2016年03月01日の日記です


シーモア・パパート 誕生日(1928)  2016-03-01 11:49:49  コンピュータ 今日は何の日

今日は、シーモア・パパートの誕生日(1928)。


LOGO 言語を作り出した人です。


誕生日を間違えていました! 本当は、前日の2月29日だったそうです。


日本語で書かれた情報の多くには、3月1日と書かれているのですが、英語の情報はみんな 2月29日と…

大変申し訳ありませんが、記事の日付を変えると URL が変わってしまうため、このまま残します。


ちなみに、2月29日はハーマン・ホレリス(パンチカード集計機の発明者)の誕生日でもあります。


パパートは数学者であり、児童発達心理学者でした。

そして、数学者として、マービン・ミンスキーと一緒に論文を作成したことがありました。


マービン・ミンスキーは以前も書きましたが、MIT が進めていたコンピューターに関するごった煮プロジェクト、「Project MAC」の中心人物の一人です。


Project MAC には MIT 以外にも多数の参加企業がありました。

Bolt Beranek and Newman (以下 BBN)もその1社です。


BBN は MIT の教授が創始した会社で、音響設計のコンサルタントを業務内容としていました。

音響設計というのは、非常に高度な計算力が必要となります。そのため BBN では初期のころからコンピューターに積極的にかかわっています。


そして、その高い技術力から、ARPA (米国防高等研究計画局)からも信頼される軍事企業でもあります。

インターネットの初期プロトコルの設計にも多数関わっていますし、最初のウィルスも、 BBN の「遠隔地のコンピューターにプログラムを届ける」実験として作られています。




さて、Project MAC の一環として、コンピューターを子供に教えるためのプロジェクトがありました。


当初は既存の言語を使って教えていたようなのですが、どうも子供に教えるには概念が難しすぎる。

子供が楽しく学べる言語はないものだろうか?


Project MAC の一環として、新しい言語が構想されます。


ミンスキーの紹介で、児童心理発達学者でもあるパパートが、子供にとって学びやすい言語を設計します。

そして、その実装は BBN に任されました。



MAC の主要人物の一人、ジョン・マッカーシーは、LISP という言語を設計していました。

設計時は、FORTRAN しか言語がなかった時代ですが、FORTRAN とは全く違う概念で作られていました。



FORTRAN は「手続き型言語」と呼ばれます。今でも、大多数の言語が手続き型です。

しかし、LISP は「関数型言語」と呼ばれます。プログラムとは何か、という概念から違うものになっています。



ただ、LISP は非常にシンプルで強力な言語なのですが、シンプルすぎて、何をするのにも1から面倒をみる必要がありました。

ある程度最初からいろんなことができる状態に整えてやって、子供でもすぐ始められる LISP を作ればよいのではないか。


これが最初の LOGO のアイディアでした。



この段階ですでに LOGO という名前がついています。文字デザインの「ロゴ」の意味。

名前の由来は、大雑把な見た目が重要であり、細かな部分は些細な問題に過ぎない、と示したかったため、だそうです。


コンピューターは計算機です。

そして、子供に「計算」と言えば、学校の算数のテストを思い起こさせてしまいます。


算数のテストでは、正確でないと点数をもらえません。

でも、ここではプログラムを動かす楽しさを知ってほしい。正確さは二の次でいいから、大雑把に動かして楽しんでほしい。


そう考えられていたのです。




ここで、パパートの最大の功績は、「プログラムを教える」という概念を捨て去ってしまったことです。


LOGO はもともと、コンピュータープログラムを子供に教えるために構想されたものです。

目的はプログラムの教育。計算機を使いますが、「計算」をさせたいのではありません。


パパートはこれをさらに推し進め、プログラムを教えるのではなく、「コンピューターを友達ととらえ、一緒に楽しむ」ようにしたのです。



子供の脳は非常に柔軟です。

公園で遊んでいて、知らない子がやってきたとしても、すぐに打ち解けて一緒に遊び始めたりします。


来たのが自分よりずっと小さな子で、同じ遊びができないとしたら?

その時は遊びの内容を変えるでしょう。柔軟にルールを変化させ、小さな子も遊びの輪に加われるようにします。


その子が自分とは違う言葉をしゃべっていたら?

それでも、子供たちは身振り手振りで意思を伝え、一緒に遊ぼうとするでしょう。

その子の使う言葉を、少しづつ学ぼうとするかもしれません。



では、相手がロボットだったら?

ロボットと遊ぶのが楽しければ、子供はロボットの言語を学びます!


誰かがプログラムを教えようとはしなくても、子供が自分からそうするのです。




パパートは MIT に移籍し、本格的に LOGO のプロジェクトに参加します。


この際、まずは LOGO で制御できるロボットを実際に作ってもらい、ロボットが簡単な絵を描けるようにしました。

子供たちは、ロボットに絵の描き方を教えることができます。


「コンピューター」という捉えどころのないものではなく、「ロボット」という具体的な相手を設定したことが大切でした。


絵が思ったように描けないとき、子供たちはロボットの気持ちになって、自分の体を動かしながら考えます。

そして、わずかに動く角度が間違えていたことや、図形の組み合わせの順番を勘違いしていたことに気づくのです。



「対象物をよく観察する」ことの必要性に、子供が自分自身で気づいていく、という過程が重要です。

大人が「教えてあげよう」と口を出さないことが大切。


自分なら紙の上にすらすらと描けるものを、何も知らない「他の人」に伝えるにはどうすればよいか?


うまくいけば、綺麗な絵が描けるはずです。

うまくいかなくても、何かがおかしい絵が描かれるので、改良のヒントは与えられる。


結果をもとにフィードバックしながら自分で解決していく。

パパートは、この過程こそが一番大切だと考えていました。




知識を「知っている」ことと「理解している」ことは大きく違います。

大人でも、勘違いしている人は非常に多いです。


専門家がせっかく解説してくれているのに、「あぁ、知ってる」で済ませてしまう大人のなんと多いことか!

「知ってる」いう言葉で自分の知識の多さを自慢するつもりなら、全く無意味なことです。



知っている、というのであれば、それを誰かに伝えるつもりで文章にまとめてみるとよいでしょう。

細かな部分が矛盾していたり、説明に詰まったりするところがあれば、「理解していない」のです。


そして、ちゃんと伝えようと細部を調査する。観察する。それを通じて理解が進む。

これが、学問の基本姿勢です。学問に限らず、社会で生活するうえで常に必要となる技術です。



LOGO では、自分なら簡単に描ける図形を、ロボットに描かせようと試みることになります。

そのためには、手順を文章…つまり、プログラムとしてまとめる必要があります。


描いてみたら間違っていた。じゃぁ、どこかが違う。細部を調査し、観察し、誤りを見つけ出す必要があります。


子供は、いつもと違う方法で「お絵かき」することが楽しくてやっているだけです。

しかし、やっていることは学問上の「研究」や、社会での仕事の進め方と何も変わりません。



結果として学ぶのは、LOGO のプログラムの仕方、ではありません。

何かを研究し、その内容を人に伝えるためにまとめ上げる力…つまりは「人間社会で生きる力」を学ぶのです。




パパートが LOGO 研究をしたのは 1960年代から。

当時はテレタイプの時代でしたが、後に「ビデオ端末」が作られ、画面にグラフィック表示ができるようになると、ロボットを使わずに画面上に図形を描けるようになりました。


そして、特別なロボットが不要となったことで、LOGO 言語は普及を始めます。

1980年に「マインドストーム」というパパートの著書で、コンピューターを使った学習方法として紹介されたのも大きな要因でした。


ロボットは「タートル」と呼ばれていたため、今でも LOGO の方法で図形を描く方法を、「タートルグラフィック」と呼びます。

実際のロボットではありませんが、「画面上のキャラクターに動きを教える」形で図形を描くため、子供でも学習しやすい図形の描画方法です。



今では、「タートルグラフィック」は様々な初心者向け言語に取り入れられています。

LOGO にヒントを得て作られた Smalltalk や、Smalltalk で作成された Scratch は、LOGO の「正当な後継者」と言えるでしょう。


Microsoft も、初心者向け教材として Small Basic を作っています。

この中でもタートルグラフィックが使えます。


つい先日知って遊んでみたのだけど、Scratch なんかに比べて、無駄にロボットらしくゆっくり動くアニメーションで楽しいです。


#もちろん、アニメーションをカットして高速に絵を描くことも可能。




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