2013年11月01日の日記です


ミッチ・ケイパーの誕生日(1950)  2013-11-01 12:27:52  コンピュータ 今日は何の日

今日はミッチ・ケイパーの誕生日(1950)。


ロータス社の社長で、1-2-3 の開発者。

いっちょうめにばんちさんごう、の方ではないよ。そんなことはわかってるか。




ミッチは、多芸な人物で…というと聞こえはいいけど、若いころは職が定まらずに転々としていました。


大学時代から、専攻学問にまとまりがありません。心理学、言語学、計算機科学を学び、さらには機械・コンピューター・生理学を融合させようとするサイバネティックスを学んでいます。


その頃に大学内のコミュニティーラジオ局でディレクターを務め、卒業後はラジオ局のDJをやっているが長続きせず、瞑想術の先生をやったり精神カウンセラーをやったり…。


この経歴をみると、どう見ても怪しい人です。人生の落伍者。もっとも、この頃のアメリカはヒッピーブームだったこともあり、定職に就かずに楽しいと思うことだけをやっている人はたくさんいました。彼が特別ダメ人間だったわけではありません。


ヒッピーかぶれのダメ人間としてはジョブズが有名ですが、そのジョブズとウォズが作った Apple II を購入したことが彼の人生を変えます。

彼は計算機科学を学んでいたのでコンピューターはお手の物。コンピューターコンサルタントを始め、MIT の院生からの依頼で、関数をグラフ化するソフトを開発したりします。



さて、Apple II のキラーソフトとして VisiCalc という有名ソフトがあります。

世界初の表計算ソフトです。この開発話も面白いのでいつか書きたいところだけど、今日のところは割愛。


#VisiCalcの話、後に書きました



ともかく、Apple II は当初はホビーとして売られていただけですが、VisiCalc が発売されてからは、このソフトが仕事の役に立つと大評判。VisiCalc を使うために Apple II を買う、という人や企業が相次いだのです。


ミッチは VisiCalc の製作者と出会い、VisiCalc と連動するソフトの開発を依頼されます。

この時に開発したのが、VisiPlot と VisiTrend でした。


VisiPlot は、データをグラフ化するソフトです。折れ線グラフ、円グラフ、棒グラフなど、いくつかの方法でデータを図にすることができました。

VisiTrend は、データをもとに線形予測を行うソフトです。たとえば、VisiCalc で1年間分の毎日の売り上げデータが用意されていたとしましょう。VisiTrend ではこのデータをもとに将来を予測し、今後の売り上げの変動を示すことができます。


ミッチの作ったソフトは VisiCalc の販売元である VisiCorp から販売され、ミッチにはおよそ170万ドルの著作権料が入りました。

当時の為替レートで、4億円近い収入です。




このお金で、ミッチはソフトウェアの作成会社、ロータスデベロップメントを設立します。1982年のことでした。

この年は、IBM PC が発売された年でもあります。ミッチは、この新しいコンピューターに標準を合わせ、VisiCalc に変わる新しい表計算ソフトを開発することに決めます。


VisiCalc は Apple II のものでした。Apple II はホビー用途を想定して作られたものですが、VisiCalc によってビジネス用途にもつかわれるようになり、ついにビジネス用コンピューターの巨人、IBM がパソコンに参入することとなったのです。

IBM PC がビジネスを想定したものであれば、VisiCalc に相当するものが必要なはずです。

そして、発売されたばかりの IBM PC には、ライバルとなる表計算ソフトはまだありません。



ミッチは VisiPlot を開発したことがあるため、VisiCalc を詳しく知っていました。

1-2-3 は、VisiCalc を使っていたユーザーが違和感なく移行でき、さらに新たな機能を「当たり前に」使えるように注意深く設計されました。


VisiCalc は、最初からビジネス用途を志向していたわけではありません。

当初は経済学の試算を行うようなソフトを想定していました。


そのため、データのグラフ化や予測、データベース化などの機能を、あとから別売りのソフトとして発売しました。

これらのソフトは VisiCalc のデータファイルを使用することで緩く繋がっていますが、別の作業を行うためには一度ソフトを終了しなくてはなりません。



これを不便だと考えていたミッチは、IBM PC が Apple II よりも大きなメモリと速い CPU を持つことをうまく使い、表計算を中心に各種機能を呼び出せるシステムを作ろうと考えました。


Calc でデータを作り、Plot でグラフ化し、それらをワープロでまとめて書類にする。

これが Apple II での VisiCalc シリーズの使われ方でしたが、この3ステップをひとまとめにしようというのです。

ソフトの名前も、それを印象付ける 1-2-3 と決まりました。




1-2-3 はプラグイン構造を取ります。

これは、世界で初めて考案されたソフトウェア構造でした。


1-2-3 自体が OS になるようなもので、呼び出された小さなソフトは、1-2-3 のメモリ上にあるデータにアクセスする方法が用意されます。


この方式は、多くの機能を持たせる際に、プログラムに使用するメモリを節約するのに便利でした。

また、ソフトの開発を別々に行えるメリットと、後から機能を追加できるメリットがありました。


しかし、考えていることが大きすぎました。

表計算と、グラフソフトと、ワープロと、それらを束ねる OS を、短期間で同時に開発するようなものなのです。


1-2-3 の開発に手間取っている間に、VisiCalc の IBM PC 移植版が発売されますし、Microsoft も Multiplan という表計算ソフトを発表します。

CP/M (という 8bit OS )で発売されていた SuperCalc の移植版も発売されました。1-2-3が目指していた「ライバルがいない環境」は、あっという間にライバルだらけになってしまったのです。


結局、開発が遅れていたワープロ機能を諦め、代わりにデータベース機能を入れる形で 1-2-3 が発売されることになります。




ライバルがひしめく中に遅れてやってきた 1-2-3 は、あっという間にライバルを駆逐し、「1-2-3 が使いたいから IBM PC を買う」人が続出するほどのキラーソフトに成長します。


VisiCalc や SuperCalc は 8bit 機からの移植で機能が少なく、Multiplan は移植性を気にして高級言語で作成されたため、動作速度が遅かったのです。


また、VisiCalc 移植版以外のライバルは、VisiCalc のユーザーが乗り換えることを想定しておらず、全く違う操作方法となっていました。

それでいて、できることは Apple II の VisiCalc と大して違わなかったのです。


そのため、ライバルは多くてもユーザーの求めるものはなく、1-2-3 以前は依然として VisiCalc + Apple II を買う人が多かったのです。



1-2-3 は、やっと「16bit機」の性能を引き出す、革新的なソフトでした。

1-2-3 の登場から3か月で、IBM-PC の売り上げは3倍に急増しました。


1-2-3 自体も、初年度の売り上げ目標…「野望的な数字」として掲げた 400万ドルをはるかに超え、目標の17倍を達成します。


さらに翌年には、1億5700万ドルの売り上げと、社員700人を抱える大企業に急成長しました。

営業部門の人数は、マイクロソフトの4倍もいました。

もちろん、MSに対抗しようなどという意図ではなく、それだけの人員が必要だったのです。



1-2-3 の発売に間に合わなかったワープロ機能は、後でプラグインとして別売りされます。

後から発売されたソフトとは思えないほど統一された操作で(笑)、非常に便利なワープロだったそうです。



ただし、これはそれほど売れてはいません。


1-2-3 は「必要なものはなんでも揃っている」ソフトでした。

とはいえ、ミッチが1人ですべてをデザインし、細部に至るまでまとめ上げたもので、ミッチの審美眼にかなう機能しか入っていません。


後から発売されたワープロは、市場リサーチを元に、必要と思われる機能を全部盛り込んだものでした。

そこには、審美眼はありません。不要な機能が多く、扱いづらかったうえに、非常に高価だったのです。


ロータス社は急成長しましたが、すぐに大企業病にかかり、伸び悩むことになります。




僕としては 1-2-3 は HP-200LX の内蔵ソフトです。


HP-200LX (というより、その元となった 95LX)自体が、「パソコンを持っていない人にも 1-2-3 を売る」ことを目的に作られた機械でした。


#これはもちろんロータス側の思惑。HP 側としては、人気のあった関数電卓の後継機として作成した。


200LX 当時のロータス社は大企業で、200LX の OS も作成しています。

MS-DOS の上に乗せられて、DOS の機能を拡張する OS … Windows 3.1 みたいなものなのですが、非常に完成度が高いです。


いまでも 200LX が手放せないとか、すでに使ってないけど今でも最高の環境だったと思うとか、そういうユーザーさんは沢山います。

もちろんハードウェアのバランスの良さもありますが、この OS のバランスのよさが一番貢献しているように思います。




ところで、VisiCorp は VisiCalc の販売元ではありますが、VisiCalc の作者の会社ではありません。

VisiCalc の作者は VisiCorp にソフトを持ち込み、売れ始めてからは依頼されて各種周辺ソフトを作っていました。


ミッチが作者から頼まれたのも、そんな周辺ソフトの1つです。


1-2-3 に市場を奪われた VisiCorp は資金繰りが悪化し、VisiCalc の作者が納期までにソフト作成を間に合わせなかったせいだ、と訴えます。

作者はこれに対し、VisiCalc は自分の著作物で、VisiCorp に販売を任せているだけだから、販売権は自分の元にあることを確認する訴えをおこします。


これはつまり、VisiCorp から製品を引き上げる、という脅しでした。一方、VisiCalc という商標は VisiCorp 社の名前で登録されていました。



最終的に、作者が VisiCorp から VisiCalc の全権利を買い上げる、という約束で和解が成立します。

しかし、作者はそんな大金を持っていませんでした。



そこに現れたのが、いまでは大金持ちになったミッチです。

たまたま VisiCalc の作者と同じ飛行機に乗り合わせた際に、その場で作者の会社を買収し、VisiCorp にも支払いを行うことで合意します。


ミッチは VisiCalc によって成功の足掛かりをつかみましたが、すでに VisiCalc とはライバル関係にあります。

しかし、彼は過去の恩を忘れていなかったのです。


支払いを肩代わりした以上、VisiCalc はロータス社のものとなります。しかし、これで VisiCorp との訴訟は終了し、VisiCalc は歴史の舞台から消えていきます。



ミッチとロータス社は、すでに VisiCalc を超えるソフトを持っていました。ですから、いまさら VisiCalc を手に入れることには意味はなかったはずです。

ただ、彼は自分が恩を感じている2人…VisiCalc 作者と VisiCorp が争っているのを黙ってみていられなかっただけでした。




ミッチは、仲の良いジャーナリストに当時の心情を明かしています。


VisiCalc 用の関連ソフトを書き、大金を手にしました。

じゃぁ、新しい IBM PC 用にソフトを書けば、もっと儲かるに違いない。


軽い気持ちで 1-2-3 を作成したところ、VisiCalc をはるかに超える大ヒットになり、ロータスは大会社に成長しました。

そして、VisiCalc は没落し、作者と販売元で訴訟合戦となっています。



でも、1-2-3 は VisiCalc のアイディアを盗んだだけ。

ミッチは、自分が「詐欺師」と呼ばれるのではないかと恐れました。


その恐れから、1-2-3 に続くヒットを出して、自分の実力を示めそうと頑張りました。

でも、ロータスはその後もソフトを開発していますが、1-2-3 に続く製品を作れないでいます。



ミッチはすっかり自信を失いました。

自分で手に入れた地位や金が、自分の実力ではない、と思うようになりました。


そして、自分のしてきたことを後悔するようになるのです。




ミッチは1986年7月にはロータスを退社しています。

(あ、それじゃ 1991年発売の HP-95LX には関与してないじゃん。)


そして、ふたたび、職を転々とします。

…ただ、以前と違ってヒッピーのような流転ではありません。


慈善団体を設立して、自分の資産を運用して人々のために役立てたり、MIT の客員教授として若者に技術を伝えたり。

ネット上での活動と言論の自由を守るのを目的とした「電子フロンティア財団」の設立者でもありますし、FireFox を開発している Mozzila Foundation の理事の一人で、理事長を務めたこともあります。また、Wikipedia を運営しているウィキメディア財団の顧問委員でもあります。


とにかく、非常にいろいろな仕事を兼務しています。



VisiCorp の裁判に手を貸した件といい、彼は非常に人情派のように思います。

自分は詐欺師ではないか、と思い悩んでいるのも、おそらくは人に対して優しすぎるから。


若いころはヒッピーのような生活をしていますし、お金は生活に十分なだけあればよく、あとは周囲の人が幸せになるために使うのが良い、と考えているタイプなのでしょう。


…評伝などを読んだだけで、実際にあったこともありませんが、なんとなくそう思うのです。




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