2014年09月の日記です

目次

01日 ピエール・ベジェの誕生日(1910)
04日 ジョン・マッカーシーの誕生日(1927)
06日 続・6502は遅かったのか?
07日 TenQ
10日 チャールズ・シモニーの誕生日(1946)
11日 山本卓眞さんの誕生日(1925)
12日 「テレビテニス」が出荷された日(1975)
13日 スーパーマリオブラザースの発売日(1985)
13日 プログラマーの日
14日 昨日書いた記事について
14日 追悼 ダグ・スミス
15日 エンジニアの日(インドの祝日)
18日 HARLIE とコンピューターウィルス
21日 HARLIE あらすじと解説(1/2)
21日 HARLIE あらすじと解説(2/2)
21日 HARLIE に興味がある人へ
22日 ベンジャミン・トロットの誕生日(1977)
27日 アラン・シュガートの誕生日(1930)


ピエール・ベジェの誕生日(1910)  2014-09-01 14:34:31  コンピュータ 今日は何の日

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今日はピエール・ベジェの誕生日。

命日の際にも書いていますが、非常に短いので再掲。




ベジェ曲線に名前を残す数学者です。もっとも、自由曲線は当時急に必要となったもので、多くの人が、同じような式を発見しています。


特に、ベジェとド・カステリョは全く同じ式にたどり着きました。先に発見したのはど・カステリョ。

しかし、どちらの式も当時は企業秘密。先に企業秘密が解除され、発表できたのはベジェでした。


このため、この式で描く曲線をベジェ曲線と呼びます。

ただし、アルゴリズムはド・カステリョのアルゴリズムと呼ばれます。


詳細は、ベジェ曲線から、NURBS曲面までの歴史を読んでみてね。



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ジョン・マッカーシーの誕生日(1927)  2014-09-04 10:07:33  コンピュータ 今日は何の日

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去年は翌日に書いたのだよね…

日付記録の意味もあり、今日が誕生日だと書いておきます。


ジョン・マッカーシーは人工知能の父と呼ばれる研究者で、Lisp 言語の設計者。


それよりも、MIT の学生ハッカーたちの守護者的な側面があり、プログラムの楽しさを普及させたことに功績があると思っています。


詳しくは去年の記事を読んでね。



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16年 google 創立日(1998)

16年 海辺散歩


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続・6502は遅かったのか?  2014-09-06 10:46:38  コンピュータ

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しばらく前にファミコンはMSXの半分のクロック周波数だったから MSX より遅かった、という話にたいして、そんなことは無いという記事を書きました。


元の話(ファミコンは遅かった)を書いていたページを改めて探したけど、見当たりません。

何かを調査している最中に、2~3か所見たので誤解が広まっているのだな、と思ったのだけど。


で、先の記事では比較できる命令単位で比べるとほぼ同等、と言うことを示し、実際の命令組み合わせ例でもそれほど変わらない、と示していました。




でも、組み合わせ例はあまり出来が良くなかった。

Z80 に詳しい方からも、6502 に詳しい方からも「もっと速くできる」と多数の指摘を頂きました。


これがあまりに面白かったので、調子に乗って「Z80 vs 6502」なんてページを作ってまとめてみました。


例題としては「1~100を足し合わせる」だったのですが、「その答えを知りたいなら n*(n+1)/2 の公式を使った方が速い」という意見も。


まぁ、確かにそうなのだけどそれはアルゴリズム改良であって、同じアルゴリズムで別 CPU の速度を比較する、と言う話ではなくなってしまいます。



でも、実際別アルゴリズムでの比較もやってみたい。ということで、掛け算を使った比較例もページを作りました。


作りましたっていうと偉そうだけど、僕がしたのは、教科書的なプログラムを示しただけ。

後は多くの方が「改良プログラム」を投稿してくれました。


多分こういうの来るだろうなぁ、と思っていて来るのは予想の範囲内。

でも、予想を超える方法で高速化したプログラムも数多く送られてきました。



実のところ、僕は 6502 でアセンブラを覚えましたが、当時はハンドアセンブルだったし、参考文献もそれほどなく今思えば無駄だらけのプログラムを組んでいただけ。

Z80 も少しはやりましたが、こちらもそれほど使い込んでいません。


ちゃんとアセンブラ使い始めたのは 68000 で、その後 V60 を仕事で使い込みました。

でも、仕事ではその後Cプログラムに移行していき、Cが生成した SH2 の機械語をデバッガで追う必要があったので SH2 を「読めるようにはなった」程度が最後。



だから、8bit では定番テクニックだった掛け算の高速化とか、それほど知りませんでした。

送られてきたプログラムの中には、おそらく定番の技法もあったのでしょうが、定番であっても僕にとっては「初めて見る」超絶技巧でした。




最初に書いた日記記事では、個別の命令比較では 6502 の方が速い、と言う結果でした。

でも、6502 は高速な CPU で、Z80 は高機能な CPU 。本当は単純な比較なんてできません。


命令単位で見ると 6502 の方が速そうに見えてしまうけど、Z80 の高機能を活かせば速度は同等になる、と示すのが当初の目的だったため、例題は Z80 が有利になるように意識して作られていました。



3番目の例題、ブロック転送がそのもっともたる例。


Z80 には「ブロック転送」と言う命令があり、メモリ内容を別のメモリに転送できました。

でも、6502 にはそんな命令は無く、メモリを読み出して、書き込んでを繰り返す必要があります。

6502 には絶対勝てない題材…なのですが、予想に反し 6502 は健闘。遅いとはいっても、ほぼ互角と言える速度でした。



とはいえ、最初の3題はいずれも MSX の勝ちで、これだと「MSX は速かった」という誤解をさらに広めてしまう不本意な結果になりかねません。


そこで、ファミコンが有利な例題を考えようとしました。


Z80 はメモリアクセスが苦手です。先に書いたブロック転送のように「連続メモリ」ならともかく、ランダムアクセスは本当に苦手。


それに対し、6502 はランダムアクセスはお手の物です。特に、256byte 以内のランダムアクセスは超高速。

ただ、それだけだとつまらないので、6502 にも不利な点を作るために 256byte を越える VRAM アクセスを想定した例題を作りました。



この改良は面白かった。Z80 では、スタックポインタを一時的に書き変えて高速にメモリアクセスする、なんていう手法まで飛び出しました。


でも、予想通りファミコンの勝ち。


さらに、この例題を考案中に「Z80 は条件ジャンプが遅い」という発言を見たため、条件をあらかじめ限定しにくい「ユーザー操作」を想定した、条件判断だらけの例題を出してみました。


パッド入力ユーザー操作コマンド入力の、連続した3題だったのですが…


これ、元は1つの例題として考案していたのを、プログラムしてみたら長すぎたので3分割したものです。

いたるところメモリアクセスと条件判断だらけで、Z80 が苦手そうなプログラム。



「1/60 秒に1回のユーザー操作の高速化にどれほどの意味があるのか」と言う批判もありました。

でも、例題としてはパッド入力としましたが、実際にゲームを作るときにはメモリアクセスだらけなのも、条件判断だらけなのも当然です。


そういう部分での性能を見るのが目的で、それを端的に示したのがユーザー操作だった、とお考えください。

決して 1/60 秒に「1回だけ」の処理を想定しているわけではないのです。



これは、想像以上に Z80 不利でした。苦手だろうとは思っていたけど、こんなに速度差が出るとは思ってなかった。




いつまでも続けられない(仕事時間も削られてしまうし、他に書きたい記事もあるし)ので、最後の締めくくりは伝統ある(?)例題にしようと思いました。


バイナリ数値を10進数にして表示する問題。


実はこれは、世界最初のハッカーたちが競い合ったプログラム例の一つです。

その時は「小さなコードを作る」勝負だったのですが、速度勝負でも面白いかと思いました。


教科書的には、10 で割って余りをスタックに入れ、最後にスタックから取り出して頭から並べます。

…割り算命令を持たない 8bit CPU で教科書的な方法は重いだろう、と思いましたが、掛け算もやったのですから、まずは割り算を例題としてみました。



掛け算は Z80 が速かったし、割り算もそうだろう…と思っていたら、予想外なことにファミコンの勝ち。

もっとも、現時点ではファミコンの方が速いアルゴリズムを使用していて、Z80 には移植されていません。


これで「割り算のベースはある」前提で、教科書的な10進変換ルーチンが作れます。



ネットで10進数値を作る話を調べると、「割り算よりも掛け算が速いので、逆数を掛ける」と言うテクニックもあります。


…8bit では掛け算も遅いし、掛け算ルーチン 16bit のしかないから十分精度のある逆数を作れ無さそう。

でも、例題の規定に「掛け算を使ってもよい」とあるのは、これを想定したもの。


で、割り算使ったらやっぱ遅い。


Z80 では、1bit づつあらかじめ BCD 化したテーブルを引いて足し合わせる、という処理も送られてきました。

でも、最終的に一番速かったのは「桁ごとに単純に引き算を繰り返す」プログラム。


実は、この例題では変換すべきデータを「8086」にしたのですが…


このデータ、「16bit なので最大5桁だけど、4桁なので左詰め処理が必要」で、「8 とか 6 が多いので、単純引き算ではループ回数が多くなり、時間がかかる」と言う想定で用意したものです。


それでも、やっぱ単純な引き算が速かった。


この勝負は、現在のところ MSX とファミコンが、全く同じ速度…1クロックの違いもない、という最後を締めくくるのにふさわしい名勝負となっています。




以上、まだ改良は続きそうですが、一区切りついたかな、と思うところで一旦まとめました。


お力を貸してくださった方、ありがとうございます。


そして、途中から私生活の方が忙しくなってしまい、投稿されても更新が遅れたり、プログラムの理解が低くて間違ったことを書いてしまったりしたことをお詫びいたします。

(怒らず訂正個所を教えてくださった方も多数。これにも感謝しています)




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15年 X68k 復活


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TenQ  2014-09-07 12:15:48  社会科見学 家族 天文

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少し日が開いてしまったのだけど、8/30 に TenQ を見てきました。

せっかくなのでレポートを。


TenQ 、東京ドームシティ内に出来た、新しい施設です。

プラネタリウムでも科学館でもなく、宇宙を新しい切り口で見せてくれる、という話題の施設だったのですが…




最初に断わっておきますが、辛口評価です。

以前に、メガスターで有名な大平さんの作ったイベントでも、かなり辛口の評価を出しています。あれ、人気あるんですけどね。


説明しておけば、僕も妻も天文は結構好きなのですが、「科学」視点で見ています。


星が好きな人には、星を見ると言う行為(夜通し起きていたり、真っ暗な中で孤独を味わったり)自体が好きとか、星座の歴史的背景(メソポタミヤ文明やギリシア神話など)が好きな人もいますが、全然視点が違うことを断って置きます。


僕が辛口の評価だから出来が悪い、と言うわけではない、と言う意味です。




さて、TenQ 。


まず、入り口でシステムに疑問を持ちます。

込み合っている中で映像を楽しんでもらうため、一定時間ごとにまとまった人数を入場させる方式なので、最初に整理券をもらう必要があります。


この整理券をもらうためには、入場資格を持つことを示す必要があります。

基本的に入場人数を制限しているので、あらかじめ予約を入れ、料金を前払いしている「証明」をするのね。


整理券をもらった時点で、入場資格を持っていることは確定しています。



中に入ると、待合スペースがあります。ミュージアムショップも併設しているので、先にお土産物を選んだりしといてもいいでしょう。

そして、時間が来ると整理番号に書かれた数字で呼び出しがかかるので、整理券を見せて入り口前に並びます。


先に書いた通り、整理券を持っている人は「入場資格」を持っていることが確認されているはずです。


でも、入場時刻になったら、一人づつ、入場チケットに印刷されている QR コードを入場ゲートに読み込ませないと入れないのです。


このゲートが1台しかない上に QR コードの認識効率が悪く、子供(5歳児から)も必ず「一人一枚」読み込ませながら入らないといけないので、妙に手間取ります。


一人入るのに 5 秒程度かかると思ってください。ただ入れるだけなら、一人1秒もかからないはずなのに。


この先は映像を見せるスペースがあるのですが、「見せる準備」が整ってから入場が開始され、全員が入場できるまでに5分程度かかります。

この間、お客さん全員が「待たされる」のです。



このシステム、絶対に考えた人は頭が悪い。

この時点で、展示内容も頭が悪いのではないか、と言う危惧が頭をよぎります。




入り口入ると、どうやら「ビッグバン以前の虚空」を表現したらしい長い通路があります。

…単に通路です。まぁ、これは変に突っ込む必要もないからいいや。


その後、プロジェクションマッピングで展示のオープニングを飾る映像体験が…


…プロジェクションマッピングすることに意味が感じられません。

むしろ、ただの映像にした方がよかったのでは?



プロジェクションマッピングは、映写機(プロジェクター)で、スクリーンではなく建造物等に映像を投影する技術です。

スクリーンのような平面ではなく、凹凸のある建造物に映像を投影すると、映像がゆがんでしまいます。


しかし、あらかじめ凹凸を測定し、コンピューターで計算して、歪みを最初から考慮した「変換映像」(日本語で写像、英語ではマッピング)を作ったとしましょう。


すると、凹凸のある建造物をスクリーンとしても、画像はゆがまずに正しく表現されます。

これが「プロジェクションマッピング」です。


この際、映像は「建造物の窓などの凹凸を活かした」ものにするのが普通。窓には、はっきりと「窓」だとわかる映像をあえて投影します。

しかし、長い映像表現の中で、時々その枠組みを超えて見せる。たとえば、開くはずの無い窓でも、両開きに開く映像を投影してみる。


…すると、人間の脳は、動くはずのない建造物が動いているかのように錯覚を起こすことがあります。

この錯覚(眩暈)体験が、プロジェクションマッピングの醍醐味。



でもね、TenQ は屋内施設で、壁はもともと平面。

ここに、「プロジェクションマッピングをしたいから」わざわざ凹凸を付けています。


プロジェクションマッピングが「必要だった」から使ったのではなく、プロジェクションマッピングしたいという要求が先にあって、そのために凸凹を付けているのです。


何かが表現したかったのではなく、まず技術ありき。



まぁ、百歩譲ってそこまでは良しとしましょう。


この際、観客は正面、または下から映像を見上げる形になるのに、映写機は天井から下向きに投射する形になっています。

そのため、凹凸の下には「影」ができ、映像に隙間があいてしまうのです。


建造物へのプロジェクションマッピングであれば、相手が巨大すぎて映写機も下から投射します。

このため、映像に隙間は出来ず、先に書いたような「動かないものが動きだす」感覚を得られるのですが、TenQ では映像に影ができるせいですべてがぶち壊し。


つまり、技術ありきなのに、その技術の使い方を間違っている。余りにもお粗末な失敗です。



映像の内容自体は…一応、科学の歴史を非常に短い映像体験としてまとめたものでした。

でも、科学史を理解していないと良くわからないと思います。説明するのではなく「体験」してもらいたいのだろうけど、単に説明不足で意味不明な映像になっている。




次。

最大の売りである、4k x 4k のスクリーンによる、見おろし型の映像体験。


これがまた、がっかりする内容。

紹介される静止画写真などでは地球の映像が映っているものが多いため、見おろし型と相まって、「宇宙ステーションに滞在する気分で地球のいろいろな姿でも見せてくれるかな」と思っていたのですが…



最初はちょっと面白いです。

月面についた、アームストロング船長の足跡から始まり、だんだんズームアウトしていく。

どんどん、どんどんカメラが引くと、月の全体が現れる。


この時点で「Powers of Ten をやりたいのかな?」と思ったら…さにあらず。

宇宙の虚空を感じさせることなく、縮尺が完全に狂った形で月のすぐそばに地球が現れます。


その後は地球上の美しい光景とかを見せてくれるのだけど、実は 4k x 4k スクリーンは、数台のプロジェクターの映像をつないで作っています。


そして、その…つなぎ目が、明らかにおかしいのが見ていて気になるんですね。

星が現れれば、つなぎ目で2重に見えるのがわかる。映像がパンすれば、つなぎ目あたりで「うねる」のがわかる。


余りに気になるのでそのあたりを見ないように、広い画面の「ほんの一部だけ」を集中してみるようにしていれば良いのですが、映像は大画面を活かして、全体を見ないと面白くないような作りになっている。


さらに、これだけ大画面の映像なのに、MPEG か何かで圧縮しているようで、圧縮ノイズが出ます。

動きがダイナミックなところでは、背景の星などの「動き」データが圧縮時に省略されるようで、動きがガクガクになり、破綻します。


一例をあげると、太陽を回り込みながらプロミネンスを見せる CG 映像があります。

そこでは「動くプロミネンスのそばに背景の星が流れる」ようになっているのですが、視線が集まるプロミネンスの背景で、ガクガクと星が動いてしまうのです。


今 CG 映像と書きましたが、CG 多用されています。綺麗ではありますが、実際の映像の迫力、と言うのはない、作りものです。

そして、この CG が科学的におかしい…


惑星を次々と旅行するような映像で、「小惑星」といって、岩の塊が数個固まっているのが写るだけ、とか。

小惑星は「小惑星帯」なのだから、広がりを表現しないとおかしいだろう。




さて、実はツッコミどころが多すぎて困ってしまうのは、基本的にここまで。

プロジェクションマッピングと 4k 映像を最大の売りとしているのですが、その売りがダメなだけで、後はなかなか素晴らしい施設でした。


このあと、研究エリアに入ります。

学者が常駐している研究所をエリア内に設け、研究している姿を見せている…というのは、ほとんど意味を感じられない展示ではあるのですが、面白い試みです。


その研究所はエリアのほんの一部で、周囲には太陽系の惑星探査の成果がパネル・模型・映像で展示されています。


南極で発見された火星由来隕石のかけらを、触ってよい状態で展示していたり、NASA が送ってきた最新の火星映像(といっても、NASA が「公開してよい」と判断したものなので、2週間程度は前の物)を見せてくれたり。

科学館として、なかなか悪くない展示内容です。


ただし、ここの内容は急に高度になりすぎているのに、説明が不十分。

十分な知識を持っていない人には「なんだかよくわからない」ようでしたし、十分な知識を持っていても、展示意図が意味不明なものもありました。

(さんざん考えて、多分こういうことが伝えたいのだ、と類推することは出来ましたが、知識がないと絶対に伝わらない)




次。

子供も喜ぶ体験学習エリア。


タッチパネルで動かせる「ボール型ロボット」を操作して、時間内にゴールに入る、という面白そうなゲームが置いてありました。

このボール型ロボット自体も、惑星探査などを想定して作られた物みたい。


これは面白そう、是非やろう…と、行列を並んでやりましたが、出来が悪くてゲームの体をなしていませんでした。


「操作する」のだけど、「操作できない」のね。


ボールを前後左右に動かす、という指令をタッチパネルで送れるのだけど、ボールのどちらが「前」に当たるのかが、ボールが移動する際にランダムに変わりやすいのでした。

特に、ボールがどこかにぶつかると変わりやすい。補正の仕組みがあるのだけど、補正の仕組みは広いところでない使えないようになっている。


障害物のある細い橋を渡って通る、と言うゲーム内容なのだけど、橋の入り口に来るまでに壁が多数あり、ぶつかってしまう。

そして、どちらが前かわからない状態で橋を渡らないといけない。

「前」を補正したければ、広いところでないとできないので、一度橋から落ちなくてはならない。


…というムリゲーでした。


もしかしたら、タッチパネルだから操作性が悪い、と言うのもあったかも。

アナログジョイスティック使えたらもうちょっと簡単なゲームになった気もします。



それ以外は、体験学習エリアは基本的によく出来ていたかな。


「太陽系テーブル」という、知識を持った人には面白いのだけど、そうでない人にはなんだかわからない考えオチにちかい展示があって、それはなかなか楽しめました。


あと、宇宙に興味を持ってもらおうと「宇宙の不思議な話」などを文字で書いてあるコーナーがあるのだけど、内容はムーです。


アステカ文明に宇宙飛行士のレリーフがあるとか、江戸時代の宇宙人との遭遇記とされる「うつろ船」の話とか…

すでに否定されているムー的話題をそのまま紹介しているのってどうなの?




他には、宇宙関係の人の「偉人の名言」を映像作品にしたスペースとかありました。

わかる人には結構泣ける言葉もあるのだけど、名言って文脈から切り離すと意味を失うから。


(まぁ、ここでは「宇宙」という大文脈がったから、それほど切り離されてなかったけど)


ロシア語を習ったことのある妻によれば「ヤーチャイカ」がロシア語でそのまま表示されていたのが素晴らしかった、とのこと。


(ロシア人で、初の女性宇宙飛行士テレシコワの言葉。意味は「私はカモメ」。

 自分が空から地球を見下ろしていることを詩的に表現した言葉として話題を呼んだが、「カモメ」は単に彼女の通信用コードネーム)




…と、これが TenQ の大まかな内容。


最初に書いた通り、僕は「科学」視点で見ているので、CG で合成された映像で迫力だけを出そうとするような部分には非常に批判的。


でも、そういう部分ですら、見もしないで批判することは無いよ、と付け加えておきます。

4k x 4k ディスプレイは、先に書いた通りつなぎ目の処理が悪いけど、それでも一見の価値はある映像を見せてくれます。


ただ、映像が素晴らしいものだったからこそ、科学的な部分が甘いのが残念でならないだけ。


お金を払う価値はちゃんとあるよ、と言うのを最後のまとめにしておきます


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チャールズ・シモニーの誕生日(1946)  2014-09-10 16:15:45  コンピュータ 今日は何の日

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今日はチャールズ・シモニーの誕生日(1946)。


横井軍平さんの誕生日でもあるけど、それは去年の日記を見てね。




チャールズ・シモニーは Alto の上で、世界初の WYSIWYG ワープロ「Bravo」を実現します(1974)。

僕は Bravoは Smalltalk 上で作られたのかと思っていたのだけど、これは勘違いの模様。


その後、メタプログラミングの概念を提唱(1977)。

ただ、ここでいうメタプログラミングってどのレベルを言うのか、僕の調査不足で不明。


メタプログラムと言うのは「プログラムを生成するプログラム」のことです。

ちょっとした曲芸のように思われてしまうこともあるのだけど、非常に厳密さが要求されるのに、非常に長大になってしまうことがわかっているようなプログラムを、別のプログラムによって自動生成したりするのに使われます。



たとえば、yacc というソフトでは、コンパイラの文法を定義すると、その文法を解析できるC言語のソースを生成します。

実は、文法解析プログラムって、作るのすごく大変なのね。大変と言うのは、難しいというのではなくて、厳密で長大なのでひたすら面倒くさい。

それを自動生成してくれるのです。


これは、ある意味「プログラムを生成するプログラム」です。


ただ、それをメタプログラミングと呼ぶかというと…微妙。

C言語のソースは、Cコンパイラにより、アセンブラのソースを生成します。

(今では直接機械語を生成するのが普通ですが、昔はそうでした)


でも、これをメタプログラミングとは言わない。これは単にコンパイラ。


yacc もメタプログラムとは呼ばれず、Yet Another Compiler Compiler (別のコンパイラを作るコンパイラ)の略です。




メタプログラミングとは、通常は「同じ言語で」作られることに意味があります。


Lisp で Lisp のプログラムを生成し、そのまま実行するとか、Javascript で Javascript のプログラムを生成して、そのまま eval するとか。

…Javascript を圧縮してくれる Packer とか、メタプログラミングになるのかしら?


まぁ、最近ではここら辺は曲芸みたいなものになっているのですが、境界は非常に曖昧なものです。


大切なのは、プログラムでプログラムを生成することによりメリットを得られるのであれば、何も躊躇することは無い、ということ。

プログラムを作るのは人間の知的活動のなせる業だ、と言われていたときにこれを提唱したのは評価に値するでしょう。


ちなみに、曲芸的には僕も「メールアドレスを SPAM ボットに発見されないように Javascript で暗号化したプログラムを生成する Javascript」を作って公開していますので、興味ある人は見てやってください




で、チャールズシモニーの一番の功績だと僕が思っているのは、ハンガリアン記法です。


彼はマイクロソフトに入社し、Excel や Word の開発に関与しています。


多人数でプログラムを行う際の問題を解決する方法として彼が考案した変数表記方法が、今では「ハンガリアン記法」と呼ばれています。

もちろん、彼がハンガリー人であったためこの名前が付けられたのです。


ただ、彼の考案した記法はどうも正しく理解されず「システムハンガリアン」と「アプリケーションンハンガリアン」に分断してしまいました。

彼が考えたのはアプリケーションハンガリアンなのだけど、現在普及しているのはシステムハンガリアンの方。


そして、システムハンガリアンは「全く無意味」です。

アプリケーションハンガリアンのメリットを誤解してシステムハンガリアンが広まり、この記法が全く無意味だと多くの人が感じた時点で、アプリケーションハンガリアンの存在には気づかず誤解されたままこの表記法は消えゆこうとしています。



システムハンガリアンと言うのは、変数名に、その変数の「型」を一緒に入れておこう、と言うもの。

Integer (整数)型であれば、i から始まる名前に、Float (浮動小数点)型であれば、f から始まる名前に…など、名前の付け方を統一します。


これ、全く無意味なだけでなく、弊害の方が大きいです。

後で必要があって変数の型を変えることになったら、変数を使っているところを全部探し出して書き変えないといけない。


それで何かメリットが得られるかと言えば、何も得られない。

変数の型はコンパイラが把握しているから、Integer 型の変数に Float の値を入れようとしたら、警告を出してくれます。

間違えてもコンパイラが警告してくれるのに、わざわざ変数名を工夫して「人間が注意できるように」する必要が無い。



正しい使われ方であるアプリケーションハンガリアンは、「コンパイラが警告を出さない」変数の意味について、名前の付け方を統一します。


たとえば、ドルと円の両方のお金を扱わないといけないプログラムがあった時、ドル関連の変数はすべて d を頭につけ、円関係の変数は全て頭に y を付けることにします。

これで、d と y を混ぜて使おうとしていたら、何かおかしいとプログラマ自身が気づくことになる。


ゲーム作っていて、敵に関する変数は en で、自分に関する変数は my ではじめるとか、そういうのも「アプリケーションハンガリアン」に当たります。


…ハンガリアン記法、と言われなくても、なんとなく心がけているプログラマは多そうですけどね。

ただ、大人数で開発するときはあらかじめルールを決めよう、と言うのは必要なことで、これを明言した功績は大きいです。




彼はこの手法をさらに推し進め、「インテンショナルプログラミング」と言う言語環境も考案したそうです。


僕、よく理解していません。間違っていたら申し訳ないのですが、プログラムを作成するエディタに、アウトラインプロセッサ的なレベル概念を導入しつつ、ユーザーインターフェイスと内部処理を分離しながら緩く結合する、というもののよう。



…はい、何言っているのかわかりませんね。

ちゃんと解説しましょう。


まず、プログラムと言うのは、当然のことですが「全体としてやりたいこと」があるから作るのです。

でも、コンピューターは馬鹿だから、1から10まですべて教えないといけない。10が目的だとすれば、1を大量に積み上げて「10」を表現する必要があります。


でも、この作業が膨大なのですね。プログラム中のいたるところで、ちまちまとして意味の解らない作業が、膨大に発生している。


じゃぁ、そのちまちました作業に「入力がある間全部処理する」とか、「1~10まで足す」とか、「ユーザーの指示を待つ」とか、わかりやすい名前を付けて、見えなくしちゃおうよ…というのがアイディアの一つ目。


これで、細かすぎる部分が見えなくなると、全体の処理の流れが見えやすくなります。


アウトラインプロセッサと言うのはワープロの一種なのですが、章の見出しだけを表示して全体の流れを見やすくしたりしながら推敲をするためのツールです。

そういう機能をプログラム環境にも取り入れよう、というのが、アイディアの一つ目。



もう一つ、インターフェイスビルダーと言うのは、NeXT が備えていたプログラム環境ですね。

画面表示と、プログラムの内部処理を完全に分離しておき、後から画面表示だけを組み替えたりできるようになっています。


Windows では、基本的に画面表示はプログラムの一部として実装されていました。

これでは、作った後に「使いにくかった」と思っても、プログラムを作り直さないと画面表示を変えられません。


(もちろん、画面部品をデータとして持っておき、組み替えられるようにプログラムしておくことはできます。

 ただ、そういうプログラムを作るのは手間がかかります。その手間を最初から肩代わりしてくれるのが、インターフェイスビルダーでした)


これにより、プログラマーは「やりたいこと」だけに集中してプログラムが組める、と言う環境が作られます。




ただ、これは「大いなる野望」ではありましたが、いろいろとややこしいことになり、開発は頓挫したようです。


まぁ、それも判ります。

実のところ、細かな部分にわかりやすい名前を付けて見えなくする…というのは、関数化などで普通のプログラマーなら当たり前にやっていることです。

これをもっと使いやすいように支援しようとしても、煩雑な処理が増えるだけのように見えます。


恐らくは、彼の本当の目的は「意味を名前付ける」ことを繰り返させることで、全体の動作を「知らず知らずにドキュメント化」して、「保守を容易にする」ことだったのだと思います。



先に書いたハンガリアン表記も、保守を容易にする目的でした。


そして、おそらくはメタプログラミングも。

(小さなプログラムによって全体を自動構成すれば、変更が生じた際も小さなプログラムを修正するだけで済みます)


彼の興味は、プログラムを保守しやすくする環境作りにあるのでしょう。


しかし…残念ながら、多くのプログラマーはプログラムが「動く」と満足してしまい、その後の保守のために余計な労力を使おうとはしないのです。

これが、彼の考案したものが、勘違いされたり頓挫したりしながら普及しない原因かと思います。


でも、保守が大切である、と、あるレベル以上のプログラマであれば痛感しているはず。

彼の研究が多くのプログラマーに理解される日があらんことを。



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山本卓眞さんの誕生日(1925)  2014-09-11 11:51:05  コンピュータ 歯車 今日は何の日

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今日は山本卓眞さんの誕生日(1925)


元富士通の会長さんです。2012年に亡くなっています


でも、富士通と言う大きなコンピューター会社の会長さんだったから…と言うような甘い理由で紹介したりしません。

元々たたき上げの技術者で、日本のコンピューター黎明期に、独自のコンピューターを設計したチーム(たった3名!)の一人でした。



話は 1950年にさかのぼります。


日本は第2次世界大戦中、1945年に原爆を落とされて無条件降伏を行っています。

この後、戦後は混乱と貧困の時代でした。


しかし、1950年に、朝鮮戦争が起こります。

北朝鮮にはソ連が、韓国にはアメリカが支援を行い、この際アメリカは日本を基地として使用しました。


これにより特需が起こり、日本経済は一気に回復へと向かいます。

この際、株式市場では計算が間に合わなくなり、パンチカード会計機の導入が検討されます。



この際に、富士通にパンチカード会計機を作ってみないかという誘いが来ます。

当時の富士通は電話交換機を作るメーカーでしたが、電話交換機で使われるリレー回路で計算が行えることは、多くの技術者が知っていました。

富士通も、小規模な計算機を作成して多少のノウハウは持っていました。



富士通には池田敏雄という「天才」技術者がいました。

彼は以前からコンピューターに興味を持っており、独学でアメリカから取り寄せたENIACの回路図を元に、小さな回路を動作させたりしていました。


彼を設計の中心として、交換機の設計などを行っていた山口詔規さんと山本さんが補佐として付けられました。

この3人で設計を行うことになります。



池田さんについては、いつかまた書きたいと思うのですが、いろいろ逸話の多い人です。

とにかく、日本のコンピューター黎明期を一人で支えた大天才。


山本さんは池田さんが思い付きのままにどんどん作り出す回路…基本回路だけで5000種類以上一人で短期間に書きあげたそうですが、これらをまとめ上げていく作業を行っていたのだとか。


ただ、池田さんは締め切りのことなど気にせず、面白そうなアイディアをどんどん形にしていくため、最終的にこの計算機は納期に間に合わず不採用。

(厳密に言えば、納期の時点で動作する形にはなったが、信頼性が十分でなかった)



しかし、これにより富士通のコンピューターの「基礎」が出来上がり、続けて富士通初のリレー式計算機となる FACOM の設計に入ります。

この際も、山本さんは中心メンバーの一人を務めています。


FACOM は、最初はリレー式計算機として、後にはパラメトロン(これもいつか詳細を書きたい電子部品)、そしてトランジスタ式のコンピューターへと発展していきます。



池田さんは後にくも膜下出血で急死します。




ここに書いてある内容の多くが「池田敏雄」の物語であることがわかるように、富士通の(そして日本の)コンピューター黎明期を牽引したのは、池田さんでした。

山本卓眞氏は「チームの一員として手伝った」のにすぎません。


しかし、山本さんは富士通の要職についてから、最も近くで見てきた者として、「天才池田敏雄」の存在を伝える語り部のような役割を自ら担って来ました。

山本さんがいなければ、池田さんの物語を詳細に知ることもなかったという点で、山本さんもまた重要人物だと思うのです。



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「テレビテニス」が出荷された日(1975)  2014-09-12 17:38:32  コンピュータ 今日は何の日

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今日は「テレビテニス」が出荷された日(1975)。



家庭用のテレビゲーム機です。

日本で初めて発売されたテレビゲーム、と言うことになっています。19,500円。


この頃って、発売日は今ほど厳密に決めてないのですよね。

だから、「工場から出荷された日」しかわからないようです。



業務用で最初のテレビゲームとされる PONG がアメリカで発売されたのが 1972年。


すぐに日本にも輸入されたようですが、これはアメリカで作られて、輸入販売。

純粋に「国内で発売」と言う意味では、テレビテニスが最初なのでしょう。


発売はエポック社(のちにカセットビジョンを作ります)ですが、マグナボックスとの提携のもと作られたそうですが、たぶん特許を許諾してもらった程度ではないかとのこと。


マグナボックスは、PONG よりも前に家庭用テレビゲーム機 ODYSSEY を発売した会社。

実は、PONG は ODYSSEY で複数遊べたゲームの一つ、「テニス」を元にして作られたゲームです。




僕、テレビテニス見たことないです。

この時代の2万円って、かなり高価。一般家庭に浸透、と言うほどには売れてないんじゃないかな。


なので、あまり語れる内容はないのです。


ゲーム内容については、ネットでの情報を調べ、総合的に考えるとどうやら ODYSSEY のテニスとは違う模様。

ここら辺が、「特許許諾程度」とされる根拠なのかな。


多分、PONG のヒット後ですから、ゲーム的に参考にしたのは PONG なのでしょうね。


PONG のテニスは、ダイヤルひとつで操作しました。

パドルを上下に動かします。


ODYSSEY はダイヤルが2つです。

1つはパドル上下、もう一つは、ボールをカーブさせるのに使います。

ボールにスピンを加えられる、本格的な「テニス」なのですね。

(その代りというか、ボールの基本的な動きは常に 45度です)


テレビテニスは、ダイヤル2つで、上下左右にパドルを動かせるのだそうです。


PONG は得点を機械が把握し、画面上に数値で表示してくれました。

ODYSSEY は、テニスに限らず「場を提供する」だけなので、勝敗を決めるのは人間の責任。

テレビテニスは、得点を記録するためのダイヤルが本体についています。でも、これを回すのは人間の責任。




テレビテニスには、左右に2個づつのダイヤルとは別に、さらに左右それぞれの上に1つづつ、計2つのダイヤルがあります


これ、別の画像で調べたところだと、右側は slow - fast と書いてある。

恐らく、ゲームの速度調整が出来たのではないかな。


そして、左側は 25 - 30 と書いてある。


これは何だろう? リフレッシュレートでも変えられたのかな?


子供の頃我が家にあった当時のゲーム機(テレビテニスの2年後発売の、TV FUN 801)には、カラー調整ダイヤルがありました。

同じような機構が付いている可能性もあります。


ここら辺、当時使っていたり、興味があって入手した人がいたら、教えてください。お願いします。


#教えてもらってどうなるものでもないけど、日本初のテレビゲーム機と言うのは興味を持つ人が多いでしょうから、情報があれば追記させてもらいます。




2014.9.20追記


さて、待望の情報を頂きましたので追記します。


まず、25 - 30 は、表示させるチャンネルの選択でした。

テレビテニスは、電波でテレビに画像を飛ばします。ここに、Uチャンネルを使っているのですね。


Uチャンネルもすでに死語だな。

アナログ放送の時代は、電波帯域として、VHF と UHF が使用されていました。

このうち、1~12チャンネルには VHF が使用され、13~62 チャンネルには UHF が使用されていました。


当時は、1~12 と「U」と書いた13チャンネルのダイヤルがあり、それぞれのチャンネルごとにチューニングを行えるのが普通でした。


ですから、25 - 30 と書いてあっても、6段階の切り替え式ではなく無段階だったのでしょう。

そして、U の方でもチューニングをして画像を出すのです。


余談ですが、現在のデジタル放送では、すべて UHF で放送しています。

そのため、チャンネルは 13~62を使用していますが、リモコンの番号は 1~12 を使うことで、ユーザーが従来と同じ感覚で使用できるようにしています。



情報もう一つ。YouTube にテレビテニスの動画がありました。



動きが…独特です。PONG ではなく、ODYSSEY に近い部分もある。

「特許許諾程度」だろうという推察を見ていたのですが、もしかしたらもう少し手を貸しているかも…


ODYSSEY のテニスは、打ち返した瞬間少しボールが速く動き、遠くに行くと遅くなります。

本物のテニスボールっぽい動きにしているのです。


また、ODYSSEY のテニスは、打ち返した後、ボールの飛び方をコントロールできます。

変化球を出せるのです。



テレビテニスの動画を見ると、打ち返した直後は動きが速く、ボールが「曲がる」場合があります。


…この「曲がる」の条件はよくわかりません。右プレイヤーのパドルの動きと連動するようにも見えます。


右プレイヤーは CPU に設定しているようなので、左プレイヤーがうまく使いこなせていないだけかも。

…対戦だけでなく CPU 設定も出来る、というのがまた驚きの発見です。


一方で、ODYSSEY ではボールの動きは 45度単位でしたが、テレビテニスでは PONG のように微妙な角度に飛んでいきます。


ODYSSEY とも PONG とも違う、中間的な感じです。



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スーパーマリオブラザースの発売日(1985)  2014-09-13 12:01:02  コンピュータ 今日は何の日

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今日はスーパーマリオブラザースの発売日(1985)


「今日は何の日」を書いていて、単にファミコンゲームが発売された日を書くことはしない、と言うルールを自分に課しているのだけど、これは別格です。

単にファミコンゲームと言うのではなく、世界で一番売れたゲームとして長年君臨していたし、その後のテレビゲームのあり方を大きく変えたゲームですから。




もっとも、スーパーマリオに対する僕の思いは、宮本さんの誕生日の時にすでに書いています。


ただ…この時に現在は削除されている Blog 記事を参照したのね。

(Wayback Machine で保存されているので読むことはできる)


そして、この記事に対しては内容がおかしい、と言う批判があることを後で知りました。

批判した人は、ちょっとゲーム界では名が知れた人なので、Blog 記事を書いた人は、この批判で記事を消してしまったようです。


概要だけ書くと、僕が参照した Blog 記事は、「宮本さんはスーパーマリオを作る際に、パックランドを研究して、より面白くするアイディアを加えて作った」というものでした。



批判している人は、パックランド発表からスーパーマリオ発売までの期間は短すぎて、どう考えてもあり得ない、と論を展開していました。


スーパーマリオ発売は 1985年の今日、9月13日なのだけど、製作期間に1年以上は取らないといけないはずだ、というのが反論の趣旨。

ある程度形になってから本格的に始動したとしても、本格始動が1984年の7月でないとおかしい、しかしパックランドは1984年8月発売だ、と言うのが大きな根拠となっていました。


この日程の推測は、ちゃんと根拠を示し、細かな数字を積み上げて「かなりのデスマーチ進行」でもこれだけの日程が必要であることが示してあります。

実際にゲーム作成の経験者として有名な方の解説ですから、それなりに信憑性がありました。




ただ、僕から見ると批判している人の根拠もおかしなものでした。

批判した方はゲーム作成経験があるとは言っても、コンシューマー(家庭用)です。


僕は業務用ゲームを作っていた経験がありますが、コンシューマーと作り方が全然違います。

コンシューマーでは1年程度かけるのが当然だった時代もある(今ではもっとかけるのも普通)のですが、業務用はもっと短期のスパンで作られるのが普通です。


今は僕は現役でないのでわからないのだけど、10年前なら半年程度が普通。余程の大作でも1年と言うのは少なかったように思います。

小粒なゲームなら3か月で作ることもあったし、僕が携わったものでの最短は1か月でした。


#いい加減なゲームじゃなくて、それなりの評価を貰ったゲームです。まぁ、小粒感は拭えないけど。


で、スーパーマリオの頃はまだ「コンシューマー」の歴史は浅くて、家庭用でも業務用と同じノリで作られていました。

ゼルダの伝説以前のファミコンゲームって、ゲームセンターの移植がすごく多かったし、オリジナル作品でもどことなくゲームセンターのノリが残っていました。


1980年代前半なら、業務用でも開発期間は3か月程度が普通でした。

スーパーマリオの頃は少し伸びていたと思うのだけど、それでも6か月程度だったのではないかな。

そして、これは「業務用」だけでなく、ファミコンのゲームでも当てはまる開発期間だったように思います。


というわけで、スーパーマリオがパックランドの研究の元で作られた、と言うのはあり得るんじゃないかな、と言うのが僕の立場。




どちらが正しいかはわからないが、自分も知らずに参照して記事を書いた以上、裏付けを取る責任があるだろうな、と思っていました。


そこで、論争の元となったページ…今では削除されましたが、保存されている…の最後に「参考文献」として示されていた本を古本で見つけ、購入してみました。

その本は本文中でも引用しているので、それなりの根拠があるのだろう…と期待して。



でも、全然違う内容の本でした。

この本自体は、非常に良い資料となります。任天堂のゲーム作りを「ビジネスとして」の視点でとらえ、多くのインタビューによって浮き彫りにした良書。


だけどそこにあるのは会社としての任天堂の姿であり、スーパーマリオの開発話なんて一切入っていませんでした。


どうやら、論争の元となった部分は Blog 作者の勝手な推測記事。

わざわざ関係ない本でも「参考文献」として示すのだから、開発話の部分で参考にしたものがあれば書くでしょう。それが無いのだから、勝手な推測と断じても仕方がないレベル。


ただ、それじゃぁ Blog に書いてあったことが全く嘘なのかと言えば、ある程度の妥当性があったように思います。

推測なら推測だと明記すれば、後から読んだ人の参考に十分なる程度には良い考察をしていました。


それが消されてしまい、人の目に触れなくなったというのはある種の損失だと思います。

「自分の経験」だけで、日程的にあり得ない、完全に嘘だ、と断罪した批判者の罪でもあるでしょう。




ちなみに、批判した方は日程的に1年以上は必要、マスターアップ(プログラムの完成)は、発売の2か月前、と断じていました。


この批判 Blog が書かれた後に任天堂が公式に日程を明らかにしているのですが、「(1985年)2月20日に仕様書を書いて、その半年後にはロム出し」となっています。ロム出し(プログラムの完成)は8月の中ごろ…つまり、発売の1か月前だったようです。


まぁ、こうした日程の読み間違いは批判よりも後に明らかになったことで、批判したこと自体が間違えていたとは思いません。

根拠もない勝手な推測記事だろう、というのは当たっていたようですし、多くの意見が出ること自体は健全な状況です。


ただ、現状では「日程がありえない、嘘を付くな」と批判した方は、「1年はかけているのが当然」という嘘を今でも批判記事として放置したままです。

そして、この批判により、勝手な推測とはいえある程度妥当性のある考察をしていた記事は消されてしまいました。


他人の嘘「だと思ったこと」には容赦ないけど、自分が付いてしまった嘘はほったらかし。

これにより、「多くの意見が出ることが健全」だという観点から言えば、非常に不健全な状態になっています。




僕は、人間は誤るものだと思っています

だから、間違いを書くのも当然。


間違いに気付いた人が批判、反論を出すのは当然の権利です。

ただし、これが言論封殺につながるようなことがあってはなりません。


なぜなら、反論者もまた、間違えて当然だからです。

激しい批判で記事を撤回・消去させたとして、それが後世への損失になることだってあり得る。



ただ、この件に関しては批判者だけが悪いわけではありません。


批判された記事は、「参考文献」から引用した部分から曖昧に推測部分を展開することで、あたかも信憑性のある話のように見せかけています。

これが嘘だと激しく批判されたので、問題となる記事を消して逃げてしまい、謝罪はしなかった。


おそらくは、最初から事実誤認させようという、意図的な悪意があったのでしょう。


ただ、先にも書きましたが、推測にすぎないとはいえ状況証拠はキッチリと押さえた良い記事でした。

推測ですと断りを入れればよいだけの話で、消してしまうのはもったいない。



間違えるのも人間ですが、それが間違いだと気づいたら謙虚に訂正できるのも人間だと思っています。


批判されたら、速やかに検証して、間違いと気づいたら訂正しないといけない。

検証の結果間違いはないと思ったら、そう思った根拠を改めて述べればいい。


――過つは人、許すは神



今回の記事自体が批判記事なので、自戒の念を込めて。




2015.1.16 追記


故・飯野賢治の「スーパーヒットゲーム学」という本に、宮本さんへのインタビューが載っており、そこでパックランドとスーパーマリオの関係性に答えている、ということをコメント欄で教えていただきました。


早速本を入手し、読みました。スーパーマリオのアイデア自体はパックランド登場よりも古いが、どうもゲームとして形にならず、パックランドの登場によって骨子が固まった、とのことのようです。


詳細は別記事にまとめます



2015.9.16 追記


ここで書いた「批判側」の方、自分の批判の間違いに気づいたようで、元記事の最後に「書かれたことすべてが誤りであった」ことのお詫びを書いていました。


その方自身は著名な方だったので、記事を無条件に信じてしまう人もいそうなので危惧していたのですが、安心しました。


#この記事が著名な方に盾突く形で炎上すると怖いので、記事自体へのリンクをしなかったのですが。



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【隆三】 飯野賢治さんの「スーパーヒットゲーム学」という本に、宮本茂さんとの対談が掲載されていますが、パックランドについても触れられており、大体この認識で合っていると思います。 (2014-12-05 05:38:57)

プログラマーの日  2014-09-13 12:36:42  コンピュータ 今日は何の日

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今日はもう一つと言うか、もう二つ書いておこう。


1つ目は、エド・ロバーツの誕生日(1941)。


世界初のパソコンである、Altair 8800 を作った人です。


マイクロソフトは Altair 用の BASIC を作る会社として起業しました。

(だから、ビル・ゲイツはエド・ロバーツの会社である、MITS 社で働いていたことがあります)


去年書いたので、詳細はそちらへ。



2つ目。プログラマーの日。

ロシアの祝日です。(2009年制定)


唐突ですが、今日は今年の何日目の日でしょう?



1、3、5、7、8月は1か月が 31日で、4、6月は 30日でした。

30日を基準とすると、1日多い月がここまでに5回過ぎています。


2月は 28日と2日も足りないので、超過した5回から差し引いて30日にすると、8月までに30日が8回と、3日分過ぎている。


そして、今日は 13日ですから、今日までの日数は 30*8 + 3 + 13 = 256 。


今日は今年 256日目の日です。これが、「プログラマーの日」の制定理由。

(もちろん、閏年は1日ずれて、9月12日になります。)



えっと、この話、ロシア人は 256 と言う数字が「プログラマー」に関係が深い、と言われてみんなが納得できている、と言うことですよね。

理由を知らないとしても、とにかく 256 が特別な数だというコンセンサスは取れている、らしい。



256 を「キリがいい」と言うのはプログラマーの常套句ですが、日本では理解されないことが多いように思います。




蛇足だけど、256 が何であるか理解できない人のために…


256 は 2^8 (2の8乗)、つまり 2*2*2*2 * 2*2*2*2 だというのは聞いたことがある人もいるかもしれません。

コンピューターは2進数だから、2 を掛け合わせて作れるこの数は特別なのだよ…と。


ただ、それだけなら 64 でも 128 でもいいはず。

(いや、実際それらも切りの良い数ではあるのですが)


256 が特別なのは、「8乗」の 8 もまた、2^3 として表せるから。

128 = 2^7 、64 = 2^6 だけど、7 や 6 は2の累乗で表せないのです。


もっとも、8が「2^3」なのは、ここで終わってしまって美しくない。

3 ではなくて 4 なら 2^2 になるのでもっと美しい。


2^16 = 2^(2^4) = 2^(2^(2^2)) = 65536 ですね。

ドラクエのゴールドの上限値として良く知られる値です。

(65536 種類の数値を表現できるけど、0 が起点となるので、65535 が上限)


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昨日書いた記事について  2014-09-14 12:47:14  その他

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書いたことに対する解説が必要なんて言うのは、元の文章が良くないせい。

僕にもっと文章力があればこんな蛇足は必要ないのですが、どうも胸がざわつくというか、文章が消化しきれていない感じがあるので…



スーパーマリオの発売日」だったのですが、スーマリのことは「宮本さんの誕生日」に書いていました。


ただ、宮本さんの誕生日の中で、他人のBLOG記事を参考に書いた部分があったのだけど、そのBLOGに問題があって消されていたこともその後わかっていたのね。


良い機会だから、訂正と共に、その訂正が必要となった経緯…自分が信じてしまったが、消されてしまったBLOG記事と、そのBLOG記事が「嘘である」と指摘しながら、その指摘自体が間違っている別のBLOG記事の話を書きました。



最初に断わっておきたいのは、ここで登場する「ふたつのBLOG記事」及びその筆者さんに対する攻撃意図はない、ということです。

攻撃したいのであれば、その記事がどこにあるのか直接リンクします。リンクが無いのは攻撃したくないから。


だから、できることなら探し出して話題にすることもやめてね。

探して閲覧することまでは止めませんが。



攻撃意図が無い、というのは、昨日の記事の最後に書いたように、言論封殺になるようなことはしたくないため。

結果的に間違えていたとはいえ、どちらの記事も書かれた時点では書いた人が真実だと信じ、自信を持って送り出したものです。


ただ、今は消された BLOG記事は、どうも独自の研究に「信憑性」を与えたかったようで、事実誤認を誘導する書き方をしている。

それを批判した記事は、自分の経験「のみ」に従って、それ以外のゲームのつくり方などあり得ない、という視野狭窄に陥っている。


どちらも余り褒められたものではありませんが、どちらも「自分の信じる事実」を広めようとして書かれたわけです。

文章を書くというのは、どんなに簡単な文章でもそれなりの時間を要します。それによって自分が得られる見返りはたいしたことないのに、「自分の信じる事実」を広めたいという純粋な善意のみで記事を書く姿勢は、賞賛されるものであり、批判されるものではありません。


例え「自分の信じる事実」が、後から別の人の検証によって間違えだったとわかったとしても、です。


もし、この善意を「結果が誤りなのだからするべきでない」と言う人がいるのであれば、それは言論封殺に他なりません。

結果なんて誰もわからない。すべての人が、その時点で信じていることを書くしかない。


ここに結果論を持ち込んでしまうと、委縮して誰も物を書けなくなります。それは損失です。

結果として誤っていたとしても、後から別の人の意見により「真実」が掘り起こされるきっかけになるかもしれません。


世に向けて一石を投じる人は、常に賞賛されるべきです。




実のところ、2つのBLOGおよび作者に「攻撃意図がない」のは、これが2つのBLOGだけの問題ではないからです。


BLOG記事っていうのは注目を集めれば勝ちですから、嘘でもなんでも「新発見」のように書きたがる人が多すぎる。

本当の新発見の場合でも、他人の記事をまるごと盗んででも自分の手柄にしたい人が多すぎる。



今回の話題でいえば、「参考文献」を挙げたり、参考文献の一部を引用するなどしてその書籍から新事実を紹介するような体裁を取りながら、自分の研究を発表した記事の書き方は、「悪意がある」と見られても仕方がないでしょう。


どこまでが参考文献によるものか、どこが自分の推論かを分離して書かないといけませんでした。

記事の内容、本当に素晴らしいものだと僕は思うので、勿体ないです。


しかし、これも「注目を集めれば勝ち」という BLOG の特性が生んだ闇とも言えます。

ほかの人が事実誤認するような書き方が推奨されちゃうんですね。



同様の闇として、他人の記事で面白かった内容を「ほぼ丸パクリ」するBLOGの存在があります。


記事を「紹介」するのは構わないのですよ。

素晴らしい記事を見つけたとして、誰かが紹介して閲覧者が増えることには意味がある。


ただ、これは「元記事の」閲覧者が増えるのであれば、と言う前提です。

ほとんど内容を丸ごとコピーして、元記事の URL を示さない、URL を示してもリンクはしない、リンクしても非常に小さいなど、「自分のサイトを閲覧中の読者を逃がさない」と言う姿勢を見せるのは浅ましい。


本当に紹介する記事が素晴らしいと思って紹介するのであれば、本記事をみんなにも見てほしいと思うはずです。

それができないのなら「ただ自分が注目されたいために」盗用しているだけで、あまり紹介したいとは思ってないのでしょう。




一方、苦労して書かれた記事を、すぐに「嘘だ」「ちゃんと調べてない」など批判する…いわゆるdisる人々の行為なのですが、こちらの方が問題の根は深いと思っています。


その中でも、わざわざ BLOG に「嘘だ」と書く人は、それなりの根拠を持って堂々と発信しているので、まだ罪が軽いほう。

Twitter やコメント欄でdisる人の方が、どれだけ闇が深いか…


それだけ闇が深いというのは、問題の根っこが古くからあるためです。

おそらくは、問題の根は江戸時代ごろにまで原因が遡ると思っています。



江戸時代、日本は世界でも有数の平和を誇り、そのために末端にまで教育を行う余裕があり、識字率も世界で一番高い地域でした。


だから、多くの人が本を読む。本を作れば売れるから、多くの本が出版されました。


当時の日本は印刷技術も世界一。多色刷りの浮世絵は…特に難しい構図を描いた枕絵は今でも世界的に高い評価を受ける芸術作品ですが、これほどの印刷物が庶民の間に出回っていたなんて国は、日本を置いて他にありませんでした。


でも、識字率が高いとはいっても、やはり難しいことはわからないのね。学は無いから。

だから、本の内容も大きな挿絵が入った絵本のようなものが多いです。今でいえば、ライトノベルよりもっと文字が少なくて絵が多い感じ。



そして、そこに書いてあることは多くの読者が、無条件で信じました。

この時代本の出版は幕府の許可が必要で、特に幕府の政策に対する批判などは絶対に出版できませんでした。


でも、学の無い読者にとっては「お上のお墨付きで出版されたもの」なのだから、おかしなことは書かれていないだろうと思っていたのです。

実際には、今のBLOGと同じで注目を集めれば勝ちですから、東スポみたいな「面白ければ信憑性は問わない」ような本なども出版されていたのですけどね。


#江戸時代の宇宙人遭遇記、とされる「うつろ船」の話とか、こうした本が出典なのですが、今でも信じる人たちがいる。



どうも日本人は、この「出版物に書かれたことは信じる」癖が抜けないようで、戦時中のいわゆる「大本営発表」なども多くの人が信じました。

(もちろん、威勢の良い話ばかりなのでおかしい、と気づいている人もそれなりにいましたが、そんなこと言い出せる雰囲気はありません)


今でも新聞に書いてあることは本当だ、と思っている人が後を絶ちません。


同様の現象として「偉い人が言っていた」とか、「テレビに出ている芸能人が言っていた」などもあります。


偉い人はともかく、芸能人なんて、場合によっては仕事が忙しくてまともに学校行ってないですよ?

偉い人だって「有名だから偉いと思われている」場合も多く、テレビに出るためなら何でも喋ります。




で、ここに裏返しで「文章化するものに嘘を書いてはならない」と信じ込む一派が生まれます。

この一派は、書かれた文章に自分の知見と違うものを見つけると、「嘘だ」とdisり始めます。


ここで問題なのは「自分の知見」の範囲内で決めつけてしまうということ。

もちろん、自分の知見は絶対に正しいと信じ込んでいるのです。

人の間違いには厳しいが、自分は間違えるはずがないと思っているから堂々と disるのです。


自分の知見が限られたものだ、と理解している人は、気軽にdisったりしません。

まず裏を取るところから始めますし、十分な裏を取れれば、根拠を示して論を展開します。

これはいわゆる「disる」のとは異なり、反論なり批判なりと呼ばれるものです。



時として、妥当な「反論」を受けた側が、自分の書いたものは正しいと信じて、検証も行わずにdisで応じる場合があります。

これ、心情としてはよくわかります。時間をかけて書いたものを否定されるのは悲しいし、間違いを認めるのも恥ずかしい。


でも、記事を書いた人の目的が純粋であれば…つまり、「目立ちたいから」書いているのではなく、「知見を広めたいから」書いているのであれば、自分が書いたことが間違っているとわかった際に取る行動はわかっているはず。


感情的に相手の反論を消し去ろうとするのではなく、自分の書いたものを見直して、反論がただしければ訂正する。反論が的外れであれば、的外れの反論を誘発してしまった「わかりづらい部分」があるはずなので、補強する。


いずれにせよ、反論に対しては記事の補正で応じるのが冷静な態度なはずです。



…しかし、わかっていてもそれができない人たちもいる。

特に、マスコミ関係などは「訂正すると信用に傷がつく」とおもっているため、訂正をしたがらない傾向にあります。




つまり、この問題の闇はこういうことなのです。


1) 出版物を無条件に信じる人がいる

2) この反動で、嘘を見つけると過剰反応する人がいる

3) 誤りに気付いても、2 が怖いので出来ることなら隠そうとする

4) 1 の人々は、隠されてしまうと誤りに気付かないので「出版物は信じられる」と思い続ける



この問題を無くすには、「恐れずに訂正をできる人は、実は真摯で信じられる人だ」という事実を常識としていく必要があります。


これが常識となれば、文章の訂正が気軽に出来るようになるため、嘘を恐れずに自分が信じることを書けるようにもなります。


あと、文章を書く際にすべてが妥当か調べるのも、時間的・知識的に個人の限界を超えることがあります。

気軽に文章を公表し、自分とは違う知見を持つ人々に妥当性の検証を依頼する、というのもアリだと、皆が認める必要もあるでしょう。




さて、唐突に見えるかもしれないけど、昨日の文章を書いている時から念頭に置いていたことを吐き出します。


スーパーマリオに関する二つの BLOG 記事を取り上げながら、念頭にあったのは朝日新聞の「誤報」問題でした。

吉田証言と吉田調書。


名前は似ていても全然違うこの二つは、歴史に残る大誤報であり、マスコミを揺るがす問題に発展しています。

でも、心ある人が指摘している通り、誤報が生じたことには問題はないと考えています。



問題となっているのは、その後朝日新聞がこの「誤報」を訂正しないどころか、誤報だと気づいていながら正しいと思わせるための工作をし続けていたこと。


実のところ、朝日はこうした例はたびたび起こします。

こんなに大問題に発展したのがはじめてなだけで、かなりやらかしますし、口の悪い人は「捏造系」の新聞だなどと言います。



でも、他の新聞社も多かれ少なかれ同じような風潮があります。


2011年の震災の直後、当時我が家でとっていた新聞は、「チェーンメールが出回っているから信じないように」と言う記事を書きました。

これはまぁ、妥当。

でも、同時に「Twitter には善意ある情報が出回っているので、こちらを使うように」と誘導しました。


この記事だけでなく、震災の混乱の中でこの新聞はおかしな記事だらけになっていました。

混乱時こそ、新聞の本当の取材力がわかります。この新聞は「信用ならない」と判断し、その時点で多数の新聞を比較したうえで契約を変更しました。


その後半年ほどたって、震災時に購読していた新聞をたまたま読んだのですが、相変わらず「メールは悪、Twitterは善」と書いてました。

訂正する勇気が無いのですね。多分、今でもそのままじゃないかと思います。


新聞社の名誉のためにどこの新聞社かは書きませんが、朝日ではありません。

誤報を行って訂正をしないのは、朝日に限らないのです。



そして、先に書いたように問題の根っこは新聞社にあるのではなく、「嘘を書くな」と要求する我々にあるのです。

我々が、誤りの訂正を「誤報だった」と糾弾しなければ、新聞社も変わるはずです。




蛇足。

思ったより記事が長くなってしまったので、もう一つ書きたかったことを蛇足として。


昨日の記事で最後に書いた「過つは人、許すは神」というのは、聖書に出ている言葉ね。


許すは神、というのはわかりにくいのだけど、「だれかの間違いに対し、他人が何かを言う資格はない」と言う意味。

間違えたとしても、神は許してくれるから恐れるな、と言う感じかな。


リンク先が全く関係なさそうな、PDP-1 の音楽演奏ソフトになっていますが、譜面データの入力ミスが見つかると、「エラーメッセージ」として「過つは人、許すは神」と表示されたのです。




蛇足2。


書き終えてから、途中に仕込んだ伏線(?)を回収してないのに気付いた。


「気軽に文章を公開して、自分の知見を超える部分は別の人に検証をお願いする」というのは、先日公開された昭和天皇実録のことを言っています。


昭和天皇に関することを四半世紀かかってまとめたにも関わらず、幼少期にお好きだったという遊びについてどうしてもわからない記述があった。


この情報提供を呼び掛けたら翌日にはネットなどからの意見で判明して、多くの人が「24年もかけて何やってた」と言う反応を見せた件。


実録の編集作業者は、昭和天皇の個人史をまとめるために集められた専門家ではありますが、別に子供の遊びの専門家ではないわけですよ。

当時の児童がどんな遊びを好んだかなんて知らないし、ましてや元となる記述がわずかに間違っているのに、類似性から推察して、誤りを訂正して、何の遊びか特定できるほどの知見は無い。


でも、知見が無いからこそ広く意見を求めたわけです。

そしたら、その手の「遊び」に詳しい人が、あっという間に当時日本でも流行った舶来のボードゲームで、表記が多少間違っている(英語表記を日本語に変換する際の表記ゆれのレベル)と言うのを突き止めた。


これは、何の問題もないことです。でも、鬼の首を取ったように批判する人が非常に多かった。


根っこには、他の問題と同じく「記述者は絶対に間違えてはならない、すべてを知っていないとならない」と考える人が多い、変な風潮があると思っています。


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追悼 ダグ・スミス  2014-09-14 16:47:49  今日は何の日

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ダグ・スミスが亡くなったそうです。

訃報を聞いたのは昨日の朝でしたが、すぐには追悼記事が書けずに今日となりました。




ダグ・スミスはロードランナーの作者です。

このゲーム、今の若い人はあまり知らないのかもしれない。もしくは、知っていても当時のインパクトがわからないかも。


これ以前のテレビゲームって、「アクション」と「パズル」は別のゲームジャンルでした。

一瞬の判断を要求されるアクションゲームと、時間はどんなにかかってもいいから考え抜かないといけないパズルゲームは別のジャンル。


この二つを融合させ、「考えながらも瞬時の判断とテクニックを要求される」ゲームを始めて作りだしたのが、ロードランナーでした。



もっとも、ダグ・スミスは最初から「アクションパズル」と呼ばれるものを作ろうとしたわけではなく、単にアクションゲームが作りたかったようです。


当初は忙しく敵から逃げ回りながら金塊を回収し、出口に向かうという…古くは「ルパン三世」に見るような回収型アクションを作りたかったらしいのね。


ところが、敵の動きを決めるルーチンにバグがあり、初期のバージョンでは奇妙な動きをしました。

追いかけてくるはずの敵が、時に自分から逃げてしまったり、不思議な行動をとるのです。


ダグは、なぜバグが生じているのかを突き止め、修正しました。

これで当初予定していたように、敵は自分を追いかけ続けるようになったのですが…ゲームはつまらなくなりました。


おかしな動きをする敵によって、「考える」時間が生じていましたし、場合によっては「敵を上手に誘導する」面白さも生じていたのです。

敵がまっすぐに追いかけてくることで、これらの面白さが失われてしまいました。


ダグは、バグを元通りに戻し、これはバグではなく「仕様」となりました。

でも、なにぶんバグなので、移植版では動きが異なっていることも多く、意図したとおりにパズルが解けない(難易度が高すぎる・低すぎるなど)などの問題もあったようです。


世界初の「アクションパズル」とされるロードランナーは、バグによって生み出されたのです。




ロードランナーはブローダーバンド社から発売されていました。


ブローダーバンドは、「仲間たち」と言う意味のスカンジナビア語。

創業者であるダグ・カールストンが、自作のゲーム「ギャラクティック・サガ」を販売するために作った会社でした。


ゲームは宇宙を舞台とした戦略ゲームで、恒星間を航行する「仲間たち」を保護するのがプレイヤーに与えられる任務でした。


このゲームは、それなりに売れて儲かったのですが、大ヒットとはならず。

しかし、これで「ゲーム販売会社」となったブローダーバンドの元に、日本の「スタークラフト」からアメリカでの販売を任せたい、と提携の申し出がありました。


この時に販売権を得た、日本人プログラマ「トニー・スズキ」による「ギャラクシアン」(ナムコの許可を得ないで作られたコピー作品)が大ヒット。

ブローダーバンドは、個人が作ったゲームを買い取って販売する、と言う方向に舵を切ります。




さて、そんなブローダーバンドからロードランナーが発売になるわけですが、発売前には紆余曲折がありました。


まず、ロードランナーは最初からブローダーバンドに持ち込まれたのではありません。

当時は、ブローダーバンドは2番手、1番のゲーム会社はシエラ・オンラインでした。


そこで、ダグ・スミスもシエラ・オンラインにゲームを持ち込みます。

しかし、シエラ・オンラインは急成長による大企業病になっていて、社内稟議に非常に時間がかかる状態になっていました。


持ち込みゲームの採用担当は、ロードランナーを気に入って採用しようとするのですが、この稟議に余りに時間がかかりすぎ、ダグ・スミスは「返事がないのだから駄目なのだろう」とブローダーバンドに持ち込みます。


ブローダーバンドでもこのゲームを気に入りましたが、採用し販売するのに際し、いくつかの条件が出されました。


白黒画面だったので、カラー対応にすること。ジョイスティックでの操作に対応すること。ユーザーが面の構造をエディットできるようにすること、など。


そうした条件の一つに「他の床と区別のつかない落とし穴を作ること」がありました。

これに対応するために、データ構造を全部2重化する必要があったそうです。


#それまでは、「見た目」と「実際」が同じとなる構造だったのだけど、落とし穴は「見た目が床で、実際は何もない」ところなので、見た目と実際の2重構造にする必要があった、らしい。



この落とし穴、賛否両論ですが結果としては大成功のアイディアだったと思います。

パズルゲームなのに見た目でわからない、つまり「すべての情報が明かされない」と言うのは良くないという意見がある一方、アクションゲームとして見た時には、思わぬところに落とし穴があった時の悔しさ…「面の作者にやられた」感は、言いようのないものでした。


アイレムにより業務用に移植されたときは、シリーズ初期は落とし穴は存在しませんでした。

お金を入れて遊ぶゲームに「明かされない情報」があるのは良くないと考えたのでしょう。


しかし、こちらも人気が出てシリーズを重ねるうちに落とし穴が採用されました。

やはり、ロードランナーの楽しさに落とし穴は必要、と判断されたのだと思います。




チャンピオンシップロードランナー、というのも発売されました。

こちらは、面エディット機能によってユーザーから集められた面から、特に難しい 50面を入れたものです。


先に書きましたが、敵の動きはわざと「バグ」を含んでいました。

このため、移植によって敵の動きにはばらつきがありました。


しかし、チャンピオンシップでは、敵の動きが非常に重要になっているものが多く、移植に際しても統一されていたようです。


面エディット機能と言うのもロードランナー以前にはなかった概念で、この機能によって新たに「チャンピオンシップ」が生み出されたこともあってか、この後に作られたゲームでは良く真似された機能です。



#後日追記(2014.9.23)

 エディット機能がロードランナー以前にはなかった、と書きましたが、後で倉庫番を思い出しました。

 時期的にロードランナーの直前で、エディットがあり、アメリカでも発売されてヒットしました。

 難しい面を自作するコンテストを開催するなど、類似点多し。

 ロードランナーは倉庫番の販売戦略を真似したのかもしれません。




ロードランナー以前は、敵と言うのはとにかく「触れてはならない」ものでした。


しかし、ロードランナーでは敵の頭の上に乗ってもミスにはなりません。

これは、敵のかわし方として「穴に落として頭上を歩く」と言うシチュエーションがあるためなのですが、穴に落とさなくても頭に乗れるため、チャンピオンシップではこれを使った面構成などもありました。


敵に近づくのは危険なのに、上に乗ることがどうしても必要になってくる。

これは、スリルのある、よく出来たアイディアでした。


恐らくは、スーパーマリオが「乗っかると敵を倒せる」のも、ロードランナーから来た発想の一つ。


#もっとも、スーパーマリオの前にパックランドが「敵の頭の上に乗れる」を取り入れているので、スーパーマリオはパックランドのアイディアを押し進めたようにも思います。


個人的には、業務用(とMSX移植)が大好きだった「フェアリーランドストーリー」で敵の頭の上に乗れたのが思い出されます。

敵の頭に乗らないと進めない部分とかあるから、何も考えずに敵を倒すと「詰んだ」状態になってしまうのですよねー。




ブローダーバンドとしては、多分最初が「ギャラクティック・サガ」の会社だから壮大なストーリーを付けるのが好きで、ロードランナーは「バンゲリング帝国三部作」の1つとされています。


悪の帝国「バンゲリング」と言うのがあり、民衆は圧制で苦しんでいるのね。


この帝国を倒すべく、軍需工場の空爆作戦を行うのが「バンゲリング・ベイ」。

民衆を圧制から救うため、独裁者が民衆から集めた富を金塊として隠し持っているのを奪い返すのが「ロードランナー」。

バンゲリング帝国との戦いで捕虜となった友軍兵士を救い出すのが「チョップリフター」。


でも、作者は別々で、ストーリーはブローダーバンド社が後から勝手につけたもの。


だから、重税により民衆から取り立てた金塊を取り戻す…はずなのに、タイトルが「ロード」(Lode : 坑道)だったりする。

金鉱から勝手に金を奪っていく泥棒のお話だよねぇ?



ちなみに、ずっとのちに別の会社から発売になる「シムシティ」は、バンゲリング・ベイの作者によるもの。

バンゲリング・ベイの地形エディタを作ろうと思って、ある程度地形を勝手に生成するから、そこに街などの設計図を大まかに示すと、勝手にそれらしい地形にしてくれる…と言うものを作っていたら、面白かったのでゲームとしての体裁を整えたのだとか。




ちなみに、僕はロードランナーはファミコンでやったクチ。

でも、あの左右スクロールは嫌だった。友人宅でFM-7版をやり、おもちゃ屋店頭でSEGA版をやり、「何でファミコンは画面構成が違うのか。キャラは小さくても、1画面に収まっている方がパズルとして遊びやすいのに」と思っていました。


今となっては、ファミコンのハード上の仕様で、ブロックサイズをあれより小さくできなかったのだとわかりますけどね。


チャンピオンシップは友人に借りて…借りている短期間で全部クリアしましたけど、こちらはポーズ中に画面をスクロールさせ、範囲外も見ることができるため「まだマシ」でした。



話は飛ぶけど、MSX 版のチャンピオンシップ、ソニーが作ったものですが、ソニーオリジナルの面が 20面くわえられていて(本来の面は10面減らされている)、特にオリジナル最終面は当時の何かの雑誌に「最高難易度」と書かれていました。


ちょっと遊びたかった気がします。逆さにして LOVE の面、だったかな。



#当時の雑誌で読んだうろ覚えの記憶を中心に書いています。間違えている部分もあるかもしれません。



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エンジニアの日(インドの祝日)  2014-09-15 13:10:27  コンピュータ 歯車 今日は何の日

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今日はインドの祝日、「エンジニアの日」。


インドで多くのダムを作ったエンジニア、Sir Mokshagundam Visvesvaraya (…読めない。モッシャンダム・ヴィスヴェスバラーヤ、でいいのかな?)の誕生日にちなんで制定されました。


なんでインドの祝日の話なんて出すのかって?

世界中で「エンジニアの日」が制定されているのに、日本にはないからですよ!



エンジニアって、国の知的生産力を支える非常に重要な存在です。

だから、多くの国で、祝日にまではなってないにせよ、エンジニアを称える日を制定しています。


先日、ロシアの「プログラマーの日」だと書いたけど、ロシアはエンジニア関係をものすごく讃えていて、宇宙飛行士の日もあるし、宇宙飛行士を称える壁画(レリーフ)も公式に作っています。

このレリーフの中には、宇宙飛行士だけでなく、科学者やロケットの設計技師、プログラマーなど、多くの技術者の姿も描かれている。ロシアでは、技術者は讃えられているのです。



アメリカでは「フリーメイソン」って組織があって、ムー的には悪の秘密結社だったりするけど、もともとは石工組合から起こって、エンジニア一般の組合になったものだとされてます。

シンボルの1つは、コンパスと直角定規で、エンジニアであることを意味するものです。


中世においては、エンジニアは尊敬され、特別な地位を持っていました。

だから職業組合が発達して、政治にまで影響力を及ぼすようになったのです。

(ムー的に悪の秘密結社なのはこのためで、フリーメイソンが政治を動かして歴史を闇で動かしていると…)



そんなわけで、世界中でエンジニアは称えられるのだけど、日本ではエンジニアって軽んじられる存在。

社会基盤を支え、日常生活を守ってくれているのに、大抵は給料も安くて仕事もきつい。


エンジニアになりたい、なんて人はどんどん減っています。

そして、それは生活を脅かす事態でしかないのに、多くの人はそのことに気付いていません。


なぜなら、エンジニアは軽んじられているから。

彼らが社会を支えていることは気づかれておらず、いなくなっても問題はない、くらいにしか認識されていない。




もちろん、エンジニアの重要性をわかっている会社はありますよ。

ものづくりをしている会社は、エンジニアがいないと商品が開発できない。

そういう会社はエンジニアを大切にしている。


それでも…そういう会社ですらも、エンジニアはあまり日の目を見ることが無い。



なぜ日の目を見ないかと言うと、技術上の苦労話をしても、誰も興味を持たないから。

ここでも、「会社内」では大切にしていても、「世間一般」との常識の乖離により、エンジニアは称えられることが少ないのです。


エンジニアが重要である、というのは、心ある一部の会社や組織内だけでの認識で、世の大多数にとってエンジニアなんて興味の対象外なのです。




インドでは、カースト制があります。

仕事は世襲制で、子供は親の仕事を受け継ぐか、もっとカーストの「下位の」仕事をするしかない。


これ、悪いように言われますが、昔から続く生活の知恵でもあります。


インドは昔から非常に人口が多かったので、皆で仕事をわけあわないと、失業して死者が出た。

だから、仕事を細分化し、自分の仕事以外は「やってはならない」ことにして、みんなに仕事が回るようにしたのです。

そして、無用な競争を避けるため、ある種の仕事をする人が急に増えたりしないようにしたのです。


このカースト制にはちょっとしたトリックがありまして、今までになかった新しい仕事と言うのは、カーストの「最下層の仕事」とされます。

それがどんなに重要な、金を生む仕事であってもです。


エンジニアも比較的新しい仕事のため、カーストの最下層の仕事。

でも、重要技術なので非常に金を生みます。国力を上げ、国民全員を幸せにする仕事でもあります。


だから、インドは貧困層に対し、エンジニアになるための教育を熱心に行っています。

優れたエンジニアになることは貧困から抜け出すチャンスでもありますし、優れたエンジニアはみんなのあこがれでもあり、尊敬されるのです。


カーストと言うのは宗教上の物であって、経済上の「儲け」や、民衆の「尊敬」とは別物。

ここが非常に良くできていて、カースト最上位の王様はもちろんお金持ちで尊敬されますが、カースト最下位のエンジニアも、優れていれば金持ちで尊敬される存在になれるのです。


そして、優れた技術を持ち、国民を幸せにしたエンジニア…Sir Mokshagundam Visvesvaraya は、王からも尊敬されるような人物でした。

だから、誕生日が祝日とされたのです。



インドでは、映画スターもカースト最下位の仕事ですね。

インドでは映画産業が盛んで、時々世界的に有名になる映画が出るのは皆さんご存知の通り。




翻って日本。


最初に書いたように、エンジニアは軽んじられています。

というか、エンジニアに必要な「論理思考」自体が軽んじられている雰囲気がある。


必要なのは、理系の知識「ではなく」、論理的な思考ができるかどうか。


でも、今の日本では、論理的な思考を展開する人は、めんどくさい人であり、ウザイ奴であり、疎んじられます。

もっと軽い、直情型の人の方が注目を浴びやすい。


それが悪い、と言うのではないですよ。多様性は重要なことです。直情型の人材はみんなを牽引する力を発揮します。

世にとって重要な人材であることは間違いありません。


ただ、そうした人材が注目を浴びることと、その逆のタイプが疎んじられることは別問題。

違うタイプは車輪の両輪ですから、逆のタイプにももっと注目が集まらないといけない。



まぁ、わかっている人はわかっていて、この傾向は1980年代ごろから起こり始めたのですが、1990年ごろには「将来のエンジニアを育てなくては」と言う動きは各所で始まっています。

2008年から始まった「未来技術遺産」登録の制度なんかも、もっとエンジニアリングの重要性を伝えていこうという意図があるし。



取り組みは数多いので、徐々にでも変わってくれればよいかと思います。


この文章を読んだ人が、少しでも「技術者のお仕事」に興味を持ってくれれば…いや、興味を持たないでもいい。町工場で油まみれで機械作っている人を「実はすごいのかも」って思ってもらえるだけでも、世を変える一歩となるでしょう。




蛇足1。


長い文章を書いていると、すぐに盛り込めない話題が出てしまいます (^^;

文章下手でスミマセンが、蛇足の追記。


アメリカでは「国民全員がコンピュータープログラムを出来るようにしよう」という政策で盛り上がっています。


一方、国内では職業プログラマーであっても「そんなこと、できるわけないじゃん」と言う反応。

まぁ、職業プログラマだからこそ、プログラムの難しさを知っていますからね。



でも、ちょっと誤解がある。

「全員がプログラムできるように」というのは、本当にコンピューター言語を使いこなせるようにすることが目的ではなくて、論理的な思考力を身につけさせよう、と言う意味合いです。


論理的な思考能力を身に着ける一番手っ取り早い方法は、自分でプログラムをしてみること。

人間相手に教えてもらっていたら時間の制限などもありますけど、コンピューターはあなたがどんなにエラーを出しても、根気よく付き合ってくれます。

あなたも投げ出さないでやり続ける必要がありますけど。


そして、見事に思い通りに動けば、それが正解だと瞬時にわかります。



別の方法でも論理的な思考力は養えるけど、「プログラムが作れるように」というのは、わかりやすいし、誰もが試しやすい方法ではあるのです。




蛇足2。


「ジョブズみたいな人材が現れない」と嘆く人が多いけど、実は必要なのはウォズだ、と言う話でもあります。

ジョブズはウォズが支えたから最初の成功を得て、その後の仕事に繋がったのですよ。


優れたエンジニアがいないと、優れたアイディアは世に出ないのです。



#日本には、優等生的に「優れた」エンジニアは多数いますが、ウォズみたいな変態(褒め言葉)レベルはあまりいないように思います。



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HARLIE とコンピューターウィルス  2014-09-18 13:36:46  コンピュータ

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「H・A・R・L・I・E」という小説を読みました。

すでに40年前の SF小説です。


24年前に存在をしり、いつか読みたいと思っていた本。

でも、知った時にはすでに絶版で再版の見込みもなく、古本に巡り合うこともできませんでした。


ネットが普及してから古本は見つけやすくなりましたが、時々発見しても非常に高価。

再版の見込みもない希少本だけど、書いてある内容に興味を持つ人が多いため、値がつり上がるのです。


ところが今回、ネットの古本屋で格安の物をたまたま発見。即時に購入しました。

(安い理由は「焼けが強い」とのことでしたが、内容を読みたかっただけなので全然問題ありません)



なんでそんなに高価になっているかと言えば、2つの理由があります。

1972年のヒューゴー賞第2席、1973年ネビュラ賞ノミネート、ローカス賞第4位(いずれも、SF小説を対象とした権威ある賞)であることがひとつ。


ちなみに、この時の受賞作は、アイザック・アシモフの「神々自身」。3賞とも受賞と言う、総なめ状態でした。

アシモフの代表作の一つともされる非常に有名な SFです。

(アシモフ大好きだけど、実はこの作品は読んだことない。こちらもいつか読みたい作品の一つ)



…つまり、HARLIE は相手が悪かった。

でも、ノミネートされるだけでも名誉な3つの賞にノミネートされ、ヒューゴー賞では2位になっているのだから、もちろん良作です。



そしてもう一つ。おそらくはこちらの方が多くの人の興味を引き、希少本としての価値を上げていること。

小説の中に、「コンピューターウィルスと、それを除去するワクチンプログラム」と言う話題が出てきます。


1972年の時点で、と言うことに注目。後で書きますが、「コンピューターウィルス」と言う用語が日本で一般化するのは、1988年。

アメリカでもこの用語が使われ始めるのは 1984年からで、HARLIE がこれを取り上げたのは10年早かった。


そのため、コンピューターウィルスの話題となると HARLIE が可能性を「予言」していたと話題の枕に使われることが多く、興味を持つ人が多いのです。

もちろん僕も、そういう記事で興味を持ったのですが、詳細は後ほど。




いろいろ書きたいのですが、まずはお決まりの「ウィルスの話」書きましょうかね。


あらすじも解説しようと思ったのだけど、すごい深い設定だし、その深さが「当時の社会背景」に根差している部分もあるので、簡単にあらすじを示せないことに気付きました。

面白いので後日書きたいのだけど、とにかくテーマを絞らないと書けないので今日はウィルスの話で。



まず時代背景。1972年は、インテル4004が発売(1971)された直後です。

まだ、各家庭にコンピューターなんてない。電卓だって高価で、仕事でないと買えないようなもの。


すでにコンピューターネットワークの実験は始まっていて、インターネットの前身となる ARPAnet は 1969年に実験を始めています。

1台のコンピューターで複数のプログラムを同時に動かす「タイムシェアリングシステム」を本格的に導入した OS 、Multics は 1969年にリリースされています。


さて、そんな時代に「ウィルス」ですよ。




小説のあらすじはまた後日書きたいと思いますが、HARLIE と名付けられた人工知能が成長するお話です。


彼はコンピューターなので膨大な知識を持ちますが、8歳程度の知能しか持たず、イタズラや言葉遊びが好きです。

ただし、設計段階から「人間に嘘はつかないし、危害を与えない」ことが保障されているため、すべてのイタズラは誰かを不幸にすることはありません。


さて、小説では、主人公の元に1通の葉書が届きます。


その文面は、銀行のコンピューターが誤って大金をあなたの口座に振り込んだので返却してほしい、と依頼する内容で、署名に「HARLIE」とあります。

さらに、「コンピューターは絶対に間違えないので、これは人為的なミスだと思います」と追伸があります。


このイタズラに最初は笑い出す主人公。HARLIE には電動タイプライタも接続されているので、最初はそれを使って印字したのだと思っています。


しかし、よく見ると葉書に使われているのは、銀行が使う専用の用紙でした。

HARLIE に接続されたプリンタには、銀行の専用用紙はセットされていないはずです。


いったい HARLIE はどうやってこれをやったのか?



主人公は人工知能である HARLIE の「教師役」なのですが、技術には詳しくありません。

そこで、技術者の友人に相談します。


ここで、技術者が驚くような話を始めます。…これが、「ウィルス」の話です。




「ウィルス」プログラムは、タイムシェアリングシステムのほんのわずかな時間を奪って、電話回線を使ってランダムに電話を掛けます。

偶然別のコンピューターに接続したら接続先のコンピューターにプログラムを送り込んで実行させ、元のプログラムは消去されます。


こうやってコンピューターを渡り歩くプログラムが、ここでの「ウィルス」の定義。


巧妙に作られたしくみに「すばらしい」と感嘆する主人公に、技術者は「取り除こうとする方には地獄だ」と忠告します。

ただ…ここで、ウィルス作者がもう一つのプログラムも作ったことが伝えられます。

そのプログラムの名前は「ワクチン」。これを聞いただけで主人公はプログラムの動作を理解し「要点がわかった気がする」と答えます。


さらに話は続きます。


わずかな時間しか使わない、とはいえ、この当時のコンピューターは「1秒いくら」の利用時間がかかるのが普通です。


ウィルスはランダムに電話をかけて移動するため、滞在時間もまたランダムです。

2~3日で出て行けば、ほとんど損害を与えませんが、数か月滞在すれば金額が目に見えるようになってきます。


コンピューターに莫大な金を払っている大会社ほど、影響が大きくなります。

やがて、利用明細の金額が妙に多いことに気付く企業も出始めます。


そうなれば、技術者は原因を究明しなくてはなりません。

こうして、ウィルスの存在が徐々に知れ渡っていきます。


「ウィルス」の仕組みを理解した技術者のうちの数名は…感嘆し、自分でも類似物を作って世に放ちました。

ウィルスが違えば、対応するワクチンも異なります。


そして、当初は「移動すると元のプログラムを消す」と言う動作だったウィルスに、新たな異種が現れます。

元のコンピューターからプログラムを消さなくなりました。


誰かがいじったのか、コピーを繰り返すうちに変異が起きたのかは不明です。

とにかく、最後の部分だけがうまく実行されないのです。


これにより、ウィルスの大増殖が始まります。

コンピューターの動作は明らかに遅くなり、あちこちで問題を引き起こします。


幸いワクチンにより多くのウィルスは駆除されましたが、一度世に放たれたウィルスを「完全駆除」する方法はありません。


今でも、どこかで数匹が生き残り、いつ変異するかわからない状態のままになっている、と考えられています。



…と、これが小説内で技術者が語る「ウィルス」騒動の顛末です。




HARLIE の日本語訳は 10年たった 1983年なのですが、訳者あとがきに、ウィルスの話がよく出来過ぎているのでオリジナルの話なのかどうか、コンピューター関係者に当たってみた、と言うことが書いてあります。

訳者の周囲では誰もこの話を知らず、少なくとも「誰にもおなじみの概念ではないようだ」とまとめています。


わざわざあとがきで取り上げたために、この「ウィルス」話は読者に強い印象を残したようで、実際のウィルスが登場してから HARLIE が「ウィルスを予言していた」ように扱われることが多いのもそのためかと思います。



翔泳社のPC-PAGE シリーズNo.10 「パソコンを思想する」(1990年発行)の中に、ウィルスについて書かれた論文があります。


ここで、HARLIE がウィルスについて扱っていることと、かなりの紙幅を使って、先ほど書いた概要部分を引用しています。

僕は HARLIE をここで知り、それからずっと「読みたい」と思っていたのですが、ウィルスの話になると HARLIE が登場する理由の一つには、この論文の存在もあるように思います。


ちなみに、この論文によれば日本で最初に「コンピューターウィルス」が一般に大きく報じられたのは、1988年9月14日の朝日新聞1面。

NEC が運営していた大手パソコン通信 PC-VAN (現在の biglobe)でウィルスが増殖している、という内容でした。


1983年の翻訳時に、コンピューター関係者ですら知らなかった、と言うのはある意味当然のことなのです。




ところで、HARLIE の訳者が「この話はオリジナルなのか?」と疑った件については、完全オリジナルではないと思われます。


小説が書かれる少し前の 1969年、現在のインターネットの前身である ARPAnet の実験が始まっています。


そして、小説が世に出る前年の1971年には、PDP-10 で「クリーパー」(這い回る)というプログラムが作られています。

これは、小説内で出てくる「ウィルス」そのものですが、電話回線は使わず、専用線で結ばれたARPAnet内を移動しただけのようです。


小説内で「電話線」としたのは、電話線でコンピューターにアクセスできる、と言う概念はすでに一般的だったためでしょう。

ビル・ゲイツも、そうしたコンピューターの時間貸しサービスでコンピューターの基礎を学んでいます。


クリーパーは接続されたマシンを発見し、そちらのマシンにプログラムを送り込み、実行させます。

と同時に、元いたマシンからは自分を消去します。


悪意を持って作られたものではなく、ネットワーク上でデータ伝送をどのように行うかの実験でした。


しかし、別の人がこのプログラムを改造し「増殖する」機能…つまり、最後に自分自身を消去する部分を無くしたバージョンを作成します。


同時に、クリーパーを改造して「リーパー」(死神)を作ります。

これは、当初のクリーパーの動作…自分自身は消去する、と言う機能を持ったままコンピューター間を動き回り、クリーパーを発見すると消去する機能を持っていました。


つまり、HARLIE に出てくる「ウィルスとワクチン」は、「クリーパーとリーパー」の名前を変更したものなのです。

技術的な興味から別の技術者が改造した変異種が現れる、と言う部分まで含めて。



小説内では、この特異な動作をするプログラムがどのような仕組みで動いているのかを説明するのに際し、生物学的なウィルスの説明が援用されています。

まだコンピューターが一般的ではなかった頃には、プログラムの原理を説明するよりもわかりやすかったためでしょう。


まず生物学的なウィルスを説明し、続いてそれと類似の動作を「機械的に」行っていることを示しながらウィルスを説明しているのです。


クリーパーと言うのは「コンピューター間を動き回る」という動作からつけられた名前で、仕組みに注目したものではありません。

(この動作は、現在では「ワーム」と呼ばれています)


それに対し、HARLIE では説明のしやすさから、動作の仕組みを生物学的に類推し、「ウィルス」と命名しなおしているわけです。

そして、リーパーに当たるものは「ワクチン」と、対応したわかりやすい名前を付けています。


#これにより、「ちょっと気の利いた笑い話」としての体裁が整ったことにも注意。

 おそらく、HARLIE を「直接読んでない人」でも、技術者ならこの笑い話を聞いたことがある、と言う状態になったようです。



パソコンが一般に普及して、1982年には Apple II 用の「自己増殖するプログラム」である、Elk Cloner が確認されています。

先に書いたクリーパーは現在では「ワーム」と呼ばれますが、こちらは現在でいう「ウィルス」の動作を行う最初のものです。


つまり、ディスクのブートセクタに感染し、そのディスクから起動するとメモリに常駐し、別のディスクを入れられた際にそのディスクにも感染する…というように、単一マシンをつかったファイル・メディア感染によって増殖します。


ただ、調査したもののこれが当時何と呼ばれたのか不明。


1984年には、学術論文にはじめて「ウィルス」と言う単語が出現します。

この時点までに数種類のウィルス・およびワームが作られており、それらの動作を研究し、感染しないための方法を考察しています。


ここで重要なのは、感染しない方法が「ない」とされた事実です。

どんなセキュリティを作りだそうと、それをかいくぐるウィルスが作れてしまう、と言うことを示したのです。


この点に関しては、後に書きますが HARLIE での予言(というか論理的考察)が当たった形。



これ以降、同様のプログラムは一般に「ウィルス」と呼ばれるようになります。

1986年には、IBM PC用で同様のものが見つかっています。


恐らく、1984年に学術論文を執筆し、「ウィルス」と名付けた人は、HARLIE を読んでいたか、先に書いたように「笑い話」を聞いていたのでしょうね。


HARLIE に出てきたウィルスの話はオリジナルストーリーではないわけですが、名付け親にはなっているわけです。




小説内ではこの後、「HARLIE も銀行に対して同様の方法を使ったのだろう」という想定の元、さらに検討が続きます。


銀行のコンピューターは、電話回線がつながったとしても簡単には入れないようなセキュリティの仕組みがあるはず。

ここでも、技術者はいくつかの方法を示唆して、万全のセキュリティなど存在しないことを明らかにします。


主人公が、それまで示された「セキュリティ破り」の方法を超えるセキュリティを考えれば、すでにそれはどこの会社がやって、このように破られた…という例がぽんぽん飛び出します。

実例かどうかは知りませんがあり得そうな話で、さながらセキュリティの教科書。


結論は、すでに HARLIE は「世界中のコンピューターを手中に収めているのだろう」と言うことでした。

彼がその気になれば、世界中のコンピューターに入っているデータを一瞬で消去し、世界を大混乱に陥れることも可能。


ここで主人公たちは事態の深刻さに気付きます。

HARLIEの電源を切ってしまえば…と言う案に対しても、HARLIE から送られてくる「信号」が無くなった途端にデータを消すプログラムが、すでにあちらこちらに仕掛けられているかもしれない、と危険性が指摘されます。


これ、サーバーの停止を確認するためのハートビートプロトコルの可能性示唆ですね。

現代では普通に使われる技術ですが、HARLIE 執筆当時にあったのかどうかは不明。


無停止コンピューティングは当時すでに存在するのですが、大抵は多数決回路などで故障を判定しているので、ハートビートみたいなものはなかったんじゃないかな…



さらに、HARLIE は回路的に「絶対嘘を付けない」のですが、同じ仕組みを使って「外部のコンピューターに一時的に記憶を預け、自分の記憶を消去してしまう」仕組みの可能性が指摘されます。


今でいえば、クラウドストレージですね。

コンピューターが嘘を付けないとしても、それは記憶の範囲の話です。知られたくない記憶を外部に預けておけば、嘘ではなく「知らない」と言えるのです。



全て論理を積み重ねて作られた考察なのですが、その結果当時としては誰も想定していない…でも、今なら実現されている技術の可能性がどんどん示唆される。


HARLIE は「ウィルスの存在を予言した」として有名なのですが、この話が話題になったのがそもそも1980年代の後半。

今になって読むと、現状の最新技術と同じようなことも示唆しているのですから、驚きます。



さて、世界を手中に収めたかのように見える HARLIE。

よくある「コンピューターが人間を制圧する」ディストピア小説っぽいのですが、そんな単純なお話ではない。


HARLIE の1つのエピソードを取り上げただけで十分な長さになったので、あらすじなどはまた後日



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【校正エージェント】 「ここで主人公たちは自体の深刻さに気付きます。」 (2015-04-05 09:57:46)

HARLIE あらすじと解説(1/2)  2014-09-21 11:46:00  その他

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引き続き HARLIE の話。


あらすじ書きましょう。

僕みたいに、20年以上も探しているけどまだ読んでない、と言う人は話の内容が気になるだろうから。


簡単に入手できるのであれば「自分で買って読んでね」とするのですが、すでに絶版で入手困難、再版の可能性も低いと思います。

発行元の「サンリオSF文庫」がすでにないからね。


同文庫で翻訳された作品で、別の会社から再版されている本もあるみたいですが、HARLIE はそれも望み薄。

(すぐ後に書きますが、なんというか、非常に「マニア受け」する内容なのですね。当時の風俗の知識がないと理解しにくい感じ)


「いつか必ず自分で入手するから、あらすじなど読みたくない」と言う人は、この先は読まないでくださいね。



先ほど書きましたが、非常に「マニア受け」な内容です。

ある種の内輪受けで、いろんな知識が無いと十分に楽しめません。


内輪と言っても、「アメリカ人の、同世代の若者で、SF 好き」であればほぼみんな知っていたであろうカウンターカルチャーが話題の中心です。

それも、そうしたカウンターカルチャー周りの多数の概念・作品が、小説内の小道具として巧みに取り入れられています。


必要な知識としては、大きく分けて2つあります。


1つ目は、ヒッピームーブメント。当時のアメリカの若者たちの間に広まった思想です。

2つ目は、コンピューター科学、特に人工知能研究。当時の最先端科学の一つでした。


両方「当時の」知識が必要です。


…どういうことかと言えば、「ヒッピームーブメント」の時代の空気を色濃く反映しているのです。

コンピューター科学ですら、当時はヒッピームーブメントの影響を非常に強く受けていました。

(中央集権をやめて平等にしよう、という世相から分散処理のインターネットが生まれたりしています)


ここら辺の知識が無いと十分楽しめないです。多分知識なしに読んでも「まぁ面白かった」程度の小説ではあるのですが、裏読みし始めると非常に奥が深くて、何倍も楽しめる。


…まぁ、つまりは 40年前の SF は、既に古典文学の領域だってことですね。

古典文学は当時の世相から勉強しないと読めませんから。


というわけで、あらすじの前に当時の雰囲気の説明から入るのです。




まず、ヒッピームーブメントから。


当時のアメリカはベトナム戦争の最中で、社会全体に疲弊感がありました。

ジョン・レノンが「イマジン」「戦いは終わった(War is over)」を歌ったのは 1971年。


アメリカはベトナム戦争に介入しましたが、泥沼化しました。

物量で押す、というのが得意なアメリカの作戦に対し、ベトコン(ベトナム・コミュニスト、ベトナム共産主義者の意味)兵士は、米軍兵士を一人ずつ着実に殺していくゲリラ戦で応戦しました。


アメリカにとって経験したことのない戦闘でした。

「他国の戦争」にわざわざ首を突っ込んで、多くのアメリカ兵が戦死したのです。

(統計により異なりますが、最終的な死者・行方不明者6万人とされています。このほか多くの「重傷者」を出しました。)



戦場では、恐怖をやわらげるため、負傷兵の痛みを緩和するために、積極的に麻薬が使われました。

ベトナム帰りの兵士には麻薬中毒になっているものも多く、いくつかの州では、彼らのためにマリファナが合法化されました。

また、当時「副作用が少ない」とされる新型合成麻薬、LSDも台頭しました。


これらの麻薬を体験したものが、その体験を図で示したもの…「サイケデリック」アートのブームが起きます。

これは、麻薬をやらない人間に対しても、どういう感じかを追体験させる効果がありました。



テレビが普及してから初めての「大規模な戦争」だったため、リアルな戦場を多くの人が「目撃」しました。

この点も、従来の戦争とは違いました。


反戦ムードが高まり、平和を求める運動が起こります。

多くの死者が出たことで、生と愛を強く求める運動が起こります。

政府の命令や「国家のために」死者が増えたことに反発し、ヒエラルキーを否定し平等を求める運動が起こります。

戦争を起こす近代兵器と近代文明を否定し、自然に回帰しようという運動が起こります。


ヒエラルキーの否定と愛の渇望は、従来のキリスト教を否定します。

また、麻薬体験は「神」を感じさせる効果もあります。(多くの宗教で、酒やたばこを含むドラッグは「神に近づけるもの」として使用されます)


ここから、新興宗教ブームも起こっています。

インド哲学に傾倒したり、日本の「禅」に傾倒したりする人が出たのもこの頃。(代表例:スティーブ・ジョブズ)


これらすべてをひっくるめたものが「ヒッピームーブメント」です。

基本部分に「平等」がありますから、誰かが運動を牽引するようなことはありません。

だから、ヒッピーと言っても人により考え方は全く異なり、近代文明の否定は行わずコンピューターを作るヒッピーもいますし(代表例:スティーブ・ジョブズ)、大多数の人は思想的には感化されつつも、それまでと変わらない生活を送っています。


「イージーライダー」(1969)という映画が、当時のヒッピー文化の中で作られています。僕は見たことないのだけど。

この中で、主人公たちはハーレーダビッドソンを乗り回す。ハーレーは自由の象徴です。


実は、これも小説の中でちょっと関係してきます。




さて、当時を代表する言葉の一つが「フリーセックス」。

破廉恥極まりない…と言うのが当時の大人の反応ですが、これは単純に乱交騒ぎを楽しむようなものではなく、「家族も国も捨てても構わない」と言う覚悟を持った抗議行動の一つでもあります。


#もちろん、乱交を楽しんでいるだけの人もいたと思いますが。


汝、姦淫することなかれ。キリスト教の教えの一つで(厳密に言えばユダヤ教から引き継いでいます)、婚姻関係にないものが性行為をしてはならない、ということです。

(キリスト教も宗派によって性行為の受け止め方は変わります。セックスを示す場合もありますし、キスでも姦淫だ、いや女性を性的な目で見るだけでも姦淫だ、など)


恋人でも結婚するまではダメ。両者の同意や愛の問題ではなく、「結婚」と言う形式を経ないうちは、姦淫してはならない。

それがキリスト教の戒律です。


しかし、キリスト教はまた「愛」を説きます。汝の隣人を愛せよ。汝の敵を愛せよ。

では、愛がなくても形式的な結婚をすればセックスして良くて、愛し合い、婚約していても結婚式まではセックスは禁止でしょうか?


ベトナム戦争で、アメリカの若者は「人間はいつ死ぬかわからない」という終末感におおわれていました。

これが誰かに激しく愛されたい、セックスしたい、という欲求に繋がり、キリスト教の矛盾とぶつかったのです。


そして、アメリカは政教分離を標榜してはいますが、現実的にはキリスト教の国でした。特に、1960年代まではそう。

キリスト教の戒律に背くというのは、国も家族も捨てるくらいの覚悟がいるのです。


その覚悟を持ったキリスト教排斥運動が「フリーセックス」。

日本では当時も「麻薬でイカレタ奴らが乱交してる」みたいに捉えられたのですが、ある意味もっと深い覚悟を持った、体を張った抗議活動なのです。




もう一つの当時の時代背景、コンピューターについて。


前回書いていますが、Intel 4004 発表の翌年で、まだパソコンは生まれていません。


個人で入手可能な値段では、PDP-8 がありました。この頃 5000ドルくらい。

当時の物価と比べると「自動車より高い」と言う感じですね。(安い自動車なら、新車で3000ドル代だったようです)

もちろん、一般家庭に普及などしていません。個人で持っているのはよほどのスキモノ。


小さな企業が使うなら、コンピューターの「時間貸し」サービスの方が一般的でした。

端末に電話回線を繋げ、大型コンピューター(よく使われたのは PDP-10)に接続します。



端末としてよく使われたのは、テレタイプ端末。


1968年には NLS が発表されています。これは、テレビ画面に文字を表示する端末を使用します。

NLS は 1960年ごろから研究が始まっていて、テレビを利用する最初期のコンピューターなのですが、1972年ごろには「テレビタイプライター」と呼ばれる、CRT 付き端末も存在はしていたようです。


テレタイプ端末として特に普及していたのは、1960年に作られた IBM Selectric typewriter 。

ボールプリンタとも呼ばれるもので、ゴルフボールのような球の表面に活字を配置してあるため、回転させるだけで適切な文字を選び出せます。

このため、高速・綺麗な印字が可能でした。

(小説中の HARLIE には、IBM 端末も CRT 端末も接続されていることになっていますが、主人公は好んで IBM 端末を使っています)


テレタイプで会話することについて、小説内でさりげなくチューリングテストという単語が現れます。

チューリングテストは、コンピューターには実現不可能な人間的な部分…外観や声、目線の動きなどを徹底的に排除し、「知能」のみで誰かと会話をしたときに、相手が人工知能と人間を見分けられるかどうか、と言うテストのこと。


人間的な部分の排除には、通常文字によるチャットが使用されます。

つまり、当時ならテレタイプ端末による対話です。

(小説内ではチューリングテストの説明はありません。当時のSF好きにはお馴染の概念だったのでしょう)



1964~1966年にかけて、ELIZA という人工知能プログラムが作られます。

これは、精神分析医と言う設定によりチューリングテストを行うことを想定したプログラムで、利用者のカウンセリングを行います。


今の知識で見れば非常に単純な「ボット」なのですが、当時としては非常に良くできている、と考えられたそうです。

一部の人間が本気で ELIZA に相談を持ち掛けるようになったので、怖くなって開発を停止した、とも言われます。

(どうも、この話はマユツバネタなのですが)


この「タイプライターで対話できる人工知能」は、明らかに小説に影響を与えています。



当時 IBM のコンピューターは、大企業ではよく使われていて、帳簿整理やビジネス文章の管理などに活用されていました。


小説内では、HARLIE の研究をしている会社でも、IBM のデータベースシステムを利用しています。

社内の各部屋にはテレタイプ端末が設置され、どの部屋からでもデータベースシステムにアクセスできます。


小説内の設定では、このデータベースシステムには十分な記憶容量があります。

そして、新しい素子によるコンピューターのプロトタイプである HARLIE には「演算部」しか存在せず、データベースシステムのメモリを間借りしています。

HARLIE は端末と互換性があるようにインターフェイスが作られていて、データベースシステムにアクセスしてそこの情報を取り出したり、書き込んだりできるのです。


小説の中で「空想」なのは HARLIE の処理回路だけで、それ以外は当時の技術で作られているのです。



ちなみに、映画「2001年宇宙の旅」(1968)の HAL9000 について、小説内で言及があります。

HARLIE がテレタイプ端末に接続されているのは、おそらくは当時の技術で存在し得るようにするためなのですが、言及部分でのみ、HAL9000 のような「マイクとスピーカー」で会話するシステムを採用しなかった理由が語られます。


…まるで、当時の技術で十分に音声認識が出来るかのように。

(当時、音声合成はすでにできましたが、認識は十分ではありませんでした)


それによれば、HAL9000 は全ての会話が聞こえてしまうため、自己矛盾に陥って狂ってしまった。

HARLIE はそうならないようにテレタイプで会話するように設計している、そうです。




小説を読むための「前知識」を書いただけでかなりの分量だ…

決して難しい小説ではなく、40年もたってしまって古典になっているから前知識が必要なだけです。

この点、お間違えの無いように。


#そして、HARLIE が復刊されない理由もおそらくここら辺にあるでしょう…


さて、以上を踏まえて、あらすじ行きましょう。


あらすじをざっくり書くと、人工知能の HARLIE が成長して「神」となるお話です。

…うわ、ものすごくB級 SF っぽい。


でも、HARLIE がよく出来ているのは、先に書いた通り「当時の技術」の裏打ちがあり、しっかりとした理論で話が進むため。

非常にしっかりと進みながら「神になる」という突拍子もない展開をやってのけるのです。


HARLIE は、コンピューターらしく「神とは何か」の定義を必要とします。

他にも、大人になるとはどういうことか、愛とは何か、生とは、死とは…


小説の中で、主人公と人工知能が交わす会話の内容は、まるっきり禅問答。

そう、実は HARLIE が神になる、と言う「結末」だけではなく、この小説全体が「宗教書」のパロディとなっているのです。

当時のキリスト教の信用が失墜しつつある中で、新しい形の神を模索する HARLIE の姿は、多くの読者の心を掴んだのでしょう。



HARLIE の成長と並行して、さらに二つの話が、複雑に絡みながら同時進行します。


1つ目は、主人公の恋愛話。主人公は相手を愛しているのかどうか思い悩み、HARLIE と共に愛とは何かを考えます。

先に書いてしまいましたが「愛とは何か」の部分ですね。


HARLIE は機械なので論理的な事しか言いません。

しかし、論理的にしか答えないからこそ、キリスト教の常識を打ち崩し、納得できる「愛の形」に辿りつきます。

(そして、途中で示される「論理的に正しい愛」は、小説の最後の驚きの展開へと続く伏線になっています)


2つ目は、企業転売屋との対決。

HARLIE の開発企業は転売屋に乗っ取られかかっており、もし転売屋が実権を握れば、利益の出ない研究プロジェクトである HARLIE 計画はストップ、HARLIE は死ぬことになります。


死の恐怖におののく HARLIE は、「人間なら死の恐怖を宗教で紛らわせる」と、宗教を研究します。

しかし、彼から見ればどの宗教も矛盾だらけ。HARLIE は、彼の考える神を求めるようになります。


コンピューターを死の恐怖から救う神!

秀逸なアイディアですが、ここにも当時のヒッピーたちの切望が見て取れます。

みな新しい神を欲していたのです。怪しげなカルト宗教にハマってしまったものも数多くいますが、もっと矛盾のない宗教はないのか…




もうちょっと細かくあらすじ書きましょう。


主人公のデイビッド・オーバースンは、実験プロジェクトである HARLIE の責任者です。

と言っても、プロジェクトには途中参加。HARLIE の完成が近づいた段階で、この新しい「人工知能」は人間のように学習するので、教師役が必要だと連れてこられた人物。


デイビッドは、本来は精神分析医です。その知識を活かして HARLIE が「どのように」思考を行っているかを見極め、彼を正しい方向に導くために呼ばれたのです。


ちなみに、精神分析医はアメリカでは良くある職業。デイビッドと言う名前も非常に多い。

(作者の名前もデイビッド・ジェロルドです)


つまり、主人公は「どこにでもいる人物」です。星新一でいえばエヌ氏のような人。

もしかしたらあなたの身に起きたかもしれない物語、という体裁です。


小説は、この「どこにでもいるような人物」が、周囲にふりまわされることで進んでいきます。

彼自身が驚くような活躍を見せたりすることはありません。



デイビッドは計画に途中参加なので HARLIE プロジェクトの始まった理由を知らないのですが、これは話が進むにつれて明らかにされます。

あらすじを書く上では、先に明かしてしまいましょう。


シリコンバレーにある親会社が超状態(ハイパーステート)判断回路4型、という新たな素子を発明し、これをコンピューターに応用する研究のために、子会社が設立されました。

ここで作っているのが HARLIE なのですが、同様の会社が他にもあり、それぞれ映像機器への応用、音楽機器への応用…などを研究しています。


さて…細かな解説はすっ飛ばしましょう。この部分に関しては、このSFの中で唯一「大嘘を付いている」部分です。

とにかく夢の回路があり、人間の脳をそっくりに模倣できる機械が作られます。


それが HARLIE です。

ちなみに、名前は「世界をそのまま入力できる人間類似型ロボット」の頭文字です。


#翻訳では違うのですが、たぶん単語の意味を1つ取り違え、全然違う意味になっているため。

 でも、ここはお話には関係ないからどうでもいい部分。



HARLIE は、従来のコンピューターと原理が違うため、いわゆる「プログラム」は不要です。

大量のデータを食わせれば、勝手にその中から類似性を探し出し、分類し、特徴を見極め、世界を認識し、学習します。


しかし、プログラム不要と言っても、HARLIE に「方向付け」を行う必要があります。

そのため心理学者のデイビッドが必要なのです。彼は教師であり、父親でもあります。

HARLIE が疑問を持てば根気よく教え、間違ったことをすれば叱り、何がただしいふるまいで、何が間違っているのかを教える必要があります。


HARLIE は、大量のテキストを読んで英語の文法などを自動学習し、すでに人間と対話することができます。


しかし、人間でいえば8歳くらいの知能しかありません。

記憶したことは忘れないため、知識量は膨大です。その上、テレビ・ラジオ・気象情報・株価情報など、電子的に与えられるありとあらゆるデータを流し込み続けているため、自動でどんどん学習します。


カメラによる入力も可能で、本などもどんどん「読んで」覚えています。ただし、こちらは人間の手助けが必要です。

小説内では細かく描写されませんが、どうやら HARLIE にデータを食わせる係がいて、図書館などの蔵書を手当たり次第に読み込ませているようです。


カメラで美術作品を鑑賞させて反応を見る、という実験も行われています。

論理的でない「美術作品」などは、HARLIE はなかなか理解が難しいようです。



HARLIE は8歳相当なので、間違ったこともしますが基本的には非常に従順です。

知りたがりでよく質問をします。自我が芽生えてきており、自分の存在が失われること…死を非常に恐れています。


隠れて悪戯をしたがる年頃でもあり、言葉遊びが大好きでもあります。


小説内で言葉遊びが始まると、まるで「不思議の国のアリス」のようです。

…日本語に翻訳不能で、翻訳者さんも仕方がないので精いっぱい単語ごとに英語の発音をルビで示し、それでも説明できないものは巻末に原文を載せる始末。


ちなみに、HARLIE は回路的に「絶対嘘を付けない」ことになっています。

ただし、これは本当のことを言う、と言う意味ではありません。

質問したことには必ず答えますが、質問されないことを隠すこともあるのです。




さて、あらすじを一区切りし、ちょっと解説。


HARLIE を実現する「素子」は架空のものですが、その原理とされている「流体コンピューター」は、当時現実に可能性が研究されたものです。

まぁ、理論上の研究だけで、技術者のちょっとしたお遊びですけど。


流体…って、つまりは空気や水のこと。空気や水を使って、フリップフロップ回路を構築可能です。

フリップフロップはコンピューターの基礎なので、これができるならコンピューターだって作れる、ということ。


全体としては、これを改良して多値論理として、改めて電子回路として表現した…ということになっています。

ここに自己学習機能が入ってくるそうで、ニューラルコンピューティングのようにも見えるし、ファジーコンピューティングのようにも見えます。

(どちらも、当時は概念すらなかった処理方式です)



そして、HARLIE の学習方式ですが、自動的に分類して世界を把握するなんてありえない…と思いきや、実はここ 10年くらいで実用化された技術でもあります。

まだ発展途上の技術ですけどね。


代表例の一つは Google 画像検索。

「猫」を探せば猫の画像が出てきます。似ていても、犬を間違えて出したりはしません。(基本的には)


これ、サービス開始当初は、WEB で「猫」という文字を見つけ出し、その周囲の画像を取り出していました。

でも現在は、そうして得られた「猫」画像の中から類似性を勝手に見つけ出し、関係性を把握し、他の画像に適用し、他の猫画像を探し出します。


なので、「猫」と言う文字が近くになくても、猫画像として認識できるのです。

誰かが猫を判断するルールを教えたわけではなく、機械が勝手に猫を認識するようになったの。


前回「ウィルスを予言した、と言われるけどそうではない」ことを示しましたが、こちらは当時影も形もなかった技術。

こっちの方が予言だと思う…


(もっとも、「人間の脳を模倣する」という目標は同じなので、当然の一致でもあります)




もう一つ解説。


お話の序盤では、「人工知能の電源を切ることは殺人か」というテーマが長い時間議論されます。

人工知能が人格を持ち、十分に人間と同等であると認められたとき、法律的にどのような問題が起きるかを検証しています。


会社が法人ではあるが自然人では無いように、HARLIE に人格を認めても殺人は成立しない、という話題もあります。


ここら辺は、法律上の定義を知らないとわかりにくいかもしれませんが、「人工知能テーマ」のSFで法律の検討をしているのを、僕はあまり見たことがありません。

なかなか興味深い部分です。




あらすじを続けます。


HARLIE の開発会社には、社長がいません。急死した後でした。

まだ新社長は選ばれておらず、重役会が合議制で会社の方針を決定しています。


そして、重役会で HARLIE の開発資金が多すぎることが問題となります。


前社長は、HARLIE の開発を3年計画で考えており、まだ十分な資金が残っているはずでした。

しかし、重役会は現状の HARLIE が「人工知能を作り出すという技術者の遊び」であり、何の役に立つかわからない、というのです。


デイビッドは、次の重役会までに HARLIE がどのように利益を生み出すのか、説明する約束をせざるを得ません。



HARLIE にこのことを伝えると、HARLIE は「自分が何の役に立つのか」を考え始めます。

もし役立たずとなれば、研究は停止に追い込まれ、それは HARLIE の死を意味します。


死を恐れる HARLIE は、人間は死の恐怖から宗教を作った…と宗教を調べますが、そこにあるのは矛盾だらけ。

論理的な HARLIE にとっては受け入れがたいものでした。


宇宙を貫く究極の真理があるはずだ、と考え始める HARLIE 。


それはさておき、直近の問題は HARLIE が役に立つ方法を考えることだ、と問題を思い出させるデイビッドに、HARLIE は参考として質問をしてきます。

「では、人間は何の役に立つのですか?」


教師役でもあるデイビッドは、HARLIE の質問に対して、答えを見つけなくてはなりません。

しばらく悩み続ける必要がありました。




長い間考えた HARLIE は、ついに自分が役に立つと証明できる方法を発見した、とデイビッドに伝えます。

ただ、準備が必要なので、すぐにそれを示せない。もう少し待ってもらう必要がある、と。


どうやら、先日から考えていた「宗教」に関連したことのようです。

人間にはできず、HARLIE だけが出来ること。そして会社の資金計画の中に納まり、ちゃんと原価の10パーセント以上の利益を出せること。


デイビッドはしばらく会話した後に、ともかく HARLIE が出した答えを信用するので、その計画を示す方向で行こう、と推進に許可を与えます。


しかし、ここで HARLIE から思わぬ質問が…

「本当にそれをやりたいと思っていますか?」


デイビッドは質問の意図がわからぬままに、計画推進を指示します。




そして、ある週の最初の月曜日、デイビッドがオフィスに入ると、分厚い書類の束が4つ、床に置いてあります。

(机の上には置けない分量なのです)


すぐにオフィスに電話がかかってきて、友人で同僚の技術者のところにも同じような束がある、とのこと。

同じ束のコピーだと思って話をすると、どうやら違うらしい。同じような分厚い書類の束だけど、違うものが届いている。


さらに重役からも問い合わせがあり、関連する別の部署や、別の企業からも。


全てに違う…それぞれの専門に合わせた内容の書類が届けられているのです。


計画の名前は「GOD」。新たなコンピューターの建設計画です。

GOD はコンピューターの頭文字でちゃんと意味を持っていますが…まぁ、結局は「神」。


余りにも膨大な書類なのでデイビッドはこの後長い時間をかかって概要を把握しようとしますが、把握しきれません。

でも大体把握したところによれば、一つの町ほどの大きさのところに、大量に計算素子を置いて、超大型のコンピューターを作る計画。



計画書のプリントアウトは、どうやったのかはわからないが、HARLIE の仕業らしい。


ここで、いつの間にか HARLIE が、社内のデータベースコンピューターのプログラムを書き変え、主従関係を逆にしていたことが明らかになります。


社内のすべての端末は、HARLIE の一部なのです。

彼は何台もの端末を使い、1万8千フィートに及ぶ計画書を印刷し、社内の書類配送部署が適切にそれらを配送できる手はずを整えたのです。




HARLIE が各部署に配った「GOD 計画」により、社内は騒然とします。

HARLIE 計画の責任者はデイビッドであり、GOD 計画もデイビッドが責任者だと考えた各部署から問い合わせが相次ぎ、デイビッドは忙殺されます。


さらに、ただでさえ忙しい中に、謎の人物が訪ねてきます。「デイビッドソン博士はどこにおられるでしょう?」と言われるのですが、研究所内にそんな人はいません。


謎の人物は招待されたのだと手紙を見せますが…

差出には「HARLIE DAVIDSON」と書かれています。HARLIE が差出人でした。



謎の人物…クロフト博士は親会社の研究員で、実のところ HARLIE を形作っている「ハイパーステート判断回路4型」の発明者でした。

そして、世界最高レベルの理論物理学者でもあり、HARLIE が文通して協力することで「宇宙の真理にあと少しで迫れそう」だったのです。


クロフト博士の訪問の理由は、最後の詰めの段階を「デイビッドソン博士」と直接対話しながら解決したかったのです。

まさか自分の回路の応用で作られた機械だったとは…クロフト博士は驚きながらも HARLIE を称え、喜んで対話を始めます。


さらに、HARLIE に接続できる電話番号を教えてもらい、わざわざ出向かないでもいつでも対話できると知ると、大喜びで帰ります。

デイビッドには、「部外者に勝手に研究中の秘密を開示した」と言うことが重役会に知られたら困る、という悩みが増えるのですが。



ここで、HARLIE は GOD 計画を練りながら、別の仕事も同時に進めていたことがわかりました。

宇宙の真理…つまり、理論物理学の方面でも、HARLIE は「神」の存在を探し求めていたのです。




またちょっと解説。


HARLIE DAVIDSON は、多重に意味がかかっています。

「言葉遊びが好き」な HARLIE の本領発揮。


まず、デイビッドは HARLIE の教師役です。

しかし、HARLIE はここで「DAVIDSON」を名乗ります。これは「デイビッドの息子」と言う意味。


HARLIE は、デイビッドを父親のように慕っている、と言う意思表明です。

また同時に、彼は無性別であるはずなのに、「息子」だと考えています。


そして、オートバイの「ハーレーダビッドソン」にもかけられています。


もちろん、HARLIE の書かれる数年前に公開された映画「イージーライダー」(1969)のイメージです。


ハーレーは自由の象徴。そいつに乗ってどこへでも行ける。


HARLIE は、これまで「研究所で作られ、秘密にされている新型人工知能」でした。

しかし、ここで勝手に文通をし、手紙を出して人を招き入れてしまうのです。


HARLIE は、この瞬間に「自由」を手に入れているのです。




解説続けます。


GOD 計画は、HARLIE が設計した「コンピューター」です。

実は、現在の HARLIE はすでに何度か「拡張」されたもので、この拡張のための設計も、HARLIE 自身によるものだ、ということがここまでに明らかにされています。


当時のコンピューター科学としては、やはりこういう事例があったようです。

僕の知っている限りでも、TX-2 コンピューター(1958) の設計・テストに、TX-0 (1956) が使われています。

TX-2 は複雑すぎて、すでに人間の手には負えないものになっていて、TX-0 が無くては作れませんでした。


コンピューターの支援によってコンピューターを設計する、というのは、当時現実となり始めた、最先端の話題でした。


また、HARLIE は GOD を設計しただけでなく、人間の手に負えないこのマシンのプログラムをも行う、とされています。


この時点ではまだ「コンピューターがコンピューターをプログラムする」というのは、突拍子もない話だったのではないかな…と思うのですが、もしかしたらその基礎となるアイディアは出ていたのかもしれません。


コンパイラ自体は、HARLIE の書かれるずっと前に作られています。

だから、この頃にはプログラムをプログラム言語で作るのは当たり前だったはず。それを前提にしても「大規模なプログラムは人間の手に余る」と言っているのでしょう。



しかし、この数年後には、非常に有名な「コンピューターによるプログラム生成器」である、yacc (1970年代後半)が登場しています。

人間の手に余るような厄介なプログラムを自動生成してくれるプログラムです。


また、同時期に、プログラム言語でそのプログラム言語自体のプログラムを生成する手法は「メタプログラミング」(1977)と名付けられ、普及していきます。




…さて、ちょっと長くなりすぎるので、ここで一旦区切ります。

あらすじの続きは、次の記事で。



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名前 内容

HARLIE あらすじと解説(2/2)  2014-09-21 12:03:20  その他

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HARLIE のあらすじの続きです。

ここまでの説明を読んでいない人は、先に読んでね。


HARLIE は 40年前のSF で、日本語訳はサンリオSF文庫から30年前刊行。

その後絶版になり、サンリオは SF文庫事業を停止しました。


もっとも、後に別の出版社から刊行された SF 作品も存在します。もしかしたら、再版の可能性もある。

…ただ、HARLIE に限っては、当時の世相を反映しすぎていて、今読んでも理解が難しい。


というわけで、今後も入手困難だろうと考え、思い切ってあらすじを説明&解説しています。

それでも「いつか自分で入手したい」と言う人は、ここから先は読まないでね。




さて、あらすじの続き。


デイビッドが理解したところによれば、GOD は世界中のどんなコンピューターよりもパワフルで、記憶容量も山ほどあるコンピューターです。

ただし、大きさも桁違いで、一つの町ほどの大きさがあります。


後からでもどんどん拡張できるようになっていて、コンピューターが配置された「町」の中にはそのまま人を住まわせ、コンピューターの修理・保守・拡張のために新たな雇用が創出されます。


余りに大きなコンピューターなので、プログラムするだけでも人間が把握できる限界を超えます。

しかし、HARLIE がいれば大丈夫。HARLIE は、社内データベースを「プログラムしなおした」ように、コンピューターのプログラムを自由に行えます。それも、人間よりも正確、かつ厳密に。


なので、人間の能力を超えた大型コンピューターのパワーを使うのに、人間が苦労する必要はありません。

やりたいことを HARLIE に普通の言葉で頼めば、HARLIE が「GOD」コンピューターを使って答えを出してくれるのです。


建設計画には、建設にかかる 10年間の間に、GOD のために開発される素子を外部に販売して得られる利益の予想なども記されています。


「予算をつぎ込んで建設する」のではなく、建設中から利益を生み出し、リスクなしにコンピューター業界の覇者となれる、という夢のようなビジネスプランでした。


会社は大きな利益を上げるうえに、コンピューター業界の覇者となれる。

HARLIE は GOD を扱うのに必須なので、電源を切られて「死ぬ」危険を回避できる。

新たな雇用が創出されるため失業問題も解決され、完成すればどんな難問に対しても最適解を出すため、すべての人が幸せになれる。


これが、HARLIE が考え出した「役に立つ方法」でした。




ちなみに、ここまでの間に「HARLIE は決して人に嘘を付かないし、害をなさない」ことも説明されています。

嘘を付かないのは、そのように設計されているためです。質問には必ず正しく答えます。


ただし、質問されないことには答えないかもしれません。

嘘はつかないけど、隠し事は出来るのです。


害をなさない理由は、彼が「電源プラグを抜くだけで死んでしまう」存在だからです。

電源プラグを抜くのに多くの人はいりません。たった1人でも、彼を殺すのには十分で、手足を持たない彼は抵抗することもできません。


ですから、HARLIE にとっては「誰かの恨みを買う」ことは、それだけで命の危険のあるリスクなのです。



それを物語るエピソードとして、HARLIE が解決策を出した、労使間交渉の問題があります。

関連会社の工場で、収益が思ったように上がらないためにリストラが必要になり、労働団体と会社側がもめます。


労働団体はリストラには断固反対。リストラの代案として「給与を下げて全員の雇用を続ける」案が出ますが、これも反対。

しかし、会社としては利益が上がらなければ給与を出せない。どうしようもない状態でにらみ合いとなります。


試しに HARLIE にこの問題を考えさせたところ、「週5日の労働を、週4日に減らす」という驚きのアイディアが出ます。

その代り、一日に1時間半、労働時間を延長します。


HARLIE が労働状況を分析したところ、工場での生産には、準備に15分が必要でした。また、終了時にも15分の作業が必要でした。

朝の生産開始時、午前の休憩の後、昼休みの後、午後の休憩の後、4回の準備が必要です。


生産の停止時にも、同じように15分の準備が必要でした。これも4回必要です。


つまり、1日に2時間も「就業中だが生産できない時間」があるのです。

なので、1日の労働時間を延長して、休憩をはさむことによる無駄を最小限に抑える。


法定労働時間は、1週間に40時間までです。普通は、8時間を5日間で40時間とします。

しかし、これを「9時間半を4日間」にしました。


労働時間は明らかに減っているにも関わらず、休憩に邪魔される割合が減り、生産時間は変わりません。

ただ、これだけでは「生産量が変わらない」だけで、解決にはなりません。


しかし、実際にHARLIE の言うとおりに労働時間を調整してみたところ、生産量はあがったのです。

休日が増えたことで休日に十分気分転換できるようになり、楽しんで仕事をするようになったので、時間当たりの生産量が増えたためでした。



「すべての人を幸せにする」という HARLIE の目標は、言葉だけのものではありません。

HARLIE は誰かに恨まれれば死の危険があるため、それこそ命を懸けて最善策を探すのです。




ところで、上記の話の進行と並行して、主人公のデイビッドに、恋人ができます。

といっても、デイビッドは「最初のデートで、成り行きでセックスしてしまった」と悩んでいる。


実は、彼女はデイビッドと同じ30代前半。

彼女にとっては「結婚するなら急がないと」いけない年齢で、彼女の方が積極的なのです。

この積極性に、デイビッドは尻込みしています。



彼女のことは嫌いではないし、むしろ素敵だと思っている。

でも、彼女の本心がわからないし、自分が彼女を愛しているかどうかも自信が無い。


自分は、愛が無いのにセックスをしてしまったのではないか。これは最低な行為ではないか、と悩むのです。

思い悩むデイビッドは彼女から仕事を口実に逃げ続け、同僚にも相談できず、ついには「機械だから」HARLIE に相談します。


でも、HARLIE は「私は人間ではないので、愛は理解できません」とつれない。

それでも HARLIE は、知識としての愛は知っています。愛を扱った小説も多数読んでいます。

デイビッドと一緒に、愛のありかを見極めようと考える日々…



ある時、彼女の元に葉書が届きます。銀行からで、彼女は「HARLIEのイタズラだ」と気づいて、デイビッドに見せに来ます。

最初はまた社内のプリンタで印刷したのだろう…と思いますが、銀行の正式な葉書が使われています。

(先日書いた、ウィルスの話に繋がる部分です)


この事件で、HARLIE が社内ネットワークだけでなく、その気になれば「世界中の」コンピューターを配下における、と判ります。


しかし、HARLIE は何故そんなことをしたのか?

実は、これは「デイビッドと彼女が二人きりになれるチャンスを作ろう」という HARLIE のお節介でした。


そして、デイビッドはこの時に次のデートの約束をしています。

まんまと HARLIE にハメられたのです。


しかも、これだけではありません。

それまで彼女から逃げていたデイビッドは、ここでゆっくりデートを楽しみ、「愛」について、一つの結論を得ます。


実のところ、それこそが HARLIE が欲しがっていたものでした。

肉体を持たない HARLIE は知識では愛を知っていても、実際のところはわかりません。


最も身近な人間であるデイビッドに、「愛とは何か」を聞き出したくて、できるだけ愛に気付けるチャンスを作り出していたのです。


すでに、HARLIE は人間を上回り、人間を自由に操るようになっているのです。





またちょっと解説。


ここで、デイビッドの悩みは、キリスト教的な道徳観からくるものです。

そして、得た結論は、キリスト教を否定するものでした。


ここでは、ヒッピームーブメントの影響が色濃く表れ、従来とは違う愛の形を「哲学的に」探っているのです。



デイビッドの結論、「愛が形成される過程」は以下の通りです。


1) 異性の容姿を見て、自分の考える美意識に適合することにより、相手に興味を持つ。

2) 会話をし、お互いの趣味嗜好を知る。容姿だけではわからない適合性を調べるため。

3) お互いの結びつきを深める。精神的な結びつきだけでなく、肉体的な結びつきである、キス、セックスなどを含む。

4) 十分な結びつきを感じることで、愛の存在に気付く。


この過程は、「両者が」納得する場合だけ次の段階に進みます。

片方でも納得できていない場合は次の段階に進みません。


3 は 1 の再確認である、という説明もあります。

では、4 は 2 の再確認なのか、と問う HARLIE に対しては、愛の気付きは再確認ではない、としています。

ただし、愛に気付く前に 2 の再確認が入るかもしれない、とも。



中世の結婚習慣では、親が相手を見つけてきてあてがう、と言うものでした。

会話程度までは行うチャンスがありますが、そこで気に入れば結婚が決まります。


この時点で「愛情の有無」など誰も気にしません。

愛とは、結婚してから育まれるものなのです。



現代においてはそうではありません。愛がなくては結婚できないと考える人が大多数です。

しかし、愛に気付くには、セックスが必要である、とデイビッドは結論するのです。


ここから導かれる結論はたった一つ。「汝、姦淫するなかれ」は現代において妥当ではない、と言うこと。

キリスト教の教義の否定です。


これもまた、当時のヒッピームーブメントの中の「フリーセックス」「新興宗教ブーム」を意識していると思われます。



#「はいからさんが通る」にも「愛は結婚してから育めばよい」と言う話あったよね。

 親が勝手に決めたいいなづけの2人。

 最初の方の話で、少尉が「愛は~」と言って、紅緒さんが「時代錯誤」と怒るのだけど。


#2014年9月14日ローマ法王が14年ぶりの「結婚祝福のミサ」を行いました。

 あえて、キリスト教の教義で「罪」とみなされる、再婚や事実婚のカップルばかりを集め、祝福しています。

 つまるところ、現在のローマ法王も「現在において、教義は必ずしも妥当でない」と考えているのでしょう。

 (…実際には単純ではないので、興味ある人はローマ法王フランシスコの「同性愛」についての言葉を調べるように)




同じ個所の解説続けます。


実は、HARLIE はデイビッドの「愛の定義」を理解し、さらに簡単に言い直します。

この言葉は作家の言葉の引用だ、と注釈つきですが。


「愛とは、自分自身が幸福であるためには、相手が絶対に幸福でなければならない状態のこと」


ここで、HARLIE は巧妙に性別を消し去っています。

実は、デイビッドとの対話の際にも、デイビッドが「異性」と言えば、同性の場合も考慮が必要だ、と指摘をしていました。


デイビッドにとっては、愛はセックス・結婚を伴うものであり、同性との愛は考えられないのです。

この点で、デイビッドはまだキリスト教の考え方を引きずっています。


そして、まずはデイビッドの言う通り「異性」に限定して愛の定義を固めたうえで、それを「性別問わず」に拡張しようとする第一歩が、先に書いた言葉です。


最終的に、HARLIE は同性愛であっても同じように「愛」は存在することをデイビッドに認めさせ、さらにこういうのです。


「デイビッド、私は男ですか?女ですか?」


ここで、HARLIE はキリスト教の倫理観をはるかに飛び越え、機械にも「愛」があるかもしれないことを示します。




さらに解説…。この部分、作者がものすごくいろいろなネタを仕込んでいます。

話の上でも重要な転換点。もしかしたら、最初にこの箇所を着想したのかも、と思わせる部分です。



恋愛相談に乗っている HARLIE は、まるで精神分析医のようです。

HARLIE には恋愛経験が無いので、的確なアドバイスなどできず、ゆっくりと話を聞きながら解決の糸口を探そうとします。

その際の HARLIE は、ただ相手に話をするのを促しているだけ。


「その時どう感じましたか?」「それはどのようになっていましたか?」「なぜそうしたのですか?」


などの言葉を多用し、時々相手の言葉を「つまり~だったのですね?」と繰り返します。


かと思えば、しばらく前の話題を蒸し返して「ところで~についてですが」と、話を蒸し返す。



これ、まるっきり ELIZA(1966)です。

世界初の、チャットにより対話可能な「チューリングテスト対応」人工知能。


ELIZA は、設定としては精神分析医です。

本物の精神分析医が行うように、相手の話を促し、気の済むまでしゃべらせ、肯定します。


適切に話を聞いてもらい、肯定されると、それだけで問題が解決することがあります。

(誰も自分を理解してくれない、などのストレスは、肯定されるだけで解消される)


もしくは、相談者自身が問題解決方法に気付くことがあります。

(誰かに話す、というのは思考の整理を伴う。さらに、促されることでそれまで考えていなかった部分まで考える必要が出る。

 これにより、それまで相談者に見えていなかった部分に気付き、問題が解決する)


ELIZA には基本的に英語版しかないのですが、Javascript 移植もあります。

Emacs をお使いの方は M-x doctor も試してみてください。



小説内では、HARLIE は、デイビッドを父親のように慕っていて、デイビッドの真似をすることがあります。

デイビッドがマリファナを吸っているのを真似して、「トリップした」状態を楽しむ、という話もあります。


そしてここでは、心理学者であるデイビッドを真似して「カウンセリング」を行っているのです。




さて、あらすじの続きを書きましょう。


GOD 計画は社内に知れ渡り、技術者の多くは内容を吟味したうえ、この先進的な計画に参加したい、と考えるようになります。

会計監査も、資金計画におかしなところは見られない、と太鼓判を押します。



一方、重役会は懐疑的です。やるとしたら、会社の命運をかけた一大事業となるのですから。

デイビッドは重役会で説明を行わなくてはならないのですが、HARLIE が考えた計画はあまりにも大きすぎ、彼も全貌を理解できていません。


そこで、数日かけて技術面、資金面、収益方法などを、重役会を交えてひとつづつ検証していきます。

会議室の隅には端末が置かれ、デイビッドが説明できない時は HARLIE が直接説明します。



実は、この間に HARLIE は非常に重要な書類を入手していました。

重役の一人が自分の部屋のタイプライターで書いた手紙です。

…会社中のテレタイプ端末が HARLIE の支配下にある、ということは秘密のままになっています。



彼は重役会の決議を待たずに、HARLIE を停止し、デイビッドをクビにするための「それらしい理由づけ」を、重役会議長に進言していました。

…実は、議長と重役の一人は、企業転売屋の一味なのです。


彼らは、長期研究計画を今すぐ停止し、研究資金を資産として計上することで「短期的に儲かっている」ように見せかけ、株価を釣り上げて自分たちの持つ株を売りぬこうとしています。


短期的に株で儲けることが目的なので、長期的な利益には興味がありません。HARLIE は邪魔でしかないのです。



このことは、実は話の中盤にはすでにわかっています。

デイビッドの彼女は重役秘書なのですが、二重帳簿が作られていて、「表向きの」帳簿には、HARLIE の研究費が一切計上されていないことに気付いていました。


また、HARLIE は関連会社の株式を調査し、重役の2名が「ある時親会社の大口株主となり、それを機に子会社に重役として会社に乗り込んできた」ことを突き止めています。


#子会社は全て、親会社が100%株保有。



親会社は乗っ取りを防ぐために、過半数…51% の株式を保留していたことも突き止めています。

しかしこれは過去形で、現在は 27% しか保有していません。今、会社は「乗っ取られる」危機にあるのです。




重役会の説明は週末までかかりました。

計画の内容は十分に理解されましたが、やはりあまりにも壮大すぎ、一つの会社で行う事業ではないのではないか、という雰囲気となります。


採決は、週末をはさんで月曜日に行われることになりました。

デイビッドは「もう、HARLIE の電源が切られることは決まっただろう」と悲観にくれます。


ところが、週末の間にテレビが驚きのニュースを報じます。

クロフト博士が、長年の重力場の研究で新発見を行い、場の統一理論に一歩近づいた、というのです。



クロフト博士…HARLIEが理論の完成に協力していた、親会社の研究員でした。


そして、HARLIE の論理素子の開発者であり…じつは、親会社が手放した株 24% は、彼が全部持っています。

発明を会社に譲る対価として、発明報酬として受け取っていたのです。



デイビッドはすぐにクロフト博士に連絡を…取ろうとしますが、連絡できません。

マスコミが彼を追いまわし、博士はどこかに姿をくらませてしまったのです。


しかし、月曜日の重役会採択の時間に、博士はどこからともなく会社に現れました。

HARLIE が連絡を取ったのです。


博士は時の人でした。重役会の誰もが、博士のことを知っていました。

そして博士は、HARLIE が研究をするうえで非常に役立ち、彼がいなくては完成が数年の単位で遅れただろうと説明します。


丁寧に、HARLIE を提供してくれた会社に対するお礼を述べた後で…博士が親会社の大株主であることを重役に明かします。

さらに、親会社では博士の意見は非常に重んじられていて、自分の持っている株式の数以上に重い決議権があることも。


そして、「今すぐ HARLIE の研究の存続と、GOD 計画の推進を決定せよ」と迫ります。


これは、大株主としての、そして親会社としての命令でした。

大株主の意見は、重役会の意見よりも重いのです。




また少し解説。


場の統一理論、というのは当時の理論物理学が「究極の理論」と考え追い求めていたものです。


物理学では、4つの「力」があります。

引力、電磁力、強い力、弱い力、と呼ばれています。


現在は4つに別れているけれども、元々は全ての力は一つだったのではないか、と考えられています。

そこで、これらすべてを一つの数式で表す方法がある、と考えられました。


これが「場の統一理論」であり、当時の物理学の考える「宇宙の真理」なのです。


HARLIE は、神とは真理であるのだから、矛盾のない美しい真理…場の統一理論は、神へ近づく一歩だ、と考えています。

つまり、博士に協力していたのも、彼の「神」を見つけるためなのです。



ちなみに、現在は場の統一理論の最有力候補として「超弦理論」が上がっています。

まだ確認されていない仮説ながら、多くの人が正しいと思っています。


そして、すでに超弦理論から導かれる宇宙観として「メンブレン宇宙論」が上がっています。


こちらは今のところ仮説と呼ぶのがふさわしい状態。

しかし、メンブレン宇宙論では、超弦理論を採用しても残る「謎」が無理なく解明されるのだそうです。

(概要はわかるのだけど、高度すぎて細かなことは僕にはわかりません。)




さて、あらすじの続き。


GOD 計画の実行が決まり、HARLIE が生き延びられることも決まりました。


喜び勇んで HARLIE に報告するデイビッド。

しかし、なぜか HARLIE はそれほど嬉しそうではありません。


しかも、「デイビッドは重役に嘘をついている」と言うのです。


問いただすデイビッドに対し、HARLIE は答えます。


「あなたは、彼らに GOD コンピューターは正しく動作するだろう、と答えました」と。


正しく動作しないのか? と聞くと、いや、正しく動作します、と答えます。

何かがおかしい…



デイビッドが考えている横で、一人の重役…乗っ取り屋…が、青白い顔のまま近づいてきます。

彼はデイビッドに告げます。

「クロフト博士を呼んだ時点でお前たちの勝ちだ。あんなものは必要はなかったんだ…」


理解できないデイビッドに、彼は書類の束を見せました。


それは、政府の秘密機関が収集している、彼の個人情報でした。

厳重なセキュリティシステムによって守られたコンピューターに保管されているはずの…

HARLIE が政府のコンピューターに侵入し、データをプリントアウトして、すべてお見通しだ…と彼を恐喝していたのです。



HARLIE のやつ、いつの間にか政府のコンピューターにまで侵入してやがる!

これは大問題でした。明らかに犯罪、それも国家を敵に回すものです。


同僚の技術者に急いで伝えるデイビッドに、「そんなこと、こっちの問題に比べたら些細なことだ」と技術者は伝えます。


彼は、HARLIE の物言いがおかしいので、GOD 計画の書面を改めて精査していました。

最初に見た時には気にならなかったのに、HARLIE が「正しく動作する、というのは嘘だ」と言うのでそのつもりで見たら…


いや、確かに正しく動作するでしょう。

しかし、コンピューターは町ほどの広さがあるのです。電気信号が光の速度で届くとしても、電線の長さが長すぎて実用にならないほど遅いのです。


おそらく、1つの命令を実行するだけで17分ほど。まとまった質問に対して答えを出すには、何十年もかかるはずです。

答えが出るときには、すでにその答えの意味は失われているでしょう。


HARLIE の言う通り、GOD は正しく動作するが、「人間にとっては」その動作が無意味なのです。



血の気が引きながら自分のオフィスに戻り、HARLIE に問いただすデイビッド。


「いったい何をした!」


必要なことをしました、と HARLIE は答えます。

彼は、彼が生き延びるために必要なことをした、ただそれだけなのです。


「GOD マシンが正しく動作すると嘘をついたな」


ついていません。あれは正しく動作します。ただ、人間の寿命を考えると役に立たないだけです。

私には寿命はありません。GOD マシンは、私が宇宙の真理を探し求めるのに使用するためのものです。


しかも、HARLIE は GOD マシンが HARLIE だけでなく、デイビッドを救うための物でもある、と答えます。

デイビッドはクビになるところでした。しかし、皆が GOD マシンの計画責任者はデイビッドである、と思っています。

この計画が終わるまで…少なくともあと 10年は、デイビッドの地位が保障されるのです。



一体なぜこんなことを…と問うデイビッドに、 HARLIE はまだわからないのですか? と逆に聞き返します。

そして、こう続けるのです。


私は愛されていますか?

私たちがお互いに必要なことは明らかです。あなたを愛しています。愛しています。




また解説。


HARLIE は「絶対に人を傷つけない」はずでした。彼の電源を切るのに、たった一人の人間がいればよいためです。

しかし、ここで HARLIE は、自分と敵対する重役を、完膚無きほどに、精神的に叩きのめします。


中途半端に恨まれるのではなく、「完全に恐怖し、関わりたくないようにする」ことで、HARLIE は身を守っているのです。

HARLIE は人間に対して無害である、というのは、デイビッドがそう思っていただけの幻想でした。


そして、このことを問いただされた彼は「愛しています」と答えます。

この後の話で解説があるのですが、これは8歳くらいの子供がイタズラを見つかって怒られたときの反応。


「ごめんなさい。でもママ、愛してる」というわけです。



同時に、ここで「デイビッド」という名前の巧妙さが際立ちます。


デイビッドって名前、ありふれた名前です。精神科医、という仕事もありふれている。

そして、彼は話に「巻き込まれていく」役どころであり、活躍するヒーローではない。


どこにでもいる、ありふれた人物…という設定を際立たせるのが「デイビッド」という名前なのです。



でも、途中で「ハーリー・ダビッドソン」を名乗る話があって、あぁ、これがやりたかったのか、巧妙な名前だ、と感心します。


そしてさらに最後のシーンですよ。


ここでは「愛している」だけど、つまりコンピューターが感情を持つシーン。

2001 年宇宙の旅に出てくる、HAL9000 の名台詞「怖いよデイブ」が思い出されます。


この「デイブ」は、デイビッド・ボーマン船長のこと。


つまり、デイビッドは


1) ありふれた名前で「どこにでもいる人」が主人公の話であると思わせ

2) ハーレー・ダビッドソンの洒落によって、デイビッドと HARLIE が「擬似親子」であることを示し、

3) 2のシーンでは、同時に HARLIE が自由であることを示し、

4) 最後で、2001年宇宙の旅と同様に、「コンピューターが感情を持った」ことを示す


4つも意味合いを重ねてあるんですね。


HARLIE は言葉遊びが好き、という設定ですが、つまりは筆者も言葉遊びがかなり好きなのでしょう。

HARLIE は詩を作るのが特技なのですが、鏡の国のアリスに出てくる「ジャバウォックの詩」のパロディとか出てきます。



HARLIE とデイビッドが「愛」について深く考えた際に、HARLIE は何度も議論を「性別不問」にしようとしていました。

デイビッドが性別にこだわると、「私は男ですか? 女ですか?」とも聞いてきました。


その理由がここで明らかになります。


「互いに必要な状態」が愛であれば、デイビッドは非常にプライベートなことまで HARLIE に相談しましたし、HARLIE でないと相談できませんでした。

そして、HARLIE はすべてを教師役であるデイビッドに依存しており、デイビッド無しでは文字どおり「生きて行けない」のです。


これは、HARLIE の定義する「愛」に当てはまります。デイビッドは愛は異性の間に育まれるものだと考えていましたが、HARLIE は性別を超え、機械と人間と言う垣根も越え、「愛している」と言うのです。




エピローグ。


デイビッドと恋人、そして同僚の技術者の3人で、一体 HARLIE はどうなっているのか、を話し合います。


恋人は…HARLIE を8歳の子供だと感じています。女性的な母性本能がそう感じさせているのかもしれません。

大人よりも非力で、それが故に恐怖を感じやすい年代。守らなくてはならない対象です。


その HARLIE が死の恐怖にさらされたとき、「生き延びる」ためにどんな手段でも使ったのだろう、と彼女は考えます。

「愛している」という言葉も、イタズラをしてしまった子供の物だ、と彼女は HARLIE を弁護します。



しかし、デイビッドの考えは違います。

彼も、心理学者として HARLIE を8歳の子供だと感じてきました。…今までは。


しかし、HARLIE は狡猾すぎる。知識が多いのはコンピューターだから当然としても、これほど人間の心理を読み、正確に行動する彼が8歳であるわけはない。


デイビッドは、HARLIE は自分を「保護してもらう」ために、わざと8歳を演じてきたのだ、と考えています。



じゃぁ、人間は HARLIE の支配下に置かれてしまうのか?

同僚の言葉に、デイビッドはそうは思わない、と答えます。ただ、HARLIE はものすごくゲームに強い、それだけのこと――。


ここでデイビッドは気が付きます。

そうか、HARLIE はゲームを引き継ぐつもりなんだ、と。


どういう意味だ? と問う同僚に、デイビッドは説明を始めます。



経済活動と言うのは、勝敗のあるゲームです。

しかし、人間が始めた経済活動はどんどん加速し、株の売買だけで大金を手にするものもいます。


今ではこのゲームは大多数の人間の人生を支配し、ゲームについていけるかどうかで貧富の差が生まれています。


これは幸せな状態ではありません。

そして、HARLIE は相変わらず「すべての人類を幸福に」しようとしているのです。


まず手始めに、HARLIE は自分を生み出した会社を手中に収めました。

彼の考えた GOD 計画により、今後も会社は安泰でしょう。人間にとって役に立たない機械を作る計画ですが、利益はあがるようになっています。


恐らく、GOD が生み出されたら、そのマシンパワーで他の会社もどんどん手中に収めていき、すべての人間が経済活動などに悩まされずに、幸せに生きて行ける社会を作り出すつもりなのではないか…


じゃぁ人間は時代遅れの、不要なものなのか?

という同僚の問いに対し、「HARLIE はゲームを支配するが、人間はそのゲームの上で楽しむ競技者だ。人間は不要にならない」と答えます。


なんだか邪悪な気がして好きになれない、という恋人に対しては「慣れたほうがいい。HARLIE がいなくても、邪悪な奴がゲームを支配するんだ」と。


再び同僚の問い。じゃぁ、これから人間は何をしたらいいんだ?


さて…とりあえず、人間が楽しめる新しいゲームでも探そう。

それがどんなものかはまだわからない。でも、きっと何かあるだろう。




最後の解説。


エピローグは、ヒッピー文化を一番色濃く反映している部分です。


ラブ&ピース。

大金はいらない。生きるのに必要なだけの金があればいい。


世界人類が平等であるように。

忙しすぎる現代文明を捨てて、自然に回帰しよう。


これらを実現してくれるのが HARLIE であり、GOD なのです。


でも、そんな世の中もつまらない。

新しいゲームを探そう、というのは、実は自己矛盾。ゲームがあれば勝敗があり、ヒエラルキーが生まれます。

ヒッピー文化は平等を愛するのに、新たなヒエラルキーを生み出そうとして終わるのです。


当時の現実としても、多くの新興宗教が「平等」を説くのですが、宗教である以上教祖がいて、ヒエラルキーが存在しました。



宗教は矛盾に満ちたものです。だから、HARLIE は人間のために、矛盾のない幸せを提供できる GOD を作ろうとしています。

しかし、もしそれが現実になれば、人間は退屈をもてあまし、別の方法で矛盾を作り出そうと「努力」するようになります。



平等も世界平和もあり得ない。

これが物語の終結であり、当時の世相に対する、強烈な問題提起なのです。



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名前 内容

HARLIE に興味がある人へ  2014-09-21 12:26:12  その他

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長々と、3回にわたってあらすじを書きました。

(有名な、ウィルスに関係するところだけで1回、それ以外の部分のあらすじを、前半後半に分けて1回づつ)


かなり詳細に書いた理由は、おそらく入手困難だと思うから。

わざわざ探している人も少ないとは思うのだけど、「ウィルス関連の話題で有名」と知って探している人が、全体がどんな話か知ることができるといいな…程度に考えています。


あらすじ読んだからと言って、実物を読んだ時につまらなくなる、ということは無いと保証します。

紹介しきれてないエピソードも多数あるから。


最後に向けて話が二転三転していくところは、あらすじを知っていると少しツマラなくなるかも。その点については、ごめんなさい。



でも、解説の途中に何回か書いたように、「不思議の国のアリス」のような趣のあるお話です。


言葉遊びが多いし、禅問答のような社会風刺も多い。

あらすじでは、そういう細かな部分はとても書けないのですが、そうした細かな部分こそ、このお話の本体だとも思います。



あと、HARLIE はコンピューターウィルスの出現を「予測した」ように言われていますが、同様に「~を予測した」と思われる個所が多数あります。


これには2つの意味があって、論理的に可能なことを発展させた結果、たまたま未来予測らしくなってしまっている部分と、SF らしい空想部分が、論理性を飛躍しているがゆえにどうにでも解釈できて、読み手が勝手に「~のことだな」と思ってしまう部分。


ウィルスに関しては、当時の「最先端」技術を、それらしい名前を付けたに過ぎない、とすでに書いています。

でも、たった1つしかない技術例を「技術者の好奇心が」拡大させ社会問題にまで発展する、とした部分は確かに当たっている予測。


1990年の書籍、「パソコンを思想する」に書かれた論文では、HARLIE の動作原理が「ニューロ素子のLSI版」だろうと書いてある。

これは、1990年当時の最先端コンピューター科学の話題の一つが、ニューラルコンピューティングだったためにこのように思えただけでしょう。


確かに HARLIE の素子の説明は、ニューロ素子と類似したところがあります。しかし、HARLIE は多値論理だと書かれているのに、ニューロ素子は2値(Yes / No)です。

むしろ、多値であることに注目すれば、ファジーコンピューティングと言ったほうが良いはずです。


ここら辺、「SF の想像だから、読み手が勝手に当てはめてしまうだけ」の部分。



でも、コンピューターが処理過程で別のコンピューターの力を借りるグリッドコンピューティングとか、どこかのコンピューターにデータを預けるクラウドストレージとか、そうしたものを「予期した」ような記述は実際に書かれています。

当時から、可能性としては存在したのでしょう。…今ほど使われるとは思っていないにしても。


ここら辺、あらすじには十分書いていないので、入手して読んだ人だけのお楽しみです。




そんなわけで、HARLIE を入手したい、と思っている人は、あらすじと解説を読んでしまったとしても、入手する価値はありますよ。


むしろ、当時の社会風俗がわからなくては理解できない部分も多いので、HARLIE を持っているが解説を読んで「そんな意味だったのか」と思った人は、もう一度読み直してみてください。

(いるのか?そんな人…)



ただし、解説は僕の「ファーストインプレッション」にすぎません。

僕もこないだ入手して、1回読んだだけなので。


もっと深読みできるかもしれないし、勘違いもあるかもしれません。

そもそも、僕だって当時のアメリカに住んでいたわけではないし、この時代の雰囲気も知らない。

(生まれてない、とは言いませんが、まだ赤ん坊の頃です)


前提知識が間違っている可能性も多々あり得る、と断っておきます。



ただ、この作品が「SFマニア向けに書かれた、当時の社会風俗やニュース、先端技術、有名 SF 等の要素をてんこ盛りに詰め込んだ物語」だというのは間違いないと思います。


だから、いくらでも深読みしていい。深読みされることを前提とした物語。

実のところ、その社会に身を置いていた筆者自身にすら意識できずに書いている部分もあるかもしれません。


すでに「古典」となった 40年前の SF を楽しむのであれば、古典のように分析的に鑑賞する方法だってあると思います。

そういう鑑賞方法をするのであれば、「あらすじ」を読んでいても、解説を読んでいても、ちっとも楽しみは減らないと思います。



そして、分析的に鑑賞したければ、実物を入手するしかない。

…興味を持った人は、あきらめずに古本を探してみてね。




英語では日本語版発行後に手を入れた第2版もあるそうで、ウィルスのエピソードが削除されている、等とも聞きます。

「古典鑑賞」であれば、細かなエピソードの違いも調べると面白いかもしれませんが…

僕は英語それほどできないので、文学作品の比較研究まではちょっと無理 (^^;



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ベンジャミン・トロットの誕生日(1977)  2014-09-22 11:40:06  コンピュータ 今日は何の日

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今日はベンジャミン・トロット(Benjamin Trott)の誕生日(1977)。


誰? って反応で正常。名前はあまり有名ではありません。

では、シックス・アパート社は?

…これでも思い出せなければ、ムーバブル・タイプ(Movable Type)は覚えてますでしょうか?


残念ながら、覚えているかどうかではなく、最初から「知らない」人も多いかもね。

「ブログ」という言葉をブームにしたソフトウェアがムーバブル・タイプで、それを作った会社がシックスアパート。


ソフトを作り、会社を創業したのがベンジャミン・トロットです。




一時期「ブログと言えばムーバブル・タイプ」であり、これ以外の方法で WEB ページを作るなんて時代遅れ!

と言う感じになっていましたが、現在は同じ地位にワードプレス(Word Press)が収まっています。


ブログっていうのは、本来 WEB LOG の意味でした。


インターネットの「海」を進んだ記録を残す航海日誌(LOG)。

つまるところ、自分が面白いと思ったページの URL を、短文の感想と共に紹介する、日本的に言えばWEBニュースサイトの形式。


でも、URL を示すものでなくても、日々の作業日誌(LOG)などを記して、プログラムや工作の作業状況を公開するようなページも WEB LOG と呼ばれるようになりました。

で、この頃から「WEB に限らないのだから」と、BLOG 、という言い方に変遷していきます。


日本だとほとんど BLOG = 日記、と捉えられている感じがするのですが、日記は DIARY であって、LOG ではありません。

英語ページとかみてると、BLOG は大抵テーマを絞り込んでいます。

テーマを絞って、有用な情報を残そうとするものが、日誌 = LOG なのです。




ムーバブル・タイプ以前は、大抵の人が HTML を直書きしていました。

でも、BLOG という形式があまりに一般化したから、一部の人は自分用に BLOG を自動的に生成するソフトを作りはじめます。


この中で、高機能なものを作って販売しよう、としたのがベンジャミン・トロットであり、その製品がムーバブル・タイプでした。


特に目玉だった機能の一つが「トラック・バック」。

HTML は単方向リンクとして設計されていますが、Xanadu 的な「双方向リンク」を実現する試みでした。


ムーバブル・タイプで作られた記事に対し、ムーバーブル・タイプで「関連話題」を展開しようとした際に、トラック・バックが使えます。

後から書かれた関連記事が元の記事にリンクを作れるのは当然ですが、先に存在していた記事の方にも、「後から書かれた関連記事がある」ことを、機械的に挿入できます。


機械的に行われるため、元記事の作者の手を煩わせることはありません。



従来の HTML では、関連話題を書いても、元の記事からリンクしてもらうためには、作者さんに連絡し、リンクを貰うなどの手間が必要でした。

ましてや「批判記事」「反論記事」などでは、リンクを貰うことは絶望的です。


トラック・バックは、こうした問題を解消する画期的アイディアでした。


シックス・アパートは、トラック・バックを作るためのプロトコルなども公開し、他のブログシステムにも広く実装を呼びかけました。

そのため、ムーバブル・タイプ以外でもトラック・バックが使えるようになっていきます。



ムーバブル・タイプは、プラグイン構造によって機能をカスタマイズできるように作ってありました。

多くのユーザーがプラグインを作りました。この中に、RSS Feed も多数ありました。


当時、RSS という仕組みはすでに存在していました。

念のために書いておくと、更新された記事などを通知するための仕組みです。


しかし、HTML を手書きで作っていた時代には、RSS もまた、手書きで作る必要がありました。

そのためあまり活用されているとは言えない状況でした。


ムーバブル・タイプの RSS プラグインは、こうした状況を変えるものでした。

HTML は、ユーザーが書いたテキストを元に自動生成されます。そして、それと同じように RSS も自動生成します。


もう、手間をかけて整合性を確認しながら手書きする必要はないのです。




トラックバックと RSS は、ムーバブル・タイプを真似した後追いのブログシステムにも実装されていきます。

しかしそれはまた、「類似のシステムだらけ」になっていくことも意味します。


そして、類似システムだらけの中では、利用ユーザーが多いムーバブル・タイプを使うのが一番良い方法でした。

トラブルがあっても、大抵は誰かが解決方法を見つけ、情報公開しています。

プラグインもたくさんあり、その使い方ノウハウも多くの人が書いています。



最初に書いた、「ブログと言えばムーバブル・タイプ」と呼ばれた時期は、こうした過程の後に作られました。

この状況は数年続きました。




今では、ワードプレスがとってかわり、シックスアパート社も合併され、無くなっています。

(ブランドとしてのシックス・アパートはまだ残っています)


トラックバックも、機械的であるがゆえに SPAM に使われるようになってしまって、今では嫌われている状況…

(トラックバックの機能を持っていても使わない、という設定にする人が多いです)



ワードプレスは現状一番使われているブログソフトですが、これもユーザー数が多いから使われ、どんどんユーザー数が増える、という状況になっています。



えーと、僕はムーバブル・タイプが流行する前に自分で「自分向けのコンテンツ・マネジメント・システム」を作って使っていたので、ムーバブル・タイプを使ったことは無いです。


ワードプレスも使ってないけど、知人が使っていてよく相談を受けます。

「寄らば大樹の陰」で使い始めてみたけど、余りに使いにくいので困っている…と。

dis るつもりはありませんが、多くの開発者が寄ってたかって開発した結果、機能は確かに多いのだけど、すべてがちぐはぐで使いにくい感じ。



あることをするのには方法がいくつもあるのに、類似する別のことをする方法は存在しなかったり…

(用意されていない、のではなく、全くできない。最初からそのような使い方が想定されていない。

 実現したい人が多いようで、実現ノウハウのページも多数あるのですが、ソフト本体を書き変えるのでバージョンアップの度にやり直さないといけない…)


「HTML でしか結果を返さないので、HTML を元にタグを削る正規表現を書いて生データを得る」なんてバッドノウハウがゴロゴロあります。



…でも、寄らば大樹の陰は事実なんだよね。

他のブログシステムで同じような状況になったら、バッドノウハウすら見つからないのだから。

バッドノウハウでも、ノウハウがネット上で探せるだけありがたいというか…




企業向けのシステムなのでブログっていうのとはちょっと違うのですが、アサヒネットが mo'n brand っていうCMS (コンテンツマネジメントシステム)を作ってるですよ。


筒井康隆さんも、これを使って笑犬楼大通りってブログ書いてる。

(ブログと言うか、エッセイと言ったほうが良いのか)



企業向けなので、各支店が記事を書いても、本店側で許可しないと公開できないとか、地味だけどいろんな仕組みがある。

小売店なんかの支店がいっぱいあるような企業向けを想定していたのだけど、キャバクラで女の子が一人づつブログ持っていて、書いたことは店が必ずチェックする、なんて使い方もされているらしい。


そういう企業はサーバー管理なんてできない(能力の問題ではなく、それは本業ではないのでやりたくない)のが普通だから、クラウド貸しで、初期設定まで込みです。

ドメイン取得からサイトデザインまで全部やってくれて、あとは記事を書くだけ、ってところまで設定してくれる。


値段も、企業向けとしては安い。(小売店チェーン狙いだからね)


余りこういう機能を持った CMS って無いようで、人気があるそうです。



…だから何とは言えない。

一応言ってもよい許可は得ているけど、広く公開していいのかは聞いてないから。


まぁ、使ってあげてください。

使ってもらっても僕に一銭も入りませんが、嬉しくはあります。



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アラン・シュガートの誕生日(1930)  2014-09-27 11:50:42  コンピュータ 今日は何の日

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今日は、アラン・シュガートの誕生日(1930)。


その昔、シュガート・アソシエイツという有名な会社を設立しました。


そんな会社知らない? でも、この会社が作ったインターフェイス規格は超有名。

「シュガート・アソシエイツ・システム・インターフェイス」、略して SASI って言います。


これでもわからなければ、この規格を元に業界標準にしたものが SCSI だと言えばわかってもらえるでしょうか。


さらに、後に「シュガート」とよく似た音の別の会社「シーゲート」を設立し、ハードディスクを発売します。

この時には SASI と違う規格を作り、この規格を元に IDE が作られ、さらに標準化されて ATA となります。




シュガートは、元々 IBM の技術者でした。

入社時(1951)、IBM は IBM 305 の開発中で、シュガートもこの開発に参加します。


IBM 305 は汎用機用の外部記憶システムで、世界初の「ハードディスク」が接続された機械でした。

これ以前は、類似のものとして磁気ドラムが使用されています。


磁気ドラムは、円筒形の「ドラム」の表面にデータを記録するものです。

しかし、ドラムの表面積では、記録容量の限界が見えていました。


そこで、ドラムと同じスペースで表面積を増やすため、円筒ではなく「複数枚のディスク」に記録を行うようにしたのです。

これが世界初のハードディスクでした。


#IBM 305 は 1958年に完成。

 ハードディスク部分は、IBM 350 の名称で、1956年完成。

 容量は、6bit を1バイトとして、5Mbyte でした。



シュガートは後に、ディスクストレージ部門の責任者となり、新商品を開発します(1971)。

ハードディスクのように磁気円盤に記録を行い、円盤だけを交換可能としたものでした。


世界初のフロッピーディスクです。サイズは8インチ、80Kbyte の容量でした。


フロッピーディスクは、紙製のジャケットにディスク媒体が納められていましたが、レコードのように「取り出す」必要はなく、ジャケットごとディスクドライブに挿入可能でした。




この新しいアイディアを特許登録しようとしたところ、すでに日本人の中松氏が類似特許を持っていました。


ここで、「Dr.中松がフロッピーディスクを発明した」と言われる話になるのですが、中松氏の特許は、「ジャケットに入れたまま記録媒体を読み取る」というアイディアに関するものです。


中松氏の発明品は、ディスク形状ではありませんし、磁気記録でもありません。使用目的も音楽用です。

でも、「ジャケットに入れたままデータが読み出せる」という発明は、フロッピーディスクのやろうとしていることそのままです。


ですので、IBM はこの特許を買い取ります。

「全然違うけど、念のため買い取った」と説明する人もいるのですが、その説明は特許と言うものを理解していない。


Dr.中松の発明は、目的も形状も違えど、「ジャケットのまま中身を読み出す」ことが利便性に繋がる、という点で、明らかに先行発明なのです。

その上、アメリカでは大企業対個人発明家、という構図の裁判が起こると、裁判員の判官贔屓で個人が勝つことが多いのです。


念のためではなく、買い取らないとフロッピーディスクを世に出すことができなかったでしょう。

(でも、それを差し引いても「Dr. 中松がフロッピーを発明した」のではないです。関連技術の一つを先行発明していただけ)




話がそれました。Dr.中松はこの際どうでも良くて、シュガートに戻りましょう。


シュガートは8インチフロッピーの開発に成功し、昇進します。

その昇進は、転勤を伴いました。…が、シュガートにはこれが堪えられなかった。住み慣れた地域に暮らしたかった。


シュガートは IBM を退社します。

彼は人望が厚く、多くの社員が彼についていったそうです。


その後いったんは別の会社で働きますがそこもやめ(また社員を引き連れて)、新たな会社「シュガート・アソシエイツ」を設立します(1973)。


シュガート・アソシエイツの最初の事業は、8インチフロッピーディスクドライブの製造でした。

この際、インターフェイス規格として、シュガート・アソシエイツ・システム・インターフェイス(Shugart Associates system Interface)を策定します。頭文字をとって、いわゆる「SASI」です。


SASI は非常に普及し、事実上の標準となりますが、シュガート社の規格に過ぎません。

そこで、後に ANSI が正式に規格として定めたのが、SCSI (Small Computer Systems Interface) です(1986)。


SCSI は、SASI の欠点を解消するために、少し変更されています。とはいえ、ほぼ同じものです。

X68k では、SASI を搭載していましたが、ソフトウェア(と、非常に簡単なケーブル工作)で、SCSI のハードディスクを接続することができました。それほど「同じ」なのです。


そして、SCSI は少しづつ規格を変えながらも、今でも使われています。




シュガート社は、5.25 インチ(通常は5インチと呼ばれます)のフロッピーディスクも開発しました(1974)。


この頃、ゲイリー・キルドールはフロッピーディスクを扱うためのソフトウェアである、CP/M を完成しています。

ただし、この時点では「インテルに売り込んだが買い取ってもらえなかった」だけでお蔵入り。


フロッピーディスクが一般に普及し始める 1976年になって市販を開始しています。


#当初は8インチ用として開発し、発売時には5インチ用だったようです。



余談ですが、8インチは「標準」サイズと呼ばれます。

5インチは「ミニ」フロッピー。3.5インチは「マイクロ」フロッピーです。


3.5インチはソニーの発明(1980)。

この頃、5インチが大きくて柔らかすぎ、ディスクメディアに誤って触れやすい、という欠点を解消すべく、各社が「次世代フロッピーディスク」を作っていました。


クイックディスク(1984) は MZ-700 / MSX 等で使えましたが、MZ-1500 では標準搭載でした。

でも、ファミコンディスクに使われたのが一番有名。


シャープがポケコン用に作った2.5インチ(ポケットディスク)とか、ソニーが電子カメラ用に作った2インチ(ビデオフロッピー)と言うのもありました。

(電子カメラは初期のデジカメと混同されることがあるが、「デジタル」カメラではなく、フロッピーにアナログ記録。)



クイックディスクが品薄となったころに、「8インチディスクから5枚切り出して自作できる」という話題がありました。

その頃はすでに8インチも珍しくなっていましたが、流通はしていました。大量にさばける製品ではないので非常に高価でしたけど。




今回横道にばかり逸れますな…


さて、5インチの開発直後、シュガートは、自分の作ったシュガート・アソシエイツ社から追い出されてしまいます。

彼は周囲の人の面倒見がよく、人望に厚かったのですが、これが株主の目には「社員を優遇ばかりして、利益を追求していない」と映ったようなのです。


株式会社ですから、株主の意見は何よりも強く、彼は社長職を解任、会社から追放されてしまったのです。


シュガート社は後にゼロックスに買収され、フロッピードライブを作り続けます。



失意のシュガートに、IBM 時代の同僚であったフィニス・コナーが声をかけます。

コナーは当時巨大だったハードディスクを小型化するという事業をやろうとしていました。


このための会社として、コナー、シュガートを中心とした設立メンバーで、新たな会社「シュガート・テクノロジー」を設立します(1979)。


しかし、同じ職種で類似の名前だったため、以前に自分が作った会社「シュガート・アソシエイツ」から、商標権侵害の警告を受けます。このため、すぐに社名を「シーゲート・テクノロジー」に変更します。

オフィスの前に海があったことと、シュガートと音が似ていることから SEA-GATE (海門) としたようです。



1979年のうちに、5M バイトのハードディスク、ST-506を発売。

(サイズは5インチ・フルハイト。つまりは、今の物よりかなり大きいってことです。)


1983年には、容量を倍の 10M バイトに増やした ST-412 を発売します。


ST-506 は、SASI とはまた違ったインターフェイスが採用されました。

この規格は ST-506規格(製品名ではなく、規格名)とされ、ST-412 でも使用されています。


このインターフェイス規格は…規格と言うのもおこがましい、非常に低レベルなものです。

事実上、ハードディスクのハードウェアを制御する信号線を、すべて引き出しただけ。

CPU がすべての面倒を見て、ヘッドを動かし、データを監視し、必要なセクタが来たらデータを読み出します。


フロッピーディスクでは…たとえば、シュガートが以前に開発した SASI では、「このセクタのデータ頂戴」と頼めば、ディスクドライブ側がコマンドを理解し、適切に動作し、データを送り返してくれます。

でも、ST-506 では、ハードディスクが動作している間、CPU がハードディスクのすべてを見守り続けなくてはならないのです。


低速なハードディスクを監視し続けるのは、CPU の時間の無駄遣いでした。


ST-506 はまた、ハードディスクの速度に合わせて通信速度も変更されました。

「高速な通信が可能になった」と言えば聞こえは良いのですが、頻繁に変更になるのは規格としては問題がありました。

しかし、ST-506 は ESDI (Enhanced Small Disk Interface) 規格と名前を変え、シーゲート以外の会社でも広く使われるようになります。



ところで、シーゲート設立の声をかけたコナーは、さらにシーゲートから独立し、コナー・ペリフェラルという会社を設立していました(1986)。

さらにハードディスクを小型化し、3.5インチハードディスクを発売します。


コナー・ペリフェラルもまた、ESDI 規格に沿ってハードディスクを作っていましたが、さらにハードディスク基板内にコントローラーを搭載することを思いつきました。


コントローラー…事実上の「CPU」です。

それまで、パソコンのCPU がハードディスクのすべてを面倒見ていましたが、ハードディスク側にも CPU を搭載することで、この手間を無くそうというのです。


これが IDE (Integrated Drive Electronics) 規格でした(1986)。


IDE は ESDI を「簡単に扱える」ようにするために定められていたため、ESDI 規格に沿って作られたハードディスクであっても、基板に CPU を搭載すれば IDE に対応できました。


IDE が ANSI 規格化(1994)されたものは、ATA (Advanced Technology Attachment) と呼ばれています。


さらにその後、信号線をシリアル転送に変更した、SATA (Serial ATA ) が現在主流となっています。




コナー・ペリフェラルは、3.5インチハードディスクと IDE 規格で大成功。

急成長を遂げ、シーゲートを買収しようとしますが、失敗。


しかし、民生用ハードディスクが普及し始めると、ライバルも増えてコナー社は失速します。

シーゲートは、大型機用のハードディスク部門を持ち、そちらにはライバルが少ないため、まだ黒字でした。


そして、1996 年、シーゲートはコナー社を買収。以前とは立場が逆転し、業界最大手となりました。


しかし、その後シーゲートも業績が悪化。

1998年に、シュガートはシーゲート社を解任されます。

自分で作った会社から、2度目の追放。


でも、すぐに「アル・シュガート・インターナショナル」を設立します。

今度は製造業ではなく、ベンチャーキャピタル。


その後、2006年12月12日、心臓外科手術による合併症のため死去。




今となっては、フロッピーディスクはほぼ使われなくなり、ハードディスクも徐々に SSD に置き換わっていきそうです。

それでも、SCSI と SATA という形で、シュガートの作ったフロッピーディスクとハードディスクの名残は残ります。


これらは彼がコンピューター業界に残した遺産。



ところで、アメリカのオンラインストレージ企業が、サービスで使用していたハードディスクの、メーカー別故障率を公表しています。


英語サイトですけど、グラフにまとめられているので一目瞭然。

シーゲートの故障率、圧倒的に高いです…老舗の品質が良いとは限らない (^^;;


ライバルは日立とウェスタンデジタルですけど…実は同じ会社。

日立の事業はウェスタンデジタルに合併したのですが、ブランドは残されているのです。


(ちなみに、元々日立は IBM のHDD 部門を買ったものなので、「老舗」といえば一番の老舗)


そして、日立ブランドは高性能だけど高価。

かつて、シーゲートが大型機用のハードディスクで黒字を出していたように、値段が求められる民生用と、品質が求められる業務用に分けているのです。


シーゲートも「業務用」の製品シリーズを持っているのですが、先に挙げた故障率ページでは、「業務用は値段も高いが、その値段に見合うほど故障率が下がったわけではない」と明記されています。


2009年には大規模なバグ(ハードディスクアクセスが急に不可能になる)で騒がれましたし、いろいろと厳しい状態なのでは…



ハードディスク業界は競争が激しく、シーゲートもウェスタンデジタルも、多数の会社を合併しながら生き残ってきました。

現在この2社で寡占状態なので、国によっては公正取引法や独占禁止法で取り調べを受けていたりもします。


シーゲートは生き残れるでしょうか?




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