FAMILY関連6ページ目の日記です

おひさまパン  2008-11-10 11:00:52  COOK FAMILY
おひさまパン子供のために、頻繁に図書館で絵本を借りてくる。
大体、2週間の貸し出し期限に、10冊前後。

先週借りてきた本におひさまパンというものがあった。
暗くて寒い街の中で、パン屋さんが「おひさまみたいな」パンを焼く、という話。

裏表紙には、ご丁寧に「おひさまパンの作り方」のレシピまで載っている。
(ただし、これを食べても絵本のお話のように空を飛ぶことは出来ません、という注釈付)

上の子の読後感想は「おひさまパン、たべたい」。


そこで、一昨日の土曜日にパン作りをすることにした。
粉や牛乳の分量を量るのは妻。ボールに入れるのは上の子で、初期の混ぜ合わせは妻。
ある程度まとまって、手に付きにくくなってからは子供にも捏ねさせて、捏ねるのは力仕事なので僕も参加。

整形は、子供を中心にみんなで。
大きな「顔」に、お団子のように丸めた鼻を乗せ、レーズンを埋め込んで目や口を作る。
さらに、おひさまの「コロナ」を、細く伸ばした生地をくるくると巻いて作る。

少し余った生地は、同じようにくるくる巻いて「カタツムリパン」に。


少し重めの、いかにも家庭で作った風のパンが出来た。
カタツムリパンはおやつにして、夕飯にパンと一緒に食べようと、シチューを作る。

ここでも、上の子がはじめての「包丁」に挑戦。
にんじんを、ざっくざっくと…大きすぎるくらいのサイズに、ぶつ切りに。


自分が参加して作ったパンと、自分がにんじんを切ったシチュー。
上の子は大喜びで、夕食をいつもより多めに食べました。

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【みゃママです】 10年経ちました。キャンプどうしますか? (2008-11-12 20:52:29)

クリスマス  2008-12-29 23:34:04  FAMILY
年末だと言うのに、いまさらクリスマスの話。

そろそろ上の子は「クリスマス」が理解できているようだし、自分で料理するのも楽しくなってきたようなので、家族全員で料理を作る…というのを画策していた。
24日は平日で、保育園から帰ってきてからの料理は難しい。

そこで、以下のように予定していた。

23日にケーキ作り(土台は買ってきて、飾り付けのみ)を行い、その日のうちに半分は食べてしまう。
24日は、親がパンの生地作りを行っておき、保育園から帰ったら整形して焼くだけ。

ご馳走は、パンにあわせてチキンシチュー。クリスマスなので鳥料理だし、子供がシチュー好きなので。

22日までに材料もそろえ、23日を楽しみにしていた…のだが。

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23日。朝から妻が体調を崩す。
どうやら風邪らしい。

気遣いながらも、子供は元気なので午後になってケーキ作りをはじめる。
まずは土台にクリームを塗るところまで僕がやり、それが終わったら子供に好きなように飾り付けを…

と思っていたら、僕も調子悪い。
準備が終わったところで気力が続かなくなったので、少し休み。


その後、元気にはしゃぎまわっていた上の子が、急に吐く。
少し気分が悪かったようだ。というか、明らかに風邪。

夕食頃、妻は少し体調が復活したが、僕は39度超の熱。
上の子は疲れて夕食も食べずに寝てしまった。(後でおきて食べた)


実は、風邪の感染源は下の子。
1週間前に「少し食欲が無く、元気も無い」程度の風邪をひいていたが、熱も出ないし、普通に生活していた。
妻も僕も、体調を崩して食欲が急になくなったので、同じ風邪だとは思ったのだが…
ちなみに、熱を出したのは僕だけ。


そんなわけで、夕食はお茶漬け。
作りかけのケーキは、そのまま冷蔵庫へ。

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24日、子供は完全復活して保育園へ。
両親とも体調を崩しているので、子供がいないだけでありがたい。

午前中いっぱいだらだらすごして、少し復活。
僕は相変わらず、37度前後の熱。

パン作りは取りやめ。でも、子供と約束したのでシチューは作る。
クリスマスの音楽をCDで流し、キャンドルをともし、素朴ながらもまずまずのクリスマス。

サンタさん、僕には元気をください。

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そして、翌朝子供部屋においてあった、サンタさんからのプレゼント。

上の子には、プラレール「こんなにできちゃう!レールいっぱいセット」と、車両「新幹線あさま」のセット。

これで、誕生日プレゼントとあわせて車両3台。いろんなレイアウトを楽しんでいます。(というか、これくらいのレベルになると親のほうも楽しい)

下の子には、大好きなペネロペの絵本「おかたづけしてね、ペネロペ」と、クレヨン。それとなぜか、ポン・デ・ライオンの毛布

クレヨンは、上の子のクレヨンをすぐ欲しがるから。でも、結局「上の子が使っているやつ」が欲しいみたいです。
で、上の子は「新しいやつ」を使いたがるので、現在交換して使っているような状態。
サンタさんのプレゼントのほうが安物なんですけどね。

毛布も…上の子が使いたがるのですが、これは下の子が「自分の!」と主張します。
実のところ、下の子はポン・デ・ライオンの仲間たちの中では「エンゼルダゾウ」が好きなのですが。

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寝ズ正月  2009-01-05 14:24:53  FAMILY
やっと子供の保育園も始まり、一息。
みなさん、あけましておめでとうございます。

年末年始は散々でした…
昨年のクリスマスからの風邪をまだ引きずり、体がだるいのに加え、当然子供は冬休みで一日中面倒を見なくてはならない。
(妻も同様に風邪を引いている…妻のほうが症状が重かったので、僕が寝ているわけには行かない)

そんな中でも、12月29日からおせち作りは着々と…
鳥ハム、豚角煮、栗きんとん、黒豆、田作り、紅白なます、酢蓮、鮭フレーク、キンピラ、松前漬け、煮〆、伊達巻、いくら醤油漬け…
他にもあった気がしたが、忘れた。「買ってきただけ」のものは、紅白の蒲鉾くらい。

#いくら醤油漬けは、秋に筋子を買ってきて作り、冷凍しておいたものを解凍。
 後はだいたい作った(下準備開始)順。


伊達巻を南京玉簾でまいていたら、妻に爆笑されました。
(だって、周囲に売り物みたいな凹凸を作りたかったんだもん)

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で、連日寝るのは2時ごろ。
30日は、下の子が冬休みで動き足りないのか、4時半頃に夜鳴きして目覚める。
僕が起きて対応。そんなわけで大晦日は睡眠時間1時間半でふらふら。


ふらふらしながら大掃除したので、仕事がはかどらない。
子供を寝かしつけながら一緒に寝てしまったため、おせちが間に合わない。

大晦日は、一端「行く年来る年」を見るために休憩を挟んだものの、年跨ぎで2時まで起きて…いたら、なんと下の子が目覚めて泣く。前日深夜に起きたのが癖になってしまったらしい。


妻を寝かして対応。
2時間もすれば寝るだろう…と思っていたら、結局5時半まで寝てくれず。

やっと寝たら、7時前に上の子が起きた。
妻も辛そうなので、僕が起きて対応。お雑煮を作ろうとしていたら、「新年はみんなでお祝いしたい」と妻も眠そうに起きてきた。

屠蘇など飲んでおせちを食べ、近所の氏神様に初詣に行き、時々うつらうつら仮眠は取りつつも起きている。
寝正月ならぬ、眠れない正月。

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2日は市内の長兄の家へ。父母もここにいるため、兄弟が集まる。

6人兄弟のうち、北海道にいる長姉家族を除く5世帯が集まる。子供を合わせて20人。

下の子は人見知りの激しい時期なので、怖がって動けない。やっと打ち解けるまでに2時間くらいかかった。
上の子は他の従兄弟と遊んでいる。年長の子が面倒を見てくれるため、親は安心して酒が飲める。


3日は高校時代の友人が、うちで新年会。
うちの家族、恩師の先生夫婦を合わせて、子供も含めて14人が集まった。

こちらも、実家と同じ状況。下の子は固まり、上の子ははしゃぐ。
ただ、下の子は前日の経験があるからか、それとも自分の家だからか、30分程度でほかの子と遊び始めた。


そんなこんなで、子供たちにお年玉をくれた人は8人。
上の子はいまお小遣いを与えてお金の勉強中なので、「一人頭10円づつ」を渡してみる。
(残りは親の預かり…ちゃんと預金通帳作ってあります)

親からのお年玉は100円。いろんな人から貰った80円に、お小遣いを上げる約束の「土日祝日」である、3・4日分をたして、一気に年末から200円貯金が増えた。

1ヶ月に100円程度しかもらえないのに、数日で200円も増えて大喜び。
現在430円。600円ほど溜まったら、プラレールの特殊レールを買いたいのだそうです。


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ところで、最近の下の子。

うちの子供は(ありがたいことに)お父さんが好きで、いぜんから「あいちゃーん」「せんせー」などと僕を呼んでくれていました。
どの言葉も僕を意味しているらしいので、一生懸命「かーさん」を教えたら、「かーさーん」と呼びながら僕のほうに向かってくる状態に…

もっとも、「かーさーん」と妻のほうに向かっていくこともあります。
つまり、この言葉は「親」を意味する単語として認識された模様。

「ぱぱ」とか「とーさん」は、教えているのですが覚えてくれません。

まぁ、こんな状態でお父さん子なので、夜中の対応は僕がすることになって寝不足なのです。

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ばなな  2009-02-25 14:36:53  FAMILY
下の子(1歳10ヶ月)は、バナナを1日4本ペロリと食べます。
上の子が2歳くらいの時もそうでした。

さっちゃんは、半分しか食べられないのにね。

で、昨日。
夕ご飯の後に下の子が「ばなな たべたいのー」とバナナをせがみ、与えると1本ペロリ。
「もっと たべたいのー」…で、2本食べてしまいました。
(しっかりご飯は食べた後です)


まぁ、これくらいは良くあることなんだけど、寝た後に寝言で「ばなな ちょーだい!」って…



朝バナナダイエットがブームだった時は、入手困難で困りましたが、おかげで扱っていなかった近所の店でも売るようになり、助かっています。
まぁ、近所の店は高い(5本で199円)ので、緊急でなければ駅前の八百屋(4本で100円…12本で150円のときもあった)まで買いにいくのですが。


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おゆうぎかい  2009-03-01 17:25:42  FAMILY
2月28日は、子供の通う保育園の「ひなまつりおゆうぎ会」。

うちの子の通う保育園、市内最大規模だけあって、おゆうぎ会も半端ではない。
近所の400人入れる市営ホールを1日貸しきって行うが、満員で座れない人も出る。

#園児が120人くらい。兄弟で通う子も多いが、それぞれの子の両親・兄弟に親戚まで来れば、その程度の人出になる。


午前中は4歳児クラス以下の部。
0・1・2歳の「未満児」(未就学児童の意味)と、年少さん・年中さんまでだ。

うちの子は0歳児と年少さん。
0歳児は、おかあさんと一緒にステージに立ち、ゲンコツ山のたぬきさんを踊る。

…期待はしていなかったが、状況を把握しきれず固まってしまい、踊れず。
いっぱい練習して、普段は踊れるようになっていたのになぁ。
もっとも、誰一人として踊れなかった。残念。

年少さんは、年齢別で「年少さん」として全員で活動することもあるし、年中さんと一緒に縦割りで2クラスに分かれて活動することもある。
つまり、縦割りの時のために、年中さん・年少さんはそれぞれ2クラスに分かれることが出来る。

そんなわけで、上の子が出場するのは「年少さん・クラス別」と「年少さん全員」の2回。

1回目の出場は、踊りでペアを組む女の子の自由奔放さ(踊り間違えるし、場所どんどん移動しちゃうし…)を気にして、のびのび踊れず。

#注釈:ペアの女の子が下手なのではなく、体を動かすことに関しては、うちの子が発達が早いのです。3歳児の踊りなんてそんなもの。
 もっとも、ペアの女の子にもよいところはあって、下手な小学生より絵が上手です。

2回目の出場では、クラス全員で踊る。こちらは「全員で」踊るが、基本的にひとりづつの振り付け。
相手を気にしないでよい分、のびのび踊れました。

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午後は5歳児クラスの部。
「ひなまつりおゆうぎ会」は、卒業間近の5歳児の「保育園生活の集大成」の発表の場、という側面が強く、全員が4つに出演します。

全員での群舞、6人くらいづつ9グループにわけての踊り(各人2回づつ出演)、最後にまた、全体での演劇。

群舞はソーラン節。
小グループでの踊りは、各自が「好きなもの」に参加するそうで、アニメ主題歌あり、和風なものあり、チアリーディングあり、J-POPあり…と、非常にバラエティに富んでいます。

演劇はピーターパンのダイジェスト。
もともと波乱万丈な話(戯曲として作成され、ロングランの間に何度もエピソードが追加されているため、話に一貫性が無い)をダイジェストにしたので、もとの話を知っている人で無いと理解できないような内容。
ただ、「ワニ」役の子の衣装・動きがかわいかったので、観客の話題をさらっていました。

主役であるピーターパン・ウェンディ・ティンカーベルの3つの役については、二人づつの配役です。

話はそれますが、小児教育の現場を知らないような人から、主役を複数人数で分けることについて「悪平等だ」というような意見が出ることがあるのですが、それは子供を知らない意見です。

悪平等だという人は、「ちょい役だとかわいそうだから」とか、「主役はみんながやりたいから」という理由で人数を増やして平等にしようとしている…のだと思っているようですが、そうではありません。
人数を増やしてやらないと、「主役は出番が多く、子供が演技を覚えきれない」ために、劇が破綻するんです。

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今回、PTAのお手伝いで「午後の部の写真撮影」を任されていたのですが、結構大変でした。
それぞれの子の「かっこいいとこ」を取ってあげようと思うと、ステージ前で左右に走り回らないといけません。
かといって、後ろで見ている人たちが沢山居るので、邪魔にならないようにしないといけません。ずっと低い姿勢で走り回るのは、結構足に負担がかかります。

…しかも、カメラ撮影のお手伝いは今年が初めての試みだったそうで。
公式撮影の腕章とか無かったから、「前に出て撮影してもいいんだ」と勘違いした父兄が結構多く、その前をちょこまかと走り回ることになり、かなり不評を買っていました (^^;

#このせいもあり「下がる」ことが出来ず、舞台全体風景の撮影に支障をきたしたことも問題。
 自分が不評を買うのはどうでもよいが、記録写真が十分残せないのは、園にとっても園児にとっても損害となる。
 腕章ひとつあればそんなことにはならなかったわけで、これは来年への課題。


撮影途中からふと気づき、頼まれてもいないものも、パシャパシャと撮り始めます。

休憩時間に、次の舞台の子がお母さんに髪を整えてもらっているところ、出演が終わった子達が靴を履きに集まっているところ、園児席でお兄さんたちの舞台を見ている年少さん…

基本的に「舞台を」撮るように頼まれていたので、舞台裏風景までは撮れないのが残念。
でも、そういうところの風景こそ、集まった人たちが目にしないものなので、後でいい思い出になるはず。


結局「200枚程度」と頼まれていたのに、500枚近く撮影しました。
フィルムじゃないって、気が楽だわ。


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女の子産まれました。  2009-04-21 06:15:05  FAMILY
本日21日の午前3時44分、無事女の子が産まれました。

朝10時ごろ、妻から「今日生まれるかも」と言われます。
なんか、定期的なお腹の張りが、過去の経験からいうと「当日」のパターンになったのだとか。

しかし、このあとなかなか陣痛が強くなりません。
一人目も、二人目も、午前中に兆候があって昼頃から陣痛が始まり、夕方生まれる、というパターンでした。

夕方には保育園に子供を迎えに行って、その足で病院へ…などと考えていたのですが、夕方になっても陣痛は強くならず。
子供を寝かしつけても状況は変わりません。

明日の火曜日(これを書いている、今日)は、仕事の打ち合わせで外出予定があるので、キャンセルしたほうがよいのかどうか…などと話し合います。
すぐに帰ってこれる、もし兆候が進まなくても、保育園の送り迎えは僕が出来る、などといくつかの条件を満たせれば、仕事には行ったほうがよいだろう、という結論に。
出産はいつ始まるかわからず、もしかしたら兆候も「気のせい」かもしれないので、仕事先に迷惑をかけるのも良くないだろう、という判断。


で、話し合いも終わって寝ようか、という段になったら、急に陣痛が始まりました。
0時過ぎ、「もう1回待ってみて、すぐ来るようなら病院に行く」と決めたところ、すぐに来ました。

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あわてて準備して、寝ている子供たちも車に乗せて病院へ。
子供たちは車の中で完全に目が覚めてしまいましたが。

で、2人目のときと同じように…今度は子供が2人にふえているので、より騒々しく、子供たちが遊んでいる中での出産となります。
出産で苦しんでいる母の周りで「ねぇねぇ、お母さん見てー」とシールを貼った帳面を見せようとする子供たち。

いよいよ痛みが強くなったので助産師の人を呼んで(その病院は、産科医と助産師が院内で協力している)、いろいろ準備している間に産まれ始めます。
助産師の人があわてて先生を呼びましたが、先生が来たのは生まれた後。決して来るのが遅かったわけではないのですが。

結局、今回も強い陣痛から4時間程度での出産になりました。


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子供の初ペット  2009-05-13 23:18:45  PET FAMILY
上の子が、最近なにかを「飼いたい」らしい。

最初はテントウムシだった。
庭でテントウムシを見つけ、遊んでいるうちに飼いたいと言い出した。

テントウムシはなに食べるか知ってる? と聞くと、しばらく考えて「葉っぱ?」

「テントウムシは小さな虫を食べるから、毎日沢山の虫を捕まえてこないと死んじゃうんだよ」

と教えると、すぐにテントウムシはあきらめた。が、なにか虫を飼いたい様子。

少し考えて「スズムシだったら飼い易いかな」とと教えると、何を食べるのか聞いてくる。
ナスとかキュウリ、というと、簡単に飼えるとすぐにわかったらしい。

飼いたい、というのだが、夏までは入手できないと教えると、ちょっとションボリ。

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後日、庭でダンゴムシを見つけて遊ぶ。
で、「ダンゴムシ飼いたい」。

! その手があったか!


ダンゴムシならおそらく簡単に飼える、と察しは付いたが、すぐにネットで調べる。
ふむふむ。つるつるした壁は登れないので、容器に土と落ち葉を入れておけば飼えるのか。

これはスズムシよりも初心者向き。

翌日、虫かごを買って来たら喜んで庭でダンゴムシを捕まえる。
下の子も一緒になって捕まえ、「ボクのダンゴムシ!」と大はしゃぎ。

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子供が適当に捕まえたので、ワラジムシも混ざっている。

ワラジムシは足が速い。
ダンゴムシは、外殻を硬くし、丸まることで敵から身を守るが、代償として体が重く、動きが遅い。
ワラジムシは、丸まることができず、外殻も弱いが、その分逃げ足が速くなるように進化した。

足の遅い重装甲と、足の速い軽装甲、という、ウォーシミュレーションにありそうな二択。


ダンゴムシは、何かにぶつかると、右・左・右・左…と、交互に方向を変える。
これを使って迷路を解く、という有名な実験(遊び?)もある。


…などなど、以前から知識として知ってはいたが、かごに入れて実物を観察してみると、大人が見ていてもなかなか興味深い。


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ペットロス  2009-06-25 00:34:45  PET FAMILY
4代目のハムスター「うめきち」が死にました。

何の前触れも無く…というと、きっと間違いなのだろう。
死んだ後で前触れがあったことに気づいたのだから。

ある日、トイレ砂を変えた際に「ずいぶん黄色いおしっこをしているな」と感じてはいた。
ただ、この前日大量にニンジン(のヘタ)をあげたので、カロチンが出たかな? と思っただけだった。

今考えれば、おしっこが黄色いというのは溶血の可能性がある。

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ともかく、死んだのに気づいたのは23日晩。
子供を寝かしつける時間だったので(そして、最近寝不足で親も一緒に寝ているので)十分確認が取れず。

24日の早朝(寝てしまって家事が出来ないので、最近4時半に起きている)に、やはり死んでいるのを確認。
騒ぎになるとややこしいので、子供はそのまま保育園へ送り出す。

さて、どうするか。
長男はもうすぐ5歳。3代目が死んだ時はいまひとつ死が理解できていなかったようだが、そろそろ隠すことも出来ないと思う。

一緒にお墓を作ろう。

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夕方、保育園の帰りに「うめちゃんが死んだ」と伝える。
長男はそれなりにショックを受けていたが冷静。長女(2歳)はまだ理解できていない。

が、帰宅後状況が一変する。

長男、ハムスターのケージを見て、動きが無いことで本当に死を理解したらしい。
ものすごい大泣き。手がつけられないほどの。

何かいっていても、多くの言葉は聞き取れない。でも、「もっと遊びたかった」「もっといてほしかった」「さびしい」などなどと言っているのはわかる。

抱きしめてやって、そのまま10分も泣いていただろうか。
落ち着いたところで、お墓を作ってあげよう、という話をする。

ここで、ケージを取り出して、動かないハムスターを見る。
また大泣き。

長女は、ケージを取り出したのを見て「はるちゃん、ごはんあげるー♪」「はるちゃん、ねんねしてるの?」などとご機嫌だが、「もうずっとねんねなんだ」と言ったら「なんでー? どうしてー?」

大泣きの長男をなだめるべく、はるちゃんと遊べて楽しかったね、ちゃんとお別れしようね、などと話しかけていると、実は「おなかすいたー」と泣いているのだった。

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お腹が空いていると無意味に悲しくなる。
慌てて夕ご飯にすると、かなり落ち着いた様子。

夕食後に「お墓作る? それとも、お父さんとお母さんだけでやろうか?」と聞くと、「僕もやる」とのこと。

もう立ち直ったかな、大丈夫そう…とおもったが、やはりハムスターの死体の前では悲しくなるらしい。

「かわいそう」というので、淋しいけれど可哀想ではない、と説明。
我が家の一員になって、みんなにかわいがられて、楽しい思い出をたくさんくれたのだから、「かわいそう」なことはなんにも無いんだよ。

庭の藤のふもとに穴を掘り、ハムスターの死体をいれ、皆で少しづつ土をかける。
最後に、長男が「はるちゃんのおはか」と書いた石を置いて…そのまま大泣き。

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子供は切り替えが早い。

この後、折り紙で遊んで、お風呂入って、すっかり元気になった…と思っていたが、やはりどこかで無理をしていたようだ。

寝る時になって「お父さん、新しいハムスター買ってきて」とポツリ。

生き物だから、おもちゃみたいにすぐに手に入るわけではないんだよ、と教えながらも、近いうちに新しい仔に家に来てもらおう、と約束。


長男にとって、ハムスターの死に立ち会うのは3度目なのだが、初めて「死」をちゃんと理解したのではないか、と思う。

次の週末にでも、ペットショップに行ってみようか…

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ハムスターその後  2009-06-30 12:41:37  PET FAMILY
前回までのあらすじ。
先週の火曜日の夜に、ハムスターが死んでいるのを発見。
子供には翌日の保育園からの帰宅時に伝える。大泣き。

「お父さん、新しいハムスター買ってきて」と言われる。

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木曜日、銀行に行かなくてはならなかったので、ついでに妻と一緒にペットショップめぐり。

まず、藤沢の「湘南モールFILL」内のペットフォレスト。ここはかなり信頼している店。
信頼の理由は、人間の都合よりもペットの都合を重視しているから。

ペットは、小さいうちに連れてきたほうが、環境への順応が早いし、なによりも動物の赤ちゃんはかわいい。
でも、余り小さなうちに親と引き離すのは良くない。

過去に2回、この店でハムスターを買ったが、ある程度育ったものしかおいていない。
つまり、人間の都合ではなく、ハムスターの都合を優先している、ということ。

で、行ってみると、ハムスターは置いていなかった。
今は繁殖期(春秋)で無いから。

繁殖期なら子供もたくさん産まれるので売るが、そうでない時期は品質が安定しない(元気とは限らない)ので置かない、というのは、非常に正しい。

そんなわけで、店の信頼度はいっそう向上したが、目的はかなわず。



帰りがけに、あまり信用していない店に行く。
店の名誉のため、名は特に伏せる。

ハムスターはいた。しかし、各種、オスメスそれぞれ1匹ずつ。
しかも、結構大きい。多分育ちすぎ。

育ちすぎをつれてくると新しい環境に慣れにくいし、各種1匹ずつでは元気な子を選ぶ余地も無い。

「見てしまったら早く次の仔が欲しくなった」という妻をあきらめさせ、帰宅。

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土曜日、子供には目的を告げずに買い物へ。ハムスターが買える保証がないからね。
「食べるものが少ないから買い物行く」と伝えたが、普段は行かない港南台方面へ。


目的地は、ロイヤル港南台店
以前は「ビッグサム」という名前だった。その頃はよく利用したし、実は妻と暮らし始めて最初に飼ったハムスターは、ここで買ったもの。

しかし、2年前に閉店。その後、ロイヤルが同じ場所で営業を開始した、と知っても、藤沢店と同じチェーンだから同じような品揃えだろう、と行っていなかった。
(同時期に、よく行っていた港南台のコーヒー屋も閉店したことが大きい。港南台に行く目的は、コーヒーとビッグサムだったので、相次ぐ2店の閉店で完全に足が遠のいていた。)

ところが、妻がネットで情報を調べたところ、ビッグサムはロイヤルに営業を譲渡し、看板を架け替えただけで事実上同じ店だという。ならば行ってみよう。


駐車場は少し変わっていた。しかし、車を停めて店内に入ると、ほぼ以前と変わっていないことがすぐにわかった。
地下のペットコーナーへ。ペットの配置も全然変わらない。

小動物のコーナーには、たくさんのハムスターがいた。生後1ヶ月くらい、というのも(ちょっと早い気もするが)適正範囲だし、十分に固体を選ぶ余裕がある。

ここに来て、外出の目的を理解した長男(4歳10ヶ月)は大喜び。
何も言う前から「ぼくこれがいい~!」と選び始めている。
長女(2歳2ヶ月)は、「うめちゃん いっぱい~ かわいい~」と覗き込んでいる。

妻が花を見たいというので、待つ間他の動物も見てみる。
鳥や亀、スズムシなどにも興味はあるらしいが、今日はやはりハムスター。

長男が「これがいい」というのは、ジャンガリアンのブルーサファイア。
いままでジャンガリアンのノーマルしか飼ったことがないのだが、子供が選んだのだからブルーサファイアでもよいだろう。
(毛の色が違う、というのはある種のアルビノ…突然変異なので、固体が弱い可能性はある。
 しかし、スノーホワイトならともかく、ブルーサファイアくらいならそれほど強い変異ではないはず)

ノーマルは2匹しかいなかったが、ブルーサファイアは6匹ほどいた。これも安心材料。

店員に断って、手を入れさせてもらう。
時間が2時ごろだったのでまだ眠いようで、乗ってきてくれる仔はいない。

「まだ眠い時間だから、どうしても怖がっちゃいますね」と店員さん。

妻が手を入れてみると、寄ってきて…激しく噛むのが一匹。こいつは除外。
しばらくたって、再び僕が手を入れると、1匹寄ってきて乗った。特に噛む様子は無く、おとなしい。

そいつを小さな容器に移させてもらい、しばらく観察。
妻が手を入れても乗らない。が、噛みもしない。再び僕が手を入れると乗る。
動きにおかしなところも無く、元気そう。

「じゃぁ、これください」というわけで、新しいペットが決まった。
ちなみに、オスだった。

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子供は前日、「新しいハムスター来たら、チョコレートの名前付ける」と言っていた。
チョコレートの名前、というのがよくわからないのだが、どんな名前か聞いてみた。

「あれはやっぱやめた。ハムスターはカボチャの種が好きだから、カボチャの種って名前にする」

…子供がそれがよいというなら、それでもいいだろう。変な名前だけど。
愛称は「かぼちゃん」かな。

帰り道、しばらく名前を考えていたが車の中で寝てしまった。
家についてから起きて、再命名。

「やっぱ、ルビーって名前がいい」
これで決定。

ブルーサファイアに、「ルビー」というのも、なかなか面白い名前をつける。

もしかして、「ポケットモンスター ルビー&サファイア」から連想したのかも。
(遊んだことは無いが、名前を聞いたことは何度かあると思う)

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名前 内容

夏風邪  2009-07-02 17:16:57  FAMILY
少し前に話は遡るが、先週の金曜日、長女(2歳2ヶ月)が熱を出した。

朝は元気いっぱいだった。
保育園に行き、熱を測ると(2歳児クラス以下は朝保育園で測ることになっている。うちの子は1歳児クラス)、38度も熱がある。
あわてて休むことにして、家へ帰る。

熱はあるものの、元気。
「ほーくえん おやすみなのー?」と聞くので、風邪ひいちゃったから休みね、というと「ぼく かぜひいちゃったから ほーくえん おやすみー」と走り回っている。
この元気があれば、医者に行くこともないだろう。

しばらくして、朝の昼寝の時間。「ねむい」というので、2階のベッドルームへ。風邪の影響もあって、いつもよりも眠いようだ。


ここで気づく。あごに小さな発疹が出ている。
調べると、腕やお腹、背中にもある。

そういえば、今朝起きた後しばらくウッドデッキで遊んでいて、「かゆい」と背中をかいているので見たところ、虫刺されのようになっていた。その時は虫刺されの薬を塗ってやり、服を着替える時には腫れが引いているのを確認したのだが、あれは虫刺されではなかったのか。

あわてて子供向きの医学書を調べる。
発疹と高熱が同時に出る病気…水ぶくれ状ではなく、虫刺され状の発疹…どうも、該当する病気がない。

発疹が出ているのだから、少なくともただの風邪ではない。そう判断して小児科へ。

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「ヘルパンギーナですね。発疹は、高熱による蕁麻疹です。」

…ただの風邪だった。

「熱で蕁麻疹が出るのは、よくあることですよ。」

そうだったのか。


熱さましは以前にもらった座薬で、使っていない分が家にある、ということで処方されず。
あと、お薬二つだしときます、といわれたが、あとで薬局で確認したら両方とも蕁麻疹の薬だった。
つまり、ヘルパンギーナに対する薬はなくて、自然治癒を待つしかないということか。

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眠いというのにお昼寝をさせずに無理やり医者に連れて行ったので、帰りの車の中で寝てしまった。
家に帰ると少し目を覚ましたので、座薬を入れてやり、また寝る。
そのまま午後4時ごろまで眠り続け、おきると「おなかすいたー」。

小さなカップケーキを出してやるが、全然食べない。また、よだれをだらだらたらしている。
そういえば、ヘルパンギーナは咽喉が痛いんだっけ。「咽喉痛いの?」ときくと「のど いたい」と答える。

ちょっと考えて、バナナと牛乳をミキサーで混ぜてバナナシェイクを作ってやった。
これはおいしそうに飲む。バナナ半分で作ったらあっという間に飲み干し、結局一本分飲んだ。

体がだるいようで、お昼寝布団の上でごろごろしながらアンパンマンを見ている。
そのまま、いつの間にか寝てしまっていた。


次に起きたのは、夜11時ごろ。
またバナナシェイクを飲み、熱が再び上がっていたので座薬を入れてやると、すぐに寝る。
翌日7時に起きた時には、すっかり熱も引いて元気になっていた。子供は回復が早い!


#で、この日はペットショップにハムスターを買いに行ったわけだ。

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話はこれで終わりではない。
妻は次女(2ヶ月)の世話で忙しいため、長女が風邪の間、主についてあげているのは僕だった。
(元々、長女がお父さん子だということもあるが、次女が生まれてから傾向が強くなった)

ヘルパンギーナは、通常は大人は感染しない。4歳までの子供だけが主にかかる病気だ。
しかし、濃厚接触者はその限りではない。

…昨日になって、僕も発症しました。潜伏期間3~5日。計算はあっている。


最近太り気味だなーと思っていたので、久しぶりに Wii Fit なんぞやってみる。
いつものように朝4時半に起きて、家事の合間に Wii Fit。

朝ごはんを食べる頃に、少しからだがだるいのは、普段使わない筋肉を使ったせいかと思っていた。
「早起きして Wii Fit やったら体が痛い」と言って妻に笑われた。

しかし、その後明らかに様子がおかしいので、10時ごろに熱を測ったら39度ある。

この日は、どうしても10時からやらねばならない仕事があったため、寝ていられない。
そのまま仕事を行い、12時ごろに完了。
…で、寝込みます。

自然治癒しかないんだよなー。と思いつつ、熱を測ると40.5度。とりあえずバファリン飲んどく。
この後、熱さましが効いている間は38度前後、そうでないと40度前後、という状態が続く。

子供が保育園から帰ってきてからが、また大変。

長男(4歳10ヶ月)は事情を察してくれて、とても協力的。
でも、長女は「とうさん いなーい」と泣き叫び、すぐにベッド脇に来たがる。
寝込んでいても話くらいは出来るのだが、次には「いっしょに した いこ」と、リビングに連れて行きたがる。

妻も、長男 長女 次女の三人をまとめて風呂に入れるのに一苦労。
風呂前に長女が脱走して僕のところに来たので、しばらくたって下に連れて行き…僕はまた2階のベッドルームで寝る。
風呂上りの再に、また「とーさーん」と泣く長女の声がきこえた。

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今朝、保育園に遅刻してはいけないので、とにかく起きる。
熱は昨日より低いが…39度前後、というところ。

余り体を動かしたくないので、子供に「ごはん8時までに食べてね」とか「歯磨きするよー」とか指示を出しながら、なんとかいつもの時間通りに保育園へ。



その後の僕は、また寝ているだけです。

ヘルパンギーナ、39度以上の高熱と、強い咽喉の痛みが続きます。
感染力が低いことが救いだけど、これで感染力が強かったら、結構怖い病気だと思います。

長女は1日で治ったのに、2日目になっても治る気配が無い。
子供の治癒力って、すごいなぁ。

(今は薬のおかげで、少し熱が下り、最小限の仕事をやったついでにこれを書いている)

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名前 内容

大人がヘルパンギーナにかかると…  2009-07-07 10:46:09  FAMILY
その後、まだ風邪は完治していません。
しかし、まだ実感のあるうちに、症状などをまとめておきたいと思います。

1年後の追記もあります。併せてお読みください。

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ヘルパンギーナで検索すると、多くは「子供の病気」として説明しているサイトが見つかります。
「大人にも感染の可能性がある」程度の記述はあり、せいぜいが「大人が発症すると症状が重い」程度の記述です。

今回、自分が発症したわけですが、大人での症状が把握できないので、後どれくらいで回復するのかがわからないことが辛かったです。
そこで、ここでは症状についてまとめておきます。

このページを検索で見つけてきた方がいたら、今お子さんがヘルパンギーナで苦しんでいるのかも知れませんね。
大人向けの症状の解説は不要かもしれませんが、自分が感染しないためにも「恐ろしい病気だ」という心構えのために読んでみて頂ければ、と思います。

---

まず、ヘルパンギーナの、一般的な症状について。

主に4歳までの子が罹患します。
高熱と咽喉の痛みが主な症状です。

咽喉を見ると、腫れたところに水疱状の発疹が出ているため、判別できます。

原因ウィルスは数種類あります。

熱は1~3日程度、咽喉の痛みも解熱と同時か、2日以内程度で治ります。

というところ。
実際、うちの子も39度の熱を出しましたが、丸1日で完全回復しました。



問題は、回復後も唾液には1~2週間ほど、便には1ヶ月ほど、原因となるウィルスがいること。
感染すると、潜伏期間2~5日程度で発症するそうです。

自分も気をつけて、ちゃんと薬用石鹸と流水で手洗いしていたのですが…
2歳児に「病み上がりだからおとなしくしてろ」と言いつけても無駄で、一緒に遊んでいれば感染するのも仕方ないのかもしれません。

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で、大人が発症するとどうなるか。
あくまでも、僕の場合です。サンプル数1だから、一般性はありません。
また、ウィルスの種類などで症状が変わるかもしれません。


高熱が出るのは同じです。
僕の場合、3日間続きました。薬を飲まない状態では、1日目は40度前後、2日目は39度前後、3日目は38度前後と、少しづつ良くなる傾向にはありました。

ヘルパンギーナの特効薬はありませんので、「高熱を下げる」という対症療法に頼ることになります。
バファリン飲んだら、効いている間は1~2度下りました。

関節痛や筋肉痛は余りありません。ここらへん、インフルエンザと違うところ。
高熱でも比較的元気でいられます。

その一方、3日目くらいからのどの痛みが強くなってきます。
もしかしたら、熱で痛みが麻痺していただけかも知れませんが。


4日目、5日目。
自分の場合、運悪く土日でした。保育園が休みで、どうしても子供の相手をしなくてはなりません。
(ヘルパンギーナを発症する大人は、ほぼ間違いなく4歳以下の子供がいる方でしょう。
 子供が「遊んで」と言ってきたら、遊ぶまで納得しないこともわかっていただけるでしょう)

熱は下っても、3日も続いているので体力をかなり消耗しています。
なので、2日くらいは、ただ寝ていたい。もっとも、寝すぎで体が痛く、寝ているのも辛いのですが。


6日目、7日目。
咽喉の痛みは更に強くなります。

何もしていない状態でも常に痛い。唾を飲み込むと結構痛い。喋っても痛い。
この痛みに耐えているだけでも、かなり消耗します。

ちなみに、ヘルパンギーナは「咽喉の痛み」といわれますが、大人の場合は「口中が痛い」です。
頬の内側、歯茎、唇の裏など、いろいろなところに発疹ができ、痛いのです。


水疱状の発疹が出来ているわけで、口内炎と同じようなものだと思ってください。
ただ、口内炎って、複数できる時でも同じような場所に出来るので、気をつけて物がぶつからないようにすることが出来ます。
これが、咽喉の奥だと何か飲む時には必ずぶつかるし、口中のいろいろなところにあるので避けようが無い、というのを想像してください。

#実際、水疱が破れて潰瘍となり、口内炎に発展することも多いらしい。

トマトとか、酸っぱいものは沁みます。
メロンとか、甘いものも沁みます。
飲み込む時にぶつかって痛い、というのは何を食べても同じなのですが、沁みると痛さ上乗せ。
あわてて水を飲んで洗い流すことになります。(水を飲むのも痛いのですが)


舌も痛い。胃が荒れているときのような痛みです。
これは、おそらく食道か胃か、咽喉の奥からつながる内蔵もやられているのだろうなぁ、というのは僕の勝手な想像です。

喋ることも辛いのだけど、子供がいると喋らないわけには行かない。


本日、発症から7日目。
口の中の痛みを除けば、体力的にはほぼ回復したのだけど…

後日追記


その後、8日目には声を出しても痛くないようになりましたが、口の中は痛い状態。
しかし、徐々に痛みも消え、完全回復したのは、11日目でした。

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名前 内容

【まるき】 してみようと思っています。もしかしたら...たぶんそうでしょうね。ただ疑問に思うのですが似た症状で扁桃腺炎ではかなり有効な抗生物質があります。現在それを処方されていますが、ヘルバンギーナだと、ウイルスの系統が違うのかこの薬は実は効いていないということでしょうか?だから5日目なのに全く痛みが引かないのか?とにかく症状が扁桃腺炎とも似ています。まー、明日医者に聞いてみます。 (2010-08-25 23:54:17)

【まるき】 1歳半の子から移りました。小児科では夏風邪と診断されたのですが、子供は喉が痛い痛いと硬いものは吐き出してしまいます。もすかしてこれは単なる夏風邪ではなくヘルバンギーナかも。というのも私もいきなり40度近い熱が出て、2日後には平熱になったものの喉が痛くて痛くて。医者に行ってみると、子供の話をしなかったので扁桃腺炎と診断されました。ぜひこのキーワードで検索してみてください。同じように水泡ができて、唾も飲むのも大変でとにかくすっぱいもの甘いものなど後から強烈な痛みが長時間襲ってきます。子供の病気で検索してこのサイトにたどり着きましたがどうやら私もヘルバンギーナのような気がしまうす。明日医者に行くので子供もかかっている話を (2010-08-25 23:43:39)

【まちゅ】 2歳の息子から貰い、今6日目です。喉の痛みが激しくなる一方で、耳も痛くなってきたので、大人だと症状が違うのか調べていて辿り着きました。息子は熱2日、その後の喉の痛みも3日で治まったのですが。。私は下顎・上顎・耳・鼻の奥・こめかみまで痛みが広がり、ほとんど何も食べられない状態です。比較的、牛乳は飲み易く、何とか水分は摂っています。ステロイド剤が出される場合もあるのですね! お盆明けに痛みがひどかったら、また受診してみようと思います。 (2010-08-15 09:24:46)

【さと】 1歳の息子から感染し、大人の症例がなかなかみつからず、このページにたどりつきました。みなさん、大人の方が重症なんですね。完全回復11日ですか。。。がんばります(><) 子育て中の自分の風邪は辛いですよね (2010-08-10 03:29:08)

【ロッキー】 先週8月2日に甥っ子(2歳)が医師からヘルパンギーナとの診断を下されましたが、熱も一日で下がり水苞もみあたりませんでした。「良かったね!」と安心していたら8月5日朝から全身の関節がサワサワしていましたが気にせず・・夕方悪寒に変わり熱を測ったら38.8℃でした。私は普段からビオフェルミン愛好者なので通常の三倍量(10錠)とクラリス(抗生剤)とイブ(解熱剤)で翌朝には平熱に戻りました。戻ったと同時に喉ちんこ両脇に水苞が出来、食欲もあったのでスイカと煮込みうどん、納豆ご飯等を食べました。しかし、本日8月7日朝起きたら喉が痛くて仕方ない・・・唾液も痛い。検索したらこちらにヒットしたのですが、皆さんの記事を読むと流行っているようにも思えますね。今朝はりスイカを無理に流し込み、クラリスとビオフェルミン(6錠)服用しました。まだまだ先が流そうですね・・トホホ・・・。 (2010-08-07 09:53:38)

【しっかり】 私も 1歳の娘から移ったみたいで 高熱から始まり同時に咽頭痛軽度、現在4日目です。口の中はかなり痛いし咽頭痛は日増しに強くなります。熱は3日程で下がりましたが後どれくらい咽頭痛が続くのかと・・・。全国的に流行しているのでしょうか? (2010-08-04 19:15:00)

【キャスバル】 昨日(発症5日目)あまりのノドの痛さに再度病院へいきました。ヘルパンギーナほぼ確定だそうです。本日発症から6日目ですが、ノドの右奥にアフタ性口内炎4個、左奥に白苔2個です。痛み止めと炎症止めを処方され、院外薬局まで歩きながら、口内炎治療薬(ケナログなど)が有効ではと考え、薬剤師から先生に電話してもらい、薬剤追加を認めてもらいました。寝る直前と、夜中暑くて目覚めた時の2回塗布してみたら意外と良いです。これなら少し直りが早いかもしれません。食事はダイエット用の総合栄養粉を取り入れてみました。これもGoodです。 (2010-08-04 13:06:59)

【なおちゃん】 私も1歳の娘に遷されました。娘は肺炎も併発して入院中。ずっと付き添っています。発症4日目ですが、熱は下がったものの、皆さんと同じく喉が痛い!これを灼熱痛と言うのでしょうか?声も出ません・・・。 痛み止めとステロイド、抗菌薬をもらっています。 (2010-08-04 11:58:16)

【キャスバル】 たぶん3歳児の娘から感染。今日で発症から5日目です。初日39.5度の発熱、2日目39度、3日目37度&ノドの痛み、4~5日目体温平熱&ノドは激痛。そうめんやうどん、そばならなんとか食べられます。水を飲んでもノドにしみるが、牛乳ならかなり楽に飲めます。しかし飲むヨーグルトはダメでした。 (2010-08-03 13:38:33)

【Miree】 今日で5日目。咽喉の痛みは変わらず。今日は点滴を打ってもらってきました。薬は痛み止めと、ステロイドの錠剤ももらいました。 (2010-08-02 13:50:47)

【Miree】 園のほけんだよりで流行っていると書かれていました。10ヶ月になる息子は平気(かからなかった)のに、私がかかりました。熱は39度まで出て、その時は咽喉の痛みも普通の咽喉風邪程度だったのに、熱が下がってから地獄です。口内炎と奥歯の歯茎が炎症(リンパ節の腫れ)、咽喉の水泡が見えるだけで5個。水も飲めません。飲むと痛さで脂汗が出ます。今日で発熱からは4日目、咽喉の痛みは3日目です。まだ治るのに時間が必要そうです。 (2010-08-01 16:53:04)

【みこ】 私も、先日娘がヘルパンギーナかかり、、うつされてしまいました。 (2010-07-24 23:14:06)

【とほほ】 発症7日目です。熱発二日間、39度越え。下がったと思いきや、のどの痛み。四日目から、舌の先っぽに口内炎発見、というかものすごく痛い痛い痛い。翌日、頬の内側にぽっこり何かある。水泡?いぼ?もしかして、口内炎の予備軍??直径5ミリぐらいの大きさなんだけど、怖くて、今とてもうつろです。 (2010-07-22 22:19:13)

【ちゃん】 間違えました。発症4日目です・・・。 (2010-07-22 18:21:32)

【ちゃん】 今クリニックでヘルパンギーナと診断され帰ってきました。三日前39℃の高熱、解熱剤を飲んでもすぐ高熱が出て、さらに咽頭痛がどんどん強く・・・。のどに水泡もできて、やっと熱が落ち着き外に出ることができて受診した次第です。オーバーかも知れませんが、のどが焼けるように痛かったです。発症3日目ですが、今日一日で朝よりずいぶん痛みが引きました。 (2010-07-22 18:16:51)

あきよし】 …今年も自分がかかりました。後で日記書くと思うけど、40度近い熱があるので、まずは寝てます。 (2010-07-22 10:06:17)

あきよし】 神奈川県では現時点で国警戒レベルを超える流行だそうです。そのせいか、このページを検索してくる人も多くなっているようです。皆さんお気をつけて/お大事に。 (2010-07-13 17:03:17)

【linapon】 はじめまして。人生で初めてヘルパンギーナにかかり、相当辛い日々を送っていましたが、熱が下がってから5日目、やっと喉や口の中の痛みが少し和らいできたので、書き込みをしております。ヘルパンギーナそのものを治す薬はありませんが、あまりの喉の痛さに水も飲めない状態で、胃腸もかなり弱っていたので、内科のお医者様に再診してもらったところ、サンメールという、どろっとした飲み薬を処方してくれました。主に食道や胃に膜を作って守ってくれるものらしいのですが、喉など粘膜も保護してくれるから、といわれ、これのお陰でお粥など食べるときにもヒーヒー言っていたのが、少し楽になりました。もう二度とかかりたくないです・・・。「11日目には完全復活」というのを希望にもう少し頑張ります! (2010-07-11 16:33:22)

【nam】 はじめまして、今、2歳の子どもが一昨日からヘルパンギーナにかかっています。「おくちがいたい」と行って機嫌が悪くてまいってます。相当痛いんですね。。そして、さっきから私ものどが痛くなりつつあります。もしかして感染してしまったのでしょうか。まだ熱は出ないのですが恐怖です。明日から主人が出張なので、よけいに不安です。薬がないのがつらいですよね! (2009-09-01 12:43:47)

【wa】 はじめまして、自分も今現在ヘルパンギーナにかかっています。1歳の息子から始まり3歳の息子にその後自分に感染したみたいです、今は子供たちは治ったみたいでご飯も普通に食べています。メチャクチャ辛いです、熱は1日で治まりましたがノドが痛くてホントにヤバイです、熱が出たのが8/3日で4日の朝には治りました、その日からノドが痛くてご飯どころかツバも飲めない状態が今でも続いています、体重も4キロは減りました、いつまでこの痛みに悩まされるのか?何か良い方法でもないんですかねー。あまりの痛みで共感を持ちコメさせて貰いました。 (2009-08-07 19:27:25)

ゲーム解禁  2009-07-23 02:14:05  COMP FAMILY
先週末(7/18~20)は3連休だった。
しかも、保育園は名目上の夏休みに突入。
(事実上は夏休み中も預かってもらえるのだが)

子供たちをどこかに連れて行ってやらないとなぁ、と思いつつ、タイミングがつかめない。

18日は保育園の花火大会。長女を昼寝させておかないと夜もたないので、午後はこれでつぶれる。
19日は、前日夜の疲れから長女が午前10時くらいから昼寝してしまった。
夕方から散歩に出て、かなり長距離歩き回る。子供たちは楽しかったらしい。
20日は前日の散歩の疲れで、親のほうが気力なし。

というわけで、遠出はせず。


主に割を食ったのは長男。
近所の公園など行きたいのに、長女の昼寝のせいで出かけられない。

そこで、「ゲーム解禁」をしてみた。
以前から、梅雨の雨で外遊びできない時に遊ばせてみよう、とは思っていたのだけど。

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5歳以下の子供にゲームは難しい。
まず、3歳くらいになるまで、勝ち負けという概念が理解できない。
3歳くらいで「競争」とか「じゃんけん」「すごろく」などの単純な勝負事は理解できるようになるが、神経衰弱のような「ルールに加えて、遊ぶためのノウハウが必要」なゲームは理解できない。

で、もうすぐ5歳の長男、最近やっとゲームを遊べるかな、と思うような知恵が付いてきた。


実は、以前から時々 Wii を遊ばせてみたことはあった。
主に「はじめての Wii」の、「つり」と「牛ダッシュ!」。

前者は操作が難しいようだが、ボタンを使わない単純さで「遊べないことはない」。
後者もボタンを使わないし、適当に操作していると画面上に何らかの反応はあるので「楽しい」。
(どちらも、ゲームとしては成立していない)

何よりも、子供の手は小さいので「リモコンをしっかり持って、ボタンを押す」ことが難しい。
どうしても、ボタンを余り使わないゲームしか遊べない。

最後に遊んだのは半年くらい前か。あの頃はルールが理解できず、ゲームとして成立していなかった。
今なら、単純なゲームなら理解できるのではないか、という期待がある。

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ところで、保育園児には「ポケットモンスター」は一定の人気がある。
うちではあまりアニメを見ていないが、他のこの影響で、長男もそれなりにポケモンを知っている。

で、半年ほど前から「○○が進化すると△△になるんだよ」などと良く言うようになったので、「お父さんが遊んでいた初代ポケモンでは、そのキャラはいなかった」とか言ってやるようになっていた。

その関係で、子供は「最初のポケモンはゲームから始まった」ことは知っているのだが、先日「最初のポケモンには色は無かった」ことを言ったら、何に反応したのか非常に見たがっていた。

じゃぁ、是非見せてやりたい。
というのも、ゲーム解禁の理由の一つではある。

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最近、Wii Sports Resort を購入した。
これにより、常に Wii に入れっぱなしだった「どうぶつの森」が、頻繁に入れ替えられるようになった。

保育園の花火大会があった日は土曜日。
この夜、とたけけの曲をもらうために(実時間で土曜日の夜限定の、そういうイベントがゲーム中に発生する)、どうぶつの森のパッケージを取り出し、そのままテレビの前に置きっぱなしにしてしまった。

翌朝、なにやらかわいらしい絵の描いてあるこのパッケージを発見したのは長女。
DVD のパッケージだと思ったのか「ぼく、このビデオ見たーい」と主張。
(注:長女は自分のことを「ぼく」と言います。長男の影響)

ゲーム解禁は以前から考えていたが、ぶつ森は子供が遊ぶには複雑すぎる。遊んでもいいけど別のゲームで…などと思っていたら、妻が「いいんじゃない? 少し遊ばせてあげれば?」

そうか。じゃぁ、ちょっとだけ、と起動。
長男にわかるようにメッセージをひらがなにして、長女のために表示を読み上げながら少し遊んでみる。

「ポケモンも、こんな風に字が読めないと遊べないんだよ」と長男に言うと、自分には少し難しいゲームだということは理解できたらしい。

その後、コントローラーを渡して自分で操作させてみる。
上下左右に…自由に動くことすら難しい。コントローラーをもつ手が遊んでいる間に「ひねって」しまい、どちらが上だか判らなくなるのだ。
でも、単純にくるくる回っていたりするだけでも面白いらしい。

「ぼくもやりたーい」と長女が言うので、長女にも遊ばせる。こちらは歩くのも難しいようなので、一緒に手伝ってあげる。しばらく遊んだら満足したらしい。

「歩くだけで走れないの?」と長男が聞くので、走って急に方向転換して見せた。(この操作は、特別なアニメーションを起こさせる)
この動きだけで長男大喜び。

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Wii Sports Resort にゲームを変える。
乗り物好きの長男に、是非あそばせて見たいゲームがあった。

遊覧飛行

本来の目的は、飛行機を操作して特定のポイントを通っていくゲーム。
しかし、いい加減に操作して飛んでいるだけでも、もしくは墜落するだけでも(!)結構楽しい。
これなら、子供にも楽しめるのではないか?

しかも、このゲームは基本的にボタンを使用しない。
リモコンを模型飛行機に見立てて、傾けることで操作する。
これなら、手が小さな子供でも遊べるはずだ。


思ったとおりの好感触。
正しい意味で「飛ぶ」ことはできていないが、リモコンを動かすと画面が動くだけで楽しいらしい。

いつもどおり、長女が「ぼくもあそびたーい」と言い出したので、二人用の対戦モードにする。
本来ならドッグファイトを行うモードだが、それぞれが気ままに飛ぶだけでも十分楽しい。

やがて飽きたので終了。

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しかし、話はこれで終わらない。
この後、部屋遊びしている子供たちの脇で、自分は探し物。

「なに探してるのー?」

と子供に問われたが、実はポケモンのカートリッジがないのだ。
ゲームボーイ本体はあるのだが、引越しの際にどこかの荷物にまぎれてしまったらしい。

他のゲームボーイのカートリッジは大量に出てきた。
ポケモンは見当たらないが「遊んでみたい」という長男に、「スペースインベーダー」を遊ばせて見る。

非常に単純なゲームなので、すぐにルールは理解できたらしい。

「ただ動くだけで楽しい」という、牛ダッシュ!や、ぶつ森や、遊覧飛行もいいゲームだとは思う。
でも、ここで初めて、目的を持った「ゲームらしい」遊び方を習得する。

最初は自機を動かすことも難しい。
弾を撃つのに集中して、敵の弾を避けられない。

しかし、徐々にではあるが上達する。
「あと少しで全部やっつけられるよ」「でも、早く動くようになって難しい」などと、実況中継しながら遊んでいる。
一面クリアはまだ難しいようだが、UFO は結構な率で狙って当てられるようになったらしい。


ゲームは平日は遊ばない、と約束させたので、次の週末までにコツを忘れてしまうかも。
でも、今のところ一番熱中しているのは、インベーダーゲームのようだ。

さて、1面クリアしたら、次は同じくゲームボーイのパックマンかな。
もしくは、PS2の「ナムコミュージアム」でギャラクシアンを遊ばせてみるか…

#ゲームボーイではなく、PS2 の「タイトーミュージアム」のインベーダーを遊ばせるのもいいかもしれない。あっちのほうが本物に近いから。
 ここら辺の「オールドゲームコレクション」は、子供にそのうちゲームの歴史を教えるつもりで購入してある。

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名前 内容

水族館  2009-07-28 11:52:12  FAMILY
水族館7月25日土曜日、朝ごはんを食べながら、妻と相談。

自分の誕生日が7月27日なので、それを理由に子供たちを遊びに連れて行ってやりたいんだけど?

最初は、誕生日の1日前の26日(日曜日)に行こうと思っていた。
でも、そうすると月曜日に疲れが残る。幸い25日は雨は降らない薄曇の予報。

生後3ヶ月の次女を連れて出かけるなら、日差しの強くない日がいい。
ということで、急遽「今日どっか行こう」と子供に伝える。


が、「早く朝ごはん食べて」と言っても遊びながらだらだら食べるのが子供の常。
行こうと決めたのが8時で、やっと家を出たのは9時半。
休日で混む前に移動したいのだが。

目的地は以前に決めていた。京急油壺マリンパーク
去年の秋の保育園の遠足で行った場所なのだが、

・バスの都合で、大人は1家族1名(妻が行った)
・場所が遠い上にバスが渋滞に巻き込まれ、自由時間がほとんど無かった

という二つの理由で、せっかく面白そうなところなのに子供があまり楽しめなかったらしい。

うちからなら高速道路を使うことになるのだが、出かける直前に調べた交通情報によれば、事故が起きて渋滞中らしい。
ならば、高速を使わないほうがよいだろう。高速を使えば1時間程度だが、使わなくても1時間半もあれば着くはず。

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海を見ながらのドライブも、長男(4歳11ヶ月)は途中で飽き、長女(2歳3ヶ月)は寝てしまった。
しかし、運よくスムーズに走り、1時間で目的地へ。高速使うよりむしろ早かったかも。

マリンパークに入ると、丁度魚のショーが始まる時間だったので、水族館はゆっくり見ずにショーへ。
終わったらすぐ次の「大水槽の魚の解説」が始まるというので移動。

でも、子供はお腹が空いたようで、解説途中で飽きる。「水飲みたい」「パン食べたい」。

というわけで、混む前に早めにレストランへ。

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お子様ランチとラーメン・チャーハンセットとシーフードカレー。
長女には大人から取り分けた。

こういう施設内のレストランにしては味は良いほう。

食べ終わったら長女がまた「パン食べたい」。
非常食でチョコチップスナック持ってきているのがばれているらしい。

レストラン前の芝生広場でのんびりしながらパンを食べる。
長男は、芝生を周回する道が楽しくて走り回っている。

広場のすぐ脇に、コインライド(100円入れるとゆらゆら揺れる、子供向け乗り物)がたくさん置いてある。
京急の施設だけに、京急ペイントの電車なんかもある。

長男・長女、二人で乗って大喜び。お金は入れてないけど。
でも、結局レールライド(200円でレール上をゆっくり走るやつ)に乗りましたが。

---

油壺マリンパークには、一番奥に普通の「児童公園」みたいなスペースがある。
恐竜型のかわいい滑り台が1つ。ジャングルジム兼用のプラスチック滑り台(すべるとこが4つもある!)が1つ。
あと、4人乗れる十字型シーソーも。

ここに来たら、子供大はしゃぎ。園内で一番楽しめた場所かも。

遊んでいる間に、妻は午後のイルカショーの席取りへ。実際のところ、十分席は開いていたので必要なかったけどね。

---

イルカショーの時間が近づいたので、ショー会場へ移動中、長男が「目の前に海がある」ことを発見。
砂浜に下りたいという。

「お着替え持って来てないよ」というと「見るだけでもいい」という。
じゃぁ、イルカさん見てからね、と言ったらとりあえず納得。

イルカショーは、よく出来たものでした。

自分が主に知っている、江の島水族館のものは、以前(新江の島になる前)は、非常にダイナミックなショーだった。
でも、現在はショーの花形だったイルカが死んでしまい、いまひとつ面白みにかけるショーになっている。

油壺のものは、お話仕立てでイルカとアシカの両方のショーを絡めてある。
ダイナミックではないけど、エンターテイメント性は高い。

ちなみに、秋にも見に来た妻によれば、演目は頻繁に変わるらしい。
イルカやアシカがやっていることは余り変わらず、ストーリーが変わるだけだそうだが。

---

イルカショーの後は、見ていなかった水族館部分を見て、出る。
そして、子供に約束したとおり「砂浜に降りて」みる。

駐車場の脇から降りられるようになっていた。
子供には着替えが無いといったが、実はしっかり水着まで持ってきてある。

浜に下りてから着替えさせてやると大喜びで水に突進。
長男は波打ち際をひたすら走り回っている。

長女は…去年も海には来たが、覚えてないだろう。
事実上はじめての海でどういう反応を示すかと思ったら、全く怖がらない。
腰くらいまでの水ではつまらないようで、胸くらいのところまで入りたがる。もっとも、手をつないでいないとさすがに怖いようだが。

その後、長男は海草集めに夢中。
長女は、ガラス瓶の破片集め(波に削られて角が丸いため、危なくはない)に夢中。

長男がトコブシの貝殻を拾い、「とてもきれい! ビデオ(=DVD の裏側)みたい!」と眺めている。
構造色の話をしてやった。正しく理解できてはいないだろうが、「きらきら変わる色」という認識でまぁよい。

まさかここまで海に入るとは予想していなかったので、僕自身の水着はない。去年と同じ失敗で、まったく成長が見られない。
ジーンズのすそを捲くって遊んでいたが、結構濡れる。


目的地のマリンパークより、むしろ海を楽しんで帰宅。
ビーチコーミングで入手した、大量の海草とガラスの破片とトコブシの貝殻がお土産。

#海草の一部は、子供が押し花絵を作って遊び、残りは庭の肥料に。

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名前 内容

大人が手足口病にかかると…  2009-07-30 11:07:48  FAMILY
またか、って感じのタイトルですが、今度は僕が罹ったわけではありません。

まずは事の発端から。
---

話は先週の火曜日(22日)、保育園から帰った長男の足の甲に、細かな虫さされのようなプツプツがありました。
「あれ? こんなんなってる」と気づいたのは長男ですが、特に痒みもないそうです。

毛虫に這われたか、蛾の燐粉でも付いたか…という感じ。
弱い毒性のものの場合、毛虫の毛が抜けて皮膚を転がったりすると、特に痛くも痒くもないプツプツがたくさん出来たりします。

で、その時は虫さされの薬を塗りました。
翌朝も特に変わった様子は無く、元気に保育園へ。


翌水曜日の帰りの時間。
保育園の先生から「手足口病の疑いがあります」と告げられます。

実は、足がプツプツになった時点で一度疑い、症状などを詳しく調べてあったので驚きはありません。
調べた本だと、足の「裏など」に発疹が出ると書いてあったので、違うと思っていたのだけどな。

でも、この段階での長男は、手の平にも発疹が出て、口内炎もありました。
間違いなく手足口病。

---

手足口病は、まぁ、ただの夏風邪です。
熱はあまり出ないか、出ても38度程度。

手足に発疹が出ますが、痛くも痒くもありません。
口には口内炎が出来て、これは多少いたい。
このせいで食べたくても食べられず、お腹が減って機嫌が悪くなる、というのが最大の症状。

原因ウィルスはいろいろありますが、ヘルパンギーナの原因でもあるコクサッキーウィルス群が主なもの。

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木曜日、保育園前に小児科医に。
お医者さんの判断は「本人が元気なら、保育園に行ってかまいません」とのもの。

本人は元気そのものだったが、せっかくの(?)病気という状況で「おうちで遊びたい」と言い出したので休み。

もっとも、午後には飽きて「お散歩行きたい」とか言ってたけど。
病気で休んだんだから家にいましょうね。


この話は、長男についてはこれでおしまい。
これ以上の症状の悪化も無かったし、翌日から保育園に行きました。

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22日の土曜日は家族で水族館へ行ったのですが、実はこのときに、次女(3ヶ月)が手足口病発症。

ずっと抱きかかえていた妻が「なんか熱っぽい気がするんだけど」というので見たら、手にプツプツができていて、口の中をのぞいたら舌に口内炎がありました。

非常にわかりやすい。

でも、特にできることも無いのでそのまま夜まで遊んでいたのはすでに書いたとおり。

この後、3日ほどおっぱいを飲むのも痛かったようで、機嫌が悪かったのですが、もう治りました。

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で、表題の通り。大人に感染したらどうなるか。

妻が感染しました。
熱は出なかったのですが、非常に咽喉が痛いそうです。
丁度、僕がヘルパンギーナになったときに、咽喉が痛くて水も飲めなかったのと、同じ状態。
現在苦しんでおります。

原因ウィルス一緒ですからね。同じような症状になるのでしょうね。


ちなみに、僕と長女は感染していません。
少し前のヘルパンギーナは、僕と長女だけ感染したので、同じ原因ウィルスだし抵抗力をもったのではないかと想像しています。
(同じ原因ウィルスといっても「群」の中の亜種なわけで、根拠はないのですが。)


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名前 内容

13日  2009-08-19 12:33:13  FAMILY
やっと落ち着いたので、数回に分けてお盆前後の話を書く。

13日。保育園のお盆休みの始まり。
夏休みでも子供は預かってもらえるが、お盆休みは本当にお休み。
(お寺がやっている保育園だから、この期間は忙しいというのもあるだろう)

というわけで、先日来「もっかい うみ いこうねー」と言っている長女(2歳3ヶ月)を満足させるべく、海へ。

…子供が起きたら朝ごはんを食べずに出かける、というつもりで準備していたら、長女が4時に起きる。早すぎる。

「おなかすいたー」というので、仕方なく菓子パンなど与える。
長男(5歳直前)がやっと起きてきたのは7時半。長女の食べている菓子パンをみて「僕も食べるー」。

で、出かける準備をしていたら、8時前に大きな揺れ。地震だ。

11日に静岡で震度6弱の地震があったばかり。津波の可能性を考えると海は取りやめか?
…と思ったが、しばらくテレビで速報を見ていたら、津波の心配は無いらしい。

この安全確認に時間をとられ、結局家を出たのは9時過ぎ。

---

行楽シーズン、道が混むのはわかっている。家を早く出ようとしていたのもそのためだ。
しかし、コンビニで簡単な朝ごはんを買って、海沿いまで車を進めたのはすでに10時近く。

昨年の失敗もあって、江の島近くで遊ぶ気は無い。
そのまま逗子葉山方面へ。

当初、葉山海岸で遊ぶつもりでいた。しかし、出遅れたこともあって付近の駐車場が満車。
少し過ぎた長者ヶ先に目的地を変更。

さて、駐車場で着替えて、ビーチテントを持ってとりあえず浜辺へ。
次女(3ヶ月)を寝かすためにビーチテントを設営中に…長男は海に走り出す。しかも、遊泳禁止区域に入る。

あわてて追いかけ、遊泳区域の説明。海で遊ぶにはルールがあることを教える。
これをやっているあいだに長女が僕を追っかけてくる。そのまま海遊び。
ビーチテント設営後に日焼け止めを塗るつもりだったのだが、出来ないのが気になる。


しかし、幸いこの日は薄曇。しかも、午前中で日差しは柔らかい。
僕は主に長女の面倒を見て、長男は勝手に波打ち際で遊んでいる。(目は離さないようにしている)

妻はテントで、次女の子守。
それなりに平和。

砂浜を掘って水をためて、「おふろみたい」などと言って遊んでいる。


2時間くらい遊び、12時ごろ。
風が強くなってきたし、腹が減った。子供に「そろそろ帰ろう」ともちかける。

…当然のことだが、もっと遊びたいとの答え。
風が出てきて波も高くなったし、ひとまずはテントに戻ってどうするか相談、と持ちかけたら、長男はテントに走っていった。

…しかし、長女はテントに行かない。
なんとか説得しているあいだに長男が戻ってくる。
「お母さんに相談した。僕まだ遊ぶ」

遊び始めてしまった。


こんなやり取りを数度繰り返す。
足が日焼けで痛い。腕も日焼けで痛い。首の後ろも日焼けでいたい。

長男はほおって置いて、とにかく長女をテントまで連れ戻し、妻と相談。
「次女がもう限界だから帰りたいんだけど」と妻に言われる。

僕も限界だから帰りたい、と話をするとどうもかみ合わない。
どうやら、妻は長男に「帰るからお父さんに伝えて」と何度も言っているらしい。
僕は聞いていないし、僕も帰りたくて何度も長男にそういっている。

…走り回っている長男にメッセージを伝えさせようとしたのが失敗だった。


で、強制終了。
テントをたたんで、「置いてくよ!」と長男に言ったら慌ててついてきた。

疲れたのか、帰りの車で長男・長女・次女ともすぐに寝た。

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名前 内容

夏祭り  2009-08-19 13:12:34  FAMILY
夏祭り13日の夜。
町内の夏祭りがあった。

これがあることがわかっていたから、本当は海は午前中で切り上げて帰る予定だった。
しかし、家に帰り着いたのは午後4時ごろ。

水風呂に入ってさっぱりする。
しかし、日焼けしたところ、特に足が痛い。日焼けではなく、すでに火傷だ。
(シャツを着て遊んでいたので背中は焼けていない)

昼ごはんも食べずに遊んでいたので、ホットモットで弁当を買ってきた。
これは、子供に「ポケモン弁当」を買ってやりたかったため。

夏祭りの夜店でも食べることがわかっているので、このお弁当で簡単に昼食兼おやつ兼夕食とする。

---

さて、夏祭り。
引っ越してきてから5年分しか見ていないが、年々夜店が豪華になってきている。
元々は子供会の父母が出していた簡単な屋台だけだったのが、近所の消防団の方や、工務店の方も参加して盛り上げてくれているためだ。
プロが入っているわけではないが、「大人が本気で」子供を楽しませようと屋台を出している。それが面白い。

去年までは、長男がゲームというものを理解できていなかったので、あまり遊ばせなかった。
しかし、今年は300円くらいは遊ばせてやろうと思う。


「あれやりたーい」と長男が指差したのは、ダーツ。
100円で磁石の屋が2本。回転する的に投げて、当たった商品がもらえる。

しかし、5歳(直前)なので、うまく投げられず。
「もっと近くで投げて良いよ」と、何度もやり直させてくれる。

で、あたったのは…特賞。近所の商店の500円商品券。
もう一本の矢は、20円程度のお菓子から好きなもの1つ。飴玉もらって大喜び。
(ちなみに、はずれは台所スポンジ)


長男が飴をなめているのを見て、長女が「ぼくもちょーだい」。
しかし、同じゲームをやっても、同じものがもらえるとは限らない。

一応、やらせてみる。
2歳では、投げることも出来ない。接近して「ペタ」と直接くっつける。
でも、意味がわかっていないのでこれでもゲームとしては成立する(笑)

1投目は、30円程度の袋菓子から好きなもの1つ。
2投目は…「飴玉欲しいらしいです」と店番の人に伝えたら、次女の手の近くで該当商品の的を止めてくれた。
そこで、ぺたりと矢をくっつけて、見事狙った商品獲得。


長男が500円稼いできたので、「300円枠」撤廃。
長女が水ヨーヨー釣りを見て欲しがるので、チャレンジ。(50円で、2個くれる)

店番の人が、もち手に糸を引っ掛けてくれたのでそれを持ち上げて雰囲気だけ「釣った」ことに。

長男は、保育園の友達を見つけて遊んでいる。
その子が持っていた、LED でピカピカ光るペンダントが欲しいらしい。

「おもちゃくじであたればもらえるよ」と教わり、おもちゃくじ屋さんへ。
1回100円。該当のペンダントは、外れではないが一番多い商品。

見事(?)狙いのペンダントを獲得。

当然、長女も欲しがるのでもう一個獲得。


長男が、ポップコーン食べたいというので100円で購入。
少し食べたら呼び水になった。

焼き鳥と、ついでにビールを購入。
焼き鳥4本で200円。ビール1杯300円。


子供の盆踊りタイムで、踊ったらお土産くれる、というので、妻と子供たちが躍りに行く。
この間に、子供に頼まれて綿飴を買いに行く。50円。

子供の土産は、踊れない次女の分まで含め、大袋のポテトチップを3袋もらった。
300円分、というところか。


この後、毎年恒例抽選大会。
過去4年分で、3回「なにかが」当たっている。

しかし、今年はなにもあたらず。
あたりの本数を減らして、その分賞品を豪華にしたそうで、確率が低くなっていたようだ。

---

夏祭りは2日間行われる。
14日の夜も同じような感じ。

長女は楽しかったようで、2日目は夜が来る前から「おまつりいく」と駄々を捏ねていた。

長男は、2日目もおもちゃくじをやる、と意気込んでいて、親も許可していたのだが、結局友達と遊ぶのが楽しかったようで、おもちゃくじやらず。

長女は今度はスーパーボールすくいが気になったようで、挑戦(100円で3個もらえる)
1つは自分ですくい、ポイが破れて2個おまけをもらう。

が、どうやら水に浮いていたのが楽しかったようで、スーパーボールを袋に入れてもらうと「みずがないー」と泣かれた。

この日の子供のお土産はカール大袋。もちろん3つもらいました。

抽選大会は2日目も行われるが、やっぱり当たらず。


収支。
1日目
支出
子供のゲームと綿飴でが合計500円。
大人が焼き鳥とビールで500円。

収益
子供が商店の商品券を当てて、500円。
ポテトチップ300円。

2日目
支出
スーパーボールすくい100円。

収益
カール300円。

抽選があたらなかったのは残念だが、たっぷり楽しんで、おもちゃなどももらえて、実は全然お金がかかっていないことになる。
(もっとも、町内会費などからいろいろと使われているわけだが)


後日談:
LED の光るペンダント、壊れたので分解したら、電池3個(4.5V)に、LED が直結する構造だった。
基盤すらなく、本当に LED がそのまま入れてあり、足(電極)がそのまま電池に触れるようになっている。

これで、フルカラーLEDが色を変えながら明滅する。

つまり、LED のなかに駆動用の回路も、点灯に必要な抵抗も入れ込んである、ということ。
こんなものが 100円のくじの「最多景品」に入っているような世の中になったんだなぁ…

参考

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名前 内容

誕生日  2009-08-19 15:42:49  FAMILY
誕生日15日は長男の5歳の誕生日。

近所のイトーヨーカドーにおもちゃを買いに行くつもりだったが、その数日前の広告チラシで、なかなか良い情報が。

「15日 おもちゃ売り場でポケモンクイズラリー開催」

開店と同時に開催で、先着300名様というので、午前中から行くことにする。

---

ヨーカドーに着いて、まずはクイズラリーに参加。
新商品(ハートゴールド・ソウルシルバー)の宣伝キャンペーンで、ソフトに付属してくるポケウォーカーの雰囲気を味わってもらおう、ということらしい。

ポケウォーカーというのは、ゲームに連動した散歩計。
昔、ポケットピカチュウというのがあったのだが、あれを生活リズム計の技術で作り直したのだと思う。

本物では、DS からポケモンを連れて行って歩くことで育成し、散歩計側で新たなポケモンを捕まえ、DS に持って行ったりもできる。
つまり、「ピカチュウをつれて旅をするサトシ」の気分を自分自身で味わえるようになっているのだな。

と、前置きが長かったが、クイズラリーでは「ポケウォーカー」の形の冊子を渡され、ゲーム中で起きるのと同じことが各ページに書かれている。
実際のゲームでは選択肢を選べば反応があるが、この冊子では選択肢が「銀はがし(スクラッチ)」になっている。

ただ、冊子だけ見ても運任せのノーヒント。これはクイズラリーなので、決められたチェックポイントに行けば、どこを剥がすべきかのヒントが書かれている、という趣向。


クイズラリー参加者の証である、ピカチュウサンバイザーをもらい、店舗の中を走り回る。

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関係ない話だが、イトーヨーカドーの系列店である、セブンイレブンでもこの夏「ポケモンスタンプラリー」をやっていた。

これは、ある日出かけるついでに店舗を効率よく回り(事前に地図で調べた)、景品であるシールと、ポスターカレンダーを4組ゲット。
(家族で出かけたので、父・母・長男・長女の4人分もらった)

もともと子供はそれほどポケモンを知らないのだが、このときのカレンダーに大量に書いてあるポケモンを見て、以前よりさらに興味が増したらしい。

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で、クイズラリーは淡々と進み、ゴールでもらった景品はミニポスターとシール。
シール好きの長女は大喜び。早速どこかに貼ろうとするので「家に帰ってから」と諭すが、この後ずっとシールは手に持っていた。


で、やっと落ち着いて誕生日プレゼント選び。

エクスガイナーがいい!」と、長男は以前から主張してきたことをもう一度。

そこで、これもいつも教えてきたように「エクスガイナーは複線レールが無いと走らないから、買っても家では遊べないよ」と教える。

で、考え直し。
オート踏切ステーションなんてどう? トミカとプラレール、両方で遊べるし」
と、両方好きな長男に勧めるが、あまりピンと来ないらしい。

ピンと来ない理由は、これが新発売だから。
いつも見ている「去年のカタログ」に乗っているものが欲しいのだ。

他にもいろいろ見て、最終的に「トミカの「世界のサメコレクション」がいい」なんて言い出す始末。
おまえ、魚なんて嫌いで、水族館行っても全然見ないじゃないか。


というわけで、仕切りなおし。お昼になったので昼ごはん食べに行く。

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お昼ごはんはサイゼリア。
いつもなら長男はお子様ランチなのだが、せっかく誕生日なので、いろいろなものを頼んで、みんなで取り分けて食べる。

その後、ふたたびおもちゃ屋さんへ。
最初はやはり「サメ!」だったが、説得したら今度は「プラレールの東西線」になった。
しかし、東西線なんて長男は見たこと無い。

で、最終的にプラレールの「サウンド江ノ電 1000形」に落ち着いた。

これに、以前から欲しがっていたポイントレールと、まがレールをあわせて買ってやり、3000円ちょっと。

値段調整したのは、トミカ・プラレール ビデオ 2009をもらうため。2006以降毎年もらってる。


ついでに、長女がおもちゃ屋で見つけて欲しがった、ポケモンの 50音お風呂パズルを購入。
長女の2歳の誕生日プレゼント、ずっと保留になっていたからね。

---

帰り際に、「もう一箇所よっていくから」と子供に伝える。
「どこ行くの?」と訊くので「ナイショ!」

で、ケーキ屋さんに連れて行った。
お誕生日だから、ケーキ買わないとね。

大喜びで、長男が選んだのは17号のチョコレートケーキだった。
別に高くなかったので買う。
(ホールのケーキは高いイメージだったが、チョコレートケーキはフルーツが無いので割安)

---

家に帰って早速おもちゃ遊び。
サウンド江ノ電は、走らせないで手で転がしても適切な音がする。

レールをわざわざ組み立てないで遊べるのが気軽らしく、その後も頻繁に遊んでいる。


妻がここ数日の疲れで調子が悪いようなので、寝かせておいて僕が夕食を作ることに。

あまり量が多いと、ケーキが食べれなくなるだろう。
子供の好きなものを中心に、軽いスナック感覚で…

と考えていて、保育園のお誕生会がバイキング形式になることがあるのを思い出した。

食パンの耳を落とし、薄くスライスして、ピーナツクリーム、ママレード、シーチキンを具にロールサンドを作る。

冷凍食品のハッシュポテト、ホタテ風味フライを揚げ、ついでにパンの耳と、蝦片(えびせん)を揚げる。

揚げ物ばかりで安易だが、全部子供の好物。


案の定良く食べ…予定外に腹いっぱいになってしまった。ケーキは少ししか食べられず。

---

さらに、家にあまっていた花火で遊ぶ。

喜ぶだろうと思ってやったのだが、これが危険極まりない。

長女は当然危ないので、僕が付きっ切り。
そうすると、長男が危ないことをしようとしたりする。

そりゃ、自分も小さい頃花火振り回して空中に絵を描いたりしたけどさ。

最終的に、誕生日だから起こらないようにしようと思っていたのに、長男を叱ることになってしまった。

---

お風呂。
実は、誕生日の前倒し(?)で、1週間ほど前に水鉄砲を買っていて、最近お風呂ではそれで遊んでいる。

この水鉄砲がなかなか強力。あらかじめポンプで空気を圧縮して、その圧縮空気で水を出すタイプのものだが、実は一番遊びたかったのは僕かも。

このタイプのものが始めて世に出てきたのは大学の頃。
興味あったけど、たしか当時3000円位したし、買うのがためらわれた。今は 200円から買えるのだから、いい世の中だ。




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名前 内容

キャンプ  2009-08-27 12:43:50  CAMP FAMILY
キャンプ8月22、23の土日で、家族連れでキャンプ行ってきました。

詳細はそのうちまとめたい…という気持ちだけはありますが、多分まとめる暇が無いので、ここでざっと記しておきます。

---

事の発端は、キャンプとは全く関係のない日記ページに書かれた、昨年11月12日付の「10年経ちました。キャンプどうしますか?」というコメント。

10年というのは前回のキャンプからの期間。
大学のサークル仲間でのキャンプは、首謀者2名が子育てで忙しかったこともあり、その後立ち消えになっていました。

で、その後連絡を取って詳細を訊いたところ、10年前は3才だった子供も中学生になり、高校になったら家族旅行になんか付き合ってくれないだろうから今のうちにキャンプしたい、ということの様子。

できればゴールデンウィークキャンプを、という希望だったのですが…


困りました。
このとき、周囲には公表していませんでしたが、ゴールデンウィーク頃に子供が生まれる予定でした。

上の子を理由に「企画はしてみるが、自分自身参加できるかどうかはわからない」と答えておきます。

---

今年頭に、大学仲間メーリングリストで参加者を募ったら、希望者が24人ほど。

子供が出来ることも公表し、テントだけでは心配なのでバンガローがある場所、10年ぶりのキャンプで過去の装備が使えるかも不安なので装備なしでも大丈夫なところ、公共交通機関で来る人もいるので交通の便の良い場所…などを条件に場所を探します。

予約を取ったところ、声をかけてきた先輩のお子さんの都合が悪く、日程を変える都合で別のキャンプ場に変えたりして…

最終的に参加者は16人まで減り、紆余曲折ありましたが、なんとか当日にこぎつけます。

---

当日、うちは早朝に家を出ます。
キャンプ場のチェックインが午後3時だったので、その前にキャンプ場近くのトーマスランドで子供を遊ばせてやろう、という魂胆です。

車は多少の渋滞に巻き込まれながらも順調に進み、遊園地オープン直後の9時15分に到着します。

子供大喜び。
機関車「レディー」に乗り、機関車が走っているのが見えるレストランで昼ごはんをたべ、トップハムハット卿と記念撮影し…

長男(5歳)は、初めてジェットコースターにのりました。もちろん子供用。
すごく面白かったようで、乗っている最中からゲラゲラわらい、終了後もキャーキャー言っていました。
(もう一度乗る! とも行っていたが、並ぶのが結構長いのでパス)

最終的に落ち着いたのは、「ねがいのたき」前の池。
ちゃんと塩素殺菌されたプールです。(塩素臭がしました)

長男と長女(2歳4ヶ月)で「はいっていい?」の大合唱。
これに入ったら、もう他の乗り物には乗れないな…と覚悟しながらも、パンツ一枚にさせて「入ってよし!」。


その後、僕は慌てて車へ着替えを取りに戻る。
トーマスランド、富士急ハイランド内の一番奥にあるから、往復だけで20分かかりました。


着替えたらこざっぱりしたので、その後も富士急ハイランド内の観覧車、メリーゴーランドに乗り、終了。
キャンプ地に向かいます。

---

キャンプ場は河口湖レイクサイドコテージ
多少道に迷いながらも、3時半には到着。

すでにバイク組2名が到着していました。

キャンプ場の方に諸注意を伺い、駐車場に車を入れているあいだに、続々と人が集まりだしました。

で、訊かれます。
「さて、幹事の人。次どうする?」

…何も考えていません。
参加者の把握して、日程調整して、キャンプ場予約して、食材などの分担割り振って、当時も全員の状況連絡を受けながらこの場所に来た…という時点で燃え尽きています。

なんにも考えてないですよー、とだけ伝えると、みなキャンプ慣れしているので自発的に動き出します。

ご飯炊き班(今回炊飯器があるので楽)、材料切り班、火熾し班…
今回「幹事やって」と頼んできた先輩は、どこにも属さず、早々に酒飲んでいます。いいんです、昔からそういう人だから。

飲んだ先輩が「俺、自分のテントの立て方忘れちゃった」というので、テント班結成。
自分も行こうと思ったら、長女が足にまとわりついてきて行かせてくれません。

長男はというと、他の人たちが適当に面倒を見てくれて、自然の中で遊んでいます。


こんな調子で夕飯はバーベキュー。
その隣で、燻製を作ります。

みんなでやろうと思って持ってきた花火は、うちの子供たちがひたすら遊び続ける。
これも、先輩のお子さんが子供の面倒見が良くて相手してくれるので安心。

親は久しぶりに子供から解放されて、ゆっくり飲みながら懐かしい友人と語らえました。

---

宿泊はセンターロッジ。15人泊まれます。
が、先輩一家4人はテントへ。それが今回の目的だったそうで。

僕は、9時過ぎに子供を寝かしつけ…そのまま寝てしまいました。
起きたのは12時過ぎ。

起きた直後電話がかかってきます。
「今、多分キャンプ場だと思われる前のところに着いたのだけど」

今回参加できない、と言っていた友人家族でした。予定外の+4人。

ロッジの部屋割りを変更して一部屋空けます。
夜中だというのに、今来たばかりの子供たちは元気。
ここも、たしか中学生と小学生だったはず。


で、僕は2時ごろまた寝ます。
皆は3時まで飲んでいたそうですが。

---

翌朝は6時起床。…僕はね。

3時まで飲んでいた人たちは、もちろん起きてきませんが、お湯を沸かしてコーヒーなど飲んでいるあいだに、だんだん起きてきます。

朝食はパン。ホットドックなど直火でつくりつつ、トーストなども炭で焼きつつ…

10時チェックアウトなのに、9時になってもまだ食べてます。
でも、「チェックアウト10時ですよー」というと、すぐに撤収作業が始まるあたり、皆フットワークが軽いです。

結局チェックアウトは10時15分。時間を過ぎたことは問題ありませんでした。


そうそう、ここの管理人の方、非常に親切で優しい方です。
メールで質問などをやり取りしている時はぶっきらぼうで、不親切な人かと思ったのですが、単にパソコンを使い慣れていないだけみたい。


この後、バイク組2名以外は河口湖オルゴールの森へ。
僕は以前に1度行ったことがありました。
妻は初めてでしたが「予想と違って非常によいところだった」そうです。

こういうミュージアムは子供は面白くないのではないか、と思っていたのですが、案外楽しめた様子。
…先輩の友人が働いていたので、その方の好意でただでアイスもらった、というのが大きいかも知れません。

---

帰り道。
車に乗ってすぐ、子供は寝ました。
で、高速に向かっている最中「渋滞40km」の表示。
入り口付近に来ると「渋滞50km 2時間以上」の表示。

この時点で4時前。いろいろ計算すると…家に帰るの夜9時ぐらいと予想。

妻が地図を片手に考えます。
箱根の山を越えて、高速使わないで帰ろう。うまく行けば7時に帰れるはず。

…まぁ、考えは甘かったのですけどね。
同じことはみんな考えていて、そちらのコースも渋滞。
結局、帰ったのは9時でした。

でも、同じ時間なら有料道路に乗らなかっただけ得だったかな。


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名前 内容

あきよし】 これは「そういう人」本人の投稿かな(笑) 僕としては楽しかったので、集まれるならまた来年でも。幹事は…誰かやる? (2009-09-03 16:50:12)

【昔からそういう人です】 お疲れ様でした。次回の幹事は誰になりましたか?では、また10年後。 (2009-09-02 21:27:46)

訃報(1/5)  2009-09-04 16:29:31  FAMILY
8月28日の深夜10時46分、父が他界しました。
82歳でした。

以前は会社経営していましたが、老齢になり、不況も重なり、数年前に会社を畳んでいました。

その後、一時的に同居していたこともありますが、ここ数年は基本的に長兄と同居していました。


会社を辞めた頃から、多少元気が無い気はしていました。
しかし、高齢だし、仕事を失って生活に張りがなくなったせいだろう、程度に思っていました。

ここ1年ほどは特に元気が無く、何かの折に家族が集まっても、少し顔を出すだけで床に伏せっていたりしました。

本人が病院嫌いだから、お医者さんに見てもらうように言っても行こうとしない、ということもありましたが、3ヶ月ほど前から明らかに食欲も減退し、やっとのことで説得して、7月15日、病院に連れて行ったそうです。

そして、食道に腫瘍が見つかりました。
食欲の減退は、腫瘍により食道が狭窄し、食べたものが喉を通らないためでした。

---

僕が連絡を受けたのは7月25日。父の誕生日(7月20日)の少し後。
腫瘍で物が食べられないから、と点滴生活に入っていました。

長兄からの伝え聞きですが、お医者さんが言うには、悪性腫瘍の可能性もあり得る、とのこと。

言葉を選んで「悪性腫瘍」なんていっていますが、つまりは癌だということです。
それも、お医者さんが検査結果も出る前に警告しているのだから、可能性が高いから覚悟しておけということなのでしょう。


父の誕生日の祝いをまだ言っていなかったことが気になっていたのですが、お祝いする雰囲気ではなくなりました。
もっとも、誕生日時点で既に入院していたわけで、誕生日当日に連絡していてもお祝いする雰囲気ではなかったでしょうが。


検査結果が出たら連絡もらう、ということで、このときは一端電話を切ります。
が、なかなか検査結果の話が来ないので、28日にこちらから連絡。
29日にお見舞いに行きます。


想像していたよりずっと元気で安心しました。
母が言うには、こっそりお菓子を買ってきてくれ、おにぎりを買ってきてくれとねだるので困っているとのこと。

栄養点滴はベッドに寝ている時間も長いですし、目も悪く、耳も遠いので寝たままできる娯楽も無く、暇をもてあましている様子。

---

数日後、食道癌だという診断結果が出ました。
高齢で抗癌剤治療は体力が持たないだろう、ということで、放射線治療が検討されます。

ただ、そうなると治療は長期化します。
本人に長期治療を納得させるためには、告知が前提条件、とお医者さんに言われます。

長期治療ということは、つまり治療を生活の一部とする、ということです。
本人、点滴だけで食べられないことが非常に辛いようなので、ステント治療を先に行う、という提案が出ます。


入院してから、兄弟が交代で(お互い暇な時に)お見舞いに行っていたのですが、治療方針の説明を行うというので全員(兄弟6人のうち、遠方に住む長女を除いた5人)が集まります。
父はみんなが集まったことに非常に上機嫌で、「金は俺が出すから、みんなで食事でもしてこいよ」なんて笑っていました。

人数が集まると、一人では気づかないこともいろいろ気づきます。
通り一遍の治療方針説明だけでなく、いろいろな質問が出ました。

ステントは金網だが、癌が増殖して金網を回り込んで再狭窄する可能性は?
 …説明では金網とよく言われるが、実際にはその周りにフィルムがあり、広がりすぎるのをおさえている。これが同時に、癌が金網を飲み込むのを防いでいる。

金属製のステントを入れて、放射線治療に影響は無いの?
 …放射線が反射され少し効果が落ちるが、ストレスを軽減することで回復力をあげる効果もあり、一長一短。

抗癌剤を併用しない、という決定に反対するわけではないが、併用したほうが治療効果は高い?
 …効果が高すぎて、一気に癌が消滅して食道に穴が開く危険性がある。隣は気道なので、食べたものが肺に入るようなことがあると呼吸困難を起こし危険。

放射線治療の治療期間は?
 …放射線治療は、毎日5分続けて最長で6週間。一生に許される被爆量の関係で、それ以降は継続できない。

では、その治療期間で癌が消えない場合は?
 …完全に消えなかったとしても、癌が減れば食事を再開する、という目的は達成できる。その後は抗癌剤単体で使って根治する方針になるだろう。

などなど。

ただ、ステントを入れる前提条件として気道の内視鏡検査が必要とのこと。
食道を広げたら気道がふさがって呼吸困難、では意味が無いためです。

また、食道の周囲には気道、肺、心臓などが集まっているため、放射線治療の途中で炎症を起こして中断する可能性がある、という説明もありました。

---

8月8日、再び兄弟全員集まり、父を交えて告知と治療方針の説明が行われます。
耳が遠いので、まずは概要を大きな文字で書いて、読んでもらっておきました。

父は、さすがに多少のショックはあったようですが、治療できるのなら頑張ろう、と前向き。
ただ、細かな治療方針に関しては、急にいろいろな話が出てきたので混乱しており、今後も繰り返し説明することに。

でも、こんな時でも「せっかくみんな集まったんだから写真撮っとけ」とか「金は出すから食事していけ」とか、周囲への気遣いを忘れません。
(残念ながら、このとき誰もカメラを持っておらず、集合写真は撮れませんでした。病気が治ったら快気祝いにまた集まるだろうから、その時には集合写真を撮ろうよ、と伝えます)

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名前 内容

訃報(2/5)  2009-09-04 16:30:07  FAMILY
癌の告知から数日、ステント治療は無理であることがわかりました。
気道が思った以上に狭くなっていたためです。

癌が大きくなって狭窄を起こしていることは間違いありませんが、気道側まで癌が突き抜けてしまっているのかは不明。

あとは、放射線治療で早めに癌が小さくなってくれれば、との思いで放射線治療を開始します。
これが、8月初旬の話。


ところが、この頃から再び体調が悪化。
微熱が続いたり、肺炎を起こしたりで治療が中断したままになります。

とはいえ、結構元気で会話もできます。
見舞いに行くと、病院生活の四方山話が出ます。
寝たきりにならないように歩行リハビリをして、年齢からは考えられないくらい丈夫だとリハビリ士にほめられたとか、向かいのベッドの人は誰も見舞いに来てくれないのに、俺は子供たちが次々来てくれて幸せだとか…
退屈な病院暮らしの中でもそれなりにいろんなことを考える毎日を送っているようです。

家が近いこともあり、頻繁に見舞いに行っていたら「仕事は大丈夫なのか」と逆に心配されてしまいました。
病気はいつか治るんだから、そんなに見舞いに来ないでいいよ、とも言われます。


8月21日、お見舞いに行って子供とキャンプに行ってくると報告した時は、子供に楽しい夏の思い出を作ってやりなさい、と朗らかでした。

ところが、キャンプから帰った23日、留守番電話に容態が悪い、という連絡が入っています。
留守電に気づいた時は既に深夜だったので連絡が取れず、翌朝再び連絡をくれた時には僕は子供を保育園に連れて行っているところで…

とにかく判ったのは、容態が悪くて酸素マスクをつけている、ということ。
容態が悪くて面会謝絶なのか、お見舞いに行ってよいのかわかりません。

やっと昼頃に連絡がついて、お見舞いは大丈夫ということなので慌てて病院へ。

思った以上に元気でした。
酸素マスクで声が聞き取りにくいのですが、十分に会話できます。

このとき見舞いに来ていた妹と母によれば、昨日はもっと苦しそうで、会話なんて出来なかった、とのこと。
ただ、酸素は最大濃度にしているそうですが、それでも息苦しそうではあります。

しゃべったり体を動かして苦しくなることを避けるため、できるだけ寝ているように言うのですが、近くに人がいると話が気になって仕方がない様子で身を乗り出してきます。

酸素飽和度のチェッカーによる数値は、89。
通常の状態を 100 としたもので、93 を下回ると苦しいはず、と看護婦さんの説明。

また、時々痰がからんでむせます。
自分で出せる元気がないので吸引するのですが、これが非常に痛いらしいのです。


お医者さんが来て、説明してくれます。
気道が狭くなっているため呼吸困難だが、癌が大きくなったのか、炎症を起こしているのかは不明、とのこと。
ただ、急な呼吸困難なので炎症を疑っているようで、炎症を抑える薬を投与していきたい、とのこと。

また、全身の苦痛を取り除くため、徐々にモルヒネを使って行きたい、とも言われます。
この際、今の状態だとモルヒネで眠ったような状態になると、目を覚まさなくなる可能性も説明されます。

このときは男の兄弟が僕以外におらず、僕がモルヒネ使用の許可を出します。
(後で長兄に事後承諾を受けようとしたところ、長兄も既に使用許可を出していたそうですが)


翌日25日。
仕事で外出していたのですが、仕事先で妹からのメールを受けます。
意識が混濁した状態になった、とのこと。
モルヒネも使用していますし、仕方が無いことでしょう。

26日、仕事の合間を縫って病院に行きます。
妹と姉がいました。
このときも意識は無く、目はうつろな感じでした。
寝苦しいのか、時々手足を動かしています。

25日はもっとグッタリしていていて、動かなかったそうです。



また1日あけて、28日。
仕事は忙しかったのですが、週末に入る前にもう一度お見舞いに行っておこうと思い、時間はわずかしかありませんでしたが病院へ。
夕方5時と見舞いには遅い時間だったこともあり、他に誰もいませんでした。

父は目を開けてはいますが、うつろな状態。モルヒネが効いているのでしょう。
誰と会話できるわけでもなく手持ち無沙汰ですが、なんとなく10分ほどその場にいます。

酸素飽和度のチェッカーを見てみようと思いましたが、センサーが外れていて数値が出ていませんでした。
センサー自体は、常に付けていないとならない性質のものではなく、測定の際にだけつければよい、と聞いていましたが、今の状態の父が自分で外すこともなさそうなので、誰が外したのかな、と思うと同時に、数値が見れないことを多少残念に思いました。


しばらく待っても誰も来ないようなので、ベッド脇のメモ用紙に
「様子を見に来ました PM5:00 また月曜に来ます」
と書置きして帰ります。
父に、というよりは、この後見舞いに来るであろう誰かに宛てて。


車まで来て、メールが来ていたことに気づきます。
妻から「義姉さんより電話有。バイタルが下っており、今夜危ないかも知れないそうです」という内容でした。
時間を見ると、病院に入る前には届いていたらしい。

しまった、病室に入る前にメールに気づいていれば…とは思いましたが、どちらにせよ子供を保育園に迎えに行かなくてはなりませんので、そろそろ帰らなくてはなりません。
見ていたとしても、何も出来ませんし、同じことだった、と思います。

詳しい話を聞きたかったので、夜7時ごろ長兄に電話しました。
看護婦さんが言うには、今夜危ないかも、という同じ内容。
ただ、他の兄弟にも連絡は入れたことなどは判りました。
自分は子供がいるのでまだ病院に行けませんが、たとえ深夜でも、異変が起こったら連絡をもらう約束をします。


子供を寝かしつけ、深夜の連絡に備えて準備をしていると、10時40分ごろ電話が来ました。
呼吸が止まった、とのこと。
すぐに自転車で病院に駆けつけます。
距離が近いので車を使ってもあまり時間が変わらないことと、必要であれば妻が子供たちを連れて自動車で移動する必要があるためです。


呼吸が止まった、と連絡をもらったので、もう間に合わないことは判っていました。
自転車で夜の街を疾走しながら、夕方にあったのだから、死に目に会えなかったわけではない、と自分に言い聞かせます。

病室に入ると、北海道に住む長姉以外は、兄弟全員揃っていました。もちろん母もいます。
10時46分に死亡が確認された、と聞かされます。

次姉と妹は目を赤くして静かに泣いていました。

まだ次兄の配偶者(義次姉)が来ていません。(次兄だけ、先に電車できたらしい)
待つあいだ、しばらく思い出話となります。


次姉によれば、父は生前「おれは目を閉じてから死ぬんだ」と言っていたそうです。
これは、戦争で目を開けたまま死んだ人をたくさん見てきた記憶から。
そして、意識が混濁しても開けていた目は、死んだ時に自分から閉じたのだそうです。

そういえばお父さんが赤い花好きだって知ってた? と妹。
お見舞いにヒペリカム(主に赤い実を観賞用にする植物)を買って来たら、この花は好きだ、と言っていたのだとか。
父は庭弄りは趣味でしたが、特にどんな花が好きだとか言うことは余りなかったので、初耳です。

#もっとも、この後家に帰って妻に話したところ、
 「お義父さんの好きな花は、朱色と薄紫。大輪のものよりも、小さな花がたくさん咲く、房やスプレー状のものが好き」と明確な答え。ヒペリカムはこの指摘に確かに適合します。
 妻も園芸好きなので、父がうちの庭においていった植物を見るだけで大体好みが判るそうです。

母が言うには、看護婦さんは「深夜11時から1時」と時間を予測していたそうです。
10時46分、というのはそれより少し早いけど、さすがに専門家なんだねぇ、とみな感心します。



しばらくして、義次姉と子供が到着しました。
これで、来られる人は全員来た、ということで、看護婦さんを呼びます。

体を拭いて、服を着替えさせるというので一端病室を出ます。
深夜の病院です。他に寝ている患者さんもいるので、談話スペースに静かに移動します。

…談話スペースの椅子が全部埋まってしまいました。駆けつけた人間だけで、16人いました。

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その後、体を拭き清めたので、死化粧をします、と看護婦さんが呼びにきてくれ、母、次姉、妹が化粧をしにいきました。
終わったというので見に行くと、土気色になりかけていた顔に赤みが差し、開いていた口が閉じられ、穏やかに寝ているようになっています。

葬儀社の手配など、病院に任せていましたが、しばらく後にお迎えが来ます。
この日は、一端実家へ。父も早く家に帰りたがっていましたから。

遺体を安置し、線香を供えます。

そのまま、葬儀社の人と今後の相談をします。
大筋が決まり、細かな詰めは明日、ということで打ち合わせが終わったのが深夜3時半でした。

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