うろ覚えだけど、時々「オリベッティ社の未来予測」を思い出すんだ。
コンピューター雑誌の記事で読んだのだったと思う。すでにソースは無くて記憶に残るのみ。
なので、以下に書くことは間違えているかもしれない、とあらかじめ断っておく。
オリベッティはイタリアの事務機器メーカー。
タイプライターで一時代を築いたが、コンピューターでも独特の製品を作っていた。
イタリアらしく、デザインにこだわっていたんだ。
1990年ごろ、オリベッティは革張りのノートパソコンとか作ってた。
この頃はまだ液晶が高価だし、バッテリーも今ほど高性能なものがない。ノートパソコンは非常に高価なものだった。
そして、オリベッティは、どうせ高価ならデザインにも金を使って、高級感あふれるものを作っていたのだ。
全然売れなくて、1999年にパソコン事業から撤退するのだけど。
さて、1988 年、アップルは「ナレッジナビゲーター」を発表する。
当時の社長、ジョン・スカリーはジョブズをアップルから追放した。
しかし、ジョブズは「何を作るべきか」に関しては、強いリーダーシップを持っていた。
それが自分勝手すぎて他の社員から苦情が絶えないから追放したのだけど。
ともかく、ジョブズがいないアップルで、会社が迷走するのを避けるために、強力な方向性を示す必要があったんだ。
しかし、スカリーはコンピューターには詳しくなかった。なにか「すごそうなもの」をでっちあげる必要があった。
それが「ナレッジナビゲーター」だった。
これは製品ではなく、未来予測ビデオだ。近い将来に、今とは全く違う形のコンピューターが登場して、生活が大きく変わる、という SF を短い時間にまとめたものだ。
コンピューターはこうなるべきだ、と示して、開発の方向づけをするためのビデオだった。
しかし、荒唐無稽だった。そこで描かれるコンピューター像は当時の技術ではとても作れないものだった。
音声認識もまだ十分できていない時期、パソコン通信もまだやっている人が少ない時期に、自然言語で会話して、ネットワークで必要な通信を行って、個人の為にあらゆる仕事を行ってくれる「秘書」をコンピューター上で実現する、という内容だったのだ。
アップルは、この後数年間、この「とても作れない」物を作ろうとして金を浪費し、プロジェクトから撤退する。
AI が急発達した今でも、まだ作るのは難しい。
Siri とか Alexa とか、一時期注目を浴びたけど、それを使うのは当たり前にはなっていない。
まぁ、アップルの話は今回は余談なのだが、オリベッティもこのビデオの影響で「真似をした」。
オリベッティ社の考える、近い将来のコンピューター像を示すビデオを作ったのだ。
たしか、1990年ごろだったと思う。
僕が読んだ記事では、この内容が酷い、と笑い話のような扱いで紹介していた。
描かれた「未来のコンピューター」は複数あったはずだが、2つしか覚えていない。
▼ミラーPC
洗面所の鏡にコンピューターが埋め込んである。
音声認識で動作し、顔色から健康チェックをしてくれたり、化粧や服選びのアドバイスをしてくれる。
(ハーフミラーになっていて、自分の顔に他の画像を重ね合わしたりして提案を行う)
▼ポストイットPC
超小型 PC 。値段も安くなり、他の人にあげてしまっても構わない程度に安価。
出来ることは少なく、ディスプレイに文字を表示し、他の人の机に貼り付けてきたりする程度。
ただし、「剥がされた」時には、置いてきた人の所に通知を出すので、メッセージが読まれたことが分かる。
僕はこれを読んで、笑い話にするのはどうだろう、と思ったのだ。
ナレッジナビゲーターは、とても実現の方法が思いつかないようなものだったが、オリベッティの未来予測は技術的に可能だった。
「近い将来」には十分作れて、実際に普及するかもしれないと思えたのだ。
当時のコンピューターは高価で、好きな人なら「家に1台」持っているが、持たない家庭だって多かった。
1台しかないから、目的をもって使う。その時やりたいソフトを読み込ませて利用する、という感じだ。
しかし、技術が進めばもっと安くなる、もっと普及する、というのは誰もが言っていた。
安くなれば、特定機能の PC が大量に作られ、そこら中に埋め込まれるということはあるのではないか。
それこそ、鏡に埋め込まれ、洗面所にいる時しか使わない PC があったってかまわない。
ポストイットのように単機能の PC があったってかまわない。
これが笑い話にされていたのは、この当時の多くの人の意識の中では、「PC」が高価なものだったからだ。
高価だから、多目的に使わないと「もったいない」。ソフトを入れ替えながら使うのが「あたりまえ」だった。
なのに、ミラー PC にも、ポストイット PC にも、ソフトという概念がない。最初から単機能で、それ以外のことに使うことを考えていないのだ。
PC は劇的に安価になる、という前提で作られた未来予測だが、その未来予測を見る側には、「もったいない」という気持ちが残ったままなのだ。
これが、そんな未来は来ない、と笑われた原因だ。
でも、僕は「コンピューターの使い方が、時代の流れで劇的に変わる」ことをすでに経験していた。
僕がコンピューターに興味を持ち…学研の「FXマイコン」やファミリーベーシック、MSX や X68000 を使うに至るまで、PC というのは僕にとって「プログラムする機械」だった。
もちろん、出来合いのプログラムを買ってきて使う、ということもしている。ゲームとか遊んだしね。
しかし、当時のコンピューターの仕様用途には、少なからず「プログラムの自作」があったんだ。コンピューターを買えば、BASIC 等の言語が付属しているのが当然だった。
これが、僕が大学に入学して…これも 1990 年の事なのだけど、大学のパソコンルームで Macintosh を見て衝撃を受けた。
このコンピューターは、プログラムを作ることを想定していないのだ。もちろん、言語セットを購入して作ることはできるのだが、それよりは「ソフトウェアプレイヤー」として設計されている。
そうか、コンピューターが普及する世の中では、プログラムは自分では作らないのか…というのが衝撃だった。
その頃に、オリベッティの未来予測を伝える記事を読んだのだ。
プログラムを作る必要がなくなるばかりでなく、どんなプログラムを使う、と選ぶ必要すらなくなる。
PC が安くなり、大量にあるのだから、単機能に特化した PC があったってかまわないのだ。
当時は「ワープロ」という機械がまだあったが、これだって専用ソフトウェアが最初から入っていて、それ以外のことはできない PC だ。
オリベッティ社の未来予測は笑い話にされているが、こうした時代はいつか来るだろう、と僕には思えた。
さて、最近になって特に思うのだ。
車のバックミラーに、ナビゲーションの機能を付けたような製品あるよね。これ、ミラー PC ではないのか。
洗面所ではないが、オリベッティが言いたかったのは洗面所にコンピューターを置け、ということではなく、「鏡をディスプレイと融合させる」ということなのだ。
また、スーパーに行くと値札が電子ペーパーになっている。
これ、ポストイット PC ではないのか。
ちゃんと通信機能は付いていて、POS 側で値段変更とかすると、棚の値札も値段を変えられるようになっているのだ。
「それなりの」機能を持つ PC… CPU に RAM とフラッシュメモリを内蔵し、電源さえつなげば 1chip で動作するようなものが、安ければ 300円以下で入手できるようになっている。
そんな安い CPU で Linux を動作させた、なんて記事も見かける。
先に書いたが、アップルが予測した「ナレッジナビゲーター」はまだ実現していない。
当時はナレッジナビゲーターを「良い未来予測」ともてはやし、オリベッティ社の予測は笑う人が多かった。
しかし、本当に未来を予測できていたのは、オリベッティ社の方だったように思う。
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