目次
2026-05-31 コーヒー
2026-05-30 夜光虫
2026-05-16 展示会
2026-05-06 G.W. 横浜編 (2/2)
2026-05-06 G.W. 横浜編 (1/2)
2026-05-03 G.W. 東京編 (4/4)
2026-05-03 G.W. 東京編 (3/4)
今月の日記
我が家に鉢植えのコーヒーノキがある。
5年くらい前から、少しづつ実をつける。とはいえ、小さな鉢植え一本だし、最初は数個の実だった。
果実の部分、「コーヒーチェリー」はなかなか日本では出回らないので、食して楽しんでいたが、1粒食べたくらいでそれほど旨いものでもない。
一昨年は沢山実をつけたので、収穫して取っておいた。とはいえ、15個程度だったと思う。
焙煎してコーヒーにできないかな…とおもいつつ、やり方がわからず放置。
昨年もまた実をつけたので収穫し、一昨年のものとあわせて「小皿に薄く一杯」程度になった。
30個ちょっとかな。
コーヒーは、周囲の果肉は捨てて、中にある種の部分(いわゆる「豆」)を焙煎して使う。
果肉を取り外すには、水につけて自然発酵させてから、強力な水圧で洗い流す方法と、乾燥させてから脱穀する方法があるらしい。
自然発酵させて強力な水圧で…は、家庭ではちょっとできない。
そして、乾燥する方法は砂漠などで行われるらしく、日本の気候ではそこまで乾燥しない。
どうしたものか…と思っていたら、「乾燥させてから、果肉ごと焙煎」というやり方がある、と知った。
なるほど、その方法ならできるかもしれない…と思ったのだが、詳しい方法がわからない。
なんとなく、コーヒーの実は保存されたまま放置になっていた。
今日、思い切ってやってみることにした。
改めて果肉ごと焙煎する方法を調べる。
以前調べたとき…2年前は、Google は AI のまとめ結果は表示していなかった。
今は AI が主要な WEB ページで調べた内容をまとめてくれるのだが、「果肉ごと焙煎するような方法はありません」と言われた。
AI に知識を聞いちゃだめね。平気で嘘をつく。
(単純作業をやらせると、使い方次第で役に立つ。AI は道具なので、うまく使うことが重要)
WEB ページ探したら、やっぱりそのやり方はあった。
しかし、相変わらず詳しい方法はわからない。
仕方ない、自己流で行こう。
果実丸ごと乾燥しているコーヒーの実を、小さなフライパンで弱火で煎る。
どれくらいやっていいのかわからない。しばらくやっていたが、全体に黒くなってきたのでこれくらいでいいかな、と終わりにした。
続いて、これをミルに入れて挽く。
…あたりまえだが、コーヒー豆より大きく、ミルを回転させても歯の隙間に入って行かない。挽けない。
改めて取り出し、ゴマをするための小さなすり鉢で潰す。
煎られてよく乾燥しているので、簡単に砕ける。こうやって脱穀できるかも、と思ったが、豆の中まで火が通っていて、豆も砕ける。
果肉があるから豆に火が通りにくいのではないか、と考えて長時間炒っていたのだが、中央まで焦げているようだ。
ちょっと深煎りにしすぎ。
すり鉢では荒く砕けただけなので、改めてミルで挽く。
さて、当然だが「不純物の多い」粉となった。豆だけでなく、果肉も入っているからね。チャフどころの話じゃない。
深煎りしすぎたと思っていたのだが、白っぽい部分もある。
火の通り方にムラがあるな。下手な焙煎だ。初めてだから当然だ。
ドリッパーに入れるが、豆の量が少ないので、1杯分くらいしかない。少なめのお湯で抽れて、みんなで少しづつ飲もう。
…ところが、お湯を注いだら色が濃い。これは、ほぼ消し炭になっていて炭の粉が出たか。
強烈に苦いかもしれない、と思い、少しお湯を多めに入れる。
この時点での予想。焦げた匂いで強烈に苦く、コーヒーとしての味は薄いお湯。
飲んでみると、意外なことにコーヒーだった。
ちょっと酸味のある、フルーティーな香りのするコーヒー。
そして、焦げ臭さも少し混ざる。焙煎が下手。
この時は「貴重な味が、しっかり分かるように」わざと濃い目に入れていた。
妻は薄めのコーヒーが好きなのだが、ちょっと濃かったようだ。ザラメを入れて飲み、甘くしたら美味しい、と言っていた。
雑味が多い、とも言っていたが、果実ごと入れているからね。
じつはコーヒーノキは我が家に2本あったが、冬越しの際に1本枯れてしまった。
なので、今後は去年ほど豆が収穫できない。
1杯分のコーヒーを淹れるのに2年かかったのだけど、次淹れるのはいつになるかな…
同じテーマの日記(最近の一覧)
別年同日の日記
11年 Smalltalk,Squeak, Etoys, and Scratch!
申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています。 |
いまから13年ほど前の話。
まだ保育園児だった子供たちを、保育園帰りにそのまま連れまわして
夜光虫を探しに行ったことがある。
その時は、妻がネット友達から情報を得て見に行ったのだ。
その後、時々噂を聞いては夜光虫探しに行っていたのだが、うまく遭遇できたためしがない。
子供たちも忙しくなり、探しに行くことも無くなっていた。
昨年の事だったと思うが、次女が「あの時みたいにまた夜光虫探しに行きたい」と言い出した。
今、次女は海の近くの高校に通っている。
あんたが一番観察できるのだから、赤潮が出たら教えてよ、と言っておいた。
で、今週の水曜日に、次女から連絡が来たのだ。
「友達が、海が赤潮になっていると教えてくれた」と。
この日は次女は塾のある日。学校帰りにそのまま塾まで行き、帰宅は10時過ぎになる。
ネットで確認すると、前々日あたりから江の島周辺で見られているらしい。
家にいた長女も行きたい、という。
長男は大学の帰りが遅い日で…連絡を取ると、帰りを待っていると出かけられなくなりそうなので、長男に断って僕と妻と長女で出かける。
2カ所で見られる、という情報を得ていた。
1カ所は材木座。人があまり来ない浜。
目撃情報も少ないが、人が少ないのでゆっくり見られそう。
もう一カ所は、江の島周辺。観光客も多く目撃情報が多い。確実に見られそうだが、混雑しているかもしれない。
妻が「確実にみられる方に行こう」というので、若宮王子から海岸に出て、江の島を目指したのだけど…
判断ミスでした。
大渋滞。普段は平日はこんなに渋滞しないのに。
妻がネットで調べていたら、どうやら夜光虫の話をテレビニュースでやったらしく、見てみたい人が集中しているのだった。
七里ガ浜あたりから江の島にかけて、夜光虫で波が光っているのはわかったのだけど、駐車場もどこも満車。
車を停めて見ることができない。
そのまま江の島まで来てしまったが、夜だというのに海を見ている人だらけ。
車停める場所ないよー、と言いながら江の島近辺からモノレール江ノ島駅方面に入ると、ドラッグストアを見つけた。駐車場は Times になっているので有料でも止められるが、買い物すれば 30分無料。
じゃぁ、何か買おう。規定料金買って、浜に急ぐ。
確かに夜光虫はいて光っているのだが、しょぼい。
この日は風が強く、波が荒い。夜光虫は光り続けて疲れてしまったようで、光が弱い。
夜光虫は、赤潮の原因にもなる渦鞭毛藻の一種。
刺激を与えると光る。
海岸近くではない「穏やかな海」では、敵に近寄られたらその刺激で光り、驚いた敵が逃げることで生存性を高めているのだろう。
しかし、海岸付近に流れ着くと、波の刺激だけで光る。綺麗ではあるが、生物としては疲れてしまい、すぐに光が弱くなるし、数日で死んでしまう。
さて、翌日も次女は塾があり、さらに翌日の金曜日(昨日だ)にやっと時間が自由になった。
学校帰りに海を確認し、まだ赤潮になっている、と報告。
この日は長男も学校が速く終わる日で、全員で再び海へ行くことにした。
ちなみに、木曜日も夜光虫が見られた、という情報は得ている。
渋滞情報を見ると、江の島周辺はまた混んでいるので、今度こそ材木座を目指す。
材木座の駐車場は、案外高い。すぐ近くに Times 駐車場があるのだが、これは「位置的には」すぐ近くなのだが、道路が繋がっておらず、非常にまわりみちしないと入れない。最初からそこに入るつもりで進む。
さて、海へ行く…が、全く夜光虫はいない。空振り。
もっと逗子方面に行ってみようか…ということになり、車を走らせる。
実は、先に書いたように、最初に入れた駐車場は「非常にまわりみちしないといけない」のだ。
位置的には近いのに、車で材木座海岸に出るまでに30分近くかかった。(海沿いが大渋滞のせいもある)
冒頭に書いた、13年前に夜光虫を見たあたりまで行くも、結局見られず。
いいタイミングで海に出たくて、夕食を食べていない。
どこかで食べられそうなところあれば食べよう…と言いながら、家に帰る方向に車を走らせる。
しかし、当たり前だが、ある程度は渋滞を避けても、結局今来た道を戻るしかないのだ。
大渋滞。さらに言えば、観光地価格の高い店しかない。
うーん、どこかで食事してれば道もすくかな… 空いたら、江の島方面まで走ってみるのも良いかもしれない。
結局、食べられる店はなく、江の島まで渋滞を走り切った。
(数カ所ショートカットしたが、鎌倉から江の島にかけての海沿いは、基本的に逃げ道がない)
江の島近辺でも夜光虫は確認できず。ただ、夜光虫の噂で集まった観光客の流れが凄かっただけ。
まぁ、「どこに行っても確認できなかった」というのは、諦めがついた。
渋滞もあり、3時間ほど車で走り回っていたことになる。
この後、帰宅ルートに入り、ファミレスで遅い夕食を食べて帰りました。
同じテーマの日記(最近の一覧)
別年同日の日記
申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています。 |
仕事をもらっている会社が、東京ビッグサイトで行われる展示会にブースを出すことになり、手伝いを依頼された。
普段僕がプログラムを作っているものを展示するわけで、参加させていただいた。
教育関係の仕事であれば何でも展示可能な展示会だ。
僕はここ数年、教育関連のサービスのプログラムを手伝っている。
基本的には3日間ブースに詰めていて、興味を持ってくれた方に商品を説明する。
普段の仕事とは全く違うが、文化祭のようでなかなか楽しい。
あと、すでに商品を使った経験のある人から、学生の時使ってました、なんて言われるのは嬉しい。
休憩時間に他のブースを回るのも楽しかった。
結構、教育とは関係なさそうな展示もある。
しかし、説明を聞いてみると、うまい具合に関係しているのだ。
たとえば、味噌製造業が参加していた。
まぁ、うちの子供が保育園の時も、食育教育として、みそづくり体験とかやってたし、そういうものかな…と思い、少し話を聞いてみた。
子供の食育だけでなく、小学生くらいでも家庭科の一環としてやったり、高校生でも生物による発酵として授業をやったり、老人ホームで体験教室をやったり、いろいろあるのだそうだ。
「発行と腐敗の違い」を教えるために、2つ作ってわざと片方腐らせたりすることもあるらしい。みそメーカーとしては少し残念なので、できればやりたくないそうだが。
なるほどー、と感心していると、そのメーカーさんのある九州は麦みそ文化の地域で、麦みそなら夏場は1か月で味噌になるという。関東では豆味噌で3か月程度、愛知の赤みそなら3年、と聞いた。
保育園で作っていたのは豆味噌で、12月ごろ仕込んで、卒業前の3月には給食に出していた。
冬に作るのは、その方が腐敗する可能性が低いため。
でも、発酵が十分でなく、豆の粒がまだ残っていたな。夏場で3か月、冬なら半年は置かないといけなかったのか。
麦みそは発酵が速いので、夏休みの宿題にみそづくりの観察日記とか書けるそうだ。これは、地の利を生かして他のメーカーではできない差別化を図れているのだ。素晴らしい。
JAMSTEC もブースを出していた。
僕の日記には以前よく JAMSTEC が出てきていたが、妻の友達が JAMSTEC の関連会社に勤めていて、公開日に見に行ったり、非売品のグッズをもらったりしていたためだ。
今回の展示会では JAMSTEC はまったく関連無さそうに思えたが、最近新しい部署が作られ、教育関連に乗り出したのだという。
以前、テレビ番組で見たことがあった「電子黒板」が、メーカーのブースで展示されていた。
通常、電子黒板というと大型モニターの事だ。
ただし、モニターに最初からソフトウェアが内蔵されいて、タッチペンで文字や線を描くことができる。
何らかの方法でデータを渡せば、スライドのように表示することもできるし、動画を出すこともできる。
実際には、黒板の代わりにいきなり電子黒板に変わる、ということはあまりないようで、電子黒板が教室に新しく配置されることになる。
…のだが、黒板もあるし電子黒板もある、という状態では狭くて使いにくいそうなのだ。
そこで、黒板メーカーが新しい「電子黒板」に乗り出した。
黒板に直接投影し、電子黒板相当のことができる「プロジェクター」を開発したのだ。
最初から用途を絞り込んでいるため、普通のプロジェクターと違って、黒板付近の天井に設置する。
真上から投影する形になるため、先生が近づいても影ができない。
また、黒板に投影しているので、画像の投影と黒板の文字を共存できる。
既存の黒板でも使えるが、よりプロジェクター投影に向いている黒板もセットで開発している。
「新しい商品に軸足を移す」とかではなく、従来の黒板も一緒に売り込んでいるのだ。
これ、テレビで見たときに発想のすごさに驚いていたので、実際にどの程度まで近づいても影ができないのか、など知りたかった。
まぁ、さすがに黒板に手を使づけて文字を書こうとすれば影になる。でも、前に立って話をするレベルなら影はない。通常のプロジェクターだと、前に立てば影になるので、これだけでも十分すごい。
感心しながら見てたら、対応してくれた人が僕が見たテレビ番組をちゃんと覚えてくれていた。
というよりも、「2年前に放映されたその番組を見て、この会社に就職したんですよ」とのこと。
番組見てすごいと感じる人、僕だけでなく、ちゃんといたんだなぁ。
最近の新商品として、普通の電子黒板…薄型テレビも開発しているらしいのだが、こちらはホワイトボードマーカーに画面に文字が書ける。
「タッチペンで電子的に書く」などではなく、物理的にアナログの文字が書けることにこだわりがあるらしい。
オルゴールの缶詰、というものを売っているメーカーがあった。
缶を開けると中にムーブメントが入っている。
僕自身がオルゴール好きなので話を聞いてみた。これ、缶が共鳴箱になって音が大きく聞こえたりしますか?
残念ながらそうではないという。ムーブメントのみなので音は小さく、しっかりした木のテーブルなどの上に置くと共鳴して大きくなる。
でも、缶は小さいし金属板も薄いので、共鳴するほどにはならないらしい。
共鳴させるような缶を開発してしまうと、コストがかかり過ぎてしまいますから、とのこと。
缶のラベルも請け負えるし、少し高くなるが曲も自由に作れるそうだ。
学校の卒業記念品として校歌のオルゴールを作り、校章デザインの缶に入れる、などするようだ。
(この話、家に帰ってから家族にしたところ、長女が「そういう記念品の方がいいなぁ」と言っていた。
長女は中学卒業時に学校の銘が入った「モバイルバッテリー」をもらったのだが、使っているうちに膨れて、記念品なのに捨てざるを得なかった。)
自分が出店側に回った、というのも面白い体験だったのですが、いろいろな考え方の商品があることが楽しめました。
もちろん、GIGA スクール教育向けなどで Lenovo や Apple 、Google for Educations 等のブースもありましたが、感想としては「普通」としか言いようがないです。大会社は、すでに知っていることを展示しているだけであまり面白くはない。
以降、翌日追記
展示会の各社ブースで貰ったグッズなど。
▼ソフトバンクが、ミルキーの小箱を配布していた。
配布時は、ぺこちゃんのパッケージが見えるように配布していたのだが、裏返すと「お父さん」(白い犬のイラスト)だった。ソフトバンクらしい。
これはそれだけで、特に面白いことはない。
▼新学社が、「うちのタマ知りませんか?」デザインのバッグを配布していた。
もちろん、バッグの中には宣伝チラシが詰まっている。バッグ自体も、不織布の安物。
しかし、ぼくこのキャラ好きだったんだよね。見てたら「ぜひ」と渡されたのでもらっておいた。
中のチラシによれば、新学社は、「うちのタマ」のキャラを使用した、小学生向けの教材などを作っているらしい。
…と、家で確認していたら、長女に「小学生の時の計算ドリルがタマだったよ」と言われた。
そうか、すでに我が家ではお世話になっていたか。
バッグはかわいいので置いとくけど、薄い安物だし、特に使い道ないかな…
▼アライドテレシス(ネットワーク機器の会社)が、サランラップの短いやつ(22cm)を配布していた。
ノベルティとして外箱が特別な印刷になっているもの。
これが、24ポートのスイッチングハブを模している。
RJ45ポートのサイズなど実寸大のようだし、これくらいのサイズ感ということ?
…と思って検索したところ、そうでも無いようだ。
22cm のサランラップサイズでは、ラックマウントもできなくなってしまうが、実際の機種は普通に 1U サイズ。
ラックマウントの 1U は高さが 44.5mm ほどで、サランラップの箱は、今測ったところでは 40mm ほど。
大体同じ高さだから、ポート部分だけ再現してみた、という感じか。
しかし、スイッチングハブ柄のサランラップ、というのはちょっとおもしろい。
▼プリンストンが、缶ペンケースのようなものを配布していた。
「中にスタイラスペンが入っています」とのこと。
配布するくらいだから、100円ショップで売ってるような静電容量式のペンかな…と思ったら、確認してびっくり。
サクラクレパスと共同開発の、クーピーペンシル型アクティブスタイラスだった。サクラクレパスのショップ価格では、6,600円。
充電して使ってみる。
iPad モードと汎用モードを切り替えられるらしい。自分の Chromebook (ペン対応)で、汎用モードで動作することを確認。
次女にみせたところ、かわいい、とすっかり貰う気でいる。
まずは自分のスマホで試している。…ん? スマホはペン対応ではないが動いている。
ということは、汎用モードというのは、単に静電容量ペンとして動いているだけか。
静電容量ペン、というのはつまり「指先を細くしたもの」に過ぎない。
ただ、静電容量、というのは、「画面と指先の静電気の移動」を確認する仕組みなのだ。細くすると移動の量が減るため、感知しづらくなる。
そのため、100円で売っているようなものは、ある程度ペン先が太い。
細く見える場合でも、透明なディスクなどが付いていて、静電気の移動経路を十分に確保している。
どうやら、このペンの「互換モード」では、ペン先に微弱電流を流すことで、細いペン先でも十分感知できるようにするもの、ということらしい。
細いことで位置指定などは正確にできるようになるが、いわゆる「スタイラスペン」として、筆圧感知や傾き検知をする機能はない。
汎用モード、というのが本当に静電容量だけなのか、あらためて Chromebook を使って確認。
もしかしたら、ペン対応端末の場合、特有の何かを拾って動作を変更したりするかもしれないからね。
…そんなことはなかった。ペン対応の Chromebook でも、静電容量として動作していた。
こちらの WEBページは、WEB で動く簡単なお絵描きツールを提供しているが、デバイスがマウスなのか、ペンなのか、指なのかを自動で検知する。
使用しているペンは、指として検知された。つまり、静電容量としてしか動作しない。
確認したところ、汎用モードはともかく、iPad モードでは Apple pencil の互換品のようにふるまうらしい。
ただし、この場合も筆圧検知や傾き検知はない。
先に「かわいい」と言っていた次女は、我が家で唯一の iPad 所有者。
高校の指定で iPad を使う必要があったので、購入したのだ。
(長女の高校は Chromebook 、長男の入学時は GIGA スクール以前だったが、途中から Windows が必要となった)
長女、すでに Applepencil互換品は持ってるんだよね。筆圧も傾きも検知できるやつ。
そんなわけで、6,600円もする品をもらってきたけど、「かわいい」という以外に使い道がないなぁ…
同じテーマの日記(最近の一覧)
別年同日の日記
申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています。 |
昼ご飯はあえて食べず、車で30分ほどの沢渡公園へ。
沢渡公園は、横浜駅から徒歩10分強の所にある公園です。
ここで、「ワールドフェスティバル」というお祭りをやっているというので見に来たのですが…
一応、昔は本郷台駅前でやっていた「あーすフェスタ」のようなお祭り、とのこと。楽しい祭りで毎年見に行っていたのだけど、10年ほど前に終わってしまったのだよね。
ワールドフェスティバルは主催する主体も違うし、アフリカ支援なのでアフリカの国々の料理が中心、とのことだったのですが…
行ってみたら、思ったよりしょぼい(失礼)。
この日は最終日だったのですが、予定していたものを売り切ってしまった参加団体などは、参加を早期終了してしまっていたようなのですね。
楽しみたいなら最終日ではなく、早めに行かないといけなかった。
食べ物の屋台が6件ほど。
ベトナム料理(フォーとバインミー)、ケバブ屋さん、セネガル料理、アフリカ料理(?)…あとは、ラーメン屋とハンバーガー屋がいました。
せっかく珍しい食べ物を食べられるのに、ラーメンやハンバーガーを選ぶ必要はない。ベトナム料理とケバブ屋さんを手分けして行列に並び、適当なものを数種類入手。
チャーシューバインミーと、チーズドッグ、それに「レモングラスソースの鶏唐揚げ」。
ケバブ屋さんからは、普通のケバブピタサンドと、アボガド入り、普通の鶏の唐揚げ。
ケバブ屋さんはすごい待たされていたのだけど、肉の量を選べて値段は変わらないらしい。
いちばんの大盛りである「冨士盛」にする人ばかりで、肉を焼くのが追いつかないので待たされるようだ。
しかし、実際ボリュームがありました。美味しかった。
家族で分け合って楽しみました。
しかし、どれも「軽食」なので、ちょっと足りない。
セネガル料理の店、興味はあったのだけど非常に高い。小さなプラスチックカップに、炒めた肉料理をよそったものが 1500円します。
それ以外に、揚げ餃子風の「ファタヤ」が2つで500円と書かれている。
5人で食べるには少ないので、2つ買うか…と思って「ファタヤください」と言ったところ、「今作ってるのでありません」と即答。
少し待ってください、でもなくて「ありません」なのでどうしてよいかわからない。作っていると言っているけど、作っているようにも見えない。
(どこか別のところで用意しているのかもしれないけど)
隣のアフリカ料理の店で、アフリカドーナツも売っていたのだけど、サーターアンダギーっぽい。
3つで500円、という値段を見て、次女が「自分で作れるからいいかな」という反応。
(次女はサーターアンダギー作るのうまいです)
クスクス800円、と書いてあるのだけど、置いてあるものを見てもクスクスらしきものがない。
クスクスありますか? と聞いたところ、屋台裏から人を呼んで、知らない言語で相談していて…
「もう売り切れです」だそうです。売り切れていても看板は出しているのね。
というわけで、追加の購入は諦め。
物販しているお店もあったので少し覗いたのだけど、買いたいと思うようなものは無し。
「あーすフェスタ」ではよく物販も買っていたので、面白いものあれば買ったのだけどね。
お祭りが思ったより楽しめなかったのですが、隣に「横浜市民防災センター」という建物が建っていました。
地震・火災と、風水害の2つの「体験ツアー」コースがあるらしい。
1コース60分で、災害の疑似体験ができる。
ちょっと興味あったのですが、予約が必要で、予約するにしても2時間ほど待つ必要がありました。
なので、これは未体験。
先に書きましたが、横浜駅から10分強の所なので、何かの機会があったら体験してみたいところ。
G.W. なので何かもう少し遊びたい気持ちはありましたが、無駄に引き延ばす必要もないので帰ることにします。
予定より少し早い帰宅になるので、帰りにスーパーによって、宴会準備。
夕食は好きなものを適当に食べる宴会形式にしました。
(我が家ではこれを「だらだら」と呼ぶ。)
同じテーマの日記(最近の一覧)
関連ページ
別年同日の日記
申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています。 |
家族に意見聞いてまとめた「行きたいところ」は横浜にもあった。
こちらは東京より軽め。自宅から車で行ける距離だし。
というわけで、5月5日は朝8時過ぎに家を出発。
9時少し前に、三渓園に到着する。
三渓園は、横浜にある日本庭園。原三渓という明治~昭和初期の大富豪の「個人邸宅」だったが、住んでいた時から庭を一般開放した上、当時の廃仏毀釈運動もあって取り壊される建築物などがあると聞けば、大金を使って庭園内に移築した。
そのため、三渓園は日本庭園であるとともに、古建築のテーマパークのようになっている。
…というのが、自分の知っていた事前知識。
小学校のころは横浜に住んでいたので、遠足で三渓園に行った覚えがある。
でも、小学生に日本庭園や古建築なんて、正直なところよくわからない。「行った」という事実のみ覚えていて、そこに何があったかなど一切覚えていない。
せっかく有名な日本庭園が車で気軽に行ける距離にあるのに、どんなところか知らないというのももったいない、と以前から思っていたし、妻も興味があるようだった。
それを今回、高校生~大学生の子供たちなら十分楽しめるだろうと、家族で行くことにしたわけだ。
細かなことは省略して、全体の概略から書こう。
入り口からしばらくは、庭園らしいところが続く。庭園の中で最初に建てられ、原三渓が自宅として使っていた、という「鶴翔閣」があるが、遠くから見られるだけで近づくことも禁止。
その後で、原三渓記念館というところがあるので、まずはここを見ると良い。
庭園を見て回るのに必要な知識は、ここで大体仕入れられる。
原三渓が作ったから三渓園、と聞いたことがあるのだが、原三渓は本名ではなかった。
本名は原富太郎。
え、じゃぁ三渓って何? と混乱したが、ここの展示には答えはなかった。
後で調べたところ、雅号が三渓らしい。
そう。雅号がある。茶人だったのだ。
原三渓は実業家で大金持ちだったが、美術や芸術を愛し、茶人としても多くの人と親交を深めた。
原三渓自身絵を描いたそうだが、若き芸術家のパトロンにもなったし、日本画家の横山大観とも仲が良かった。夏目漱石とも親交があった。
原三渓の「養父」が横浜で生糸問屋の事業を始めた。この事業を拡大して財を成したのが原三渓だ。
解説には書いていない自分の知識だけど、当時西欧では蚕の病気が流行し、絹の生産が出来なくなっていた。
そのため中国が生糸を西欧に輸出するのだが、こちらでは内乱が勃発。また、中国でも西欧と同様の蚕の病気が流行し、輸出量が減少する。
そこに日本の絹織物が入り込み、大成功。当初は生糸だけが輸出されたのだが、絹織物をハンカチとして販売するようになる。
ここで、日本の印刷技術は当時世界一だった、ということ知っておいて欲しい。
大衆娯楽としての浮世絵の影響もあり、多色刷りの技術が凄い。この技術で模様を付けたハンカチは、日本でしか作れない特産品だった。
特に横浜ではハンカチ産業が大きくなり、会社が乱立した。
しかし、絵柄を作る会社が増えたとして、そのすべてが「生糸」「絹織物」を必要とするのだ。
それらは、原三渓の会社が取り扱っている。こうして、原三渓の会社は莫大な財を成した。
ところで、ハンカチは後に大判化し、スカーフとなる。
エルメスが「多色刷りのスカーフ」事業に乗り出したのはその後だ。
現在ではエルメスが世界的に有名だが、その前は横浜スカーフは世界的に有名なブランドだった。
現在世界遺産となっている、富岡製糸場も、原三渓の会社のものだった時期がある。
最初は国策として政府によって建造されたが、思ったようにうまく行かず民間に払い下げられたのだ。
当初は三井が購入したが、これもうまく行かない。原三渓に売却されたところ、品質も生産量も増して、大工場となった。
つまりは、原三渓は絹を扱うことで財を成したし、そのノウハウを使うことでさらに財を増やしていったのだ。
原三渓に限らず、当時の大金持ちというのは、金持ちの「責務」としての公共投資に積極的であることが多い。
三渓園を作ったのもそうだが、横浜銀行の初代頭取も務めている。経済安定のためには地元に銀行が必要であり、世界恐慌の為に破綻した銀行の業務を引き継ぐという「火中の栗を拾う」ようなことをしたのだ。
また、関東大震災の際には横浜市復興会の会長を務め、私財をつぎ込んで横浜の復興に勤めている。
ちなみに、関東大震災って横浜の本牧のあたりが震源で、三渓園は本牧にある。まさに「被災の中心地」で、財産をなげうって地域の復興を行ったのだ。
後で書くが、関東大震災とその後の第二次大戦の横浜大空襲で、三渓園の歴史的建造物はずいぶん失われてしまったらしい。
以上のような前知識を仕入れたうえで、三渓園を見て回る。
建造物の前には、その建物の大まかな構造の図示と、説明を書いたパネルがある。
三渓が建てた建物には建造年しかないが、移築したものは建造年と移築年が書かれている。
室町時代に建てられた建物とかもあるが、多くは江戸初期のもの。
先に書いたように廃仏毀釈運動もあったためか、仏教寺院の建造物が多いが、戦国武将ゆかりの建築物などもある。
いずれにせよ、誰かが保存しないと失われてしまう、重要な建築物の噂を聞いては、移築していたようだ。
ただ、移築に際しては、必ずしも元の建物を再現しようとはしていない。
現代的(当時の話だが)に住みやすいように手を加えたり、間取りを変えることもあったようだ。
だから、織田信長の弟が建てたという茶室には、電灯と硝子扉がついていたりする。
単に懐古趣味で残すのではなく、あくまでも「使用できる」ことを重視しているのだ。
三渓園は公開から120周年だそうで、園のあちこちに「当時の風景」の写真がパネルになって設置されている。
これを見て回るのが結構面白い。当時の風景が分かる、とかではなくて、説明が無茶苦茶…というか、波乱万丈で面白いのだ。
多くの建物が、関東大震災や空襲で失われている。一方で、三渓園が「完成」した後でも、どんどん新しい建物が移築されている。
つまりは、今の三渓園は、けっして原三渓の作った三渓園ではないのだ。でも、その心は受け継いでいる。
パネルの中には、写っている建物が来歴不詳、詳細不明、今はないのだがなぜ無くなったのか不明、っていう不明だらけのものもある。そんな不明だらけなら紹介しないでもよいのでは、と思うのだが、正体不明のものが写真には残っているからこそ、知っている人に情報を求めているのかもしれない。
しかしまぁ、ツッコミどころだらけで面白い。
原三渓は秀吉大好きだったようで、秀吉が作った聚楽第の一部、と信じて移築した建物もある。今では違うとわかっているそうだけど。
また、中華趣味があったそうで、中華風の建物も自分で設計して作ったりしている。こちらも、空襲で焼けてしまったそうで写真しか残っていない。
園内の茶店「待春軒」で、原三渓が考案したという「三渓そば」を食べられる。僕は食べてないけど。
待春軒のWEBページで、どのようなものか大まかなレシピが書かれている。
…えーと、ページには「起源不明」と書いてあるけど、どう見ても中国の炸醤麺(ジャージャー麺)だな。
それを、当時の日本で入手しやすい材料で作れるようにアレンジしたのだろう。
ここら辺も、中華趣味だったというので、普段から気軽に食べたくて考案したのだろうと思う。
(どうでもよい話だが、翌日にこのレシピを参考に、「それっぽいもの」を作って家族で食べました)
三渓園は、原三渓存命のうちに無料で一般開放されていたのは知っていたのだが、見学者に無料でお茶を出していたらしい。
その際に使った東屋なども写真と共に残っている。東屋の中央に炉があり、東屋全体に煤けているが、これは現在でも年に一度、当時と同じように使用しているからかもしれない。
すぐ隣に在った茶室は、後に別の場所に移築されたのだとか。現在は、さらに後に移築した茶室が建っている。
建物の移築って大変なことだと思うのだけど、そんなに気軽に移築を繰り返すんだ…
「不動」産って何だろう。
さて、園内を一通り見たら、時間は12時ちょっと前。ほぼ3時間かかりましたね。
なんとなく流し見する程度なら2時間で回れると思いますし、園内で食事したり、予約が必要な特別公開の家の中まで見ていたら、もっと時間がかかると思います。
見に行こうと思う方は参考までに。
同じテーマの日記(最近の一覧)
関連ページ
別年同日の日記
申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています。 |
これで終了…とはならない。
凸版印刷なので、入場無料の博物館の展示室で、凸版の技術を伝える展示会をやっていました。
「木目シートのできるまで」。
テレビCM で、木よりも木らしい、という建材を作っていることを伝えていますが、それの歴史展示。
印刷会社なのに、建材のための印刷を始めたのは結構古く、そのためにたくさんの「木材サンプル」を持っているのね。今では入手が難しい希少木材も有るのだとか。
それらを元にパターンを作り、印刷し、表面に凹凸をつけて質感まで再現し…
流し見なら3分、解説読んでも15分程度。なかなか面白い展示でした。
さて、いよいよ家に帰りましょう。長男も留守番してるし、夕飯の時間には戻りたい。
でも、次女からもう一つリクエスト。東京駅によるのであれば、「東京駅で暗殺が行われた現場、2カ所を見てみたい」。
次女は歴史好きで、興味あるようです。東京駅なら通りますから、それくらいの時間はあるでしょう。
飯田橋から東西線で東京へ。東京駅まで歩きますが、ここで近い改札は「丸の内北口」。暗殺現場は「丸の内南口」なので、しばらく歩きます。
長女が、東京駅カッコいいねぇ、と感心しているので、父さんが子供のころは、屋根のドーム部分がもっと武骨な八角形になっていてね…というような話をします。
戦争で焼けおち、急ごしらえで復旧したままずっと使ってたのを、2000年ごろから元の形に修復して格好よくなったんだよね。
さて、丸の内南口。
ちょうど、説明した「修復工事」の事を伝える展示パネルがありました。
そして、そのすぐ近くに大正10年に当時の原敬首相が暗殺された場所、というパネルが。
目的の1つ目達成。
次は中央通路から4・6番線階段を上るところ…
と、google gemini は回答していました。でも、4・6番線って全然違うところだし、階段も複数ある。
AI の回答は当てにならないので詳細調べたら、東海道新幹線に上る階段付近とのこと。
この階段も非常に「広い」ので少し探しましたが、無事発見。
昭和5年、浜口雄幸首相が暗殺された現場です。厳密には、この時は重傷を負っただけだけど、この傷が元で翌年死亡。
当初は美術館と博物館に行くだけの予定が、明治生命館と凸版の製品展示と暗殺現場も見て、ついでに次女が食べたいというコメダで昼ご飯を食べ、非常に充実した内容になりました。
この後東海道線に乗り、夕食の時間の19時半には家につけるだろう、と思ったのですが…
品川についた時点で「この先で人身事故があったため、この電車は当駅止まりとなります」とアナウンス。
幸い別の電車でも家には帰れるので乗り換えましたが、家に帰りついたのは20時過ぎでした。
長男はぐっすり寝たらなんだか疲れも取れたそうで、元気そう。
帰り道でいろいろなものを買ってきたので、すぐに夕食となりました。
同じテーマの日記(最近の一覧)
関連ページ
別年同日の日記
申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています。 |
予定していた2つ目の場所へ。
地下鉄丸ノ内線有楽町駅…コメダ珈琲の前からさらに階段下がると繋がってるのね。
ここから、飯田橋まで。
飯田橋からは歩いて10分ほど。凸版印刷内の「印刷博物館」が目的地です。
ここでやっている特別展「名著誕生展 ヴァチカン教皇庁図書館Ⅲ+」を見に来ました。
現存する世界最古の図書館が「バチカン教皇庁図書館」だそうで、2世紀ごろの写本から収蔵しています。
凸版印刷はそのデジタル保存技術に協力しているのだそうで、通常ではとても借りられない貴重な本を借りてきて、展示しています。
で、先回りして書いておくと、この特別展はそれほどすごくありませんでした。
というか、十分にすごい内容だったのだけど、特別展の前に見ることになる「常設展示」の方がはるかに面白かったので、期待値を高めて行ったら肩透かしを食らった感じ。
常設展示は、印刷の歴史です。
まず入ると、「プロローグ」という展示がある。ここの展示は一切解説がない。
ハンムラビ法典を刻んだ石柱とか、ロゼッタストーンとか…まずは「情報を文字として伝える工夫」がごちゃ混ぜに置いてある。
その後、展示物の下部にはミニチュアで「情報を伝えようとする人」の造形が付き、その頃の「情報物」が上に並ぶ。
洞窟壁画から始まり、石に碑文を刻み、写本の時代があり、活字が発明されて、グーテンベルグの印刷機、輪転機、電子植字に至る…
あ、これ、「本好きの下剋上」のアニメ第三期 ED で見た奴だ。
今調べたらやっぱりそう。ここのミニチュアにインスパイアされて作ったのだそうです。
ここで「大まかな流れ」を掴んだうえで、実際の細かな説明が始まります。
ところで、プロローグの広場の端に、現存する中では最古級の印刷機…の「レプリカ」が置いてあります。
実物を持っているドイツの博物館があり、共同研究で凸版印刷がレプリカを2台作ったのだそうです。
1台はドイツの博物館にあり、1台はここにあります。
実物は貴重品だけど、レプリカなら実際に印刷してみせることができます。
というわけで、毎日15時から10分間、説明して印刷の実演が行われます。
この日は14時ごろに博物館に入ったので、途中で戻ってきて実演を見ました。
まぁ、機械を見れば想像つくようなことしかやらないのですが、実際の印刷を見せてもらえるというだけでも、なかなか興味深いものでした。
さて、プロローグの次は、その内容が実際に解説されます。
この説明部分が本当に素晴らしい。大きな部屋に、古い「印章」などの技術から始まり、印刷が発展していくさまが、実物と解説で分かりやすく示されています。
技術の発展には時代の要請もあるので、それがどういう時代で、なぜその発展が必要だったか、ということも示される。
そして、発展した技術がそれまでと違って「何が良いのか」も書かれている。
一方で、壁には大きな年表が作られ、そこで展示されているものと、「それ以外」の印刷関連の事柄がまとめられています。
展示などには入っていないのだけど、「プルシアンブルーの発明」なども入れられている。化学合成顔料・染料は、印刷を大きく前進させたからね。
木版活字が最初に作られたのが韓国だとは知らなかった。中国だと思ってた。
でも、ハングルは「活字にしやすい」ことも考慮されて考えられた文字体系なのか、と思うと妙に納得。
江戸時代の草紙本とか、崩し文字でつながっているので、手でいちいち彫っているのだと思っていた。浮世絵版画作るような職人もたくさんいるので、文字を彫るのも大変ではなかったのだろう、と。
しかし、つながった崩し字一つながりごとに活字になっているのだそうです。つまりは「単語ごと」の活字。木版活字なので、同じ文字でも微妙に形が違っていたりして、だからこそ「全部手で彫っている」のだと思っていました。
また、活字は「文字しか扱えない」ので、絵を表現する印刷技術の話も同時に進んでいきます。
線を「彫り残す」凸版よりも、線を「彫り込む」凹版の方が細かな線を表現しやすい。
解体新書の初版は凸版だったけど、後に凹版で再出版されているそうで、両方が並べて置いてあります。同じものが並んでいるので、技術の違いの利点がよくわかる。
そして、凹版でも「彫る」必要があるのを、「描く」だけにした平版印刷へ。
すごく細かく説明されているのに、ほぼ最後付近にあった「写植機」のイメージ復元では説明なし…
僕は理解しているので子供に教えながら操作したのですが、多くの人が「操作してみたが、意味が分からん」という感じで通り過ぎていきました。もったいない。
解説も細かく読んでいたのでたっぷり時間をかけました。
目当ての「ヴァチカン教皇庁図書館」の展示に入ったのは、もう16時近く。
先に書いたけど、基本的にはラテン語などで書かれた本が並んでいるだけです。
ここまでの展示が解説もあるし、場合によっては手を動かして学べる内容だったので、見てもよくわからない言語の本を見るだけ、というのは少し退屈。
あと、「ヴァチカン教皇庁図書館」展ですが、もともと印刷博物館で収蔵していたものが多めです。バチカンから借りてきた本と、それに関連する収蔵書籍を一緒に並べることで深みを出している、という意味で悪くはないですが、思ったほど希少本がなかったのも事実。(印刷博物館収蔵の本も、十分希少ではあるのですが)
いくつか印象に残っている物だけ解説します。
最初に、過去に行われた展覧会の振り返りが、概要で示されていました。
まず、凸版がバチカン図書館のデジタルアーカイブ作成に協力していること。
羊皮紙の本は、羊皮紙自体が高価で貴重なものだったので、「書いたものを消して使いまわしている」ことがあること。
そして、以前の内容を、赤外線撮影で読み出せる技術があること。
そうやって多くの本を赤外線で記録した結果、人の手には負えないほどのテキストが出てきたため、現在 AI を使った解析プロジェクトが進行中であること。
すでに、完全に失われたと思っていた福音書の一部が再発見されたり、成果が上がっているのだそうです。
最初の方には、非常に古い時代の写本なども置かれていましたが、僕が気になったのは「禁書目録」。
なんかオカルト方面ではすごい力を持つ本だということになっているのですが、実物は「教皇庁によって禁止と決定した本のリスト」なんですね。まぁ、禁書目録という名前から当然か。
教会では昔ながらのやり方を守ることが重視されていて、聖書なども写本を良いものとしていたのだけど、禁書目録は「どんどん増える禁書」を速やかに、多くの教会に示すために、活字印刷でたくさん作られたのだそうです。
教会も必要に応じて最新技術を取り入れる。
さて、そんな「禁書」とされたものも展示されています。
コペルニクスの「天球の回転について」や、ガリレオ・ガリレイの「星界の報告」など。
先の禁書目録と合わせ「生爪はがされそう」とは妻の言葉。
(「チ。」ですね)
デカルトの書籍に関しては、初版本に、デカルト自身が直筆で欄外に直しを入れたものが展示されています。
次の版からはその内容に変わっているらしい。
デカルトって、「我思う、ゆえに我あり」の人ね。
「当たり前」を徹底的に疑って、周囲にある目に見えるもの、触れるものも否定して、それでも「それを考えている自分は否定できない」というところから世界を構築しようとした哲学者。
ニュートンの「プリンキピア」もあります。
複雑な数式が並んでいる。ここで、数式を組版することがいかに大変か、解説ビデオが流されています。
クヌース教授とか、組版時に数式に間違いが入りやすいのにイライラして、全く新しい「コンピューター組版システム」を作り上げていますからね。
これは1980年代の話ですが、今でも数式を多く含む書籍を出版する際のスタンダードになっています。
あと、世界初の百科全書「エンサイクロペディア」もあります。
今では「エンサイクロペディア」という言葉は一般名詞で百科事典の意味ですが、元は本のタイトルとして作られた造語だったのね…。
最後の方は、だんだん時代を現代に近づけていって、ヨーロッパで出版された書籍が日本の文壇にどのような影響を与えたか…というような展示になっていきます。
最後には鉄腕アトムや鉄人28号もある。ほぉ、当時は鉄人の方が人気あったのか。
で、ヴァチカン教皇図書館展は終わり。
出口付近に印刷工房があります。見学や体験は予約が必要。
この日は時間がないだろうと思って予約していませんでしたが、ガラス越しに見るだけでも十分面白い。
いろいろな時代の印刷機が並んでいます。
同じテーマの日記(最近の一覧)
関連ページ
別年同日の日記
申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています。 |