世界初の…
目次
ODYSSEY(1972)
ODYSSEY は、先に書いた BROWN BOX の量産版です。
発売はマグナボックス社でした。これが、世界初の家庭用ゲーム機でした。
BROWN BOX はカラー出力で、ゲームに合わせて音が出ていました。しかし、コストを下げるために ODYSSEY は白黒になり、音も無くなりました。
また、BROWN BOX はゲームを選ぶために、16個のスイッチを使って「内部結線」を変更する必要がありました。これは ODYSSEY で改良され、スロットに結線のためのカードを差し込む方式になりました。
BROWN BOX が元になっていますので、「ゲーム」というよりは、「テレビを使って遊ぶための道具」でした。当時は当たり前だったボードゲームの一種として、特定のシーンでさいころを転がす代わりにゲームを使って対戦する…と言うような遊び方も提案されています。
この項最初の画面イメージも、白黒画面に「オーバーレイシート」を被せた場合のイメージです。ODYSSEYは単体で完結する「ゲーム機」ではないのです。
また、ODYSSEY の周辺機器として、後に別売りされた「光線銃」は任天堂が受注し、任天堂はこの時に「テレビゲーム」という遊びの存在に気づきます。
ODYSSEY は発売時にはそれほど売れず、次に書く PONG のヒットにより売れるようになります。
最終的には35万台を売り上げるヒット商品となりました。
もっと知りたい!
ODYSSEY のエミュレータ。エミュレータと名乗っているが、回路をパソコン上でそのまま動かすわけではなく、同等の動作をするシミュレータ。(そもそも、エミュレータとシミュレータの厳密な区別などないのですが)
この項最初の画像は、このエミュレータのものです。
DOS 版のみで、その DOS 版も開発途中。Windows 上では DOS エミュレータである DOSBOX 上で動かすことが推奨されている。セットアップは面倒で、動いても面白いものではない。世界初の家庭用ゲーム機をぜひ見たい、という人以外にはお勧めしません。
ちなみに、開発途中だからか、付属ドキュメントのキー操作説明も間違えています。2P 側のサーブは、M ではなくて N 。
CLASSIC VIDEO GAME STATION ODYSSEY 2001 の ODYSSEY のコーナー
ODYSSEY 2001 三度登場。ODYSSEY を名乗るページだけあって、ODYSSEY のページは熱いです。(解説は執筆途中で止まっているけど…)
エミュレータで遊びたい人も、まずはここで遊び方の概要を読んでから遊びましょう。
ラルフ・ベアの個人ページより、Video game history。表題とは違って、ODYSSEY の歴史のみ。
立命館大で行われた講演会の記録。任天堂の上村雅之氏の証言で、ODYSSEY の光線銃を受注したことなどに触れられています。
PONG(1972)
COMPUTER SPACE で失敗したブッシュネルは、ショーで発売前の ODYSSEY を見て衝撃を受けます。非常に簡単ですが、ちゃんと面白い遊びとして成立しているのです。
ODYSSEY にはいくつかのゲームが含まれていますが、特に簡単な「テニス」ゲームのコピーが作られます。
この際、ブッシュネルは技術者に口頭でゲームの概要を伝え、作らせます。技術者は詳細がわからない部分は自分の想像で補い、面白くなるようにゲームを完成させました。
この結果、できたものは ODYSSEY の「テニス」よりも面白いゲームでした。これが PONG です。
ただし、ODYSSEY よりも回路が複雑化し、家庭用に売り出せないほどのコストになりました。もっとも、ブッシュネルは業務用を念頭に置いていたので、それで構わないのですが。
COMPUTER SPACE が売れなかった原因の一つとして、ナッチング・アソシエーツの宣伝が下手だったからだと考えていたブッシュネルは、今度は自分で販売するために ATARI 社を創設します。
PONG は単純で、友人と対戦することができ、面白いものでした。そのため商業的に大ヒットします。
コピーゲームを作る会社も続出しますが、ブッシュネルは PONG の販売があまりに忙しかったためにこれらの会社との訴訟は行いませんでした。これによりゲーム会社が乱立、一気にテレビゲーム業界が形成されます。
さらに、「PONG に類似のゲームが遊べるから」と、ODYSSEY の売り上げも急上昇。家庭用のテレビゲーム市場も形成されてしまいました。
ところで、日本では「テレビゲーム」と呼ばれるものは、アメリカでは「ビデオゲーム」と呼ぶのが普通です。
実は、この呼び名は PONG を形容するために作られた造語でした。
PONG の販売用チラシには、VIDEO SKILL GAME という表記が見られます。(左図:arcade-museum.comから引用。クリックで全体拡大表示)
ATARI が次に発売した SPACE RACE では、SKILL が抜けて「VIDEO GAME」になるのですが、ともかく「ビデオゲーム」という一般名詞をブッシュネルが考案したのは間違いなさそうです。
業界を形成し、家庭用ゲーム機の販売も加速させ、「ビデオゲーム」という名称自体を広めた…PONG は、間違いなく世界初のビデオゲームでした。
もっと知りたい!
Classic 8-bit/16-bit Topics 3度目の登場。ODYSSEY 2001 もそうですが、非常に有用なサイトを作っておられる方には頭の下がる思いです。
以前からゲームの歴史はまとめたいと思っていたのですが、この2サイトがなければ今回ほどうまくまとまらなかったように思います。
それはさておき、リンク先は「テレビゲーム」と「ビデオゲーム」の違いについて。
先に BROWN BOX のところで特許書面に「テレビゲームと書いてある」ことをふれましたが、それもここに書いてあったことの受け売り。
ただ、裏付けを取ったら多少の誤りもありました。ビデオゲームは ATARI 第3作の「ポン・ダブルス」からだと書いてありますが、2作目の「スペースレース」ですでに使われています。
リンク先のチラシの裏面の最後に…「Another winner from Atari, the reliable leader in video games.」と言う表記があります。
PONG のシミュレータ。回路で作成されていた PONG の「回路の動作を」シミュレートしています。
当時の PONG の回路図に従っているため、完全再現です。ただし、ソフトウェアで回路の動作を模倣するのは非常に大変な作業で、ゲームができるような速度では動きません。
プログラムの説明によれば、AMD Athlon 64 3000+ で1フレーム(1/60秒)の動作を再現するのに8秒だそうです。僕は Core i3-2100 の 3.1Ghz で試し、4秒かかりました。
…愛すべきバカ! こういうの大好き!
ゲームはできませんが、画面再現度は一番高いでしょう。この項最初の画像は、このシミュレータのものを使用しています。
Original Pong Video Arcade Game
YouTube の動画。今の子供に PONG を遊ばせたら気に入ってくれるかな? という興味本位なもの。
しかし、PONG の実際の動きがよくわかる。結構速度が速く、サーブが不条理で(センターラインからいきなり飛んでくるが、場所はランダムで打ち返すのが難しい)、パドル操作が難しい(ダイヤルの動きに敏感に反応するため、慣れないうちは狙った場所にもっていくのも難しい)。
javascript で書かれた PONG。上記2つの「本物」とはかなり違いますが、雰囲気は出ています。
後日追記(2014/3/7)
PONG エミュレータの決定版、ともいえるものがありました。
2つ上に書いたエミュレータと同じように回路をエミュレートするものですが、実用的な速度で動きます。
(Core i3-2100 の 3.1Ghz で 64bit コードを動かす限りでは、実機の速度で動きました)
PONG 以外に、回路で組まれていたいくつかのゲームが動いています。これ、実機のコピーであるにもかかわらず、完全合法だというのもすごいところ。
(回路は著作物に当たらず別の法律で保護されているため、同じ回路を真似して組んではならない。一方、ソフトは著作権で保護されているため、コピーしてはならない。しかし、回路動作をソフトでエミュレートするのは法に反しない!)
執筆時点のバージョンは 0.8 です。