2014年04月04日の日記です


ジョン・ネイピアの命日  2014-04-04 10:08:45  コンピュータ 歯車 天文 今日は何の日 数学

今日はジョン・ネイピアの命日(1617)。

生まれは1550年なのだけど、誕生日は不明。

ずっと以前に、歯車のページで「ネイピアの計算棒」として取り上げている道具を作った人です。



該当ページを書いたのは、今からもう17年も前。

当時はこの道具のこともネイピアのことも知らず、科学館でやっていたイベントで見かけて面白かったので記事を書いた、と言う程度でした。



ネイピアは16世紀の数学者…と過去には書いたのですが、当時の学者が皆そうであったように、貴族で領主でもありました。

そして、これも当時の学者としては当たり前なことに、占星術師で天文学者で物理学者でした。


そんなにたくさんの知識を持っていてすごい、と言うのではなく、当時はこれらの学問は切り分けられてなかったのですね。


占星術を行うには毎日の惑星の運行を記録してあることが大切だったので、天文の観察は必須でした。


たくさんの観察記録を元に、天体の動きを数式で解き明かす…やはり数学者で物理学者で占星術師のケプラーによって、天体の動きが解明されたのは1619年。ネイピアの死後のことです。

さらに、ケプラーの友人で、同じように占星術師で錬金術師でもあったアイザック・ニュートンが、天体の動きだけでなく万物に働く力としてまとめ上げ、後にニュートン力学と呼ばれる物理学の基礎を作り上げていきます。


…話が少し横道にそれましたが、当時は占星術や錬金術は重要な学問の一分野だったし、それを研究するのは決しておかしなことではなかったのです。




さて、話をネイピアに戻しましょう。


彼はなかなか良い領主だったようです。

肥料の改良などを研究し、彼の領土に住む農民に対し伝えたりしています。

また、外敵から領土を守るための軍事兵器の研究などもしています。


まぁ、領土を守るのは当然のことですし、税収を上げるためにも農業の改良は必要です。

そう考えると、領民のことを考えていたというよりは、彼の利益になるからそうしただけなのですが、ただ税率をあげて利益を搾り取るよりもずっと良いやり方です。



彼は、物事を単純化し、誰でも扱えるようにし、普遍化することに深い興味があったようです。

農業の改良も、一部の「頭の良い農民」「ベテランの農民」だけが多くの収穫を得られるだけではなく、その技術の普遍化を狙っていたのでしょう。


そして、これは彼の中心的な研究分野であった数学でも発揮されます。


難しい掛け算を、ただの足し算に変えてしまう魔法の道具。それが「ネイピアの計算棒」(ネイピアの骨、とも呼ばれます)でした。




彼の業績はこれにとどまりません。


彼の生きていた時代は、大航海時代でもあります。

そして、彼は占星術師でした。


この二つのことは無縁ではありません。

占星術師は星の観察が仕事ですし、船乗りたちは星を観測して現在位置を知ります。


星の観察で現在位置を求めるには、多くの桁数の数値を扱う必要がありました。

そして、計算を間違うことは遭難、死を意味します。


#当時は小数点の考案前で、精度を上げる=桁数を増やす、と言うことでした。

 大きな桁数で計算したのちに、適当な母数で割ることで最終的な値を求めます。



ネイピア自身、天文学者で数学者ですから、大きな数との格闘の苦労は知っていました。

そこで、この大きな数を小さくしてしまう、という方法を考案します。


これが、対数の発見でした。

先に書いたようにまだ小数点は発見されていませんから、対数は整数の比(分数)で表されます。


現在の対数とはずいぶん異なりますが、大きな数を小さくするだけでなく、掛け算を足し算に変えてしまう(計算棒と同じように!)という、魔法のような方法でした。




先に、天文学者のケプラーの話を出しました。

ケプラーの師匠はティコ・ブラーエという人で、彼は膨大な惑星の位置の観察記録を残しています。

ケプラーは、この記録を元に運動法則を解き明かしました。


ネイピアは、対数があれば天体観測が簡単になる、というアイディアを、ティコに対して披露しています。

これが 1594年の話で、その時にはすでに対数のアイディアを持っていたことになります。


しかし、対数を扱いやすくするためには、あらかじめ対数を計算した「対数表」が必要でした。

この表を作るのが難事業で、対数の発表は20年後、1614年となっています。一般には、この年が「対数が発見された年」とされています。



その後、イギリスの数学者、ヘンリー・ブリッグスがネイピアと共に対数の研究を行い、改良がおこなわれます。


ネイピアの対数は独特の式によって分数で計算されたもので、今の対数のような「底」の概念などはありませんでした。

そして、表は分数で表現されていました。


これを、10 を底とした「常用対数」に改めます。10進法を使っている場合、この方が使いやすいためです。

ところが、これでは表を分数で表現しにくくなり、対数表の記述が難しくなります。


そこで…ここで初めて「小数点」と言う概念が考案されます。

先に、当時は小数点の考案前、と書きましたが、小数点はネイピア晩年の考案なのです。



ブリッグスは、老いたネイピアに変わり、常用対数表を完成させます。

しかし、完成はネイピアの死後でした。




ネイピアの計算棒は、掛け算を足し算に変えるものでしたが、足し算の計算は人間が行う必要がありました。

後にシッカルトが、足し算部分を自動化する機械を考案しますが、これは現存していません。


難しい技術を単純化し、普遍化するという意味では、シッカルトはネイピアの意思を継いだのでしょう。

そして、「計算を自動化する機械」は、現在ではコンピューターとして我々の手元にあります。


これもまた、ネイピアがいなくては作り出されなかった機械かもしれません。



対数分野では、常用対数より後に、非常に扱いやすい「自然対数」が考案されます。

自然対数は、常用対数以前にネイピアが考えていたオリジナルの対数の概念をさらに推し進めたものでした。


この自然対数の底 e = 2.71828.... は、現在ではネイピア数と呼ばれています。



計算尺はネイピアが考案したものではありませんが、対数の性質を利用して、掛け算を簡易に行うための道具です。

ネイピアの死の直後、1620年には原型となる「対数尺」が発明され、1632年にその後普及する物と同じ「計算尺」が作られています。


歯車計算機が作られた後も、計算尺には利点も多かったために1970年代まで使い続けられていました。

電子計算機の普及まで、350年も使われ続けた「計算機」だと言っていいでしょう。



そして、分数に変わる「小さな数を表現する方法」として考案された小数点は、現代では我々は何も意識せずに使っています。

10進数の延長上にあるためわかりやすく、小学校入学前の子供でも理解できます。


これもまた、ネイピアの考案によるものなのです。




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