2020年09月の日記です

目次

07日 眠い
11日 しくじり先生
14日 視野欠損・そのご
23日 エアコン故障
24日 風疹予防接種
25日 掘り出し写真


眠い  2020-09-07 11:41:05  その他

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8月末に、夏休み終了という日記を書いた。

今年はコロナ対策で夏休みが短縮され、高校生の長男は2週間、中学生・小学生の長女次女は3週間しか休みがなかった。


でも、夏休みが終わっても、8月いっぱいは「1学期」だった。

長男の高校では、1学期はやはりコロナ対策で、始業時間が30分遅れだった。


(高校は公共交通機関を使って通学する生徒が多いため、密を避けるために時差通学としたのだ)




で、2学期…9月に入った。


県の教育委員会では、高校には2学期も引き続き時差通学を求めたが、開始時間は校長の裁量にゆだねられた。


そして、長男の高校では「5分遅れで始業」となった。

うん、時差通学は形式だけだね。




長男の通う高校は家から遠く、バス・電車・バスと乗り継がなくてはならない。

その乗り継ぎの都合で、5分遅れというのはつまり、通常の時間に間に合うようにいくしかない。


そして、この「通常の時間」に学校に間に合うには、家を7時前に出ないといけない。

6時には起きて食事を食べ始めるとして、その準備をする僕は、現在毎日4時半に起きている。



1週間その生活をつづけたところだが、眠い。

朝早起きするが、諸々の都合で夜寝る時間は今までと大差ないためだ。


多分、生活になれれば何も問題はなくなるのだろうけど、まだ体が慣れてません…



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しくじり先生  2020-09-11 12:05:29  業界記

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しくじり先生、というテレビ番組がある。


別に好きではないので、ほとんど見てない。

でも、「セガ」を2週連続でやっていたので見た。


以前にも、セガを取り上げた回はあった。そちらも見ている。

カズレーザーさんが講師となり、メガドライブの話を取り上げたものだった。



今回の2週分は、伊集院光さんがメガドライブ回を見て、「セガの業務用を語りたい」と思って企画したものだそうだ。

だから当然、業務用の話。




基本的に、「しくじり」と言いつつ愛があるのね。

この番組全体がどうなのかは知らないが、セガを取り上げた3週分は、愛があった。


面白おかしく語りながら、講師が好きであることが伝わってくるのだ。

非常に楽しく見せてもらった。特に文句はない。



…が、この「面白おかしく」の部分が多少問題ありで、面白くするために事実を捻じ曲げている、とも感じる。




業務用の前半は、大型ゲーム機に関して。


R-360 が大きすぎて失敗だった…のは事実。

でも、当時は失敗だったとはみなされていない。タイトーだって(D3BOS)、コナミだって(スピードキング)真似をした「大型体感マシーン」をリリースしているのだ。


そして、VR-1、AS-1 に関しては、ゲームセンターの文脈で語られていたが、アミューズメントテーマパーク構想の一環だ。


ゲーム筐体としてみると大きすぎておかしい、添乗員も付ける必要がある失敗作、という話になるが、もともとは「狭い面積に置けるジェットコースター」という位置づけだ。


ジェットコースターとしてみると驚くほど小さいし、ジェットコースターなら添乗員を置くのも当然。



前半の最後に登場した「犬のさんぽ」。僕はこのゲームは知らなかった。


…なんか、すごく同期の企画者が作った気がする。

調べたところ、部署的には可能性があった。たぶん彼だろう。

(発売は僕がセガを辞めたずっと後なので、事情を知らないのです)


彼だとすると、という前提で書くと、これは馬鹿ゲーを狙って作った、ということでよいのだと思う。

番組内では、なんだかんだで非常に盛り上がって「神ゲー」との声も出ていた。


ばかばかしい内容で、でもちゃんとゲームとして楽しめるものを作るのは彼らしい。

理解されなかったのは事実だろうし、「しくじり」として紹介するのにはやりやすいタイトルだったと思う。




後半の話。

プリクラなど、「女子高生向け」でヒットした後での迷走話。


ちなみに、プリクラは共同開発とされていたが、アトラスがセガの基板で作り、セガの販路で売っただけだ。

そういうことはよくあったし、共同開発とは言わない。


しかし、ヒット後は各種バージョンへの要望が多く、また金になったため、セガが積極的に力を貸した。

その点では、ヒット後に出た亜種は「共同開発」と言ってもよいと思う。



アトラスの話なので、詳しい経緯は知らない。

でも、元々女子高生向けを狙って作ったところ、ちっとも売れなかった、という話は聞いたことがある。

だって、ゲームセンターにあまり女子高生来ないもの。


そこで、女子高生向けの雑誌などで提灯記事をたくさん書いてもらい、やっと売れ始めたのだとか。


番組では、「想像以上のヒットで、シール用紙などの供給が追い付かなかった」ということを言っていたが、セガは供給していなかったはず。



セガは、基板を貸したし販路も貸したけど、プリクラが売れるとは思ってなかった。

だから、「アフターサービス」という面倒な部分は、アトラスが責任を持つ契約だった、と聞いている。


結果として、シール用紙とインクリボンの供給だけでもすごい金額を生んだのだが、それらはアトラスの儲けとなっている。




で、その後を狙った開発話。


・ネーム倶楽部

・アロマ倶楽部


がしくじり例として取り上げられていた。


あれは実際…あまりヒットしたという話を聞かない。

別部署のゲームなのでどの程度売れたのかは知らないが、期待したほどではなかったのだろう。



でも、「名刺という発想がおじさん」というのは、当時の世相を理解していない。

当時はまだ合コン文化、インターカレッジサークルなどの文化が残っているのだ。




知っておいて欲しい、当時の3つの要素がある。


1つめ。

大学生~若い社会人の間で、名刺を作るのが流行っていた。

ビジネス用の名刺ではなく、デザインに凝った「遊び名刺」だ。


自分を印象付けるためのアイテムなので、凝ったデザインにするのが流行していたのだが、凝ったデザインにするとデザイン料も高い。


当時急に普及し始めたカラープリンタで「自分で名刺を作る」人のため、名刺用紙、という専用紙も売られていたし、人気があった。


A4 サイズの紙に 10枚の名刺が取れるミシン目が入っていて、プリンタで印刷してから切り抜けば名刺になるの。

今でも一応売っている。


番組では「名刺という発想がおじさん」と言って笑いをとっていたのだけど、名刺は新しい若者文化だったのだ。



2つめ。

女子大生に流行したものは、やがて女子高生にも波及する、と思われていた。


当時…ではなくて、実はもう少し前なのだけど、女子大生に流行したものがやがて女子高生に波及し、女子中学生、女子小学生と波及が進んで、購買力が無くなって終焉する、と言われていた。


1980年代前半に流行の発信地だった「原宿」は、もともと大学生くらいが集まる場所だった。

やがて「大人」にあこがれる女子高生が来るようになり、さらに低年齢化して女子中学生が中心となる。


たしか、当時の中心はまだ女子中学生で、小学生も行きたがるようになりかけていたころ。

こうなってくると、お小遣いの範囲でしかものを買わないので購買力が落ち、街の収入は激減し、ブームが終焉を迎える。



別の例では、当時女子高生がポケベルを持つのが流行していた。

これは、女子大生から波及したものだ。


また、白黒フィルムで写真を撮るのが流行した。

これも女子大生から起きたものだが、女子大生は「一眼レフで白黒フィルム」だった。

女子高生に降りてくるころは、写ルンですだった。わざわざ白黒が発売されたのだ。


「かわいい文具」というのも流行したな。

これは、若い女子社会人(主に事務員)から流行が始まり、女子大生・女子高生と降りてきた。



…と、こういう例を挙げると、女子大生から女子高生に降りてくる、というのは事実に見える。

「だから名刺もきっと流行します」と言われれば、そうだと思うだろう。



でも、当時は「流行を作り出すのが、女子大生ではなく女子高生に変化した」と言われた時期でもある。


ガングロ・ルーズソックスは女子高生から流行したスタイルだ。

プリクラ自体、女子高生への流行から注目されたものだ。



だから、「おじさんだからわかってない」のだとすれば、女子大生に流行したのだから女子高生にも流行するだろう、と考えたことだろう。

当時は、そういう風潮の終わりかけた時代だったのだ。



3つめ。

実は、当時すでに「コインを入れて名刺を作る」機械はあった。

ゲームセンターではなく、人の集まる駅ビルの一角などによく置かれていた。


ビジネスマンが名刺を切らせてしまった時に、慌てて 10枚だけでいいから作る、というような用途を狙ったものだ。


こちらも、当時の「大学生の名刺ブーム」を当て込んだ部分もあったように思うが、基本的に会社名、氏名、連絡先程度しか入れられなかったように思う。



だから、セガのノウハウを使って「遊び名刺を作ったらウケるのではないか」というのは、当時としては至極まっとうな発想だった。


番組では、とても奇抜な発想のように言っていたが、そんなことは無い。

誰でも考え着くレベルの発想にすぎなかった。


誰でも考え着く、というのは悪い意味ではない。

「十分に機が熟している」という意味だ。うまく処理してやれば、ヒットする可能性がある。




…と、ここまで考えると、ネーム倶楽部はそれほど「しくじり」ではないように思う。

まぁ、実際売れなかったのは事実だろうけど、売れるゲームなんてほんの一握りだ。



僕はこのゲーム見たことないのだけど、発売直前に、チラシか何かで詳細を知った。


…で、残念に思った。

若者向けの「遊び名刺」を作ろうという機械なのに、印刷されるデザインに、あまり遊び心がないのだ。



まぁ、これは仕方がないことで、ある程度の定型があるからこそ、名前と連絡先と肩書くらいの情報で簡単に名刺が作れるのだ。


個性を出したオリジナルデザイン、なんて設定させようと思ったら、編集が大変すぎて、気軽に作ることができない。


そもそも、文字フォントだってそれほどたくさん使えなかったのではないかな。よく知らないけど。

多分プリンタ側に持っているフォントを使うのが精いっぱいで、多少サイズを変えられる程度。


それで遊び心を出そうとしても、無理がある。




アロマ倶楽部についてはあまり書かないが、こちらも似たような感じ。


当時は若い女性の間でアロマが流行していたのだけど、ゲーム機を扱う「おじさん」は、アロマが何であるか理解できていなかった。


商談の際に、ディストリビューター(ゲーム機卸)の人に対して、「香水が出てくるので、体に振りかけたりして使うんですよ」なんて説明をする営業もいたと聞いた。


(番組出演者も「パフューム」と言っていた。これは香水の意味だが、アロマオイルとは使い方がまるで違う。

 アロマというものは、今でも理解されないのだ。当時はなおさらだ。)



アロマが流行していたのは、女子大生よりもう少し上ではないかな、と思う。よく覚えていないけど。

会社員で、ストレスもたまって、だからこそ「良い香りで癒されたい」となるのだ。


元気いっぱいの女子高生向けではない。




両方とも、そもそも女子高生を狙ったものなのかどうかもよくわからない。

営業的には「倶楽部シリーズ」として売っていたけど、企画者は女子大生位を狙って作った可能性だってある。


当時、ゲームセンターには急に女子高生が来るようになっていたが、プリクラと、せいぜい UFO キャッチャー以外に遊ぶものがないので、すぐ帰ってしまう。


それを引き留められる商材を、と営業は求めたかもしれないが、もともとゲームセンターの客層は、大学生~若い社会人が多い。

企画者がそこら辺をターゲットに考えることは、何らおかしくないのだ。



「結果として」売れなかったとして、ことさら失敗ではない。

先にも書いたが、売れるゲームなんてほんの一握りだ。




そして、こうした倶楽部シリーズの「究極系」として紹介された、オーラ写真倶楽部


驚いた。そうか、そういう紹介か。


まぁ、自分が作ったものがテレビで紹介された、という喜びの方が大きいのだけど、しくじりとされるのは多少の悔しさもある。



「ゲームセンターに占いが置いてあっても、信憑性ない」なんてコメントも飛び出していたが、当時は占いゲーム機はいっぱいあったし、人気だったのだ。



まぁ、オーラが発売されたころには、占いゲームの人気もすでに下火。時期もも悪かった。

出来が良かった、とも言わない。作っていた自分がそう思うのだから、お客さんはもっと敏感に感じ取るだろう。


プリクラと比べられても困るし、占いとしては大ヒットだった手相と比べても、実際出荷台数は少ない。



そもそも、「メイキング倶楽部シリーズ」となっているけど、何も作ってないからね。

営業判断で無理やりそういう名前になっただけで。



…あー、アロマ倶楽部も、同じ理由かもしれない。あれも作ってない。

あれって、基本的には占いゲームなのだよね? 遊んだことないから詳しくないのだけど。




他に紹介されていた、え~でる砂場、トイレッツに関しては、自分が辞めた後なんで詳しくない。


どちらも、すごく遊んでみたかったのだけど、近所に置いてある店を見なかった…



トイレッツはそもそも「トイレを綺麗に使ってもらうため」の仕掛けだったように思っている。

みんな、いい加減におしっこして、トイレを汚すのよ。


これが、「的を狙う」という目標があると汚さなくなる。

実際、TOTO では、80年代後半には「的」を焼き付けた小便器を生産していて、トイレが汚れなくなるというので話題になっていた。



ただ「的」を示すだけで汚れなくなる、というのはつまり、みんなおしっこを的に当てるのを「楽しい」と思っている、ということだ。

ならば、それはすでにゲームだ。もう少しゲームらしいルールなどを設定してやることもできるだろう。



番組では、構想5年、開発3年だったと紹介していた。

そして、トイレッツの発表は 2011 年。


まぁ、TOTO が80年代後半から作っていた、とはいっても、最初から話題になっていたわけではない。

2000年前後に話題になったような気がするから、その頃から構想し始めた、ということだろうね。


楽しいものがあるんだから、ルールを整えてゲーム化してみよう、というのは、発想としてはそれほどおかしくない。


まぁ、「問題作」だったのは事実だろう。

でも、実際設置したトイレは綺麗に使われるようになったとも聞くし、「しくじり」ではないように思う。



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視野欠損・そのご  2020-09-14 14:23:30  その他

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5回目である「その5」と、後日談である「その後」をかけて、回復報告で終わる予定だったのだが。




薬が終わったらまた来てください、と言われていたので、眼科に行ってきた。

およそ3週間ぶり。


3週間前と、状況はあまり変わっていない。

3週間前にすでに「ある程度回復」しており、日常生活に支障はなくなっていた。


支障はない、というのは、実は症状は残っている、という意味だ。

そして、3週間前と現在はほぼ変わっていない。



眼科で検査すると、炎症の跡はまだ残っていた。

そのため、さらに薬が処方された。1と1か月続けてみましょう、と。


そんなわけで、「そのご」で終われなくなってしまった。

1か月後にまた経過観察をする。




しかし、この話を日記に書くのは、おそらくこれでおしまい。

続けても面白くないからだ。


先に書いたように、日常生活に支障はなくなっている。

症状自体は「よく観察すれば」残っているのだが、おそらく治りは非常に遅いだろう。



当初は、希望的観測として「網膜細胞は死んでいない」可能性を考えていた。

しかし、3週間たっても回復しないということは、おそらく一部が死んでいる。


昔は、神経細胞は再生せず、したがって回復もしない、とされていた。

今ではこれは間違いであることがわかっている。神経細胞も再生する。


…が、あいかわらず「再生しない」と言っても、まぁ過言ではないほど、再生は遅い。

なので、再生するとしても非常にゆっくりだろう。



今も自分で詳細チェックしないと「おかしい」ことに気づかない程度に回復している。

これがゆっくり再生して…元通りになったとしても、自分でも気づかないかもしれない。


だから、話を続けることに意味を感じられない。




思い出したので書いておこう。


日常生活では支障がない、と書いたが、先日久しぶりに酒を飲んだら、「視野欠損」部分の乱れがひどくなった。


欠けた部分を周辺の情報から「補完」しているのだと思っているが、おそらくそれは複雑な機構で、酒の影響を受けやすいのだろう。



一応薬を飲んでいるので酒は控えていたので気づかなかった。

薬といっても、回復を助けるためのビタミン剤で、酒を飲んでも問題ないのだけど。


自分の視野が若干バグったようになるのは、ちょっとおもしろい。

最初のころも、そんなこと言っていたけども、酒を飲むと再現することが分かった。


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エアコン故障  2020-09-23 15:57:49  住まい

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今年の夏は観測史上の記録を塗り替えるほど暑かった。


国内最高気温は更新されたし、8月の平均気温も過去最高、北半球の8月の平均気温も過去最高だったそうだ。


でも、9月に入ったとたんに暑さが緩み、「残暑」になった。

とはいえ、まだ暑かった。


それが、先週半ば、たしか 16日から急に涼しくなった。




で、その涼しくなった日から、1階リビングの気温が少し高かった。


1階リビングのエアコンは温度設定をするものではなく、湿度も考慮した「快適温度」を目安に省エネ運転をしてくれる。

少し蒸すな、と思ったけど、実際外気温も下がったことで不快ではなかった。


翌日もなんか少し暑い気がする、とは思ったのだが、不快ではなかった。



その翌日、18日は再び朝から気温が高く、部屋の中も蒸し暑かった。

あれ、これなんかおかしくないか? と思った。



エアコン自体は…室内機は動作している。

室外機がおかしいのかもしれない、と見に行くと、ファンが止まっている。



えーと…ネットで情報を調べる。

室外機のファンは、室内機の運転と同期しているわけではない、らしい。

室内機が送風していても、室外機のファンが止まっていることはあるので、止まっているだけで故障というわけではない、と。


確認するためには、室内の設定温度を下げてみましょう、とあったので、下げてみる。

室外機を見ても、ファンは回っていない。


基板のエラーなどで止まる場合があるので、電源を抜いてリセットしてみましょう、ともあった。

やってみる。やっぱり室外機ファンは回らない。


あ、これ故障だわ。

業者さんを呼ぶことにする。




夕方には修理業者の人が来てくれた。


僕の自己診断では、モーターか基盤の故障。

どちらもすぐには直せないだろうから、取り寄せになるだろう。

すぐ直ることは期待していない。


業者さんはしばらく調べて、電源などのトラブルではなく室外機内部の故障、というところまでは診断してくれた。

ここから先は、室外機を分解しないと診断できないので別料金。+2000円で頼む。


基板チェック、問題なし。

室内の送風は、少しは冷えていますか? それとも扇風機のように風が動くだけですか? と聞かれる。

扇風機のように風が動くだけ、だ。



診断は、コンプレッサー故障。修理が一番大変な奴で、買い替えた方が良いだろうという診断。

うちのエアコン、すでに7年目だ。10年くらいは使いたいと思っていたが、大金払って修理するよりは買い替えてもよいころだ。



ちなみに、僕は「モーター」は、コンプレッサーとファンを動かすものだと思っていたのだが、この二つのモーターは別のものだった。


エアコンは、コンプレッサーによってガスの圧縮・膨張を繰り返すことで熱を移動させている。

そのままでは、室外機に熱が溜まって熱くなってしまうので、温度センサーで測った熱を基盤が判断し、熱くなったらファンを動かして冷ます。


「ファンが止まっていても故障ではない」というのは、熱くならなければファンは動かないためだ。

また、ファンが止まった場合は、モーターか基盤の故障。

しかし、全く冷えていないのであればコンプレッサーの故障で、熱くならないからファンが回らないだけ。



今回は、コンプレッサー故障だ。

心臓部にあたるので、簡単に交換できるものではなく、メーカー引き取り修理になるために、時間も費用も掛かるという。




仕方ないので、ハウスメーカーに連絡

エアコンを交換したいので手配お願いします。


#壁内配管のため、量販店だとエアコン取付を受け付けてくれない。



すぐに対応してくれて、機種選定し、見積もりを作ってくれた。

こちらとしても、その内容で発注書までは書いたのだが、その後連絡待ち。

連休に入ってしまったので、止まっているようだ。




19日、20日は暑かったが、他の部屋の冷気を扇風機で送ることでリビングでも快適に過ごせた。

SWHの保温性の良さは素晴らしい。


21日からは、急に涼しくなったため、すべての部屋のエアコンを止めて窓を開けた。

それで快適に過ごせている。


エアコンの故障が、秋になってからでよかった。



2020.9.28追記


エアコン工事入り、新しいものを取り付けました。

上記日記から取り付けまで、エアコンが必要になるような日はありませんでした。


7年前と同等性能の機種を買ったのですが、消費電力も設置サイズも小さくなっています。


そして、ネット対応だそうです。

家の WiFi 環境に接続しておくと、外出先からでもスマホで設定を変更できます。


…自宅で仕事しているし、SWHではエアコン入れっぱなしが効率よいので、使うことはなさそう。

でも、接続して動作確認はしました。


これで、エアコンのリモコンが無くなっても困らない。

サマータイムマシンブルースにはならない。



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風疹予防接種  2020-09-24 15:38:59  その他

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本日、風疹第5期予防接種を受けてきた。



大人の風疹予防接種の必要性については、NHK のページが詳しい



2010年ごろから「妊婦が風疹ウイルスにさらされると危険なのに、その世代に十分なワクチン接種がされていない」ということが問題になり始めた。


風疹に罹ると、ではなく、ウィルスにさらされる…つまりは、近くにいる人が発症するだけで危ない。

胎児に重篤な影響が出て、失明、難聴、最悪の場合は死亡する可能性がある。



しかし、実は団塊ジュニア…現在のおじさんたちは、風疹ワクチンを受けていない。

妊婦が罹患すると危ない、という認識は昔もあったので、女性はワクチンを接種しているのだが。



3年くらい前に、政府が「対象世代の男性に無料でワクチン接種できるクーポンを配布する」ことを公式発表。

昨年から特に緊急性が高い世代に配布され、今年はその周辺世代に配布された。



で、僕もクーポンが来たため、接種を受けてきた、という次第。

今から子供を作る予定はないが、将来孫ができるときに、余計な心配をしないでもよいように。





予防接種の記録というのは、本来なら母子手帳に書いておくべきなのだろうが、今更母子手帳に記入するのもおかしい気がする。

(母子手帳自体はちゃんと持っているが、これ自体が記録であり、今ら手を加えたくはない)


というわけで、「ちゃんと受けたよ」という記録として、この日記を記した次第。



ちなみに、風疹だけではなく、風疹と麻疹の二種混合ワクチンでした。



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掘り出し写真  2020-09-25 11:57:10  業界記

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掘り出し写真

調べたいことがあって、昔の写真を探していたら、この記事に添付の写真を発掘した。

(クリックすると拡大する)



手相占いオーラ占いが並んでいる。

いったいどこでこんな写真を撮ったのだろう? 覚えていない。


EXIF 情報を見ると、2003年10月17日の写真だ。

PowerShot S30 で撮ってる。…ってことはどうでもいいか。



前後の写真を見ると、当時伊勢佐木町にあったカレーミュージアムで、妻と何種類かカレーを食べた後に、撮影している。

うん、遊びに行った記憶はある。


過去の日記を探したら、あった。

あー、映画見に行ったのか。たしか、新聞屋さんがチケットくれたのだ。


昼ご飯をカレーミュージアムで食べて、ワーナーマイカルみなとみらいに行った、と書いてある。

伊勢佐木町からワーナーマイカルのあたりの「どこか」にゲームが置いてあったのを見つけ、撮影したのだろう。




だからどうした、という程度の写真なのだけど、実際のロケーションでの稼働を示す写真などは珍しいので公開しておきます。

両機種とも人気あって、結構長い間ロケーションに置かれていましたが、さすがに 2003年では珍しかったと思うので撮影したのでしょう。

(手相は発売から8年、オーラでも6年たっています)



先日の某テレビ番組では、オーラ占いを「手相とオーラで占う」と言っていたのですが、手相とオーラは別の機械です)



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