2015年03月26日の日記です


ゲームのルール  2015-03-26 20:59:41  業界記

昨日書いた「目的と障害があればゲーム」という話、ぎーちさんとの会談の際には、全く言ってないのね。


「課金しないゲームは成立するか」という質問に対して、昨日書いた話をおぼろげに思いつつ、先に例をあげた。

そしたら、その例の話から違う方に話が進んでしまった。


今日は、そちらの「例」の話を書いてみます。




その昔、「クイズ100人に聞きました」というクイズ番組がありました。

僕は、これをよく出来たゲームの例として真っ先に挙げたのです。


昔は、このクイズ番組を日本中の人が理解して、楽しんでいました。

もちろん全員が見ていたわけではないけど、知らない人はいないくらいに人気番組でした。


この番組、おそらく今放映したら「意味不明」と言われてしまうでしょう。

クイズなのだけど、すごく変わった番組構成だった。



番組は、視聴者応募の2チーム対抗によるクイズ戦です。

でも、早押しとかではない。2チームが非対称な立場になります。片方のチームは圧倒的不利、というのが普通。


まず、最初は早押しで先攻後攻を決めます。

ただ、早く答えればいいのではない。「より得点の高い答え」を出したほうが先攻権を取ります。


問題は全て、タイトル通り「100人に聞いた」アンケート結果です。

このアンケートで、多く出た答えを当てる。回答人数がそのまま得点となります。


先攻チームは、3回まで間違えてよく、全部で5~7個程度の正解を、どんどん当てていきます。

でも、重要なのは、当てた得点はまだ先攻チームの物ではない、ということ。



先攻チームの回答が終わった時点で、後攻の番です。

後攻チームが答える権利は、たった1回のみ。しかも、分かりやすい回答は先攻チームにあらかた答えられており、回答人数の少ない答えを当てなくてはなりません。


でも、これに成功すると、先攻チームの当てた回答の得点も含め、すべての得点が後攻チームの物になります。




大切なのは、先攻チームが頑張ればがんばるほど、後攻チームの得点が上がる可能性がある、ということです。

これはあくまでも「可能性」だけで、実際にはその得点を得る難度は上がります。


得点するという「目的」が達成できるチャンスほど、それを阻む「障害」も大きくなるのです。


良いゲームバランス、とはこういうものを言います。

クイズ100人に聞きましたは、ゲームのルールが非常に良くできていて、状況に応じて常にゲームバランスが保たれ続ける構造だったのです。



この番組が特別だったのではありません。

当時、こういうクイズ番組が非常にたくさんある。


「なるほど ザ・ワールド」では、解答席に1~4の順位が付いていた。

こちらでも権利が平等ではなく、1位の人から順に解答権があります。


1位が不正解なら2位に、2位が不正解なら3位に解答権が回ってくる。


4位の人には解答のチャンスがあまり来ません。

その代り、もしチャンスが回ってきた時には、1~3位の「間違えだった」回答がヒントになっている。


目的達成のチャンスが少ない人ほど難易度も下がる、という仕組みでゲームバランスを保っているのです。



ところで、正解すると上の順位に上がることができます。


「正解すると難易度が上がる」という、これもゲームバランスを保つ仕組みです。

最終的に1位の人が勝ちなのだけど、1位を保ち続けるにはノーヒントで正解し続けるしかない。


単純だけどよく出来ていました。



当時はこんな風に、番組のどこかに「ゲーム要素」を入れるのが当たり前だったのね。

視聴者もルールを理解して楽しめた。


ところが、今はそういうつくり方は流行しません。


頭が悪くなったとかではないよ。テレビを真剣に見る人が減ったから。

忙しい時代になって、途中から5分見ただけでも理解できる番組でないと、見てくれなくなった。



ぎーちさんにはポケットメイトの話もしました。

昔書いた話のままなので、詳細はそっちの日記参照。


昔の子供向けゲームって、ルールを自由に変えても構わなかった。

みんな面白いルールを考えて勝手に改変するのが普通だった。




昔は、テレビ番組を見ていても「巧妙なルール」があるし、ゲームで遊んでいてもルールを自分の好きなように変えられる。

当時の子供は「ルール次第で面白さが変わる」ことをどこかで知っていたように思います。


ところが、今のテレビゲームは自分でルール改変はできない。


これは、ゲームを自由に楽しむことを難しくしているのではないか?

そして、子供たちから考える力を奪ってしまっているのではないか?


…という趣旨でぎーちさんには話をしていました。


まぁ、趣旨としてはそれほど間違ってない。

今の子供…に限らず、現代日本人は、昔の人よりルールを作る能力が落ちている気がする。




ただ、昨日の記事を書いていて、ちょっと気が変わった。

文章にすることで、自分の考えが整理されたんですね。



テレビゲームでも、ルール改変できました。


ノーコンティニュークリアを目指す、ノーミスクリアを目指す、特定アイテムを使わない縛りプレイ…などなど。

これらは、自分にとって簡単すぎるゲームに対し、ルールを改変することで「難易度調整」をする遊び方です。


昨日も例に出したピクミンでは、「最短日数クリア」と「最少人数クリア」で、全然違う遊び方が必要になる。

30日でクリアしつつ、どこまで人数を増やせるかとか、1日での増加人数で競う方法もある。


「自分で決めたルール」によって、ゲームは全く違う顔を見せ始めるのです。




先日、世界初のドットリ君大会、という話を書きました。


…えーと、ここでお詫びしておきましょう。

ドットリ君ね、先日の記事では「面白いよ」と書きましたが、ゲームとしてはつまらないです(笑)


僕はつまらないゲームを見ると、すぐに「違う目的」を作るのね。そうすると面白くなる。

ドットリ君だと、4面クリア位を目指すと結構難しい、攻略しがいのあるゲームになる。


でも、そんなことしないでも、もっと面白いゲームは沢山ある。

「面白い」と書いたのを真に受けて遊ぶより、もっと面白いゲームで遊んだほうがいいです。



ドットリ君大会に話を戻します。

その大会では、「2台を使った対戦形式。1面クリアが速いほうが勝ち」という方法で遊んでいました。


これも、「違う目的」を掲げているのね。

「対戦相手に勝つ」というのが目的の新しいゲームを始めただけで、ドットリ君を楽しんでいるのではない。


ただ、このゲームに勝つためにはドットリ君の腕を磨かなくてはならないし、「腕を磨く」という目標ができると、ゲームはまた面白くなる。




ゲームは「目的」と「障害」があれば成立する、と昨日書きました。


この目的は、遊ぶ人の心構え次第で、いくらでも変えることができます。

そして、目的の設定次第で障害の強さも自由に変えられます。



昨日は「お金」がゲームの面白さに及ぼす影響を書きましたけど、それだけじゃないです。

テレビゲームだからって、プログラムの中で完結しているわけじゃない。


外側の世界とどうつなげるかで、面白さが全然変わってくるという、昨日と同じ結論です。


#だって、昨日と同じ話を違う切り口で書いているんだもん。





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