2026年01月10日の日記です


新書  2026-01-10 19:08:44  その他

次女が、学校の先生から「新書を読んで感想文を提出」という宿題を出されたらしい。


…新書? 新書を読む、とは?


いや、新書はなんとなくわかる。岩波新書とか、PHP新書というやつだ。

でも、これはシリーズのタイトルであって、改めて「新書を読む」と言われると、新書って何だろう、と思う。


すぐ上に書いた「新書はなんとなくわかる」ではダメで、読んでくるように言われたのだから、ちゃんと新書が何であるか理解する必要があるだろう。


しかし、残念ながら僕にその知識がなかった。


この時点で、僕のイメージとしては、新書とは「ちょっと専門的な知識を、初心者にわかりやすい読み物として教えてくれる書籍」だった。




ネットで調べてみる。


新書とは、出版業界の専門用語で、本のサイズを規定する言葉らしい。

え、内容関係ないの? ちょっと衝撃だった。


サイズ規定としては、新書と呼ばれることもあるが、より正確には「新書版」。

文庫版よりも少し大きいサイズ、ということらしい。


なるほど。家にある新書と、文庫本の小説の本のサイズを比べてみると、新書は縦に長い感じだ。


これに対して「単行本」という言葉もある。

こちらは、本のサイズではなく、出版の際の形式を言うらしい。


1冊だけを刊行するのであれば、単行本。

上下巻同時発売、とかいうときは、単行本ではない。


漫画の第3巻、とかが出る場合も、シリーズ物ではあるが刊行の際はこの1冊だけ。だから単行本。

漫画でも、「1、2巻同時発売」というのを見たことあるのだけど、この場合も慣習で単行本と言っているように思う。


このことに気付いて、手近にあった漫画を、先ほど比較していた文庫・新書に重ねてみる。

なるほど、サイズとしては単行本というものがあるわけではないのか。新書と同じサイズだった。


(実際には漫画のサイズもいろいろ。子供向け漫画には新書版が多いそうだ)




調べると、「新書」ジャンルには、教養書や小説などがある、という。

漫画はさすがに入っていないのか。活字じゃないとだめだとしたら、これは古い出版業界の悪習の気がする。


長らく、「年間で読んだ本の調査」などでは、活字本のみで漫画は除く、などと差別されていたから。


まぁ、そのことはいいや。新書で小説ってどんなのだ? と思って少し考え、すぐにピンときた。

子供が小学生のころ買っていた、「つばさ文庫」や「青い鳥文庫」を重ねてみる。


なるほど、新書版だ。「文庫」なのに新書なのだ。


つまり、新書には小説などもある、というのはこういうことらしい。

子供向け漫画が新書版なのと同じく、子供向けの本は新書版が多いのだな。子供の手に持ちやすいサイズ、ということだろう。


となると、「新書を読んでくる」というのは、子供向け小説もありなのか。

サイズだけが新書の定義であれば、漫画でもありなのか。



最初に、僕のイメージとしては「専門的な知識をわかりやすく」書いた本だと書いた。

現代的には同じサイズの本が当たり前すぎて、まさかサイズを規定する言葉だとは思っていなかったのだ。




まぁ、言葉遊びをしているわけでもないのでもう少し真面目に調べる。

つまりはこういうことなのだ。


岩波新書がはじめて「新書」と銘打って刊行されたのが、1938年。

ここで、新書というのは単に「今までの本とは違う、新しい視点でまとめた本のシリーズ」を示す、バズワードに過ぎなかった。


それまでは岩波文庫があり、これは古典文学などが中心だった。

これに対し、「古い因習や権威などにとらわれることなく、自分で考えられる日本人」を育てるために刊行したシリーズが、岩波新書だった。

(この目的は数回改定されているが、現代人に必要な教養を与えるシリーズ、という芯は揺るがないようだ)


この際、岩波新書は「新しい判型」を作り出した。これが、現代の「新書版」と呼ばれるサイズだ。


先に書いた「岩波文庫」は、「文庫版」というサイズを作り出したシリーズだった。

そしてまた「岩波新書」で、「新書版」を作り出したわけだ。




その後、岩波新書を真似した「教養書」が各社から出版される。

知性を見せることは出版社の品格なのだ。

辞書を編纂できることなどは出版社の力量の指標とされるが、新書を出すこともまた、出版社の力量を示すものなのだ。


かくして新書はブームとなる。各社から新書が刊行される。

一方で、新書が相次いで印刷されるということは、対応印刷機・製本機も普及するということだ。

これは便利な判型となり、小説などでもこの判型を使うものが出始める。そして、これもまた「新書」として扱われた。


その後、従来通りの狙いの内容を持つ新書は、わざわざ「教養新書」と呼ばれるようになる。




さて、この「教養新書」に、もう一度ブームが来る。

1990年代後半から、書籍としては雑誌しか扱わなかったコンビニで、文庫本や新書が置かれるようになるのだ。


教養新書、と言いながらも、気軽に読める軽いテーマを中心にした、いわゆる「コンビニ本」だ。

マメ知識や雑学、ビジネス書や自己啓発などを中心としたものではあるが、これらのシリーズが大ヒットする。


ここで、「教養新書」は「現代人に必要な教養を与える」という従来通りのものと、「話題作りの豆知識」程度の内容を書いたものに分岐したわけだ。

そして、より売れたのは後者だった。教養新書、というジャンルのイメージは、当然これらの「豆知識」本に引きずられることになる。


もっと言ってしまえば、こうした本の中には科学者が眉を顰めるような、似非科学を広めてしまうようなものもある。


本当の意味で「教養」を与えられるとは思えない。

しかし、読者にとって知らないことが書かれていて、読者が「知的好奇心」を満たせたのであれば、それはその読者にとっての「教養」なのだ。


また、これらの本の類型としては、知識人に気軽に語ってもらった「雑談」を示しただけの本などもある。


雑談のような内容で、「現代人に必要な教養」を与えるようなものではない。

でも、知識を持った人が自分の専門分野を語れば、面白いのだ。

娯楽としてはちょうどよいが、娯楽小説などではない。ジャンルとしては「教養新書」となる。


そして、実は教養新書として大ベストセラーとなった「バカの壁」は、この雑談ジャンルと言ってよい。




さて、最初の問題に立ち戻ろう。


次女が課題として出された「新書を読む」は、学校の先生が課題として出したくらいなので、教養新書の「現代人に必要な教養を与える」ようなものを1冊読んでこい、ということかと思う。


でも、新書としては雑学本もあるし、似非科学もあるし、小説や、形状だけでいえば漫画も含まれる。

判型だけでなく、シリーズとしても「新書」を銘打っているのがあるし、新書とすることに異議は挟めないだろう。

単に「新書」といった場合には、これらすべてが新書なのだ。


さて、学校ではどのような感想文が提出されるだろう?


先生の意図を汲める人ばかりであればよいのだが、「新書」と銘打ったトンデモ本の感想があったとして、それは課題の出し方が悪かっただけなので…




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