寝落ち、って言葉。
意味変わったなーと思ったのが2年くらい前だったかな。
寝具の CM だったと思う。「きちんと寝落ちしよ?」ってキャッチコピーになっていた。
そこでの意味合いは、単に「眠りに落ちる」だった。
ちょっと違和感を持ったけど、CM なんていうのは違和感を持ってもらって「記憶に残る」ことが出来れば成功だ。
とやかく言うのは野暮というもの。この時はそのままスルーした。
「昔はそんな意味じゃなかった」なんて言うのは、老害に過ぎない。
言葉は時代と共に意味が変わるものだし、そもそも「寝落ち」なんて言うのは元々正しい日本語ではなく、流行語の一種。すぐに消え去ったり、意味が変わったりする。
先の CM の例はともかくとして、「寝落ち」というと、現代的な意味合いでは、寝てはならないところで寝てしまう、ということかと思う。
場所であれ、タイミングであれ。少なくとも、寝てはならないと思っているのに寝てしまうのが「寝落ち」だ。
で、老害かもと思いながらも今回この話を書いているのは、「最初の意味」ってまだ覚えている人いるのかな? と思ったため。
誰かが記録しておかないと、意味が分からないまま謎の言葉になってしまいそうだ。
寝落ちという言葉が使われていたのは、インターネット以前の「パソコン通信」の時代。
大体、日本では 1980年代末からだけど、必要な機材が安くなってパソコン通信が一般化するのは 1990年代の初頭。
95年くらいになると、同じ機材でそのままインターネットに接続できるようになる。
2000年代初頭くらいまでは、パソコン通信とインターネットは「似て非なるもの」として共存していた。
大事なのは、パソコン通信というのは「電話回線」で行われたことだ。
今のように常時接続などではない。使おうと思った時に、パソコンから電話回線につなげる機械(モデム)を使って、電話をかける。相手につながるとパソコン通信が開始できる。
電話なので、データは音としてやり取りされる。デジタルデータをアナログの音に変換して通信するのだが、そもそも電話回線というのは結構音が歪むので、余り高速な通信はできなかった。
それはともかく、パソコン通信にはチャットというサービスがあった。
あった、と書くのも語弊がある。
インターネットは均一にサービスが行われているが、パソコン通信というのは「類似サービス」が星の数ほどあり、そのすべてにチャットがついていたわけではないからだ。
特に、パソコン通信には、個人が運営する「草の根」と呼ばれる小さなサービスが多数あった。そのためのソフトも市販されていたし、フリーウェアや、自作する人もいた。
チャットを行うには複数人が同時に接続する必要があり、そのためには運営者は複数の電話回線を契約しないといけない。
だから、ソフトにチャット機能があったとしても、実際にはチャットが「ない」場合もある。
だから「あった」と気軽に言えないわけだが、まぁ概念として存在していたし、使っていた人も多いのでここでは「あった」ということで話を進める。
当時の電話料金は、市内 3分 10円。あまり人が使わない深夜になると、料金が安くなった。
だから、料金が安い深夜を狙って使う人も多かった。
有料の大手パソコン通信サービスは、日本全国の大きな市に「アクセスポイント」を持っていたので、市内料金で接続できる人は多かった。
でも、有料だから、電話料金に加えて接続料がかかる。
草の根の場合は、大抵は電話料金だけでよいが、アクセスポイントが身近になければ、電話が「長距離料金」となってしまい、1分 10円とか、値段が上がる。
その環境でチャットをやる。チャット接続中はずっと電話料金がかかる。
気にしない人はチャット中に「買い物行ってくる」なんて言って、15分くらい帰ってこない。何もしてないのに 50円かかっている。
なんでそんな無駄なことをするかというと、これも電話回線が少ないためだ。
人気のある草の根パソコン通信サービスなどでは、みんなが接続したくて電話が「話し中」になっている。争奪戦なのだ。
チャット中に盛り上がっているのに、ちょっと出かけるからといったん終了してしまうと、また戻ってこられる保証がない。だから、50円くらい無駄にしても接続したままにするのだ。
でも、さすがに30分も何もしないで放置すると、自動的に切断される機能がついていることが多かった。
これは、「うっかり接続しっぱなしにしている」ユーザーのためでもあるが、それ以上に「早く接続したい他の人」のためでもある。
電話回線を増やせば多くの人が接続できるが、それは草の根パソコン通信には難しい相談だった。
先に書いたが、個人で複数の電話回線を契約するわけだが、1本の契約で権利料が 72,000円かかる。それに加えて月額基本料金もかかる。
それだけ投資をしているものを「何もしない」人に占有されてはかなわない。
だから、30分も何もしないユーザーに対しては、サーバ側から電話を切るのだ。
ところで、パソコン通信に接続することは「ログイン」、または「ログオン」と言った。
接続を切るのは「ログアウト」だ。
でも、正しくログアウトしないで、電話回線の不調などで接続が切れてしまうことがある。
これはスラングで「落ちる」と言った。
今でもサーバーに「アップロード」なんて言葉があるが、サーバーは概念的に上にある物だ。
予期せずにそこから放りだされた、というのは「落ちた」という考え方だ。
先に書いた、「30分何もしない」ことによる自動ログアウトは、意図しない接続断ではない。
でも、これもユーザーから見たら「自分がログアウト操作したわけではない」ので、落ちた、と呼ばれた。
以上の話を組み合わせて、「寝落ち」という言葉ができる。
チャットをしている最中に、反応が悪い人がいる。
もしかして眠い? と聞くと、眠い、と答える。
先に書いたが、電話料金が安い深夜に使っている人が多い、ということに留意。
そして、その後しばらく反応がない。
そのまま他の人たちがチャットを続けていたら、30分も経って「〇〇さんが退室しました」とか表示される。
眠ったまま30分何もしなかったから、サーバーから自動ログアウトしたのだ。
寝たことによって落ちた。寝落ち、という言葉はここから来ている。
なお、30分も待たずに、静かになってしばらくたったところで「〇〇さん寝落ち?」「布団行けよー」みたいに皆が心配する、というのもよく見られたパターン。
今はインターネット専用線があり、常時接続、というのが普通になっている。
もしくは、携帯電話の電波などは従量制だ。常時接続に近いが、通信を行うとその通信量で課金される。
これも、一定の通信量までは定額、というのが普通だけど。
必要な時だけ電話を使って接続する、というのがもう古い話だ。
その古い時代、電話回線は常時接続ではなかったからこそ、「寝落ち」という現象が生じていた。
まぁ、時代が変わったのだから、すでに元の意味にこだわる必要はない。
言葉の意味がずれて行っても、全然かまわないと思う。
しかし、先に書いたように「元はこんな意味でした」を残すことには意味があると思う。
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