2016年08月31日の日記です



「人工知能」の生まれた日(1955)  2016-08-31 11:02:56  コンピュータ 今日は何の日

今日は、Artificial Intelligence という語句が生まれた日。

略して AI 。日本語では「人工知能」と訳されます。


Art というと美術とか芸術と訳されることが多いのだけど、原義は「技巧」。

Artificial となると「技術的に作り上げた」という意味になり、「人工」と訳されます。


Intelligence は知能、理解力、思考力、知性など、頭の良さを意味する言葉。


Artificial Intelligence で、「技術によって作り出された知性」の意味で、人工知能と訳されるわけです。




以前にも書いたことがありますが、ジョン・マッカーシーという方がいました。

MIT の教授で、学生に積極的にコンピューターを開放して、ハッカー文化を花開かせた功労者の一人です。



彼が助教授になったのは MIT ではなく、ダートマス大学です。1955年のことでした。

数学の博士号を持っており、知能を数学的に表現する研究をしています。


アメリカの大学は、夏休みが長いです。

また、アメリカの大学は企業と共同で研究を行うことも多いです。


マッカーシーは、1955年の夏休みに、IBM で仕事をしていました。

そして、そこで別の研究者に出会います。


当時ハーバード大学に在籍していた、マービン・ミンスキー

彼は幅広い知識を持つ数学者で、マッカーシは彼と共に「考える機械」の可能性を語り合いました。



そして2人は、このような話し合いがもっと広くできないものかと考えます。

そこで、IBM で同様の研究をしている人を探し当てました。


ナサニエル・ロチェスター。

彼は MIT で Whrlwind I の設計に携わった後、IBM に入社して IBM 701 の主任設計士を務めています。

さらにその後、IBM でパターン認識やニューラルネットワークの研究を行っていました。


そしてもう1人、コンピューターの話をするなら当時この人は外せない、クロード・シャノンとも連絡を取ることに成功します。



夏休みの最後の8月31日。マッカーシーは彼らに、来年の夏に自分の大学に来てほしい、という招待状を送ります。

この招待状の中で、マッカーシーは彼らが興味を持って研究している分野に対して名前を付けています。


その、新しい分野を示す語句が Artificial Intelligence、人工知能でした。




翌年の夏、マッカーシーは約束通りにダートマス大学で会議を行います。

ロックフェラー財団が、この会議を行うための費用 $7,000.- を出資しています。


会議は、10人の研究者が集まり、多様なテーマについて1か月の間熱く語り合うものでした。


事前に挙げられた会議テーマは、コンピューター、自然言語処理、ニューラルネットワーク、計算理論、抽象化と想像力。


自然言語処理は、現在の機械翻訳などの元となっている技術です。

ニューラルネットワークは、ディープラーニングの元となる技術。

計算理論は、コンピューターを動かすための理論。


抽象化と想像力というのは、むしろ人間の問題。

「抽象化」というのは、例えば林檎を見て「りんご」という言葉で認識するような問題です。

そして、リンゴという言葉から、アップルパイのように全く違うものを連想できる。


一体人間はどのようにしてそれを成し遂げているのか?

哲学的な問いですが、人工知能の研究…「人間はどのように考えているのか」を明らかにしようとする研究では、これは一番大切なテーマです。


ここに挙げられたテーマは、扱い易そうなものから扱いにくいものまで、「人工知能」に関係しそうなことであればどんなものでも取り上げる、という姿勢です。

実際の会議の内容はよくわかりませんが、事前に用意されたテーマでなくても、自由な雰囲気で話し合いができたようです。


#言い方は悪いのですが、ずっと雑談しているようなもの。

 「会議」という名前が示すような固いものではなく、とにかく同好の士が一緒に生活しながら、寝ても覚めてもアイディアを語り合う場です。



この会議は大成功だったそうです。

これによって初期の人工知能研究は一気に進展します。




この会議の後、マッカーシーは MIT に移籍します。

その後、マービン・ミンスキーも合流するように MIT にやってきます。


マッカーシーが MIT の学生にコンピューターを開放したり、非常に高価な IBM 7094 を改造してマルチタスクにしてしまったり、マービン・ミンスキーと一緒に獲得した「研究費」である 300万ドルを好き勝手使い始めるのは、その後のこと。


結果的に、人工知能研究を強力に推進したことになるのですけど、日本ではなかなかいなそうなタイプです。




さて、人工知能は近年急速に進歩しています。

人間の命に直接かかわるような判断そのものにも使われ始めている。


今年8月の頭には、人工知能が、多くの医師が見抜けなかった難病を見抜き、治療法まで正しく示したために命が助かった、というニュースが伝えられました。

積極的に命に関与したかったわけではないけど、結果的に人の命を助けた人工知能です。


その一方で、自動車の自動運転技術なども開発されています。

上の話の1か月前…7月頭には、世界で最初の自動運転車による死亡事故が起きています。


こちらも、自動運転とはいえ運転手はハンドルを握らないといけない決まりでした。

にもかかわらず任せっきりにしていたが故の事故。AIに全面的に責任があるわけではありませんが、結果的に人命を失ってしまった。


今後も、自動運転車などでは、AIは責任を負えないので最終判断を人間ができるようにしたほうが良い、という意見と、人間にはミスがあるので究極的にはすべてをAIに任せた方が被害を最小に食い止められる、という意見の両方があります。


そして、同じことは積極的に「人を殺す」ための、戦闘兵器についても議論されています。

すでにイスラエル軍はロボット兵器を実戦配備し始めています。


まだ人間のサポートを必要としますが、最終目的は、自動的に敵を殺せるようにすること。


人を殺す判断を機械に任せてよいのか、という議論もあります。


一方で、機械だからこそ、確実に敵だと判断できるまでは、たとえ危険にさらされても攻撃しない、味方や非戦闘員への誤射を無くせるという期待もあります。


ロボット兵器により、戦争が今よりも「安全になる」という期待です。




ダートマス会議では、想像力のような人間側の問題も話し合われました。

そして、十分に人工知能が進化した今、やはり最後に残された問題は、道徳や倫理といった人間側の問題となっています。


自動運転車が事故を避けられない時、乗員1名の命を守ろうとしたら、3人の人をひき殺さないといけないとします。

でも、わざと壁に突っ込めば3人の命を助けられる。乗員は死亡しますが。


こうした状況をどう判断するか、究極の決断を迫られているのは、まもなく人工知能社会を迎える、我々全員なのです。






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