今日はネット上ではじめて顔文字が使われた日(1982年)。
去年が30周年でしたね。
表情の見えないネットでは、冗談を書いても本気に受け取ってしまう人がいる。
表情が見えないのが問題だから、:-) と :-( で表情を表そう!
…とスコット・ファールマン(Scott Fahlman) さんが提案したのが 1982年の今日。
少なくとも、提案者のコミュニティ内では顔文字を使う人はそれ以前にはいなかったし、提案以降は賛同者も多く、よく見るようになった、とのこと。
スコットさんの投稿は、その後長い年月を経て「発掘」され、1982年9月19日だったことが確定しています。
それ以前から使われていた、と言う主張もあるものの、今のところ証拠がありません。
そのため、スコットさんの提案が最初だったのだろう、と考えられています。
詳細はスマイリー30周年のサイトや、それのベタ翻訳であるギガジンの記事をお読みください。
日本の顔文字は、アメリカでの顔文字を全く知らない人が考案し、広まっています。
全く独立した文化として生じているのです。
理由も全く別のもの。 :-) が表情を示しているのに対し、 (^_^) は署名をより「自分らしく」するためのものだった。
詳しくは、考案した当人(わかん さん)のWEBサイトに詳細な説明があります。
ところで、1986年と言うのは、ちょっと微妙なところです。
アメリカではパソコン登場以前からパソコン通信や電子掲示板サービスがあるのですが、日本では電電公社が電話事業を独占していたため、電話線の音声以外の利用に制限がありました。
電電公社が民営化し、NTTになったのが 1985年。同時に、電話事業が自由化されます。
これでやっと電話線を使ったパソコン通信が自由化され、1986年ごろに大手パソコン通信サービスが続々と開始されます。
なので、1986年と言うのは「日本のパソコン通信では間違いなく最初の顔文字」だと思います。
しかし、すでにパソコンの利用はホビー用途としては普及しており、アスキーアートなどは数多く作られているのです。
ベーマガにはMZ-700用のゲームなどが毎月載っていましたが、グラフィック機能のない同機では文字を組み合わせてキャラクターを作るのは「当然のこと」でした。
また、プログラムの冒頭に署名を入れ、そこに「自分のマークとして」アスキーアートを入れるのも流行した技法でした。
「署名の一部として」の顔文字は、ここからきているのではないかと思っています。
ただし、大抵のアスキーアートは、縦に3~4行使うのが普通でしたし、ゲームのキャラクターなどに使うため、何かの全体像を表現していることが多いです。
いわゆる顔文字が、文章の後ろに感情を表すために「1行で」「顔だけを」書かれるのとは違います。
先に挙げたリンク先の説明でも、文字をどのように組み合わせたら顔になるかいろいろ試したことを書いていますが、1行に納めるということが当時としては珍しい試みだったのではないかと。
この意味において、わかん さんの使った顔文字は、確かに現代に通じる「顔文字」だったのだと思います。
後日追記 9.28
日記公開後に、わかん さんにメールでお伺いしました。
わかん さんは当時プログラム雑誌は読んでいなかったそうで、アスキーアートを使った署名は知らなかった、とのこと。
ただ、類似のものとしてはタイプライター画(タイプライターの文字で濃淡を表し、重ね打ちなども使って絵を描く技法)は知っていたそうです。
僕もタイプライター画は知っていますが、いわゆるアスキーアートとは異なるもので、着想のヒントになっていたようには思えません。
また「へのへのもへじは知っていました」とも(笑)
冗談半分だと思いますが、無意識下だとしても「文字の形だけに注目して絵を描く」と言う意味では、本当に原点かも知れませんね。
いずれにせよ、他の誰もが考えなかったことを独自に作り出した、というのはすごいことだと思います。
顔文字だけだと話が広がらないので(笑)、いろいろ雑文を。
上に挙げた(笑) という「記号」ですが、これもパソコン通信時代に登場したものです。
もちろん、それ以前から(笑)は存在しています。
雑誌などで対談記事やインタビュー記事があると、「笑った」部分に(笑)という表記が入るのですね。
しかし、パソコン通信ではアメリカ式の顔文字と同じように、感情を示すのに使用されました。
誰かが笑ったわけではなく、書いている自分の愉快な気持ち、もしくは本気ではない気持ちを示す記号として使われたわけです。
この場合、意味が本来のものと異なっていて、知らない人が見ると違和感を感じるわけですが、当時はむしろ「コミュニティの中でしか通じない違和感」、つまりは仲間意識を楽しんでいたように思います。
現在では、わざわざ(笑)が広まりすぎたため、 w と表記されたりします。
わざわざ変えているのも、やはり仲間意識を楽しむためなのでしょう。
#こういう例ははるか昔からあり、明治時代に「シャッポを脱ぐ」とか言っていたのもそうだし、徒然草にも「最近の若い者は、なんでも略しおって」と愚痴る内容が書かれている。
ただ、(笑) を w に変えてしまえば、インタビュー記事などの(笑)は元の意味を保ち続けられます。
その意味では w を使う人の方が、ネット上の(笑)のあり方に違和感を持つ保守層の可能性もあります。
この(笑)ですが、当時漫画家の いがらしみきお がいろいろと考察しています。
いがらしみきお は漫画家である一方思想家としての一面も持っていて、当時「IMONを創る」という壮大なパロディ本を上梓していました。
「IMONを創る」は、当時のパソコン関連書籍「TRONを創る」のパロディであると同時に、宗教に頼らずに人間を悩みから救う「人間のためのOS」を開発するための指南書でした。
…何言っているんだかわからない人も多いでしょう。自分だってこの纏め方であっているかわかりません。
「IMONを創る」は当時興味を持って立ち読みしましたが、当時の僕には高い本だったし、同じ金額出すならパソコン書籍を買いたかったので買いませんでした。
つまり、今手元にないので、本当に認識があっているかもわかりません。
幸いなことに、「IMONを創る」の概要を いがらしみきお 自身が解説した文章なら手元にあります。(翔泳社PC-PAGE 10号「パソコンを思想する」p.8~23 1990年)
これによると、IMON は「Itudemo Motto Omosiroku Naitona」の略で、パソコン側ではなく、人間側に適用する OSです。。
その三原則は
・リアルタイム
・マルチタスク
・(笑)
リアルタイムとは、いつでも最新の情報を取り入れて記憶である RAM を更新し続けること。
歴史は ROM だが、人間の記憶は RAM です。常に状況に合わせて更新し続けないといけません。
これが「リアルタイム」ということ。
つまりは、柔軟な態度を持ち、無駄なこだわりは捨てること。
いがらしみきお は、リアルタイムを「生涯学習のこと」とまとめています。
マルチタスクとは、すべての処理を均質化することです。
人生が破綻しそうな大問題を抱えていても、お腹がすいたらご飯を食べましょう。
マルチタスクなので、別の仕事をしているときに前の仕事を引きずってはいけません。
これにより、ごはんを食べているときは、大問題の悩みから解放されます。
人生にはバグがあって、永久ループにはまることがあります。いわゆる「くよくよする」状態。
そういう時は、マルチタスクでいったんループから離れた上で、永久ループ側の処理を強制ジャンプさせてループから脱出させます。
つまり、目前の問題から「逃げる」ことも時には必要。
そして(笑)。
やっと本題に入るが、いがらしみきお はこの(笑)を、インタビューなどの表記ではなく、パソコン通信で使われるやつ、と規定しています。
自分が書いている文章に対して「何言ってやがんだコイツ」と突き放した態度で(笑)と書くように、議論が真剣になりすぎて人間関係が破綻するのを(笑)で防ごうとするように、人生いつも(笑)を忘れてはなりません。
このIMON3原則を守れば、人生に悩みはなくなるし、楽しい人生を送ることができます。
つまり、IMON は OS であり、宗教であり、これを守れば人生安泰順風満帆。
そういえば、ラショウさんも、チキンとは食料でもあり、燃料でもあり、キリストでもあるという三位一体論を唱えていたなぁ。
あれも順風満帆に突き進む爽快感を求めたゲームでした。
#詳しくは「巨人のイタチョコの星のシステム」を読んでください。彼のファンだったのでサイン本持ってる。
…顔文字の話をしていただけなのに、何だか話がそれて壮大な人生論・宗教論になりました。
まぁ、余り最後の方は本気にしないように :-)
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