数年前から気になっていた本を読んだ。
「かはたれ 散在が池の河童猫」
児童文学…なのだけど、むしろ大人向けかもしれない。
2005年に発表され、児童文学向けの多くの賞を受賞した作品。
お話の内容は、Amazon にでも書いてあるのを読んでくれ。
わざわざ説明し直すほどでもない。
ざっくりいえば、河童と少女の交流物語。
「かはたれ」では、家族を失い寂しい河童の子供と、母を失い寂しい小学生少女の交流が描かれる。
河童は人間の言葉を理解し、喋れるのだけど、戒めを守るために決して喋ろうとはしない。
河童は正体を隠そうとするし、少女も何だかわからないまま、弱々しい河童を守ろうとする。
だから二人のほかに秘密を知るものもなく、大事件も起こらない。
物語は非常にゆっくりと進行する。でも、二人の心の動き、思っていることが少しづつ明らかになり、最後は涙なしに読めない。
続編の「たそかれ」では、少女は成長し中学3年生になり、河童と再会する。
こちらでは、河童は戒めを解いても良い理由があり、会話することもできる。
そして、前作から後に何が起きたかが明らかになりつつ、二人で協力して難題を乗り越えようとする。
こちらも、最後は涙なしに読めない展開。
今はまだこの2冊しか出ていないが、まだ続きを読みたいお話。
もっとも、児童文学向けの賞を受賞したとか、それだけのことはある深い物語だったとか、そんな評判で読んだのではない。
気になっていたのは別の理由で、内容には期待せずに読んだらいい本だった、という、棚から牡丹餅みたいなもんだった。
気になっていた理由…
このお話、舞台は架空の街なのだけど、明らかに知っている場所だったのだ。
お話のサブタイトルは「散在が池の河童猫」。
話の舞台は、「散在が池」と呼ばれる場所の周辺。
散在が池がどこにあるかは明示されていないのだけど、「谷戸」とか「やぐら」という、地形を表す言葉が出てくる。
そして、これらの言葉には説明がついていて、「鎌倉近辺で使われる言葉」となっている。
大船駅からバスで行ける場所に、「散在が池」という場所がある。読み方は違うけど字は同じ。
これが正式名称なのだけど、バスで行くには「鎌倉湖畔行き」に乗る。市外の人にはこちらの名前で知られているためだ。
別に有名観光地ではないけど、散策に訪れる観光客はよく見かける、そんな場所だ。
お話では、40年前(お話は 2005年に書かれているので、1960年代)に池の周囲に住宅地が造成された、となっている。
実際、散在が池の周囲には 1960年代に住宅地が造成され、その時にイメージの問題で、池ではなく「鎌倉湖」と呼ばれ始めたようだ。
お話の中では、散在が池から山を下ると神社がある。
その先が住宅地で、少女の通う小学校は住宅地の中にある。
これも、実際の散在が池の地形と似ている。全く同じではないけど。
続編の方では、少女の住む住宅地が鎌倉にあることも明かされている。
鎌倉市青船。…実際には、大船の周辺をイメージしているようだ。
小学校のある住宅地、とはちょっと離れているかな。どうも、続編を書くときに、都合でモデルになる地域を変えた模様。
少女の通う中学は、小さなトンネルを抜けた先にあり、大学の付属中学ということになっている。
実際、大船の住宅街からトンネルを抜けたところには中学がある。付属中学ではないけど。
同じ地域の、ずいぶん離れたところにもう一つ中学があるのだけど、こちらは大学の付属。
ここでも、話の都合に合わせてイメージを混ぜているのだろうけど、実際この地域にあるものをモデルにしているとわかる。
続編は、少女が町の歴史を調べ、伝承などの中から河童と人のかかわりを知ることで進んでいく。
それらの伝承には、実際に鎌倉近辺に伝わるものも使われている。
戦争中のことが語られる部分もあるけど、ここは実際の地域の歴史とはかけ離れている。
鎌倉の隣町としての「青船」周辺の歴史として語られるのだけど、その歴史は「隣街」の、横浜中心部の歴史がモデルのようだ。
しかし、郷土史を読んでいるわけではなく、あくまでも創作童話。
実際の地域の話と違ったってかまわない。
でも、ファンタジーを読んでいるにもかかわらず、実際の場所を思い浮かべながら読んでしまう、という不思議な感覚を味わった。
ちなみに、この本は大船図書館で借りてきた。2~3冊づつ置いているようだ。
「たそかれ」では、少女が地域の歴史を調べる際に、「青船図書館」も訪れている。
作者さんも鎌倉に住む人のようだし、この本が大船図書館に置いてあるのは、大切なことのように思う。
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