2015年04月03日の日記です

目次

04-03 ベーマガの影響
04-03 ゲーム業界に進んだ理由
04-03 横スクロールゲームに右向きが多い理由


ベーマガの影響  2015-04-03 11:18:29  コンピュータ 業界記

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ぎーちさんからの質問…と明示されたわけではなかったと思うけど、「ベーマガの影響」の話になりました。

ベーマガって、プログラム投稿以外にもたくさんコーナーありましたから。


僕が真っ先に「好きだった」と挙げたコーナーは、「ゲーム・プログラミング講座」。


ゼビウスを作った遠藤雅伸さんって、当時は憧れの人だった。

その遠藤さんと、仲間の方々がゲーム作成の質問に答えてくれるという夢のような(?)コーナー。


プログラム上の疑問・相談だけでなく、ドット絵の描き方、音楽の作り方、ゲームシステムの考え方、ゲームクリエイターになる方法…などなど、幅広い質問に答えていました。


中学生の頃は、まだ無邪気に「将来はゲームを作る仕事をしたい」と思っていました。

ゲームクリエイターの人たちというのは殿上人。その言葉は素直にすごいものに感じたのです。




Beep! でも、ゲームクリエイター多数にアンケート取った特集とかありました。それも熟読した。


遠藤さんたちも、Beep! のアンケートに答えた人も、似たようなことを言っている。

ということは、ゲームクリエイターになりたければ、これは本当に重要なのだろう。


それは、「今すぐテレビゲームなんてやめて外へ行け!」ってこと。


これが意味がわからなかった。

テレビゲーム作りたい、と思っているのに、テレビゲームやっちゃいけないの?



もう一つ、「素人のうちは、プロには作れないゲームを作れ!」とも言っている。

これも判らなかった。

プロって、なんでも作れる技術を持っているからプロなんじゃないの?



これらの言葉は、ずっと心のどこかに引っかかっていました。




自分がゲームを作る立場を経験して、この言葉の真意がわかりました。


テレビゲームって、人を楽しませるものです。

じゃぁ、「楽しいこと」自体をたくさん知っていないといけない。


テレビゲームばっかやっていても、所詮は「ゲームの中」の小さな経験でしかない。

もっと多くの「楽しいこと」を知っていないと、人を楽しませることなんてできない。


テレビゲームが大好きで、テレビゲームばかりやってきて、テレビゲームを作る立場になったら全然いいものが作れない、という人を、実際何人も見てきました。

楽しいことの経験が少ないのだと思います。


幸い僕は友達に恵まれ、旅行もしたし、酒飲みながら語り合ったこともある。

そんな経験でも「楽しい」ことを少しでも多く経験しておくことは、ゲームを作るうえで非常に大切です。



もう一つの「素人のうちはプロには作れないものを」というのは、前回もちょっと書いたね。

プロになると、商売だから「売れるゲーム」を作らないといけない。


遊ぶ立場では、面白いゲームが良いゲームだと思っていました。

でも、プロにとって、それは良いゲームではないんです。


あと、プロになると操作方法に制約が出る、というのもあります。

家庭用なら、家庭用のゲームパッドの中で考えないといけない。


業務用はもっと制約が厳しくて、1レバー3ボタン、というのが基本でした。

業務用だからこそ、変な入力デバイスでも使えそうに思いますが、そういうものは高くつくし、交換が面倒なのでゲームセンターが買ってくれない。




ところで、僕は大学時代に「マイクが1本おいてあるだけ」というアクションゲームを作ったことがあります。

変なゲームを作ろうと心がけていた頃のもの。


いろいろ狙いがあって、ゲームのあり方に対して自分なりに問うてみた意欲作なのよ。

でもまぁ、七面倒くさい理論はどうでもいい。このゲームに触れた人の反応が予想外で、僕には印象に残っている。


ゲームを遊ばない人ほど、このゲームを見て戸惑うのね。

ゲームって、ファミコンみたいにパッドでやるものだと思てる人にとっては、マイクが置いてある、というシチュエーションからおかしいのです。


でも、説明は書いてあるから遊んでみる。

自分が声を出さないとゲームが遊べない、でも声を出すというのは案外恥ずかしい。


ここで、みんな変な状況に笑い始める。

最初は照れ笑いなのだけど、笑っているうちに自分でも楽しくなってきて、遊んだ後も嬉しそうに帰っていく。



ちなみに、ゲーム慣れしている人はすぐにルールに慣れて、冷静に黙々と遊びます。

笑顔にはならないけど、ハイスコアは叩きだす。



ゲーム業界に入ってから気づいたけど、これが「プロには作れないゲーム」でした。


プロのゲームを真似するのであれば、どうすれば面白いかもだいたいわかる。

すでにあるものを真似していけばそこそこのものが出来上がる。


でも、そうではない、物まねではないものを作ると、すべてを自分で決めなくてはなりません。

「声で操作する」ゲームを、どうすればより面白くできるのか、どうゲームバランスを設定すれば楽しいのか。



マイク一本だから、スタートボタンもない。ハイスコア出してネームエントリーしようにも、文字を選ぶ方法がない。

変なデバイスを採用したら、当たり前に思っていたことが何もできないんです。

ゲームスタートの方法、ハイスコア時のネームエントリーの方法まで考える必要がありました。



物まねではないゲームを作ると、真似をするよりもずっと深い部分まで考える必要があります。

その苦労は、確実に「面白いゲームを作るための方法論」として身に付きました。


そういう経験を積んでおけ、というのがプロからのアドバイスだったのですね。



ところで、セガに「デカリス」(2009)ってゲームがあったのですが、あれを作ったのは同期の企画者。


僕が会社辞めた後なので、裏話とか知らない。実は、僕はこのゲームを見てすらいない。

あまり売れなかった上に、すぐに市場から消えてしまったからね。


ぎーちさんにも話したし、裏話を最初から知らないので、20年たってないけど書いてしまいましょう。



彼は、プロは作ってはならない、「変な入力方法」にこだわってました。

新人の頃から、変な入力のゲームの企画を、何度も出しては没になっていたのを知っています。


どうも、狙いは僕が作った「マイク入力ゲーム」と同じだったみたい。


変な状況に置いてやると、それだけで人は楽しくなってくることがある。

ゲームって「楽しむ」ことが目的だから、楽しくなれるのであればそれは成功。



で、何度も没を喰らって、できたのが「デカリス」。


すごくでかいレバーで、すごくでかい画面で、すごくでかいブロックのテトリスを遊ぶゲーム。

とことんバカバカしいアイディアです。遊びながら、バカバカしさに笑ってほしかった。


…でも、評価は低い。意図が理解されなかったのね。

僕のゲームと同じで、ゲーム慣れしている人は冷静に遊ぶ。おかしな状況で楽しくならない。


本当は、ゲーム慣れしている人が少ない、遊園地とかに置ければよかったのでしょうね。

でも、ゲームだからゲームセンターに置かれました。そして、ゲームセンターはゲーム慣れした人ばかりです。


彼の意図は理解されず、このゲームの評価は低いまま。

プロが作ってはならないゲームをプロが作るとどうなるか…という残念な例です。


#届けたい人に届かなかったというだけで、それを作り上げた彼の情熱を、僕は高く評価しています。



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ゲーム業界に進んだ理由  2015-04-03 11:35:55  業界記

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ぎーちさんからの質問。

これは、ベーマガの話ではないのだけど、僕はセガでゲームを作っていたので「いつゲーム会社に入ろうと思ったのか」。



先ほど、中学の時はゲーム業界に憧れていた、と書きました。

でも、これはある種の中二病。ゲームが面白くて、「ぼくのかんがえたさいきょうのげーむ」を作っていて、将来ゲーム作る仕事するんだ、と思ってただけ。


高校生になったら、ゲーム作っていても食ってけないんじゃないだろうか、ゲーム業界って結構狭くて入れないんじゃないだろうか、と思い始めます。

だからこそ、浮ついてないで、ちゃんと技術を身に付けようと思った。


大学でも情報科学科に行って、学問としてのコンピューターを学びつつ、自分でいろんなプログラムを作って実技を身に付けようとします。


でも、大学1年の学祭で発表したゲームを、みんなが面白いと遊んでくれた。

そのゲームを武尊(ソフトの自動販売機)で売ることになって、200人以上の人が買ってくれた。


これが、すごくうれしかったんです。

あぁ、やっぱゲーム作りたいな、って思った。


#この数か月後に祝一平氏に会って、将来プログラマになるのであればCを覚えるように、と言われました。

 その時、「ゲーム作る仕事?」とも聞かれたけど、その時にはまだ迷いがあって即答できなかったと思う。



大学3年の時には、先に書いた「マイクを使ったゲーム」を作ります。

このゲームを遊んだ人が、みんな嬉しそうに笑って帰っていくのです。


ベーマガ投稿の動機の話で書いたけど、僕にとっては、ゲームは「遊んでもらえることがうれしい」ものでした。

遊んでもらえただけでなく、それでみんなが笑顔になる。やっぱりゲームを作る仕事がしたい、と思ったのはこの頃からだと思います。




ところで、僕が大学の頃は、まだ「就職協定」というのがあったのね。

4年生の10月になるまで、企業は就職活動(リクルート活動)を初めてはならない。


ただ、この協定が形骸化していて…。

10月までは「興味を持つ学生に現場を見学させたり、現場の人があってみたり」するだけなのね。

で、10月1日に会社に呼ばれて、いきなり内定する。


会社としては、この内定を出すことが「リクルート活動」であり、それ以前は学生が会社に興味を持っているのを案内しただけ、という形式です。言い訳っぽいけど、協定違反ではない。


ただ、やっぱ会社側にも「協定を半ば破っている」という罪の意識はあるのか、会社が本格的に動き始めるのは4月から、というのが暗黙のルールでした。

学生が資料請求とかするのは、1月ごろからだし、会社も資料を送るのだけど、会社説明会、試験、面接などは4月スタート。




当時の僕は、ナムコのゲームが大好きでした。


80年代ナムコの黄金期って、すごかったのよ。同じアイディアのゲームは出さなかった。

作るゲーム作るゲーム、みんな「見たこともないような」ゲームで、しかも完成度が高い。


だからあえて、ナムコは希望先から外しました。


ゲーム会社でしばらく修行したら、独立したかった。ナムコの遠藤さんがそうしたように。

でも、ナムコ大好きだから、きっとナムコに入ったら独立する気なんておきなくなる。


それで、第1志望をセガとしました。

セガも十分に面白いゲームを作っていたし、何よりも大会社だった。

中小企業だと、独立するときに後ろめたさが残りそうで、大きいほうがよかった。



他に、2社ほど受けました。両方、そこそこ大きい会社。


ちなみに、当時もすでに就職難は始まっていた。

今ほどひどくなかったけど、3社しか受けないと言ったら、周囲から心配されました。



1社は、3月から説明会を始めた。暗黙の了解とはいえ、協定を破るような会社は順法精神が無いのではないか、と考えてキャンセル。


もう1社は、関東の会社だと思っていたら本社が大阪だった。

交通費出すから本社に面接に来て、と言われ、大阪まで行って、せっかくなのでたこ焼きとうどん食べて帰ってきました。

ここは、たしか6月くらいに内々定(10月には内定出すよ、という通知)貰ったのだけど…


肝心のセガがこの時点で全然試験を始めやがらねぇ。迷いながら内々定蹴りました。


#内々定を受諾すると、その後いろんな名目で企業に振り回されます。

 これにより、他の企業への就職活動は事実上出来なくなります。

 だから、他に希望があるなら蹴るしかないのです。



そして、セガは7月に入ってからやっと試験開始。

就職協定、という意味では、10月近くになってから動き始めているのですから遵守している方です。


でも、他社を蹴った僕としては背水の陣。

7月すぎてから新しい会社探す余裕はないしね。



で、たしか試験を1度、1~2週間後に面接も1度だけやって、翌日「内々定です」と電話が来たと思います。

すごくほっとした。


本当にダメだったら、過去にバイトした中小企業に行けば入れてくれるだろう、とは思っていたのだけどね。

(3社しか受けてないのも、意にそぐわない会社に行くくらいなら、気心の知れた中小企業に入ろうと思ったためです)




この後、大学祭がありました。(大学祭は毎年10月でした)

3年の時に出した「マイクを使ったゲーム」が楽しかったという小学生から、「あのゲーム、今年はできないの?」と聞かれました。


1度見ただけのゲームを、1年間覚えてくれていた。

すごくうれしかった覚えがあります。


…ぎーちさんには、「彼の言葉がゲーム業界に行く最後の決め手だった」と答えたのだけど、時系列を整理し直してみたら違いました。

彼の言葉は、セガの内定貰った後だわ。


でも、その後ずっと励みになりつづけたのは本当。

「心に残るゲーム」を作りたいと思う時、いつも彼の言葉を思い出すのです。


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横スクロールゲームに右向きが多い理由  2015-04-03 16:01:03  コンピュータ

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なんかしらんけど、ツイッターで「なぜテレビゲームは左から右に向かって進むか」を論じている人たちがいた。


えーと、別にすごい話題になっていたとかじゃなくて、僕の見てる人たちが話していただけです。

それも、2005年に書かれたブログ記事を見て疑問が出ていただけ。


同様の議論を書いているブログは、2008年にもあった

これも、ツイッターで議論している人が提示していたのだけど。


恐らく、先のブログの影響を受けて後のブログが書かれたのだと思う。

議論の流れが似ているから。


ただ、先のブログは「右上位・左上位」という文化論を論じているのだけど、後のブログはそのなかでゲームだけが特異に見えることを取り上げた内容になっている。


で、疑問が出てくるわけだ。

なんで、ゲームだけが特殊なのか?




ゲームを論じたほうのブログ記事は、それなりに面白い考察もしていて、否定する気はない。

ただ、面白かったからこそ、自分でも考えを書いてみたくなった。



その前に、否定しないと言いつつそれは違うんじゃないかな、という指摘だけしとくね。


スカイキッドとスパルタンX(海外ではKung-Fu Master)を、「異色のゲーム」として挙げていることに対して。


この二つ、右から左向きにスクロールするんだよね。

ただし、スパルタンXは、1面ごとに方向が交互に変わる。



当時、そもそもスクロールするゲームがまだ珍しかったようにも思う。

スクロールするゲームはそれなりにあるのだけど、「右だから変」という感覚はあまりなかった。


当時、ベーマガで「ジョイスティックは右か左か論争」があったのを覚えている人もいるかもしれない。

同様に、「横スクロールの向きは右か左か」もあったように思う。


論争が起こるくらいだから、「こちらが普通」というのは特になかったのだ。


#そもそも、横スクロール議論の発端がスカイキッドだったようにも思うけど。



あと、スパルタンXは宮本茂作品ではない。アイレムの業務用の移植だから、スーパーマリオと方向が違う、というのはあまり問題にならない。




当時は右でも左でもよかった、として、じゃぁなんで右向きに進むゲームだけが残ったのか、の方が大切に思う。


で、直感として「スーパーマリオがそうだったからじゃない?」と思ったんだ。

あのゲーム、なんせ世界一売れたゲームだったから影響力は馬鹿にならなくて、それ以降のゲームのスタイルを統一してしまった感がある。


じゃぁ、なぜスーパーマリオは右に進んだのか。


ファミコンのスプライトは左端でおかしくなるから、もしかしたらその影響では?



ファミコンのスプライトは 8x8 のサイズなのだけど、この「左上」のドットの座標を指定して表示するのね。

座標は 8bit で、0~255 。


255 を指定すると、右端に1ドット分だけ表示される。254なら2ドット分。

つまり、右端は「少しずつ登場」ができる。


でも、左端は 0 を表示すると8ドット全部が表示されて、-1 にはできない。

(-1 は、255 になってしまう)


つまり、左端では「急に現れる」「急に消える」しかできない。


#注:ブラウン管は、通常は走査線を左上からスタートさせ表示を行う。

 これにあわせ、コンピューターでも左上を 0 として、横座標は右に行くほど増加、縦座標は下に行くほど増加する。


ただし、当時のブラウン管では、もともと「左端」は見えないことが多かった。

テレビにもよるけど、周辺 16dot は見えないものとして扱うのが普通だった。


でも、見えないものとする、というのと、実際見える、というのは別物。

テレビによっては見えないが、テレビによっては見えてしまう。


出来ることなら左端は見てほしくなかったのではないかな。


だから、プレイヤーの視線が出来るだけ右側に集中する様にすればいい。

そうすると、右に進んだ方がよいことになる。



スーパーマリオ以前にもエキサイトバイクとかで右向きスクロール使ってますね。




…ってツイッターで書いたら「グラディウスはファミコンじゃないから関係ないのではないか」と言われた。


うん、僕の趣旨は「スーパーマリオ以降統一されたのではないか」であって、それ以前に右向きが無いと言っているわけではないからね。


ただ、思い立って調べてみた。


グラディウスは、スクランブル(1981)が元になっていることがわかっている。

スクランブルは古い基板なので、ファミコンスプライトと同じような欠点があった可能性がある。


…Youtube で公開されていたエミュレータ動画を見ただけだが、スプライトは左端で、急に消失していた。

右側では徐々に登場する。


こちらも、スプライト座標にマイナスは指定できなかったようだ。

やはり、左端には注視されたくなかったのではないかと思う。



MSX や SG-1000 で使っているTMS9918 では、スプライトを左端でも滑らかに表示できます。

 「表示座標を 32dot 左側にずらす」という指定が可能で、0~255 の座標指定と組み合わせると、-32~255 の範囲にスプライトを置けたため。

 ただ、やっぱ左端だけ特殊になっちゃうので、面倒くさい。


#X68k を調べたら、スプライト座標にマイナス指定ができたみたい? もう忘れた…

 技術書によれば、座標指定は 0~511 の 9bit なのに、座標レジスタは 10bit ありました。

 多分、グラディウスの頃には業務用基板でもマイナス指定したりできて使いやすくなっていたのだと思う。




そんなわけで、文化的な右上位・左上位なんて関係なく、「技術的な都合では?」説。


ファミコンでは右向きにスクロールするほうが作りやすかった。

というか、アラが目立たなかった。


それで右向きが多くなって、それがゲーム全体で「常識」になっていく。

業務用でもそちらが中心になり、格闘ゲームなどでも1Pは右向きになる。




…ただ、この説、弱み一杯あるね。

自分で提唱しておいてなんだけど。


スクロールしないドンキーコングでも、マリオは最初左端に、右向きで現れる。


インベーダーゲームでも、砲台は左端から出現する。



…スクロールする以前から、左から出現し、右に向かうのが普通だったのではないか、という説。


こちらの理由は何かと尋ねられれば、初期位置だから座標が 0 に近いほうを選んだんじゃないかとか、右向きに進むと座標が増加するから、気分的にそうしたいのではないかとか、技術的な言い訳は思いつく。




ただ、これにもさらに反論を出して置けば、マッピーなんかは右端から始まるけど違和感はない。

さらに言うなら、あれもスクロールゲームだ。左右自由にスクロールするけど、最初は右から左向き。


やっぱり、ある程度昔のゲームになると、どっち向き、というのはそれほど決まっていないように思う。


#右向きが多かったかな、とは思うけど、スーパーマリオ以前は決定的ではなかったという感じかな。





この話、後日続きを書きました



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【雷更新世】 ファミコンのスプライトが左端でおかしくなる件ですが、一応左8pxを隠す(黒になる)設定はありますね。面倒なことはしないに越したことはないですが。 (2016-09-04 03:46:23)

【azip77】 その流れで、スーパーマリオも画面左下部分に置かれ、スクロール方向も右向きになったのではなかろうか (2015-04-06 23:25:37)

【azip77】 ドンキーコングの1面は画面左下にマリオがいる。これが前提となり、画面の左下にキャラが居ることで統一すると都合がいい。(場面が変わってもどこに自分がいるのか無意識にすぐ把握できるのが相応しい) (2015-04-06 23:23:15)

【azip77】 じゃぁ、なぜスーパーマリオは右に進んだのか。 (2015-04-06 23:18:42)


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