2016年12月17日の日記です


アーカイブとはなにか  2016-12-17 22:27:47  その他

ありがたいことに、ゲーム協会についての日記を読んで意見をくれる人が多数いた。


文章の頭に書いてある通り、説明責任を放棄した文章なのに、多くの方は意図を汲み取ってくれた。

本当にありがとうございます。



もちろん、意図を汲み取った人の中には、もともとわかっているから読めた、という人もいると思う。

意味は分かっていても、改めて「アーカイブと保存の概念の違い」と言われて目から鱗、とか言われると、書いた甲斐があったと思う。


その一方で、やっぱりアーカイブの意味が理解されていないな、と感じる意見も見かけた。

理解されないだけでなく、誤った理解から僕の書いた意図を曲解されている方もいた。


ここら辺は説明責任が果たせなかったところ。

申し訳ないので、良い説明とは言えないが、説明しようかと思う。


ただ、今回は少し長い。

「長くなるから省略する」と書いた部分を、やっぱり解説しようというのだからね。




まずは、わかりやすい話から行こうか。

アーカイブと図書館と博物館は何が違うのか。


図書館は本を集めた場所だ。博物館は、博物…「なんでも」を集めた場所。

動物園や植物園、水族館なんかも、法的には博物館の一種となっている。


これらは「テーマを決め、そのテーマのものを蒐集する」場所だ。


博物館は、名前的には「なんでも」なのだけど、実際にはテーマを決めることが多い。

科学博物館とか、産業博物館、自動車博物館のように、名前を見ればテーマがわかることが多い。


スミソニアンのように、本当に何でも集めていている場所もある。

ENIAC の実物(一部)だって展示されているし、10パック入りフルーツガムも展示されている。

それが必要だと思えば、なんだって収集しているのだ。



じゃぁ、図書館は本を集めた博物館なのかというと、ちょっと違う。

博物館は「物」を集めるのに対して、図書館は「情報」を集めているから。


情報を記録する媒体が本だから本を集めているように見えるけど、現代の図書館は CD や DVD なんかも置いてあることは多い。



そして、これらはアーカイブとは直交概念…直接の関係はない概念だ。


アーカイブは、少なくとも何かを蒐集する必要はある。だから、図書館や博物館はアーカイブになることもある。

でも、必ずアーカイブになるわけではないし、アーカイブであっても図書館や博物館でないものもある。



たとえば、国会図書館は、図書館ではあるがアーカイブでもある。


普通の図書館…市民図書館と呼ばれるようなものは、市民に本を読んでもらうことが目的だ。

そのため、求められればゆっくりと読めるように本を貸し出すし、人気のある本は複数冊入れることもある。


一方で、貸し出しが多い本が傷んでボロボロになったり、人気が落ちる、情報が古くなるなどすれば、処分することもある。



国会図書館は、日本国内で発売されたすべての本を蒐集し、永久保存することが目的だ。

そのため、本の「閲覧」にも手続きが必要だし、基本的に「貸出」は行わない。紛失したり、傷んだりすることを避けるためだ。


本は1冊でもあればよいが、2冊ある場合には、分散して保存される。

1カ所に集積しておくと、火事などの災害で失われる危険性があるためだ。



劣化が激しい古い本などは、スキャンデータが作られ、デジタルでも保存される。

デジタル機器が登場する以前は、マイクロフィルムが使われていた。

すでにマイクロフィルムでしか現存しないような本もあり、それらもデジタルに変換され、保存される。


なぜデジタル化されるかと言えば、物質はいつか失われるからだ。

図書館は情報を集める場所で、物質が失われても情報が失われないように、情報の複製を作っているのだ。


本の貸し出しは行わないが、デジタルデータのうち、著作権がすでに切れたものなどは WEB でも公開されている

国会図書館だって、市民図書館と同じように「本を読んでもらう」目的で残しているのだ。


ただ、その「読んでもらう」目的は、物語を楽しんだり、暇つぶしに雑誌をめくるのではなく、資料としてだ。

今日発売された雑誌に「資料」としての価値がなくとも、20年後には時代を写し取った資料としての価値が出る。

だから、国内で発売される本はすべて蒐集され、残されていく。



資料としての目的だから、すべての本は同じように価値がある。

ノーベル賞学者の書いた論文集だって、エロ漫画だって、国会図書館としては「1冊の本」で同じ価値だ。


いや、むしろエロ漫画のほうが価値があるかもしれない。多くの人が恥ずかしいものと考え、捨ててしまうだろうから、未来に残りにくいのだ。

そうした、残りにくいものを残すことにこそ、資料としての価値がある。



アーカイブとは、国会図書館のように、できるだけ多くの資料を、永遠に残すために努力し続ける施設を言う。

また、そこに収められた資料などもアーカイブと呼ぶ。




アーカイブではあるが、図書館や博物館ではない、というものの例も挙げておこう。


前回の日記で、僕は何かを研究するのが好きで、アーカイブにはお世話になっていると書いた。

その一例が bitsavers プロジェクトだ。


PC 以前のコンピューターの資料を、できる限り蒐集し、デジタル化し、保存しておこうというプロジェクト。

膨大なデータがあるから、古いコンピューターに興味がある人は覗いてみるといい。



例えば、書籍「ハッカーズ」には TX-0 というコンピューターが出てくる。

これは本の中でも重要な位置づけのマシンなのだけど、1台しか作られたなかったプロトタイプ機なので、詳細は謎に包まれていた。


というか、ハッカーズにはこれが1台しか作られなかったことすら書いてない。

どこかに情報があるはず…と、時々思い出しては検索し、ある時 bitsavers を知った。



bitsavers では、メーカーごと・機種ごとに分類して、マニュアルやプログラムなど、関連資料を蒐集・デジタル化して公開している。

TX-0 の情報は、MIT/TX-0/ のディレクトリ下にある。


これがもう、僕にとっては宝の山だった。

何年も探して全然詳細を知ることのできなかったマシンの資料が、大量に置いてあるのだ。


マニュアルだけでなく、新入学生などにデモンストレーションを行う際の注意書きを書いた、手書きメモのようなものも残っている。

「このプログラムは不具合がある」みたいな注意も残っている。マニュアルには書いていなかったりする重要情報だ。


さらに、実行バイナリの紙テープをファイル化したものも残っていた。


紙テープを現代のコンピューターファイルにするのだから、単純ではない。

中には、紙テープに記録されていたのが「テキストファイル」の場合もある。


そうした場合は、テキスト化したものも保存・公開されているのだけど、当時はアスキーファイルではない。

その変換に使った(現代に作られた)プログラムも併せて公開されている。


とにかく、できるだけ生のデータを、さらにそれを判り易くしたデータを示し、変換の際の方法も残す。

もし変換に間違いがあると思うなら、プログラムを改良して生データから再度データを構築することもできる。


TX-0 の関連資料だけでも十分すぎるほどあるのだけど、そんなのはほんの一角。

たぶん、興味の赴くままに読んでいっても、一生かかっても読み切れないほどの資料が置かれている。



「当時の資料を残す」という目的に対して、非常によく考えられた構成でアーカイブが作られている。

さらに、永久保存するため、ミラーサイトが多数作られ、分散保存されている。


でも、これらは貴重な資料を見つけ出し、スキャンして公開しているだけで、原本をまとめてアーカイブ、というわけではなさそうだ。

原本は、それぞれの持ち主の元にあるのだろう。


なので、このアーカイブはデジタルでのみ存在している。

図書館でも博物館でもないアーカイブだ。



実のところ、bitsavers が寄付を受け付けているなら、僕は寄付しているだろう。

しかし、彼らは寄付を受け付けていないし、どこの誰が、どういった経緯でこのような活動をしているのかもわからない。


ただ、おそらくはメールアドレスじゃないかと思う…でも、注意深く見ないと気づかない文字列がページの片隅に書かれているだけだ。

おそらく、連絡すら受け付けようとは思っていないのだろう、と考えて、僕は彼らの成果物を、一方的に使わせてもらっている。


今回ゲーム保存協会に寄付をしたのは、Pay foward の気持ちもある。




ここでちょっと話の方向を変える。

なぜ西洋文化の根底にアーカイブがあり、日本文化にはないのか、だ。



西洋の文化は、古代シュメール文明に端を発する。

古代シュメールは、物々交換経済が行われていた。


しかし、実際に交換しようと思うものを持ち歩きながら交換相手を探すのは大変だ。

先に交換相手を見つけ、約束を取り付けてから物を持って行ったようだ。


たとえば、自分の持っている羊一頭と、他の人の小麦100束を交換する約束を取り付けたとしよう。


ところが、相手の元に、羊一頭を小麦 80束と交換したい、という人が訪れたとする。

どう考えてもこちらの方が得だ。相手は、その人と約束をしてしまい、自分との約束なんて知らない、と言い張る。


やっと羊を連れて相手の元を訪れたのに、そのまま連れて帰らなくてはならないし、また取引相手を探さなくてはならない。

とんだ労力だ。相手に対しての怒りは収まらないが、怒ったところでどうしようもない。



こうしたトラブルを避けるため、古代シュメールで「契約書」という概念が生まれる。


木の板に粘土を塗り付け、そこに羊と小麦の絵を描く。

当初は、絵をたくさん描くことで数を表していたようだけど、やがて「葦筆」を押し付けた形で数字を表現するようになる。

これが、世界最古の文字である楔形文字の誕生だ。


私の羊1頭と、あなたの小麦100束を交換する。

同じ契約書を2つ作り、それぞれが持つ。


これで、片方が約束を違えようとしても、自分の権利を主張できる。



すぐに取引が終わったなら、粘土板は表面に水をつけてならし、再利用すればいい。

でも、毎年取引を行う契約をし、数年間契約書を保存するような場合もあった。


そんな場合は、粘土板を日干しにした後、焼く。これで素焼きの土器となり、永久に保存できる。



古代シュメールでは、税調記録も同じように残されたし、裁判の記録なども残された。

裁判の際には、同じような争いには同じような判断が行われるよう、過去の記録をすぐに参照できるようにしてあったようだ。


素焼きした記録は整理して収蔵され、大切に保管された。

参照したい場合も、持ち出しは厳禁。


しかし、別の粘土板に押し当てれば、表面の凹凸を写し取ることができた。

これで、記録をコピーできる。原本は持ち出し禁止だが、コピーにより情報を持ち出すことは出来た。


政治的な判断も、その結果も、すべて記録して保存された。

ここには、原始的な形での「アーカイブ」を見ることができる。


彼らは、トラブルを避けるために「記録」を必要とし、そのために文字を発明した。

文字を発達させて自分たちの「政治」を残し、後のものは過去の失敗に学んでよりよい社会を作ろうとした。



古代シュメールに始まった文明は、世界中に伝播した。

今でも、アーカイブは大切なものとして、世界中で作られ続けている。




ところで、古代の日本に文字はなかった。

日本は自然が豊かで、自然採取生活でもそれほど困窮してはいなかったようだ。


そのため他の集落を襲って食べ物を奪う必要もないし、物々交換で相手を騙して自分だけが得するような必要はなかった。

平野が少なく、集落が狭いところに作られるため、取引相手が少なかったことも幸いだったかもしれない。

いつも同じ相手と取引していると、相手を騙して怒らせることは、自分の損にしかならない。


ともかく、日本人は「記録しなくては避けられない」ようなトラブルには見舞われなかったと思われる。

だから、独自の文字を発達させなかった。


やがて、中国から稲作文化がもたらされる。

その際に「文字」も持ち込まれているのだが…当時の日本人には、文字がなぜ必要なのかわからない。

記録しなくてはいけない、という危機感が無いのだから、仕方がないだろう。


当時の土器などに、文字が書かれているのが見つかっている。

しかし、どうやらこの不思議な文様は「特別な力を持つ」と考えられ、祭祀などに使われただけだったようだ。



日本では、文字の始まりがこんなだから、「記録しておかなくてはならない」という渇望感はない。


正倉院を見てもわかるように、「珍物の蒐集」は行われている。

でも、何もかも記録して残そう、というようなアーカイブではない。

その正倉院だって、昔はたくさんあったのに、今は1カ所を残すのみ。宝物はみんなどこかへ行ってしまった。



神奈川県には「金沢文庫」という場所があり、ここには鎌倉時代に書物などを集めた施設があった。

でも、時の権力者が自分の役に立つ情報を蒐集しただけで、その本も後にどこかへ紛失したりしている。

ここにも、永久に残そうというような意思はない。


最初に、国会図書館は「アーカイブだ」と書いたけど、これだって1948年に法律が整うまでは、ただの図書館に過ぎなかった。

日本でのアーカイブの歴史は、それほど古くない。




自然は四季と共に常に移ろい続け、一瞬として同じ姿をとどめない。

逆に、同じ姿を見せ続けるものがあれば不自然で、見苦しい。


日本人の美的感覚では、永遠を望むものは見苦しいのだ。


一方で、アーカイブは永遠に残すことを目標とするものだ。

古くなって劣化すれば補修する。いよいよどうしようも無くなれば、精巧なレプリカを作る。

とにかく、同じ姿を永遠にとどめられるように努力し続ける。


永遠を見苦しいと感じる文化と、永遠を求める文化。

ここには文化摩擦があるので、日本人には、「アーカイブ」を理解できない人が多い。



国会図書館は本を蒐集したが、本ではない「情報」はこぼれ落ちた。


日本では 1930~1950年代に映画の最盛期があるのだけど、この頃の映画が全然残されていない、と1960年代後半になってから慌てることになった。


そこで、1970年には、国立近代美術館フィルムセンターが設立され、日本映画の蒐集・修復が始められた。

しかし、1940年代には戦争もあったこともあり、1930年代以前のフィルムの収集は難航。

今でも時々未発見のフィルムが見つかってニュースになるのだけど、多くのフィルムが永遠に失われたとみていいだろう。



このような失敗を繰り返さないように、映画後の国民娯楽の中心となった漫画・アニメ・テレビゲームのアーカイブを、という話は 20世紀末から出ていた。

21世紀に入ると、「国立メディア芸術総合センター」という名前で実際に計画が進められる。


しかし、2009年の民主党政権の際に「国費で漫画喫茶を作る必要はない」とされ、計画は止まってしまった。

漫画喫茶、という言い回しで、アーカイブが全く理解されていないことがよくわかる。


民主党を笑うのではない。

これが、アーカイブの重要性を訴えられなかった…そもそも理解していなかった日本人の現状だ。




古代シュメールで、裁判の記録などが永久保存されていたことを先に書いた。


今だって、そうした記録は永久保存される。

「アーカイブ」には公文書の意味もある。


古代シュメールでは政治判断なども記録し、残された。

でも、近代日本では政治判断…会議の議事録などは、一定期間保管の上、廃棄された。


これでは、重要な政策がどのような議論の上で決定されたのかが、すべて闇に葬られてしまう。


そこで、2009年に法律が改正され、公文書館が作られることになった。

各行政機関で一定期間保管された公文書は、その後公文書館に預けられ、永久保存される。


…ただし、ここに法の穴があって、「すべての」公文書が残されるわけではない。

何を残すかは、保管してきた行政機関が決められるのだ。



結果として、永久に保管して後で責任を問われたりすると厄介な、重要な記録は捨てられてしまうらしい。

すべて捨てていると、公文書保管ができていない、と言われてしまうので、どうでもいいゴミのような書類だけが残される。


ここでも、アーカイブの意義がまだ理解されていないのだ。

アーカイブは、後からあらさがしをして責任追及しよう、というようなものではない。


未来の人が、自分たちの社会の「元」となった時代を知るための資料なのだ。

そこでの判断が間違えていたとしてもかまわない。過ぎてしまったことなのだから。

間違えていたなら、補正すればいいだけの話だ。


しかし、そもそもどういう判断だったのかがわからないと、舵の切り方もわからなくなる。

社会をよくしていこうと思うなら、どんな資料でも残していかなくてはならない。




さて、最後にゲームの保存の話に戻ろう。

元々、このアーカイブ話は、ゲーム保存の話から派生したものだから。


前回の話に書いた通り、業務用ゲームを作ってきた僕としては、自分が作ったものであっても手元には置いておけない、と考えていた。

今なら中古基板が買えるようなものもあるだろうが、僕が作ったゲームは特殊筐体が必要で、おそらく中古屋にも出回っていない。

すでに失われているだろう。


こうした経験から、僕自身はゲームを保存することに思い入れがない。いつかは消えゆくのが普通のことだと受け入れている。

これは、日本人的な自然観から来るものだ。


その一方で、個人的な思い入れは当然ある。懐かしいゲームのことを、できれば少しでも記憶にとどめておきたいと思う。

ゲーム文化に携わったものとして、小さなことでも何か寄与したいとは思っているからだ。


そこで、たいしたことないゲームだけど、思い出話を少しづつ書き綴っている。

オリジナルや、その作成時の資料と言った一次資料ではなく、当事者の思い出話という二次資料に過ぎないのだけど、傍観者の推測による三次資料よりは役に立つと思っているから。



一方で、当時のオリジナルゲームをもう一度遊べるようにしよう、という動きもある。

愛知のゲーム博物館には、懐かしい業務用ゲームがレストアされ、遊べる状態で保存されている。入場料を払えば遊び放題だ。

一度行ってみたいと思っているのだけど、残念ながら遠いのでまだ行けていない。


長崎のハウステンボスにもゲームミュージアムがある。

こちらも行きたいけど、うちからはさらに遠くて行けそうにない。

しかし、こうした「保存活動」が行われることは、ゲームに携わったものとして嬉しく思っている。



一方、オリジナルではなくても、気軽に遊べるようにしよう、という動きもある。

昔のゲームを移植したり、エミュレータによって動作させて今の機械で遊べるようにしよう、というものだ。


移植・エミュレーションなので、オリジナルとの相違は発生する。

保存という意味合いでは相違は少ない方が良いのだけど、あえて違いを強調する場合もある。


nintendo 3DS で発売された「セガ3D復刻アーカイブス」はそうした試みだと思う。


セガは3Dのゲームを多数作っていたが、当時の技術的な問題から「立体視」できるものではなかった。

それを、立体視可能な 3DS で、立体視できるゲームとして復刻しようというもの。


アーカイブス、と名前にあるが、本来の意味での「アーカイブ」なのかというと、ちょっと違うとは思う。

しかし、単にエミュレーションにとどまらず、当時のゲームセンターの環境を記録にとどめようとしていたり、「ゲームを記録しておきたい」という気概は感じる。

アーカイブを名乗っていても恥ずかしくないものだとは思う。



任天堂の出した「ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピューター」が大ヒットしている。

入荷してもあっという間に販売終了、という状態で、入手困難だ。


これも、公式とはいえエミュレータに過ぎない。「音色が少し違う」などの相違点が指摘されている。

とはいえ、当時のゲームを気軽に遊んでもらえる環境としては、なかなか良いのではないかと思う。


前回「ゲーム保存に興味がない」と書いたけど、僕が保存に参加するほどの情熱がないだけで、こうした動きがあるのは嬉しいし、頼もしい。

僕だって昔のゲームは好きだし、ファミコンミニに関しては先日購入できたので、子供と一緒に楽しんでいる。



さて、ここで問題提起だ。

他にもゲームを残そうという活動はあるのだけど、基本的に「懐かしい」ことを前提にしている。

というか、古いゲームはやっぱり古いのだ。懐かしさでも煽らなくては、商売になんてならない。


逆にいえば、あまり売れなかった、多くの人に遊ばれなかった、面白くなかった作品は、残されることなく消えていく。

これでは、都合の良い書類しか残さない公文書館と同じだ。


求められているのは、国会図書館のように、すべての本を平等に残そうとすることなのだ。




そして、ゲーム保存協会。


彼らが目指しているのは、ゲーム文化の永久保存のためのアーカイブだ。

国会図書館が古い本のスキャンデータを作るように、彼らもフロッピーディスクをデジタル保存したりしている。


フロッピーはもともとデジタルだ、なんて思ってはならない。

コンピューターからはデジタルに見えるようにしているだけで、その内容は磁気変化によるアナログ記録だ。


アナログ記録でありながらデジタルとして扱うことを利用して、プロテクトなどが作られている

このプロテクトまで残すために、彼らは「フロッピーディスクをアナログ記録物として扱い、そのアナログデータをデジタルサンプリングする」という回りくどい方法を使って、永遠に残そうとしている。



「ゲーム」を残すのであれば、こんな回りくどい方法は必要ない。

先に書いているエミュレータや移植のように、今の環境で遊べるようにすれば、それで十分だ。


でも、彼らが残したいのは、ゲームではなく「ゲーム文化」なんだ。


ゲーム文化の広まりは、遊ぶ人を飛躍的に増加させ、友人間でのコピーが増えることになった。

その対抗措置としてプロテクトが生まれ、年々進化していく。


ゲームを残すのではなく「ゲーム文化を残す」のであれば、このプロテクト技法を一緒に残さなくてはならない。

この違いは非常に重要なのだけど、アーカイブとはなんであるかを正しく認識し、残すものがゲームなのかゲーム文化なのかも区別して考えないと伝わらない。



アーカイブなのだから、売れなかったゲームだって保存する必要がある。

ヒットゲームが、どんなゲームの影響で作らているかはわからないためだ。


どんなゲームにも、そういう関係性がある。

だから、ゲームだけでなく、その周辺のすべてを保存しなくては、関係性が見えなくなってしまう。


「すべて」を保存するなんて言うのは、明らかに茨の道だ。個人がやるような仕事ではない。


だけど、先に書いたように「国立メディア芸術総合センター」の計画は、民主主義によってえらばれた代表により中止された。

それが民意である以上、また大きく状況が変わるまで、政府としては手を出すわけにいかない。


今すぐ始めないと手遅れになるかもしれない、という状況で、とりあえず個人でもできることから始める、というのは意義深いことだと思う。




最後に、蛇足を一つだけ。


日本文化にアーカイブがない、というのを、否定的な意味に捉えないでほしい。

途中書いたように、日本が平和で、トラブルが起きにくかったということなのだから。


この平和さが、生活に直接関係ない余暇…遊びに対する欲求を高めてきた。

歴史上、何度も「賭博禁止令」が出ているというのは、何度禁令を出しても遊び続けてきた、ということでもある。


任天堂だって、禁制の賭博札を作ることから起こった会社だ。

セガだって、違法スロットマシンの販売から起こった会社だ。


こういう遊びに邁進できる、平和な文化が日本にはあった。そこは誇りに思っていい。


テレビゲームもその延長上にある。

アーカイブがないことと、テレビゲーム文化が日本で花開いたことは密接な関係にあるんだ。



だから、「世界有数のテレビゲーム文化を誇る日本が、そのアーカイブを作ってないなんて!」と嘆くのではない。

アーカイブを不要と思うような国民性だから、役にも立たない遊びを極めたのだと考えよう。


とはいえ、アーカイブ不要というのではない。


すでに、ゲームは世界的な文化だ。

だから、世界の慣例に従って、文化の歴史を残すアーカイブを作っておくべきだろう。


そして、その文化の黎明は日本国内で起こっている。

アーカイブを作ることは、我々の責務なんだ。



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