2016年03月06日の日記です


社会問題の根っこ  2016-03-06 12:27:33  その他

1月の末に、友達と遅い新年会をやったのだけど、その時の友達の言葉が胸に刺さっている。


その友達、海外を飛び回る「国際技術者」だ。

いろんな国に行って、LSI の開発案件などを受注したり、依頼したり、時には新しい工場の立ち上げなんかもやっている。


だから、日本人と海外諸国の考え方の違いを理解している。




酒を飲みながら話をしていて、社会問題の話に及んだ。

いろんな社会問題があるのだけど、根っこの部分は実は一つに集中していると思うんだ、というところまでは意見が同じ。


僕は、会社に就職することが当然だと思っている状況に問題があるんだよ、と言い放った。

僕自身は独立してフリーで働いている。就職すること自体は悪くないと思うが、依存しすぎは問題だと思っている。


でも、知人は「就職してもいいけど、年棒でないとダメだ」と言い放った。



海外の技術者のほとんどが年棒だという。そして、海外では日本で起きているような悪い状況は回避されている。

すべて年棒だから問題が起こらないのだ、というのが友達の持論。



多分、こっちが正しい。


僕は、就職すれば月給をもらうものだと思っていた。

でも、「就職に問題がある」というのは、この間違った前提に根差した結論だった、と気づいた。


つまりは、月給でなければ就職してもいいんだ。




アメリカ人は残業しない、自分の仕事に責任感がない、とよく言われるのだけど、これは間違っているそうだ。


彼らは年棒で働いている。残業したところで何も得をしない。

だから残業が発生しないように、自分で作業をコントロールしている。



彼らは、日本人以上に仕事に責任を持っている。だから、時間内に仕事をきっちり終わらせる。

時間を超えて働くということは、オフィスの電気代などを無駄に使うことで、余計なコストを発生させる。

それは「責任を持つ人がやることではない」というのだ。


とはいえ、必要であれば残業もする。

余計なコストが発生しても、納期に間に合わずに報酬をもらえない上に、約束を違えたことにより違約金を請求されるリスクに比べればずっと安いからだ。


週末は家族と遊ぶ予定だから、と金曜日に猛烈に残業をして作業を終わらせる、ということもよくあるらしい。




この働き方は、単に「年棒」というだけでは実現できない。


年棒というのは、1年間の給料をあらかじめ固定する、という意味ではなくて、会社が与える作業内容も事前に説明して固定する、ということだ。


予定外の作業は発生しない。

これは「トラブルが起こらない」ということではないよ。トラブルはいつでも起きるし、そのための追加作業は生じる。


でも、自分の責任分担分野は明確にされていて、それ以外の仕事をやる必要はない。

もし、それ以外の仕事を会社から要求されれば、堂々と拒否できるし、年棒の上積み要求だってできる。


つまり、自分の仕事のゴールは働き始めたときから見えている。

ゴールが決まっていて、締め切りも決まっていて、それまでにきっちりと仕事が完成していればそれでいい。


邪魔も入らないからペース配分ができて、「残業を発生させない」という働き方が可能になる。



難しい仕事をこなす人の年棒は高いし、簡単な仕事なら安い。

報酬が安いからと言って不平をこぼす人はいない。

最初に、仕事内容と報酬を説明されて、不服なら交渉する機会も与えられて、双方納得の上で契約しているからだ。


難しい仕事をこなせるなら報酬が上がる、という保証だってあるのだから、会社が予想する以上の働きを見せれば次の契約金だって上がるかもしれない。




最初に「月給」と書いたけど、日本では時給が働き方の基本だ。


一カ月に働く最低時間が定められていて、時給が定められている。

だから事実上の「月給」になるわけだけど、残業をすればどんどん報酬額が上がる。


働く最低時間は決められているが、仕事内容の取り決めはない。

だから、自分の作業が終わって手が空いている場合、新たな仕事が急に持ち込まれることがある。


自分の仕事がコントロールできない。

コントロールできないから、余計に働いた場合に会社が追加の報酬を出すわけだけど。



この環境下において、「最善手」は何だろう?


自分の仕事を、わざと効率悪くこなすことだ。

あまり効率が悪すぎると目をつけられるので、8割の力しか出さない、という程度が良いだろう。


少なくとも、時間内に仕事をすべて終わらせることがなければ、余計な仕事は持ち込まれない。

多少残業をするふりをして、早めに帰るのが良いだろう。



場合によっては、積極的に昼間サボり、残業時間になってから仕事を始めることで残業代を多くもらう、という戦略も考えられる。

仕事はちゃんとこなしているので文句は出ない。余計な仕事も持ち込まれない。給料は多くなる。



いやいや、あまりやると会社だって怒るでしょ、と思う人も多いと思う。

でも、大丈夫。会社だって、みんながこういう働き方をしていることはお見通しだ。


だから、最初から基本給を低めに設定してある。

みんなが残業したがるのだから、残業してやっと普通の給料になるくらいに設定しておけばよい。


ほら、万事丸く収まった。

何かが間違っている、と感じる人は多いとは思うが。




2000年代後半には、在宅勤務という話がずいぶんと脚光を浴びていた。


インターネットで様々なデータが交換できるようになり、リアルタイムにテレビ電話もできるようになった。

これからは、わざわざ通勤しないでも在宅で仕事が可能になるだろう。


これは世界中で注目されていたことだし、世界中で広まった。

実際、在宅勤務は珍しいものではなくなっているのだ。



しかし、日本では普及したという話を聞かない。

一度は導入した会社でも、辞めてしまった例が多いようだ。


理由は簡単で、会社の人事部としては、タイムカードもなく、本当に働いているのかわからない状態で給与を出すわけにはいかないのだ。

試験的に在宅勤務を導入した場合でも、会社で顔を合わせていないと仕事がやりにくい、などの理由であまり評判が良くなかったという。



つまりは、日本人の働き方には在宅勤務は適していない、ということになる。


年棒で働く場合、「成果物」に対して報酬を出しているのだから、働いている時間はどうでもいい。

自分のすべきことはわかっているし、データをもらうなどの必要があるとき以外、人と接触する必要はない。


でも、日本人は時間に対して報酬をもらっている。

見えないところで働いている、と言われても信用できないし、手が空いたらすぐに「忙しそうな人」を見つけて仕事を分けてもらう必要がある。

つまり、常に人と接触していなくては仕事にならない。




日本には保育園が足りていない。


これには2つの面がある。

実際に保育園の数は足りてない。保育士はきつい仕事で、子供に責任を持たないといけないため、最後の一人が引き取られるまで帰れない。


普通の職場なら、9時から17時、というのが標準的な働く時間帯だ。

しかし、保育園は、この標準時間帯に働く人から子供を預からなくてはならない。7時から19時、というような長い時間運営している。


ましてや、親が残業してしまったりすると、19時にも迎えに来れない。

親の残業以上に、保育士の残業は過酷になるのだ。



保育士だって時間をずらして勤務することで長い時間をカバーしているのだけど、大勢でカバーできるほど大きな保育園ばかりではない。


保育園を増やしたいのであれば、残業なんかせずに帰れる世の中でなくてはならない。



もう1つ、本当は保育園に入れたいわけではないのに、保育園に頼らざるを得ない人がいる。

給料が低いため、夫の稼ぎだけでは食べていけない。本当は妻が家を守りたい、という人でも働かざるを得ない。


勘違いしないでほしいのだけど、「妻が家を守るべきだ」と言っているのではないよ。

女性だって、働きたい人が働ける世の中がいい世の中だと思う。


でも、家を守る時間に幸せを見出す人だっている。

女性に限らない。女が働いて、男が家を守るような家庭像だってある。


そういう人も幸せに暮らせる社会がいい社会だと思うのだけど、今は共働きでないと家計が持たない、という人も大勢いる。


保育園に本当は入れたくないのに入れないといけない、という人が幸せに暮らせれば、本当に保育園を必要とする人は保育園に入れやすくなるのだ。




日本での問題として、残業が多いこと、給与が安いこと、在宅勤務ができないこと、保育園が少ないことを挙げた。

もう想像がついていると思うが、これらはすべて、日本人が時給で働いていることに一因がある。


もちろん、それだけがすべてではないよ。社会問題というのは、もっと深く複雑に絡み合っているものだ。


だけど、時給制をやめて年棒にし、個人の働き方の裁量をもっと増やして在宅勤務も視野に入れる。

これだけで、問題の多くは解消に向かうはずだ。



じゃぁ、それが解決策か、と言えばそうではない。

時給制は日本人の働き方に深く根差していて、これを変えることにものすごい抵抗がある。

無理に変えようとしたら、社会システムの違うところにひずみを起こすかもしれない。



年棒で働くということは、「契約は1年単位」ということを意味する。

会社の期待する働きができなければ、来年の契約はない。


日本では「終身雇用」が長かったため、こうした働き方を望む人は少ない。



先にあげなかった問題の一つに、無茶な業務を要求するブラック企業、なんてのもある。

契約で働くのであれば、契約になかった業務を要求されても、従う必要はない。


会社に雇用されている、のではなくて、技術を提供して報酬をもらう、という対等関係だ。



じゃぁ、アメリカだと無茶な要求をするブラック企業はないのかと言えば、アメリカでも年棒ではなく時給で働く人もいて、そういう現場ではやはり同じ問題が起きているのだけど。




アメリカだって時給で働く人もいる、と書いたけど、みんなが年棒で働けるわけじゃない。

最初から「時間こそが大切」な仕事だってあるのだから、そういう仕事では時給が正しいし、突発的な残業に対して報酬が支払われないといけない。


先に保育士の話を出したけど、保育士は「さっさと仕事を終わらせて帰る」などができない職場だ。

そこにいることに価値がある。必要なら、残業してでもいなくてはならない。


こうした職業には時給が適しているだろう。



しかしまぁ、話を進めるために、「目標を達成することに価値がある」仕事を前提としよう。

プログラマーやデザイナー、設計士など、いわゆる「ホワイトカラー」と呼ばれる職業だ。



会社の雇用システムを変える、というのは個人ではなかなかできない話だ。

月給をやめればいいのに、政府は何やってるんだ、大会社は、うちの会社の人事部は何やってるんだ、と怒る人もいるかもしれない。


でも、政府も産業界も、雇用システムを変えるために、とっくに動いている。


もう30年も前、1987年には労働基準法が改正されて、実際の労働時間とは関係なく賃金を支払う「裁量労働制」が導入されている。

ただし、この時点では導入はされたものの、実際には使いにくかった。


その後、1997年に改正されて使いやすくなり、昨年にも改正されて、今年の4月から施行される。



だから、日本でも年棒で働くことは可能だ。

ただし、法律では契約方法までは明記していない。そこは、職種によっても必要な要件が違うだろうし、ケースバイケースだからだ。


そのため、字面だけをみると「残業代をカットしても良い」と書かれているだけの法律に見える。


そこを捉えて、今までと同じように残業は発生するのに、残業代をカットするための法律だ、と、不安をあおる週刊誌などが多い。

労働団体なども、裁量労働の導入に反対していて、会社が導入できないかもしれない。


つまり、法律が作られて状況は整っているけど、社会は変わらない。




そうではない。


労働基準法に定められたのは、これが労働者を救うための策だからだ。

労働基準法は、「労働者を会社から守るための法律」だ。


「裁量労働」というのは、時間に縛られずに、自分で労働方法を決められる、ということを意味している。

自分で効率の良い方法を見つけて時間を短縮しても、「はたらいている時間が短い」ことを理由に、会社が給料を減らすことができないように規定しているのだ。



もし、業務内容も示されずに「裁量労働に移行したい」と会社から持ち掛けられたら、それは警戒したほうがいい。

裁量労働の名のもとに、年棒だけが導入されて、働き方は今までと変わらない可能性が高い。


裁量労働なのだから、先に仕事の内容と報酬を決めた契約書をまとめてほしい、と依頼しよう。

これなら年棒の導入と同時に働き方も変えることができる。それが本来の「裁量労働」の意味だ。


もし拒否されて、裁量労働に移行できなかったとしても大丈夫。

今まで通りの安月給と残業の山が待っているだけだ。

残業代カットされるよりは、残業代が出たほうがいいだろう?


会社がちゃんと考えてくれているなら、仕事内容が確定して、それ以外の仕事は受けなくてよくなる。

残業は激減し、それでも給与は「全く残業しない場合」よりは上がるだろう。




うちの会社も早く導入してくれないかな…と思ったのであれば、会社がやるまで待つのではなく、自分から会社に掛け合う方法だってある。


とりあえず、2~3か月間の作業時間と作業内容の記録を細かくつけてみよう。

そのうち、どれほどが「自分の本来の業務とは関係ない」作業だろうか。


本来の作業だけならどれほどの時間で終わったかを計算し、その場合にもらえた給与の総計よりも、「少し安い」額を提示して会社に掛け合ってみよう。


本来の業務は絶対にこなすから、この年棒で裁量労働にさせてくれ、と頼むのだ。

提示しているのは今までよりも安い額なのだから、会社にとって損な話ではないはずだ。


でも、これは君にとっても損しない話だ。

急に持ち込まれる仕事で心理的にダメージを受けることも無くなるし、早く帰ってゆっくり休める。


おそらくは、それらの効果で今までよりも仕事の能率が上がるので、作業時間に対する給与は、おそらく上がる。



政府は、会社は何をやっているんだ! と怒る話じゃないんだ。

政府も会社も解決策を提示しているのに、それを嫌がっているのは労働団体や、労働者個人。…つまりは、自分たち。


ここで労働団体や他人に怒るのも間違っている。

嫌な人は受け入れないでもいい。そうした多様性を認めるのが成熟した社会だ。


でも、あなたが残業を減らしたいのであれば、自分だけでも裁量労働制を認めさせればいい。

誰かがやれば、それは前例となって後に続く人も出る。




ここで今更なのだけど、実はこの記事は「プログラム学習」の話を書きたくて書き始めたものだ。


諸外国では今、プログラム学習がブームになっている。

でも、日本ではどうも、これがただのバズワードにすぎず、何のためにプログラムを学習するのかよくわからない、という反応が多い。


裁量労働が当然になり、働く時間に関わらず給与がもらえ、たとえ早く作業が終わっても余計な仕事が持ち込まれない、となった時、どうするのが最善手だろう?


もちろん、仕事をできるだけ短時間で終わらせて、さっさと帰ることだ!


コンピューターのパワーを駆使できるのであれば、仕事を高速に終わらせることも可能になるだろう。

みんな、そのためにプログラムを覚えたいんだ。



今、日本でプログラムを学んで仕事の効率を上げたらどうなるだろう?

他人の仕事が持ち込まれて忙しくなるだけだ。

または、残業代がカットされて給与が下がり、生活が苦しくなるだけだ。


これでは、誰もプログラムを覚えようと思わないのが当たり前だ。



僕はプログラムの学習には、「頭をよくする」効果があると思っているので、プログラム学習は推進したい。

でも、残念ながら今の日本では、プログラム学習で得られるものを提示しにくい。


その問題の根っこは、ほかの社会問題の根っことつながっている、と思うんだ。




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