目次
2026-10-30 漢字 ROM
2026-10-25 趣味プログラム
2026-10-13 LINEのオープンチャットで発言禁止措置を受けた
2026-10-08 うろ覚えだけど
2026-10-06 今年の異常気象
2026-09-15 マニュアル作り
2026-09-11 合唱コンクール
今月の日記
先日、X (元ツイッター)で、漢字 ROM という存在に驚く若者がいた。
文字が ROM に入っていて、フォント交換とかできない、というのが概念としてカルチャーショックを感じたようだ。
一方で、当時は RAM は高価で、搭載容量も小さかったので ROM だったのだろうか、と考察もしていた。
これに対して、多くの人がいろいろな意見を書いていた。
実際その時代を知っていた人の思い出話もあれば、若者の考察として出鱈目な意見もあったりして面白い。
自分は思い出話を語る側の人間だが、「漢字ROM」について書いたことはなかったので、記しておこうかと思う。
最初に、JIS 漢字について書いておこう。
「漢字ROM」の話題の中で、膨大な漢字を分類し、番号を付けて ROM に格納した人たちに思いを馳せる人もいた。
実際、JIS 漢字の制定までは長いドラマがある。
JIS 漢字が定められる前はコンピューターで漢字使えなかったんだ、という意見も見られたが、これは少し違う。
各社が何とかコンピューターで漢字を使えるようにしようとして、独自の方法を探っていた。
1978年には、やっと今と類似の方法で漢字を扱える「ワープロ」が登場する。
その少し前から、このままでは各社のコンピューター間で文章のやり取りなどできない、という危惧があり、JIS として文字コードをまとめようとしていた。
新聞や雑誌で、ひたすら「文字をカウント」して現代に使われる文字の頻度を確認する。
それでは現代に偏り過ぎるから、古文などでも同じ作業をする。
日本語の漢字には表記ゆれ…異体字もあるから、同じと思われる文字はまとめる。
この地味で気の遠くなる作業を繰り返し、良く使われる文字と記号と、使えると良い文字を、それぞれ 3000字強でまとめ上げる。合計は 6800字ほどだが、これが「第1水準」「第2水準」と呼ばれる漢字だ。
先に 1978年に最初のワープロが登場したと書いたが、JIS漢字の制定も 1978年だ。
つまり、最初のワープロは JIS 漢字には沿っていない、独自の漢字コード。
ともかく、基準が定められた。6800文字だ。1つの漢字を 16x16 ドットで表現するとしたら、256ドットになる。
これは、256bit = 32byte で表現できる。
1文字を32byte として、6800文字は 218Kbyte 程度。
ROM としては、256KByte の ROM が使用されることが多かったようだ。
第1水準のみなら、半分の 128Kbyte で済んだ。
ところで、JIS 制定後の1980年代は、8bit のホビーパソコンが広まった時代だが、当時の CPU である Z80 や 6809、6502 が扱えるメモリ空間は 64Kbyte 。
実際には、CPU外にとりつける回路により、「バンク切り替え」と呼ばれる方法を使ってメモリ空間を広げられた。
たとえば、Z80 を使用する MSX は、設計上 1MByte = 1024Kbyte のメモリ空間を持っていた。
というわけで、MSX の場合、カートリッジとして漢字 ROM を供給できた。
ところで、X では「漢字 ROM」という言い回しに対し、実際には ROM ではなく、マザーボードのスロットに差す拡張ボードとかでしょ? と書いている人もいた。ROM をそのまま売るなんて、やるわけないだろうと。
MSX のカートリッジ、なんていうのは、まさに拡張ボードだろう。
でも、FM-8 では、漢字 ROM を刺すための ROM ソケットがついていた。
全ての人が漢字を必要とするわけではないので、標準では取り付けられていない。しかし、必要なら本当に単体の「ROM」を購入し、自分で ROM ソケットに刺すのだ。
さて、まだ最初の疑問に答えていない。なぜ ROM だったのか。
実際には RAM は ROM より高価だが、RAM を増設してそこに読み込むのではだめなのか。
当時の常識としては、ASCII 文字の形状は、ROM に入っていたのだ。
電源入れたときに、少なくとも文字は表示されないと操作できないからね。
MSX の場合、文字の形は変更できるように RAM 領域になっていた。
でも、Boot ROM の中に文字の形状が格納されていて、起動時に RAM 領域に書き込まれる。だからやはり、文字形状は ROM なのだ。
文字形状は ROM 。これが当時の常識であり、当然のことだった。
漢字 ROM も、この常識に従って作られたものだ。
もう一つ、当時の外部記憶メディアとしては「カセットテープ」が主流だった。
ディスクのように速くない。32Kbyte のプログラムを読むのにも、5分程度かかった。
220Kbyte なら 30分かかる計算だ。これを、電源を入れるたびにやらないといけない?
漢字は ROM にするのが当然だった。
ところで、Apple の Macintosh は、当初日本国内ではキャノン販売が扱っていた。
Mac は注目の機械ではあったが、アメリカ製で日本語が使えなかった。これでは日本のオフィスでは導入しづらい。
そこで、キャノン販売は、Macintosh 512K と呼ばれる機械に、日本だけの特別な改造を行った。
当たり前だが Mac 512K には、漢字 ROM を搭載するような仕組みも、スペースも用意されていない。
そこで、CPU を引き抜いたうえで、代わりに漢字 ROM と CPU を重ねて搭載できるような特殊基板を差し込んだ。
CPU のアドレスバスとデータバスを直接 ROM に直付けしてしまえば読める、という寸法だ。乱暴。
ダイナマック、と名付けられ、キャノン販売が外注して作成した日本語ソフトウェアと共に販売された。
この改造機種、アップルの歴史では「認められていない」。
あくまでも、日本の販売代理店が暴走して勝手に作ったものだ。
とはいえ、日本での Mac 普及に一役買ったらしい。
しかし、こんな方法を取っていては、新機種のたびに大改造を行わなくてはならない。
Apple にとっても、日本は大きな市場に育ちつつあり、キャノン販売からの要望に応えて、日本語対応の OS が作られていた。
やっとこの日本語 OS 「漢字 Talk」が登場するのが、512K の次の機種である、Macintosh Plus 。
搭載メモリが 1M byte になっていた。
漢字 Talk は、アメリカ本社で、日本語が全くわからない技術者によってつくられた。
そして、当時の「日本の常識」を打ち破った。
なんと、漢字 ROM を持たずに、漢字フォントを OS 上の「ファイル」としたのだ。
Mac は伝統的に文字を ROM ではなく「ファイル」として扱っていた。だから、漢字もそのようにしたのだ。
当時のキャノン販売が作ったパンフレットを持っていたことがある。
(より完成度の高まった「漢字 Talk2.0」発売時のパンフレット)
表紙に、大きな文字で「日本語はハードか? 日本語はソフトだ!」と書かれていた。
これ以前、日本語を扱うには、日本語を考慮して作られた、日本のメーカーのハードでないと無理だと思われていた。
なのに、無改造のアメリカのマシンで日本語を扱えるようになった。
「日本語はソフトだ!」というのは、時代の転換点を意味する言葉だった。
少し話を戻して、8bit の時代。
1文字を1バイトで表現するメモリ。ASCII コードを書き込むと、それに対応した文字が画面に表示される。
グラフィックでは、1バイトを書き込んでも、色付きの1ドットだったり、白黒の横8ドットだったりが表示されるだけだ。
でも、テキスト画面は1バイトの書き込みで、8x8 のキャラクタが表示されるのだ。遅い CPU で、高速に画面表示ができるいい方法だった。
でも、テキスト画面は「1バイトを書き込むと」「アスキーを表示する」のだ。
漢字には対応していなかった。漢字 ROM を搭載したマシンでも、漢字を表示したいときは、漢字 ROM から文字形状を読み込んで、グラフィックとして表示しなくてはいけなかった。表示が遅い。
#先に書いた FM-8 なんかは、テキスト画面を持っておらず、すべてをグラフィックに一本化していた。
それでは遅くなってしまうので、メイン CPU とは別に、グラフィック用のサブ CPU を持っている。
実際には、この連携がそれ程よくなくて、グラフィックの速度を出しにくかったようだけど。
16bit マシンになるが、PC9801 は、テキスト画面を漢字に対応させた。
1バイトを書き込むとアスキーを表示するが、2バイトを書き込んで漢字を表示させることもできるのだ。
外部サイトだが、PC-9801シリーズのテキストVRAMに詳細が書かれている。
(実際には、書き込まれたものがアスキーか漢字かを指定する「アトリビュート」も変更する必要があった。これはアスキーの書き込みの際も同じで、アスキーなら2バイト、漢字なら4バイトを操作することになる)
これは速かったし、プログラムが楽だった。
PC9801 が最大シェアを取った理由の一つが、この扱いやすいテキスト画面だったと思う。
(他にも、グラフィックが速い専用 LSI を搭載していたとか、とにかく良くできた機械だったのだけど)
日本のメーカーは、日本語を扱うのに特化したハードウェアを作っていた。
日本語は文字の種類が多く、そうしないととても扱えない、と信じられていたのだ。
時代は 8bit から 16bit に移行していた。
メモリ空間は広がり、RAM も 1M byte 程度搭載するのが当然になっていた。
フロッピーディスクは当然のもので、ハードディスクも珍しくないオプションになっていた。
Mac は元々テキスト画面を持たない機械だった。
だから、日本語もグラフィックとして扱う仕組みに違和感はなかった。
しかし、IBM 互換機はテキスト画面を持ち、アメリカの機械なので当然のことながら、漢字なんて表示できなかった。
国内では、PC9801 が大きなシェアを持っていた。
ここに、日本 IBM が戦いを仕掛ける。Mac と同様に、無改造の IBM-PC で日本語が表示できれば良いのだ。
そして、DOS/V という OS が開発された。
無改造の MS-DOS に拡張ソフトウェアを同梱したもので、VGA と呼ばれる画面表示の機種にのみ対応(VGA は当時の標準だったが、それ以外の表示もあった)。
この DOS/V 、英語モードと日本語モードを切り替えられるのだが、日本語モードにすると全てのテキストをグラフィック画面に表示するようになる。
そして、漢字データも RAM に読み込み、「普通に」扱える。
先に書いたように、PC9801 は「テキスト画面が使いやすい」機種だった。
DOS/V では、仮想テキスト画面を作り、そこに書き込んだものを OS の責任として、グラフィック画面を使って表示した。PC9801 の使いやすさを、ハードではなく、OS レベルのソフトウェアで実現したともいえる。
8bit 時代なら、漢字をグラフィックに書くのは「遅かった」。
しかし、16bit で CPU 速度も上がった時代では、十分実用速度だった。
DOS/V は先に書いた通り、VGA 機種でしか使えなかった。
しかし、方法論は示した。この後、まず、DOS/V 相当の「拡張機能」が、フリーソフトとして作られる。
そして、VGA の少し前の規格…CGA の機種でも同じように漢字を表示する仕組みが、作られた。
HP-200LXは、ポケットに入るサイズに作られた IBM 互換機だったが、CGA だった。
このマシン上で、フリーソフトによって日本語化が行われたのだ。
この頃になると、「漢字ROM」ではなく、フォントデータを使うのが当たり前になりつつあった。
これに呼応して、フリーの日本語フォントを作って公開する人も多数いた。
漢字 ROM の時代は終わり、ソフトウェアに移行した、と言っても良いだろう。
話は一気に飛んで現代。
Windows も Mac も、当然漢字 ROM は使っていない。
どちらの機種も、今はテキスト画面を持っていない。ASCII文字ですら、ソフトウェアで描画している。
漢字 ROM の時代は、漢字が 16x16 だったり、12x12 だったり、ドットで描かれていた。
しかし今はベクターだ。サイズは自由に変更可能で、リアルタイムに計算して「レンダリング」している。
この状況では、「昔、漢字を表示するのには漢字 ROM が必要だった」というのが、全く想像のつかない話だとしても不思議ではないだろう。
別にそれでよいのだけど、X に書かれた疑問と、それに対する…間違った応答も多かった反響を見て、自分の知っていることを書き残す次第です。
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別年同日の日記
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タイトルには趣味と書いたが、趣味とは少し違う。
町内会で頼まれていて、作らないといけないプログラムがある。
しかし、なかなか時間が取れずに、2年かかっているがまだ完成していない。
ちなみに、集中して作業できるなら1か月で作れる自信はある。
数か月に一度、数時間の作業で作り続けているのだが、このやり方だと「以前なに作ってたっけ…」って思いだして、「プログラムどんな構造だっけ…」って確認して、「全体動作どんな感じだっけ…」って使ってみて、「そもそもフレームワークの動作どうなってたっけ…」ってマニュアルを探して…
つまりは、本格的に作業に入る前の「思い出す」作業だけでも2時間くらいかかってしまうのだ。
町内会で、もう5年ほど前に辞めた前任者がホームページを作っていた。
ほとんど本人の趣味で作っていたため、HTML 直書きの FTP 更新、perl CGI、http 接続 ( SSL ではない)、Shift-JIS コード…という状態。
CMS? なにそれ美味しいの?
文字コード変えたいと思ったら、全ページ書き直さないといけない。
平成の終わりごろに更新は止まっているが、ページ維持(サーバ使用料の支払い)だけはしてる。
実は、このページの「引継ぎ」を頼まれていたのだが、余りにも引き継ぎにくい状態で、困っている間に時間が過ぎた。
そのまま丸ごと引き受けるなら簡単なのだが、リクエストとして、「別のサーバに移行して欲しい」「できれば全てのページ内容を残してほしい」「今後も引き継がれやすいように整えて欲しい」などがあったのだ。
リクエストの心情は非常によくわかるのだが、余りにも内容が矛盾していて頭を抱えていた。
その上、「新しい内容も追記して欲しい」と言われていたのだが、この引継ぎリクエストは僕が町内会役員を始めたときにもらったもので、その時は町内会の仕事の何が大切で、何がどうでもいいのかわかっていないのだ。取捨選択の基準もないので、何を追記していくべきかもわからない。
一応、今時だから WordPress とかに移行できないか、少しづつ考えてはいたんだ。
でも、これもやはり「数か月に一度、数時間」という時間でやっていたので遅々として進まなかった。
僕が時間が取れずに作業が出来なさそうだから、ということで、別の方が、隣の町内会の人に聞いて「隣の町内会と同じ仕組みで」ホームページを作り始めた。
この時点で、僕が一番悩んでいた「過去の内容の引継ぎ」という話は丸ごと消え失せた。
使用する環境は Wix で、これは主に「小さなお店などのホームページ作成」に使われる、有料のホームページ作成環境だ。
固定ページと、DB を元に生成されるページ、Blog ページを作れるような仕組みになっていて、固定ページはグラフィックツールを扱うような感じで、ドット単位で文字位置などを指定しながら作成できる。
その代わりに、今時のフローレイアウトなんてできない。
スマホには対応しているのだが、PC 向けのデザインを作り、それを元に自動的にスマホ用に生成されるデザインを、さらに微調整する、というような作り方だ。
しかしまぁ、HTML とか CSS とか知らなくても作れる。
これはこれで、属人的な技術に頼らず、誰でもホームページを作れる良い環境。
しかし、作業してくれた方は、ホームページ作成に慣れていなかった。
とにかくサーバを契約して、ある程度作って道筋が出来上がったところで、町内会役員を退任することになり、僕が引き継いだ。
現在、古いページから「僕が残したい」ページだけは移行させ、新しい記事は blog として書くような仕組みを整えて運用している。
で、問題になったのが、「町内会館の利用カレンダー」なんだ。
古いページには、perl CGI で作られた仕組みで、町内会館の各部屋の使用状況が分かるカレンダーがついていた。
これを作りたいのだが、wix にはそんな仕組みはない。
(余談だが、CGI は前任者が作ったわけではなく、ネットで公開されていたフリーソフト。今はその公開ページも無くなっていることを確認した。「現行バージョンの perl では動かない」ため公開終了だそうだ。)
一応「カンファレンス予約」の機能はあるんだ。
小さなお店向け、と書いたが、先生が講座を開いて、お客さんがそこに予約を入れるような機能はある。
これを応用できないか、と考えたのだが、やってみると無理があり過ぎてダメだった。
どうにかならんか…と調べていたら、wix には wix velo という「プログラム環境」があると判った。
javascript でプログラムを組み、それをサイト内に組み込める。
ただし、wix 自体も javascript で動作しているため、wix を壊さないための制限が設けられている。
この wix velo は、jQuery が流行している時代に作られたフレームワークのようで、jQuery 風の記述となっている。
ライブラリは非常に充実していて、DB アクセスライブラリもある。
フロントエンドであるブラウザ側から、ライブラリにアクセスする命令を発行することで、サーバの DB を読み書きできるのだ。
(SQL ではなく独特の記法となる)
まぁ、いろいろ制限があったり独自の部分もあるのだけど、「プログラムできる」ということが大切。
そして、この機能を使って町内会館の予約カレンダーを作成し始めたのだけど…先に書いたように、2年たっても完成していない。
余りにも独自の環境なので、思い出すのに時間がかかったりする事情が大きい。
時間がかかっている理由はもう一つあって、今の perl CGI の問題点を克服したい、と思って大きな野望を掲げた設計にしているせいでもある。
今の予約カレンダー、人が電話で予約を受け付けて、ノートで予約を管理したうえで、「みんなに公開するために入力」しているだけなんだ。
今作っているものは、カレンダーをクリックして予約を入れられる。
ただし、この時点では予約申請中になるだけ。権限を持つ人が「承認」して、はじめて予約済となる。
時間帯と複数の部屋を示したカレンダーは大きく、PC 画面でないと見られない…スマホでは予約しにくいので、これを「絞り込んで」表示する機能も作りたい。
あと、町内会館とは別に、子供会館というところがあり、こちらは現在予約カレンダーを公開していない。
これも一緒に公開できるような設計にしている。
(管理者が違うため、そちらの管理者とのすり合わせも必要になるが)
などなど。
久しぶりに町内会行事のない週末、雨降っているので庭の雑草取りなどもできず、家族の予定もないので、数時間プログラムをしていた。
慣れない環境に疲れたので日記でも書こうと思った次第。
前回プログラムしていたのは、ゴールデンウィークとかだったのではないかと思う。
ためしに現在できているものを使ったら結構バグが見つかったので、それらを修正するのに手間取った。
今はまだ「古いホームページ」が前任者のご厚意で残っているのだが、その人が個人的にお金を払ってサーバを借りている。
今年末に契約を終えたいと思う、という意向も聞いたので、急いで作りたいのだけど…
町内会長は、当面電話とノートで予約受付するのでいい、と言ってくれてはいるのだけど、便利に使えるようにはしたいんだよね。
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町内会の役員の連絡用に、LINEのオープンチャットを使っている。
人数の限られたグループだからグループチャットにしても良いのだけど、「町内会公式 LINE」をオープンチャットにしているので、その練習を兼ねたもの。
なぜ公式をオープンチャットにするかと言えば、グループチャットの人数制限は 500人だからだ。
町内は700戸あるので、各家庭1名参加したら制限を超えてしまう。
また、グループチャットはお互いが友達でないといけない。町内全員の友達登録なんてしてられるか。
というわけで公式はオープンチャット以外ありえないし、役員はこのオープンチャットの使い方を知らないといけないだろう、ということもあって、役員連絡用もオープンチャットなのだ。
さて、連絡用なので、会議の議事録などもまずはここにアップされる。
議事録の内容を皆が目を通し、問題がなければ WEBページで公開される。
ところが、10月の議事録をまとめた人がアップロードしたら、規約違反だと言われて入れられないというのだ。
僕宛に送ってもらい、僕の方でもやってみた。
なるほど、オープンチャットは誰でも見られるから、ファイルのアップロードなどで内容が検閲され、問題があると判断されると「規約違反」となるようだ。
で、ためしにやったのだが、1日以内の発言停止措置を食らってしまった。他の方法がないか実験しようにも、発言できない。
さて、何が利用規約違反になったんだろうね。
規約違反と判断された時点で、その詳細が書かれたページが示される。
それによれば、以下の内容が含まれると利用規約違反となるようだ。
・個人情報の掲載
・誹謗中傷・過度な批判的表現
・差別的発言・ヘイトスピーチ
・知的財産権・プライバシー・肖像権などの権利侵害
・自殺・自傷、他人に対する気概などの予告等
・児童ポルノコンテンツの投稿または青少年を危険にさらす行為
・わいせつ・暴力など一般人が不快と感じる内容を投稿する行為
・出会いを目的とする行為
・法令違反または法令違反につながる恐れのある行為
・明らかな偽誤情報の拡散・流布
・なりすまし
・サイバーセキュリティリスクの恐れがある行為
・サービス運営の妨害(荒らし行為)
・商用宣伝を目的とする行為
・その他当社が不適切と見なす行為
(実際には、それぞれの内容ごとに事細かに説明が書かれている)
なるほど、これらは、誰でも参加できるオープンチャットとしては不適切な行為だろう。
LINE としては犯罪を未然に防ぐために、これらの行為を行わせないようにしている、というのはわかった。
でも、議事録の中にこれらに相当しそうな内容が見当たらないのだ。
LINE はこの「フィルタ」の詳細は明らかにしていないが、それでいい。
基準なんて示したら悪人は回避しようとするので、基準を示さない LINE は正しい。
まぁ、せいぜい言葉狩りだと思うので、連続する単語がたまたま悪い単語を作り出してしまったとか、いわゆる「誤爆」だとは思うのだけど。
僕も昔チャットサイトを運営していたことがあり、こうした誤爆は仕方のないことだと思っている。
なので、LINEの措置が酷いとか、そういう文句はない。
むしろ安全のために頑張ってくれてありがとう、という感謝の念はある。
こういうフィルタリング、いたちごっこになりやすくて、本当に大変なのよ…
しかし、いったい何が「誤爆」したのだろうな。
しばらく考えていたのだが、ふと気づいて AI に相談してみた。
google の検索窓から質問すれば gemini が答えてくれる。
LINE のオープンチャットの利用規約で違反と言われたのだけど、このファイルのどこが相当したと思う? とファイルを渡して聞いてみたんだ。
せっかくなので、copilot にも聞いてみた。
ちなみに、gemini も copilot も、添付ファイルを「町内会の会議の議事録であり、特に問題のありそうな箇所はない」と言ってくれた。
ファイルを送っただけで、町内会の議事録だとは言っていなかったのに、内容を読んでそう判断したのはたいしたものだ。
LINE は判断基準を公表しておらず、当然 AI も知るわけがない。
なので、「おそらく」程度の話なのだが、次のような部分が利用規約にかかったのではないか、という見解。
・先日、警察の人が町内会の会合に来てくれて、「自転車青切符導入から半年」の現状を講演してくれた。
そのことを議事録内に書いてあったのだが、「交通違反」「青切符」「警察」などの言葉が並んでいたのが、犯罪がらみの法令違反として検出されたのではないか。
・イベント出席の服装として、町内会役員の制服である「青い帽子と青いシャツ」を指定している個所があった。
これが、帽子やシャツの販売行為と捉えられ、商用宣伝目的と捉えられたのではないか。
・来月町内の文化祭が行われ、町内緑化活動として「花の苗の販売」が行われることが書かれていた。
これが商用宣伝目的と捉えられたのではないか。
・「苗の販売」が、麻薬販売の隠語と捉えられたのではないか。
何の問題もない文章に見えても、難癖付けようと思ったら付けられるものですね…という感想。
特に、一番最後に書いたものは、「なるほど」という感じだ。
葉っぱ、という言葉で麻薬を示したりするのだから、「苗の販売」だって十分怪しい言葉かもしれない。
さて、「1日以内」の発言禁止ペナルティを食らったのが昨夜20時頃。
朝9時ごろ…12時間たったところで発言してみたら、発言できた。
これが、ペナルティが12時間程度だったのか、それとも日付変更タイミング(0時には限らず、深夜4時とかでも)でペナルティが解除される仕組みなのかはわからない。
発言出来たら、次は目的である「議事録の共有」だ。
GIGA ファイル便に入れて URL を送ったら、これは大丈夫だった。
しかし、これだと文面を見るのが手間だ。
MS-word の WEB 版にファイルを置いて、共有リンクを送ったら、これも大丈夫だった。
こちらだと word ファイルを入手するのが面倒だが、文面は見やすい。
というわけで、中を確認してもらう人にも、ファイルを必要とする人にもこれで届くはずだ。
最初から google docs とか word web版とか使ってればよいのだろうけど、町内会の役員は老人が多く、MS-word でファイルを作れるだけでも「貴重な人材」なのだ。
それ以上のことを望むのは酷というもの。
ともかく、LINE は送られたファイルの中身は検査するが、外部 URL の内容までは確認しないようだ。
もし犯罪が行われたとしても、「LINE 上で」行われたわけではなく、URL 先が舞台となったのだから LINE の責任は十分に果たされている。
むしろ外部のサイトの内容まで検閲するのは、電気通信法違反(通信の秘密の侵害)になってしまう、という判断かと思う。
#オープンチャットは「サービス」であり、1対1の「通信」を提供するものではない。
しかし、URL をクリックすると、それは LINE のサービスを離れ、リンク先と端末保持者の間の通信となる「可能性がある」。その内容を検閲するわけにはいかない。
というわけで、まとめ。
知っておくと何かの役に立つかもしれないし、そんな日は来ないかもしれない。
・LINE オープンチャットに word 文章などを送ってペナルティを食らったら、一定期間発言禁止にはなるが、そのうち自然回復する。
ちなみに、発言禁止措置は該当オープンチャットのみ。それ以外の使用は問題ない。
・外部 URL にファイルを置いて、その URL を共有すれば回避できる。
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うろ覚えだけど、時々「オリベッティ社の未来予測」を思い出すんだ。
コンピューター雑誌の記事で読んだのだったと思う。すでにソースは無くて記憶に残るのみ。
なので、以下に書くことは間違えているかもしれない、とあらかじめ断っておく。
オリベッティはイタリアの事務機器メーカー。
タイプライターで一時代を築いたが、コンピューターでも独特の製品を作っていた。
イタリアらしく、デザインにこだわっていたんだ。
1990年ごろ、オリベッティは革張りのノートパソコンとか作ってた。
この頃はまだ液晶が高価だし、バッテリーも今ほど高性能なものがない。ノートパソコンは非常に高価なものだった。
そして、オリベッティは、どうせ高価ならデザインにも金を使って、高級感あふれるものを作っていたのだ。
全然売れなくて、1999年にパソコン事業から撤退するのだけど。
さて、1988 年、アップルは「ナレッジナビゲーター」を発表する。
当時の社長、ジョン・スカリーはジョブズをアップルから追放した。
しかし、ジョブズは「何を作るべきか」に関しては、強いリーダーシップを持っていた。
それが自分勝手すぎて他の社員から苦情が絶えないから追放したのだけど。
ともかく、ジョブズがいないアップルで、会社が迷走するのを避けるために、強力な方向性を示す必要があったんだ。
しかし、スカリーはコンピューターには詳しくなかった。なにか「すごそうなもの」をでっちあげる必要があった。
それが「ナレッジナビゲーター」だった。
これは製品ではなく、未来予測ビデオだ。近い将来に、今とは全く違う形のコンピューターが登場して、生活が大きく変わる、という SF を短い時間にまとめたものだ。
コンピューターはこうなるべきだ、と示して、開発の方向づけをするためのビデオだった。
しかし、荒唐無稽だった。そこで描かれるコンピューター像は当時の技術ではとても作れないものだった。
音声認識もまだ十分できていない時期、パソコン通信もまだやっている人が少ない時期に、自然言語で会話して、ネットワークで必要な通信を行って、個人の為にあらゆる仕事を行ってくれる「秘書」をコンピューター上で実現する、という内容だったのだ。
アップルは、この後数年間、この「とても作れない」物を作ろうとして金を浪費し、プロジェクトから撤退する。
AI が急発達した今でも、まだ作るのは難しい。
Siri とか Alexa とか、一時期注目を浴びたけど、それを使うのは当たり前にはなっていない。
まぁ、アップルの話は今回は余談なのだが、オリベッティもこのビデオの影響で「真似をした」。
オリベッティ社の考える、近い将来のコンピューター像を示すビデオを作ったのだ。
たしか、1990年ごろだったと思う。
僕が読んだ記事では、この内容が酷い、と笑い話のような扱いで紹介していた。
描かれた「未来のコンピューター」は複数あったはずだが、2つしか覚えていない。
▼ミラーPC
洗面所の鏡にコンピューターが埋め込んである。
音声認識で動作し、顔色から健康チェックをしてくれたり、化粧や服選びのアドバイスをしてくれる。
(ハーフミラーになっていて、自分の顔に他の画像を重ね合わしたりして提案を行う)
▼ポストイットPC
超小型 PC 。値段も安くなり、他の人にあげてしまっても構わない程度に安価。
出来ることは少なく、ディスプレイに文字を表示し、他の人の机に貼り付けてきたりする程度。
ただし、「剥がされた」時には、置いてきた人の所に通知を出すので、メッセージが読まれたことが分かる。
僕はこれを読んで、笑い話にするのはどうだろう、と思ったのだ。
ナレッジナビゲーターは、とても実現の方法が思いつかないようなものだったが、オリベッティの未来予測は技術的に可能だった。
「近い将来」には十分作れて、実際に普及するかもしれないと思えたのだ。
当時のコンピューターは高価で、好きな人なら「家に1台」持っているが、持たない家庭だって多かった。
1台しかないから、目的をもって使う。その時やりたいソフトを読み込ませて利用する、という感じだ。
しかし、技術が進めばもっと安くなる、もっと普及する、というのは誰もが言っていた。
安くなれば、特定機能の PC が大量に作られ、そこら中に埋め込まれるということはあるのではないか。
それこそ、鏡に埋め込まれ、洗面所にいる時しか使わない PC があったってかまわない。
ポストイットのように単機能の PC があったってかまわない。
これが笑い話にされていたのは、この当時の多くの人の意識の中では、「PC」が高価なものだったからだ。
高価だから、多目的に使わないと「もったいない」。ソフトを入れ替えながら使うのが「あたりまえ」だった。
なのに、ミラー PC にも、ポストイット PC にも、ソフトという概念がない。最初から単機能で、それ以外のことに使うことを考えていないのだ。
PC は劇的に安価になる、という前提で作られた未来予測だが、その未来予測を見る側には、「もったいない」という気持ちが残ったままなのだ。
これが、そんな未来は来ない、と笑われた原因だ。
でも、僕は「コンピューターの使い方が、時代の流れで劇的に変わる」ことをすでに経験していた。
僕がコンピューターに興味を持ち…学研の「FXマイコン」やファミリーベーシック、MSX や X68000 を使うに至るまで、PC というのは僕にとって「プログラムする機械」だった。
もちろん、出来合いのプログラムを買ってきて使う、ということもしている。ゲームとか遊んだしね。
しかし、当時のコンピューターの使用用途には、少なからず「プログラムの自作」があったんだ。コンピューターを買えば、BASIC 等の言語が付属しているのが当然だった。
これが、僕が大学に入学して…これも 1990 年の事なのだけど、大学のパソコンルームで Macintosh を見て衝撃を受けた。
このコンピューターは、プログラムを作ることを想定していないのだ。もちろん、言語セットを購入して作ることはできるのだが、それよりは「ソフトウェアプレイヤー」として設計されている。
そうか、コンピューターが普及する世の中では、プログラムは自分では作らないのか…というのが衝撃だった。
その頃に、オリベッティの未来予測を伝える記事を読んだのだ。
プログラムを作る必要がなくなるばかりでなく、どんなプログラムを使う、と選ぶ必要すらなくなる。
PC が安くなり、大量にあるのだから、単機能に特化した PC があったってかまわないのだ。
当時は「ワープロ」という機械がまだあったが、これだって専用ソフトウェアが最初から入っていて、それ以外のことはできない PC だ。
オリベッティ社の未来予測は笑い話にされているが、こうした時代はいつか来るだろう、と僕には思えた。
さて、最近になって特に思うのだ。
車のバックミラーに、ナビゲーションの機能を付けたような製品あるよね。これ、ミラー PC ではないのか。
洗面所ではないが、オリベッティが言いたかったのは洗面所にコンピューターを置け、ということではなく、「鏡をディスプレイと融合させる」ということなのだ。
また、スーパーに行くと値札が電子ペーパーになっている。
これ、ポストイット PC ではないのか。
ちゃんと通信機能は付いていて、POS 側で値段変更とかすると、棚の値札も値段を変えられるようになっているのだ。
「それなりの」機能を持つ PC… CPU に RAM とフラッシュメモリを内蔵し、電源さえつなげば 1chip で動作するようなものが、安ければ 300円以下で入手できるようになっている。
そんな安い CPU で Linux を動作させた、なんて記事も見かける。
先に書いたが、アップルが予測した「ナレッジナビゲーター」はまだ実現していない。
当時はナレッジナビゲーターを「良い未来予測」ともてはやし、オリベッティ社の予測は笑う人が多かった。
しかし、本当に未来を予測できていたのは、オリベッティ社の方だったように思う。
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別年同日の日記
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今年の異常気象は、記録するに値すると思う。
「現時点では」皆が知っていることなので、公開する日記に書く必要はなさそうに見えるが、数年後に意味が出るだろうから、書き留めておく。
今年は5月から猛暑だった。
真夏日が連続し、8月並みの気温、といわれた。
とはいえ、6月初旬ら7月中旬までは梅雨で猛暑の影響はなくなる。
梅雨明けからは、また猛暑。このままでは真夏の8月はどうなるのか、とだれもが思ったが…
8月中旬は雨続き。
実は、5月以降は週末のたびに雨が降っていた。土日のどちらかで雨が降る、というのは、10月頭まで18週連続だったらしい。
そして、8月下旬から10月頭まで、東京では37日連続で「毎日雨が降る」という記録となった。
ここでいう雨は、10分以上降れば記録される。そのため、雨続きとはいえ日中晴れて日差しのある日もあった、とは書いておく。
とはいえ、豪雨も繰り返され、千葉では3回も豪雨災害に見舞われ、そのうち2回は大規模な都市浸水、土砂崩れによる死者なども出ている。
神奈川でも三浦半島では同様に豪雨災害が起きた。僕が住む鎌倉でも、道路の冠水被害などが報じられた。
37日も雨が続いたことで、テレビのインタビューではおじいさんが「生まれてこの方、こんな雨は経験がない」などと言っていたのだが、過去の最長記録は 2019年で 33日だそうだ。
これは、梅雨の長雨での記録。今回は秋の長雨だ。
2019年も結構な異常気象で、我が家も台風被害にあっている。
この時は家の近所でも土砂崩れがあったと思うのだが(人的被害は無し)、今回も豪雨のたびに町内のどこかで被害が出ないか心配だった。
台風も多く、この日記を書いている10月6日時点で、台風29号が発生している。
28号は、ハリケーンが日付変更線をまたいだので台風に種類が変わった、という珍しいものだ。
(台風名はアジアの各国であらかじめ持ち寄った名前リストにより、機械的に命名される。しかし、28号はハリケーンの時に「ノロ」という名前がついていたため、台風になってもこの名前を引き継ぐそうだ)
5月以降週末のたびに雨だった、というのも、毎週のように台風がやってきていた影響が大きい。
遠く離れていても、前線を刺激して雨が降るのだ。
今年の盆まつりの日記にも、ホタルの日記にも、台風の影響がー、って書いてある。町内会行事はずいぶん台風の影響を受けた。
9月にも町内の神社の例大祭があったのだが、台風で中止になった。
そして、海水温はまだまだ高く、少なくとも11月くらいまでは台風が発生するのではないか、と予期されているようだ。
もしかしたら12月でも発生するかもしれない。過去にもそういう年はあった。
以上、とりとめもないが、今年は異常気象だ、という記録だ。
ちなみに、異常気象は、何らかの気象条件に付いて「10年に一度程度」の異常を示せば異常気象と呼ばれる。
異常低温、異常高温、異常渇水、異常降雨…いくらでも異常はあり得るので、毎年のように異常気象は起こり得る。
だから異常気象だからと騒ぐ必要はないのだが、今年は10年に一度どころか、かなりの災害レベルになっているので記録するものである。
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町内会の盆まつりが行われた後で、各自反省点や気づきなどを文章化して残そう、という話になった。
盆まつりは町内で最大のイベントなのだが、大きすぎて町内会の運営を行う「評議員会」だけでは実施できない。
町内の別組織と共同で行う形になっている。
なので、評議員各自の担当も、町内会の普段の仕事とはあまり関係がない。
出来る人ができることをやる感じだし、経験がある人はまた同じ仕事をすることが多い。
しかし、それでは仕事が属人的になってしまう。
作業の流れや反省点、気づいた点などを文章として提出してもらい、総務部の方でまとめて「マニュアル化」することで、はじめての人でも作業ができるようにしよう、という提案だった。
なるほど。良い機会なので、喜んで文章を作成した。
僕は盆踊りの際には、音響と華掛け印刷を受け持っている。
この仕事が、属人的の極み。以前受け持っていた方から直接教わり、今は僕がやっているが他にできそうな人がいない。
それぞれパソコンを使って作業している、という時点で、できない人が多いのだ。
と言っても、大したことはやってない。
音響は、盆踊り曲を MP3 化したファイルが沢山あって、流したいときにダブルクリックするだけだ。
その PC から繋げた音響機器のセッティングとかの方がややこしいのだが、これはパソコン知識とは別のもの。
華掛け印刷…華とは寄付金の事。寄付をくださった方の名前を、感謝を込めて掲示する。
これの印刷というのは、まぁ、ワープロで名前を入れて印刷する、という程度のものだ。
縦書きで名前を書きやすいように、あて名書きソフトを流用している。はがきよりはるかに大きく印刷したいので、プリンタドライバの段階で 200% 引き延ばしを行っている、などノウハウはある。
でも、ワープロ使えればできる程度の話。
その場にPC とプリンタを持って行って、普段 WiFi 経由で使用しているプリンタをアドホックモードで接続する、などの方が知識が必要だけど。
さてさて。
町内会で持っている音響機器の設置方法から、そのダイヤルの意味や設定方法、周辺の機器接続などまで、詳細にまとめた。
「気づき」というようなレベルを超え、最初からマニュアルを作るつもりで記述。
後で総務部の人が「マニュアル化」作業の際に、必要であれば元データを参照できるように、google doc で作成して、ドキュメント内に共有 URL と、それを QR コード化したものも入れておいた。
全13ページの大作になった。
華掛け印刷の方は、それほど書くことがない。こちらは3ページだけ。
文章化してまとめることで、自分がいつも「なんとなく」やっていることを、改めて洗い出すことができた。
毎年試行錯誤から始まっちゃう音量調整なども、論理的に書いて残したので来年参照できるだろう。
話はこれで終わらない。
普段、町内会の中では僕は福祉厚生担当で、ちょうど敬老の日のお祝品の配布が済んだところだった。
これ、半年かかる大仕事なんだ。
前任者がやるべきことのリストを A4 1枚の紙にまとめてくれていて、5月にはこれをやらないといけない、6月にはこれをやらないといけない…と、順にできるようにしてくれていた。
でも、一部は古いやり方になっていたし、作業内容が分かっている前提のメモに近いものだったので、やはり作業が属人的になっていた。
よし、頼まれていないがこれもマニュアル化しよう。
…というわけで、また9ページのマニュアルが出来上がった。
前任者のやり方から改良した点なども細かく説明したし、一応これを読めば一通りの作業はできる…つもり。
まぁ、わからないことは自分に聞いてもらう、程度のものだけど。
今まで、前任者が A4 1枚のメモにまとめていたので、この形式を守ったまま内容をアップデートしないと…と、頭のどこかで固定観念があったのだ。
思い切って自分で1から作った方が、自分としてはやりやすかった。自由にできるんだから、当たり前だよな。
(A4 1枚のメモで過不足なくすべてを入れてある、というのは前任者の「まとめる力」がすごいところ。仕様概要などを端的にまとめるのが上手な、元システムエンジニアの方だ。
しかし、僕にその力はない。短くまとめるより、詳細を説明する方が性に合っているのだ)
さて、次は「ご出生お祝い会」の開催方法についてもマニュアルをまとめよう、と思っている。
これも福祉厚生の仕事で、前任者の意向はあったとはいえ、僕が始めて、試行錯誤しながら形式を作り上げてきたもの。
属人的の極みで、現状僕しか出来ない。しかし正直なところ負担になっていて、誰かが代わりにやってくれればありがたいんだよね。
小さな子と遊ぶのは好きだから、開催日に参加するのは喜んでやるのだけど、準備は丸投げできれば有難い。
あと、もう少しすると、隣の町内会と合同の「市民運動会」がある。
毎年招集係のチーフをやっているのだが、このやり方も僕の属人的な作業になりつつあるので、今年の運動会が終わったら、細かなことを忘れないうちにマニュアルまとめておこう…
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次女が合唱コンクールの練習をしている。
なんか、近年では合唱の定番となっているポップス曲のアレンジらしいのだが、僕はよく知らない。
長男も長女も知っていたので、本当に定番なのだろう。
ところが、「アレンジ」なのでバージョンがいくつかあるらしい。混声3部が良く使われるものらしいが、次女のクラスでやろうとしているのは混声4部。
そして、次女の割り振られたアルトパートは、混声3部には存在しないパート。
そのままでは参考になるものもなく難しかろう、というので、軽音部の子が打ち込みでメロディの音声ファイルを作って来たらしい。
それで、自分が高校の頃の話を思い出して、子供に語ったのだった。
高校の時の中の良かった友達が、PC-6601 を持っていた。「歌うパソコン」だ。
当時としては音声合成ですら最先端技術だったが、なんと歌うことができたのだ。
合唱コンクールの時に、楽譜を見ても曲がよくわからないから、と、友達が PC-6601 に歌わせ、その歌声をカセットテープに録音したものを学校に持ってきた。
それで聞かせてもらったのだが… これが、とても音痴なんだ。
パソコンなので、音程は正確だ。しかし、テンポが崩れるのだ。
当時のパソコンは、BASIC でプログラムを作ることが多く、音楽演奏も BASIC で作っていた。
(MML 、という音楽をアルファベットの組み合わせで表現する記法を利用する)
BASIC は1命令ごとに解釈して実行するのだが、MML は「解釈してから演奏を開始」した。演奏中はリズムも結構正確。
でも、1曲丸ごと MML で表現する、というのは BASIC の行の長さの制限からも無理で、演奏命令を「連続して書く」必要があった。
すると何が起きるか。演奏中は正確だが、演奏が終わって次の演奏命令を解釈するときには、「解釈に少し時間がかかる」のだ。リズムが乱れる。
いや、しかしその程度のことは当時の BASIC も想定済み。ある頃から、演奏命令には「演奏オプション」の設定ができるようになり、演奏を完全に終わらせる前に「最後の数音符」を割り込みでバックグラウンド演奏するようになっていた。
言葉が難しいが、最後の演奏を待たずして演奏命令は「次の命令」の読み込み解釈を始められる、という意味だ。
これを使うと、テンポずれが無くなって音痴感が減る。
…だが、これは「音楽演奏」の話だ。
歌う、というのはさらに処理が必要だった。指定されたローマ字を元に音声波形を合成し、それを指定された音程に合わせて「歌う」というのは、非常に重い処理だったのだ。
かくして、時々リズムがつっかえる、音痴な歌が完成する。
(リズムが崩れる、というのがどういうことか、PC-6601 風に歌ったら子供にウケた。)
次女が持ってきたのは「打ち込み」で音を示しただけのものだったが、初音ミクにでも歌わせていれば、本当に当時の再現だっただろうね。
今の技術なら、音痴にならずに自然に歌える。
しかしまぁ、当時だって謳わせようとせずにメロディの確認だけにしていれば、問題は出なかったはずだが。
さて、上記は「話のきっかけ」に過ぎない。
ここから、なんとなく自分の高校3年生の時の合唱コンクールの話になり、その話が「ウケた」ので、日記にも書いておこうか、と思ったのだ。
えーと、老人が昔話を語るだけなので、長いのに読んでも何も得られません。期待しないでください。
高校3年生の時、僕の通っていた学校は受験する大学に合わせて「理系クラス」と「文系クラス」に別れていた。
結果、理系クラスには男子のみの「男クラ」が、文系クラスには女子のみの「女クラ」が生じる。
合唱コンクールで、女クラは上位に入ることが多かったように思うが、別に優勝候補というわけではない。
そして、男クラは、まず間違いなく最下位か、それに近いところ確定だった。
高校3年生の男子、というのは、声変わりした自分の「声」をまだうまく使えないのだ。音痴も多く、美しいハーモニーの「合唱」なんて期待できない。
これはもう仕方のないことで、音楽の先生だって男クラには期待していなかった。
ところが、だ。
クラスの中のお調子者…しかし、リーダーシップを取れる奴が、急に熱く言いだしたのだ。
男クラだからって、最初からあきらめていたら、せっかくの行事がつまらないものになってしまう。
参加するからには全力でやろう。優勝狙っていこうと。
そいつはただ熱く言うだけではなく、戦略的にものを考えてきた。
ハーモニーは望めないが、代わりに男声でないと出せない「迫力」は出せる。
リズムを合わせてみんなで歌えば、迫力のある良い合唱にできるのではないか?
音楽の先生にも相談し、彼が選んで持ってきた楽譜は、黒人霊歌の「Soon ah will be done」だった。
奴隷として使われる黒人が、もうすぐ終わる…苦しみから解放してくれる「死」を願う歌。
一応、男女混声4部合唱だ。
でも、女声部分はオクターブを下げて男性でも歌えるようにアレンジ。
後半に、ほんの少しだけ女性ソプラノのソロパートがあった。合唱の上に重ねるように、ソロで歌うのだ。
これは、思い切ってカット。
そして、練習ではとにかく「リズムを揃え、大きな声で歌う」ことを徹底した。多少音がずれてもバレないが、リズムが狂えば迫力は出ないのだ。
これらの練習を監督したのは、もちろん言い出した「お調子者」。指揮者を買って出て、実際指揮の取り方も上手かった。
そして本番。
男クラの合唱なんて、聞く必要ないよ…と多くの人が思っているため、ホールの壇上で準備が整っても、会場がざわついている。
ここで指揮をするお調子者は、根性が据わっていた。壇上で微動だにせず、じっと待ったのだ。
何かただならぬ雰囲気を感じて、徐々に会場が静まっていく。そして、十分に静まった時に、やっと彼は腕を振り上げた。
会場も静かになった緊張感の中で、練習通りにリズムの揃った歌を歌うことができた。
その歌声は、十分に「迫力のある」ものだっただろう。
そして、結果発表。なんと、優勝。
この時の高校は、創立して20年程度だったのだけど、音楽の先生は「創立時からずっといる人」で、男クラ優勝は今までになかった偉業だ、と泣き出してしまった。
優勝クラスはもう一度歌う、という決まりなので壇上に登って歌ったのだが、この時はみんな浮足立っていて、締まりがない。音楽の先生によれば「最初の迫力はなかった」そうだ。
担任の先生も大喜びで「みんなにラーメンおごる」と言い出したのだが、近くにラーメン屋がなくて、捜し歩いている間に半分以上「もういいや」って帰っちゃってた。
(おかげで当初考えていた予算より安くなったようで、ラーメンに餃子が付いた)
これ、少年漫画かよ、っていうような「熱い」話ではあると思う。
誰も期待してないクズの寄せ集めを、一人の熱いやつが率いて、圧倒的な勝利を収めた話だ。
ただ、現状分析と、「悪い部分をカバーする」のではなく、「持っているものを最大限に生かす」方針を定めたのがすごかったと思う。
多分音楽の先生のアドバイスも大きいのだと思うけど。
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