2015年08月10日の日記です


アクアマリンふくしま・締めくくり  2015-08-10 15:13:27  社会科見学 家族

アクアマリンふくしまの話の続きです。


砂浜の横にはビオトープ…虫などが暮らせるように作られた小さな沼があり「河童の里」と名付けられています。

どうも、アクアマリンの人は河童が好きなようだ。


この河童の里を通り、本館1階へと戻ります。

じつは、本館にはまだ展示物がある。


これが、アクアマリンふくしまの展示の締めくくり。


縄文の里を見て、カワウソを守るには多大な努力が必要と学びました。

地球生命の進化の歴史を学び、地域によって異なる、魚の多様性を学びました。


それらを殺して食べる、命の尊さも学びました。

磯遊びも体験しました。


そのうえで、最後の締めくくりは2つありました。


1つは金魚。


金魚は、多種多様なものが、類似した種類ごとに水槽に入れられて展示しています。

本当に美しい。特に説明はありませんが、すべて人間の手によって作り出された種です。


自然界では生きていけないであろう、過度に美しくなった魚たち。

本来生存競争によって進化するはずの魚が、人間の目を楽しませるために、人間によって異常進化した姿です。



そしてもう1つは、シーラカンス。

流石に生態展示は無理ですが、よく出来た模型…ロボットで少し動くものが、水槽に他の魚と一緒に入っています。

一瞬本物かと思うほどリアル。


シーラカンスは、進化せずに何万年も生き抜いてきた魚です。

進化していないからこそ、進化した他の魚に生存競争で負け、ごくわずかな海域でしか見つかっていない。



展示は以上で終わり。


最後の展示について、特に説明はありません。

でも、僕は「なにか」を感じずにはいられなかった。


進化しすぎた金魚は、人間の保護なしには生きられません。

一方、進化しなさ過ぎたシーラカンスは、生存競争に負けて数を減らしながらも、保護なしに何万年も生き残ってきました。


この二つは両極端ながら、簡単に絶滅してしまう儚い命である、という点では同じ。

進化の不思議さ、生命の不思議さを感じます。




生命の発生・進化からはじまり、生命の多様性。

それらを保護しなくてはならないと同時に、殺して食べなくてはならないこと。


絶滅した種は二度取り返せないこと。絶滅させないためには大きな努力が必要であること。


非常に壮大なテーマですが、アクアマリンでの展示を見ていると、素直に納得できます。

頭でわかっていただけだったことが、体験として体に入ってくる感じ。



…とはいえ、「頭ではわかっていた」のが前提。

多くの人が、細かな展示は横目で見るだけでさっさと通り過ぎていたし、それほど深く感じ入ってはいないのではないかな。


感じ入らないといけない、というわけではありません。

サンゴ礁の海の展示なんて、他の水族館とは全然違うのだけど、すごく美しい。それを見て美しいと感じるだけでも来る価値がある。


本気で見ていると、時間がいくらあっても足りません。

だから、横目で見て進む、だって悪いことじゃない。


パンフレットには、所要時間1時間半から3時間、とありました。

でも、我が家は朝10時に入って、閉館時間の5時半までキッチリ滞在したのに、時間が足りなくて見られないところ・体験できないところがあった。



縄文の里は出来たばかりで、見ごろになるのは10年後だと思います。

非常に遠いのだけど、5年たったらまた来てみたい。そんな水族館でした。




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