2014年09月18日の日記です


HARLIE とコンピューターウィルス  2014-09-18 13:36:46  コンピュータ

「H・A・R・L・I・E」という小説を読みました。

すでに40年前の SF小説です。


24年前に存在をしり、いつか読みたいと思っていた本。

でも、知った時にはすでに絶版で再版の見込みもなく、古本に巡り合うこともできませんでした。


ネットが普及してから古本は見つけやすくなりましたが、時々発見しても非常に高価。

再版の見込みもない希少本だけど、書いてある内容に興味を持つ人が多いため、値がつり上がるのです。


ところが今回、ネットの古本屋で格安の物をたまたま発見。即時に購入しました。

(安い理由は「焼けが強い」とのことでしたが、内容を読みたかっただけなので全然問題ありません)



なんでそんなに高価になっているかと言えば、2つの理由があります。

1972年のヒューゴー賞第2席、1973年ネビュラ賞ノミネート、ローカス賞第4位(いずれも、SF小説を対象とした権威ある賞)であることがひとつ。


ちなみに、この時の受賞作は、アイザック・アシモフの「神々自身」。3賞とも受賞と言う、総なめ状態でした。

アシモフの代表作の一つともされる非常に有名な SFです。

(アシモフ大好きだけど、実はこの作品は読んだことない。こちらもいつか読みたい作品の一つ)



…つまり、HARLIE は相手が悪かった。

でも、ノミネートされるだけでも名誉な3つの賞にノミネートされ、ヒューゴー賞では2位になっているのだから、もちろん良作です。



そしてもう一つ。おそらくはこちらの方が多くの人の興味を引き、希少本としての価値を上げていること。

小説の中に、「コンピューターウィルスと、それを除去するワクチンプログラム」と言う話題が出てきます。


1972年の時点で、と言うことに注目。後で書きますが、「コンピューターウィルス」と言う用語が日本で一般化するのは、1988年。

アメリカでもこの用語が使われ始めるのは 1984年からで、HARLIE がこれを取り上げたのは10年早かった。


そのため、コンピューターウィルスの話題となると HARLIE が可能性を「予言」していたと話題の枕に使われることが多く、興味を持つ人が多いのです。

もちろん僕も、そういう記事で興味を持ったのですが、詳細は後ほど。




いろいろ書きたいのですが、まずはお決まりの「ウィルスの話」書きましょうかね。


あらすじも解説しようと思ったのだけど、すごい深い設定だし、その深さが「当時の社会背景」に根差している部分もあるので、簡単にあらすじを示せないことに気付きました。

面白いので後日書きたいのだけど、とにかくテーマを絞らないと書けないので今日はウィルスの話で。



まず時代背景。1972年は、インテル4004が発売(1971)された直後です。

まだ、各家庭にコンピューターなんてない。電卓だって高価で、仕事でないと買えないようなもの。


すでにコンピューターネットワークの実験は始まっていて、インターネットの前身となる ARPAnet は 1969年に実験を始めています。

1台のコンピューターで複数のプログラムを同時に動かす「タイムシェアリングシステム」を本格的に導入した OS 、Multics は 1969年にリリースされています。


さて、そんな時代に「ウィルス」ですよ。




小説のあらすじはまた後日書きたいと思いますが、HARLIE と名付けられた人工知能が成長するお話です。


彼はコンピューターなので膨大な知識を持ちますが、8歳程度の知能しか持たず、イタズラや言葉遊びが好きです。

ただし、設計段階から「人間に嘘はつかないし、危害を与えない」ことが保障されているため、すべてのイタズラは誰かを不幸にすることはありません。


さて、小説では、主人公の元に1通の葉書が届きます。


その文面は、銀行のコンピューターが誤って大金をあなたの口座に振り込んだので返却してほしい、と依頼する内容で、署名に「HARLIE」とあります。

さらに、「コンピューターは絶対に間違えないので、これは人為的なミスだと思います」と追伸があります。


このイタズラに最初は笑い出す主人公。HARLIE には電動タイプライタも接続されているので、最初はそれを使って印字したのだと思っています。


しかし、よく見ると葉書に使われているのは、銀行が使う専用の用紙でした。

HARLIE に接続されたプリンタには、銀行の専用用紙はセットされていないはずです。


いったい HARLIE はどうやってこれをやったのか?



主人公は人工知能である HARLIE の「教師役」なのですが、技術には詳しくありません。

そこで、技術者の友人に相談します。


ここで、技術者が驚くような話を始めます。…これが、「ウィルス」の話です。




「ウィルス」プログラムは、タイムシェアリングシステムのほんのわずかな時間を奪って、電話回線を使ってランダムに電話を掛けます。

偶然別のコンピューターに接続したら接続先のコンピューターにプログラムを送り込んで実行させ、元のプログラムは消去されます。


こうやってコンピューターを渡り歩くプログラムが、ここでの「ウィルス」の定義。


巧妙に作られたしくみに「すばらしい」と感嘆する主人公に、技術者は「取り除こうとする方には地獄だ」と忠告します。

ただ…ここで、ウィルス作者がもう一つのプログラムも作ったことが伝えられます。

そのプログラムの名前は「ワクチン」。これを聞いただけで主人公はプログラムの動作を理解し「要点がわかった気がする」と答えます。


さらに話は続きます。


わずかな時間しか使わない、とはいえ、この当時のコンピューターは「1秒いくら」の利用料金がかかるのが普通です。


ウィルスはランダムに電話をかけて移動するため、滞在時間もまたランダムです。

2~3日で出て行けば、ほとんど損害を与えませんが、数か月滞在すれば金額が目に見えるようになってきます。


コンピューターに莫大な金を払っている大会社ほど、影響が大きくなります。

やがて、利用明細の金額が妙に多いことに気付く企業も出始めます。


そうなれば、技術者は原因を究明しなくてはなりません。

こうして、ウィルスの存在が徐々に知れ渡っていきます。


「ウィルス」の仕組みを理解した技術者のうちの数名は…感嘆し、自分でも類似物を作って世に放ちました。

ウィルスが違えば、対応するワクチンも異なります。


そして、当初は「移動すると元のプログラムを消す」と言う動作だったウィルスに、新たな異種が現れます。

元のコンピューターからプログラムを消さなくなりました。


誰かがいじったのか、コピーを繰り返すうちに変異が起きたのかは不明です。

とにかく、最後の部分だけがうまく実行されないのです。


これにより、ウィルスの大増殖が始まります。

コンピューターの動作は明らかに遅くなり、あちこちで問題を引き起こします。


幸いワクチンにより多くのウィルスは駆除されましたが、一度世に放たれたウィルスを「完全駆除」する方法はありません。


今でも、どこかで数匹が生き残り、いつ変異するかわからない状態のままになっている、と考えられています。



…と、これが小説内で技術者が語る「ウィルス」騒動の顛末です。




HARLIE の日本語訳は 10年たった 1983年なのですが、訳者あとがきに、ウィルスの話がよく出来過ぎているのでオリジナルの話なのかどうか、コンピューター関係者に当たってみた、と言うことが書いてあります。

訳者の周囲では誰もこの話を知らず、少なくとも「誰にもおなじみの概念ではないようだ」とまとめています。


わざわざあとがきで取り上げたために、この「ウィルス」話は読者に強い印象を残したようで、実際のウィルスが登場してから HARLIE が「ウィルスを予言していた」ように扱われることが多いのもそのためかと思います。



翔泳社のPC-PAGE シリーズNo.10 「パソコンを思想する」(1990年発行)の中に、ウィルスについて書かれた論文があります。


ここで、HARLIE がウィルスについて扱っていることと、かなりの紙幅を使って、先ほど書いた概要部分を引用しています。

僕は HARLIE をここで知り、それからずっと「読みたい」と思っていたのですが、ウィルスの話になると HARLIE が登場する理由の一つには、この論文の存在もあるように思います。


ちなみに、この論文によれば日本で最初に「コンピューターウィルス」が一般に大きく報じられたのは、1988年9月14日の朝日新聞1面。

NEC が運営していた大手パソコン通信 PC-VAN (現在の biglobe)でウィルスが増殖している、という内容でした。


1983年の翻訳時に、コンピューター関係者ですら知らなかった、と言うのはある意味当然のことなのです。




ところで、HARLIE の訳者が「この話はオリジナルなのか?」と疑った件については、完全オリジナルではないと思われます。


小説が書かれる少し前の 1969年、現在のインターネットの前身である ARPAnet の実験が始まっています。


そして、小説が世に出る前年の1971年には、PDP-10 で「クリーパー」(這い回る)というプログラムが作られています。

これは、小説内で出てくる「ウィルス」そのものですが、電話回線は使わず、専用線で結ばれたARPAnet内を移動しただけのようです。


小説内で「電話線」としたのは、電話線でコンピューターにアクセスできる、と言う概念はすでに一般的だったためでしょう。

ビル・ゲイツも、そうしたコンピューターの時間貸しサービスでコンピューターの基礎を学んでいます。


クリーパーは接続されたマシンを発見し、そちらのマシンにプログラムを送り込み、実行させます。

と同時に、元いたマシンからは自分を消去します。


悪意を持って作られたものではなく、ネットワーク上でデータ伝送をどのように行うかの実験でした。


しかし、別の人がこのプログラムを改造し「増殖する」機能…つまり、最後に自分自身を消去する部分を無くしたバージョンを作成します。


同時に、クリーパーを改造して「リーパー」(死神)を作ります。

これは、当初のクリーパーの動作…自分自身は消去する、と言う機能を持ったままコンピューター間を動き回り、クリーパーを発見すると消去する機能を持っていました。


つまり、HARLIE に出てくる「ウィルスとワクチン」は、「クリーパーとリーパー」の名前を変更したものなのです。

技術的な興味から別の技術者が改造した変異種が現れる、と言う部分まで含めて。



小説内では、この特異な動作をするプログラムがどのような仕組みで動いているのかを説明するのに際し、生物学的なウィルスの説明が援用されています。

まだコンピューターが一般的ではなかった頃には、プログラムの原理を説明するよりもわかりやすかったためでしょう。


まず生物学的なウィルスを説明し、続いてそれと類似の動作を「機械的に」行っていることを示しながらウィルスを説明しているのです。


クリーパーと言うのは「コンピューター間を動き回る」という動作からつけられた名前で、仕組みに注目したものではありません。

(この動作は、現在では「ワーム」と呼ばれています)


それに対し、HARLIE では説明のしやすさから、動作の仕組みを生物学的に類推し、「ウィルス」と命名しなおしているわけです。

そして、リーパーに当たるものは「ワクチン」と、対応したわかりやすい名前を付けています。


#これにより、「ちょっと気の利いた笑い話」としての体裁が整ったことにも注意。

 おそらく、HARLIE を「直接読んでない人」でも、技術者ならこの笑い話を聞いたことがある、と言う状態になったようです。



パソコンが一般に普及して、1982年には Apple II 用の「自己増殖するプログラム」である、Elk Cloner が確認されています。

先に書いたクリーパーは現在では「ワーム」と呼ばれますが、こちらは現在でいう「ウィルス」の動作を行う最初のものです。


つまり、ディスクのブートセクタに感染し、そのディスクから起動するとメモリに常駐し、別のディスクを入れられた際にそのディスクにも感染する…というように、単一マシンをつかったファイル・メディア感染によって増殖します。


ただ、調査したもののこれが当時何と呼ばれたのか不明。


1984年には、学術論文にはじめて「ウィルス」と言う単語が出現します。

この時点までに数種類のウィルス・およびワームが作られており、それらの動作を研究し、感染しないための方法を考察しています。


ここで重要なのは、感染しない方法が「ない」とされた事実です。

どんなセキュリティを作りだそうと、それをかいくぐるウィルスが作れてしまう、と言うことを示したのです。


この点に関しては、後に書きますが HARLIE での予言(というか論理的考察)が当たった形。



これ以降、同様のプログラムは一般に「ウィルス」と呼ばれるようになります。

1986年には、IBM PC用で同様のものが見つかっています。


恐らく、1984年に学術論文を執筆し、「ウィルス」と名付けた人は、HARLIE を読んでいたか、先に書いたように「笑い話」を聞いていたのでしょうね。


HARLIE に出てきたウィルスの話はオリジナルストーリーではないわけですが、名付け親にはなっているわけです。




小説内ではこの後、「HARLIE も銀行に対して同様の方法を使ったのだろう」という想定の元、さらに検討が続きます。


銀行のコンピューターは、電話回線がつながったとしても簡単には入れないようなセキュリティの仕組みがあるはず。

ここでも、技術者はいくつかの方法を示唆して、万全のセキュリティなど存在しないことを明らかにします。


主人公が、それまで示された「セキュリティ破り」の方法を超えるセキュリティを考えれば、すでにそれはどこの会社がやって、このように破られた…という例がぽんぽん飛び出します。

実例かどうかは知りませんがあり得そうな話で、さながらセキュリティの教科書。


結論は、すでに HARLIE は「世界中のコンピューターを手中に収めているのだろう」と言うことでした。

彼がその気になれば、世界中のコンピューターに入っているデータを一瞬で消去し、世界を大混乱に陥れることも可能。


ここで主人公たちは事態の深刻さに気付きます。

HARLIEの電源を切ってしまえば…と言う案に対しても、HARLIE から送られてくる「信号」が無くなった途端にデータを消すプログラムが、すでにあちらこちらに仕掛けられているかもしれない、と危険性が指摘されます。


これ、サーバーの停止を確認するためのハートビートプロトコルの可能性示唆ですね。

現代では普通に使われる技術ですが、HARLIE 執筆当時にあったのかどうかは不明。


無停止コンピューティングは当時すでに存在するのですが、大抵は多数決回路などで故障を判定しているので、ハートビートみたいなものはなかったんじゃないかな…



さらに、HARLIE は回路的に「絶対嘘を付けない」のですが、同じ仕組みを使って「外部のコンピューターに一時的に記憶を預け、自分の記憶を消去してしまう」仕組みの可能性が指摘されます。


今でいえば、クラウドストレージですね。

コンピューターが嘘を付けないとしても、それは記憶の範囲の話です。知られたくない記憶を外部に預けておけば、嘘ではなく「知らない」と言えるのです。



全て論理を積み重ねて作られた考察なのですが、その結果当時としては誰も想定していない…でも、今なら実現されている技術の可能性がどんどん示唆される。


HARLIE は「ウィルスの存在を予言した」として有名なのですが、この話が話題になったのがそもそも1980年代の後半。

今になって読むと、現状の最新技術と同じようなことも示唆しているのですから、驚きます。



さて、世界を手中に収めたかのように見える HARLIE。

よくある「コンピューターが人間を制圧する」ディストピア小説っぽいのですが、そんな単純なお話ではない。


HARLIE の1つのエピソードを取り上げただけで十分な長さになったので、あらすじなどはまた後日




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あきよし】 自体:事態の表記違い、他ページも含めて指摘ありがとうございます。修正しました。 (2015-04-07 12:02:55)

【校正エージェント】 「ここで主人公たちは自体の深刻さに気付きます。」 (2015-04-05 09:57:46)


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