頼もしい。



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未来科学館リニューアル  2016-04-24 18:40:52  その他

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先に書いた通り、GAME ON 展を見に行きました


ちょうど、未来科学館のリニューアル直後のタイミング。

せっかくなので、リニューアルの様子を書いておきましょう。




まず、ドームシアターの映画「9次元から来た男」から。


ここに関しては、もともと映画なので、リニューアルとは言っても施設が何か変ったわけではない。

新作映画が作られましたよ、と言うだけ。


ドームシアター、実ははじめて入りました。

いつも人気で、開館時刻に行っても満席のことが多いのだよね。


朝早くなのに満席って、なんでだろう…と思っていたら、WEB から予約可能なことを今回初めて知りました。



映画の内容は、ネタバレになるので詳細を書けません。

でも、非常に上手に作られている。


見るのであれば、超ひも理論について少し知っていたほうが楽しめるでしょう。

知らないと楽しめない、というわけではないけど、通り一遍の知識があるだけでも、ずっと楽しくなるから。



ドームシアターは、プラネタリウムにも使えるし、立体眼鏡を使って立体映画も見られるようになっています。

「9次元から来た男」は、この設備の特徴を非常に上手に使いこなしている。


ちなみに、未来科学館のオリジナル映画で、ロケ地としても未来科学館が使われています。

あ、ここ7階の休憩所の外側デッキ部分だ、とか思うだけでも面白い。



子供の感想:

「カラビ・ヤウが可愛かった」


僕もそう思った。映画 TRON の「ビット」みたいな感じ。

意味が分からないなりに、7歳になったばかりの次女にも楽しめる映画ではあったようです。




今回のリニューアル、主に7階なのかな。


以前は しんかい6500 の実物大モックアップがあり、その周辺は地学を中心としたコーナーになっていました。

内容を見る限り、東日本震災を受けて、地学を「防災」の観点から見直した感じ。


目玉は、リスクを表現した大ジオラマ。


人間や花が描かれたドミノが並んでいて、「リスク」がぶつかると倒されます。

リスクは赤いボールで表現されていて、いろいろなところからやってくる。


例えば、ジオラマ奥に「火山」があります。

普段は止まっているのだけど、時々リスクの赤いボールを吐き出す。


この吐き出す数も、少しだけだったり、多数吐き出したり。火山の噴火が一様ではないことを意味しています。


ジオラマの左端には、「地震」があります。

リスクのボールを受けてある皿があって、時々揺れています。


小さく揺れる程度では、リスクのボールは転がりださない。

このリスクは、地底深くから登ってきて、皿にたまり続ける。


皿が大きく傾くことがあります。

その時溜まっていたリスクのボールが一気に吐き出される。


でも、そもそもボールが少ないと、皿が傾いても被害は少ない。

たくさん溜まっているときは、大きな被害が出ることになります。


皿の隣に「津波」があって、リスクのボールがいったん蓄えられて時間差攻撃になったりすることもある。



ジオラマ全体では二つの大陸があって、「感染症」とか「環境汚染」というリスクもある。

これらは、火山や地震のリスクに比べると小さいのだけど、条件次第では大陸間を超えてリスクを与えてしまう。


また、大陸間の海からは「巨大台風」のようなリスクが発生します。



このジオラマがすごく良くできていて、見ていて飽きない。

大地震と大噴火が重なってしまうときなんて、本当にバタバタと人が倒れていく。


でも、ドミノにボールが当たるかどうか、だから、確率問題で全部倒れてしまうことはない。

そして、しばらくたつと人はまた増えます。




この展示を作るのには結構時間がかかったでしょう。

そして、公開直前になって、熊本で地震が起きてしまった。


#まだ落ち着いていないのでこの日記に書いてませんね。

 後から見たときのために書いておけば、4月12日と14日の2回、熊本を中心として震度7の地震が起きています。 まだ強い余震が続いていて、避難者も多い現在進行形の状態。



うちの子供たちも、「熊本は今こんな感じなの?」なんて聞いていました。

不謹慎だと思う人もいるかもしれないけど、科学館で展示されている内容と、現実の世界を結び付けられるという意味では、非常に良いタイミングだったと思います。


ジオラマ周囲には様々なリスクに関する展示があり、当然地震計もありました。


リニューアル前から、日本中の地震計からのデータを使って「リアルタイムに起きている地震を可視化する」展示はあったのだけど、そこで熊本地震の本震時点でのデータを再現していました。



係の人に話を聞けたのですが、リスクを正しく知ってもらいたい、というのが展示の意図だそうです。


住んでいる地域のリスクを示されると「怖い」という人がいる。

リスクを明らかにすることが嫌がられるので、隠して見せないようにしてしまうこともある。


一方で、日本中にリスクがあることを示すと、どこにいても一緒なのだから仕方がない、と言って終わりにしてしまおうとする人もいる。


そうではなくて、リスクがあることを知ったうえで、そのリスクを少しでも軽減する方法を考えて欲しい。

あらかじめ準備をしておけば、リスクは減らすことができるのだから。



別のコーナーでは、地震やテロ、戦争などについて考えさせるものもありました。

リスクは自然災害だけではありません。だからこそ準備しないといけないし、回避だってできるでしょう。




リニューアルその2。


iPS 細胞についての展示が作られました。


ミニシアターが6部屋ほど。

1部屋の椅子の数は2つ。周囲に立ち見ができますが、せいぜい1部屋5人でしょう。


部屋ごとにストーリーが違うようですが、医療と iPS 細胞がテーマの模様。

健康な人にも iPS 細胞で何ができるのかを考えて欲しくて、自分が難病だったとしたら…と考えてもらう内容にしてあるようです。


自分のこととして考えられるようになったところで、奥の展示コーナーに進みます。

シアターは結構並ぶので、飛ばして奥のコーナーだけ見ることもできます。



さて、このコーナーで面白いと思ったのが2点。

まず、シアター個室の壁を木で作ったこと。


細胞 (Cell) の話をするのに、木質 (Cellulose) を使っていて、小部屋 (Cell) なわけです。


このシアターの入り口の上には、空いた部屋を示す LED の電光表示があります。


空きが出ると、緑色で、人が歩く絵によって「侵入可能」を意味します。

歩行者用青信号のマークだと考えてもらえばいいかと思います。


それ以外の時は常にオレンジ色で進入禁止を意味する絵が出ている。


この絵が、面白い。

歩行者信号の、立って待つ人の絵があります。枠だけの線画と、塗りつぶしの2パターン。

それと、アメリカの歩行者信号のような、手のひらで静止を表現したマーク。


しばらく待っていると、おもむろにそれらの絵から、「ライフゲーム」(ライフゲイム)が始まります。


ライフゲームは、生物の状況を非常に単純化したシミュレーションです。


条件が良ければ生物は増えるし、条件が悪いと死滅する。

そして、普通はある状態で安定してしまう。


「世界」をマス目に区切って、それぞれのマス目に生物がいるかいないか、の2値で表現されます。


マス目 (Cell)を使うので、セルラー・オートマトン (Cellular automaton) と呼ばれます。

ここでも、細胞を意味する「セル」という言葉が出てくる。


そして、人の形や手のひらの形から、増殖や死滅を繰り返すライフゲームを始めるということは…


「人の体から、好きな形に増殖を始められる iPS 細胞を取り出すことができる」


という意味を暗喩しているのでしょう。


説明するのが非常に長くなったけど、小さなスペースに2重3重の意味を込めているので、非常に感心したわけです。




他にも、展示の位置が変わっていたり、小さな変更は多数ありました。

様々な場所に、みんなの疑問が電光掲示されていたり、というのもあったけど、今のところうまく使われているようには見えない。


今後、偉い人からの答えとかも集めていくのかな?


#家族で良くいく科学館、理科ハウスには、みんなの疑問にみんなで答えるコーナーがある。

 これは非常に面白いので、疑問掲示自体はうまく使えば面白いことになると思っている。


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ゲームの面白さ  2016-04-25 17:05:59  その他

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ゲームってなんで面白い? をテーマにした GAME ON 展なのだけど、特に答えはない。


元々答えだせるようなものではないからね。

答えがない問いというのが悪いわけではなくて、みんなが考えるきっかけになると面白い。



少し前から、別の問題として「ゲーム性」という言葉を考えていた。

こちらも、よく使われる言葉だけど定義はない。曖昧で無意味な、便利な言葉として使われているだけ。


ゲーム性ってなんだろう、と考えるとこちらも答えの無い問だ。



でも、僕はゲーム開発者の端くれなので、ゲームの面白さとか、ゲーム性について突き詰めて考えたことはある。

ここらへんでちょっとまとめたくなった。


最初に断っておくが、本気で説明し始めると本が一冊かけてしまうと思う。

ここで書くのは、ざっくりとした概論だけだ。


それも、「僕の考え」というだけで、一般性がないことに注意。

そのつもりで読んでほしい。




まず、ゲームの定義。


「ルールの中で勝敗を決めるもの」



テレビゲームに限らず、勝敗がないものはゲームではない。


いわゆる「テレビゲーム」でも、勝敗がないものは多数ある。

例えば「どうぶつの森」には勝利条件がないし、ゲームオーバー条件もない。

これらはゲームではない。


ただし、後で書くけどこれらがゲームであると認められる要素もあるので、ゲームと呼んで差し支えはない。




ルールは、プレイヤーに均等に勝利の機会を与えるものであることが望ましい。

望ましい、と言うだけで、偏ることを否定するものではないし、実は機会が均等すぎると面白くない。


「戦争」というトランプのゲームがある。

各自配られたカードを山にして置き、一番上をめくるだけ。

一番大きな数のカードを出した人が「勝ち」で、出されたカードをすべてもらい、山札に追加できる。

カードが無くなった人は負け。


このゲーム、恐ろしくつまらない。

勝利の機会は均等で、このゲームが「上手な人」も存在しない。


つまりは、運のみで、戦略要素は全くない。



ゲームは、習熟したものが強くなる方が面白い。

努力して勝つから楽しいのだ。


ルールの言っている「均等」は、努力まで否定して均質化するものであってはならない。




勝利することがゲームの目標で、勝利できなければ「負け」となる。

簡単に勝利できてしまってはつまらないし、どんなに頑張っても勝利できないのもつまらない。


ゲーム性とかゲームバランスと呼ばれるものは、このさじ加減に過ぎない。


このさじ加減の中で、どれだけの要素を盛り込み、プレイヤーを楽しませることができるか。


トランプのゲームでは、1ゲーム中に小さな勝負を繰り返すことが多い。


たとえば、大富豪では手持ちのカードからルールに従って順次カードを出す。

1周したところで一番強いカードを出した人が、次の回の最初のカードを出せる。


ここで、小さな勝利があるわけだ。この勝利を積み重ねることで、最終的な勝利を手に入れたい。

たとえ最終的に勝てなかったとしても、小さな勝利を積み重ねれば楽しむことは出来る。


大富豪の場合、ゲームの勝利は次のゲームに影響を及ぼすため、連続したゲームを行うのが普通だ。

つまり、最終目標であるはずのゲームの勝利すら、もっと大きな流れの中の小さな勝利に過ぎない。



こうした、勝負の多重構造の中で、負けた人であっても小さな勝利を何度も経験できるようになる。

勝負は多重構造になっていたほうが楽しめる人が多い。




1人用のゲームでは、誰かに勝利する、ということが無い。

代わりに、目標を設定し、目標を達成すれば勝利、達成できなければ負け、と考えることが多い。


テレビゲームも1人用である場合はこの考えに従う。


近年のゲームでは、1人用でもゲームが終了する勝利条件を決めていることがあるが、昔のゲームはユーザーが負けるまで終了しなかった。


つまり、ゲームの結果は最初から「ユーザーの負け」とわかっている。

普通に考えたら面白くない構造だ。


ここで、ユーザーは自分で目標を設定してゲームを始めることが求められる。

前回プレイよりも先に進みたい、高得点を取りたい。それらを達成できれば勝利であり、達成できなければ負けとなる。


ゲームの得点を友人たちと競う、という遊び方もある。

これは、特定のゲームを「ルール」として、そのルールに従って競争を行う、というより大きなゲームを作り出しているんだ。


ここでも、勝負の多重構造が見られる。ゲームAの外側で別のゲームBを始めているのだけど、そのゲームBへの参加資格は、ゲームAに「勝利すること」なんだ。


ここで注目すべきなのは、ゲームBの競争で盛り上がるためには、ゲームAが面白い必要は全くない、ということだ。

ゲームの面白さは、そのゲーム単体で語ることは出来ず、周囲を取り巻く環境まで考慮しないといけないことになる。




スペースインベーダーには「レインボー」と呼ばれる技がある。


この技、ゲームの得点には全く関係がない。

ただのバグで、インベーダー描画に失敗して画面が崩れる、と言うだけだ。


しかし、スペースインベーダーが流行していた当時、このバグを引き起こせることが、インベーダー上級者のステータスの一つだった。

ある程度習熟すると狙ってバグを出せるけど、慣れていない人には難しい。そういう類のものだからだ。



ここにもまた、ゲーム外の面白さがある。

無意味に難しいことをやって、成功させることを勝利条件とするのだ。


もしくは、周囲を感嘆させて、優越感に浸る。ゲームの勝敗には無意味でも、ゲームを楽しんでいることになる。



ここでもまた、ゲームの周囲の環境要因で、ゲームの面白さや楽しみ方が大きく変わることになる。




最初に書いたが、勝敗がないものはゲームではない。

しかし、勝敗はなにも、ゲームのルールに組み込まれたものだけではない。


周囲の環境も含めてゲームは存在する。

プレイヤーが人間であり、社会とは切り離せない生き物である以上、ゲームの周囲の環境を無視することは出来ない。


よりダイレクトに周囲の環境をゲームに取り込んだ、対戦ゲームやMMORPGが流行したのも納得できるし、ソーシャルゲームが人気なのもそういうことなのだろう。



そして、周囲の環境をゲームに取り込もうとすると、その環境からプレイヤーをはじき出す、つまりは「勝敗を決める」ことが邪魔をし始める。

いつまでもゲームの世界にとどまり、周囲と関わり続けられた方が、ゲームとして面白いことになる。


ここで、最初に書いた「ルールの中で勝敗を決めるもの」というテレビゲームの定義が破綻する。



どうぶつの森だって、ザ・シムズだって、ゲーム内には勝利条件もゲームオーバー条件も設定されていない。


でも、自分で勝利条件を決めながら遊べばいい。

化石をコンプリート。虫をコンプリート。


好きな住民の好感度を上げ続けて、引っ越しさせないようにとどめておく、というのだって勝利条件になりうる。



実は、世界最初のテレビゲームとされる SPACE WAR だって、勝利条件なんてない。


「破壊されたら負け」は多分みんなが感じるのだけど、そこで3回勝負にしたってかまわないし、3回破壊される間に1回でも破壊したら勝ち、というハンデ戦だって構わない。


ゲームに勝利条件が必要、ということと、それをプログラムとして組み込んである、ということは違うんだ。




ここまで、ルールの話だけをしてきた。

ゲームはルールの中で勝敗を決めるもの、という定義で話を展開していたからだ。



しかし大前提として、ゲームは、「遊び」の中の一分野に過ぎない。

そして、遊びは4つの要素に分解できる。


競争と運の2つは、ゲームにも重要だ。勝敗は競争の結果だし、時の運もある。


そして、模倣と眩暈(めまい)。

初期のゲームはともかく、最近のゲームはこの2つを積極的に取り入れ、「あそび」としての質を高めてきた。


スペースインベーダーは、宇宙戦争のヒーローになるゲームだ。

しかし、遊ぶ人はみんな「ゲーム」として遊んだだけで、模倣…ごっこ遊びだとは思わなかっただろう。


でも、ポールポジションは本当にレーシングカーに乗っているように思わせてくれたし、アフターバーナーは戦闘機乗りの気分にさせてくれた。

ATARI の STAR WARS は、宇宙戦闘機のパイロットの気分で、スペースインベーダー以上に「宇宙戦争のヒーロー」を体験させてくれた。


この、日常とは違う体験というのが、眩暈そのものだ。


これらの延長上に、3DでHDでVRなゲームがある。




模倣と眩暈は非常に楽しいし、ゲームに欠かせないものだ。

でも、それを「ゲームの楽しさ」と呼ぶのは少し違うと思っている。


模倣と眩暈「だけ」なら、映画などでも作り出せるからだ。


僕らが余暇を楽しむとき、映画ではなくゲームを選んだのであれば、それは映画とは違う、ゲームの面白さを求めていることになる。


大きな物語に身を投じるという「模倣」を楽しみたいのであれば、映画を選ぶのも良いだろう。


ゲームを選んでも、模倣の要素がいらないと言っているのではない。

でも、映画にはない競争や運を楽しみたいと思っているのは間違いないんだ。


ゲームをゲームにしているのは、競争と運の要素であり、そこにゲーム独自の楽しさの本質がある。

模倣と眩暈は重要な要素だけど、ゲームの楽しさの中で、比率としては小さい。




眩暈とは「日常ではないこと」や「意表を突かれること」だ。

繰り返していると、やがて日常になってしまうし、予期できるようになってしまう。すると眩暈は消えてしまう。


だから、眩暈の要素は時代と共に過激さを増していく。


当初はアフターバーナーにこれ以上ないリアルを感じていたはずなのに、3Dポリゴンでないとダメになる。

バーチャファイター1に驚いたはずなのに、今3を振り返ると「全然リアルではない」と感じてしまう。


模倣も眩暈も、一過性のものだ。



ゲーム自体が流行性の商品なので、一過性のものを取り入れるのは当然のことだし、悪いことではない。

でも、この部分を中心に据えてしまうと、5年後には価値を完全に失うことになる。



「競争と運」を軸とした強固なルールを組み上げるのが、ゲームの面白さの本質だと思う。


とはいえ、先に書いたように、ゲームは周囲の環境と切り離せない。

競争が、「仲間との競争」だったりすると、数年後には競う仲間がいなくなってつまらなくなったりする。


これは、いつまでも楽しみ続けられるゲームは存在しない、という意味になる。

実際には、いわゆる「思い出補正」などもあり、昔のゲームでもそれなりに楽しめるのだけど。




僕は、限られた条件の中で、戦略を考えて勝利を目指すタイプのゲームが好きだ。


対人対戦は、考えても勝利が見えないジャンケン状態に陥ることがあるので好きではない。

また、対人対戦は、流行によって相手を見つけられないことがあり、好きなタイミングで遊べないので好きではない。


もっと言えば、単純なルールで複雑な状況を作り出す、非リアルタイムのゲームが好き。

1プレイの時間が短いのも重要。


倉庫番も ROGUE も、30年以上前のゲームだけど、今でも新鮮に楽しく遊べる。

最近やってないけど、大戦略シリーズも好きだった。




でも、これは僕個人の趣味。

他の人がどのようなゲームが好きかを否定するものではないし、他のゲームがつまらないということでもない。


ゲームの面白さって、結局は自分の中にある。

面白さを分析することもできるし、その分析を他のゲームを作るときに活かすこともできるのだけど、最後は遊ぶ人次第だ。



最近のゲームはつまらない、という人がいる。

その人は、ゲームとちゃんと向き合ってないんじゃないかな。


楽しもうという心がないとゲームは楽しめない。

最初から「最近のゲームはつまんない」と思いながら遊んだら、そのゲームの面白いところを見落とすだけだ。



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長女と次女のお誕生日  2016-04-28 17:07:56  家族

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1人づつ書くのは面倒なので、まとめて2人分。

21日が次女の、25日が長女の誕生日でした。


いつも2歳差なのだけど、この間の4日間だけ、次女は長女に歳が近づく。

ちょっと嬉しいらしい。




21日は次女の希望でごちそうの夕食。


「揚げ物たくさんがいい」というので、鶏のから揚げ 1.2Kg と、フライドポテトたくさん。

それにトマトとキュウリをたくさん入れたサラダ。全部次女の好きなもの。


から揚げは朝から準備しといた。


いつも僕が作ると、肉が半解凍のまま切ってあげるので、から揚げが何だか四角い。

朝から解凍したし、良く揉み込んだのでふわふわでおいしい から揚げになった。


食後にケーキ。


季節的にまだイースターのケーキがあったので、次女はかわいいと「うさぎさんのケーキ」を選んだ。

長女はイースターのプリンアラモード。


8歳なので、太いローソク1本と細いローソク3本をケーキに挿そう…

…と思ったけど、ウサギにローソクを挿すのが忍びなく、僕の抹茶ケーキにプスプスと挿すことに。



長男は Scratch を楽しんでいてケーキ屋さんには行かなかった。

チョコレートケーキがいい、というのでいつも好きで食べている「パリパリチョコショート」を購入。


後で「甘い~。食べても無くならない~」と悶えていた。

数年前までチョコケーキ大好きだったのに、最近大人の味覚になりつつあり、甘すぎるのが苦手に。


実はこれは妻の遺伝で、妻も自分で選んだ、甘さ控えめで小さめのチーズケーキで苦しんでいた。




23日は、誕生日の間の週末なので希望の場所に行ってあげたかったのだけど、先に書いた通り未来科学館へ GAME ON 展を見に行く


まぁ、これはこれで喜んでいた。詳細は先に書いた通り。


24日、長女次女の希望で理科ハウスへ…行こうと思ったら、この日は休館日だった。

また後日。


長女も次女も、「科学館で誕生日プレゼント選ぶ」と言っていた。

お土産には高いようなものでも、欲しいのあったら買って、という意味。


しかし、いいものがなかったのでとりあえず保留。




25日は長女の誕生日。


食事の希望を聞いたら、お母さんの炊き込みご飯が好きだから食べたい、とのこと。

こればかりは僕が作ることは出来ないので、妻に料理を任せる。


炊き込みご飯と、長女の好きな蕪の炒め物。それに味噌汁。

豪華さはないが、どれも長女の好物なのでお代わりまでして大好評。


食後にまたケーキ。


わずか4日で季節は変わり、子供の日のケーキになっていた。


次女はかわいい「パンダのケーキ」。見た目が違うだけでウサギのケーキと同じものだけどな。

長女は、子供の日のプリンアラモード。二人とも先日と基本同じものだ。


長男は、先日甘くて悶えたので…悩んだ挙句、ガトーショコラに。

やっぱチョコは好きなので、小さめのチョコケーキにした形。


妻はイタリア栗のモンブラン。

僕はチーズタルトに。



長女は、昨年秋の保育園のバザーで入手した、かわいらしいキャンドルを持っているので使いたいという。

じゃぁ、ケーキにはローソク挿さない? と聞いたら、1本だけ挿したいらしい。


9歳の誕生日だけど、大きなローソク1本と細いローソク1本という構成に。

えーと、じゃぁ、引き算して9ってことに。


「なんで引き算?」と長男が笑う。


このやり取りを見て、妻が一言「オクタル!」。

なるほど。




ケーキを購入した時に、チラシが入っていた。

子供の日、母の日のケーキがいろいろと載っている。


それを見た次女「子供の日にもケーキ食べたい!」


1週間の間に2回食べたのに、さらに1週間程度でまた食べたいというか。


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お昼ご飯の思い出  2016-04-29 10:09:05  業界記

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業界記として書きますけど、こぼれ話。

ゲームとは関係ないですが、なんとなく書きたくなったので。


僕が入る直前、セガは急成長して人をたくさん雇いました。


すると、お昼ごはんに困るのですね。

付近のお店では、大量の社員の昼ごはんを賄いきれなくなる。


部署ごとに昼休みの時間がずらされたりもしました。


これは付近のお店・会社の要望でもあったようです。

大会社の社員が一斉に昼休みを取るって、周辺住人にも影響が出るのよ。


ほんの一時期ですが、社員食堂もありました。

狭くて少しの人数しか収容できなかったし、料理は美味しくなかった。でも安かった。



今回書きたいのは、会社に出入りの弁当屋さんの話。

結構多くの人が利用していました。




月末になると、翌月分のメニュー表が配布されます。

毎日2種類のメニューがあり、欲しい日に A B どちらのメニューかを注文します。


注文できるのは、月末だけ。翌月1か月分まとめて注文です。

これで、毎日お昼までに弁当が届けられる。



これがね、非常に安いのだけど、非常に不味いの。


1食 300円でした。実際には会社が半分補助していたので、600円だったらしいのですが…

600円出してコンビニ弁当買ったら、もっとましなもの食べられるぜ? とみんな言ってた。


でも、外行くとどこの店も混んでいるし、300円というのは圧倒的な安さではあるし、結構食べている人多かったのです。




人間不思議なもので、毎日食べているとそれほど不味いとは感じなくなります。

その弁当屋のメニューの中で、好きなメニューすら出てくる。楽しみになる。


でも、注文のチャンスは月に1度しかなく、その日に風邪で休んだりすると翌月は1か月外で食べることになります。


外のご飯は、弁当よりずっと高い。でも、弁当よりおいしいです。

そして、1か月後にまた弁当を食べると…これが、すごく不味いんだ。


人間、おいしいものを食べてもそれほどわからない。

でも、不味いものを食べるとはっきりわかります。


先に書いたように、毎日続けるとすぐに慣れるのだけど。




僕が入社するよりも前の話。

先輩に聞いたので、面白おかしく脚色されているのかもしれない、と先に断っておきます。



600円って微妙な値段で、コンビに行けばそれなりのものは買える、とはいっても、コンビニは大量生産して安くしている。

出入りのお弁当屋さんは、コンビニほどの規模ではないので、600円というのはギリギリの額だったようです。


注文を増やさないとやっていけないのだけど、注文が急に減ってしまった時期があるみたい。

まぁ、理由はわかりますね。不味いからです。


困ったお弁当屋さん、部署の偉い人のところに相談に来たらしいです。

もうちょっと注文してもらうように、部署の人に呼び掛けてもらえないだろうか…賄賂を渡そうとしたんだそうです。


このことに、偉い人激怒。

賄賂に使う金があるなら、その金で少しでもおいしいメニューが作れないか考えろよ! と、周囲の目も気にせず怒鳴りつけました。



実のところ、その一件があって少ししてから、弁当の味は良くなったらしい。

…えぇっ! この不味い弁当、昔はもっと不味かったの!?




昔からの知人で、僕より先にセガに勤めていて、僕と入れ替わるような時期に退社した人に聞いた話。



以前は、弁当屋の仕入れの都合でメニューが予定と変わる、ということが時々あったらしい。


ある日、おかずとしてパック入りの小さな豆腐が入っていたとか。冷ややっこらしい。


また別の日、小さな納豆のパックがそのまま入っていたとか。


明らかに手抜きだよね。僕の頃は、そういうことはさすがになかった。

どうも、これが「昔はもっと不味かった」という状態らしい。


そりゃ、注文減りますわな。



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GAME ON 展関連書籍  2016-04-30 09:50:42  その他

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先週 GAME ON 展に行ったときに、関連書籍を一冊買ってきていた。


「ゲームってなんでおもしろい?」というタイトルで、これは GAME ON 展の副題と同じ。


買う前に最初のほうを読んだら、展示内容にあった「ゲームの面白さの分析」が書かれていた。

家庭用ゲーム機の進化を数ページで示した年表みたいのもあった。


なので、あぁ、これは展示内容を書籍化したものなのだな、と思って、記念程度のつもりで買ってきた。

そして、先週は忙しかったのでそのままほったらかしになっていた。



ゴールデンウィークになり、気持ちに余裕ができたので思い出して読んでみた。

すると、これがとてもいい内容。 GAME ON 展は先日書いた通り、正直言ってあまりいい内容ではなかった。


しかし、この書籍を買いに行ったのだ、と言っても良いくらいに内容が充実した本だった。




先に書いた通りに、ゲームの面白さの分析がある。


でも、読んでみたら展示で行っていたもののうち、一番最初の展示内容を抜粋したものと、それをまとめるにあたっての苦労話インタビューだった。


内容は先日ざっと書いたけど、突っ込み不足を感じるものの、面白さ分析としては悪くなかった。


でも、インタビュー見て納得した。

最初から、ゲーム全体を網羅しようとはせず、漏れがかなりあることも分かったうえで、どこまでゲームの内容を単純化できるかを考えてまとめたそうだ。


例えば、「狙って撃つ」ということは、スペースインベーダーから始まっているのだけど、何も敵を撃つだけではない。

サッカーで味方にパスするのも「狙って撃つ」だ、というように遊びの方向性をまとめている。


「最初の展示内容」では、他にも「大きなものを崩すと面白い」として、ブロック崩しのようにちまちま崩す方法や、クオースのようにまとめて大きく崩す方法など、多種のバリエーションがあることを示していた。

それらについては言及されている。


でも、他の考察は書籍には収録されていないのね。


たとえば、「ゲームは進化するから面白い」という展示があった。

具体的には PONG からブロック崩し、インベーダーゲームに至る過程を説明していた。


この話、過去に書いたので割愛するけど、全く新しいゲームが急に生まれることなんてなくて、すべてつながっていることがわかる。


いい話なんだけど、書籍にはこの話がないうえに、後で書くけど「新しいゲームが急に生まれてきた」と思わせるような部分も多々ある。

ゲームの歴史を考える上では、温故知新の大切さを失ってしまったようでちょっと残念。




先に書いたように家庭用ゲーム機の年表があるけど、これはある意味オマケかな。カラーで20ページもある豪華オマケだけど。


プログラムの観点から、ゲームがどのように動いているかの解説もあった。

ただプログラムを説明するのではなく、どうすれば面白いゲームになるか、という部分まで踏み込んでいる。


巻頭近くのカラーページで図表も豊富だったので、最近 Scratch でゲームを作り始めた長男も楽しんで読んでいた。


各界の著名人に好きなゲームベスト5を選んでもらう、という記事もある。


…が、ここまですべて豪華オマケ。この後に書かれた話の前座に過ぎない。


この後でやっと「第1部」が始まる。全部で3部からなる、様々な人にゲームの面白さについて尋ねたロングインタビュー。



聞き手が誰かわからない。わからないのだけど、どうも元アスキー編集長の遠藤諭さんのようだ。


同じく元アスキー社の別雑誌「ファミ通」の編集長をしていた浜村弘一さんへのインタビューがあるのだけど、ここで二人並んだ写真があり、「聞き手の遠藤と浜村氏」とキャプションがあるから。

遠藤さんはこの書籍の編集人、となっているのだけど、編集だけでなくインタビューなども全部行っているのではないかと思う。



そして、遠藤さんは過去に「計算機屋 かく戦えり」という、コンピューターの黎明期に関与した様々な人物にロングインタビューをした書籍を刊行している。

これがまた良い本で、話を聞こうと思ってもなかなか聞けないような人物に、ある程度詳しい人ならだれもが聞きたいと思うようなことを正しく聞いてくれている。


インタビューって、ただ話を聞けばよいのではなくて、相手の業績をあらかじめ綿密に調べておいて、その周辺事情も理解したうえで、適切に話を聞いていかなくてはならない。

これはなかなかできない大変な作業なのだけど、遠藤さんはそれができる稀有な人の一人なのだ。



で、買う前には気づかなかったが、この本の大半はそうしたロングインタビューなのだ。

これが、非常に良い本だと書いた理由。




最初のインタビューは、ファミコンのハードウェアを作成した技術者、上村雅之さんから始まる。


内容に関しては、「素晴らしい」と絶賛できるものではない。残念ながら。

でも、重要な現場にいた人が、自分の言葉でゲームについて語っていること自体が、記録として有用だ。


素晴らしいと絶賛できない、と書いたのは、カウンターカルチャーとしてのコンピューターの歴史に対しての認識が少し甘い部分があるから。

先に書いた「新しいゲームが急に生まれた」ように感じさせるような話もある。

(これは上村氏に限らず、個人の認識能力の限界で、他の人の話にも見られる)


現在大学教授でゲームについての研究を行っている上村さんに対して「甘い」とかいうと無関係な信奉者から怒られそうにも思う。

しかし、上村さんの専門はゲームを遊ぶ際に何が楽しいと感じるか、その楽しさはその人が育った文化背景に依存するのか、などの研究のようだ。

カウンターカルチャーの歴史背景に多少の認識の甘さがあったからと言って問題はない。



でも、それを「素晴らしいと絶賛はできない」とわざわざ書くのは、この本を読む人には「書かれていることを鵜呑みにしない」ようにしてほしいから。

インタビュー集で、個人の語ったことをそのまままとめてあるため、個人の認識の誤りをわざわざ正したりはしていない。


というか、テレビゲームはまだ新しく、研究者の間にも共通の了解などないと考えたほうがいいだろう。

誰かが「正しさ」を強制しようとせずに、それぞれの言葉をそのまま収録していることのほうが資料としての価値が高いと思う。


上村さんに限らず、それは認識がおかしくないかな、と思われる例は多々ある。

でも、個人の限界もあるので、そのことを問題にしてはならない。自分の認識のほうが違うのかもしれないし。



大切なのは、ゲームについていろいろなことを考えている人がいて、それらの考えを知ることの楽しさだ。

ゲームは自由であることが楽しいのだから、考え方も多様でいいし、認識が多少違っても全然かまわないのだ。




上村さんが「ゲームの本質は画像などのすごさではない」と繰り返し語ったあと、次のインタビューでは SCE の吉田修平さんが、PlayStation VR について語る。

ここで、バーチャルはすごい、3Dの世界はすごい、と繰り返し語った後、次のインタビューではガンホーの森下一喜さんが、パズドラの面白さがどのように構築されているかについて語る。


…絶対にわざとやっているよね。

「古いタイプのゲーム」と「新しいタイプのゲーム」を交互に並べて、振り子のように行ったり来たりさせる。


それぞれの人が語っているのは、その人の専門分野の中でのゲームの面白さでしかない。

でも、それらの中を行ったり来たりさせることで、読み手ごとに本質を考えてもらおうという趣向だろう。



ゼビウスの遠藤雅伸さんも出てくる。

ゲームについて聞かれて、「ゴミ箱に投げたゴミが入らず、拾って投げ直したらゲーム」と答えている。



普通、そんな風に考える人はいないと思う。

でも、僕もゲーム業界の末端に在籍しているものとして、この言葉がすごく腑に落ちる。


ゲームは世の中のいたるところに遍在している。

テレビゲームだって、テレビゲームの中の閉じた世界ではない。世の中とつながっている。


ゴミをゴミ箱に投げただけならゲームではない。

入らなかったら、落ちたゴミを拾って…ゴミ箱が近いのだから普通に入れればいい。


でも、戻って投げ直したならそれはゲームだ。

入らなかったのは「負け」であり、そのままでは悔しいからだ。



僕はルールと勝敗があればゲームが成立すると思っている。


負けて悔しかったからもう一度やろうとする。

その際に「戻って投げ直した」なら、さっきと同じ距離でないといけないと自分でルールを設定したわけだ。





他にもいろんな話が書かれているけど、ゲーム作成者や、これから作ってみたい人は、是非読むといいと思う。


もっとも、GAME ON 展を「レトロゲームイベント」として見に来ている人が買ったら、がっかりするかもしれない。

展示してあったゲームの目録とか画面写真などは一切入っていないからね。



逆に、GAME ON 展が期待はずれだった人(僕みたいに)や、そもそも見ていない人でも、ゲームの構造などに興味があるなら楽しめるだろう。


この本自体は普通に流通している書籍で、Amazon でも取り扱っているようだ。



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