歯車7ページ目の日記です

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2015-06-02 ハーバード・マーク1
2015-06-19 トーマス・J・ワトソンの命日(1956)
2015-06-19 パンク
2015-07-10 ニコラ・テスラ 誕生日(1856)
2015-07-16 原爆実験の日(1945)
2015-09-12 レイ・ドルビー博士 命日(2013)
2015-10-01 デイブ・アーンソン 誕生日(1947)
2015-10-06 特色印刷
2015-11-03 レフ・テルミン 命日(1993)
2015-11-17 ハーマン・ホレリス 命日(1929)
2015-11-23 「ちきゅう」一般公開
2015-11-23 三菱みなとみらい技術館
2015-11-27 エイダ・ラブレイス 命日(1852)
2015-11-28 中将棋(あるいは私的ゲーム論)
2015-12-01 半月分の家族日記
2015-12-05 たくさん交換
2015-12-07 2つの格安SIM
2015-12-07 2つのSIMフリー スマートフォン
2015-12-26 チャールズ・バベジ誕生日(1791)
2016-01-18 森公一郎 命日(2015) レイ・ドルビー誕生日(1933)
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ハーバード・マーク1  2015-06-02 11:01:33  コンピュータ 歯車

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昨日のうちに、ハーバード・マーク1こと IBM ASCC の概要記事を公開しました。


これは、歯車計算機だから歯車ページね。

プログラムが組めるのでコンピューター扱いでも…と迷ったのだけど、「最後の歯車計算機」として扱うことにした。




もう、10年来「中高生の夏休みの宿題のためのページを書きたい」と言い続けています。


2000年代の前半に、3年くらい開けて2回、中高生から連絡が来たのね。

「夏休みの宿題にしたいので、最初のコンピューターについて教えてください」って。

(その後は来てないのだけど)


僕は趣味で調べているだけで、偉そうに言える専門家ではない。

大体、こんな分野に専門家がいるとも思えない。

でも、知っていることだけでもざっとまとめたページを作るのは悪くない、と考えました。


僕のページは1つづつの機械を深く掘り下げるように書いているけど、実際には歴史の流れも一緒に見て、歴史的に近い機械の何が活かされて、何が新規アイディアなのかを知るのが楽しいから。

流れをまとめたページを作れば、そういう俯瞰視点を持つ意味でも役に立つ。



先日、急に「そろそろ夏だな」と思ったときに思い出して、いまから書くとしたらどんな機械を紹介すればいいだろう、と思ったのです。




コンピューターの歴史の中には、重要な機械が沢山あり、僕が名前程度しか知らないものもいっぱいです。

多分、恥ずかしながら名前も知らない機械だっていっぱいあるはず。


もちろん「最初のコンピューター」に的を絞ればかなり範囲も減るのだけど、それでも詳細を知らない機械は一杯ある。


大体の流れを追うのに必要なマシンはこれくらいかな…とまとめていく中で、急に SSEC を思い出しました。


以前、NOP 命令を調べた時に気になっていたマシンです。

その時に詳細資料を探したのだけど、見つかりませんでした。古い機械だからね。



ところが、この時ふと思い浮かんだキーワードで探してみたら…見つかったのです。

SSEC の技術資料を一生懸命探していたのが良くなかった。特許を調べたら、この時代の特許は今と違って、馬鹿正直に技術を解説していたのでした。


#現代の特許は、少しでも範囲を広げるように、できるだけぼかした書き方をするテクニックが重視されます。

 でも、当時は「発明品を馬鹿正直に解説する」特許書面が多いのでした。




IBM が始めて作ったコンピューター、IBM 701 にはすでに NOP がありました。

以前の調査では、どうもこれが「一番古い」NOP 命令でした。


でも、IBM は、701 以前にも「プログラム可能な計算機」を2台作っていまいた。


1つめは、今回紹介した、ハーバード・マーク1こと IBM ASCC。

これに NOP 命令が存在していないことは、以前に調査してわかっていました。


そして、もう一台は ASCC の後に、701 の前に作られた、SSEC 。

SSEC に NOP が存在したのかどうかが、非常に気になっていました。


僕が信頼しているコンピューター歴史書には、SSEC は ASCC を高速・大規模にしただけで、特筆する点は無いマシン、としていました。

だから、僕の予想も SSEC には NOP は無い、となっていたのですが…



…特許書面を調べると、なんと NOP 命令(当時の表記では no op 命令)がありました。

まさか、コンピューター以前から NOP が存在したとは思わなかった。



しかし、あるとわかった以上 SSEC の詳細を調べなくては。

そのつもりで SSEC の詳細を調べたら、ASCC とはかなり違う。

「高速・大規模にしただけ」なんて話では、全然ない。


#と言っても、もちろん類似性はある。類似性にだけ注目すれば、高速・大規模にしただけに見える。

 新規性もあって、新規部分を見れば全然違うマシンに思えてくる。

 これをどう考えるかは人によるので、読んだ本の記述がおかしいとは思わない。


SSEC のこと書いて、最初の NOP 命令の記事も訂正しないと…と調べていくと、SSEC は今のコンピューターとはかなり考え方が違う。

そう、やっぱり ASCC の技術の延長にある、というのは紛れもない事実。


これは、片方だけ解説しても片手落ちだ。歴史を正しく認識するためには、この2つはセットで扱わないと。




自分でも、この時点で「悪い癖が出た」と判っていました。

TX-0 の資料を見つけて読みだしたときも、Whirlwind I の存在を知ってしまって、そちらの記事を書き始めたら泥沼にはまって、なかなか TX-0 に進めなかったんだよね。


でも、幸い ASCC はバベジの解析機関の影響を受けた機械でした。解析機関はずっと以前に書いているから、そちらの説明はいりません。


というわけで、調べたことをまとめたものが、昨日公開した記事。

わかりやすい概要と、興味がある人向けの詳細の2本立てになっています。




次は SSEC 書かないとね。


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トーマス・J・ワトソンの命日(1956)  2015-06-19 10:05:47  コンピュータ 歯車 今日は何の日

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今日は、トーマス・J・ワトソンの命日(1956)。


IBM の初代社長です。起業した人かというとちょっと違うのだけど。

ちなみに、2代目社長となるトーマス・J・ワトソンはこの人の子供。


わー、なんだそれ。子供に自分と同じ名前付けるな。

ややこしいので、一般に父親は「シニア」または「ワトソン」、子供は「ジュニア」または「トム」(トーマスの愛称)と呼ばれます。


#日本では名前はややこしくないようにするものだけど、欧米では親の名前を「受け継がせる」のもごく普通。




先日から、ハーバード・マーク1IBM SSEC の話を書いてきました。

どちらも、IBM 公式には「自動計算機」ですが、それらはシニアの時代に作られています。


一方、IBM 701以降の「コンピューター」は、ジュニアに社長交代してから。


公式にどう呼ぶか、というだけの問題で、SSEC が事実上コンピューターと呼んでも差支えが無い機械であることは、SSEC の話題として書いています。




シニアの生涯…を語ったところで、Wikipedia と似たような記述になってしまうので、詳細を知りたい人はそっちを見てください。

英語記事の忠実な翻訳のようなので、それなりの信頼性はありそうですが、検証したわけではないので保証はしません。


ざっくりとだけまとめておきます。


田舎者だったシニアは、成人しても良い職に就けずに転職を繰り返します。

でも、やっと得たミシンのセールスマン(当時はミシンは高価で実入りの良い商品だった)の職を、酒の失敗でクビに。


さらに、この失敗が知れ渡り、どこも雇ってくれなくなります。

仕方なく自営の肉屋を始めますが、これも失敗。


商店を始めるために分割で購入したレジスター…当時としては最新の「計算機」…を処分するために販売元の NCR を訪れ、とにかく職も金もなく支払いが続けられないことを相談したことから、NCR に入社します。


ここで…ライバル社の機械を使っている店に行って、こっそり「破壊する」という汚い方法を使い、売り上げを伸ばします。

これでシニアの地位は上がり、中古レジスターの販売会社を任されると、そこでも「ダンピング販売してライバル店を潰す」という汚い方法を使い、トップシェアを奪います。


ただ、行き過ぎた販売行為に 1912年に独占禁止法で起訴され、一度は有罪判決に。

(これは、アメリカで初めての、独占禁止法による企業起訴でした)


シニアは上告し、様々な主張を行います。


政府は、控訴審の手間を惜しみ諦めます。これで無罪に。




NCR をトップシェア企業にし、訴えられたとはいっても結果は「無罪」となったシニアは、CTR 社に好待遇で迎え入れられます。


CTR は「コンピューティング・タビュレーティング・レコーディング」の意味で、パンチカード集計機の始祖である、タビュレーティング・マシーンズ社を元とした企業です。


さらに CTR 社で社長となったシニアは、社名を「インターナショナル・ビジネス・マシーン」社に改名。

これが IBM の名前の由来となります。


大会社のトップとなったシニアは、もう以前のような荒くれ者ではありませんでした。

汚い方法を使うようなことはありません。



IBM は、CTR の頃と同じようにパンチカード集計機を商売の中心としています。

ただし、ただ「販売」して終わるのではなく、その機械を商売の中でどのように使用し、どのように利益を出していくか、コンサルタントのような業務も行いました。


機械を販売するのではなく、機械を使って業務を改善する「サービス」を販売する。

そのサービスを買って良かった、と思えるほどの利益を出して見せる。損したとは言わせない。


そのためには、サービスを行う従業員を大切にしなくてはならないし、従業員はお客様の利益を第一に考えなくてはならない。


この頃に彼が掲げた IBM の標語「Think」は、お客様のために従業員の一人一人が何を出来るか考えよ、という意味です。




とにかく、シニアは従業員を家族のように大切にしたようです。


自身が若いころに酒で大失敗していたため、社員にも細かな飲酒規則を定めたようです。

これも、彼なりに社員を思っていたのでしょう。ジュニアはこれに懐疑的だったようですが。


多くの社員が協力した IBM ASCC が…勝手に「ハーバード・マーク1」と名前を変えられ、IBM の協力があったことを一切語られなかったことに激高した、というのも理解できます。


ASCC の雪辱を晴らすべく SSEC を作った時に、これを「コンピューター」と呼ばなかったのも、当時「コンピューター」は IBM の社員の肩書だったためでしょう。

社員が誇りをもって行っている仕事を、決して機械なんかに奪わせたりはしない。社員を大切にする、という意思の表れのように思います。


こちらも、想いは立派でも当時の世相としては、IBM を時代遅れにしかねない考えだったため、ジュニアに代替わりしたらすぐに IBM 701 「コンピューター」を発表しています。



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パンク  2015-06-19 20:29:48  歯車 住まい 家族

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パンク

昨日、次女を保育園に迎えに行く時に雨が降りそうだったので、車で行こうとした。


…家を出てすぐ、何か変な異音がする。

すぐに近所のスーパーの駐車場に入り、確認すると左後輪がパンクし、破けていた。


すぐに家に引き返す。

見ると、家を出るところから、変なタイヤ痕がある。


どうやら、駐車している間に空気が抜け、それに気づかずに走り出したためにタイヤが破けてしまったようだ。




昨日のところは、自転車で迎えに行き(幸い雨は降らなかった)事なきを得た。

その後、夕食作ったり風呂入れたりで、パンク対処は出来ず。


今朝は雨。保育園に送っていくのに車使いたい、雨。


さっさと朝ごはんを食べ、雨が小降りになったタイミングで応急処置開始。

マニュアル読んだら、スペアタイヤは後輪には使うな、前輪を後輪に回し、スペアは前輪に入れよ、とある。


…面倒くさい。ここで一度気勢をそがれる。


でも、修理に持っていくにしても、スペアには変えなくてはならない。やっぱやる。



実は、10年近く前に一度パンクしたことがあり、スペア交換したことはあった。


その時は、中古で車を求めて1年程度。まだ大丈夫だろうと思ってタイヤはそのままにしてたら、前の持ち主がかなり酷使していた(それは距離計からも判っていた)ようで、空気が抜けた。


その時の経験があるので、タイヤ交換は 30分ほどで終了。

保育園に送る時間には間に合ったのだけど、丁度雨はやんでいたし、妻が自転車で送ってくれた。




妻が自転車で送って行ってくれたのは、保育園に送る時間では、そのままタイヤを買いに行けないとわかっていたから。

行って、家に帰って、すぐ後にまた出かけて…と2度手間になってしまう。


10時過ぎ、近所の「タイヤ館」に出かける。ブリジストンのショップだな。

実は、10年前のパンクの際も、ここでタイヤを買っている。


というか、10年タイヤ変えてないことが問題だな、とは分かっている。

それほど乗らないから、表面の溝はまだ交換サインまで削れてなかったんだよ。

(一応、2年ごとの車検の際に確認はしている)


でも、距離による劣化だけでなく、ゴムは時間によっても劣化する。変えないといけなかった。反省。



タイヤ館に着いたときは、土砂降り。

状況を説明したら、スタッフの方がタイヤの型番など確認しに行き…「ずいぶん長く乗られましたね」と。


水にぬれると状態は把握しにくくなるのだけど、それでもはっきりわかるほど劣化していたらしい。




10年前は、数種類の適合タイヤがあって、その中から選べた。


でも、乗っているタイプの車が減っているのは知っている。今は適合タイヤが一種類しかなかった。

選択の余地はないので、それでお願いする。


アライメントと調整しますか? と聞かれる。

結構高いけど、10年乗っている車だから、メンテナンスしてもらおう。頼む。


今の車、すでにぼろぼろだけど、家の前の道狭いから他の車じゃ入れないんだ。

大事に使わないと。



あとは、作業の様子を見ながら1時間…フリードリンク飲みながら、ひたすら待つだけ。


せっかくなので、作業風景をツイートしながら待ってみた。




せっかくだからコンピューター? の話。

アライメント調整というのは、タイヤの取り付け角度の調整のこと。


前輪は、少し内側を向くくらいが良い。後輪は平行についていればよい。

これを調整するわけだけど、もちろんその前に、取り付け角度を「測定」する必要がある。


タイヤにぴったりくっつく、羽のようなものを付けて、パソコンでカメラで撮って認識させていたようだ。

羽根には、黒地に白い細かな丸がいっぱい描いてあった。


これで、認識させながら、車を手で押して動かす。

わずか…30cm 程度しか動かしていないと思う。


でも、羽は動く。これを画像認識させることで、角度を測定しているようなのだ。


測定後、車軸を何やら調整していた。

後で聞いたところでは、うちの車は前輪しか調整できるようになっていなかった、とのこと。


逆に言えば、調整できないので狂いも少なかった。後輪はほぼ大丈夫。

前輪は、内側に向きすぎていたし、左右で角度が違ったので、調整してくれた。




というわけで、これでまた10年は持つ…なんて言っちゃいけないね。

次は、もっとこまめに状態確認する様にします。



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ニコラ・テスラ 誕生日(1856)  2015-07-10 16:24:39  歯車 今日は何の日

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ニコラ・テスラ…名前は有名なのですが、何をした人かさっぱりわからん、という人も多いでしょう。


え? それ以前に名前も知らなかった?

電気自動車会社で有名なテスラ・モーターズとか、磁石の強さ(磁束密度)の単位「テスラ」とかに名前を残すのですが…


テスラ・モーターズは名前を貰っただけで関係ないし、磁石の強さの単位としては、一般的に「ガウス」が用いられます。

(10ガウス=1ミリテスラ)




この人、すごい発明しているのに不遇なのです。

まず、交流電流。これが彼の最大の発明。


交流発電機で電気を起こし、変圧器を使って送電し、交流モーターを動かせます。

また、交流は放電に向いているので、蛍光灯を点けることができます。


彼の発電機はナイヤガラの滝に設置され、発電を行いました。



電気関連の発明では、エジソンが有名。

エジソンは、直流を使っていました。


でも、交流発電機の方が構造が簡単でエネルギー効率も良い。

交流の方が変圧も簡単。変圧することで送電時のエネルギーロスも減らせるし、モーターも交流の方が効率が良い。


そして何よりも、交流から直流を作り出すのは簡単だけど、直流から交流にするのは大変。


交流の方がいいことばかりなので、現在世界中で交流が使用されています。


実は、テスラはエジソンに憧れていて、エジソンの作った会社に入社しました。

そこで研究を行い、交流の方が優れていることを見つけたのです。




しかし、エジソンは直流にこだわりました。

直流の電気回路は小学校の理科でも学ぶくらい、単純なものです。しかし、交流はいろいろとややこしい。


エジソンは優れた発明家でしたが、学はありませんでした。小学校中退、というのはあまりに有名なエピソードです。

交流回路を正しく理解するには、刻々と変わる電圧を把握するため、微積分の知識が必要になります。


どうも、学のないエジソンにはこれが理解できなかった。

交流の方が良い、と強く主張するテスラを、会社から追い出しています。



テスラは自分の会社を興し、交流送信網を構築しようとします。

しかし、エジソンはこれを執拗に妨害します。


エジソンは当時から大発明家・実業家として知られていました。

一方、テスラは今でこそ評価が高いのですが、当時は無名です。勝負は見えていました。


エジソンの発明品の中に、電気椅子があります。

実は、これは交流の普及を防止するためのもの。


死刑囚に高電力の交流電流を流すと死ぬ、ということを見せつけ、交流を「危険でとても使い物にならないもの」だと印象付ける作戦でした。


実のところ、問題は「高電力である」ことで、交流かどうかはあまり関係ありません。


テスラもそれはわかっていて、エジソンの主張を逆手にとって「交流電流を人体に通してもなんともない」というショーを行ったそうです。




テスラの名前をもっとも有名にしている発明と言えば、テスラコイルでしょう。


…すみません。僕、電気回路詳しくないのでよくわかりません。

以下、間違えているかもしれないので鵜呑みにせぬようお願いします。


テスラコイルは、変圧器の一種です。

変圧器というのは、電圧を変えるための仕組み。先に少し書きましたが、交流は電圧を簡単に変えることができます。


テスラコイルは、超高圧・高周波電流を作り出します。電圧が上がる代わりに電流は少なくなるため、危険性はそれほどありません。


しかし、あまりに高圧・高周波になるため、激しい放電を起こすのが特徴です。

というか、テスラコイルの真の目的は変圧にあるのではなく、「放電」というパフォーマンスを見るためにあるように思います。



電線がぐるぐる巻きにされた武骨な鉄塔から、激しく青白い電気を放つ姿は…マッドサイエンティストのイメージそのものです。

というか、それは因果関係が逆。


あまりに異様なその姿から、テスラコイルは、映画などに登場する「マッドサイエンティスト」必携の道具となっているのです。

現代人である我々は、そのイメージでテスラコイルを見てしまうため、マッドサイエンティストに感じる、というわけ。





さて、先に「人体に交流電流を通すショーを行った」と書きました。


どうも、このテスラ・コイルを応用したものだったようです。

変圧器で電圧を挙げると、その分電流が減ります。


(電力)=(電圧)×(電流)


となっていて、電力は常に変わらないのです。


ところで、電圧が高ければ、遠くまで電気が届きます。

また、「高周波」になると、導体…電気を流す経路の「表面付近」にのみ電流が流れるようになります。



つまり、テスラコイルで昇圧した電気を体に流すと、身体の表面だけを電気が通ります。

元々電流は小さいですし、心臓などの電気に弱いところを電気が通らないのですから、問題は出ません。



テスラはこれらの現象をちゃんと研究したうえで、高電圧・定電流の電気を自分の体に通して、ショーを行いました。

このショーで使われたのが、彼が改良した「蛍光灯」です。


実は、特定のガスの中に電気を放電すると輝く、というネオン管の原理はすでに知られていました。

「放電」ですから、テスラコイルの電流と相性はいいです。


テスラは、これを改良し、さらに輝くようにしてショーに利用したようです。



ところで、蛍光灯は、実はわずかな電気で輝きます。

冬、セーターを脱ぐ際の静電気で点灯できるくらい。


エジソンの作った電球を点灯するのであれば、人間の体を通した電気で…というのは難しかったかもしれません。

でも、蛍光灯ならできました。テスラはそれをショーに利用したのです。


彼の蛍光灯は、1893年のシカゴ万博でも展示されています。


#現在の蛍光灯は、紫外線を発生させて、管の表面に塗った蛍光物質を光らせています。

 しかし、彼がショーで使用した蛍光管は、どうもネオン管に近いものみたい。

 蛍光灯、と言ってよいかわかりませんが、一応蛍光灯の元祖ということにされているようです。



#なお、この時、可視光線だけではなく「透過性のある謎の光線」も同時に出ていることに気付き、研究を行っています。

 後にレントゲンが発見する「X線」なのですが、テスラはこの時は存在に気付いたものの、有用性に気付かなかった様子。




1888年にドイツのヘルツが「電波」を発見し、離れたところに信号を送れることを示しました。

ただし、この時点での伝送距離は、ほんの数メートルです。


テスラも電波送信に興味を持ち、1901年に大きな電波塔を建て、実験を開始しています。


電波は、交流電流の一種です。

交流であれば、テスラのお手のものでした。



…が、実験は失敗します。

当時は、周波数が低いほうが遠方への伝送に適している、と言われていました。

(現在、この知識は間違っていることがわかっています)


テスラもそれに倣ったのでしょう、非常に低い周波数を利用したのですが、現代から見るとこれは誤りだったのです。


そうしているうちに、イタリアのマルコーニが、無線の遠距離通信に成功します。



テスラはこれを悔しがり、マルコーニの手法の中でテスラの特許が多数使用されているのを見て、特許料の支払いを求めて裁判を起こしています。




さて、伝記としては、大体以上…だと思います。


ところでテスラさん、発明家である以上に「研究者」で、非常に多岐にわたる科学研究をしています。

頭もかなり良かったご様子。


でも、同程度の学力を持っていないと相手に意図が伝わらない、という経験は、痛いほどしたみたい。

なによりも、憧れていたエジソンが数学などを全く理解していなかったのが、かなりショックだった様子。


その後の言動では、深い理論を言わないと理解してもらえ無さそうな話や、彼自身にもよくわからない話になると、たとえ話で相手を煙に巻いて終わることが多いようです。


たとえば、「宇宙人と交信してる」とか、「地球も破壊できる」とか言ったらしいのね。


宇宙人との交信は、電波通信の実験の前段階として、宇宙線(宇宙からくる電波)の受信研究があったため。

当時は、宇宙線は存在も明らかになっていませんでした。(発見は 1912年で、テスラが研究していたのは 1897年ごろ)


宇宙からくる謎の電波を説明するのに「宇宙人と交信している」以上に適した言葉があるでしょうか?



「地球を破壊する」は、高周波の振動を与えると大きなものでも瓦解する、という実験から。


構造の全体を高周波で揺らすと、各部にきしみが生じて、大きな力を与えなくてもやがて瓦解します。

超音波を利用した汚れ落としなどはこの応用。


地球全体に高周波を与えられるかどうかは別問題として、同じ原理で「地球でも破壊できる」というのは、適切な言葉のように思います。



以上、頭がおかしかったわけではないですが、テスラコイルの持つ強力なイメージと結びついて、「マッドサイエンティスト」に仕立て上げるのには格好の素材。

今では、彼の言葉は針小棒大にとらえられ、すっかりおかしい人だったことになっています。




逆に、彼が不遇の人で、認められていないけど、実は現代生活の多くが彼の発明によるものだ…という説明も多数。

こちらも針小棒大。


長距離無線の実験はしましたが、成功したのはマルコーニです。

長距離ではなく「短距離での」無線は成功しているのですが、これは他の人の実験を追試して、応用しただけ。

(無線操縦でボートを動かす公開実験をやっています)


でも、テスラが無線やラジオ、ラジコンやリモコンを発明したのだという主張は多いです。



また、彼のやろうとしていたのは無線ではなく、「ワイヤレス送電だった」とする説も多数。


それだったらマルコーニが成功した時に悔しがって裁判起こしませんよ。

明らかに、事実を捻じ曲げて先進的に見せようとしているだけ。



軍艦をワープさせたけど、実験に失敗して多数の怪死者がでた、というオカルト話もありますが、これも完全に否定されています。

ワープしたことになっている軍艦の、当日の「通常業務」の日誌が残っているからね。




でも、冷静にとらえて「交流の発明」、特に発電機・変圧器・モーター・蛍光灯の4点セットは、その後の世界を大きく変えました。


これだけでも、偉大な発明家であることに間違いないです。


ちなみに、交流電流の存在は「テレビ」の発明に大きな影響を与えています。

60Hz(NTSC) ・ 50Hz(PAL)でテレビ電波が送信されたのは、それが交流の周波数だったから。


当時は、家庭用機器で気軽に使える「クロック信号」としても交流周波数は重要だったのです。

交流が普及せずに、エジソンの主張する直流が普及していたら、テレビは生まれなかったかもしれません。



彼の晩年、1915年に、IEEE (アメリカの電気・電子学会)から最高栄誉であるエジソンメダルを送られます。


が、彼はこれを辞退。

彼は本当にエジソンのことが嫌いで、エジソンの名前の付いた賞など貰いたくなかったのです。


このため、1915年は「該当者なし」となり、翌年改めて受賞を打診されます。


IEEE としては、テスラの業績を認め、彼が受け取らないのであれば他に該当するものなどいない、という態度でした。

テスラが受賞しないのは、テスラ一人の問題ではなく、他の科学者にも迷惑をかけることになります。

また、丁度この頃に無線実験の失敗が確定的となり、テスラの生活は困窮していました。


IEEE としては、どうしてもテスラに受け取って欲しいから、生活の困窮という「弱みに付け込んだ」形です。

テスラもこれに折れ、1916年にエジソンメダルを受賞。



さらに、1930年にノーベル賞候補に推薦されますが、この時は「エジソンと同時受賞」という条件でした。


エジソンの「名前がついている」だけならまだしも、壇上で一緒に、にこやかに受賞しなくてはならない。

彼はこの条件を拒否し、候補を辞退。これにより、エジソンもノーベル賞を逃しています。


翌 1931年、エジソン死去。

テスラは、ライバルの死に際してインタビューに来た新聞記者に対し、「エジソンは、本で学習することや、数学の知識を軽視していた」と厳しい批判をしています。


とにかく、テスラは生涯エジソンを許さなかった様子です。



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原爆実験の日(1945)  2015-07-16 14:18:03  コンピュータ 歯車 今日は何の日

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今日はアメリカ軍がアラゴモード砂漠で、プルトニウム原爆の爆発実験を行った日です。


トリニティ実験、と呼ばれています。

この日以降、世界は「核の時代」に入った、とされます。


…気の重い話題だ。日本人として、特に気が重い。

でも、主にコンピューターの歴史で「今日は何の日」を書いている以上、触れないわけにはいかない話題だと思うのです。



原爆の開発プロジェクトが「マンハッタン計画」と呼ばれているのは有名です。


当時、核物質が強いエネルギーを持っていることはわかっていましたが、爆弾に応用可能かどうか、は未知でした。

そのため、爆弾を作成するのであればどんな核物質が適切か、というところから研究が始まっています。


主な対象となったのは、すでに知られていた核物質である「ウラン」と、見つかったばかりの核物質である「プルトニウム」。


ウラン型の爆弾は、論理計算のみで製造がおこなわれました。

一方、プルトニウム型の爆弾は、爆発実験が行われました。


1945年の今日行われたのは、このプルトニウム型の爆発実験。

実験は成功し、後に長崎に投下されています。

(広島に投下されたのは、ウラン型でした)




当時はまだ、電子計算機は作られていません。ENIAC は開発が進んでいましたが、完成は大戦終結後です。


でも、Harvard mark I (ASCC) はありました。

原爆の理論を完成させるには膨大な計算が必要で、ASCC ではその計算の一部が行われています。

(ASCC で計算されたのが、ウラン型・プルトニウム型のどちらのものだったのかはわかりません。)



良く言われる、コンピューターが「戦争の道具として開発された」というのは適切ではありません。

どちらも、学者が「面倒な計算を行ってくれる道具」として着想したものです。


しかし、それが戦争の道具として「利用」されたのは事実です。


日本が「精神論」で戦争に勝とうとしていたことは、たびたび批判されます。

しかしそれは実は日本だけではなく、アメリカも第1次世界大戦中は同じで、非常に多くの死者を出したのです。


そこに目をつけ、ヴァネバー・ブッシュが戦争に「知見」をもたらします

実は、体よく予算をぶんどって大学・学者にばら撒くのが目的だった節はあるのですが、ともかくアメリカは知力を結集して戦争に望みました。



原爆等という想像を超えた兵器を着想したのも学者ですし、そのために計算力が必要となれば、ASCC のような計算機も利用されています。

間に合わなかったとはいえ、ENIAC のような新型計算機の開発にも予算が配分されました。

Whirlwind I だって戦時中に軍が予算を付けて開発を開始したものです。


戦争ですから、まさに「殺るか殺られるか」の世界。

わずかでも計算速度が遅ければ、敵の攻撃を受けて終わり、かもしれません。

とにかく、速度の速い計算機が求められました。ENIAC などは、その延長上にあるアイディアだったから予算が付いた、とも言えます。


今でも、計算機は速度が最重視されているように思います。

1980年代のパソコンなど、速度以外にも多様な評価軸があったように思うのですが。




話を核爆弾の実験に戻しましょう。


ウラン型とプルトニウム型は並行して作成されていましたが、プルトニウム型だけが爆発実験を行っています。


実験に先立ち、1通の報告書が大統領に提出されました。

報告書の作成者は、マンハッタン計画に参加したジェイムス・フランクを中心とした7人の学者。

このことから、報告書は「フランクレポート」と呼ばれます。


既に、核爆弾を日本に対して使用することは決定されていました。


#これに関してはいろいろあります。

 開発開始時にはドイツを標的にしていたようですが、チャーチル英首相とルーズヴェルト米大統領の会談で、ドイツ降伏前・原爆完成前から日本を標的とするようになっています。

 陸続きのヨーロッパで強力な兵器が使われてはかなわないので、島国で…という意図もあったかもしれません。


しかし、フランクレポートでは、その前にデモンストレーションとして実験を行い、それを使用することを日本に通告するほうが良い、としていました。


このレポートでは、各国が核兵器を持ち、互いに疑心暗鬼になる「冷戦」状態が戦後に生じる危険性を示唆しています。

技術はやがて普及するものですから、各国が核兵器を持つのは時間の問題。


冷戦を避けるためには国際協力が不可欠で、アメリカが率先して国際的な信頼を得なくてはならない、としています。

そこで、日本に対して核兵器使用を通告し、降伏を促す、という紳士的な態度が重視されるのです。



この報告書を受け、実験は行われました。

ただし、その実験成果をどのように世界に公表するかは、あらかじめいくつものシナリオが考慮され、実験結果を見てから決定されることになりました。


シナリオには、その破壊力を日本に見せつけて降伏を促すためのものから、「不慮の事故によって多数の科学者が死亡した」と伝えるものまで、複数あったようです。

実験結果は十分な破壊力であったものの、一部の科学者の予想ほどの破壊力はありませんでした。

結果として、成功はしたものの「火薬庫の事故で爆発があったが、死傷者は無い」と公表するにとどまりました。



日本に対して降伏を促さなかったのは、核爆弾を作るには高い技術が必要で、フランクレポートが危惧する様に、「すぐに他国が持つ」ようにはならないだろう、という考えもあったようです。




7月16日に実験が成功して、8月6日には広島に未実験のウラン型を、8月9日には長崎に実験と同様のプルトニウム型を使用します。


これに関しては、アメリカは公式に「戦争の終結を早め、無駄な死者を避けるためだった」としており、多くの人が…アメリカ人に限らず、日本人もその公式見解を信じています。

ただ、先に書いたフランクレポートの関係もあり、事はそれほど単純ではないようです。

戦争の終結を早めるなら、実験を公表するだけでも十分だったのですから。


日本では、1944年11月以降、首都東京に対する度重なる空襲…特に、3月~5月にかけての空襲と、5月に同盟国であるナチスドイツが降伏してしまったことで、敗戦ムードが濃くなっていました。


しかし、負けを認めるにしても、どこまで良い条件を引き出せるか…なかなか、すぐに降伏、とはいきません。

実のところ、当時アメリカと同盟国ではあるが、日本とは戦争していなかったソ連を通じ、アメリカとの和平工作を働きかけています。


こうしたこともあり、アメリカは日本が夏まで持たずに降伏するかもしれない、という情報を入手していたようです。

「既に降伏が近いと知っていた」ことは、「原爆が戦争の終結を早めた」とする公式見解と異なります。



アメリカにとっては、むしろ「降伏される」ことの方が困る状況でした。

やっと完成した新兵器の威力を見せ付けるには、実験だけでは不十分で、実戦での使用の方が衝撃が大きいのです。


また、砂漠での実験だけでは、実際の市街地への投下でどの程度の破壊力かを知ることができません。

是非、実戦で使用したい、というのがアメリカ側の思惑だった様子。



このため、アメリカは慌てて新兵器を投入した、というのが近年の歴史学者の見方。

もちろん、学者によって見解は異なりますが、アメリカの学者でもこの見解を支持する人が多いようです。


#念のため書いておきますが、僕は広島・長崎の補償を今からアメリカに求める…というような考えは持っていません。

 被害にあわれた方としては、「実験」目的で何万人も殺した、というのは許しがたいことだと思いますが、元々国のエゴがぶつかり合うのが戦争。

 ただ、過去にあった事実を、個々人が記憶しておくことは大切だと思います。二度と同じ過ちを繰り返さないためにも。




以下余談。


実のところ、日本は原爆を落とされてもなお、無条件降伏ではなくソ連を通じた和平に期待をかけていたようです。


ところが、 8月 9日にソ連が日本に対して宣戦布告。

これに慌てた日本は、 翌日 8月10日に、ポツダム宣言受諾の準備があることをアメリカに伝えます。


そして、8月 14日に正式に受諾通告。8月 15日に無条件降伏することを国民に周知。



ただし、これは「国民に対して周知した」というだけで、戦争は終わっていません。

局所的な戦闘は 8月下旬まで続き、 9月 2日に昭和天皇が正式な文章としての降伏文書に調印。


これによって戦争が終結します。




戦争終結からわずか4年後…1949年 8月 29日には、ソ連が核兵器の開発に成功します。


これは、アメリカの思惑とは違うものでした。フランクレポートにあるように「すぐに他国が核兵器を持つ」ということは考えられない、と思っていたようですから。


実際、核兵器の開発は非常に高いノウハウと、技術力が必要でした。ソ連も、普通なら短期間で開発することはできません。

しかし、軍事スパイが情報をもたらしたために、短期間での開発が可能となったのです。


このスパイ事件は後に映画になり、映画の中で SSEC が使用されています。

また、戦時中にフライトシミュレータを作るために開発されていた Whirlwind I は、ソ連軍の核攻撃からアメリカを守るための SAGE システムへと変貌します。


この後、フランクレポートが危惧したように、世界は冷戦へと進んでいきます。




この頃のコンピューターには、戦争や血なまぐさい話が付きまといます。

しかし、戦争だからこそ命がけで開発が行われ、急速に性能が上がっていったのも事実。


いま、平和にコンピューターを利用できる我々も、そういう歴史を知っている必要はあると思うのです。


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レイ・ドルビー博士 命日(2013)  2015-09-12 10:28:28  コンピュータ 歯車 今日は何の日

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今日は、レイ・ドルビー博士の命日(2013)


ドルビー…っていうと、カセットテープを知っている世代には、なんかカセットテープの音質をよくするあれね、という記憶があると思います。

その後多くの音響技術を作り上げるのですが、あの「カセットテープのシステム」がドルビーが世界的に有名となったきっかけ。



今更覚えている人がどれくらいいるかわかりませんが、その昔、テープレコーダーの時代には、独特の「高音域のノイズ」が入りました。

高い音で、サー…っていう雑音が入るのね。



原因は、テープを動かしているため。

テープには磁性体が塗られていて、この磁性体の磁場を変化させることで記録を行います。


磁性体は、小さな磁石です。

テープが動けば磁場が動く。これを読み取って再生するのですが、「何も録音されていない」ときでも、磁場はかすかに動くのです。

これにより、高音域のノイズが生まれます。


#この、テープ由来のノイズを「ヒスノイズ」と呼びます。

 テープ由来でなくても、同じような音はヒスノイズと呼ばれるけど。




もう一つテープ時代特有の技術話を。

テープレコーダーは、全周波数を均一に記録できるわけではありません。


テープを動かすことによる「磁場の変化」で記録を行うので、低周波数になるとこの変化がゆっくりになりすぎて、記録が弱くなります。

また、テープの動く速度に比較して、早すぎる動き…高周波数の音も、うまく記録できず、記録が弱くなります。


もともと、テープレコーダーは人の声を記録することを前提に開発されました。

そのため、人の声の周波数はきれいに録音できますが、それよりも低かったり、高かったりすると記録が弱くなる性質があるのです。



そのため、テープに音を記録し、再生すると、音が歪みました。

これは先に書いた高周波ノイズとは別の問題ですが、テープレコーダーの難点でした。




どちらも、テープレコーダーの原理上「仕方のないこと」でした。

でも、ドルビー博士はこれをどうにかしたかった。1966年に、ドルビー・ノイズリダクションシステムを完成します。

両方の問題を一挙に解決する、素晴らしいアイディアでした。



高音域は、記録が弱くなってしまうので、あらかじめ高音域の音だけ大きくしたうえで録音します。

再生する際には、読み取ってから音を小さくして、再生します。


これによって、記録の弱さを補えます。同時に、高音域で勝手に発生してしまうノイズも、「小さくして再生」するので軽減できます。



基本アイディアはこれだけ。

低音域も音を大きくして記録したり、いろいろな微調整があり、音質が明らかに向上しました。



当初は、映画などに使用される音響技術として使われ始め、のちには民生用のコンパクトカセット(いわゆる、カセットテープ)でも使われています。


#映画用と民生用では、多少技術内容は異なります。




ノイズリダクションシステムを皮切りに、ドルビーサラウンド、ドルビーデジタルなど、ドルビー博士は時代の求める音響技術を次々と開発していきます。



パソコン用にドルビーデジタルが出てきたころ、僕は「ドルビーといえばヒスノイズ軽減」と思っていたので、テープの存在しないパソコン音源になぜドルビーが? と思いました。


これ、音声圧縮システムなのね。mp3 などと同じ。

ac3 がドルビーデジタルを意味していて、5.1 チャンネルサラウンド。

左右だけでなく、センター、後ろ左右、低音用サブウーファーの音声を同時に記録できます。



ドルビーサラウンドは、ステレオ 2ch で、後ろスピーカーから出す 3ch 目の音も記録する技術。

ステレオスピーカーでも問題なく再生でき、スピーカーを増やすと迫力が増すため、広く使われました。


のちに改良され、ステレオ音声記録で、5.1ch 再生まで可能になっています。




テープ時代のドルビーは、ノイズを低減する代償として、音が少し歪む、という問題もありました。

パソコンのプログラムを記録する際は、ドルビー機能を使わないことが推奨されたものです。


#パソコンのプログラムを、1200Hz / 2400Hz の「音」で 0/1 を表現して、カセットテープに記録していた時代があったのですよ。


ドルビーサラウンドも、ステレオと互換性を持つ記録で 5.1ch 再生できる、というメリットはありますが、もちろん最初から 5.1ch を記録するのに比べると音は悪いです。



ドルビーデジタルも、圧縮形式としては初期のもので、今となっては後発の dts のほうが音質が良い、と言われます。


ドルビーの技術は、音質を良くしようと作られているものが多いのに、「音が悪い」といわれやすい。



ドルビー技術は、最初の制約の中で、工夫によって音質を上げようとするものが多いです。

制約自体をなくして、後から作られた技術に劣るのは当然。

そこと比べて悪口を言うのは簡単だけど、現実問題として存在する制約をクリアできるドルビーの技術は、広く使われていることが多いのです。


ドルビー博士はすでに亡くなりましたが、研究所とスタッフは活動を続けています。

これからも、音響の新技術を開発し続けるのでしょう。


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デイブ・アーンソン 誕生日(1947)  2015-10-01 14:22:11  コンピュータ 歯車 今日は何の日

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今日はデイブ・アーンソンの誕生日(1947)。


ロール・プレイング・ゲーム…いわゆる「RPG」を考案した人です。

RPG、いろいろと形は変わっていますが、今でも人気のゲームジャンルの一つです。




アーンソンが考案したのは、ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ、いわゆる「D&D」というゲームです。

発売されたのは 1974年。


RPGは1980年代前半のアメリカでは人気のゲームで、1982年の大ヒット映画「ET」の冒頭でも、子供たちが遊んでいます。

この時代ですので、コンピューターゲームではない。よく「ボードゲーム」とされるのですが、いわゆるボードゲームとも違う。


愛好者からは、テーブルトーク、と呼ばれています。

テーブルの周辺に集まって、お話をするゲーム。



お話をすることの何がゲームなのか、知らない人には理解されにくいのだけど、ちゃんとルールがあり、ゲームとして成立しています。


まず、遊ぶ人は、プレイヤーとマスターに分かれます。

マスターは一人で、それ以外がプレイヤー。プレイヤーが2~4人くらいいると楽しいです。


マスターは、プレイヤーに状況を説明します。

「シナリオ」として販売されているものもあるけど、基本的にはマスターが自由にお話を考えていい。



 薄暗い森を進んでいくと、そこに一軒の小屋がたっていた。

 小屋の隣に炭焼き釜があり、その前には薪が散らかっている。

 小屋にはかぎが掛かっており、人のいる気配がない。


さて、こんな状況が説明されて、プレイヤーは自分がどのように行動するかをマスターに伝えることになります。


窯を調べてみてもかまいませんし、小屋のカギを開けられないか試すこともできます。

小屋の主が帰ってこないか、夕暮れまで待ってみてもよいでしょう。


いずれにしても、マスターはプレイヤーの選択の結果を伝えます。

ただお話を読んでいるのではなく、プレイヤーは自由な行動をとれますし、マスターもそれに対応して、臨機応変に受け答えます。


おそらく、マスターは大きな話の流れを準備しているでしょうが、細かな部分は決めていません。

その場のアドリブで決まっていきます。それがゆえに、どんな突拍子もない行動に対しても対応できるのです。




でも、これだけだと想像でお話を作って「ごっこ遊び」しているだけで、ゲームではありません。


プレイヤーは自由に行動できる、と書きましたが、実際には制約が付きます。

その制約は、役を演じること。あらかじめ、プレイヤーは、その世界の中でどのような人物を演じるのかを詳細に決めてあり、その人物ならそこで何を行うか…という観点で動かなくてはなりません。


人物の「詳細」は、すべて点数化されています。筋力の強さ、頭の良さ、すばしこさ、器用さ、魅力、運の良さ…などなど。

頭が悪い人物を演じるのであれば、プレイヤー本人が罠に気づいたとしても、あえて気づかずに罠にかかる、というような行動も必要です。


「役を演じる」という、プレイヤーとマスターとの間の了解により、マスターはあらかじめ「あの人物ならここでこういう行動をとるだろう」と予測してシナリオを準備することができます。

全員の協調作業によって、マスターが用意したお話を楽しむ、というのがテーブルトークの一番重要な点です。


「役」は英語で「ROLE」(ロール)、役を演じるは「ROLE PLAYING」(ロール・プレイング)。

それを目的としたゲームなので、ロール・プレイング・ゲームなのです。




ところで、行動をする際に、役を演じる以外の制約がまだあります。


先の状況説明で、プレイヤーの一人が「カギを開けてみる」と宣言したとします。

じゃぁ、開いたかどうかを、その人の器用さで確かめてみましょう。


先に「器用さ」などが数値化されている、と言いました。大きい数字ほど「器用」だということです。

プレイヤーがさいころを転がして、器用さの数字よりも小さければ、カギ開けに成功することにします。


器用な人物ほど、カギを開けやすいわけです。



でも、さいころで決まるなら、ダメもとで試してみても…


プレイヤーがそんな考えを持っていたら、マスターは失敗した際に「不器用にカギをいじったから、カギが壊れて絶対に開かなくなってしまった」など、制裁措置を返すことだってできます。


不慣れなプレイヤーは「役を演じる」ことの意味が分からないかもしれません。

しかし、上手なマスターが、このような形で適切にプレイヤーに「余計なことはしないほうが良い」ことを教えていけば、そのプレイヤーも本来の楽しみ方をできるようになります。




これが、テーブルトークの楽しみ方。

はっきり言って、マスターの技量がゲームの面白さを大きく左右します。


僕は高校生の頃に友達と遊んでいて、マスターは最初は持ち回りでやっていたのだけど、僕は良いマスターではなかった(笑)

とても上手にシナリオを作り、マスターをやる奴がいたので、最終的にはそいつがマスターをやる、という形に落ち着きました。



非常に細かなルールがあるのだけど、それらはマスターだけが知っていれば、とりあえず大丈夫。

マスターはこの世界の「神」なので、あえてルールを逸脱することだってかまいません。


大切なのは、みんなでお話を楽しむこと。ただの「ごっこ遊び」に終わらせないために、そのほかのルールがあるのです。




話をデイブ・アーンソンに戻しましょう。


D&Dよりも前、1960年代には、ウォーシミュレーションと呼ばれるゲームが流行していました。

六角形のマス目に地形を設定して、そのマス目の上を駒を動かして戦うゲーム。


誤解を恐れずに言えば、将棋を複雑にして、できるだけ現実に近づけたものです。

ここでも、戦闘の際にはさいころを転がして勝敗を決定したりします。


同じころ、ファンタジー小説の「指輪物語」も流行しています。(シリーズの発刊は1941~1950年代半ば)

イギリスの作家トールキンによる作品で、ヨーロッパ各地に残る伝承などをまとめ、体系化し、あいまいな部分を規定し、架空の国の物語として、空想的でありながらリアルにまとめ上げたお話です。


たとえば、「オーク」といえば、恐ろしい小鬼、という程度の伝承しかありませんでした。

指輪物語の中では豚の顔をしていて背の高さは人間と同じくらい、軍隊を組織して戦うが、知能はそれほど高くない…というように、細かな設定がなされています。



この細かな設定は、ゲームの格好のネタでした。

アーンソンの友人、ゲイリー・ガイギャックスは、ファンタジー世界で、大軍勢を率いて戦うウォーシミュレーション、というゲームを試作します。


しかし、アーンソンはウォーシミュレーションに問題を感じ…つまりは、飽き始めていました。

両軍を動かし、そこかしこで起こる小さな戦闘をひとつづつサイコロを振って処理し、特殊状況でのルールを間違いなく適用し…

ウォーシミュレーションは、1回遊ぶのに2~3日かかるような場合も多く、気軽に遊べるものではありませんでした。


アーンソンは、大軍勢を動かすのではなく、プレイヤー1人が、ゲーム内の1人の人物のみを受け持つ、というゲームを提案し、ガイギャックスとともにルールセットを作り上げます。


2つの軍が戦うと、不公平がないように厳密にルールを適用しないといけません。

でも、プレイヤーはみな仲間で、共同で危機を乗り越えるような形式であれば…



当初は「戦闘」のみを楽しむ形だったルールが、お話の中で戦闘がおこる形に代わって行き、やがてはお話が重要となっていきます。


こうして出来上がったのが、D&Dでした。


D&Dは、特殊なさいころを多数使います。4面、6面、8面、10面、12面、20面のサイコロが必要。

ルールブックと、これらのサイコロ、キャラクターの詳細数値などを記入する紙、マスターの手元(シナリオが置いてあるでしょう)を隠すためのついたて…など、いくつかのアイテムが箱に入れられていました。


はっきり言えば、さいころもキャラクターシートもついたても、そこら辺のもので何とかなる。

ルールブックは必要だけど、大体覚えてしまえば何とかなる。


D&Dって、買わないでも遊べたわけです。でも、買うとかなり高かった。当時1万円近かったのではなかったっけ。


それほど売れるわけではないので、扱っているおもちゃ屋さんまで、電車に乗っていったりしました。


#僕は買わなかったけど、友人が買うのにつきあった


基本セットを購入しても、シナリオを作る、というのは能力が必要で、誰もができるわけではありません。

これらは、別売りの追加セットとして発売されています。


マスターの能力が面白さを大きく左右するゲームですが、初心者マスターでも最初は市販のシナリオを使いながら学べるのです。

これがまた、高いんだけどね。



#今では、D&Dも一部が無料配布されています

 プレイヤー向けの簡易ルールブックとか、試しに遊んでみたい人向けの初心者向けルールとかだけど。




D&Dの大ヒットで、類似ゲームもたくさん出ました。


高校時代には、T&Tもよく使いました。トンネルズ・アンド・トロールズ。


D&Dが「竜と地下迷宮」なら、こちらは「鬼と坑道」ですね。


先に書いた通り、D&Dは高かった。

でも、T&Tは、普通の本屋で流通できる「ルールブック」一冊あれば始められます。


あとは、普通の6面さいころがいくつかと、キャラクターの数値を記入するメモ用紙があればいい。


MSX の HALNOTE でキャラクターシート作って、感熱プリンタで印刷して、コンビニでコピーして使ってましたけどね。




僕は「混沌の渦」のルールブックもってます。これもRPG。

T&Tと同じように、書籍扱いで売ってたので安かった。


内容はかなり変わっていて、16世紀イギリスが舞台です。

いちおう「剣と魔法の世界」でもあるのだけど、16世紀イギリスなので、魔法を使っているのがばれると魔女狩りにあったりする。


だから、派手な魔法は使えない。

盗賊がカギを開けるときに成功確率を上げる、とか、戦士の次の一太刀で相手に致命傷を負わせる、とか、確率操作が中心になる。


ダメージシステムも変わっていて、かすり傷がたくさんでも、深い傷が一つでも、同じように「痛い」のだけど、治りが違う。

翌日になるとかすり傷は全部治ってるけど、深い傷は正しく手当てしていないと悪化する。


職業も派手な「剣士」とかは少なめで、肉屋とか薬草師とか、そういうのが多い。

というのも、16世紀イギリスでは自由に旅をすることが禁じられていたから。


職人や商人は、必要性があるから旅が許可されていて、シナリオの都合上そういう職業の人々が中心になる。

ルールブックには、16世紀の知識による(現代的には間違っている)薬草の一覧などが載っていて面白い。


ファンタジーだから何でもあり、というのではなくて、すごく泥臭く、16世紀の人々の暮らしを追体験する感じ。

友達の間でこのルールでプレイしてみたら、不評でした。

想像の世界の中くらい好き勝手したいのに、させてもらえないんだよね。


でも、個人的には好き。




RPG幻想辞典には、巻末付録で簡単なRPGのルールがついていました。


この本は、ヨーロッパの神話、アーサー王伝説、指輪物語など、RPGのネタにされることが多いお話や、RPGに登場することの多いモンスター、武器、道具、魔法などを説明したもの。


特にテーブルトークでマスターをやる人には「必携」だった本ですが、単にファンタジーの解説本としても秀逸。

そして、ファンタジーから興味をもって、テーブルトークを遊んでみたくなったら、簡単なルールもついている、というよくできた構成。


他にも、こうした本はあったと思いますし、雑誌などでもオリジナルのルールを掲載することはありました。




D&Dを遊んだ様子を掲載する…という手法で書かれた小説(?)「ロードス島戦記」では、雑誌掲載時はD&Dを使用していたのですが、単行本発行時に、D&Dのルールをそのまま利用する許可が得られませんでした。


#詳細は知らないけど、ルールを知ることができる「書籍」を発売してしまうのは、D&Dの基本セットと競合するためかな?


そこで、「ロードス島RPG」という、オリジナルのルールが作られます。

単行本は、このルールに従って書き直したものになっています。


#ロードス島は、「誌上リプレイ」から始まって、小説、アニメなど、多角展開した。

 これも、最初に掲載された「D&Dのリプレイ」がよくできていたためだが、書き換えに伴って少し変わった部分などもあり、最初のものは当時の雑誌でしか読むことはできない。



後に、同じ作者による別のルール「ソードワールドRPG」と統合したそうです。


#統合前に、ソードワールドでは何度か遊んだ覚えがある。



…などなど。ほかにももっとたくさんあると思います。




混沌の渦のルールはそのままに、時代設定だけを「日本の江戸時代」に移した、時代劇の渦、なんて言うのもあった。


#混沌の渦を持っていることを前提に、違いだけを記す形で雑誌掲載された。

 僕は雑誌は持ってないので、詳細知りません。




さて、D&Dを元に、コンピューターで遊べるようにしたのが Wizardry


サイコロ転がしたり、計算したり…という面倒な部分をコンピューターがやってくれるので、ある意味テーブルトークより遊びやすくなった。


ただ、人間がマスターをやるような、柔軟な対応は無理。

迷宮を探索し、敵と戦闘する緊張感を中心としたゲームになりました。


戦闘は、本当に緊張するものです。ランダム性が高すぎるから。

たとえば、6面さいころ2個のダメージ…となっていたら、2~12と、最大値と最小値で6倍も差があります。

予測不能な部分があって、弱い敵との戦闘でも、必ず勝てるとは言い難い。


コンピューターRPGでは、「役割を演じる」という意味合いは薄れて、ゲーム中に主人公たちが成長するゲーム、という意味合いに変わったように思います。



ファミコンのドラゴンクエストでは、全然違う方法で戦闘などを計算していました。

詳細な方法は知らないけど、ランダムの影響が少なくなっていたので、戦闘で勝てる敵かどうかを判断しやすい。


そして、Wizardry ではカットされた「シナリオ」を、選択肢が非常に少ないものではありながら、実現しました。

(ドラクエが、ではなく、ウルティマがすでにやっていたのだけど、もっと上手にやった。)


日本では、RPGは「シナリオを楽しませる」ものに変化して、戦闘の緊張感などはどんどん無くす方向になったのですね。

戦闘で勝てなくても、同じところで粘っていればいつか主人公が強くなるので、時間さえあればだれでも先に進める。


これが、アクションゲームなどが苦手でもゲームは遊びたい層に訴求し、一時期は家庭用に発売されるゲームがRPGだらけになりました。


最近はこうしたRPGの「シナリオ」が大きくなりすぎて、遊ばないといけない時間が長くなりすぎたためにファンが減る傾向にあるようですが…



今でも、RPGはゲームの主要ジャンルの一つです。



#翌日追記

翌日はWizardryの話書きました。



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あきよし】 ROLE の綴り間違い、指摘ありがとうございます。修正しました。ROLLはさいころを振るほうですね。 (2015-10-02 17:27:27)

【m.ukai】 「ロードス島戦記」連載されていたのは「リプレイ」ですね。小説はリプレイとは別に(リプレイを下敷きにして)あります。 (2015-10-02 11:50:23)

【m.ukai】 ×roll ○role。 (2015-10-02 11:39:15)

特色印刷  2015-10-06 16:44:41  歯車

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特色印刷

僕は現状兼業主夫なもので、皿洗いもすればゴミ捨てもする。

牛乳パックは洗って乾かして、開いてリサイクルへ。


…と、いつもと同じことをやっていて、急に気になった。


最近の牛乳パック、開け口と逆側を開けると「リサイクルありがとうございます」と書いてある。

それはまぁいい。


そこの部分に、使用している色の一覧がある。これも以前から気づいていた。

でも、結構銘柄によって「特色」などの使い方が違っているのに気づいた。見比べると面白い。




僕は印刷業界には全く詳しくないので、以下に書いてあることに間違いがあったらごめんなさい。


普通、印刷は4色の版で行われる。

Cyan(シアン:水色)、Magenta(マゼンタ:紅紫)、Yellow(イエロー:黄色)と、黒の4色だ。

黒は、輪郭や文字など重要な部分を〆る「鍵」となる版なので、Key Plate と呼ばれる。


この4色を、俗に CMYK と呼ぶ。


小学校レベルの知識では、「赤青黄」を混ぜるとどんな色でも作れる、というのだけど、厳密には CMY の3色。

でも、世の中理想通りにいかないのが普通で、CMY をどんなに混ぜてもきれいな黒にはならない。


そこで、黒だけ別に用意する。

これで、どんな色でも印刷できる。理想的には。



でも、たった今書いた通り、理想通りにはいかないのが世の常だ。

印刷にはいろいろな方法があるけど、最終的には「紙にインクが付くか付かないか」の2値で行われる。


グラデーションをつけたい場合は、インクがだんだん薄くなるのではなく、付いているところと付かないところの面積比を変えていく。

人間の目はあまり細かなものを認識できないので、遠目にはグラデーションに見える。


じゃぁ、微妙な色合いで印刷したものを近くで見たらどうなるかといえば、やっぱり点々に見える。



企業ロゴは、商品に小さくつけられることが多い。

でも、色の指定が厳密なことが多くて、点々で表現すると、小さなロゴの形がはっきりと出ない。


そこで、CMYK に加えて、ロゴ専用の色を使ったりする。

こういう特別な色は「特色」と呼ばれる。




冒頭に載せた写真を、大きくしてもう一度。



一番上のものは、CMYK のみで印刷されている。

次のものは、CMYK に加えて、濃紺が入っている。


その下は、特色が2色も! オレンジと緑が入っている。

その代わり、シアンを減らしている。


特色は普通は高く、CMYK は安い。

シアンを減らしても特色と相殺にはならないのだけど、少しでも安くしようということか。



そして、最後は CMYK に加えて特色2色。しかも、この特色が、ピンク(桃)とレッド(赤)。

なんて豪華な印刷。100円以下で買ってきた安いジュースですよ!


桃ジュースでした。企業ロゴは赤で、パッケージの半分くらい桃色にしてあった。

桃色が大きな面積を占めるから、まだらにするのではなく、綺麗に塗りたかったのだろうね。




こうした、どこかに使っている色を「純粋な形で」印刷したものは、カラーマークと呼ばれる。

工場では、印刷後にカメラでカラーマークを確認して、エラー製品がないかチェックしているようだ。

牛乳パックに限らず、印刷物にはたいていついているはず。


でも、普通は、印刷のあと、切り落としてしまうような部分に印刷する。

切手なんか、シートの端に印刷されているね。


牛乳パックはかなり上質な紙を使っているし、紙自体もかなり大きい。

無駄があまり出ないように作っていて、「切り落とす」ような部分がないのかもしれない。


折りたたんで見えにくくなる部分はあるから、そこに印刷している、ということなのだろう。




急に話を変える。


住民票の用紙など、コピー防止措置が施されていることがあって、そのままでは何も書いていない(ように見える)のに、コピーすると「COPY」というような文字が浮かび上がるものがある


この仕組み、どうなっているのか正しく理解している人があまりいない。

昔からQ&Aサイトなどでトンチンカンな答えをよく見る。


#今検索したら、比較的上位に来た答えのうち、1つはまともだった。ちょっと安心。

 でも、むちゃくちゃな回答は相変わらず多い。


この仕組みは、まさに「特色」をうまく利用したものだ。



白黒コピー機では、薄い水色はうまくコピーできない。これを利用した、コピーを前提とした原稿用紙なども売っている。

マス目があるのでそれを埋めるように文字を書き、コピーするとマス目が消えて「フリーハンドできれいに書いた」ように見えるのだ。


で、先に書いた住民票用紙は、たいていこうした水色で細かな装飾印刷がしてある。

コピーすると装飾が消えてしまうことで、原本ではないことがわかる。


でも、これだけだと片手落ちだ。

原本の装飾を知っている人なら「装飾がない」ことで気づくけど、原本を知らない人にはコピーだと見破れない。



そこで、水色よりも少し色の濃い青を使う。濃さは2倍くらい。

2倍くらい濃い、ということは、点々にして、インクが付くところと付かないところの面積比を半分にすれば、水色と同じような色合いに見える。


装飾の細かな模様に紛れ込ませて、このインクで「COPY」の文字を書く。

もちろん、点々で書くので、色が薄く見えるようになり、周囲の水色とは溶け込んでしまう。


というか、そうなるようにインクが繊細に調節されている。

もともと細かな模様が多いので、点々模様もそれほど気にならない。


でも、コピー機は、水色よりももっと濃いこの青には反応する。

コピーしてみると、水色の装飾はすべて消えるのに、青で書かれた COPY の文字はコピーされてしまう。


人間の目には同じような色合いに見えていても、機械から見れば「違う色」なので、反応が違うのだ。



こうした用紙、全体に水色に見えるけど、2色印刷だ。

そして、2色印刷だけど、水色も青も「特色」だ。CMYK ではない。


カラーコピー機を使っても、CMYK で印刷するので、この「特色」を完全再現できない。

だから、白黒コピー機だけでなく、カラーコピー機を使っても COPY の文字は現れてしまう。


#初期の技術だとカラーコピーでコピーできてしまったようだけど、今は対応技術がある

 


なかなか巧妙な仕組みで興味深い。

1990年代後半ごろからこうした技術が出てきたように思う。


強く興味を持ったのはそのころで、このWEBサイトを作り始めたころにあたる。

いつか歯車ページに書きたい…と思ったきり、完全に機会を失っていた (^^;


もう、当たり前すぎて興味持つ人余りいなくなって、今更感はあるのだけど、印刷の話を書いたのでついでに書かせてもらいました。



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ハーマン・ホレリス 命日(1929)  2015-11-17 11:02:08  コンピュータ 歯車 今日は何の日

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今日は、ハーマン・ホレリスの命日(1929)


あえておかしな説明をすると、コンピューターの画面の横サイズが 640ドットを基本としている…SXGA 解像度だとこの2倍の 1280ドット、フル HD 解像度だと3倍の 1920ドットとなっているのは、ホレリスの影響です。




アメリカでは、10年に一度、西暦の末尾が「0」の年に国勢調査が行われます。

19世紀中ごろ、アメリカには次々と移民が押し寄せ、10年で 1.3倍程度のペースで人口が増えています。

それに伴い、集計にも時間がかかるようになっていきました。


1880年の国勢調査の結果が出たのは、1889年でした。


1880年の国勢調査の集計に手間取っている間に、次の…1890年の国勢調査は10年以内に集計が終わらないだろう、という予測がたっていました。

それでは、何のための国勢調査だかわかりません。


1888年、国勢調査局は、国勢調査の統計作業を効率化するための発明コンテストを開きます。




ホレリスは、1879年にコロンビア大学を卒業しています。

その後、国勢調査局でしばらく助手として働き、この大変な集計作業を知ることになります。



1882年、ホレリスは MIT で教員の職を得ます。

そして、その間にパンチカードを使ってデータの集計を行う機械を試作します。


当時、パンチカードはよく使われた技術であったことに注意してください。

パンチカード自体は彼の発明ではありません。


パンチカードで音楽演奏を行うオルガニートは、1860年には発明されているそうです。

音楽用のパンチカードは、1848年ごろに発明されているそうですし、1725年にはパンチカードによって模様を作り出す織機が発明されています。

(とくに有名なジャカード織機は 1801年発明)



ホレリス自身、電車の車掌が切符に穴をあけているのを見て、パンチカード集計機を着想したと言っています。

車掌が切符に穴を開けるのは、日本でも 1980年代中頃までは、普通に見られた風景でした。


#行き先を変えたくなった際、車内で車掌から切符を買うことができた。

 その切符は路線図の書かれた大判のもので、出発駅と目的地に穴を開けて使用した。



1884年にはこの機械で特許を得て、再び国勢調査局に戻ります。

そして、1888年に先に書いた発明コンテストが行われ、ホレリスの機械が選ばれます。


1890年の国勢調査で、早速ホレリスの機械が使われました。

ホレリスの機械により、2年で集計が終わる、と見積もられました。


実際には予定より早く、1年半で集計作業が終わっています。

しかも、この集計作業は2回行われ、誤りがないことの確認まで終わっていたのでした。




1896年、ホレリスは「タビュレーティングマシン」社を興します。


タビュレーティングマシンというのは、「集計機」の意味ね。タビュレートには、作表、という意味があります。


先に作った機械は、国勢調査専用のものでした。

しかし、ホレリスはこれを改良し、配線板を組み替えることで自由な集計が行えるようにしました(1906)。

「プログラム可能な計算機」としたのです。


当初、販売ターゲットとしては世界の国勢調査局を考えていたようですが、同じように膨大なデータ処理を必要とした保険会社などにも販売が広がります。


1911年には、類似の機械を作り始めた別の4社と合併し、会社規模を大きくします。

1920年には、集計結果を自動的に印刷できる機械を開発。


そして、1924年には社名を変更し「インターナショナル・ビジネス・マシーン」…頭文字をとってIBMとしています。




最初の国勢調査で使われたパンチカードは、24の項目について、12の選択肢から選べるように作ってありました。


1928年、項目を 80まで対応したパンチカードが作られます。

選択肢は 12まででしたが、このうち 10個を使って数字を選ぶことで、連続した項目を使って「00から99まで」のような選択も可能としました。


このパンチカードはコンピューター時代になっても入力装置として使われ、12の穴あけ位置に複数同時に穴を開けることで、文字を表現することも可能となります。



FORTRAN は、このパンチカードを使ってプログラムをするように想定しています。

そのため、1行は 80文字でした。


その後、コンピューターに CRT が接続されるようになると、パンチカードと同様の情報が表現できるように、横に 80桁表示できる、というのが普通になります。


80桁の文字を、横 8ドットのフォントで表現するのであれば、横は 640ドットとなります。

また、この倍数であればフォントを工夫することで 80桁の表示が可能です。


このことから、今でも横方向のドット数は 80の倍数であることが多いです。




ホレリスは、1929年の今日、心臓発作で亡くなっています。

彼自身は、コンピューターの登場以前に生きた人であり、コンピューターとは無関係です。


しかし、コンピューターの発展に大きな影響を与えた人物だと思います。


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「ちきゅう」一般公開  2015-11-23 11:27:02  歯車 社会科見学 家族

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JAMSTEC の所有する地球深部探査船「ちきゅう」を一般公開する、というので家族で見に行ってきた。


時々書いているけど、妻の友人に JAMSTEC 勤務の人がいるため、子供たち(と僕)は JAMSTEC 関連の話題にそれなりに詳しい。

でも、「ちきゅう」は、話としては知っているけど実際に何をやっているのか、などは全然しらない。


しんかい 6500とかは何度も実物見ているのだけどね。




「ちきゅう」は、地球の中がどうなっているのかを探るために、海の底に穴を開けて土壌サンプルを採取するための船。

海の上に浮かんでいる船から、深い海の底までパイプを伸ばし、さらにそのパイプからドリルを繰り出して穴を開ける。


この際、穴を開けるといってもただ掘るのではない。真ん中に一本、綺麗に「掘り残し」を作るように周囲だけを掘る。

そして、この掘り残しを海上に浮かぶ船まで、そのままの形で持ち上げる。

これによって研究者は「海底の地層」をそのまま手に入れられる。



海の底よりもさらに深いところまでパイプがつながっているわけだけど、内部にものをきれいに通すためにも、このパイプが僅かでもたわむことは許されない。

波や潮の流れがあるにも関わらず、ハイテク制御により船は微動だにしないように作られている。


とにかく最先端技術のかたまり。



なんで、わざわざそんなに掘りにくい海の底を掘るのか、と子供が疑問を持った。

話は簡単で、「地球の内部」を知りたいからだ。

山のてっぺんと海の底、どちらが地球の中心に近いだろう、と考えると船の意義は自然に見えてくる。




船は24時間体制で研究を続けていて、ほとんど寄港しない。

人員交代や物資補給はヘリコプターで行われる。


建造5年目に、定期点検で一度日本に戻ってきて、その時は神戸で見学会を行ったらしい。

今回は10年目の定期点検で、横浜で見学会が行われた。


見学会は予約制で、1時間ごとに区切られている。

うちは、22日の12時の回に予約を入れた。11時に受付開始だった。




さて、我が家から受付となる横浜みなとみらい地区の最寄り駅である桜木町まで、電車で30分ほどかかる。

家から駅までも 30分程度。桜木町から会場までも、歩いて 15分は見といたほうが良いだろう。


12時の回だと、子供がおなかすいたと言いそうなので先にご飯を食べていこう。

…などと考えると、9時には家を出たい。休みの日だとはいえ、平日とあまり変わらない朝のスケジュールとなった。



桜木町から日本丸の前を通り、汽車道を通ってワールドポーターズへ。

これ、1年半前にも通ったコースだ。


次女(6歳)に「プリキュア映画で出てたところ」といっても、あまり覚えていないようだ。

1年半前に、通る前と後で2回ビデオ見たのだけどな。


プリキュアに別に興味はない長男(11歳)は映画のシーンまでよく覚えているようで、あそこに誰がいた、みたいなことまで言っている。




ワールドポーターズに入ればなんかご飯食べられるだろ…と思ったら、まだ開店していなかった。

マクドナルドは8時から営業している、と書いてあったのでマクドナルドを探す。


探している間に音楽が鳴り始めてシャッターが開いた。

10時半営業開始らしい。


じゃぁ、マクドナルドよりもう少しいいもの食べよう、とフードコートへ。

いろんな店があるので各々好きなものを食べる。

食べ終わったら11時15分。あと15分で受付しなくちゃ。先を急ぐ。


受け付け会場がどこかよくわからなかったのだけど、すぐ見つかった。

受付のあと、実際の船までバスで輸送していた。この列が長くて、30分ほど。


子供たちをトイレに行かせておいたほうが良いだろう、と考え、目の前の赤レンガ倉庫にトイレを借りに行く。

妻が付いていき、僕はバス待ちの列へ。




バスに乗って20分程度、「ちきゅう」は本牧ふ頭の、普段は関係者以外立ち入り禁止の区域に停泊していた。


見た人は大きさに驚く…と散々言っていたのだけど、まずバスが遠くにいる段階で見えてしまったことで、そのような驚きはない。

小さく見える段階で姿を見てしまい、だんだん近づいても「予想できた大きさ」に見えるだけなので。


大きさは大体、8階建てのビルくらいを想像してもらうといいと思う。

ざらにある大きさ。特に大きい、という感じはない。


ただし、そのビルの屋上に、大きな櫓が立っている。掘削のためのパイプを下に送り出すための装置。

それでもまだ、高層ビルを考えると全然小さい。


大きいといっても想像を絶する大きさではないんだな…という感想。



でも、いざ船に乗る段になって気づく。

これ、ビルじゃない。しっかりした地面の上に立っているのではなく、水の上に浮いているんだ、と。


そう考えると、とんでもない大きさ。

船をよく知らないから大きく感じないだけで、船を知る人が見ればみんな「大きさに驚く」のだろう。

素人ゆえの勘違いで驚愕していないだけだったのだ。



ちきゅうは、最大乗員 200名だけど、常時 150人程度で運用しているそうだ。

船員が 50人、掘削技術者が 50人、研究者が 50人。


これが、2チームに分かれ、2交代制で 24時間働いている。

ということは、12時間労働。過酷な仕事環境だ。

ヘリコプターで乗船して、大体1か月滞在すると、ヘリコプターで下船する。


乗員が200人の船、というと、旅客船としてはそれほど大きくはない。

でも、この 200人が1か月暮らせる設備が整っていると考えると、ここは人口 200人規模の村なのだ。


その村が、8階建てのビルに収まり、水の上に浮いている。5年の定期検査の時くらいしか寄港しない。

SFのような世界だ。




「ちきゅう」に乗船しても、全然揺れない。

船が大きすぎて揺れにくいというのもあるし、そもそも微動だにしないための装置がつけられている船なのだ。


船内ツアーはコースに従って自分で見て回る形だったけど、基本的に研究設備部分の紹介だった。


地層サンプルは、10m 程のものが、1~3時間で掘れるそうだ。すごい速度。

そして、これが船上にあげられると、CT スキャンや超音波により、非破壊検査が行われる。


この非破壊検査の結果、「貴重な部分」を避けるような形で、1.5m 程度の長さに分断される。

長いままでは研究しにくいからね。


さらに、縦に真っ二つにスライスして、中身を直接観察できるようにする。

1.5m もある、泥も石も一緒に含まれるものを、形を崩さないように真っ二つにできるのだ。すごい技術だと思う。


その後の作業は必要に応じて違うようだ。




酸素を追い出して窒素を充填できるグローブボックスがあった。

映画なんかで見たことある人も多いと思うけど、ガラスの箱に、手を突っ込むグローブがついているやつね。

あれで、完全に外の環境と遮断した状態で、サンプルを操作できる。


というのも、深海のさらに海底の泥の中に生きる生命がいるのだとか。

そんなところでは酸素は届かない。酸素がなくても嫌気性細菌なら生きられる。


そして、嫌気性細菌にとって、酸素は猛毒だ。だから、殺さずに研究するためには、酸素を追い出せる環境が必要なのだ。



サンプル表面の写真撮影をできる特殊装置もあった。

1.5mの長い表面に密着する形で、細長い写真を撮影できる。


特筆すべきは、この「写真」が、人間が見るためのデータではない、ということだ。

RGB 分解するのではなく、連続スペクトルデータとして撮影を行える。


光の三原色って、人間の目がそういう仕組みになっている、というだけで、光の性質とは違うものだからね。

ここで使われている撮影装置は、人間の目では見えないものも含めて、完全なデータを記録するものなのだ。


同じように、X線を照射して蛍光を記録する撮影装置もあった。

サンプルの質量と密度を精密測定する機械もあった。




面白い、と思ったのが「電子天秤」。


重さと質量は違う。

たとえば、体重計に乗って体重を測るとする。


同じ体重計を使って北極点で測ったデータと、赤道上で測ったデータではわずかに重さが違う。

赤道上のほうが、遠心力によって重力が相殺されていて、体重が軽くなる。

(コップ1杯の水程度にも変わらないけど、厳密には軽くなる)


正確に測りたければ、天秤を使う。

10g の分銅と釣り合う試料は、北極点で測っても赤道で測っても、10g の分銅と釣り合う。

重力が変動するとき、その影響は分銅と試料の両方に現れるためだ。


このようにして、重力変動の影響を受けないように正確に測られた重さを、「質量」と呼ぶ。



さて、科学では質量が大切なので、今でも科学者は古臭い天秤ばかりを使う…と子供の頃に聞いていたし、今でもそうだと思っていた。


でも、ここには「電子天秤」というものがあった。

電子天秤と呼ばれるものは世の中にもあるのだけど、ここにあるのはそれを改造した特別なもの。



天秤と名前がついているように、やはりものを載せる場所が2つある。

というか、改造した精密な「はかり」を、2台コンピューターに接続してある。


でも、この2つで「釣り合うように」分銅を交換したりする手間は必要ない。

片方に質量のわかっている分銅などを載せ、その質量を電子天秤に「教えて」やると、もう片方に載せた資料の「質量」を教えてくれる。


片方をキャリブレーション用に使い、もう片方の値を計算で補正しているのだな。


詳しくは教えてもらわなかったけど、この「2台の秤」の個体差も時々キャリブレーションする必要があるのではないかと思う。

これも簡単で、全く同じものをそれぞれに載せて、重さが違うというような判定になってしまったら、計算で補正すればよい。



さて、様々な測定機器があったけど、電子天秤のようなものは、揺れる場所では使えない。

地上でも、わざと機器を重くしてあって、しっかり据え付けて使うようなものだ。


それが船の上で当たり前に使えるという。

これもまた、「ちきゅう」のすごさがわかるエピソードでもある。




見学順とは前後するが、操舵室も見学できた。


普通の船の操舵室は、レーダースクリーンが「波長別に」いくつか並んでいる。

でも、地球では1つの波長ごとに、2つのスクリーンがある。

というのも、船体中央に大きな「櫓」が立っているため、櫓が邪魔でレーダーの死角が生じてしまうため。


現代のレーダースクリーンは、ベクタースキャンの CRT ではなくて、パソコン画面上にデータをプロットしたものになっている。

じゃぁ、2枚を合成することだってできそうなものだけど、これはあえてやっていないのだろう。

合成すると「元データ」を加工することになるし、レーダーに一番求められる機能は、生のデータを提供することだから。



以前別の船を見たときにも感じたけど、レーダースクリーンを含むパソコン画面は、トラックボールで操作されるようになっている。

狭い制御パネルの中でマウスを動かすスペースは確保できないからね。

今回は違ったけど、以前見た船では Logicool のトラックボールとかそのまま使っていたな。


各種装置にもそのまま Intel Inside マークがついていたり、案外普通のものを組み合わせて作られている。

「船」というハードウェアはすごいけど、それを制御する部分は、信頼性が確保できるのであれば何でも構わないのだろう。


そうそう、船の中でハッピーハッキングキーボードが使われているのを見つけられたのも有意義でした。



見学時間はわずか1時間程度だったけど、なかなか興味深いものをたくさん見せていただきました。

下船後、仮設テントのお土産屋さんで、「ちきゅう」の来年版カレンダーを買って帰りました。


以前もらった普通ではないカレンダーとは違って、普通のカレンダーだったよー(笑)



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三菱みなとみらい技術館  2015-11-23 11:27:20  歯車 社会科見学 家族

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さて、先に書いた「ちきゅう」の一般公開が終わってみなとみらい地区に戻った時、まだ時間は2時過ぎだった。


「これで帰るの?」と子供たち。

帰りたいか、まだ遊びたいかと聞くと、まだ遊びたいとのこと。


じゃぁ、以前から興味あった場所に行ってみよう。




ランドマークタワーのすぐ横、「三菱みなとみらい技術館」。

ずっと前から存在は知っていて気になっていたのだけど、来たことがなかった。


ワールドポーターズからはちょっと遠い。

次女の足では歩くだけで疲れるだろうから、肩車。


歩いて15分くらいはあったかな。

三菱重工のビルがあって、その一角に技術館はあった。


こども科学館ではあるものの、企業科学館なので、企業技術の宣伝の色合いもある。

でも、ここは宣伝色が低めでよくできている、という評判を以前から聞いていた。


入館してすぐ、次世代交通システム「トラム」の運転シミュレーションがあった。

他にもこうしたシミュレーションは多数あったのだけど、大抵長蛇の列。今回は遊ぶ時間が短いのでパス。


その先に、ちょっとしたゲームコーナー。

真っ白のジオラマで作られた「街」に、プロジェクションマッピングで様々なものが映し出される。


ここに、トラックボールで操作可能な「カーソル」が表示され、様々なものを探すゲーム。

8人同時プレイ可能。



2つのシナリオがあるようだけど、とにかく街の電気供給バランスが崩れることが予測される。

そこで、街中の「発電システム」と「蓄電システム」、それに「節電可能なポイント」を探し出して調整していく。


ゲームプレイの前にはカーソルを動かして街の中の様々な「次世代技術」を見つける形のチュートリアルもある。


もちろん、すべてのシステムは、実際に三菱重工が手掛けている技術だ。




奥のスペースは JAMSTEC コーナー。

はからずも、また JAMSTEC 。しんかい 6500 がメインの展示。しんかい 6500 は三菱重工が作ったものだ。


「ちきゅう」の模型もおいてある。ちきゅうはあまりに大きいので数社で作っているけど、やはり三菱重工も参加しているらしい。


今計画中のしんかい 12000…または「スーパーしんかい」をイメージした操作シミュレーションもあったけど、これも先に書いたように長蛇の列。

シミュレーション系は1回のプレイ時間が長いので、並んでいる人数がそれほど多くなくても、なかなか順番が回ってこない。


しんかい 6500の組み立てゲームとか、ソナーを使って深海探検するゲームとか、ゲームも多数。


次女のお気に入りは、コンピューター画面で「ロボット深海魚」を自由に組み立てると、大スクリーンで泳ぎだすもの。

チームラボがやっていたようなやつを、もっと簡単にした感じ。




1階の別コーナーは、JAXA コーナー。

JAMSTEC と JAXA は、最近一緒にイベントを行ったりもしているけど、それぞれ深海と宇宙を研究する組織。

ライバル関係なのかな。協力できるところでは協力し、競うところでは競っている感じ。


で、三菱重工は JAXA のロケットなんかも作っている。

JAMSTEC と JAXA はライバルだけど、三菱重工の技術が両者を結び合わせているのかもしれない。


JAXA コーナーの片隅に、MRJ の操作シミュレーターも置いてあった。

三菱リージョナルジェット。


1965年の YS-11 以来、国産旅客機はなかったのだけど、現在作成中の新しい旅客機。

先日初飛行しました。


MRJ の開発には JAXA も協力しているのね。

その関係もあって JAXA コーナーの一角なのだろう。




2階は、予約が必要な実験コーナーと、「乗り物の歴史」「発電」コーナー。


汽車の時代、プロペラ軍用機の時代、戦艦の時代からいろいろ模型が並べてある。

もちろんすべて三菱の手掛けたもの。


てこや油圧ピストン、動滑車など「力と距離を交換する」仕組みについても、触って実験しながら学習できるようになっている。

先日長男に「動滑車」について聞かれて仕組みを説明したのだけど、実物を見て理解を深めたようだ。



発電に関しては、各種発電所の仕組みや、世界中でどこに存在しているかの一覧など。

洋上風力発電所が波で倒れないための工夫、みたいなものも模型でわかりやすく展示してある。


実験コーナーは予約してなかったので全く見てません。



5時閉館で、2時間程度しか見られなかったので、あわただしく見て回った。

子供たちはもっとゆっくり見たかった様子。また機会があったら来ましょう。



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エイダ・ラブレイス 命日(1852)  2015-11-27 09:32:26  コンピュータ 歯車 今日は何の日

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今日は、エイダ・ラブレイス伯爵夫人の命日(1852)。


「世界最初のプログラマ」と呼ばれる女性です。

今では勘違いとわかっているけど、初期の「プログラム」に多大な功績をしたのは事実。


その功績から、「エイダ」は、プログラム言語の名前にも使われています。



以前、誕生日に記事を書いているため、詳細はそちらをご覧ください



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中将棋(あるいは私的ゲーム論)  2015-11-28 10:09:39  コンピュータ 歯車

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長男が紙で中将棋の駒を自作し始めた。


しばらく前から将棋に興味を持っているのだけど、その興味は「将棋と類似のゲーム」にも向いている。

家にも象棋はあるし、チェスならパソコンで遊べるソフトもある。


でも、誰に似たのかマイナーなものを面白がる性格のようで、「家にある」ようなものでは面白くない。

最近では、「中将棋を遊んでみたい」と言っていたのだけど、どうもルールに不明な点があったようだ。


それを、図書室で中将棋について詳しく書かれた本を見つけ、ついに駒の自作を始めた、という次第。




話は急に変わるが、将棋って、「ウォーシミュレーション」の一種だ。

個性のあるユニットを動かし、それぞれの得意を活かし、欠点をほかの駒で補う形で戦う。


いわゆるウォーシミュレーション…パソコンでは現代大戦略とか懐かしいのだけど、そういうゲームではユニットごとの「強さ」もある。

隣接したマスで戦闘状態となり、サイコロと強さの勘案によって戦闘の勝敗を決する。


でも、将棋ではユニットの強さは存在せず、個性は「移動範囲」のみだ。


ウォーシミュレーションでは、1ターン(片方が戦略を考える期間)で、すべてのユニットが行動できる。

でも、将棋では1ターンに1ユニットの移動のみだ。



将棋が単純すぎるとか、ウォーシミュレーションがリアルだと言っているのではない。

どちらもシミュレーションにすぎず、リアル…現実には程遠い。


シミュレーションで大切なのは、現実のモデル化であり、モデル化に必要なのは、計算可能な範囲の複雑さの中で、最大限に現実を模倣することだ。


「気軽に」楽しむゲームとしてのシミュレーションとしては、計算可能な複雑さが低いため、将棋はうまくモデル化できている。


ウォーシミュレーションはコンピューター以前からボードゲームとして存在していたが、複雑すぎてマニアでないと遊ばなかった。

パソコンの普及により、計算可能な複雑さが上がったために一般に楽しまれるようになったに過ぎない。




さて、話を中将棋に戻す。


中将棋は、今ではほとんど遊ばれていない将棋の一種だ。



チェス(の元となったゲーム)が中国を通じて日本に入ってきて将棋となった。

その後、日本で改良されて「大将棋」というものが作られる。


この大将棋、記録に残ってはいるが、本当に遊ばれたかどうかすら怪しまれていたそうだ。

現代では「どうも本当に遊んだらしい」と考えられているが、怪しまれるほど複雑怪奇。


普通の将棋(本将棋と呼ばれる)は、縦横9マスの全81マス、双方8種類・20駒を使って戦う。

これに対し、大将棋は縦横15マスの全225マス、双方29種類・65駒を使って戦う。


規模…つまり、計算可能な複雑さが全然違う。同じ将棋という名前が付いてはいるが、大将棋はまるでウォーシミュレーションのようだ。

それがゆえに、考案されてもしばらくして廃れてしまったようだ。


そして、大将棋を少し整理し、簡略化した「中将棋」が普及する。


江戸時代には、将棋の強いものには幕府から給与が出ていた。

これが「ウォーシミュレーション」だから、太平の世においても武士の勝負勘を養うのに有用とされていたのだろう。


しかし、江戸時代が終わるとこうした給料も無くなり、急激に将棋が衰退する。

中将棋もその時に、事実上なくなっている。

(一部の愛好家が「文化を失くしてはならない」と頑張ったため、現代にもルールなどが伝わっている)



さて、幕府の庇護が無くなったから中将棋が無くなった、というのであれば、なぜその時に本将棋は無くならなかったのだろう?

本将棋は、先に書いた「計算可能な複雑さ」と「現実のモデル化」のバランスが、一番とれていたからではないのだろうか?


一番バランスが良い、というのを現代的に言い直すならば「ゲーム性が高かった」ということだ。

もっと簡潔にいえば「面白かった」の一言に尽きる。


面白いゲームだけが生き残り、そうでないものは淘汰される。

非常にわかりやすい話だ。




これ、今でも同じことが繰り返されている。


新しいタイプのゲームジャンルが確立すると、真似をする会社(フォロアー)が急激に現れ、差別化のために複雑さを増していく。

最初のうちは「より面白くなっていく」こともあるけど、ある地点を超えると、複雑さを増やすことがマイナス要因になっていく。


でも、差別化のために複雑さは加えられ続け、最期にはユーザーが離れ、そのジャンルが終焉する。

終焉するとは言っても、「一番面白かった」もの…最終形よりもはるかに単純だった時代のものは残り、後世に伝えられていく。



こう書いただけで、「あぁ、あれのことか」と想像してしまう人も多いと思う。


いや、ここで書いた「あれ」とは、僕が特定の何かを示唆しているという意味ではない。勘ぐらないでいい。

ただ、世の中すべてのゲームジャンルで同じ構造が見られるので、枚挙にいとまがなく、誰だって自分の好きなジャンルで例を挙げられるだろうということなのだ。



以前書いたけど、僕は「悪魔城ドラキュラ」というファミコンのゲームが好きだった。

スーパーマリオなどの横スクロールジャンプアクションに属するのだけど、ホラータッチの独特の世界観と、「ムチ」という特殊な攻撃方法が差別化要素となっていた。


このゲームは大ヒットしたので続編が作られる。

しかし、この続編が…好きな人もいたと思うので申し訳ないのだけど、僕にとっては余計なものだった。


どんどん新要素が付け加えられ、僕にとってはどうでもよいゲームになっていく。

X68k で、初代がリメイクされ、これは素晴らしい出来だった。もちろん「新しい要素」は加えられているのだけど、初代の良さを「邪魔しない」追加方法だった。


つまりは、初代は良かったけどそれ以降はつまらないと思っている人が、僕以外にもいたということだ。

「後世に残したい単純なもの」としてリメイクがなされたのだと思っている。



同じように、ROGUE も好きだが、NetHack や Angband は別に好きではない。

でも、風来のシレンは好きかな。ドラキュラにおけるリメイク、のような位置づけ。


スーパーマリオもたくさん続編があるけど初代が好き。

「夢工場ドキドキパニック」(のちのスーパーマリオUSA)も好きだけど、これは関係のない話か。


ミスタードリラーも初代が好き。


コラムスは、リメイクである97が好き。

初代も捨てがたいが、それ以外は別に好きではない。




複雑さを増す要因は2つある。


1つは、いわゆる中二病。「俺の考えたやつのほうがおもしろいぜー」って追加要素を入れるのだけど、いたずらに複雑化させるだけで、実は面白くない。


面白くない、と書いたけど、大抵入れたときには「おぉ、本当に面白れーじゃん」と周囲が受け入れる。

それは、既存のゲームに飽き始めているから。新しい要素が入れば何でも面白く感じる、というだけ。


このルール、実は面白くないんじゃない? と気づくのはかなり時間がたってからで、その時には周囲全員が遊んでいるルールを「今更戻そう」なんて誰も言い出せず、複雑なルールが残り続ける。


時々、思い切ってルールを単純化することで面白さを演出する、という試みをする人が出ることもある。

将棋においては、近年の「どうぶつしょうぎ」が良い試みだった。3*4マス、各自4種類・4駒で戦うのだけど、ちゃんと将棋として成立していた。



ゲームではないけど、SNSの世界では、思い切った簡略化を行ったのが Twitter だった。

でも、これは簡略化しすぎで、後で少しづつ機能を追加している。簡略化された世界観に合わず、ちぐはぐな拡張も見受けられる。

簡略化したいのか複雑化したいのかわからない態度に、日本以外では急速にユーザー離れが進んだそうだ。


逆に、いろんなSNSを分析し、問題点をすべて解消しようとして複雑怪奇な仕組みを作ったのが Google+ だ。

確かに問題は解消されているのだけど、複雑すぎる。複雑さを乗り越えてまで使いたいと思う人が少なく、ユーザーが少ない。



話を戻して、複雑さを増すもう一つの要因は、商業上必要な差別化だ。


根本からゲームを練り直してオリジナルを作るのが、一番の差別化になる。

でも、全くのオリジナルは、売れるかどうかもわからない。商売としてはギャンブルで、実はよくない。


それよりは、流行したゲームの後追いをしたほうがいい。

「本家」ほど売れないとしても、そこそこの需要は見込める。うまくいけば本家のユーザーをごっそりいただけるかもしれない。



こう考えると、元となるゲームをほぼ模倣しつつ、新しい要素を一つだけ付け加える、というのが最良の戦略とわかる。

これが、商業的なゲーム作成における、一番上手な差別化の方法だ。


数多くのフォロアーのゲームのうち、ヒットが出ると、またそのフォロアーが出る。

繰り返すうちに、ひとつづつ付け加えられた要素が重なり合い、複雑さの度合いを増す。


「ディフェンダー」を真似して「スクランブル」が作られ、それを真似して「ゼビウス」が作られ、「グラディウス」「R-TYPE」と続き…という流れだな。

その陰に、消えていったフォロアーが山ほどある。



「フォロアー」は何も他社ばかりではない。続編を作るのだってフォローのうちだ。


これは伝聞なので間違いもあるかもしれないが、「ミスタードリラー」は、発売前にかなりいろいろ実験をしたそうだ。

その結果、一度複雑さを十分に増し、それらの複雑さを排除し、一番面白いバランスになるところを見つけて発売、という方法をとっている。


そして、面白かったから大ヒット。大ヒットしたゲームの常として、続編が求められた。

すでに「これ以上複雑にするとつまらなくなる」境界を見極めているのに、続編で差別化を行わなくてはならない。


スタッフは反発したが、会社命令で作らなくてはならない。

企画書に「スーパーミスタードリラー2ダッシュターボZ」とかってタイトルを書いたらしい。もう、これ以上続編が作れないように。


この名前は許可されず、「ミスタードリラー2」という普通の名前になり、シリーズは続くのだけどどんどんつまらなくなっていった。


これ、会社が悪いとかスタッフがかわいそうという話ではないよ。

商業主義、資本主義では、スタッフが望んでいなくても「ファンが望む限り」続編を作らないといけないのだ。


ひどいのは会社ではなく、ファン。

続編を出さないと「続編ないのですか」と言い続け、続編を作ると「つまらなくなった」と酷評する。

でも、それは悪いことではなく、ファンの権利だ。ファンがお金を出すことで会社は潤うのだから。


これが資本主義の仕組みだから仕方がない。


そもそも、作られたゲームの多くは、ファンもつかずに消えていく。

ファンがついて続編を望まれるだけ幸せだというものだ。


2018.4.18 追記

上の話、書いた通り「伝聞」で聞いただけでした。

現実はちょっと違うようで、ドリラーシリーズのプロデューサーさんがツイートしていたので、リンクしておきます

(引用許可は取っていないのでリンクのみ)


2の時じゃなくて、G(3作目)の時の話だって。

名前も、長いのではなく「Z」ってつけただけだって。

(でも、これ以上続編は作らないつもりで名前決めたら却下された、というのは事実)




話は急に変わる。


ここは個人的な思いなのだけど、「複雑さ」にも2種類あると思っている。

ルールの複雑さと、状況の複雑さだ。


状況が複雑になると、判断しなくてはならないことが増える。

でも、ルールが複雑になると、判断が面倒になる。


ゲームの面白さは、多数の選択肢から判断を行い、その結果が判定されること…にある。

だから、状況の複雑さが増すのは、ゲームの面白さを増すうえで有用だ。


ただし上限はある。

人間の把握能力を超えるほど複雑だと、判断基準が失われて「運任せ」つまり判断の放棄につながる。



ルールを複雑にすれば、間違いなく状況は複雑になる。

でも、ルールが複雑になると、判断するときに考慮しないといけないことが増えて、面倒になる。


こちらも、最終的には判断の放棄につながる。



一番の上策は、ルールは単純明快にもかかわらず、状況が十分に複雑な状況を作り出すことだ。

ただし、そのようなルールを組み立てることは非常に難しい。




「状況判断」という言葉から連想しやすく、パズルゲームを例にとろう。

多くの人が知る名作パズル「倉庫番」は、ルールの設定が巧妙だった。だから名作だと言われるのだけど。


画面上には、たった5つのキャラクター。

「自分」と、荷物、壁、空地、そして「置き場所」。


自分を動かし、荷物を押すことができる。そして、すべての荷物を置き場所に収めれば成功。


壁は押せない。そして、荷物はその向こうが空地でないと押せない。

ルールはたったこれだけだが、非常に多彩な面構成が作り出せ、パズルとしてよくできていた。



「チューチューロケット」もよくできていると感心したな。


画面内には猫とネズミがいる。

いずれも直進し、壁にぶつかると右折する。


すべてのネズミを「ロケット」に誘導し、脱出させる。

猫がネズミ、またはロケットに触れれば失敗。


ユーザーは、事前に「矢印パネル」を置くことができる。

このパネルの数は限られているが、猫・ネズミを矢印方向に誘導する。


基本ルールはこれだけ。(細かなルールがもう少しある)

でも、倉庫番と同じように非常に多彩な面構成が作り出せた。



パズルとして、逆に「ルール設定が複雑すぎる」と思ったゲームもある。


ワリオの森。過去にどう複雑すぎるのか説明しているので、詳しくはそちらを見てもらおう。

複雑怪奇なルールで、ルールに従ってパズルを解く、ということ自体が困難。


面白くないのか、といえばそんなことはない。面白かった。

でも、良いゲームだとは思わなかった。




状況判断はパズルに限らない。

アクションゲームだって、ルールが複雑怪奇であるよりも、単純明快なほうがいい。

その中で、瞬時の状況判断を楽しめるように、複雑な状況を作り出すようにするのだ。


スーパーマリオなんかは、ヒップアタックとか空中での回転(ジャンプ時間延長)とか、複雑な操作が増えすぎて面白さを落としてしまっている、と思う。


もちろんそうした操作による操作の多様性で面白さを作り出している部分があるのは認める。

でも、初代スーパーマリオだって十分に面白い。単純明快な良さというのは存在する。


操作方法を増やした、というのは、複雑さを上げる方法としてはあまり上手な方法ではなかったと思うのだ。



シューティングゲームなんかでは、パワーアップ方法とかが「複雑なルール」を作り出す中心になっている。

敵にぶつかったらダメで、敵を撃てば撃破できる、という単純さは変わらない。

そもそも、シューティングは単純な爽快さが求められているものも多く、いたずらにルールを複雑化することはできない。



とはいえ、ルールの中の些細な部分…「画面上に同時に表示できる敵弾数」とかが、技術の進歩により飛躍的に増えた。

これだけで、弾除けの状況判断がずっと複雑になり、面白さが変わってきた。


いわゆる「弾幕シューティング」の誕生だな。

こういうのは、複雑にするうえで上手な処理方法だったと思う。



対人対戦、というのも、上手な方法だった。

元々 CPU 対戦ができるようなゲームなら、ルールは全くそのままで、ただ CPU ではなく人と遊べるようにするだけ。


でも、人はコンピュータープログラムに比べて、ずっと複雑だ。

これだけで状況は限りなく複雑になる。




話がだらだらと長くなったので、最初に戻して締めくくろう。


ゲームを面白くするためには、状況をより複雑にし、「判断の選択肢」が増えると良い。


そのために、大将棋・中将棋では盤面を広げ、駒の種類・数を増やした。

でも、これによりルールが複雑化しすぎ、遊ぶ際に面倒が多くなって、廃れたのだと思っている。


本将棋(いわゆる将棋)だって、元となるゲームからルールは拡張されている。

しかし、盤面はそれほど広げていないし、駒の種類もそれほど増えていない。


でも、たった一つだけ、他のどのゲームにもない独自ルール拡張がある。

それが「持ち駒」だ。相手から奪った駒を、自分の駒として戦場に投入できる。


この「持ち駒」が大発明で、ルールとしては単純であるにもかかわらず、状況判断を非常に複雑なものにしている。

結果として、大将棋・中将棋よりも面白さを獲得し、最終的に生き残ったのだろう。


ルールの追加方法としては、かなり上手な処理だったと思う。

ゲームに追加アイディアを入れる際の、理想的なお手本である。



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半月分の家族日記  2015-12-01 12:11:17  歯車 家族

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ここしばらく家族日記を書いてなかったので、書き留めておく。


11月14日、保育園の食育フェスタ。

普通の保育園なら「バザー」と呼ばれるものだな。物品販売も多少あるけど、主に食べ物を売る。


毎年書いているけど、ちょっと解説しておこう。


園の行事は主に、「保育園行事」と「PTA行事」に分かれる。どちらが主体となって行うか、が違う。

でも、どちらも園とPTAが協力して行う。


秋に行われる運動会や、遠足は保育園行事。

だけど、食育フェスタはPTA行事。


そして、8年ほど前は、食育フェスタはPTA幹部が死ぬような思いで運営していた。

保育園に預けている、ということは、共働きで(もしくは一人親)で、暇はないのだ。なのに保育園最大の行事を取り仕切らなくてはならない。


7年ほど前のPTA会長の発案で、PTAが「委員会制」に改められた。

大きな行事ごとに委員会を作り、中枢を委員会に預ける。すべての行事を数人で回す、ということが無くなり、余裕ができた。


#もちろん、仕事が増えたほかのPTAの父母からは強い反発もあった。

 でも、1年無理して回したら、そのやり方が悪くないと誰もが気付き、反発は無くなった。



3人の子供が合計で8年間保育園に通い、僕も8年間食育フェスタを手伝ってきた。

そのうち6年は焼きそば担当で、すっかり「焼きそばのベテラン」扱いになっている。


でも、今年で次女が卒園するので、一応最後の食育フェスタだ。

そんな思いで参加したが…当日大雨だった。


実は、委員会制になって初めての雨。

委員の方も数日前から雨の予報に慌て、当日晴れた場合と雨の場合の2通りの準備をしてきたらしい。



そのかいもあって大したトラブルもなく、無事終了。

客足は少なく、いつもより焼きそばが売れなかった。これ、先に食券売っているので損はないのだけど、食券を買っておきながら来なかった方がいる、ということだ。


余った焼きそばは、終了後に「反省会」と称する飲み会が行われた際に振る舞われた。

それでも余っていたので、4つほどもらって帰り、我が家の子供たちの胃袋に収まった。



この「食育フェスタ」は、すでに保育園行事の枠を超え、地域行事になりつつある。

保育園を卒園した子供たち、その親、付近住民も楽しみにやってくる。


そして、OBになっても「焼きそば手伝いに来ました」なんて来てくれる人がいる。

来年、僕もそうした人たちに混ざってるんじゃないかな、という気もしている。




11月21日


日記に書いた通り、ハムスターが死んでしまった。長寿で、堂々の大往生。

わずか4日後のこの日、次の仔を買いに行った。


行ったのは、妻と結婚前に同棲していた時にハムスターを買ったペットショップ。

以降も、何度かこの店で買っている。


いつも手を入れさせてもらい、乗ってくる、かまない仔に家に来てもらうのだけど…

この日、ちょうどショップの店長さんらしい人がいた。実は初めてかな?


そして、手に載せたいというと、「大丈夫、みんな手に載るし、かまないよ」とのこと。

実際、その場にいた3匹全部を載せてみたが、どれもおとなしいし噛まない。


店長さんの説明によると、ペットショップでの飼い方により、噛む仔とそうでない仔が分かれてしまうそうだ。

ペットショップでも、ケージに入れっぱなしにしている店は駄目。


お客さんに見せるためのケージは、広すぎて寝るには落ち着かない。

夜になったら別の小さなケージに移してやる、というのがショップとしての責任。


これをちゃんとやっていれば、毎日手に触られて、危険がないことを覚えるのでおとなしくなるそうだ。

でも、ショップとしての責任を果たしていない店で買うと、噛まれることも多いという。


もちろん要因はそれだけではなくて、手から落としてしまうことがあれば怖がって噛むようになるだろうし、怖い思いをさせれば手を敵だと思うようになる。

でも、大体は小さいころの経験によるもので、それはショップの責任だ、との説明。



目からウロコだった。

10年ほど前に最初のハムスターを買ったときに、本で「手に載せてもらって相性を見るとよい」と書いてあったので、それ以降ずっとそうしていた。

そんなことよりショップ選びのほうがもっと重要、ということだ。


歴代ハムスターは、この店を含めて大体3店舗で買っている。

でも、そういわれてみるとこの店で買った仔に、手乗りが多かったように思う。


#手乗りにならないとダメだということではなくて、それぞれ個性があってみな可愛かったのだけど。




11月29日


長女が「理科ハウス行きたい」というので、理科ハウスへ。

1か月前に来たばかりだけど…あれ、1か月前に来たの、日記に書いてないな。


何度も書いているが、理科ハウスは来るたびに感心する。

子供たちの学びの場として、非常に面白い「遊び」を提供し続けているのだ。



2階に、古い壁掛け時計の駆動ユニットをむき出しにした展示があった。


理科ハウスの事業の一つに、科学者「石原純」さんの資料の保存がある。


そして、その著書の中に、科学を時計の仕組みになぞらえて紹介する部分がある、ようだ。

「ようだ」というのは、駆動ユニットの前に本のページを開いて置いてあったのだけど、前後のページが読めなかったので文脈がよくわからないの。


そこにあった挿絵にそっくりの駆動ユニット。


…歯車式の振り子時計で、動作が非常に面白かったので、じっくりと構造を観察した。

僕も歯車時計は好きなので、ここに雁木車があってこちらのゼンマイの力を抑えこんで…くらいにはわかる。


あれ、半分何に使っているかわからない歯車があるな、と思っていたら、ちょうどそちらの装置が動き出し、鐘を4つ打った。

時報装置だった。


この時報装置の動きがまた巧妙で、「時報」と「時間」を一致させるために、時報を強制的にならして調整するスイッチもある。

何度もスイッチを押して、動作を観察してしまった。



ふと気づくと、後ろに館長さんがいた。

仕組み判りますか? と聞かれる。館長さんは、本の挿絵にあるものだから展示してみたものの、時計の仕組みがよくわかっていないそうだ。

ざっと説明して、それよりも時報装置が巧妙で見入ってしまいました、とこちらも解説。


時計の仕組みって、今でも解説を見ることがあるのだけど、時報のような付加価値部分はなかなか説明を見ないからね。



非常にいいものを見せてもらった。

今気づいたけど、すごく面白いもの見てきたのに、写真撮り忘れてた。




午後3時ごろから、みんなで実験しながら討論して考える時間、というのがあった。

毎週日曜日にやっているそうだ。といっても、この1か月で始めたばかり。

(以前から日曜に来ているのに、初めて見たもの)


「先週」は、雲が非常にきれいだったので、みんなで雲について考えた、と言っていた。

この日はその続きで、雲の話。


話の持って行き方が非常にうまい。

気圧差によって温度差が生まれる話などをして、手動の真空ポンプで実際に温度変化を確かめる。


そして、真空の力を見せるため、瓶の中に「コアラのマーチ」の小袋を入れる。

減圧して、見事袋を割ることができたら、中身はみんなにおやつとしてあげるよ! と言ったら、子供たちは真剣にやり始める。


一袋じゃ足りない、というのでさらに追加。

2袋同時でも割れるかな? 「割れる」「やってみる」という子供たちに、でも、割れなかったらおやつもらえないよー、とスタッフの人。

それでも子供たちは「絶対割ってやる」と気合を入れ、見事に2袋同時に割りました。



雲ができるためには、核となる「ちり」が必要なのは知っていた。

でも、子供たちへの解説で初めて真の意味を理解した。


水は表面張力が高いけど、高すぎて「小さな水滴」がたくさんになってしまう。

そして、小さな水滴は、小さいがゆえにまたすぐ蒸発する。


ここに「ちり」があると、表面張力によって「ちり」に水が集まり、大きな水滴になる。

こうなるとやっと目に見える大きさの雲になる。



そこまで話したら、飛行機雲の話とかすれば面白いのになー、と思って窓の外を見るも、曇っていた。

晴れていて飛行機雲でもあれば、子供たちに興味を持たせる良い題材だったのだけど。



気圧で温度変化が起きる話も、スタッフの方は「空の上で起きていること」として説明していた。

子供たちは理解しているのだけど、身近な話としてはあまり捉えられていない感じ。


これ、冷蔵庫の中でも同じことをやっている、と言えば身近に感じてもらえるのになー。



そのあと、ペットボトルの中で雲を作る実験。

ペットボトルにアルコールを少し入れ、空気を送り込んで気圧を高める。


この状態から栓を急に抜いて一気に減圧すると気温が下がって、飽和していたアルコール蒸気が滴となり、雲が出来上がる。


子供たちはこれでも喜んでいるのだけど、これは「霧箱」の原理でもある。

一緒に宇宙線の話とかすれば面白いのになー。



いろいろ書いているけど、文句があるのではない。

スタッフの方が目の前でやる実験の数々は、非常に面白いし、子供は熱中している。

あまり多くの関連話題を出すと、子供が混乱してしまうだろう。


でも、この実験が面白いからこそ、傍で見ていると「派生話題」をどんどん思いついてしまう。

知識というのは、そうした「派生話題」から、網の目のようにつながっていくものだ。


聞きかじった知識は「豆知識」にすぎない。単体のままでは応用も利かず、いつか忘れてしまう。

でも、網の目のように絡み合った知識は、その人の知識ベースとなって考える力を底上げする。


これらの話題は、うちの子供には帰りの車の中や、家に帰ってから話をした。


本当に、理科ハウスが家の近所に合ったら、入り浸って子供たちに勝手に知識を授けるのに!


スタッフの方も、いろんな人が子供の興味を呼び覚ますのは歓迎してくれいているようだ。

こういう場所では、喜んで僕もおせっかいおじさんになる。




理科ハウスの壁には、子供の「疑問」を書いた紙が、たくさんぶら下がっている。


これ、答えを知っている人は裏に書き込んでほしい、ということらしい。

前から見えていたのだけど、答えを書いてよいというのは1か月前に知った。


そしてこれらの質問、子供の素朴な疑問なのだけど、それがゆえに難問が多い。


たとえば「AIがこのまま進んでいくと、SF映画のように人間と戦争になりますか?」。

そんなわけないよ、と一蹴できない。でも、そうなる、なんて無責任に言えない。


一応プログラマで大学時代に人工知能研究の端っこを研究した人間として、答えておいた。

2年間も誰も答えてくれなかった疑問だそうだ。


#ざっと言えば、現在のAIは人間の補佐を目的としていて、AIのみでの判断はできないので反乱は起こさない。

 でも、AIが進化することで職を失う人はいるだろうし、AIの補佐の「ミス」で混乱が起きることもある。

 それはある種の戦いであり、AIを活用するには人間側が注意していく必要がある…というようなこと。

 子供にもわかるように、もっと懇切丁寧に書いた。



宇宙論に興味を持った子供が「暗黒物質って、何でできてるんですか?」と無邪気に書いていた。

それがわからないから暗黒、と呼ばれているわけだけど、当然のことながら本にも詳しいことが書いてなくて、知りたいのだろう。


この紙の裏には、物理学者の梶田隆章さんからの答えが書いてある。

1年半前に理科ハウスは第10回小柴昌俊科学教育賞を受賞していて、その際に同席した梶田さんに書いてもらったのだそうです。


賞のタイトルにもなっている小柴さんは2002年のノーベル賞学者ね。

そして、梶田さんは今年、2015年のノーベル賞学者です。


こんなすごい人たちも、子供たちの疑問に丁寧に答えてくれている。

僕の答えなんてたいしたものではないのだけど、答えをもらえない子がいないように、答えがついてない紙を見つけては答えるようにしている。



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たくさん交換  2015-12-05 12:21:31  コンピュータ 歯車 住まい 家族

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さて、昨日消えてしまった日記を再度書き直そう。


でも、4つに分けて長々書いていたけど、それをもう一度書く気はしないのよ…

4つに分かれている、ということ自体がネタで、1日の日記に「壊れて修理」「長年使っていたけど交換」見たいのが並んでいるのが面白いな、と思っていたの。


でも、昨日概要書いてしまったので、面白い部分だけまとめて書く。




▼情報線まとめた


回線まとめた、というのは、先日から書いていた CATV 高いからやめる計画の仕上げ。


我が家は視聴難地域で、CATV に入っていないとテレビが見られない。

地域の共同アンテナもあったのだけど、地デジ化の際に CATV に接続され、CATV サービスの一つになった。


その後、CATV 会社の合併を繰り返し、共同アンテナが「新規契約なし」のサービスになった。


つまり、CATV を見るつもりがなくても、高いお金を払い続けないとテレビが見られない。

なんだ、この独占企業感。



でも、独占企業ではなく、ライバルがあるから大丈夫。

NTT にフレッツテレビを申し込んだ。光ファイバを引いている前提になるけど、CATV に比べて激安。

CATV では契約した1台以外では地デジしか見られないが、すべてのテレビで BS も見られるようなる。


これも紆余曲折あったのだけど、昨日工事だった。




まず、光回線工事。

今まで使っていた ONU (光と銅線を変換する装置)を外し、新たな「すごいルーター」に入れ替え。


すごいルーター、名前がわからないからすごいルーターと呼ぶしかないのだけど、ONU 内臓で、ルーターとしても使えて、電話線を取り出すこともできて、テレビ信号も取り出すことができる。


地デジとBSで秒間 0.7Gbps くらいのデータがある計算になるのだけど、これを 100M の光回線でも送れるらしい。

ただ、100M でこれをやると「インターネットは劇遅になる」そうで、回線交換を勧められた。


なので、作業の最初は 100M から 1G への回線交換。

お兄さんが家の外の電柱に上り、何やらやっていた。

その後センターに電話をかけ、こちらの末端に機械をつないで何か測定。完了となった。


この後、「すごいルーター」をつなぐ。


このルーター、設定しない限り、ルーターとして振る舞わず、電話とテレビ以外の信号をスルーする。

なので、今まで使っていたルーターをそのままつないだら、家の中のネット環境は復活した。



さて、すごいルーターに電話線をつなぎ変えたら、またセンターに電話。電話線から光回線に電話番号を移行してもらう。

作業が終わったら、携帯電話でうちの番号を入れ、電話が着信することを確認。これも完了。


これで、回線工事の人の作業は終了。

タイミングよくテレビ工事担当の人が来ていて、作業を引き継ぎ。




我が家は、家の外壁まで CATV の線が来ていて、家の壁の中に最初から埋め込んである配線も、外壁に出ている。

そこでテレビの線は接続されている形。


家の中の配線は、屋根裏で4分配され、家中に送られている。

ここにはコンセントも用意されていて、電波が弱いときはブースターをつけられる。


CATV では、ブースターを入れていた。


さて、問題はすごいルーターから出ているテレビの信号を、どうやって屋根裏に持って行くかだ。

信号を減衰させないためには最短距離を通るのがよく、理想的には天井に小さな穴を開けたいらしいのだが、屋根裏に入って作業するようなスペースは確保できないため、断念。


たった今使わなくなった電話線が通っている配管がある。

電話線は残してあるのだけど、この配管を通してテレビ線を外に出す。


都合のよいことに、電話線が外に出たところは、先に書いた外壁でテレビ信号をつないでいるところのすぐ近くだ。

これで、家の中のテレビに信号が送れる。


接続が終わったら、家じゅうのテレビ配線の信号強度をチェック。

十分な強度だったので、ブースターなどは不要、となった。


#CATV 用ブースターは周波数などが違うため使わない。




工事全体で2時間弱。

終わった後で CATV 会社に解約の電話を入れる。


当たり前のことだけど、解約したいと申し出ると、引き留めにかかられた。

値段などの問題であれば安い料金プランなどご案内しますよ…と。


「すでに次の契約決めて、今工事が終わりました」と伝えたら、それで終了。

撤収工事があるので、後日工事日などの相談があるそうだ。



▼ドコモやめた


最初に持った携帯電話は、IDO だった。

当時は、携帯電話って高価なもの。「普通の」固定電話より通話料もずっと高かった。


でも、妻と遠距離恋愛中に、固定電話で遠距離通話するより、携帯電話のほうが安いと知る。

固定電話は距離課金だけど、携帯電話は均一料金だからね。


特に、当時の IDO は2回線契約するとその間の通話が半額、というサービスをやっていた。

これが本当に安かった。IDO がなかったら遠距離恋愛なんてできなかった、と思う。


#まだパソコンで電話するなんて考えられない時代ね。

 CU-SeeMe はあったけど、ダイヤルアップで 33.6Kbps では使い物にならなかった。



16年前に独立してフリーのプログラマーをはじめ、その年のうちに i-mode サービスが始まる。

携帯電話がまだまだ高価な時代、そこに付加価値を付けても、誰も注目していなかった。


仕事で i-mode のサイト構築を頼まれたけど、まだまだこれが流行するとは思えなかった。


でも、仕事でやるなら知っておいたほうがよさそうだ。発売同日に P501i を購入。

妻と2つ。IDO より少し通話が高くなるけど、大きくは変わらなかった、かな。


で、その時以来ずっとドコモを使ってきた。

継続して使っているので割引されていて、月々の料金は千円いかなかった。




それが、スマホ時代になって変わった。

高いとわかっているからスマホなんていらなかったのだけど、FOMA 端末が壊れて仕方なく移行。


最初は、スマホ向けに必要な「パケ放題」料金は端末割賦払いの料金で相殺された。

でも、割賦が終わると、もう割高に感じるだけ。


先日、ずっとスマホはいらない、と言っていた妻が、やっぱ自分で持っていたほうが便利そうだ、と言い始めたので、二人で安い会社に乗り換えることに。


非常に低速な格安 SIM をしばらく使っていたので参考になるデータはある。

ほとんど家にいるので、1か月の通信量は 1G 行かない。


250Kbps の低速でも、メールやカーナビ、音楽ストリームなどの、大体の要件はこなせる。

でも、WEB を見るときにはちょっと遅く感じる。動画なんて見てない、ただの WEB でも、だ。


というわけで、1G 程度の高速通信が使えて、通話もできる SIM に MNP で乗り換えることにする。

ドコモの回線自体は信頼しているので、ドコモ系 MVNO 会社で。



MVNO は、大手の回線を借りているから品質は一緒…と言われがちだけど、そんなことはない。

回線は借りるが、交換機は業者が用意する。


とはいえ、この交換機だって、大手が作っているものを買うだけ、という例もあるのだけど。


僕としては、IIJ 系の交換機に信頼を置いている。

先に書いた 250Kbps の低速 SIM を契約した時、IIJ も MVNO を始めた直後だった。


IIJ いいなぁ、と思ったけど、高かった。それが、今は IIJ 系の会社、という形で安くなっている。




ドコモの2年縛りの更新タイミングが 12月だった。

12月に解約すれば、違約金は発生しない。


ちょうど12月頭が妻の誕生日だったこともあり、SIM フリー端末を購入。

いや、妻へのプレゼントではなく、僕も買ったんですけど。


12月3日にドコモへ行き、解約を告げる。


まぁ、想像はしていたけど引き留められる。

他社にお乗り換えでしたら、料金など教えていただければ、弊社のそれに見合うプランをお探ししますよ…と。


2人でおいくらになりますか? というから、3000円と答えると、一瞬目が泳ぐ。

すぐに、気づいたように「あぁ、一人3000円ですか?」と聞かれたので、二人で3000円、と答える。


で、「お探ししますよ」の言葉はそのままうやむやとなり、粛々と解約手続きが進められた。




しかし、僕も詰めが甘かった。


2回線の契約は、両方僕名義だった。

正確にいえば、契約者名義が僕で、使用者名義が僕と妻。


ちょっと昔話をしよう。


今から10年くらい前の、携帯電話の普及機に、携帯電話は犯罪者に利用された。

偽名で契約して、そのまま料金を支払わない。それでもしばらくは使える。切断されたら捨てる。


これで、逆探知できない連絡手段を手に入れられる。


総務省は各社に指導し、一人1回線だけの契約しか認められないことになった。


でも、今度はこれで困った会社がたくさん出た。

法人で1契約、というわけにはいかない。法人は特別枠で、料金が高い代わりに複数契約できるようになった。


そうしたら、中小企業の社長さんとかが、個人名義で借りて社員に使わせようとし始めたが、1契約の壁があった。


…と、ここまで来て「契約者と使用者が違う」という玉虫色の契約方法が発明された。

契約者も使用者もちゃんと本人確認することを前提に、使用者が違うなら複数契約が認められた。



さて、現代に戻る。

この論理は大手では通用しているけど、MVNO 業者には認められていないようだ。

MVNO 業者では、一人1回線契約しかできない。


そして、MNP で電話番号を移行する際は、転出元と転出先で、同じ名前で契約しなくてはならない。

僕名義の2つの電話番号を、同じ業者で契約できない、ということになった。



ドコモ・IIJ 系の DMM mobile を使うつもりだったのだけど、慌ててドコモ系の別会社を探す。

IIJ 系ではないが、Biglobe が 1G からの安い契約プランがあったので、妻の名義はこちらで契約。




今朝、Biglobe の SIM が届いた。

ドコモの SIM なのね。「ドコモ」と明記してある。


ドコモ系だから不思議はないけど、全く同じものだとは思ってなかった。

ドコモから転出し、新たな電話番号がドコモの SIM で使えるようになる、という不思議な感覚。


届いたよー、とBiglobe に電話すると、ドコモの解約を行い、Biglobe の契約に切り替える作業をやってくれる。


2時間ほどお待ちください、とのことだったけど、現時点ではまだ切り替わっていない。



▼マウス


ボタンが壊れて、勝手にダブルクリックしたり、ドラッグ中に落としたりするようになったので買い換えた。

前のマウスは使用面が汚れてくると、マウスカーソルが思うように動かないことがあったけど、そのようなこともないようだ。


当たり前の道具が当たり前に使える、という快適さ。ありがたい。



Amazon で購入したのだけど、千円以下。

マウスは高かろうが安かろうが、激しく使っているとボタンがダメになる。安いのを買い換えるのが良い、と思う。


#高級品は部品もいいから壊れにくいのだけど。


もっとも、千円以下といっても、本来3千円の品。

発売からずいぶん経っているのと、人気のない色だったのが安さの理由。


#人気色なら、まだ2千円近くする。購入したのはピンク色。



発売時は、まだ Win7 の時代だったようで、パッケージには Win7 まで対応していると明記してある。

そして、Win8 対応、というシールが張られ、さらに小さな Win8.1 対応シールも張られている。


使うのは Win10 だけどな。



▼自転車のシフト


風で倒れて壊れた。

不便なので Amazon ですぐ同じ部品を見つけて購入。

(上のマウスと一緒に買った)


お急ぎ便ではなかったけど翌朝には届き、自分で交換してみた。

ハンドルグリップを切って外さないといけない、というのは予想外だったが、難しくはなかった。


ハンドルグリップ、切れ込みが入ったものを再装着してある。

後日新しいものを探そう。





というような感じで、昨日のサーバー故障も含め、ここしばらくどんどん家のものが交換されています。


サーバーは現在仮想化によって運用しているけど、近日中に新マシンを購入予定。

ただいま選定中。




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妻と一緒に携帯電話を乗り換えました。


今までドコモで、FOMA & Android。

Android 端末も、ほとんど通信せずに一番安い料金プランを使っていましたので、一般的に見て携帯に使っている料金は安かったと思います。



でも、最近はSIMフリーの流れとMVNO業者(詳細後述)の台頭で、普通に通信してももっと安くできるようになってきた。

じゃぁ、乗り換えてみよう。




詳細は先に書いたのですが、僕名義で2回線持っていたのを、MNP(電話番号を維持したままの乗り換え)でMVNOに乗り換えようとしたら、「1人1回線契約しかできない」という罠に引っかかりました。


罠に引っかかってから気づいたけど、これ当然なのね。

もともと、大手でも1人1回線しか契約できない、というのが国としてのルール。

大手は、法的なテクニックを駆使してこの網を潜り抜けているだけ。


こちらも詳細は上のリンクを読んで。


で、仕方がないから2つの業者に契約しました。

DMM Mobile と、Biglobe 。どちらも、別の理由でそれぞれ人気のある大手 MVNO 会社です。




ここで、MVNO について説明しておきましょう。


携帯電話は、事実上大手三社(ドコモ、au、ソフトバンク)だけがサービスを展開しています。

3社しかない、というのは寡占状態。総務省は、もっと会社を増やして競争させたいと考えています。


そこで、MVNO という枠組みが作られました。

大手の「回線」の利用権をまとめて買い上げ、それをユーザーにリセールする業者のことです。


まとめ買いすることで安くしてもらって、大手よりも安い金額で売ることで勝負する。

ただし、安くするために省けるものは省きます。サービスなど悪くなる。


大手は「回線」を貸してくれますが、交換機に当たる部分(携帯電話からインターネットに接続するサーバ)は自分で用意する必要があります。


そこで、大手から MVNO で借りた回線に、交換機などのサービス部分もつけて、さらにリセールする業者が現れます。


MVNE 業者、と呼ばれます。MVNE からサービス自体の提供を受けて、事務手続きや会員管理だけを行う MVNO 業者、というものも存在します。



ドコモが「製造元」だとすれば、MVNE が問屋、MVNO が小売店で、我々の元に届く…という感じでしょうか。



DMM Mobile は純粋に MVNO 会社で、MVNE が IIJ、ドコモの回線を利用しています。

Biglobe は MVNE もやっている会社で、やはりドコモの回線を利用しています。


IIJ は技術的に優れているのですが、やっていることが「通好み」というか、一般的にわかりにくいところがあります。

でも、理解して使えば非常に優れている。DMM は、IIJ 系の中で…というか、現状 MVNO 業者の中で一番安いプランを持っています。


それに対して、Biglobe はバランスが取れています。IIJ ほど技術的な優位点はありませんが、ややこしいことを考えずに使えるように工夫されている。

値段は DMM より高いのですが、比較的安いプランをもっています。

そして、MVNE 会社ですから非常に安定性があります。



先に、DMM と Biglobe はそれぞれ人気がある、と書いたのはそのためです。




さて、DMM と Biglobe に同日に申し込みました。

より正確にいえば、DMM を 30分くらい先に申し込んでいます。


ちなみに、ネットだけで完全に申し込みができます。本人確認書類も、デジカメや携帯で免許書などを撮影して送ればいいだけ。


Biglobe もほぼ同じ流れで申し込みができるのですが、最初に「本人確認書類が必要」と言われるのに、最後まで提出するところがありません。


申し込むと同時に Biglobe 会員になっていて、メールアドレスも新規に発行されるのだけど、このメールアドレス宛に Welcome メールが来ています。

そして、このメールを読まないと、次にやるべきことがわからない。

今発行されたばかりのメールアドレスなんて見てませんがな。


まぁ、このメールを見ると「契約者情報のページがあるので、確認しておこう」ということと「いつも使っているメールアドレスを、連絡先アドレスに登録しよう」ということがわかる。


契約者情報ページを見に行くと「本人確認書類が未提出だ」というアラートが出ていて、そのリンク先から提出ができます。

提出しないと事務手続きが始まらないので気を付けましょう。


ちなみに、メールアドレスも登録しておいたら、しばらくして「申込受付メール」が届き、その中で本人確認書類の提出方法が書かれていました。


Biglobe のメールアドレスに届いたメールを読まないといけない、もしくは発行された ID で契約者情報ページを見ないといけない、ということに気づかないと、いつまでたっても申し込みが終了しない仕組み。

すごい落とし穴だ…


#すでに Biglobe 会員の人が申し込む、という前提で考えられているように思います。




先に動きがあったのは、Biglobe 。

申し込んだのは 12月 3日の午後3時ごろなのですが、5日の午前中に SIM が郵便で届きました。


開封すると、堂々と「ドコモUIM」と書いた、2つ折りの台紙が入っています。

台紙には「ドコモ UIM」と書いたプラスチックのカードがつけられています。


UIM は、ドコモでの SIM の呼び方です。

UIM は User Identity Module で、U は「利用者」。

SIM は Subscriber Identity Module で、S は「契約者」。


ドコモの回線を利用するために、回線を使う「鍵」となる SIM は、ドコモのものなのですね。



一緒に使い方の説明の紙が入っていて、これは Biglobe によるもの。

詳細省くけど、「お急ぎの方は Biglobeに電話」と、フリーダイヤルの番号が書いてあります。


で、電話して切り替えを頼むと、2時間ほどでドコモが解約され、同時に Biglobe が使えるようになります。

ドコモの解約は、今まで使っていた電話が「圏外」になることでわかる。


圏外になった時から、Biglobe で電話が使えるようになるので、「電話が使えなくなる期間」がありません。




次に DMM。

12月 5日の午後3時ごろにはドコモの電話が使えていたのですが、夕方6時くらいには圏外になりました。

DMM 側で、処理が終わったことを意味します。


配送手続きが終わったらメールで連絡が来る、と書いてあったのだけど、この時点でメールが来ていない。

電話使えない状態になったけど、配送大丈夫かな?


#その後、8時ごろにメール届きました。



SIM 自体が郵送で届いたのは翌日 6日の、朝10時ごろ。


開封すると、SIM の台紙は DMM のものでした。付属のプラスチックカードは Biglobe と同じドコモのものだったのですが、裏返しに取り付けられていて、ドコモだと一目ではわからないようになっています。


これを入れればすぐに DMM で電話が使えるようになります。

逆にいえば、半日ほど電話が使えない期間があるわけです。




ドコモ SIM であることを隠そうとするかどうか、考え方が異なっているんだな、と思って、改めて両社の WEB ページをよく見てみます。


Biglobe SIM のトップページでは「ドコモと互換性が高いから安心」であることを前面に押し出していました。


ドコモの携帯端末なら、SIM フリーでなくてもそのまま使える。

ドコモの回線なので、カバーエリアもドコモと一緒、など。



対して DMM のページでは、「ドコモ回線を利用している」ことを極力隠しているようです。

あくまでも、DMM オリジナルの電話サービスという位置づけ。


トップページから「DMM Mobileについて」のページに行き、その中から「サービスエリア」のページに行くと、ドコモ回線を利用している、という説明があります。

それ以外では、ドコモ回線の説明はなし。



どちらが良い、悪いではなく、会社の考え方の違いが出ていて面白い。




さて、実際の使用感。

といっても、Biglobe のほうは妻のスマホに入れているので、僕はちょっと使わせてもらった程度。


まぁ、同じ回線だから同じ速度だよー、というのが事実。

交換機の性能もあるのだけど、ちょっと使った程度ではどちらも問題があるとは思わない。



うちでは二人ともほとんど外出しないので、二人とも音声通話付き 1G のプランを契約しています。

「高速通信付き」では、一番通信容量が少なく、安いプランです。

DMM が 1,260円で、Biglobe は 1,400円。


Biglobe は初月無料で、もちろん 1G 使えます。

DMM は初月は日割り計算になり、使用できるデータ量も日割りです。(830M でした)


使えなかった分は、1か月分に限り翌月に繰り越し。これは両社とも同じ。

使い切った場合、200Kbps の低速通信になります。これも同じ。



両社とも、音声通話は完全にドコモ任せなので、料金など同じです。

後で書きますが、この料金を半額にする仕組みを提供しているのも同じ。


SMS も「音声通話」に少しだけ文字データを載せる、という通信方法なので、こちらの料金も同じ。

月額料金が安いから、ドコモみたいな「無料通話分」なんてないよ。




以下、DMM というか、IIJ 系だけの機能。


まず、低速通信時も、「1回の通信で 75Kbyte までは速度制限しない」ようになっています。

バースト転送、と呼ばれています。


WEB を見たりメールしたりするときには、速度制限は事実上ありません。

動画を見たり、アプリをインストールしたり、という大きなデータのダウンロード時には制限されることになります。



この「低速通信」は、利用できる転送容量を使い切った時だけではなく、アプリを使うことで、任意に切り替えができます。


カーナビを使いながら音楽をストリーム配信して聞く、という程度の利用用途だと、低速で十分です。

実測してみても、50~100Kbps 程度しか使ってませんでしたから。


#Yahoo! カーナビと、Google Play のストリーム配信を「中品質」で使用。


こんな用途なら、低速通信に回線を切り替えて置けば、転送容量を温存できます。


…もともと、過去の実績から言えば、僕は 1か月 1G も使わないのだけどね。




Biglobe だけの機能も紹介しないとフェアではないですね。

うちは使わないのだけど、電話をかける人が多い人は、Biglobe は「通話パック」があります。


月650円払うと、1時間分の通話の権利が付いてくる。

1分10円程度、と思えば、携帯の通話料としては安い方かと思います。



何の工夫もしないと、Biglobe も DMM も通話は 30秒20円です。

両社とも、これを半額の 30秒10円にするアプリは提供しています。


Biglobe の通話パックなら、これをさらに安くできるわけです。



もっとも、携帯大手3社は「通話し放題」プランも提供しています。

どうするのが一番得かは、本人の使い方次第でもあるので、自分で考える必要があります。



我が家は電話ほとんどしないから、30秒10円にするアプリを入れる、というので十分。


#家族観通話は Hangouts 使います。



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申し訳ありませんが、現在意見投稿をできない状態にしています

2つのSIMフリー スマートフォン  2015-12-07 16:24:02  コンピュータ 歯車 家族

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2つのSIMフリー スマートフォン

さて、SIM フリースマホも2つ買いました。


…っと、いきなり脱線。

「スマホ買った」って子供の前で言ったら、長男から「スマートフォンだから、スマフォじゃないの?」と質問がありました。


これ、以前にも Twitter で同じこと書いている人見たな。

同じ疑問持っている人っているのかな。


英語の「phone」は、日本語では「ホン」と表記されるのが普通でした。

プッシュホン、インターホン、ヘッドホン、イヤホン、などなど。


「アイホン」というのは日本では一部で有名な会社名で、アップルは iPhone の日本発売に際して「アイホン」とは呼べませんでした。

そこで、協議の結果「アイフォーン」なら良い、ということになります。「アイフォン」って言っちゃだめね。


これ以前からも「スマートホン」という言葉はあったのだけど一般的ではありません。

表記も「スマートホン」「スマートフォン」の両方とも使われていました。


その後、「アイフォーン」の上陸によって、「スマートフォン」という言葉が一般に広まり、用語が統一されます。


でも、基本的に日本語では「ホン」です。

スマートフォンを略して「スマホ」になるのも、「ホン」だから。




すでに書いた通り、僕も妻も、それほど外出しません。

スマホはあったほうが便利だけど、特に高機能である必要はありません。


ただ、カメラとしては使いたい。

僕は QV-10 発売日に購入して持ち歩き始めてから、常に何らかのカメラは持ち歩いています。

何気ないスナップをとるだけなので、ヘビーユーザーでもないし、写りはそれほど気にしないのですが。


で、選定すると、やっぱり P8lite か Zenfone2 Laser か、という2択になる。

できるだけ安く、それなりに安定して使える、というと今ならこの2機種だよなぁ。


この2機種だと、スペック的には P8lite 。

でも、カメラ性能なら Zenfone2 Laser 。


僕としては Zenfone2 Laser だな…と見定めます。




妻の意向を聞きます。


家では Nexus7 も使っているし、僕が仕事で使っている Galaxy nexus も触ってはいます。

でも、自分のスマホ、というつもりでは使っていないので、あまり詳しくはありません。


妻は、一眼レフを愛用していて、カメラを使うならそっちになるから、カメラ性能は気にしないかな…と思っていたけど、1眼レフは重いので気楽に使えるカメラがあるならありがたい、という話になります。


何よりも、家で使っている Nexus7 は ASUS 製。Zenfone2 Laser も ASUS なので、使い慣れているかもしれません。


#後で書くけど、UI 的には全然違いました。



じゃぁ、二人で Zenfone2 Laser で色違いにするかな…と思ったら「それは面白くないよねぇ」とのお言葉。


あ、面白さを求めている。違うのにせよ、という妻からの許可だな。

じゃぁ、高いからやめよう、と思っていた別の機種を選ばさせてもらおう。


Honor 6 Plus 。P8lite と同じ会社 Huawei が作っています。


当然のことながら搭載しているソフトはほぼ同じで、Honor 6 Plus のほうが高級機種の扱い。

P8lite と Zenfone2 Laser は大体3万円で、Honor 6 Plus は5万円。


ただ、高級品だから P8lite より優れているか、というと、そうでもないのが微妙なところ。

P8lite は今年の8月の製品で、Honor 6 Plus は昨年12月の製品。


P8lite は日本市場を狙って投入してきた製品で、Honor 6 Plus は、日本では発売するつもりがなかったものを、要望があって急遽投入した製品。


一番違うのは、電話の対応周波数。Honor 6 Plus は、国内で使われている一部の周波数に対応していない。


…ただ、山間部などのごく一部地域で通話ができなくなるだけ。その場合でもデータ通信は可能。

気にする人は気にするけど、あまり問題があるようには思えない。


一応、ドコモの「対応エリア」地図で、自分の行動範囲…過去に家族旅行でいった山なども確認。

問題がなさそうだと思って、これに決定。


他に、Honor 6 Plus はカメラが 800万画素だけど、P8lite なら 1300万画素。

ただ、これは Honor 6 Plus の面白い特徴でもあって、後述します。




ASUS と Huawei は共に中国メーカー。

世界的にもこの2社のスマホは大きなシェアを持っていて、激しく競っています。


そのため、機能的にも「片方が搭載した機能は、もう片方もすぐに真似する」ような状態。

ただ、その実現方法は変わっていたり、細かな使い勝手の差があります。



Honor 6 Plus は、名前だけでも iPhone 6 Plus の真似だ、と言われていますが、名前や見た目だけの猿真似ではないです。

もっと、深いところまで真似しようとして、Android の中にまで、かなり手を加えている。

かなり気合の入ったもので、iPhone ユーザーが Android に乗り換えるのであれば、Huawei 製を買うと違和感がないだろう、というくらい作りこんでいます。


逆にいえば、Android の普通の作法に従っていない部分も多々あって、僕は戸惑いました。



Android では、ホーム画面を好きなものに交換できます。

OS バージョンによっても交換方法が違うのですが、最新版では設定画面の「ホーム」で選べるようになっています。


でも、Huawei のものは違います。設定画面の「アプリ」に入ってから「デフォルトアプリの設定」を選びます。


すると、ホームに限らず、いろいろな局面で「自動的に」使用されるアプリを設定する画面になる。

慣れていたものと違う、という理由で戸惑いましたが、どちらが理に適っているかといえば、Huawei のやり方です。


同じ意味を持つものを、1カ所にきれいにまとめてある。

Android 標準のやり方は、場当たり的でわかりにくいものです。




さて、このホーム画面も Huawei 製では、Android 特有の「ドロワー」が存在しません。

ダウンロードしたアプリがまず入るところ。特にホーム画面に置いていないアプリが入るところ。


Android では、ドロワーの中にごちゃごちゃに入っているアプリの中から、よく使うものだけをホームに配置する、という作法になっています。

iPhone では、ホームにすべてのアプリが置かれ、あまり使わないものはフォルダでまとめていく、という作法。


Huawei のホーム画面は、iPhone と同じ作法です。

ただ、使ってみたらそれほど悪くない。Android 特有の、ガジェットやショートカットもちゃんと置ける。



iPhone にあって、Android にないものの一つに「バッヂ表示」があります。

メールアプリアイコンの右肩に、未読の数が出ていたりするやつ。


Android では、作法的にこういう「通知」は通知領域に出すものです。アプリのアイコンに表示する、というような仕組みはない。


でも、Huawei は iPhone っぽくするために、ホーム画面に、このための機能を付け加えているようです。

ただし、そこの数字に「なにを」表示するかは、アプリ側の協力が必要。


そこで、主要なソフトを Huawei 独自に作りこんでいます。

ブラウザ、メール、カレンダー、電話、アラーム時計…などなど。標準のものも入っているのに、ご苦労なこと!


ただ、ちょっと使ってみた限りでは、やっぱり作り込みが甘い。

iPhone から乗り換えた人には、バッヂ表示が出る、というのはそれだけで使う価値があるかもしれませんが、僕は使い慣れたアプリを使います。




と、Huawei がどれほど気合を入れて iPhone の真似をしているか書きましたが、これに比べると ASUS は「普通の Android」として使えます。


でも、やっぱり同じようなことをしているのですね。普通の Android の上で、普通の標準 Gmail のアプリアイコンに、バッヂ表示を出してくれちゃいます。


いったいどうやっているのかわからない。謎技術。

ただ、やっぱりバッヂ表示は欲しい人が多いようで、ほかにも Android でバッヂ表示を実現するアプリとかありますね。


そういうアプリの技術を見て想像で書くだけですが、おそらくは、「通知領域」に表示されるアプリ通知を見て、必要な情報を抜き出して表示しているのではないかな。


Android では、通知領域に出た表示を、別のアプリから「見る」ことができます。

ただし、悪用すると困ることになるので、ユーザーがインストールした後、許可を与える必要があります。


同じような仕組みを、OS レベルで入れ込んでしまっているのではないかな、と想像。


ASUS も、Huawei に比べれば素の Android に近い、というだけで、かなり気合を入れて手を加えていました。




Zenfone 2 Laser は妻のものなので、それほど触っていません。

なので Honor 6 Plus の話を続けます。


僕は以前使っていた端末で、Llama を使って複雑怪奇なスクリプトをくみ上げていました。


夜中にはメールが来ても電話が来ても鳴動しない。

朝になったら音を出すけど、家の中では小さめの音で、家の外では雑踏内でも聞こえる大きな音で。


通信量を抑えるため、普段はデータ通信しないけど、メール通知が来た時だけ(先に書いた、通知領域を見て)、データ通信を開始してメールを取得する。


電池消費を抑えるために、家から離れたら完全に WiFi をオフにする。

近所に戻ってきたら、WiFi を探し始めて、見つかったら「家にいる」と判断する。


不要不急のアプリは、画面がオフになってしばらくたったら終了してしまい、メモリ開放する。


…などなど。

Llama を使うことで便利になりましたが、スクリプトは複雑怪奇でした。



Honor 6 Plus は、苦労して自分で実現していた機能のかなりの部分を、最初から持っています。

時間を設定して、鳴動するかどうかを選べます。

画面を消したら終了するアプリも設定できます。

モバイルと WiFi それぞれで、通信を許可するアプリを設定できます。

WiFi 電波が見つからなくなると WiFi をオフにしてしまい、以降は時々電波を調べます。



多分 Llama はまだまだ活躍できるのだけど、複雑怪奇にしていたかなりの部分が解放されます。

Zenfone 2 Laser は、こうした部分は「素の Android」に近くて、Honor 6 Plus 程の機能を持っていないみたい。


ちなみに、最初のほうに書いたけど、Honor 6 Plus と P8lite は、こうしたソフト部分は大体同じ。

高級機種だからいろんな機能が入っている、というわけではないです。




さて、Honor 6 Plus の特徴である、カメラについて。


先に 800万画素と書きましたが、その画素数のカメラは3台あります。


1台は内側、自撮り用。

あと2台が外側についていて、専用のカメラアプリによって、2台を駆使していろいろできます。


#Android 標準の「カメラ」アプリだと、1台だけ認識されるようで、800万画素のカメラとして扱われます。

 専用アプリ以外では 800万画素扱いではないかな。



この「いろいろ」が面白い。

まず、2台で撮った写真を合成して、1300万画素相当の1枚の写真として扱えます。


レンズが2つだから光を2倍集められる…という売り文句になっているのですが、それは違う感じ。

レンズが2つあって、撮像素子も2つです。それぞれの素子としては普通にしか光が集まりません。


暗がりに強いのは、あえて画素数を下げたことによるもの、だと思います。


1300万画素の撮像素子を使うと、1ピクセルの面積が小さくなってしまいます。

これは、光を集めにくい、ということになり、暗がりに弱くなります。


でも、800万画素にすることで暗がりに強くなっている。


10年前にもこんな話書いてたな



じゃぁ、2つのカメラは意味ないのかといえば、そんなこともないです。

暗いところでは、デジカメは「ノイズ」が生じやすくなります。撮像素子に入る光が少ないと、相対的に電気的なノイズの影響が強くなるのです。


これを、2つのカメラを同時に使うことで補正します。急に1ドットだけ周囲と色が違うとき、それがノイズなのか本当に何かがあったのか、判別する方法はありません。

でも、2台あれば比べることで判別できる。ノイズがあるなら、ノイズがない方からデータをもらって補正できます。


これによって、「明るくなっている」わけではないけど「暗がりに強くなっている」のです。



上の写真(この日記の冒頭にあるものと同じ)は、オリオン座を撮影したもの。

簡易三脚で固定し、シャッター開放で10秒ほど露光して撮影したものを、一部切り出して縮小しています。


星がぶれて見えるのは、手振れではなく、星が動いているから。

そもそも、この撮影モードの名前が「スタートラック」(星の軌跡)だからね。


この日は空全体がうす曇りで、その隙間にオリオン座が見えた形。

なので、全体に雲が白っぽく映っています。


でも、スマホで撮影した暗闇にしては、ノイズが少ないと思います。




HDR 撮影もできます。ハイ・ダイナミック・レンジ撮影。

普通の写真よりも、明るいところから暗いところまで、白とびや黒つぶれなく撮影する技術ですね。


普通、HDR 撮影では「違う設定で、2枚の連続写真を撮って、合成する」のですが、2台のカメラで同時にとれます。

なので、激しい動きのある被写体でも HDR 合成できます。


ただ、こちらも撮影時に「カメラを固定するように」と文字が出るんだよね。

2台同時ではなく、2台を駆使して通常より高速に連続撮影しているのではないか、と分析している人もいました。



2台のカメラの視差を利用して、疑似的に被写界深度を表現することもできます。

被写界深度っていうのは、「ピントの合う範囲」のこと。

プロの撮った写真で、見せたいところにだけピントが合っていて、それ以外はボケているような写真。


視差で距離がわかるので、狙った距離の部分だけピントを合わせ、それ以外を疑似的にぼかします。

ただ、「疑似的に」というのがミソで、ソフトで処理しているので実物のボケ方とは少し違う。


まぁ、遊びとしては非常に面白いです。

そして、何より面白いのは、「視差」を元に計算しているため、撮影後でもピントを合わせる部分や、ボケ方を変えられること。

この機能だけでしばらく遊べます。


ただ、問題が一つ。

撮った写真、どれもこれも非常にファイルサイズが大きいです。

カメラ性能をアピールしているので、JPEG の圧縮率をあまり上げていないみたい。


それともう一つ、被写界深度を演出するための写真は、JPEG ファイルの中に、2つのカメラで撮った元データを入れているようです。

そのため、後からいつでもピントを変えられる一方で、ファイルサイズが非常に大きい。6M くらいあります。



この画像ファイルは、Huawei 純正の「ギャラリー」で写真を見ている最中でも、ピントを変更できます。

でも、「ギャラリー」の機能と「Google フォト」の機能は、似ている部分もあれば違う部分もあるのね。


どちらをメインで使うか、悩ましいところです。


これ、2枚の画像を元に視差を出してボケさせる…というのであれば、PC でも動作するソフトないのかな、と思ったのですが、今のところ見つかっていません。

あれば面白いのにな。誰か作らないかな。とりあえず画像フォーマットの解析からか…




Zenfone2 Laser のほうのカメラですが、Honor 6 Plus のような派手さはないです。普通のカメラ。

外側は 1300万画素で、自撮り用は 500万画素。


ピント合わせは非常に早くて、普段使いには良さそう。


名前にもなってますが、Laser 測距しているのね。だから、近くではピント合わせが速い。

あまり遠いところでは、無限遠にしてしまうのでそれほど遅くない。


レーザーが届かないが、無限遠にするには近い微妙な距離ではピント合わせの時間も微妙になる、そうです。

でも、自分のものではないのでそこまで試してないです。



Honor 6 Plus も視差を利用して高速にピント合わせをする、とは謳っているのですが、現実にはピント合わせ速度は普通な感じ。

決して遅くはないのですが、特に速さを感じません。


…そういえば、画面オフの状態から目的の方向に構え、音量ボタン下をダブルクリックすると、いきなり撮影します。

大体、ダブルクリックから 1.2~1.5秒程度で撮影できるみたい。


このとき、画面に「1.2秒!」とか表示してくれます。

お前は早撃ちガンマンか。




Honor 6 Plus が2万円も高いのは、このカメラだけのせいではありません。

CPU だって P8lite や Zenfone 2 Laser より良いものを使っているし、センサー類なども多く搭載しています。


でも、それらを評価するようなことを、僕は普段しないのだね。

激しいゲームもやらないし、センサーを駆使するようなVRごっこもやらない。


…VRはちょっとやってみたいな、とは思ってます。Google の段ボールメガネね。

すぐにではないけど、気が向いたら何か入手します。



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チャールズ・バベジ誕生日(1791)  2015-12-26 10:51:04  コンピュータ 歯車 今日は何の日

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今日は、チャールズ・バベジの誕生日。


コンピューターの父、と言われる人です。

19世紀末に、歯車で、プログラム可能でなんでも計算できる機械を作ろうとしました。


当時の技術の未熟さと、彼自身の持つ完璧主義のせいで完成には至りませんでした。


しかし、後に世界初のプログラム可能計算機とされたハーバード・マーク1は、バベジの自伝に触発されて設計されています。


IBM はハーバード・マーク1に関わったことで自動計算器の技術を深め、後に SSECIBM701 のような「プログラム可能な自動計算器」を作り出します。



バベジにはほかにも多くの業績があります。

特に、数学の一分野である統計学を創始しています。


統計学って、現代社会の基礎をつくる重要な学問です。

19世紀までは、社会の仕組みを作るのは、一部の人が頭の中だけで考えて「こうするといいのではないか」と、エイヤっと決めていた部分があります。


でも、バベジはこのやり方に異を唱え、綿密なデータを集め、最も効果の上がる方法を事前に予測する、という学問を作り出したのです。

現代社会では、何をやるにしてもこのやり方が使われています。



詳細は、以前命日に記事を書いていますので、そちらをお読みください。



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森公一郎 命日(2015) レイ・ドルビー誕生日(1933)  2016-01-18 09:55:46  コンピュータ 歯車 今日は何の日

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今日は、LSI-C 、 MSX-C の作者である森公一郎さんの命日(2015)


そして、音響研究者レイ・ドルビー博士の誕生日(1933)



いずれも、過去に記事を書いています。


森公一郎さんは、よく知らなかった人なのですが、LSI-C はお世話になったので、訃報記事を書いています


もっとも、僕がお世話になったのは LSI-C 86 試食版ですね。

今でも入手可能な無料のC言語環境です。MS-DOS 用ですけど。


LSI-C ・ MSX-C は、CP/M ・MSX-DOS 用のC言語。

8ビット機で動作して、非常に今品質なコードを生成します。



ドルビー博士は、命日に記事を書いています


音響関係でいろいろな発明をしているのですが、今なら ac3 拡張子のファイル形式、ドルビーデジタルが有名かな。

mp3 よりも高品質なデジタル圧縮技術です。



いずれも、詳細はリンク先をお読みください。

この日記は、日付を記録するためのものです。



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