2009年09月21日の日記です


訃報  2009-09-21 15:55:02  家族

訃報が続きます。

9月16日、父方の祖母が他界しました。百歳でした。


通夜が19日、告別式が20日に行われました。



子供の頃は、毎年正月には祖母の家に集まっていました。

しかし、20年ほど前からは「もう年だから、人が集まるのは疲れる」と祖母が言ったため、集まらなくなっていました。


最後に会った記憶は、確か15年位前。

戦死した祖父(当然あったことが無い)の50回忌法要でした。



僕の子供も妻も、祖母には当然あったことが無いので、僕だけの参加。



実は、祖母が「もう、数日しかもたないと思う」という連絡が入ったのは、まだ父が入院中の8月初旬。

父が癌であることはわかり、しかし詳細な状況はわからないまま、「あぁ、(親より先に死ぬ)親不孝にはならないでよかった」と心の中で思ったものです。


しかし、祖母はそれから1ヶ月近くもち、父は容態が急変して先に他界しました。


そのような「心の準備」はあったとしても、やはり訃報というものは突然やってきます。




祖母の家は千葉の松戸。JR船橋駅から東武線に乗り換えて沿線です。


泊まるところを確保しようとホテルを探すと…

連休の始まりで、船橋はディズニーランドからそう遠くないところ。

ホテルは全部埋まっています。


兄に「ホテル取れた?」と聞くと、少し離れた本八幡にとった、とのこと。

調べたらまだ空き部屋があったので、同じホテルにしました。

実は、兄弟のうち4人が同じホテル。




今回、立場としては、ただの「親戚」なので、列席しただけです。

なので、詳しい話は省きます。


自分が面白かったことだけ、四方山話で。




祭壇周囲の幕の色。青白でした。


後で気になって携帯で調べたら、青白幕(浅葱幕、というのが正式な名前)は鯨幕(黒白の幕)より歴史が古いんですね。

「神様が来る場所である」ことを示すために昔から青白の幕を張るそうです。弔慶どちらにでも使われたとか。


これが、江戸時代には「高貴な色」として青の変わりに黒が使われるようになり、その後江戸末期から明示にかけての西洋文化の流入で「黒=死の色」となって、弔事にのみ使われるようになったとか。


で、弔慶両用だった鯨幕が弔事専用になってしまったため、慶事用に作られたのが紅白幕。歴史が一番浅く、正式名称も「紅白幕」です。


これが、白黒の鯨幕よりも…なんというか、軽やかで清潔感があり、非常にいい感じです。

重たい空気になりがちな葬儀が、必ずしもそれだけにはならない感じがしました。


ただ、仏式の葬式で「神様が来ている場所」なのはどうなのだろう?(神仏習合だけどね)



初めて知ったので、家に帰ってから妻に話したところ、青白の幕を葬式に使う地域があることは知っていたとか。でも、歴史は知らなかったそうです。


で、ついでに「鯨幕は、鯨尺が由来ではないの?」と妻。

僕は白黒の色が鯨のようだから、だと思っていました。


妻によれば(注:ここに書く上で裏づけ調査もしましたが)、鯨尺というのは、着物を作るための物差し。

着物の身頃として必要な長さは一尺ですが、縫い代を考えて二寸長く作ってあります。


で、鯨幕は、その一尺二寸の反物を、そのまま縫い合わせただけ(必要以上の加工をしていない)だから「鯨」なのではないか、というのが妻の説。


初めて聞いた説ですが、それなりの信憑性があります。

現代人の多くが「鯨尺」を知らないため、白黒が鯨なのだろう、程度に考えている可能性もありますし、きっと、語源なんて一つではないのです。

というわけで、一説としてここに書いておきます。


(この説に従うのであれば、色が何色であっても鯨幕と呼んでよいことになる。実際、江戸以前は浅葱幕しかなかったわけで、それが「鯨幕」と呼ばれていたかもしれない)




天気図では台風が来ていましたが、遠い海上を北上していきました。

なので天気は晴れ。


「今回は台風来なかったね」と妹に言うと、「あれはお姉ちゃんのせい」だそうです。


お姉ちゃんとは、北海道の長姉のこと。

自身の結婚式も雨(これは僕は忘れていた)で、妹の結婚式にも、父の葬儀にも参加したが、今回は参加しなかったので台風が逸れたのだ、ということ。




父の骨は、骨壷に収まらないほど立派でした。

さすがに、祖母は多くの骨が火葬時に砕けてしまったようで、拾えたのは僅かでした。


しかし、死ぬ1ヶ月前まで、非常に元気だったといいます。

2年前には脳梗塞で入院したそうですが、半年ほどで完全に回復して、お医者さんも年齢のわりに元気だ、と驚いていたとか。


それでも、百歳にもなると当然のことながら、体が弱っていたのでしょう。

死因も老衰。なんの病気でもありません。


葬儀にも多くの孫・ひ孫が列席し、堂々の大往生でした。





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